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7570350PSA定量用標準物質、その調製方法、PSA定量用標準液及びPSA定量方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-10
(45)【発行日】2024-10-21
(54)【発明の名称】PSA定量用標準物質、その調製方法、PSA定量用標準液及びPSA定量方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/50 20060101AFI20241011BHJP
   G01N 33/574 20060101ALI20241011BHJP
   G01N 33/531 20060101ALI20241011BHJP
   G01N 33/543 20060101ALI20241011BHJP
   C12Q 1/34 20060101ALI20241011BHJP
   C12Q 1/48 20060101ALI20241011BHJP
   C12Q 1/68 20180101ALI20241011BHJP
【FI】
G01N33/50 F
G01N33/574 A
G01N33/531 A
G01N33/543 575
C12Q1/34
C12Q1/48 Z
C12Q1/68
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2021562530
(86)(22)【出願日】2020-11-10
(86)【国際出願番号】 JP2020041874
(87)【国際公開番号】W WO2021111820
(87)【国際公開日】2021-06-10
【審査請求日】2023-10-11
(31)【優先権主張番号】P 2019221264
(32)【優先日】2019-12-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000206956
【氏名又は名称】大塚製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100138911
【弁理士】
【氏名又は名称】櫻井 陽子
(72)【発明者】
【氏名】金子 智典
(72)【発明者】
【氏名】彼谷 高敏
(72)【発明者】
【氏名】大谷 真紀子
【審査官】海野 佳子
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-076666(JP,A)
【文献】特開2013-238614(JP,A)
【文献】特開2004-239880(JP,A)
【文献】特開2015-006174(JP,A)
【文献】成松久,グライコミクス研究の基盤技術開発と糖鎖バイオマーカーの網羅的発見に向けて,医学のあゆみ,2008年05月24日,Vol.225,No.8,PP.623-628
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48-33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
特定の糖鎖を有する前立腺特異抗原(以下「PSA」という。)の定量解析に用いるPSA定量用標準物質であって、
下記構造式A~Dのうちのいずれかで表される配列の糖鎖を有するPSAの構造を有し、かつ天然物から単離・精製された化合物、天然物から化学的若しくは酵素的に改変された化合物、又は人工的に合成された化合物であることを特徴とするPSA定量用標準物質。
【化1】
【請求項2】
請求項1に記載のPSA定量用標準物を調製するPSA定量用標準物質の調製方法であって、下記(1)~(4)のいずれかの方法であることを特徴とするPSA定量用標準物質の調製方法。
(1)ヒト、培養細胞又は菌類に由来するPSAを含有する原料から単離、精製、希釈又は濃縮する調製方法。
(2)ヒト、培養細胞又は菌類に由来するPSAを含有する原料を用いて化学的又は酵素的に糖鎖分解若しくは糖鎖合成を行うことで目的の糖鎖構造を形成し、単離、精製、希釈又は濃縮する調製方法。
(3)ヒト由来のPSA抗原、培養細胞又は菌類由来のPSAを原料として用いて、人工的に合成した糖鎖を化学的若しくは酵素的な置換反応を利用して修飾糖鎖を交換する調製方法。
(4)糖鎖生合成に関与する酵素遺伝子に対して遺伝子組み換え技術を用いて形成された細胞又は菌類を用いる調製方法。
【請求項3】
請求項1に記載のPSA定量用標準物質を含有するPSA定量用標準液であって、 前記構造式A~Dのうちのいずれかで表される配列の糖鎖を有するPSAを含有することを特徴とするPSA定量用標準液。
【請求項4】
前記構造式A又はBで表される配列の糖鎖を有するPSAの両方を含有し、当該両方のPSAの総量が前記構造式A~D表される配列の糖鎖を有するPSAの総量に対して80質量%以上であることを特徴とする請求項3に記載のPSA定量用標準液。
【請求項5】
前記構造式A、B、C又はDで表される配列の糖鎖を有するPSAが、それぞれ、前記構造式A~D表される配列の糖鎖を有するPSAの総量に対して30~70質量%、20~50%質量%、1~10質量%及び1~10質量%の範囲内で含有されていることを特徴とする請求項3に記載のPSA定量用標準液。
【請求項6】
請求項1に記載のPSA定量用標準物質又は請求項3から請求項5までのいずれか一項に記載のPSA定量用標準液を用いるPSA定量方法であって、
検体における定量対象PSA由来のシグナルを計測する計測工程と、
前記対象PSA由来のシグナルと、前記対象PSAの量を示す測定結果との関係を示す定量情報に基づいて、前記計測工程において計測された前記対象PSA由来のシグナルを、前記対象PSAの量を示す定量結果に換算する定量工程とを有し、
前記定量工程においては、前記構造式A~Dのうち少なくとも1つの構造式で表される配列の糖鎖を有するPSAを参照化合物として、所定の濃度に調整した標準液における前記参照化合物由来のシグナルを、前記計測工程と同じ方法を用いて計測した結果と、前記所定の濃度との関係を、前記定量情報として用いることを特徴とするPSA定量方法。
【請求項7】
前記計測工程において用いる計測方法が、カラムクロマトグラフィー、質量分析法、又はリガンド結合法であることを特徴とする請求項6に記載のPSA定量方法。
【請求項8】
前記リガンド結合法において、表面プラズモン励起増強蛍光分光法を検出に用いることを特徴とする請求項7に記載のPSA定量方法。
【請求項9】
β-N-アセチルガラクトサミン残基を糖鎖の末端に有するPSAとの親和性が、当該β-N-アセチルガラクトサミン残基を糖鎖の末端に有さないPSAとの親和性より高いレクチン及び抗体を捕捉分子として使用することを特徴とする請求項6から請求項8までのいずれか一項に記載のPSA定量方法。
【請求項10】
前記レクチン及び抗体が、蛍光色素により標識されていることを特徴とする請求項9に記載のPSA定量方法。
【請求項11】
前記レクチンが、ノダフジレクチン(WFA)、ダイズ凝集素(SBA)、カラスノエンドウレクチン(VVL)又はキカラスウリレクチン(TJA-II)であることを特徴とする請求項9又は請求項10に記載のPSA定量方法。
【請求項12】
前記レクチン及び抗体を二次捕捉分子として使用する前記リガンド結合法に用いることを特徴とする請求項7から請求項11までのいずれか一項に記載のPSA定量方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、PSA定量用標準物質、その調製方法、PSA定量用標準液及びPSA定量方法に関する。より詳しくは、特定の糖鎖を有するPSAについて、糖鎖発現パターンの偏りも少なく、製造再現性も高く、高濃度の患者検体も定量が可能となるような汎用的な定量が可能であるPSA定量用標準物質等に関する。
【背景技術】
【0002】
前立腺癌や前立腺肥大症などの前立腺疾患に罹患していることを示す前立腺特異抗原(prostate specific antigen:以下、「PSA」と称する。)は、前立腺の腺細胞から前立腺の腺腔内に分泌されるタンパク質であり、前立腺に特異的に発現するタンパク質であるが、前立腺癌に特異的に発現するタンパク質ではなく、前立腺癌以外の前立腺肥大症及び前立腺炎などの疾患でも上昇することが知られている。
【0003】
また、PSAは、1本のアスパラギン結合型糖鎖(「N-グリカン鎖」とも称する。)を持つ糖タンパク質であるが、前立腺癌患者のPSAは、修飾されているN-グリカン鎖の末端糖鎖の構造に変化が生じていたり、高分岐化複合型糖鎖を持つことが知られており、また前立腺癌の患者に特異的な糖鎖を有しているのではないかと考えられている。
【0004】
すなわち、例えば、前立腺癌の患者に由来する血液試料中には、例えばN-アセチル-D-ガラクトサミンβ(1,4)N-アセチル-D-グルコサミン(以下「LacdiNAc」と称する。)残基を有するPSA(以下「LacdiNAc-PSA」と称する。)が、健常者や前立腺肥大症などの良性疾患の患者に由来する血液試料中と比較して、多く含まれていることが知られている。
【0005】
つまり、前立腺癌の発症によりPSAの糖鎖が変化して前記特定の糖鎖を有するPSA(「特定の糖鎖」とは、N-アセチル-D-ガラクトサミンβ(1,4)N-アセチル-D-グルコサミン残基を糖鎖の末端に有するものであり、本特徴の糖鎖はWFAレクチンと親和性を認められている。この糖鎖が修飾されたPSAを総称してPSA糖鎖修飾異性体(PSA-Gi)と呼んでいる。)が増加し、前立腺癌患者の血液試料中では前記特定の糖鎖を有するPSAは高い濃度であることが観察される。
【0006】
これに対して、前立腺肥大症が発症してもそのような糖鎖の変化は起きないため、前立腺肥大症患者では前記特定の糖鎖を有するPSAの濃度には、変化が観察されない。
このことにより、血液試料中の前記特定の糖鎖を有するPSAの濃度を測定することにより、前立腺癌の患者と前立腺肥大症の患者とを判別することができるということが知られている。
【0007】
本願の発明者らは、PSA分子上のWFAレクチンと親和性を有する成分の量を測定することで前立腺癌と前立腺肥大症のような良性疾患を既存のPSA検査に対して優れた性能で判別できることを報告してきた(例えば、特許文献1参照)。
【0008】
前立腺癌が疑われる患者検体中に含まれる前立腺特異抗原糖鎖修飾異性体(PSA-Gi)を高い正確性、再現性で定量を行うためには前立腺癌患者検体中に分泌される癌性変化した特定の糖鎖構造と発現プロファイルが類似した標準物質を準備する必要がある。
従来の標準物質としては、癌性変化した特定の糖鎖を有するPSA(PSA-Gi)が高濃度で含まれる検体などが利用されることがあった。 しかし、患者ドナーの変化により、糖鎖構造配列が変化することがあり、抗体、レクチン等の反応性が大幅に変動する可能性があるため、値の継続性及び再現性などに問題を有している。
【0009】
これまでは、蛍光分光法等により、特定の糖鎖を有するPSAを定量する方法があったが、その定量には、培養液中に含まれる培養細胞が産生(分泌)したPSAを段階的に希釈したものの測定結果(シグナル)を参照して、検体中の特定の糖鎖を有するPSAの濃度を定量していた(例えば、特許文献1参照)。また、別の方法として、PSAを高濃度で含まれる癌患者の血清をプールしたものを用意し、それを段階的に希釈したものの測定結果を参照するといった方法がある。
