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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-09
(45)【発行日】2024-10-18
(54)【発明の名称】消化管被覆材及び移植用材料
(51)【国際特許分類】
   A61L 27/38 20060101AFI20241010BHJP
   A61L 27/40 20060101ALI20241010BHJP
【FI】
A61L27/38 300
A61L27/38 100
A61L27/40
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020160797
(22)【出願日】2020-09-25
(65)【公開番号】P2022053906
(43)【公開日】2022-04-06
【審査請求日】2023-06-14
(73)【特許権者】
【識別番号】505155528
【氏名又は名称】公立大学法人横浜市立大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001656
【氏名又は名称】弁理士法人谷川国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】石川 義弘
(72)【発明者】
【氏名】横山 詩子
(72)【発明者】
【氏名】中村 隆
【審査官】柴原 直司
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/052472(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 27/38
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
培地中の細胞に対し周期的圧力の印加及び細胞の添加を交互に繰り返すことにより、細胞が積層された重層細胞シートを作製する工程を含む、消化管被覆材の製造方法であって、前記細胞が平滑筋細胞である、前記製造方法
【請求項2】
周期的圧力が、0.0005Hz~0.01Hzの周期の圧力である、請求項1記載の方法
【請求項3】
周期的圧力は、高圧値が120~500kPaであり、低圧値が大気圧~115kPaである、請求項1又は2記載の方法
【請求項4】
前記工程において、細胞が5層~25層積層した重層細胞シートを作製する、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、消化管被覆材及び移植用材料に関する。
【背景技術】
【0002】
日本における大腸がんの罹患数は2015年時点でおよそ14万人であり、日本人女性のがん死因の1位、男性の3位を占めている。治療方法は主に外科手術であり、年間6万件程度の開腹手術が行われている。消化管手術には様々な合併症の危険性があり、特に、消化管縫合部より内容物が漏出する縫合不全の発生が大きな問題となっている。消化管手術後の縫合不全の発生率は10%程度と高率であり(非特許文献1)、術後死亡例の1/3は縫合不全が原因である(非特許文献2)。大腸手術件数は年々増加傾向だが、術後死亡率は改善していない(非特許文献3)。
【0003】
消化管手術後の縫合不全を予防するため、縫合部上を被覆材にて覆う方法が試みられており、これまでに様々な材料が検討されてきた。例えば、被覆材としてフィブリン糊やゴアテックス(登録商標)などの人工材料が用いられてきたが、動物実験および臨床実験にて縫合不全予防の十分な成績を有する人工材料は未だ開発されていない(非特許文献4~10)。一方、生体材料として大網が従来より利用されてきたが、臨床試験の結果より有効性は否定された(非特許文献11)。さらに、近年の再生医療の発展により、幹細胞を用いた被覆材の開発が行われきているが、十分な強度を有する材料は開発されておらず、未だ臨床応用に至っていない。消化管縫合部被覆材に関する特許出願の例として、例えば、ポリグリコール酸とフィブリノゲンの組み合わせを用いた欠損部閉塞用デバイスについての出願があるが(特許文献1)、成績は通常の縫合と同様である。リン酸化プルランを含有する組成物を用いた生体吸収性のシートまたはフィルム(特許文献2)、羊膜の脱細胞化シートの発明(特許文献3)が知られているが、これらを消化管に適用した報告はない。消化管縫合不全に対して明確な安全性、有効性を示す素材は開発されていないのが現状である。
【0004】
一方、本願発明者らのグループはこれまでに、周期加圧により重層細胞シートを作製する技術を開発しており(特許文献4)、この技術により生体血管に匹敵する強度を有する血管細胞シートを作製したことも報告している(非特許文献12)。しかしながら、この重層細胞シートの消化管被覆材としての有効性は不明である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2006/025150号
【文献】国際公開第2017/154998号
【文献】特開2014-138590号公報
【文献】特許第6733126号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】斉田芳久 et al., 日本大腸肛門病会誌, 2012, 65, 355-362.
【文献】Snijders et al., Eur J Surg Oncol, 2012, 38(11), 1013-1019.
【文献】掛地吉弘など、日本消化器外科学会雑誌、2017, 50(2), 166-176.
【文献】Aydin et al., JSLS, 2015, 19(3), e2015.00040. doi: 10.4293/JSLS.2015.00040.
