(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-11
(45)【発行日】2024-10-22
(54)【発明の名称】高分子複合薄膜、高分子複合薄膜の製造方法
(51)【国際特許分類】
B01D 69/00 20060101AFI20241015BHJP
B01D 71/10 20060101ALI20241015BHJP
B01D 69/10 20060101ALI20241015BHJP
B01D 69/12 20060101ALI20241015BHJP
B01D 71/70 20060101ALI20241015BHJP
【FI】
B01D69/00
B01D71/10
B01D69/10
B01D69/12
B01D71/70 500
(21)【出願番号】P 2021055885
(22)【出願日】2021-03-29
【審査請求日】2024-02-05
(31)【優先権主張番号】P 2020062463
(32)【優先日】2020-03-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】510022336
【氏名又は名称】株式会社ナノメンブレン
(74)【代理人】
【識別番号】100186510
【氏名又は名称】豊村 祐士
(72)【発明者】
【氏名】藤川 茂紀
(72)【発明者】
【氏名】有吉 美帆
(72)【発明者】
【氏名】国武 豊喜
【審査官】田名部 拓也
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2017/0326486(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2013/0105395(US,A1)
【文献】特表2020-528876(JP,A)
【文献】特開2015-160201(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2017-0085445(KR,A)
【文献】米国特許出願公開第2020/0016545(US,A1)
【文献】国際公開第2016/136294(WO,A1)
【文献】特開2012-075995(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01D 53/22
B01D 61/00 - 71/82
C02F 1/44
B32B 1/00 - 43/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリシロキサンで構成され、膜厚が100nm以下の非自立性の高分子薄膜
と、
前記高分子薄膜に包含された、前記高分子薄膜の膜厚よりも小さい直径を備える繊維状構造物
と、
を備え、
前記繊維状構造物と前記高分子薄膜とが複合化されることで自立性を有し、膜厚が2nm~100nmであることを特徴とする高分子複合薄膜。
【請求項2】
前記繊維状構造物が有機高分子で構成されていることを特徴とする請求項1に記載の高分子複合薄膜。
【請求項3】
前記繊維状構造物をセルロースナノファイバー、あるいはセルロースナノファイバーと酸化セルロースナノファイバーとの混合物としたことを特徴とする請求項2に記載の高分子複合薄膜。
【請求項4】
前記高分子薄膜がガス分離性を備えることを特徴とする請求項1~請求項3のいずれか一項に記載の高分子複合薄膜。
【請求項5】
前記高分子薄膜が、二酸化炭素を選択的により透過することを特徴とする請求項1~請求項4のいずれか一項に記載の高分子複合薄膜。
【請求項6】
前記高分子薄膜と前記繊維状構造物とを合計した膜厚を30nm~75nmとしたことを特徴とする請求項1~請求項5のいずれか一項に記載の高分子複合薄膜。
【請求項7】
前記ポリシロキサンで構成された層と、前記ポリシロキサン及び前記セルロースナノファイバーで構成された層と、を備えることを特徴とする
請求項3に記載の高分子複合薄膜。
【請求項8】
前記ポリシロキサン及び前記セルロースナノファイバーで構成された層は、前記セルロースナノファイバーの層が複数層重畳されていることを特徴とする請求項7に記載の高分子複合薄膜。
【請求項9】
請求項3~請求項8のいずれか一項に記載された高分子複合薄膜の製造方法であって、
前記繊維状構造物は、セルロースナノファイバーであり、
前記セルロースナノファイバーを含むセルロースナノファイバー溶液を調製するとともに、前記ポリシロキサンを含む高分子材料含有溶液を調製する第1工程と、
剥離液に溶解するポリマー層が形成された基材上に、前記ポリマー層を被覆するように前記セルロースナノファイバー溶液を塗布して第1の層を形成する第2工程と、
前記第1の層を被覆するように前記高分子材料含有溶液を塗布・加熱して第2の層を形成する第3工程と、