【0010】
特定の糖鎖を有するPSAの定量において、培養細胞が産生したPSAを用いた場合や高濃度検体を用いた場合には、下記の欠点がある。
【0011】
(1)患者の血清や培養細胞由来の培養液では、分泌されるPSAタンパク質中の極一部(患者検体では1~5%程度)しか特定の糖鎖を有しないため、特定の糖鎖を有するPSAの産生量が微少であり、濃度とシグナルの関係でプロットされる検量線のダイナミックレンジが狭く、定量できる濃度範囲が限られてしまい、高濃度検体の定量が困難になる。
【0012】
(2)ある患者由来の血清や特定の培養細胞由来の抗原をそのまま利用する場合には、修飾された糖鎖構造パターンが偏っていることが想定され、幅広い患者サンプルに近い検出試薬の認識性を得られない可能性があり汎用性が低く、偽陽性や偽陰性の可能性も生じてしまう。
【0013】
(3)糖鎖の修飾パターンは非常に複雑であり、PSA分子上での糖鎖修飾の種類としては30種類以上の構造が知られている。そのため、患者由来のPSA抗原や特定の培養細胞由来のPSAをそのまま標準物質として用いた場合、原材料のロットが切り替わった際に、ロット間で同様の性質を示すPSA抗原を安定的に継続して準備することは非常に困難である。
【0014】
上記事由により、糖鎖発現パターンの偏りも少なく、高濃度の患者検体も定量が可能となるような汎用的な定量が可能である標準物質が望まれている。また、標準物質は安定、継続的に供給ができることも求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【文献】特開2013-076666号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明は、上記問題・状況を鑑みてなされたものであり、その解決課題は、特定の糖鎖を有するPSAについて、糖鎖発現パターンの偏りも少なく、製造再現性も高く、高濃度の患者検体も定量が可能となるような汎用的な定量が可能であるPSA定量用標準物質、その調製方法、PSA定量用標準液及びPSA定量方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者は、上記課題を解決すべく、前立腺癌などの癌の発症に関連するPSAの糖鎖について検討する過程において、糖鎖の(非還元)末端に特定の残基を有するPSAが特定の癌と重要な相関性を有していることを見出し本発明に至った。
すなわち、本発明に係る上記課題は、以下の手段により解決される。
【0018】
1.特定の糖鎖を有する前立腺特異抗原(以下「PSA」という。)の定量解析に用いるPSA定量用標準物質であって、
下記構造式A~Dのうちのいずれかで表される配列の糖鎖を有するPSAの構造を有し、かつ天然物から単離・精製された化合物、天然物から化学的若しくは酵素的に改変された化合物、又は人工的に合成された化合物であることを特徴とするPSA定量用標準物質。
【化1】
【0019】
2.第1項に記載のPSA定量用標準物を調製するPSA定量用標準物質の調製方法であって、下記(1)~(4)のいずれかの方法であることを特徴とするPSA定量用標準物質の調製方法。
(1)ヒト、培養細胞又は菌類に由来するPSAを含有する原料から単離、精製、希釈又は濃縮する調製方法。
(2)ヒト、培養細胞又は菌類に由来するPSAを含有する原料を用いて化学的又は酵素的に糖鎖分解若しくは糖鎖合成を行うことで目的の糖鎖構造を形成し、単離、精製、希釈又は濃縮する調製方法。
(3)ヒト由来のPSA抗原、培養細胞又は菌類由来のPSAを原料として用いて、人工的に合成した糖鎖を化学的若しくは酵素的な置換反応を利用して修飾糖鎖を交換する調製方法。
(4)糖鎖生合成に関与する酵素遺伝子に対して遺伝子組み換え技術を用いて形成された細胞又は菌類を用いる調製方法。
【0020】
3.第1項に記載のPSA定量用標準物質を含有するPSA定量用標準液であって、 前記構造式A~Dのうちのいずれかで表される配列の糖鎖を有するPSAを含有することを特徴とするPSA定量用標準液。
【0021】
4.前記構造式A又はBで表される配列の糖鎖を有するPSAの両方を含有し、当該両方のPSAの総量が前記構造式A~Dで表される配列の糖鎖を有するPSAの総量に対して80質量%以上であることを特徴とする第3項に記載のPSA定量用標準液。
【0022】
5.前記構造式A、B、C又はDで表される配列の糖鎖を有するPSAが、それぞれ、前記構造式A~Dで表される配列の糖鎖を有するPSAの総量に対して30~70質量%、20~50%質量%、1~10質量%及び1~10質量%の範囲内で含有されていることを特徴とする第3項に記載のPSA定量用標準液。
【0023】
6.第1項に記載のPSA定量用標準物質又は第3項から第5項までのいずれか一項に記載のPSA定量用標準液を用いるPSA定量方法であって、 検体における定量対象PSA由来のシグナルを計測する計測工程と、
前記対象PSA由来のシグナルと、前記対象PSAの量を示す測定結果との関係を示す定量情報に基づいて、前記計測工程において計測された前記対象PSA由来のシグナルを、前記対象PSAの量を示す定量結果に換算する定量工程とを有し、
前記定量工程においては、前記構造式A~Dのうち少なくとも1つの構造式で表される配列の糖鎖を有するPSAを参照化合物として、所定の濃度に調整した標準液における前記参照化合物由来のシグナルを、前記計測工程と同じ方法を用いて計測した結果と、前記所定の濃度との関係を、前記定量情報として用いることを特徴とするPSA定量方法。
【0024】
7.前記計測工程において用いる計測方法が、カラムクロマトグラフィー、質量分析法、又はリガンド結合法であることを特徴とする第6項に記載のPSA定量方法。
【0025】
8.前記リガンド結合法において、表面プラズモン励起増強蛍光分光法を検出に用いることを特徴とする第7項に記載のPSA定量方法。
【0026】
9.β-N-アセチルガラクトサミン残基を糖鎖の末端に有するPSAとの親和性が、当該β-N-アセチルガラクトサミン残基を糖鎖の末端に有さないPSAとの親和性より高いレクチン及び抗体を捕捉分子として使用することを特徴とする第6項から第8項までのいずれか一項に記載のPSA定量方法。
【0027】
10.前記レクチン及び抗体が、蛍光色素により標識されていることを特徴とする第9項に記載のPSA定量方法。
【0028】
11.前記レクチンが、ノダフジレクチン(WFA)、ダイズ凝集素(SBA)、カラスノエンドウレクチン(VVL)又はキカラスウリレクチン(TJA-II)であることを特徴とする第9項又は第10項に記載のPSA定量方法。
【0029】
12.前記レクチン及び抗体を二次捕捉分子として使用する前記リガンド結合法に用いることを特徴とする第7項から第11項までのいずれか一項に記載のPSA定量方法。
【発明の効果】
【0030】
本発明の手段により、特定の糖鎖を有するPSAについて、糖鎖発現パターンの偏りも少なく、製造再現性も高く、高濃度の患者検体も定量が可能となるような汎用的な定量が可能であるPSA定量用標準物質、その調製方法、PSA定量用標準液及びPSA定量方法を提供することができる。
【0031】
本発明に係る特定の糖鎖を有するPSAの発現機構ないし作用機構については、明確にはなっていない。
しかし、被検試料における特定の糖鎖を有するPSAの量を本発明のPSA定量用標準物質を用いた検量線に基づいて測定することにより、糖鎖発現パターンの偏りも少なく、製造再現性も高く、高濃度の患者検体も定量が可能となるような汎用的な定量が可能である。
【0032】
その理由は、培養細胞は一般的に高度に悪性化が進んだ組織や転移部位から抽出した細胞を不死化した形で作製されたものである。そのため、前立腺癌罹患初期や転移性を獲得するまでの段階での発現糖鎖種は一部で共通の構造を有しているが、より構造が複雑になり、末端に提示している癌特異的な糖鎖残基の数が増加していることが推察される。
【0033】
WFAレクチンなどの糖鎖認識分子は一般的に認識分子の密度が高まることで多価の効果が生じ、結合量が上昇することが確認されている。そのため対象糖鎖の数が多い糖鎖が提示している抗原と、そうではない抗原では同じ1本の糖鎖分子でも反応性が大きく異なってしまう。PSA濃度の高い高悪性度の患者検体や前立腺癌細胞株の分泌物を標準物質とした場合に、WFAレクチンなどの糖鎖認識分子の反応性に偏りが生じた標準物質となると推察される。
【0034】
なお、被検試料に係る被検者の癌の罹患、発症又は悪性度等に関する情報を精度良く生成することができることから、簡便かつ非侵襲的な方法により被検試料に係る被検者の癌の罹患、発症又は悪性度を迅速に評価することができ、患者及び医師の負担を軽減することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
図1】SPFS測定装置による測定における反応ステップを模式的に示す概念図
図2】各種PSA含有溶液を用いて作成した検量線例を示す図
図3】電気泳動による標準物質の精製度確認実験の結果の一例を示す図
図4】主要糖鎖構造成分のエクストライオンクロマトグラムを示す図
図5】構造式A~Fで表される配列の糖鎖を有するPSAの糖鎖配列情報
図6】製造ロットごとの糖鎖含有比率を示す図
図7A】希釈直線性試験結果を示す表
図7B】希釈直線性試験結果を示す図
図8】SPFS測定装置の概略を模式的に示す概略図
図9図8のSPFS測定装置の部分拡大図
【発明を実施するための形態】
【0036】
本発明のPSA定量用標準物質は、特定の糖鎖を有する前立腺特異抗原(以下「PSA」という。)の定量解析に用いるPSA定量用標準物質であって、前記構造式A~Dのうちのいずれかで表される配列の糖鎖を有するPSAの構造を有し、かつ天然物から単離・精製された化合物、天然物から化学的若しくは酵素的に改変された化合物、又は人工的に合成された化合物であることを特徴とする。
この特徴は、下記実施形態に共通又は対応する技術的特徴である。
【0037】
本発明のPSA定量用標準物質の調製方法は、前記PSA定量用標準物を調製するPSA定量用標準物質の調製方法であって、前記(1)~(4)のいずれかの調製方法であることを特徴とする。
【0038】
また、本発明のPSA定量用標準液は、前記PSA定量用標準物質を含有する定量用標準液であって、前記構造式A~Dのうちのいずれかで表される配列の糖鎖を有するPSAを含有することを特徴とする。これを用いることにより特定の糖鎖を有するPSAについて、糖鎖発現パターンの偏りも少なく、製造再現性も高く、高濃度の患者検体も定量が可能となるような汎用的な定量が可能となる。
【0039】
また、前記構造式A又はBで表される配列の糖鎖を有するPSAの両方を含有し、当該両方のPSAの総量が前記構造式A~Dで表される配列の糖鎖を有するPSAの総量に対して80質量%以上であることが本発明に係る課題解決の観点から好ましい。さらに、前記構造式A、B、C又はDで表される配列の糖鎖を有するPSAが、それぞれ、前記構造式A~Dで表される配列の糖鎖を有するPSAの総量に対して30~70質量%、20~50%質量%、1~10質量%及び1~10質量%の範囲内で含有されていることが一層好ましい。
【0040】
