(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-09
(45)【発行日】2024-10-18
(54)【発明の名称】クモ糸タンパク質を光合成細菌にて発現させるためのヌクレオチド構築物
(51)【国際特許分類】
C12N 15/74 20060101AFI20241010BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20241010BHJP
C12P 21/02 20060101ALI20241010BHJP
C12N 15/12 20060101ALN20241010BHJP
【FI】
C12N15/74 Z ZNA
C12N1/21
C12P21/02 C
C12N15/12
(21)【出願番号】P 2023097595
(22)【出願日】2023-06-14
(62)【分割の表示】P 2019551207の分割
【原出願日】2018-10-24
【審査請求日】2023-07-14
(32)【優先日】2017-10-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(31)【優先権主張番号】P 2017219141
(32)【優先日】2017-11-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、革新的研究開発推進プログラム事業「バイオ高分子を高効率に生産する光合成細菌の開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001047
【氏名又は名称】弁理士法人セントクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】沼田 圭司
(72)【発明者】
【氏名】フーン チューン ピン
【審査官】三谷 直也
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/146195(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/033652(WO,A1)
【文献】特表2010-538616(JP,A)
【文献】立山晃,研究最前線-クモの糸に学び、構造タンパク質をつくる,RIKEN NEWS,理化学研究所,2016年,423,pp. 4-7
【文献】KATSIOU, E. et al.,Microbiol. Res.,1998年,153,pp. 189-204
【文献】松永是,海洋性光合成原核生物のバイオテクノロジー,化学と生物,1989年,27 (8),pp. 513-520
【文献】TOKAREVA, O. et al.,Microbial Biotechnology,2013年,6 (6),pp. 651-663
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
C07K 1/00-19/00
C12P 1/00-41/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
PubMed
Google/Google Scholar
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
光合成細菌においてタンパク質発現を誘導し得るプロモーターに機能的に連結された、クモ糸タンパク質をコードするヌクレオチドを含み、
前記光合成細菌が紅色光合成細菌であり、
前記プロモーターがTac1プロモーターであり、
前記クモ糸タンパク質がスピドロインタンパク質であり、かつ
前記光合成細菌において前記クモ糸タンパク質を発現させるための、ヌクレオチド構築物。
【請求項2】
請求項1に記載のヌクレオチド構築物が導入された、紅色光合成細菌。
【請求項3】
請求項2に記載の紅色光合成細菌を、光照射下において培養する工程と、
前記培養にて得られた紅色光合成細菌の培養物から、前記クモ糸タンパク質を回収する工程とを、含む、前記クモ糸タンパク質を製造する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クモ糸タンパク質を光合成細菌にて発現させるためのヌクレオチド構築物に関する。また本発明は、該構築物を含む光合成細菌、及び該光合成細菌を用いたクモ糸タンパク質の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
クモは、異なる7種類の糸繊維を目的に応じて産生する。7種の糸繊維は、異なる7つの腺(大瓶状腺(主管足瓶嚢腺)、小瓶状腺、鞭状腺、ブドウ状腺、梨状腺、集合腺、管状腺)から各々抽出される。
【0003】
クモ糸繊維の主成分はタンパク質であり、その主な構造として、高度に保存された3つのドメインを有する。アラニンリッチ領域(結晶領域、crystalline)及びグリシンリッチ領域(非結晶領域、less-crystalline)が、交互に配置されているコアドメインと、その両側にある非反復型のアミノ末端ドメインとカルボキシル末端ドメインである。そして、このような構造を採ることにより、ランダムコイル構造、βシート構造及びヘリックス構造を有し、これら構造の混在により、クモ糸繊維は優れた特性を発揮する。
【0004】
例えば、クモ糸繊維は、抗張力及び伸張性といった材料特性において傑出している。さらに、鉄及びケブラー(登録商標)よりも靭性において優れ、クモ糸繊維は、天然ポリマー及び人工ポリマーにおいて、最も強靭な材料であることも知られている。その上、生分解性、生物的適合性及び抗菌性も有しているため、ドラッグデリバリー及びティッシュエンジニアリングといった生物医学的応用においても有用である。このように、クモ糸繊維は、多種多様な分野おいて、今後有望なスーパーマテリアルとして注目されている。
