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特許75697831,3-プロパンジオールおよび酪酸の生産が改善された微生物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-09
(45)【発行日】2024-10-18
(54)【発明の名称】1,3-プロパンジオールおよび酪酸の生産が改善された微生物
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/21 20060101AFI20241010BHJP
   C12P 7/52 20060101ALI20241010BHJP
   C12P 7/18 20060101ALI20241010BHJP
   C12N 9/12 20060101ALN20241010BHJP
   C12N 9/02 20060101ALN20241010BHJP
   C12N 15/53 20060101ALN20241010BHJP
   C12N 15/54 20060101ALN20241010BHJP
【FI】
C12N1/21 ZNA
C12P7/52
C12P7/18
C12N9/12
C12N9/02
C12N15/53
C12N15/54
【請求項の数】 16
(21)【出願番号】P 2021507069
(86)(22)【出願日】2019-08-09
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2021-12-09
(86)【国際出願番号】 EP2019071392
(87)【国際公開番号】W WO2020030775
(87)【国際公開日】2020-02-13
【審査請求日】2022-08-01
(31)【優先権主張番号】18306099.5
(32)【優先日】2018-08-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】505311917
【氏名又は名称】メタボリック エクスプローラー
(74)【代理人】
【識別番号】100120031
【弁理士】
【氏名又は名称】宮嶋 学
(74)【代理人】
【識別番号】100126099
【弁理士】
【氏名又は名称】反町 洋
(72)【発明者】
【氏名】ワンダ、ディシェール
(72)【発明者】
【氏名】セリーヌ、レイノー
(72)【発明者】
【氏名】ロランス、デュモン-セニョベル
(72)【発明者】
【氏名】ナデージュ、デュムーラン
【審査官】井関 めぐみ
(56)【参考文献】
【文献】特表2013-545461(JP,A)
【文献】特表2006-512907(JP,A)
【文献】Gonzalez-Pajuelo M et al.,“Microbial conversion of glycerol to 1,3-propanediol: physiological comparison of a natural producer, Clostridium butyricum VPI 3266, and an engineered strain, Clostridium acetobutylicum DG1(pSPD5).”,Applied and environmental microbiology,2006年01月,Vol. 72, No. 1,p.96-101
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/21
C12P 7/52
C12P 7/18
C12N 9/12
C12N 9/02
C12N 15/53
C12N 15/54
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
クロストリジウム・ブチリカム由来のdhaB1、dhaB2およびdhaT遺伝子を発現し、かつ、非変異株と比較して減弱されたグリセロールキナーゼ活性を含んでなり、前記グリセロールキナーゼが、配列番号2で表される遺伝子配列を有するC.アセトブチリカムゲノムATCC824、Genbank AE001437の遺伝子座CA_C1321の遺伝子glpKによりコードされており、それが以下の突然変異:
a.C.アセトブチリカムゲノムATCC824、Genbank AE001437の1462461~1462463番のヌクレオチド位置における、347番のアミノ酸アラニンをトレオニンに置換させるためのコドンの突然変異、
b.C.アセトブチリカムゲノムATCC824、Genbank AE001437の1461486~1461488番のヌクレオチド位置における、22番のアミノ酸ヒスチジンをチロシンに置換させるためのコドンの突然変異、
c.C.アセトブチリカムゲノムATCC824、Genbank AE001437の1462818~1462820番のヌクレオチド位置における、466番のアミノ酸バリンをメチオニンに置換させるためのコドンの突然変異をかつ
水素デヒドロゲナーゼ活性をコードするhydA遺伝子において、非変異タンパク質と比較して、変異をさらに含み、ここで、前記変異がC.アセトブチリカムゲノムATCC824、Genbank AE001437の遺伝子座CA_C0028の遺伝子hydAの39233番のヌクレオチド位置のヌクレオチドCの欠失である、
C.アセトブチリカム変異株。
【請求項2】
遺伝子座CA_C1321の、少なくとも、C.アセトブチリカムゲノムATCC824、Genbank AE001437の1462461~1462463番のヌクレオチド位置に、347番のアミノ酸アラニンをトレオニンに置換させるためのコドンの突然変異を含んでなる、請求項1に記載の変異株。
【請求項3】
前記水素デヒドロゲナーゼが、配列番号15で表されるアミノ酸配列を有するものであり、C.アセトブチリカムゲノムATCC824、Genbank AE001437の遺伝子座CA_C0028の遺伝子hydAによりコードされている、請求項に記載の変異株。
【請求項4】
前記hydA変異遺伝子が水素デヒドロゲナーゼをコードし、配列番号18で表される遺伝子配列を有するものである、請求項に記載の変異株。
【請求項5】
非変異株と比較して増強されたグリセロール取り込み促進因子透過酵素活性をさらに含んでなる、請求項1~のいずれか一項に記載の変異株。
【請求項6】
前記グリセロール取り込み促進因子透過酵素が、配列番号19で表されるアミノ酸配列を有するものであり、C.アセトブチリカムゲノムATCC824、Genbank AE001437の遺伝子座CA_C0770の遺伝子glpFによりコードされている、請求項に記載の変異株。
【請求項7】
C.アセトブチリカムゲノムATCC824、Genbank AE001437の遺伝子座CA_C0770の遺伝子glpFの892875番のヌクレオチド位置のヌクレオチドGの置換を少なくとも含んでなり、それが配列番号22で表される遺伝子配列を有する変異遺伝子をもたらす、請求項に記載の変異株。
【請求項8】
非変異株と比較して減弱された電子伝達フラビンタンパク質サブユニットα活性をさらに含んでなる、請求項1~のいずれか一項に記載の変異株。
【請求項9】
前記電子伝達フラビンタンパク質サブユニットαが、配列番号23で表されるアミノ酸配列を有するものであり、C.アセトブチリカムゲノムATCC824、Genbank AE001437の遺伝子座CA_C2709の遺伝子etfAによりコードされている、請求項に記載の変異株。
【請求項10】
C.アセトブチリカムゲノムATCC824、Genbank AE001437の遺伝子座CA_C2709の遺伝子etfAの2833384番のヌクレオチド位置のヌクレオチドの置換を少なくとも含んでなり、それが配列番号26で表される遺伝子配列を有する変異遺伝子をもたらす、請求項に記載の変異株。
【請求項11】
請求項1~10のいずれか一項に記載の変異株を含んでなるクロストリジウムのコンソーシアム。
【請求項12】
請求項1~10のいずれか一項に定義されるクロストリジウム・アセトブチリカム変異株と少なくとも1つのクロストリジウム・スポロゲネス株および/または少なくとも1つのクロストリジウム・スフェノイデス株とを含んでなる、請求項11に記載のクロストリジウムのコンソーシアム。
【請求項13】
請求項1~10のいずれか一項に定義される変異株または請求項11または12に定義されるコンソーシアムを、少なくともグリセロールを含んでなる適当な培養培地で培養すること、ならびに生産された1,3-プロパンジオールおよび/または酪酸を培養培地から回収することを含んでなる、1,3-プロパンジオールおよび酪酸の生産のための方法。
【請求項14】
生産された1,3-プロパンジオールおよび/または酪酸がさらに精製される、請求項13に記載の1,3-プロパンジオールおよび酪酸の生産のための方法。
【請求項15】
培養培地中のグリセロール濃度が90~120g/L、好ましくは約105g/Lである、請求項13または14に記載の1,3-プロパンジオールおよび酪酸の生産のための方法。
【請求項16】
培養培地が有機窒素を必要としない、好ましくは、有機窒素を添加しない、より好ましくは、酵母エキスを含まない合成培地である、請求項13~15のいずれか一項に記載の1,3-プロパンジオールおよび酪酸の生産のための方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、1,3-プロパンジオールを生産することができ、減弱されたグリセロールキナーゼ活性を含んでなるクロストリジウム・アセトブチリカム(Clostridium acetobutylicum)の新たな変異株に関する。さらに、本発明は、少なくとも前記変異株とC.スポロゲネス(C. sporogenes)およびC.スフェノイデス(C. sphenoides)から選択される少なくとも1つの他のクロストリジウム種を含んでなるクロストリジウム綱(Clostridia)のコンソーシアムに関する。この改変株は高グリセロール含量の適当な培養培地での増殖におよび1,3-プロパンジオールの生産に適応させることができるので、本発明はまた、少なくともこの変異株を適当な培養培地で培養することにより1,3-プロパンジオールおよび酪酸を生産するための方法にも関する。
