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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-11
(45)【発行日】2024-10-22
(54)【発明の名称】定着ベルト及び定着ベルトの製造方法
(51)【国際特許分類】
   G03G 15/20 20060101AFI20241015BHJP
【FI】
G03G15/20 515
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020147983
(22)【出願日】2020-09-03
(65)【公開番号】P2022042561
(43)【公開日】2022-03-15
【審査請求日】2023-08-18
(73)【特許権者】
【識別番号】000001007
【氏名又は名称】キヤノン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003133
【氏名又は名称】弁理士法人近島国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】浅香 明志
(72)【発明者】
【氏名】秋山 直紀
(72)【発明者】
【氏名】杉本 凡人
(72)【発明者】
【氏名】村松 弘紀
(72)【発明者】
【氏名】宮原 康弘
(72)【発明者】
【氏名】小林 憲明
【審査官】内藤 万紀子
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-228729(JP,A)
【文献】特開2016-050960(JP,A)
【文献】特開2008-139777(JP,A)
【文献】特開2007-240845(JP,A)
【文献】特開2014-191023(JP,A)
【文献】特開2014-077990(JP,A)
【文献】特開2011-209578(JP,A)
【文献】特開2016-029472(JP,A)
【文献】特開2018-136434(JP,A)
【文献】特開2009-075534(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2010/0327481(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G03G 15/20
G03G 15/16
G03G 15/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
記録材に担持された未定着のトナー像を加熱して前記記録材に定着する回転可能な無端状の定着ベルトであって、前記定着ベルトの外側に設けられた回転体と前記定着ベルトの内側に設けられたバックアップ部材とにより挟持されることにより、トナー画像が前記記録材に定着されるニップ部を前記回転体との間で形成する定着ベルトにおいて、
基体と、
前記基体の内周側に形成され、前記バックアップ部材に接触して摺動される摺動層と、を備え、
前記摺動層は、形状異方性を有するフィラーを含有し、
前記基体の内周面に沿った方向を基準方向とした場合に、前記摺動層の厚さ方向に関して、第1位置における前記フィラーの前記基準方向への配向率は第1値であり、前記第1位置よりも前記摺動層の内周面側に位置する第2位置における前記フィラーの前記基準方向への配向率は前記第1値より小さい第2値である、
ことを特徴とする定着ベルト。
【請求項2】
前記摺動層は、前記摺動層の内周面において、平均直径が50μm以上、かつ、200μm未満である複数のベナールセルを有し、前記摺動層の内周面の算術平均粗さが、0.20μm以上、かつ、0.50μm以下である、
ことを特徴とする請求項1に記載の定着ベルト。
【請求項3】
記録材に担持された未定着のトナー像を加熱して前記記録材に定着する回転可能な無端状の定着ベルトであって、前記定着ベルトの外側に設けられた回転体と前記定着ベルトの内側に設けられたバックアップ部材とにより挟持されることにより、トナー画像が前記記録材に定着されるニップ部を前記回転体との間で形成する定着ベルトにおいて、
基体と、
前記基体の内周側に形成され、前記バックアップ部材に接触して摺動される摺動層と、を備え、
前記摺動層は、形状異方性を有するフィラーを含有し、
前記摺動層は、内周面において、平均直径が50μm以上、かつ、200μm未満である複数のベナールセルを有し、前記内周面の算術平均粗さが、0.20μm以上、かつ、0.50μm以下である、
ことを特徴とする定着ベルト。
【請求項4】
前記フィラーは、アスペクト比が5以上、かつ、200以下である、
