(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-09
(45)【発行日】2024-10-18
(54)【発明の名称】アーバスキュラー菌根菌の感染能を増強するための組成物および方法
(51)【国際特許分類】
A01G 7/00 20060101AFI20241010BHJP
【FI】
A01G7/00 605A
(21)【出願番号】P 2024504725
(86)(22)【出願日】2023-03-01
(86)【国際出願番号】 JP2023007612
(87)【国際公開番号】W WO2023167242
(87)【国際公開日】2023-09-07
【審査請求日】2024-08-07
(31)【優先権主張番号】P 2022033616
(32)【優先日】2022-03-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】504150461
【氏名又は名称】国立大学法人鳥取大学
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100111235
【氏名又は名称】原 裕子
(74)【代理人】
【識別番号】100170575
【氏名又は名称】森 太士
(72)【発明者】
【氏名】上中 弘典
(72)【発明者】
【氏名】富永 貴哉
(72)【発明者】
【氏名】上野 琴巳
(72)【発明者】
【氏名】齊藤 光
【審査官】田辺 義拓
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-171216(JP,A)
【文献】特開2021-159019(JP,A)
【文献】特開2015-70835(JP,A)
【文献】特開2017-38562(JP,A)
【文献】特開2020-145993(JP,A)
【文献】YAMATO Masahideら,Mycoheterotrophic seedling growth of Gentiana zollingeri, a photosynthetic Gentianaceae plant species, in symbioses with arbuscular mycorrhizal fungi,Journal of Plant Research,2021年05月15日,Vol.134,p.921-931,https://link.springer.com/article/10.1007/s10265-021-01311-6
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01G 7/00
A01G 24/00-24/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
セコイリドイド配糖体、イリドイド配糖体、またはそれらの組合せを活性成分として含む、アーバスキュラー菌根菌感染能増強用組成物。
【請求項2】
3,4-ジヒドロピラン環骨格の2位にグルコピラノースがO-グリコシド結合している配糖体を活性成分として含む、アーバスキュラー菌根菌感染能増強用組成物。
【請求項3】
前記活性成分が、ゲンチオピクロシド、スウェルチアマリン、ロガニン、ゲニポシド、オレウロペイン、またはそれらいずれかの組合せである、請求項
1に記載の組成物。
【請求項4】
リンドウ科の植物の乾燥物または抽出物を活性成分として含む、アーバスキュラー菌根菌感染能増強用組成物。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載の組成物と、アーバスキュラー菌根菌とを含む、土壌改良用キット。
【請求項6】
アーバスキュラー菌根菌に、請求項1~4のいずれか一項に記載の組成物を添加することを含む、アーバスキュラー菌根菌の感染能を増強する方法。
【請求項7】
土壌に、請求項1~4のいずれか一項に記載の組成物を添加することにより、前記土壌中に存在するアーバスキュラー菌根菌が前記土壌で生育する植物の根に感染する能力を増強する方法。
【請求項8】
前記土壌にアーバスキュラー菌根菌を添加することをさらに含む、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記組成物と前記アーバスキュラー菌根菌は、両者を含有する土壌改良資材の形態で前記土壌に添加される、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
リンドウ科の植物を水、有機溶媒、またはその混合物で抽出して抽出物を取得することを含む、アーバスキュラー菌根菌感染能増強用組成物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、植物と微生物の共生を促進する技術に関する。より具体的には、本開示は、植物に対するアーバスキュラー菌根菌の感染能を増強し共生を促進させるための組成物および方法に関する。
【背景技術】
【0002】
陸上植物の約9割は根において真菌と共生しており、この共生は、植物が土壌中の必須元素その他の栄養素を効率的に利用することを助けている。このような真菌が植物の根に進入して共生する際に、真菌と植物とによって形成される共生体構造は「菌根(mycorrhiza)」と呼ばれ、共生現象は「菌根共生」と呼ばれる。
【0003】