【0005】
しかしながら、クモは共食いや縄張り争いを行なうため、クモ糸タンパク質の大規模生産は、異種宿主においてしか達成することができず、例えば、組み換えクモ糸タンパク質の発現は、細菌、酵母(Pichia pastoris)、昆虫(カイコ Bombyx mori)、植物(タバコ及びジャガイモ)及び動物(マウス及びヤギ)において成功したことが報告されている(非特許文献1及び2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Teule,F.ら、Proceedings of the National Academy of Sciences、2012年、109(3):923-928
【文献】Tokareva,O.ら、Microbial Biotechnology、2013年、6(6): 651-663
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、合成コストを抑えてクモ糸タンパク質を製造することを、可能とすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、前記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、クモ糸タンパク質を製造する宿主として、上記酵母、昆虫、植物及び動物といった従属栄養生物の代わりに、光合成独立栄養生物を用いることを構想した。当該生物は、環境中から得られる二酸化炭素等及び光を用いることによって、給餌を必要とすることなく、維持することができるため、この生物をクモ糸タンパク質の製造に利用することができれば、合成コストを低くすることが可能となる。
【0009】
そこで、本発明者らは、ジョロウグモ(Nephila clavipes)由来大瓶状腺縦糸タンパク質1(MaSp1)における反復配列(以下「単量体」とも称する)を、海洋性紅色非硫黄光合成細菌(Rhodovulum sulfidophilum)において発現させることを試みた。より具体的には、先ず、前記単量体を1個含むMaSp1単量体タンパク質、又は前記単量体を複数含むMaSp1多量体タンパク質をコードするプラスミドベクターを大腸菌にてクローニングし、そして、前記光合成細菌に接合伝達により導入した。
【0010】
その結果、前記光合成細菌におけるMaSp1単量体タンパク質の発現を、SDS-PAGE及びウエスタンブロッティングにより検出することができた。また同様に、MaSp1多量体タンパク質もウエスタンブロッティングにより検出することができ、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は、クモ糸タンパク質を発現させるためのヌクレオチド構築物、該構築物を含む光合成細菌、及び該光合成細菌を用いたクモ糸タンパク質の製造方法に関し、より具体的には以下を提供する。
<1> 光合成細菌においてタンパク質発現を誘導し得るプロモーターに機能的に連結された、クモ糸タンパク質をコードするヌクレオチドを含む、ヌクレオチド構築物。
<2> 前記光合成細菌が紅色光合成細菌である、<1>に記載のヌクレオチド構築物。
<3> 前記プロモーターがTac1プロモーターである、<1>又は<2>に記載のヌクレオチド構築物。
<4> 前記クモ糸タンパク質がMaSp1タンパク質である、<1>~<3>のいずれか1項に記載のヌクレオチド構築物。
<5> <1>~<4>のいずれか1項に記載のヌクレオチド構築物が導入された、光合成細菌。
<6> クモ糸タンパク質を製造する方法であって、
<5>に記載の光合成細菌を、光照射下において培養する工程と、
前記培養にて得られた光合成細菌の培養物から、クモ糸タンパク質を回収する工程とを、含む方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、宿主に給餌することなく、クモ糸タンパク質を製造することができるため、合成コストを抑えることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】細菌間接合伝達により、クモ糸タンパク質(MaSP1タンパク質)を、光合成細菌においてHisタグ等と融合させて発現させるためのプラスミドDNAの概略を示す、図である。
【
図2】
図1に示したプラスミドDNAの一部(左下部)を拡大して示す、概略図である。
【
図3】Hisタグ等が融合してあるMaSP1単量体タンパク質をコードするプラスミドDNAを導入した光合成細菌(IPTGによる発現誘導:1~4日間、及び非誘導)のタンパク質溶解液を、SDS-PAGEにて解析した結果を示すゲルの写真である。図中、「M」は、ECL低レンジレインボー分子量マーカーを泳動したレーンを示し、「FT1」~「FT5」は、前記タンパク質溶解液をHisTrapHPカラムに結合させた後、得られたフロースルー1~5を各々泳動したレーンを示し、「HP」は前記タンパク質溶解液をHisTrapHPカラムにより精製し、さらに濃縮したものを、泳動したレーンを示す。また、矢印は、SDS-PAGE上の、Hisタグ等が融合してあるMaSP1単量体タンパク質のサイズ又は位置を示す。
【
