(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-08
(45)【発行日】2024-10-17
(54)【発明の名称】近赤外光免疫療法による治療法を試験するための方法及び装置
(51)【国際特許分類】
G01N 33/493 20060101AFI20241009BHJP
A61K 31/695 20060101ALI20241009BHJP
A61K 47/68 20170101ALI20241009BHJP
A61K 49/00 20060101ALI20241009BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20241009BHJP
G01N 27/62 20210101ALI20241009BHJP
G01N 30/72 20060101ALI20241009BHJP
C07K 16/18 20060101ALN20241009BHJP
【FI】
G01N33/493 A
A61K31/695
A61K47/68
A61K49/00
A61P35/00
G01N27/62 V
G01N27/62 X
G01N30/72 C
C07K16/18
(21)【出願番号】P 2023030862
(22)【出願日】2023-03-01
(62)【分割の表示】P 2021520095の分割
【原出願日】2019-06-20
【審査請求日】2023-03-28
(32)【優先日】2018-06-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(73)【特許権者】
【識別番号】520501241
【氏名又は名称】ザ ユナイテッド ステイツ オブ アメリカ、アズ レプリゼンテッド バイ ザ セクレタリー、デパートメント オブ ヘルス アンド ヒューマン サービシズ (ワシントン、ディーシー)
【氏名又は名称原語表記】THE UNITED STATES OF AMERICA, as represented by THE SECRETARY, DEPARTMENT OF HEALTH AND HUMAN SERVICES (WASHINGTON,DC)
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小林 久隆
(72)【発明者】
【氏名】西村 雅之
【審査官】三木 隆
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2017/0122853(US,A1)
【文献】特表2017-524002(JP,A)
【文献】特表2007-537972(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0015829(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2014/0120119(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2013/0336995(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2012/0010558(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/493
A61K 31/695
A61K 47/68
A61K 49/00
A61P 35/00
G01N 27/62
G01N 30/72
C07K 16/18
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体試料中の抗体・光増感剤複合体(APC)由来のリガンドを検出する方法であって、
近赤外光免疫療法による治療を受けた被検体由来の生体試料を前処理するステップと、
前処理された生体試料中における抗体・光増感剤複合体(APC)由来のリガンドを液体クロマトグラフィ質量分析により検出するステップと、
を有し、
前記APCの光増感剤は、親水基に結合した疎水性色素骨格を含
む両親媒性分子であり、
前記リガンドは、近赤外光が照射されることで
前記光増感剤が親水基を失って親水性から疎水性に変化するときに前記APCから除去される親水性の構造を持つフラグメントである
ことを特徴とする方法。
【請求項2】
前記検出