前記基材を前記剥離液に浸漬し、前記第1の層及び前記第2の層で構成される高分子複合薄膜を前記基材から剥離する第4工程と、
を含むことを特徴とする高分子複合薄膜の製造方法。
【請求項10】
前記セルロースナノファイバー溶液の溶媒を水とし、前記高分子材料含有溶液の溶媒をヘキサンとしたことを特徴とする請求項9に記載の高分子複合薄膜の製造方法。
【請求項11】
前記第1の層は、前記セルロースナノファイバー溶液を塗布する工程を複数回繰り返して形成されていること特徴とする請求項9または請求項10に記載の高分子複合薄膜の製造方法。
【請求項12】
請求項3~請求項8のいずれか一項に記載された高分子複合薄膜の製造方法であって、
前記繊維状構造物は、セルロースナノファイバーであり、
前記セルロースナノファイバーを第1溶剤に分散させたセルロースナノファイバー分散液を調製する第1工程と、
前記ポリシロキサンに前記セルロースナノファイバー分散液と第2溶剤とを混合して混合溶液を得る第2工程と、
剥離液に溶解するポリマー層が形成された基材上に、前記ポリマー層を被覆するように前記混合溶液を塗布・加熱して高分子複合薄膜を製膜する第3工程と、
前記基材を前記剥離液に浸漬し、前記高分子複合薄膜を前記基材から剥離する第4工程と、
を含むことを特徴とする高分子複合薄膜の製造方法。
【請求項13】
前記第1溶剤をエタノールとし、前記第2溶剤をヘキサンとしたことを特徴とする請求項12に記載の高分子複合薄膜の製造方法。
【請求項14】
前記ポリマー層は、ポリヒドロキシスチレンを含むエタノール溶液を塗布して形成され、
前記剥離液をエタノールとしたことを特徴とする請求項9~請求項13のいずれか一項に記載の高分子複合薄膜の製造方法。
【請求項15】
前記ポリマー層の表面を親水化処理することを特徴とする請求項9~請求項14のいずれか一項に記載の高分子複合薄膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に高分子材料を含む高分子複合薄膜、特に高い機能性を備えるとともに膜強度を大幅に向上させた高分子複合薄膜に関する。
【背景技術】
【0002】
昨今、有機・無機ナノ膜への関心が高まっている。無機系においては無機の炭素化合物であるGrapheneの特異な物性が世界的に注目され、国際的な開発競争は一挙に激しくなった。この傾向は更にMoS2など他のナノ厚みを持つ無機材料にも広がり、現在では2次元材料として新しい研究分野を生み出すに至っている。
【0003】
一方、有機系では、ナノオーダの厚みを持つ生体膜について、生化学的、生物物理学的な立場からの研究が膨大である。また産業資材としての有機ナノ膜については2次元材料としてのユニークな特性が期待できるが、実用化を推し進めるうえでは、大面積化、無欠陥、自立性、構造安定性などの実現が必要条件となる。
【0004】
産業資材としての有機ナノ膜の一例として、ナノオーダの厚みを活かしての優れた分離膜の開発に期待が寄せられている。分離膜による分離機能を最大限に発揮するには、高い透過性を確保する観点からできるだけ膜厚を薄くすることが望ましい。しかしその場合、機械的強度が低下して膜として脆弱となり実用に耐えない可能性が大きい。即ち機能的観点に基づき分離膜を薄く構成することと機械的強度との間にはトレードオフの関係がある。この課題を解決するには、膜厚を限界まで薄く構成した機能膜を、その機能を妨げることのない強靭な支持および骨格構造と組み合わせることが有効と考えられる。
【0005】
さて、このような高分子複合薄膜に関する技術として、架橋セルロース樹脂及びセルロースナノファイバーを含有してなるガス分離層を有するガス分離膜であって、架橋セルロース樹脂は、架橋構造中に、*-O-M-O-*、*-S-M-S-*、*-NRaC(=O)-*、*-NRbC(=O)NRb-*、*-O-CH2-O-*、*-S-(CH2)2-S-*、*-OC(=O)O-*、*-SO3
-N+(Rc)3-*及び*-P(=O)(OH)O-N+(Rd)3-*からなる群から選ばれる少なくとも1種の連結構造を有し、ガス分離層が有機溶媒を10ppm~5000ppm含有する、ガス分離膜(式中、Mは2~4価の金属原子を表し、Ra、Rb、Rc及びRdはそれぞれ独立に、水素原子又はアルキル基を表す。*は連結部位を示す。)が知られている。(特許文献1)
【0006】