図4】光合成細菌及び大腸菌に、Hisタグ等が融合してあるMaSP1単量体タンパク質をコードするプラスミドDNAを導入し、これら細菌のタンパク質溶解液を、ウエスタンブロッティングにて解析した結果を示すPVDFメンブレンの写真である。図中、「M」は、ECL低レンジレインボー分子量マーカーを泳動したレーンを示し、「HP」は前記プラスミドDNAを導入した光合成細菌(IPTGによる発現誘導:1~4日間、及び非誘導)のタンパク質溶解液をHisTrapHPカラムにより精製し、さらに濃縮したものを、泳動したレーンを示し、「1」は前記プラスミドDNAを導入した光合成細菌(IPTGによる発現誘導:3日間)のタンパク質溶解液を泳動したレーンを示し、「2」は前記プラスミドDNAを導入した大腸菌(IPTGによる発現誘導:4時間)のタンパク質溶解液を泳動したレーンを示し、「3」は前記プラスミドDNAを導入した大腸菌(IPTGによる発現誘導:24時間)のタンパク質溶解液を泳動したレーンを示す。また、矢印は、PVDFメンブレン上の、Hisタグ等が融合してあるMaSP1単量体タンパク質のサイズ又は位置を示す。
【
図5】Hisタグ等が融合してある、MaSP1単量体タンパク質又はMaSP1多量体タンパク質を、コードするプラスミドDNAを、光合成細菌に導入し、IPTGによる発現誘導をせずに、4日間培養した。
図5は、当該細菌のタンパク質溶解液を、SDS-PAGE(図中、左側)及びウエスタンブロッティング(図中、右側)にて解析した結果を示す、写真である。図中、「1M」、「2M」、「3M」及び「6M」は、MaSP1単量体タンパク質、MaSP1二量体タンパク質、MaSP1三量体タンパク質及びMaSP1六量体タンパク質を各々発現させた光合成細菌を解析した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
(ヌクレオチド構築物)
本発明のヌクレオチド構築物は、光合成細菌においてタンパク質発現を誘導し得るプロモーターに機能的に連結された、クモ糸タンパク質をコードするヌクレオチドを含むことを特徴とする。
【0015】
本発明における「クモ」とは、クモ目に分類される動物、好ましくは造網性のクモ目に分類される動物であり、さらに好ましくはジョロウグモ、オニグモであり、より好ましくはジョロウグモである。
【0016】
「クモの糸」又は「クモ糸」は、クモ絹糸とも言われ、クモの体内の絹糸腺で産生され、腹部後部にある出糸突起(糸疣)の出糸管より吐糸される。クモの体内の絹糸腺はその形から梨状腺、ブドウ状腺、瓶状腺、管状腺、集合腺及び鞭状腺に分けられる。「クモ絹糸」は、一般に、その機能及び成分から、牽引糸(別名:しおり糸、ひき糸)、わく糸、縦糸、横糸及びけい留糸等に分けられる。
【0017】
本発明のヌクレオチド構築物がコードする「クモ糸タンパク質」は、クモ糸を構成するタンパク質のみならず、クモ糸を構成するタンパク質の特徴を有するタンパク質(類似タンパク質)のことである。天然のクモ糸タンパク質と全く同じ配列である必要はなく、人工的に改変されたタンパク質であっても良いが、本発明にかかる「クモ糸タンパク質」は、βシート構造を形成するアラニンリッチ領域(結晶領域)とランダムコイル構造の形成に関与するグリシンリッチ領域(非結晶領域)とが交互に配置された構造を含むタンパク質であることが好ましい。
【0018】
クモ糸タンパク質の例として、代表的には、スピドロインタンパク質が挙げられる。スピドロインタンパク質は、フィブロインとも言われ、天然のクモの大瓶状腺等で紡糸され、主にスピドロインI(MaSp1)とスピドロインII(MaSp2)とが挙げられる。スピドロイン関連タンパク質等のアミノ酸配列として、典型的には、米国国立バイオテクノロジー情報センター(NCBI)に収録されている、下記表1~4において示されるアクセッション番号に記載のポリペプチドが挙げられる。
【0019】
【0020】
【0021】
【0022】
【0023】
なお、タンパク質をコードする遺伝子の配列は、自然界において変異し、それに伴い、当該タンパク質のアミノ酸配列も変化し得る。したがって、本発明にかかる「クモ糸タンパク質」には、表1~4に示す典型的な配列に特定されたタンパク質(野生型クモ糸タンパク質)のみならず、天然に変異した配列からなるタンパク質(野生型クモ糸タンパク質の相同体、野生型クモ糸タンパク質の天然変異体)も含まれるものであることは理解されたい。
【0024】
また、本発明にかかる「クモ糸タンパク質」は、このような天然に存在するタンパク質(野生型クモ糸タンパク質、野生型クモ糸タンパク質の相同体、及びそれらの天然変異体)のみならず、上述のとおり、アミノ酸配列が人工的に改変されたもの(クモ糸タンパク質改変体)であってもよい。
【0025】
また「クモ糸タンパク質」は、全長のみならず、その部分的な断片であってもよい。「部分的な断片」としては特に制限はなく、例えば、アラニンリッチ領域及びグリシンリッチ領域が交互に配置された構造を含む反復単位(単量体)、その反復単位が繰り返してなるコアドメイン、そのコアドメインの両端に位置する非反復型ドメイン(非反復型アミノ末端ドメイン、非反復型カルボキシル末端ドメイン)が挙げられるが、好ましくは、配列番号:1に記載のアミノ酸配列からなる、MaSp1単量体タンパク質が挙げられる(なお、当該単量体タンパク質は、アクセッション番号:P19837にて特定されるMaSp1タンパク質に由来する)。また、後述の実施例において示すとおり、クモ糸タンパク質として、前記単量体タンパク質を1個含むタンパク質(例えば、配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質)も好適に用いられる。さらに、前記単量体タンパク質を複数含む、MaSp1多量体タンパク質も好適に用いられる。かかる多量体タンパク質として、前記単量体タンパク質を2個含む場合は、例えば、配列番号:3に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質が挙げられ、前記単量体タンパク質を3個含む場合は、例えば、配列番号:4に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質が挙げられ、前記単量体タンパク質を6個含む場合は、例えば、配列番号:5に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質が挙げられる。
