(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-08
(45)【発行日】2024-10-17
(54)【発明の名称】S100A8阻害ペプチドとこれを含む疾患治療薬
(51)【国際特許分類】
C07K 7/06 20060101AFI20241009BHJP
A61K 38/08 20190101ALI20241009BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20241009BHJP
A61P 35/04 20060101ALI20241009BHJP
A61P 29/00 20060101ALI20241009BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20241009BHJP
【FI】
C07K7/06 ZNA
A61K38/08
A61P35/00
A61P35/04
A61P29/00
A61P43/00 111
(21)【出願番号】P 2022528773
(86)(22)【出願日】2021-05-26
(86)【国際出願番号】 JP2021020095
(87)【国際公開番号】W WO2021246265
(87)【国際公開日】2021-12-09
【審査請求日】2024-03-28
(31)【優先権主張番号】P 2020096367
(32)【優先日】2020-06-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】591173198
【氏名又は名称】学校法人東京女子医科大学
(73)【特許権者】
【識別番号】503027931
【氏名又は名称】学校法人同志社
(74)【代理人】
【識別番号】100218062
【氏名又は名称】小野 悠樹
(74)【代理人】
【識別番号】100093230
【氏名又は名称】西澤 利夫
(72)【発明者】
【氏名】丸 義朗
(72)【発明者】
【氏名】出口 敦子
(72)【発明者】
【氏名】西川 喜代孝
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 美帆
(72)【発明者】
【氏名】大戸 梅治
【審査官】小林 薫
(56)【参考文献】
【文献】特表2010-539901(JP,A)
【文献】Eritoran inhibits S100A8-mediated TLR4/MD-2 activation and tumor growth by changing the immune microenvironment,Oncogene,Vol. 35,2016年,pp. 1445-1456
【文献】Molecular Interface of S100A8 with Cytochrome b1558 and NADPH Oxidase Activation,PLoS ONE,Vol. 7, no. 7,2012年,pp. 1-18
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K 1/00-19/00
C12N 15/00-15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)配列番号1のアミノ酸配列
に含まれる長さ5~10残基のペプチドであり、配列番号1のアミノ酸配列の、N末端から5番目のアラニン(Ala)、N末端から6番目のイソロイシン(Ile)
、N末端から7番目のロイシン(Leu)、
および、N末端から8番目のバリン(Val)を含むペプチド、または、
(B)配列番号2のアミノ酸配列からなるペプチド
からなることを特徴とするS100A8阻害ペプチド。
【請求項2】
前記(A)のペプチドは、配列番号1、3-12のアミノ酸配列からなるペプチ
ドであることを特徴とする請求項1のS100A8阻害ペプチド。
【請求項3】
前記(A)のペプチドは、配列番号1のアミノ酸配列からなる
ペプチドであることを特徴とする請求項1のS100A8阻害ペプチド。
【請求項4】
請求項1のS100A8阻害ペプチドのうちの同一ペプチドを2つ含