本発明のPSA定量方法は、前記PSA定量用標準物質又は前記PSA定量用標準液を用いるPSA定量方法であって、検体における定量対象PSA由来のシグナルを計測する計測工程と、前記対象PSA由来のシグナルと、前記対象PSAの量を示す測定結果との関係を示す定量情報に基づいて、前記計測工程において計測された前記対象PSA由来のシグナルを、前記対象PSAの量を示す定量結果に換算する定量工程とを有し、前記定量工程においては、前記構造式A~Dのうち少なくとも1つの構造式で表される配列の糖鎖を有するPSAを参照化合物として、所定の濃度に調整した標準液における前記参照化合物由来のシグナルを、前記計測工程と同じ方法を用いて計測した結果と、前記所定の濃度との関係を、前記定量情報として用いることを特徴とする。
当該PSA定量方法を用いることにより特定の糖鎖を有するPSAについて、糖鎖発現パターンの偏りも少なく、高濃度の患者検体も定量が可能となるような汎用的な定量が可能となる。
【0041】
実施形態としては、前記計測工程において用いる計測方法が、カラムクロマトグラフィー、質量分析法、又はリガンド結合法であることが、精度、簡便性等の観点から好ましい。また、前記リガンド結合法において、表面プラズモン励起増強蛍光分光法を検出に用いることが好ましい。
【0042】
本発明においては、β-N-アセチルガラクトサミン残基を糖鎖の末端に有するPSAとの親和性が、当該β-N-アセチルガラクトサミン残基を糖鎖の末端に有さないPSAとの親和性より高いレクチン及び抗体を捕捉分子として使用することが好ましい。
【0043】
また、前記レクチン及び抗体が、蛍光色素により標識されていることが好ましい。さらに、前記レクチンが、ノダフジレクチン(WFA)、ダイズ凝集素(SBA)、カラスノエンドウレクチン(VVL)又はキカラスウリレクチン(TJA-II)であることが好ましい。なお、前記レクチン及び抗体を二次捕捉分子として使用する前記リガンド結合法に用いることが精度等の観点から好ましい。
【0044】
以下、本発明とその構成要素、及び本発明を実施するための形態・態様について詳細な説明をする。なお、本願において、「~」は、その前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む意味で使用する。
【0045】
本願において、「天然物」とは、生物すなわち動物・植物・微生物など生命をもつものが産生する物質をいう。
また、「アナライト」(「検出対象糖鎖」、「検出対象」、「被検物」ともいう。)とは、バイオマーカーとなる抗原である糖タンパク質が特異的に有する糖鎖又特定の糖鎖を有するPSAであって、当該アナライトを検出するために、検出用レクチンや抗体を結合させることが意図される糖鎖又は当該糖鎖を有するPSAをいう。
その他、本明細書等において用いられる用語の意義は、適宜説明する。
【0046】
1.PSA定量用標準物質
本発明のPSA定量用標準物質は、特定の糖鎖を有する前立腺特異抗原(以下「PSA」という。)の定量解析に用いるPSA定量用標準物質であって、下記構造式A~Dのうちのいずれかで表される配列の糖鎖を有するPSAの構造を有し、かつ天然物から単離・精製された化合物、天然物から化学的若しくは酵素的に改変された化合物、又は人工的に合成された化合物であることを特徴とする。
【0047】
ここで、「特定の糖鎖を有するPSA」とは、検体中に混在する様々な糖鎖修飾異性体を有するPSAのうち被検対象(標的)となる糖鎖を有するPSAをいう。また、「糖鎖修飾異性体」とは、種々の糖が種々の順序で配列した構造の糖鎖を有するPSA、すなわち種々の糖が種々の順序で配列した構造の糖鎖で修飾されたPSAを総称してPSA糖鎖修飾異性体(PSA-glycosylation isomer;「PSA-Gi」と略称する。)という。
【0048】
また、「PSA定量用標準物質」とは、検体中のPSAについて定量測定することができる基準を確立するのに適した化合物をいう。
【0049】
1.1 標準物質の糖鎖の配列構造
本発明のPSA定量用標準物質は、下記構造式A~Dのうちのいずれかで表される配列の糖鎖を有するPSAの構造を有する化合物である。
【0050】
【化2】
【0051】
なお、上記構造式中の糖の略称記号の意義は、それぞれ下記のとおりである。
Gal:ガラクトース
GalNAc:N-アセチルガラクトサミン
GlcNAc:N-アセチルグルコサミン
Man:マンノース
Fuc:フコース
【0052】
上記構造式で表される配列の糖鎖を有するPSAを標準物質(参照化合物)として用いることにより、特定の糖鎖を有するPSAについて、糖鎖発現パターンの偏りも少なく、製造再現性も高く、高濃度の患者検体も定量が可能となるような汎用的な定量が可能である。
【0053】
なお、上記構造を有する標準物質を含有する標準液を調製する場合、目的に応じて、一種の単独使用でも又は複数種の併用もできる。複数の前立腺癌細胞株、前立腺癌患者血清中のPSAに修飾される糖鎖配列の質量分析等による解析の結果、前記構造式A~Dに相当する構造が検出されており、また末端LacdiNAc構造を有する成分のうち構造式A~Dの構造が主成分であると推定される。
【0054】
1.2 PSA定量用標準物質の調製方法
本発明のPSA定量用標準物質の調製方法は、下記方法のいずれかの方法である。なお、下記方法のうち、複数の方法を併用する方法であっても良い。
【0055】
(1)ヒト、培養細胞又は菌類に由来するPSAを含有する原料から単離、精製、希釈又は濃縮する調製方法。
(2)ヒト、培養細胞又は菌類に由来するPSAを含有する原料を用いて化学的又は酵素的に糖鎖分解若しくは糖鎖合成を行うことで目的の糖鎖構造を形成し、単離、精製、希釈又は濃縮する調製方法。
(3)ヒト由来のPSA抗原、培養細胞又は菌類由来のPSAを原料として用いて、人工的に合成した糖鎖を化学的若しくは酵素的な置換反応を利用して修飾糖鎖を交換する調製方法。
(4)糖鎖生合成に関与する酵素遺伝子に対して遺伝子組み換え技術を用いて形成された細胞又は菌類を用いる調製方法。
【0056】
例えば、上記(1)の調製方法としては、例えば、ヒト精漿又は培養細胞の培養液を抗PSA抗体カラムクロマトグラフィーによるアフィニティー精製を実施する。続けてWFAレクチンカラムクロマトグラフィーを用いてWFAレクチンへ結合性を有する特定の糖鎖を有するPSAを単離・精製する。または高濃度にWFAレクチンへ親和性を有する糖鎖を発現する培養細胞の培養上清を濃縮等行うことで作製する。
【0057】
また、上記(2)の調製方法としては、例えば、精漿由来PSAの糖鎖を癌細胞から分泌される特定の糖鎖構造へ改変するため、糖加水分解酵素であるノイラミニダーゼを用いて末端シアル酸の加水分解をする。その後、加水分解処理を行った精漿由来PSAをアフィニティーカラムクロマトグラフィーによってWFAレクチンなど(N-アセチルガラクトサミンを含むLacdiNAc構造と反応性を示す分子など、例えばレクチンや糖鎖認識抗体及びアプタマーなど)と親和性を有する糖鎖修飾がされたPSAのみを単離・精製・濃縮する。
【0058】
また、上記(3)の調製方法としては、例えば精漿由来PSAを糖タンパク質のN型糖鎖の脱離酵素であるENGase(エンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼ)にて処理を行い、人工的に合成したN型糖鎖を改変加水分解酵素endo CC N180Hを用いて置換したPSAを単離・精製する。
【0059】
また、上記(4)の調製方法としては、例えばCHO細胞あるいはHEK293細胞等を用いて糖転移酵素の遺伝子組み換え技術を用いて目的の糖鎖配列の発現量を向上させたクローンを作製し、PSAを産生させ単離・精製する。
【0060】
なお、単離精製されたPSA(PSA-Gi)のタンパク質としての純度は、例えば電気泳動法によって測定できる。また、単離精製されたPSAが有する糖鎖の配列は、LC-MSを用いて網羅的に解析し、当該PSAに含まれる特定の糖鎖配列の含有比率を算出することができる。従って、これらの測定・解析結果に基づき、目的の糖鎖含有比率となるように標準物質を調製することができる。
【0061】
2.PSA定量用標準液
本発明のPSA定量用標準液は、前記PSA定量用標準物質を含有する定量用標準液であって、前記構造式A~Dのうちのいずれかで表される配列の糖鎖を有するPSAを含有することを特徴とする。
【0062】
2.1 PSA定量用標準液の組成
実施形態としては、前記構造式A又はBで表される配列の糖鎖を有するPSAの両方を含有し、当該両方のPSAの総量が前記構造式A~D表される配列の糖鎖を有するPSAの総量に対して80質量%以上であることが、定量精度及び汎用性の観点から好ましい。
【0063】
また、前記構造式A、B、C又はDで表される配列の糖鎖を有するPSAが、それぞれ、前記構造式A~D表される配列の糖鎖を有するPSAの総量に対して30~70質量%、20~50%質量%、1~10質量%及び1~10質量%の範囲内で含有されていることが、一層高い定量精度及び汎用性の観点から好ましい。
患者サンプルの質量分析による解析で多くの検体で、上記のような存在分布が推定され、検体に汎用的な標準物質とするためには上記の組成が有効である。
【0064】
2.2 PSA定量用標準液の調製方法
PSA定量用標準液の調製方法としては、前記PSA定量用標準物質を所定量を適切な溶媒に含有させる方法が好ましい。
【0065】
標準液の溶媒としては、例えば緩衝液が挙げられる。通常この分野で使用されるものであれば特に限定されないが、通常pH 5.0~10.0、好ましくはpH 6.5~8.5の中性付近に緩衝作用を有するものが挙げられる。具体的には、例えばTris-HCl緩衝液、トリス緩衝生理食塩水、MES緩衝液、HEPES緩衝液、ホウ酸緩衝液、リン酸緩衝液、リン酸緩衝生理食塩水、ベロナール緩衝液、グッド緩衝液等が挙げられる。また、これらの緩衝液の緩衝剤濃度としては、通常5~1000mM、好ましくは5~300mMの範囲から適宜選択される。
【0066】
緩衝液には、更に増感剤、界面活性剤、防腐剤(例えばアジ化ナトリウム、サリチル酸、安息香酸等)、安定化剤(例えばアルブミン、グロブリン、水溶性ゼラチン、界面活性剤、糖類等)、賦活剤その他この分野で用いられているものであって、共存する試薬との安定性を阻害したり、抗原抗体反応を阻害しないものを有していてもよい。またこれら試薬類等の濃度範囲等も、公知の測定方法において通常用いられる濃度範囲等を適宜選択して用いればよい。
【0067】
2.3 検量線の作成
本発明のPSA定量方法は、定量工程において、前記構造式A~Dのうち少なくとも1つの構造式で表される配列の糖鎖を有するPSAを参照化合物として、複数の所定の濃度に変化させて調整した標準液について前記参照化合物由来のシグナルを計測した結果と前記所定の濃度との関係を定量情報として用いることを特徴とする。
【0068】
具体例としては、参照化合物であるPSAの濃度と当該参照化合物由来のシグナルの強度との関係をグラフ化した検量線を予め作成しておくことが好ましい。この検量線に示されているPSAの濃度とシグナルの強度との関係に基づいて、検体における定量対象PSA由来のシグナル強度に対応するPSAの濃度を決定すること、すなわち定量をすることができる。
【0069】
3.定量用標準液を用いるPSA定量方法
本発明の定量用標準液を用いるPSA定量方法は、前記PSA定量用標準物質又は前記定量用標準液を用いるPSA定量方法であって、
(a)検体における定量対象PSA由来のシグナルを計測する計測工程と、