【0026】
本発明にかかる「クモ糸タンパク質」は、前記典型的なアミノ酸配列において1又は複数のアミノ酸が置換、欠失、付加、及び/又は挿入されたアミノ酸配列からなるタンパク質も含まれる。ここで「複数」とは、特に制限はないが、通常2~60個、好ましくは2~50個、より好ましくは2~40個、さらに好ましくは2~30個、より好ましくは2~20個、さらに好ましくは2~10個(例えば、2~8個、2~4個、2個)である。
【0027】
また、本発明にかかる「クモ糸タンパク質」は、前記典型的なアミノ酸配列との相同性が、50%以上(例えば、60%以上、70%以上)であることが好ましく、80%以上(例えば、85%以上、86%以上、87%以上、88%以上、89%以上)であることがより好ましく、90%以上(例えば、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上)であることがより好ましい。配列の相同性は、BLASTP(アミノ酸レベル)のプログラム(Altschul et al.J.Mol.Biol.,215:403-410,1990)を利用して決定することができる。かかるプログラムを用いた解析方法の具体的な手法は公知であり、デフォルトのパラメーターを用いて解析することができる。また、本発明にかかる「相同性」には、「同一性」及び「類似性」が含まれる。
【0028】
また、本発明にかかるヌクレオチド構築物がコードする「クモ糸タンパク質」には、「他のタンパク質」が直接又は間接的に付加されていてもよい。「他のタンパク質」としては特に制限はなく、本発明にかかるクモ糸タンパク質の精製を容易にする目的の場合には、ポリヒスチジン(His)タグ(tag)タンパク質、FLAG-タグタンパク質(登録商標、Sigma-Aldrich社)、Sタグ、グルタチオン-S-トランスフェラーゼ(GST)等の精製用タグタンパク質が好適に用いられ、また本発明にかかるクモ糸タンパク質の検出を容易とする目的の場合には、GFP等の蛍光タンパク質、ルシフェラーゼ等の化学発光タンパク質等の検出用タグタンパク質が好適に用いられる。また、これら他のタンパク質とクモ糸タンパク質とを分離するために、トロンビン認識配列、エンテロキナーゼ認識配列等の切断酵素によって認識される配列が、クモ糸タンパク質と他のタンパク質との間に配置されていてもよい。
【0029】
かかる他のタンパク質が付加されたクモ糸タンパク質としては、特に制限はないが、後述の光合成細菌における発現効率がより良いという観点から、配列番号;7又は8に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質が好ましい。なお、配列番号;7に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質においては、N末から順に、Hisタグ、トロンビン認識配列、Sタグ及びエンテロキナーゼ認識配列からなるタグタンパク質(配列番号:6に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質)、並びに配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなるMaSp1単量体タンパク質が配置されているタンパク質である、また、配列番号;8に記載のアミノ酸配列は、配列番号;7に記載のアミノ酸配列から、トロンビン認識配列及びSタグ直後のプロリン残基が除外されたものとなっている(詳細については、下記表5を参照)。
【0030】
【0031】
また、後述の実施例において示すとおり、他のタンパク質が付加されたクモ糸タンパク質として、N末から、配列番号:6に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質と、配列番号:3、4又は5に記載のアミノ酸配列からなるMaSp1多量体タンパク質が配置されているタンパク質も、本発明において好適に用いられる。
【0032】
本発明のヌクレオチド構築物は、上述のクモ糸タンパク質をコードするヌクレオチドに機能的に連結されることにより、光合成細菌において当該タンパク質の発現を誘導し得る「プロモーター」を少なくとも含む必要がある。かかる「プロモーター」としては、特に制限はなく、例えば、Tac1プロモーター(典型的には、配列番号:14に記載のヌクレオチド配列からなるプロモーター)、lacプロモーター(典型的には、配列番号:15に記載のヌクレオチド配列からなるプロモーター)、pufプロモーター(典型的には、配列番号:16に記載のヌクレオチド配列からなるプロモーター)が挙げられるが、光合成細菌における発現効率がより良いという観点から、Tac1プロモーターが好ましい。また、プロモーターは、誘導性プロモーターであってもよく、例えば、温度、pH、ホルモン、代謝物(例えば、ラクトース、マンニトール及びアミノ酸)、光、浸透ポテンシャル(例えば、塩誘導)、重金属又は抗生物質によって誘導されるものが挙げられる。
【0033】
なお、本発明にかかる「プロモーター」は、前記典型的なヌクレオチド配列において1又は複数のヌクレオチドが置換、欠失、付加、及び/又は挿入されたヌクレオチド配列からなるタンパク質も含まれる。ここで「複数」とは、特に制限はないが、通常2~20個、好ましくは2~15個、より好ましくは2~10個(例えば、2~9個、2~8個、2~7個、2~6個)、さらに好ましくは2~5個(例えば、2~4個、2~3個、2個)である。
【0034】