むことを特徴とする
2価のS100A8阻害ペプチド。
【請求項5】
請求項1のS100A8阻害ペプチドのうちの同一ペプチドを4つ含
むことを特徴とする
4価のS100A8阻害ペプチド。
【請求項6】
請求項1から5のいずれかのS100A8阻害ペプチドを含むことを特徴とする疾患治療薬。
【請求項7】
前記疾患が、転移性がん、精神疾患、生活習慣病、慢性関節リウマチ、COVID-19、クローン病、潰瘍性大腸炎、嚢胞性繊維症、アレルギー性皮膚炎のうちの1種または2種以上であることを特徴とする請求項6の疾患治療薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、S100A8阻害ペプチドとこれを含む疾患治療薬に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、我が国の死因のトップは、がんに関連した死亡であり、その多くは遠隔臓器への転移とされている。がんが進展する過程には、がん細胞自身における遺伝子レベルでの変異に伴った異常な活性化とともに、がん周辺部に存在する炎症様の微小環境が存在することが見出されている。
【0003】
このように、炎症に惹起された微小環境が重要な役割を果たしていることが示唆されるなか、本発明者は、転移前肺微小環境の存在を確認している(非特許文献1)。また、本発明者は、肺転移における転移前肺微小環境形成因子として、S100A8を同定するとともに、S100A8は血管透過性を亢進させ、がんの肺転移を促進することなどを報告している(非特許文献2)。さらに、本発明者は、S100A8がToll様受容体4(TLR4)内因性リガンドとして働くこと、TLR4阻害薬エリトランが皮下腫瘍の進展を顕著に抑制し、骨髄球の動員と腫瘍血管新生を阻害すること、TLR4/MD-2複合体とS100A8との結合には、S100A8のC末端側が関与していることなどを報告している(非特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Hiratsuka et al., Nat Cell Biol. 8, 1369-1375, 2006
【文献】Hiratsuka et al., Nat Commun,4.1853, 2013
【文献】Deguchi et al., Oncogene 35, 1445-1456, 2016
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
これまでに見出された知見から、S100A8を阻害することができれば、がん微小環境および転移前微小環境の両方に作用し、がんの進展を抑制できることが期待されているが、これまでにS100A8を直接阻害するペプチドは見出されていない。
【0007】
本発明は、以上のような事情に鑑みてなされたものであり、S100A8を阻害することが可能な新規ペプチドと、このペプチドを含む疾患治療薬を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するため、本発明のS100A8阻害ペプチドは、
(A)配列番号1のアミノ酸配列のうち、N末端から5番目のアラニン(Ala)を含む、長さ5~10残基のペプチド、または、
(B)配列番号2のアミノ酸配列からなるペプチド
を含むことを特徴としている。
【0009】
本発明の疾患治療薬は、前記S100A8阻害ペプチドを含むことを特徴としている。
【発明の効果】
【0010】
本発明のS100A8阻害ペプチドは、TLR4/MD-2複合体と高い親和性で結合するため、S100A8の活性を阻害することができる。したがって、本発明のS100A8阻害ペプチドを含む組成物は、がん微小環境および転移前微小環境に作用し、がんの進展を抑制できることができるため、転移性がんの治療薬などとして有用である。また、本発明のS100A8阻害ペプチドを含む疾患治療薬は、S100A8が関与する他の疾患(精神疾患、生活習慣病、慢性関節リウマチ、2019年新型コロナウィルス感染症(COVID-19)、クローン病、潰瘍性大腸炎、嚢胞性繊維症、アレルギー性皮膚炎)などを治療することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】Peptide#1~#6のアミノ酸配列と、各ペプチドのTLR4/MD-2との結合親和性を示す図である。