(b)前記対象PSA由来のシグナルと、前記対象PSAの量を示す測定結果との関係を示す定量情報に基づいて、前記計測工程において計測された前記対象PSA由来のシグナルを、前記対象PSAの量を示す定量結果に換算する定量工程とを有し、
前記定量工程においては、前記構造式(A)~(D)のうち少なくとも1つの構造式で表される配列の糖鎖を有するPSAを参照化合物として、所定の濃度に調整した標準液における前記参照化合物由来のシグナルを、前記計測工程と同じ方法を用いて計測した結果と、前記所定の濃度との関係を、前記定量情報として用いることを特徴とする。
【0070】
実施形態としては、前記計測工程において用いる計測方法が、カラムクロマトグラフィー、質量分析法、又はリガンド結合法であることが、精度、簡便性等の観点から好ましい。また、前記リガンド結合法において、表面プラズモン励起増強蛍光分光法を検出に用いることが好ましい。
【0071】
本発明においては、β-N-アセチルガラクトサミン残基を糖鎖の末端に有するPSAとの親和性が、当該β-N-アセチルガラクトサミン残基を糖鎖の末端に有さないPSAとの親和性より高いレクチン及び抗体を捕捉分子として使用することが精度を高める点で好ましい。
【0072】
また、前記レクチン及び抗体が、蛍光色素により標識されていることが好ましい。さらに、前記レクチンが、ノダフジレクチン(WFA)、ダイズ凝集素(SBA)、カラスノエンドウレクチン(VVL)又はキカラスウリレクチン(TJA-II)であることが好ましい。なお、前記レクチン及び抗体を二次捕捉分子として使用する前記リガンド結合法に用いることが精度等の観点から好ましい。
【0073】
リガンド結合法は、アナライトに対して特異的に結合する「結合試薬(リガンド)」を利用して、アナライト濃度を定量する方法である。
結合試薬として、アナライトに対する抗体が用いられることが多く、リガンド結合法の多くは、抗原抗体の結合を利用した免疫学的な測定法(イムノアッセイ)である。
【0074】
リガンド結合法の中で、最もよく用いられているものは、酵素標識抗体を用いたEIA(enzyme immunoassay:酵素免疫測定法)である。
上記EIA中でも、最も一般的な方法は、非競合ELISA(enzyme‐linked immunosorbent assay)であり、通例、結合試薬を固相化したプレートに試料を添加してアナライトを結合させ、さらに、もう一つの結合試薬(酵素標識抗体)を結合させて、発色、発光又は蛍光基質の変換により得られる信号を指標として、固相に結合したアナライトを検出する。
【0075】
標準物質を用いて作成した検量線により、試料中のアナライト濃度が算出される。結合試薬として酵素標識抗体を利用するEIAの他、放射性同位元素標識抗体を利用するRIA(radio immunoassay:放射免疫測定法)、Ru(ルテニウム)標識抗体を利用するECLIA(electrochemiluminescence immunoassay:電気化学発光免疫測定法)、ランタノイド標識抗体を利用するTRFIA(time‐resolved fluorescence immunoassay:時間分解蛍光免疫測定法)等がある。
【0076】
リガンド結合法の多くは、プレート上で結合試薬と薬物を結合させ、プレートリーダーにより光学的な信号を検出する分析法であるが、連続フロー方式によるSPR(surface plasmon resonance:表面プラズモン共鳴)測定装置のように、流路を持つ分析機器が用いられる場合もあり、プレートを用いる分析法に限定されるものではない。
【0077】
また、SPFS(surface plasmon‐field enhanced fluorescence spectroscopy:表面プラズモン励起増強蛍光分光)法のような流路や反応キュベット型の測定チップを用いた分析機器が用いられる場合もある。
【0078】
3.1 定量対象PSA由来のシグナル計測工程及び定量工程
PSA由来のシグナルを計測する計測工程においては、従来公知の計測方法用いることができるが、以下においては、典型的例として、表面プラズモン励起増強蛍光分光(SPFS)法を用いた場合の計測及び定量方法について述べる。
【0079】
なお、表面プラズモン励起増強蛍光分光(SPFS)法を用いた場合の計測及び定量方法は、基本的態様としては、図1に示すように下記反応ステップを順次実施することにより蛍光シグナルの測定を行う。ただし、下記ステップによる方法に限定されるものではない。
【0080】
(i)検体中のアナライトを抗体に固定(捕捉)させるステップ。
(ii)洗浄ステップ
(iii)レクチンの蛍光標識化ステップ
(iv)洗浄ステップ
(v)蛍光シグナル強度測定ステップ
以下において、当該計測・定量方法及び関連する主要技術要素等について詳細な説明をする。
【0081】
(a1)表面プラズモン励起増強蛍光分光(SPFS)法
PSA由来のシグナルの計測測定法として、表面プラズモン励起増強蛍光分光(surface plasmon-field enhanced fluorescence spectroscopy:SPFS)法が好適に用いられる。
【0082】
SPFSは、誘電体部材上に形成された金属薄膜に全反射減衰(ATR)が生じる角度で励起光を照射したときに、金属薄膜を透過したエバネッセント波が表面プラズモンとの共鳴により数十倍~数百倍に増強されることを利用して、金属薄膜近傍に捕捉されたアナライト(分析対象物)を標識する蛍光体を効率的に励起させ、その蛍光シグナルを測定する方法である。このようなSPFSは、一般的な蛍光標識法などに比べて極めて感度が高いため、サンプル中にアナライトがごく微量しか存在しない場合であってもそれを定量することができる。
【0083】
本発明に係る特定の残基を糖鎖の末端に有するPSA由来のシグナルを計測する方法は、SPFSを用いて、例えばβ-N-アセチルガラクトサミン残基を糖鎖の末端に有するPSAを定量する方法であって、β-N-アセチルガラクトサミン残基を糖鎖の末端に有するPSAとの親和性が、当該残基を糖鎖の末端に有さないPSAとの親和性より高いレクチンを捕捉分子として使用する態様の方法であることが好ましい。
【0084】
このようなレクチンとしては、これら残基と結合し得るレクチンであれば、例えばノダフジレクチン(WFA)、ダイズ凝集素(SBA)、カラスノエンドウレクチン(VVL)又はキカラスウリレクチン(TJA-II)等であれば何れのものも用いることができるが、特に、ノダフジレクチン(WFA)を用いることが好ましい。また、このようなレクチンを蛍光色素により標識されたレクチンとして用いることが好ましい。
【0085】
本発明の定量方法は、例えば、このようなレクチンを二次捕捉分子として用いるサンドイッチアッセイや競合アッセイ、免疫沈降アッセイなどに用いることが好ましい。
本発明において、「β-N-アセチルガラクトサミン残基を糖鎖の末端に有するPSA」を「特定の糖鎖を有するPSA」又は単に「特定アナライト」ともいい、「これら残基を糖鎖の末端に有さないPSA」を「特定の糖鎖を有さないPSA」又は単に「非特定アナライト」ともいい、さらに、これらPSAをまとめて単に「アナライト」ともいう。また「蛍光色素により標識されたレクチン」を単に「蛍光標識レクチン」や「蛍光標識されたレクチン」とも記載する。
【0086】
本発明の定量方法を流路内かつサンドイッチアッセイとして実施し、上記レクチンとして蛍光標識レクチンを用いる場合、本発明は、アナライトと蛍光標識レクチンとの反応後にこの蛍光標識レクチンを強力に洗浄することなく、アナライトと蛍光標識レクチンとの結合による蛍光量(蛍光強度)を測定することができる。
蛍光を検出する際、SPFSによる増強電場が界面からの高さ200~300nm(励起波長の半分程度)の範囲にしか及ばず、ブラウン運動をしている蛍光標識レクチンの蛍光色素をほとんど励起することなく、結合反応に預かる蛍光標識レクチンを選択的に観察することができる特徴が上記を実現させており、結合活性の低い糖鎖とレクチンの反応検出に有利な点である。
【0087】
本発明において、SPFSを用いたサンドイッチアッセイを実施する際に、透明支持体と、透明支持体の一方の表面に形成された金属薄膜と、該金属薄膜の、透明支持体とは接していないもう一方の表面に形成された自己組織化単分子膜〔SAM〕と、該SAMの、該金属薄膜とは接していないもう一方の表面に固定化されたリガンド(固定化された一次捕捉分子、好ましくは固相一次抗体)とを含むセンサーチップを用いることが好ましい。
さらに好ましくは、透明支持体と上記金属薄膜と上記SAMと上記リガンドとに加えて3次元構造を有する固相化層とを含むセンサーチップを用いることであって、該固相化層は該SAMの該金属薄膜とは接していないもう一方の表面に形成され、該リガンド(一次捕捉分子、好ましくは一次抗体)は該固相化層(好ましくは、該固相化層の中及び外面)に固定化されている。
【0088】
本発明の定量方法をサンドイッチアッセイに適用した場合、このようなセンサーチップを用いるのが好ましく、
工程(i)として、アナライトを含有する検体をセンサーチップに接触させた後、リガンドに結合した該アナライト以外の検体に含有される成分を洗浄し;
工程(ii)として、蛍光色素が標識されたレクチンを、工程(i)を経て得られたセンサーチップに接触させ;
工程(iii)として、SPFSに基づき、透明支持体の、上記金属薄膜を形成していないもう一方の表面からレーザー光を照射し、励起された蛍光色素から発光された蛍光量を測定し、その結果から検体中に含有される特定アナライト量を算出する、上記工程(i)~(iii)を含むことが好ましい。
【0089】
(捕捉分子)
本発明において、「捕捉分子」とは、サンドイッチアッセイ(一次捕捉分子であっても二次捕捉分子であってもよく、蛍光色素に標識されていても、されていなくてもよい。)に限らず、SPFSを使用するあらゆるアッセイにおいて、特定アナライトを捕捉するために用いる分子を意味する。
【0090】
このような捕捉分子として、本発明においては、当該捕捉分子あるいは一次捕捉分子と二次捕捉分子とを用いるサンドイッチアッセイ等にあっては、少なくともいずれか一方の捕捉分子は、β-N-アセチルガラクトサミン残基を糖鎖の末端に有するPSAとの親和性が、これら残基を糖鎖の末端に有さないPSAとの親和性より高いレクチン、好ましくは蛍光標識されたレクチンであり、また好ましくはノダフジレクチン〔WFA〕であり、より好ましくは蛍光標識されたノダフジレクチン〔WFA〕であり、さらに好ましくはこのようなレクチンの解離速度定数〔kd〕が1.0×10-6~1.0×10-4(S-1)である。
【0091】
WFAは、ノダフジの種子から抽出・精製されるレクチンであって、β-N-アセチルガラクトサミン残基(GalNAcβ1→)を非還元末端に有するGalNAcβ1→4Gal残基及びGalNAcβ1→4GlcNAc(LacdiNAc)残基にも強い親和性を示す。
【0092】
(蛍光色素)
レクチンを標識する蛍光色素とは、本発明において、所定の励起光を照射する、又は電界効果を利用して励起することによって蛍光を発光する物質の総称であり、該「蛍光」は、燐光など各種の発光も含む。
【0093】
本発明で用いてもよい蛍光色素は、金属薄膜による吸光に起因する消光を受けない限りにおいて、その種類に特に制限はなく、公知の蛍光色素のいずれであってもよい。一般に、単色比色計〔monochromometer〕よりむしろフィルタを備えた蛍光計の使用をも可能にし、かつ検出の効率を高める大きなストークス・シフトを有する蛍光色素が好ましい。