【文献】Kim et al., Am J Surg. 2014, 207(6), 840-846.
【文献】van der ham et al., Br J Surg. 1991, 78(1), 49-53.
【文献】Kanellos et al., Tech Coloproctol. 2003, 7(2), 82-84.
【文献】Akugun et al., Tech Coloproctol. 2006,10(3), 208-214.
【文献】van der vijver et al., Int J Colorectal Dis. 2012, 27(8), 1101-1107.
【文献】Trotter et al., Ann R Col Surg Engl. 2018, 100(3), 230-234.
【文献】Merad et al., Ann Surg. 1998, 227(2), 179-186.
【文献】Yokoyama, U., Tonooka, Y., Koretake, R. et al., Sci Rep 7, 140 (2017), DOI:10.1038/s41598-017-00237-1
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、消化管縫合不全に対して安全性及び有効性を示し、消化管被覆材として実用的であるとともに、消化管被覆材以外の用途にも適用できる新規な移植用素材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、特許文献4記載の技術を応用し、高度の消化管縫合不全を呈するモデル動物においても縫合不全を防止できるレベルの強度を有する細胞シートの作出に成功するとともに、この細胞シートを脱細胞処理して同様に十分な強度を有する脱細胞シートを作出できることを見出し、本願発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は、培地中の細胞に対し周期的圧力の印加及び細胞の添加を交互に繰り返すことにより、細胞が積層された重層細胞シートを作製する工程を含む、消化管被覆材の製造方法であって、前記細胞が平滑筋細胞である、前記製造方法を提供する

【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、十分な強度を有する消化管被覆材及び移植用材料を提供できる。本発明の消化管被覆材は、高い弾力と強度を有し、消化管手術において大きな問題となっている縫合不全の発生を防止することができる。原材料として患者由来の細胞のみを用いて、培地中で周期加圧と細胞添加を繰り返すことにより作製できるので、移植後に拒絶反応を起こすおそれがなく、安全性も非常に高い。また、本発明の移植用材料は、あらかじめ作製しておいた脱細胞シートに患者由来の細胞を播種することにより、患者からの細胞採取後短期間のうちに当該患者用の移植用材料を調製することができるので、安全性及び有効性に加えて実用上の利便性も高い。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の消化管被覆材及び移植用材料の作製に好ましく用いることができる装置の構成の一例である。
図2-1】縫合不全モデルラットの作製方法を説明する図である。
図2-2】高度縫合不全モデルラットの作製方法を説明する図である。
図3】縫合不全モデルラットの細胞シート被覆した縫合部の組織染色像である(術後3日)。上段:ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色、中段:マッソントリクローム(MT)染色、下段:エラスチカ・ワンギーソン(EV)染色。移植した細胞シートは、MT染色により青色に、EV染色により黒紫色に染色された。
図4】縫合不全モデルラットの縫合部組織の画像及びHE染色像である(術後5日)。対照群ではリークが生じ、瘤状の膿瘍の形成を認めたが、被覆群ではリークを認めず、シート外側には脂肪組織が集積し、膿瘍の形成は認めなかった。
図5】縫合不全モデルラットの細胞シート被覆した縫合部の組織をMTで染色、抗α-SMA抗体で免疫染色、又は抗CD34抗体で免疫染色した組織染色像である(図4の被覆群HE染色像中の枠で囲んだ部分の拡大図)。
図6】縫合不全モデルラットの縫合部組織のHE染色像である(術後14日、28日)。対照群では術後14日で強い炎症細胞の浸潤を伴う瘤状構造物を認めたが、被覆群では炎症反応が抑制されており、術後28日でも炎症反応は低いまま維持されていた。
