(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-11
(45)【発行日】2024-10-22
(54)【発明の名称】放射線治療用ボーラス材
(51)【国際特許分類】
A61N 5/10 20060101AFI20241015BHJP
C08F 220/56 20060101ALI20241015BHJP
【FI】
A61N5/10 N
C08F220/56
(21)【出願番号】P 2020206421
(22)【出願日】2020-12-14
【審査請求日】2023-06-20
(73)【特許権者】
【識別番号】390017891
【氏名又は名称】シヤチハタ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100078101
【氏名又は名称】綿貫 達雄
(74)【代理人】
【識別番号】100085523
【氏名又は名称】山本 文夫
(74)【代理人】
【識別番号】230117259
【氏名又は名称】綿貫 敬典
(72)【発明者】
【氏名】石川 宏敏
【審査官】槻木澤 昌司
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2008/0123810(US,A1)
【文献】特開2017-071710(JP,A)
【文献】国際公開第2017/158965(WO,A1)
【文献】特開平11-221294(JP,A)
【文献】特開2014-041040(JP,A)
【文献】国際公開第2013/162019(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/006413(WO,A1)
【文献】特表2020-516756(JP,A)
【文献】特開2021-159271(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61N 5/10
C08F 220/56
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ホスト基とゲスト基が相互作用によって架橋された架橋性構造体に、親水性の高い溶媒を含ませた自己修復性ポリマーからな
る放射線治療用ボーラス材であって、切断された切断片同士が再接合して密着一体化することにより、前記切断片より体積の大きい放射線治療用ボーラス材を形成可能であることを特徴とする放射線治療用ボーラス材。
【請求項2】
請求項1に記載の放射線治療用ボーラス材を少なくとも2枚以上互いに接触させて密着一体化させ、元の放射線治療用ボーラス材よりも体積の大きい放射線治療用ボーラス材を形成する、放射線治療用ボーラス材の使用方法。
【請求項3】
ホスト基とゲスト基が相互作用によって架橋された架橋性構造体に、親水性の高い溶媒を含ませた自己修復性ポリマーからなることを特徴とする放射線治療用ボーラス材に、ポリスチレンをハードセグメントとするスチレン系の熱可塑性エラストマーを積層させたことを特徴とする放射線治療用ボーラス材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、放射線治療に用いられるボーラス材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
人体に放射線を照射して人体内部の癌組織等に対して放射線治療を行う際には、放射線を患部に集中させ、患部以外の健全組織はできるだけ被曝を避けることが望まれる。
【0003】
そこで特許文献1~特許文献3に示されるように、ボーラス材と呼ばれる樹脂材料を人体の表面に貼り付けて放射線エネルギのピーク点の位置を調整し、患部の深さに一致させることが行われている。特許文献1は水性ゲルからなるボーラス材を開示し、特許文献2はポリウレタン系のボーラス材を開示し、特許文献3はシリコーンゴム系のボーラス材を開示している。
【0004】
放射線治療用ボーラス材には人体に近い比重を持つこと、放射線の透過性を阻害しないこと、透明であることなどの特性の他に、人体に密着させ易い柔軟性や密着性が求められる。しかし柔軟性のある軟質材料は強度が低いため、再使用することが困難であるという問題があった。また、放射線治療用ボーラス材はシート状として放射部位の形状に応じて切断して使用することが多いが、切断されたシートの残部は廃棄されるのが普通であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開昭62-204770号公報