【
図2】S100A8のTLR4/MD-2複合体への結合に対するPeptide#1~#6の競合阻害活性をELISA法(A)、免疫沈降法(B)にて検証した結果を示した図である。
【
図3】Peptide3のそれぞれのアミノ酸をアラニンに置換したPeptide3A1~Peptide3A10のTLR4/MD-2に対する親和性を示す図である。
【
図4】2価型Peptide3および2価型Peptide3A5による、IL-8のmRNAの発現への影響を示した図である。
【
図5】S100A8のTLR4/MD-2複合体への結合に対する単価型Peptide3A5あるいは2価型Peptide3A5の競合阻害活性を示す図である。
【
図6】2価型Peptide3A5の投与によるマウス皮下腫瘍への効果を示す図である。
【
図7】(A)各ペプチドのTLR4/MD-2への親和性を示す図である。(B)S100A8のTLR4/MD-2複合体への結合活性に対する各ペプチドの競合阻害活性を示す図である。
【
図8】ILVIK、Peptide3A5および4価型ILVIKについての競合アッセイの結果を示す図である。
【
図9】2価型ILVIKのマウス皮下腫瘍に与える影響を示す図である。
【
図10】4価型ILVIKのマウス皮下腫瘍に与える影響を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明のS100A8阻害ペプチドの一実施形態について説明する。
【0013】
本発明のS100A8阻害ペプチドは、
(A)配列番号1のアミノ酸配列のうち、N末端から5番目のアラニン(Ala)を含む、長さ5~10残基のペプチド、または、
(B)配列番号2のアミノ酸配列からなるペプチド
を含む。
配列番号1:Phe-Gln-Glu-Phe-Ala-Ile-Leu-Val-Ile-Lys(FQEFAILVIK)
配列番号2:Ile-Leu-Val-Ile-Lys(ILVIK)
具体的には、上記(A)のペプチドは、配列番号1のアミノ酸配列からなる10残基のペプチドであることが好ましい。これ以外のペプチドとしては、例えば、以下の配列番号3-12のペプチドなどを例示することができる。
配列番号3:Phe-Gln-Glu-Phe-Ala-Ile-Leu-Val-Ile(FQEFAILVI)
配列番号4:Gln-Glu-Phe-Ala-Ile-Leu-Val(QEFAILV)
配列番号5:Glu-Phe-Ala-Ile-Leu-Val-Ile(EFAILVI)
配列番号6:Glu-Phe-Ala-Ile-Leu-Val(EFAILV)
配列番号7:Phe-Ala-Ile-Leu-Val-Ile(FAILVI)
配列番号8:Phe-Ala-Ile-Leu-Val(FAILV)
配列番号9:Ala-Ile-Leu-Val-Ile(AILVI)
配列番号10:Ala-Ile-Leu-Val-Ile-Lys(AILVIK)
配列番号11:Phe-Gln-Glu-Phe-Ala-Ile-Leu-Val(FQEFAILV)
配列番号12:Gln-Glu-Phe-Ala-Ile-Leu-Val-Ile(QEFAILVI)
【0014】
また、本発明のS100A8阻害ペプチドは、上記(A)または(B)のペプチドのうちの同一ペプチドを2つ含む2価ペプチドであることが好ましい。さらに、本発明のS100A8阻害ペプチドは、上記(A)または(B)のペプチドのうちの同一ペプチドを4つ含む4価ペプチドであることが好ましい。
【0015】
2価ペプチドや4価ペプチドの形態および合成方法は、特に限定されない。具体的には、例えば、ペプチドの合成に関して、縮合や保護基の除去は、従来公知の方法に従って行うことができる。例えば、ペプチド固相合成法、Fmocペプチド合成法などを採用することができ、市販のペプチド合成器によって行うこともできる。
【0016】