特許文献1によれば、架橋構造中に特定の連結構造を有する架橋セルロース樹脂を用いてガス分離層を形成したガス分離膜とすることで、優れたガス透過性とともに優れたガス分離選択性をも有し、高温、高圧且つ高湿条件下で使用しても可塑化しにくく優れたガス分離性能を示し、天然ガス中に存在する不純物成分であるトルエン等の影響も受けにくく、耐折性に優れ種々のモジュール形態への加工が可能であり、しかも高い歩留りで製造することができ、更に使用開始初期から安定したガス分離性能を示すガス分離膜を提供することができるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1に記載された技術によれば、ガス分離膜を構成するガス分離層にはセルロースナノファイバーが添加されてもよいとされ、ガス分離層の厚みは、50nm~1μmが好ましいとされているものの、架橋セルロース樹脂を含むガス分離層は、ガス透過性の支持層(多孔質層)の上側に形成されることを前提としている。より具体的には、ガス分離層と多孔質層を併せ持つ複合膜は、多孔質の支持体の少なくとも表面に、ガス分離層をなす成分(セルロース樹脂及び架橋剤)を含む塗布液(ドープ)を塗布することで形成される。このような構成とすることで、結果的にガス分離膜の厚みは10μm~200μmとなっている。
【0009】
即ち、特許文献1に記載されたガス分離層は、多孔質層の上に形成されることでガス分離膜として機能しており、当該ナノオーダの厚みを有するガス分離層が単独で自立してガス分離膜を構成しうること、そしてこのガス分離膜がガス分離機能を発揮しうる点については何ら示唆されていない。
【0010】
また、当該多孔質層は例えば有機高分子の多孔質膜で構成されているが、この多孔質層の空隙以外の部分についてのガス透過性については何ら言及されておらず、多孔質層が介在することでガス分離膜のトータルとしてのガス透過性を低下させる可能性もある。
【0011】
更に、特許文献1に記載されたガス分離膜は、ガス分離層を架橋構造中に特定の連結構造を有する架橋セルロース樹脂で構成するために、架橋剤として特定の金属錯体を用い、セルロース樹脂との間の配位子交換反応により金属架橋を形成している。この場合、塗布液中のセルロース樹脂と架橋剤としての金属錯体との濃度を一定以下とすることにより塗布液中における配位子交換反応を抑え、更にこの塗布液を多孔質支持層上に薄膜塗布することにより、急激な溶媒の蒸発に伴い配位子交換反応を素早く進行させて、セルロース樹脂に金属架橋構造を形成している。このためガス分離層のミクロな構造が複雑となり、結果として製造工程も複雑なものとなる。
【0012】
本発明は、このような従来技術の課題を解決するべく案出されたものであり、柔軟な機能性を備えるナノ膜と機械的強度に優れたナノ支持体を組み合わせる(複合化する)といったより簡易な構成により、極めて薄く構成されることで高機能性であり且つ実用的な構造安定性(自立性)を有する高分子複合薄膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前記課題を解決するためになされた本発明は、膜厚が100nm以下の高分子薄膜が、前記高分子薄膜の膜厚よりも小さい直径を備える繊維状構造物と複合化されたことで自立性を有することを特徴とする高分子複合薄膜である。
【0014】
これによって、高分子薄膜に自立性がない場合であっても、高い機能性と高い機械的強度とを兼ね備える高分子複合薄膜を得ることが可能となる。
【0015】
また、本発明は、膜厚が100nm以下の自立性を有する高分子薄膜が、前記高分子薄膜の膜厚よりも小さい直径を備える繊維状構造物と複合化された高分子複合薄膜である。
【0016】
これによって、高分子薄膜自体に自立性がある場合にあっては、高い機能性と更に高い機械的強度とを兼ね備える高分子複合薄膜を得ることが可能となる。
【0017】
また、本発明は、前記繊維状構造物が有機高分子で構成されているものである。
【0018】
これによって、高分子複合薄膜をより低コストで製造することが可能となる。
【0019】
また、本発明は、前記繊維状構造物をセルロースナノファイバーとしたものである。
【0020】
これによって、セルロースナノファイバーの材料コストは極めて小さいことから、高分子複合薄膜をより低コストで製造することが可能となる。
【0021】
また、本発明は、前記高分子薄膜を、主にポリシロキサンで構成したものである。
【0022】
これによって、一般にポリシロキサンで構成された薄膜は自立性を備えることから、より機械的強度に優れる高分子複合薄膜を得ることが可能となる。
【0023】
また、本発明は、前記高分子薄膜を、主に架橋性高分子で構成したものである。
【0024】
これによって、より一般的な高分子材料であるエポキシ樹脂等の架橋性高分子を用いることによっても、高い機能性と高い機械的強度とを備える高分子複合薄膜を得ることが可能となる。
【0025】
また、本発明は、前記高分子薄膜がガス分離性を備えるものである。
【0026】
これによって、高分子複合薄膜で気体から所定のガスを除去することが可能となる。
【0027】
また、本発明は、前記高分子薄膜が、二酸化炭素を選択的に透過するものである。