アーバスキュラー菌根(AM:Arbuscular mycorrhiza)菌(VA(Vesicular Arbuscular)菌根菌とも呼ばれる)は、菌糸が植物根の細胞壁を貫通して細胞質と相互作用するタイプの内生菌根菌である。ほとんどの農業的植物は、アーバスキュラー菌根菌との共生の恩恵を受けて、土壌中のリン(より具体的にはリン酸の形態であり得る)その他の栄養素の利用効率を向上させていると考えられる。この共生においては、植物および菌根菌の種の違いに関わらず、アーバスキュール(Arbuscule)と呼ばれる共通の構造が形成される。アーバスキュールは、植物根の細胞壁の輪郭内に進入して植物の細胞膜に陥入(「貫通」ではない)し、かつ著しく分岐し樹状となった、菌糸によって形成される構造である。アーバスキュールのこの樹状構造によって、菌根菌と植物細胞質との相互作用面積が著しく拡大する。一方、植物の細胞壁の外で伸長して分岐する菌根菌の菌糸は、より広い土壌領域からの栄養素調達を可能にするとともに、新たな植物根領域への感染の機会を高める。
【0004】
リンは生物にとって必須の元素であるところ、菌根共生により、植物はリンが比較的少ない土壌でも生育可能となる。リン系肥料の生産にも影響を与え得る世界的なリン鉱石の枯渇の問題があり、また日本の土壌はリンの吸着性が強いため植物が吸収しにくいという問題もある。従って、農業において菌根菌をより能動的に利用することの有益性が期待されている。
【0005】
しかしながら、アーバスキュラー菌根菌を有効成分として使用する菌根菌含有土壌改良資材(VA菌根菌資材)は既に市販されているものの、高価であり、効果の安定性の面で必ずしも満足のいくものとはなっていない。従って、VA菌根菌資材は地力増進法で定められた唯一の微生物資源であるにもかかわらず普及があまり進んでいないのが現状である。
【0006】
特許文献1は、ジベレリン合成阻害剤を、生長抑制剤として使用する量又はそれよりも少ない量で施用することにより植物と菌根菌との共生を促進させる、共生促進方法を記載している。特許文献2は、キチンオリゴ糖および/またはキチンナノファイバーを含む、植物におけるアーバスキュラー菌根菌の感染を促進するための剤を記載している。特許文献3は、酸化型グルタチオン及び/又はシスタチオニンを有効成分とするアーバスキュラー菌根菌に対する共生促進剤を記載している。
【0007】
非特許文献1は、植物ホルモンであるジベレリンが、トルコギキョウにおけるアーバスキュラー菌根菌によるParis型菌根形成を促進したのに対し、チャイブ等におけるArum型菌根の形成は抑制したことを記載している。非特許文献2は、植物成分であるストリゴラクトンがアーバスキュラー菌根菌の菌糸分岐を促進することを記載している。
【0008】
ストリゴラクトンは効果の安定性等の観点から特に有望なアーバスキュラー菌根菌感染促進剤であるが、植物自身の枝分かれを抑制したり、農業的に重要な作物に寄生するストライガ属やハマウツボ属のような寄生植物の種子発芽を刺激したりするなど、望ましくない作用も有している。また、水中で不安定であること、非常に高価であることといった欠点も有する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2017-38562号公報
【文献】特開2020-171216号公報
【文献】特開2021-159019号公報
【非特許文献】
【0010】
【文献】Plant Cell Physiol, 61(3): 565-575 (2020)
【文献】Nature, 435, 824-827 (2005)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
植物、例えば農業的または園芸的植物を生育させる環境は多様であり、従って植物と菌根菌との共生を促進するために利用可能な組成物および方法の新しい選択肢を提供することは有益になる。特に、(1)VA菌根菌資材の有用性を高めることの必要性が存在すること、および(2)例えばジベレリンのように、菌根菌へのシグナルを出させるように植物を刺激するタイプの物質は、植物の反応が植物の種類によって大きく変動する場合があることから、特許文献1および2に記載されたもののように主に植物側に作用すると考えられる組成物および方法よりも、菌根菌側に直接作用できる組成物および方法を提供することが好ましくなり得る。
【0012】
本開示の実施形態は、アーバスキュラー菌根菌に作用して、アーバスキュラー菌根菌が植物に感染する能力を増強し、ひいては植物との共生を促進できる組成物および方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、アーバスキュラー菌根菌との共生誘導に関わる植物側の生理機序を研究するなかで、リンドウ科植物の根に含まれる化合物であるゲンチオピクロシドが、アーバスキュラー菌根菌の菌糸分岐促進作用を有し、外的に施用された場合に様々な植物に対するアーバスキュラー菌根菌感染を促進できることを発見した。さらに、構造的に関連する他の化合物群でも同様の作用を提供できることを発見した。
本開示は以下の実施形態を含む。
[1]
セコイリドイド配糖体、イリドイド配糖体、またはそれらの組合せを活性成分として含む、アーバスキュラー菌根菌感染能増強用組成物。
[2]
3,4-ジヒドロピラン環骨格の2位にグルコピラノースがO-グリコシド結合している配糖体を活性成分として含む、アーバスキュラー菌根菌感染能増強用組成物。
[3]
前記活性成分が、ゲンチオピクロシド、スウェルチアマリン、ロガニン、ゲニポシド、オレウロペイン、またはそれらいずれかの組合せである、[1]または[2]に記載の組成物。
