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特許7570063ACE阻害用または血圧上昇抑制用の組成物、その製造方法、酵素剤、ポリヌクレオチド、及び形質転換体
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-10
(45)【発行日】2024-10-21
(54)【発明の名称】ACE阻害用または血圧上昇抑制用の組成物、その製造方法、酵素剤、ポリヌクレオチド、及び形質転換体
(51)【国際特許分類】
   A61K 38/05 20060101AFI20241011BHJP
   A61P 9/12 20060101ALI20241011BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20241011BHJP
   C12N 9/00 20060101ALI20241011BHJP
   C12N 15/52 20060101ALI20241011BHJP
   C12N 15/63 20060101ALI20241011BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20241011BHJP
   C12N 1/19 20060101ALI20241011BHJP
【FI】
A61K38/05
A61P9/12
A61P43/00 111
C12N9/00 ZNA
C12N15/52 Z
C12N15/63 Z
C12N5/10
C12N1/19
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2021551737
(86)(22)【出願日】2020-10-09
(86)【国際出願番号】 JP2020038390
(87)【国際公開番号】W WO2021070961
(87)【国際公開日】2021-04-15
【審査請求日】2023-05-08
(31)【優先権主張番号】P 2019186338
(32)【優先日】2019-10-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】521020860
【氏名又は名称】株式会社MOZU―Foods
(73)【特許権者】
【識別番号】504155293
【氏名又は名称】国立大学法人島根大学
(74)【代理人】
【識別番号】100121441
【弁理士】
【氏名又は名称】西村 竜平
(74)【代理人】
【識別番号】100218187
【弁理士】
【氏名又は名称】前田 治子
(74)【代理人】
【識別番号】100154704
【弁理士】
【氏名又は名称】齊藤 真大
(74)【代理人】
【識別番号】100129702
【弁理士】
【氏名又は名称】上村 喜永
(74)【代理人】
【識別番号】100206151
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 惇志
(72)【発明者】
【氏名】中野 長久
(72)【発明者】
【氏名】石川 孝博
(72)【発明者】
【氏名】久保 暢子
(72)【発明者】
【氏名】六代 稔
(72)【発明者】
【氏名】尾崎 紀哉
【審査官】長部 喜幸
(56)【参考文献】
【文献】特開昭60-196157(JP,A)
【文献】特開平08-133980(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 38/05
A61P 9/12
A61P 43/00
C12N 9/00
C12N 15/52
C12N 15/63
C12N 5/10
C12N 1/19
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジペプチド合成酵素を含有する酵素剤であって、
前記ジペプチド合成酵素が、以下の(a)、(b)、並びに(c)からなる群:
(a)配列番号1に記載されたアミノ酸配列から成るポリペプチド;
(b)配列番号1に記載されたアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列から成るポリペプチド;
(c)配列番号1に記載されたアミノ酸配列に対して1個以上かつ20個以下のアミノ酸残基が置換、挿入、欠失、および/または、付加されたアミノ酸配列から成るポリペプチド;
より選ばれた1種のポリペプチドのアミノ酸配列を有し、
前記ジペプチド合成酵素が、L-アルギニル-L-アスパラギン(Arg-Asn)リガーゼ活性、L-アルギニル-L-グルタミン(Arg-Gln)リガーゼ活性、L-アスパラギニル-L-アルギニン(Asn-Arg)リガーゼ活性、及びL-グルタミル-L-アルギニン(Gln-Arg)リガーゼ活性からなる群より選ばれた1種以上の酵素活性を有することを特徴とする酵素剤。
【請求項2】
ACE阻害用または血圧上昇抑制用の組成物の製造方法であって、
請求項1に記載された酵素剤を準備する工程と、
L-アルギニン(Arg)、及びその塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物、並びに、L-アスパラギン(Asn)、L-グルタミン(Gln)、及びこれらの塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物、並びに、前記酵素剤の存在下で、前記ジペプチド合成酵素に酵素反応させて、アンジオテンシンI変換酵素(ACE)阻害活性を有する、Arg-Asn、Arg-Gln、Asn-Arg、Gln-Arg、及びこれらの塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物であるジペプチド化合物を生成させる工程と、
を含むことを特徴とするACE阻害用または血圧上昇抑制用の組成物の製造方法。
【請求項3】
ジペプチド合成酵素をコードする塩基配列を有するポリヌクレオチドであって、
前記ジペプチド合成酵素をコードする塩基配列が、以下の(d)、(e)、(f)、並びに(g)からなる群:
(d)配列番号2に記載された塩基配列から成るポリヌクレオチド;
(e)配列番号2に記載された塩基配列に対して90%以上の同一性を有する塩基配列から成るポリヌクレオチド;
(f)配列番号2に記載された塩基配列に対して1個以上かつ20個以下の塩基が置換、挿入、欠失、および/または、付加された塩基配列から成るポリヌクレオチド;
(g)配列番号2に記載された塩基配列と相補的な塩基配列から成るDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチド;
より選ばれた1種のポリヌクレオチドの塩基配列を有し、
前記ジペプチド合成酵素をコードする塩基配列が、Arg-Asnリガーゼ活性、Arg-Glnリガーゼ活性、Asn-Argリガーゼ活性、及びGln-Argリガーゼ活性からなる群より選ばれた1種以上の酵素活性を有する酵素をコードする塩基配列であることを特徴とするポリヌクレオチド。
【請求項4】
請求項3に記載されたポリヌクレオチドを含む組換えベクター。
【請求項5】
微生物の形質転換体であって、請求項3に記載された前記ジペプチド合成酵素をコードする塩基配列によりコードされた酵素であり、Arg-Asnリガーゼ活性、Arg-Glnリガーゼ活性、Asn-Argリガーゼ活性、及びGln-Argリガーゼ活性からなる群より選ばれた1種以上の酵素活性を有する酵素を発現している形質転換体。
【請求項6】
前記微生物がユーグレナまたは酵母である請求項5に記載された形質転換体。
【請求項7】
請求項1に記載された酵素剤、請求項3に記載されたポリヌクレオチド、請求項4に記載された組換えベクター、請求項5に記載された形質転換体、及び請求項6に記載された形質転換体からなる群より選ばれた1種以上を有するキット。
【請求項8】
ACE阻害用または血圧上昇抑制用の組成物の製造方法であって、
請求項5又は請求項6に記載された形質転換体、および、前記形質転換体が窒素同化することが可能な窒素源を含有する培地を準備する工程と、
前記培地の存在下で前記形質転換体を培養して、ACE阻害活性を有する、Arg-Asn、Arg-Gln、Asn-Arg、Gln-Arg、及びこれらの塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物であるジペプチド化合物を生成させる工程と、
を含むことを特徴とするACE阻害用または血圧上昇抑制用の組成物の製造方法。
【請求項9】
前記窒素源が、Arg、及びその塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物と、Asn、Gln、及びこれらの塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物と、を含む、請求項8に記載されたACE阻害用または血圧上昇抑制用の組成物の製造方法。
【請求項10】
ACE阻害用または血圧上昇抑制用の組成物であって、
請求項5または請求項6に記載された形質転換体、当該形質転換体の乾燥物、および、当該形質転換体の細胞破砕物からなる群より選ばれた1種以上を含有することにより、
ACE阻害活性を有する、Arg-Asn、Arg-Gln、Asn-Arg、Gln-Arg、及びこれらの塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物であるジペプチド化合物を含有し、
前記ジペプチド化合物の含有量が0.10mg/L以上であることを特徴とするACE阻害用または血圧上昇抑制用の組成物。
【請求項11】
前記ジペプチド合成酵素またはその変性タンパク質を含有する、請求項10に記載されたACE阻害用または血圧上昇抑制用の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アンジオテンシンI変換酵素(Angiotensin I-Converting Enzyme:以下「ACE」という。)阻害活性を有するペプチドを含有するACE阻害用または血圧上昇抑制用の組成物、その製造方法、前記ペプチドを生成可能な合成酵素を含有する酵素剤、前記合成酵素の遺伝子を有するポリヌクレオチド、及び前記遺伝子を導入された形質転換体に関する。
【背景技術】
【0002】
心血管病(脳卒中または心筋梗塞など)で最大の危険因子は、高血圧である。高血圧を予防または改善し得る食を提供できれば、健康寿命の向上や医療費削減につながる。例えば非特許文献2で、ゴマペプチドがACE阻害活性を有する旨が報告されている。ACEは、アンジオテンシンIを加水分解しアンジオテンシンIIを生成する酵素である。アンジオテンシンIIは、血圧を上昇させるアルドステロンの分泌を促進させる。このため、ACE阻害によりアンジオテンシンIIの生成量が減少すると、血圧の上昇が抑えられる。
【0003】
また、ユーグレナ(属名:Euglena、和名:ミドリムシ)は、鞭毛運動する動物的性質と光合成する植物的性質とを両立させたユニークな単細胞生物である。ユーグレナの細胞(以下「ユーグレナ細胞」という。)は、多様な栄養条件下で生育可能で、各種の栄養素を含蓄することができる。このため、ユーグレナ細胞を食糧などの生物資源として活用しようと様々な研究開発が行われてきた。例えば特許文献1に記載された血圧降下剤は、ドコサヘキサエン酸(以下「DHA」という。)を多く含有する培地でユーグレナ細胞を培養し、培養後の培地を遠心分離し沈殿したユーグレナ細胞を採取し乾燥させた細胞粉末である。この血圧降下剤を配合した飼料を脳卒中易発症性高血圧自然発症ラットに給飼し飼育したところ、このラットで血圧の上昇が抑えられた旨が特許文献1で報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開平8-133980号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】E. S. Kempner, 他1名, "The Molecular Biology of Euglena gracilis. III. General Carbon Metabolism", Biochemistry, 1965, volume 4, issue 12, pp.2735-2739
【文献】E. S. Kempner, 他1名, "The Molecular Biology of Euglena gracilis IX. Amino Acid pool Composition", The Journal of Protozoology, 1974, volume 21, issue 2, pp.363-367
【文献】Daisuke Nakano, 他15名, "Antihypertensive Effect of Angiotensin I-Converting Enzyme Inhibitory Peptides from a Sesame Protein Hydrolysate in Spontaneously Hypertensive Rats", Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry, 2006, volume 70, issue 5, pp.1118-1126
【文献】Gietz RD, 他1名, "Transformation of yeast by lithium acetate/single-stranded carrier DNA/polyethylene glycol method.", Methods in enzymology, 2002, volume 350, pp.87-96
【文献】M. Cramer, 他1名, Arch. Mikrobiol., 1952, volume 17, pp.384-402
【文献】J. A. Schiff, 他2名, Methods Enzymol., 1971, volume 23, pp.143-162
【文献】L. E. Koren, 他1名, The Journal of Protozoology, 1967, volume 14,supplement, p.17
【文献】Yasuhito Shomura, 他9名, "Structural and enzymatic characterization of BacD, an L-amino acid dipeptide ligase from Bacillus subtilis", Protein Science, 2012, volume 21, issue 5, pp.707-716
【文献】Francis C. Neuhaus, "The Enzymatic Synthesis of D-Alanyl-D-alanine I. PURIFICATION AND PROPERTIES OF D-ALANYL-D-ALANINE SYNTHETASE", The Journal of Biological Chemistry, 1962, Volume 237, No. 3, pp.778-786
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
非特許文献1では、ユーグレナ細胞でL-メチオニンやL-アルギニン等の遊離アミノ酸が生成されることが報告されている。また、DHA若しくはエイコサペンタエン酸などのn-3系の多価不飽和脂肪酸(以下「n-3系PUFA」という。)、または、L-メチオニン等の含硫アミノ酸を摂取すると、高血圧性疾患を予防し得ることが知られている。L-アルギニンがACE阻害活性を有することも知られている。これらの知見から従来の当業者は、特許文献1で報告された血圧上昇抑制作用を、ユーグレナ細胞に含蓄されているn-3系PUFAや遊離アミノ酸を有効成分として発揮された作用であろうと考えていた。
【0007】
一方、非特許文献2で、ユーグレナ細胞が分子内にアルギニン残基を有するペプチドを含蓄し得る旨が報告されている。このペプチドをタンパク源以外の用途で有効に活用できるか、本願に係る発明者ら(以下「本発明者ら」という。)は検討を重ねた。このペプチドは、ユーグレナ細胞で生成された天然物であるため、アミノ酸配列が異なる多種多様なペプチドが混在したものと考えられる。従来、ユーグレナ細胞に含蓄される分子内にアルギニン残基を有するペプチドとして、具体的にどのようなアミノ酸配列を有するペプチドが混在しているか、ほとんど明らかでなかった。ゴマからゴマペプチドが発見されたように、ユーグレナ細胞に含蓄される多種多様なペプチドからACE阻害活性を有するペプチドを発見できれば望ましいと、本発明者らは想起した。また、ユーグレナ細胞の染色体DNAから、ACE阻害活性を有するペプチドを生成可能な合成酵素の遺伝子を発見し、この合成酵素やその遺伝子やユーグレナ等の微生物を用いて前記ペプチドを効率よく生成させ、高血圧を予防または改善しやすい食品組成物を量産できれば更に望ましいと想起した。
【0008】
そこで本発明の課題は、ユーグレナ細胞からACE阻害活性を有するペプチドと前記ペプチドを生成可能な合成酵素の遺伝子とを発見し、前記ペプチドを含有するACE阻害用または血圧上昇抑制用の組成物、前記組成物の製造方法、前記合成酵素を含有する酵素剤、前記遺伝子を有するポリヌクレオチド、および、前記ポリヌクレオチドを導入された形質転換体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前述した課題を解決するために、本発明に係る組成物は、ジペプチド合成酵素を含有する酵素剤であって、前記ジペプチド合成酵素が、以下の(a)、(b)、並びに(c)からなる群:(a)配列番号1に記載されたアミノ酸配列から成るポリペプチド;(b)配列番号1に記載されたアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列から成るポリペプチド;(c)配列番号1に記載されたアミノ酸配列に対して1個以上かつ20個以下のアミノ酸残基が置換、挿入、欠失、および/または、付加されたアミノ酸配列から成るポリペプチド;より選ばれた1種のポリペプチドのアミノ酸配列を有し、前記ジペプチド合成酵素が、L-アルギニル-L-アスパラギン(Arg-Asn)リガーゼ活性、L-アルギニル-L-グルタミン(Arg-Gln)リガーゼ活性、L-アスパラギニル-L-アルギニン(Asn-Arg)リガーゼ活性、及びL-グルタミル-L-アルギニン(Gln-Arg)リガーゼ活性からなる群より選ばれた1種以上の酵素活性を有する酵素剤である。
【0010】
本発明に係る組成物の製造方法は、ACE阻害用または血圧上昇抑制用の組成物の製造方法であって、本発明に係る酵素剤を準備する工程と、L-アルギニン(Arg)、及びその塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物、並びに、L-アスパラギン(Asn)、L-グルタミン(Gln)、及びこれらの塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物、並びに、前記酵素剤の存在下で、前記ジペプチド合成酵素に酵素反応させて、アンジオテンシンI変換酵素(ACE)阻害活性を有する、Arg-Asn、Arg-Gln、Asn-Arg、Gln-Arg、及びこれらの塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物であるジペプチド化合物を生成させる工程と、を含む、ACE阻害用または血圧上昇抑制用の組成物の製造方法である。
【0011】
本発明に係るポリペプチドは、ジペプチド合成酵素をコードする塩基配列を有するポリヌクレオチドであって、前記ジペプチド合成酵素をコードする塩基配列が、以下の(d)、(e)、(f)、並びに(g)からなる群:(d)配列番号2に記載された塩基配列から成るポリヌクレオチド;(e)配列番号2に記載された塩基配列に対して90%以上の同一性を有する塩基配列から成るポリヌクレオチド;(f)配列番号2に記載された塩基配列に対して1個以上かつ20個以下の塩基が置換、挿入、欠失、および/または、付加された塩基配列から成るポリヌクレオチド;(g)配列番号2に記載された塩基配列と相補的な塩基配列から成るDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチド;より選ばれた1種のポリヌクレオチドの塩基配列を有し、前記ジペプチド合成酵素をコードする塩基配列が、Arg-Asnリガーゼ活性、Arg-Glnリガーゼ活性、Asn-Argリガーゼ活性、及びGln-Argリガーゼ活性からなる群より選ばれた1種以上の酵素活性を有する酵素をコードする塩基配列であるポリヌクレオチドである。
【0012】
本発明に係る組換えベクターは、本発明に係るポリヌクレオチドを含む組換えベクターである。
【0013】
本発明に係る形質転換体は、微生物が本発明に係るポリヌクレオチド又は本発明に係る組換えベクターで形質転換されている形質転換体である。
【0014】
本発明に係る形質転換体において、前記微生物がユーグレナまたは酵母であり得る。
【0015】