【0094】
このような蛍光色素としては、例えば、フルオレセイン・ファミリーの蛍光色素(Integrated DNA Technologies社製),ポリハロフルオレセイン・ファミリーの蛍光色素(アプライドバイオシステムズジャパン(株)製),ヘキサクロロフルオレセイン・ファミリーの蛍光色素(アプライドバイオシステムズジャパン(株)製),クマリン・ファミリーの蛍光色素(インビトロジェン(株)製),ローダミン・ファミリーの蛍光色素(GEヘルスケア バイオサイエンス(株)製),シアニン・ファミリーの蛍光色素,インドカルボシアニン・ファミリーの蛍光色素,オキサジン・ファミリーの蛍光色素,チアジン・ファミリーの蛍光色素,スクアライン・ファミリーの蛍光色素,キレート化ランタニド・ファミリーの蛍光色素,BODIPY(登録商標)・ファミリーの蛍光色素(インビトロジェン(株)製),ナフタレンスルホン酸・ファミリーの蛍光色素,ピレン・ファミリーの蛍光色素,トリフェニルメタン・ファミリーの蛍光色素,Alexa Fluor(登録商標)色素シリーズ(インビトロジェン(株)製)などが挙げられ、さらに米国特許番号第6,406,297号、同第6,221,604号、同第5,994,063号、同第5,808,044号、同第5,880,287号、同第5,556,959号及び同第5,135,717号に記載の蛍光色素も本発明で用いることができる。
【0095】
これらファミリーに含まれる代表的な蛍光色素の吸収波長(nm)及び発光波長(nm)は、例えば本発明者らによる前記特許文献1の表1に示されている。
【0096】
また、蛍光色素は、上記有機蛍光色素に限られない。例えばEu,Tb等の希土類錯体系の蛍光色素も、本願発明に用いられる蛍光色素となりうる。希土類錯体は、一般的に励起波長(310~340nm程度)と発光波長(Eu錯体で615nm付近、Tb錯体で545nm付近)との波長差が大きく、蛍光寿命が数百マイクロ秒以上と長い特徴がある。市販されている希土類錯体系の蛍光色素の一例としては、ATBTA-Eu3+が挙げられる。
【0097】
本発明においては、後述する蛍光測定を行う際に、金属薄膜に含まれる金属による吸光の少ない波長領域に最大蛍光波長を有する蛍光色素を用いることが望ましい。例えば、金属薄膜として金を用いる場合には、金薄膜による吸光による影響を最小限に抑えるため、最大蛍光波長が600nm以上である蛍光色素を使用することが望ましい。したがって、この場合には、Cy5,Alexa Fluor(登録商標)647等近赤外領域に最大蛍光波長を有する蛍光色素を用いることが特に望ましい。このような近赤外領域に最大蛍光波長を有する蛍光色素を用いることは、血液中の血球成分由来の鉄による吸光の影響を最小限に抑えることができる点で、検体として血液を用いる場合においても有用である。
一方、金属薄膜として銀を用いる場合には、最大蛍光波長が400nm以上である蛍光色素を使用することが望ましい。
【0098】
これら蛍光色素は一種単独でも二種以上併用してもよい。
蛍光色素により標識されたレクチンの作製方法としては、例えば、まず蛍光色素にカルボキシ基を付与し、該カルボキシ基を、水溶性カルボジイミド〔WSC〕(例えば、1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩〔EDC〕など)とN-ヒドロキシコハク酸イミド〔NHS〕とにより活性エステル化し、次いで活性エステル化したカルボキシ基とレクチンが有するアミノ基とを水溶性カルボジイミドを用いて脱水反応させ固定化させる方法;イソチオシアネート及びアミノ基をそれぞれ有するレクチン及び蛍光色素を反応させ固定化する方法;スルホニルハライド及びアミノ基をそれぞれ有するレクチン及び蛍光色素を反応させ固定化する方法;ヨードアセトアミド及びチオール基をそれぞれ有するレクチン及び蛍光色素を反応させ固定化する方法;ビオチン化された蛍光色素とストレプトアビジン化されたレクチン(又は、ストレプトアビジン化された蛍光色素とビオチン化されたレクチン)とを反応させ固定化する方法などが挙げられる。
【0099】
(検体)
検体としては、例えば、血液(血清・血漿),尿,鼻孔液,唾液,便,体腔液(髄液,腹水,胸水等)などが挙げられ、所望の溶媒、緩衝液等に適宜希釈して用いてもよい。これら検体のうち、血液,血清,血漿,尿,鼻孔液及び唾液が好ましい。
【0100】
(接触)
接触は、流路中に循環する送液に検体が含まれ、センサーチップのリガンドが固定化されている片面のみが該送液中に浸漬されている状態において、センサーチップと検体とを接触させる態様が好ましい。
【0101】
このように、センサーチップの金属薄膜上に流路が形成され、金属薄膜上に固定化されたリガンドに検体等が接触する態様であることが好ましいが、流路を設けない態様であってもよく、また、流路を設けた場合であっても循環送液する態様に限らず、往復送液や一方向のみに送液する態様であってもよい。
【0102】
(流路)
センサーチップに流路を形成する方法としては、センサーチップの金属薄膜が形成されている表面に、流路高さ0.5mmを有するポリジメチルシロキサン〔PDMS〕製シートを該センサーチップの金属薄膜が形成されている部位を囲むようにして圧着し、次に、該ポリジメチルシロキサン〔PDMS〕製シートとセンサーチップとをビス等の閉め具により固定することにより形成することが好ましい。
【0103】
また、センサーチップに流路を形成する方法としては、プラスチックの一体成形品)にセンサー基板を形成、又は別途作製したセンサー基板を固定し、金属薄膜表面にSAM(或いは誘電体からなるスペーサ層),固相化層及びリガンドの固定化を行った後、流路天板に相当するプラスチックの一体成形品により蓋をすることで製造することもできる。
【0104】
(送液)
循環送液させる際の温度及び時間としては、検体の種類などにより異なり、特に限定されるものではないが、通常20~40℃×1~60分間、好ましくは37℃×5~30分間である。
【0105】
このように本発明の定量方法を流路内で実施する場合、その送液の流速は100μL/分以上10,000μL/分以下であることが好ましい。また、上記流路に供する検体溶液の量は、5μL以上1,000μL以下であることが好ましい。送液の流速及び検体溶液量がそれぞれ上記範囲内であると、レクチンの非特異的反応を軽減でき、かつ、レクチンの抗原糖鎖との特異的な結合を確保するという観点から好適である。
【0106】
(センサーチップ)
上述したように、本発明の定量方法をサンドイッチアッセイに用いる際にセンサーチップを用いることが好ましく、透明支持体と金属薄膜とSAMと、好ましくは固相化層と、リガンド(上記一次抗体が好ましい。)とを含んでなる。
【0107】
(透明支持体)
本発明において、センサーチップの構造を支持する基板として透明支持体が用いられる。本発明において、センサー基板として透明支持体を用いるのは、後述する金属薄膜への光照射をこの透明支持体を通じて行うからである。
【0108】
本発明で用いられる透明支持体について、本発明の目的が達せられる限り、材質に特に制限はない。例えば、この透明支持体はガラス製であってもよく、また、ポリカーボネート〔PC〕,シクロオレフィンポリマー〔COP〕などのプラスチック製であってもよい。
【0109】
また、d線(588nm)における屈折率〔n〕が好ましくは1.40~2.20であり、厚さが好ましくは0.01~10mm、より好ましくは0.5~5mmであれば、大きさ(縦×横)は特に限定されない。
【0110】
透明支持体を構成する樹脂としては、シクロオレフィンポリマーが好ましい。さらに好ましくは、例えば、日本ゼオン社製のZEONEX E48R(単に「E48R」ともいう。)である。波長632nmにおいて、E48Rの屈折率は1.51であり、E48Rの光弾性係数は1.73×10 -12Pa -1である。
【0111】
透明支持体は、その表面に金属薄膜を形成する前に、その表面を酸及び/又はプラズマにより洗浄することが好ましい。酸による洗浄処理としては、0.001~1Nの塩酸中に、1~3時間浸漬することが好ましい。プラズマによる洗浄処理としては、例えば、プラズマドライクリーナー(ヤマト科学(株)製の「PDC200」)中に、0.1~30分間浸漬させる方法が挙げられる。
【0112】
(金属薄膜)
本発明に係るセンサーチップでは、上記透明支持体の一方の表面に金属薄膜を形成する。この金属薄膜は、光源からの照射光により表面プラズモン励起を生じ、電場を発生させ、蛍光色素の発光をもたらす役割を有する。
【0113】
上記透明支持体の一方の表面に形成された金属薄膜としては、金,銀,アルミニウム,銅及び白金からなる群から選ばれる少なくとも1種の金属からなることが好ましく、金からなることがより好ましい。これらの金属は、その合金の形態であってもよい。このような金属種は、酸化に対して安定であり、かつ表面プラズモンによる電場増強が大きくなることから好適である。
【0114】
なお、透明支持体としてガラス製基板を用いる場合には、ガラスと上記金属薄膜とをより強固に接着するため、あらかじめクロム,ニッケルクロム合金又はチタンの薄膜を形成することが好ましい。
【0115】
透明支持体上に薄膜を形成する方法としては、例えば、スパッタリング法,蒸着法(抵抗加熱蒸着法,電子線蒸着法等),電解メッキ,無電解メッキ法などが挙げられる。薄膜形成条件の調整が容易なことから、スパッタリング法又は蒸着法によりクロムの薄膜及び/又は金属薄膜を形成することが好ましい。
【0116】
金属薄膜の厚さとしては、金:5~500nm,銀:5~500nm,アルミニウム:5~500nm,銅:5~500nm,白金:5~500nm,及びそれらの合金:5~500nmが好ましく、クロムの薄膜の厚さとしては、1~20nmが好ましい。
【0117】
電場増強効果の観点から、金:20~70nm,銀:20~70nm,アルミニウム:10~50nm,銅:20~70nm,白金:20~70nm及びそれらの合金:10~70nmがより好ましく、クロムの薄膜の厚さとしては、1~3nmがより好ましい。
金属薄膜の厚さが上記範囲内であると、表面プラズモンが発生し易いので好適である。なお、金属薄膜の大きさ(縦×横)は特に限定されない。
【0118】
(SAM)
SAM(Self-Assembled Monolayer;自己組織化単分子膜)は、リガンド、好ましくは固相化層を固定化する足場として、またセンサーチップをサンドイッチアッセイに用いた際に蛍光分子の金属消光を防止する目的で、上記金属薄膜の、上記透明支持体とは接していないもう一方の表面に形成される。
【0119】
SAMが含む単分子としては、通常、炭素原子数4~20程度のカルボキシアルカンチオール(例えば、(株)同仁化学研究所、シグマ アルドリッチ ジャパン(株)などから入手可能)、特に好ましくは10-カルボキシ-1-デカンチオールが用いられる。炭素原子数4~20のカルボキシアルカンチオールは、それを用いて形成されたSAMの光学的な影響が少ない、すなわち透明性が高く、屈折率が低く、膜厚が薄いなどの性質を有していることから好適である。
【0120】
このようなSAMの形成方法としては、特に限定されず、従来公知の方法を用いることができる。具体例として、金属薄膜がその表面に形成された透明支持体の該薄膜表面にマスク材からなる層が形成されたものを、10-カルボキシ-1-デカンチオール((株)同仁化学研究所製)を含むエタノール溶液に浸漬する方法などが挙げられる。このように、10-カルボキシ-1-デカンチオールが有するチオール基が、金属と結合し固定化され、金薄薄膜の表面上で自己組織化し、SAMを形成する。