また、本発明にかかる「プロモーター」は、前記典型的なヌクレオチド配列との相同性が、50%以上(例えば、60%以上、70%以上)であることが好ましく、80%以上(例えば、85%以上、86%以上、87%以上、88%以上、89%以上)であることがより好ましく、90%以上(例えば、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上)であることがより好ましい。配列の相同性は、BLASTNのプログラムを利用して決定することができる。かかるプログラムを用いた解析方法の具体的な手法は公知であり、デフォルトのパラメーターを用いて解析することができる。
【0035】
さらに、本発明のヌクレオチド構築物は、前記プロモーターの他、クモ糸タンパク質をコードするヌクレオチドを光合成細菌にて発現(転写及び翻訳)するのに寄与する他の制御配列、例えば、複製開始点、ターミネーター、ポリA付加シグナル、ポリリンカー、エンハンサー、サイレンサー、リボゾーム結合部位等を適宜含むことができる。一般に、前記プロモーターの下流に、クモ糸タンパク質をコードするヌクレオチドが位置し、さらに該遺伝子の下流にターミネーターが位置する。
【0036】
さらに、前記発現を制御する配列以外に発現を誘導する配列を含んでいても良い。かかる発現を誘導する配列としては、イソプロピル-β-D-チオガラクトピラノシド(IPTG)の添加により、下流に配置された遺伝子の発現を誘導することのできるラクトースオペロンが挙げられる。
【0037】
また、光合成細菌に接合伝達法によって導入される場合、本発明のヌクレオチド構築物は、mob、tra、oriT及びoriV遺伝子群から選択される少なくとも1の遺伝子を含むものであることが望ましい。なお、これら遺伝子は細菌間の接合伝達に必要な遺伝子であるが、全て同じヌクレオチド構築物上になくても良く、別のヌクレオチド構築物(ヘルパープラスミドDNA等)に分配し、それを併用することによって接合伝達を行うことができる。
【0038】
さらに、本発明のヌクレオチド構築物は、その発現を指標として形質転換された光合成細菌を選択できるという観点から、マーカー遺伝子を含むものであってもよい。マーカー遺伝子としては、例えば、カナマイシン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、クロラムフェニコール耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子等の薬剤耐性遺伝子、栄養要求性遺伝子、ルシフェラーゼ遺伝子、β-ガラクトシダーゼ遺伝子、クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ(CAT)遺伝子等の酵素遺伝子(レポーター遺伝子)が挙げられる。
【0039】
また、このようなヌクレオチド構築物の形態としては、例えば、プラスミドDNA、コスミドDNA、ファージDNA等のクローニングベクターが挙げられるが、特にこれらに限定されるものではないが、プラスミドDNAが好ましく、pBBR1MCS2、pKT230、pBHR1等の広域宿主プラスミドDNAがより好ましい。
【0040】
本発明のヌクレオチド構築物調製の手順及び方法は、遺伝子工学の分野で慣用されているものを用いることができる。例えば、本発明のヌクレオチド構築物を調製するには、後述の実施例において示すように、クモ糸タンパク質、また必要に応じて前記他のタンパク質もコードするヌクレオチドを適当な制限酵素で切断し、適当なベクターの制限酵素部位又はマルチクローニングサイトに挿入して連結する方法等が採用される。
【0041】
また、このようにして挿入されるクモ糸タンパク質等をコードするヌクレオチドは、宿主細胞での発現量を上げるためにコドンの使用頻度を宿主細胞に合わせて最適化することが好ましい。かかるコドンの最適化は公知の方法で行うことができる。また、当該最適化には、使用頻度の高いコドンへの同義置換のみならず、使用頻度の低いいコドン(レアコドン)の削除も含まれる。さらに、本発明において、コドンの使用頻度を合わせる対象となる宿主細胞は、通常、光合成細菌となるが、後述の接合伝達法を用いる場合には、レシピエントとなる光合成細菌のみならず、ドナーとなる細菌(後述の実施例における、大腸菌)に合わせてコドンの使用頻度を最適化しても良い。
【0042】
(光合成細菌の形質転換体)
本発明は、上述のヌクレオチド構築物が導入された光合成細菌を提供する。
【0043】
本発明において、「光合成細菌」とは、光合成を行える細菌であればよく、酸素非発生型光合成細菌であってもよく、また酸素発生型光合成細菌(藍色細菌)であってもよい。酸素非発生型光合成細菌としては、紅色細菌(紅色非硫黄細菌、紅色硫黄細菌)、緑色細菌(緑色非硫黄細菌、緑色硫黄細菌)、ヘリオバクテリアが挙げられるが、好気性条件下でも生存可能であるため、扱い易く、メンテナンスが容易であるという観点から、好ましくは紅色細菌であり、さらに、好気的で暗所又は嫌気的で明所な条件下でも増殖でき、より扱い易く、メンテナンスが容易であるという観点から、また海水等の高塩度の条件下における培養となるため、培養中のクロスコンタミネーションも最小限に抑えることがし易いという観点からも、より好まししくは紅色非硫黄細菌である。より具体的に、本発明にかかる「光合成細菌」の好適な例として、Rhodovulum sulfidophilum、Rhodopseudomonas (Afifella) marina、Rhodovulum euryhalinum、Rhodovulum imhoffii、Rhodovulum tesquicola、Rhodovulum visakhapatnamense、Roseospira marina、Roseospira goensis、Roseospira visakhapatnamensisが、挙げられる。
【0044】