【文献】特開2018-76478号公報
【文献】特開平11-221294号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従って本発明の目的は上記した従来の問題点を解決し、再使用可能な放射線治療用ボーラス材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するためになされた本発明の放射線治療用ボーラス材は、ホスト基とゲスト基が相互作用によって架橋された架橋性構造体に、親水性の高い溶媒を含ませた自己修復性ポリマーからなる放射線治療用ボーラス材であって、切断された切断片同士が再接合して密着一体化することにより、前記切断片より体積の大きい放射線治療用ボーラス材を形成可能であることを特徴とするものである。また、前記放射線治療用ボーラス材を少なくとも2枚以上互いに接触させて密着一体化させ、元の放射線治療用ボーラス材よりも体積の大きい放射線治療用ボーラス材を形成する、放射線治療用ボーラス材の使用方法とする。
【0008】
また、ホスト基とゲスト基が相互作用によって架橋された架橋性構造体に、親水性の高い溶媒を含ませた自己修復性ポリマーからなることを特徴とする放射線治療用ボーラス材に、ポリスチレンをハードセグメントとし、ポリエチレン・ポリブチレンをソフトセグメントとするスチレン系の熱可塑性エラストマーを積層させた構造とすることができる。
【発明の効果】
【0009】
放射線治療用ボーラス材はシート状として放射部位の人体表面の形状に合わせて切断して使用されることが多いのであるが、本発明の放射線治療用ボーラス材は自己修復性ポリマーからなり、自己修復性を持つものであるから、切断片を重ね合わせておけば再び接合して一体化する。このため繰り返して使用することができる。また、この種の自己修復性ポリマーは乾燥すると自己修復性が低下するが、軟質でしかも透水性のない熱可塑性エラストマーのシートと積層することにより、ボーラス材としての機能を損なうことなく、乾燥を防止することができる。このためより長期間にわたり再使用が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図3】積層構造とした実施形態を示す断面図である。
【
図4】他の積層構造の実施形態を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
図1に放射線治療用ボーラス材の原理を示す。
例えば人体の表面10から患部組織11までの深さがdであるとき、
図1(A)に示すようにそのまま放射線を照射すると、右側のグラフに示すように放射線量のピーク点Pの位置がdよりもΔdだけ下方となり、放射線量は患部組織11で最大とはならないことがある。このような場合、
図1(B)に示すように、厚みがΔdで放射線の透過性が人体と等価な放射線治療用ボーラス材12を人体の表面10に密着させれば、最大線量となるピーク点Pの位置はΔdだけ上方にシフトし、放射線量を患部組織11で最大とすることができる。
【0012】
以下に本発明の放射線治療用ボーラス材について説明する。
【0013】
本発明の放射線治療用ボーラス材は、ホスト基とゲスト基が相互作用によって架橋された架橋性構造体に、親水性の高い溶媒を含ませた自己修復性ポリマーからなる。この自己修復性ポリマーは、
図2に概念的に示すように、ホスト分子20を側鎖に持つホスト基と、ゲスト分子21を側鎖に持つゲスト分子基とを架橋させた架橋性構造体である。この自己修復性ポリマー自体はユシロ化学工業(株)から自己修復性ゲルとして販売されているが、以下にその概要を説明する。
【0014】
ホスト分子20は、例えばシクロデキストリンである。シクロデキストリンは環状のオリゴ糖であってドーナツ状の分子構造を持ち、この環の内部に大きさの合ったゲスト分子21を包接する性質を持つ。シクロデキストリンにはグルコース残基が6個のα―シクロデキストリン、7個のβ―シクロデキストリン、8個のγ―シクロデキストリンが知られており、何れを用いることもできる。
【0015】
ゲスト分子21は、炭素数4~18の鎖状又は環状のアルキル化合物及びその誘導体である。炭素数4~18のアルキル化合物としては、ブタン、ペンタン、ヘキサン、へプタン、オクタン、ノナン、デカン、ウンデカン、ドデカン、テトラデカン、ペンタデカン、ヘキサデカン、オクタデカン、アダマンタン等を上げることができる。
【0016】