[4]
リンドウ科の植物の乾燥物または抽出物を活性成分として含む、アーバスキュラー菌根菌感染能増強用組成物。
[5]
[1]~[4]のいずれか一項に記載の組成物と、アーバスキュラー菌根菌とを含む、土壌改良用キット。
[6]
アーバスキュラー菌根菌に、[1]~[4]のいずれか一項に記載の組成物を添加することを含む、アーバスキュラー菌根菌の感染能を増強する方法。
[7]
土壌に、[1]~[4]のいずれか一項に記載の組成物を添加することにより、前記土壌中に存在するアーバスキュラー菌根菌が前記土壌で生育する植物の根に感染する能力を増強する方法。
[8]
前記土壌にアーバスキュラー菌根菌を添加することをさらに含む、[7]に記載の方法。
[9]
前記組成物と前記アーバスキュラー菌根菌は、両者を含有する土壌改良資材の形態で前記土壌に添加される、[8]に記載の方法。
[10]
リンドウ科の植物を水、有機溶媒、またはその混合物で抽出して抽出物を取得することを含む、アーバスキュラー菌根菌感染能増強用組成物の製造方法。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、ゲル培地上で培養されたアーバスキュラー菌根菌を試験化合物で処理した場合の、菌糸分岐の様子を示した実体顕微鏡写真(上)および菌糸分岐の定量化グラフ(下)を示す。試験化合物はゲンチオピクロシド(GPS)またはスウェルチアマリン(SWM)である。
【
図2】
図2は、試験化合物をロガニン、ゲニポシド、またはオレウロペインとして、
図1と同様の実験を行った結果を示す。
【
図3】
図3は、単離された試験化合物の代わりに竜胆の水抽出液を用いて、
図1、2と同様の実験を行った結果を示す。
【
図4】
図4は、異なる種類の植物とアーバスキュラー菌根菌との共生に試験化合物が与える影響を調べた実験の結果を示す。
【
図5】
図5は、ストリゴラクトン(GR24)とは異なりゲンチオピクロシド(GPS)は寄生雑草ヤセウツボの種子発芽誘導という有害特性を欠いていることを示す実験結果である。
【
図6】
図6は、
図1のものと異なる種類のアーバスキュラー菌根菌に対する菌糸分岐試験の結果を示す。
【
図7】
図7は、植物とアーバスキュラー菌根菌との共生に対して竜胆の水抽出液が与える影響を調べた実験結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
いくつかの実施形態において本開示は、セコイリドイド配糖体、イリドイド配糖体、またはそれらの組合せを活性成分として含む、アーバスキュラー菌根菌感染能増強用組成物を提供する。以下、アーバスキュラー菌根菌をAM菌ともいう。セコイリドイド配糖体とイリドイド配糖体というグループ自体は公知であり、主に植物に存在することが知られている。イリドイド配糖体は、3,4-ジヒドロピラン環骨格(後述)に五員環が縮合しており(ピランの[c]縮合位置で)、3,4-ジヒドロピラン環骨格の2位で配糖体化されているものとして特徴づけられる。その五員環が開裂して他の基に置き換わっているものがセコイリドイド配糖体である。
【0016】
いくつかの実施形態において本開示は、3,4-ジヒドロピラン環骨格の2位にグルコピラノースがO-グリコシド結合している配糖体を活性成分として含む、AM菌感染能増強用組成物を提供する。この配糖体の記述は、上述したセコイリドイド配糖体およびイリドイド配糖体にも適合するものである。本開示において、「3,4-ジヒドロピラン環骨格」という用語は、化合物3,4-ジヒドロピランの環骨格、すなわち1つの酸素原子と5つの炭素原子から形成されるヘテロ六員環であって酸素原子の隣の炭素原子に1つの不飽和(すなわち二重結合)を有するものを意味する。化合物3,4-ジヒドロピランの構造を以下に示す。
【0017】
【0018】
本開示における3,4-ジヒドロピラン環骨格については、上記構造式中に示した番号付けで原子の位置を表す。「3,4-ジヒドロピラン」という化合物名は、もともと、親化合物ピランの3位-4位間の二重結合が飽和して3位、4位にそれぞれ追加の水素原子が結合していることを表すが、本開示における「3,4-ジヒドロピラン環骨格」という用語で表される環は、3位および4位にそれぞれ水素原子が結合していることは要さず、例えば3位または4位に1つも水素原子が結合していない実施形態もあり得る。
【0019】
実際、本実施形態における配糖体に含有される3,4-ジヒドロピラン環骨格は、著しく多様な置換基で修飾することができ、それでもAM菌感染能の増強活性が維持されることが見出された。従って共通の3,4-ジヒドロピラン環骨格自体が後述するグルコピラノース環と共に活性に寄与すると見られる。従って本開示における「3,4-ジヒドロピラン環骨格の2位にグルコピラノースがO-グリコシド結合している配糖体」という用語は、この基本構造に加えて様々な置換基の修飾を有するものを包含する。
【0020】
