(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-10
(45)【発行日】2024-10-21
(54)【発明の名称】尿素SCRシステム用ステンレス鋼製溶接部材
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20241011BHJP
C22C 38/28 20060101ALI20241011BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20241011BHJP
C21D 9/46 20060101ALN20241011BHJP
B23K 9/23 20060101ALN20241011BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/28
C22C38/60
C21D9/46 Q
B23K9/23 B
(21)【出願番号】P 2021012192
(22)【出願日】2021-01-28
【審査請求日】2023-09-28
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【氏名又は名称】木村 健治
(72)【発明者】
【氏名】平出 信彦
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-242933(JP,A)
【文献】国際公開第2010/010916(WO,A1)
【文献】特開2010-142843(JP,A)
【文献】特表2015-532681(JP,A)
【文献】国際公開第2016/035241(WO,A1)
【文献】特開2003-231950(JP,A)
【文献】特開平05-111790(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/28
C22C 38/60
C21D 9/46
B23K 9/23
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.020%以下、
N:0.020%以下、
Si:1.00%以下、
Mn:1.00%以下、
P:0.040%以下、
S:0.010%以下、
Cr:20.50~30.50%、及び
Mo:2.20%以下
を含有し、
Ti、Nbの一種又は二種をTi:0.35%以下、Nbを0.60%以下の範囲で含有し、残部がFe及び不可避的不純物である母材、及び溶接金属を備え、
上記母材及び上記溶接金属中のC、N、Ti、Nb、Cr、及びMoの含有量が、(Ti+Nb)/(C+N)≧10.00、Cr-4.2Mo≧17.00質量%を満たす
ことを特徴とする尿素SCRシステム用ステンレス鋼溶接部材。
【請求項2】
前記母材が、Feの一部に代えて、質量%で、Ni:0~0.80%、Cu:0~0.40%、W:0~1.20%、V:0~0.50%、及びCo:0~1.50%のいずれか1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の尿素SCRシステム用ステンレス鋼溶接部材。
【請求項3】
前記母材が、Feの一部に代えて、質量%で、Zr:0~0.50%、Sn:0~0.30%、Sb:0~0.20%、Al:0~0.200%、Ca:0~0.0020%、Mg:0~0.0020%、B:0~0.0050%、REM:0~0.010%、Ga:0~0.0100%、及びTa:0~0.500%のいずれか1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項1又は2に記載の尿素SCRシステム用ステンレス鋼溶接部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乗用車、二輪車、商用車、建設機械、船舶などの排気系部材用や発電プラントにおける排ガス処理設備において、尿素水を窒素酸化物(NOx)の還元剤として用いる尿素SCR(Selective Catalytic Reduction)システムに使用されるステンレス鋼製の溶接部材に関する。
【背景技術】
【0002】
乗用車、二輪車、商用車、建設機械などの排気系部材にはフェライト系ステンレス鋼が多く使用されている。特に、コールドエンドと呼ばれる排気系下流側部材には、耐食性、加工性、溶接性等の観点から、CとNをTiで固定してCrを11%含有するSUH409L鋼、CとNをTiで固定し約17%のCrを含有するSUS430LX、さらにMoを含有させたSUS436J1LやSUS436Lなどが使用されることが多い。
【0003】