これらのホスト分子20とゲスト分子21の間には、相互作用によって結合が形成され、この結合を架橋点として架橋性構造体が形成される。この相互作用には、ホスト分子20とゲスト分子21の間の疎水性相互作用、水素結合、分子間力、静電相互作用、配位結合等を挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
【0017】
ホスト分子20とゲスト分子21の最も好ましい組み合わせとしては、α―シクロデキストリンとn-ドデシル基、β―シクロデキストリンとアダマンチル基である。ゲスト分子21の大きさとホスト分子20の内部空洞の大きさが近いほど包接する力が大きくなるためである。
【0018】
ホスト分子を分子構造中に有する単量体としては、6-(メタ)アクリルアミド―α―シクロデキストリン、6-(メタ)アクリルアミド―β―シクロデキストリン、α―シクロデキストリンメタクリレート、β―シクロデキストリンメタクリレート、α―シクロデキストリンアクリレート、β―シクロデキストリンアクリレート、等を挙げることができる。
【0019】
ゲスト分子を分子構造中に有する単量体としては、(メタ)アクリル酸n-ブチル、(メタ)アクリル酸t-ブチル、1-アクリルアミドダマンタン、N-(1-アダマンチル)(メタ)アクリルアミド、N-ベンジル(メタ)アクリルアミド、N-1-ナフチルメチル(メタ)アクリルアミド等を挙げることができる。
【0020】
上記した架橋性構造体には親水性の高い溶媒を含ませている。自己修復性ポリマーは水分が蒸発すると乾固し、ヒドロゲル状態で生ずる自己修復機能が低下するためである。この親水性の高い溶媒としては、エチレングリコール、ジエチレングリコール、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、グリセリン、ジエチレングリコールモノエチルエーテルを挙げることができる。これにより時間が経過したり温度環境が変化しても乾燥が起こりにくいため、長期にわたって安定した自己修復機能を維持することができる。
【0021】
このような自己修復性ポリマーは、ホスト分子を分子構造中に有する単量体と、ゲスト分子を分子構造中に有する単量体と、ホスト分子やゲスト分子を含まない単量体と、乾燥防止液である親水性の高い溶媒と、重合開始剤とを混合し、常温で重合させることによって製造することができる。前記単量体はそれぞれを混合し、モノマー水溶液とすることが出来る。前記モノマー水溶液の添加量は、30重量%~70重量%が好ましい。また、前記乾燥防止剤の添加量は、20~40%が好ましい。さらに、重合開始剤は1%~10%が好ましい。
【0022】
重合開始剤としては、過硫酸アンモニウム、アゾビスイソブチルニトリル、2,2`-アゾビス[2-(2-イミダゾリンー2-イル)プロパン]ジヒドロクロライドなどを挙げることができるが、これらに限定されるものではなく、過酸化ベンゾイル、光重合開始剤など各種の重合開始剤を使用することができる。
【0023】
この自己修復性ポリマーは内部にホスト分子20とゲスト分子21を含むものであり、切断されても境界面に露出したホスト分子20がゲスト分子21を包接することにより架橋が再度形成され、切断面が修復される。この自己修復機能は膨潤状態において生ずるものであり、乾燥状態ではその機能が低下するが、親水性の高い溶媒を含ませたことにより、安定した自己修復機能を得ることができる。なお、切断後に自己修復した部分のゲル強度は、切断前の85%に達することが確認されている。
【0024】
本発明の放射線治療用ボーラス材は、上記の自己修復性ポリマーからなるものであり、多くの場合シート状に成形して用いられる。例えばシートの厚さを1mm単位で異ならせ、患部の深さに応じて必要枚数を積層すれば相互に密着し、必要厚さの放射線治療用ボーラス材として使用することができる。また患部の状態に応じてシートを切断した場合にも、切断片を集めておけば相互に密着一体化し、再度使用することができる。このため従来の放射線治療用ボーラス材のような無駄が発生することもない。
【0025】
上記したように、上記の自己修復性ポリマーを単独で放射線治療用ボーラス材として使用することができるが、
図3に示すように自己修復性ポリマーのシート22と、スチレン系の熱可塑性エラストマーのシート23を積層させて使用することもできる。
図3にはこれらの2種類のシート22,23を交互に積層した放射線治療用ボーラス材が示されている。
【0026】