本発明に係るキットは、本発明に係る酵素剤、本発明に係るポリヌクレオチド、本発明に係る組換えベクター、及び、本発明に係る形質転換体からなる群より選ばれた1種以上を有するキットである。
【0016】
または、本発明に係る組成物の製造方法は、ACE阻害用または血圧上昇抑制用の組成物の製造方法であって、本発明に係る形質転換体、および、前記形質転換体が窒素同化することが可能な窒素源を含有する培地を準備する工程と、前記培地の存在下で前記形質転換体を培養して、ACE阻害活性を有する、Arg-Asn、Arg-Gln、Asn-Arg、Gln-Arg、及びこれらの塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物であるジペプチド化合物を生成させる工程と、を含むACE阻害用または血圧上昇抑制用の組成物の製造方法である。
【0017】
本発明に係る組成物の製造方法において、前記窒素源が、Arg、及びその塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物と、Asn、Gln、及びこれらの塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物と、を含み得る。
【0018】
本発明に係る組成物は、ACE阻害用または血圧上昇抑制用の組成物であって、本発明に係る形質転換体、前記形質転換体が窒素同化することが可能な窒素源を含有する培地で培養された当該形質転換体、当該形質転換体の乾燥物、および、当該形質転換体の細胞破砕物からなる群より選ばれた1種以上を含有することにより、ACE阻害活性を有する、Arg-Asn、Arg-Gln、Asn-Arg、Gln-Arg、及びこれらの塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物であるジペプチド化合物を含有するACE阻害用または血圧上昇抑制用の組成物である。
【0019】
本発明に係る組成物は、前記ジペプチド合成酵素またはその変性タンパク質を含有し得る。
【0020】
本発明に係る組成物において、前記ジペプチド化合物の含有量が0.10mg/L以上であり得る。
【0021】
または、本発明に係る組成物は、ユーグレナ細胞に由来する分子質量が4.0kDa未満であるペプチドを含有する水溶性成分の画分から成るか又は前記画分を含んで成る組成物であって、前記細胞に由来する脂質、当該細胞に由来する分子質量が4.0kDa以上であるタンパク質、及び当該細胞に由来する分子質量が4.0kDa以上であるポリペプチドを含有しない前記組成物であり、前記細胞に由来する分子質量が4.0kDa未満であるペプチドには、ACE阻害活性を有する、Arg-Asn、Arg-Gln、Asn-Arg、Gln-Arg、及びこれらの塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物であるジペプチド化合物が含まれている、ACE阻害用または血圧上昇抑制用の組成物である。
【0022】
本発明に係る組成物とその製造方法との各々における前記ユーグレナは、ユーグレナ・グラシリス、そのZ株、及びユーグレナ・グラシリス・バシラリス変種からなる群より選ばれた1種以上の原生動物であるのが好ましい。本発明に係る酵素剤と本発明に係るポリペプチドとの各々における前記ジペプチド合成酵素が有する酵素活性は、Arg-Asnリガーゼ活性、及びArg-Glnリガーゼ活性からなる群より選ばれた1種以上の酵素活性であるのが良い。前記ジペプチド化合物における塩は、ナトリウム塩またはカリウム塩であるのが好ましい。本発明に係る組成物は、食品組成物であるのが好ましい。本発明に係る組成物の製造方法における本発明に係る形質転換体は、前記ジペプチド化合物を生成するために培養可能に担持体に固定化されているのが好ましい。前記ジペプチド化合物の生成に更に適している観点で、本発明に係る形質転換体における前記微生物は、ユーグレナであるのが好ましい。前記微生物がユーグレナである場合、本発明に係る組成物の製造方法における前記窒素源は、アンモニア態窒素、遊離アミノ酸、ペプチド、及びこれらの塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物であるのが好ましい。または、食品組成物の製造に適している観点で、本発明に係る形質転換体における前記微生物は、酵母であるのが好ましく、Saccharomyces cerevisiaeであるのが更に好ましい。同様の観点から、前記微生物は、酵母株(NITE ABP-03293)であるのが好ましい。本願に係る明細書、特許請求の範囲、及び図面の各々において、酵母株について「NITE ABP-03293」との受領番号の記載は、本願の出願後に酵母株が受託された場合に「NITE BP-03293」又は「NITE-BP-3293」との受託番号の記載に補正されるのが好ましい。夾雑物を除去する観点で、本発明に係る組成物は、本発明に係る形質転換体に由来する脂質、前記形質転換体に由来する分子質量が4.0kDa以上であるタンパク質、及び当該形質転換体に由来する分子質量が4.0kDa以上であるポリペプチドを含有しない組成物であるのが好ましい。
【0023】
<用語>
本明細書では、遊離アミノ酸またはその塩について、各々、L-アルギニンを「Arg」ともいい、L-アスパラギンを「Asn」ともいい、L-アスパラギン酸を「Asp」ともいい、L-グルタミンを「Gln」ともいい、L-グルタミン酸を「Glu」ともいい、遊離アミノ酸またはその塩を基質としてジペプチドを合成可能な酵素を「ジペプチド合成酵素」ともいう。本明細書では、遊離のジペプチドまたはその塩について、各々、L-アルギニル-L-アスパラギンを「Arg-Asn」ともいい、L-アルギニル-L-グルタミンを「Arg-Gln」ともいい、L-アスパラギニル-L-アルギニンを「Asn-Arg」ともいい、L-グルタミル-L-アルギニンを「Gln-Arg」ともいい、これら4種類のジペプチド各々の式中で「-」はカルボキシ基とα位のアミノ基とのペプチド結合を示す。本明細書では、各々、ArgとAsnとを基質としてArg-Asnを合成可能なリガーゼとしての酵素活性を「Arg-Asnリガーゼ活性」ともいい、Arg-Asnリガーゼ活性を有するポリペプチドを「Arg-Asnリガーゼ」ともいい、ArgとGlnとを基質としてArg-Glnを合成可能なリガーゼとしての酵素活性を「Arg-Glnリガーゼ活性」ともいい、Arg-Glnリガーゼ活性を有するポリペプチドを「Arg-Glnリガーゼ」ともいい、AsnとArgとを基質としてAsn-Argを合成可能なリガーゼとしての酵素活性を「Asn-Argリガーゼ活性」ともいい、Asn-Argリガーゼ活性を有するポリペプチドを「Asn-Argリガーゼ」ともいい、GlnとArgとを基質としてGln-Argを合成可能なリガーゼとしての酵素活性を「Gln-Argリガーゼ活性」ともいい、Gln-Argリガーゼ活性を有するポリペプチドを「Gln-Argリガーゼ」ともいう。
【0024】
本明細書で「含有量」は、該当する化合物が2種以上含有されている場合には合計の含有量を意味する。本明細書では、ACE阻害活性を有する、Arg-Asn、Arg-Gln、Asn-Arg、Gln-Arg、及びこれらの塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物を「本ジペプチド化合物」ともいう。本明細書では、本発明に係る酵素剤に関して前述した(a)、前述した(b)、及び前述した(c)からなる群より選ばれた1種のポリペプチドのアミノ酸配列を有しており、Arg-Asnリガーゼ活性、Arg-Glnリガーゼ活性、Asn-Argリガーゼ活性、及びGln-Argリガーゼ活性からなる群より選ばれた1種以上の酵素活性を有する酵素を、「本酵素」ともいう。本明細書では、各々、本発明に係る酵素剤を「本酵素剤」ともいい、本発明に係るポリヌクレオチドを「本ポリヌクレオチド」ともいい、本発明に係るキットを「本キット」ともいい、本発明に係る組成物の第1実施形態を「本組成物1」ともいい、本発明に係る組成物の製造方法の第1実施態様を「本製法1」ともいい、本発明に係る組成物の第2実施形態を「本組成物2」ともいい、本発明に係る組成物の製造方法の第2実施態様を「本製法2」ともいい、本発明に係る組成物の第3実施形態を「本組成物3」ともいい、本発明に係る組成物の製造方法の第3実施態様を「本製法3」ともいう。
【0025】
本明細書では、動物学の分類上でユーグレナ属(ミドリムシ属)に属する種、及びその変異種からなる群より選ばれた1種類以上の原生動物を「ユーグレナ」という。本明細書では、ユーグレナ細胞から抽出した水溶性成分を「ユーグレナ水性抽出物」ともいう。本明細書で「ポリヌクレオチド」とは、DNA又はRNAであり、好ましくはDNAである。本明細書で「ストリンジェントな条件」とは、特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件である。本明細書で「食品組成物」とは、例えば、加工食品、調味料、食品添加物、サプリメント、及びこれらに配合される食品材料からなる群より選ばれた1種以上の組成物である。
【発明の効果】
【0026】
本発明に係る組成物によれば、Asn-Arg、Arg-Asn、Gln-Arg、Arg-Gln、及びこれらの塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物であるジペプチド化合物が、L-アルギニンよりも強いACE阻害活性を有するため、ACE阻害用または血圧上昇抑制用として摂取可能である。本発明に係る組成物の製造方法によれば、本発明に係る組成物を製造可能である。本発明に係る酵素剤によれば、ジペプチド合成酵素を含有しており、前記ジペプチド化合物を生成させるために用いることが可能である。本発明に係るポリヌクレオチドによれば、前記ジペプチド合成酵素のアミノ酸配列をコードする塩基配列を有する。本発明に係る形質転換体によれば、本発明に係る酵素剤を製造する際か又は本発明に係る組成物を製造する際に活用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1】本発明に係る組成物の製造方法の第1実施態様を説明するフローチャート。
図2】本発明に係る組成物の製造方法の第2実施態様を説明するフローチャート。
図3】本発明に係る組成物の製造方法の第3実施態様を説明するフローチャート。
図4】LC/MS(液体クロマトグラフィー質量分析)により、実験例1から実験例3に係る試料と標準試料(Gln-ArgとArg-Gln)の各々から得られたトータルイオンクロマトグラム。図4から図7において、縦軸は検出強度、横軸は保持時間(分)を表す。
図5】LC/MS/MS(タンデム四重極質量分析計を用いた液体クロマトグラフィー質量分析)により、実験例1から実験例3に係る試料と標準試料(Gln-ArgとArg-Gln)の各々から得られたm/z=70での選択イオンモニタリングのクロマトグラム。
図6】Arg-Glnに起因するピークの面積を計測するために、図5から更にノイズを除いたクロマトグラム。Arg-Glnに由来するピークの範囲を黒色に塗りつぶしている。
図7】LC/MSにより、実験例1から実験例3に係る試料と標準試料(Asn-ArgとArg-Asn)の各々から得られたトータルイオンクロマトグラム。
図8】Arg-Gln、Gln-Arg、Arg-Asn、又はAsn-ArgによるACE阻害率を示すグラフ。縦軸はACE阻害率(%)、横軸はジペプチドの含有量(mg/L)を表す。n=2。
図9】(a)は、生理食塩水を自由に摂取させた対照群の雄性SHR/NCrlCrljラット(SHRラット)と、ユーグレナ細胞から分離され精製されたジペプチドを含有する試料水を自由に摂取させた実験群のSHRラットについて、実験開始(対照群ラットが生理食塩水を自由に摂取可能になり、実験群ラットが試料水を自由に摂取可能になった時点)から5週経過時、6週経過時、及び7週経過時の各々において拡張期血圧と収縮期血圧を示すグラフ。(a)で縦軸は血圧(mmHg)、♯は一元配置分散分析においてp<0.07で有意差あり、ab間はテューキー=クレーマー法においてp<0.05で有意差あり。(b)は、実験開始から7週経過時における対照群ラットと実験群ラットの各々でのアンジオテンシンIIの血中濃度を示すグラフであり、縦軸は前記血中濃度(pg/mL)を示す。(a)と(b)共に、n=6、*は一元配置分散分析においてp<0.05で有意差あり。
図10】酵母株(NITE ABP-03293)に由来するジペプチドリガーゼの精製物を、SDS-PAGE電気泳動法にかけた場合に、前記ジペプチドリガーゼの分子質量が約111kDaであることを示唆する電気泳動ゲルの写真を示す図。図中の「精製酵素」は、電気泳動ゲルにおいて、酵母株(NITE ABP-03293)に由来するジペプチドリガーゼの精製物を泳動させたレーンを示す。
図11】酵母株(NITE ABP-03293)に由来するジペプチドリガーゼに酵素反応させて生成された、Asn-Arg、Arg-Asn、Gln-Arg、及びArg-Glnの各々の生成量を確認した試験結果を示すグラフ。(a)でグラフ縦軸はAsn-Arg含有量を示し、(b)でグラフ縦軸はArg-Asn含有量を示し、(c)でグラフ縦軸はGln-Arg含有量を示し、(d)でグラフ縦軸はArg-Gln含有量を示す。(Arg/Asn)+と(Arg/Gln)+との各々は酵母株(NITE ABP-03293)に由来するジペプチドリガーゼの精製物を添加された反応溶液であり、(Arg/Asn)-と(Arg/Gln)-との各々はこの精製物を添加されなかった反応溶液である。**は一元配置分散分析においてp<0.01で有意差あり。
【発明を実施するための形態】
【0028】
<酵素剤>
本発明者らは、本発明を完成させるまでの過程で、ユーグレナ細胞から抽出した水溶性成分(以下「ユーグレナ水性抽出物」という。)の組成を分析して、(i)ユーグレナ水性抽出物にArg-GlnやArg-Asnが含有されておりGln-ArgやAsn-Argが含有されている場合もあることを発見した。本発明者らは、意外にも、(ii)前記(i)で挙げた4種類のジペプチドの各々がArgよりも強いACE阻害活性を有することを発見した。本発明者らは、(iii)ユーグレナ細胞でArg-GlnやArg-Asnが最大約0.5mmol/Lという高濃度で含蓄される場合があることや、(iv)ユーグレナの染色体DNAに前記(i)で挙げた4種類のジペプチドを生成可能なジペプチド合成酵素をコードする塩基配列が含まれていることも発見した。本発明者らが知り得る限り、本願の優先日以前に、前記(i)から前記(iv)で挙げた知見を論じた報告は見当たらない。このため、前記(i)から前記(iv)で挙げた知見は、いずれも本願の優先日以前の当業者に知られていなかったと考えられる。以下、本明細書において、Arg-Asn、Arg-Gln、Asn-Arg、Gln-Arg、及びこれらの塩からなる群より選ばれた1種以上のACE阻害活性を有する化合物を「本ジペプチド化合物」ともいう。本ジペプチド化合物での塩は、薬理学的に許容される塩であれば良い。本ジペプチド化合物の塩として例えば、アルカリ金属塩、又はアルカリ土類金属塩などが挙げられる。析出しにくく扱いやすい観点から、本ジペプチド化合物の塩は、ナトリウム塩またはカリウム塩であるのが好ましい。
【0029】
上記した(i)から(iv)で挙げた知見に基づき、本発明者らは次のように考えた。ユーグレナ細胞は、窒素源(ユーグレナ細胞が窒素同化することが可能な1種又は2種以上の窒素化合物)が多い環境下で、分子内に窒素原子を複数有するアミノ酸を細胞内に含蓄させる特性を有する(非特許文献1と非特許文献2を参照)。例えばユーグレナ細胞は、アンモニウム塩を細胞内に取り込み、分子内に窒素原子を4つ有するArgや、分子内に窒素原子を2つ有するAsnやGlnを生成しやすい特性を有する。この特性は、栄養素としての窒素原子をこれらアミノ酸の形態で細胞内に可能な限り多く含蓄することによって飢餓環境下でのユーグレナの生存力を保障する特性として、進化の過程で自然選択(自然淘汰)によりユーグレナ細胞に備わったものと考えられる。また、ユーグレナ細胞は、その細胞内で生成したArg、Asn、及びGlnを、可能な限りコンパクト化し細胞内密度を下げ浸透圧を低減させるために、ジペプチドであるArg-GlnやArg-Asnの形態に変換して細胞内に含蓄する特性を有しているものと考えられる。本発明者らが発見したジペプチド合成酵素に関して粗酵素を用いた実験では、Arg、Asn、及びGlnの3種類のアミノ酸に対し基質特異性が認められ、ATP(adenosine triphosphate)添加により反応促進が認められた。このため、本発明者らが発見したジペプチド合成酵素は、次の化学反応式に示す酵素活性を有するArg-Asnリガーゼ又はArg-Glnリガーゼであろうと考えられる。
【0030】
【化1】
例えば上記した化学反応式中、Amino Acid 1はArgを示し、Amino Acid 2はAsn又はGlnを示す。このため、例えばこの式中、R1はArgの側鎖部分を示し、R2はAsn又はGlnの側鎖部分を示す。
【0031】
ユーグレナ細胞はArg-AsnやArg-Glnを多く含蓄し得るため、Arg-Asnリガーゼ活性、及びArg-Glnリガーゼ活性からなる群より選ばれた1種以上の酵素活性を有するジペプチド合成酵素を安定して発現している。このため、ユーグレナ細胞からArg-AsnリガーゼやArg-Glnリガーゼを抽出すれば、ある程度の収量を得やすい。また、ユーグレナ細胞では、少量のAsn-ArgやGln-Argも含蓄され得るため、Asn-ArgリガーゼやGln-Argリガーゼも発現している。これらの理由により、Arg-Asn、Arg-Gln、Asn-Arg、及びGln-Argからなる群より選ばれた1種以上のジペプチドを生成可能なジペプチド合成酵素を、ユーグレナ細胞から抽出可能である。Asn-ArgリガーゼやGln-Argリガーゼでの反応機構は、上記した化学反応式においてAmid Acid 1とAmid Acid 2を入れ替え、且つR1とR2を入れ替えたものと考えられる。以上に説明した発見や考えに基づき、本発明者らは以下に説明する酵素剤などの発明を創作するに至った。
【0032】
本発明に係る酵素剤(以下「本酵素剤」という。)は、1種以上のジペプチド合成酵素を含有する酵素剤である。本酵素剤に含有されるジペプチド合成酵素は、以下の(a)、(b)、及び(c)からなる群より選ばれた1種のポリペプチドのアミノ酸配列を有しており、Arg-Asnリガーゼ活性、Arg-Glnリガーゼ活性、Asn-Argリガーゼ活性、及びGln-Argリガーゼ活性からなる群より選ばれた1種以上の酵素活性を有する酵素(以下「本酵素」という。)である。(a)は、配列番号1に記載されたアミノ酸配列から成るポリペプチドである。(b)は、配列番号1に記載されたアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列から成るポリペプチドである。ここでのアミノ酸配列の同一性は、95%以上でも良く、又は98%以上でも良い。(c)は、配列番号1に記載されたアミノ酸配列に対して1個以上かつ20個以下のアミノ酸残基が、置換、挿入、欠失、および/または付加されたアミノ酸配列から成るポリペプチドである。ここでの置換、挿入、欠失、および/または付加されたアミノ酸残基は、1個以上かつ10個以下でも良く、または、1個以上かつ5個以下でも良い。本明細書に記載された「置換、挿入、欠失、および/または付加」は、天然に生じた変位でも良く、公知の手法により導入された変位でも良い。上記した(a)、(b)、及び(c)の各々において「ポリペプチド」とは、多数のアミノ酸がペプチド結合されたアミノ酸の重合体を意味する。
【0033】
配列番号1に記載されたアミノ酸配列は、本発明者らがユーグレナの染色体DNAの遺伝子解析を行って発見した、ジペプチド合成酵素のアミノ酸配列である。アミノ酸配列の同一性については、例えばインターネットを通じてSwiss‐Prot、PIR、又はDAD等のデータベースを対象に、BLAST又はFASTA等のプログラムを用いて検索すれば良い。本酵素は、前述した(a)、(b)、及び(c)からなる群より選ばれた1種のポリペプチドのアミノ酸配列から成る酵素でも良い。または、本酵素は、その酵素活性が実質的に損なわれない限り、(a)、(b)、及び(c)からなる群より選ばれた1種のポリペプチドのアミノ酸配列に、付加的なアミノ酸配列が結合されて成るものでも良い。例えば本酵素は、タグ配列が付加されていても良いし、若しくは他のタンパク質と結合されて融合タンパク質を形成しても良い。タグ配列は、本発明の目的に反しない限り特に限定されないが、例えばHisタグ配列、つまり6個程度の連続するヒスチジン残基から成るアミノ酸配列が挙げられる。
【0034】