【背景技術】
【0002】
1,3-プロパンジオール(1,3-propanediol)(PDO)は、トリメチレングリコールまたはプロピレングリコールとも呼ばれ、最も古くから知られている発酵生成物の1つである。PDOはクロストリジウム・パストゥリアヌム(Clostridium pasteurianum)を含有するグリセリン発酵培地において、August Freundにより早くも1881年には最初に確認された。PDOはグリセリン発酵の典型的な生成物であり、他の有機基質の嫌気的変換において発見された。その生成が可能なのはごく少数の生物だけで、それらは総て細菌である。それらには、クレブシエラ属(Klebsiella)(K.ニューモニエ(K. pneumoniae))、エンテロバクテリウム属(Enterobacter)(E.アグロメランス(E. agglomerans))、シトロバクテリア属(Citrobacter)(C.フロインディ(C. freunddi))、ラクトバシラス属(Lactobacilli)(L.ブレビス(L. brevis)およびL.ブチネリ(L. buchneri))、ならびにC.ブチリカムおよびC.パストゥリアヌム群のクロストリジウム綱(Clostridia)の細菌が含まれる。
【0003】
PODは、二官能性有機化合物として、多くの合成反応に、特に、ポリエステル、ポリエーテル、ポリウレタン、特に、ポリトリメチレンテレフタレート(PTT)を生産するための重縮合向けのモノマーとして使用される可能性がある。これらの構造および反応の特性が、化粧料、繊維製品(衣料繊維もしくはフローリング)またはプラスチック(自動車産業および梱包またはコーティング)での幾つかの応用をもたらす。
【0004】
PDOは種々の化学的経路で生産され得るが、それらは汚染物質を極度に含有する廃液流を生み出し、製造コストが高くつく。従って、化学的に生産されたPDOは1,2-エタンジオール、1,2-プロパンジオールおよび1,4-ブタンジオールのような、石油化学的に利用可能なジオールと競争できない。この競争力を高めるために、1995年に、デュポン社はグルコースからPDOへの生物変換のための研究プログラムを開始した。このプロセスは環境に優しいが、i)非常に高価な補因子であるビタミンB12を用い、また、ii)生産株が不安定であるために不連続なプロセスであるという欠点がある。
【0005】
バイオディーゼル産業で生産された大量のグリセロールが利用可能であるため、むしろ、連続的にビタミンB12を必要とせず炭素収率がより高いプロセスが有利である。
【0006】
PDOが特に、塩および水と混合した約80~85%のグリセリンを含有するバイオディーゼル生成物の不要な副生成物であるグリセロールから生産され得ることは当技術分野で公知である。
【0007】
C.ブチリカムがバッチおよび2段階連続発酵で増殖でき工業グリセリンに含有されるグリセロールからPDOを生産できることは従前に記載されていた(Papanikolaou et al., 2000)。しかしながら、グリセロールの最高濃度において、得られた最大PDO力価は0.02h-1の希釈速度で48.1g.L-1であり、0.96g.L-1.h-1の生産性を意味する。培養は、流加培地中グリセリンを起源とするグリセロールの最大濃度が90g.L-1で、細菌のバイオマス生産の増大に役立つと当業者に知られている有機窒素を含有する高価な化合物である酵母エキスの存在下で行われた。
【0008】
出願WO2006/128381は、クレブシエラ・ニューモニエ、C.ブチリカムまたはC.パストゥリアヌムなどの天然PDO生産生物を用いてバッチおよび流加バッチ培養でのPDOの生産のためのこのグリセロールの使用を開示している。さらに、WO2006/128381で使用された培地も酵母エキスを含有する。この特許出願に記載されているように、達成された最大生産性は0.8~1.1g.l-1-1であった。
【0009】
「C.アセトブチリカムDG1 pSPD5」株と呼ばれる、C.ブチリカムからのビタミンB12非依存性のグリセリンデヒドラターゼとPDOデヒドロゲナーゼを含有するように改変されたC.アセトブチリカムの性能がGonzalez-Pajuelo et al., 2005に記載されている。この菌株は、最大120g.l-1の純粋なグリセロールを含有する流加培地において、最初は増殖しPDOを生産する。さらに、最大60g.l-1の純粋グリセロールまたは工業グリセリンに含有されるグリセロールを含有する流加培地における分析では何の差異も指摘されなかった。これらの結果は酵母エキスの存在下で得られた。その上、60g.l-1より高い工業グリセリンの濃度を起源とするグリセロールの濃度では試験は行われなかった。野生型C.ブチリカムと改変型微生物「C.アセトブチリカムDG1 pSPD5」を比較すると、全体的に同様の挙動が観察された。
【0010】
特許出願WO2010/128070において、発明者らはGonzalez-Pajuelo et al. (2005)に記載されているような「C.アセトブチリカムDG1 pSPD5」の菌株を、工業グリセリンに含有される高濃度のグリセロールを含み、酵母エキスを含まない培地で増殖するように適応させるためのプロセスを記載している。結果として得られたC.アセトブチリカムDG1 pSPD5適応株の集団は、工業グリセリンに含有される最大120g.l-1のグリセロールを含有する培地でPDOを生産することができ、PDOの力価は最大53.5g.L-1で、収率は最大0.53g.g-1および生産性は最大2.86g.L-1.h-1であった。特許出願WO2012/062832では、発明者らは、WO2010/128070特許出願に記載のものと同じ方法によって得られたC.アセトブチリカムDG1 pSPD5適応株の別の集団のクローンの単離を記載している。この第2の集団は、工業グリセリンに含有される105g.L-1前後のグリセロールを含有する培地でPDOを生産することができ、PDOの力価は最大50.45g/L-1、収率は最大0.53g.g-1および生産性は最大3.18g.L-1.h-1であり、一方、単離されたクローンは、工業グリセリンに含有される105g.L-1前後のグリセロールを含有する培地でPDOを生産することができ、PDOの力価は最大51.30g/L-1、収率は最大0.50g.g-1および生産性は最大3.05g.L-1.h-1であった。
【0011】
ブチレート(酪酸またはブタン酸とも呼ばれ、BAと略される)は、構造式CHCHCH-COOHを有するカルボン酸であり、揮発性で、無色、不快な臭いを持つ油性の液体で、水および溶媒(例えば、エタノールおよびエーテル)の両方に混和する。ブチレートは、i)他の化学物質の製造、ii)動物栄養における飼料添加物として、iii)食品着香剤、または栄養補助食品として、ならびにiv)医薬組成物および化粧用組成物など、様々な適用に使用される。特に、ブチレートは、商業上極めて重要な混合エステルの1つである酢酸酪酸セルロースなどの熱可塑性ポリマーの生産において原料として使用され得る。実際に、酢酸酪酸セルロースは、塗料およびポリマー中に存在する場合が多い。ブチレートはまた、バイオ燃料および可能性としては内燃機関のガソリン代替物であるブタノールの前駆体でもある。
【0012】
現在、工業規模でのブチレートの生産は、主として、例えば、酸素または有機オキシダントによるn-ブチルアルコールまたはブチルアルデヒドの酸化を介した化学合成を用いて行われる。あるいは、ブチレートは、推定2~4%のブチレートを含有するバターからの抽出により生産することもできるが、この方法はコストが高く、難しい。ブチレートはまた、嫌気性条件下での発酵中にクロストリジウム株の代謝産物として生産することもできる。より具体的には、ブチレートは、二相アセトン/n-ブタノール/エタノール(ABE)発酵における中間体であるアセテート/ブチレート混合物として生産することができる。アセテート/ブチレートの生産は、高増殖速度条件下での最初の酸生成相で起こり、その後、第2の溶媒生成相(solventogenic phase)で消費され、増殖速度が低下し、ABE溶媒が生産される。二酸化炭素および水素はこの発酵プロセス中で常に生産される。
【0013】
本特許出願において、本発明者らは、減弱されたグリセロールキナーゼ活性を有するように変異された、グリセロールの存在下でPDOを生産し得るクロストリジウム・アセトブチリカムDG1 pSPD5株が、非変異生産株の性能に比べて改善したPDOおよびBA生産を提供することに気づいた。PDOおよびBA生産のさらなる改善は、本発明による変異株が減弱された水素デヒドロゲナーゼ活性および/または増強されたグリセロール取り込み促進因子透過酵素活性をさらに保持する場合に得られ得る。
【0014】
よって、本発明によるクロストリジウム変異株は、グリセロールの存在下でのPDOの生産に適応しただけの非変異型C.アセトブチリカムDG1 pSPD5株を使用する場合に比べて、PDOおよびBAの改善した生産をもたらす。
【発明の概要】
【0015】
本発明は、クロストリジウム・ブチリカム由来のdhaB1、dhaB2およびdhaT遺伝子を発現し、かつ、減弱されたグリセロールキナーゼ活性を含んでなるC.アセトブチリカム変異株に関する。
【0016】
特に、本発明による変異株において、活性が減弱されるグリセロールキナーゼは、C.アセトブチリカムゲノムATCC824の遺伝子座CA_C1321の遺伝子glpKによりコードされている。
