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  • 特許-金属修飾金属酸化物の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-10
(45)【発行日】2024-10-21
(54)【発明の名称】金属修飾金属酸化物の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 18/31 20060101AFI20241011BHJP
   C23C 18/18 20060101ALI20241011BHJP
   C25D 5/54 20060101ALI20241011BHJP
   C25D 7/00 20060101ALI20241011BHJP
   C09C 1/00 20060101ALI20241011BHJP
   C09C 3/06 20060101ALI20241011BHJP
   C09D 7/61 20180101ALI20241011BHJP
   C09D 7/62 20180101ALI20241011BHJP
   C09D 201/00 20060101ALI20241011BHJP
【FI】
C23C18/31 Z
C23C18/18
C25D5/54
C25D7/00 J
C09C1/00
C09C3/06
C09D7/61
C09D7/62
C09D201/00
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2022111699
(22)【出願日】2022-07-12
(65)【公開番号】P2024010385
(43)【公開日】2024-01-24
【審査請求日】2023-03-29
(73)【特許権者】
【識別番号】391001619
【氏名又は名称】長野県
(72)【発明者】
【氏名】大日方 陽一
【審査官】今井 拓也
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-057460(JP,A)
【文献】特開2008-291157(JP,A)
【文献】特開2004-231927(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0178804(US,A1)
【文献】特開2019-178076(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第102219257(CN,A)
【文献】特許第6911993(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 18/31
C23C 18/18
C25D 5/54
C25D 7/00
C09C 1/00
C09C 3/06
C09D 7/61
C09D 7/62
C09D 201/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
タングステン、モリブデン、バナジウム、ニオブ、チタン、およびタンタルのうちのいずれかの金属元素の酸化物であって、前記酸化物に含まれる前記金属元素の少なくとも一部が、前記酸化物中における最大酸化数よりも小さな酸化数を有する金属酸化物を用意する工程と、
修飾金属のイオンを含む溶液に前記金属酸化物を接触させ、前記金属酸化物中の前記金属元素を酸化数が大きくなるように酸化させる一方、前記溶液中の修飾金属イオンを還元する酸化還元反応によって前記金属酸化物の表面を前記修飾金属で修飾する工程と、
を有することを特徴とする金属修飾金属酸化物の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の金属修飾金属酸化物の製造方法において、
前記金属酸化物を基材の表面に膜として形成し、
前記溶液に前記膜を接触させて前記膜を前記修飾金属で修飾することを特徴とする金属修飾金属酸化物の製造方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の金属修飾金属酸化物の製造方法により、前記金属修飾金属酸化物を用意し、該金属修飾金属酸化物を抗菌部材の少なくとも一部として用いることを特徴とする抗菌部材の製造方法。
【請求項4】
請求項1または2に記載の金属修飾金属酸化物の製造方法により、前記金属修飾金属酸化物を用意し、該金属修飾金属酸化物を下地として、該下地上にめっき皮膜を形成することを特徴とするめっき品の製造方法。
【請求項5】
請求項2に記載の金属修飾金属酸化物の製造方法により、前記金属修飾金属酸化物を用意し、該金属修飾金属酸化物を電極として備えることを特徴とするデバイスの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗菌機能、触媒機能、電極機能等を有する金属修飾金属酸化物の製造方法に関する
【背景技術】
【0002】
金属酸化物は、触媒、半導体材料および電極等の様々な目的で用いられる材料である。利用形態としては、粉末で用いるほかに、基材表面に固定して用いられることも多い。
【0003】
基材に塗布して膜として利用する場合は基材表面に金属酸化物由来の機能を付与することができるうえ、金属酸化物の効果を少ない使用量で得ることができる。
【0004】
塗布方法としては、特許文献1のように、水をはじめとする液体中に金属酸化物微粒子が分散した状態のコーティング剤を用いる方法がある。このようなコーティング剤を用いた湿式製膜法は大面積への塗工が可能であり、真空プロセスをはじめとするドライプロセスと比較して安価な設備による塗工が可能である。
【0005】
金属は、抗菌性や化学反応の触媒といった機能を示すことが知られている。例えば、銀の抗菌作用や、無電解めっきの初期析出反応におけるパラジウムの触媒作用が公知である。
【0006】
金属酸化物の表面を金属で修飾した形態の材料も広く用いられている。例えば、金属酸化物を担体として金属の微粒子を担持した材料が触媒やセンサの電極として使用されている。
【0007】
金属酸化物と金属を組み合わせることにより、酸化チタン光触媒に可視光応答性を付与できること、金属酸化物のみの場合と比較してガスセンサの特性が向上すること等が知られている。さらに、金属酸化物等の担体に金属を固定することによって、凝集しやすい金属の微粒子を高分散な状態で維持できるため、担持金属の機能を効果的に利用することが可能になる。
【0008】
担体への金属の担持法は、含浸法や共沈法等が知られている。これらの担持法では、金属塩や金属の水酸化物等を担体表面に付与した後、焼成、水素還元等の工程を経る。
【0009】
非特許文献1に記載されているように、無電解めっきの初期反応では触媒としてパラジウムが利用されている。利用形態のひとつとして、セラミックスや樹脂の基材を+2価のスズイオンを含む溶液に浸すことによって前記イオンを基材へ吸着させ、つづいて塩化パラジウムの溶液に浸すことにより、置換反応によって基材表面にパラジウムを析出させる方法がある。
【0010】
金属の担体が酸化チタンのように光触媒機能を有する材料の場合、光析出法により担体表面に金属が得られることが知られている。例えば、特許文献2では可視光応答光触媒として、光析出法によって白金を担持した酸化チタンを提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2020-105274号公報
【文献】特開2021-154233号公報
【非特許文献】
【0012】
【文献】電気鍍金研究会編、「現代めっき教本」、日刊工業新聞社、2011年12月、p.160‐179