図7】縫合不全モデルラットの縫合部の耐圧性を評価した結果である(術後5日)。
図8】高度縫合不全モデルラットの縫合部組織のHE染色像である(術後3日)。
図9】実施例で作製した脱細胞シートのHE染色像である。
図10】縫合不全モデルラットの脱細胞シート被覆した縫合部組織のHE染色像である(術後3日)。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明で用いる重層細胞シートは、培地内の細胞に対し周期的圧力の印加及び細胞の添加を交互に繰り返すことにより作製された、細胞が積層したシートである。
【0013】
細胞の好ましい例として、筋芽細胞、平滑筋細胞、皮膚線維芽細胞等を挙げることができる。筋芽細胞は、例えば、消化管(大腸)の手術を予定している患者の筋肉組織から分離したものを用いることができる。患者自身の細胞で重層細胞シートを作製することにより、拒絶反応を起こさない安全性の高い消化管被覆材を作製することができる。平滑筋細胞としては、例えばヒト平滑筋細胞の場合、産科病院にて採取されたヒト臍帯より初代培養した平滑筋細胞を好ましく用いることができる。皮膚線維芽細胞としては、例えば、患者の皮膚から分離した皮膚線維芽細胞を好ましく用いることができる。重層細胞シートを消化管被覆材として用いる場合には、特に筋芽細胞を好ましく用いることができる。人工多能性幹細胞や、各種組織の幹細胞ないしは前駆細胞等の、ヒト胚性幹細胞を除く多能性細胞を分化させて調製された細胞を用いてもよい。
【0014】
本発明の消化管被覆材は、ヒト用に限定されるものではなく、様々な哺乳類のための消化管被覆材を包含する。従って、重層細胞シートの作製に使用する細胞には、様々な哺乳類に由来する細胞が包含される。本願発明者らがこれまでに重層細胞シートを作製した細胞はヒト細胞、マウス細胞、ラット細胞、ウシ細胞であるが、哺乳類の種類はこれらに限定されず、愛玩動物、家畜、霊長類、水棲哺乳類、観賞用動物等を包含する様々な哺乳類の細胞を使用することができる。ヒト以外の哺乳類の具体例として、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、フェレット、ウシ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、イヌ、ネコ、サル、チンパンジー、ゴリラ、ウマ、クマ、サイ、ゾウ、キリン、オカピ、パンダ、イルカ、クジラ、シャチ等を挙げることができるが、これらに限定されない。
【0015】
細胞への圧力印加は、培地に細胞を懸濁した細胞懸濁液を非密閉性の細胞収容容器に入れ、この細胞収容容器を耐圧性の圧力容器に収め、コンプレッサーで圧縮したガスを圧力容器内に送り込むことにより圧力印加することが好ましい。このように、培地表面を圧縮ガスで加圧することで培地中の細胞に対し静水圧をかける方式により細胞シートを作製する装置として、特許文献4に記載された三次元細胞集合体の作製装置が知られており、本発明で用いる重層細胞シートの作製には該装置を好ましく用いることができる。図1は、特許文献4の装置の構成例の1つである。
【0016】
培地は特に限定されず、細胞培養に一般的に使用される培地を用いることができる。
【0017】
細胞収容容器は、生細胞に悪影響のない材質で、加圧処理に耐えうる強度を有する容器であれば特に限定されない。形状も特に限定されず、シリンジやチューブ等のような円筒形状でもよいし、フラスコのような形状でもよいが、通常は培養皿のような平たい形状の容器を好ましく用いられる。細胞収容容器の内壁には、細胞接着のための表面処理(コラーゲンコート、ポリリジンコート等)を施してよい。あるいは、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)などの温度応答性ポリマーを表面に固定化することにより、培養温度では表面が疎水性(細胞が接着)となり、低温条件では表面が親水性(細胞が遊離)に可逆的に変化する培養器材が知られており、市販品も存在するので(例えばCellSeed社のUpCell(登録商標)など)、そのような温度感受性ポリマーで表面処理された培養器材を細胞収容容器として好ましく用いることができる。調製後の重層細胞シートは、用手的に容器から引きはがして容器から容易に回収することができる。あるいは、温度感受性ポリマーで表面処理された培養器材を用いた場合には、表面が親水性に変化する温度条件下で一定時間置くことにより、細胞シートが自然に剥がれるので、細胞シートに損傷を与えることなく容易に回収することができる。