好ましくは、本発明者が既に提案しているシート上でのペプチド合成法(特許文献1)を考慮することができる。セルロースや樹脂などのシート上のアミノ基から、2価ペプチドの合成核構造または4価ペプチドの合成核構造を形成することができる。具体的には、例えば、以下の化学式1に示すFmoc-Lys、Fmoc-Hisを使用して2価、4価の合成核構造を形成することができる。他のアミノ酸との相互作用等を考慮すると、Fmoc-Lysが好ましい。Fmoc Lysを導入して分岐点を設け、分岐点からのアミノ酸合成が2価となるように設計することができる。
【0017】
【0018】
また、4価の合成核構造を形成する場合、Fmoc-Lysを2回連続してペプチド合成することが考慮される。合成核構造は、2価または4価ペプチドを伸長させることができる構造であればよく、具体的に限定されない。
【0019】
さらに、2価ペプチドや4価ペプチドには、スペーサーを適宜導入することもできる。は、スペーサーは具体的に限定されないが、例えば、Ahx(amino hexanoic acid [NH2-(CH2)5-COOH])を例示することができる。また、合成ペプチドの切り出しには、例えばトリフルオロ酢酸などを適宜利用することができる。
【0020】
また、本発明のS100A8阻害ペプチドが4価ペプチドの形態である場合、3つのリジン(Lys)が結合して形成された以下の分子核構造(化学式2)を含むことができる。
【0021】
【0022】
本発明のS100A8阻害ペプチドは、上記の分子核構造の端部に位置する4つのアミノ基の各々に、上記(A)または(B)のペプチドが、直接またはスペーサーを介して結合している4価ペプチドを例示することができる。
【0023】
より好ましい一実施形態としては、例えば、以下の化学式3において、3つのリジン(Lys)からなる分子核構造の端部に位置する4つのXXXX部のそれぞれに、上記(A)または(B)のいずれかのペプチドが組み込まれた4価ペプチドが例示される。
【0024】
【0025】
なお、上記化学式3では、上記(A)または(B)のペプチドが組み込まれる位置を便宜的に「XXXX」と記載している。
【0026】
また、上記化学式3では、分子核構造の端部に位置する4つのアミノ基の各々に、スペーサーが結合している形態を例示しているが、スペーサーを介さず、4つのアミノ基の各々に、直接、上記(A)または(B)のペプチドを結合させることもできる。スペーサーを結合させる場合、TLR4/MD-2複合体への結合性を損なわないものであればよく、具体的な分子、長さは限定されず、適宜設計することができる。スペーサーとしては、例えば、末端にアミノ酸を有する炭素数4~10程度の鎖長のものが好ましく、特に上記化学式3中で示されているamino hexanoic acid [NH2-(CH2)5-COOH](アミノカプロン酸)を好ましく例示することができる。また、スペーサーに含まれるアミノ酸としては、例えば、アラニン(A)を例示することができる。
【0027】
この形態のS100A8阻害ペプチド(4価ペプチド)も、例えば、ペプチド合成装置等を利用するなどの公知の方法によって作製することができる。例えば、組み込まれる上記(A)または(B)のペプチドは、4価の核構造に順次アミノ酸を付加することにより合成でき、1価のペプチド合成と同様の手法にて簡便にバルク合成することができる。
【0028】
また、S100A8阻害ペプチドは、化学式3のXXXX部に組み込まれたペプチドの各々の末端に修飾分子を有していてもよい。ペプチドの末端にNH2が露出するとプラス電荷になることから、電荷調節の観点からは、各々の末端に、修飾分子として、電荷がない分子、さらには、疎水性の分子を結合させることも考慮される。また、本発明のS100A8阻害ペプチドを含有する治療薬を経口投与する場合、消化管内でのプロテアーゼによる分解を抑えるための安定化を目的として、末端のNH2をアセチル基により保護することもできる。このように、上記(A)または(B)のペプチドの末端の修飾分子は、所望の効果に応じて適宜選択することができ、リン酸化、メチル化、アデニリル化、糖鎖付加などの修飾が加えられていてよい。
【0029】