するステップが、さらに、前記生体試料におけるリガンドの定量を含むことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記APCの抗体が、ペプチド、小分子及びそれらの組み合わせを含むことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記APCの抗体が、セツキシマブ、パニツムマブ、ザルツムマブ、ニモツズマブ、マツズマブ、トラスツズマブ、ペルツズマブ、リツキシマブ、ダクリズマブ、J591、又はその抗原結合性フラグメントであることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記APCの光増感剤がIRDye(登録商標)700であることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記リガンドを検出した結果に基づ
いて前記近赤外光の照射により活性化された抗体・光増感剤複合体(APC)の量を推定し、
前記被検体に注入された抗体・光増感剤複合体(APC)の量と比較することにより前記被検体に残存する抗体・光増感剤複合体(APC)の量を推定するステップをさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記生体試料が尿であることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記リガンドが、腎臓を通り抜けて尿中に排出される程度の親水性を有することを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
前記リガンドが、C
14H
33NO
10S
3Siフラグメントであることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項10】
前記前処理が、生体試料と有機溶媒を混合し、その上澄みを取得することである、請求項1に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本出願は2018年6月21日に米国特許商標庁に出願された米国仮出願番号第62/688031号に基づく優先権を主張するものであり、同出願の開示は参照によりその全体が本明細書に援用される。
【0002】
実施形態に対応する方法、装置及び治療は近赤外光免疫療法に関する。
【背景技術】
【0003】
中皮腫、膵臓がん、卵巣がんといった侵襲性の強いヒトのがんに罹患した患者は手術、化学療法、放射線療法、その他の従来型のがん治療法には反応がないことがよくあり、それががんの治療を難しくしている。
【0004】
近赤外光免疫療法(Near Infrared-Photoimmunotherapy、以下「NIR-PIT法」)は近赤外光を用いて迅速且つ選択的にがん細胞を破壊する革命的ながん治療法である。このがん治療法は上述した従来型の治療法に反応がないことがあるがんを治療するために開発されたものである。例えば、コバヤシらの特許文献1~5を参照されたい。これらの文献は参照によりその全てが本明細書に援用される。
【0005】
現在、NIR-PIT法により、免疫反応を抑制する働きをするある種の細胞の腫瘍微小環境を除去することによって、ヒトの免疫系ががん性腫瘍を能動的に破壊することが可能になっている。
【0006】
近赤外光免疫療法による治療(以下、「NIR-PIT治療」又は「NIR-PIT治療法)では、がん性細胞を標的とする抗体が光吸収体/光増感剤、例えばIRDye(登録商標)700DX等のフタロシアニン色素と結合されることで、抗体・光増感剤複合体(antibody photosensitizer conjugate、以下「APC」)が形成される。このAPCが患者の体内に注入されると、APCは血流を通って移動し、がん性細胞を含む腫瘍に達する。すると腫瘍の近くにある透過性の血管から複合体が漏れ出る。この複合体が抗原、つまり前記侵襲性の強い各種のヒトのがんのいくつかにおいて細胞表面に多く存在するタンパク質と結合する。
【0007】
APCががん性細胞と結合した後、そのがん性細胞が存在する部位に近赤外(NIR)光を外部から、あるいは手術の場合は内部から当てる。近赤外光は生体組織を傷つけることなく貫通する。近赤外光を当てることによりがん性細胞が壊死し、細胞が急速に死滅する。具体的には、光を照射するとAPCに結合したがん性細胞が水で膨張し、内圧が増大する。この細胞内圧の増大によりがん性細胞が破裂して死滅するのである。
【0008】
がん性細胞が破裂してしまえば、細胞の中身が細胞外空間に放出される。健康な免疫系はこの細胞残屑を「異物」として検出し、その結果、免疫反応が発動され、それが更にがんの破壊を支援する。具体的には、白血球の一種であるTリンパ球及び胸腺細胞(「T細胞」)が細胞残屑を攻撃して破壊する。
図1及び2はNIR-PIT治療の抗がん作用の仕組みを模式的に説明した図である。