ことを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の定着ベルト。
【請求項5】
記録材に担持された未定着のトナー像を加熱して前記記録材に定着する回転可能な無端状の定着ベルトであって、前記定着ベルトの外側に設けられた回転体と前記定着ベルトの内側に設けられたバックアップ部材とにより挟持されることにより、トナー画像が前記記録材に定着されるニップ部を前記回転体との間で形成し、基体と、前記基体の内周側に形成され、前記バックアップ部材に接触して摺動される摺動層と、を備える定着ベルトの製造方法であって、
前記基体の内周面に、前記摺動層の前駆体及びアスペクト比が5以上、かつ、200以下であるフィラーが溶媒に分散された溶液を塗布する塗布工程と、
前記基体の内周面に塗布した前記溶液から前記溶媒を乾燥させる乾燥工程と、を備え、
前記乾燥工程において、前記基体の外周面の温度を第1温度とし、前記摺動層の内周側の雰囲気の温度を前記第1温度より低い第2温度とした場合に、前記第1温度及び前記第2温度の差分が10℃以上、かつ、30℃以下となるようにして前記溶媒を乾燥させる、
ことを特徴とする定着ベルトの製造方法。
【請求項6】
前記乾燥工程で、前記基体の外側において前記基体の回転軸線方向の一端側から他端側に向けて第1流体を流通させ、前記基体の内側において前記他端側から前記一端側に向けて前記第1流体よりも低温の第2流体を流通させるようにして前記溶媒を乾燥させる、
ことを特徴とする請求項5に記載の定着ベルトの製造方法。
【請求項7】
前記塗布工程において、前記回転軸線方向に関して、第3位置における前記溶液の厚さを第3値とし、前記第3位置よりも前記他端側に位置する第4位置における前記溶液の厚さを前記第3値より厚い第4値となるように塗布し、
前記乾燥工程において、前記第3位置における前記基体の外周面の温度を第3温度とし、前記第4位置における前記基体の外周面の温度を前記第3温度より低い第4温度となるようにして前記溶媒を乾燥させる、
ことを特徴とする請求項6に記載の定着ベルトの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子写真方式や静電記録方式等の画像形成装置に適用される定着ベルト及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、複写機やレーザープリンタ等の電子写真方式の画像形成装置に用いられる定着装置において、熱容量の小さい定着ベルトを介して、ヒータの熱により記録材上のトナーを加熱するベルト加熱方式の定着装置が普及している。このような定着装置では、定着ベルトは、外側に設けられたローラ状の回転体と、内側に設けられたバックアップ部材とにより挟持されることにより、回転体との間で定着ニップ部を形成したものが知られている。このような定着装置では、定着ベルトの内周面とバックアップ部材との間に摩擦及び磨耗を生ずる場合があり、耐久が進むにつれ、スティックスリップと呼ばれる自励振動や、トルクアップといった問題が発生してしまう可能性がある。
【0003】
これを解決するために、定着ベルトの内周側の摺動層に、例えば針状、ウィスカ状、繊維状といった形状特異性を有するフィラーを配合し、定着ベルトの回転軸線方向へのフィラーの配向率を高めた定着ベルトが開発されている(特許文献1参照)。この定着ベルトによれば、回転軸線方向に配向されたフィラーにより、摺動性、耐摩耗性、潤滑剤保持性を向上させ、長寿命化を図ることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2014-228729号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上述した特許文献1に記載の定着装置では、フィラーは定着ベルトの回転軸線方向に配向されているので、定着ベルトとバックアップ部材との摺動方向であるベルト回転方向への耐摩耗強度を得るのは困難である。また、定着ベルトとしては、バックアップ部材との真実接触面積を減らし、かつ、バックアップ部材との間に介在する潤滑剤を保持するための表面粗さを得ることが望まれる。これに対し、上述したフィラーの配向では、このような所望の表面粗さを少ないフィラー配合量で効果的に得ることは困難である。また、所望の表面粗さを得るためにフィラー配合量を多くすると、摺動層の耐摩耗強度が損なわれてしまう虞がある。
【0006】