【0121】
また、SAMを形成する代わりに「誘電体からなるスペーサ層」を形成してもよい。このような「誘電体からなるスペーサ層」の形成に用いられる誘電体としては、光学的に透明な各種無機物、天然又は合成ポリマーを用いることもできる。その中で、化学的安定性、製造安定性及び光学的透明性に優れていることから、二酸化ケイ素〔SiO〕,二酸化チタン〔TiO〕又は酸化アルミニウム〔Al〕を含むことが好ましい。
【0122】
誘電体からなるスペーサ層の厚さは、通常10nm~1mmであり、共鳴角安定性の観点からは、好ましくは30nm以下、より好ましくは10~20nmである。一方、電場増強の観点から、好ましくは200nm~1mmであり、さらに電場増強の効果の安定性から、400~1600nmがより好ましい。
【0123】
誘電体からなるスペーサ層の形成方法は特に限定されず、従来公知の方法を用いることができるが、例えば、スパッタリング法,電子線蒸着法,熱蒸着法,ポリシラザン等の材料を用いた化学反応による形成方法,又はスピンコータによる塗布などが挙げられる。
【0124】
(固相化層)
固相化層は、上記SAMの、上記金属薄膜とは接していないもう一方の表面に形成されていてもよい、3次元構造を有するものであることが好ましい。
【0125】
この「3次元構造」とは、後述するリガンドの固定化を、「センサー基板」表面(及びその近傍)の2次元に限定することなく、該基板表面から遊離した3次元空間にまで広げられる固相化層の構造をいう。
【0126】
このような固相化層は、グルコース,カルボキシメチル化グルコース,ならびにビニルエステル類,アクリル酸エステル類,メタクリル酸エステル類,オレフィン類,スチレン類,クロトン酸エステル類,イタコン酸ジエステル類,マレイン酸ジエステル類,フマル酸ジエステル類,アリル化合物類,ビニルエーテル類及びビニルケトン類それぞれに包含される単量体からなる群より選択される少なくとも1種の単量体から構成される高分子を含むことが好ましく、デキストラン及びデキストラン誘導体などの親水性高分子ならびにビニルエステル類,アクリル酸エステル類,メタクリル酸エステル類,オレフィン類,スチレン類,クロトン酸エステル類,イタコン酸ジエステル類,マレイン酸ジエステル類,フマル酸ジエステル類,アリル化合物類,ビニルエーテル類及びビニルケトン類それぞれに包含される疎水性単量体から構成される疎水性高分子を含むことがより好ましく、カルボキシメチルデキストラン〔CMD〕などのデキストランが生体親和性、非特異的な吸着反応の抑制性、高い親水性の観点から特に好適である。
【0127】
CMDの分子量は、1kDa以上5,000kDa以下が好ましく、4kDa以上1,000kDaがより好ましい。
固相化層(例えば、デキストラン又はデキストラン誘導体からなるもの)は、その密度として2ng/mm未満を有することが好ましい。固相化層の密度は、用いる高分子の種類に応じて適宜調整することができる。上記高分子が上記SAMに、このような密度の範囲内で固相化されていると、センサーチップをアッセイ法に用いた場合に、アッセイのシグナルが安定化し、かつ増加するため好適である。
【0128】
固相化層の平均膜厚は、3nm以上80nm以下であることが好ましい。この膜厚は原子間力顕微鏡〔AFM〕などを用いて測定することができる。固相化層の平均膜厚がこのような範囲内であると、センサーチップをアッセイ法に用いた場合に、アッセイのシグナルが安定化し、かつ増加するため好適である。
【0129】
固相化層に含まれる高分子として、カルボキシメチルデキストラン〔CMD〕を用いた場合の、SAM表面に固定化する方法を具体的に説明する。 すなわち、好ましくは分子量1kDa以上5,000kDa以下であり、上述したようなカルボキシメチルデキストランを0.01mg/mL以上100mg/mL以下と、N-ヒドロキシコハク酸イミド〔NHS〕を0.01mM以上300mM以下と、水溶性カルボジイミド〔WSC〕を0.01mM以上500mM以下とを含むMES緩衝生理食塩水〔MES〕に、透明支持体と金属薄膜とSAMとがこの順序で積層された基板を0.2時間以上3.0時間以下浸漬し、SAMにカルボキシメチルデキストランを固定化することができる。
【0130】
固相化層の密度は、反応点数(SAMの官能基数),反応溶液のイオン強度及びpH,ならびにカルボキシメチルデキストラン分子のカルボキシ基数に対するWSC濃度によって調整することができる。また固相化層の平均膜厚は、カルボキシメチルデキストランの分子量及び反応時間によって調整することができる。
【0131】
(リガンド)
本発明において、リガンド(一次捕捉分子)は、センサーチップをサンドイッチアッセイに用いた際に、検体中のアナライトを固定(捕捉)させる目的で用いられるものである。このようなリガンドは、上記金属薄膜又はSAMに固定化されていてもよいが、上記固相化層の中及び外面に固定化、すなわち固相化層の3次元構造の中に分散して固定化されることが好ましい。
【0132】
本発明において、「リガンド」とは、検体中に含有されるアナライトを特異的に認識し(又は、認識され)結合し得る分子又は分子断片をいう。このような「分子」又は「分子断片」としては、例えば、核酸(一本鎖であっても二本鎖であってもよいDNA,RNA,ポリヌクレオチド,オリゴヌクレオチド,PNA(ペプチド核酸)等,又はヌクレオシド,ヌクレオチド及びそれらの修飾分子),タンパク質(ポリペプチド,オリゴペプチド等),アミノ酸(修飾アミノ酸も含む。),糖質(オリゴ糖,多糖類,糖鎖等),脂質,又はこれらの修飾分子,複合体などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0133】
「タンパク質」としては、例えば、抗体などが挙げられ、具体的には、抗αフェトプロテイン〔AFP〕モノクローナル抗体((株)日本医学臨床検査研究所などから入手可能),抗ガン胎児性抗原〔CEA〕モノクローナル抗体,抗CA19-9モノクローナル抗体,抗PSAモノクローナル抗体などが挙げられる。
【0134】
なお、本発明において、「抗体」という用語は、ポリクローナル抗体又はモノクローナル抗体,遺伝子組換えにより得られる抗体,及び抗体断片を包含する。
このリガンドの固定化方法としては、例えば、カルボキシメチルデキストラン〔CMD〕などの反応性官能基を有する高分子が有するカルボキシ基を、水溶性カルボジイミド〔WSC〕(例えば、1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩〔EDC〕など)とN-ヒドロキシコハク酸イミド〔NHS〕とにより活性エステル化し、このように活性エステル化したカルボキシ基と、リガンドが有するアミノ基とを水溶性カルボジイミドを用いて脱水反応させ固定化させる方法;上記SAMが有するカルボキシ基を、上述のようにしてリガンドが有するアミノ基と脱水反応させ固定化させる方法などが挙げられる。
【0135】
なお、検体等がセンサーチップに非特異的に吸着することを防止するため、上記リガンドを固定化させた後に、センサーチップの表面を牛血清アルブミン〔BSA〕等のブロッキング剤により処理することが好ましい。
【0136】
上記固相化層に固定化されたリガンドの密度は、1フェムトmol/cm以上1ナノmol/cm以下が好ましく、10フェムトmol/cm以上100ピコmol/cm以下がより好ましい。リガンドの密度が上記範囲内であると、信号強度が大きくなるため好適である。
【0137】
<SPFS用装置>
本発明に用いることができるSPFS用装置は、その一方の表面に一次抗体を固定化したセンサーチップを装填可能な装置であって、PSAが該一次抗体に結合し、さらに蛍光色素により標識されたレクチンが、該PSAのうちβ-N-アセチルガラクトサミン残基を糖鎖の末端に有するPSAに結合することを可能とする構成を含んでなることが好ましい。
【0138】
このような装置としては、上記センサーチップを装填可能とした構成以外に、例えば、レーザー光の光源,各種光学フィルタ,プリズム,カットフィルタ,集光レンズ,表面プラズモン励起増強蛍光〔SPFS〕検出部なども含むものとし、検体液,洗浄液又は標識抗体液などを取り扱う際に、上記センサーチップと組み合った送液系を有することが好ましい。送液系としては、例えば、送液ポンプと連結したマイクロ流路デバイスなどでもよい。検出部に使用するセンサーとしては、イメージセンサーを用いることが好ましく、CCDイメージセンサーやフォトマル等を用いることができる。
【0139】
また、表面プラズモン共鳴〔SPR〕検出部、すなわちSPR専用の受光センサーとしてのフォトダイオード,SPR及びSPFSの最適角度を調製するための角度可変部(サーボモータで全反射減衰〔ATR〕条件を求めるためにフォトダイオードと光源とを同期して、45~85°の角度変更を可能とする。分解能は0.01°以上が好ましい。),SPFS検出部に入力された情報を処理するためのコンピュータなども含んでもよい。
【0140】
なお、光源,光学フィルタ,カットフィルタ,集光レンズ及びSPFS検出部は、上記の態様以外にも従来公知の種々の態様を用いることができる。 送液するためのポンプとしては、例えば、送液が微量な場合に好適なマイクロポンプ,循環送液には適用できないが送り精度が高く脈動が少ないシリンジポンプ,微量送液には不向きな場合があるが簡易で取り扱い性に優れるがチューブポンプなどが挙げられる。送液手段としては上記のポンプに限定されることなく、目的や用途に応じて種々の手段を適宜選択して用いることができる。
【0141】
以下、より詳細なSPFS用測定装置の構成例について説明する。
図8は、本発明のアナライトの定量測定方法を説明する定量測定装置の概略を模式的に示す概略図、図9は、図8の定量測定装置の部分拡大図である。
【0142】
図8及び図9に示すように、本発明の定量測定装置10は、鉛直断面形状が略台形であるプリズム形状の誘電体部材12と、この誘電体部材12の水平な上面12aに形成された金属膜14とを有するセンサーチップ16を備えており、このセンサーチップ16は、定量測定装置10のセンサーチップ装填部18に装填されている。
【0143】
また、誘電体部材12の下方の一方の側面12bの側には、図に示すように、光源20が配置されており、この光源20からの入射光22が、誘電体部材12の外側下方から、誘電体部材12の側面12bに入射して、誘電体部材12を介して、誘電体部材12の上面12aに形成された金属膜14に向かって照射されるようになっている。
【0144】
また、光源20と誘電体部材12との間には、光源20から照射されるレーザー光を、金属膜14上で表面プラズモンを効率よく発生させるP偏光とするための偏光フィルタを設けることもできる。
【0145】
また、誘電体部材12の下方の他方の側面12cの側には、図8に示すように、入射光22が金属膜14によって反射された金属膜反射光24を受光する受光手段26が備えられている。
【0146】
なお、光源20には、光源20から照射される入射光22の、金属膜14に対する入射角α1を適宜変更可能とする入射角調整手段(図示せず)が備えられている。一方で、受光手段26にも、図示しない可動手段が備えられており、金属膜反射光24の反射角が変わった場合にも、光源20と同期して、確実に金属膜反射光24を受光するように構成されている。