【0017】
本発明の特定の実施形態において、本発明による変異株は、遺伝子座CA_C1321の遺伝子glpKに以下の突然変異のうち少なくとも1つを含んでなる:
a.C.アセトブチリカムゲノムATCC824、Genbank AE001437の1462461~1462463番のヌクレオチド位置における、347番のアミノ酸アラニンをトレオニンに置換させるためのコドンの突然変異、
b.C.アセトブチリカムゲノムATCC824、Genbank AE001437の1461486~1461488番のヌクレオチド位置における、22番のアミノ酸ヒスチジンをチロシンに置換させるためのコドンの突然変異、
c.C.アセトブチリカムゲノムATCC824、Genbank AE001437の1462818~1462820番のヌクレオチド位置における、466番のアミノ酸バリンをメチオニンに置換させるためのコドンの突然変異。
【0018】
本発明の好ましい実施態様において、本発明による変異株は、これらの3つの突然変異の組合せを含んでなる。
【0019】
本発明の変異株はまた、減弱された水素デヒドロゲナーゼ活性、好ましくは、不活化された水素デヒドロゲナーゼ活性もさらに含んでなり得る。本発明の特定の実施態様において、前記ヒドロゲナーゼは、C.アセトブチリカムゲノムATCC824、Genbank AE001437の遺伝子座CA_C0028の遺伝子hydAによりコードされている。
【0020】
本発明の変異株はまた、増強されたグリセロール取り込み促進因子透過酵素活性もさらに含んでなり得る。本発明の特定の実施態様において、前記グリセロール取り込み促進因子タンパク質は、C.アセトブチリカムゲノムATCC824、Genbank AE001437の遺伝子座CA_C0770の遺伝子glpFによりコードされている。
【0021】
本発明の変異株はまた、減弱された電子伝達フラビンタンパク質サブユニットα活性もさらに含んでなり得る。本発明の特定の実施態様において、前記電子伝達フラビンタンパク質サブユニットαは、C.アセトブチリカムゲノムATCC824、Genbank AE001437の遺伝子座CA_C2709の遺伝子etfAによりコードされている。
【0022】
本発明はまた、上記に開示されたような本発明によるC.アセトブチリカム変異株を含んでなるクロストリジウム綱の種のコンソーシアムに関する。
【0023】
本発明の特定の実施態様において、このコンソーシアムは、上記で定義されたようなクロストリジウム・アセトブチリカム変異株と少なくとも1つのクロストリジウムスポロゲネス株および/または少なくとも1つのクロストリジウム・スフェノイデス株を含んでなる。
【0024】
本発明はまた、クロストリジウム・アセトブチリカム変異株、または上記で定義されたような前記変異株を含んでなるコンソーシアムを、少なくともグリセリンを含んでなる適当な培養培地で培養すること、ならびに生産されたPDOおよび/またはBAを培養培地から回収することを含んでなる、PDOおよびBAの生産のための方法にも関する。
【発明の具体的説明】
【0025】
第1の側面において、本発明は、PDOを生産することができ、かつ、非変異株に比べて減弱されたグリセロールキナーゼ活性を含んでなるクロストリジウム・アセトブチリカム変異株に関する。本発明において、グリセロールキナーゼは、ATP:グリセロール3-ホスホトランスフェラーゼまたはグリセロキナーゼGKとも呼ばれる酵素である。
【0026】
特に、本発明による変異株において、活性が減弱されるグリセロールキナーゼ(配列番号1)は、C.アセトブチリカムゲノムATCC824の遺伝子座CA_C1321(配列番号2)の遺伝子glpKによりコードされている。本発明による変異株において、グリセロールキナーゼ活性は、非変異株に比べて、特に、遺伝子glpKが変異されていない菌株に比べて減弱されている。
【0027】
本明細書において述べるように、C.アセトブチリカムゲノムATCC824は、クロストリジウム・アセトブチリカムATCC 824の完全ゲノムとして、受託番号Genbank AE001437(AE007513-AE007868)バージョンAE001437.1で入手可能な3940880bpの環状DNAに相当する。
【0028】
本発明の特定の実施態様において、本発明による変異株は、遺伝子座CA_C1321の遺伝子glpKに以下の突然変異のうち少なくとも1つを含んでなる:
a.C.アセトブチリカムゲノムATCC824、Genbank AE001437の1462461~1462463番のヌクレオチド位置における、347番のアミノ酸アラニンをトレオニンに置換させて配列番号3の変異タンパク質および配列番号4の変異遺伝子をもたらすためのコドンの突然変異、
b.C.アセトブチリカムゲノムATCC824、Genbank AE001437の1461486~1461488番のヌクレオチド位置における、22番のアミノ酸ヒスチジンをチロシンに置換させて配列番号5の変異タンパク質および配列番号6の変異遺伝子をもたらすためのコドンの突然変異、
c.C.アセトブチリカムゲノムATCC824、Genbank AE001437の1462818~1462820番のヌクレオチド位置における、466番のアミノ酸バリンをメチオニンに置換させて配列番号7の変異タンパク質および配列番号8の変異遺伝子をもたらすためのコドンの突然変異。
【0029】
本発明の有利な実施態様において、この変異株は、遺伝子座CA_C1321において、少なくとも、C.アセトブチリカムゲノムATCC824、Genbank AE001437の1462461~1462463番のヌクレオチド位置に、347番のアミノ酸アラニンをトレオニンに置換させるためのコドンの突然変異を含んでなる(配列番号3および配列番号4)。
【0030】
本発明の好ましい実施態様において、この変異株は、遺伝子座CA_C1321において、少なくとも、
(i)C.アセトブチリカムゲノムATCC824、Genbank AE001437の1462461~1462463番のヌクレオチド位置に、347番のアミノ酸アラニンをトレオニンに置換させるためのコドンの突然変異、および
(ii)C.アセトブチリカムゲノムATCC824、Genbank AE001437の1461486~1461488番のヌクレオチド位置に、22番のアミノ酸ヒスチジンをチロシンに置換させるためのコドンの突然変異
を含んでなり、配列番号9の変異タンパク質および配列番号10の変異遺伝子をもたらす。
【0031】
本発明の別の好ましい実施態様において、この変異株は、遺伝子座CA_C1321において、少なくとも、
(i)C.アセトブチリカムゲノムATCC824、Genbank AE001437の1462461~1462463番のヌクレオチド位置に、347番のアミノ酸アラニンをトレオニンに置換させるためのコドンの突然変異、および
(ii)C.アセトブチリカムゲノムATCC824、Genbank AE001437の1462818~1462820番のヌクレオチド位置に、466番のアミノ酸バリンをメチオニンに置換させるためのコドンの突然変異
を含んでなり、配列番号11の変異タンパク質および配列番号12の変異遺伝子をもたらす。
【0032】
本発明の別の好ましい実施態様において、この変異株は、遺伝子座CA_C1321において、少なくとも、
(i)C.アセトブチリカムゲノムATCC824、Genbank AE001437の1462461~1462463番のヌクレオチド位置に、347番のアミノ酸アラニンをトレオニンに置換させるためのコドンの突然変異、および
(ii)C.アセトブチリカムゲノムATCC824、Genbank AE001437の1461486~1461488番のヌクレオチド位置に、22番のアミノ酸ヒスチジンをチロシンに置換させるためのコドンの突然変異、および
(iii)C.アセトブチリカムゲノムATCC824、Genbank AE001437の1462818~1462820番のヌクレオチド位置に、466番のアミノ酸バリンをメチオニンに置換させるためのコドンの突然変異
を含んでなり、配列番号13の変異タンパク質および配列番号14の変異遺伝子をもたらす。
【0033】
上述の特定の好ましい実施態様の総てにおいて、突然変異のそれぞれは好ましくは以下の通りである:
・C.アセトブチリカムゲノムATCC824、Genbank AE001437の1462461番のヌクレオチド位置におけるGのAでの置換、
・C.アセトブチリカムゲノムATCC824、Genbank AE001437の1461486番のヌクレオチド位置におけるCのTでの置換、
・C.アセトブチリカムゲノムATCC824、Genbank AE001437の1462818番のヌクレオチド位置におけるGのAでの置換。
【0034】
本発明の変異株はまた、減弱された水素デヒドロゲナーゼ活性、好ましくは、不活化された水素デヒドロゲナーゼ活性もさらに含んでなり得る。本発明の特定の実施態様において、前記ヒドロゲナーゼ(配列番号15)は、C.アセトブチリカムゲノムATCC824、Genbank AE001437の遺伝子座CA_C0028の遺伝子hydA(配列番号16)によりコードされている。
【0035】
本発明の好ましい実施態様において、この変異株は、遺伝子座CA_C0028において、少なくとも、C.アセトブチリカムゲノムATCC824、Genbank AE001437の39233~39235番のヌクレオチド位置における、好ましくは39233番のヌクレオチド位置におけるCの欠失により(配列番号18の変異遺伝子)、配列番号17の582個のアミノ酸の代わりにより短い209個のアミノ酸のタンパク質をもたらす終止コドンを有するためのコドンの突然変異を含んでなる。
【0036】