本発明は、耐摩耗強度を向上できる定着ベルト及び定着ベルトの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の定着ベルトは、記録材に担持された未定着のトナー像を加熱して前記記録材に定着する回転可能な無端状の定着ベルトであって、前記定着ベルトの外側に設けられた回転体と前記定着ベルトの内側に設けられたバックアップ部材とにより挟持されることにより、トナー画像が前記記録材に定着されるニップ部を前記回転体との間で形成する定着ベルトにおいて、基体と、前記基体の内周側に形成され、前記バックアップ部材に接触して摺動される摺動層と、を備え、前記摺動層は、形状異方性を有するフィラーを含有し、前記基体の内周面に沿った方向を基準方向とした場合に、前記摺動層の厚さ方向に関して、第1位置における前記フィラーの前記基準方向への配向率は第1値であり、前記第1位置よりも前記摺動層の内周面側に位置する第2位置における前記フィラーの前記基準方向への配向率は前記第1値より小さい第2値であることを特徴とする。
【0008】
また、本発明の定着ベルトは、記録材に担持された未定着のトナー像を加熱して前記記録材に定着する回転可能な無端状の定着ベルトであって、前記定着ベルトの外側に設けられた回転体と前記定着ベルトの内側に設けられたバックアップ部材とにより挟持されることにより、トナー画像が前記記録材に定着されるニップ部を前記回転体との間で形成する定着ベルトにおいて、基体と、前記基体の内周側に形成され、前記バックアップ部材に接触して摺動される摺動層と、を備え、前記摺動層は、形状異方性を有するフィラーを含有し、前記摺動層は、内周面において、平均直径が50μm以上、かつ、200μm未満である複数のベナールセルを有し、前記内周面の算術平均粗さが、0.20μm以上、かつ、0.50μm以下であることを特徴とする。
【0009】
また、本発明の定着ベルトの製造方法は、記録材に担持された未定着のトナー像を加熱して前記記録材に定着する回転可能な無端状の定着ベルトであって、前記定着ベルトの外側に設けられた回転体と前記定着ベルトの内側に設けられたバックアップ部材とにより挟持されることにより、トナー画像が前記記録材に定着されるニップ部を前記回転体との間で形成し、基体と、前記基体の内周側に形成され、前記バックアップ部材に接触して摺動される摺動層と、を備える定着ベルトの製造方法であって、前記基体の内周面に、前記摺動層の前駆体及びアスペクト比が5以上、かつ、200以下であるフィラーが溶媒に分散された溶液を塗布する塗布工程と、前記基体の内周面に塗布した前記溶液から前記溶媒を乾燥させる乾燥工程と、を備え、前記乾燥工程において、前記基体の外周面の温度を第1温度とし、前記摺動層の内周側の雰囲気の温度を前記第1温度より低い第2温度とした場合に、前記第1温度及び前記第2温度の差分が10℃以上、かつ、30℃以下となるようにして前記溶媒を乾燥させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、耐摩耗強度を向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】第1の実施形態に係る画像形成装置の概略構成を示す断面図である。
図2】第1の実施形態に係る定着装置の概略構成を示す断面図である。
図3】第1の実施形態に係る定着ベルトの概略構成を示す断面図である。
図4】第1の実施形態に係る定着ベルトの摺動層を形成する手順を示すフローチャートである。
図5】第1の実施形態に係る定着ベルトの摺動層を形成する塗工装置を示す概略図である。
図6】第1の実施形態に係る定着ベルトの摺動層を形成する加熱乾燥炉を示す概略図である。
図7】第1の実施形態に係る定着ベルトの断面のSEM画像の模式図である。
図8】第2の実施形態に係る定着ベルトの断面のベナールセルを示す模式図である。
図9】第4の実施形態に係る定着ベルトの縦断面図であり、(a)は塗布工程後、乾燥工程前の状態であり、(b)は焼成後の状態である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
<第1の実施形態>
第1の実施形態について、図1図7を用いて説明する。まず、本実施形態の画像形成装置の概略構成について、図1を用いて説明する。
【0013】
[画像形成装置]
