(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-10
(45)【発行日】2024-10-21
(54)【発明の名称】がんの診断
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/26 20060101AFI20241011BHJP
C12M 1/34 20060101ALI20241011BHJP
G01N 33/497 20060101ALI20241011BHJP
A61K 49/00 20060101ALN20241011BHJP
【FI】
C12Q1/26
C12M1/34
G01N33/497 A
A61K49/00
(21)【出願番号】P 2021536423
(86)(22)【出願日】2019-09-04
(86)【国際出願番号】 GB2019052468
(87)【国際公開番号】W WO2020049300
(87)【国際公開日】2020-03-12
【審査請求日】2022-06-17
(32)【優先日】2018-09-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】GB
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】521092373
【氏名又は名称】アウルストーン・メディカル・リミテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100108453
【氏名又は名称】村山 靖彦
(74)【代理人】
【識別番号】100110364
【氏名又は名称】実広 信哉
(74)【代理人】
【識別番号】100133400
【氏名又は名称】阿部 達彦
(72)【発明者】
【氏名】マックス・オールスワース
(72)【発明者】
【氏名】エドアルド・ガウデ
(72)【発明者】
【氏名】マルク・ファン・デル・シェー
【審査官】太田 雄三
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-215123(JP,A)
【文献】特表2008-513026(JP,A)
【文献】国際公開第2018/009939(WO,A1)
【文献】MAGAZINE OF EUROPEAN MEDICAL ONCOLOGY (MEMO),オーストリア,2010年10月,Vol. 3, No. 3,p. 106-112,https://dx.doi.org/10.1007/s12254-010-0219-2
【文献】CHEMICO-BIOLOGICAL INTERACTIONS,IR,2014年10月07日,Vol. 234,p. 236-246,https://doi.org/10.1016/j.cbi.2014.09.024
【文献】JOURNAL OF BREATH RESEARCH,2019年05月17日,Vol. 13, No. 3,P032001(1-13),https://doi.org/10.1088/1752-7163/ab1789
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00
C12M 1/00
G01N 33/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルド-ケトレダクターゼ(AKR)の活性を、対象の呼気試料中の前記酵素の外因性基質の濃度を測定すること及び/又は前記基質の代謝物の濃度を測定することにより評価する工程を含む、肺がんの検
出のための方法
であって、前記アルド-ケトレダクターゼがAKR1B10又はAKR1B15であり、前記基質又は代謝物の濃度に基づいて試験対象値を確立する工程を含み、前記試験対象値が1つ又は複数の参照値と比較され、試験対象値及び参照値における差異が肺がんの可能性を示し、前記参照値が、肺がんを有すると診断された対象の値及び/又は健常対象の値である、方法。
【請求項2】
基質が標識されている、請求項
1に記載の方法。
【請求項3】
基質が標識されていない、請求項
1に記載の方法。
【請求項4】
前記肺がんが、小細胞肺がん、非小細胞肺がん、扁平上皮癌又は腺癌から選択される、請求項1から
3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
基質が、標識されたレチナールデヒドである、請求項
2に記載の方法。
【請求項6】
前記標識が、12C、13C、14C、2H、14N又は18Oである、請求項
5に記載の方法。
【請求項7】
前記基質が、シンナムアルデヒド、シトラール又はピリジン-3-アルデヒドである、請求項
1から
6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
2つ若しくはより多くの外因性基質の濃度及び/又は2つ若しくはより多くの代謝物の濃度が測定される、請求項1から
7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
肺がんの進行を、肺がんを有すると診断された対象においてモニターするための方法であって、アルド-ケトレダクターゼ(AKR)の活性を、対象の呼気試料中の前記酵素の外因性基質の濃度を測定すること及び/又は前記基質の代謝物の濃度を測定することにより評価する工程を含
み、前記アルド-ケトレダクターゼがAKR1B10又はAKR1B15であり、前記基質又は代謝物の濃度に基づいて試験対象値を確立する工程を含み、前記試験対象値が1つ又は複数の参照値と比較され、試験対象値及び参照値における差異が肺がんの可能性を示し、前記参照値が、肺がんを有すると診断された対象の値及び/又は健常対象の値である、方法。
【請求項10】
対象が抗がん治療を受けた対象である、請求項
9に記載の方法。
【請求項11】
基質を対象に提供する工程を含む、請求項1から1
0のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
前記対象からの息試料の収集を含む、請求項1から1
1のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
肺がんを有すると診断された対象において治療の有効性を決定するための方法であって、アルド-ケトレダクターゼ(AKR)の活性を、対象の呼気試料中の前記酵素の外因性基質の濃度を測定すること及び/又は前記基質の代謝物の濃度を測定することにより評価する工程を含み、前記対象が抗がん治療を受けた対象であ
り、前記アルド-ケトレダクターゼがAKR1B10又はAKR1B15であり、前記基質又は代謝物の濃度に基づいて試験対象値を確立する工程を含み、前記試験対象値が1つ又は複数の参照値と比較され、試験対象値及び参照値における差異が肺がんの可能性を示し、前記参照値が、肺がんを有すると診断された対象の値及び/又は健常対象の値である、方法。
【請求項14】
肺がんの検出用のシステムであって、アルド-ケトレダクターゼ(AKR)の活性を、対象の呼気試料中の前記酵素の外因性基質の濃度を測定すること及び/又は前記基質の代謝物の濃度を測定することにより評価する工程を含み、前記システムが、患者からの息試料を捕捉するためのデバイスを含
み、前記アルド-ケトレダクターゼがAKR1B10又はAKR1B15である、システム。
【請求項15】
請求項
14に記載のシステムを含むキット。
【発明の詳細な説明】
【背景技術】
【0001】
導入
がんの早期診断は、いかなる治療プランにおいても依然として重要な目標である。早期ステージにおいて診断されたがんは、治療が成功する可能性がより高い。がんが広がっている場合、有効な治療はより困難となり、一般に、その人の生存の可能性ははるかにより低くなる。
【0002】
肺がんは、世界中の成人男性及び女性において2番目に多いがんである。肺がん患者の予後及び治療オプションは、診断の時点における腫瘍サイズ及びその広がりに直接的に依存し、検出時に疾患がより進行しているほど、生存時間は著しく減少する。従って、肺がんの早期検出は最も重要であり、非侵襲的な信頼できるスクリーニング技術が必要とされている。最も早いステージにおいて診断された場合に肺がん患者の80%より多くが少なくとも1年間生存するが、対照的に、疾患の最も進行したステージで診断された人々では、少なくとも1年間生存するのは約15%である。
【0003】
早期検出の利益の他の例は、乳がん、卵巣がん及び腸がんに適用される。最も早いステージにおいて乳がんを有すると診断された女性の90%より多くが、その疾患の下で少なくとも5年間生き延びるが、対照的に、疾患の最も進行したステージで診断された女性では、少なくとも5年間生き延びるのは約15%である。
【0004】
がんの早期検出は最も重要であるが、簡便な試験方法に起因して患者のコンプライアンスを増加させながら信頼できる診断を可能にする利用可能な非侵襲的な試験方法はほとんど無い。更に、治療オプションを決定するために信頼できる非侵襲的な仕方でがんの進行をモニターすることも必要とされている。