本発明の変異株はまた、増強されたグリセロール取り込み促進因子透過酵素活性もさらに含んでなり得る。本発明の特定の実施態様において、前記グリセロール取り込み促進因子タンパク質(配列番号19)は、C.アセトブチリカムゲノムATCC824、Genbank AE001437の遺伝子座CA_C0770の遺伝子glpF(配列番号20)によりコードされている。
【0037】
本発明の好ましい実施態様において、この変異株は、遺伝子座CA_C0770において、少なくとも、C.アセトブチリカムゲノムATCC824、Genbank AE001437の892875~892877番のヌクレオチド位置に、13番のアミノ酸メチオニンをイソロイシンに置換させるための(配列番号21の変異タンパク質)、好ましくは、892875番のヌクレオチド位置のGの、A、CまたはTでの置換、より好ましくは、Aでの置換(配列番号22の変異遺伝子)によるコドンの突然変異を含んでなる。
【0038】
本発明の変異株はまた、減弱された電子伝達フラビンタンパク質サブユニットα活性もさらに含んでなり得る。本発明の特定の実施態様において、前記電子伝達フラビンタンパク質サブユニットα(配列番号23)は、C.アセトブチリカムゲノムATCC824、Genbank AE001437の遺伝子座CA_C2709の遺伝子etfA(配列番号24)によりコードされている。
【0039】
本発明の好ましい実施態様において、この変異株は、遺伝子座CA_C2709において、少なくとも、C.アセトブチリカムゲノムATCC824、Genbank AE001437の2833384~2833386番のヌクレオチド位置に、105番のアミノ酸イソロイシンをバリンに置換させるための(配列番号25の変異タンパク質)、好ましくは、2833384番のヌクレオチド位置のAのGでの置換(配列番号26の変異遺伝子)によるコドンの突然変異を含んでなる。
【0040】
本発明によるC.アセトブチリカム変異株は、グリセロールが存在する適当な培養培地で培養した際に1,3-プロパンジオールを生産できるように改変される。このC.アセトブチリカム変異株は、プラスミドにより過剰発現されるかまたは微生物の染色体に組み込まれるC.ブチリカム由来の1,3 -プロパンジオールオペロンの余分なコピーを導入することによって、C.ブチリカム由来の1,3-プロパンジオールオペロン、dhaB1遺伝子(配列番号27)およびdhaB2遺伝子(配列番号28)によりコードされているビタミンB12非依存性グリセロールデヒドラターゼおよびdhaT遺伝子(配列番号29)によりコードされているPDOデヒドロゲナーゼを含有するように改変されている。例えば、pSPD5プラスミドを、1,3-プロパンジオールオペロンの過剰発現のために使用することができる。このC.アセトブチリカム変異株はC.アセトブチリカムDG1 pSPD5と呼ばれ、引用することにより本明細書の一部とされるGonzalez-Pajuelo et al., 2005およびGonzalez-Pajuelo et al., 2006に詳細に記載されている。
【0041】
グリセロール代謝をPDOの生産に向けるための方法は当技術分野で公知である(例えば、WO2006/128381、Gonzalez-Pajuelo et al., 2006)。また、例えば、単一の炭素源としてのグリセロールからのPDOの生産のために遺伝的に改変されたC.アセトブチリカム株が当技術分野で公知であり、特に特許出願WO2001/04324およびWO2010/128070で開示されている。
【0042】
有利な実施態様において、本発明の変異株は、高グリセロール含量、特に、工業グリセリンに含有される高濃度のグリセロールを含み、有機窒素源を含まない培養培地からの増殖およびPDO生産に適応したC.アセトブチリカム株である。
【0043】
「適応したC.アセトブチリカム」、「従前に適応したC.アセトブチリカム」、または「適応しているC.アセトブチリカム」とは、高濃度の工業グリセリンで増殖することができるように改変されたC.アセトブチリカムを意味する。
【0044】
例えば、C.アセトブチリカム株は、特許出願WO2010/128070に開示されているような選択圧培養法によって、高グリセロール含量、特に、工業グリセリンを起源とする高濃度のグリセロールを含む培養培地で増殖するように適応させることができる。このC.アセトブチリカム株の適応は、好ましくは、当業者に周知の技術である嫌気的連続法によって行われる。当業者に公知のこの方法の特徴として、例えば、流加培地を発酵槽に連続的に加え、同時にこの系から、微生物を含む等量の変換栄養溶液が取り出されることが挙げられる。栄養交換の速度は希釈率として表される。従って、希釈率は培養培地に適用され、微生物の最大増殖速度を考慮し、培地の投入と引き抜きの速度に影響を与える。生産微生物の前記適応は、微生物を高い工業グリセリン含量(90~120g/L、好ましくは約105g/Lを含む)を含んでなる培養培地にて低希釈率(0.005~0.1h-1、好ましくは0.005~0.02h-1を含む)で培養すること、および工業グリセリンを起源とする高濃度のグリセロールを含む培養培地で増殖できる適応微生物を選択することにより得られる。
【0045】
「遺伝的に改変された」という表現は、その菌株がその遺伝的特徴を変化させる目的で形質転換さていることを意味する。内因性遺伝子は減弱、欠失、または過剰発現させることができ、または好ましくは、外因性遺伝子は、細胞で発現させるために導入するか、プラスミドによって運ばせるか、もしくは菌株のゲノムに組み込むことができる。
【0046】
用語「プラスミド」または「ベクター」は、本明細書で使用する場合、多くは細胞の中枢代謝の一部ではなく、通常は環状二本鎖DNA分子の形態の遺伝子を保持する染色体外エレメントを指す。
【0047】
高グリセロール含量、特に、工業グリセリンを起源とする高濃度のグリセロールを含む培養培地からの増殖および1,3-プロパンジオール生産にC.アセトブチリカム株を適応させるためには、特許出願WO2008/040387(それらの内容は引用することにより本明細書の一部とされる)に開示されているものなど、クロストリジウムにおける突然変異誘発および/または遺伝子置換のいずれの標準技術を用いてもよい。
【0048】
当業者には、これらの実験条件のそれぞれをどのように管理すればよいか、また、本発明に従って使用されるクロストリジウム綱の株のための培養条件をどのように定義すればよいかは周知である。特に、クロストリジウム綱の株は、C.アセトブチリカムでは、20℃~60℃、好ましくは25℃~40℃の温度で発酵させる。
【0049】
本発明の変異株において改変される、本明細書で述べる各酵素の活性は、比活性を意味するものとする。
【0050】
さらに、本発明の変異株において改変される各酵素の活性は、クロストリジウム・アセトブチリカムの非変異株または野生株と比較して定義される。
【0051】
酵素などの対象タンパク質の「増強」、「発現」、または「過剰発現」という用語は、本明細書では、前記対象タンパク質の発現レベルおよび/または活性が改変されていない、特に遺伝的に改変されていない親微生物に比べた場合の、微生物の前記タンパク質の発現レベルおよび/または活性の有意な増大を指す。これに対して、対象タンパク質の「減弱」という用語は、前記対象タンパク質の発現レベルおよび/または活性が改変されていない、特に遺伝的に改変されていない親微生物に比べた場合の、微生物の前記タンパク質の発現レベルおよび/または活性の有意な減少を指す。対象タンパク質の発現レベルおよび/または活性の完全な減弱は、発現および/または活性が消失されている、従って、前記タンパク質の発現レベルがゼロであることを意味する。「増強」、「発現」、「過剰発現」、または「減弱」が対応する対象遺伝子またはタンパク質の突然変異による場合、前記対象遺伝子またはタンパク質の発現レベルおよび/または活性の改変は、同じ非変異型の対象遺伝子またはタンパク質の発現レベルおよび/または活性と比較される。
【0052】
用語「発現レベル」は、本明細書で適用する場合、ウエスタンブロット-イムノブロット(Burnette, 1981)、酵素結合免疫吸着アッセイ(例えば、ELISA)(Engvall and Perlman, 1971)、または定量的プロテオミクス(Bantscheff et al., 2007)などの当該技術分野で周知の方法によって測定可能である、微生物で発現される対象タンパク質(または前記タンパク質をコードする遺伝子)の量(例えば、相対的な量、濃度)を指す。
【0053】
1以上のタンパク質の発現レベルの調節は、微生物内で前記タンパク質をコードする1以上の内因性遺伝子の発現を変更することによって生じ得る。
【0054】
よって、突然変異、特に、glpK遺伝子発現、hydA遺伝子発現、etfA遺伝子、および/またはglpF遺伝子の調節に関して上記に開示した特定の突然変異に加え、本発明の変異株において上記したように、上述の酵素の遺伝子発現をさらに減弱、消失、または過剰発現させるために当業者に周知の古典的手段を用いてもよい。
【0055】
特定の活性を有する酵素をコードする内因性遺伝子の発現レベルを、本発明による組換え微生物において特に過剰発現、減弱、または消失させることができる。このような改変は、例えば、遺伝子工学によって、微生物が培養され、そこでその微生物に特定のストレスをかけ、突然変異を誘発する適応によって、および/または定方向突然変異誘発と特定の選択圧下での進化を組み合わせることにより代謝経路の発達と進化を促すことによって行うことができる。
【0056】
用語「内因性遺伝子」は、本明細書では、微生物に本来存在する遺伝子を指す。
【0057】