画像形成装置100は、像担持体としての感光ドラム(感光体)101を有し、感光ドラム101は、矢印の方向に所定のプロセス速度(周速度)で回転駆動される。感光ドラム101は、その回転過程で帯電装置としての帯電ローラ102により所定極性に表面が帯電処理される。次いで、その帯電処理された表面に、レーザ光学系により構成される露光装置110から出力されるレーザ光103により、入力された画像情報に基づき露光処理される。露光装置110は、不図示の画像読み取り装置やパーソナルコンピュータなどの外部端末からからの画像情報の各色に対応した画素信号に対応して変調(オン/オフ)したレーザ光103を出力する。そして、感光ドラム101の表面を走査露光する。その結果、この走査露光により感光ドラム101面には画像情報に対応した静電潜像が形成される。なお、露光装置110から出力されるレーザ光103は、偏向ミラー109により感光ドラム101の露光位置に偏向される。
【0014】
そして、感光ドラム101上に形成された静電潜像は、現像装置104Yによりイエローのトナーにて、イエローのトナー像として可視像化される。このイエローのトナー像は、感光ドラム101と中間転写ドラム105との接触部である一次転写部T1において中間転写ドラム105面に転写される。なお、感光ドラム101面上に残留するトナーはクリーナ107によりクリーニングされる。
【0015】
上記のような帯電・露光・現像・一次転写・清掃のプロセスサイクルが、マゼンタのトナー像、シアンのトナー像、ブラックのトナー像を形成する際にも、同様に繰り返される。即ち、マゼンタのトナー像を形成する場合には、現像装置104Mによりマゼンタのトナーにて、感光ドラム101上にマゼンタに対応して形成された静電潜像をマゼンタのトナー像として可視像化する。同様に、シアンのトナー像は、現像装置104Cにて、ブラックのトナー像は、現像装置104Kにて、それぞれ可視像化される。
【0016】
このようにして中間転写ドラム105上に順次重ねて形成された各色のトナー像は、転写ローラ106との接触部である二次転写部T2において、記録材(用紙、OHPシートなどのシート材など)S上に一括して二次転写される。中間転写ドラム105上に残留するトナーはトナークリーナ108によりクリーニングされる。なお、このトナークリーナ108は、中間転写ドラム105に対し接離可能とされており、中間転写ドラム105をクリーニングする時に限り中間転写ドラム105に接触した状態となるように構成されている。また、転写ローラ106も、中間転写ドラム105に対し接離可能とされており、二次転写時に限り中間転写ドラム105に接触した状態となるように構成されている。二次転写部T2を通過した記録材Sは、加熱装置としての定着装置200に導入され、その上に担持した未定着トナー像の定着処理(画像加熱処理)を受ける。そして、定着処理を受けた記録材Sは、機外に排出されて、一連の画像形成動作が終了する。
【0017】
[定着装置]
次に、定着装置200の概略構成について、図2を用いて説明する。定着装置200は、加熱部材としての定着ベルト201、回転体としての加圧ローラ206などを有する。そして、定着ベルト201と加圧ローラ206との間で、上述のように定着装置200に導入される記録材Sを挟持搬送するニップ部である定着ニップ部Nを形成する。定着ベルト201は、詳しくは後述するように、シリコーンゴム弾性層などを備えた無端状のベルトであり、表面(外面)に記録材が接触して回転する回転部材である。また、定着ベルト201は、記録材Sに形成されたトナー像を定着するための定着用回転体である。
【0018】
定着ベルト201の内側には、定着ヒータ202、ヒータホルダ204、定着ベルトステイ205などが配置されている。定着ヒータ202は、定着ベルト201を加圧ローラ206に向けて押圧すると共に定着ベルト201を加熱する加熱源であり、例えばセラミックヒータにより構成されている。例えば、定着ヒータ202は、アルミナの基板と、この上に、銀・パラジウム合金を含んだ導電ペーストをスクリーン印刷法によって均一な10μm程度の厚さの膜状に塗布された抵抗発熱体とを有している。更にこの上に、耐圧ガラスによるガラスコートを施した、セラミックヒータとしている。そして、定着ヒータ202は、通電されることで発熱する。
【0019】
このような定着ヒータ202は、定着ベルト201の長手方向(定着ベルト201の表面に沿った方向で、且つ、回転方向に直交する直交方向)に沿って配置され、定着ベルト201の内面とその加熱面が摺動可能な構成とされている。なお、定着ベルト201の内面には、後述する半固形状潤滑剤が塗布され、定着ヒータ202及びヒータホルダ204との摺動性を確保している。
【0020】
ヒータホルダ204は、耐熱性の高い、例えば液晶ポリマ樹脂で、定着ベルト201の長手方向に長く形成されており、定着ヒータ202を保持すると共に定着ベルト201を記録材Sと分離させるための形状にする役割を果たしている。即ち、ヒータホルダ204の加圧ローラ206側の面に定着ヒータ202を固定している。また、ヒータホルダ204の長手方向両端部には、それぞれ円筒状の支持部が一体に設けられており、定着ベルト201の長手方向両端部を、それぞれ支持部に若干の自由度を持って外嵌している。これにより、定着ベルト201を回転自在に支持すると共に、定着ベルト201を略円筒状として、その曲率により記録材Sを分離し易くしている。