さらに、S100A8阻害ペプチドは、例えば、ヒスチジン(His)、リジン(Lys)、アルギニン(Arg)などのアミノ酸を含む塩基性の膜透過性配列などを含むこともできる。
【0030】
本発明のS100A8阻害ペプチドは、TLR4/MD-2複合体と高い親和性で結合する。すなわち、本発明のS100A8阻害ペプチドは、TLR4/MD-2複合体とS100A8との結合に対する優れた競合活性を有している。したがって、本発明のS100A8阻害ペプチドを含む組成物は、がん微小環境および転移前微小環境に作用し、がんの進展を抑制できることができるため、転移性がんの治療薬として有用である。
【0031】
また、これまでに、S100A8は、がん疾患だけでなく、慢性関節リウマチ患者の滑膜液におけるS100A8の過剰発現に関与すること(Odink et al., Nature 330, 80,1987)、マクロファージ由来S100A8が脂肪細胞の活性化を制御すること(Sekimoto, et al., PNAS, 112, E2058, 2015)、TLR4を介した自然免疫の活性化がうつ様行動を誘導すること(Nie, et al. Neuron, 99, 464, 2018)、COVID-19感染患者の気管支肺胞洗浄液中においてS100A8の発現上昇が認められること(Zhou et al., Cell Host and Microbe, 2020)などが報告されている。したがって、本発明のS100A8阻害ペプチドを含む疾患治療薬は、転移性がん、精神疾患、生活習慣病、慢性関節リウマチ、COVID-19、クローン病、潰瘍性大腸炎、嚢胞性繊維症、アレルギー性皮膚炎などの疾患を治療することができる。
【0032】
本発明のS100A8阻害ペプチドを含む疾患治療薬の投与形態は特に限定されず、経口的投与でも非経口的投与でもよい。非経口投与としては、例えば、筋肉内注射、静脈内注射、皮下注射等の注射投与、経皮投与、経粘膜投与(経鼻、経口腔、経眼、経肺、経膣、経直腸)投与などを例示することができる。
【0033】
本発明の疾患治療薬は、有効成分としてのS100A8阻害ペプチドをそのまま用いてもよいし、薬学的に許容できる担体、賦形剤、添加剤等を加えて製剤化してもよい。剤形としては、例えば、液剤(例えば注射剤)、分散剤、懸濁剤、錠剤、丸剤、粉末剤、坐剤、散剤、細粒剤、顆粒剤、カプセル剤、シロップ剤、トローチ剤、吸入剤、軟膏剤、点眼剤、点鼻剤、点耳剤、パップ剤等が挙げられる。
【0034】
製剤化は、例えば、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、溶解剤、溶解補助剤、着色剤、矯味矯臭剤、安定化剤、乳化剤、吸収促進剤、界面活性剤、pH調整剤、防腐剤、抗酸化剤などを適宜使用し、常法により行うことができる。
【0035】
製剤化に用いられる成分の例としては、精製水、食塩水、リン酸緩衝液、デキストロース、グリセロール、エタノール等薬学的に許容される有機溶剤、動植物油、乳糖、マンニトール、ブドウ糖、ソルビトール、結晶セルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、デンプン、コーンスターチ、無水ケイ酸、ケイ酸アルミニウムマグネシウム、コラーゲン、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシビニルポリマー、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ポリアクリル酸ナトリウム、アルギン酸ナトリウム、水溶性デキストラン、カルボキシメチルスターチナトリウム、ぺクチン、メチルセルロース、エチルセルロース、キサンタンガム、アラビアゴム、トラガント、カゼイン、寒天、ポリエチレングリコール、ジグリセリン、グリセリン、プロピレングリコール、ワセリン、パラフィン、ミリスチン酸オクチルドデシル、ミリスチン酸イソプロピル、高級アルコール、ステアリルアルコール、ステアリン酸、ヒト血清アルブミンなどを例示することができる。
【0036】