【0028】
これによって、高分子複合薄膜を用いて気体から二酸化炭素を除去(分離)することが可能となる。
【0029】
また、本発明は、前記高分子薄膜が、空気中の酸素と窒素とを分離するものである。
【0030】
これによって、高分子複合薄膜は空気分離膜として機能し、空気中の酸素濃度や窒素濃度を増加、あるいは低減することが可能となる。
【発明の効果】
【0031】
このように本発明によれば、高い機能性と高い機械的強度とを備える高分子複合薄膜を得ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【
図1】(a)~(d)は、本発明に係る高分子複合薄膜1の構成を示す説明図
【
図2】(a)~(d)は、比較例1及び実施例1で得られたフィルムに対して同一負荷を加えた際のフィルムの撓みを示す写真
【
図3】比較例1及び実施例1で得られたフィルムにおける応力(σ)及びたわみ(ε)の関係を示すグラフ
【
図4】円形損傷が発生したCNF/PDMSフィルムの外観を示す写真
【発明を実施するための形態】
【0033】
図1(a)~(d)は、本発明に係る高分子複合薄膜1の構成を示す説明図である。以降、
図1を用いて本発明の実施形態について説明する。高分子複合薄膜1は、高分子薄膜2と繊維状構造物としてのセルロースナノファイバー3とから構成されている。
【0034】
図1(a)~(d)に示すように、高分子複合薄膜1は高分子薄膜2の膜内にセルロースナノファイバー3を包含する構成を有している。具体的には、
図1(a),同(b)に示すように、セルロースナノファイバー3が全て高分子薄膜2の内部に含まれるとともに、高分子薄膜2が構成する面の一方の側にセルロースナノファイバー3が偏在する態様、同(c)に示すように、セルロースナノファイバー3の一部が高分子薄膜2の外部に露出する態様、あるいは同(d)に示すように、セルロースナノファイバー3が全て高分子薄膜2の内部に含まれるとともに、セルロースナノファイバー3が高分子薄膜2の膜内に均一に分散された態様のいずれであってもよい。
【0035】
このように本実施形態の高分子複合薄膜1は高分子薄膜2とセルロースナノファイバー3とが複合化された構成を備える。有機高分子であるセルロースナノファイバー3は小繊維(繊維状構造物)としてのフィブリルを形成している。フィブリルは材料としての機械的強度が高く、高分子薄膜2と複合化することで、高分子複合薄膜1は極めて高い機械的強度を発現する。またセルロースナノファイバー3は資源として豊富な木材等から機械的解繊等によって低コストで製造され、更に植物繊維であることから環境にも配慮した材料である。
【0036】
高分子薄膜2を構成する材料としては、例えばビニル高分子、ポリシロキサン、架橋性高分子を好適に用いることができる。ここでビニル高分子やポリシロキサンは、例えばガス分離性といった機能性を有効に発揮しうる膜厚(例えば100nm以下)において、材料単独では機械的強度(自立性)を確保できないとされている。この場合、ビニル高分子やポリシロキサンを主成分とする高分子薄膜2とセルロースナノファイバー3とを複合化することで、これらを成分とする高分子複合薄膜1の機能性と自立性とを両立することが可能となる。
【0037】
他方架橋性高分子は、機能性を有効に発揮しうる膜厚(ビニル高分子やポリシロキサンと同様に、例えば100nm以下)においても材料単独で自立性を備えるとされている。ここで、架橋性高分子(架橋高分子)とは、複数の線状高分子鎖を化学反応で結合させることで三次元的な網目構造(架橋構造)を備える高分子をいい、例えば官能基としてのエポキシ基とアミノ基とが化学反応によって架橋したエポキシ樹脂を含む。
【0038】
なお、エポキシ樹脂については、膜厚を20nmに構成した自立性を備える高分子薄膜の例が、「A Large, Freestanding, 20nm Thick Nanomembrane Based on an Epoxy Resin, H. Watanabe T. Kunitake, Volume19, Issue7, Pages 909-912, 2007」
(https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/adma.200601630)
に掲載されている。
【0039】
架橋性高分子を主成分とする高分子薄膜2とセルロースナノファイバー3とを複合化することで、これらを成分とする高分子複合薄膜1は機能性とともに更に強靭な機械的強度を確保することが可能となる。
【0040】
さて、本実施形態では高分子薄膜2の膜厚D2は100nm以下とされている。高分子薄膜2の膜厚D2を100nm以下とすることで、高分子複合薄膜1の機能性(ここではガス分離性)を大幅に高めることが可能となる。更に、本実施形態では高分子複合薄膜1の膜厚D1も100nm以下とされている。
【0041】
即ち、
図1(a),(b),(d)の構成においてセルロースナノファイバー3を膜内に完全に包含する高分子薄膜2は高分子複合薄膜1そのものであることから高分子複合薄膜1の膜厚D1=高分子薄膜2の膜厚D2であり、
図1(c)のようにセルロースナノファイバー3の一部が高分子薄膜2から露出する構成においては、高分子複合薄膜1の膜厚D1>高分子薄膜2の膜厚D2である。
【0042】
セルロースナノファイバー3は高分子薄膜2の膜厚よりも小さい直径(例えば4nm~90nm)を備える。セルロースナノファイバー3の直径を高分子薄膜2の膜厚より小さくすることにより高分子薄膜2の機能性が十分に発揮される。逆にセルロースナノファイバー3の直径を高分子薄膜2の膜厚以上のサイズとすると、膜の実質的な表面積が減少することで、機能性を発揮することが困難となる。
【0043】
なお、
図1では、同一の繊維長をなすセルロースナノファイバー3が特定の方向に整列しているように記載されているが、あくまでも模式的に記載したにすぎない。実際はセルロースナノファイバー3の繊維長は様々(5μm以上)であり、更にセルロースナノファイバー3はあらゆる方向に配向し、複雑に絡み合った状態で高分子薄膜2に包含されている。
【0044】
さて、本実施形態では繊維状構造物として、酸化セルロースナノファイバー(酸化CNF)、セルロースナノファイバー3と酸化セルロースナノファイバーとの混合物など有機高分子であるセルロースナノファイバー類を好適に用いることが可能であるが、繊維状構造物として他の有機高分子を用いてもよい。他の有機高分子としては、例えば、電解紡糸等の製法で作成される高分子、微細な繊維が束になり血液凝固に関わるタンパク質であるフィブリン、ペプチド、コラーゲン等を用いることができ、更に、デオキシリボ核酸(DNA:deoxyribonucleic acid)やリボ核酸(RNA:ribonucleic acid)を用いてもよい。
【0045】
ここで、例えば繊維状構造物としてDNAを採用した場合、DNAは直径2nmの繊維であるから、高分子複合薄膜1の膜厚が2nmより大きければ、機能性と機械的強度とを両立できることとなる。即ち、本発明に係る高分子複合薄膜1の膜厚は繊維状構造物を選択することで、2nm~100nmの範囲をとり得る。また、繊維状構造物をセルロースナノファイバー3に限定した場合であっても、膜厚は4nm~100nmの範囲をとり得る。
【実施例1】
【0046】
以下、本発明の実施例1について説明する。まずセルロースナノファイバー3(以降「CNF」と称することがある。)(中越パルプ工業製,Nanoforest-S(Nanoforestは登録商標))が0.11重量パーセントのCNF分散液を作製し、これにイオン交換水を加えて、所定CNF濃度のCNF水溶液を調製し、以降の操作に用いた。
【0047】
これとは別に、ポリシロキサンの一つであるポリジメチルシリコーン(PDMS)樹脂(東レダウコーニング製,SYLGARD184(SYLGARDは登録商標))の主剤及び硬化剤を10:1の割合で混合し、これにヘキサンを加えて、10重量パーセントのPDMS/ヘキサン溶液を調製した。これに所定量のヘキサンを加え、異なる濃度のPDMS/ヘキサン溶液を調製し、これを以降の操作に用いた。
【0048】
高分子複合薄膜1の作製に先立ち、まずポリヒドロキシスチレン(PHS)/エタノール溶液(15重量パーセント)をガラス基板にスピンコート(3000回転/1分間)してPHS層を形成した後に乾燥させ、この基板を酸素プラズマ処理して表面を親水化した。
【0049】
この基板上に、上述操作で作製したCNF水溶液をスピンコートし、次いでPDMS/ヘキサン溶液をスピンコート後、この基板を100℃で30分加熱した。
【0050】
室温まで放冷後、この基板をエタノール(剥離液)に浸漬し、剥離液中において基板よりフィルムを剥離した。このようにして得られたフィルム(高分子複合薄膜1)を以降、CNF/PDMSフィルムと呼ぶ。このCNF/PDMSフィルムを、カプトンフィルムを用いて作製された同心円状円形フレームに固定し、該フィルムを剥離液から取り出した。同心円状円形フレームに固定されたCNF/PDMSフィルムには欠陥もなく、自立性を備えることが目視により確認された。
【0051】
なお、後述するバルジ試験に用いるため、上述の工程において、CNF水溶液の回転塗布操作(以下、「CNFスピンコート操作」と称することがある。)を行う回数を変えた複数のサンプルを得た。
【0052】
なお、比較例1として、CNFスピンコート操作を行わず、PHSが塗布されたガラス基板上に直接PDMS層を形成したフィルムを作製した。これを以降、PDMSフィルムと呼ぶ。
【0053】
実施例1として作成したフィルム及び比較例1の機械的強度をバルジ試験にて評価した。試験に用いたフィルムは、比較例1として(i)PDMSフィルム、実施例1で作成したサンプルとして、(ii)CNFスピンコート操作を1回行ってその上にPDMSスピンコートして得られたフィルム(CNF/PDMSフィルム)、(iii)CNFスピンコート操作を5回行ってその上にPDMSスピンコートして得られたフィルム(CNF―5/PDMSフィルム)、(iv)CNFスピンコート操作を10回行ったフィルム(CNF-10/PDMSフィルム)の4種類である。
【0054】
実施例1で作成した(ii)~(iv)の高分子複合薄膜1の膜厚はいずれも100nm以下であり、具体的には50nm~75nmの範囲であった。なお、比較例1としての(i)PDMSフィルムは例外的に膜厚150nmで成膜した。これは(i)PDMSフィルムの膜厚を実施例1で得た他のサンプルと同等の50nm~75nmにした場合、空気中に取り出すと直ちに破断してしまい(自立性がない)、実施例1との対比を行うことができないためである。
【0055】
比較例1及び実施例1で作成したサンプルを円筒ガラス管の底面に貼り付け、そのガラス管の上側からイオン交換水を滴下してフィルムに対して重量を負荷し、その重量負荷により膨張した(たわんだ)フィルム形状から、応力(σ)とひずみ(ε)を算出した。
【0056】
図2(a)~(d)は、比較例1及び実施例1で得られたフィルムに対して同一負荷を加えた際のフィルムの撓みを示す写真である。具体的には比較例1と実施例1とに対して同一負荷(水:3.5mL導入時、液圧:約437Pa)を加えた時の、フィルム撓みを観察した。ここで
図2(a)はPDMSフィルム、同(b)はCNF/PDMSフィルム、同(c)はCNF―5/PDMSフィルム、同(d)はCNF-10/PDMSフィルムの状態を示している。
【0057】
図3は、比較例1及び実施例1で得られたフィルムにおける応力(σ)及びたわみ(ε)の関係を示すグラフである。
図3においては、具体的には各フィルムに対する負荷圧力、フィルム半径、膜厚、撓み長、撓み時のフィルム弧長から算出した応力(σ)及びたわみ(ε)の関係が示されている。
【0058】
図2、
図3より、実施例1で得られたCNFとPDMSとが層状になったフィルム(製造条件に応じて
図1(a)~(c)いずれかに示す構成を備える)では明らかに、水圧負荷時のフィルム撓みに違いが見え、CNF導入量の増加とともに撓み量も減少した。またCNFの層数の増加に従い、応力も増加(逆にたわみは減少)していることから、CNF導入によりフィルム全体の機械的強度の向上が確認された。
【0059】
図4は、円形損傷が発生したCNF/PDMSフィルムの外観を示す写真である。なお円形損傷は、CNF/PDMSフィルムに対して鋭利な先端を備える針を刺して作成したものである。
図4に示すように、このCNF/PDMSフィルムに何らかの外的損傷が加わっても、その損傷が全体に広がることなく、一部にとどまっていた。更に、CNF-5/PDMSフィルム、CNF-10/PDMSフィルムに対して円形損傷を生じさせた場合も、同様であった。
【0060】
他方、PDMSフィルムでは、このような損傷を形成した場合は、一瞬でフィルム全体が収縮・破断し、フィルム構造を保持できない。実施例1の他の評価結果とも合わせて考えると、この得られた高分子複合薄膜1中にCNFが存在していると判断できる。またCO2とN2との選択性はいずれも10程度を保持していた。PDMSフィルム単独の場合、CO2/N2選択性は10から11程度(参考文献:Shigenori Fujikawa, Miho Ariyoshi, Roman Selyanchyn, Toyoki Kunitake, Chemistry Letters, 2019, Vol.48, No.11, 1351-1354)であることを踏まえると、作製されたフィルムにはいずれもガスリークをするような欠陥はないと言える。
【実施例2】
【0061】
以下、本発明の実施例2について説明する。実施例1で作成したCNFが0.11重量バーセントのCNF分散液に更にイオン交換水を加え、異なるCNF濃度の希釈溶液を調製した。調製された複数の希釈溶液を用いてCNF/PDMSフィルムを作成した。実施例2で得られた高分子複合薄膜1としてのCNF/PDMSフィルムの膜厚は、いずれも50nm~75nm程度であった。
【0062】
このCNF/PDMSフィルムとPDMSフィルムとを多孔質ポリアクリロニトリルフィルムに載せ、ガス透過試験を行った。CNF/PDMSフィルムの二酸化炭素(CO
2)及び窒素(N
2)の透過度と、CO
2/N
2選択比とを[表1]に示す。なお、PDMSフィルムのガス透過性試験の結果は、後述する[表2]の最左欄に示した。
【表1】
【0063】
実施例2として作製されたいずれのCNF/PDMSフィルムにおいても、同様の選択性がみられたことから、いずれのフィルムもガスリークをするような欠陥を持たないフィルムが得られたことが分かる。なお、CO2ならびにN2透過性については、同程度の膜厚(後述するように50nm程度)のPDMSフィルムと比べて低下している。一般にCNFからなるフィルムは、ガス透過性が低いことを踏まえると、このフィルム中にもCNFが導入されていることが支持される。
【実施例3】
【0064】
以下、本発明の実施例3について説明する。セルロースナノファイバー3(CNF)(中越パルプ工業製,Nanoforest-S)が0.072重量パーセントとなるようにCNF/エタノール分散液を調製した。
【0065】
これとは別に、市販ポリジメチルシリコーン(PDMS)樹脂(東レダウコーニング,SYLGARD184)の主剤及び硬化剤をそれぞれ10対1の体積割合で混合し、これに先に調製したCNF/エタノール分散液及びヘキサンを加え、0.5体積パーセントのCNF/PDMS/ヘキサン溶液を調製し、これを以降の操作に用いた。
【0066】
次に、ポリヒドロキシスチレン(PHS)/エタノール溶液(15重量パーセント)をガラス基板にスピンコート(3000回転/1分間)し、そしてPHS層を形成した後、この基板を酸素プラズマ処理して表面を親水化した。この基板上に、先述操作で作製したCNF/PDMS/ヘキサン溶液を滴下し、基板を4000回転で1分間、回転させた後、基板を100℃で30分間加熱した。
【0067】
室温まで放冷後、この基板をエタノール基板に浸漬し、基板よりフィルムを剥離した。このようにして得られたフィルムを以降、CNF-PDMSフィルムと呼ぶ。このCNF-PDMSフィルムは、CNFが均等に分散されたポリジメチルシリコーン樹脂で構成されており、実施例1等で説明したCNF/PDMSフィルム(CNFとPDMSとが層を成している)とは構造が異なっている。即ち、実施例2で得たCNF-PDMSフィルムは、
図1(d)に示す構成を備える。
【0068】
このCNF-PDMSフィルムを多孔質ポリアクリロニトリルフィルムに載せ、ガス透過試験を行った。比較例2として、セルロースナノファイバー3を混合せず、SYLGARD184のみを原料とするフィルム(PDMSフィルム)も作製した。
【0069】
各フィルム溶液濃度を変えて作製されたフィルムのCO
2及びN
2の透過度やCO
2/N
2透過選択比を[表2]に示す。即ち[表2]では、CNF分散液混合量と得られたCNF-PDMSフィルム(No.1~No.5)特性の関係が示されている。
【表2】
【0070】
ここで自立性の有無は、剥離液の中で薄膜(フィルム)を基材から剥離後、液中に浮遊しているフィルムを空気中に引き上げても単独で破断等することなく平膜形状を保持できるか否か、という基準で判断している。即ち、空気中でも破断することなく膜構造を保持している場合を「自立性あり」、基板剥離後において剥離液に浮遊している状態では膜構造を保持しているものの、空気中に取り出すと容易に破断する場合を「自立性なし」([表2]では「空気中で容易に破断」と記載)、と判断している。
【0071】
なお、PDMSフィルムについては、自立性を備えるのは膜厚150nm程度が限界であり、それより薄膜化すると膜破断率が極めて高くなる。従って[表2]のPDMSフィルムについては、薄膜を空気中に引き上げることなく、剥離液中において多孔質ポリアクリロニトリルフィルム上にすくい上げてガス透過試験を行っている。
【0072】
実施例3で作製されたフィルムはPDMSフィルムも含めいずれも膜厚が50nm程度である。上述したようにCNFを混合しなかったPDMSフィルムでは、単独で平膜形状が保持できず、収縮破断して、ガス透過試験に使用できるような自立性を有する平面膜は得られなかったが、CNFを混合したフィルムはいずれも自立性を有していた。
【実施例4】
【0073】
以下、本発明の実施例4について説明する。実施例4は高分子薄膜2を構成する高分子材料を架橋性高分子としている。まず、セルロースナノファイバー3(CNF)(中越パルプ工業,Nanoforest-S)が0.11重量パーセントとなるように水分散液を調製し、これを以降の操作に用いた。
【0074】
また、架橋性高分子(エポキシ樹脂)としてのPoly[(o-cresyl glycidyl eter)-co-formaldehyde](以降、「PCGF」と称することがある。)(ALDRICH, Mn870)及びPolyethylenimine,branched(以降、「PEI」と称することがある。)(ALDRICH,Mn~10,000)が4重量パーセントとなるPCGF-PEI/クロロホルム溶液を調製した。この溶液を40℃で4時間撹拌後、更にクロロホルムを添加して、1重量パーセントのPCGF-PEI/クロロホルム溶液を調製し、以降の操作に用いた。
【0075】
ポリヒドロキシスチレン(PHS)/エタノール溶液(15重量パーセント)をガラス基板にスピンコート(3000回転/1分間)し、そしてPHS層を形成した後、この基板を酸素プラズマ処理して表面を親水化した。この基板上に、先述操作で作製したCNF水分散液をスピンコート(1500回転、2分間)し、基板を100℃で1分間加熱した。
【0076】
次いでこの基板に先述操作した1重量パーセントのPCGF-PEI/クロロホルム溶液をスピンコート(3000回転、1分間)した。この後、基板を100℃で5分間加熱した。室温まで放冷後、この基板をエタノールに浸漬し、基板よりフィルム(高分子複合薄膜1)を剥離した。なお実施例4で得られたフィルムの厚みは75nmであった。
【0077】
実施例4で得られた高分子複合薄膜1には何ら欠陥もなく、自立性を備えることが目視により確認された。また、実施例1で説明したのと同様に水圧負荷を与える試験を行った。その結果、CNF導入量の増加とともに撓み量も減少した。
【実施例5】
【0078】
以下、本発明の実施例5について説明する。実施例5においては、上述したCNF水溶液に替えてCNFと酸化CNF(酸化セルロースナノファイバー)とを等量混合した0.05wt%のCNF+酸化CNF水溶液を用いるとともに、PDMS/ヘキサン溶液のPDMS濃度を0.5v/v%とした。更にCNF+酸化CNF水溶液の回転塗布(スピンコート)操作は一回として、実施例1と同様の工程で、フィルム(CNF+酸化CNF/PDMSフィルム)を作成した。作成されたフィルムの断面を走査型電子顕微鏡で観察したところ、CNF+酸化CNF/PDMSフィルムの膜厚は30nmであった。
【0079】
このCNF+酸化CNF/PDMSフィルムを多孔質ポリアクリロニトリルフィルムに載せ、ガス透過試験を行った。二酸化炭素(CO
2)、窒素(N
2)及び酸素(O
2)の透過度と、CO
2/N
2、CO
2/O
2及びO
2/N
2選択比を[表3]に示す。
【表3】
【0080】
[表3]に示すように、実施例5のCNF+酸化CNF/PDMSフィルムにおいても、CO2の透過度は非常に大きく、またO2及びN2の透過度も高い数値を示している。ここでO2とN2とに着目すると、O2/N2選択比は2.3であり、CNF+酸化CNF/PDMSフィルムが空気中の酸素と窒素とを分離する空気分離機能を備えることを明確に示している。即ち、本発明に係る高分子複合薄膜1は空気分離膜として機能し、空気中の酸素濃度や窒素濃度を増加、あるいは低減することが可能である。
【0081】
さて、CNF+酸化CNF/PDMSフィルムによる空気分離機能はPDMSで構成される層(高分子薄膜。以降、「PDMS層」と称することがある。)によって発揮されるが、PDMS層の膜厚が大きくなるほど透過度が小さくなって、実用上の障壁となる。しかしながら、PDMS層がCNF(あるいはCNF+酸化CNF)で構成される層と複合化されることで機械的強度が向上し、高分子複合薄膜1におけるPDMS層を極限まで薄膜化(薄層化)することが可能となる。
【0082】
実施例5においては、上述したようにCNF+酸化CNF/PDMSフィルムの膜厚は30nmであり、CNF+酸化CNFで構成される層の厚みを除外したPDMS層の膜厚は10nm~20nm程度と考えられる。このようにPDMS層を極薄層化することで、1000GPU(3000GPU)を越える高いO2及びN2透過度を実現することが可能となる。
【0083】
なお、実施例1~実施例3で示した高分子複合薄膜1も、薄膜化されたPDMS層を含むことから、これらの高分子複合薄膜1が空気分離機能を有することは明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0084】
本発明に係る高分子複合薄膜1は、高い機能性と高い機械的強度とを備えることから、例えば化石燃料の燃焼で発生した温室効果ガスであるCO2を発電所や工場などの発生源から分離・回収するCCS(Carbon dioxide Capture and Storage)で用いられるガス分離膜等に好適に応用することが可能である。また、本発明に係る高分子複合薄膜1は、酸素が高濃度化された空気(窒素が低濃度化された空気)を活用した酸素富化装置、高濃度酸素マスク、植物工場、酸素燃焼発電プラント、酸素燃焼ボイラー等や、窒素が高濃度化された空気(酸素が低濃度化された空気)を活用した不活性ガス消火設備等に好適に応用することが可能である。
【符号の説明】
【0085】
1 高分子複合薄膜
2 高分子薄膜
3 セルロースナノファイバー
10 円形損傷