【0018】
細胞に印加する周期的圧力の強さは、高圧値を120~500kPaの範囲(例えば、120~450kPa、120~400kPa、120~350kPa、120~300kPa、120~250kPa、又は120~200kPa)、低圧値を大気圧(非加圧)~115kPaの範囲に設定することが好ましい。使用する細胞の種類に応じて異なる圧力を選択してよく、例えば平滑筋細胞を用いる場合は高圧値を170~200kPa、例えば180kPa程度に設定し、筋芽細胞を用いる場合は高圧値を120~150kPa、例えば130kPa程度に設定してもよい。
【0019】
圧力の周期は極長周期とすることが好ましく、具体的には、0.0005Hz(高圧1000秒-低圧1000秒の2000秒周期)~0.01Hz(高圧50秒-低圧50秒の100秒周期)、例えば0.001Hz(高圧500秒-低圧500秒の1000秒周期)~0.004Hz(高圧125秒-低圧125秒の250秒周期)であることが好ましい。
【0020】
周期的圧力を印加する時間は12時間~48時間程度、例えば20時間~36時間程度、又は20時間~30時間程度でよい。1層目の細胞を培地に懸濁し、数時間~1日程度大気圧下で静置した後に圧力印加を開始することが好ましい。1層目の細胞に周期加圧した後、2層目となる細胞を添加し、大気圧下で12時間~48時間程度静置してから周期加圧をする。この操作を繰り返すことにより、複数の細胞層が積層した重層細胞シートを得ることができる。消化管被覆材として用いる場合、5層~25層程度、例えば5層~20層程度、又は5層~15層程度積層した重層細胞シートを好ましく用いることができる。上記のような極長周期の加圧により弾性線維の発現が促進し、細胞骨格の形成が顕著となるため、極長周期加圧と細胞添加(重層)を繰り返すことにより、非常に高い弾性強度を有する重層細胞シートを得ることができる。細胞収容容器内の培地の交換は必須ではないが、細胞を添加する際に一部又は全部の培地を交換してもよい。
【0021】
1層目となる細胞の懸濁液は、十分に高い細胞密度に調整する。特許文献4に記載された装置を用いる場合、適当な細胞密度は、細胞収容容器の形状及び大きさ、並びに細胞自体のサイズに応じて異なり得るが、一般に、圧力印加する時の細胞収容容器の重力方向の底面積に対し、単層を形成できる量を超える量の細胞が細胞懸濁液に含まれていればよい。通常は、重力方向の底面積(容器がディッシュの場合はディッシュの底面積)1平方センチメートルあたり、1000個以上、例えば10万個程度以上、又は25万個程度以上の細胞懸濁液を使用すれば十分である。細胞の密度の上限は特に限定されないが、通常1平方センチメートルあたり1000万個以下である。例えば、3cm直径のディッシュを用いて平滑筋細胞又は筋芽細胞に圧力印加する場合、50万個~150万個程度の細胞をディッシュに播種すればよい。
【0022】
加圧処理中の温度は、使用する細胞の種類に応じて適宜設定される。通常、使用する細胞を培養する場合に用いられる温度条件が採用される。動物細胞の場合に通常用いられる温度は30℃~40℃程度であり、ヒト体細胞の場合は35℃~38℃程度とすればよい。もっとも、温度は特に限定されるものではなく、室温程度又は凍結しない程度の低温(15℃程度)まで温度を下げても差し支えない。圧力容器をインキュベータ内に収容し、インキュベータの温度を上記した適当な温度に設定すればよい。
【0023】
圧縮ガスは、CO2濃度を適宜調整した空気を圧縮したガスであることが好ましい。図1の装置のように、インキュベータ内のガスを適当な組成に調整し、インキュベータ内からガスを取り出して圧縮ガスを作りだし、インキュベータ内に収容した圧力容器内に圧縮ガスを送りこむ方式としてよい。CO2濃度は、使用する細胞を通常通り培養する場合に用いられる濃度であればよく、ヒト体細胞の場合はCO2濃度5.0%とするのが一般的である。圧縮ガス(インキュベータ内)のCO2濃度は一定に維持してもよいし、所望によりCO2濃度を変動させてもよい。CO2以外のガスの濃度、例えばO2濃度を変動させることも可能である。
【0024】