【文献】馬場宜良ほか、「エレクトロクロミック材料の最近の進歩」、金属表面技術、1984年、35巻、11号、p.498‐506
【文献】野上正行監修、「ゾル‐ゲル法の最新応用と展望」、普及版、株式会社シーエムシー出版、2020年12月、p.199‐200
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
金属酸化物が金属で修飾された金属修飾金属酸化物の製造において、基材に製膜するためのコーティング剤は長期安定性があること、コーティング剤が適用可能な基材の種類に制約がないこと、コーティング膜が修飾金属を高効率に利用できることが望ましい。また、金属修飾金属酸化物の製造方法は、基材の種類や形状に制約が少なく、工程が簡便であることが望ましい。
【0014】
金属酸化物を金属で修飾する際に高温での加熱が必要な方法は、樹脂等の耐熱性が低い基材に塗布された金属酸化物に対しては、適用が困難である。その場合、耐熱性が低い基材に対しては、あらかじめ金属と金属酸化物を複合体としたものを塗布する必要がある。しかしながら、複合体粒子を作製する場合、加熱工程が必要な方法では複合体粒子を凝集させずに塗布に適したナノサイズの粒子状態に保つことは困難である。
【0015】
また、凝集した径の大きな粒子を基材へ塗布するためのコーティング剤は、バインダーが必要となることが多い。その際、粒子表面はバインダーで覆われるため、バインダーに覆われていない粒子表面の一部分を除いて、抗菌性や触媒機能を十分に発揮することは困難である。
【0016】
バインダーに覆われた部分の金属酸化物や金属成分の機能は低下するため、材料の利用効率が低い。そのため、バインダーから露出した金属酸化物表面にのみ金属を修飾できれば材料を高い効率で利用できる。
【0017】
光触媒機能を有する材料表面における光析出法は、材料の表面のみに金属を修飾することができることから修飾金属を効率的に利用できる。しかし、光析出法は金属酸化物等の基材の光触媒機能を利用することから、金属酸化物の光触媒性能を左右する結晶性等を高度に制御する必要がある上に、金属析出があるのは光が照射される部分のみである点が課題となる。
【0018】
無電解めっきの前処理で利用される基材へのパラジウム付与の処理は、基材の形状等の制限を受けずに金属修飾できる方法である。一方で、パラジウムを吸着、還元させるための+2価のスズイオンを含む溶液は強酸性であるため、基材の種類が制限されるおそれがある。さらに前記スズ溶液は分解しやすいため、長期にわたって利用することは困難である。さらに、金属酸化物と修飾金属を複合して用いる場合のような相乗的な効果は、吸着したスズ成分では利用することが困難である。
【0019】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、基材の材質や形状に関わらず適用可能な新たな金属修飾金属酸化物の製造方法、抗菌部材の製造方法、めっき品の製造方法、およびデバイスの製造方法を提供する。また、本発明は、金属酸化物の塗布に適したコーティング剤およびコーティング剤の製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、タングステン、モリブデン、バナジウム、ニオブ、チタン、およびタンタルのうちのいずれかの金属元素の酸化物であって、前記酸化物に含まれる前記金属元素の少なくとも一部が、前記酸化物中における最大酸化数よりも小さな酸化数を有する金属酸化物を用意する工程と、修飾金属のイオンを含む溶液に前記金属酸化物を接触させて、前記金属酸化物中の前記金属元素を酸化数が大きくなるように酸化させる一方、前記溶液中の修飾金属イオンを還元する酸化還元反応によって前記金属酸化物の表面を前記修飾金属で修飾する工程と、を有することを特徴とする金属修飾金属酸化物の製造方法を開発した。
【0021】
本発明に係るコーティング剤は金属酸化物を含有しており、該金属酸化物に含まれる金属元素の少なくとも一部は、酸化物中でとりうる最大酸化数よりも小さな酸化数を有することを特徴とする。金属酸化物とは、粒子のような固体のみならず、金属のオキソ酸が縮合した状態のイオン性分子や錯体のようにコーティング剤中に溶解しうる成分を包含する。前記成分は、乾燥または加熱によって固体の金属酸化物となる。さらに、金属酸化物が水和物である場合や、水酸化物である場合を包含する。
【0022】
本発明にかかるコーティング剤の製造方法は、金属酸化物の構成元素が周期表の4族から7族までの元素のうちの一種以上の金属であり、該金属を含む溶液を用意する工程と、前記溶液を酸性化する工程と、溶液を酸性化した後に前記金属元素の少なくとも一部を還元する工程と、を有することを特徴とする形態を包含する。
【0023】
本発明にかかる金属修飾された金属酸化物の製造方法は、金属酸化物に含まれる金属元素の少なくとも一部が、金属酸化物中における最大酸化数よりも小さな酸化数を有する金属酸化物を用意する工程と、修飾金属のイオンが含まれた溶液に該金属酸化物を接触させ、金属酸化物中の小さな酸化数を有する金属元素を酸化し、溶液中の金属イオンを還元する酸化還元反応によって金属酸化物の表面を金属で修飾する工程とを有することを特徴とする。ここで、金属酸化物とは、粒子のような固体のみならず、金属のオキソ酸が縮合したイオン性分子や錯体のような状態を包含する。
【0024】
本発明において、前記金属酸化物を基材の表面に膜として形成し、前記溶液に前記膜を接触させて前記膜を前記修飾金属で修飾することができる。言い換えれば、本発明にかかる金属修飾した金属酸化物からなる膜の製造方法は、基材を準備する工程と、金属酸化物に含まれる金属元素の少なくとも一部が、金属酸化物中における最大酸化数よりも小さな酸化数を有する金属酸化物を含む膜を前記基材の表面に形成する工程と、修飾金属のイオンが含まれた溶液に該膜を接触させ、金属酸化物中の金属元素を酸化し、溶液中の金属のイオンを還元する酸化還元反応によって金属酸化物膜の表面を金属で修飾する工程とを有することを特徴とする。ここで、金属酸化物の膜を用意する工程に特に決まった方法はないが、金属酸化物中における最大酸化数よりも小さな酸化数を有する金属元素を含む金属酸化物を含むコーティング剤を用いた湿式コーティングは、基材の材質を問わず適用できる。そのほかに、例えば還元雰囲気で加熱した金属酸化物等の膜が適用可能である。
【0025】
本発明にかかる抗菌部材の製造方法は、上記製造方法で作製した金属修飾金属酸化物を用いて製造することを特徴とする。
【0026】
本発明にかかるめっき品の製造方法は、上記製造方法で作製した金属修飾金属酸化物を下地とし、電気めっきまたは無電解めっきにより施すことを特徴とする。
【0027】
本発明にかかるデバイスの製造方法は、上記方法で製造した膜を電極としてデバイスに備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0028】
本発明のコーティング剤、コーティング剤の製造方法、および金属修飾金属酸化物の製造方法は、耐熱性や耐薬品性が低い基材に対して使用可能であり、基材の形状に関わらず、金属修飾金属酸化物を得ることができる。さらに金属修飾金属酸化物からなる膜を利用して、抗菌部材、めっき品やデバイスを製造できる。
【0029】
本発明の方法により作製される金属で修飾された金属酸化物は、抗菌性や触媒作用や電気的特性が金属酸化物へ付与された機能性材料や電極として利用することができる。
【0030】
本発明における金属酸化物への金属の修飾法は、加熱工程や光照射を必要としないため、樹脂等の耐熱性が低い基材や、光が届かない複雑形状の基材に対しても適用が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0031】