【0009】
NIR-PIT法の利点の一つは、正常な細胞は抗体により標的とされないため、免疫細胞、血管細胞、組織幹細胞等の良性の細胞が傷つかないということである。従ってAPCは正常な細胞を標的としない。
【0010】
現在、NIR-PIT法を用いたフェーズ1及び2の臨床試験が行われている。
【0011】
フェーズ1の臨床試験の初期段階では、末期の頭部がん及び頸部がんの患者らが、最小限の量の薬剤と、NIR-PIT法による治療効果が得られると期待される量の光とを用いた治療を受けていた。この療法では完治(再発なし)も含めてほとんどの患者が治り、残りの患者にも70%以上のがん細胞の減少が見られた。臨床試験に参加したこれらの患者は手術や化学療法、放射線治療に対して反応がなく、その治療が難しかったが、NIR-PIT法により上述の結果を得ることができた。
【0012】
しかし、上記の前進はあるものの、NIR-PIT法は新しいがん治療法であるため、NIR-PIT治療法にはまだ分からない面が数多く存在する。更に、1回の治療であまりに大量のがん性細胞を破壊してしまうと患者がショック状態に陥るリスクがあるため、NIR-PIT治療法の効率に関する更なる研究が必要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【文献】米国特許出願公開第2017/0122853号
【文献】米国特許出願公開第2016/001589号
【文献】米国特許出願公開第2014/0120199号
【文献】米国特許出願公開第2013/0336995号
【文献】米国特許出願公開第2012/0010558号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本開示は上記に鑑みて成されたものであり、NIR-PIT治療法の効率と有効性を試験するための手段及び装置をある種の実施形態の形で提示するものである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本開示の一態様によれば、近赤外光免疫療法による治療法の効率と有効性を試験するための方法が、抗体・光増感剤複合体(APC)を患者の体内に注入する手順、該患者に放射線を当てることにより、該患者の尿中に排出されるリガンドを前記APCから放出させる手順、液体クロマトグラフィ質量分析により前記リガンドの存在を検出する手順、及び、前記液体クロマトグラフィ質量分析の分析結果に基づいて前記患者の尿中に存在する前記リガンドの量を測定及び定量化する手順を含むものとすることができる。更に該方法は、前記患者の体内に残存するAPCの量を特定するために前記患者の尿中に存在する前記リガンドを測定し、定量化された量に基づいて前記近赤外光免疫療法による治療法の有効性を判定する手順を含む。
【0016】
本開示の一態様では、前記方法において、前記APCの抗体はペプチド、小分子及びそれらの組み合わせとすることができる。例えば、前記APCの抗体は、セツキシマブ、パニツムマブ、ザルツムマブ、ニモツズマブ、マツズマブ、トラスツズマブ、ペルツズマブ、リツキシマブ、ダクリズマブ、J591、又はその抗原結合性フラグメントとすることができる。
【0017】
本開示の一態様では、前記方法において、前記APCの光増感剤は親水基に結合した疎水性色素骨格を含む両親媒性分子とすることができる。
【0018】
本開示の一態様では、前記方法において、前記APCの光増感剤は疎水性色素を含むものとすることができる。
【0019】
本開示の一態様では、前記方法において、前記患者に当てられる放射線は近赤外光とすることができる。
【0020】
本開示の一態様では、前記方法において、前記患者に当てられる放射線は660~740nmの波長を有するものとすることができる。
【0021】
本開示の一態様では、前記方法において、放出される前記リガンドはC14H33NO10S3Siフラグメントとすることができる。
【0022】
本開示の一態様では、前記方法において、前記液体クロマトグラフィ質量分析は、三連四重極質量分析装置、プローブエレクトロスプレイイオン化質量分析装置(PESI-MS)、DART(Direct Analysis in Real Time)質量分析装置(DART-MS)又は大気圧固体試料分析プローブ質量分析装置(ASAP-MS)を用いるものとすることができる。
【0023】