【0021】
定着ベルトステイ205は、ヒータホルダ204の定着ヒータ202と反対側に定着ベルト201の長手方向に沿って配置され、その両端部が不図示の加圧機構により加圧ローラ206に向けて付勢されている。例えば、その一端側が156.8N(16kgf)、総圧313.6N(32kgf)の力で加圧ローラ206に向けて付勢されている。そして、ヒータホルダ204を介して定着ヒータ202の加熱面を、定着ベルト201を介して、次述する加圧ローラ206に所定の押圧力をもって圧接させている。これにより、加圧ローラ206が弾性変形して、定着ベルト201と加圧ローラ206との間に、定着に必要な所定幅の定着ニップ部Nが形成される。
【0022】
加圧ローラ206は、金属製の芯金上に、例えば厚み約3mmのシリコーンゴム弾性層、更に、例えば厚み約40μmのPFA樹脂チューブが順に積層された多層構造の弾性ローラである。なお、PFAは、テトラフルオロエチレン-パーフルオロ(アルキルビニルエーテル)共重合体である。加圧ローラ206は、その回転軸線方向(長手方向)が、定着ベルト201の長手方向と略平行となるように配置され、芯金の長手方向両端部が定着装置200のフレーム213の不図示の奥側と手前側の側板間に回転可能に軸受保持されている。そして、加圧ローラ206は、不図示の駆動源であるモータにより、矢印の方向に所定の周速度で回転駆動される。これと圧接された関係にある定着ベルト201は、加圧ローラ206によって従動し所定の速度で回転する。このとき、定着ベルト201は、内面が定着ヒータ202の加熱面に密着して摺動しながら、ヒータホルダ204に案内されることで、矢印の方向に従動回転する。
【0023】
また、定着ヒータ202の裏面(加熱面とは反対側の面)には、サーミスタ203が設置され、定着ヒータ202の温度を検知している。サーミスタ203は、定着ヒータ202の裏面に接触するように配置され、A/Dコンバータ209を介して制御手段としての制御回路部(CPU)210に接続されている。
【0024】
この制御回路部210は、サーミスタ203からの出力を所定の周期でサンプリングしており、このように得られた温度情報を、定着ヒータ202の温度制御に反映させるようにしている。つまり、制御回路部210は、サーミスタ203の出力をもとに、定着ヒータ202の温調制御内容を決定する。そして、ヒータ駆動回路部211によって、定着ヒータ202の温度が目標温度(設定温度)となるように定着ヒータ202への通電を制御している。また、制御回路部210は、加圧ローラ206を駆動するモータとA/Dコンバータ209を介して接続されており、加圧ローラ206の駆動も制御している。
【0025】
このように構成される定着装置200は、上述のように、定着ベルト201と加圧ローラ206との間で定着ニップ部Nを形成している。図2に示すように、トナー像tが載った記録材Sが矢印方向に搬送されると、搬送ガイド207によって記録材Sが定着ニップ部Nに案内される。そして、記録材Sが定着ニップ部Nで挟持搬送される際に、記録材Sのトナー像tが載った面が定着ベルト201に接触し、加熱・加圧されることで、トナー像tが記録材Sに定着される。その後、記録材Sは、排出ローラ208により定着装置200の外に搬送される。
【0026】
[定着ベルトの構成]
次に、定着ベルト201の構成について、図3を用いて詳しく説明する。定着ベルト201は、記録材Sに担持された未定着のトナー像を加熱して記録材Sに定着する回転可能な無端状のベルトである。定着ベルト201は、定着ベルト201の外側に設けられた加圧ローラ206と定着ベルト201の内側に設けられたバックアップ部材としての定着ヒータ202とにより挟持され、定着ニップ部Nを加圧ローラ206との間で形成する。
【0027】
定着ベルト201は、図3に示すように、無端状に形成された基体1と、摺動層2と、弾性層3と、離型層4とを備えている。摺動層2は、基体1の内周面に形成される。摺動層2は、定着ヒータ202との摺動性を向上させるために設けられており、定着ヒータ202に接触して摺動され、形状異方性を有するフィラー2aを含有している。弾性層3は、不図示のプライマ層を介して基体1の外周面を被覆したシリコーンゴム製の弾性層である。離型層4は、樹脂製(フッ素樹脂製)の離型層(フッ素樹脂層)であり、弾性層3の外周面に不図示の接着剤層を介して設けられている。