近年、地球環境問題の観点から排ガス規制や燃費規制が年々厳しくなっており、自動車メーカ及び部品メーカは多くの対応策を検討し実行してきている。そのなかで、排ガス中に含まれるNOxを低減させるために、尿素の分解生成物であるアンモニアをNOxの還元材として用いる尿素SCRシステムが適用されている。アンモニアよりも安全性の高い尿素を用いるもので、これまではバスやトラックなどの商用車に使用されてきてが、最近では排ガス規制の強化に伴い乗用車や建設機械への適用が進められつつある。
【0004】
一般に尿素SCRシステムは、尿素水溶液を貯蔵し排気系に供給される尿素水タンク、尿素水が噴射される排気管部分及びSCR等の触媒が搭載される排気管部分からなる。このうち、尿素水が噴射される排気系部材には高温の尿素環境下での耐食性が要求される。この部位の排気系部材は通常溶接接合により組み立てられるので溶接部を含めた耐食性が要求される。また、尿素水が噴射される排気系部材は部位によって腐食環境の厳しさが異なる場合があり、その場合には耐食性のレベルが異なる材料を組み合わせて使用されることがあるが、溶接部には高耐食性側の母材と同様の耐食性が求められる。
【0005】
上記のほか、尿素SCRシステム部材においては、高温の尿素環境下での耐食性以外に、内面側における排ガス凝縮水に対する耐食性と外面側おける塩害に対する耐食性が要求される。さらに、疲労特性、高温強度、加工性等を具備している必要があることからSUS436Lが使用されることが多い。
【0006】
このような課題に関して、従来よりいくつかの技術が提示されている。
【0007】
特許文献1では、C:0.05%以下、N:0.05%以下、Si:0.02~1.5%、Cr:10~22、Nb:0.03~1%、S:0.0012%以下を含有し、Cr+4Si-2Mn≧10を満足する尿素水での耐食性に優れたフェライト系ステンレス鋼が開示されている。
【0008】
特許文献2では、C:0.010%以下、N:0.020%以下、Si:0.5%以下、Mn:0.5%以下、Cr:10.0~20.0%、Ti:0.05~0.30%を含み、Al:0.03~0.5%を含有し、表面から20nm以内におけるCr、Si、Al、Ti、Mn及びFeの濃度比の最大値が(Cr+Ti+Al)/(Fe+Si+Mn)>0.35の関係を満足することを特徴とする尿素SCRシステム部品用フェライト系ステンレス鋼板が開示されている。
【0009】
特許文献3では、C:0.03%以下、N:0.009~0.03%、Si:0.2~1%、Mn:0.2~1%、P:0.04%以下、S:0.01%以下、Cu:0.5%以下、Ni:0.5%以下、Cr:15~22%、Mo:2%以下、Ti:0.16~1%、Nb:0.2~1%、Al:0.02~1%、V:0.2%以下、Co:0.2%以下、Sn:0.05%以下、REM:0.1%以下、Zr:0.01%以下、Al+30REM:0.15%以上、1/{Nb+(7/4)Ti-7(C+N)}:3以下を含有し、平均結晶粒径が25~65μmであることを特徴とするフェライト系ステンレス鋼板が開示されており、尿素SCRシステムに使用できることが記載されている。しかしながら、これら特許文献1~3は高温尿素環境下での耐食性は考慮されていない。
【0010】
特許文献4では、C:0.020%以下、N:0.020%以下、Si:0.01~0.50%、Mn:0.01~0.50%、P:0.040%以下、S:0.010%以下、Cu:0.40~0.80%、Ni:0.05~0.6%、Cr:20.5~24.0%、Ti、Nbの1種又は2種をTi:0.01~0.40%、Nb:0.01~0.55%の範囲で含有し、かつTi+Nb×48/93≧8(C+N)を満足することを特徴とする尿素SCR筐体用フェライト系ステンレス鋼板が開示されている。特許文献4は、高温尿素環境下での耐食性向上を課題としているが、実用上必要な溶接部材の耐食性を考慮していない。
【0011】
特許文献5では、C:0.015%以下、N:0.020%以下、Si:0.15~1.00%、Mn:0.50%以下、P:0.04%以下、S:0.01%以下、Cr:20.50~30.50%、Ti:0.03~0.35%等を含有し、かつ0.20<Ni、0.02≦Co及び0.20<Ni+1.2×Coの少なくともいずれかを満足することを特徴とするフェライト系ステンレス鋼が開示されている。特許文献5は、高温尿素環境下での耐食性向上を課題としているが、実用上必要な溶接部材の耐食性を考慮していない。
【0012】
特許文献6では、排気中に尿素水の添加を行い、適正な量のアンモニアをNOx触媒に供給することができる排気浄化装置が開示されている。また、特許文献7では、尿素に由来する硫酸アンモニウム、酸性硫安、シアヌル酸などの副生成物の生成を抑制し、排気通路の腐食や閉塞を防止することができる尿素水噴霧構造が開示されている。両者とも排気管の材質については記載がない。