【0005】
呼気は、身体により産生される低濃度の様々な揮発性有機化合物(VOC)を含有する。これらは、炎症及び酸化ストレス等の、組織レベルでの内因性代謝プロセスを反映すると考えられる。がんを発症した場合、代謝変化は、息を含む体液中に潜在的に反映される独特の内因性VOCプロファイルを作り出しうる。従って、呼気を分析することによるがんの検出は、非侵襲的な検出技術の開発を可能とするので、興味深い領域となっている。しかしながら、多数の吐き出されるVOCが同定されてきたが、信頼できる診断を提供するために、息中で排出され且つ特定のがんに実際に特異的なVOCを同定することは困難である。
【0006】
内因性VOC化合物は、いくつかの生理学的及び病理学的要因により影響される可能性がある特有の代謝経路の副生成物である。内因性VOCは、内部代謝プロセスの活性の信頼できる読出しでありえ、アセトン及びイソプレンはそれぞれケトーシス及び血中コレステロールの良好なマーカーである。しかしながら、これらの代謝プロセスはいくつかの病的状態及び生理学的要因により変更されるので、特有の疾患に対する内因性の息VOCの関連性は複雑である。更に、内因性VOCの息分泌物は、異なる組織中で起こる代謝反応の累積の結果である。特有の疾患は個々の組織及び臓器の機能を変更しうるが、この効果は、息中の健常及び疾患組織の寄与の和をモニターする場合に検出が困難でありうる。この側面は、特有の息VOCの起源となる組織を同定するタスクを著しく複雑にする。
【0007】
疾患バイオマーカーとしての内因性の息VOCの解釈はまた、最近又は過去の曝露に由来する外因性VOCの効果により複雑になる。エタン等の内因性代謝プロセスに由来しうる息VOCは、環境曝露の他に、腸マイクロバイオータの代謝にも由来しうる。最終的に、これは依然として息分析の潜在的なピットフォールのままであり、疾患用の息バイオマーカーを発見していく際に、以前に遭遇した外因性VOCの効果を解きほぐすことは複雑なタスクである。
【0008】
このように、がん疾患状態を確実に予測するためのがん特異的VOCマーカーの欠如のため、がんの診断用の息分析方法の臨床採用はこれまで為されていない。
【0009】
がん細胞は、生存、増殖、免疫回避及び転移をサポートする著明な代謝変化を起こすことが公知である(Pavlova及びThompson 2016;Gaude及びFrezza 2016)。例えば、肺がん細胞は、ミトコンドリアへと炭素フローを供給するためにグルコース及び乳酸消費を増加させることが示されている(Fanら 2009;Sellersら 2015;Faubertら 2017;Hensleyら 2016)。ミトコンドリア代謝の活性化は、肺がん細胞によりほぼ排他的に活性化される独特の機序であり(Reznikら 2016)、酸化ストレスの基礎的な調節因子であるグルタチオン(GSH)の合成をサポートすることが示されている(Fanら 2009)。
【0010】
20~40%のヒト肺がんで、核因子赤血球-2関連因子2(NRF2)の負の調節因子であるKelch様ECH関連タンパク質1(KEAP1)の突然変異が選択されるという事実(Singhら 2006)により立証されるように、レドックス調節及び抗酸化機序の活性化は、肺がん形成及び生存の核にある。これは、NRF2の安定化、並びに抗酸化酵素の活性の増加及びグルタチオンのレベルの増加を含む強い抗酸化応答の活性化を結果としてもたらす(Singhら 2006)。この証拠と合致して、KRAS、B-RAF、及びc-Mycに影響する発がん性突然変異は、NRF2の上方調節に繋がり、活性酸素種(ROS)調節を伴う機序を介してin vivoで腫瘍発生を駆動し(DeNicolaら 2011)、複数のがん突然変異はがん形成の一般的な機序としてレドックス制御に収束することを実証する。
【0011】
これは、代謝変化は、in vivoで肺がんを正常細胞から、及び他のがん細胞から区別することを示す。これらの代謝変化の多くは、酸化ストレス及びレドックス制御経路に収束することが公知である。
【0012】
高いレベルの酸化ストレスはがん細胞を損傷して、細胞死のリスクを増加させる。これを予防するために肺がん細胞により採用される生存戦略の中には、ROS及び鉄依存性の反応を介して脂質過酸化生成物の蓄積により誘導される調節された細胞死の形態であるフェロトーシスに対する保護的な機序の活性化がある(Stockwellら 2017;Alvarezら 2017)。窒素固定S.セレビシエ(S. cerevisiae)ホモログ1(NFS1)は、高分化型の早期ステージ肺腫瘍において誘導されて、がん細胞にFe-Sクラスターを提供し、鉄誘導性の脂質過酸化及びフェロトーシスを抑制する。NFS1の抑制は、単独で又は抗酸化機序の阻害と組み合わせて、in vivoで肺腫瘍形成を大幅に損なわせることができる(Alvarezら 2017)。脂質過酸化の制御は、従って、肺がん細胞がフェロトーシスを回避し、生存するための基礎である。
【0013】
脂質過酸化を制御するために肺がん細胞により活性化される酵素の中で、アルド-ケトレダクターゼ(AKR)は、それらの誘導性調節に起因して大きな重要性を有する。in vitroでの脂質過酸化及びフェロトーシスの薬理学的誘導に続いてAKR酵素スーパーファミリーのメンバーの発現における数百倍の誘導が起こり、AKRは脂質過酸化への応答機序として機能することができることを示す(Dixonら 2014)。AKR1Bファミリーのメンバーは、NRF2により指揮される転写活性化の直接的な標的(Nishinakaら 2017)であり、NRF2は、いくつかの発がん性突然変異が肺がん細胞の生存を確実にするために収束するマスター抗酸化転写因子である(DeNicolaら 2011)。追加的に、一部のAKRアイソフォームは、酵素活性部位において過反応性システイン残基(Cys-298)を有し、これはROSにより酸化されて、酵素の触媒活性を加速させうる他に、阻害剤結合を遮断しうる(Petrashら 1992)。この証拠は、AKRは、肺がん細胞の生存のための基礎的な機序である脂質過酸化に対して活性化される抗酸化応答の不可欠の部分であることを示す。
【0014】
AKRは、数ある中でも、グルココルチコイド、カルボニル代謝物、グルタチオンコンジュゲート、及びリン脂質アルデヒドを含む、多様な基質における酸化還元反応を触媒する(Barski、Tipparaju、及びBhatnagar 2008)。生物学的基質の広い多様性を考慮すると、AKRは、内因性の代謝反応により産生されるアルデヒド及びケトン、並びに食品、医薬又は他の供給源を介して遭遇される環境上の毒素の解毒の共通の機能を有する可能性があると思われる(Bachur 1976)。ほとんどのAKRは、補因子としてピリジンヌクレオチドを使用して、アルデヒド及びケトンの還元を触媒するが、比較的非効率的なアルコールデヒドロゲナーゼである(Barski、Tipparaju、及びBhatnagar 2008)。NADPHはNADHと比較して好ましい補因子であり、高いレベルの細胞質NADPHの維持がAKR活性のために要求されることを示す。NADPH合成はGSHの利用可能性に依存するため、これは肺がん生物学における重要な側面であり、肺がん細胞におけるGSH産生の増加及び高いAKR活性化の間の関連を示している。
【0015】
AKRによるカルボニル還元のために要求されるエネルギーのほとんどは、基質結合ではなく、ヌクレオチド補因子結合から得られ、活性部位に緩く結合した場合であっても、基質の高度に効率的な還元を結果としてもたらす。これは、AKR1Bファミリー等の一部のAKRファミリーが作用できる基質が広範囲であることを説明し(Grimshaw 1992)、解毒酵素としてのAKRの極めて重要な役割を正当化する。アルデヒド中に存在するカルボニル基は非常に反応性であり、タンパク質アミノ酸及び膜リン脂質等の求核性中心を容易に攻撃することができる。AKRによるアルコールへのアルデヒドカルボニルの還元は分子の全体的な化学反応性を低減し、細胞からの反応性アルデヒドの解毒の機序の1つである(Barski、Tipparaju、及びBhatnagar 2008)。脂質過酸化は、広範囲の異なる毒性アルデヒドを生じさせることができ、何故ならば、ROSは脂質鎖中の任意のビスアリル基を酸化することができるからである(Ayala、Munoz、及びArguelles 2014;Yin、Xu、及びPorter 2011)。更に、アルデヒドは脂質過酸化の主要な副生成物であると考えられる(Barski、Tipparaju、及びBhatnagar 2008)。広範囲の基質特異性を持ち、また反応性アルデヒドを容易に還元する能力を有するので、AKRファミリーは、脂質過酸化及びフェロトーシスに対する理想的な抗酸化機序である。この仮説のサポートとして、AKRは、4-ヒドロキシノネナール等の脂質過酸化の生成物(Gimenez-Dejozら 2015;Martin及びMaser 2009)、並びにPAPC及びPOVPC(Srivastavaら 2004)を還元することが示されている。