図1】本発明にかかるコーティング剤および金属修飾金属酸化物の製造方法を示す工程図。
【発明を実施するための形態】
【0032】
図面を参照して、本発明について実施形態を示して詳細に説明する。なお、本発明はこれらの記載に限定して解釈されない。本発明の効果を奏する限り、実施形態は種々の変形をしてもよい。
【0033】
図1は、本発明にかかるコーティング剤および金属修飾金属酸化物の製造方法を示す工程図である。図1において、本実施形態のコーティング剤は、金属酸化物を含有する。該金属酸化物は、含まれる金属元素の少なくとも一部が、酸化物中でとりうる最大酸化数よりも小さな酸化数を有する状態である。遷移金属等は0価の金属の状態以外に複数の酸化数を示す。前記金属酸化物の状態の例としては、混合原子価状態の化合物が挙げられる。混合原子価状態とは、化合物を構成する金属元素について、同一の元素において2種以上の酸化数を持つ状態である。酸化タングステンを例にすると、酸化物中のタングステン(W)の最大酸化数は+6価であるが、混合原子価状態では、タングステンの少なくとも一部は+5価等の最大酸化数よりも小さな酸化数をもつ。+4価のタングステンからなるWOのように、すべての金属元素が最大酸化数よりも小さな酸化数を有していてもよい。
【0034】
最大酸化数よりも小さな酸化数を有する金属元素を含む金属酸化物は、金属酸化物を構成する金属元素の酸化還元反応によって生じる。反応例としては、電気分解、紫外光照射、還元剤や酸化剤による化学反応等が挙げられる。
【0035】
本発明にかかる金属酸化物中の金属元素であって最大酸化数よりも小さな酸化数を示し得る元素は、遷移金属元素を中心に様々なものが挙げられるが、本発明では、タングステン、モリブデン、バナジウム、ニオブ、チタン、タンタルを単一または複数種組み合わせて用いる。特にタングステン、モリブデン、バナジウムが最も好ましい。金属酸化物としては、上記金属元素を含む複合酸化物を用いてもよく、上記金属元素以外の成分、例えばアルカリ金属元素等の典型金属元素やアンモニウムイオン等を組成に含んでいてもよい。
【0036】
金属酸化物を修飾する金属としては、金属酸化物中の酸化反応が可能な金属元素の酸化還元電位よりも、溶液中で貴な酸化還元電位を示すものが利用できる。この反応は、金属銅を塩化パラジウム水溶液に浸した際に、銅の表面に金属パラジウムが析出するような置換析出や、無電解めっきの前処理工程において、+2価のスズイオンを吸着させた基材を塩化パラジウム水溶液に浸して金属パラジウムを基材上に得る置換反応と似た反応である。
【0037】
一方で、本発明では、金属酸化物中の金属元素の反応を利用するため、金属同士の置換析出のように、相対的に卑な金属のイオンの溶出のようなことが起きることはない。つまり、本発明では反応過程で金属酸化物が失われない状況を実現できる。非特許文献1に記載されているように、金属イオンを用いる場合、+2価のスズイオンは強酸性の溶液として用いる必要がある上に、分解しやすいことから長期安定性は期待できない。本発明で対象とする金属酸化物含有のコーティング剤は中性とすることも可能で、塗布の作業性や基材の材質に対する制限が少ない上、長期間にわたって安定なものとすることができる。
【0038】
修飾金属としては、一般に貴金属として知られている元素全般が該当する。例えば、酸化タングステンを例にすると、酸化物中の+5価のタングステンが+6価に酸化される際に、銅およびそれよりも貴な銀、金、白金、パラジウムなどのイオンは金属へ還元される。ただし、銅の場合等、微細な粒子として析出した後に金属として存在せずに、酸化物、水酸化物、硫化物等の金属の化合物として存在する場合も想定される。一方、修飾金属の単体のみならず金属の化合物が機能を有することも考えられる。したがって、修飾金属イオンに関する還元反応について、本発明では、金属の担持ではなく金属の修飾と表現する。
【0039】
金属酸化物中で金属元素が最大酸化数よりも小さな酸化数を有する状態をとるメカニズムについて説明する。タングステンを例にすると、+4価のタングステンからなるWOのように、すべての元素が最大酸化数である+6価よりも小さな酸化数を有する場合、多くは金属酸化物を水素等の還元雰囲気で加熱して得る必要がある。金属酸化物中の一部の金属元素が最大酸化数よりも小さな酸化数を有する混合原子価状態については、酸化タングステンを例に示すと、酸化タングステンWO中の+6価のタングステンが還元されることにより、その一部が+5価になることによって生じる。混合原子価状態となるときの還元反応の条件としては、金属酸化物の性質によっては、水素雰囲気における加熱以外にも様々な方法が適用できる。
【0040】
電気化学的還元反応の例では、酸化タングステン中のタングステンが+6価から+5価へ還元される際に電解液中の水素イオンやアルカリ金属イオンが酸化タングステンの構造中に入り、電荷は補償される。電子は酸化タングステンの構造中で非局在化した状態で存在するため導電性を示す。このとき酸化タングステンは青色を示す(例えば非特許文献2を参照。)。この反応は可逆反応であり、電気化学的に酸化させた場合には、酸化タングステンは還元反応前の状態に戻る。
【0041】
酸化タングステンのバンドギャップよりも大きなエネルギーを有する紫外線などの光を照射した場合には、励起電子と正孔が生成する。励起電子は酸化タングステン中のタングステンを+6価から+5価へ還元する。正孔は酸化タングステンに吸着等している周囲の水分子を酸化し、酸素分子と水素イオンが生成する(例えば非特許文献3を参照。)。これにより、電気化学的還元反応の場合と同様の状態をとる。
【0042】
還元剤による化学反応でも同様の混合原子価状態を示すと考えられる。
【0043】
金属酸化物が酸化タングステンの場合を例にすると、上記最大酸化数よりも小さな酸化数を有する金属元素を含む状態は酸化物が結晶、非晶質のどちらであっても示し得る。混合原子価状態は、例えばタングステン酸が縮合したイオン性分子の状態のようにタングステン原子が複数含まれる構造であれば示し得る。
【0044】
金属酸化物は水和物であってもよく、リン酸化合物、ケイ酸化合物等であってもよい。金属の種類によっては水酸化物であってもよい。組成にアルカリ金属イオンやアンモニウムイオンを含んでいてもよい。金属酸化物の構成元素として、最大酸化数よりも小さな酸化数を有する状態をとらない金属を組成に含んでもよい。
【0045】
最大酸化数よりも小さな酸化数を有する状態の金属元素を含む金属酸化物の該金属元素は、単一元素のみならず、2種以上としてもよい。
【0046】
コーティング剤について、含まれる金属酸化物が粒子の場合、粒子径は特に限定されないが、例えば、微粒子の凝集体もしくは単分散粒子の平均分散粒子径が300nm以下、さらには200nm以下であることが望ましい。粒子の径は、例えば、電子顕微鏡による乾燥粒子の観察や、動的光散乱法による液中粒子の計測によって測定される。
【0047】
微粒子の凝集体又は単分散粒子が、アスペクト比3以上である場合、または2次元的シート構造の場合には、粒子径は上記の値に限定されず、最長部の長さはより大きな値をとってもよい。その場合、最長部の長さが1000nm以下、好ましくは500nm以下、さらには300nm以下であることが望ましい。それ以外では分散性が低下する恐れがある。
【0048】
コーティング剤に含まれる金属酸化物の粒子の構造に制限はない。例えば、他の材料からなる粒子を核として、その表面に本実施形態の最大酸化数よりも小さな酸化数を有する状態の金属元素を含む金属酸化物が被覆または担持されていてもよい。