【0028】
次に、上述のような定着ベルト201の、基体1、摺動層2、弾性層3、離型層4について、より詳しく説明する。
【0029】
[基体]
基体1は、耐熱性及び耐屈曲性を必要とすることに鑑みて、ステンレス(SUS)、ニッケル、ニッケル合金等の金属が好適に用いられる。基体1は熱容量を小さくする一方で機械的強度を高くする必要があることから、厚みは20~50μm好ましくは25~45μmとするのが望ましい。本実施形態においては、内径が24mmで、厚みが30μmのSUSを基材として用いている。
【0030】
[摺動層]
摺動層2は、ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂のような高耐久性、高耐熱性を持つ樹脂が適している。特に、制作の容易さ、耐熱性、弾性率、強度等の面から、ポリイミド樹脂が好ましい。ポリイミド樹脂により摺動層2を形成する場合、例えば、次のように行う。芳香族テトラカルボン酸二無水物或いはその誘導体と、芳香族ジアミンとの略等モルを有機極性溶媒中で反応させて得られるポリイミド前駆体溶液を、上述の基体1の内面に塗工、乾燥、加熱し、脱水閉環反応させる(図 参照)。これにより、基体1の内面にポリイミド樹脂製の摺動層2を形成することができる。摺動層2の厚みは、5~25μm程度が望ましい。特に、7~20μm程度であれば、定着ニップ部Nでの摩耗性とヒータからの熱を基体1に伝える伝熱性を両立しやすい。
【0031】
[ポリイミド前駆体溶液]
芳香族テトラカルボン酸二無水物の代表例としては以下のものが挙げられ、これら芳香族テトラカルボン酸二無水物は、単独あるいは2種以上を組み合わせて用いることができる。
(1)ピロメリット酸二無水物
(2)3,3’,4,4‘-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物
(3)3,3’,4,4‘-ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物
(4)2,3,6,7,-ナフタレンテトラカルボン酸二無水物
【0032】
芳香族ジアミンの代表例としては以下のものが挙げられ、これら芳香族ジアミンは、単独あるいは2種以上を組み合わせて用いることができる。
(1)4,4’-オキシジアニリン(4,4’-ODA)
(2)パラフェニレンジアミン(PPDA)
(3)メタフェニレンジアミン(MPDA)
【0033】
有機極性溶媒としては、以下のものが挙げられる。
(1)N,N-ジメチルアセトアミド(DMAc)
(2)ジメチルホルムアミド(DMF)
(3)N-メチル-2-ピロリドン(NMP)
【0034】
[フィラー]
フィラー2aは、摺動層2への表面粗さ及び耐摩耗強度を付与するために配合されており、このために形状異方性を有することが好ましく、特に鱗片状のフィラーが好ましい。フィラー2aの材質としては、一例として以下のものが挙げられる。
(1)非膨潤性合成マイカであるフッ素金雲母(KMg(AlSi)O10)やカリウム四ケイ素雲母(KMg2.5Si10
(2)膨潤性合成マイカであるナトリウム四ケイ素雲母(NaMg2.5Si10)やナトリウムヘクトライト(Na0.33Mg2.67Li0.33Si10
(3)シリカ(SiO)六方晶窒化ホウ素(BN)
(4)グラファイト
(5)グラフェン
【0035】
フィラー2aをポリイミド前駆体溶液に分散させる方法としては、一例として以下のものが挙げられる。
(1)ポリイミド前駆体溶液にフィラー2aを直接加え、ミキサーなどの混合機にて予備撹拌した後、3本ロールなどで分散させる方法
(2)予めポリイミド前駆体溶液と同様の極性溶媒(NMPなど)にフィラー2aを加え、サンドミルやビーズミルを用いてフィラー分散溶媒を作製した後、別途得られたポリイミド前駆体溶液とミキサーなどの混合機にて混ぜ合わせる方法
【0036】
フィラー2aのアスペクト比(長辺と短辺の比)としては5以上、かつ、200以下程度が好ましい。特に、30以上、かつ、100以下程度であれば、後述するポリイミド前駆体溶液を塗工・乾燥させる過程で得られる摺動層2中におけるフィラー2aの面方向への配向率が、内周面側(表面側)<基体側、となりやすい。これにより、内周面側の摺動性及び潤滑剤保持性を高める効果を得られやすい。
【0037】