【0016】
脂質過酸化及びフェロトーシスを制御するがん細胞の必要性と合致して、AKRスーパーファミリーのメンバーは異なるがんタイプにおいて増加することが見出されている。例えば、AKR1B10は、肺、肝臓、結腸直腸、及び子宮がんにおいて増加している(Yoshitakeら 2007;Cao、Fan、及びChung 1998;Fukumoto 2005)。結腸直腸がん細胞におけるAKR1B10の遺伝子抑制は、生存、病巣形成及びコロニーサイズを低減し、この酵素はがん細胞の生存のために要求されることを示す(Yanら 2007)。脂質過酸化の増加、及びその制御のための付随的な機序は、肺がん形成の間の早期事象と考えられ(Zhaoら 2018;Alvarezら 2017;Tongら 2015)、これらの分子事象の検出は肺がんの早期診断を助けうること(並びに良性及び悪性病変を区別するツールを潜在的に与えること)を示唆する。追加的に、AKR1B10の発現は、正常肺上皮と比較して肺がんにおいて数倍増加している(MacLeodら 2016)。AKR1B10は、正常肺組織中に存在する遍在的に発現されるAKR1Cファミリーとは機能的に異なる。
【0017】
AKR1Bファミリーのメンバーは、いくつかの高度に揮発性の化合物に作用することが示されている。実際、AKR1B1、AKR1B10及びAKR1B15は、数ある中でも、揮発性アルデヒド類ベンズアルデヒド及びシンナムアルデヒド、アルカナールであるヘキサナール、アルケナール類4-ヒドロキシノネナール、ヘキセナール、及びファルネサール、ケトン類3-ノネン-2-オン、並びにジカルボニル類2,3-ブタンジオン及び2,3-ヘキサンジオンに対する基質特異性が示されている(Gimenez-Dejozら 2015)。この証拠は、がんにおけるAKRの発現の増加は、特有のVOCの還元の増加及び対応するケトン又はアルコール誘導体の産生を結果としてもたらしうることを示唆する。例えば、肺がん細胞系A549及び肝細胞癌細胞系HepG2は、酵素AKR1B10の発現及び活性の増加を示す(Zhouら 2018;Jinら 2016)。A549細胞のヘッドスペース分析は、脂質過酸化の間に産生されうるアルデヒドであるプロパナールのレベルの減少(Rossら 2013)をアルコールプロパノールのレベルの増加(Schallschmidtら 2015)と共に示した。HepG2細胞に対して行われた類似した研究は、脂質過酸化により産生される別のアルデヒドであるヘキサナールのレベルの減少(Rossら 2013)、及びいくつかのケトンのレベルの増加(Mochalskiら 2013)を示した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【文献】WO2017/187120
【文献】WO2017/187141
【非特許文献】
【0019】
【文献】https://www.proteinatlas.org/
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
本発明は、がんの早期検出のための信頼できる非侵襲的なスクリーニング方法の必要性に対処することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0021】
第1の態様では、本発明は、肺がん等のがんの検出のための方法であって、AKR酵素等のがん特異的酵素の活性を、対象の呼気中の前記酵素の外因性基質の濃度を測定すること及び/又は前記基質の代謝物の濃度を測定することにより評価する工程を含む方法に関する。
【0022】
本発明はまた、肺がん等のがんの進行を、前記がんを有すると診断された対象においてモニターするための方法であって、AKR酵素等のがん特異的酵素の活性を、対象の呼気中の前記酵素の外因性基質の濃度を測定すること及び/又は前記基質の代謝物の濃度を測定することにより評価する工程を含む方法に関する。
【0023】
別の態様は、肺がん等のがんを有すると診断された対象において治療の有効性を決定するための方法であって、AKR酵素等のがん特異的酵素の活性を、対象の呼気中の前記酵素の外因性基質の濃度を測定すること及び/又は前記基質の代謝物の濃度を測定することにより評価する工程を含み、前記対象が抗がん治療を受けた対象である、方法に関する。
【0024】
別の態様は、肺がん等のがんの検出用のシステムであって、AKR酵素等のがん特異的酵素の活性を、対象の呼気中の前記酵素の外因性基質の濃度を測定すること及び/又は前記基質の代謝物の濃度を測定することにより評価する工程を含み、前記システムが、患者からの息試料を捕捉するためのデバイスを含む、システムに関する。
【0025】
別の態様は、上記のシステムを含むキットに関する。
【0026】
方法、システム及びキットの一実施形態では、基質及び/又はその代謝物は、VOC、例えばGRAS化合物である。一実施形態では、基質は標識されているか、又は標識されていない。がんは、肺がん、乳がん、卵巣がん、腸がん、前立腺がん、膀胱がん、結腸直腸がん、膵臓癌、腎臓がん(kidney cancer)、腎がん(renal cancer)、白血病、多発性骨髄腫、リンパ腫(例えば、ホジキン病及び非ホジキンリンパ腫)、脳のがん並びに他のCNS及び頭蓋内腫瘍がん、頭頸部がん、食道がん、固形腫瘍、例えば、肉腫及び癌腫、中皮腫、骨肉腫、子宮内膜がん又は黒色腫から選択されてもよい。
【0027】
一実施形態では、がんは肺がんであり、酵素は肺がん特異的酵素である。一実施形態では、肺がんは、小細胞肺がん、非小細胞肺がん、扁平上皮癌又は腺癌から選択される。一実施形態では、肺がん特異的酵素はアルド-ケトレダクターゼ(AKR)である。一実施形態では、アルド-ケトレダクターゼはAKR1B10又はAKR1B15である。一実施形態では、基質は、標識されたレチナールデヒドである。一実施形態では、標識は、12C、13C、14C、2H、14N又は18Oである。一実施形態では、基質はシンナムアルデヒドである。一実施形態では、方法は、前記基質又は代謝物の濃度に基づいて対象値を確立する工程を含む。一実施形態では、対象値は、1つ又は複数の参照値と比較され、対象値及び参照値における差異はがんの可能性を示す。一実施形態では、参照値は、がんを有すると診断された対象の値である。一実施形態では、参照値は健常対象の値である。一実施形態では、2つ若しくはより多くの外因性基質の濃度及び/又は2つ若しくはより多くの代謝物の濃度が測定される。
【0028】
本発明は、以下の非限定的な図において更に説明される。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【
図1】対応する正常肺組織と比較した肺腺癌(LUAD)及び肺扁平癌(LUSC)のmRNA分析。ボルカノプロットは、LUAD対正常(左)及びLUSC対正常(右)の比較の倍数変化(x軸)及び統計的有意性(y軸、-log10(p値))を示す。赤ドットは異なるAKRアイソフォームを示す。AKR1B10及びAKR1B15を強調している。
【
図2】息中の基質関連VOCを測定するワークフロー。
【発明を実施するための形態】
【0030】
本発明がこれより更に記載される。以下の節において、本発明の異なる態様がより詳細に定義される。そのように定義される各態様は、そうでないことが明確に示されなければ、任意の他の1つ又は複数の態様と組み合わせられてもよい。特に、好ましい又は有利であると示される任意の特徴は、好ましい又は有利であると示される任意の他の1つ又は複数の特徴と組み合わせられてもよい。
【0031】
本発明は、対象においてがんを検出、診断若しくはスクリーニングするか、又は対象ががんを発症する可能性に関する予後診断を行う非侵襲的な方法を提供する。特に、本発明は、息バイオマーカーを検出することによるがんの早期検出及びその進行のモニタリングのための方法を提供する。
【0032】
息中のがんの検出用のバイオマーカーとしての内因性VOCが報告されている。しかしながら、上述したように、息中のある特定のVOCの検出は、信頼できる診断を提供しない。内因性物質の検出に依拠する方法とは対照的に、本発明は、VOC基質それ自体の息クリアランス(又はウォッシュアウト)をモニターすることにより、及び/又は基質の代謝に由来するVOC代謝生成物を検出することによりがんプローブとして直接的に使用することができる外因性基質を使用することに基づく。この方法は、対象により代謝され、代謝酵素/臓器の読出しを提供する外因性物質、例えば、VOCを使用する。
【0033】
がん細胞は、がん代謝表現型と称される均一な代謝異常を示す。その機序は、(1)腫瘍形成、(2)急速な再生、(3)ストレス応答、(4)侵襲性及び転移、(5)宿主免疫サーベイランスへの抵抗性、(6)療法への抵抗性と関連付けられうる。ある特定の酵素はがん特異的であることが公知である。本発明は、従って、がん特異的酵素、特にAKR酵素により代謝される外因性基質(本明細書において反応物とも称される)を提供することによりがん特異的酵素の代謝活性をモニターすることに基づく。呼気中の基質及び/又はその分解生成物(代謝物)の存在が検出され、それにより、がんの存在が検出される。がん特異的機序により代謝される外因性基質の提供は、そのため、健常対象と比較して疾患対象の息中の基質それ自体及び/又はその代謝物の呼気中の差次的な分泌を結果としてもたらす。