【0049】
コーティング剤の溶媒は特に限定されないが、水、アルコールなどの親水性溶媒、ヘキサンなどの疎水性溶媒などを用いることができる。
【0050】
本実施形態では、コーティング剤に含まれる金属酸化物は、粒子のような固体でなくてもよい。例えば、タングステン酸のような金属のオキソ酸が縮合したイオン性分子を含む溶液は、基材に塗布して乾燥させることにより固体の金属酸化物を得ることができる。このようなイオン性分子や錯体のように、コーティング剤中に溶解しているが、乾燥や加熱によって固体の金属酸化物となるものを金属酸化物の前駆体または単に前駆体とも称する。金属酸化物の前駆体の場合でも、最大酸化数よりも小さな酸化数を有する状態の金属元素を含む化合物であれば溶液中で酸化還元電位が相対的に貴な金属を修飾できる。
【0051】
本発明のコーティング剤は、金属の修飾以外の様々な機能を目的に、単に金属酸化物をコーティングするためだけに用いてもよい。
【0052】
本発明にかかるコーティング剤について、詳細と作製方法を説明する。本発明にかかるコーティング剤の製造方法では、金属を含む溶液を用意する工程と、溶液を酸性化する工程と、前記溶液を酸性化した後に前記金属元素の少なくとも一部を還元する工程とを行う。前記一部の金属元素の還元工程は、特別な操作をせず時間経過により自然に還元反応が進行する場合も包含する。
【0053】
本発明にかかるコーティング剤は、金属酸化物を粒子等の固体で含有するコロイド溶液状態である場合と、イオン性分子や錯体のような前駆体として金属酸化物を含有する場合がある。
【0054】
以下、コーティング剤中に前駆体として金属酸化物を含有する場合について説明する。金属酸化物の前駆体の例として、金属のオキソ酸が縮合したイオン性分子が挙げられる。周期表の4族から7族までの遷移金属元素およびスズやインジウム等の金属元素Mについて、[Mn-で表されるオキソ酸のイオン又はオキソ酸が縮合したイオン性分子の状態で水等の溶媒に溶解するものがある。
【0055】
金属のオキソ酸が縮合したイオン性分子は、分子内に複数の金属元素を含むため、混合原子価状態となることがある。コーティング剤に混合原子価状態のイオン性分子が含まれる場合、基材に塗布した後で乾燥、または必要に応じて加熱することによりさらに縮合が進み、最大酸化数よりも小さな酸化数を有する状態の金属元素を含む金属酸化物である固体を生成する。
【0056】
縮合したイオン性分子は、単一金属のオキソ酸のみから生成したものだけでなく、複数種類のオキソ酸から生成していてもよい。ケイ酸イオンやリン酸イオン等と縮合していてもよい。コーティング剤の溶媒は経済性や作業環境性の観点では水を主成分とすることが望ましいが、エタノール等のアルコールをはじめとする有機溶媒を任意の割合で含んでもよい。アルコール等の有機溶媒成分は、溶液中のイオン性分子等の溶存種の縮合や分解を抑制し、コーティング剤の使用期間を長期化させる効果も期待できる。さらに、アルコール等は還元剤としてイオン性分子中の金属元素を還元させる役割も期待できる。イオン性分子等の溶存種を安定化するために、有機溶媒のほかに、有機酸、キレート剤、過酸化水素、硫酸イオンや、アンモニウムイオン、典型元素や遷移元素のイオン等を含んでいてもよい。
【0057】
上記イオン性分子を前駆体として含むコーティング剤の作製方法は、溶液中で[Mn-で表されるオキソ酸の形態をとる性質のある金属元素を1種類以上含む溶液を用意する工程、前記溶液をイオン交換樹脂で処理する工程、必要に応じてイオン交換後の液を所定の温度で加熱する工程からなる。イオン交換樹脂で処理する工程は、溶液を酸性化する工程を兼ねる。また、イオン交換樹脂で処理した直後から、溶液中の金属のオキソ酸は自然と縮合してイオン性分子を生成することがある。さらにイオン性分子の中の金属元素の一部は自然に酸化物中における最大酸化数よりも小さな酸化数となる場合もある。このような自然な変化も酸化物中の金属元素を還元する工程として利用してもよい。
【0058】
溶液を用意する工程では、例えば金属酸のアンモニウム塩やナトリウム塩が利用可能である。溶媒となる物質に制限はなく水以外にアルコールをはじめとする有機溶媒等を含んでいてもよい。溶液中の濃度に制限はないが、塩が溶解すれば0.1mol/Lやそれ以上など、比較的高濃度としておくと、扱う液量が少なくて済むため作業性がよい。一部のアンモニウム塩など、難溶解性の塩は加熱すると溶解しやすいが、高濃度とできなくても、用いることができる。
【0059】
イオン交換樹脂で処理する工程では、どのような陽イオン交換樹脂を用いてもよい。処理方法は、イオン交換樹脂を満たしたカラム状の筒を通す連続式でもよく、樹脂を溶液と混合したのち、ろ過や遠心分離で固液分離するバッチ式でもよい。陽イオンの不純物をなくすために、溶液を複数回イオン交換樹脂で処理してもよい。これにより、金属のオキソ酸のイオンを含む溶液が得らえる。
【0060】
陽イオン交換後の液は、金属の種類によっては時間経過とともに色が変化することがある。例えば、モリブデンを含む場合には青色を示すようになることがある。これは、金属のオキソ酸が縮合してイオン性分子を形成していること、前記イオン性分子が混合原子価状態となっていることによると推測される。このように混合原子価状態であるイオン性分子を含む溶液をもとにしてコーティング剤を作製することができる。イオン交換後の金属のオキソ酸イオンを含む溶液は酸性を示す。金属のオキソ酸の縮合は酸性条件で進むが、所定の段階で溶液のpHを調整してイオン性分子の縮合状態を調整してもよい。
【0061】
特に、タングステン酸イオンとモリブデン酸イオンの両方を含む溶液のように、複数種の金属種のオキソ酸のイオンを含む溶液については、陽イオン交換処理後に混合原子価状態の色を濃く呈する傾向があり、本発明の効果を利用しやすい。
【0062】
イオン交換後に生成するイオン性分子を含む溶液であって、前記イオン性分子が混合原子価状態をとる性質がある場合には、鉄、亜鉛、アルミニウム等の金属や、+2価の鉄イオンまたは+2価のスズイオン等を溶液に加えることによって、それら還元剤の作用でイオン性分子中の金属を一部還元し、混合原子価状態を促進することができる。または、紫外線が当たる環境においておくことによっても混合原子価状態を促進することができる。さらに、適当な電極を用いて電気分解反応を利用してもよい。このような混合原子価状態が進んだ状態の成分を含むコーティング剤によって得られたコーティング膜は、後工程で金属を修飾する際に酸化還元反応する物質の量が多くなるため、例えばコーティング膜に修飾される金属の量が多くなる等の効果がある。
【0063】
イオン交換後の金属のオキソ酸イオンの溶液は、所定の温度で加温することにより、オキソ酸の縮合度合い等の形態を調整することができる。温度や時間に制限はない。例えば、モリブデン酸を含む溶液を40℃の恒温槽で加温を続けた場合、混合原子価状態時に呈する青色が濃くなってく様子が見られる。加温する際に、水や有機溶媒で溶液の濃度を調整し、縮合反応の進み具合を調整してもよい。
【0064】
次に、コーティング剤が微粒子分散液である場合、すなわち含まれる金属酸化物が微粒子である場合について作製方法等を説明する。
【0065】
前記微粒子分散液、特に、周期表で4族から7族等の金属元素を1種類以上含んだ金属酸化物の微粒子分散液の作製方法の例は、金属元素源となる物質を含む溶液を作製する工程、該溶液を酸性にする工程、酸性にした溶液を所定の温度で加温して粒子を生成する工程、粒子を分離して再分散する工程を含む。溶液を酸性にする工程以降では、金属のオキソ酸が縮合したイオン性分子が生成するため、金属元素の少なくとも一部を還元する工程をいずれかの段階で経ることにより、本発明にかかるコーティング剤を作製することができる。