フィラー2aの配合量は、ポリイミド前駆体溶液やフィラー2aの種類によって最適な量は変化する。例えば、摺動層2の表面粗さを適切な範囲に調整でき、かつ、摺動層2の耐摩耗強度を損なわない範囲とするために、摺動層2の容量に対し7容量%以上15容量%以下であることが好ましい。フィラー2aの容量が7容量%より少ない場合には、摺動相手材との真実接触面積を減らし、かつ、介在する潤滑剤の保持性を得るために必要な表面粗さが得られにくい。また、フィラー2aの容量が15容量%より多い場合には、フィラー2aによってポリイミドが硬くもろくなってしまうため耐摩耗強度が損なわれ、耐久を通じて適切な表面粗さ、即ち摺動性及び潤滑剤保持性を維持することが困難となってしまう。
【0038】
[摺動層の形成方法]
次に、摺動層の形成方法の手順について、図4図6を用いて説明する。摺動層2の厚みを12μm程度にするには、フィラー2aを配合させたポリイミド前駆体溶液5の厚みを70~80μm程度になるように、基体1の内面にリングコート法等で塗工する。
【0039】
図4に示すように、まず、基体1を塗工装置20に設置し(ステップS1)、基体1の内周面にポリイミド前駆体溶液5を塗布する(ステップS2、塗布工程)。この塗布工程について、図5を用いて具体的に説明する。尚、図5中、Uは上方向、Lは下方向を示している。
【0040】
図5は、リングコート法の塗工装置20の概略図である。基盤21上に支柱22,23が形成されている。塗工ヘッド24は、支柱22上に固定されており、不図示の塗工液供給装置に接続されている。支柱23には、ワーク移動装置25が昇降可能に設けられており、ワーク移動装置25には基体1を保持するワークハンド26が設けられている。ワーク移動装置25は、支柱23上に設けられたモータ27により上下に移動することができ、基体1を保持するワークハンド26もワーク移動装置25の移動により上下に移動することができる。
【0041】
塗工ヘッド24の外周囲には、円柱の軸と直交する不図示のスリットが形成されている。均一になるようにフィラー2aを配合したポリイミド前駆体溶液5がスリットから外部に供給され、基体1を塗工ヘッド24の外周に沿って上下方向に移動させることで、基体1の内周面への塗布が行われる。この塗工装置20において、摺動層2の厚みは塗布量によって決定し、クリアランス、ポリイミド前駆体溶液5の供給速度、ワーク移動装置25の移動速度を変更することで任意の塗布量を得ることができる。
【0042】
次に、図4に示すように、ポリイミド前駆体溶液5が塗布された基体1を加熱乾燥炉30に設置し(ステップS3)、ポリイミド前駆体溶液5を乾燥させる(ステップS4、乾燥工程)。このように、基体1の内面にフィラー2aを配合したポリイミド前駆体溶液5を塗布した後、加熱することで、ポリイミド前駆体溶液5に含まれる有機極性溶媒を蒸発させてポリイミド前駆体溶液5の粘度を上げて形状を保たせる。この乾燥工程について、図6を用いて具体的に説明する。尚、図6中、Uは上方向、Lは下方向を示している。
【0043】
図6は、加熱乾燥炉30の概略図である。加熱乾燥炉30は、基体1を収容する加熱筒31と、加熱筒31の下部に設けられ、加熱筒31に高温油を流入させる流入口32と、加熱筒31の上部に設けられ、加熱筒31の内部の高温油を流出させる流出口33とを有している。また、加熱乾燥炉30は、加熱筒31の上部に設けられ、加熱筒31に空気を流入させる吸気口34と、加熱筒31の下部に設けられ、加熱筒31の内部の空気を排気する排気口35とを有している。流入口32から流入された高温油は、実線矢印で示すように、基体1の外側を流通し、その際に基体1を外側から加熱して、流出口33から流出される。また、吸気口34から吸気された空気は、破線矢印で示すように、基体1の内側を流通し、基体1の内周面に塗布されたポリイミド前駆体溶液5から蒸発された溶媒と共に排気口35から排気される。
【0044】
加熱乾燥炉30を用いて、基体1の内面に塗布したポリイミド前駆体溶液5を、例えば160℃の高温油を流入口32から加熱筒31を通して流出口33から排出されるようにして、約300秒加熱する。これにより、ポリイミド前駆体溶液5に含まれる有機極性溶媒を約90容量%から約30容量%未満まで減らすことでポリイミド前駆体溶液5の粘度を上げ、基体1の内面から流出を防止する。そして、有機極性溶媒を蒸発させる際に、空気を吸気口34から吸気し基体1の内周側を流通させて排気口35から排出することで、有機極性溶媒を爆発下限界未満に維持することができる。
【0045】
即ち、乾燥工程では、基体1の外側において、基体1の回転軸線方向の一端側(下側)である流入口32側から他端側(上側)である流出口33側に向けて、第1流体としての高温油を流通させる。また、乾燥工程では、基体1の内側において、他端側(上側)である吸気口34側から一端側(下側)である排気口35側に向けて、高温油よりも低温の第2流体としての空気を流通させる。