本酵素または本酵素剤の製造方法は特に限定されないが、例えば、ユーグレナ又は後述する本発明に係る形質転換体を培地で培養して細胞数を増加させ、培養後のユーグレナ又は本形質転換体を培地から採取して細胞破砕し、得られる細胞破砕液から脂質を除いた水性抽出物を分子篩(例えばゲルろ過クロマトグラフィー等)にかけ、本酵素を含有する画分を回収し凍結乾燥させる方法が挙げられる。ここで得られた凍結乾燥物そのものを、本酵素剤としても良い。または、長期保管の際に吸湿し劣化するのを避ける等の観点から、この凍結乾燥物とpH緩衝剤とを混合して至適pHに調整した組成物を、本酵素剤とするのが好ましい。同様の観点から、この凍結乾燥物またはpHを調整した組成物を、常法により、粉末剤、顆粒剤、カプセル、液剤、又はクリーム等の任意の剤型に成形したものを、本酵素剤とするのも好ましい。前述したように、ユーグレナ細胞はArg-AsnリガーゼやArg-Glnリガーゼに限らずAsn-ArgリガーゼやGln-Argリガーゼも発現し得るため、ユーグレナか又はこれを形質転換させた場合の本形質転換体を培養し、上記したのと同様の方法で本酵素を含有する画分を回収する等すれば、本ジペプチド化合物を生成可能なジペプチド合成酵素を2種以上含有する酵素剤を製造可能と考えられる。Asn-ArgやGln-Argと比べてArg-AsnやArg-Glnの方がユーグレナ細胞に多く含蓄されやすいため、本酵素でAsn-Argリガーゼ活性やGln-Argリガーゼ活性よりもArg-Asnリガーゼ活性やArg-Gln活性の方が強いと考えられる観点から、本酵素が有する酵素活性は、Arg-Asnリガーゼ活性、及びArg-Glnリガーゼ活性から成る群より選ばれた1種以上の酵素活性であるのが良い。
【0035】
本酵素剤は、例えば後述する本発明に係る組成物の第1実施形態の製造時に、本ジペプチド化合物を生成させる用途で活用可能である。本ジペプチド化合物を効率良く大量に生成可能な観点から、本酵素剤は、本酵素を含む1種以上のジペプチド合成酵素を固定化酵素とした形態であるのが好ましい。固定化酵素とは、連続反応が可能かつ反応後に回収し再利用が可能な状態で、担体に結合されたか又は一定の空間内に閉じ込められた酵素である。例えば本酵素剤は、生成される本ジペプチド化合物と分離可能なように、セロハン膜などの半透性膜で隔離された空間内に充填された形態でも良い。失活を避けつつ固定化する観点から、固定化酵素である場合の本酵素剤は、高分子ゲルに包括されているか又は不溶性担体に結合された形態であるのが好ましい。高分子ゲルとして例えば、ポリアクリルアミドゲル、寒天、ゼラチン、カラギーナン、又はアルギン酸カルシウム等が挙げられる。不溶性担体として例えば、セルロース、デキストリン、樹脂ビーズ、活性炭、シリカゲル、磁性粒子、又は高分子膜などの担体が挙げられる。ジペプチド合成酵素と担体とは例えば、静電相互作用によりジペプチド合成酵素をイオン交換樹脂などに結合させるイオン結合法、物理的相互作用によりジペプチド合成酵素を多孔担体の孔内に吸着させる物理的吸着法、または、抗原抗体反応によりジペプチド合成酵素を担体に結合させるアフィニティ結合法、等の公知の手法により結合され得る。
【0036】
固定化酵素である場合の本酵素剤は、担体からジペプチド合成酵素が脱離しにくい観点から、本酵素を含む1種以上のジペプチド合成酵素がアフィニティ結合法により不溶性担体に結合された形態であるのが、更に好ましい。ユーグレナ細胞はArg-Asnリガーゼ、Arg-Glnリガーゼ、Asn-Argリガーゼ、及びGln-Argリガーゼを発現し得るため、例えばユーグレナ細胞の破砕液を用いてアフィニティ結合法を行えば、抗原抗体反応により不溶性担体に結合されたこれら4種のジペプチド合成酵素を含む固定化酵素を製造可能である。
【0037】
<ポリヌクレオチド>
本明細書で「ポリヌクレオチド」とは、DNA又はRNAであり、好ましくはDNAである。本発明に係るポリヌクレオチド(以下「本ポリヌクレオチド」という。)は、ジペプチド合成酵素をコードする塩基配列を有するポリヌクレオチドであり、このジペプチド合成酵素をコードする塩基配列が、以下の(d)、(e)、(f)、及び(g)からなる群より選ばれた1種のポリヌクレオチドの塩基配列を有し、Asn-Argリガーゼ活性、Arg-Asnリガーゼ活性、Gln-Argリガーゼ活性、及びArg-Glnリガーゼ活性からなる群より選ばれた1種以上の酵素活性を有するジペプチド合成酵素をコードする塩基配列を有するポリヌクレオチドである。(d)は、配列番号2に記載された塩基配列から成るポリヌクレオチドである。(e)は、配列番号2に記載された塩基配列に対して90%以上の同一性を有する塩基配列から成るポリヌクレオチドである。ここでの塩基配列の同一性は95%以上でも良く、又は98%以上でも良い。(f)は、配列番号2に記載された塩基配列に対して1個以上かつ20個以下の塩基が置換、挿入、欠失、および/または、付加された塩基配列から成るポリヌクレオチドである。ここで置換、挿入、欠失、および/または、付加された塩基数は、1個以上かつ10個以下でも良く、又は1個以上かつ5個以下でも良い。(g)は、配列番号2に記載された塩基配列と相補的な塩基配列から成るDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドである。
【0038】
本明細書において「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件である。つまり「ストリンジェントな条件」とは、塩基配列の同一性が高いDNA同士、例えば同一性が80%以上、好ましくは90%以上、更に好ましくは95%以上、更により好ましくは98%以上であるDNA同士がハイブリダイズし、これよりも明らかに同一性が低いDNA同士ではハイブリダイズしない条件である。または「ストリンジェントな条件」とは、例えば通常のサザンハイブリダイゼーションでの洗いの条件である1×SSCと0.1質量%のSDS(Sodium dodecyl sulfate)を含有する60℃の溶液で、好ましくは0.1×SSCと0.1質量%SDSを含有する60℃の溶液で、更に好ましくは0.1×SSCと0.1質量%SDSを含有する68℃の溶液で、例えば1回洗浄する条件、好ましくは2回または3回洗浄する条件が挙げられる。また、ここで例示した条件下で幾らか昇温すれば、塩基配列に高い同一性を有するポリヌクレオチドを効率良く得やすい。当業者であれば、温度、プローブの濃度、プローブの長さ、イオン強度、時間、塩濃度などを適宜選択することにより、同様のストリンジェンシーを実現可能である。「ストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチド」として例えば、配列番号2に記載された塩基配列と相補的な塩基配列から成るDNAの全部または一部をプローブとして、サザンハイブリダイゼーション法、又はノーザンハイブリダイゼーション法などの公知のハイブリダイゼーション法により得られるポリヌクレオチドが挙げられる。ハイブリダイゼーション法は例えば、Molecular Cloning : A Laboratory Manual, Second Edition (1989) (Cold Spring Habor Laboratory Press)、Current Protocols in Molecular Biology (1994) (Wiley-Interscience)、または、DNA Cloning 1 : A Practical Approach Core Techniques, Second Edition (1995) (Oxford University Press)等に記載された方法に準じて行うことができる。
【0039】
配列番号2に記載された塩基配列は、本発明者らがユーグレナの染色体DNAの遺伝子解析を行って発見した、ジペプチド合成酵素をコードするオープンリーディングフレームの塩基配列である。2019年に発見した当時、配列番号2に記載された塩基配列は、他種の微生物が有するリガーゼをコードする公知の塩基配列と比べて、50%程度の同一性を有していた。配列番号2に記載された塩基配列が翻訳されると、配列番号1に記載されたアミノ酸配列を有するジペプチド合成酵素が発現する。当業者であれば、配列番号2に記載された塩基配列を有するDNAに対して、部位特異的変異導入法などの公知の手法を用いて適宜、置換、挿入、欠失、および/または付加を導入することにより、このDNAに対して塩基配列に高い同一性を有するポリヌクレオチドを得ることができる。このポリヌクレオチドを微生物に導入することにより、配列番号1に記載されたアミノ酸配列と同一または類似したアミノ酸配列を有するポリペプチドを発現させ、微生物からこのポリペプチドを抽出などして収集することが可能になる。このようにして得られたポリペプチドには、Arg-Asnリガーゼ活性、Arg-Glnリガーゼ活性、Asn-Argリガーゼ活性、及びGln-Argリガーゼ活性からなる群より選ばれた1種以上の酵素活性を有しており、ジペプチド合成酵素として機能するポリペプチドも含まれ得る。塩基配列の同一性について、例えばインターネットを通じてDDBJ、EMBL、又はGenBank等のデータベースを対象に、BLAST又はFASTA等のプログラムを用いて検索すれば良い。
【0040】
本ポリヌクレオチドを単離または精製する方法は、特に限定されない。例えば、前述した(d)、(e)、(f)、及び(g)からなる群より選ばれた1種のポリヌクレオチドの塩基配列を元にPCR(polymerase chain reaction)用のプライマーを設計し、ユーグレナの染色体DNAまたはcDNA(complementary DNA)ライブラリーを鋳型としてPCRを行うことにより、本ポリヌクレオチドのDNA断片を得ることができる。このPCRで得られたDNA断片をプローブとして、ユーグレナ染色体DNAの制限酵素消化物をファージまたはプラスミド等に導入し、大腸菌を形質転換して得られたライブラリーやcDNAライブラリーを利用して、コロニーハイブリダイゼーション等により本ポリヌクレオチドを得ても良い。または、PCRで得られたDNA断片の塩基配列を解析して得られた配列に基づき、既知のDNAの外側に伸長させるためのプライマーを設計し、ユーグレナの染色体DNAを適当な制限酵素で消化後、自己環化反応によりDNAを鋳型として逆PCRを行うのでも、本ポリヌクレオチドを得ることが可能である。
【0041】
本ポリヌクレオチドとしては、例えば次に説明する方法によりクローニングされたゲノムDNAまたはcDNA等が挙げられるが、または、合成されたDNAでも良い。ハイブリダイゼーションにおいて、配列番号2に記載された塩基配列に対する相補配列またはその部分配列から成るDNA又はRNAをプローブとして、ユーグレナの染色体DNAに対してハイブリダイゼーションを行い、例えば前述したストリンジェントな条件下で洗浄後に、プローブが染色体DNAにおける配列番号2に記載された塩基配列に有意にハイブリダイズしているか確認する。プローブの長さは、例えば連続した20塩基以上でも良く、有意にハイブリダイズしやすい観点から25塩基以上でも良く、好ましくは30塩基以上、更に好ましくは40塩基以上、更により好ましくは80塩基以上である。当業者であれば、例えばナイロン膜またはニトロセルロース膜などを用いて、公知の手法によりハイブリダイゼーションを実施可能である。
【0042】
本ポリヌクレオチドは、前述した(d)、(e)、(f)、及び(g)からなる群より選ばれた1種のポリヌクレオチドの塩基配列に対して、その上流(5´末端側)又は下流(3´末端側)に付加的な配列を有しても良い。付加的な配列とは例えば、上流ではプロモーター配列、又はエンハンサー配列などであり、下流ではターミネーター配列などである。付加的な配列と、前述した(d)、(e)、(f)、及び(g)からなる群より選ばれた1種のポリヌクレオチドの塩基配列とは、間に介在する塩基数が0となるよう直結されていても良いし、または、間に1塩基以上で且つ、1,000塩基以下、500塩基以下、100塩基以下、50塩基以下、若しくは10塩基以下の塩基配列を介して間接的に結合されていても良い。ユーグレナの染色体DNAでは、配列番号2に記載された塩基配列の下流に、間に介在する塩基数が0となるように、終止コドンに対応するトリプレットであるtaaが直結されている。同様に本ポリヌクレオチドでも、前述した(d)、(e)、(f)、及び(g)からなる群より選ばれた1種のポリヌクレオチドの塩基配列の下流にtaaが直結されていても良い。
【0043】
本ポリヌクレオチドは、微生物の形質転換に用いやすい観点から、前述した(d)、(e)、(f)、及び(g)からなる群より選ばれた1種のポリヌクレオチドの塩基配列を含む組換えベクターの形態であるのが好ましく、この組換えベクターが発現ベクターであるのが更に好ましい。本ポリヌクレオチドか又はこれを含む組換えベクターは、例えばpH緩衝剤と混合される等して、遺伝子組換え用DNA溶液の形態で市販されても良い。本ポリヌクレオチドか又はこれを含む組換えベクターは、例えば次に説明するように、本形質転換体を作製する用途で活用可能である。
【0044】
<形質転換体>
本発明に係る形質転換体(以下「本形質転換体」という。)は、微生物が前述した本ポリヌクレオチドか又は本ポリヌクレオチドを含む組換えベクターかで形質転換されている形質転換体である。換言すれば本形質転換体は、本ポリヌクレオチドか又は本ポリヌクレオチドを含む組換えベクターを細胞内に導入されて、形質転換している微生物ともいえる。本形質転換体は、その細胞核内に本ポリヌクレオチドか又は本ヌクレオチドを含む組換えベクターを含有して保持しているのが好ましく、染色体DNAに本ポリヌクレオチドが組み込まれているのが更に好ましい。本形質転換体は、本ジペプチド化合物を生成させる用途、又は前述した本酵素剤を製造するための原料としての用途で好ましく活用可能である。
【0045】
本形質転換体を作製する際、本ポリヌクレオチドか又は本ポリヌクレオチドを含む組換えベクターかを導入される前の元になった種類の微生物(以下「宿主」という。)は、特に限定されないが、経口摂取した際の安全性の観点から、滅菌処理しなくても食用可能な微生物であるのが好ましい。例えば、麹菌、乳酸菌、納豆菌、酢酸菌、酵母、緑藻類、褐藻類、紅藻類、藍藻類、又はユーグレナ等が挙げられる。本形質転換体は、元になった宿主の種類に応じて、例えば本ジペプチド化合物を含有する発酵食品を製造する用途で活用可能である。元になった宿主は、例えば、醤油もしくは味噌などを製造する場合に麹菌が好ましく、チーズ、キムチ、若しくはナレズシ等を製造する場合に乳酸菌が好ましく、納豆を製造する場合に納豆菌が好ましく、食酢を製造する場合に酢酸菌が好ましく、または、パン若しくはアルコール飲料を製造する場合に酵母が好ましい。ここでの酵母は、パン、ワイン、又はビールを製造しやすい観点から、好ましくはSaccharomyces属の酵母、更に好ましくはSaccharomyces cerevisiaeである。ワイン醸造に好ましい酵母としてSaccharomyces bayanus等も挙げられる。宿主がSaccharomyces cerevisiaeである場合の本形質転換体は、本発明の目的に反しない限り特に限定されないが、この場合での本形質転換体の一例として、識別の表示 W303A1/pYES::EgDPL 、受領番号 NITE ABP-03293として、受領日2020年9月28日付で、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(〒292-0818 日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室)に受領された酵母株(以下、この酵母株を「酵母株(NITE ABP-03293)」というか又は本願の出願後に受託された場合に「酵母株(NITE BP-03293)」若しくは「酵母株(NITE BP-3293)」ともいう。)を用いることができる。
【0046】
あるいは、本ジペプチド化合物を含有する食品を量産して数多くの人々に安価で提供することにより、広く社会一般で高血圧の予防または改善を図ることを鑑みると、多様な栄養条件下で本ジペプチド化合物を含蓄しつつ増殖可能な微生物である観点から、本形質転換体のもとになった宿主はユーグレナであるのが更に好ましい。本明細書における「ユーグレナ」は、動物学の分類上でユーグレナ属(ミドリムシ属)に属する種、及びその変異種からなる群より選ばれた1種類以上の原生動物である。ユーグレナとして例えば、ユーグレナ・グラシリス(Euglena gracilis)、そのZ株(Euglena gracilis Z)、ユーグレナ・グラシリス・バシラリス変種(Euglena gracilis var. bacillaris)、又はユーグレナ・ビリディス(Euglena viridis)等が挙げられる。適した培養条件が詳しく研究されており培養しやすい観点から、本明細書における「ユーグレナ」は、ユーグレナ・グラシリス、そのZ株、及びユーグレナ・グラシリス・バシラリス変種からなる群より選ばれた1種以上の原生動物であるのが好ましい。
【0047】
宿主から本形質転換体を作製するにあたり、当業者であれば、宿主の種類に応じて、公知の形質転換法から適した手法を適宜選択して実施可能である。宿主として真正細菌を用いる場合の形質転換法として例えば、電気パルスにより瞬間的に細胞膜に微細な孔を開けて本ポリヌクレオチドか又はこれを含有する組換えベクターを細胞内に取り込ませるエレクトロポレーション法、または、本ポリヌクレオチドを含有するプラスミド若しくはファージDNA若しくは組換えベクターを塩化カルシウムの存在下でコンピテントセル化した菌の細胞内に取り込ませる手法などが挙げられる。宿主として酵母を用いる場合の形質転換法として、例えば酢酸リチウム法が挙げられる(非特許文献4を参照)。宿主としてユーグレナを用いる場合の形質転換法は、例えばエレクトロポレーション法でも良いが、細胞内に本ポリヌクレオチドが取り込まれやすい観点からパーティクル・ガン法が好ましい。パーティクル・ガン法は、金またはタングステン等の金属の微粒子に本ポリヌクレオチドか又は組換えベクターをコーティングさせたものを弾丸とし、高速で射出して細胞内に本ポリヌクレオチドか又は組換えベクターを取り込ませる手法である。
【0048】
本酵素剤の製造用または本ジペプチド化合物の生成用として活用しやすい観点から、もとの宿主と比べて本形質転換体は、本酵素剤の説明で前述した本酵素をコードする遺伝子の転写量が増加しているか、又は本酵素の発現量が増加しているのが好ましい。転写量が増加していることは、本ポリヌクレオチドの説明で前述した(d)、(e)、(f)、及び(g)からなる群より選ばれた1種のポリヌクレオチドの塩基配列を有し、Arg-Asnリガーゼ活性、Asn-Argリガーゼ活性、Arg-Glnリガーゼ活性、及びGln-Argリガーゼ活性からなる群より選ばれた1種以上の酵素活性を有するジペプチド合成酵素をコードする塩基配列から転写されるmRNAの含有量を、宿主と本形質転換体とで比較することにより確認可能である。mRNAの含有量を評価する方法として例えば、ノーザンハイブリダイゼーション、又はRT-PCR等が挙げられる。このmRANの含有量は、宿主と比べて本形質転換体で増加していれば良く、例えば2.0質量倍以上、好ましくは3.0質量倍以上、更に好ましくは5.0質量倍以上、更により好ましくは10質量倍以上である。あるいは、本酵素の発現量が増加していることは、抗体を用いてウェスタンブロットにより確認可能である。本酵素の発現量は、もとの宿主と比べて本形質転換体で増加していれば良く、例えば2.0質量倍以上、好ましくは3.0質量倍以上、更に好ましくは5.0質量倍以上、更により好ましくは10質量倍以上である。
【0049】
もとの宿主の種類によっては、細胞内で生成した本ジペプチド化合物を細胞内に含蓄し続けるユーグレナとは異なり、本ジペプチド化合物を細胞外に分泌する特性を有する本形質転換体を作製し得ると考えられる。このような特性を有する場合の本形質転換体は、本ジペプチド化合物を効率良く大量に生成可能な観点から、培養可能に生きたまま担持体に固定化され、本ジペプチド化合物の生成用のバイオリアクターとして活用されるのが好ましい。ここでの担持体は、水に不溶であれば特に限定されないが例えば、分相ガラス製のガラスビーズ、焼結ガラス、軽石、又はポリウレタンフォームのように、本形質転換体を担持可能なサイズの孔が多数設けられた多孔質体が好ましく挙げられる。
【0050】
<キット>
本発明に係るキット(以下「本キット」という。)は、前述した本酵素剤、前述した本ポリヌクレオチド、本ポリヌクレオチドを含む組換えベクター、及び前述した本形質転換体からなる群より選ばれた一種以上を有するキットである。本キットは、後述する本発明に係る組成物の第1実施形態の製造用キット、又は後述する本発明に係る組成物の第3実施形態の製造用キットとして活用可能である。本発明に係る組成物の第3実施形態の製造用である場合の本キットは、本発明に係る組成物の第3実施形態を製造しやすい観点から、さらに、本形質転換体が窒素同化することが可能な窒素源を含有する培養液を有するのが好ましい。または本キットは、前述した本ポリヌクレオチド、本ポリヌクレオチドを含む組換えベクター、及び本形質転換体からなる群より選ばれた一種以上を有する場合には、本酵素剤の製造用キットとして活用可能な観点から好ましい。
【0051】
<組成物の第1実施形態>