【0066】
金属元素源となる物質を溶かした溶液を作製する工程では、金属酸の塩等を用いることができる。金属の濃度は特に限定されない。濃度に関わらず後に酸性溶液とすると粒子は合成が可能である。例として、含まれる金属元素Mの物質量を基準として0.01mol/Lから5mol/L、好ましくは0.05mol/Lから2mol/Lの濃度で作製可能である。
【0067】
溶媒は水のみでもよい。特に制限はないが、エタノール、プロパノール、エチレングリコールなどのアルコールを体積比で1%から70%、好ましくは、5%から50%水に混合してもよい。有機溶媒の添加によって、前記オキソ酸の縮合反応の進行を制御し、均質な生成物を得ることができるとともに、アルコール等が示す還元性を用いて生成物を混合原子価状態とすることができる。有機溶媒の量が少なすぎる場合、前記反応を制御する効果や還元剤としての効果は小さくなるが、多すぎる場合、金属元素源となる塩が溶解しづらくなる。界面活性剤や水溶性高分子、および有機酸や有機酸塩などを反応の進行の調整等の目的で添加してもよい。金属元素源に水溶性の塩ではなく金属アルコキシドを用いる場合は、溶媒中の有機成分の比率を多くしてもよい。一部の金属のオキソ酸のアンモニウム塩は水への溶解度が低いため、例えば80℃など、溶媒の沸点を超えない温度に加温して溶解することができる。難溶解性の塩は、加温のほかに、有機酸や過酸化水素を加えて溶解してもよい。
【0068】
金属元素源を溶かした溶液を酸性にする工程では、塩酸、硫酸、シュウ酸などの各種酸を使用することができる。イオン性分子からなる金属酸化物の前駆体作製時のように、陽イオン交換によって溶液を酸性化してもよい。溶液のpHは、金属の種類や共存成分によってさまざまな値をとり得るが、例えば0~4、好ましくは0~3、より好ましくは0~2であり、酸化タングステンを作製する場合を例にすると、0から4、好ましくは0.5から3.5、より好ましくは0.5から2、さらに好ましくは1から1.8に調整するとよい。
【0069】
溶液に酸を加える際に、溶液は加温されていても、室温であってもよい。特に液を加温しない場合に、pHが低い条件では液が懸濁することがあるが、粒径のそろった粒子を得ることは可能である。溶液に酸を加える際に、溶液を撹拌してもよい。金属の溶液と酸溶液を別々に用意しておいて、別々の流路を流して合流させて混合してもよく、一気に合わせてもよい。
【0070】
酸性にした溶液を所定の温度で加温して熟成させる工程では、設定温度は室温から溶媒の沸点以下の条件とすることが望ましい。溶媒の沸点以下では、強度が低い樹脂製の容器も利用可能である。溶媒の沸点を超える温度の条件では、耐圧性の容器を用いる必要があり、作業性が悪い一方、粒子の形状や結晶構造のバリエーションが広いという利点がある。温度が低い場合には、反応時間が極端に長くなる場合や、結晶性が低く形態のそろわない粒子となることがある。その場合加熱温度は50℃以上、好ましくは、60℃以上とするとよい。また、一定温度で加熱するだけでなく、昇温や降温しながら加熱してもよい。加熱時間は粒子の析出時間によって変わるが、数時間から24時間程度で粒子が得られる。粒子の結晶性の調製等の目的でさらに長時間、240時間程度まで加温を続けてもよい。
【0071】
粒子を分離して再分散する工程は、どのような方法を用いてもよい。特に粒子の径が小さい場合には、遠心分離が有効である。遠心分離後の粒子に蒸留水を加えて再分散させ、再度遠心分離する操作を繰り返すことにより、粒子を洗浄する。最終的に蒸留水や有機溶媒を加えて再分散させることにより、微粒子分散液を得ることができる。粒径が小さな微粒子や低結晶性の成分は、遠心分離がしづらいことがある。さらに遠心分離後に上澄み液を捨てる際に一部粒子が流れ、歩留まりが悪くなる傾向がある。その場合、粒子を沈降させやすくするために塩類や酸などの電解質を加えて遠心分離を容易にしてもよい。
【0072】
粒子の分散性やコーティングした際の基材との密着性を向上させるため、粒子表面を、シランカップリング剤等を用いて官能基で修飾してもよい。アニオン性やカチオン性の界面活性剤で粒子の表面電荷を調整してもよい。
【0073】
各工程の溶液、特に酸性化した後の溶液にアルミニウム、鉄、ニッケル、亜鉛などの各種金属や+2価の鉄イオンや+2価のスズイオン等を加えると、該金属または金属イオンが酸化される際に、溶液中の金属のオキソ酸が縮合したイオン性分子または生成した金属酸化物中の金属の一部が還元され、例えばタングステン系の溶液は濃い青色となり、混合原子価状態の金属酸化物の粒子を得やすくなる。また、酸性化した後の溶液に、任意の電極を入れて電気分解する場合、陰極近傍の液が青色を呈し、混合原子価状態の金属酸化物の粒子を得やすくなる。
【0074】
水にアルコールを添加した場合には、アルコールに還元作用があることから、混合原子価状態の際に帯びる色と同様の色を呈することがあり、混合原子価状態の金属酸化物の粒子を得やすくなる。特に金属元素がモリブデンやバナジウムである場合に顕著である。呈する色は、例えばタングステン酸化物の作製時では、青色である。アルコール添加による還元作用を積極的に利用する場合には、2価のアルコールであるエチレングリコールや、さらに多価のアルコールを用いることが有効である。
【0075】
作製後の金属酸化物粒子の分散液に、+2価の鉄イオンや+2価のスズイオンを加えることにより、混合原子価状態を促進したコーティング剤を作製してもよい。
【0076】
金属源は複数金属種を用いてもよい。混合原子価状態が進む傾向がある。例えば、タングステンにモリブデンやタンタルを添加して酸化物を作製してもよい。
【0077】
コーティング剤中の金属酸化物の濃度に制限はない。微粒子分散液に関しては、金属元素基準で、1mol/Lを超える濃度では流動性がなくなる場合があるが、使用時にコーティング法に応じて適宜希釈して用いることができる。コーティング剤に金属酸化物を前駆体の状態で含有する場合には、高濃度であっても流動性を失いづらい。
【0078】
コーティング剤中の金属酸化物は、粒子のような固体のみで含まれる形態、金属のオキソ酸のイオン性分子のような金属酸化物の前駆体のみで含まれる形態、粒子のような固体と金属酸化物の前駆体とを混合して含む形態としてもよい。
【0079】
分散液中粒子の分散性の向上、他の材料との接着性や濡れ性などの改質を目的として、有機または無機または有機無機材料のバインダー、シランカップリング剤、増粘剤、界面活性剤などをコーティング剤に含んでいてもよい。
【0080】
コーティング剤により膜を形成する際に使用する基材は、ガラスやセラミックス、樹脂、金属等、特に限定されない。デバイス基板上に作製する場合など、ガラスや樹脂に金属が配線された基材上に膜を形成してもよい。
【0081】
本発明のコーティング剤に被塗布部材を浸漬し、引き上げるディップコートによって、被塗布部材の表面にコーティング剤が付着する。その後乾燥させることによって、被塗布部材の表面には、コーティング剤中の粒子の径にも依存するものの、ナノメートルオーダーの厚さのコーティング膜が形成される。コーティング方法は、ディップコートに限定されるものではない。スピンコート、スプレーコート、印刷、刷毛等を用いた塗布など種々の方法が適用可能である。
【0082】
本発明にかかる金属修飾した金属酸化物の製造方法を説明する。前記製造方法は、金属酸化物に含まれる金属元素の少なくとも一部が、金属酸化物中における最大酸化数よりも小さな酸化数を有する金属酸化物を用意する工程と、修飾金属のイオンが含まれた溶液に該金属酸化物を接触させ、金属酸化物中の金属元素を酸化し、溶液中の金属イオンを還元する酸化還元反応によって金属酸化物の表面を金属成分で修飾する工程とを有する。