内因性遺伝子は、特に、内因性調節エレメントに加えて、それぞれアップレギュレーションまたはダウンレギュレーションを有利とする異種配列を導入することにより過剰発現または減弱させることができる。それに加えて、またはその代わりに、内因性調節エレメントを、それ自体遺伝子発現を調節する適当な異種配列に置き換えてもよい。それに加えて、またはその代わりに、内因性遺伝子の1以上の追加コピーを微生物内に、染色体的に(すなわち、染色体に)または染色体外に(例えば、プラスミドまたはベクターで)導入してもよい。よって、この微生物は、互いに同種の数コピーの遺伝子を含んでなる。内因性遺伝子の1以上の追加コピーを染色体外で発現させる場合、染色体外の外因性遺伝子の導入に関して上記で詳説したように、それらは異なるタイプのプラスミドで運ばれ得る。
【0058】
内因性遺伝子を過剰発現させる、または発現を減弱するためのもう1つの方法は、そのプロモーター(すなわち、野生型プロモーター)をそれぞれより強いまたはより弱いプロモーターに交換することである。このような目的に好適なプロモーターは同種(すなわち、同じ種を起源とする)であっても異種(すなわち、異なる種を起源とする)であってもよく、当技術分野で周知である。実際に、当業者は、内因性遺伝子の発現を調節するための適当なプロモーターを容易に選択することができる。
【0059】
内因性遺伝子発現レベル、またはコードされるタンパク質の活性はまた、遺伝子のコード配列または非コード配列に突然変異を導入することにより増強または減弱することができる。これらの突然変異は、対応するアミノ酸の改変が存在しない場合には同義であり得、または対応するアミノ酸が変更される場合には非同義である。同義突然変異は翻訳されるタンパク質の機能には何の影響もないが、その変異配列がレギュレーター因子の結合部位内に位置する場合には、対応する遺伝子またはさらには他の遺伝子の調節にも影響を及ぼし得る。非同義突然変異は、その変異配列の性質に応じて、翻訳されるタンパク質の機能または活性にも、ならびに調節にも影響を及ぼし得る。特に、非コード配列における突然変異は、コード配列の上流(すなわち、プロモーター領域、エンハンサー、サイレンサーまたはインスレーター領域、特定の転写因子結合部位)に位置してもよいし、またはコード配列の下流に位置してもよい。プロモーター領域に導入された突然変異は、コアプロモーター、近位プロモーターまたは遠位プロモーターにあってよい。突然変異は、例えばポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を用いた部位特異的突然変異誘発によるか、例えば突然変異誘発物質(紫外線またはニトロソグアニジン(NTG)もしくはメタンスルホン酸エチル(EMS)のような化学薬剤)によるランダム突然変異誘発技術によるか、またはDNAシャッフリングまたはエラープローンPCRまたは微生物に特定のストレスをかけ突然変異を誘発する培養条件の使用によって導入することができる。遺伝子の上流に位置する領域に1以上の追加ヌクレオチドを挿入すると、特に遺伝子発現を調節することができる。
【0060】
第2の側面において、本発明は、上記に開示されたような本発明によるPDOおよびBA生産変異株を含んでなるクロストリジウム綱のコンソーシアムに関する。
【0061】
本発明の特定の実施態様において、このコンソーシアムは、上記で定義されたようなクロストリジウム・アセトブチリカム変異株と少なくとも1つのクロストリジウム・スポロゲネス株および/または少なくとも1つのクロストリジウム・スフェノイデス株を含んでなる。
【0062】
好ましくは、本発明によるコンソーシアムは、培養物中に含まれる細胞全体を100%として89%~98%のC.アセトブチリカム、1%~10%のC.スポロゲネス、および/または1%~10%のC.スフェノイデスを含んでなる。より好ましくは、本発明によるコンソーシアムは、培養物中に含まれる細胞全体を100%として89%~95%のC.アセトブチリカム、3%~7%のC.スポロゲネス、および/または1%~5%のC.スフェノイデスを含んでなる。
【0063】
本発明によるコンソーシアムは、好ましくは、グリセロールが存在する培養培地からの増殖およびPDO生産のために従前に改変されたPDOおよびBA生産C.アセトブチリカム変異株を含んでなる。上述のC.アセトブチリカム変異株に関する好ましい実施態様も総て、必要な修正を加えてこの特定の実施態様に当てはまる。
【0064】
第3の側面において、本発明は、クロストリジウム・アセトブチリカム変異株または上記で定義されたような前記変異株を含んでなるコンソーシアムを、少なくともグリセロールを含んでなる適当な培養培地で培養すること、および生産されたPDOおよび/またはBAを培養培地から回収することを含んでなる、PDOおよびBAの生産のための方法に関する。
【0065】
本発明の方法において、生産は有利にはバッチ法、流加法または連続法で行う。PDOおよびBAの生産を目的とする工業規模での微生物の培養は当該技術分野で公知であり、特に、WO2010/128070およびWO2011/042434に開示され、それらの内容は引用することにより本明細書の一部とされる。
【0066】
本発明による方法において、得られたPDOおよび/またはBAは、回収後にさらに精製されてもよい。
【0067】
発酵培地からPDOまたはBAを回収し、最終的に精製するための方法は当業者に公知である。PDOは、蒸留により単離され得る。ほとんどの実施態様において、PDOは発酵培地からアセテートなどの副生成物とともに蒸留され、その後、既知の方法によりさらに精製される。特定の精製方法が特許出願WO2009/068110およびWO2010/037843に開示され、その内容は引用することにより本明細書の一部とされる。
【0068】
BAは、特許出願EP350355に開示されているような蒸留によるか、または例えばWO2017/013335に開示されているような液液抽出により、好ましくは、ペンタン酸、ヘキサン酸、ヘプタン酸、オクタン酸もしくはノナン酸などのカルボン酸またはメチルイソブチルケトン、メチルイソアミルケトン、メチルヘプチルケトン、メチルノニルケトンなどのケトンから選択される溶媒を用いて単離することができる。
【0069】
本発明によるPDOおよびBAの生産のための方法の好ましい実施態様において、グリセロール濃度は、培養培地中90~120g/L、好ましくは約105g/Lである。
【0070】
「適当な培養培地」または「培養培地」とは、クロストリジウム株またはコンソーシアムの増殖およびそれらの細胞による対象生成物の合成に最適化された培養培地を指す。発酵法は、一般に、使用するクロストリジウム種に適合した規定の既知組成であり、かつ、グリセロールを含有する合成の、特に、無機の、培養培地を含む反応槽で行われる。
【0071】
用語「合成培地」は、そこで生物が増殖する化学的に定義された組成を含んでなる培養培地を意味する。本発明の培養培地では、グリセロールは有利には単一の炭素源である。しかしながら、培養培地は、炭素源としてグリセロールに加えて炭水化物を含んでなってもよい。炭水化物は、キシロース、グルコース、フルクトースおよびスクロースまたはそれらの組合せからなる群から選択される。
【0072】
特定の実施態様において、グリセロールは、少なくとも50%のグリセロール、好ましくは少なくとも85%のグリセロール含んでなるグリセリン組成物の形態で培地に添加される。
【0073】
有利には、本発明の培養培地に使用されるグリセリンは、工業グリセリンである。「工業グリセリン」とは、実質的な精製なく工業プロセスから得られたグリセリン製品を意味する。工業グリセリンはまた「未処理グリセリン」とも呼ぶことができる。工業グリセリンは、70%を超える、好ましくは80%を超えるグリセロール、水ならびに無機塩および脂肪酸などの不純物を含んでなる。工業グリセリン中のグリセロールの最大含量は一般に90%、より一般には約85%である。
【0074】
よって、本発明によるPDOおよびBAの生産のための方法は、70%を超えるグリセロールを含んでなる工業グリセリンにより提供されるグリセロールを使用することによって行うことができる。
【0075】
工業グリセリンが得られる工業プロセスは、とりわけ、油脂、特に、植物起源の油脂または動物起源の油脂または使用済み調理油が界面活性剤または潤滑剤などの工業製品に加工される製造方法である。このような製造方法において、工業グリセリンは、副生成物と見なされる。特定の実施態様において、工業グリセリンはバイオディーゼル生産からの副生成物であり、バイオディーゼル生産から得られるグリセリンの既知の不純物を含んでなり、これには約80~85%のグリセロールが塩、メタノール、水および脂肪酸などの少量の他の有機化合物とともに含まれる。バイオディーゼル生産から得られる工業グリセリンは、脂肪酸を除去するために酸性化工程をさらに受けてもよい。当業者には酸性化技術は公知であり、使用するグリセリンに応じて最適な酸性化条件を定義することができる。
【0076】
よって、本発明によるPDOおよびBAの生産のための方法は、バイオディーゼル生産の副生成物である工業グリセリンを使用することにより行うことができる。
【0077】
本発明の方法において使用されるグリセロール濃度は、流加培地中、グリセロールが90g.L-1を超える。好ましい実施態様において、この濃度は、グリセリン溶液に含有される90~200g.L-1のグリセロール、より詳しくは90~140g/Lのグリセロール、好ましくは約120g.L-1のグリセロール、より好ましくは約105g.L-1のグリセロールを含む。
【0078】
好ましくは、培養培地は、有機窒素を添加しない合成培地である。よって、本発明によるPDOおよびBAの生産のための方法は、有機窒素を必要としない培養培地を使用することにより、好ましくは、有機窒素を添加しない、より好ましくは酵母エキスを含まない合成培地を使用することにより行うことができる。
【0079】
このような培養培地は、当該技術分野において、特に、特許出願WO2010/128070およびWO2011/042434に開示され、これらの内容は引用することにより本明細書の一部とされる。