本発明に係る組成物の第1実施形態(以下「本組成物1」という。)は、本ジペプチド化合物を含有する組成物である。例えば本組成物1は、本酵素剤と、Arg及びAsnを含有する水溶液と、を用いれば製造可能である。または、例えば本組成物1は、本酵素剤と、Arg及びGlnを含有する水溶液と、を用いれば製造可能である。ジペプチドは、経口摂取されると、刷子縁のH依存性輸送担体により水素イオンと共に体内に吸収されることや、その吸収速度が遊離アミノ酸よりも速いことが知られている。このため、本組成物1を経口摂取すると、本ジペプチド化合物が体内に吸収され血中に移行し、ACE阻害作用を発揮するものと推定される。本組成物1を継続的に経口摂取すると、おそらくACE阻害作用に起因し、血圧上昇抑制作用を奏する。このため本組成物1は、経口摂取によるACE阻害用または血圧上昇抑制用の組成物として活用可能である。
【0052】
本組成物1における本ジペプチド化合物の含有量は、ACE阻害作用を発揮しやすい観点で、好ましくは0.10mg/L以上、更に好ましくは0.40mg/L以上、更により好ましくは2.0mg/L以上である。本組成物1における本ジペプチド化合物の含有量は、少量の摂取でもACE阻害作用を発揮しやすい観点で、好ましくは10mg/L以上、更に好ましくは30mg/L以上、更により好ましくは60mg/L以上である。精製などに要するコストを安く抑える観点から、本組成物1における本ジペプチド化合物の含有量は、好ましくは500g/L以下、更に好ましくは100g/L以下、更により好ましくは10g/L以下である。本明細書において「含有量」は、該当する化合物が2種以上含有されている場合には合計の含有量を意味する。「g」は、質量グラムである。
【0053】
本ジペプチド化合物の含有量を測定する方法として、脂質とタンパク質を実質的に含有しないように精製された分析用試料を、液体クロマトグラフィー質量分析(以下「LC/MS」という。)又はタンデム四重極質量分析計を用いた液体クロマトグラフィー質量分析(以下「LC/MS/MS」という。)に供し、この分析用試料に含有される本ジペプチド化合物に由来して検出されるピークの面積を測定する方法が挙げられる。分析用試料でのこのピーク面積と、本ジペプチド化合物の標品を同様に分析にかけて検出されるピークの面積と、を比較しつつ、その他に精製や分析のために行った希釈倍率を考慮して、分析用試料の元になった本発明に係る組成物での本ジペプチド化合物の含有量を算出可能である。後述する実験例1から実験例3では、この測定方法の例を説明する。このように測定した結果、例えば分析用試料の元になった本発明に係る組成物での本ジペプチド化合物の含有量が0.10mg/L未満である場合には、ACE阻害作用等を発揮させやすくする観点で、この含有量が0.10mg/L以上となるように本発明に係る組成物を濃縮したり精製したりして、本ジペプチド化合物の含有率を高めるのが好ましい。
【0054】
本ジペプチド化合物は、例えばぺリンドプリル等のACE阻害薬ほどには強いACE阻害活性を有していない。ACE阻害薬を経口摂取した場合には血圧が短時間で劇的に降下し得るのに対し、本ジペプチド化合物を継続的に経口摂取し続けた場合には、血圧上昇が緩やかに抑えられるか又は血圧が緩やかに降下し得る。このため、ACE阻害薬を経口摂取する場合に生じ得る副作用は、本ジペプチド化合物を継続的に経口摂取し続ける場合に、ほとんど生じず問題にならないと考えられる。この理由から、本ジペプチド化合物を含有する本組成物1は、ACE阻害用または血圧上昇抑制用の食品組成物であるのが好ましい。食品組成物とは例えば、加工食品、調味料、食品添加物、サプリメント、及びこれらに配合される食品材料からなる群より選ばれた1種以上の組成物である。食品組成物である場合の本組成物1は、1種以上の公知の食品素材と混合された形態でも良い。
【0055】
加工食品である場合の本組成物1は例えば、本ジペプチド化合物を含有する、漬物、乾物、練り製品、粉類、缶詰、冷凍食品、インスタント食品、乳製品、菓子類、嗜好品、又は飲料等の形態をとり得る。飲料である場合の本組成物1は例えば、本ジペプチド化合物を含有する、水、ジュース、茶、コーヒー、清涼飲料水、又はアルコール飲料などの形態をとり得る。サプリメントである場合の本組成物1は例えば、本ジペプチド化合物が薬理学的に許容される1種以上の公知の添加剤と混合された組成物でも良く、散剤、粉剤、顆粒剤、錠剤、タブレット剤、丸剤、カプセル剤、又はチュアブル剤などの形態を採り得る。公知の添加剤として例えば、賦形剤、甘味料、抗酸化剤、粘滑剤、滑沢剤、希釈剤、緩衝剤、着香剤、又は着色剤などが挙げられる。食品添加物である場合の本組成物1は例えば、ACE阻害用または血圧上昇抑制用の食品組成物を得るために1種以上の食品またはその原料と混合して使用される乾燥粉末でも良い。例えば、本組成物1は食品に添付された小袋に収容された乾燥粉末の形態でも良く、消費者が小袋を開けて乾燥粉末を食品に振り掛けることにより、この食品を食べた消費者の体内でACE阻害作用が発揮される。
【0056】
継続的な経口摂取により副作用なく血圧上昇を緩やかに抑え得る観点から、本組成物1は、高血圧の予防用または改善用の食品組成物であるのが更に好ましい。高血圧は、血圧が正常範囲を超えて高く維持されている状態である。ヒトは、収縮期血圧(Systolic Blood Pressure:以下「SBP」という。)が140mmHg以上および/または拡張期血圧(Diastolic Blood Pressure:以下「DBP」という。)が90mmHg以上であると、高血圧と診断され得る。高血圧の予防用または改善用の食品組成物である場合の本組成物1は、特定保健用食品、栄養機能食品、病者用食品、及び高齢者用食品からなる群より選ばれた1種以上の健康食品として市場に流通し得る。消費者に分かりやすい観点から、この健康食品の容器または包材などには、継続的に経口摂取することでACE阻害作用に起因し発揮される機能を説明する表示が付されるのが好ましい。表示の文言は特に限定されないが例えば、「血圧を下げる」、「血圧低下を期待する」、「血圧の上昇を抑える」、「血圧の上昇を緩やかにする」、「高血圧を予防する」、又は「高血圧の改善に役立つ」等が挙げられる。同様の観点から本組成物1は、高血圧に起因する疾患の予防用の食品組成物であるのも更に好ましい。高血圧に起因する疾患は特に限定されないが例えば、脳出血、脳梗塞、大動脈瘤、腎硬化症、心筋梗塞、心肥大、又は眼底出血等が挙げられる。高血圧に起因する疾患の予防用の食品組成物である場合の本組成物1も健康食品として市場に流通して良く、この際に例えば「腎機能を保護する」等のACE阻害作用等に起因して発揮される機能を説明する表示が容器または包材などに付されるのが好ましい。
【0057】
本組成物1は、夾雑物が混入しにくくて本ジペプチド化合物の精製コストを安く抑えやすい観点で、次に説明する、本発明に係る組成物の製造方法の第1実施態様により製造された組成物であるのが好ましい。
【0058】
<組成物の製造方法の第1実施態様>
以下、本発明に係る組成物の製造方法の第1実施態様(以下「本製法1」という。)の説明に際し、前述した本酵素剤や本組成物1との共通事項が多くあり、共通事項の説明を概ね省略して異なる事項を主に説明する。図1に示すように本製法1は、準備工程S11、酵素反応工程S12、及び乾燥工程S14を含み、前述した本組成物1を製造可能な方法である。
【0059】
準備工程S11では、前述した本酵素剤を準備する。例えば準備工程S11では、以下の(a)、(b)、並びに(c)からなる群:(a)配列番号1に記載されたアミノ酸配列から成るポリペプチド;(b)配列番号1に記載されたアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列から成るポリペプチド;(c)配列番号1に記載されたアミノ酸配列に対して1個以上かつ20個以下のアミノ酸残基が置換、挿入、欠失、および/または付加されたアミノ酸配列から成るポリペプチド;より選ばれた1種のポリペプチドのアミノ酸配列を有し、Arg-Asnリガーゼ活性、Arg-Glnリガーゼ活性、Asn-Argリガーゼ活性、及びGln-Argリガーゼ活性からなる群より選ばれた1種以上の酵素活性を有するジペプチド合成酵素を含有する、本酵素剤を準備する。準備工程S11で準備する本酵素剤は、本酵素剤について前述した好ましい事項を満たすものが望ましい。
【0060】
準備工程S11では、さらに、ジペプチド合成酵素の基質を準備するか、又は前記基質を含有する基質溶液を準備するのが好ましい。ジペプチド合成酵素の基質は、Arg及びその塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物(以下「第1基質」ともいう。)と、Asn、Gln、及びこれらの塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物(以下「第2基質」ともいう。)である。本酵素の説明で前述した化学反応式の酵素反応を促進させる観点から、さらに、マグネシウム塩、ATP、及びこれらを含有する溶液からなる群より選ばれた1種以上を準備するのが好ましい。酵素反応前に第2基質が脱アミドされてAsp又はGluに変換されるのを避ける観点から、さらに、キレート剤、又はpH緩衝剤を準備するのも好ましい。
【0061】
酵素反応工程S12では、第1基質と第2基質と本酵素剤との存在下で、本酵素剤に含有されるジペプチド合成酵素に酵素反応させ、本ジペプチド化合物を生成させる。酵素反応させるためには、第1基質と第2基質と本酵素剤とを含有する溶液を、酵素反応に適した液温やpHに保つ。この溶液を調製するにあたり、基質と本酵素剤と溶媒とを混合する順序は特に限定されない。例えば、第1基質と第2基質と本酵素剤とを混合した後に水を添加しても良いし、第1基質と第2基質とを含有する基質溶液に本酵素剤を添加しても良いし、または、第1基質を含有する基質溶液に本酵素剤を添加した後に第2基質を添加しても良い。酵素反応工程S12では、本酵素剤の説明で前述した化学反応式の酵素反応を促進させる観点から、さらに、マグネシウム塩、ATP、pH緩衝剤、及びキレート剤からなる群より選ばれた1種以上の存在下でジペプチド合成酵素に酵素反応させるのが好ましい。マグネシウム塩、ATP、pH緩衝剤、及び/又は、キレート剤を混合させる順序も、特に限定されない。
【0062】
乾燥工程S14では、先の酵素反応工程S12で生成された本ジペプチド化合物を含有する溶液を乾燥して、本組成物1を得る。本組成物1の説明で前述したように、乾燥工程S14では、本ジペプチド化合物の含有量が例えば0.10mg/L以上となるように溶液を乾燥させるのが好ましい。乾燥工程S14では、本ジペプチド化合物を含有する溶液を加熱乾燥させても良いが、望ましくない加熱変性を避ける観点から、溶液を凍結乾燥させるのが好ましい。加工食品である場合の本組成物1を製造する場合には、さらに、乾燥工程S14で得られた乾燥物を公知の食品素材などと混合するのが好ましい。
【0063】
<組成物の第2実施形態>
以下、本発明に係る組成物の第2実施形態(以下「本組成物2」という。)の説明に際し、前述した本組成物1との共通事項が多くあり、共通事項の説明を概ね省略して異なる事項を主に説明する。本組成物2は、遺伝子組み換えされていないユーグレナ細胞に由来する分子質量が4.0kDa未満であるペプチドを含有する水溶性成分の画分から成るか、又は前記画分を含んで成る組成物である。夾雑物を除去して本ジペプチド化合物の含有率を相対的に高める観点から、本組成物2は、ユーグレナ細胞に由来する脂質、前記細胞に由来する分子質量が4.0kDa以上であるタンパク質、および、前記細胞に由来する分子質量が4.0kDa以上であるポリペプチドを含有していない。本ジペプチド化合物は水溶性であるため、前記細胞に由来する水溶性成分の画分において、前記細胞に由来する分子質量が4.0kDa未満であるペプチドには本ジペプチド化合物が含まれている。このため、本組成物2は、経口摂取によるACE阻害用または血圧上昇抑制用の組成物として活用可能である。
【0064】
本組成物2で原料とするユーグレナ細胞は、ユーグレナ細胞が窒素同化することができる窒素源の存在下で培養され生育されたものであるのが、本ジペプチド化合物を細胞内に多く含蓄しやすい観点から好ましい。なお、ユーグレナ細胞は、亜硝酸レダクターゼ、硝酸レダクターゼ、及びウレアーゼを有しないため、亜硝酸態窒素(NO )、硝酸態窒素(NO )、及び尿素(CO(NH)を窒素同化することができない。一方、ユーグレナ細胞が窒素同化することができる窒素源として例えば、アンモニア態窒素、遊離アミノ酸、ペプチド、及びこれらの塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物が挙げられる。アンモニア態窒素は、アンモニア、及びアンモニウム塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物に含まれているNHやNH の窒素原子である。例えば、七モリブデン酸六アンモニウム四水和物((NHMo24・4HO)の1.0mol当量は、アンモニア態窒素としては6.0mol当量に相当する。アンモニウム塩として例えば、硫酸アンモニウム、リン酸アンモニウム、硝酸アンモニウム、炭酸アンモニウム、又は塩化アンモニウム等が挙げられる。ユーグレナ細胞が本ジペプチド化合物を生成しやすい観点から、窒素源として好ましくは、Arg、及びその塩からなる群より選ばれた化合物と、Asn、及びその塩からなる群より選ばれた化合物との組み合わせが挙げられる。同様の観点から、窒素源として好ましくは、Arg、及びその塩からなる群より選ばれた化合物と、Gln、及びその塩からなる群より選ばれた化合物との組み合わせが挙げられる。同様の観点から、窒素源として更に好ましくは、Arg、及びその塩からなる群より選ばれた化合物と、Asn、及びその塩からなる群より選ばれた化合物と、Gln、及びその塩からなる群より選ばれた化合物との組み合わせが挙げられる。
【0065】
本組成物2において培地で生育したユーグレナ細胞を原料とする場合、このユーグレナ細胞は生育後に加熱されて乾燥した乾燥物でも良いが、望ましくない加熱変性を避ける観点から、生育後に凍結乾燥されて乾燥した乾燥物であるのが好ましい。水分の減少により本ジペプチド化合物の含有率が相対的に高まるため、更にACE阻害作用を発揮しやすい。乾燥により細胞内液が減少したり細胞膜が壊れたりすると、ユーグレナ細胞での代謝が抑えられて本ジペプチド化合物が分解されにくくなり、本組成物2を長期保管しやすくなると考えられる。あるいは、更に代謝による分解を避けて長期保管しやすい観点から、本組成物2における培地で生育したユーグレナ細胞は、生育後に乾燥させられ破砕された細胞(細胞破砕物)であるのが好ましい。または、更に本ジペプチド化合物の含有率を相対的に高める観点から、ユーグレナ細胞は例えば、生育後または破砕後に例えば無極性溶媒により脱脂されたものであるのが好ましい。
【0066】
脂質とは、生物由来で無極性溶媒に可溶な物質である。ユーグレナ細胞に由来する脂質として例えば、n-3系PUFA等が挙げられる。本組成物2においてユーグレナ細胞に由来する脂質は、本ジペプチド化合物の含有率を相対的に高めるために、夾雑物として実質的に除去されている。このため、本組成物2は、ユーグレナ細胞に由来する脂質を含有しない。本明細書において「含有しない」とは、除去すべき成分が分離操作の精度の問題で微量に残存していても、本発明が奏する作用効果の妨げにならない程度の残存量であれば、本発明の内容や本質において問題にならないため許容されることを意味する。本明細書において「本ジペプチド化合物の含有量」に対する「除去すべき成分の含有量(残存量)」の質量比(除去すべき成分の含有量(残存量)/本ジペプチド化合物の含有量)は、例えば0.050未満でも良く、好ましくは0.010未満、更に好ましくは0.0010未満である。
【0067】
例えば、ユーグレナ細胞を油相と水相に分離し、この水相の画分を分子篩にかけることにより得られる、ユーグレナ細胞に由来する脂質や分子質量が4.0kDa以上であるタンパク質やポリペプチドを含有していない、ユーグレナ細胞に由来する分子質量が4.0kDa未満であるペプチドを含有する水溶性成分の画分を、そのまま本組成物2としても良い。つまり、本組成物2は、ユーグレナ細胞に由来する脂質や分子質量が4.0kDa以上であるタンパク質やポリペプチドを含有していないユーグレナ水性抽出物と、薬理学的に許容される親水性溶媒と、から実質的に成る組成物であっても良い。ここでの分子篩として例えば、ゲルろ過クロマトグラフィー等が挙げられる。本組成物2は、本ジペプチド化合物の含有率を相対的に高める観点から、ユーグレナ細胞に由来する分子質量が4.0kDa未満であるペプチドを含有する水溶性成分の画分について、この画分を濃縮して親水性溶媒を実質的に除去することにより得られる濃縮物であるのが好ましく、この濃縮物を本ジペプチド化合物の含有率が更に高まるよう精製した精製物であるのが更に好ましい。本組成物2は、ここで挙げた、ユーグレナ細胞に由来する分子質量が4.0kDa未満であるペプチドを含有する水溶性成分の画分、濃縮物、又は精製物と、薬理学的に許容される1種以上の公知の添加剤または1種以上の公知の食品素材と、が混合されている食品組成物であるのも好ましい。
【0068】
夾雑物を除去して本ジペプチド化合物の含有率を相対的に高める観点から、上記した精製物は、例えばゲルろ過クロマトグラフィー等の分子篩で精製されたことにより、ユーグレナ細胞に由来する分子量が1,000以上であるタンパク質やポリペプチドやオリゴペプチドを含有しない組成物であるのが好ましく、ユーグレナ細胞に由来する分子量が500以上であるタンパク質やポリペプチドやオリゴペプチドを含有しない組成物であるのが更により好ましい。また、Argよりも強いACE阻害活性を有する本ジペプチド化合物の含有率を相対的に高める観点から、本組成物2は、ユーグレナ細胞に由来する遊離アミノ酸である、Asn、Asp、Gln、Glu、Arg、L-メチオニン、L-システイン、L-ホモシステイン、タウリン、及びこれら遊離アミノ酸の塩を含有しないように精製された組成物であるのが好ましく、これら遊離アミノ酸の例に限らず、遊離アミノ酸およびその塩が実質的に除去された組成物であるのが更に好ましい。
【0069】
その他、本組成物2において、本ジペプチド化合物の含有量、その測定方法、用途、食品組成物としてとり得る形態、又は表示などについて好ましい事項は、本組成物1に関し前述したのと同様である。効率よく製造可能な観点から、本組成物2は、次に説明する、本発明に係る組成物の製造方法の第2実施態様により製造された物であるのが好ましい。
【0070】
<組成物の製造方法の第2実施態様>
以下、本発明に係る組成物の製造方法の第2実施態様(以下「本製法2」という。)の説明に際し、前述した本組成物2との共通事項が多くあり、共通事項の説明を概ね省略して異なる事項を主に説明する。図2に示すように本製法2は、準備工程S21、培養工程S22、収集工程S23、乾燥工程S24、破砕工程S25、除タンパク工程S26、脂質除去工程S27、濃縮工程S28、及び精製工程S29を含み、本組成物2を製造可能な方法である。
【0071】
準備工程S21では、ユーグレナの生細胞を準備する。例えば、屋外で日当たりの良い水たまり等で野生のユーグレナを採取しても良いが、研究機関から実験用のユーグレナ細胞株の提供を受けるのが効率良い。
【0072】
培養工程S22では、ユーグレナ細胞が窒素同化することが可能な窒素源の存在下で、ユーグレナの生細胞を培養し生育させ、細胞数を増やしながらユーグレナ細胞に本ジペプチド化合物を生成させる。培地は、コンタミネーションに対処しやすい観点から例えば寒天斜面培地などの固体培地でも良いが、安価で調製が容易で撹拌しやすくユーグレナ細胞を高密度で培養しやすい観点から、液体培地であるのが好ましい。従来からユーグレナ培養に用いられている液体培地として例えば、次の表1に示すクレイマー・マイヤー培地(以下「CM培地」という。非特許文献5を参照)、表2に示すハットナー培地(非特許文献6を参照)、又は表3に示すコーレン・ハットナー培地(以下「KH培地」という。非特許文献7を参照)等が挙げられる。
【0073】
【表1】
【0074】
【表2】
【0075】
【表3】
【0076】
培養工程S22で用いる培地は、表1から表3に示した組成に類似する組成の培地でも良い。本発明の目的に反しない限り培地には、キレート剤や、pH調整剤が含有されているのが好ましい。例えば、表1から表3で示したEDTA-Na(エチレンジアミン四酢酸二ナトリウム塩)はキレート剤として作用する。リン酸塩やクエン酸はpH調整剤として作用する。ユーグレナ細胞が窒素同化することが可能な窒素源は、例えば、アンモニア、アンモニウム塩、遊離アミノ酸、ペプチド、及びこれらの塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物である。このため培地には、アンモニウム塩、ペプチドを含有する組成物、又はアンモニア水が配合されても良い。ペプチドを含有する組成物として例えば、ペプトン、カザミノ酸、酵母エキス、又はコーンスティープリカー等が挙げられる。
【0077】