【0083】
ここで、金属酸化物は、粒子のような固体のみならず、金属のオキソ酸が縮合したイオン性分子のような金属酸化物の前駆体の状態を包含する。
【0084】
金属酸化物に含まれる金属元素の少なくとも一部が、金属酸化物中における最大酸化数よりも小さな酸化数を有する状態である金属酸化物を用意する工程にとくに制限はない。導電基板上に金属酸化物を配して電気化学的酸化還元反応で作製する場合や、酸化剤若しくは還元剤による反応、水素による還元反応、光エネルギーによる反応、プラズマによる反応及び熱エネルギーによる反応を用いて用意してもよい。本発明のコーティング剤を用いてもよい。
【0085】
修飾金属イオンが含まれる溶液に上記状態の金属酸化物を接触させ、酸化還元反応によって金属酸化物の表面を修飾させる工程では、金属酸化物中の金属元素の酸化還元電位よりも溶液中で貴な酸化還元電位を示す金属を修飾金属として用いることが可能である。一般に貴金属として認識される白金、金、パラジウム等のほか、銀および銅は、上記状態の金属酸化物の多くに対して適用可能である。
【0086】
修飾金属のイオンが含まれた溶液に接触させる方法としては、金属酸化物が粒子であれば粒子に修飾金属イオンの溶液を滴下またはスプレー等で噴霧する方法がある。または、粒子を修飾金属イオンの溶液に入れることにより酸化還元反応させることができる。金属酸化物粒子が溶媒に分散したコロイド溶液の場合や、金属酸化物が金属酸の縮合したイオン性分子の場合は、それら溶液と修飾金属の溶液を混合することにより酸化還元反応をさせ、金属酸化物を金属で修飾することができる。
【0087】
金属酸の縮合したイオン性分子からなる混合原子価状態の金属酸化物が含まれる溶液を、修飾金属のイオンが含まれる溶液と混合すると、ゲル状の析出物が生じることがある。それぞれの溶液の濃度を調整することによってゲル化の進行を調整できれば、金属修飾された金属酸化物のゾルを作製することができる。
【0088】
本発明にかかる金属修飾した金属酸化物からなる膜の製造方法を説明する。前記膜の製造方法は、基材を準備する工程と、金属酸化物に含まれる金属元素の少なくとも一部が、金属酸化物中における最大酸化数よりも小さな酸化数を有する金属酸化物を含む膜を前記基材の表面に形成する工程と、修飾金属のイオンが含まれた溶液に該金属酸化物膜を接触させ、金属酸化物中の金属元素を酸化し、溶液中の金属のイオンを還元する酸化還元反応によって金属酸化物膜の表面を金属で修飾する工程を有することを特徴とする。
【0089】
ここで、準備する基材の材質や形状に制限はない。金属酸化物の膜を形成する工程には特に決まった方法はない。例えば、本発明のコーティング剤を用いた種々の方法によるコーティングが適用可能である。さらに、酸化物中における最大酸化数のみの金属元素からなる金属酸化物を製膜し、水素還元等の適当な方法により金属酸化物中の一部の金属元素をより小さな酸化数へと還元してもよい。
【0090】
膜を構成する金属酸化物に含まれる小さな酸化数を有する金属元素の割合をさらに増加させてもよい。例えば、本発明のコーティング剤を用いて作製した膜、または真空プロセスやゾルゲル法等で作製した膜に対して、各種酸化還元反応を適用することによっても作製可能である。反応の例としては、導電基板上に金属酸化物膜を配することによる電気化学的酸化還元反応、酸化剤若しくは還元剤による反応、水素による還元反応、光エネルギーによる反応、プラズマによる反応及び熱エネルギーによる反応等が挙げられる。
【0091】
金属酸化物膜を修飾金属のイオンが含まれた溶液に接触させ、金属酸化物中の金属元素を酸化し、溶液中の金属のイオンを還元する酸化還元反応によって金属酸化物膜の表面を金属で修飾する工程では、膜を形成した基材を、修飾金属のイオンが含まれる溶液に浸漬する方法等が適用可能である。基材のサイズが大きい場合等には、修飾金属のイオンが含まれる溶液をスプレー等で塗布してもよい。印刷等の塗布法により、基材の表面のうち特定の領域のみ金属で修飾してもよい。
【0092】
上記金属で修飾された金属酸化物の製造方法を抗菌部材の製造方法へ利用する場合について記載する。
【0093】
銀をはじめとする金属の抗菌作用は公知であり、様々な製品に使われている。本発明の製造方法によって銀等の抗菌作用を示す金属で修飾された部材は、金属の銀または銀化合物が金属酸化物の表面に存在することが特徴である。前記金属酸化物が光触媒作用を示すものであれば銀の抗菌作用と併用できるが、金属酸化物が光触媒作用を示さないものである場合や暗室等の環境で用いる場合であっても、表面に銀が存在することにより抗菌作用を効果的に示すことができる。銀等の金属を修飾する金属酸化物は、粉体であってもよく、繊維等に固定されていてもよく、膜状であってもよい。
【0094】
抗菌の目的で銀ナノ粒子等を用いる例では、ナノ粒子表面を分散剤等が覆っている場合がある。本発明のように銀が表面に出ている状態とは異なり、銀の効果を最大限に利用することは困難である。
【0095】
これらの材料を、めっきに関連する分野へ応用する例について記載する。
【0096】
無電解めっきによりめっき品を製造する場合について記載する。基材表面に金属酸化物中における最大酸化数よりも小さな酸化数を有する金属元素を含む金属酸化物膜を形成した後、前記金属酸化物膜を銀やパラジウム等の無電解めっき初期反応に対する触媒作用を有する金属で修飾する処理を行う。その後、前記処理をした基材を無電解めっき液に浸漬することにより、修飾した金属を触媒として無電解めっきの初期反応が起き、その後は自己触媒作用で連続的にめっき反応が起きることによってめっき品を製造できる。膜でなく粒子状の金属修飾金属酸化物を下地としてめっきを実施し、粒子形状であるめっき品を作製してもよい。
【0097】
金属酸化物について、酸化タングステンや酸化モリブデンは塩基性溶液中では加水分解して溶解する傾向がある。本発明によってそれら金属酸化物を金属で修飾することによって、強塩基性である無電解銅めっき液中においても、金属酸化物膜が溶解することを防ぐことができる傾向がある。この場合、銀等の修飾金属やそれらが転じた金属化合物に耐塩基性があることが理由として考えられる。
【0098】
次にめっきが電気めっきである場合について説明する。電気めっきは、金属酸化物中における最大酸化数よりも小さな酸化数を有する金属元素を含む金属酸化物が導電性を示す材料である場合に可能となる。前記導電性を示す金属酸化物を構成する元素としては、特に限定されるものではないが、いくつか例示するならばタングステン、モリブデン、ニオブ等が挙げられる。
【0099】
金属酸化物が示す導電性を用いためっき品の製造方法について、より具体的な工程は次のとおりである。
(1)基材を準備する工程。
(2)該基材の表面に、金属酸化物中における最大酸化数よりも小さな酸化数を有する金属元素を含む状態において導電性を示す金属酸化物を含む下地層となる膜を形成する工程。
(3)該下地層と電源との電気接点をめっき液中に設け陰極に配する工程。
(4)任意の陽極を用いて、めっき液中で電気分解を行うことによって、前記下地層が、前記電気接点の周囲において還元作用を受けることにより該下地層に導電性を示す反応を起こさせ、該下地層のうち導電性を示した領域においてめっき膜を析出させる反応を起こさせ、さらに電気分解を引き続き行い、前記めっき膜の周囲で、前記導電性を示した領域を連続的に広げながら、該領域の表面上に前記めっき膜を形成することによって、前記めっき膜を連続的に広げながら形成する工程。