例えば、いくつかの実施形態では3,4-ジヒドロピラン環骨格の3位の置換基(R1)が炭素数1~6のアルキル基または炭素数2~6の不飽和鎖状炭化水素基であり得、例えばビニル基またはエチリデン基であり得る。別の実施形態では、3,4-ジヒドロピラン環骨格の3位の置換基(R1)と4位の置換基(R2)は連結して一緒に飽和または不飽和の五員環を形成し得る。すなわちこの五員環は3,4-ジヒドロピラン環骨格と縮合することとなる。ある実施形態では、3,4-ジヒドロピラン環骨格の5位(R3)はエステル基(-COO-R11)を有し得、ここでR11は例えばメチル等、炭素数1~6のアルキル基または炭素数2~6のアルケニル基であり得る。あるいは、R11が3,4-ジヒドロピラン環骨格の4位の置換基(R2)と連結して飽和または不飽和のヘテロ六員環を形成してもよい。すなわちこのヘテロ六員環は3,4-ジヒドロピラン環骨格と縮合することとなる。この特定の実施形態で3,4-ジヒドロピラン環骨格の4位にさらに水酸基を有してもよい。特定の実施形態では、3位(R1)の上記アルキル基または不飽和炭化水素基と4位、5位で融合された上記ヘテロ六員環とが共存し得る。別の特定の実施形態では、5位の環形成していない上記エステル基(R3)と3位、4位で融合された上記五員環とが共存し得る。別の特定の実施形態では、3位(R1)の上記アルキル基または不飽和炭化水素基と5位の環形成していない上記エステル基(R3)とが共存し得る。この特定の場合において、4位の置換基(R2)は典型的にはカルボキシメチル基またはそのエステル(-CH2-COOR12)である。R12は例えば炭素数1~6のアルキル基、またはアリールアルキルであり得、その2価アルキル部分は例えば炭素数1~6(例えばエチル)であり得る。いくつかの実施形態では、3,4-ジヒドロピラン環骨格の6位の水素原子は置換されない(R4=H)。
【0021】
先行段落で説明された、3,4-ジヒドロピラン環骨格の2位にグルコピラノース環がO-グリコシド結合している配糖体を表す一般式(I)を下記に示す。
【化2】
【0022】
これらの実施形態における配糖体において、3,4-ジヒドロピラン環骨格の2位には酸素原子が結合しており、この酸素原子を介してグルコピラノース(β-D-グルコピラノース)(R5)がグリコシド結合している。つまり、グルコピラノース(あるいはグルコース)がアノメリック炭素(すなわちピラノースの1位炭素)において、3,4-ジヒドロピラン環骨格の2位にO-グリコシド結合している。
【0023】
上述してきた実施形態において使用できる活性成分として好適な配糖体の例は、ゲンチオピクロシド、スウェルチアマリン、ロガニン、ゲニポシド、およびオレウロペインであり、これらのいずれかの組合せが活性成分として含まれていてもよい。これらの配糖体は一般式(I)に包含されるものである。活性の高さ、およびリンドウ科植物中の含量が高く効率的に抽出できることから、ゲンチオピクロシドが特に好ましい。これらの化合物は水中で安定であると見られる。
【0024】
ゲンチオピクロシドの構造式を以下に示す。
【化3】
【0025】
スウェルチアマリンの構造式を以下に示す。
【化4】
【0026】
【0027】
【0028】
【0029】
これらは非限定的な例に過ぎず、3,4-ジヒドロピラン環骨格を有する配糖体である合成されたまたは自然界から供給された他の様々な化合物が同様の活性を提供することができる。上述してきた活性化合物は、単離された化合物(複数可)として組成物に含まれ得る。ここでいう「単離された化合物」とは、例えば植物の抽出物または合成反応液のような供給源において付随していた他の有機化合物から実質的に分離されており、そのような供給源からの付随有機化合物の割合が質量基準で50%未満(すなわち、当該目的化合物と同量未満)になっている状態を表す。イリドイドおよびセコイリドイド(それらの配糖体を含む)を合成するための方法は知られており(例えばBuechi et al., “Total Synthesis of Loganin”, J. Am. Chem. Soc. 1970, 92, 7, 2165-2167; Isoe, “Progress in the Synthesis of Iridoids and Related Natural Products”, Studies in Natural Products Chemistry. 1995, 16: 289-320; Kouda at el., “Recent Advances in Iridoid Chemistry: Biosynthesis and Chemical Synthesis”, Chem Asian J. 2020 Nov 16;15(22):3771-3783参照)、当業者は通常の知識に基づいて、合成されたまたは自然界から供給された化合物の置換基の改変を行うことができる。
【0030】
本開示における活性成分は、植物由来のものであり得る。例えば、リンドウの根および根茎を乾燥させた生薬であるリュウタン(竜胆)の主成分はゲンチオピクロシド等のセコイリドイド配糖体であることが知られている。センブリは同じくリンドウ科の植物であり、その花、葉、茎、根の全てが強い苦みを有し、その植物全体の乾燥物を煎じたものが、きわめて苦い「センブリ茶」として飲用される。その苦み成分も主にスウェルチアマリン等のセコイリドイド配糖体である。実際、本発明者らは、リンドウ科の植物の乾燥物からの水抽出物または有機溶媒抽出物が、単離化合物と同様に菌根菌感染能増強作用を提供できることを見出した。これはセコイリドイド配糖体の含有に主に起因すると考えられるが、イリドイド配糖体による寄与も排除されない。換言すると、アーバスキュラー菌根菌感染能増強用組成物の上記活性成分は、リンドウ科の植物の乾燥物または抽出物の形態中に提供され得る。
【0031】