本開示の一態様では、近赤外光免疫療法による治療法が、第1の量の抗体・光増感剤複合体(APC)を患者の体内に注入する手順、該患者に放射線を当てることにより、該患者の尿中に排出されるリガンドを前記第1の量のAPCから放出させる手順、液体クロマトグラフィ質量分析により前記リガンドの存在を検出する手順、前記液体クロマトグラフィ質量分析の分析結果に基づいて前記患者の尿中に存在する前記リガンドの量を測定及び定量化する手順、前記患者の尿中に存在する前記リガンドの測定及び定量化された量に基づいて前記近赤外光免疫療法による治療法の有効性を判定することで、前記第1の量のAPCのうち前記患者の体内に残存する分量を求める手順、前記第1の量のAPCのうち前記患者の体内に残存する分量に基づいて決定された第2の量のAPCを前記患者の体内に注入する手順、及び、該患者に放射線を当てることにより、該患者の尿中に排出されるリガンドを前記第2の量のAPCから放出させる手順を含むものとすることができる。
【0024】
本開示の一態様では、前記方法において、前記APCの抗体はペプチド、小分子及びそれらの組み合わせとすることができる。例えば、前記APCの抗体は、セツキシマブ、パニツムマブ、ザルツムマブ、ニモツズマブ、マツズマブ、トラスツズマブ、ペルツズマブ、リツキシマブ、ダクリズマブ、J591、又はその抗原結合性フラグメントとすることができる。
【0025】
本開示の一態様では、前記治療法において、前記APCの光増感剤は親水基に結合した疎水性色素骨格を含む両親媒性分子とすることができる。
【0026】
本開示の一態様では、前記治療法において、前記APCの光増感剤は疎水性色素を含むものとすることができる。
【0027】
本開示の一態様では、前記治療法において、前記患者に当てられる放射線は近赤外光とすることができる。
【0028】
本開示の一態様では、前記治療法において、前記患者に当てられる放射線は660~740nmの波長を有するものとすることができる。
【0029】
本開示の一態様では、前記治療法において、放出される前記リガンドはC14H33NO10S3Siフラグメントとすることができる。
【0030】
本開示の一態様では、前記治療法において、前記液体クロマトグラフィ質量分析は、三連四重極質量分析装置、プローブエレクトロスプレイイオン化質量分析装置(PESI-MS)、DART(Direct Analysis in Real Time)質量分析装置(DART-MS)又は大気圧固体試料分析プローブ質量分析装置(ASAP-MS)を用いるものとすることができる。
【0031】
前記方法、治療法及び装置を個別に記載してきたが、これらの記載はそれらの使用又は機能の範囲に関して何ら制限を示唆することを意図してはいない。実際、本開示の他の態様においてはこれらの方法、治療法及び装置を組み合わせてもよい。
【0032】
開示された主題の更なる特徴、性質及び様々な長所は、以下の詳細な説明と添付図面からより明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【
図1】一実施形態に係るNIR-PIT治療法を示す図。
【
図2】一実施形態に係るNIR-PIT治療による免疫誘導と腫瘍の縮小を示す図。
【
図3】一実施形態に係るNIR-PIT治療の化学反応を示す図。
【
図4】一実施形態によるLCMSでの検出を説明する図。
【
図5】一実施形態に係るNIR-PIT治療の分析条件を説明する表。
【発明を実施するための形態】
【0034】
本発明者らは、標的となったがん細胞がどのように死滅するのか研究し、最終的に、いくつかの実験を通じて、NIR-PIT法の実施によりAPCの光増感剤の特性が変化することを確認した。
【0035】
NIR-PIT法では、抗体を光吸収体/光増感剤に結合させて抗体・光増感剤複合体(APC)を作り、そのAPCを患者の体内に注入する。このAPCは腫瘍細胞まで移動し、その(一又は複数の)細胞に選択的に結合することができる。
【0036】
APCの抗体は、抗原、つまり腫瘍の細胞表面のタンパク質を標的として、それに結合するようになっている。細胞表面のタンパク質は例えば、ヒト上皮成長因子受容体(HER)1、HER2、HER3、HER4、CD5、CD25、CD52、IL-13R、ルイスY(Lewis Y)抗原、メラノーマ関連抗原(MAGE)1、MAGE2、MAGE3、MAGE4、がん抗原125(CA-125)、腫瘍関連グリコプロテイン72(TAG-72)、gp100、p97メラノーマ抗原、ヒト乳脂肪球(HMFG)、T細胞で認識されたメラノーマ抗原1(melanoma antigen recognized by T cells 1:MART1)、Bメラノーマ抗原(BAGE)1、BAGE2、G抗原(GAGE)1、GAGE2、GAGE3、GAGE4、GAGE5、GAGE6、乳がん関連DF3抗原、ニューヨーク食道扁平上皮がん1(NY-ESO-1)、メソテリン、又は、がん胎児抗原(CEA)である。抗体は例えば、セツキシマブ、パニツムマブ、ザルツムマブ、ニモツズマブ、マツズマブ、トラスツズマブ、ペルツズマブ、リツキシマブ、ダクリズマブ、J591、又はその抗原結合性フラグメントである。