かかる光合成細菌へのヌクレオチド構築物導入方法(形質転換法)としては、特に制限はなく、例えば、接合伝達法、ペプチドを用いた導入法、エレクトロポレーション法、酢酸リチウム法、リン酸カルシウム法、スフェロプラスト法、リポフェクション法、DEAEデキストラン法、リポソーム(カチオン性、膜融合性、pH感受性等)を用いた方法が挙げられる。
【0045】
また、かかる方法により光合成細菌が形質転換されたかどうかは、クモ糸タンパク質をコードするヌクレオチドを、PCRやシークエンシング等により検出することにより、また当該タンパク質を免疫学的手法(ウエスタンブロッティング等)により検出することにより確認することができる。さらに、本発明のヌクレオチド構築物が、上記マーカー遺伝子を含むものである場合には、そのマーカーに応じた選択条件下にて培養することにより、確認することもできる。
【0046】
(クモ糸タンパク質の製造方法)
本発明のクモ糸タンパク質製造方法は、
本発明の光合成細菌を、光照射下において培養する工程と、
前記培養にて得られた光合成細菌の培養物から、クモ糸タンパク質を回収する工程とを、含むことを特徴とする。
【0047】
本発明にかかる培養工程において、光合成細菌に照射する光としては、当該細菌が吸収し得る波長の光であれば良く、例えば、紅色光合成細菌であれば、波長620nm以上の赤色光(波長:~700nm、例えば650~700nm、具体的には680nm)、遠赤色光(波長:700~800nm、例えば700~750nm、具体的には730nm)が好適に用いられる。また、他の波長の光が混合した光(例えば、白色光)であってもよい。さらに、放射照度としても特に制限はなく、通常、10~50Wm-2である。また、かかる光照射は、発光ダイオード(LED)、レーザー光源、蛍光ランプ等の人工光源、又は自然光源(太陽光)を利用することによって行なうことができる。
【0048】
光合成細菌の培養に用いる培地としては特に制限はなく、各光合成に必要な条件(有機物、硫化水素及び水等の水素供与体、炭素源)が揃っていればよく、光合成細菌が海洋性のものである場合には、海水成分の培地(例えば、マリンアガー、マリンブロス、海水(滅菌海洋水等)そのもの)が好適に用いられる。
【0049】
なお、本発明の方法は、大腸菌の発現系等と比べ、無機塩等の極めて安価な原料にて培養することが可能である。例えば、大腸菌の培養で通常用いられるグルコース、フルクトース、グルコン酸等の炭素源の代わりに、本発明においては、二酸化炭素や炭酸塩等の無機炭素原料を用いて培養することが可能である。さらに、酵母エキスやペプトンなどの有機窒素原料の代わりに、本発明においては、窒素、アンモニア、アンモニウム塩、硝酸塩、亜硝酸塩等の無機窒素原料で培養することも可能である。
【0050】
また、他の条件として、半好気性(半嫌気性)条件下、嫌気性条件下で培養することが好ましく、培養温度は、通常15~37℃であり、好ましくは25~35℃である。培養時間としては、特に制限はなく、用いるヌクレオチド構築物、光合成細菌及び導入法の種類、並びにクモ糸タンパク質の製造の程度により、適宜調整され得るが、通常1日~30日であり、好ましくは2日~10日、より好ましくは3日~7日である。
【0051】
また、このように培養して得られる光合成細菌の「培養物」とは、本発明において、増殖した光合成細菌のみならず、培養することによって得られる、前記細菌の分泌産物及び該光合成細菌の代謝産物等を含有する培地のことであり、それらの希釈物、濃縮物を含む。
【0052】
このような光合成細菌の培養物からのクモ糸タンパク質の回収についても、特に制限はなく、公知の回収、精製方法を用いて行うことができ、例えば、光合成細菌を溶解又は機械的に破壊することによって回収することができる。クモ糸タンパク質が分泌されている場合に、培地を回収することによって得ることができる。得られたタンパク質は、標準的な手順を用いて精製することができる。所望の場合、前記回収物を遠心分離にかけて、適切な画分(沈殿物又は上清)を収集することができる。また、クモ糸タンパク質をさらに精製するために、ゲルろ過クロマトグラフィー、例えば、陰イオン交換クロマトグラフィー、透析法、相分離又は濾過に供することができる。さらにまた、クモ糸タンパク質に精製用タグタンパク質を付加させて光合成細菌に付加させている場合には、そのタグに応じたアフィニティクロマトグラフィーを用いて精製することができる。
【0053】
なお、本発明の方法において、上述のとおり、夾雑タンパク質のない無機塩原料のみで培養することが可能である。したがって、大腸菌等の他の宿主細胞よりも、本発明の方法は、タンパク質精製における煩雑な工程を簡素化できる。
【実施例】
【0054】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。本実施例において、以下の材料及び方法を用い、光合成細菌におけるクモ糸タンパク質の発現を試みた。
【0055】
なお、本実施例において発現を試みたクモ糸タンパク質は、クモ(Nephila clavipe)のMaSp1における反復配列(単量体)、その二量体、三量体及び六量体を各々含むタンパク質である(以下、これらタンパク質を「MaSp1タンパク質」とも総称する)。また、これらMaSp1タンパク質のN末には、Hisタグ、トロンビン認識配列、Sタグ及びエンテロキナーゼ認識配列からなるタグタンパク質(配列番号:6に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質)を融合させ、光合成細菌における発現を試みた(以下、前記タグタンパク質を融合させたタンパク質を、「融合MaSp1タンパク質」とも総称する)。下記表6に、各MaSp1タンパク質のアミノ酸配列(配列番号)、並びに各融合MaSp1タンパク質のアミノ酸数及び分子量を示す。
【0056】
【0057】
(細菌株及び培養条件)