ポリスチレンをハードセグメントとするスチレン系の熱可塑性エラストマーとしては軟質で透水性がなく、比重が1よりも小さいものが好ましく、この実施形態ではポリスチレンをハードセグメントとし、ポリエチレン・ポリブチレンをソフトセグメントとする熱可塑性エラストマーを用いた。これはポリスチレン-ポリブタジエン-ポリスチレンブロック共重合体の水素添加により得られるSEBS(スチレン-エチレン-ブチレン-スチレン)と呼ばれる材料である。
【0027】
その他、ポリスチレンをハードセグメントとするスチレン系のブロックタイプの熱可塑性エラストマーとしては、スチレン-エチレンブロック共重合体、スチレン-エチレン-ブタジエンブロック共重合体、スチレン-ブタジエンブロック共重合体、スチレン-ブタジエンブロック共重合体、スチレン-イソプレンブロック共重合体などが挙げられるが、人体の凹凸に合わせて容易に変形し、人体に適度に密着させ易く、しかも強度があり損傷しにくい等の観点から、ポリスチレン-ポリブタジエン-ポリスチレンブロック共重合体の水素添加により得られるSEBS(スチレン-エチレン-ブチレン-スチレン)が好ましい。
【0028】
このスチレン系の熱可塑性エラストマーは、常温では架橋ゴムに近い優れたゴム弾性を有するため、人体の凹凸に密着させ易い。しかも140~230℃に加熱すると流動性を示し、一般の樹脂と同様に成形することができる。さらに透明性に優れ、JIS K 6251の試験方法による引張強さは1.3MPaと十分な強度を持つ。このスチレン系の熱可塑性エラストマー材料自体は既存のもので、例えばアロン化成(株)から市販されている。
【0029】
放射線の透過性の観点から、放射線治療用ボーラス材の比重はできるだけ人体の比重(1.0)に近いことが好ましい。上記の自己修復性ポリマーの比重は1.25であって好ましい範囲をやや上回っている。これに対して上記したスチレン系の熱可塑性エラストマーの比重は0.86である。このため交互に積層することにより全体の比重を1.0に近づけることができ、人体との比重差による放射線の透過性の悪化を防ぐことが可能となる。また、スチレン系の熱可塑性エラストマーは透水性がないため、自己修復性ポリマーと積層することによって、自己修復性ポリマーの乾燥を確実に防止することができる効果がある。
【0030】
また
図4に示すように、自己修復性ポリマーのシート22の上下両側に熱可塑性エラストマーのシート23を配置した積層構造とすれば、自己修復性ポリマーの乾燥をより確実に防止することができる。
【実施例】
【0031】
ユシロ化学工業(株)から「ウイザードモノマー」の商品名で市販されているモノマー水溶液60重量%と乾燥防止液35重量%とを混合し、さらに重合開始剤水溶液5重量%を加えて撹拌混合し、型に流してシート状に成形した。モノマー水溶液は、ホスト基含有重合性ポリマーと、ゲスト基含有重合性単量体と、重合性単量体の混合物である。ホスト基含有重合性ポリマーはアクリルアミド・シクロデキストリンであり、ゲスト基含有重合性単量体はN-(1-アダマンチル)アクリルアミド、重合性単量体は4-ヒドロキシブチルアクリレートである。乾燥防止液は水溶性アルコールであり、重合開始剤は過硫酸アンモニウムである。常温で約20分で硬化しこれを型から剥がしてシート状の放射線治療用ボーラス材とした。その比重は1.25であり、密着性及び透明性に優れていた。シートの切断片は集めて常温、大気中に放置しておくと、24時間で相互に融着して一体化された。
【0032】
次に、アロン化成(株)から販売されているスチレン系の熱可塑性エラストマーペレット(SEBS)からシートを作成した。シートは、ペレット状の樹脂を150℃から190℃に加熱したロールで成形することで作成した。作成したシートと、自己修復性樹脂のシートとを交互に積層し、全部で6枚のシートからなる放射線治療用ボーラス材とした。その全体比重は1.0であり、密着性及び透明性にも優れていた。積層の形態は、厚みをそれぞれ可変させるなど、幾多の形態が考えられる。
【0033】
以上に説明したように、本発明の放射線治療用ボーラス材は自己修復性を持つものであるから、繰り返して使用することができる。また、軟質でしかも透水性のない熱可塑性エラストマーのシートと積層することにより乾燥を防止し、より長期間にわたり再使用が可能となる。
【符号の説明】
【0034】
10 人体表面
11 患部組織
12 放射線治療用ボーラス材
20 ホスト分子
21 ゲスト分子
22 自己修復性ポリマーのシート
23 熱可塑性エラストマーのシート
P 放射線量のピーク点