【0034】
本明細書に記載されるような息試験を通じてがん特異的酵素の代謝活性を評価することは、試験対象におけるがんの存在、非存在又は進行(がん疾患状態)に関する推測を行うために使用することができる。そのような試験は、従って、がんの診断、がんの進行の予測及び/又はがんの治療の決定のために使用することができる。
【0035】
そのため、第1の態様では、本発明は、がんの検出若しくは予後診断又はがんの状態をモニターするための方法であって、がん特異的酵素、特にAKR酵素の活性を、対象の呼気中の前記酵素の外因性基質の濃度を測定すること、及び/又はがん特異的酵素の酵素変換に由来する前記基質の代謝物の濃度を測定することにより評価する工程を含む方法に関する。
【0036】
理論によって縛られることを望まないが、いくつかの理由:i)肺がん細胞等のがん細胞は、数ある中でも、AKRの活性をサポートするために独特の代謝変化を採用しており、がん細胞はそのような代謝性適応に基づいて同定されうることを示唆すること;ii)AKRが極めて重要な役割を果たす、脂質過酸化及びフェロトーシスを制御するための機序の誘導は、他のがんの中でも、肺がんにおいて早期事象であり、AKRの検出は、早い腫瘍形成性病変を明らかにしうることを示唆すること;iii)AKRアイソフォームは、がんの異なる形態において異所的に過剰発現されて、がん特異的酵素活性の評価を可能とし、周囲正常組織の効果を潜在的に低減すること;iv)AKRは揮発性有機化合物を生成することができるため、ヒト息におけるそれらの活性の分析を可能とすることのために、AKRは息分析を介するがんの早期検出用の強力なツールとして役立ちうることを本発明者らは見出した。
【0037】
そのため、方法は、がん特異的酵素により生体内変換される外因性基質を使用することに基づく。がん特異的酵素は、本明細書において使用される場合、以下のうちの1つ又は複数から選択される酵素である:酵素はがん組織中に存在しないが、非がん組織中に存在する;酵素はがん組織中に存在するが、非がん組織中に存在しない;酵素は、非がん組織と比較してがん組織中で差次的に発現されるか、又は酵素は、非がん組織と比較してがん組織中で差次的に活性である。例えば、酵素は、非がん組織中の発現と比較してがん組織中でより高いレベル又はより低いレベルで発現されてもよい。発現は、当該技術分野において公知の技術により、例えば、mRNA定量化又はcDNAの測定により、測定することができる。非がん組織は、例えば、健常組織を指す。組織は、特有の臓器、例えば、肺、結腸、乳房、前立腺等からのものであってもよい。
【0038】
そのため、本明細書に記載の方法は、非侵襲的な仕方でがん疾患状態と直接的に関連付けられる酵素の活性を、それらの代謝活性を測定すること及び息バイオマーカーを分析することにより測定する。酵素及びがん疾患状態の間の関連性に起因して、患者の疾患状態に対して診断又は予後診断を行うことができる。それに基づいて、好適な治療を選択することができる。
【0039】
1つ又は複数のがん特異的酵素による基質の代謝及び変換は、代謝生成物、即ち、代謝物である分解生成物の生成に繋がる。対象への基質の提供のすぐ後に、基質は高いレベルで息中に排出され、息からの基質のクリアランスが、1つ又は複数のがん特異的酵素の作用(反応物のウォッシュアウト)により基質の生体内変換の帰結として起こる。例えば、息からの基質のクリアランスの速度論的プロファイルは、前記基質の生体内変換の原因となるがん特異的酵素活性の読出しとして使用される。
【0040】
追加的に、1つ又は複数のがん特異的酵素を通じた特有の基質の代謝は、酵素特異的な代謝生成物の産生に繋がる。基質のウォッシュアウト曲線とは対照的に、代謝生成物は経時的に息中に排出され、低いレベルで開始して、がん特異的酵素による基質の生体内変換に起因して経時的に増加する。そのような代謝生成物の測定は、前記生成物の産生の原因となる1つ又は複数の酵素の代謝表現型を評価するためのプローブとして応用することができる。呼気中の基質及び対応する代謝生成物を測定することは、そのため、1つ又は複数のがん特異的酵素の活性を評価するために単独又は組合せのいずれかで使用することができる。
【0041】
従って、方法は、呼気中の複数の化合物の試験を可能にする。これは、1つより多くのタイプのがんの存在の試験を可能とする。更に、ある特定のタイプのがんに特異的な複数の化合物を呼気中で測定することができ、それにより、評価される複数のパラメーターに起因してより正確な診断が可能になる。一実施形態では、本発明は、従って、がんの検出のための方法であって、1つ又は複数のがん特異的酵素の活性を、対象の呼気中の前記酵素の2つ若しくはより多くの外因性基質の濃度を測定すること及び/又は前記基質の2つ若しくはより多くの代謝物の濃度を測定することにより評価する工程を含む方法に関する。一実施形態では、本発明はまた、がんの検出のための方法であって、異なる組織中で発現される1つより多くのがん特異的酵素の活性を、対象の呼気中の前記酵素の2つ若しくはより多くの外因性基質の濃度を測定すること及び/又は前記基質の2つ若しくはより多くの代謝物の濃度を測定することにより評価する工程を含む方法に関する。本発明の方法は、従って、同じ息試料中での複数の酵素活性の同時の評価を可能にするマルチプレックス方法であることができる。
本発明の様々な方法の一実施形態では、酵素は、例えばAKR1B10又はAKR1B15から選択されるAKR酵素である。上に説明したように、がん細胞は、酸化ストレス及びレドックス制御経路に収束する代謝変化を起こす。AKRは、肺がん細胞の生存のための基礎的な機序である脂質過酸化に対して活性化される抗酸化応答の不可欠の部分である。それらの活性を評価することは、従って、診断的重要性を有する。AKRスーパーファミリーのメンバーの発現は、異なるがんタイプにおいて増加している。例えば、AKR1B10の発現は、正常細胞と比較して肺がん細胞において大幅に増加している。これは、肺がんの差次的な検出を可能とする。
【0042】
「対象」は、本明細書において使用される場合、試験対象、例えば、哺乳動物対象、好ましくはヒトを指す。一実施形態では、呼気の試料は、がん疾患状態の存在/非存在を診断若しくはスクリーニングするか又は対象ががんを発症する可能性に関する予後診断を行う目的のために対象から得られる。対象は男性又は女性であってもよい。対象は、乳児、幼児、子供、若年成人、成人又は高齢者であってもよい。対象は、喫煙者、元喫煙者又は非喫煙者であってもよい。対象は、がんの個人又は家族歴を有してもよい。対象は、無がんの個人又は家族歴を有してもよい。対象は、がんの1つ又は複数の症状を示してもよい。
【0043】
スクリーニングされるがんが肺がんである場合、対象は、他の肺障害(例えば、気腫、COPD)の1つ又は複数の症状を示してもよい。例えば、対象は、新たな若しくは持続性の咳、既存の慢性咳の悪化、痰中の血液、持続性の気管支炎若しくは繰返しの呼吸器感染症、胸痛、原因不明の体重損失及び/若しくは疲労、又は呼吸困難、例えば、息切れ若しくは喘鳴音を有してもよい。対象は、コンピューター断層撮影法又は胸部X線により観察可能でありうる病変を有してもよい。対象は、気管支鏡検査を受けた、又は(例えば、検出可能な病変の存在又は疑わしいイメージング結果のために)気管支鏡検査の候補として同定された個体であってもよい。
【0044】
本明細書において使用される場合、「健常対象」は、診断可能ながん疾患状態を有しない、例えば、肺がんを有しない、対象として定義される。
【0045】
「試験対象値」は、試験対象、即ち、がんについて評価されている対象において得られた値である。試験値は、呼気中で測定される代謝物及び/又は基質の濃度である。
【0046】
本明細書において使用される場合、「参照値」、「ベースライン」又は「閾値」は、1つ又は複数の、好ましくは複数の、参照対象に対して試験方法を行うことにより決定された値を意味する。参照対象は、健常対象、又はがん、例えば、肺がんを有すると診断された対象であることができる。
【0047】
「リスク評価」は、死亡率に関して個体が直面する相対リスクを指す。例えば、例えば5年死亡率について高リスク評価を提供する予後診断は、5年死亡率について低リスク評価を有する個体よりも5年以内の死亡率のより高い可能性を有する。一実施形態では、長期死亡率についての予後診断は、「高リスク」、例えば、高リスクの死亡率、「中リスク」、例えば、中リスクの死亡率、又は「低リスク」、例えば、低リスクの死亡率である。がんのステージ及び予後診断は、より良好なアウトカムを提供する患者の療法、例えば、全身療法及び手術、手術単独、又は全身療法単独を調整するために使用されてもよい。リスク評価は、所望により、例えば、メジアンで、3つの群、4つの群(tertiary groups, quaternary groups)等に分けることができる。