上記のようにして重層細胞シートを作製することにより、破断応力が400mmHg~1500mmHg程度ないしはそれ以上の数値を有し、柔軟で頑強性の高い重層細胞シートが得られるので、縫合不全を防止するための十分な弾性強度を有する消化管被覆材を提供できる。作製した重層細胞シートは、適当な成分を含む培地(例えば、アスコルビン酸添加培地等)を用いて数日程度以上培養してから移植に用いてよい。
【0025】
また、重層細胞シートを脱細胞処理して調製した脱細胞シートは、消化管被覆材を含め様々な用途で使用可能な移植用材料となる。すなわち、本発明は、培地中の第1の細胞に対し周期的圧力の印加及び細胞の添加を交互に繰り返すことにより作製された重層細胞シートを脱細胞処理してなる脱細胞シートを含む、移植用材料も提供する。
【0026】
脱細胞シートを調製する場合、重層細胞シートの作製に用いる第1の細胞として、上記したように筋芽細胞、平滑筋細胞、皮膚線維芽細胞等を好ましく用いることができるが、患者から採取した細胞である必要は無い。患者以外のヒトに由来する細胞も、第1の細胞として好ましく用いることができる。またヒト細胞に限らず、様々な哺乳類の細胞を第1の細胞として用いることができる。上述したように、本願発明者らがこれまでに重層細胞シートを作製した細胞はヒト細胞、マウス細胞、ラット細胞、ウシ細胞であるが、哺乳類の種類はこれらに限定されず、愛玩動物、家畜、霊長類、水棲哺乳類、観賞用動物等を包含する様々な哺乳類の細胞を第1の細胞として使用することができる。ヒト以外の哺乳類の具体例として、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、フェレット、ウシ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、イヌ、ネコ、サル、チンパンジー、ゴリラ、ウマ、クマ、サイ、ゾウ、キリン、オカピ、パンダ、イルカ、クジラ、シャチ等を挙げることができるが、これらに限定されない。
【0027】
脱細胞処理の方法としては、様々な方法が知られている(Peter M. Crapo, Thomas W. Gilbert, and Stephen F. Badylak. Biomaterials 32 (2011) 3233-3243)。公知の脱細胞処理の具体例を挙げると、界面活性剤による脱細胞処理として、ポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテル(Triton X-100)等の非イオン性界面活性剤による処理;ドデシル硫酸ナトリウム、デオキシコール酸ナトリウム、2-[2-[4-(1,1,3,3-テトラメチルブチル)フェノキシ]エトキシ]エタンスルホン酸ナトリウム(Triton X-200)等のイオン性界面活性剤による処理;3-[(3-クロラミドプロピル)ジメチルアンモニオ]-1-プロパンスルホネート(CHAPS)、3-(デシルジメチルアンモニオ)プロパン-1-スルホナート(スルホベタイン-10)、3-[ジメチル(パルミチル)アンモニオ]プロパン-1-スルホナート(スルホベタイン-16)等の両イオン性界面活性剤による処理が挙げられる。界面活性剤以外による公知の脱細胞処理方法としては、酸又は塩基による処理;高張液による処理;アルコール処理;アセトン処理;リン酸トリブチル処理;凍結融解処理;高圧処理;エレクトロポレーション処理等が挙げられる。薬剤による処理の場合は、薬剤を含む溶液中に重層細胞シートを数時間浸漬し、適当な緩衝液や水で洗浄すればよい。重層細胞シートより、細胞外マトリクスの三次元構造及びシートとしての強度を損なうことなく細胞成分のみを除去できる手法であれば、いずれの脱細胞処理方法を用いてもよい。上記に例示した脱細胞処理方法のうち、特に界面活性剤による処理が好ましい。
【0028】