本発明の疾患治療薬は、ヒトを含む哺乳類(例えば、マウス、ラット、モルモット、ウサギ、イヌ、ウマ、サル、ブタ等)に投与することができ、特にヒトに投与する場合の投与量は、症状、患者の年齢、性別、体重、感受性差、投与方法、投与間隔、有効成分の種類、製剤の種類によって異なり、特に限定されないが、例えば、100μg~1000 mgを1回または数回に分けて投与することができる。
【0037】
本発明のS100A8阻害ペプチドおよびS100A8が関与する疾患治療薬は、以上の実施形態に限定されることはなく、TLR4/MD-2複合体への結合性やS100A8阻害効果を害さない範囲で適宜設計することができる。
【実施例】
【0038】
以下、本発明について、実施例とともに説明するが、本発明のS100A8阻害ペプチドおよび疾患治療薬は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0039】
<実施例1>ヒトS100A8とTLR4/MD-2複合体との結合領域の同定
(1)オーバーラッピングペプチドの合成
これまでに、マウスS100A8はTLR4/MD-2複合体に対し、カルボキシル末端側で結合することを報告しており(非特許文献3)、本報告をもとに、ヒトS100A8全長を3分割し、マウスS100A8同様にヒトTLR4/MD-2複合体との結合において、カルボキシル末端側が結合することを明らかにした(
図1)。さらに、TLR4/MD-2複合体との結合領域を絞り込むことを目的とし、カルボキシル末端側アミノ酸配列を10アミノ酸のペプチドを合成した。この時、5アミノ酸ずつオーバーラップすることにより、該当配列を網羅的に解析することが可能となる。合成したペプチドをELISAプレート(Thermo Fisher;Maxisorp)に固相化した後、ブロッキングバッファーにより非特異的結合をブロッキングした。各ウェルをPBS-Tween20にて洗浄後、高純度ヒトTLR4/MD-2リコンビナントタンパク質と反応させた後、各ウェルを抗TLR4抗体(Abcam)、抗ウサギIgG-HRP標識抗体(GE Healthcare)と反応させ、最終的にHRP基質であるTMBとの反応を当量1N 硫酸で終了させた。OD450 nmでの吸光度を測定することで、結合したTLR4/MD-2を定量化した。
【0040】
その結果、Peptide#3(配列番号13:Phe-Gln-Glu-Phe-Leu-Ile-Leu-Val-Ile-Lys(FQEFLILVIK))がTLR4/MD-2に対し高親和性であることが見出された(
図1)。
【0041】
(2)ELISAを用いた、S100A8のTLR4/MD-2複合体への結合に対する各ペプチドの競合阻害活性の検討
ELISAプレートにあらかじめ精製済みのS100A8タンパク質を固相化した。実施例1と同様に、ブロッキングバッファーにより、非特異的結合をブロッキングした。TLR4/MD-2と同時にpeptide#1から#6をそれぞれ添加し、反応させた。各ウェルをPBS-Tween20にて洗浄後、抗TLR4抗体(Abcam)、抗ウサギIgG-HRP標識抗体(GE Healthcare)と反応させ、最終的にHRP基質であるTMBとの反応を当量1N 硫酸で終了させた。OD450nmでの吸光度を測定することで、結合したTLR4/MD-2を定量化した。Peptide#3、Peptide#4は、S100A8とTLR4/MD-2複合体との結合に対し競合阻害活性をもつことが見出された(
図2A)。
【0042】
(3)免疫沈降法を用いたS100A8のTLR4/MD-2複合体への結合に対する各ペプチドの競合阻害活性の検討
TLR4/MD-2複合体とS100A8をチューブ中において混合した。この際、Peptide#1から#6をそれぞれ10倍モル量を添加し、抗anti-TLR4抗体にて免疫沈降を行った。免疫沈降物を数回洗浄バッファーにて洗浄し、最終物ペレットをSDS-PAGEにて電気泳動後、抗S100A8抗体、抗TLR4抗体を用いたウェスタンブロッティング法によりS100A8とTLR4を検出した。その結果、Peptide#3存在下においてのみS100A8が検出されないこと、すなわちPeptide#3は、S100A8のTLR4/MD-2複合体への結合に対し競合阻害活性を有すること、が明らかとなった(
図2B)。
【0043】