【0147】
なお、センサーチップ16、光源20、及び受光手段26によって、本発明の定量測定装置10のSPR測定を行うSPR測定部28が構成されている。
また、センサーチップ16の上方には、後述するような蛍光物質が励起されて発光した蛍光30を受光するための光検出手段32が備えられている。
【0148】
なお、センサーチップ16と、光検出手段32との間には、例えば、カットフィルタや集光レンズなどを設けることもできる。
なお、センサーチップ16、光源20、光検出手段32によって、本発明の定量測定装置10のSPFS測定を行うSPFS測定部34が構成されている。
【0149】
また、受光手段26及び光検出手段32は、それぞれ、定量演算手段40に接続されており、受光手段26によって受光した金属膜反射光24の光量と、光検出手段32によって受光した蛍光30の光量とが、定量演算手段40に送信されるように構成されている。
【0150】
また、本実施例のセンサーチップ16では、金属膜14の上面14aに微細流路36が形成されている。この微細流路36の一部には、検出対象抗原(アナライト)と特異的に結合する分子(リガンド)が固相化されたセンサー部38が設けられている。
【0151】
3.2 その他;PSA由来のシグナル計測工程及び定量工程において用いる装置
本発明に係る計測工程及び定量工程において下記装置も併用することが好ましい。
【0152】
<カラムクロマトグラフィー>
カラムクロマトグラフィーを用いた分析(測定)方法としては(a)検体由来の試料からPSAを精製する工程と、(b)前記工程(a)で精製したPSAからPSA誘導体を調製する工程と、(c)前記工程(b)で得られたPSA誘導体を標識する工程と、(d)前記工程(c)で得られた標識化PSA誘導体を高速液体クロマトグラフィー、キャピラリー電気泳道等のクロマトグラフィーを用いてβ-N-アセチルガラクトサミン残基等の残基に起因する溶出時間差で分離を行い、誘導体に起因するシグナルを検出することにより、PSAの糖鎖構造の解析を行う。
【0153】
例えば、工程(a)では血清検体中のアルブミンをproteinAアガロース(PIERCE)などを用いて除去する工程、PSAタンパクを、抗PSA抗体を備え付けたビーズ等を用いてPSAタンパクを精製する工程等が挙げられる。
工程(b)では工程(a)で回収したPSAタンパクプロテイナーゼK、サーモリシン等を用いて、糖鎖とPSAタンパクを切断する工程等がある。
工程(c)では、工程(b)で調製されたPSA由来糖鎖にBOA(Benzylhydroxylamine)、PA(2-aminopyridine)、2-AA(2-aminobenzamide)、2-AB(2-aminobenzoic acid)、RapiFluor等の糖鎖のアルデヒド基と結合するような化合物でラベル化することで誘導体化する方法がある。
なお、レクチンアフィニティーカラム(「レクチンカラム」ともいう。)を高速液体クロマトグラフィー装置に装着して測定する方法も好ましい。
【0154】
<質量分析法>
質量分析法としては、各種の方法を用いることができる。例えば液体クロマトグラフィー-質量分析法(Liquid Chromatography-Mass spectrometry;略称:「LC/MS」)、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法(Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization;略称:MALDI)/飛行時間型質量分析法(Time of Flight Mass Spectrometry;略称:TOFMS)、ガスクロマトグラフ質量分析法(Gas Chromatograph Mass Spectometer;略称:「GC/MS」)等を使用することができる。
【0155】
質量分析の方法としては、下記のような方法で実施することができる。質量分析において、測定対象の試料をイオン化した後、生成された様々なイオンを質量分析装置に送り込み、イオンの質量数m、価数zの比である質量対電荷比m/z毎に、イオン強度を測定する。この結果得られたマススペクトルは、各質量対電荷比m/z値に対する、測定されたイオン強度のピーク(イオンピーク)からなる。
【0156】
このように、試料をイオン化した、そのものを質量分析することをMS1と呼ぶ。多段解離が可能なタンデム型質量分析装置では、MS1で検出されたイオンピークのうち、ある特定の質量対電荷比m/zの値を有するイオンピークを選定して(選択したイオン種を親イオンと呼ぶ。)、更に、そのイオンを、ガス分子との衝突等により解離分解し、生成した解離イオン種に対して、質量分析して、同様にマススペクトルが得られる。ここで、親イオンをn段解離して、その解離イオン種を質量分析することをMSn+1と呼ぶ。このように、タンデム型質量分析装置では、親イオンを多段(1段、2段、…、n段)に解離させ、各段階で生成したイオン種の質量数を分析する(MS2、MS3、…、MSn+1)。
【0157】
<電気泳動法>
電気泳動法を用いた分析法としてはSDSゲル電気泳動法(1次元)及び等電点電気泳動法(2次元)、レクチン親和電気泳動法等が存在する。
1次元電気泳動ではゲル中のタンパク質を電気泳動させると、小さなタンパク質ほどゲルの網目にひっかからずに早く移動するので、分子量の順にタンパク質を分離することがでる。ゲルの編み目を通り抜ける速さは、個々のタンパク質の分子量だけでなく、高次構造や電荷など差で物質を分離分析する方法である。
【0158】
2次元電気泳動は、タンパク質をX方向とY方向に2回電気泳動する分離方法である。
電気泳動させる際、1回目と2回目に異なった分離条件を組合わせ、1次元の電気泳動より分離能を優れたものにする。一般的にはX方向への分離は各試料の等電点によって分離(IEF/等電点電気泳動)し、Y方向への分離は各試料の分子量によって分離する。
【0159】
レクチン親和電気泳動は親和媒体としてのレクチンを相対的固定化相として用いることによって,レクチンと反応性を有する糖蛋白などを親和性の差に従って電気泳動で分離する方法である。
【実施例
【0160】
以下に実施例及び比較例を示し本発明の具体的な説明を行うが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。
【0161】
[実施例1]:各種溶液による検量線の作成
検量線作成用に以下3種の溶液を準備した。
(a)PSA糖鎖修飾異性体(「以下「PSA-Gi」と称する。)標準溶液
(b)培養上清
(c)PSA高値患者血清
以下において、それぞれの溶液について説明する。
【0162】
(1.1)PSA-Gi標準溶液の調製
標準溶液の原材料として、精漿由来のPSA(純度96%以上のSDS-PAGE;Lee Biosolutions, Inc製)を用いた。
精漿由来PSAの糖鎖を癌細胞から分泌される特定の糖鎖構造へ改変するため、糖加水分解酵素であるノイラミニダーゼ(ナカライテスク(株)製)を用いて末端シアル酸の加水分解を実施した。タンパク質1mgに対してノイラミニダーゼ0.5Uの量比で混合し、37℃1.5時間静置し酵素反応を行った。
【0163】
加水分解処理を行った精漿由来PSAをレクチンアフィニティーカラムクロマトグラフィーによってWFAレクチンと親和性を有する糖鎖修飾がされたPSAのみを精製した。
精製されたPSAを質量分析にて分析を行い、含有するLacdiNAc構造を有するPSA以外の成分について確認を実施した。対象糖鎖構造以外の不純物の確認されたPSAに対しては複数回レクチンアフィニティーカラムクロマトグラフィー精製を繰り返し実施した。これと同様の操作を複数のドナー由来の原材料を用いて複数回実施した。
【0164】
単離精製したPSAに修飾されている糖鎖配列をLC-MSを用いて網羅的に解析を実施し、単離精製したPSAに含まれる特定の糖鎖配列の含有比率を算出した。目的の糖鎖含有比率となるように、各ドナー由来のPSA抗原を調合し、PSA-Gi標準溶液とした。
【0165】
<アフィニティーカラムクロマトグラフィーの条件>
本実施例1では、レクチンとしてWFAを用いたWFAカラムを作製して、糖鎖の末端に特定構造の残基を有するPSAを単離・精製した。
【0166】
(WFAカラムの作製)
WFAアガロースゲル(Vector Laboratories Inc.製、WFA濃度3mg/mL)を1.5mLをPierce(登録商標)Disposable Columns(Thermo Fisher Scientific製)に加え、1mLあたり3mgの密度でWFAが結合したアガロース溶液を充填したWFAカラムを作製した。
【0167】
(特定構造の糖鎖を有するPSAの単離・精製)
4℃の条件下で、WFAアガロース溶液2mLをリン酸緩衝液で平衡化した。酵素処理後のPSA試料50μLをリン酸緩衝液で希釈し、200μLとして、カラムにアプライし、30分保持した。
その後、5倍容量の洗浄用緩衝液(リン酸緩衝液)でカラムを洗浄し、各1mLずつ分画してWFA非結合画分を得た。カラムを室温に戻した後、5倍容量の溶出緩衝液(0.4Mラクトース、リン酸緩衝液)で、1mLずつ分画して溶出し、WFA結合画分を得た。各WFA画分の溶出パターンをSPFS測定にてPSA-Gi濃度を測定し、結合画分の分取を行った。
【0168】
<LC-MS測定条件>
LC-MS用の測定サンプルとしてWFA結合画分の溶媒0.4Mラクトース、リン酸緩衝液を限外ろ過にて溶媒交換を行った。溶媒交換後、吸光度測定を行いPSA濃度を算出した。GlycoWorks RapiFluor-MS N-Glycan Kit(Waters社製)を用いてPSA抗原上のN-グリカン鎖の切り出し及びRapiFluorレベリング反応を実施した。調整した糖鎖サンプルは以下の測定条件にて分析を実施した。
【0169】
(LC条件)
カラム:ACQUITY UPLC Glycan BEH Amide, 130 A, 1.7μm、 2.1mm x 150mm
移動相A:50mM ギ酸アンモニウム溶液、pH 4.4
移動相B:アセトニトリル
濃度勾配条件:A/B=25/75(0min)-46/54(35.0 min)
分析時間:55min
カラム温度:60°C
流速:0.4mL/min
注入量:10μL
【0170】
(MS条件)
イオン化法と極性:ES+
アナライザー:Sensitivity Mode
キャピラリー電圧(kV):3.0
サンプリングコーン:80.0
ソース温度(°C):120
ソース オフセット:80
脱溶媒 温度(°C):300
脱溶媒 ガス流速 Flow(L/Hr):800
【0171】
解析はMassLynxソフトウェアを用いて、対象となるN-グリカン鎖に相当するm/zのエクストライオンクロマトグラム抽出及びピーク面積を算出した。各対象糖鎖のイオン強度からそれぞれの糖鎖構造の含有比率を算出した。
【0172】
(1.2)培養上清の調製
培養上清は前立腺癌細胞株LNCaP(ATCC CRL-1740)をRPMI-1640(Thermo社製)無血清培地にてセミコンフルエントの状態で培地交換を実施し、2日間培養を実施し回収した上清を使用した。
【0173】
(1.3)PSA高値患者血清の調製
PSA高値患者血清はELISAによるPSA測定結果において1000ng/mL以上のPSA高濃度患者の血清を使用した。
【0174】