【0013】
特許文献8では、排ガスを良好に撹拌して還元剤濃度の偏りを解消するとともに、還元触媒上での排ガスの気流分布を均一化し、もって還元触媒の全部位を有効に機能させて良好な浄化性能を発揮させることができる内燃機関の排気浄化装置が開示されている。一例として尿素SCRシステムが挙げられ、その使用材料としてステンレス鋼が記載されているが、ステンレス鋼に関する詳細な記載はない。
【0014】
特許文献9では、アンモニア及び水素を含む排気が通過する、フェライト系ステンレス鋼板からなる排気管の溶接部に、ショットピーニング処理を施すことを特徴とする排気管の耐久性向上方法と排気浄化装置が開示されている。そして排気管に使用されるフェライト系ステンレス鋼の一例としてSUS436Lが開示されているが、フェライト系ステンレス鋼の詳しい化学組成については記載されていない。
【0015】
特許文献10では、温度がより高い尿素水に対しても十分な耐腐食性を有し、かつ耐摩耗性が高い尿素水噴射弁用のステンレス鋼として、C:0.2%以下、Ni:3~11%、Cr:12%以上、HRC硬さが40以上であり、Cr-10C+2Ni≧2.18×10-3t2-1.87×10-1t+9(ここでt:尿素水の最高温度(℃))を満足するステンレス鋼が開示されている。特許文献10は、高温尿素環境下での耐食性向上を課題の一つとしているが、溶接部材の耐食性を考慮していない。
【0016】
特許文献11では、C:0.030%以下、N:0.10~0.20%、Si:1.00%以下、Mn:1.50%以下、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Ni:8.00~9.00%、Cr:26.00~27.50%、Mo:0.50~1.50%からなる尿素合成装置用ステンレス鋼が開示されている。特許文献11は、多量のNi及びMoを含有しており高価である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【文献】特許第5563203号公報
【文献】特許第5684547号公報
【文献】特表2015-532681号公報
【文献】国際公開第2016/035241号
【文献】特開2018-164815号公報
【文献】特開2007-162488号公報
【文献】国際公開第2013/088850号
【文献】特開2008-128093号公報
【文献】国際公開第2013/179435号
【文献】特開2015-197085号公報
【文献】特開平10-226852号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
尿素SCRシステムの搭載がバスやトラックなどの商用車から乗用車及び建設機械に拡がっている。乗用車の場合には尿素水噴射部近傍の排ガス温度は上昇する傾向にあり、建設機械の場合には噴射される尿素水の使用量が増加する傾向にあるため、尿素水噴射部後段の排気系部材には尿素水に対してさらに優れた高い耐食性が求められている。また、尿素水が噴射される排気管は部位によって腐食環境の厳しさが異なる場合があり、その場合には耐食性のレベルが異なる材料を組み合わせて使用されることがあるが、溶接部には高耐食性側の母材と同様の耐食性が求められる。
【0019】
本発明はこうした課題に鑑みて提案されたものであり、尿素SCRシステム用として好適に用いることができるステンレス鋼溶接部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
上記課題を解決することを目的とした本発明の要旨は、以下のとおりである。
【0021】
(1)質量%で、C:0.020%以下、N:0.020%以下、Si:1.00%以下、Mn:1.00%以下、P:0.040%以下、S:0.010%以下、Cr:20.50~30.50%、及びMo:2.20%以下を含有し、Ti、Nbの一種又は二種をTi:0.35%以下、Nbを0.60%以下の範囲で含有し、残部がFe及び不可避的不純物である母材、及び溶接金属を備え、上記母材及び上記溶接金属中のC、N、Ti、Nb、Cr、及びMoの含有量が、(Ti+Nb)/(C+N)≧10.00、Cr-4.2Mo≧17.00質量%を満たすことを特徴とする尿素SCRシステム用ステンレス鋼溶接部材。
【0022】
(2)前記母材が、Feの一部に代えて、質量%で、Ni:0~0.80%、Cu:0~0.40%、W:0~1.20%、V:0~0.50%、及びCo:0~1.50%のいずれか1種又は2種以上を含有することを特徴とする前記(1)の尿素SCRシステム用ステンレス鋼溶接部材。