<実施例2>TLR4/MD-2複合体との結合を指標としたアラニンスキャニングによる高親和性ペプチドの単離
Peptide#3(配列番号13:Phe-Gln-Glu-Phe-Leu-Ile-Leu-Val-Ile-Lys)のそれぞれのアミノ酸をアラニンに置換したPeptide3A1、Peptide3A2、Peptide3A3、Peptide3A4、Peptide 3A5、Peptide3A6、Peptide3A7、Peptide3A8、Peptide3A9、Peptide3A10を合成した。これらのペプチドにおいて、「A1~A10」の記載は、配列番号13のアミノ酸配列におけるN末端側からの位置、すなわち、アラニンに置換した位置を示している。
【0044】
また、これらのペプチドのアミノ末端はアセチル化、カルボキシル末端はアミド化修飾を導入した。これら10種類のペプチドをELISAプレート(Thermo Fisher;Maxisorp)に固相化し、TLR4/MD-2との結合を検証した。
【0045】
【0046】
Peptide3A5(配列番号1:Phe-Gln-Glu-Phe-Ala-Ile-Leu-Val-Ile-Lys)は、S100A8のオリジナル配列であるPeptide#3よりもTLR4/MD-2に対する親和性が上昇した。一方、Peptide3A6、Peptide 3A7、Peptide 3A8、Peptide 3A10はTLR4/MD-2への結合が減弱した。
【0047】
<実施例3>2価ペプチド(Peptide3A5)によるIL8誘導阻害
ヒト大腸がん細胞SW480細胞はTLR4を発現しており、S100A8刺激により、IL-8を誘導する。今までに単離したペプチドの阻害活性を検証するため、2価型Peptide#3、2価型Peptide3A5を前処理した後、S100A8リコンビナントタンパク質にて刺激し5時間後のIL-8のmRNAの発現を検証した。なお、2価型Peptide#3、2価型Peptide3A5は、上述した特許文献1の方法に従って作製した。
【0048】
その結果、Peptide#3、Peptide3A5の2価型ペプチドはS100A8によって誘導されるIL-8のmRNAの発現を顕著に阻害することが確認された(
図4)。
【0049】
<実施例4>S100A8のTLR4/MD-2複合体への結合に対する2価型Peptide3A5によるTLR4競合阻害活性
多価型にした場合、競合阻害活性が変化するかを検証するため、まずS100A8をELISAプレートに固相した後、TLR4/MD-2複合体と同時に様々な濃度で単価型Peptide3A5、2価型Peptid3A5を添加し、S100A8に結合したTLR4/MD-2量を測定することで各ペプチドの競合阻害活性を検証したところ、単価型と比較して2価型Peptide3A5はより低濃度で競合阻害活性が得られることが分かった(
図5)。
【0050】
<実施例5>2価型Peptide3A5のXenograft modelにおける抗腫瘍活性の評価
図5に示した通り、単価型と比較して2価型ペプチドの方が、競合阻害活性が高いため、動物実験は2価型Peptide3A5を使用した。
【0051】
まず、SW480細胞をマウス皮下に移植2週間後に、皮下腫瘍のサイズを計測し、同等の腫瘍サイズになったことを確認した。週に2回腹腔に所定濃度のペプチドを投与し、経時的に腫瘍のサイズを計測した。2週間後に皮下腫瘍のサイズを計測し、皮下腫瘍を採材した。
図6に示した通り、2価型Peptide3A5は濃度依存的に、マウス皮下腫瘍の進展を抑制した。
【0052】
<実施例6>2価型Peptide3A5を基軸とした鎖長スクリーニングによるS100A8阻害ペプチドの単離
Peptide3A5配列中の必要十分領域を同定するため、Peptide3A5のアミノ酸配列をベースとし、そのアミノ末端側あるいはカルボキシル末端側からアミノ酸を削った一連の部分配列ペプチドを、特許文献1の方法を利用して、セルロースシート上に2価でスポット合成した。シートとTLR4/MD-2と反応させることにより、TLR4/MD-2に親和性ペプチドを数種得た(
図7A)。候補親和ペプチドを実施例1(