培養工程S22では、本ジペプチド化合物を多く含蓄するようにユーグレナ細胞を生育させやすい観点から、培地におけるアンモニア態窒素の含有量が38mmol/L以上であるのが好ましい。同様の観点から、Glu及びその塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物(以下「Glu化合物」という。)の培地における含有量が3.4mmol/L以上であり、アンモニア態窒素の含有量が13mmol/L以上であるのが好ましい。これらの培地は、例えば、表1から表3のいずれかの配合に更にGlu化合物やアンモニウム塩を追加で配合して調製可能である。同様の観点と細胞数を効率よく増やす観点から、アンモニア態窒素の含有量が14mmol/L以上である培地でのGlu化合物の含有量が、好ましくは24mmol/L以上、更に好ましくは40mmol/L以上である。含有量が多すぎて細胞数の増加が妨げられるのを避ける観点では、培地におけるアンモニア態窒素の含有量は、好ましくは1.0mol/L以下、更に好ましくは100mmol/L以下である。同様に細胞数の増加が妨げられるのを避ける観点から、培地におけるGlu化合物の含有量は、好ましくは1.0mol/L以下、更に好ましくは100mmol/L以下である。
【0078】
培養工程S22では、従来からユーグレナの細胞数を増やす目的で行われている培養方法により、ユーグレナ細胞を生育させることができる。例えば、培養容器を厚手の黒布で覆い、培地を暗黒下に保ってユーグレナ細胞を生育させても良い。または、培地に光を照射する明期と、培地を暗黒下に保つ暗期と、を含む明暗周期を設けてユーグレナ細胞を生育させても良い。培養工程S22では、光合成で得られる栄養素によりユーグレナ細胞を生育させて細胞数を効率よく増やす観点から、培地に光を照射し続けてユーグレナ細胞を生育させるのが好ましい。培養温度は、例えば20℃以上かつ34℃未満であり、良好に生育させる観点から28℃以上かつ30℃以下であるのが好ましい。同様の観点から培地に照射する光の強さは、2,000lux以上かつ8,000lux以下であるのが好ましい。同様の観点から例えば、スターラーにより培地を攪拌しながら培養するのが好ましく、振とう機により培地を1分間に80回以上かつ120回以下で振とうしながら培養するのも好ましい。同様の観点から、除菌フィルターを通した空気、又は二酸化炭素を1質量%以上かつ5質量%以下含有する空気を、培地に通気させるのが好ましい。培地の初発pHは、例えば2.0以上かつ7.0以下であり、細胞数を効率よく増やす観点から3.0以上かつ5.0以下が好ましい。初発pHを調整するために培地に少量の希硫酸を添加しても良い。例えば、これら好ましい培養条件によりKH培地に光を照射し続けてユーグレナ細胞を生育させた場合には、培養開始より2日から3日で対数増殖期に至り、4日から5日で定常期に達することがある。
【0079】
本製法1の説明で前述した酵素反応工程S12(図1)と比べて、図2に示す本製法2の培養工程S22では、ユーグレナ細胞がアンモニウム塩を代謝してArgを生成可能である(非特許文献1と非特許文献2を参照)ため、培地の組成としてArg又はその塩が必須でないという利点がある。なお、Asnには脱アミド化されAspに変換されやすい問題があり、同様にGlnにもGluに変換されやすい問題がある。一方、ユーグレナ細胞は、各々、AspからAsnを生成可能であり、GluからGlnを生成可能である。このため、培養工程S22では、培地の組成としてAsn、Gln、又はこれらの塩が必須でないという利点がある。また、培養工程S22では、ユーグレナ細胞が窒素源を取り込んで細胞内で窒素化合物の密度を高めるという天然の濃縮器の役割を果たすため、培地に含有される窒素源の濃度が薄くても本組成物2を製造可能な観点からも好ましい。培養工程S22、例えば食品製造の副産物として生じた産業廃棄物であっても、アンモニウム塩、アミノ酸、ペプチド、及びこれらの塩からなる群より選ばれた1種以上の窒素化合物を含有していれば窒素源として使用可能であるため、産業廃棄物を再資源化させやすい観点や本組成物2の製造コストを低減化可能な観点からも好ましい。
【0080】
収集工程S23では、次の乾燥行程S24で処理効率を高めるために、培養期間の終了後に、培地で生育したユーグレナ細胞を収集し、この細胞の密度が高められた収集物を得る。例えば、培地を加熱濃縮して培地における細胞の密度を高めても良いが、望ましくない加熱変性を避けて短時間で効率よく収集する観点から、培地を遠心分離し形成される沈殿物(細胞のペレット)を採取するのが好ましい。例えば、培地を300mLずつチューブに分注し、約4℃で2,000×G程度の遠心力をかけ、チューブ内底に形成されるペレットを採取する。「G」は標準重力加速度(9.80665m/s)である。
【0081】
乾燥工程S24では、後の工程(S25からS27等)での処理効率を高め、ユーグレナ細胞内で本ジペプチド化合物が代謝により分解されるのを避けるために、この細胞の収集物(例えば、濃縮された培地、又は細胞のペレット)を乾燥させ、乾燥させられたたユーグレナ細胞を含有する乾燥物を得る。収集物を加熱乾燥させても良いが、望ましくない加熱変性を避ける観点から収集物を凍結乾燥させるのが好ましい。
【0082】
破砕工程S25では、後の行程(S26やS27等)で脂質等を除去しやすくするために、乾燥物に含有されるユーグレナ細胞を破砕し、破砕されたユーグレナ細胞を含有する破砕処理物を得る。このためには、細胞からタンパク質を抽出する目的で行われる公知の細胞破砕法を採り得る。例えば、浸透圧ショック法、酵素消化法、超音波処理、フレンチプレス、乳棒による粉砕、ホモジナイザーによる破砕、及びガラスビーズによる破砕からなる群より選ばれた1種または2種以上を組み合わせた細胞破砕法が挙げられる。破砕時の望ましくない変性を避ける観点から、乾燥物を少量の緩衝液に懸濁した細胞懸濁液を破砕処理に供するのが好ましい。なお、浸透圧ショック法は、乾燥物を滅菌水などの低張液に懸濁して細胞を破裂させる手法である。酵素消化法は、細胞懸濁液に各種の酵素を添加して細胞を消化する手法である。ただし、本ジペプチド化合物を分解し得るジペプチダーゼを添加するのは、避けるのが好ましい。超音波処理は、超音波のせん断力により細胞を破砕する手法である。フレンチプレスは、高圧下で細胞懸濁液を小孔から強制的に押し出して、せん断力により細胞を破砕する手法である。乳棒による粉砕は、乳棒により乳鉢上で細胞をすり潰す手法である。ホモジナイザーによる破砕は、ホモジナイザーにより細胞懸濁液をホモジナイズして、得られたライセートをろ過または遠心分離して不溶物を除去し、上清を採取する手法である。ガラスビーズによる破砕は、細胞懸濁液にガラスビーズを加えて、冷却しながらボルテックスミキサーにより攪拌する操作を繰り返して、得られたライセートをろ過または遠心分離して不溶物を除去し、上清を採取する手法である。
【0083】
除タンパク工程S26では、夾雑物を除いて本ジペプチド化合物の含有率を相対的に高めるために、破砕処理物に除タンパク処理を施して除タンパク処理物を得る。このためには、破砕処理物からタンパク質を除去する目的で従来から行われている公知の除タンパク処理法を採り得る。例えば、タンパク質変性沈殿法、液体クロマトグラフィーによりタンパク質を分離させて除去する方法、及び限外ろ過からなる群より選ばれた1種または2種以上の組み合わせが挙げられる。分子量が大きいポリペプチドやタンパク質ほど除かれやすく、分子量が小さい本ジペプチド化合物は除タンパク処理物に残存する。
【0084】
除タンパク工程S26でタンパク質変性沈殿法を行う場合には、破砕処理物と沈殿剤を混合し、遠心分離によりタンパク質を沈殿させ、沈殿物(タンパク質)が混入しないように水層を採取して除タンパク処理物として扱う。例えば、破砕処理物1.0質量部と沈殿剤0.2質量部以上かつ4質量部以下を混合して攪拌し、冷所に15分以上静置しタンパク質を析出させ、20,000×G程度の遠心力を15分程度かけてタンパク質を沈殿させ、沈殿物(タンパク質)が混入しないように水層(除タンパク処理物)を採取するのが好ましい。沈殿剤として例えば、エタノール、メタノール、アセトン、アセトニトリル、トリクロロ酢酸、過塩素酸、又はこれらの混合物が挙げられる。除タンパク工程S26で限外ろ過を行う場合には、破砕処理物を、限外分子量が30,000以下である限外ろ過膜に通し、膜を通過したろ液を採取して除タンパク処理物として扱う。限外ろ過膜として例えば、アミコンウルトラ遠心式限外ろ過フィルター(メルク社製、アミコンは登録商標)が挙げられる。タンパク質や分子量が大きいポリペプチドは、膜を通過できず除去される。除タンパク工程S26で液体クロマトグラフィー(例えば、ゲルろ過クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー等)によりタンパク質を分離させる場合には例えば、予備実験として、アミノ酸、ジペプチド、トリペプチド、ポリペプチド、及びタンパク質の標準試料をカラムに通し、クロマトグラムにより各々の標品の保持時間を記録しておく。その上で、カラムを洗浄し、破砕処理物を洗浄後のカラムに通し、アミノ酸、ジペプチド、及びトリペプチドが含有される保持時間の画分を採取して除タンパク処理物として扱う。ポリペプチドやタンパク質が含有される画分を採取しなければ、ポリペプチドやタンパク質は除去される。
【0085】
脂質除去工程S27では、夾雑物を除いて本ジペプチド化合物の含有率を相対的に高めるために、除タンパク処理物から脂質を除去し、ユーグレナ水性抽出物を得る。例えば、除タンパク処理物を遠心分離にかけるか又は冷暗所に静置し、成分を比重ごとに分離させ、形成される脂質層を除去してユーグレナ水性抽出物を得ても良い。または、除タンパク処理物を液体クロマトグラフィー(例えば逆相クロマトグラフィー)の分離カラムに通し、カラムを通過した水溶性成分が含有される画分を採取し、ユーグレナ水性抽出物として扱っても良い。
【0086】
脂質除去工程S27では、簡易迅速に脂質を除去する観点から、除タンパク処理物を極性溶媒と混合するのが好ましい。極性溶媒は、例えばメタノールでも良いが、脂質の混入を避けて効率良く水溶性成分を抽出する観点から、20℃での誘電率が35以上である溶媒が好ましく、例えば、アセトニトリル、ギ酸、水、又はこれらの混合液が挙げられる。除タンパク処理物を極性溶媒と混合する場合、脂質は抽残層(油層)と沈殿物に留まり、水溶性成分は極性溶媒(例えば水)に抽出されため、混合後に形成される極性溶媒の層(例えば水層)を採取してユーグレナ水性抽出物として扱うことができる。または同様の観点から、除タンパク処理物を無極性溶媒と混合するのも好ましい。無極性溶媒は例えば、酢酸エチル、クロロホルム、又はこれらの混合液でも良い。同様の観点から、無極性溶媒は20℃での誘電率が4.5以下である溶媒が好ましく、例えば、ヘキサン、ベンゼン、トルエン、ジエチルエーテル、又はこれらの混合液が挙げられる。除タンパク処理物を無極性溶媒と混合する場合、脂質は無極性溶媒に抽出され、水溶性成分は抽残層(水層)と沈殿物に残存するため、混合後に形成される抽残層(水層)を採取してユーグレナ水性抽出物として扱うことができる。または同様の観点から、除タンパク処理物を極性溶媒および無極性溶媒と混合し、形成される極性溶媒の層(例えば水層)を採取するのも好ましい。脂質除去工程S27で極性溶媒や無極性溶媒を用いる場合には、同様の観点から、除タンパク処理物を乾燥させた後に溶媒と混合するのが好ましく、除タンパク処理物を凍結乾燥させた後に溶媒と混合するのが更に好ましい。極性溶媒の層(例えば水層)を採取する際、無極性溶媒の層(油層)との界面や沈殿物に近接する部分を避けて採取するのが、界面にある両親媒性の成分(例えば、リン脂質、糖脂質)や沈殿物にある不溶性成分をも除去可能な観点から好ましい。
【0087】
濃縮工程S28では、溶媒(例えば水)を除いて本ジペプチド化合物の含有率を相対的に高めるために、ユーグレナ水性抽出物を濃縮して濃縮物を得る。このためにはユーグレナ水性抽出物を加熱乾燥させても良いが、望ましくない加熱変性を避ける観点から、凍結乾燥により濃縮物を得るのが好ましく、遠心濃縮機(遠心エバポレーター)を用いて遠心濃縮により濃縮物を得るのも好ましい。
【0088】
精製工程S29では、夾雑物を除いて本ジペプチド化合物の含有率を相対的に高めるために、濃縮物を精製して精製物を得る。このためには、分子篩(例えば、限外ろ過、又はゲルろ過クロマトグラフィー)、イオン交換クロマトグラフィー、及び吸着クロマトグラフィーからなる群より選ばれた1種または2種以上の組み合わせにより、ユーグレナ細胞に由来する脂質や分子質量が4.0kDa以上であるタンパク質やポリペプチドを除去するのが好ましい。濃縮物から、遊離アミノ酸、オリゴペプチド、ポリペプチド、タンパク質、及びこれらの塩を除去する場合には、濃縮物をゲルろ過クロマトグラフィーのカラムに通して一定の保持時間ごとに分画し、ジペプチドやトリペプチドを含有する保持時間の画分を採取して、精製物として扱うのが好ましい。
【0089】
以上に説明した本製法2において、準備工程S21、培養工程S22、収集工程S23、乾燥工程S24、及び破砕工程S25の組み合わせは、培地で生育して乾燥させられたユーグレナ細胞が破砕された破砕処理物を準備する工程として機能する。除タンパク工程S26と脂質除去工程S27と精製工程S29との組み合わせは、破砕処理物からユーグレナ細胞に由来する脂質と分子質量が4.0kDa以上であるタンパク質およびポリペプチドを除去して、ユーグレナ細胞に由来する分子質量が4.0kDa未満である水溶性成分の画分を得る工程として機能する。精製工程S29で得られた精製物は、本組成物2として扱うことができる。
【0090】
<組成物の第3実施形態>
以下、本発明に係る組成物の第3実施形態(以下「本組成物3」という。)の説明に際し、前述した本形質転換体と本組成物1と本製法1と本組成物2と本製法2との共通事項が多くあり、共通事項の説明を概ね省略して異なる事項を主に説明する。本組成物3は、本形質転換体、本形質転換体が窒素同化することが可能な窒素源を含有する培地で培養された本形質転換体、本形質転換体の乾燥物、および、本形質転換体の細胞破砕物、からなる群より選ばれた1種以上を含有することにより、本ジペプチド化合物を含有する組成物である。本組成物3は、本形質転換体により生成された本ジペプチド化合物を含有するため、経口摂取によるACE阻害用または血圧上昇抑制用の組成物として活用可能である。本形質転換体として例えば、ジペプチド合成酵素をコードする塩基配列を有する本ポリヌクレオチドであって、前記ジペプチド合成酵素をコードする塩基配列が、以下の(d)、(e)、(f)、並びに(g)からなる群:(d)配列番号2に記載された塩基配列から成るポリヌクレオチド;(e)配列番号2に記載された塩基配列に対して90%以上の同一性を有する塩基配列から成るポリヌクレオチド;(f)配列番号2に記載された塩基配列に対して1個以上かつ20個以下の塩基が置換、挿入、欠失、および/または付加された塩基配列から成るポリヌクレオチド;(g)配列番号2に記載された塩基配列と相補的な塩基配列から成るDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチド;より選ばれた1種のポリヌクレオチドの塩基配列を有し、前記ジペプチド合成酵素をコードする塩基配列が、Arg-Asnリガーゼ活性、Arg-Glnリガーゼ活性、Asn-Argリガーゼ活性、及びGln-Argリガーゼ活性からなる群より選ばれた1種以上の酵素活性を有する酵素をコードする塩基配列である本ポリヌクレオチドか又は本ポリヌクレオチドを含む組換えベクターで、微生物が形質転換されている形質転換体が挙げられる。本形質転換体について好ましい事項は、前述したとおりである。
【0091】
本ジペプチド化合物の含有量が多い観点から、本組成物3で原料として用いる本形質転換体は、本形質転換体が窒素同化することが可能な窒素源の存在下で培養されたものが好ましい。窒素同化することが可能な窒素源は、本形質転換体のもとになった宿主の種類によって異なるため、もと宿主の種類に応じて適宜準備する。例えば、ユーグレナとは異なり亜硝酸レダクターゼ、硝酸レダクターゼ、又はウレアーゼを有する微生物に由来する場合の本形質転換体であれば、亜硝酸態窒素、硝酸態窒素、又は尿素を窒素源として利用可能である。窒素源は、原料コストを安く抑える観点では、本形質転換体が窒素同化することが可能な無機態窒素であるのが好ましいが、本形質転換体の元になった宿主の種類を問わず窒素同化することが可能な観点では、遊離アミノ酸、ポリペプチド、及びこれらの塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物であるのが好ましい。同様の観点に加えて、本ジペプチド化合物が生成されやすい観点から、窒素源は、Arg、及びその塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物と、Asn、Gln、及びこれらの塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物と、を含むことが更に好ましい。
【0092】
本組成物3において本形質転換体を乾燥させる手法は、例えば加熱乾燥でも良いが、本ジペプチド化合物などの健康維持に有用な各種の成分が損なわれるのを避ける観点から凍結乾燥が好ましい。本組成物3において本形質転換体に少なくとも乾燥を含む処理が施された処理物は、本ジペプチド化合物が実質的に変性しない程度であれば、更に乾燥以外の処理も施された処理物でも良い。乾燥以外の処理として例えば、加熱、冷凍、加圧、減圧、細胞破砕、及び放射線照射からなる群より選ばれた1種以上の処理が挙げられる。処理物は、本形質転換体に由来する本酵素またはその変性タンパク質が残存しているものでも良い。例えば、本形質転換体またはその乾燥物に対して除タンパク処理または精製が行われていない処理物が挙げられる。
【0093】
本組成物3において本ジペプチド化合物の含有量、その測定方法、用途、食品組成物としてとり得る形態、表示、濃縮、精製、又はユーグレナ等について好ましい事項は、本組成物1や本組成物2に関し前述したのと同様である。本組成物3は、効率よく製造可能な観点から、次に説明する、本発明に係る組成物の製造方法の第3実施態様により製造された物が好ましい。
【0094】
<組成物の製造方法の第3実施態様>
本発明に係る組成物の製造方法の第3実施態様(以下「本製法3」という。)の説明に際し、前述した本製法1と本製法2と本組成物3との共通事項が多くあり、共通事項の説明を概ね省略して異なる事項を主に説明する。図3に示すように本製法3は、準備工程S31と培養工程S32とを含み、本形質転換体を用いて本組成物3を製造可能な方法である。本形質転換体として例えば、ジペプチド合成酵素をコードする塩基配列を有する本ポリヌクレオチドであって、前記ジペプチド合成酵素をコードする塩基配列が、以下の(d)、(e)、(f)、並びに(g)からなる群:(d)配列番号2に記載された塩基配列から成るポリヌクレオチド;(e)配列番号2に記載された塩基配列に対して90%以上の同一性を有する塩基配列から成るポリヌクレオチド;(f)配列番号2に記載された塩基配列に対して1個以上かつ20個以下の塩基が置換、挿入、欠失、および/または付加された塩基配列から成るポリヌクレオチド;(g)配列番号2に記載された塩基配列と相補的な塩基配列から成るDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチド;より選ばれた1種のポリヌクレオチドの塩基配列を有し、前記ジペプチド合成酵素をコードする塩基配列が、Arg-Asnリガーゼ活性、Arg-Glnリガーゼ活性、Asn-Argリガーゼ活性、及びGln-Argリガーゼ活性からなる群より選ばれた1種以上の酵素活性を有する酵素をコードする塩基配列である本ポリヌクレオチドか又は本ポリヌクレオチドを含む組換えベクターで、微生物が形質転換されている形質転換体が挙げられる。本形質転換体について好ましい事項は、前述したとおりである。
【0095】
準備工程S31では、前述した本形質転換体と、本形質転換体が窒素同化することが可能な窒素源を含有する培地とを準備する。本形質転換体はもとになった宿主と同様の条件で培養可能であるため、もとになった宿主の種類に応じて本形質転換体の培養に適した培地を準備するのが良い。例えば、ユーグレナを形質転換させている本形質転換体を準備する場合には、本製法2の説明で前述したCM培地(表1)、ハットナー培地(表2)、KH培地(表3)、又はこれらの培地から配合を一部変更した培地を準備するのが良い。例えば酵母を形質転換させている本形質転換体を準備する場合には、YNB(Yeast Nitrogen Base)培地、YNB培地に炭素源や硫酸アンモニウムを加えたDOB培地、又はDOB培地に各種アミノ酸やアデニン等を加えたSD培地など、一般的に酵母の培養に適した培地を準備しても良い。一般的にSD培地の配合には、Argが含まれている。本ジペプチド化合物を生成しやすい観点から、培地における窒素源は、Arg、及びその塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物と、Asn、Gln、及びこれらの塩からなる群より選ばれた1種以上の化合物と、を含むことが好ましい。