【0080】
特定の実施態様において、本発明によるPDOおよびBAの生産のための方法は、上記で定義されたような前記クロストリジウム・アセトブチリカム変異株を少なくとも1つのクロストリジウム・スポロゲネス株および/または少なくとも1つのクロストリジウム・スフェノイデス株とともに、少なくとも炭素源としてグリセロールを含んでなる適当な培養培地で培養すること、および生産されたPDOおよび/またはBAを培養培地から回収することを含んでなる。
【実施例
【0081】
本発明を以下の実施例でさらに定義する。これらの実施例は、本発明の好ましい実施形態を示すが、単に例示として示されることが理解されるべきである。上記の開示およびこれらの実施例から、当業者は、本発明の本質的な意味を変えることなく、様々な使用および条件にそれを適合させるように様々な変更を行うことができる。
【0082】
実施例1:タイプ174P集団から派生した1つのクローンに存在する突然変異の同定
クローンの単離
クローンの単離は、C.ブチリカム由来の1.3-プロパンジオールオペロンを過剰発現し、特許出願WO2012/062832A1に記載されているように高濃度の工業グリセリンを含む培養培地からの増殖およびPDO生産に適当した集団であるクロストリジウム・アセトブチリカムDG1 pSPD5タイプ174P株の集団の連続培養から開始し、寒天プレートで行った。寒天プレートでの単離に使用した合成培地は、脱イオン水1リットル当たり、寒天25g;市販のグリセリン30g;KHPO、0.5g;KHPO、0.5g;MgSO、7HO、0.2g;CoCl 6HO、0.01g;酢酸、99.8%、2.2ml;NHCl、1.65g;MOPS、23.03g、ビオチン、0.16mg;p-アミノ安息香酸、32mg;FeSO、7HO、0.028g;レサズリン、1mgおよびシステイン、0.5gを含有した。培地のpHは6NのNHOHで6.5に調整した。
【0083】
単離されたクローンは、寒天プレートでの3回の継代培養後に純粋であると見なされた。それらのうちの1つをクローンPD0557Vc05と命名し、次に、液体合成培地に移した。その後、増殖している液体培養物を同定まで、20%グリセリンにて-80℃で保存した。
【0084】
DNA単離
クローンPD0557Vc05の連続培養物16mlから、Qiagen(QIAGEN SA、コートアポフ、フランス)からのゲノムDNAバッファーセットおよびゲノムチップ500/Gキットを用いて、ゲノムDNAを抽出した。細菌サンプルをQIAGEN Genomic DNA Handbook (Sample Preparation and Lysis Protocol for Bacteria)に記載されているプロトコールとその後のGenomic-tip Protocol (Protocol for Isolation of Genomic DNA from Blood, Cultured Cells, Tissue, Yeast, or Bacteria)に従って調製した。
【0085】
シークエンシング分析
ゲノムシークエンサーイルミナHiSeq技術を用い、クローンPD0557Vc05のゲノムの配列決定を行った。シークエンシングプロジェクトはGATC (GATC Biotech AG、Jakob-Stadler-Platz 7、78467 Konstanz、ドイツ)により、配列モードイルミナHiSeqシークエンシング、標準ゲノムライブラリー、リード長2×150bp、ランタイプ:ペアエンド、リード長:2×150bp、シークエンスリード11,589,200、シークエンス塩基3,476,760,000で行われた。
【0086】
バイオインフォマティクス分析
バイオインフォマティクス分析は、GATC Biotech AGにより、GATC VARIANT ANALYSIS V1.2ワークフローおよび参照データベースASM876v1を用いて行われた。変異体分析はGATC Biotech AGにより行われ、SNPおよびInDelコールは、GATKのハプロタイプコーラー[McKenna et al., 2010; De Pristo et al., 2011)を用いて行い、検出変異体に、snpEff(Cingolani et al., 2012)を用い、それらの遺伝子コンテキストに基づいて注釈を付ける。SnpEffソフトウエアは、例えば、ウェブサイトhttp://snpeff.sourceforge.net上で利用可能である。変異体の質を評価するために使用されるいくつかのマトリックスに、GATKのVariantAnnotatorモジュールを用いて注釈を付け、GATKのVariantFiltrationモジュールを用い、偽陽性変異体をフィルタリングする(1lter)ために特注フィルターを変異体に適用する。
【0087】
同定された突然変異のバリデーション
PD0557Vc05において同定された突然変異の存在を確認するために、表1に記載のPCRおよびサンガーシークエンシングオリゴヌクレオチドを用い、対象とする各遺伝子のDNAまたはDNA領域に対してPCR反応およびサンガーシークエンシングを行った。
【0088】
【表1】
【0089】
PD0557Vc05に対して行ったイルミナシーケンシングおよびサンガーシークエンシングの両分析に基づき、表2に記載されるようにいくつかの突然変異が同定された。
【0090】
【表2】
【0091】
実施例2:遺伝子glpKおよびhydAにおいて同定された突然変異の特性評価
A.野生型(glpK)および変異型(glpK )グリセロールキナーゼタンパク質の特性評価
クローンPD0557Vc05のglpK遺伝子において、H22Y、A347TおよびV466Mを有する変異タンパク質glpKをもたらす3つの異なる点突然変異が同定された(上記の表2)。これらの突然変異の影響をより良く特徴付けるために、本発明者らはそれらを個々にまたは組み合わせて試験した。従って、変異型グリセロールキナーゼをコードする対立遺伝子を発現プラスミドpPAL7(Biorad(登録商標))にクローニングし、得られたプラスミドを大腸菌(E. coli)株BL21(DE3)starに形質転換して、各変異タンパク質を精製し、生化学的実験を行った。
【0092】
【表3】
【0093】
タンパク質の過剰生産
タンパク質の過剰生産のための1~7の7株の培養を、5g/Lのグルコースおよび100mg/Lのアンピシリンを添加したLB培地(Bertani、1951)を用い、2Lのエルレンマイヤーフラスコで行った。一晩培養物を用い、500mL培養液にOD600nmが約0.15となるように播種した。培養はまず37℃および200rpmのシェーカー上でOD600nmが約0.5となるまで維持し、次に、培養を25℃および200rpmの第2のシェーカー上に、OD600nmが0.6~0.8となるまで(約1時間)移し、その後、500μMのIPTGで誘導を行った。この培養物を25℃および200rpmで、OD600nmが4前後となるまで維持した後に停止した。細胞を4℃にて7000rpmで5分間遠心分離した後、-20℃で保存した。このプロトコールは菌株1~7で同じであった。
【0094】
タンパク質の精製
工程1:無細胞抽出物の調製
各菌株について、約250mgの大腸菌バイオマスを40mlの100mMリン酸カリウムpH7.6およびプロテアーゼ阻害剤カクテルに懸濁させた。細胞懸濁液(15ml/コニカルチューブ)に、氷上の50mlコニカルチューブ内で30秒間隔で30秒8サイクルの間、音波処理を施した(Bandelin sonoplus、70W)。音波処理の後、細胞を室温で30分間、5mMのMgClおよび1UI/mlのDNアーゼIとともにインキュベートした。4℃にて12000gで30分間の遠心分離により細胞残渣を除去した。
【0095】
工程2:アフィニティー精製
この粗細胞抽出物から、生産者が推奨しているプロトコールに従い、Profinityカラム(BIORAD、Bio-Scale Mini Profinity exactカートリッジ5ml)にてタンパク質をアフィニティー精製した。粗抽出物を、100mMリン酸カリウムpH7.6で平衡化した5mlのProfinity exactカートリッジに載せた。このカラムを10カラム容量の同じバッファーで洗浄し、室温で100mMリン酸カリウムpH7.6、100mMフッ化物とともに45分間インキュベートした。タンパク質を2カラム容量の100mMリン酸カリウムpH7.6でカラムから溶出させた。タグは樹脂に強固に結合して残り、精製されたタンパク質は遊離した。タンパク質を含有する画分をプールし、濃縮した。タンパク質濃度を、ブラッドフォードタンパク質アッセイを用いて測定した。
【0096】
野生型および変異型glpKの動態パラメーターの決定
以下の反応:グリセロール+ATP=>グリセロール-3-リン酸+ADPを触媒するグリセロールキナーゼ活性(glpK)を、NADH酸化と酵素的に共役させることにより、ADPの出現を測定することによって決定した。50mM重炭酸ナトリウムpH9、2mM ATP、2mMホスホエノールピルビン酸、0.2mM NADH、5mM MgCl、5単位のピルビン酸キナーゼ、5単位の乳酸デヒドロゲナーゼを含有する反応混合物(1mL)を30℃で5分間インキュベートした。次に、0.01~50mMのグリセロールを添加して反応を開始させた。ブランクからは基質グリセロールを省いた。NADHの酸化を30℃にて、分光光度計で340nmにおける吸光度(λ340=6290M-1cm-1)によりモニタリングした。
【0097】
1単位の酵素活性は、1分当たりに1μmolのNADHの減少を触媒する酵素の量と定義された。動態パラメーターは、Sigmaplotでミカエリスーメンテンの式に当てはめることにより求めた。精製酵素のグリセロールに対する比活性および動態パラメーターを表4に示す。