【0023】
(3)前記母材が、Feの一部に代えて、質量%で、Zr:0~0.50%、Sn:0~0.30%、Sb:0~0.20%、Al:0~0.200%、Ca:0~0.0020%、Mg:0~0.0020%、B:0~0.0050%、REM:0~0.010%、Ga:0~0.0100%、及びTa:0~0.500%のいずれか1種又は2種以上を含有することを特徴とする前記(1)又は(2)の尿素SCRシステム用ステンレス鋼溶接部材。
【0024】
本発明の尿素SCRシステム用ステンレス鋼溶接部材は、乗用車、二輪車、商用車、建設機械、船舶などの尿素SCRシステムに好適である。本発明のステンレス鋼溶接部材は高温尿素環境での耐食性に優れるので、尿素SCRシステム部材の高温化、高寿命化及び薄肉化による軽量化に貢献できる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】
図1は、平均腐食速度と鋼材のCr-4.2Moの関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。
【0027】
はじめに、本発明者らが行った検討内容について説明する。本発明者らは、高温尿素環境での耐食性を検討するにあたり、尿素合成プラント用材料の評価に用いられているヒューイ試験(JIS G0573)を適用した。ヒューイ試験は沸騰硝酸溶液中の浸漬試験であるが、当該環境におけるフェライト系ステンレス鋼の知見は十分でない。そこで本発明者らは、Cr量が11~24%、Mo量が0~2%の範囲で合金元素量の異なるフェライト系ステンレス鋼を対象にヒューイ試験を行った。
【0028】
その結果、当該環境においてはCrが非常に有効であることを知見する一方で、通常耐食性向上に有効なMoが当該環境では有効に作用しないことを知見した。ヒューイ試験は48時間の試験を5回繰り返し各回の腐食速度を求めるが、その平均の腐食速度で評価した。平均腐食速度を鋼材のCr及びMo量に対して整理すると、
図1に示すようにCr-4.2Moとよい対応関係にあり、この値が17.00質量%以上の時に本特許で優れた耐食性を示す基準とした平均腐食速度0.50g・m
-2・h
-1以下となることがわかった。ここで、式中の各元素記号は、各元素の含有量(質量%)を表す。
【0029】
また、当該環境における腐食形態を詳細に観察したところ、粒界腐食を伴う全面的な腐食形態をしており、耐粒界腐食性を確保することが重要であることが確認できた。粒界腐食は、粒界へのCr炭化物の析出及びそれによるCr欠乏層の生成により発生しやすくなるので、Cr炭化物の析出を抑制する必要がある。これには、NbやTiといったC及びNと結合しやすい元素の添加が有効であることから、良好な耐粒界腐食性を確保するには(Ti+Nb)/(C+N)≧10.00とする必要がある。式中の各元素記号は、各元素の含有量(質量%)を表す。溶接部においては、溶接施工時に外部からC及びNが侵入する場合があるので、特に注意が必要である。
【0030】
尿素水が噴射される排気系部材は部位によって腐食環境の厳しさが異なる場合があり、その場合には耐食性のレベルが異なる材料を組み合わせて使用されることがあると述べた。これは、一般に尿素SCRシステム部材として多用されているSUS436L鋼と、SUS436L鋼よりも高い耐食性を有するフェライト系ステンレス鋼を組み合わせて使用することを意味している。そして、こうした両者の溶接接合にはオーステナイト系の溶接材料を用いる場合が多い。
【0031】
SUS436L鋼のCr量は約17%、Mo量は1%であるので、溶接部の耐食性を確保するためには、母材及び溶接金属部がCr-4.2Mo≧17.00質量%及び(Ti+Nb)/(C+N)≧10.00を満足できるようにCr量が高く、かつC量の低い溶接材料を選択する必要があり、例えば、308L系と309L系などが挙げられるが、よりCr量の高い309L系が望ましい。
【0032】
溶接材料の使用有無にかかわらず、溶接施工において外部からC及びNが侵入しないように、かつ母材の希釈率を調整しながら、溶接金属部においてCr-4.2Mo≧17.00質量%及び(Ti+Nb)/(C+N)≧10.00を満足できるようにする必要がある。
【0033】
以下、本発明のステンレス鋼溶接部材の母材における合金元素の作用とその含有量の限定理由について詳述する。%は、特に断らない限り質量%を意味する。
【0034】
(C:0.020%以下)