【0048】
「がん疾患状態の可能性」は、がん疾患状態が対象検体中に存在する確率が約50%又はより高い、例えば、60%、70%、80%若しくは90%であることを意味する。
【0049】
「予後」は、例えば、全生存期間、長期死亡率、及び無病生存期間を指す。一実施形態では、長期死亡率は、肺がんの診断後5年以内の死を指す。
【0050】
「治療的処置」及び「がん療法」は、化学療法、ホルモン療法、放射線療法、免疫療法、及び生物製剤(標的化)療法を指す。
【0051】
本明細書において使用される場合、「基質」又は「反応物」は、目的のがん特異的酵素、例えば、AKR酵素により認識され、且つ酵素が、本明細書において「代謝物」と称される異なる化学的化合物への基質の変換を触媒する、化学的化合物を指す。本発明の方法において使用される基質は、外因性物質、即ち、生体異物である。外因性物質又は生体異物という用語は、対象の身体にとって外来的である、即ち、対象により産生されない、好ましくは、がん特異的酵素により特異的且つ選択的に代謝される、物質を指す。好ましくは、外因性物質は、これもまた生体異物である、即ち、対象の身体中に通常存在しないがん特異的酵素により、代謝物に変換される。
【0052】
方法は、対象に外因性基質を提供する工程を含んでもよい。そのため、一実施形態では、方法は、対象に基質を投与する工程を含む。投与は、経口、外用、非経口、舌下、直腸、膣、眼、鼻腔内、肺、皮内、硝子体内、筋肉内、腹腔内、静脈内、皮下、脳内、経皮、経粘膜、又は外用、特に、耳、鼻、目、若しくは皮膚への外用、又は吸入によるものが挙げられるがそれらに限定されない、任意の好都合な経路によるものでもよい。非経口投与としては、例えば、静脈内、筋肉内、動脈内、腹腔内、鼻腔内、直腸、膀胱内、皮内、外用又は皮下投与が挙げられる。好ましくは、組成物は、例えば、液体、カプセル又は錠剤、例えば、遅延放出製剤として、経口的に投与される。投与の経路は試験される酵素及びがんに依存することは当業者に公知であろう。例えば、標的酵素が胃腸管中に存在する場合、経口投与が好ましく、肝臓発現の場合、経口又は静脈内投与が実行可能なオプションを構成しうる。肺がんの場合、酵素は、経口投与又は吸入を介して投与することができる。
【0053】
一実施形態では、前記基質及び/又はその代謝物は、呼気中に分泌されるVOC、好ましくは、高い割合で呼気中に分泌されるVOC、好ましくは、同位体標識等のいかなる標識も使用せずに息中で測定することができるVOCである。
【0054】
VOCという用語は、大気光化学反応に関与する、一酸化炭素、二酸化炭素、炭酸、金属炭化物又は炭酸塩及び炭酸アンモニウムを除く炭素の任意の化合物を指す。一般に、VOCは、その組成により通常の室内大気条件の温度及び圧力下で蒸発することが可能な有機化学的化合物として定義される。化合物の揮発性は、一般に、その沸点温度がより低くなる程により高くなるので、有機化合物の揮発性はそれらの沸点により定義及び分類されることがある。揮発性化合物は、例えば、息、皮膚発散物及びその他を含む、気体流体中にヒト身体により分泌される化合物である。一実施形態では、VOCは、約101.3kPaの標準大気圧において測定される約250℃未満又はそれに等しい初期沸点を有する任意の有機化合物である。
【0055】
本発明の様々な態様によれば、一実施形態では、基質はVOCであってもよく、息中に吐き出されたVOC基質の濃度が測定される。
【0056】
そのため、方法は、特有のin vivoがん特異的代謝活性のトレーサーとして外因性の揮発性有機化合物(EVOC)を使用する。EVOCは、様々な経路を通じて対象に投与され、身体中で代謝及び分布を経て、息を介して排出される揮発性化合物であることができる。追加的に、がん特異的酵素によるEVOCの代謝はまた、息中で検出されうる他の揮発性化合物の産生に繋がりうる。
【0057】
一実施形態では、基質はVOCであり、その代謝物はVOCではない。別の実施形態では、基質はVOCではなく、その代謝物はVOCである。この場合、息中の代謝物の濃度が測定される。別の実施形態では、基質はVOCであり、その代謝物はVOCである。この場合、息中の基質及び/又は代謝物の濃度が測定される。
【0058】
基質がVOCである場合、それは標識されていてもよく、又は標識されていなくてもよい。
【0059】
方法に従って測定されるVOCは、天然に存在する/対象により産生されるものではなく、息中に吐き出される。これは、いかなる読取りも、天然に産生され呼気中に見出すことができる内因性VOCにより夾雑されないことを確実にする。
【0060】
一実施形態では、基質は、天然に存在する(が内因性に産生されない)化合物、例えば、食品化合物である。これは、副作用が起こることなく対象に提供することができるという利点を有する。一実施形態では、基質は、いかなる治療的な利益も有しない。一実施形態では、基質は、天然に存在しない化合物ではない。
【0061】
一実施形態では、基質は、GRAS化合物、例えば、VOCであるGRAS化合物である。「GRAS」は、安全であると一般に認識される(Generally Recognized As Safe)という語句の頭字語である。連邦食品・医薬品・化粧品法のセクション201(s)及び409の下で、食品に意図的に添加される任意の物質は食品添加物であり、その物質が、有資格の専門家の中で、その意図される使用の条件下で安全であることが適切に示されていると一般に認識されていなければ、又はその物質の使用が食品添加物の定義から他に除かれなければ、市販前審査及びFDAによる承認に供される。例えば、GRAS化合物は、天然に存在する化合物であることができる。例えば、GRAS化合物は、食品又は食品添加物から選択することができる。一実施形態では、GRAS化合物は、ビタミン、フェノール香味剤、天然油、アルコール、アミノ酸又は抗酸化剤である。一実施形態では、GRAS化合物は植物抽出物である。一実施形態では、GRAS化合物は、食品の香味付け、着色又は保存のために主に使用される植物物質である。一実施形態では、GRAS化合物は、脂肪族若しくは芳香族テルペン炭化水素又はテルペノイドである。
【0062】
一実施形態では、前記基質はVOCではなく、その代謝物はVOCではない。その実施形態では、基質は標識された反応物であり、標識された反応物及び/又は標識された代謝物は、息中で測定することができる。標識は、同位体標識、例えば、12C、13C、14C、2H、14N又は18Oであってもよい。
【0063】
好ましい実施形態では、基質及び/又は代謝物はVOCであり、基質は標識されていない。従って、基質及び/又は代謝物はいかなる標識も使用せずに息中で測定することができるので、標識化は要求されない。
【0064】
一実施形態では、がんは、肺がん、乳がん、卵巣がん、腸がん、前立腺がん、膀胱がん、結腸直腸がん、膵臓癌、腎臓がん、腎がん、白血病、多発性骨髄腫、リンパ腫(例えば、ホジキン病及び非ホジキンリンパ腫)、脳のがん並びに他のCNS及び頭蓋内腫瘍がん、頭頸部がん、食道がん、固形腫瘍、例えば、肉腫及び癌腫、中皮腫、骨肉腫、子宮内膜がん又は黒色腫から選択される。
【0065】
本明細書に記載の方法、システム及びキットを使用する検出のために好適な肺がんの例示的なタイプとしては、小細胞肺がん(SCLC)、扁平上皮癌を含む非小細胞肺がん(NSCLC)、及び腺癌が挙げられるがそれらに限定されない。肺がんの他のサブタイプとしては、細気管支肺胞癌、大細胞癌、カルチノイド、腺様嚢胞癌、円柱腫、及び粘膜表皮癌が挙げられる。一実施形態では、肺がんは、ステージI~IVに従ってステージ分類され、Iは早期ステージであり、IVは最も進行したものである。本発明の方法は、外科的に切除されたステージI又はIIの非扁平NSCLCを有する患者に対して特定の利益を有する。ほとんどのステージI非扁平NSCLCに対する現行の標準治療は、アジュバント化学療法無しでの、肺葉切除及び縦隔リンパ節郭清である。良好な予後の患者サブセットのより良好な同定は、等しい生存可能性と共に用いられる外科的手技をより少なくすることを可能としうる。反対に、予後不良を伴うステージIサブセットは、現行の標準治療剤を使用して遠位の再発のリスクを低減するためにアジュバント化学療法を用いる治療のために選択されうる。更に、予後不良を有すると同定された患者はまた、新規のアプローチ及び新たな治療剤を試験する臨床試験への加入のために考慮されうる。ステージI疾患における化学療法の現行の制限を考慮すれば、予後診断をもたらし、且つ化学療法の利益を予測するバイオアッセイは、殊に有益である。最後に、ステージI非扁平NSCLCは、将来的に重要性が増加する可能性がある。
【0066】