【0096】
本製法3により例えば、本ジペプチドを含有する醤油または味噌などの形態で本組成物3を製造する場合には、準備工程S31において、麹菌を形質転換させた本形質転換体と、培地として膨潤した大豆と米および/または小麦を準備するのが良い。本ジペプチド化合物を含有するチーズ、キムチ、又はナレズシ等の形態で本組成物3を製造する場合には、乳酸菌を形質転換させた本形質転換体と、培地として乳、白菜、又は魚肉を準備するのが良い。本ジペプチド化合物を含有する納豆などの形態で本組成物3を製造する場合には、納豆菌を形質転換させた本形質転換体と、培地として膨潤した大豆を準備するのが良い。本ジペプチド化合物を含有する酢などの形態で本組成物3を製造する場合には、酢酸菌を形質転換させた本形質転換体と、培地として糖化されたもろみを準備するのが良い。本ジペプチド化合物を含有するビールの形態で本組成物3を製造する場合には、ビール酵母(例えばSaccharomyces cerevisiae)を形質転換させた本形質転換体と、培地として5℃程度に冷却された麦汁を準備するのが好ましい。本ジペプチド化合物を含有する日本酒の形態で本組成物3を製造する場合には、Saccharomyces cerevisiaeを形質転換させた本形質転換体と、培地としてもろみを準備するのが好ましい。本ジペプチド化合物を含有するワイン又はリンゴ酒の形態で本組成物3を製造する場合には、Saccharomyces cerevisiaeを形質転換させた本形質転換体と、培地としてブドウ果汁またはリンゴ果汁を準備するのが好ましい。本ジペプチド化合物を含有するパンの形態で本組成物3を製造する場合には、Saccharomyces cerevisiaeを形質転換させた本形質転換体と、培地として中種を準備するのが好ましい。
【0097】
培養工程S32では、培地の存在下で本形質転換体を培養し、本形質転換体を生育させ細胞数を増加させる過程で本形質転換体に本ジペプチド化合物を生成させる。ユーグレナを形質転換させた本形質転換体を準備した場合、前述した本製法2の培養工程S22(図2)について説明したのと同様に図3に示す培養工程S32を行うのが良い。ユーグレナ以外の微生物を形質転換させた本形質転換体を準備した場合、もとになった宿主を生育させ細胞数を増加させるのに適した培養条件により、雑菌の繁殖を避けつつ本形質転換体を培養する。例えば、麹菌を形質転換させた本形質転換体を準備した場合、培地(大豆、小麦、米など)の存在下で、25℃以上かつ35℃以下程度の温度に数日保って培地を発酵させながら培養するのが好ましい。例えば、納豆菌を形質転換させた本形質転換体を準備した場合、培地(膨潤した大豆)の存在下で、38℃以上かつ42℃以下程度の温度に約1日保って培地を発酵させながら培養するのが好ましい。例えば、ビール酵母(Saccharomyces cerevisiae)を形質転換させた本形質転換体を準備した場合、培地(麦汁)の存在下で液温を0℃以上かつ6℃以下程度の温度に7日以上かつ数十日以下保って培地を発酵させながら内容するのが好ましい。例えば、本ジペプチド化合物を含有するワインの形態で本組成物3を製造する場合、Saccharomyces cerevisiaeを形質転換させた本形質転換体を、培地(ブドウ果汁)の存在下で10℃以上かつ30℃以下程度の温度で培養するのが好ましい。
【0098】
本製法3において培養工程S32での培養期間を済ませた培地(以下「培養済培地」という。)には、生育され細胞数を増した本形質転換体が含有されている。この培養済培地そのものを、本組成物3として扱っても良い。培養済培地に含有される多数の本形質転換体は、培養期間中に窒素源を代謝し本ジペプチド化合物を生成して細胞内に含蓄するか又は細胞外に分泌している。このため、培養済培地を経口摂取すれば、体内においてACE阻害作用に起因して血圧上昇が抑制されやすい。
【0099】
ただし、上記した培養済培地そのものでは、食用するには風味の良さや長期保存性などに問題が残されている場合が多い。この問題を解消するため、図示していないが、製造しようとする食品組成物(本組成物3)の形態に応じて、本ジペプチド化合物が損なわれない程度であれば、培養済培地を食用に適するように更に加工するのが好ましい。例えば本組成物3を味噌として製造する場合、培養済培地(豆麹)に塩水を混合して桶に詰める等して長期熟成させるのが、味噌として風味や保存性が良い観点から好ましい。例えば本組成物3を納豆として製造する場合、培養済培地(発酵した大豆)を冷蔵して熟成させるのが、納豆として風味や保存性が良い観点から好ましい。例えば本組成物3を酢またはワインとして製造する場合、培養済培地(発酵したもろみ又はブドウ果汁)を熟成させるのが、酢またはワインとして風味や保存性が良い観点から好ましい。例えば本組成物3を日本酒として製造する場合、培養済培地(発酵したもろみ)を圧搾して酒粕を分離したり腐敗防止のために加熱殺菌したりするのが、日本酒として風味や保存性が良い観点から好ましい。
【0100】
また、培養工程S32で得られる培養済培地そのものでは、培地由来の成分の含有率が多いため、生成された本ジペプチド化合物の含有率が相対的にあまり多くないという問題もある。また、例えばユーグレナを形質転換させた本形質転換体を前述した本製法2での培養工程S22(図2)のように培養した場合、風味などの観点から培地由来の成分が食用に適さない。このような場合、培地由来の成分を夾雑物として除去するのが、本ジペプチド化合物の含有率を相対的に高めてACE阻害作用を更に発揮させやすい本組成物3を製造可能な観点から好ましい。この観点から、培養済培地に対して更に、前述した本製法2で説明した図2に示す収集工程S23、乾燥工程S5、破砕工程S25、除タンパク工程S26、脂質除去工程S27、濃縮工程S28、及び精製工程S29からなる群より選ばれた1種以上の工程に相当する加工処理を施すのが更に好ましく、ここで挙げた加工処理の数が多くなるほど更により好ましい。同様の観点に加えて精製コストを抑える観点では、例えば、本ジペプチド化合物の含有量が0.10mg/L以上かつ500g/L以下になるように培養済培地を濃縮または精製するのも好ましく、この場合に更に好ましい含有量については本組成物1の説明で前述したのと同様である。
【0101】
一方、例えば、ユーグレナ細胞にはパラミロンが含蓄され、酵母にはレジスタントプロテインが含有される等、もとになった宿主の種類次第で本形質転換体には本ジペプチド化合物以外にも健康維持に有用な様々な機能性成分が含蓄され得る。このような機能性成分が損なわれるのを避ける観点では、培養工程32で得られる培養済培地に対して更なる加工処理を施す場合に、図2に示す除タンパク工程S26、脂質除去工程S27、及び精製工程S29からなる群より選ばれた1種以上の工程に相当する加工処理を施すのを避けるのが好ましい。例えば、培養工程32で得られる培養済培地に対して、除タンパク工程S26を避けつつ更なる加工処理を行うことにより、前述した本酵素を含む1種以上のジペプチド合成酵素またはその変性タンパク質を含有するように本組成物3を調製するのも好ましい。
【0102】
<組成物の製造方法のその他の実施態様>
本発明に係る組成物の製造方法は、本発明の目的に反しない限り、図2に示す本製法2または図3に示す本製法3を、以下に例示するように変更した態様でも良い。準備工程(S21又はS31)で既に本ジペプチド化合物を多く含蓄しているユーグレナ細胞または本形質転換体を大量に準備可能な場合には、工程を簡略化させる観点から、培養工程(S22又はS32)を省略できる。この場合には、既に乾燥させられたユーグレナ細胞もしくは本形質転換体、又は既に脱脂されたユーグレナ細胞もしくは本形質転換体を準備するのでも良く、細胞が死んでいても良い。準備工程(S21又はS31)で既に本ジペプチド化合物を多く含蓄しているユーグレナ細胞または本形質転換体を高密度で含有する乾燥物または懸濁液を大量に準備可能な場合には、培養工程(S22又はS32)だけでなく、収集工程S23と乾燥工程S24も省略できる。
【0103】
培養工程(S22又はS32)で培養中に水分が蒸発して細胞の密度が高い培地を得られた場合、収集工程S23を省略しても良い。本製法2では、破砕工程S25、除タンパク工程S26、脂質除去工程S27、及び濃縮工程S28の各工程で処理の効率が悪化しても問題ない場合、工程を簡略化させる観点から、収集工程S23と乾燥工程S24を省略しても良い。培養工程(S22又はS32)で用いた培地が少量(例えば1.0L以下)である場合、収集工程S23と乾燥工程S24をまとめて行なうことができる。培養済培地を加熱により乾固させても良いが、望ましくない加熱変性を避ける観点から、培養後の培地を凍結乾燥するのが好ましく、培養後の培地を遠心濃縮するのも好ましい。
【0104】
破砕工程S25では、次の除タンパク工程S26の効率を高める観点から、破砕処理物を濃縮してから除タンパク工程S26に供するのが好ましい。このためには、破砕処理物を遠心分離して形成される下層を採取するか、破砕処理物を凍結乾燥するか、又は破砕処理物を遠心濃縮する等の手法が例示される。同様の観点から、除タンパク工程S21では、除タンパク処理物を濃縮して次の脂質除去工程S27に供するのが好ましい。あるいは、破砕工程S25と脂質除去工程S27をまとめて工程を簡略化させる観点から、ユーグレナ細胞を含有する乾燥物または細胞懸濁液を無極性溶媒と混合し、形成される抽残層(水層)を採取するのが好ましい。ユーグレナは微小な単細胞生物であり、細胞を乾燥させたときに細胞膜などが幾らか壊れるため、乾燥したユーグレナ細胞を無極性溶媒と混合すれば、この細胞から時間をかけて脂質を除去可能である。この場合、採取した抽残層(水層)に除タンパク処理を施すのが好ましい。または、除タンパク工程S26と脂質除去工程S27をまとめて工程を簡略化させる観点では、破砕されたユーグレナ細胞を含有する破砕処理物と、タンパク質沈殿剤として機能する極性溶媒とを混合し、形成される抽出層(極性溶媒の層または水層)を採取するのも好ましい。もしくは、破砕工程S25、除タンパク工程S26、及び脂質除去工程S27をまとめて工程を更に簡略化させる観点から、ユーグレナ細胞を含有する乾燥物または細胞懸濁液と、タンパク質沈殿剤として機能する極性溶媒とを混合し、形成される抽出層(極性溶媒の層または水層)を採取するのも好ましい。タンパク質沈殿剤として機能する極性溶媒として、例えばアセトニトリル水溶液が挙げられる。もしくは、乾燥したユーグレナ細胞を含有する乾燥物から脂質を除去し、得られる水溶液に除タンパク処理を施し、得られる除タンパク処理物をユーグレナ水性抽出物(本組成物2)として扱っても良い。
【0105】
精製工程S29で除タンパク処理を行う場合には、除タンパク工程S26を省略しても良い。本組成物2において、本ジペプチド化合物の含有率が少なくても問題ない場合や、本ジペプチド化合物以外に夾雑物が多く含有されても問題ない場合には、図2に示す除タンパク工程S26、濃縮工程S27、及び精製工程S29からなる群より選ばれた1つ以上の工程を省略しても良い。この場合には、脂質除去工程S27で採取された水溶液そのものを、ユーグレナ水性抽出物(本組成物2)として扱うことができる。本製法2では、夾雑物を除いて本ジペプチド化合物の含有率を相対的に高める観点から、ユーグレナ細胞の収集物を無極性溶媒と混合して幾らか脱脂された細胞を乾燥工程S24に供しても良い。同様の観点から、乾燥したユーグレナ細胞を含有する乾燥物を無極性溶媒と混合して、幾らか脱脂された細胞を含んで成る組成物を得ても良い。
【0106】
本組成物1、本組成物2、又は本組成物3を加工食品として製造する場合には、図1に示す本製法1、図2に示す本製法2、又は図3に示す本製法3において、さらに、薬理学的に許容される公知の添加剤または公知の食品素材を混合するのが好ましい。
【0107】
本発明は、その趣旨を逸脱しない範囲で当業者の知識に基づいて種々なる改良、修正、若しくは変形を加えた形態または態様でも実施可能であり、同一の作用効果が生じる範囲内でいずれかの発明特定事項を他の技術に置換した形態または態様で実施しても良い。以下、実施例などを示して本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に制限されるものではない。
【実施例
【0108】
<ユーグレナ細胞に含蓄されたジペプチドの分析>
本発明者らは、大阪府立大学の食品代謝栄養学研究室から、この研究室で管理されている実験用のユーグレナ・グラシリス細胞株の提供を受けた。このユーグレナ細胞を培養して生育させるために、実験例1に係る培地として、前述したKH培地(表3)150mLをフラスコ内で調製した。また、実験例1に係る培地(KH培地)と比べて、次の表4に示すように遊離のGlu、硫安((NHSO)、及び燐安((NHHPO)を多く配合された他は、同じ組成である実験例2に係る培地および実験例3に係る培地を各々150mLずつ別個のフラスコ内で調製した。
【0109】
【表4】
【0110】
実験例1から実験例3の各々に係る培地について、フラスコの口部に綿栓を詰め、オートクレーブにより2気圧、121℃で15分間かけて加圧滅菌した。滅菌した培地をクリーンベンチ内に置いて培地が冷えてから、雑菌が混入しないように、培地ごとに1.0×10個以上かつ3.0×10個以下程度のユーグレナ細胞が含有されるように細胞の懸濁液を少量添加した。28℃以上かつ30℃以下に保たれた培養室内で、細胞を添加された培地を振とう機により80rpm程度で振とうしながら、この培地に5,000lux程度の強さの光を照射し続けて、7日間かけて細胞を培養して生育させた。
【0111】
培養後の実験例1から実験例3の各々に係る培地を、凍結乾燥機により凍結乾燥させ、凍結乾燥物を得た。凍結乾燥物200mgをチューブ内で80質量%アセトニトリル水溶液5.0mLに懸濁させて、細胞懸濁液を調製した。チューブごと細胞懸濁液を氷冷しながら、超音波破砕機(株式会社トミー精工製、型名:UR-21P)により細胞懸濁液に超音波の振動を10秒間加える処理を3回繰り返し、細胞の破砕処理液を得た。遠心分離機により破砕処理液に4℃で6,000×Gの遠心力を10分間かけ、遠心分離により形成された上清を約5mL採取した。この上清が200μL以下になるまで遠心濃縮機(株式会社トミー精工製、型名:CC-105)により遠心濃縮し、濃縮物を得た。
【0112】
上記した濃縮物から本ジペプチド化合物の含有率が高まるように精製するために、カラム平衡化バッファーとして100mmol/Lの塩酸を調製した。このバッファーを固相抽出カラム(Waters Corporation製、Oasis(登録商標) MCX Column)に注入し平衡化させた。実験例1から実験例3の各々に係る濃縮物を、100mmol/Lの塩酸800μLと混合し、得られた混合液を平衡化されたカラムに注入した。さらに、メタノールを注入してカラム内を洗浄した後、アンモニアを500mmol/L含有するメタノールを注入してカラムから溶出された水溶液を採取した。採取した水溶液を遠心濃縮により乾固させることにより、精製物を得た。
【0113】
LC/MS(液体クロマトグラフィー質量分析)やLC/MS/MS(タンデム四重極質量分析計を用いた液体クロマトグラフィー質量分析)を行うために、LC-MS/MS(Waters Corporation製、LCの型番:Alliance e 2965、MS/MSの型番:Xevo TQD)を準備した。実験例1から実験例3の各々に係る精製物を2.0質量%モノフルオロ酢酸水溶液に溶解させ、LC/MS用の試料とした。また、標準試料として、Gln-ArgとArg-Glnを各々1.0μmol/Lずつ含有するか、又はAsn-ArgとArg-Asnを各々1.0μmol/Lずつ含有する、2.0質量%モノフルオロ酢酸水溶液を調製した。移動相Aとして、ギ酸を0.1質量%含有するアセトニトリル溶液を調製した。移動相Bとして、ギ酸アンモニウムを100mmol/L含有する水溶液を調製した。アミノ酸分析用カラム(インタクト株式会社製、Intrada Amino Acid、内径2.0mm×カラム長50mm)のカラム温度を40℃に保ち、このカラムにLC/MS用の試料および標準試料のいずれか20μLを注入し、更に移動相A及び移動相Bを次の表5に示すように濃度勾配を制御してこのカラムに流速0.3mL/分で送液して各成分を分離させることにより、LC/MS又はLC/MS/MSを行った。
【0114】
【表5】
【0115】
LC/MSにより標準試料(Gln-ArgとArg-Gln)から得られたトータルイオンクロマトグラムでは、図4に示すように、保持時間6.49分でGln-Argに由来するピークが認められ、保持時間6.88分でArg-Glnに由来するピークが認められた。また、Gln-ArgやArg-GlnをLC/MS/MSにかけると、分子内に有するアルギニン残基に由来して、HNC(:NH)NHCH イオンが生じる。このプロダクトイオンの質量電荷比は、約70である。このため、図5に示すm/z=70での選択イオンモニタリングのクロマトグラムにおいても、同様の保持時間において、Gln-Argに由来するピークと、Arg-Glnに由来するピークが認められた。
【0116】
図5に示すように、実験例1から実験例3の各々に係る試料では保持時間6.88分前後で大きなピークが認められたため、いずれの試料もArg-Glnを多く含有していることが示唆された。図5の保持時間6.49分前後において、実験例1及び実験例2ではピークが認められなかったが、実験例3では微小なピークが認められた。このため、実験例1や実験例2と比べて、実験例3に係る試料ではGln-Argが検出可能な程度に多く含有されていることが示された。図5に示すように、実験例1ではGln-ArgやArg-Gln以外のペプチドに由来する微小なピークが多数認められたことに対し、実験例2及び実験例3で同様のピークはほとんど認められなかった。前述した表3や表4も考慮すると、実験例1に係る培地(KH培地)と比べて実験例3に係る培地では、Glu化合物やアンモニア態窒素の含有量が多いことに起因して、培地で生育したユーグレナ細胞においてArgがArg-GlnやGln-Argの形態で含蓄されやすいものと考えられる。
【0117】
MassLynx質量分析(MS)用ソフトウェア(Waters Corporation製、version 4.1)により、図5に示すクロマトグラムからノイズを除き、図6に示すクロマトグラムを得た。図6での標準試料でArg-Gln由来ピークの面積が1.0μmol/L相当であることに基づき、実験例1から実験例3の各々に係る試料においてArg-Gln由来ピークの面積から各々の試料におけるArg-Glnの含有量を算出した。
【0118】
【表6】
【0119】
表6に示すように、実験例2と実験例3の各々に係る試料では、実験例1に係る試料と比べてArg-Glnの含有量が8倍を超えて多かった。このため、実験例1に係る培地(KH培地)で生育し乾燥されたユーグレナ細胞と比べて、実験例2に係る培地又は実験例3に係る培地で生育し乾燥されたユーグレナ細胞でArg-Glnが多く含有されていることが示唆された。KH培地よりもGlu化合物やアンモニア態窒素の含有量が多い培地でユーグレナ細胞が生育したことに起因し、この細胞内でGlu化合物やアンモニア態窒素からArg-Glnが多く生合成されたものと考えられる。
【0120】
標準試料(Asn-ArgとArg-Asn)からLC/MSにより得られたトータルイオンクロマトグラムでは、図7に示すように、保持時間6.15分でAsn-Argに起因するピークが認められ、保持時間6.79分でArg-Asnに起因するピークが認められた。このAsn-Argに起因するピークは、実験例1に係る試料では認められたが、実験例2及び実験例3に係る試料では認められなかった。また、このArg-Asnに起因するピークは、実験例2に係る試料では認められたが、実験例1及び実験例3に係る試料では認められなかった。このため、Asn-ArgやArg-Asnは、ユーグレナ細胞を生育させる培地の組成によって、含蓄されやすい場合と含蓄されにくい場合があるものと考えられる。
【0121】
<アミノ酸とジペプチドの各々が有するACE阻害活性の評価>
ACE阻害活性を有する遊離アミノ酸として、Asn、Asp、Gln、Glu、及びArg(全て協和発酵キリン株式会社製)の各々を準備した。別途、これら5種類の遊離アミノ酸を等質量ずつ混合した混合組成物を調製した。ACE阻害活性測定用の基質溶液や酵素溶液など一式として、株式会社同仁化学研究所製のACE Kit-WSTを準備した。
【0122】