従っていくつかの実施形態において、リンドウ科の植物の乾燥物または抽出物を活性成分として含む、AM菌感染能増強用組成物が提供される。リンドウ科の植物の根、茎、根茎、葉、および花のいずれも使用でき、それらの組合せ(例えば地下部もしくは地上部、または植物全体)を使用してもよい。根が特に好ましい。これらの実施形態では、上述したAM菌感染能増強活性化合物が単離されておらず、他のリンドウ科植物由来有機化合物に混じって作用すると考えられる。抽出物は部分的に精製された抽出物であってもよい。言うまでもなく、これらの組成物は、リンドウ科の植物だけでなく非リンドウ科植物へのAM菌感染も促進することができる。
【0032】
本開示における乾燥物とは、水分が15質量%以下のものと定義される。乾燥物は、例えば直径(最大径)5cm以下、3cm以下、または1cm以下のように、細かく断片化または粉末化されていることが、活性化合物の分散性および土壌への均一な施用という観点から好ましい。土壌への施用後に乾燥物から活性化合物が土壌中に徐放される。しかしながら、活性化合物の迅速かつ効率的な利用可能性という観点からは、上記のように抽出物がより好ましい。水抽出物は、植物またはその断片を例えば50℃以上、70℃以上、もしくは90℃以上の水または沸騰水に接触させて水溶成分を抽出することにより調製することができる。水の代わりに、または水に加えて、有機溶媒を抽出媒として用いてリンドウ科の植物からセコイリドイド配糖体を抽出できることも知られている(例えば第十四改正日本薬局方の「ゲンチアナ」参照)。適切な有機溶媒の例としてはメタノール、エタノール、およびそれらの組合せが挙げられるが、これらに限定されない。水と混和性を示す有機溶媒が好ましい。当業者は通常の知識に基づいて試行錯誤なく、リンドウ科の植物からセコイリドイド配糖体等を抽出することに適した抽出媒を同定することができる。抽出時間は例えば5分間~24時間または10分間~1時間であり得るがこれに限定されない。上記のように、抽出の際、水以外の補助溶媒が水に添加されていてもよい。抽出媒中の補助溶媒の量(質量)は水より少なくてよい。抽出源となる植物またはその断片は乾燥状態であってもよく、例えば上記乾燥物を使用できる。植物体の乾燥および/または断片化を経ることによって、植物組織が破壊され活性化合物の放出または抽出が促進されるため好ましい。水抽出物という用語は、上記のように水によって抽出された成分を含む組成物を意味し、抽出後に乾燥または凍結乾燥され水が除去されたものであってもよい。有機溶媒抽出物等についても同様である。一側面において本開示は、ここで説明されたように、リンドウ科の植物を水、有機溶媒、またはその混合物で抽出して抽出物を取得することを含む、AM菌感染能増強用組成物の製造方法が提供される。この抽出物はそのままAM菌感染能増強用組成物の活性成分として使用することができる。あるいは、この抽出物を、当業者に知られる方法で(例えば分子量、親和性カラムへの結合性、溶媒への溶解性等における違いを利用して)分画して、上述したセコイリドイド配糖体および/またはイリドイド配糖体、あるいは3,4-ジヒドロピラン環骨格の2位にグルコピラノースがO-グリコシド結合している配糖体を精製し、単離することもできる。
【0033】
これらの実施形態において使用され得るリンドウ科の植物の例としては、Gentiana scabra(トウリンドウ)、Gentiana manshurica(マンシュウリンドウ)、Gentiana triflora(エゾリンドウ)、Gentiana lutea(ゲンチアナ)、Swertia japonica(センブリ)、およびこれらのいずれかの組合せが挙げられるが、これらに限定されない。
【0034】
本開示のAM菌感染能増強用組成物は、溶液(例えば水溶液)として、または乾燥状態で(例えば後述するように粒上固形基材に付着または混合されて)、提供され、土壌に散布または混合され得る。あるいは、培養されたAM菌に直接組成物を適用することもできる。本開示のAM菌感染能増強用組成物は、AM菌の菌糸分岐を増強させることができ、ひいては植物の根へのAM菌の感染および結果として得られる共生を促進することができる。
【0035】
一側面において本開示は、上述したいずれかの組成物と、AM菌とを含む、土壌改良用キットを提供する。AM菌は、胞子の形態のものを含み得る。該組成物とAM菌とを土壌に施用(例えば、散布または混合)することにより、その土壌で生育する植物へのAM菌の感染能が増強され、植物によるリン、硫黄、窒素、その他の栄養素の利用効率が改善された土壌環境を提供できること、すなわち土壌改良が達成されることが理解される。アーバスキュラー菌根菌はGlomeromycota門の真菌であると知られており、いずれもアーバスキュールという共通の機序を共生に利用し本開示の組成物の影響を受ける可能性を有するが、その最も一般的な例がGlomerales目、特にGlomeraceae科、特にGlomus属およびRhizophagus属、例えばRhizophagus irregularis(旧名Glomus intraradices)である。いくつかの実施形態では、キット中の該組成物とAM菌とは、別々のパッケージに入れられて提供される。別の実施形態では、キット中の該組成物とAM菌とは、同じパッケージに入れられた混合物として提供される。キットは、該組成物とAM菌とを使用して土壌改良をするための説明書を含み得る。
【0036】