【0100】
ここで、(1)工程では、基材の材質は特に限定されないが、樹脂やガラス等の絶縁物を用いることにより、金属酸化物が示す導電性を効果的に利用できる。デバイス基板等では、樹脂やガラス上に金属の配線等があってもよい。(2)工程では、金属酸化物の膜は、金属酸化物の微粒子分散液用いたコーティング法等によって形成できる。ここで、金属酸化物は金属酸化物中における最大酸化数よりも小さな酸化数を有する金属元素を含む状態を示し得る物質であればよく、この段階では前記状態を示していない絶縁物であってもよい。(3)工程において、下地層と陰極との機械的な接触部分が下地層と電源との電気接点となり、電気接点はめっき液中に配置される。(4)工程において、下地層中の金属元素の還元とめっきを行う。任意の陽極、例えば、銅めっきでは主に銅板、ニッケルめっきでは主にニッケル板、その他白金や炭素等を陽極とし、陽極はめっき液中に配置される。そして、めっき液中で電気分解を行うと、本実施形態では次の特徴的なめっき膜の析出反応が生ずる。
(4-1)前記下地層が、前記電気接点の周囲において還元作用を受けることにより該下地層が混合原子価状態等の金属酸化物中における最大酸化数よりも小さな酸化数を有する金属元素を含む状態となる、導電性を示す反応を起こさせる。
(4-2)該下地層のうち導電性を示した領域においてめっき膜を析出させる反応を起こさせる。
(4-3)さらに電気分解を引き続き行い、前記めっき膜の周囲で、前記導電性を示した領域を連続的に広げながら、該領域の表面上に前記めっき膜を形成することによって、前記めっき膜を連続的に広げながら形成する。
【0101】
上記電気めっき法において、めっき膜が連続的に広がり、その析出した金属の近傍では金属酸化物中の金属の一部が還元され、金属酸化物は混合原子価状態となり導電性を示す。めっき下地層である金属酸化物膜に導電性物質が点在している場合、広がるめっき膜の前線が導電性物質に触れた場合、その周囲では、金属酸化物中の金属元素が還元される反応が効率的に進行する。
【0102】
したがって、上記の具体的なめっき工程において、(2)工程では、金属酸化物の状態に制限はなかったが、この工程を本発明にかかる金属修飾した金属酸化物の製造方法に置き換えることにより、金属酸化物膜表面に金属が存在した状態で(3)以降の工程に入ることになる。したがって、(4)工程で記述しためっき金属の広がりは効率的に進行することとなる。
【0103】
本発明にかかる金属修飾した金属酸化物の製造方法によって、該金属修飾金属酸化物を電極とするデバイスを製造することができる。このデバイスの例として、前記金属酸化物上にめっきを施して作製する回路基板等のデバイスが挙げられる。また、前記金属修飾金属酸化物を櫛形電極上に配したガスセンサ等が挙げられる。
【実施例
【0104】
次に、本発明について実施例を挙げて説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0105】
(実施例1)コーティング剤の作製(1)
20%のエタノールが含まれた水溶液へ、濃度が0.1mol/Lとなるようにタングステン酸ナトリウム二水和物を入れて溶解させた。撹拌しながら塩酸や硫酸等を加えて溶液を酸性化した。例えば塩酸でpH2に調整した。容器に蓋をして酸性化した液を加熱した。例えば80℃の恒温槽に24時間入れた。加熱後に、容器の底部に青色を帯びた白色の沈殿物を得た。沈殿物を遠心分離し、蒸留水を加えて再分散させる洗浄操作を繰り返すことにより、微粒子が分散したコーティング剤を作製した。微粒子を一度乾燥させた場合でも、蒸留水を加えることにより容易に再分散した。乾燥粒子のX線回折の結果、六方晶の酸化タングステンであった。走査型電子顕微鏡(SEM)観察の結果、粒子の形状は径が10nm未満、長さが100nm程度の棒状であった。
【0106】
遠心分離後の沈殿物はエタノールや2-プロパノール等にも容易に分散した。非イオン性界面活性剤を添加しても沈殿等は生じなかった。作製から1年経過後も分散状態は維持した。タングステン以外にも同様の方法でモリブデンやバナジウムの酸化物およびそれら元素を組み合わせた複合酸化物を含むコーティング剤が得られた。
【0107】
(実施例2)コーティング剤の作製(2)
0.5mol/Lのタングステン酸ナトリウム二水和物の水溶液を用意した。陽イオン交換樹脂を前記水溶液に加えて撹拌した後にろ過した。ろ過した溶液に再度陽イオン交換樹脂を加えてろ過する操作を数回繰り返すと、溶液が黄色味を帯びた。この液は、乾燥後に固体が得られた。モリブデン、バナジウムおよび各金属元素を組み合わせても金属酸の溶液が得られた。モリブデン酸の塩から作製した液や、タングステン酸塩とモリブデン酸塩を同物質量程度混合して作製した液は青色であった。タングステン酸の塩とモリブデン酸の塩を同物質量程度混合して作製した液は加熱しても粒子を生成しなかった。それ以外の場合、溶液を室温放置、または60℃や80℃で加熱すると液の色の変化や粒子の生成が起きた。
【0108】
実施例2で得られた粒子が生成した液は、実施例1のように粒子を洗浄してコーティング剤を作製できた。沈殿の上澄みを分離せずに、撹拌等により混合することによってもコーティング剤を作製できた。タングステン酸とモリブデン酸を同物質量程度混合した条件の液は、少なくとも10か月以上、粒子の生成や沈殿等を生じることなくコーティング剤として安定に使用できた。
【0109】
(実施例3)コーティング実験(1)
実施例1で作製した液は、酸化物の粒子が5wt%含まれるように水で濃度を調整し、非イオン性界面活性剤を加えてコーティング剤として用いた。板状や丸棒状のガラス基材やABS樹脂基材をコーティング剤に浸漬し、引き上げて乾燥させるディップコートにより酸化タングステン等のコーティング膜を基材上に得た。
【0110】
(実施例4)コーティング実験(2)
実施例2のタングステンとモリブデンを同物質程度含む液のように、粒子を含有しない液はそのままコーティング剤としてディップコート法等により樹脂基材等へコーティングした。乾燥後には酸化物の固体を得た。この固体はX線回折測定において結晶由来の明瞭なピークは見られなかった。
【0111】
(実施例5)金属修飾
実施例3の方法で、ガラス基材に1回コーティングして酸化タングステン膜と酸化モリブデン膜を作製した。酸化バナジウムの膜は、分散液を樹脂基材に滴下して乾燥させて得た。実施例4による膜も用意した。銅および銀の修飾については、0.1mol/Lの硝酸銅および硝酸銀の水溶液をそれぞれ用意し、各サンプルを1分浸した後に蒸留水で洗浄した。このほかに、濃度が1000ppmである市販の原子吸光分析用の標準液を用いて、金、パラジウム、白金等の処理も行った。標準液を用いた場合は、サンプルに標準液を滴下した後にサンプルを蒸留水で洗浄した。
【0112】
(実施例6)金属修飾金属酸化物の分析
実施例3で用いた約5wt%の酸化タングステンを含む水系のコーティング剤について、ガラス基材へ一回ディップコートした場合、0.04mg/cmのタングステンが付着した。これを、実施例5と同様に硝酸銀水溶液に1分浸した場合、銀は0.003mg/cm付着した。銀の値を分子、タングステンの値を分母とし物質量比に換算すると0.13であった。ガラスへの付着成分の全量分析は、付着成分を溶解し、誘導結合プラズマ発光分光分析装置により行った。X線光電子分光分析(XPS)による極表面分析の結果、同様の物質量比は0.19であった。これにより酸化タングステン膜において銀が表面に偏在していることを確かめた。さらに、タングステンの価数を調べるため、XPSによりW4fスペクトルの化学結合状態を分析した。ピーク分離したW4f7/2スペクトルより、銀修飾なし、ありのいずれの酸化タングステン