【0037】
光吸収体/光増感剤は両親媒性分子とすることができる。この分子は、親水基に結合した疎水性色素骨格を含むことができ、近赤外波長域においてより高い減衰係数を持つものとすることができる。好ましくは、疎水性色素はフタロシアニン色素、例えばC74H96N12Na4O27S6Si3という化学式を持つIRDye(登録商標)700とすることができる。もっとも、他のフタロシアニン色素や他の一般的な色素を用いてもよい。
【0038】
光増感剤は両親媒性分子とすることができ、近赤外光を当てると光増感剤が親水基を失って親水性から疎水性に変化し、疎水性APCの凝集及び/又は析出が生じるものとすることができる。
【0039】
例えば近赤外光を光増感剤に照射することで親水基が除去され、高い親水性の構造を持つフラグメント(リガンド)が残るようにすることができる。このリガンドは腎臓を通り抜けて尿中に排出されるのに十分な親水性を持つものとすることができる。
【0040】
一般に、抗体IR700を投与した後の適切な照射線量は660~740nmの波長において少なくとも1Jcm-2であり、例えば660~740nmの波長において少なくとも10Jcm-2、660~740nmの波長において少なくとも50Jcm-2、又は660~740nmの波長において少なくとも100Jcm-2であり、例えば660~740nmの波長において1~500Jcm-2である。いくつかの例では波長は660~710nmである。具体例では、抗体IR700の分子を投与した後の適切な照射線量は例えば波長680nmにおいて少なくとも1.0Jcm-2、波長680nmにおいて少なくとも10Jcm-2、波長680nmにおいて少なくとも50Jcm-2、又は波長680nmにおいて少なくとも100Jcm-2であり、例えば波長680nmにおいて1~500Jcm-2である。
【0041】
一実施形態では、近赤外光を当てると光増感剤IRDye(登録商標)700DXが親水性から疎水性に変化し、疎水性APCの凝集及び/又は析出が生じるものとすることができる。
【0042】
具体的には、近赤外光を当てる前に、IRDye(登録商標)700DXが2つのリガンドに結合された高い疎水性骨格を含み、それらのリガンドがIRDye(登録商標)700DXの水溶性を高めるものとすることができる。このIRDye(登録商標)700DXに例えば近赤外光を照射すると、IRDye(登録商標)700DXからC
14H
33NO
10S
3Siフラグメント(リガンド)が放出される。このリガンドが腎臓を通り抜けて尿中に排出される。これを
図3に示す。
【0043】
このリガンドは従来のLCMS、例えばNexera LCMS-8050システム(島津製作所製)により検出可能であることが分かった。排出された尿はメタノールと混合し、遠心分離器にかけることができる。その結果得られる上澄みを従来のLCMSに通すことで、リガンドの検出、分析及び定量化を行うことができる。これを
図4及び5に示す。
【0044】
現在、マウスに対するNIR-PIT法の有効性と効率を判定するために、このリガンド検出が以下のように実施されている。
【0045】
なお、このリガンドは、プローブエレクトロスプレイイオン化質量分析装置(PESI-MS)、DART(Direct Analysis in Real Time)質量分析装置(DART-MS)又は大気圧固体試料分析プローブ質量分析装置(ASAP-MS)を用いた直接イオン化法によっても検出できることが分かった。更に、他の関連技術をリガンドの定量に用いることもできる。
【0046】
従って、LCMS又は他の方法でリガンドの定量測定ができるから、NIR-PIT法の治療効果を評価することができる。即ち、リガンドの量は反応したIR700分子の数に依存するから、NIR-PIT治療の効率をLCMSで判定することができる。このような定量測定の例を
図6に示す。
【0047】
現在、装置の感度及び精度を維持しつつ分析時間の短縮と操作の容易化を図るべく、LCMSに様々なタイプの注入口を用いることによって分析方法を改善するための研究が進められている。
【0048】
NIR-PIT治療の効率の判定は、少なくとも、上述のようなこの治療法の仕組みが最近になってようやく分かったという理由から重要である。従って、排せつ尿中のリガンドの定量的な測定結果から、健康管理の専門家は、NIR-PIT法を含む治療においてその後どのような手順を踏めばよいかについて情報を得ることができるであろう。