ステージIIのNSCLCを有する患者は、現在、治癒的切除の試みの後にアジュバント化学療法を受けることを推奨される。しかしながら、5年生存の絶対的な改善の観点でのこれらの患者についての化学療法の報告された利益は小さい。結果として、多くの患者は、特に、治癒的手術の試みから回復するため、化学療法無しで済ます。ステージIIの患者に対して再発のリスクをより良好に割り当てることができる診断方法は、従って、再発のリスクがより高いことが見出された患者におけるアジュバント療法用の現行の標準治療の推奨に対するコンプライアンスを向上させうる。対照付きの実験状況において、療法は、ステージIIであっても再発のリスクが最も低いと見出された患者からでさえも控えられうる。
【0067】
一実施形態では、がんは肺がんであり、酵素は、肺がん特異的酵素、即ち、その発現又は活性が健常組織と比較して肺がん組織において上方又は下方調節される酵素である。一実施形態では、方法は、本明細書において議論されるように、目的のがん特異的酵素を選択する工程、及び前記がん特異的酵素により代謝される試験基質を選択する工程を含む。
【0068】
例えば、他の箇所において説明されるように、AKRの発現は、健常肺組織と比較して肺がん組織において上方調節される。そのため、外因性基質であるAKRの基質、及び/又はAKRによる基質の酵素変換により産生されるその代謝物の濃度を対象の呼気中で測定して、肺がんの存在若しくは非存在を検出すること、又は肺がんの進行を評価することができる。
【0069】
そのため、本明細書に記載の方法の一実施形態では、がんは肺がんであり、肺がん特異的酵素はAKRである。一実施形態では、AKRはAKR1B10又はAKR1B15から選択される。一実施形態では、AKR、例えば、AKR1B10又はAKR1B15の基質は、アルデヒド、ケトン又は他の分子である。一実施形態では、基質は、シンナムアルデヒド、シトラール又はピリジン-3-アルデヒドから選択される。一実施形態では、基質はシンナムアルデヒドである。シンナムアルデヒドは、AKRによりシンナミルアルコールに代謝される。
【0070】
一実施形態では、酵素は、例えば、AKR1B10又はAKR1B15から選択されるAKRであり、基質は標識されている、例えば、標識されたレチナールデヒドである。別の実施形態では、基質は、標識されたグルコースである。
【0071】
一実施形態では、本発明の方法は、息試料を収集する工程を含む。息試料は、対象の身体の1つ又は複数の異なる部分(例えば、鼻孔、咽頭、気管、細気管支、肺胞等)から吐き出された空気を含みうる。息試料の収集及び測定の方法について、WO2017/187120又はWO2017/187141(両方の刊行物は参照により本明細書に組み込まれる)に記載のデバイス及び方法を使用することができる。
【0072】
方法は、息試料中の基質及び/又は代謝物の濃度を決定する工程、並びに次に濃度をベースライン値又は範囲と比較する工程を伴う。典型的には、ベースライン値は、がん、例えば、肺がんを患っていないか、又はそれを発症することが運命づけられていない健常人における基質及び/又は代謝物の濃度の代表的なものである。ベースライン範囲からの基質及び/又は代謝物のレベルの変動(上方又は下方のいずれか)は、患者が、長期死亡率の増加したリスクを有することを示す。例えば、酵素がAKRである実施形態では、健常個体中のベースライン値と比較して増加した呼気中の代謝物の濃度は、肺がんのリスクを示す。反対に、呼気中の基質のレベルの減少は、肺がんのリスクを示す。
【0073】
本明細書に開示される方法においてリスク評価スコアを算出するために使用されるアルゴリズムは、基質及び/又は代謝物の濃度値をグループ化してもよく、リスクスコアは、当該技術分野において公知の任意のアルゴリズムに由来することができる。アルゴリズムは、本明細書に記載の遺伝子のパネルの発現を使用してがん、例えば、肺がんのリスク評価を記載するための規則のセットである。規則セットは、代数的に排他的に定義されてもよいが、領域特異的知識、専門家の解釈又は他の臨床的な指標を要求する代替的な又は複数の決定ポイントを含むこともできる。好適な基質及び/又は代謝物の濃度プロファイルを使用して、異なるリスク評価を提供することができる多くのアルゴリズムを開発することができる。例えば、個体のリスクスコアは、コックス比例ハザードモデルを使用して生成されてもよい。個体の予後カテゴリー分類はまた、個体の基質及び/又は代謝物の濃度に基づいて再発の確率を計算する統計モデル又は機械学習アルゴリズムを使用することにより決定することができる。
【0074】
リスクの決定に基づいて、個体は、リスクスコアの選択された値に基づくリスク群(例えば、三分位群又は四分位群)に分配することができ、所与の範囲内の値を有する全ての個体は、特定のリスク群に属するとして分類することができる。そのため、選ばれる値は、それぞれより高い又はより低いリスクを有する患者のリスク群を定義する。リスク群は、死亡率の異なる範囲、例えば、6か月、1年、2年、3年、4年、5年、10年、25年死亡率において、更に分類することができる。リスク群は、肺がんと関連付けられる事象の異なる範囲において更に分類することができ、事象は、転移、再発の可能性等を含みうるがそれらに限定されない。
【0075】
基質及び/又は代謝物の濃度は、当該技術分野において公知の方法を使用して測定することができる。濃度は、本明細書において使用される場合、例えば、グラム/リットル(g/l)で表されるような、呼気中の基質及び/又は代謝物の含有量又は質量を意味する。一実施形態では、濃度は、例えば、クリアランスの速度論を測定することにより、経時的に測定される。例えば、濃度は、息からの基質のクリアランスの速度論的プロファイルを評価し、次にそれを読出しとして使用することにより測定される。追加的又は代替的に、基質に由来しうる代謝生成物の分泌を経時的に測定することができる。例えば、息からの基質のクリアランス及び代謝生成物の分泌の両方を同じ息試料において同時に又は異なる時点において測定することができる。
【0076】
一実施形態では、基質及び/又はその代謝物の濃度又は量は、複数の息試料中、例えば、第1の息試料(第1の時限に収集される)中並びに第2及び/又は更なる息試料(後の、第2又は更なる時限に収集される)中で絶対的又は相対的な観点で決定されてもよく、そのため、経時的なその濃度の速度論又は変化率の分析が可能とる。
【0077】
一実施形態では、本発明の方法は、1つ又は複数の基質及び/又は代謝物濃度についての試験対象値を確立する工程を更に含む。
【0078】
一実施形態では、本発明の方法は、試験対象値を1つ又は複数の参照値と比較する工程を更に含む。一実施形態では、前記参照値は健常対象からのものである。別の実施形態では、参照値は、がんを有すると診断された対象からのものである。
【0079】
一実施形態では、参照値は、健常対象から算出された値に対応する健常対象値である。一実施形態では、健常対象値のそれらそれぞれの範囲よりも大きい量における1つ又は複数の対象値の存在は、試験対象におけるがん疾患状態の実質的な可能性を示す。
【0080】
一実施形態では、適切な参照が、がん、例えば、肺がんを有しない対象の指標となる場合、がんの特徴付け又は診断を必要とする対象から決定された値及び適切な参照の間の検出可能な差異(例えば、統計的に有意な差異)は、対象におけるがんの指標となりうる。一実施形態では、適切な参照が、がん、例えば、肺がんの指標となる場合、がんの特徴付け又は診断を必要とする対象から決定された値及び適切な参照の間の検出可能な差異の欠如(例えば、統計的に有意な差異の欠如)は、対象におけるがん又はがんの非存在の指標となりうる。
【0081】
そのため、一態様では、方法は、対象からの呼気中の基質及び/又は代謝物の濃度を検出する工程、並びに基質及び/又は代謝物のうちの1つ又は複数のレベルが健常参照対象値とは異なる場合に、がん疾患状態の可能性又はその増加したリスクを有するとして対象を診断する工程を含む。
【0082】
そのため、方法は、
a)呼気中の1つ又は複数のVOCの量を参照値と比較する工程であって、前記参照値が、がん、例えば、肺がんの既知の診断、予後及び/又はモニタリング状態を表す、工程、
b)前記参照値からの前記1つ又は複数のVOCの量の逸脱又は逸脱がないことを発見する工程、並びに
c)逸脱又は逸脱がないことの前記発見を、対象における肺がん等のがんの特定の診断、予後及び/又はモニタリング状態に割り当てる工程
を更に含んでもよい。
【0083】
「量の逸脱」という用語は、参照値と比較した対象からの呼気の試料中の1つ又は複数のVOCの上昇又は低減した量のいずれかを指す。「上昇した量」は、対象からの呼気の試料中の前記1つ又は複数のVOCの量が参照値よりも統計的に高いことを意味する。「低減した量」は、対象からの呼気の試料中の前記1つ又は複数のVOCの量が参照値よりも統計的に低いことを意味する。量は、その値が、予め決定された閾値とは異なる場合に、統計的により高い又はより低いと考えられてもよい。この閾値は、例えば、健常対象の集団からの呼気の試料中で決定されたVOCの量のメジアンであることができる。