海洋性紅色非硫黄光合成細菌 Rhodovulum sulfidophilum DSM1374/ATCC35886は、理化学研究所 微生物材料開発室(JCM)より入手した。Rdv.sulfidophilumは、マリンアガー又はリンブロス(BD Difco社製,USA)にて、30℃、半好気条件、遠赤色光の連続照射下(730nm,30Wm-2)にて培養(維持)した。
【0058】
Escherichia coli DH5α(TaKaRa社製,Japan)を、Lysogeny broth(LB)アガー又はLBブロス(BD DifcoLB社製,USA)にて、37℃、好気条件、180rpmにて振とう培養しながら維持し、ジェネラルクローニングに供した。
【0059】
Rdv.sulfidophilumへのプラスミド接合伝達を行なうため、E.coli S17-1(Simon,R.ら、Nature Biotechnology、1983年、1(9):784-791.)を、ドナー株として用い、LBアガー又はLBブロス(BD Difco社製,USA)にて、37℃、好気条件、180rpmにて振とう培養しながら維持した。
【0060】
(プラスミド構築及びRdv.sulfidophilumへの接合伝達)
全てのPCR増幅は、KOD-plus DNAポリメラーゼ(TOYOBO社製,Japan)を用いて行なった。また、前述のMaSp1タンパク質を各々コードし、E.coliのコドンに最適化したDNAを、Hisタグ、Sタグ、トロンビン認識配列及びエンテロキナーゼ認識配列(配列番号:6に記載のアミノ酸配列)をコードするDNAと共に、pET30-a-MaSp1(Numata,K.ら、Advanced Drug Delivery Reviews、2010年、62(15):1497-1508 参照)から、下記表7に示すプライマー(配列番号:11~13)を用いて増幅した。また、当該表において、Tac1プロモーターを、該プロモーターを有するプラスミドを鋳型として増幅するために用いたプライマー(配列番号:9及び10)も併せて示す。
【0061】
【0062】
なお、表7において、下線を引いた箇所は、制限酵素認識配列を示す。また太字にて記載した箇所は、リボソーム結合配列(RBS)を示す。
【0063】
TacIプロモーター及びMaSp1遺伝子配列は、対応する制限酵素にて処理して精製した後、宿主ベクター pBBR1MCS-2(Kovach,M.E.ら、Gene、1995年、166(1): 175-176 参照)に挿入した(
図1及び2 参照)。
【0064】
組み換えプラスミドを保持するE.coli S17-1(ドナー)とRdv.sulfidophilum(レシピエント)との細菌間接合伝達は、以下に記載の方法に沿って行なった。
【0065】
先ず、組み換えプラスミドを保持するE.coli S17-1を、50μgmL-1カナマイシン含有5mL LB培地に接種し、37℃、180rpmにて、16時間の振とう培養を行なった。一方、Rdv.sulfidophilumを、15mL マリンブロスに接種し、30℃、半好気性条件下、遠赤色光の連続照射下(730nm,30Wm-2)にて、30時間培養した。
【0066】
両細菌培養物を、12,000rpm、3分間の遠心処理に供した後、新しい培養液に再懸濁した(E.coli S17-1はLBブロスに、Rdv.sulfidophilumはマリンブロスに再懸濁した)。
【0067】
そして、E.coli S17-1及びRdv.sulfidophilumの細胞懸濁液を1:1にて混合した。得られた細菌混合液 約200μLを、マリンアガープレートに染み込ませ、遠赤色光の連続照射下(730nm,30Wm-2)にて、1日培養した。その後、細胞をアガーから削り取り、新しいマリンブロス5mLに再懸濁した。
【0068】
得られた細胞懸濁液 約100μLを、100μgmL-1カナマイシン及び100μgmL-1亜テルル酸カリウム含有シモンズクエン酸アガーに播いた。そのアガープレートを、30℃にて、遠赤色光の連続照射下(730nm,30Wm-2)にて、7日間培養した。
【0069】
なお、接合完了体が得られたことは、コロニーPCR、制限酵素処理及びDNAシークエンシングにて確認した。
【0070】
(融合MaSp1タンパク質の発現)
E.coliのコドンに最適化したNephila clavipes由来のMaSp1遺伝子を含むpET30プラスミドが導入された、組み換えE.coli BL21(DE3)(TaKaRa社製,Japan)を、37℃、50μgmL-1カナマイシン含有LBブロスにて、振とう(180rpm)させながら、OD600(培養液の濁度)が約1.0に達する迄培養した。その後、1mM イソプロピル-β-チオガラクトピラノシド(IPTG)を添加し、培養温度を30℃に変更して4時間又は24時間培養することにより、MaSp1タンパク質の発現を誘導した。
【0071】
E.coliのコドンに最適化したNephila clavipes由来のMaSp1遺伝子を導入した組み換えRdv.sulfidophilumを、30℃、100μgmL-1カナマイシン含有マリンブロスにて、半好気性条件、遠赤色光の連続照射下(730nm,30Wm-2)にて、OD600が約1.5に達する迄、培養した。その後、融合MaSp1タンパク質の発現誘導を、1mM IPTGを添加し、1日、2日、3日及び4日培養することにより行った。また、前記OD600が約1.5に達した後、IPTG非存在下でも更に4日間培養した。
【0072】
(タンパク質溶解液の調製)
前記IPTG誘導後又はIPTG非誘導下での培養後、4℃にて、9,000g、10分間の遠心処理に供し、細菌を回収した。湿重量1gの細菌ペレットを、5mLの変性バッファー(10mM Tris,8M 尿素及び100mM NaH2PO4,pH7)に添加して再懸濁した。さらに、細胞懸濁液を、4℃にて一晩攪拌し、9,000g、30分間、4℃の遠心処理に供した。そして、上清(タンパク質溶解液)を回収した。