【0049】
NIR-PIT治療法で比較的大きながん性腫瘍を治療する場合、その比較的大きながん性腫瘍を1回のNIR-PIT治療で破壊しようとしないことが重要である。1回の治療であまりに大量のがん性細胞を破壊してしまうと、治療を受けている患者がショック状態になって健康上のリスクにさらされる恐れがある。このようなリスクを避けるため、比較的大きいがん性腫瘍に対してはそれを標的として複数回のNIR-PIT治療を行うことが重要である。
【0050】
最初のNIR-PIT治療に続くその後のNIR-PIT治療は最初の治療の翌日に行うのが典型的である。しかしこの期間はそれに限られず、より長く又は短くしてもよい。
【0051】
適切な量のAPC薬剤がNIR-PIT治療のために患者の体内系に確実に存在するようにするためには、最後のNIR-PIT治療後に残存するAPC薬剤の量をまず測定しなければならない。上述のように、本開示の一態様が、患者の体内に残存するAPCの量の測定という課題の解決策となり得る。
【0052】
具体的には、大量のリガンドが検出されたら、その特定のNIR-PIT治療の結果、それに相当する大量のAPCが活性化されたと判断することができる。従って患者の体内にはそれに相当する少量のAPC薬剤が残っていると判断することができる。
【0053】
一方、少量のリガンドが検出されたら、その特定のNIR-PIT治療の結果、それに相当する少量のAPCが活性化されたと判断することができる。従って患者の体内にはそれに相当する大量のAPC薬剤が残っていると判断することができる。
【0054】
患者の体内に残存するAPC薬剤の量に関する情報は、健康管理の専門家が必要に応じてその後のNIR-PIT治療のために患者の体内に注入すべきAPC薬剤の正しい量を決める上で役立つ。
【0055】
リガンドの試験から少しずつ集めた情報はNIR-PIT治療を受けている各個人の治療プランを立てるために用いることもできる。このような治療プランは以下の手順を含むものとすることができる。
【0056】
まず、IRDye(登録商標)700DXを含む一又は複数の分子を含むAPC薬剤の適切な量を選択し、該IRDye(登録商標)700DXを含む一又は複数の分子が細胞表面の標的に結合できるような条件下で患者に投与する。
【0057】
次に、患者がNIR-PIT治療を受ける。このNIR-PIT治療では、表面がIRDye(登録商標)700DXを含む一又は複数の分子に結合した細胞に、該細胞が死滅し得る条件で、例えば660~740nmの波長において少なくとも1Jcm-2の線量で放射線が照射される。この波長の近赤外励起光は少なくとも組織内部に数センチまで入り込むことができる。例えば、先端に拡散器を持つファイバ結合レーザダイオードを用いることにより、体の表面から深いところにある、他の方法では届かない腫瘍から数センチメートル以内まで近赤外光を届かせることができる。固体がんの治療の他に、循環する腫瘍細胞も標的とすることができる。なぜならその腫瘍細胞は体表面にある血管を通る際に励起され得るからである(例えば、コバヤシらの特許文献4に開示されているウェアラブル型近赤外LED装置を使用)。開示された方法は移植による拒絶反応の治療法としても利用できる。
【0058】
次に、上記に従って患者の尿を分析して、尿中に排出されたリガンドを検出し、その量を定量化する。
【0059】
次に、リガンドに関する情報を分析して、患者の体内に残存するAPC薬剤の量を測定し、先のNIR-PIT治療の有効性を判定する。
【0060】
次に、リガンドに関する情報を利用して後続のNIR-PIT治療のプランを立てる。次に、前記後続のNIR-PIT治療を施す前に、適切な量のAPC薬剤を患者に投与する。その適切な量は前記リガンドに関する情報に基づいて決定する。
【0061】
次に、前記後続のNIR-PIT治療を実施する。このプロセスは必要に応じて繰り返される。
【0062】
先に触れた臨床試験は抗体を腫瘍細胞に結合させるようなNIR-PIT法に特化したものであるが、近いうちに、免疫誘導を確実にするために免疫抑制因子を標的としてNIR-PIT法を用いることが可能になるであろう。即ち、乳がん等、他の受容体を発現するがんを標的とするために様々な抗体をAPCに添加することが近いうちに可能になるであろう。
【0063】
本開示ではいくつかの例示的な実施形態について説明したが、他にも本開示の範囲内に含まれる変更、変形及び様々な等価物での代用が存在する。従って、当業者であれば、本明細書に明示的に提示又は記載されていなくても、本開示の原理を具現化し、以て本開示の精神及び範囲内に含まれるような数多くの装置及び方法を作り出すことができる、ということが分かるであろう。