【0046】
次に、図4に示すように、ポリイミド前駆体溶液5が乾燥された基体1を熱風循環炉に設置し(ステップS5)、ポリイミド前駆体溶液5を焼成する(ステップS6)。具体的には、有機極性溶媒を約30容量%未満に減らした後、基体1を例えば200℃の熱風循環炉に30分放置して乾燥後、基体1の疲労強度を下げない温度範囲である300℃~400℃の熱風循環炉内に20~120分放置して焼成する。これにより、脱水閉環反応によりフィラー2aが分散したポリイミド樹脂の摺動層2を形成することができる。
【0047】
[弾性層]
弾性層3は、定着時にトナー画像と記録材Sの凹凸に対して均一な圧力を与えるために定着部材に担持させる弾性層として機能する。即ち、弾性層3は、定着ニップ部Nでトナー像を記録材に定着する時に、トナーを必要以上に押しつぶさず、記録材が紙である場合に紙の繊維の凹凸に追従する柔軟性を有する弾性を定着ベルト201に持たせる層として機能する。かかる機能を発現させる上で、弾性層3の材料としては、加工が容易である、高い寸法精度で加工できる、加熱硬化時に反応副生成物が発生しないなどの理由から、付加反応架橋型の液状シリコーンゴムを用いるのが好ましい。また、後述するフィラーの種類や添加量に応じて、その架橋度を調整することで、弾性を調整することができる。
【0048】
一般に、付加反応架橋型の液状シリコーンゴムは、不飽和脂肪族基を有するオルガノポリシロキサンと、ケイ素に結合した活性水素を有するオルガノポリシロキサン、及び架橋触媒として白金化合物が含まれている。ケイ素に結合した活性水素を有するオルガノポリシロキサンは、白金化合物の触媒作用により、不飽和脂肪族基を有するオルガノポリシロキサン成分のアルケニル基との反応によって架橋構造を形成させる。
【0049】
弾性層3は、定着ベルト201の熱伝導性の向上、補強、耐熱性の向上等のためにフィラーを含んでいてもよい。特に、熱伝導性を向上させる目的では、フィラーとしては高熱伝導性であることが好ましい。具体的には、無機物、特に金属、金属化合物等を挙げることができる。高熱伝導性フィラーの具体例としては、炭化ケイ素(SiC)、窒化ケイ素(Si3N4)、窒化ホウ素(BN)、窒化アルミニウム(AlN)、アルミナ(Al)、酸化亜鉛(ZnO)、酸化マグネシウム(MgO)が挙げられる。また、高熱伝導性フィラーの具体例としては、シリカ(SiO)、銅(Cu)、アルミニウム(Al)、銀(Ag)、鉄(Fe)、ニッケル(Ni)などが挙げられる。
【0050】
これらのフィラーは単独で、あるいは2種以上を混合して用いることができる。高熱伝導性フィラーの平均粒径は、取り扱い上、及び分散性の観点から1μm以上、50μm以下が好ましい。また、形状は球状、粉砕状、板状、ウィスカ状などが用いられるが、分散性の観点から球状のものが好ましい。定着ベルト201の表面硬度への寄与、及び定着時の未定着トナーへの熱伝導の効率から、弾性層3の厚みの好ましい範囲は100μm以上、かつ、500μm以下であり、より好ましくは200μm以上、かつ、400μm以下である。本実施形態においては、高熱伝導性フィラーとしてアルミナを使用し、弾性層3の熱伝導率は1.0W/mK、厚みは300μmとした。
【0051】
[離型層]
離型層4としては、例えば、PFA、PTFE、FEPなどの樹脂をチューブ状に成形したものが用いられる。尚、PFAは、テトラフルオロエチレン-パーフルオロ(アルキルビニルエーテル)共重合体、PTFEは、ポリテトラフルオロエチレン、FEPは、テトラフルオロエチレン-ヘキサフルオロプロピレン共重合体である。離型層4としては、上記例示列挙した材料中、成形性やトナー離型性の観点からPFAの適用が好ましい。
【0052】
離型層4の厚みは、50μm以下とするのが好ましい。積層した際に下層の弾性層3の弾性を維持し、定着部材としての表面硬度が高くなりすぎることを抑制できるからである。フッ素樹脂チューブの内面は、予め、ナトリウム処理やエキシマレーザ処理、アンモニア処理等を施すことで、接着性を向上させることができる。本実施形態においては、押し出し成形で得られた厚み20μmのPFAチューブを使用した。チューブ内面は、後述する接着剤との濡れ性を向上させるためアンモニア処理が施されている。
【0053】
弾性層3に離型層4としてのPFAチューブ1eを固定しているシリコーンゴム接着剤層は、弾性層3の表面に塗工した付加硬化型シリコーンゴム接着剤の硬化物からなっている。付加硬化型シリコーンゴム接着剤は、アクリロキシ基、ヒドロシリル基(SiH基)、エポキシ基、アルコキシシリル基等の官能基を有するシランに代表される自己接着成分が配合された付加硬化型シリコーンