(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-11
(45)【発行日】2024-10-22
(54)【発明の名称】光電容積脈波を用いた血圧推定方法および血圧推定用コンピュータプログラム
(51)【国際特許分類】
A61B 5/021 20060101AFI20241015BHJP
A61B 5/02 20060101ALI20241015BHJP
【FI】
A61B5/021
A61B5/02 310A
(21)【出願番号】P 2021049892
(22)【出願日】2021-03-24
【審査請求日】2023-11-13
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 掲載年月日:令和 2年 9月18日 https://med-gakkai.jp/jbmes2020/
(73)【特許権者】
【識別番号】504180239
【氏名又は名称】国立大学法人信州大学
(74)【代理人】
【識別番号】100090170
【氏名又は名称】横沢 志郎
(72)【発明者】
【氏名】阿部 誠
(72)【発明者】
【氏名】藤井 徹
【審査官】▲高▼ 芳徳
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-187993(JP,A)
【文献】特開平10-295657(JP,A)
【文献】特開2006-204641(JP,A)
【文献】特開2020-092738(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2019/0159735(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第107928654(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/02 - 5/03
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
コンピュータから構成される血圧推定装置によって、血圧測定対象者から測定した光電容積脈波から当該血圧測定対象者の血圧を推定する光電容積脈波を用いた血圧推定方法であって、
同時に測定された被験者の最高血圧および光電容積脈波を学習血圧データおよび学習脈波データとして取得する学習データ取得ステップと、
血圧測定対象者から測定した光電容積脈波を測定脈波データとして取り込む測定データ取込ステップと、
前記学習脈波データおよび前記測定脈波データのそれぞれを、拍ごとの脈波波形に分割し、拍ごとの前記脈波波形のそれぞれから複数の脈波特徴量を、それぞれ学習脈波特徴量および測定脈波特徴量として算出する特徴量算出ステップと、
前記学習脈波特徴量および前記測定脈波特徴量のそれぞれに対して、Z-score normalizationによる正規化処理を施し、正規化後の前記学習脈波特徴量および前記測定脈波特徴量のそれぞれを、特徴量ごとに連結して再度、Z-score normalizationによる正規化処理を施し、正規化後の連結状態の前記学習脈波特徴量および前記測定脈波特徴量を再び分割して、正規化学習脈波特徴量および正規化測定脈波特徴量とする特徴量正規化ステップと、
拍ごとの前記学習血圧データを目的変数とし、前記学習血圧データに対応する前記学習脈波データの前記脈波波形のそれぞれから算出された前記正規化学習脈波特徴量を説明変数として、血圧推定用の重回帰モデルを構築する重回帰分析ステップと、
前記重回帰モデルを用いて、前記血圧測定対象者から測定された前記測定脈波データから得られる前記正規化測定脈波特徴量を説明変数とし、前記血圧測定対象者の拍ごとの最高血圧を目的変数として出力する血圧推定ステップと、
を備えていることを特徴とする光電容積脈波を用いた血圧推定方法。
【請求項2】
請求項1において、
前記重回帰モデルの構築に用いる前記脈波特徴量は、
前記脈波波形から抽出される以下の7つの特徴量(1)~(7)と、前記脈波波形を2次微分して得られる加速度脈波の波形から得られる以下の4つの特徴量(8)~(11)である光電容積脈波を用いた血圧推定方法。
(1)脈波波形における立ち上がり点から次の立ち上がり点までの時間間隔
(2)脈波波形における振幅の最大点から次の立ち上がり点までの時間間隔
(3)脈波波形における立ち上がり点から傾きが最大となる点までの時間
(4)脈波波形における振幅の最小値
(5)脈波波形における振幅の最大値
(6)脈波波形における傾きが最大となる点における振幅値
(7)脈波波形の1拍内の面積を、前記立ち上がり点から次の立ち上がり点までの時間間隔で除した値
(8)加速度脈波における収縮初期陽性波の最大振幅
(9)加速度脈波における収縮初期陽性波の立ち上がり開始時点から最大振幅の時点までの時間
(10)加速度脈波における収縮初期陰性波の最大振幅
(11)加速度脈波における収縮初期陰性波の立ち上がり開始時点から最大振幅の時点までの時間
【請求項3】
請求項1または2において、
前記学習血圧データから算出される学習最高血圧の平均値と、前記血圧測定対象者から測定された実測最高血圧の平均値との間の差分を算出し、前記差分を用いて、前記血圧推定ステップを実行して得られた拍ごとの最高血圧からなる推定血圧データのバイアス調整を行うバイアス調整ステップを備えている光電容積脈波を用いた血圧推定方法。
【請求項4】
請求項3において、
前記血圧推定ステップを実行して得られた前記推定血圧データを、スプライン補間を用いて、拍スケールから時間スケールのデータに変換するスケール変換ステップと、
スケール変換後の前記推定血圧データを所定時間幅毎の血圧移動平均データに変換する移動平均ステップと、
を備えており、
バイアス調整ステップにおいては、前記血圧移動平均データに対して前記バイアス調整を行う光電容積脈波を用いた血圧推定方法。
【請求項5】
コンピュータに、血圧測定対象者から測定した光電容積脈波から当該血圧測定対象者の血圧を推定する血圧推定方法を実行させるための光電容積脈波を用いた血圧推定用コンピュータプログラムであって、
同時に測定された被験者の最高血圧および光電容積脈波を学習血圧データおよび学習脈波データとして取得する学習データ取得ステップと、
血圧測定対象者から測定した光電容積脈波を測定脈波データとして取り込む測定データ取込ステップと、
前記学習脈波データおよび前記測定脈波データのそれぞれを、拍ごとの脈波波形に分割し、拍ごとの前記脈波波形のそれぞれから複数の脈波特徴量を、それぞれ学習脈波特徴量および測定脈波特徴量として算出する特徴量算出ステップと、
前記学習脈波特徴量および前記測定脈波特徴量のそれぞれに対して、Z-score normalizationによる正規化処理を施し、正規化後の前記学習脈波特徴量および前記測定脈波特徴量のそれぞれを、特徴量ごとに連結して再度、Z-score normalizationによる正規化処理を施し、正規化後の連結状態の前記学習脈波特徴量および前記測定脈波特徴量を再び分割して、正規化学習脈波特徴量および正規化測定脈波特徴量とする特徴量正規化ステップと、
拍ごとの前記学習血圧データを目的変数とし、前記学習血圧データに対応する前記学習脈波データの前記脈波波形のそれぞれから算出された前記正規化学習脈波特徴量を説明変数として、血圧推定用の重回帰モデルを構築する重回帰分析ステップと、
前記重回帰モデルを用いて、前記血圧測定対象者から測定された前記測定脈波データから得られる前記正規化測定脈波特徴量を説明変数とし、前記血圧測定対象者の拍ごとの最高血圧を目的変数として出力する血圧推定ステップと、
を
前記コンピュータに実行させることを特徴とする光電容積脈波を用いた血圧推定用コンピュータプログラム。
【請求項6】
請求項5において、
前記重回帰モデルの構築に用いる前記脈波特徴量は、
前記脈波波形から抽出される以下の7つの特徴量(1)~(7)と、前記脈波波形を2次微分して得られる加速度脈波の波形から得られる以下の4つの特徴量(8)~(11)である光電容積脈波を用いた血圧推定用コンピュータプログラム。
(1)脈波波形における立ち上がり点から次の立ち上がり点までの時間間隔
(2)脈波波形における振幅の最大点から次の立ち上がり点までの時間間隔
(3)脈波波形における立ち上がり点から傾きが最大となる点までの時間
(4)脈波波形における振幅の最小値
(5)脈波波形における振幅の最大値
(6)脈波波形における傾きが最大となる点における振幅値
(7)脈波波形の1拍内の面積を、前記立ち上がり点から次の立ち上がり点までの時間間隔で除した値
(8)加速度脈波における収縮初期陽性波の最大振幅
(9)加速度脈波における収縮初期陽性波の立ち上がり開始時点から最大振幅の時点までの時間
(10)加速度脈波における収縮初期陰性波の最大振幅
(11)加速度脈波における収縮初期陰性波の立ち上がり開始時点から最大振幅の時点までの時間
【請求項7】
請求項5または6において、更に、
前記学習血圧データから算出される学習最高血圧の平均値と、前記血圧測定対象者から測定された実測最高血圧の平均値との間の差分を算出し、前記差分を用いて、前記血圧推定ステップを実行して得られた拍ごとの最高血圧からなる推定血圧データのバイアス調整を行うバイアス調整ステップを
前記コンピュータに実行させる光電容積脈波を用いた血圧推定用コンピュータプログラム。
【請求項8】
請求項7において、更に、
前記血圧推定ステップを実行して得られた前記推定血圧データを、スプライン補間を用いて、拍スケールから時間スケールのデータに変換するスケール変換ステップと、
スケール変換後の前記推定血圧データを所定時間幅毎の血圧移動平均データに変換する移動平均ステップと、
を
前記コンピュータに実行させ、
前記バイアス調整ステップにおいては、前記血圧移動平均データに対して前記バイアス調整を行う光電容積脈波を用いた血圧推定用コンピュータプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血圧測定対象者の指尖等に取り付けた光電容積脈波センサによって測定される光電容積脈波を用いて当該血圧測定対象者の血圧を推定する血圧推定方法、および、当該血圧推定方法をコンピュータに実行させるための血圧推定用コンピュータプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、センシング技術の進歩と共に、多くの生体信号が高精度に測定可能となっている。生活習慣病の発症に大きく関係する血圧を測定する手段としては、カフを用いて血管壁の振動を圧センサで測定するオシロメトリック法が主流となっている。しかし、オシロメトリック法はカフによる圧迫感、正しい姿勢を強制される、連続的に血圧値を測定できない、といった欠点がある。この欠点をおぎなえる方法として、光電容積脈波(photoplethysmography:PPG)センサを用いたウェアラブル端末による測定方法がある。PPGは末梢血管の容積変化を反映しており、脈波情報から心拍数をはじめとする多くの生体情報が得られる。また、PPGセンサはカフを用いないことから拘束感が少なく小型化が可能で、安価であるといった特徴を持つことから、ウェアラブル端末に搭載されている。
【0003】
光電容積脈波(PPG)は心拍数情報を反映するだけでなく、血液の駆出量や血管抵抗といった循環器系のパラメータの影響によって変化するという特徴を持つ。そのため、PPG信号には、血圧の決定因子が含まれていると考えられている(非特許文献1)。PPGを用いて血圧を推定する研究も行われており、重回帰モデルを用いた血圧推定に関する研究としては、近藤らの夜間就寝時の血圧変動推定があり、重回帰分析を行うことで、PPGのみの計測から夜間睡眠時の血圧変動が推定できることが示されている(同文献)。
【0004】
また、PPGを用いた血圧推定に関する秋山らの研究(非特許文献2、3)では、PPGから得られる情報を用いて個人モデルを構築し、血圧の推定を行っている。さらに、秋山らの研究(非特許文献2)では、PPG波形から7つの特徴量を算出し、血圧推定に用いることが有効であると報告している。また、複数部位(指尖,手首,前腕,上腕)で測定した脈波データから重回帰モデルを構築し、その結果、複数部位で測定されたPPGデータを組み合わせることで、高精度のモデルが構築できることを示している。特に、指尖部で測定した脈波データを用いることでより推定精度が向上したとされている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】近藤里帆,河中治樹,小栗宏次,“夜間就寝時における光電容積脈波センサのみを用いたカフレス血圧変動量推定”,電子情報通信学会技術研究報告,113(241):7-1.2013.
【文献】秋山航,阿部誠“ 緑色光による光電容積脈波を用いた血圧推定”,信州大学工学部情報工学科平成28年度卒業論文,2017.
【文献】秋山航,阿部誠“ 緑色光による光電容積脈波を用いた血圧推定”,信州大学大学院総合理工学研究科工学専攻平成30年度修士学位論文,2019.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、いまだにPPGを用いた高精度な血圧測定を実現したウェアラブル端末は存在しない。PPGセンサを搭載したウェアラブル端末を用いて、手軽で低負担、かつ連続的な高精度血圧測定が可能となれば、日常の血圧を常時モニタリングできる。これにより、健康診断では発見が困難な仮面高血圧の発見を可能にすることから、今後の予防医療に大きな知見をもたらすことができると考えられる。
【0007】
ここで、非特許文献2に記載の重回帰モデルを用いた血圧推定には、被験者ごとに個人モデルを構築する時間と手間がかかるといった問題がある。また、複数部位における脈波測定は、拘束感が強く、手軽に計測できないといった課題がある。
【0008】
これらの問題、課題を解決するためには、少量の学習データ、例えば、一人の被験者から得られるPPGデータおよび血圧データのみを学習データとして用いて、他人の血圧を、測定したPPGに基づき、高い精度で推定できる汎用的な重回帰モデルを構築できることが望まれる。また、指尖などの単一の部位で測定したPPGに基づき、高い精度で血圧を推定できる重回帰モデルを構築できることが望まれる。
【0009】
本発明の目的は、このような点に鑑みて、PPGデータのみから血圧を推定できる汎化モデルを構築し、これを用いて、高精度で汎用性のある血圧推定を実現可能な光電容積脈波を用いた血圧推定方法を提案することにある。
また、本発明の目的は、当該血圧推定方法をコンピュータに実行させるための血圧推定用コンピュータプログラムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の光電容積脈波を用いた血圧推定方法では、コンピュータから構成される血圧推定装置が、血圧測定対象者から測定した光電容積脈波から当該血圧測定対象者の血圧を推定するために、以下のステップを実行する。
同時に測定された被験者の最高血圧および光電容積脈波を学習最高血圧データおよび学習脈波データとして取得する(通常は事前に取得して保持する)学習データ取得ステップ
血圧測定対象者から測定した光電容積脈波を測定脈波データとして取り込む測定データ取込ステップ
前記学習脈波データおよび前記測定脈波データのそれぞれを、拍ごとの脈波波形に分割し、拍ごとの前記脈波波形のそれぞれから複数の脈波特徴量を、それぞれ学習脈波特徴量および測定脈波特徴量として算出する特徴量算出ステップ
前記学習脈波特徴量および前記測定脈波特徴量のそれぞれに対して、Z-score normalizationによる正規化処理を施し、正規化後の前記学習脈波特徴量および前記測定脈波特徴量のそれぞれを、特徴量ごとに連結して再度、Z-score normalizationによる正規化処理を施し、正規化後の連結状態の前記学習脈波特徴量および前記測定脈波特徴量を再び分割して、正規化学習脈波特徴量および正規化測定脈波特徴量を得る特徴量正規化ステップ
前記学習データにおける拍ごとの前記学習最高血圧データを目的変数とし、前記学習最高血圧データに対応する前記学習脈波波形から算出された前記正規化学習脈波特徴量を説明変数として、血圧推定用の重回帰モデルを構築する重回帰分析ステップ
前記重回帰モデルを用いて、前記血圧測定対象者から測定された前記測定脈波データから得られる前記正規化測定脈波特徴量を説明変数に割り当て、前記血圧測定対象者の拍ごとの最高血圧を目的変数として出力する血圧推定ステップ
【0011】
重回帰モデルの構築においては、後述のように、PPG波形から得られる特徴量7個、加速度脈波から得られる特徴量4個の計11個の脈波特徴量を説明変数とし、最高血圧(systolic blood pressure:SBP)を目的変数として用いている。
【0012】
血圧推定に用いる測定データであるPPGは、血管中の血流量の変化に伴う光量の変化を電気的な信号で表すため、計測環境の差異や個人差によって大きな影響を受ける。これに伴い、学習データ取得対象の被験者、血圧測定対象者ごとに、PPG信号から得られる特徴量の分布に大きな差異が見受けられる。脈波特徴量の分布に差があると、算出された推定血圧が実際の血圧と大きくずれてしまい、結果的に推定誤差の拡大につながる。
【0013】
本発明では、前処理として、学習データから算出された脈波特徴量および血圧測定対象者から得られる脈波特徴量の双方に、Z-score normalizationによる正規化を施すことで、脈波特徴量の分布を平均0、標準偏差1としている(特徴量正規化ステップ)。こうして得られた正規化データから血圧を推定する重回帰モデルを構築し、これを用いて、血圧測定対象者から得られた脈波特徴量の正規化データから推定血圧を算出している。本発明者等の検証によれば、計測環境の差異や個人差によって生じる脈波特徴量の分布の差による影響が低減され、他人の学習データから構築された重回帰モデルによる血圧推定において、血圧推定精度が向上し、脈波特徴量の正規化が重回帰モデルの汎用化に有効な手段であることが確認された。
【0014】
また、本発明では、上記の各ステップに加えて、重回帰モデルを用いて推定した最高血圧に対して、後処理として、バイアス調整を行っている。バイアス調整ステップでは、学習データにおける学習最高血圧の平均値と、血圧測定対象者から測定された実測最高血圧の平均値との間の差分を算出し、差分を用いて、血圧推定ステップを実行して得られた拍ごとの最高血圧からなる推定血圧データのバイアス調整を行う。
【0015】
学習データと測定データの間の光電容積脈波の分布に差が生じる場合、重回帰モデルの出力値が正しく推定されない可能性がある。本発明者等の検証によれば、バイアス調整を行うことで、最高血圧(SBP)の分布の差異による影響を排除でき、他人の重回帰モデルによる血圧推定において、血圧推定精度が向上し、バイアス調整が重回帰モデルの汎用化に有効な手段であることが確認された。
【0016】
なお、本発明においては、波形を滑らかにすることでSBPの変動をとらえやすくするために、血圧推定ステップを実行して得られた推定血圧データを、スプライン補間を用いて、拍スケールから時間スケールのデータに変換するスケール変換ステップを行い、スケール変換後の推定血圧データを所定時間幅毎の血圧移動平均データに変換する移動平均ステップを実行している。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、PPGの特徴量の正規化を行うことで、また、好ましくは、特徴量の正規化および推定されたSBPのバイアス調整を行うことで、少量の学習データ、例えば、一人の被験者から得られるPPGデータおよび血圧データのみを学習データとして用いて、他人の血圧を高い精度で推定できる汎用的な重回帰モデルを構築できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】(A)は、本発明の方法により血圧推定を行う光電容積脈波を用いた血圧推定システムの一例を示す概略構成図であり、(B)は血圧推定装置におけるデータ処理部を中心に実行される血圧推定用の各処理動作を示す概略ブロック図である。
【
図2】PPGセンサから測定されるPPG波形の例を示す波形図である。
【
図3】PPG波形および算出される7つの特徴量を示す波形図である。
【
図5】(A)は重回帰モデル構築の流れを示す説明図であり、(B)は推定血圧値の算出とモデルの推定精度の評価の流れを示す説明図である。
【
図7】学習データとテストデータの割り当てを示す説明図である。
【
図9】推定血圧の移動平均を示す説明図(非特許文献2)である。
【
図10】Sub01とSub05のPW
max波形を示す波形図である。
【
図13】検証1(正規化なし)と検証2(正規化後)の相関係数を比較したグラフである。
【
図14】検証1(正規化なし)と検証2(正規化後)のRMSEを比較したグラフである。
【
図15】Sub02で検証時の学習データ(Sub01)とテストデータ(Sub02)のSBPの分布、及び推定SBPの波形と実測SBPの波形を示す波形図である。
【
図16】Sub02で検証時の学習データ(Sub01)とテストデータ(Sub03)のSBPの分布、及び推定SBPの波形と実測SBPの波形を示す波形図である。
【
図18】平均SBPの算出手順を示す説明図である。
【
図19】検証1(正規化なし)、検証2(正規化後)および検証3(血圧バイアス調整後)の相関係数を比較したグラフである。
【
図20】検証1(正規化なし)、検証2(正規化後)および検証3(血圧バイアス調整後)のRMSEを比較したグラフである。
【
図21】正規化後および血圧バイアス調整後のそれぞれにおける実測SBPと推定SBPの波形を比較して示す波形図である。
【
図22】学習データとテストデータの割り当てを示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に、図面を参照して、本発明の光電容積脈波を用いた血圧推定方法の実施の形態を説明する。
【0020】
[システム構成例]
図1(A)は、本発明の方法により血圧推定を行う光電容積脈波を用いた血圧推定システムの一例を示す概略構成図である。血圧推定システム1は、光電容量脈波センサ(PPGセンサ)2と、コンピュータを中心に構成された血圧推定装置3とを備えている。PPGセンサ2は例えば近赤外光PPGセンサである。
【0021】
血圧推定装置3は、PPGセンサ2で測定された光電容量脈波の脈波データが入力される入力部4と、入力された脈波データに基づき重回帰モデルを用いて血圧を推定するデータ処理部5と、データ処理部5から得られる推定血圧である推定最高血圧(推定SBP)を出力する出力部6と、メモリ7とを備えている。データ処理部5は、メモリ7に予めインストールされた血圧推定用プログラムあるいは外部からダウンロードした血圧推定用プログラムを実行することにより、測定されたPPGから重回帰モデルを用いて最高血圧を推定するための各処理動作を行う。
【0022】
図1(B)は血圧推定装置3におけるデータ処理部5を中心に実行される血圧推定用の各処理動作を示す概略ブロック図である。血圧推定装置3のメモリ7には、血圧推定用の重回帰モデル構築に用いる学習データ11が保存される(学習データ取得ステップ)。学習データ11には、例えば、一人の被験者から同時に測定された血圧および光電容積脈波(PPG)が、それぞれ学習血圧データ12および学習脈波データ13として含まれている。学習血圧データ12は、例えば、指尖連続血圧計により計測した連続血圧波形データである。学習脈波データ13は、反射型近赤外光PPGセンサにより計測したPPGの脈波データである。
【0023】
血圧測定に当たっては、血圧測定対象者Subの例えば指先にPPGセンサ2が取り付けられる。PPGセンサ2から得られるPPGの測定脈波データ14は、入力部4を介してデータ処理部5の脈波特徴量算出部15に取り込まれる(測定データ取込ステップ)。脈波特徴量算出部15には、学習データ11の学習脈波データ13も取り込まれる。脈波特徴量算出部15では、測定脈波データ14を、拍ごとの脈波波形に分割し、拍ごとの脈波波形から複数の脈波特徴量を、測定脈波特徴量として算出し、学習データ11の学習脈波データ13についても脈波特徴量を、学習脈波特徴量として算出する(特徴量算出ステップ)。本例では後述のように11種類の脈波特徴量を算出している。
【0024】
算出された測定脈波特徴量および学習脈波特徴量のそれぞれは、脈波特徴量正規化部16に取り込まれて、正規化処理が施される(特徴量正規化ステップ)。具体的には、学習脈波特徴量および測定脈波特徴量のそれぞれに対して、Z-score normalizationによる正規化を施し、正規化した学習脈波特徴量および測定脈波特徴量のそれぞれを、特徴量ごとに連結して再度、Z-score normalizationによる正規化を施す。正規化後の連結状態の学習脈波特徴量および測定脈波特徴量を、再び分割して、正規化学習脈波特徴量および正規化測定脈波特徴量を得ている。
【0025】
正規化学習脈波特徴量および正規化測定脈波特徴量のそれぞれは、重回帰分析部17に取り込まれる。重回帰分析部17は、学習データ11における拍ごとの最高血圧(systolic blood pressure:SBP)を目的変数とし、最高血圧と対応した脈波波形のそれぞれから算出された正規化学習脈波特徴量を説明変数とする重回帰分析を行い、測定した光電容積脈波から最高血圧を推定するための重回帰モデル18を構築する(重回帰分析ステップ)。
【0026】
重回帰分析部17では、血圧測定対象者Subから測定された測定脈波データ14から得られる正規化測定脈波特徴量を説明変数として用いて、構築された重回帰モデル18から、血圧測定対象者Subの最高血圧(SBP)を推定する(血圧推定ステップ)。
【0027】
重回帰モデル18を用いて1拍ごとに推定される推定SBPデータは、スケール変換部19に取り込まれて、スプライン補間が施され、拍スケールから時間スケールの推定SBPデータに変換される(スケール変換ステップ)。また、スケール変換後の推定SBPデータは、移動平均算出部20に取り込まれて、所定時間毎の推定SBP移動平均データに変換される(移動平均算出ステップ)。
【0028】
推定SBP移動平均データは、次に、バイアス調整部21に取り込まれる。バイアス調整部21では、学習データ11における学習血圧データ12から最高血圧(SBP)の平均値を平均学習SBPとして算出すると共に、血圧測定対象者Subから測定された最高血圧の平均値を平均測定SBPとして算出する。血圧測定対象者Subの血圧データは、例えば、指尖連続血圧計を用いて計測した連続血圧波形データであり、事前に、メモリ7に記憶保持され、必要に応じて更新される。あるいは、PPGセンサ2によるPPG測定と同時に血圧測定を行い、平均測定SBPを算出してもよい。
【0029】
バイアス調整部21では、算出した平均学習SBPと平均測定SBPとの差分を算出する。算出した差分を用いて、重回帰モデル18を用いて算出した血圧測定対象者Subの推定SBP移動平均データのバイアス調整を行う(推定血圧のバイアス調整ステップ)。バイアス調整後の推定SBP移動平均データが、推定SBPとして出力部6に出力される。
【0030】
[PPG波形、脈波特徴量]
次に、PPGセンサ2によって測定されるPPG波形、および、PPGの脈波波形から算出される11種類の脈波特徴量を説明する。
【0031】
(PPG波形の例)
PPGセンサ2により測定されるPPG波形の例を
図2に示す.PPGは心臓の拍動に応じた周期的な波形であるが、一般的に縦軸は電気的な信号の大きさを示すボルト単位で表すことが多く、血液量の大きさに対応付けることはできない。
【0032】
(光電容積脈波から得られる特徴量)
本例においては、秋山らの研究(非特許文献2、3)に倣って、PPG波形から7つの特徴量を算出し、血圧推定に用いている。
図3に、秋山らの研究で用いられている、PPG波形から算出される7つの特徴量を示す。FFIとt
dからは心拍数情報、t
maxslopeからは血管の弾性情報、PW
bias、PW
max、DPW
max、NPWAからは血管の容積の変動情報を反映した値が得られる。各符号の意味は次の通りである。
FFI:脈波波形における立ち上がり点から次の立ち上がり点までの時間間隔
t
d:脈波波形における振幅の最大点から次の立ち上がり点までの時間間隔
t
maxslope:脈波波形における立ち上がり点から傾きが最大となる点までの時間
PW
bias:脈波波形における振幅の最小値
PW
max:脈波波形における振幅の最大値
DPW
max:脈波波形における傾きが最大となる点における振幅値
PWA:脈波波形における1拍内の面積
NPWA:1拍内の面積PWAをFFIで除したもの
【0033】
(加速度脈波から得られる特徴量)
本例では、上記の7つの特徴量に加えて、PPGセンサ2から得られたPPG波形を2次微分して加速度脈波を生成し、加速度脈波の波形から得られる4つの特徴量を用いている。加速度脈波波形の例を
図4に示す。この図に示すように、加速度脈波波形にはa~e波が含まれている。
a波:収縮初期陽性波
b波:収縮初期陰性波
c波:収縮中期再上昇波
d波:収縮後期再下降波
e波:拡張初期陽性波
a波とb波は、収縮期前方成分に、c波とd波は収縮期後方成分に含まれる。収縮期前方成分は血液の駆出によって生じる駆動圧波を反映し、収縮期後方成分は駆動圧波が末梢に伝搬し、反射して戻ってくる反射圧波を反映する。収縮期後方成分は、加齢、動脈硬化、高血圧などにより、反射波が増大することで上昇する。本例では、加速度脈波の波形から得られる以下の4つの特徴量を用いている。
PWa:a波(収縮初期陽性波)の最大振幅
Ta:a波立ち上がり時間(a波の立ち上がり開始時点から最大振幅の時点までの時間)
PWb:b波(収縮初期陰性波)の最大振幅
Tb:b波立ち上がり時間(b波の立ち上がり開始時点から最大振幅の時点までの時間)
【0034】
[重回帰モデルを用いた血圧推定手法]
次に、本発明において採用している重回帰モデルを用いた血圧推定手法を詳細に説明する。
【0035】
(重回帰分析)
重回帰分析は、公知のように、複数の説明変数から重回帰モデルを構築し、一つの目的変数を予測する線形回帰分析である。重回帰式を以下に示す。
y(t)=a+b1x1(t)+b2x2(t)+・・・+bmxm(t)
ここで、tは時間情報を反映する変数であり、y(t)とxk(t)(k=1,2,…,m)は、それぞれ、tに対応する目的変数と説明変数である。また、mは、モデル構築に用いる説明変数の数を表し、aは切片、bk(k=1,2,…,m)は偏回帰係数である。本発明では、1拍ごとに算出されたSBP(最高血圧)と脈波特徴量を用いて重回帰モデルを構築した。すなわち、目的変数には最高血圧を、説明変数には脈波特徴量を割り当てて重回帰モデルを構築した。モデル構築に用いる脈波特徴量は、先に述べたようにPPG波形から得られる特徴量7個と、加速度脈波波形から得られるa波の最大振幅とb波の最大振幅と、それぞれの立ち上がり時間の4個の計11個を用いている。なお、拍ごとに血圧を推定するため、変数tは、計測開始後何拍目かを表す変数となる。
【0036】
(重回帰モデルの構築・推定血圧値の算出)
重回帰モデルの構築には、目的変数となる拍ごとに算出されたSPBデータと、説明変数となるSBPと対応した脈波特徴量データを用いた。脈波特徴量は、連続的なPPG波形を立ち上がり点で分割することによって、拍ごとに算出した。これにより得られたSBPと脈波特徴量をもとに、偏回帰係数を算出することで、重回帰モデルを構築した。
図5(A)に、重回帰モデル構築の流れを示す。続いて、構築した重回帰モデルにテストデータとなる被験者の脈波特徴量のみを与え、1拍ごとに推定SBPを算出する。
図5(B)に、推定SBP(血圧推定値)の算出と重回帰モデルの推定精度の評価の流れを示す。
【0037】
(推定精度の評価)
作成した重回帰モデルから算出される推定値の線形相関性を評価する指標として相関係数を用いた。n個のデータを評価する際、血圧計測値の集合を
血圧推定値の集合を
とすると、血圧測定値と血圧推定値間の相関係数Rは以下の式で定義される。
なお、相関係数は、1に近くなるほど2つのデータ間の相関性が高くなる。相関係数0.8以上を目標とした。
【0038】
また、血圧推定値の誤差を評価する指標として、血圧測定値と血圧推定値間の二乗平均平方根誤差(RMSE:Root Mean Squared Error)を同時に算出した。上記のように、血圧測定値および血圧推定値を表すと、RMSEは以下の式で定義される。
RMSEは、血圧推定値と血圧測定値との誤差を表す指標であるため、0に近いほど高い推定精度である。RMSE≦10[mmHg]を目標とした。
【0039】
[光電容積脈波を用いた血圧推定手法の検証]
以下に、本発明者等が行った研究(光電容積脈波と血圧の測定実験、構築した重回帰モデルの検証)について説明することで、本発明における正規化およびバイアス調整の目的、作用効果を明らかにする。
【0040】
(光電容積脈波と血圧の測定実験)
本研究で用いたデータの検証実験の概略図を
図6に示す。被験者は23.3±1.6歳の健常者9名(男性8名,女性1名)である。以下、これらの被験者をSub01~Sub09と呼ぶ。被験者には5分間座位にて安静にしてもらい、心電図、連続血圧、近赤外光と緑色光によるPPGについて計測を行った。被験者の手首と足首に装着したクリップ式心電電極より心電図波形を、左手第3指にはカフ付脈波センサを装着し,指尖連続血圧計(Finapres Medical Systems社製Portapres)より連続血圧波形をそれぞれ計測した。近赤外光と緑色光の反射型PPGセンサは、それぞれ1組ずつ左手第4指、左手首内側、左前腕外側、左上腕外側の4箇所に装着して計測を行った。実験で用いたPPGセンサは、市販の反射型フォトセンサを用いて製作したものである。さらに、参照信号として左手第2指に反射型の近赤外光によるPPGセンサ(EnyiteC社製Nellor)を装着し、PPGを計測した。センサを装着した手は、心臓の高さに置いてもらった。本研究では、左手第2指の近赤外光PPGにて測定した脈波データと連続血圧データを用いた。なお、Sub07は血圧測定に不備があったため、データを用いないことにした。
【0041】
{検証1:重回帰モデルを用いた血圧推定}
本研究では、汎用性の高い重回帰モデルを構築することを目標としているため、学習データとテストデータにそれぞれ別々の被験者を割り当てて、検証を行った。まず、本検証(検証1)では、
図7に示すように,学習データをSub01に固定して重回帰モデルを構築し、Sub01を除くSub02からSub09をテストデータに割り当てて、被験者ごとに重回帰モデルの推定精度の評価を行った。なお、汎用性の高いモデルを構築する際は、学習データを大きくするのが一般的であるが、モデル構築時の計算コストが大きくなる恐れがあるため、本研究では、学習データを1名の被験者に割り当ててモデルの構築を行った。
【0042】
(検証1の流れ)
検証1の流れを、
図8に示す。まず、学習データとして割り当てたSub01の連続血圧からSBPを、脈波波形から脈波特徴量を算出し、重回帰モデルの構築を行った。続いて、テストデータに割り当てた被験者の脈波特徴量のみを、構築した重回帰モデルに入力して推定SBPを算出した。ここで、算出した推定SBPは1拍ごとに算出されるため、スプライン補間を用いて、拍スケールから時間スケールに変換した。また、
図9に示すように、非特許文献2に倣って、スパイク状のSBP波形を滑らかにすることによって、SBPの変動をとらえやすくするために、推定SBPと実測SBPの移動平均を算出する処理を行った。本研究では60秒に設定して移動平均の算出を行った。これによって得られた、実測SBPと推定SBP間の相関係数とRMSEを算出し、モデルの推定精度の評価を行った。
【0043】
(検証1の結果)
検証1で得られた、Sub07を除くSub02からSub09までの相関係数、及びRMSEの結果を表1に示す。表1から、被験者7名中4名の被験者が目標の相関係数0.8を下回った。また、RMSEに関しても、被験者によって49万[mmHg]を超えるような値が得られる結果となった。
【0044】
【0045】
(検証1の考察)
検証1で構築したSub01の重回帰モデルは、いずれの被験者も実測SBPと推定SBP間のRMSEが、350[mmHg]を超える値をとり、血圧推定が困難であった。ここで、脈波特徴量に着目したところ、学習データとして用いたSub01とテストデータに用いた被験者間で大きな違いが見られた。
図10にSub01とSub05のPW
max波形を示す。Sub01のPW
max波形は-1.18[mV]から-1.09[mV]付近に分布しているのに対し、Sub05のPW
max波形は-1.2[mV]から-1.17[mV]の付近に分布している様子が見て取れる。このように被験者ごとに、脈波特徴量の分布に大きな差が生じた原因として、PPGの計測環境の差異が考えられる。PPGは、血管中の血流量の変化に伴う光量の変化を電気的な信号で表すため、計測環境に差異が生じると、その影響を大きく受ける。計測環境の差異としては、PPGセンサの装着位置のズレや実験室の明るさの違い、PPGセンサが体表面を押し付ける圧力の違いなどがある。また、被験者によっても皮膚の厚さや血管の状態、自律神経の活動状態は異なるため、こういった個人差が脈波特徴量の分布に大きな差を生む原因になった可能性もある。そして、脈波特徴量の分布に差があることで、算出された推定SBPが実測SBPと大きくずれてしまい、結果的に推定誤差の拡大につながったと考えられる。
【0046】
{検証2:正規化の有効性に関する検証}
検証1の結果から、脈波特徴量の分布の差が、RMSEの増大につながっている可能性が考えられた。そこで、検証2では、脈波特徴量の分布や散らばりの差による影響を除去するため、モデル構築前に脈波特徴量に対して、Z-score normalizationによる正規化を行った。正規化の手順を
図11に示す。まず、学習データSubAとテストデータSubBになる被験者の11個の脈波特徴量に対して、平均0、標準偏差1に統一にするためにそれぞれ正規化を行った。続いて、正規化したそれぞれの特徴量ごとに連結し、再度正規化を行った後に、元の学習データとテストデータに分割した。本検証2の流れを
図12に示す。なお、学習データとテストデータは検証1と同様に、学習データをSub01に固定して、Sub02からSub09をテストデータとした。
【0047】
(検証2の結果)
検証2で得られた、Sub02からSub09までの相関係数、及びRMSEの結果を表2に示す。また、
図13、
図14には、検証1(正規化なし)と本検証2(正規化後)の相関係数とRMSEの検証結果を比較したグラフを示す。相関係数においては、Sub08を除くすべての被験者が目標値の0.8を上回った。一方でRMSEに関しても、すべての被験者が検証1に比べて大幅に低減した。しかし、RMSEが低減されたとはいえ、依然として100を超える被験者が7名中5名存在する。
【0048】
【0049】
(検証2の考察)
Sub08を除くすべての被験者の相関係数が0.8以上になり、すべての被験者のRMSEが低減したのは、前処理として脈波特徴量に正規化を行ったことによって、脈波特徴量の分布の差による影響が低減したためであると考えられる。これより、他人の重回帰モデルによる血圧推定において、脈波特徴量の正規化は有効な手法であることが示唆された。しかし、RMSEが100[mmHg]を超える被験者が7名中5名であったため、高精度な血圧推定とは言い難い結果となった。
【0050】
ここで、学習データとテストデータのSBPの分布を比較した。
図15にSub02で検証時の学習データ(Sub01)とテストデータ(Sub02)のSBPの分布、及び推定SBPの波形と実測SBPの波形を示す。学習データ(Sub01)のSBPの分布がテストデータ(Sub02)のSBPの分布より高い値に集まっており、推定SBPの波形においても実測SBPの波形から一定の誤差を保ちながら推移する結果となった。これは、モデルがテストデータのSBPの分布より高い値の血圧を学習し、実測SBPよりも高い推定SBPを算出したためであると考えられる。また、Sub02の相関係数は0.848と高めであるが、RMSEに関しては122[mmHg]と目標値を大きく上回る誤差となった。これは、SBP変動に関して高精度に推定できているが、SBPの絶対値を推定できていないことを意味しており、
図15からもその様子が分かる。
【0051】
一方で、
図16に示す相関係数が0.9を超え、かつRMSEが最も小さいSub03のSBPの分布に着目してみると、学習データ(Sub01)とテストデータ(Sub03)のSBPの分布が重畳しており,実測SBPの波形と推定SBPの波形も同様に重畳した様子が分かる。他の被験者においても、Sub01とSBPの分布が重畳する被験者の場合は,Sub03と同様に推定SBPの波形が実測SBPの波形と重畳していることが確認された。一方で、SBPの分布がSub01とずれていた被験者は、Sub02と同様に推定SBPの波形も実測SBPの波形から一定の誤差を保ちながら推移していた。
【0052】
以上より、学習データとテストデータのSBPの分布間に差が存在する場合、推定SBPの波形はSBPの分布の差に応じて、実測SBPの波形から上下いずれかの方向にずれることが分かる。こういったSBPの分布に差が生じるのは、被験者ごとに平均SBPの値が異なることが原因と考えられる。
【0053】
{検証3:血圧のバイアス調整の有効性に関する検証}
(検証3の流れ)
検証2の結果より、被験者ごとに異なる平均SBPの差が、モデルの推定精度に影響を及ぼしている可能性が示唆された。検証3では、推定SBPの波形と実測SBPの波形間の一定の誤差を低減することを目標に、平均SBPを用いてバイアス調整を行った。
図17に検証3の流れを示す。なお、学習データとテストデータは検証2の時と同じく、学習データをSub01に固定して、Sub02からSub09をテストデータとした。
【0054】
(血圧のバイアス調整)
推定SBPのバイアス調整を行うにあたり、まずは学習データとテストデータの平均SBPをそれぞれ算出した。
図18に平均SBPの算出手順を示す。学習データの平均SBPにおいては学習データ全体から算出した。一方で、テストデータは、データ全体から平均SBPを算出することは、実用性に乏しいため、計測開始後1分間のデータを切り出し、平均SBPの算出を行った。続いて、血圧バイアスの調整を行う値SBP_biasを求める。式を以下に示す。なお、SubAは学習データ、SubBはテストデータとする。
SBP_bias=SubA_average ― SubB_average
検証2で算出した推定SBPから、SBP_biasを減算することで、推定SBPのバイアス調整を行った。本検証3では、このバイアス調整を行った推定SBPと実測SBPを比較することでモデルの推定精度の評価を行った。
【0055】
(検証3の結果)
本検証3で得られた、Sub02からSub09までの相関係数、及びRMSEの結果を表3に示す。相関係数においては、Sub08を除くすべての被験者が0.8以上を達成した。一方でRMSEに関しても、検証2ではRMSEが100[mmHg]を超える被験者が7名中5名であったのに対して、本検証3ではすべての被験者のRMSEが目標の10[mmHg]以下を達成した。検証2の場合の相関係数とRMSEの検証結果と比べたグラフをそれぞれ
図19と
図20に示す。
【0056】
【0057】
また、各被験者の実測SBPの波形と推定SBPの波形の推移を比較してみたところ、検証3で生じていた一定の誤差が排除された。前述の検証2で一定の誤差が確認されたSub02のSBPの波形を、本検証3と比較した様子を
図21に示す。
【0058】
(検証3の考察)
本検証3では、血圧のバイアス調整を行うことで、すべての被験者の推定SBP波形が実測SBP波形と重畳し、RMSEを10[mmHg]以下に低減された。これより、被験者ごとに異なる平均SBPの差が、モデルの推定精度に大きく関係していることが示唆された。そのため、血圧のバイアス調整は他人の重回帰モデルによる血圧変動推定において、重要な処理であると考えられる。
【0059】
{検証4:Sub01を除く被験者を学習データに割り当てた検証}
(データの割り当て)
先の検証3では、学習データをSub01に固定し、他の被験者をテストデータにして検証を行った。しかし、検証3の有効性を示すためには、Sub01だけでなく他の被験者のデータも学習データに割り当てて検証を行う必要がある。そこで、本検証4では、Sub02からSub09をそれぞれ学習データにし、各被験者の重回帰モデルの推定精度を評価した。
図22にデータの割り当てを示す。8名の被験者の中から、SubXを学習データに割り当てた場合、テストデータにはSubXを除く他の被験者を割り当て、モデルの推定精度の評価をそれぞれ行った。
【0060】
(検証4の結果)
図23に本検証4の結果を示す.狭い幅で斜線を付けた部分は、相関係数、RMSE共に目標値を達成した推定であり、高精度な推定結果といえる。また、広幅で斜線を付けた部分の推定結果は、相関係数が目標値の0.8に満たないものの、RMSEが目標の10[mmHg]以下を達成した推定結果である。広幅で斜線を付けた部分の推定結果は、SBP変動が推定できていないが,推定誤差は小さいため、比較的高精度な推定結果であるといえる。
【0061】
ここで、学習データに着目すると、他者の血圧推定に適した被験者と適さない被験者に分かれた。例えば、枠で囲まれたSub01やSub08のデータを学習データにしたモデルは、すべての被験者のテストデータにおいて高精度な血圧推定であった。一方で、Sub09のデータを学習データとして用いたモデルは、精度な血圧推定ができたのは1名のみであった。
【0062】
(検証4の考察)
検証結果より、学習データにおいて、他者の血圧推定に適した被験者と適さない被験者が存在することが分かった。この原因として、SBPの分布の差異による影響が考えられる。SBPが極端な位置に分布している被験者を学習データとしてモデルを構築した場合、高精度な血圧推定ができないことが示唆された。その原因としては、重回帰モデルが学習データに存在しないSBPの値、または存在していてもデータ数が少ないSBPの値に対して、実測SBPと大きく異なる推定SBPを算出するためであると考えられる。また、脈波特徴量に関して注目したところ、Sub09の脈波特徴量は他の被験者の脈波特徴量と比較して、顕著な差異が確認された。このような顕著に他の被験者と脈波特徴量波形が異なると、正規化を行っても他人の血圧を高精度に推定できない可能性が考えられる。
【0063】
以上から、SBPの分布や脈波特徴量が重回帰モデルの推定精度に大きな影響を及ぼす可能性が示唆された。そのため、より推定精度の高い重回帰モデルを構築するためには、モデル構築に用いるデータのSBPの分布や脈波特徴量に関して詳しく吟味して、モデル構築に採用する学習データを設定することが必要である。
【0064】
{結言}
以上説明したように、本研究では、カフを用いない連続的な血圧推定を目的として、光電容積脈波を用いた重回帰分析による血圧推定手法の提案とその有効性について検討した。重回帰モデルの構築においては、PPG波形から得られる特徴量7個、加速度脈波から得られる特徴量4個の計11個を説明変数、最高血圧を目的変数としてモデルを構築した。
【0065】
前処理を何も行わず、他者の血圧を推定したところ、被験者7名中6名の被験者が相関係数0.7を下回り、RMSEも40万[mmHg]を超える被験者も現れる結果となった。
【0066】
この結果を踏まえ、脈波特徴量の分布の差の低減を目標に、脈波特徴量の正規化を行った。その結果、Sub08を除くすべての被験者が目標値の相関係数0.8以上を達成し、RMSEの大幅な低減を実現した。しかし、依然としてRMSEが100を超える被験者が7名中5名いたため、高精度の血圧推定とは言い難い結果となった。
【0067】
そこで、学習データとテストデータのSBPの分布、および推定SBPの波形と実測SBPの波形に着目したところ、SBPの分布間に差が存在する場合、推定SBPの波形はSBPの分布の差に応じて、実測SBPの波形から上下のいずれかの方向にずれていた。これより、被験者ごとの平均SBPによる個人差が波形間の一定の誤差が生じる原因となった可能性が考えられる。このため、脈波特徴量だけでなく平均SBPにも個人差があるという仮定の下、推定血圧のバイアス調整を行った。その結果、Sub08を除くすべての被験者が相関係数0.7以上を達成し、RMSEに関しても、すべての被験者が目標の10[mmHg]以下を達成した.これにより、Sub01を学習データにした際、この手法で他者の血圧を高精度に推定できる重回帰汎化モデルを構築できる可能性が示唆された。
【0068】
学習データにSub01以外の被験者を割り当てて、検証3における手法で重回帰モデルを構築し、モデルの推定精度を算出したところ、他者の血圧推定に適した被験者もいる一方で、他者の血圧推定に適さない被験者も存在する結果となった。他者の血圧推定に適さない被験者においては、血圧分布の個人差や脈波特徴量の波形に原因がある可能性が考えられる。
【符号の説明】
【0069】
1 血圧推定システム
2 光電容量脈波センサ(PPGセンサ)
3 血圧推定装置
4 入力部
5 データ処理部
6 出力部
7 メモリ
11 学習データ
12 学習血圧データ
13 学習脈波データ
13A 正規化学習脈波特徴量
14 測定脈波データ
14A 正規化測定脈波特徴量
15 脈波特徴量算出部
16 脈波特徴量正規化部
17 重回帰分析部
18 重回帰モデル
19 スケール変換部
20 移動平均算出部
21 バイアス調整部