脱細胞シートには、第2の細胞を播種することができる。すなわち、脱細胞シートを含む本発明の移植用材料は、第2の細胞を含むものであってよい。第2の細胞としては、移植用材料を移植する予定の患者から採取した細胞、ないしは、該患者から採取した細胞より調製したiPS細胞等の多能性細胞(患者由来多能性細胞)を分化誘導した細胞を好ましく用いることができる。十分な強度を有する重層細胞シートを作製するためには数日以上の時間を要するが、予め患者以外の個体に由来する細胞を用いて脱細胞シートを作製しておけば、患者から採取した細胞を脱細胞シートに播種することで短期間のうちに当該患者用の移植用材料を作製することができる。本発明の移植用材料はヒト用に限定されるものではなく、様々な哺乳類のための移植用材料を包含する。従って、脱細胞シートに播種する第2の細胞には、愛玩動物、家畜、霊長類、水棲哺乳類、観賞用動物等を包含する様々な哺乳類の細胞が包含される。ヒト以外の哺乳類の具体例として、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、フェレット、ウシ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、イヌ、ネコ、サル、チンパンジー、ゴリラ、ウマ、クマ、サイ、ゾウ、キリン、オカピ、パンダ、イルカ、クジラ、シャチ等を挙げることができるが、これらに限定されない。
【0029】
第2の細胞の種類は、移植用材料の使用目的に応じて選択でき、例えば、移植用材料を消化管被覆材として用いる場合には筋芽細胞を、心臓移植用シートとして用いる場合には心筋細胞を、血管移植用シートとして用いる場合には血管平滑筋細胞を、皮膚移植用シートとして用いる場合には皮膚線維芽細胞を、患者から採取するか、患者由来多能性細胞を分化誘導し、第2の細胞として用いればよい。多能性細胞から各種の細胞を分化誘導する技術も確立している。例えば心筋細胞の分化誘導は、高密度で播種して数日間培養したiPS細胞にActivinとBMP-4を用いて中胚葉へ分化する。次にWntシグナル修飾剤を用いて心筋前駆細胞に分化させる。さらに、心筋前駆細胞はVEGFなどの増殖因子の存在下で培養することにより、心筋細胞に分化することが可能となる (Uosakai H et al., PLoS ONE, 2011, 6, e23657)。筋芽細胞は患者の筋肉から、皮膚線維芽細胞は患者の皮膚から、それぞれ侵襲度が比較的高くない方法で採取することができるし、多能性細胞から分化誘導することも可能である。
【実施例
【0030】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0031】
1.細胞シートの作製及び移植実験
1-1.方法
ラット新生児および胎児の大動脈より分離した平滑筋細胞を細胞シート作製に用いた。3cm直径のディッシュ上にラット大動脈平滑筋細胞(10%ウシ血清入りDMEM培地中に細胞を懸濁した細胞懸濁液)を100万個/dishにて播種し、24時間静置した後、図1に示した装置を用いて周期加圧 (110-180kPa, 0.002Hz)を24時間行なった。1層目の上にさらに100万/dishのラット大動脈平滑筋細胞を播種し、24時間後に再度周期加圧を24時間行なった。この24時間毎の細胞播種および周期加圧を繰り返し、10層まで積層させた。その後、アスコルビン酸 (50μM)添加した培地にて1週間培養し、移植用の細胞シートとした。なお、ラット大動脈平滑筋細胞を上記と同様に0.002Hzで周期加圧して10層まで積層した後、アスコルビン酸添加培地での培養期間を2週間とした細胞シートの破断応力は734~2287 mmHgであった(非特許文献12)。
【0032】
移植実験は、縫合不全モデルラット及び高度縫合不全モデルラットを用いて以下の通りに行なった。
(1) 縫合不全モデルラットでの移植実験方法(図2-1)
ラットの下行結腸に2/3周の切開を加えた後、3針縫合することにより、半数程度の個体に縫合不全が発生する。被覆群のラットには、図2-1に示すように、下行結腸の切開部を細胞シートにて被覆し、6-0ナイロン糸にて3針単純結紮縫合した。対照群のラットには、切開部を細胞シートで被覆することなく、そのまま3針縫合した。術後3、5、14、28日にて縫合部の組織変化・耐圧性を評価した。
(2) 高度縫合不全モデルラットでの移植実験方法(図2-2)
ラットの結腸亜全摘後に断端同士を5針端端吻合することにより、100%で縫合不全が生じるモデルが知られている(Sukho P et al., Biomaterials, vol.140, September 2017, pp.69-78)。この高度縫合不全モデルラットを作製し、吻合部に細胞シートを全周性に被覆した(被覆群)。術後3日にて縫合部の組織変化・耐圧性を評価した。
【0033】
1-2.移植実験における縫合部の組織変化の評価方法