図2)と同様の競合アッセイを行った。
【0053】
【0054】
なお、
図7(B)の「neg」は、牛血清アルブミンとTLR4/MD-2との結合、「Control」は、S100A8とTLR4/MD-2との結合を示したものである。
【0055】
図7に示したように、以下の配列番号1~12のペプチドは、いずれもTLR4/MD-2に対して優れた親和性を有することが確認された。
配列番号1:Phe-Gln-Glu-Phe-Ala-Ile-Leu-Val-Ile-Lys(FQEFAILVIK)
配列番号2:Ile-Leu-Val-Ile-Lys(ILVIK)
配列番号3:Phe-Gln-Glu-Phe-Ala-Ile-Leu-Val-Ile(FQEFAILVI)
配列番号4:Gln-Glu-Phe-Ala-Ile-Leu-Val(QEFAILV)
配列番号5:Glu-Phe-Ala-Ile-Leu-Val-Ile(EFAILVI)
配列番号6:Glu-Phe-Ala-Ile-Leu-Val(EFAILV)
配列番号7:Phe-Ala-Ile-Leu-Val-Ile(FAILVI)
配列番号8:Phe-Ala-Ile-Leu-Val(FAILV)
配列番号9:Ala-Ile-Leu-Val-Ile(AILVI)
配列番号10:Ala-Ile-Leu-Val-Ile-Lys(AILVIK)
配列番号11:Phe-Gln-Glu-Phe-Ala-Ile-Leu-Val(FQEFAILV)
配列番号12:Gln-Glu-Phe-Ala-Ile-Leu-Val-Ile(QEFAILVI)
これらのペプチドのなかから、親和性が高く、さらに競合阻害活性を持つ候補として、
配列番号2:Ile-Leu-Val-Ile-Lys(ILVIK)
配列番号3:Phe-Gln-Glu-Phe-Ala-Ile-Leu-Val-Ile(FQEFAILVI)
配列番号4:Gln-Glu-Phe-Ala-Ile-Leu-Val(QEFAILV)
を同定した。単価体での検証において、カルボキシル末端のリジン(K)をアラニンにすると結合が減弱したこと、また長鎖の方は合成が困難になる可能性が高いことから、ILVIK(配列番号2)を候補とした。
【0056】
ILVIK(配列番号2)、Peptide3A5(配列番号1)、4価型ILVIKを用いた競合アッセイを行った。なお、4価型ILVIKも、特許文献1の方法を利用して合成した。その結果、
図8に示した通り、2価型ILVIKは2価型Peptide3A5とほぼ同等の競合活性を示すことが明らかとなった。4価型ILVIKは2価型ILVIKとほぼ同等の競合活性を示した。
【0057】
<実施例7>2価型ILVIKのXenograft modelにおける抗腫瘍活性の評価
鎖長スクリーニングによってS100A8阻害ペプチド候補として2価型ILVIKを同定し、実施例5(
図6)と同様に2価型ILVIKのマウス皮下腫瘍に与える影響を検討した。まず、SW480細胞をマウス皮下に移植2週間後に、皮下腫瘍のサイズを計測し、同等の腫瘍サイズになったことを確認する。週に2回腹腔に所定濃度のペプチドを投与し、経時的に腫瘍のサイズを計測した。2週間後に皮下腫瘍のサイズを計測し、皮下腫瘍を採材した。2価型ILVIKは濃度依存的に、マウス皮下腫瘍の進展を抑制した(
図9)。
【0058】
<実施例8>4価型ILVIKのXenograft modelにおける抗腫瘍活性の評価
鎖長スクリーニングによってS100A8阻害ペプチド候補として得られた2価型ILVIKにおいて、皮下腫瘍の増殖を抑制することを見出したことから、さらに、4価型ILVIKによる効果を実施例5(
図6)と同様に検討した。4価型ILVIKは、特許文献1の方法を利用して合成した。
まず、SW480細胞をマウス皮下に移植2週間後に、皮下腫瘍のサイズを計測し、同等の腫瘍サイズになったことを確認し、週に2回腹腔に所定濃度(1 mg/kg、5 mg/kg、10 mg/kg)の4価型ILVIKを投与し、経時的に腫瘍のサイズを計測した。2週間後に皮下腫瘍のサイズを計測し、皮下腫瘍を採材した。4価型ILVIKは、濃度依存的に、マウス皮下腫瘍の進展を抑制した(
図10)。
【配列表】