Cは、耐粒界腐食性、加工性を低下させるため、その含有量を低く抑える必要がある。このため、Cの含有量の上限を0.020%とし、好ましくは0.015%とする。Cは母材に含有される必要はなく、含有量の下限は0である。Cの含有量を過度に低めると、精練コストが上昇するので、Cの含有量の下限を0.002%、又は0.003%としてもよい。
【0035】
(N:0.020%以下)
Nは、耐孔食性に有用な元素であるが、耐粒界腐食性、加工性を低下させるため、その含有量を低く抑える必要がある。このため、Nの含有量の上限を0.020%とし、好ましくは0.018%とする。Nは母材に含有される必要はなく、含有量の下限は0である。Nの含有量を過度に低めることは、精練コストを上昇させるので、Nの含有量の下限を0.002%、又は0.003%としてもよい。
【0036】
(Si:1.00%以下)
Siは必須の元素ではなく、含有量の下限は0であるが、耐酸化性向上に有効であり、高温での尿素耐食性を向上させる作用を有するので、必要に応じて母材に含有させてもよい。高温での尿素耐食性を向上の効果を得るためにはため0.05%以上含有させることが好ましく、0.10%以上がより好ましく、0.15%以上がさらに好ましい。しかしながら、過剰の添加は加工性及び靭性を低下させるのでSiの含有量の上限を1.00%とする。Siの上限は好ましくは0.95%、より好ましくは0.90%、さらに好ましくは0.85%である。
【0037】
(Mn:1.00%以下)
Mnは耐食性を劣化させるので、Mnの含有量の上限は1.00%とし、好ましくは0.90%である。Mnは母材に含有される必要はなく、含有量の下限は0である。Mnの含有量を極度に低めることはコストアップにつながるので、Mnの含有量の下限を0.03%、又は0.05%としてもよい。
【0038】
(P:0.040%以下)
Pは加工性、溶接性を劣化させる元素であるため、Pの含有量の上限は0.040%とする。好ましくは0.035%以下である。Pの含有量の下限は0である。
【0039】
(S:0.010%以下)
Sは耐食性を劣化させる元素であるため、Sの含有量の上限は0.010%とする。好ましくは0.003%以下、より好ましくは0.002%以下である。Sの含有量の下限は0である。
【0040】
(Cr:20.50%以上、30.50%以下)
Crは高温での尿素耐食性を確保する上でもっとも基本的でかつ重要な元素であるため、Cr含有量の下限を20.50%とする必要がある。好ましくは22.00%以上、より好ましくは22.50%以上、さらに好ましくは23.00%以上である。一方、Crの含有量を増加させるほど耐食性を向上させることができるが、Crの過剰な添加は加工性、製造性を低下させる。このため、Crの含有量を30.50%以下とし、好ましくは30.00%以下、より好ましくは29.50%以下、さらに好ましくは29.00%以下とする。
【0041】
(Mo:2.20%以下)
Moは、一般の耐食性を向上させるのに有効ではあるが、高温尿素環境では有効に作用しない。Moの過剰の添加は加工性を低下させるとともに高価なためコストアップにもつながる。したがって、Mo含有量は2.20%以下とし、2.00%以下であることが好ましく、より好ましくは1.80%以下であり、さらに好ましくは1.60%以下である。一方、耐食性向上のために含有させる場合には0.20%以上とすることが好ましい。Moを含有させる場合には、前述のとおり、Cr量との関係でMo量が限定される。Moの含有は必須ではなく、含有量の下限は0である。
【0042】
(Ti:0.35%以下)
TiはC、Nを炭窒化物として固定して粒界腐食を抑制する作用を有する。また、Sを硫化物又は炭硫化物として固定して耐食性を向上させる作用を有する。このため含有させる場合には、下限を0.03%とすることが好ましく、より好ましくは0.05%、さらに好ましくは0.07%である。過剰の添加は加工性、製造性に悪影響を及ぼすため、上限を0.35%とする。好ましくは0.32%、より好ましくは0.30%である。Tiは必須の元素ではなく、含有量の下限は0である。
【0043】
(Nb:0.60%以下)
Nbは、Tiと同様、C、Nを炭窒化物として固定して粒界腐食を抑制する作用を有する。また、高温強度を向上させる効果を有するため、含有させる場合には0.03%以上とすることが好ましい。より好ましくは0.05%以上、さらに好ましくは0.07%以上である。過剰の添加は加工性に悪影響を及ぼすため、上限を0.60%として含有させることが望ましい。より好ましくは0.55%、さらに好ましくは0.50%である。Nbは必須の元素ではなく、含有量の下限は0である。
【0044】
ただし、Ti、Nbの含有量は、C、Nの含有量との関係で、以下の関係を満たす必要がある。
【0045】