移植されたラットを安楽死したのち、縫合部を含む組織を摘出し、ホルマリンにて固定した。その後、パラフィン包埋ブロックを作製した。作製した包埋ブロックより以下の染色を行った。ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色にて縫合部における炎症細胞や線維芽細胞の浸潤の程度を評価した。マッソントリクローム(MT)染色にて組織中のコラーゲンの沈着の程度を評価した。エラスチカ・ワンギーソン(EV)染色にて細胞シート中のエラスチン量を評価した。また、CD34 (血管新生の評価)およびα-SMA (筋線維芽細胞の浸潤の評価)の免疫組織化学染色を行ない、縫合部における血管新生の程度および筋線維芽細胞の浸潤の程度を評価した。
【0034】
1-3.耐圧性の評価方法
移植されたラットを安楽死したのち、縫合部の前後15mmにて組織を摘出した。摘出された組織の吻側よりカテーテルを挿入し、腸断端をカテーテル毎結紮した。また、肛門側の腸断端も結紮した。カテーテルよりシリンジポンプを用いて120ml/hにて送気し、送気中の腸内圧を測定した。腸のどこかより空気が漏れた直前の圧をバーストプレッシャー(bursting pressure, mmHg)とした。
【0035】
1-4.結果
縫合不全モデルでの組織変化評価の結果を図3図6に、耐圧性評価の結果を図7に示す。縫合部へ移植した細胞シートは、エラスチン線維(EV染色で黒紫に染色)およびコラーゲン線維(MT染色で細胞シートが青く染色)を豊富に含んだ状態で残存した(図3)。また、縫合部に細胞シートを被覆しなかった個体では縫合部に膿瘍を認める個体を多く認めたが、細胞シートを被覆した個体ではシートの外側への膿瘍の形成は認めなかった(図4)。細胞シートを被覆した縫合部周囲においては血管新生を認めるとともに、α-SMA陽性線維芽細胞が多数認められた(図5)。術後14日では、対照群で強い炎症細胞の浸潤を伴う瘤状構造物を認める個体が多かったが、細胞シートを被覆した被覆群では炎症反応が抑制されており、術後28日でも炎症反応は低いまま維持され、シート構造物の残存も認められた(図6)。
縫合部の耐圧性評価では、細胞シートを被覆した縫合部において、細胞シートを被覆していない縫合部に比較して高値を示す傾向が認められた(図7)。
【0036】
高度縫合不全モデルでの組織変化評価の結果を図8に示す。細胞シートによる被覆なしの対照群では全ての個体で吻合部が裂開したが、被覆群では術後3日の時点で裂開した個体を認めず縫合不全が全く発生しなかった。高度の縫合不全を生じるモデルにおいても、縫合不全を抑制できることが確認された。
【0037】
2.脱細胞シートの作製および移植実験
2-1.方法
1-1.と同様の方法にて、ラット大動脈平滑筋細胞を用いて周期加圧処理 (110-180kPa, 0.002Hz)により10層の重層細胞シートを作製したのち、アスコルビン酸 (50μM)添加培地にて1週間培養した。脱細胞処理は以下の二種類の方法にて行った。
(1) PBSにて洗浄した重層細胞シートを-80度にて凍結したのち、室温にて融解させる。この凍結・融解の過程を6回繰り返したのち、25mM NH4OH溶液にて20分処理したのち、超純水にて洗浄する。
(2) PBSにて洗浄した重層細胞シートを0.1%Triton X-100 + 1.5M KCl in 50mM Tris bufferにて6時間処理したのち、10mM Tris bufferにて3時間処理し、最後に超純水にて洗浄する。
上記の2種類の方法にて作製した脱細胞シートを、上記1-1.(1)と同様の方法にて、Wisterラットで作製した縫合不全モデルに移植した。術後3日にて結腸縫合部位を摘出し、組織学的検査を行った。
【0038】
2-2.結果
Triton X-100および凍結・融解にて作製したシートはHE染色にて核が存在しないことが確認されたことから(図9)、脱細胞が行えたものと判断した。Triton X-100にて作製した脱細胞シートが移植された縫合部位においては脱細胞シートと縫合部の間に炎症細胞の顕著な浸潤を認めたが、脱細胞シート外側への炎症細胞の波及を認めなかったことから(図10右)、脱細胞シートにより縫合不全が予防されたものと考えられた。膿瘍の形成も認めなかった。一方、凍結・融解にて作製した脱細胞シートでは縫合部に巨大な血腫を形成したことから(図10左)、縫合不全予防効果は低いものと考えられた。
図1
図2-1】
図2-2】
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10