【0073】
(HisTrap精製及び濃縮)
タンパク質溶解液(IPTG誘導下又は非誘導下にて1~4日間培養)をまとめた上で(約550mL培養液に相当)、HisTrap HP 1 mLカラム(GE Healthcare Life Sciences社製,USA)を用い、そのメーカープロトコールに沿って精製した。
【0074】
精製に際して、結合バッファー(8M 尿素,0.5M NaCl,20mM リン酸バッファー,5mMイミダゾール,pH7.4)及び抽出バッファー(8M 尿素,0.5M NaCl,20mM リン酸バッファー,500mMイミダゾール,pH7.4)を、0.22μmセルロースアセテートフィルター(Corning社製,USA)にてろ過した。
【0075】
HisTrap HP 1 mLカラム、結合バッファー及び抽出バッファーを用いて、得られた精製物は、Vivaspin 6 MWCO 3000タンパク質濃縮スピンカラム(GE Healthcare Life Sciences社製,USA)を用いて濃縮した。
【0076】
なお、6×ヒスチジン残基(Hisタグ)がN末に融合されている、融合MaSp1タンパク質は、HisTrapカラムへの結合能を有するため、前記処理により精製、濃縮されることとなる。
【0077】
(SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE))
前記にて調製したサンプル(タンパク質溶液、HisTrapによる濃縮後のタンパク質溶液等)を、16.5%プレキャストTris-トリシンゲル(Bio-Rad社製,USA)を用いたSDS-PAGEに、2時間供した。そして、ゲルに、固定バッファー(25%エタノール及び15%ホルムアルデヒド)を30分間染み込ませた後、クマシーブリリアントブルー(CBB)-R250による染色に1時間供した。得られた結果を
図3に示す。
【0078】
(ウエスタンブロッティング)
前記SDS-PAGEに供したゲルからフッ化ポリビニリデン(PVDF)メンブレン(0.2μm孔サイズ)(Bio-Rad社製,USA)に、セミドライブロッター(Bio-Rad社製,USA)を用い、タンパク質を電気泳動転写した。
【0079】
PVDFメンブレンにおける、Hisタグを含む融合MaSp1単量体タンパク質の検出は、Hisタグ(登録商標)ウエスタン試薬プロトコール(Novagen社製,USA)に沿って、抗Hisタグモノクローナル抗体及びAP標識ヤギ抗マウスIgGを用い、HisタグAPウエスタン試薬による比色検出法により行った。得られた結果を
図4に示す。また、融合MaSp1タンパク質の検出は、前記プロトコールに沿って、抗Hisタグモノクローナル抗体及びHRP標識ヤギ抗マウスIgG(Thermo Fisher Scientific社製,USA)、並びにNovex(登録商標)ECL化学発光基質試薬キット(Thermo Fisher Scientific社製,USA)を用い、化学発光検出法によっても行った。得られた結果を
図5に示す。
【0080】
(LC-MS/MS分析)
前記SDS-PAGEに供したゲルから、目的とするバンドを切り出し、液体クロマトグラフィー/質量分析法(LC-MS)によって分析し、アミノ酸配列を同定した。なお、LC-MSデータについては、MASCOTプログラムにより、処理及び探索を行なった。
【0081】
図3に示した結果から明らかなように、細菌間接合伝達法を用い、融合MaSp1単量体タンパク質をコードするベクターの海洋性紅色非硫黄光合成細菌 Rdv.sulfidophilumへの導入を試みた結果、SDS-PAGEにおいて、前記タンパク質の分子量相当の位置に、強いバンドが検出された(
図3のレーンHP 参照)。さらに、
図4に示した結果から明らかなように、抗Hisタグ抗体を用いたウエスタンブロッティングにおいて、同位置にMaSp1単量体タンパク質に融合させたHisタグが検出された(
図4のレーンHP 参照)。また、
図5に示した結果から明らかなように、MaSp1単量体タンパク質のみならず、二量体タンパク質、三量体タンパク質及び六量体タンパク質のいずれについても検出することができた。なお、融合MaSp1単量体タンパク質については、検出されたタンパク質が当該単量体タンパク質であることを、LC-MS/MS分析によって確認した。
【0082】
したがって、光合成細菌においてMaSp1タンパク質(クモ糸タンパク質)を発現させることができるということが、明らかになった。
【産業上の利用可能性】
【0083】
以上説明したように、本発明によれば、クモ糸タンパク質の製造の場となる光合成細菌は、給餌を必要とすることなく維持、増殖させることができるため、その合成コストを低く抑えられることが可能となる。
【0084】
クモ糸タンパク質は、上述のとおり、抗張力、伸張性、靭性といった材料特性において傑出している。そのため、例えば、防弾衣、パラシュート、自動車の車体等の高い耐衝撃性が必要な材料の製造、開発において利用できる。さらに、生分解性、生物的適合性及び抗菌性も有しているため、クモ糸タンパク質は、創傷閉止材、縫合糸、絆創膏、再生医療用の足場材料等の医療材料の製造、開発においても利用できる。
【0085】
したがって、かかるクモ糸タンパク質をその合成コストを抑えて提供することができる本発明は、工業分野、医療分野等の様々な分野において極めて有用である。
【配列表フリーテキスト】
【0086】
配列番号:2~8
<223> 人工的に合成されたポリペプチドの配列
配列番号:9~13
<223> 人工的に合成されたプライマーの配列
配列番号:14~16
<223> 人工的に合成されたプロモーターの配列
【配列表】