((Ti+Nb)/(C+N)≧10.00)
前述のとおり、耐粒界腐食性を確保するために、母材部及び溶接金属部両方において(Ti+Nb)/(C+N)≧10.00を満足する必要がある。(Ti+Nb)/(C+N)の値が10.00を下回ると、粒界でのCr炭化物の析出とCr欠乏層の生成が起こり、粒界腐食感受性が高まる。特に、高温尿素環境ではCrは非常に耐食性に有効な元素なので、Cr欠乏層の生成は避ける必要がある。(Ti+Nb)/(C+N)の値が大きいほど耐粒界腐食性は向上するが、過剰の場合にはコストアップにつながるので(Ti+Nb)/(C+N)は50.00以下が好ましい。
【0046】
(Cr-4.2Mo≧17.00質量%)
前述のとおり、Cr-4.2Moの値は高温尿素耐食性において重要な指標である。高温での尿素耐食性を確保するためにはCr-4.2Moの値を17.00質量%以上とする必要があり、好ましくは18.00質量%以上、より好ましくは19.00質量%以上である。
【0047】
母材の化学成分の残部は、Fe及び不可避的不純物である。本発明のステンレス鋼においては、さらに、Feの一部に代えて、Ni、Cu、W、V、Coのうちいずれか一種又は二種以上を含有できる。
【0048】
(Ni:0~0.80%)
Niは、高温尿素耐食性を向上させる元素のひとつである。Niの含有は必須ではなく、含有量の下限は0である。高温尿素耐食性向上の効果は少量の含有でも得られるが、確実に効果を得るためには0.15%以上含有させることが好ましい。さらに0.20%以上含有させることが好ましく、0.25%以上含有させることがより好ましい。しかし、Niの過剰の添加はコストアップにつながるため、0.80%以下の範囲で含有させることが好ましい。より好ましくは0.70%以下、さらに好ましくは0.60%以下である。
【0049】
(Cu:0~0.40%)
Cuは、一般に耐食性を向上させるのに有効な元素である。Cuの含有は必須ではなく、含有量の下限は0である。過剰に添加すると高温尿素環境における耐食性に対して有効に作用しなくなるので、耐食性を向上させる効果は少量の含有でも得られるが、確実に効果を得るためには0.40%以下の範囲で含有させることができる。望ましくは0.35%以下、さらに望ましくは0.30%以下である。一方、含有させる場合には0.10%以上とすることが好ましい。
【0050】
(W:0~1.20%)
Wは、耐食性を向上させる元素のひとつである。Wの含有は必須ではなく、含有量の下限は0である。耐食性向上の効果は少量の含有でも得られるが、確実に効果を得るためには0.20%以上含有させることが好ましい。0.30%以上含有させることが好ましい。Wの過剰の添加は、加工性を劣化させるとともに高価であるためコストアップにつながる。このため、Wの含有量は1.20%以下であることが好ましく、1.00%以下であることはより好ましい。
【0051】
(V:0~0.50%)
Vは、耐食性を向上させる元素のひとつである。Vの含有は必須ではなく、含有量の下限は0である。耐食性向上の効果は少量の含有でも得られるが、確実に効果を得るためには0.05%以上含有させることが好ましい。また、0.10%以上含有させることが好ましい。しかし、Vの過剰の添加は、加工性を劣化させるとともに、高価であるためコストアップにつながる。このため、Vの含有量は0.50%以下であることが好ましく、0.45%以下であることがより好ましい。
【0052】
(Co:0~1.50%)
Coは、高温尿素耐食性を向上させる元素のひとつである。また、二次加工性と靭性を向上させる作用もある。Coの含有は必須ではなく、含有量の下限は0である。高温尿素耐食性の向上、二次加工性と靭性の向上の効果は少量の含有でも得られるが、確実に効果を得るためにはCoは0.02%以上含有させることが好ましい。さらに0.05%以上含有させることが好ましく、0.08%以上含有させることがより好ましい。しかし、Coの過剰の添加はコストアップにつながるため、1.50%以下の範囲で含有させることが好ましい。より好ましくは1.20%以下、さらに好ましくは1.00%以下である。
【0053】
本発明のステンレス鋼においては、さらに、Feの一部に代えて、Zr、Sn、Sb、Al、Ca、Mg、B、REM、Ga、Taのうちいずれか一種又は二種以上を含有できる。
【0054】
(Zr:0~0.50%)
Zrは、耐食性、特に耐粒界腐食性を向上させる元素である。Zrの含有は必須ではなく、含有量の下限は0である。耐粒界腐食性向上の効果は少量の含有でも得られるが、確実に効果を得るためには0.03%以上含有させることが好ましい。0.05%以上含有させることがより好ましい。Zrの過剰の添加は、加工性を劣化させるとともに、高価であるためコストアップにつながる。このため、Zrの含有量は0.50%以下であることが好ましく、0.40%以下であることがより好ましい。