試料においても、+6価と+5価のタングステンが存在することを確かめた。+5価であるタングステン原子の割合は、銀修飾なしの試料では11%、銀修飾ありの試料では4%であり、酸化物中のタングステンについて、銀修飾後には+5価の原子の割合が減少し、+6価の原子の割合が増加することを確かめた。
【0113】
銀修飾した酸化タングステンの膜をSEMで拡大観察した結果、銀の粒子を明確には確認することはできなかった。X線回折測定においても、銀および銀の化合物の回折ピークは明確には確認することはできなかった。酸化タングステンの膜が明確に青色を示す程度にタングステンが+5価に還元されている場合、銀で修飾する操作をすると膜が黒色を帯びることがあった。このような膜をSEMで観察した場合、反射電子像において酸化タングステンの膜表面に数十nm程度の径の粒子が存在している様子が見られた。
【0114】
(実施例7・比較例1)触媒作用の確認
実施例3と同様の方法でABS樹脂基材とガラス基材にコーティングした酸化タングステン試料と酸化モリブデン試料および実施例4と同様の方法でABS樹脂基材にコーティングしたタングステンとモリブデンを同物質含む試料を用意した。各基材を銀で修飾した試料とパラジウムで修飾した試料を用意し、無電解銅めっき液に浸した。めっき液は奥野製薬工業株式会社製のOPC-750を用いた。酸化タングステン試料、酸化モリブデン試料、実施例4と同様に作製した試料は銀とパラジウムのいずれで修飾したサンプルにおいても、銅めっき膜が析出した。基材が丸棒のような形状であっても、一様に銅が析出した。比較として、ガラス基材そのものに銀修飾の操作を行った試料、酸化物中で最大酸化数である+4価のスズからなる酸化スズの膜に銀修飾の操作を行った試料、銀修飾していない酸化タングステン試料を用いた場合、銅の析出は見られなかった。
【0115】
(実施例8・比較例2)抗菌作用の確認
40g入りの市販の納豆1パックを入れたビーカーに水を100mLの標線まで入れて撹拌した。上澄み液をろ紙でろ過して、ろ液を回収して納豆菌液を作製した。ガラス基材上にタングステン、モリブデン、バナジウムの酸化物膜を用意し、硝酸銀水溶液に1分浸した。比較としてガラス基材、+4価の酸化スズからなる膜を硝酸銀水溶液に1分浸した。さらに銀修飾していない酸化タングステン、酸化モリブデンの膜を用意した。
【0116】
納豆菌液を各サンプルに滴下後に乾燥させてから、底に水を入れたデシケーターに入れ、1晩放置した。栄研化学株式会社製のペタンチェックDD一般細菌検出用の寒天培地へ、1晩経過後の各サンプルの納豆菌液付着面をこすりつけた。それら寒天培地は、37℃の恒温槽へ入れ、9時間経過後に発色液を滴下し、納豆菌コロニーの様子を観察した。結果、タングステン、モリブデン、バナジウムの各酸化物の膜を銀修飾したサンプルの場合、寒天培地に納豆菌のコロニーは見られなかった。比較として用意した、ガラス素材および+4価のスズからなる酸化スズ膜を硝酸銀水溶液で処理したサンプル、銀修飾していない酸化タングステン、酸化モリブデン単独の膜については、寒天培地のサンプルをこすりつけた部分全体に納豆菌コロニーが発生した。納豆菌液は、乾燥させずにサンプルに滴下したまま1晩放置しても、結果は同様となった。
【0117】
(比較例3)酸化反応後の酸化タングステン膜の抗菌性
酸化タングステンをフッ素ドープ酸化スズの導電膜付きガラスへ実施例3と同様ディップコートで製膜した。硫酸により酸性とした電解液中で、作製したコーティング膜を作用極、白金を対極、銀塩化銀電極を参照極として、自然電位から+1000mVまで電位を走査し、酸化タングステン膜を酸化雰囲気にさらした。酸化タングステン膜付きの基板は、水で洗浄した後に乾燥させ、実施例8と同様に納豆菌液を用いた操作をした。寒天培地でコロニーの有無を観察した結果、サンプルをこすりつけた部分において、コロニーの発生が見られた。
【0118】
(実施例9)紫外線の影響の評価
実施例3と同様に酸化タングステンをコーティングしたガラス基板を用意した。紫外線等の短波長の光を排除したイエロールーム内において、実施例5と同様に硝酸銀水溶液を用いて銀修飾の処理をし、納豆菌液を滴下後に1晩放置した。1晩放置後に、イエロールームからサンプルを取り出し、実施例8と同様に寒天培地を用いてコロニーの観察をした。結果、銀修飾酸化タングステン膜の納豆菌液付着部をこすりつけた部分の寒天培地では、コロニー発生は見られなかった。
【0119】
(実施例10・比較例4)めっき下地膜としての銀修飾酸化タングステンの利用
実施例3と同様に、酸化タングステンを3cm角のABS樹脂基材へコーティングした。実施例5と同様に硝酸銀水溶液に浸して銀修飾した試料と、酸化タングステン膜そのままの試料を用意した。それぞれの試料について、上部に電気接点として銅テープを貼り付けた。硫酸銅を主成分とする硫酸銅めっき液に光沢剤を添加しためっき液を用意した。銅テープの一部がめっき液に触れるように基材をめっき液に浸し、陽極として銅板を設置した。0.45Aの定電流条件で電気めっきを行った。電気接点からめっき皮膜が広がり始め、基材全面が銅めっき皮膜で被覆されるまでの時間は、銀修飾ありの場合が7分、銀修飾なしの場合が12分であった。
【0120】
(実施例11)銀修飾による酸化タングステン膜への耐塩基性付与
実施例10と同様に、酸化タングステンを3cm角のABS樹脂基材へコーティングした。基材の右側半分のみを0.1mol/Lの硝酸銀水溶液へ1分浸漬し、蒸留水で洗浄後、乾燥させた。続いて、基材の下半分のみを、pH12の水酸化ナトリウムの水溶液へ1分浸し、蒸留水で洗浄後、乾燥させた。基材へ電気接点を設け、電気接点の一部が硫酸銅めっき液に浸かるように基材をめっき液中に設置し、電気めっきを行った。電流値を上げながら電気接点からめっき皮膜を広げたところ、基材の上半分の領域においては、銀を修飾した領域であるコーティング部の右半分においてめっき膜は素早く広がった。水酸化ナトリウム水溶液に浸した基材の下半分について、銀を修飾した右側の領域では、欠陥なく銅のめっき皮膜が析出した。銀修飾していない左側の領域では、銅の析出は起こらなかった。銀修飾により、塩基性液中でも酸化タングステンが溶解しづらくなっていることを確認した。
【0121】
(実施例12)還元剤の添加による金属酸化物中金属の還元
実施例1において、溶媒にエタノールの代わりに多価アルコール、例えばエチレングリコールを添加したところ、得られる粒子はより青みを帯びていた。また、加熱前の工程で酸に溶解する金属、例えばアルミニウム、鉄、亜鉛等、または+2価の鉄イオンや+2価のスズイオン加えると、加熱後には青色の粒子が得られた。さらに、加熱後の粒子分散液に+2価の鉄イオンや+2価スズイオンを加えると青色を呈した。
【0122】
(実施例13)酸化還元反応の確認
実施例3と同様の方法でフッ素ドープ酸化スズ上に酸化タングステンの膜を形成した。比較例3と同様の電極、電解液の構成とし、自然電位から-400mVまで電位を掃引し、酸化タングステン中の+5価のタングステンの割合を増加させた。この際酸化タングステン膜は青色を呈した。この状態の膜を各種金属のめっき液に浸したところ、亜鉛、ニッケル、スズめっき液中では、青色を維持したが、銅めっき液や硝酸銀水溶液中では青色が消失し、膜表面が黒色を帯びる傾向が見られた。これにより、金属酸化物中の+5価のタングステンが+6価へ酸化する反応および溶液中の金属イオンが還元する反応は、溶液中の金属の酸化還元電位に依存し、相対的に貴な酸化還元電位を示す金属のイオンが還元されることを確かめた。

図1