18mΩのミリQ水に、上記した遊離アミノ酸のいずれか1種または混合組成物を溶解させ、比較試験用の溶液を調製した。ACE Kit-WSTの説明書に記載された測定操作方法に従って、比較試験用の溶液20μL、基質溶液20μL、及び酵素溶液20μLを混合し、混合液60μLを調製した。この混合液において、遊離アミノ酸の含有量が例えば500mg/L、又は1,000mg/Lになるように調製した。ACE阻害物質を含有していない対照群として、比較試験用の溶液の代わりにミリQ水を混合した混合液を調製した。ACEを含有していない対照群として、酵素溶液の代わりにミリQ水を混合した混合液を調製した。これらの混合液の各々を37℃で10分間保ってから、波長450μmの光に対する光学密度(以下「OD450」という。)を測定した。ACE阻害物質を含有していない対照群でのOD450の測定値がACE阻害率0%を示すものとみなし、ACEを含有していない対照群でのOD450の測定値がACE阻害率100%を示すものとみなした上で、OD450の測定結果に基づき混合液の各々でのACE阻害率を算出した。算出結果の平均値を次の表7に示す。
【0123】
【表7】
【0124】
また、GenScript社のペプチド合成受託サービスに依頼し、Arg-Gln、Gln-Arg、Arg-Asn、及びAsn-Argを準備した。これらのジペプチドは、遊離のArgとAsp、又は遊離のArg及びGlnを原料とし、ペプチド合成により調製された。これらのジペプチドの各々によるACE阻害率を測定するにあたり、混合液において、Arg-Gln、Gln-Arg、Arg-Asn、及びAsn-Argのいずれか1種のジペプチドが0.12mg/L、0.62mg/L、3.1mg/L、15mg/L、又は77mg/Lのいずれかの濃度で含有されるようにした他は、前述した遊離アミノ酸でのACE阻害率の測定と同様の手法により測定してACE阻害率を算出した。算出した平均値を、図8と次の表8に示す。
【0125】
【表8】
【0126】
図8と表8に示すように、4種類のジペプチドのいずれか1種を含有する混合液において、ジペプチドの含有量が多いほどACE阻害率の値が大きくなった。表7と表8を比較すると、遊離アミノ酸よりもジペプチドの方が、少量でもACE阻害率の値が高い。この実験結果から本発明者らは、Arg-Gln、Gln-Arg、Arg-Asn、及びAsn-Argの各々が、Arg等の遊離アミノ酸よりも強いACE阻害活性を有するジペプチドであることを発見した。表8に示すように、ジペプチドの含有量が3.1mg/Lから77mg/Lである混合液でのACE阻害率の値が大きいため、「N.D.」と記載した部分について再実験を行えば、小さい値ながらもACE阻害活性を有する実験データを得られると考えられる。
【0127】
<ユーグレナ水性成分を含んで成る組成物の試作>
前述した実験例1と同様に、ユーグレナ・グラシリスの細胞株の提供を受けた。ユーグレナを培養して生育させるために、実験例4に係る培地として、前述したCM培地(表1)から組成の一部を変更し、次の表9に示す組成の培地150mLをフラスコ内で調製した。また、実験例4に係る培地(表9)と比べて、表10に示すようにGluまたは燐安((NHHPO)の含有量が多いことを除けば、同じ組成である実験例5から実験例10の各々に係る培地を150mLずつ別個のフラスコ内で調製した。
【0128】
【表9】
【0129】
【表10】
【0130】
前述した実験例1と同様に、実験例4から実験例10の各々に係る培地を加圧滅菌し冷えてからユーグレナ細胞の懸濁液を添加し、振とうしながら光を照射して7日間かけて培養することにより細胞を生育させた。培養期間の終了時に、各々の培地を攪拌し少量を採取し、血球計算盤上に滴下し、液滴上にカバーガラスを貼り付けた。顕微鏡で観察し、血球計算盤上における1.0mm×1.0mmの区画内に存する細胞数を数え、次の数式1により培地1.0mLあたりのユーグレナ細胞数を算出した。
【0131】
【数1】
:培地1.0mLあたりの細胞数
:1.0mmあたりに存する細胞数の平均値
10:1.0mmに対する容量の変換値
【0132】
培養後の実験例4から実験例10の各々に係る培地をチューブに分注し、遠心分離機により4℃で2,000×Gの遠心力をかけた。遠心分離により形成された細胞のペレットを採取し、このペレットを少量のトリス塩酸緩衝液に懸濁させることにより、ユーグレナ細胞を高密度で含有する細胞懸濁液を得た。この細胞懸濁液と超音波破砕機の発振棒をビーカーに入れ、ビーカーを氷冷しながら20kHzの振動を繰り返し加え、ユーグレナ細胞の破砕処理液を得た。この破砕処理液を新たなチューブ内に移して4℃で6,000×Gの遠心力をかけ、形成された上清を回収した。この上清とトリクロロ酢酸を混合し、4℃で6,000×Gの遠心力をかけてタンパク質を沈殿させ、除タンパク処理された上清を得た。この上清とジエチルエーテルを混合し、上清に含有されている脂質をジエチルエーテルに抽出させた。形成されたジエチルエーテルの層を除去し、形成された水層を採取した。この水層を凍結乾燥機により乾燥させ、実験例4から実験例10の各々に係る凍結乾燥物(ユーグレナ水性成分を含んで成る組成物)を得た。これらの凍結乾燥物の各々の総質量を量った。
【0133】
<試作した組成物におけるACE阻害活性の評価>
実験例4から実験例10の各々について上記した凍結乾燥物のうちの200μgを採取し、pH5.0である酢酸緩衝液20μLに溶解させ、更に0.5質量%ニンヒドリン試液40μLと混合した。凍結乾燥物と酢酸緩衝液とニンヒドリン試液の混合液を、沸騰湯浴中で15分間熱してから、室温(20℃前後)で30分間放置して冷やした。30分放置した混合液に、50体積%エタノール水溶液260μLを混合して、得られた溶液について分光光度計により波長595μmの光に対する光学密度(OD595)を測定した。遊離のArgの標品による検量線に基づいて(このことを以下「Arg換算」という。)、各々の実験例に係る凍結乾燥物でのアミノ酸の絶対量(遊離アミノ酸とペプチド構成アミノ酸との合計量)を算出した。
【0134】
別途、実験例4から実験例10の各々に係る凍結乾燥物の一部を採取し、ミリQ水と混合することにより、ACE阻害活性を測定するための試料溶液を調製した。前述したACE Kit-WSTを用い、その説明書に記載された測定操作の方法に従い、試料溶液20μL、基質溶液20μL、及び酵素溶液20μLを混合した。この混合により、Arg換算でのアミノ酸の絶対量が45mg/Lとなるように、実験例4から実験例10の各々に係る凍結乾燥物のいずれかを含有する混合液60μLを調製した。この混合液を37℃で10分間保ってからOD450を測定し、前述したようにACE阻害率を算出した。算出結果の平均値を次の表11に示す。
【0135】
【表11】
【0136】
表11に示すように、実験例4から実験例10のいずれも、「アミノ酸の絶対量が45mg/Lである混合液でのACE阻害率」の値が38%以上であった。前述した表7および表8に示したACE阻害率の値も考慮すると、実験例4から実験例10の各々に係る凍結乾燥物は、Argを遊離アミノ酸というよりも本ジペプチド化合物の形態で多量に含有しているものと推察される。また、表11に示す実験例4から実験例7の比較により、「培地におけるアンモニア態窒素の含有量」が増すほど「7日間培養した培地1.0mLあたりに存するユーグレナ細胞数」が減少することが示された。一方、実験例4や実験例5と比較して、実験例6や実験例7では、「培地におけるアンモニア態窒素の含有量」が増すほど「アミノ酸の絶対量が45mg/Lである混合液でのACE阻害率」の値が大きくなった。このため、培地におけるアンモニア態窒素の含有量が38mmol/L以上であると、アンモニア態窒素の含有量が増すほど細胞数が増えにくくなるが、個々の細胞で本ジペプチド化合物が多量に含蓄されやすくなるものと考えられる。
【0137】
表11に示す実験例4や、実験例8から実験例10の比較により、培地におけるアンモニア態窒素の含有量が15.1mmol/Lである場合に、培地におけるGluの含有量が多くなる程、「7日間培養した培地1.0mLあたりに存するユーグレナ細胞数」が増し、「アミノ酸の絶対量が45mg/Lである混合液でのACE阻害率」の値が大きくなることが示された。また、実験例4から実験例7と比べて、実験例8と実験例10では、「凍結乾燥物1,000mgあたりの原料となったユーグレナ細胞数」が多かった。このため、培地におけるアンモニア態窒素の含有量が15.1mmol/Lである場合には、培地におけるGluの含有量が多くなると細胞数が増加しやすくなることにより、凍結乾燥物に本ジペプチド化合物が多く集められたものと推察される。
【0138】
<動物実験>
本発明に係る組成物を経口摂取し発揮されるACE阻害作用等について、検証する動物実験を行うこととした。動物実験に供する組成物(実験例11に係る凍結乾燥物)を試作するために、ゲルろ過クロマトグラフィー用担体としてGEヘルスケア・ジャパン株式会社製のSephadex G-10を準備し、直径1.5cm×長さ15cmのカラムに充填した。Sephadex G-10の排除限界は、700Daである。排除限界は、カラム内を通される分子が固定相(担体)に捕捉されて分画され得る分子量の上限値である。このため、Sephadex G-10は、本ジペプチド化合物のように分子量が比較的に小さいペプチドを分画するのに適した担体である。予備実験として、約20℃の室温下において、Gln-ArgとGluとArgを含有する溶液をSephadex G-10充填カラムに通し、Gln-Argを含有するがGluやArgを実質的に含有しない画分がカラムから流出した保持時間を調べた。また、前述した実験例1と同様に、ユーグレナ・グラシリス細胞株の提供を受けた。前述したKH培地(表3)から組成の一部を変更し、次の表12に示す組成である実験例11に係る培地150mLをフラスコ内で調製した。
【0139】
【表12】
【0140】
上記した実験例11に係る培地を用いた他は前述した実験例1と同様にして、ユーグレナ細胞を培養し生育させ、培養後の培地を凍結乾燥させ、細胞懸濁液を調製し超音波破砕にかけ、破砕処理液を得た。この破砕処理液を約20℃の室温下においてSephadex G-10充填カラムに注入し分画し、前述した予備実験で本ジペプチド化合物が流出したのと同じ保持時間にカラムから流出した画分を得た。ここで得られた画分は、ユーグレナ細胞に由来する脂質、タンパク質、遊離アミノ酸及びその塩、並びに分子量が比較的に大きいポリペプチドやオリゴペプチドを実質的に含有しておらず、本ジペプチド化合物の含有率が高まるように精製されたユーグレナ水性抽出物を含有する溶液である。この画分を凍結乾燥させ、実験例11に係る凍結乾燥物を得た。実験例11に係る凍結乾燥物におけるアミノ酸の絶対量(遊離アミノ酸とペプチド構成アミノ酸との合計量)を、前述した実験例4から実験例10と同様にして測定した。その上で、実験例11に係る凍結乾燥物を、アミノ酸の絶対量が2.0mg/Lとなるように生理食塩水と混合し、試料水を調製した。
【0141】
日本チャールス・リバー株式会社から、SPF(Specific Pathogen Free)化された12週齢の雄性SHR/NCrlCrljラット(以下「SHRラット」という。)を12匹購入した。SHRラットは、加齢に伴い高血圧を自然発症する系統の実験動物である。動物実験は、アメリカ国立衛生研究所の「動物実験の管理と使用に関する指針」に従って実施した。20℃以上かつ26℃以下で相対湿度50%RH以上かつ70%RH以下に保たれた飼育室内で、12匹のSHRラットを6匹の対照群ラットと6匹の実験群ラットに分け、次の表13に示す配合の飼料(以下「飼育用飼料」という。)を自由に摂取させ6日間かけて予備飼育してから、12時間にわたり絶食させた。
【0142】
【表13】
【0143】
非観血法によるラット用血圧計(株式会社ソフトロン製、型番:BP-98A-L)を準備した。前述した12時間の絶食を済ませた時点を実験開始時とし、この時点で飼育室内の雰囲気下でラット用血圧計を用い、尾の付け根部分での収縮期血圧(SBP)と拡張期血圧(DBP)を測定した。実験開始時に血圧を測定してから、対照群ラットには生理食塩水と飼育用飼料を自由に摂取させ、実験群ラットには前述した試料水と飼育用飼料を自由に摂取させ、それぞれ飼育室内で7週間にわたり飼育した。予備飼育やその後の飼育中に、いずれのラットでも外観や体重増加に異常は見当たらなかった。対照群ラットでの生理食塩水の摂取量と実験群ラットでの試料水の摂取量について、ラットごとに個体差が若干見られたが、対照群ラット6匹での平均値と実験群ラット6匹での平均値は同程度であった。同様に、飼育用飼料の摂取量についても個体差が若干見られたが、対照群ラット6匹での平均値と実験群ラット6匹での平均値は同程度であった。実験開始から5週、6週、及び7週経過時に、実験開始時と同様にSBP及びDBPを測定した。7週経過時でSBPとDBPを測定後、尾静脈から採血し、得られた血液を遠心分離して血清を得た。この血清とラット用アンジオテンシンII定量キット(Cloud-Clone Corp. WUHAN社製、型番:KSA005Ra11)を用いて、このキットの説明書に従った測定方法でアンジオテンシンIIの血中濃度を測定した。測定結果を図9(a)、図9(b)、及び次の表14に示す。
【0144】
【表14】
【0145】
図9(a)と表14に示すように、実験開始時でのSBPとDBPに、対照群ラットと実験群ラットで差は実質的に認められなかった。一方、実験開始から5週、6週、及び7週経過時にSBPとDBP共に、対照群ラットよりも実験群ラットの方が低値を示した。6週経過時でのSBPとDBPでは、対照群ラットよりも実験群ラットの方が有意に低い値を示した。図9(b)と表14に示すように、実験開始から7週経過時におけるアンジオテンシンIIの血中濃度で、対照群ラットよりも実験群ラットの方が有意に低い値を示した。これらの結果から、実験例11に係る凍結乾燥物を継続的に経口摂取させた実験群ラットでは、実験開始時からの加齢に伴う血圧上昇が緩やかに抑えられたことが示唆された。この作用は、実験群ラットの体内において実験例11に係る凍結乾燥物に含有される本ジペプチド化合物がACE阻害作用を発揮したことにより、アンジオテンシンIIの生成量が少なく抑えられたことに起因するものと考えられる。この作用機序を考慮すると、実験群11に係る凍結乾燥物は、SHRラットに限らず、ヒトを含む哺乳動物において高血圧の予防用または改善用の食品組成物として適していると考えられる。
【0146】
<形質転換体の作製、及びジペプチドリガーゼの精製>
以下、本発明者らが行った形質転換体の試作とジペプチドリガーゼの精製について説明するにあたり、ユーグレナ細胞からジペプチドリガーゼをコードするポリヌクレオチドを単離する方法と、単離したポリヌクレオチドを含有する組換えベクターを作製する方法と、組換えベクターを微生物に導入して形質転換体を作製する方法と、作製した形質転換体を培養して増殖させる方法と、増殖させた形質転換体から酵素を抽出して精製する方法との各々は、当業者であれば公知の方法を必要に応じて適宜組み合わせて実施可能であるため、詳細な説明を省略する。ここでいう公知の方法として例えば、Molecular Cloning, A Laboratory Manual, Second Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press (1989)、または、Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons Press (1989)等に記載された方法が挙げられる。
【0147】
本発明者らは、BLAST(Basic Local Alignment Search Tool)等のプログラムを用いて塩基配列の相同性検索を行い、ユーグレナ・グラシリスZ株の染色体DNAの塩基配列中から、他種の微生物が有するリガーゼをコードする公知の塩基配列と比べて50%程度の相同性を有する、配列番号2に記載された塩基配列を見出した。相同性検索の結果に基づき、以下に説明するように、ユーグレナ・グラシリスZ株を用いてクローニングを行い、配列番号2に記載された塩基配列(2,955bp)とその上流側のプロモーター配列と下流側のターミネーター配列とを含む塩基配列を有するポリヌクレオチド(2,970bp)を単離し、単離したポリヌクレオチドを大腸菌または酵母に導入することにより、ユーグレナ細胞に由来するジペプチドリガーゼを発現する形質転換体を試作することとした。
【0148】
培養室内でKH培地(前述した表3)の液温を26℃に保ちながら、ユーグレナ・グラシリスのZ株をKH培地で6日間かけて振とう培養した。培養後の培地を遠心分離(1,500rpm、6分間)し、形成された沈殿物として、培養されたユーグレナ細胞を回収した。回収したユーグレナ細胞から、CTAB(hexadecyltrimethylammonium bromide)法(Nucleic Acids Research, volume 8, Issue 19, pp.4321-4325 (1980))により、mRNAを含む総RNAを調製した。調製した総RNAから、タカラバイオ株式会社製のPrimeScriptTM II 1st strand cDNA Synthesis Kitを用いて、ユーグレナ細胞に由来するcDNAライブラリーを作製した。配列番号2に記載された塩基配列とその上流側や下流側にある塩基配列との情報に基づいて、配列番号3に記載された塩基配列から成るセンスプライマーと、配列番号4に記載された塩基配列から成るアンチセンスプライマーと、を設計して準備した。このセンスプライマーとアンチセンスプライマーとを用いてPCR法を行い、ユーグレナ細胞に由来するcDNAライブラリーから、cDNA断片を増幅させたPCR増幅産物を得た。このPCR増幅産物の一部を採取してアガロースゲル電気泳動を行うことにより、PCR増幅産物が約2,970bpであるcDNA断片から実質的に成ることを確認した。確認の後、エタノール沈殿法によりPCR増幅産物を精製し、精製されたcDNA断片を得た。
【0149】
Promega社製のBL21(DE)pLysS Competent Cellsと、タカラバイオ株式会社製の発現ベクターであるpColdTM II DNA(4,392bpである環状プラスミド、本願出願時の説明書URL https://catalog.takara-bio.co.jp/PDFS/3362_DS_j.pdf )と、タカラバイオ株式会社製の発現ベクターであるpColdTM TF DNA(5,769bpである環状プラスミド、本願出願時の説明書URL https://catalog.takara-bio.co.jp/PDFS/3365_DS_j.pdf )とを準備した。pColdTM II DNAとpColdTM TF DNAの各々において、環状プラスミドのマルチクローニングサイトに含まれるNde IサイトとEcoR Iサイトとの間に、精製されたcDNA断片をライゲーションすることにより、配列番号2に記載された塩基配列と、上流側にあるプロモーター配列を含む塩基配列と、下流側にあるターミネーター配列を含む塩基配列と、を含む塩基配列から成るポリヌクレオチドを含有する組換えベクターを2種類作製した。2種類の組換えベクターを各々、大腸菌(E.coli)株であるBL21(DE)pLysS Competent Cellsの細胞内に導入した。2種類の組換えベクターを導入された大腸菌株を、アンピシリンとクロラムフェニコールを含有するLB寒天培地プレート上で培養し、培地プレート上に形成されたホワイトコロニーを採取することで、形質転換した大腸菌株を選択的に採取した。形質転換した大腸菌株に含まれる大腸菌を用いて、アルカリ-SDS法により環状プラスミドDNAを調製した。調製した環状プラスミドDNAについて、制限酵素処理によりそれぞれNde IサイトとEcoR Iサイトとで切断し、アガロースゲル電気泳動により、切り出されたインサートDNAが約2,070bpであることを確認した。Thermo Fisher Scientific社製のABI PRISM(登録商標)3100 Genetic Analyzerを用いることにより、インサートDNAが配列番号2に記載された塩基配列を有することを確認した。このため、試作した大腸菌は、配列番号2に記載された塩基配列から成るポリヌクレオチドを含有する組換えベクターを細胞内に導入されて、形質転換した形質転換体であることが示唆された
【0150】
pColdTM II DNAに、配列番号2に記載された塩基配列と、上流側のプロモーター配列を含む塩基配列と、下流側のターミネーター配列を含む塩基配列と、を含む塩基配列から成るポリヌクレオチドが組み込まれた組換えベクターを鋳型として、PCR法により、配列番号1に記載されたアミノ酸配列とHisタグ配列とから成るポリペプチドをコードする塩基配列(3,081bp)を有するcDNA断片を増幅させた。このPCR法では、タカラバイオ株式会社製のPrimeSTAR(登録商標) Max DNA Polymeraseと、配列番号5に記載された塩基配列から成るセンスプライマーと、配列番号6に記載された塩基配列から成るアンチセンスプライマーとを用いて、このcDNA断片を増幅させたPCR増幅産物を得た。このPCR増幅産物の一部を採取してアガロースゲル電気泳動を行うことにより、PCR増幅産物が約3,081bpであるcDNA断片から実質的に成ることを確認した。確認の後、エタノール沈殿法によりPCR増幅産物を精製することにより、配列番号1に記載されたアミノ酸配列とHisタグ配列とから成るポリペプチドをコードする塩基配列を有するcDNA断片の精製物を得た。
【0151】