【0055】
(Sn:0~0.30%)
Snは、耐食性を向上させる元素である。Snの含有は必須ではなく、含有量の下限は0である。耐食性向上の効果は少量の含有でも得られるが、確実に効果を得るためには0.01%以上含有させることが好ましい。0.03%以上含有させることがより好ましい。Snの過剰な添加は加工性や製造性を劣化させる。このため、Snの含有量は0.30%以下であることが好ましく、0.25%以下であることがより好ましい。
【0056】
(Sb:0~0.20%)
Sbは、耐食性を向上させる元素である。Sbの含有は必須ではなく、含有量の下限は0である。耐食性向上の効果は少量の含有でも得られるが、確実に効果を得るためには0.01%以上含有させることが好ましい。0.03%以上含有させることがより好ましい。しかし、Sbの過剰の添加は加工性及び製造性を低下させる。このため、Sbの含有量は0.20%以下であることが好ましく、0.15%以下であることがより好ましい。
【0057】
(Al:0~0.200%以下)
Alは、脱酸元素として有用な元素である。脱酸後の鋼にAlが含有される必要はなく、また、脱酸はCa等でも行えるので、含有量の下限は0である。Alを脱酸に用いた場合、含有量を極度に低めることはコストアップにつながるので、0.002%、又は0.004%を下限としてもよい。Alの過剰の添加は靭性、製造性を劣化させる。このため、Alの含有量は0.200%以下であることが好ましく、0.150%以下とすることがより好ましい。
【0058】
(Ca:0~0.0020%)
Caは、脱酸効果等を有するので精練上有用な元素である。脱酸後の鋼にCaが含有される必要はなく、また、脱酸はAl等でも行えるので、含有量の下限は0である。Caを脱酸に用いた場合、含有量を極度に低めることはコストアップにつながるので、0.0002%、又は0.0004%を下限としてもよい。Caは硫化物を形成して耐食性を劣化させるため、Caの含有量は0.0020%以下とすることが好ましく、0.0015%以下とすることがより好ましい。
【0059】
(Mg:0~0.0020%)
Mgは、脱酸効果等を有するので精練上有用な元素であり、組織を微細化し加工性や靭性の向上にも効果がある。Mgの含有は必須ではなく、含有量の下限は0である。加工性や靭性の向上の効果は少量の含有でも得られるが、確実に効果を得るためには0.0002%以上含有させることが好ましく、0.0005%以上含有させることがより好ましい。しかし過剰の添加は耐食性を劣化させるため、Mgの含有量は0.0020%以下とすることが好ましく、0.0015%以下とすることがより好ましい。
【0060】
(B:0~0.0050%)
Bは、加工性、特に二次加工性を向上させる元素である。Bの含有は必須ではなく、含有量の下限は0である。加工性、特に二次加工性を向上させる効果は少量の含有でも得られるが、確実に効果を得るためには0.0002%以上含有させることが好ましい。また、0.0003%以上含有させることがより好ましい。Bの過剰の添加は耐粒界腐食性を低下させるため、Bの含有量は、0.0050%以下であることが好ましく、0.0030%以下であることがより好ましい。
【0061】
(REM:0~0.010%)
REMは、Sc、Y、及び、例えば、La、Ce、Pr、Nd等の原子番号57~71に帰属する元素の合計である。REMは、脱酸効果等を有するので精練上有用な元素である。脱酸後の鋼にREMが含有される必要はなく、含有量の下限は0である。REMを脱酸用いた場合、含有量を極度に低めることはコストアップにつながるので、0.001%、0.002%を下限としてもよい。過剰の添加はコストアップにつながるため、REM含有量は、0.010%以下とすることが好ましい。より好ましくは0.008%以下である。
【0062】
(Ga:0~0.0100%)
Gaは、安定な硫化物を形成して耐食性を向上させるとともに耐水素脆化性も向上させる元素である。Gaは必須の元素ではなく、含有量の下限は0である。耐食性、耐水素脆化性の向上の効果は少量の含有でも得られるが、確実に効果を得るためには0.0002%以上含有させることが好ましい。より好ましくは0.0004%以上である。しかし、過剰な添加はコストアップにつながるため、Ga含有量は0.0100%以下とすることが好ましい。より好ましくは0.0050%以下である。
【0063】
(Ta:0~0.500%)