【0098】
【表4】
【0099】
単純な突然変異は、基質グリセロールに対する比活性(A347TおよびV466M)または親和性(A347T)のいずれかを低下させる。この結論はまた二重突然変異体の場合にも当てはまり、これらは触媒活性および親和性を低下させた(H22Y/A347TおよびV466M/A347T)。
【0100】
総ての突然変異を合わせた三重突然変異体glpK(A347T/V466M/H22Y)は、触媒効率の強い低下を示し、野生型タンパク質の1520mM-1-1に比べ33,9mM-1-1ての値であった。
【0101】
結論は、どんな突然変異またはそれらの組合せであっても、グリセロールキナーゼの触媒活性は多かれ少なかれ劇的に低下するということである。従って、PD0557Vc05株は低下したglpK触媒活性を有する。
【0102】
B.hydA突然変異の特性決定
hydA遺伝子において同定されたより関連のある突然変異は、以下のhydAタンパク質アラインメント:
hydAタンパク質アラインメント:CA_C0028:hydA野生型タンパク質およびCA_C0028 (I210 ):末端切断型hydA (I210
CA_C0028 (161)
【化1】
CA_C0028(I210) (161)
【化2】
に開示されるような210番のアミノ酸位置に終止コドンの組み込みをもたらす。
【0103】
この突然変異の表現型の特性評価を行うために、本発明者らは、連続培養中にPD0557Vc05クローン発酵の水素および二酸化炭素生産を測定した(表5)。発酵ガスサンプルはSupelTM-Inert Multi-Layerバッグに採取され、Quad-Lab laboratoryにより分析された。HおよびCOをNFX 20-303に従い、μGC/μTCDにより定量した。
【0104】
【表5】
【0105】
これらのデータは、クローンPD0557Vc05は、もはや水素を生産しないが、例外なく二酸化炭素を生産することを示す。これによりhydA活性が存在しないことが確認される。
【0106】
この結果は、クローン培養のサンプル(細胞抽出物)で行ったプロテオミクス分析により妥当性が確認された。hydAタンパク質は全く検出されない。
【0107】
結論として、クローンPD0557Vc05は、もはやヒドロゲナーゼ活性を持たない。
【0108】
実施例3:2つの生産株;C.アセトブチリカムDG1 pSPD5およびPD0001VE05c08によるPDOおよびBA生産に対するglpK およびhydA末端切断の影響
PDO/BAの生産に対する、クローンPD0557Vc05において同定された突然変異の影響を確認するために(実施例2参照)、本発明者らは、glpKおよびhydA対立遺伝子を単独でまたは組み合わせて、これらの遺伝子で改変されていない2つの生産株に導入した。
【0109】
遺伝子改変のために選択された2つの受容株は次の通りである:
・DG1 pSPD5:C.アセトブチリカムDG1 pSPD5株(刊行物Gonzalez-Pajuelo et al., 2006に記載)
・PD0001VE05c08:C.アセトブチリカムDG1 pSPD5株(特許出願WO2012/062832に記載されているように単離され、高濃度のグリセリンに適応したクローン)。
【0110】
上記のPD0557Vc05株において同定された遺伝子glpK(三重突然変体)およびhydAにおける突然変異をDG1 pSPD5株に導入して菌株8、9および10を作出し、またはPD0001VE05c08株に導入して菌株11、12および13を作出した。
【0111】
菌株8~10はGonzalez-Pajuelo et al., 2006に記載の連続培養条件で培養し
、菌株11~13はWO2012/062832に記載されているように培養した。
【0112】
【表6】
【0113】
それぞれglpK(H22Y/A347T/V466M)でグリセロールキナーゼ活性の低下を、およびhydA(I210)でヒドロゲナーゼ活性の抑制をもたらすglpKおよびhydA遺伝子の突然変異の際に、PDOおよびBAの両方の生産性が改善される。
【0114】
実施例4:高濃度の未処理グリセリンを用いた連続培養におけるPD0557Vc05の性能
菌株:
・PD0001VE05c08:C.アセトブチリカムDG1 pSPD5株(特許出願WO2012/062832に記載されているように単離され、高濃度のグリセリンに適応したクローン)。
・PD0557Vc05:C.アセトブチリカムDG1 pSPD5株(特許出願WO2012/062832A1に記載されているように高濃度の未処理の工業グリセリンでのC.アセトブチリカム株DG1 pSPD5タイプ174Pの連続培養から単離されたクローン)
【0115】
培養培地:
水道水1リットル当たりに含有されるクロストリジウムバッチ培養に使用される合成培地:グリセロール、30g;KHPO、0.5g;KHPO、0.5g;MgSO、7HO、0.2g;CoCl 6HO、0.01g;HSO、0.1ml;NHCl、1.5g;ビオチン、0.16mg;p-アミノ安息香酸、32mgおよびFeSO、7HO、0.028g。培地のpHは、3NのNHOHで6.3に調整した。SDS Carlo_Erbaから購入した市販のグリセロール(純度99%)をバッチ培養に使用した。水道水1リットル当たりに含有される連続培養の流加培地:未処理グリセリン由来のグリセロール、105g;KHPO、0.45g;KHPO、0.45g;MgSO、7HO、0.2g;CoCl 6HO、0.013g;ビオチン、0.08mg;p-アミノ安息香酸、16mg;FeSO、7HO、0.04g;消泡剤、0,05ml;ZnSO、7HO、8mg;CuCl、2HO、4mg;MnSO、HO、20mg。培地のpHは、96%HSOで3,5~4に調整した。バイオディーゼルのためのトランスエステル化プロセスからの未処理グリセリンは種々の供給者によって提供されたものであり(Avril、Carotech Berhad)、80~86%(w/w)の純度であった。これらのグリセリンをブレンドし、酸性化により前処理した。
【0116】
実験の設定:
連続培養は5LのバイオリアクターTryton(Pierre Guerin、フランス)にて実行容量2000mLで行った。培養容量は培養水準の自動調節により2000mLで一定に維持した。培養を200RPMで撹拌し、温度を35℃に設定し、pHを5.5NのNHOHの自動添加により6.5で一定に維持した。嫌気性条件を作り出すために、容器内の滅菌培地を60℃で1時間、無菌のO不含窒素でフラッシュし、35℃になるまで再びフラッシュした(2時間のフラッシュ)。バイオリアクターガスの出口は、ピロガロールを配置することによって酸素から保護した(Vasconcelos et al., 1994)。滅菌の後、流加培地をまた無菌のO不含窒素で室温になるまでフラッシュし、Oが入らないように窒素下で維持した。
【0117】
バッチおよび連続培養法:
100mLのペニシリンフラスコにて合成培地上で増殖している培養物を対数増殖期の終了時に採取したもの(酢酸2.2g.L-1およびMOPS 23.03g.L-1を添加すること以外はバッチ培養に関して上記したものと同じ)を播種物として使用した(5%v/v)。
【0118】
培養物をまずバッチ増殖させた。対数増殖期の初期に、本発明者らは未処理グリセリン由来のグリセロールパルスを行った:パルスとしては、未処理グリセリン由来グリセロール105g.L-1を含む合成培地(流加培養に関して記載したものと同じ)を3時間、静的流速で添加した(すなわち、18g.L-1のグリセロールの添加)。その後、バッチ培養で増殖を続けた後、対数増殖期の終了前に希釈率0.035h-1で連続流加を開始した。流加培地は未処理グリセリン由来のグリセロール105g.L-1を含有する。バイオリアクターへの播種の6~13日後で、4滞留時間(residence times)(RT)の後に、5日間で希釈率を0.035h-1から0.070h-1に高めた。その後、下記のHPLCプロトコールを用い、PDO生産およびグリセロール消費により培養の安定化を追跡した。特に、本発明者らは、残存グリセリン濃度ができる限り低くなるまで待った。
【0119】
PD0557Vc05の総合的な性能を以下の表7に示し、B60に記載の培養培地、バッチおよび連続法で得られたPD0001VE05c08の性能と比較する。これらの工程条件は、希釈率0.025h-1で開始し、希釈率0.06h-1に達したに過ぎなかった。PD0001VE05c08は、本実施例に記載され、変異株PD0557Vc05に適用された、より希釈率の高い(希釈率0.035h-1で始め、希釈率0.07h-1に達する)工程条件では流出(washout)した。
【0120】
分析手順:
細胞濃度を620nmでの濁度により測定し、直接測定した細胞乾重と相関させた。グリセロール、1,3-プロパンジオール、エタノール、乳酸、酢酸および酪酸濃度は、HPLC分析により測定した。Biorad Aminex HPX-87Hカラムにより分離を行い、屈折率により検出した。作動条件は次の通り:移動相 硫酸0.5mM;流速0.5ml/分、温度、25℃。
【0121】
【表7】
【0122】
これらの結果は、上記の実施例で記載され特性評価されたglpKおよびhydA遺伝子に突然変異を有するクローンPD0557Vc05は、クローンPD0001VE05c08よりも高い生産性でPDOおよびBAを生産することを示す。この増加は、両生成物に関して10%を超える生産性であるので有意である(太字のデータ)。
【0123】
上述の重要な事実は、PD0557Vc05とは対照的に、PD0001VE05c08株は0.07h-1の希釈率に達することができないということであり、これにより、細菌の増殖速度ならびにPDOおよびBA生産性に対する、特許請求される突然変異のプラスの影響が確認される。