【0084】
「量の逸脱がないこと」という用語は、参照値と比較した対象からの呼気の試料中の本発明の1つ又は複数のVOCの類似した又は変化していない量を指す。「類似した又は変化していないレベル」は、参照値と比較した対象からの呼気の試料中の前記1つ又は複数のVOCの量の差異が統計的に有意でないことを意味する。好ましくは、参照値は、がんが決定、予後診断又はモニターされる対象と同じ種並びに同じ性別及び年齢群の1又は複数の対象から得られた呼気の試料中で得られる。代替的に、参照値は、特有の対象からの呼気の試料中で得られた1つ又は複数のVOCの量についての以前の値であってもよい。この種類の参照値は、例えば経時的に、がんをモニターするため、又は特定の治療に対する対象の応答をモニターするために方法が使用される場合に、使用されてもよい。
【0085】
方法はまた、試料中の代謝物及び/又は基質の濃度に基づいて対象のリスクスコアを決定する工程、並びにリスクスコアを使用して対象についての予後診断を提供する工程を含んでもよく、リスクスコアは前記予後診断の指標となる。
【0086】
呼気の試料は、例えば、バッグ、ボトル又は任意の他の好適な気体サンプリング製品等の気体サンプリング容器中に空気を吐き出すように対象に要求することにより、対象からの吐き出された空気を収集することにより得られてもよい。好ましくは、気体サンプリング容器は、バッグの内外両方への気体透過に抵抗し、且つ/又は化学的に不活性であり、それにより、試料完全性を保証する。呼気はまた、息収集装置を使用して収集されてもよい。好ましくは、呼気の試料の収集は、最小の侵襲性又は非侵襲性の方式で行われる。
【0087】
対象からの呼気の試料中の1つ又は複数のVOCの量の決定は、ガスクロマトグラフィー(GC)、ガスクロマトグラフィー-質量分析(GC/MS)、液体クロマトグラフィー-タンデム質量分析(LC/MS)、イオンモビリティスペクトロメトリー/質量分析(IMS/MS)、プロトン移動反応質量分光法(PTR-MS)、電子鼻デバイス、水晶振動子マイクロバランス又は化学的に感受性のセンサーを含むがそれらに限定されない少なくとも1つの技術の使用により行われてもよい。
【0088】
対象からの呼気の試料中の1つ又は複数のVOCの量は、熱脱着ガスクロマトグラフィー-飛行時間質量分析(GC-fof-MS)を使用して決定されてもよい。ある特定の実施形態では、対象の息は、不活性のバッグ中に収集され、次にバッグの内容物は、標準化された条件下で脱着チューブに輸送され、VOCは、チューブの内容物を熱的に脱着させることにより分析され、次にキャピラリーガスクロマトグラフィーにより分離される。次に揮発性有機ピークは、MSを用いて検出され、例えば、the National Institute of Standards and Technology等のライブラリーを使用して同定される。熱脱着は、例えば約200~350℃の温度で、GC入口において行われてもよい。全てのクロマトグラフィーにおいて、試料混合物が移動相に導入(注入)されると、分離が起こる。ガスクロマトグラフィー(GC)は、典型的には、移動相としてヘリウム等の不活性気体を使用する。GC/MSは、生物学的試料からの個々の成分の分離、同定及び/又は定量化を可能とする。本発明と共に使用されてもよいMS法としては、電子イオン化、エレクトロスプレーイオン化、グロー放電、フィールド脱着(FD)、高速原子衝撃(FAB)、熱スプレー、シリコン上脱着/イオン化(DIOS)、リアルタイム直接分析(DART)、大気圧化学イオン化(APCI)、二次イオン質量分析(SIMS)、スパークイオン化及び熱イオン化(TIMS)が挙げられるがそれらに限定されない。マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間質量分析(MALDI-TOF-MS)は、対象からの呼気の試料からの1つ又は複数のVOCを決定するために使用されてもよい質量分析方法の例である。
【0089】
一実施形態では、方法は、単一の息試料捕捉デバイス上で、異なる選択された呼気試料、又はその画分を収集する工程を含み、方法は、
(a)第1の呼気試料を吸着剤材料を含む捕捉デバイスと接触させることにより、試料を収集する工程、
(b)第2の呼気試料を前記捕捉デバイスと接触させることにより、第2の試料を収集する工程であって、第1及び第2の呼気試料が、空間的に分離された方式で捕捉デバイスに捕捉される、工程
を含む。
【0090】
一部の実施形態では、捕捉デバイスは、多孔性ポリマー樹脂の形態で吸着剤材料を含む。好適な吸着剤材料としては、Tenax(登録商標)樹脂及びCarbograph(登録商標)材料が挙げられる。Tenax(登録商標)は、2,6-ジフェニル-p-プロピレンオキシド単量体に基づく多孔性ポリマー樹脂である。Carbograph(登録商標)材料は、グラファイト化カーボンブラックである。一実施形態では、材料はTenax GRであり、これは、Tenax(登録商標) TA及び30%のグラファイトの混合物を含む。1つのCarbograph(登録商標)吸着剤はCarbograph 5TDである。一実施形態では、捕捉デバイスは、Tenax GR及びCarbograph 5TDの両方を含む。捕捉デバイスは、好都合には、収着チューブである。これらは、典型的には、好適な吸着剤材料を充填された標準的な寸法(3 1/2インチの長さ、1/4インチの内径)の、中空金属シリンダーである。
【0091】
本発明の方法は、診断後に前記がんの治療を選択する工程を更に含んでもよい。この治療は、抗がん療法、例えば、化学療法、放射線療法、手術又は抗体療法を指す。方法は、次に、前記対象に前記治療を施す工程を更に含んでもよい。
【0092】
本発明の方法は、がん特異的な酵素を同定又は選択する初期工程を更に含んでもよい。
【0093】
本発明はまた、肺がん等のがんの進行を、がんを有すると診断された対象においてモニターするための方法であって、がん特異的酵素の活性を、対象の呼気中の前記酵素の外因性基質の濃度を測定すること及び/又は前記基質の代謝物の濃度を測定することにより評価する工程を含む方法に関する。
【0094】
一実施形態では、対象は、治療を受けた対象である。この治療は、抗がん療法、例えば、化学療法、放射線療法、手術又は抗体療法を指す。
【0095】
本発明はまた、肺がん等のがんを有すると診断された対象において治療の有効性を決定するための方法であって、AKR酵素等のがん特異的酵素の活性を、対象の呼気中の前記酵素の外因性基質の濃度を測定すること及び/又は前記基質の代謝物の濃度を測定することにより評価する工程を含み、前記対象が抗がん治療を受けた対象である、方法に関する。
【0096】
本発明はまた、肺がん等のがんを有する対象を治療する方法であって、本明細書に記載されるような方法、例えば、AKR酵素等のがん特異的酵素の活性を、対象の呼気中の前記酵素の外因性基質の濃度を測定すること及び/又は前記基質の代謝物の濃度を測定することにより評価する工程を含む方法に関する。方法はまた、試料中の代謝物及び/又は基質の濃度に基づいて対象のリスクスコアを決定する工程;リスクスコアを使用して、対象についての予後診断を提供する工程であって、リスクスコアが前記予後診断の指標となり、予後診断が低リスク評価又は高リスク評価を提供する、工程;並びに高リスク評価を有する対象を治療的な療法、例えば、化学療法又は手術を用いて治療する工程を含んでもよい。
【0097】
本発明はまた、本明細書に記載の方法におけるVOCの使用に関する。
【0098】
本発明はまた、本明細書に記載の方法において使用するためのVOCを同定するためのin vitroの方法であって、がん特異的酵素又はがん組織を試験VOCに曝露する工程、並びにVOCの代謝を測定して、試験VOCに対する酵素の特異性及び活性を評価する工程を含む方法に関する。一実施形態では、方法はライブラリーアプローチを使用し、化合物のアレイがスクリーニングされる。標準的な酵素アッセイを使用して代謝を測定することができる。
【0099】
本発明はまた、がんの検出用のシステムであって、がん組織中で差次的に発現される酵素の活性を、対象の呼気中の前記酵素の外因性基質の濃度を測定すること及び/又は前記基質の代謝物の濃度を測定することにより評価する工程を含み、前記システムが、患者からの息試料を捕捉するためのデバイスを含む、システムに関する。
【0100】