Taは、耐食性を向上させる元素である。Taは必須の元素ではなく、含有量の下限は0である。耐食性向上の効果は少量の含有でも得られるが、確実に効果を得るためには0.010%以上含有させることが好ましい。また、0.050%以上含有させることがより好ましく、0.100%以上含有させることはさらに好ましい。過剰の添加は靭性を低下させるとともにコストアップにつながる。そのため、Ta含有量は0.500%以下とすることが好ましく、0.400%以下であることがより好ましい。
【0064】
本発明のステンレス鋼母材は、フェライト系ステンレス鋼を製造する一般的な方法により製造される。例えば、転炉又は電気炉で上記の化学組成を有する溶鋼とし、AOD炉やVOD炉などで精練して、連続鋳造法又は造塊法で鋼片とした後、熱間圧延-熱延板の焼鈍-酸洗-冷間圧延-仕上焼鈍-酸洗の工程を経て製造される。必要に応じて、熱延板の焼鈍を省略してもよいし、冷間圧延-仕上焼鈍-酸洗を繰り返し行ってもよい。
【0065】
また、本発明のステンレス鋼を素材として電気抵抗溶接、TIG溶接、レーザー溶接などの通常の排気系部材用ステンレス鋼管の製造方法によって溶接管を製造することができる。
【0066】
上記の方法で製造されたステンレス鋼の鋼板又は鋼管を素材として溶接部材を作製する。一般には溶接施工用に素材端部を加工したり、必要な形状に成形加工後溶接施工が行われる。溶接方法として電気抵抗溶接、TIG溶接、レーザー溶接などが挙げられる。
【実施例】
【0067】
実施例に基づいて、本発明をより詳細に説明する。
【0068】
表1-1~1-2に示す組成のステンレス鋼を180kg真空溶解炉で溶製し、45kg鋼塊に鋳造した後、熱延-熱延板焼鈍-ショット-冷延-仕上焼鈍-酸洗の工程を経て板厚2mmの冷延鋼板を作製した。熱延板は、素材厚み:50mm、加熱温度:1200℃で板厚5mmまで圧延し空冷することにより作製した。熱延板焼鈍及び仕上焼鈍条件は850~1050℃×1分、空冷とした。
【0069】
このように作製した板厚2mmの冷延鋼板と、板厚2mmのSUS436L冷延鋼板とをTIG溶接により突合せ溶接した。溶接材料にはYS309Lを用いた。溶接後、成分分析用に溶接金属部を切り出すとともに、溶接金属部とSUS436Lとの境界部を切断して冷延鋼板母材と溶接金属部を含む溶接部材を腐食試験に供した。
【0070】
<溶接金属部の成分分析>
溶接金属部は表面の溶接金属と母材との境界を基準として板厚方向に垂直に切断して、全面を機械研磨して溶接時のスケールを除いたものを溶接金属として成分分析をした。溶接金属部のC量を燃焼-赤外線吸収法、N量を熱伝導法、Cr、Mo、Ti及びNb量をICP発光分光分析法により求めた。
【0071】
<硝酸腐食試験>
上記溶接部材より、試験片中の溶接長さが20mmとなるように、20mm×40mmの腐食試験片を2枚ずつ切り出し、全面を#320までエメリー紙により湿式研磨した。
【0072】
腐食試験は、JIS G0573に準拠して行った。溶液には65%硝酸を用い、沸騰状態で試験を行った。1回48hの試験を5回繰り返し、各回終了後に秤量して試験前後の質量変化から腐食速度(g・m-2・h-1)を求めた。そして、得られた5回分の腐食速度の平均値で評価した。
【0073】
【0074】
【0075】
【0076】
溶接金属部の成分分析結果と硝酸腐食試験における腐食速度を表2に示す。ここで、腐食速度は試験片それぞれ2枚の平均値である。なお、No.3、No.16について、作製した冷延鋼板はTiを含有しないが、作製した冷延鋼板と溶接したSUS436LにTiが含まれるため、溶接金属にはTiが含有された。
【0077】
表2に示すように、発明例1~19は、平均腐食速度が0.50g・m-2・h-1以下と耐食性に優れる結果が得られた。母材のCr含有量並びに母材及び溶接金属のCr-4.2Moの値が本発明を満足しない比較例20及び21、母材及び溶接金属の(Ti+Nb)/(C+N)≧10.00を満足しない比較例22、母材のCr-4.2Moの値が本発明を満足しない比較例23、母材のCr含有量及び溶接金属部におけるCr-4.2Moの値を満足しない比較例24、溶接金属部におけるCr-4.2Moの値を満足しない比較例25、溶接金属部における(Ti+Nb)/(C+N)≧10.00を満足しない比較例26は、腐食速度が0.50g・m-2・h-1を超え耐食性に劣る結果となった。
【産業上の利用可能性】
【0078】
本発明のフェライト系ステンレス鋼は、乗用車、二輪車、商用車、建設機械などの排気系に使用される尿素SCRシステムの溶接部材として好適である。また、発電プラント等において尿素水を窒素酸化物(NOx)の還元剤として用いる排ガス処理設備の溶接部材としても好適である。