市販されているVA菌根菌資材中の菌根菌は、典型的には、例えばバーミキュライト、パーライト、珪藻土、粘土鉱物、シリカ系鉱物等の粒上固形基材に付着または混合された形態で提供される。同様に、本実施形態のキットにおけるAM菌感染能増強用組成物は、菌根菌と一緒に、または菌根菌とは別のパッケージにおいて、粒上固形基材に付着または混合された形態で提供され得る。粒上固形基材は例えば直径(最大径)3cm以下、1cm以下、または0.5cm以下であり得る。あるいは、該組成物は、溶液、例えば水溶液の形態で含まれてもよい。これらのような実施形態は、組成物がキットの一部として提供される場合にも、あるいは独立して提供される場合にも適用でき、農業的または園芸的場面におけるAM菌感染能増強用組成物の実践的使用のために便利である。
【0037】
いくつかの実施形態では、AM菌に、上述したいずれかのAM菌感染能増強用組成物(あるいはその活性成分)を添加することを含む、AM菌の感染能を増強する方法が提供される。この実施形態における添加は、植物の存在下または不在下で行われ得る。例えば、ゲル培地上または土中で培養されているAM菌にAM菌感染能増強用組成物を添加することができ、その結果、組成物の活性成分とAM菌が接触する。
【0038】
いくつかの実施形態では、土壌にAM菌感染能増強用組成物(あるいはその活性成分)を添加することにより、その土壌中に存在するAM菌がその土壌で生育する植物の根に感染する能力を増強する方法が提供される。この方法は土壌改良方法と解することもできる。上記添加の時点で、植物は土壌に既に存在していてもよいし、上記添加の後にその土壌に植物が植えられるかまたはその土壌が植物に付与されてもよい。これらの実施形態では、土壌に元々存在するAM菌を利用することができるが、それに加えて、またはそれに替えて、該方法は土壌にAM菌を添加することをさらに含み得る。AM菌感染能増強用組成物とAM菌とが、互いに異なる時点(すなわち、組成物が先でAM菌が後、またはその逆)で土壌に添加される実施形態と、同時に土壌に添加される実施形態とが企図される。AM菌感染能増強用組成物とAM菌とが同時に土壌に添加される場合、両者を含有する土壌改良資材の形態でそれらが土壌に添加され得る。このように土壌にAM菌感染能増強用組成物とAM菌とを同時にまたは順次に施用することにおいては、例えば上述したキットの実施形態を利用できることが理解されるべきである。菌根菌感染能増強活性成分および/または菌根菌を含む組成物を土壌に添加することは、例えば、それらを土壌に散布すること、土壌に混合すること等を含み得る。
【実施例】
【0039】
以下、実施例を示して本開示の実施形態をさらに詳細に説明するが、これらの実施例はあくまで例示であって、本発明はこれらの実施例に限定されない。例えば、AM菌感染能増強用組成物の活性成分となり得る化合物はここに例示されているものに限定されない。
【0040】
[実施例1:単離されたセコイリドイド配糖体およびイリドイド配糖体の菌糸分岐促進活性]
(1)材料
供試菌
・アーバスキュラー菌根菌Rhizophagus irregularisDAOM197198(Premier Tech Biotechnologies)
供試試薬
・ガストログラフィン(バイエル薬品株式会社)
・rac-GR24(StrigoLab)
・ゲンチオピクロシド(Gentiopicroside、略称GPS)、スウェルチアマリン(Swertiamarin、略称SWM)、ロガニン(Loganin)、ゲニポシド(Geniposide)、オレウロペイン(Oleuropein)(以上全て東京化成工業株式会社から購入された>90%純度品)
【0041】
(2)AM菌の胞子分離および培養
以下に概要を示す従来型の手順により、AM菌の胞子を分離してゲル上でその培養を行った。
1.50 mL遠心チューブ中に、密度の異なるガストログラフィン水溶液を50% (10 mL)、32% (5 mL)、16% (5 mL)、8% (5 mL)の順で静かに積層し、最後にR. irregularis(以下AM菌という)の胞子懸濁液を5 mLロードして、500gで10分間遠心分離した。
2.上記で密度勾配中に分離された胞子(spores)をセルストレーナー上に回収し、滅菌水で3回洗浄した。
3.4000 spores/mLになるように胞子を滅菌水中に懸濁した。
4.24ウェルプレートに350μLずつ分注したM培地(New Phytol. 108:211-218)上の中央部分に、2000 spores/mLに希釈した上記の胞子懸濁液を4μL(約8 spores)ずつ滴下した。
5.5分間放置して余分な水分を揮発させた後、約50℃の0.3% Phytagel(3 mM MgSO4)を200μLずつ、静かに胞子の上に注いだ。処理群あたり3~4ウェル用意した。
6.25℃、暗所で5日間培養してあらかじめ胞子を発芽させた。
【0042】
(3)AM菌の試験処理と菌糸分岐数の測定
1.ポジティブコントロールとして、AM菌の菌糸分岐活性をもつことが知られる合成ストリゴラクトンであるrac-GR24(以下GR24と表記する)を使用した。アセトン中に保存されているGR24からin vacuoで溶媒を除き、蒸留水に再懸濁し、0.45μmフィルターで滅菌した。
2.他の試験物質は乾燥固体を蒸留水に溶解し、上記と同様にフィルター滅菌した。
3.上記(2)で得られた発芽胞子を含むPhytagel培地上に各試験溶液を200μLずつ滴下した。ネガティブコントロール(Mock)処理として滅菌水を、ポジティブコントロールとして終濃度100 nMのGR24を使用してAM菌を処理した。
4.25℃、暗所で7~10日間培養した。
5.実体顕微鏡下で菌糸分岐数を測定した。胞子柄から直接伸長・分岐する菌糸は構造が複雑でありかつ処理条件を問わずよく分岐するため、菌糸分岐数の測定から除外した。
【0043】
(4)結果