【0124】
さらに、WO2012/062832に記載の培養条件をPD0557Vc05株に適用したところ、前記株の性能はPD0001VE05c08のものより良好であった(データは示されていない)。
【0125】
実施例5:高濃度の未処理グリセリンを用いた連続培養におけるPD0557Vc05株、C.スポロゲネスおよびC.スフェノイデスを含んでなる微生物コンソーシアムの性能
新規なPD0557Vc05株を用いてPDOおよびBAの生産を改善するために、本発明者らは、このような生産の改善が従前に示されている(データは開示されていない)細菌のコンソーシアムを再び作出することにした。よって、このコンソーシアムは、PD0557Vc05への微生物C.スフェノイデスおよびC.スポロゲネスの添加によって再構成されたものである。「PD0557Vc05コンソーシアム」と命名されたこの新規なコンソーシアムは、以下の「バッチおよび連続培養法」の節に記載されるように連続培養の最初の数日の間に作出した。
【0126】
培養培地:
水道水1リットル当たりに含有されるクロストリジウムバッチ培養に使用される合成培地:グリセロール、30g;KHPO、0.5g;KHPO、0.5g;MgSO、7HO、0.2g;CoCl 6HO、0.01g;HSO、0.1ml;NHCl、1.5g;ビオチン、0.16mg;p-アミノ安息香酸、32mgおよびFeSO、7HO、0.028g。培地のpHは、3NのNHOHで6.3に調整した。SDS Carlo_Erba(純度99%)から購入した市販のグリセロールをバッチ培養に使用した。水道水1リットル当たりに含有される連続培養の流加培地:未処理グリセリン由来のグリセロール(純度80~86%w:w)、105g;KHPO、0.45g;KHPO、0.45g;MgSO、7HO、0.2g;CoCl 6HO、0.013g;ビオチン、0.08mg;p-アミノ安息香酸、16mg;FeSO、7HO、0.04g;消泡剤、0,05ml;CuCl、2HO、2mg;MnSO、HO、20mg。培地のpHは、96%HSOで3.5~4に調整した。グリセリンは酸性化により前処理した。
【0127】
実験の設定:
連続培養は5LのバイオリアクターTryton(Pierre Guerin、フランス)にて実行容量2000mLで行った。培養容量は培養水準の自動調節により2000mLで一定に維持した。培養を200RPMで撹拌し、温度を35℃に設定し、pHを5.5NのNHOHの自動添加により6.5で一定に維持した。嫌気性条件を作り出すために、容器内の滅菌培地を60℃で1時間、無菌のO不含窒素でフラッシュし、35℃になるまで再びフラッシュした(2時間のフラッシュ)。バイオリアクターガスの出口は、ピロガロールを配置することによって酸素から保護した(Vasconcelos et al., 1994)。滅菌の後、流加培地をまた無菌のO不含窒素で室温になるまでフラッシュし、Oが入らないように窒素下で維持した。
【0128】
バッチおよび連続培養法:
100mLのペニシリンフラスコにて合成培地(酢酸2.2g.L-1およびMOPS 23.03g.L-1を添加すること以外はバッチ培養に関して上記したものと同じ)上で増殖しているPD0557Vc05培養物を対数増殖期の終了時に採取したものを播種物として使用した(5%v/v)。
【0129】
培養物をまずバッチ増殖させた。対数増殖期の初期に、本発明者らは未処理グリセリン由来のグリセロールパルスを行った:パルスとしては、未処理グリセリン由来グリセロール105g.L-1を含む合成培地(流加培養に関して記載したものと同じ)を3時間、静的流速で添加した(すなわち、18g.L-1のグリセロールの添加)。その後、連続バッチ増殖を続け、対数増殖期の終了前に希釈率0.035h-1での連続的流加が開始した。流加培地は未処理グリセリン由来のグリセロール105g.L-1を含有した。バイオリアクターへの播種の8日後に、C.スポロゲネスおよびC.スフェノイデスの微生物コンソーシアムを、バイオリアクター内の光学密度(620nm)がそれぞれ0.009uODおよび0.317uODとなるように添加した。培養の安定化の後、希釈率を0.035h-1から0.070h-1に高めた。その後、下記のHPLCプロトコールを用い、1,3-プロパンジオール生産、酪酸生産およびグリセロール消費により培養の安定化を追跡した。特に、本発明者らは、残存グリセリン濃度ができる限り低くなるまで待った。PD0557Vc05コンソーシアムの総合的な性能を以下の表8に示し、C.スポロゲネスおよびC.スフェノイデスを伴わないPD0557Vc05の性能と比較する。
【0130】
分析手順:
細胞濃度を620nmでの濁度により測定し、直接測定した細胞乾重と相関させた。グリセロール、1,3-プロパンジオール、エタノール、乳酸、酢酸および酪酸濃度は、HPLC分析により測定した。Biorad Aminex HPX-87Hカラムにより分離を行い、屈折率により検出した。作動条件は次の通り:移動相 硫酸0.5mM;流速0.5ml/分、温度、25℃。
【0131】
【表8】
【0132】
これらの結果は、PD0557Vc05コンソーシアムは、PDOおよびBAの両方においてPD0557Vc05株よりも良好な生産性能を有することを示す(太字のデータ)。実際に、PD0557Vc05コンソーシアムは、より高いPDOおよびBA力価、より高いPDO収量および低い残存グリセリンを示し、これはこの技術の明らかな全体的改善を意味する。
【0133】
微生物コンソーシアムの定量
DNAの単離
Precellys(登録商標)24ライザー/ホモジナイザー(Bertin Technologies、サン・カンタン・イヴリーヌ、フランス)を用い、Glass Bead Tube Kit、0.1mmで、1mLの培養物からゲノムDNAを抽出し、ホモジナイズし、2mLチューブに移した。Precellys(登録商標)24の設定は、6500rpm、サイクル持続時間20秒、サイクル間の遅延時間5秒、合計2サイクルとした。Precellys抽出の後、溶解液を10,000gで10分間遠心分離し、NucleoSpin(登録商標)ゲルおよびMacherey(Macherey Nagel、Hoerdt、フランス)からのPCR Clean-upを用いて上清を総ゲノム抽出に使用した。
【0134】
定量的PCRによるPD0557Vc05コンソーシアムの定量
PCR技術などの分子技術などの最近の進展は、例えば本特許出願では発酵生産からの培養液の場合のような異なるタイプの環境での、潜在的微生物の迅速、特異的かつ高感度の検出および同定を可能とする。
【0135】
サンプルの絶対定量値は、Sso Advanced Universal SYBR Green Supermix(Bio-rad Mitry Mory、フランス)を用いた定量的PCR(qPCR)により決定した。qPCRは、CFX96TMリアルタイムシステム(Bio-Rad Mitry Mory、フランス)を備えたBio-Rad C1000TMサーマルサイクラーで行った。
【0136】
反応混合物は、1×Sso Advanced Universal SYBR Green Supermix(Bio-Rad Mitry Mory、フランス)、6μLの各フォワード(F)およびリバース(R)プライマー(1μM)、2μLの希釈サンプル(2ng/μL Nanodrop measureから)および最終容量20μLとするためのヌクレアーゼ不含水からなった。増幅は以下のサーマルサイクルプログラムに従って行った:98℃で2分間の初期融解(1回)、次いで、98℃で10秒の融解、60℃で30秒間のプライマーのアニーリングおよび伸張40回(メルトカーブ65~95℃、5秒毎に0.5℃上昇)。
【0137】
既知濃度のゲノムDNA希釈系のCq値を用い、各微生物について標準曲線を決定した。各ウェル(標準曲線およびサンプル)のCq値をCFX ManagerTM3.1ソフトウエアにより決定した。これらのサンプルを標準曲線に対してプロットし、核酸の存在量を決定した。絶対量は、C.アセトブチリカム1細胞当たりgapC遺伝子1コピー、C.スフェノイデス1細胞当たりcpn60遺伝子1コピー、およびC.スポロゲネス1細胞当たりtpi遺伝子1コピーに基づいた。抽出効率の測定値は得られないことから、計算のために、核酸抽出を完全なものと仮定した。
【0138】
サンプル中の各微生物の存在量は、CFX96TMリアルタイムシステムを備えたBio-Rad C1000TMサーマルサイクラーにて、Sso Advanced Universal SYBR Green Supermix(Bio-rad Mitry Mory、フランス)を用いた定量的PCR(qPCR)により決定した。C.アセトブチリカムの標的化に用いたgapC遺伝子に基づくプライマーは、gapC_F、5’-TGCTGCTGTAAGTATCATC-3’(配列番号42)およびgapC_R、5’-GTTGGAACTGGAACTCTT-3’(配列番号43)であった。C.スフェノイデスの標的化に用いたcpn60遺伝子に基づくプライマーは、cpn60_F、5’-TTATATGTGCACCGATATG-3’(配列番号44)およびcpn60_R、5’-GAGAAGTCTTGCGCCGGAC-3’(配列番号45)であった。C.スポロゲネスの標的化に用いたtpi遺伝子に基づくプライマーは、tpi_F、5’-CCAGCGGTATTAGAAGAA-3’(配列番号46)およびtpi_R、5’-GTCCTATAATTACATAATGAACTC-3’(配列番号47)であった。
【0139】
下表に、培養物に含有される細胞の総体を100%とした場合に、PD0557Vc05コンソーシアム中に存在する異なる種が表すパーセンテージを示す。
【0140】
【表9】
【0141】
参照文献
【配列表】
0007569783000001.app