Thermo Fisher Scientific社製のpYES2 Yeast Expression Vector(5,856bpである環状プラスミド、本願出願時の説明書URL https://assets.fishersci.com/TFS-Assets/LSG/manuals/pyes2_man.pdf?_ga=2.240319687.539912641.1601619011-1502215192.1601619011 )の断片を、PCR法により増幅させた。このPCR法では、前述したPrimeSTAR(登録商標) Max DNA Polymeraseと、配列番号7に記載された塩基配列から成るセンスプライマーと、配列番号8に記載された塩基配列から成るアンチセンスプライマーとを用いて、pYES2 Yeast Expression Vectorの断片を増幅させたPCR増幅産物を得た。このPCR増幅産物の一部を採取してアガロースゲル電気泳動を行うことにより、PCR増幅産物が約5,896bpであるDNA断片から実質的に成ることを確認した。確認の後、エタノール沈殿法によりPCR増幅産物を精製し、増幅されたpYES2 Yeast Expression Vectorの断片の精製物を得た。
【0152】
タカラバイオ株式会社製のIn-Fusion(登録商標) HD Cloning Kitと、配列番号1に記載されたアミノ酸配列とHisタグ配列とから成るポリペプチドをコードする塩基配列を有するcDNA断片の精製物と、増幅されたpYES2 Yeast Expression Vectorの断片の精製物とを用いて、このcDNA断片がpYES2 Yeast Expression Vectorの断片中に組み込まれた組換えベクターを調製した。この組換えベクターを、SciTrove社製の大腸菌(E.coli)であるCompetent high DH5αの細胞内に導入した。この組換えベクターを導入された大腸菌株を、アンピシリンを含有するLB寒天培地プレート上で培養し、培地プレート上に形成されたホワイトコロニーを採取することで、形質転換した大腸菌株を選択的に採取した。形質転換した大腸菌株に含まれる大腸菌を用いて、アルカリ-SDS法によりプラスミドDNAを調製した。調製したプラスミドDNAについて、前述したABI PRISM(登録商標)3100 Genetic Analyzerにより、配列番号2に記載された塩基配列およびHisタグをコードする塩基配列を含むことを確認した。この確認の後、配列番号1に記載されたアミノ酸配列およびHisタグ配列を含むポリペプチドをコードする塩基配列を有するcDNA断片がpYES2 Yeast Expression Vectorの断片中に組み込まれた組換えベクターを、酵母(Saccharomyces cerevisiae)W303-1A株の細胞内に導入した。この組換えベクターを導入された酵母株を、グルコース含有量が2質量%である固体状のSD培地からウラシルを除かれた配合で調製されたSD(-Ura)培地プレートで培養して、培地プレート上に形成されたホワイトコロニーを採取することで、形質転換した酵母株を選択的に採取した。ここで採取した、形質転換した酵母株が、本形質転換体の説明で前述した酵母株(NITE ABP-03293)である。
【0153】
酵母株(NITE ABP-03293)から一部の酵母を採取して、Hisタグを含むジペプチドリガーゼの発現を誘導させることとした。このためには、まず、一般的に酵母培養に用いられているSD培地の配合からウラシルを除いた配合により、SD(-Ura)培地を調製した。その上で、酵母の炭素源としてのグルコース含有量が、2質量%になるよう調製された3mLのSD(-Ura)液体培地と、0.1質量%になるよう調製された100mLのSD(-Ura)とを準備した。3mLのSD(-Ura)培地の液温を30℃に保ったまま、酵母株(NITE ABP-03293)から採取した一部の酵母を、この培地中で一晩かけて振とう培養した。翌朝、100mLのSD(-Ura)液体培地に、波長600μmの光に対する光学密度(OD600)測定値がOD600=0.12となるように、酵母株を植え継いだ。植え継がれた約100mLのSD(-Ura)液体培地の液温を30℃に保ったまま、OD600=0.6程度になるまで、この培地を振とう培養した。OD600=0.6程度となった約100mLのSD(-Ura)液体培地に、ガラクトースをその終濃度が2質量%となるように添加した後、液温を30℃に保ったまま20時間かけて振とう培養することにより、酵母においてHisタグを有するジペプチドリガーゼの発現を誘導した。
【0154】
その後、遠心分離機により約100mLのSD(-Ura)液体培地を遠心分離(8,000rpm、4℃、10分間)し、形成された沈殿物として酵母を回収した。回収した酵母を、安井器械株式会社製の破砕機であるマルチビーズショッカー(登録商標)で細胞破砕した後、遠心分離(14,000rpm、4℃、10分間)し、形成された上清を採取した。また、Hisタグに対して高い特異的を有するCo2+を用いた固定化金属アフィニティクロマトグラフレジンである、TALON(登録商標) Metal Affinity Resin(タカラバイオ株式会社製)を充填したカラムを準備した。採取した上清をこのカラム内に通液させることにより、上清に含有されているHisタグに結合されたジペプチドリガーゼについて、アフィニティ精製を行った。アフィニティ精製されたジペプチドリガーゼの一部を採取してSDS-PAGE(SDS Poly-Acrylamide Gel Electrophoresis)を行ったところ、図10に示す電気泳動ゲルが得られた。この電気泳動ゲルに示された分子質量マーカーのバンドに基づき作成した検定曲線により、図10に示された精製酵素(つまりアフィニティ精製されたジペプチドリガーゼ)のバンドについて、精製酵素の分子質量は約111kDaと算出された。一方、Hisタグに結合されたジペプチドリガーゼの分子質量は、配列番号1に記載されたアミノ酸配列に基づき計算すると111,222Daと算出されるため、図10に基づき算出された分子質量約111kDaと一致している。このため、配列番号1に記載されたアミノ酸配列を含むポリペプチドの精製物、つまり、酵母株(NITE ABP-03293)に由来するジペプチドリガーゼの精製物を得られたことが、確認された。
【0155】
<ジペプチドリガーゼを用いた、ジペプチドを含有する組成物の試作>
本発明者らは、上記した酵母株(NITE ABP-03293)に由来するジペプチドリガーゼの精製物を用いて、ジペプチドを含有する組成物を試作できるか確認するために、非特許文献8を参考に、非特許文献9に記載されたピルビン酸キナーゼと乳酸デヒドロゲナーゼとのATP/NADH結合システムを応用して実験することを考えた。この実験を行うために、次の表15に示す4種類の反応溶液、つまり、(Arg/Asn)+、(Arg/Asn)-、(Arg/Gln)+、及び(Arg/Gln)-をそれぞれ調製することとした。
【0156】
【表15】
【0157】
表15に示す4種類の反応溶液をそれぞれ調製するために、まず、50mmol/LかつpH7.2のトリス塩酸緩衝液と、10mmol/Lの塩化カリウムと、10mmol/Lの塩化マグネシウムと、5mmol/LのATP(富士フイルム和光純薬株式会社製、製品名:Adenosine 5'-Triphosphate Disodium Salt Trihydrate, Crystallized、型番:018-16911)と、2.5mmol/Lのホスホエノールピルビン酸(Sigma-Aldrich社製、製品名:Phospho(enol)pyruvic acid monopotassium salt、型番:860077-250MG)と、0.8mmol/LのNADH(オリエンタル酵母工業製、製品名:β-Nicotinamide-adenine dinucleotide reduced form、製品番号:44320000)と、30unit/mLのピルビン酸キナーゼ(オリエンタル酵母工業株式会社製、製品名:Pyruvate kinase (from Rabbit muscle)、製品番号:46665002)と、50unit/mLのLDH(オリエンタル酵母工業株式会社製、製品名:L-Lactate Dehydrogenase (recombinant, Rabbit muscle)、製品番号:46776003)とを含有する溶液を調製した。この溶液を用いて、(Arg/Asn)+を調製する際と(Arg/Gln)-を調製する際とではそれぞれArg(富士フイルム和光純薬株式会社製、製品名:L(+)-Arginine、型番:019-04611)とAsn(同社製、製品名:L(+)-Glutamine、型番:019-04812)とを5.0mmol/Lずつ添加し、(Arg/Gln)+を調製する際と(Arg/Gln)-を調製する際とではそれぞれArg(同社製、前記L(+)-Arginine)とGln(同社製、製品名:L(+)-Glutamine、型番:076-00521)とを5.0mmol/Lずつ添加した。酵母株(NITE ABP-03293)に由来するジペプチドリガーゼの精製物を、(Arg/Asn)+を調製する際と(Arg/Gln)+を調製する際とでは同じ量を添加したのに対し、(Arg/Asn)-を調製する際と(Arg/Gln)-を調製する際とでは添加しなかった。
【0158】
分光光度計を用い、(Arg/Asn)+、(Arg/Asn)-、(Arg/Gln)+、及び(Arg/Gln)-の各々の反応溶液を液温26℃に保って、5分間、波長340nmの光に対する光学密度(OD340)を測定した。酵素反応前と比べて、酵素反応後の(Arg/Asn)-と(Arg/Gln)-とではOD340の測定値に変化が見られなかったのに対して、酵素反応後の(Arg/Asn)+と(Arg/Gln)+とではOD340の測定値が大きく減少していた。このため、酵素反応後の(Arg/Asn)+と(Arg/Gln)+とでは、ジペプチドリガーゼによりジペプチドが生成されたことが示唆された。酵母株(NITE ABP-03293)に由来するジペプチドリガーゼが有する酵素活性を、OD340の測定値とNADHのミリモル吸光係数(ε=6.22mmol/L/cm)とに基づき算出したところ、Arg-Asnリガーゼ活性は18.7μmol/min/mg proteinであり、Arg-Glnリガーゼ活性は9.2μmol/min/mg proteinであった。
【0159】
酵素反応後の(Arg/Asn)+、(Arg/Asn)-、(Arg/Gln)+、及び(Arg/Gln)-の各々について、LC-MS/MS(前述したAlliance e 2965とXevo TQD)を用いて、LC/MS/MSによりジペプチド含有量を測定することとした。このために、酵素反応後の(Arg/Asn)+、(Arg/Asn)-、(Arg/Gln)+、又は(Arg/Gln)-のいずれかから採取した溶液200μLを、100mmol/Lの塩酸で10倍希釈し、遠心分離(15,000rpm、4℃、5分間)し、形成された上清を採取した。また、固相抽出カラム(前述したOasis(登録商標) MCX Column)を、100mmol/Lの塩酸で平衡化させた。採取した上清のうち30μLを、平衡化させた固相抽出カラムに注入した。さらに、1mLのメタノールを注入してカラム内を洗浄した後、1mol/Lのアンモニア水をカラムに注入し、カラムから溶出した水溶液を採取した。この採取した水溶液を、遠心濃縮機(前述したCC-105)で遠心濃縮して乾固させた後、2質量%のギ酸水溶液に溶解させ、LC/MS/MS用試料とした。
【0160】
LC/MSやLC/MS/MSを行うためのアミノ酸分析用カラムとして、前述したIntrada Amino Acid(内径2.0mm×カラム長50mm)を準備した。移動相Aとして、ギ酸を0.1質量%含有するアセトニトリル溶液を調製した。移動相Bとして、ギ酸アンモニウムを100mmol/L含有する水溶液を調製した。アミノ酸分析用カラムのカラム温度を40℃に保ち、Arg-Asn、Asn-Arg、Arg-Gln、又はGln-Argのいずれか1種の含有量が1.0μmol/Lとなるように調製された2質量%のギ酸水溶液をカラムに注入し、更に表5で前述したように移動相Aと移動相Bとで濃度勾配を制御してカラムに流速0.3mL/分で送液して、各成分を分離させジペプチドを精製した場合に、精製されたジペプチドの回収率は、Asn-Argで11質量%、Arg-Asnで25質量%、Gln-Argで19質量%、Arg-Glnで31質量%であった。また、LC/MSやLC/MS/MSの標準試料として、Arg-Asn、Asn-Arg、Arg-Gln、又はGln-Argのいずれか1種の含有量が、250μmol/L、62.5μmol/L、15.6μmol/L、又は3.91μmol/Lになるよう調製された、2質量%のギ酸水溶液をそれぞれ準備した。
【0161】
アミノ酸分析用カラム(Intrada Amino Acid)のカラム温度を40℃に保ち、このカラムにLC/MS/MS用試料のいずれか又は標準試料のいずれかを20μL注入し、更に表5で前述したように移動相Aと移動相Bとで濃度勾配を制御してカラムに流速0.3mL/分で送液して、各成分を分離させることにより、LC/MSとLC/MS/MSとを行った。標準試料をアミノ酸分析用カラムに注入した場合には、LC/MSでArg-Asn、Asn-Arg、Arg-Gln、又はGln-Argに由来するピークが生じる保持時間を記録し、LC/MS/MSでこの保持時間においてm/z=70での選択イオンクロマトグラムを得た。この選択イオンクロマトグラムから、前述したMassLynx質量分析(MS)用ソフトウェアによりノイズを除き、ジペプチドごとに分子内に有するアルギニン残基に起因して形成されたピークの面積を計測することにより、ピーク面積に基づく濃度の検量線をジペプチドごとに作成した。酵素反応後の(Arg/Asn)+、(Arg/Asn)-、(Arg/Gln)+、又は(Arg/Gln)-のいずれかから調製したLC/MS/MS用試料をアミノ酸分析用カラムに注入した場合には、標準試料で得られた保持時間と検量線とを用いて、標準試料と同様に、m/z=70での選択イオンクロマトグラムからノイズを除き、ジペプチドごとに分子内に有するアルギニン残基に起因するピークの面積計測値に基づいて、ジペプチドの含有量を計測した。LC/MS/MS用試料について、ジペプチド含有量の計測を5回ずつ行った。5回の計測値それぞれに対して、前述したジペプチド回収率の数値を考慮して補正(Asn-Arg含有量は100/11質量倍、Arg-Asnは100/25質量倍、Gln-Arg含有量は100/19倍、及びArg-Gln含有量は100/31質量倍)した後の平均値を、次の表16と図11に示す。
【0162】
【表16】
【0163】
表16と図11に示すように、酵母株(NITE ABP-03293)に由来するジペプチドリガーゼの精製物を添加した(Arg/Asn)+では、この精製物を添加していない(Arg/Asn)-と比べて、Asn-Argの含有量とArg-Asnの含有量とがそれぞれ有意に高かった(p<0.001)。同様に、この精製物を添加した(Arg/Gln)+では、この精製物を添加していない(Arg/Gln)-と比べて、Gln-Argの含有量とArg-Glnの含有量とがそれぞれ有意に高かった(p<0.001)。このため、酵母株(NITE ABP-03293)に由来するジペプチドリガーゼが、Arg-Asnリガーゼ活性、Arg-Glnリガーゼ活性、Asn-Argリガーゼ活性、及びGln-Argリガーゼ活性からなる群より選ばれた1種以上の酵素活性を有することが示唆された。酵母株(NITE ABP-03293)に由来するジペプチドリガーゼの精製物を添加していないにも関わらず、(Arg/Asn)-で少量のAsn-ArgとArg-Asnとが検出され、(Arg/Gln)-で少量のGln-ArgとArg-Glnとが検出されたのは、(Arg/Asn)-と(Arg/Gln)-との各々の反応溶液中に、ジペプチドリガーゼを介さず遊離アミノ酸同士のペプチド結合を誘発し得る何らかの要因が潜在していたのであろうと考えられる。
【0164】
<形質転換体を用いた、ACE阻害用または血圧上昇抑制用の組成物の試作>
一般的に酵母培養に用いられているSD培地の配合から、ウラシルを除き、Asn含有量が5.0mmol/LとなるようAsnを加えた配合により、SD(-Ura、+Asn)培地を調製した。その上で、グルコース含有量が、2質量%になるよう調製された3mLのSD(-Ura、+Asn)液体培地と、0.1質量%になるよう調製された100mLのSD(-Ura、+Asn)とを準備した。3mLのSD(-Ura、+Asn)培地の液温を30℃に保ったまま、酵母株(NITE ABP-03293)から採取した一部の酵母を、この培地中で一晩かけて振とう培養した。翌朝、100mLのSD(-Ura、+Asn)液体培地に、OD600の測定値が0.12となるように形質転換した酵母を植え継いだ。植え継がれた約100mLのSD(-Ura、+Asn)液体培地を、その液温を30℃に保ったまま、OD600の測定値が0.6程度になるまで振とう培養した。OD600の測定値が0.6程度となった約100mLのSD(-Ura、+Asn)液体培地に、ガラクトースをその終濃度が2質量%となるように添加後、培地の液温を30℃に保って20時間かけて振とう培養することにより、酵母でジペプチドリガーゼの発現を誘導し、Asn-ArgやArg-Asnの生成を促した。その後、約100mLのSD(-Ura、+Asn)液体培地を遠心分離(8,000rpm、4℃、10分間)し、形成された沈殿物を採取した。採取した沈殿物を、破砕機(前述した、マルチビーズショッカー(登録商標))で細胞破砕し、得られた細胞破砕物を遠心分離(14,000rpm、4℃、10分間)し、形成された上清を採取した。採取した上清では、OD340の測定値が低かったため、ジペプチドを多く含有していることが示唆された。
【0165】
上記したように採取した上清のうち200μLを、100mmol/Lの塩酸で10倍希釈し、遠心分離(15,000rpm、4℃、5分間)し、形成された上清のうち30μLを採取し、100mmol/Lの塩酸で平衡化させた固相抽出カラム(前述したOasis(登録商標) MCX Column)に注入した。さらに、1mLのメタノールを注入してカラム内を洗浄した後、1mol/Lのアンモニア水をカラムに注入し、カラムから溶出した水溶液を採取した。採取した水溶液を、遠心濃縮機(前述したCC-105)で遠心濃縮して乾固させた後、2質量%のギ酸水溶液に溶解させ、LC/MS/MS用試料とした。このLC/MS/MS用試料について、前述した表16に示した(Arg/Asn)+や(Arg/Asn)-でAsn-Argの含有量やArg-Asnの含有量を計測した場合と同様に、LC/MSとLC/MS/MSを行った。その結果、固相抽出カラムに注入された30μLの上清において、Asn-Arg含有量は110.9nmol/Lと算出され、Arg-Asn含有量は72.3nmol/Lと算出された。このため、Asn及びArgを含有するSD(-Ura、+Asn)液体培地の存在下で、酵母株(NITE ABP-03293)から採取した一部の酵母を培養することにより、ACE阻害活性を有するAsn-Arg及びArg-Asnを含有する、ACE阻害用または血圧上昇抑制用の組成物を製造可能なことが示唆された。
【0166】
また、SD培地の配合から、ウラシルを除き、Gln含有量が5.0mmol/LとなるようAsnを加えた配合により、SD(-Ura、+Gln)培地を調製した。前述したようにSD(-Ura、+Asn)培地を用いて酵母を培養したりAsn-ArgやArg-Asnの含有量を計測したりした場合と比べて、培地をSD(-Ura、+Gln)培地に変更した他は、同様の条件で、酵母株(NITE ABP-03293)から採取した一部の酵母を培養し、固相抽出カラムに注入する30μLの上清を調製し、LC/MSやLC/MS/MSを行った。その結果、固相抽出カラムに注入された30μLの上清において、Gln-Arg含有量は17.3nmol/Lと算出され、Arg-Gln含有量は246.0nmol/Lと算出された。このため、Gln及びArgを含有するSD(-Ura、+Gln)液体培地の存在下で、酵母株(NITE ABP-03293)から採取した一部の酵母を培養することにより、ACE阻害活性を有するGln-ArgとArg-Glnとを含有する、ACE阻害用または血圧上昇抑制用の組成物を製造可能なことが示唆された。例えば、今後、培地でのArg、Asn、及びGlnの各々の最適な配合量を検討することにより、さらに本ジペプチド化合物の含有量が多い組成物を製造可能になると期待される。
図1
図2
図3
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図5
図6
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図9
図10
図11
【配列表】
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