図1の上パネルには分岐する菌糸の実体顕微鏡写真を、下パネルには計測された胞子当たりの菌糸分岐(Hyphal branch)数のグラフを示す。菌糸分岐数は、植物の根への感染効率に直接関係するパラメータである。ポジティブコントロールの100 nM GR24処理では、Mock処理と比べて菌糸分岐数の有意な増加が確認できた。それと同様に、セコイリドイド配糖体であるゲンチオピクロシド(GPS)およびスウェルチアマリン(SWM)も、試験された1~100 nMという広い濃度範囲において、有意に高い菌糸分岐促進活性を示した。これらの結果から、GPSとSWMは、AM菌の菌糸分岐促進活性が認められているGR24と同等以上の活性をもつことがわかった。(n > 10, **: P < 0.01, ***: P < 0.001 in Steel test)
【0044】
さらに驚くべきことに、これらのセコイリドイド配糖体とは3,4-ジヒドロピラン環骨格とグルコピラノース環部分は共通であるがそれ以外の部分で大きく異なる修飾を有する、オレウロペイン(Oleuropein)ならびにイリドイド配糖体であるロガニン(Loganin)およびゲニポシド(Geniposide)も、AM菌に対する菌糸分岐促進活性を有することが見出された(
図2)。ロガニンの活性はゲンチオピクロシドおよびスウェルチアマリンならびにポジティブコントロールGR24のものに匹敵していた。ゲニポシドおよびオレウロペインの活性は、GR24やロガニンに比べると低いと見られたがそれでもネガティブコントロールと比べて菌糸分岐数を有意に増加させた。(n > 10, *: P < 0.05, **: P < 0.01, ***: P < 0.001 in Steel test)
【0045】
[実施例2:リンドウ科植物の水抽出物の菌糸分岐促進活性]
この実施例では、リンドウ(Gentiana spp.)の根および根茎を乾燥させた生薬である竜胆(中屋彦十郎薬局)を使用した。竜胆の乾燥チップ10 gを500 mLの水道水に入れ、沸騰させて10分間加熱することによって抽出を行った。加熱を止め、冷めた抽出液を濾紙と0.45μmフィルターで濾過した。この竜胆抽出液中のゲンチオピクロシドおよびスウェルチアマリンの濃度をHPLCで定量したところ、ゲンチオピクロシドが約3 mM、スウェルチアマリンが約300μMだった。
【0046】
上記のようにフィルター滅菌した抽出液を104~106倍希釈し(GPS:3~300 nM、SWM:0.3~30 nM相当)、実施例1と同様に調製し培養したAM菌糸の処理に用いた。7日後に菌糸分岐数を測定した。
【0047】
その結果、
図3に示すように、竜胆の水抽出物はGR24と同等の菌糸分岐促進活性を示した。(n > 8, *: P < 0.05, **: P < 0.01 in Steel test)
【0048】
[実施例3:植物との共生の増進―単離されたセコイリドイド配糖体]
同定された活性化合物により、AM菌の菌糸分岐が促進されるだけでなく、それが実際に多様な植物への感染および共生の増進に繋がることを確認するべく、宿主植物としてトルコギキョウ(Eustoma grandiflorum cv. Pink Thumb)、トマト(Solanum lycopersicum L. cv. Sugar Lump)、およびチャイブ(Allium schoenoprasum)を用いて試験を行った。
【0049】
以下の手順により、宿主植物の培養ならびにAM菌感染および活性化合物処理を行った。
(1)Plant box を3段に組み、上段は通気口が空いたフタとし、中段は培養土(300 mLの川砂)を加えたboxとし、下段は空のboxとした。
(2)上記(1)のplant boxをオートクレーブ処理(121℃、20分間)して滅菌した。
(3)中段boxの培養土に1000 sporesのAM菌、および1/10濃度のHoagland水耕液を50 mL加え、ピンセットで攪拌した。上記Hoagland水耕液にGPS等の活性化合物が添加されたことによりAM菌と宿主植物の処理が行われた。
(4)培養土の乾燥を防ぐため、下段のboxにも1/10濃度のHoagland水耕液を50 mL加えた。中段のboxの底に開けた穴には捩ったキムワイプを通し、そのキムワイプの下端は下段boxの液に浸漬させてあり、従って培養土が乾燥しないまま保持されるようになっている。
(5)各宿主植物の実生をplant boxあたり6個体移植し、24℃、14時間明期に設定した培養室で4週間培養した。
(6)上記の培養期間終了後に、各宿主植物の根をサンプリングし、FAA固定液中に保存した。
【0050】
以下の手順により、AM菌の感染率を測定した。
(1)上記固定液で固定された根を、1 cm断片にして10% KOH水溶液に浸し、90℃で15分間加熱した。
(2)2% HCl水溶液で根を中和した後、0.05%トリパンブルー(1%トリパンブルー水溶液を乳酸で20倍希釈)で90℃にて15分間処理し染色した。
(3)染色された根断片を、スライドガラスの長辺に並行になるように10本ずつ並べ、カバーガラスをかけた。
(4)接眼レンズに接眼ミクロメーターを取り付けた光学顕微鏡で、根に対して垂直(Y軸方向)にステージを動かし、接眼ミクロメーターの交点と根が接した時に、視野内の根におけるAM菌の菌糸の有無を調べた。以下の式により全体(Total)としての菌糸侵入率すなわち感染率(Colonization rate)を求めた。
菌糸侵入率% = (菌糸が確認できた視野数 / 観察視野数)×100