一実施形態では、システムは、WO2017/187120又はWO2017/187141に記載されるような息試料を捕捉するためのデバイスを含む。WO2017/187120におけるデバイスは、マスク部分を含み、マスク部分は、使用時に、対象から吐き出される息を捕捉するように対象の口及び鼻の上に配置される。呼気試料は、目的の化合物が吸着する収着材料を含有するチューブに供給される。十分な試料が得られた後に、収着チューブはサンプリングデバイスから取り外され、吸着した化合物は(典型的には加熱により)脱着され、任意の特定の化合物又は目的の他の物質の存在及び/又は量を同定するための分析に供される。好ましい分析技術は、フィールド非対称イオンモビリティスペクトロメトリー(「FAIMS」と略記される)である。WO2017/187120に記載の方法の精密化された方法は、WO2017/187141に開示されている。その文献において、対象の呼気の所望の部分を選択的にサンプリングするような仕方で、実質的にWO2017/187120に記載される種類の息サンプリング装置を使用することが教示されており、その理論的根拠は、ある特定のバイオマーカー又は目的の他の分析物は、呼気の1つ又は複数の画分中で比較的富化されており、それらの画分自体が、対象の身体の異なる部分(例えば、鼻孔、咽頭、気管、細気管支、肺胞等)から吐き出される空気中で比較的富化されているということである。
【0101】
本発明はまた、本明細書に記載の方法において使用するためのデバイスに関する。
【0102】
本発明はまた、がん組織中で差次的に発現される酵素、例えば、AKR酵素の活性を、対象の呼気中の前記酵素の外因性基質の濃度を測定すること及び/又は前記基質の代謝物の濃度を測定することにより評価する工程を含むがんの検出用のシステムを含むキットであって、前記システムが、患者からの息試料を捕捉するためのデバイスを含む、キットに関する。
【0103】
本明細書に記載されるようなキットは、基質を含む投与用の組成物を含んでもよい。これは、上記のような投与のためのものでありうる。それはまた、薬学的に許容される担体又は媒体を含んでもよい。これは、組成物が例えば、錠剤又は粉末形態となるように、微粒子であることができる。「担体」という用語は、基質がそれと共に投与される希釈剤、アジュバント又は賦形剤を指す。そのような薬学的担体は、液体、例えば、水及び油、例えば、石油、動物、野菜又は合成起源のもの、例えば、ピーナッツ油、ダイズ油、鉱油、及びゴマ油等であることができる。担体は、生理食塩水、アカシアガム、ゼラチン、デンプンペースト、タルク、ケラチン、コロイド状シリカ、及び尿素等であることができる。追加的に、助剤、安定化剤、増粘剤、潤滑剤及び着色剤を使用することができる。生理食塩水溶液並びに水性デキストロース及びグリセロール溶液もまた、特に注射可能な溶液のための、液体担体として用いることができる。好適な薬学的担体としてはまた、賦形剤、例えば、デンプン、グルコース、ラクトース、スクロース、ゼラチン、麦芽、コメ、穀粉、チョーク、シリカゲル、ステアリン酸ナトリウム、モノステアリン酸グリセロール、タルク、塩化ナトリウム、乾燥スキムミルク、グリセロール、プロピレン、グリコール、水、及びエタノール等が挙げられる。組成物はまた、所望の場合、微量の湿潤若しくは乳化剤、又はpH緩衝化剤を含有することができる。組成物は、液体、例えば、溶液、エマルション又は懸濁液の形態であることができる。液体は、注射、注入(例えば、IV注入)又は皮下による送達のために有用でありうる。経口投与用の固体組成物として、組成物は、散剤、顆粒剤、圧縮錠剤、丸剤、カプセル、チューインガム、又はウェーハ等の形態に製剤化することができる。組成物は、1つ又は複数の投薬単位の形態をとることができる。
【0104】
典型的には、本発明の方法の部分として投与される基質の量又はキット中に含まれる組成物中に含まれる基質の量は、組成物の少なくとも約0.01質量%の基質である。経口投与用に意図される場合、この量は、組成物の約0.1質量%~約80質量%の範囲に変動させることができる。注射による投与のために、組成物は、おおよそ、典型的には、対象の体重の約0.1mg/kg~約250mg/kg、好ましくは、対象の体重の約0.1mg/kg~約20mg/kgの間、より好ましくは、対象の体重の約1mg/kg~約10mg/kgを含みうる。
【0105】
本発明はまた、本明細書に記載の方法におけるヒト身体により産生されない物質、即ち、外因性物質、例えば、GRAS物質、例えば、シンナムアルデヒド、シトラール又はピリジン-3-アルデヒドの使用に関する。一実施形態では、物質は標識されていない。そのため、本発明はまた、がん特異的酵素、例えば、アルド-ケトレダクターゼ(AKR)の活性を、対象の呼気中の前記酵素の外因性基質の濃度を測定すること及び/又は前記基質の代謝物の濃度を測定することにより評価する工程を含む、がんの検出又は予後診断のための方法における、ヒト身体により産生されない物質の使用に関する。
【0106】
本明細書において他に定義されなければ、本開示に関連して使用される科学技術用語は、当業者により一般的に理解される意味を有する。以上の開示は、本発明を製造及び使用する方法、並びにその最良の形態を含む、本発明の範囲に包含される主題の概要を提供するが、当業者が本発明を実施することを更に可能にするため、及びその完全な記述を提供するために以下の実施例が提供される。しかしながら、これらの実施例の詳細は、本発明の限定として読まれるべきではなく、本発明の範囲は、本開示に添付された特許請求の範囲及びその均等物から把握されるべきであることを当業者は認める。本発明の様々な更なる態様及び実施形態は、本開示を考慮して当業者に明らかである。
【0107】
本明細書において言及される全ての文献は、参照により全体が本明細書に組み込まれる。
【0108】
「及び/又は」は、本明細書において使用される場合、2つの指定された特徴又は成分のそれぞれの、他方を伴う又は伴わない特有の開示として解釈されるべきである。例えば、「A及び/又はB」は、それぞれが本明細書において個々に示されているのと同様に、(i)A、(ii)B並びに(iii)A及びBのそれぞれの特有の開示として解釈されるべきである。文脈が他に規定しなければ、上に示される特徴の記載及び定義は、本発明のいかなる特定の態様にも実施形態にも限定されず、記載される全ての態様及び実施形態に等しく適用される。
【実施例】
【0109】
本発明は、以下の非限定的な実施例において更に記載される。
【0110】
(実施例1)
AKR1B10発現が正常肺と比較して肺がんにおいて増加していることを確認するために、本発明者らは、肺腺癌(LUAD)及び肺扁平癌(LUSC)の独立したデータセットを分析したところ、がんと正常組織との対比においてmRNAレベルでAKR1B10は実際に活性化されている(
図1A)。本発明者らはまた、別のAKRアイソフォーム、即ち、AKR1B15の発現が両方の肺がんタイプで増加していることを見出した。AKR1B15は、AKR1B10との92%の相同性、並びに類似した基質特異性を示す(Gimenez-Dejoz、2015)。文献中で報告された証拠と共に、これらの発見は、AKR1B10及びAKR1B15の両方が脂質過酸化に対抗する機序として肺がん細胞中で活性化されることを示唆する。なお、AKR1B10は胃腸管中で通常発現されるが、AKR1B15は女性生殖器中で発現されることが見出されており(https://www.proteinatlas.org/)、いずれの酵素も正常肺中で発現されない。この発見は、AKR1B10-B15が、周囲正常肺組織中に存在せず、肺がんの存在を示す肺がん特異的代謝活性を表すことを示唆する。
【0111】
(実施例2)
シンナムアルデヒド及びシンナミルアルコール標準物質を測定することができる。観察されたのは、分析システムに注入された標準物質としての起源を持つ化学物質のウォッシュアウトであった。これは
図3に示される。実験では、標準物質を使用して、使用されるハードウェアを試験した。これは、これらの物質の濃度を決定するための分析方法が存在することを実証する。この実験のために使用されるTD-GC-MS(TOF)計測手段としては、BenchTOF HD、Agilent GC 7890B及びMarkes TD-100xrが挙げられる。
【0112】
(実施例3)
検出方法のワークフローは
図2に示される。
【0113】
外因性物質、例えば、シンナムアルデヒドを、例えば、約750mgのシナモン抽出物粉末を50mlの水に希釈することにより、既知の量で対象に与える(基質投与工程)。この液体は次に試験対象により経口摂取される。
【0114】
予め決定された時間、例えば、1~24時間後に、息試料を対象から採取する(息サンプリング工程)。代替的に、複数の息試料を定義された時点において採取する。息中の吐き出された基質、例えば、シンナムアルデヒド及び/又は吐き出された代謝物、例えば、シンナミルアルコールの濃度を、例えばTD-GC-MS(TOF)計測手段を使用して、測定する(図中で基質関連VOCと称される)(TD-GC-MS測定工程)。
【0115】
上記を健常対象、好ましくは複数の健常対象において実行して、健常対象についての参照値を確立する。上記を試験対象においても実行する。得られた試験対象値を次に、がんを有しない健常対象からの閾値と比較する。
【0116】
この比較に基づいて、標準的なアルゴリズム及び統計分析を使用して、リスクスコアを決定する(統計分析工程)。それに基づいて、疾患診断又は予後診断を行うことができる(図に示されない)。
【0117】
診断に応じて、治療を施す(図に示されない)。
【0118】