(1.4)SPFS測定による検量線データの取得
上記調製方法により得た各種溶液中のPSA濃度を測定し、PSA濃度の1%BSA/PBS溶液にて系列希釈溶液をそれぞれ調製した。調製した溶液をサンプルとしてSPFS測定装置を用いて基本的には図1に示す反応ステップにて蛍光シグナルの測定を行った。
【0175】
<表面プラズモン励起増強蛍光分光法による測定>
表面プラズモン励起増強蛍光分光法(「SPFS」)による測定は、次のようにして行った。
【0176】
(プラズモンセンサーの作製)
厚さ1mmのガラス製の透明平面基板「S-LAL10」((株)オハラ製、屈折率〔nd〕=1.72)を、プラズマドライクリーナー「PDC200」(ヤマト科学(株)製)でプラズマ洗浄した。プラズマ洗浄された該基板の片面に、まずクロム膜をスパッタリング法により形成し、さらにその表面に金膜をスパッタリング法により形成した。このクロム膜の厚さは1~3nm、金膜の厚さは44~52nmであった。
【0177】
次いで、このようにして得られた基板を25mg/mLに調整した10-カルボキシ-1-デカンチオールのエタノール溶液10mLに24時間浸漬し、金膜の表面に自己組織化単分子膜(Self-Assembled Monolayer;SAM)を形成した。この基板をエタノール溶液から取り出し、エタノール及びイソプロパノールで順次洗浄した後、エアガンを用いて乾燥させた。
【0178】
続いて、分子量50万のカルボキシメチルデキストラン〔CMD〕を1mg/mLと、N-ヒドロキシコハク酸イミド〔NHS〕を0.5mMと、水溶性カルボジイミド〔WSC〕を1mMとを含むMES緩衝液にSAMを形成した基板を1時間浸漬し、SAMにCMDを固定化し、1NのNaOH水溶液に30分間浸漬することで未反応のコハク酸エステルを加水分解させた。
【0179】
得られた基板の表面(金膜+SAM+3次元構造を有する固相化層がこの順で形成されている表面)に、2mm×14mmの穴を有する厚さ0.5mmのシート状のシリコンゴムスペーサを設け、該表面が流路の内側となるように基板を配置し(ただし、該シリコンゴムスペーサは送液に触れない状態とする。)、流路の外側から基板を覆うように厚さ2mmのポリメチルメタクリレート板を乗せ圧着し、ビスで流路と該ポリメチルメタクリレート板とを固定した。
【0180】
送液として超純水を10分間、その後PBSを20分間、ペリスタポンプにより、室温、流速500μL/minで循環させた。続いて、NHSを50mMと、WSCを100mMとを含むPBSを5mL送液し、20分間循環送液させた後に、抗PSAモノクローナル抗体(ミクリ免疫研究所株式会社製)溶液2.5mLを30分間循環送液することで、3次元構造を有する固相化層上に一次抗体を固相化した。最後に質量1%牛血清アルブミン〔BSA〕を含むPBS緩衝生理食塩水にて、30分間循環送液することで非特異吸着防止処理を行うことで、プラズモンセンサーを作製した。
【0181】
(WFAレクチンの蛍光標識化)
WFA〔Wisteria floribunda Agglutinin〕(Vector社)を、Alexa Fluor(商標名)647 タンパク質ラベリングキット(インビトロゲン社製)を用いて蛍光標識化した。
手順は該キットに添付のプロトコールに従った。未反応レクチンや未反応蛍光等を除去するため、限外濾過膜(日本ミリポア(株)製)を用いて反応物を精製し、Alexa Fluor 647標識WFA溶液を得た。得られた蛍光標識化レクチンの溶液はタンパク定量後、4℃で保存した。
【0182】
(SPFSによる測定)
第1洗浄工程:Tween(登録商標)20を0.05質量%含むトリス緩衝生理食塩水を10分間、循環送液した。
ブランク測定工程:トリス緩衝生理食塩水で流路を満たした状態で、波長635nmのレーザー光を、光学フィルタによりフォトン量を調節し、プリズムを通じて、プラズモン励起センサーの裏面から金属薄膜に照射した。測定領域の上部に設置された、光電子増倍管で、蛍光成分以外の波長をカットするフィルタを通過した光の強度を測定した。この測定値は、WFAを標識した蛍光体が発する蛍光を含まないノイズ値であるので、ブランク値とする。
第1次反応工程:前記抗PSA抗体固相化領域が形成された流路に、前記調製した血清検体を30分間循環送液した。
【0183】
第2洗浄工程:Tween(登録商標)20を0.05質量%含むトリス緩衝生理食塩
第2次反応工程:前記調製した標識WAFレクチン溶液を10分間循環送液した。
【0184】
第3洗浄工程:Tween(登録商標)20を0.05質量%含むトリス緩衝生理食塩水を10分間、循環送液した。
【0185】
シグナル測定工程:トリス緩衝生理食塩水で流路を満たした状態で、波長635nmのレーザー光を、光学フィルタによりフォトン量を調節し、プリズムを通じて、プラズモン励起センサーの裏面から金属薄膜に照射した。測定領域の上部に設置された、高電子増倍管で、蛍光成分以外の波長をカットするフィルタを通過した光の強度を測定した(シグナル値)。
【0186】
(1.5)測定結果
上記測定により得られたデータに基づき、図2に示すようなPSA濃度に応じシグナルが上昇した検量線データが取得された。
図2の結果を見ると、前記(a)のPSA-Gi標準溶液が最も広い測定可能な濃度範囲を有していることがわかる。これは前記(c)の患者血清そのものではtotal PSAに対してPSA-Giの割合が少なく、固相抗体として抗PSA抗体を利用した系においてはPSA-Giの検出において対象外の糖鎖を有するPSAについては競合物質となってしまうため、測定下限の濃度が高くなり、測定上限の濃度が低くなってしまう。これが原因で定量可能な濃度範囲が非常に限定的となり、幅広い濃度分布を有する患者検体群を効率的に測定ができないという問題を生じさせていると解される。
【0187】
前記(b)の培養上清においては、前記(c)の患者血清のように測定可能な濃度範囲が非常に限定的となる材料に対して一定の測定範囲(ダイナミックレンジ3桁程度)が確保され、臨床検査で一般的に求められる濃度範囲から考えた場合、標準溶液として利用できる可能性がある。
培養細胞によっては糖鎖発現パターンに偏りが生じることが想定されるが、少なくとも例えば前立腺癌細胞株LNCaP、VCaP細胞に関しては、前記(a)のPSA-Gi標準溶液と近い反応性を示すことを確認している。
【0188】
[実施例2]:電気泳動での純度確認
作製したPSA-Gi標準物質のタンパク質としての精製度の確認のため、SDS-PAGEによる電気泳動分析を実施した。
10% ミニプロティアン(登録商標) TGXTM プレキャストゲル (Bio-Rad#4561033)を用いてレーン1にはタンパク質分子量マーカーであるプレシジョン Plus プロテインTM プレステインドスタンダード(Bio-Rad#1610373)をレーン2及び3には作製したPSA-Gi標準物質をセットし電気泳動を行った。
【0189】
電計移動後、ImperialTM Protein Stain(Thermo Scientific #24615)を用いてCBB染色を行った。
その後、Gel Doc EZ ゲル撮影装置(Bio-Rad)によって各レーンのバンド染色強度の解析を実施した。解析結果を図3(A及びB)に示す。
【0190】
バンド染色強度の解析の結果、検出されたバンドは全5バンドである。そのうち23~33kDaの範囲に確認されているバンドがPSAタンパク質のものであると推定される。
23kDa以下の分子量のバンドに関してはPSAの分解物あるいは不純物と考えられる。23~33kDaのバンド成分は全体の95%以上であることが確認された。
【0191】
PSA-Gi標準物質のPSAタンパク質成分の他には明らかなタンパク質成分は含まれておらず、検出された各バンドのデンシトメトリー解析の結果、95%以上のPSAタンパク質純度であることが確認できた。標準物質はタンパク質に含まれるPSAの成分を高純度で有していることを確認した。
【0192】
[実施例3]:PSAの糖鎖構造のプロファイル解析
作製したPSA-Gi標準物質に修飾されているN型糖鎖についてLC-MSにより解析を行いプロファイル分析を実施した。
検出されたすべての糖鎖ピークの総和に対して1%以上含有している成分のエクストライオンクロマトグラムを図4に示す。
【0193】
末端にGalNAc糖鎖残基を有する4種の構造に加えて、わずかな不純物として分岐末端の両側にGal糖鎖残基を有する成分、すなわち構造式E又はFで表される配列の糖鎖を有するPSAが含まれていることが確認された。これらの成分は全体のわずか5%程度であり、反応性への影響は極めて軽微なものに抑えられていると考えられる。
【0194】
メインの成分は構造式A又はBで表される配列の糖鎖を有するPSAの2成分であり、これらは癌患者検体中からも頻繁に検出される2分岐の片方がGalNAc糖鎖を有する成分であり、全体の90%程度をこの2成分が占めている構成としている。
【0195】
マイナーな成分として、2分岐の両方がGalNAc糖鎖となっている構造式(C)又は(D)で表される配列の糖鎖を有するPSAの成分が、おおよそ合計5~10%程度の含有比率で含まれた構成となっている。構造式A、Bの差、C、Dの差であるフコース残基の影響はWFAの糖鎖認識ポケットのサイズなどから考慮してWFA結合性に影響はほとんどないと推測される。
【0196】
また、作製したPSA-Gi標準物質を異なるドナー由来で複数回作製した際のデータも4に示す。図4に示した結果から作製したPSA-Gi標準物質の成分含有の比率再現性はある程度コントロールできること確認できた。
図5及び6に構造式A~Fで表される配列の糖鎖を有するPSAの糖鎖配列情報及び各糖鎖構造の標準物質中の含有比率データを示す。
【0197】
[実施例4]:検体の希釈直線性試験
作製したPSA-Gi標準物質にて作成した検量線を用いて複数の患者検体(血清)の測定を実施した。患者血清を段階的に希釈調整を行い、その希釈直線性の評価を実施した。評価結果を図7に示す。
【0198】
図7A及び図7Bに示した結果から5例の異なる患者検体において定量値の高い希釈直線性が得られることが確認できた。
この結果は、検量線に用いた標準物質と各患者検体中に含まれる抗原成分が測定試薬に対して類似した反応性を示していることを表していると考えられる。患者検体中の抗原糖鎖構造に標準物質に含まれるPSAの糖鎖構造と相同な構造がしっかりと含まれていること表しており、また、糖鎖構造の含有比率も類似していることを示していることが確認できたと考える。
【産業上の利用可能性】
【0199】
本発明の手段により、特定の糖鎖を有するPSAについて、糖鎖発現パターンの偏りも少なく、製造再現性も高く、高濃度の患者検体も定量が可能となるような汎用的な定量が可能であるPSA定量用標準物質、その調製方法、PSA定量用標準液及びPSA定量方法を提供することができる。
【符号の説明】
【0200】
10 定量測定装置
12 誘電体部材
12a 上面 12b 側面
12c 側面
14 金属膜
14a 上面
16 センサーチップ
18 センサーチップ装填部
20 光源
22 入射光
24 金属膜反射光
26 受光手段
28 SPR測定部
30 蛍光
32 光検出手段
34 SPFS測定部
36 微細流路
38 センサー部
40 定量演算手段
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7A
図7B
図8
図9