アーバスキュール(Arbuscule)形成率は、上記式右辺の括弧内の分子を「アーバスキュールが確認できた視野数」に置き換えて算出した。
【0051】
図4a(右)に結果を示すように、トルコギキョウ-AM菌の組合せをGPSで処理すると、Mock処理と比較して根感染事象の増加の傾向が観察され、10 nMの濃度では統計学的に有意な増加が確認された。この特定の実験条件下でのGPS処理では、ポジティブコントロールの1 Mジベレリン(GA)処理と比べると全体としてAM菌感染率が低かったものの、根圏で盛んに分岐するAM菌の根外菌糸が観察された(
図4a左)。(n = 6, **: P < 0.01, ***: P < 0.001 in Dunnett’s test)
【0052】
図4bおよびcには、それぞれトマトおよびチャイブにおける結果を示した。AM菌の感染率の平均値は、トマトでは100 nM、チャイブでは10 nMのGPS濃度で最大となった。チャイブでは、試験された最低濃度である1 nMのGPSでも統計学的に有意なAM菌感染率増加が確認された。(n = 4-12, *: P < 0.05, **: P< 0.01, ***: P < 0.001 in Dunnett’s test)
【0053】
[実施例4:ヤセウツボ種子を用いたバイオアッセイ]
根寄生雑草であるハマウツボ属やストライガ属植物の種子は、宿主となる農業植物の根から放出されるストリゴラクトンに反応して発芽する性質をもち、これらの根寄生雑草は世界各地の作物生産において深刻な被害をもたらしている。このことは、アーバスキュラー菌根菌感染促進剤としてストリゴラクトンを外用的に利用することに対する障壁となっている。この実施例では、AM菌に対して高い菌糸分岐促進活性を示したセコイリドイド配糖体が、根寄生雑草種子の発芽誘導活性をもつか否かを検証した。
【0054】
ハマウツボ属の寄生雑草であるヤセウツボ(Orobanche minor)の発芽に対するゲンチオピクロシド(GPS)の影響を調べた。以下の実験手順に従って実験を行った。
(1)シーラーで袋状に加工したナイロンメッシュ(2 cm×2 cm×2 cm)にヤセウツボ種子を入れ、袋の口を閉じた。
(2)上記種子を袋ごと、1%次亜塩素酸ナトリウム水溶液に入れて20分間表面殺菌し、その後、滅菌水で3回洗浄した。
(3)種子が入った袋を、滅菌水で湿らせた濾紙の上に置き、25℃、暗所で10日間吸水させた。
(4)96ウェルプレートに入れた6 mmのペーパーディスクに、蒸留水を15μL滴下して湿らせた。
(5)上記(4)のペーパーディスクの上に新しいペーパーディスクを乗せ、20μLの試験溶液を滴下した。ネガティブコントロール(Mock)としては蒸留水を、ポジティブコントロールとしては1μMのストリゴラクトン(GR24)を使用した。また、GPSの溶媒には揮発しやすいメタノールを選んだ。
(6)ヤセウツボ種子をGR24とGPSの両方で処理する場合は、一方の試薬を滴下した後その溶媒が完全に揮発してから、もう一方の試薬を追加した。
(7)5分間放置して溶媒を揮発除去したディスクに、蒸留水中に移した上記(3)のヤセウツボ種子を水ごと5μL滴下した。
(8)25℃、暗所で5日間培養し、ヤセウツボの発芽率を測定した。
【0055】
結果を
図5に示す。
図5のグラフの縦軸は、この実験条件下でのヤセウツボ種子の発芽率(Germination rate)を示す。合成ストリゴラクトンであるGR24でヤセウツボ種子を処理すると、100%近くの種子が発芽した。対照的に、1~1000 nMのGPSで処理したヤセウツボ種子は全く発芽しなかった。一方、GR24処理の共存下でGPS処理を行った場合には、ヤセウツボ種子発芽率が100%近くまで増加した。このことは、GPSは種子発芽を抑制する作用をするのではなく(一般的に種子発芽抑制作用を有するとすれば土壌改良剤としては不向きになり得る)、単にストリゴラクトン固有の寄生雑草発芽誘導作用という望ましくない性質を欠いていることを示している。ここでヤセウツボに対して試験されたGPSの濃度では、先の実施例で示したようにAM菌の菌糸分岐や宿主植物への感染が効果的に促進されていたことから、GPSは、根寄生雑草の種子発芽の誘導というストリゴラクトンの短所を有することなく、外用的なAM菌共生促進剤として利用可能であると理解される。(n = 3, P < 0.001 in Tukey test)
【0056】
[実施例5:単離されたセコイリドイド配糖体の菌糸分岐促進活性]
別のアーバスキュラー菌根菌であるRhizophagus clarus HR1を使用したほかは本質的に実施例1に記述されたのと同じ試験を行った。
図6に示すように、ポジティブコントロールである100 nM ストリゴラクトン(GR24)の処理と同様に、ゲンチオピクロシド(GPS)およびスウェルチアマリン(SWM)の処理によって菌糸分岐の有意な増加が確認された。本開示の組成物はここに例示されたものの他にもGlomerales目に含まれる多様なアーバスキュラー菌根菌の菌糸分岐を増加させることができる。
【0057】
[実施例6:植物との共生の増進―リンドウ科植物の水抽出物]
単離された化合物の代わりに、実施例2に記述されたリンドウ科植物の水抽出物を使用したほかは、実施例3と本質的に同じ試験を実施した。AM菌の感染を試験する対象植物はチャイブである。
図7に示すように、リンドウ科植物の水抽出物を土壌に施用することにより、AM菌感染率の統計学的に有意な増加が確認された。この結果は、単離化合物を使用した
図4cの実験結果と類似している。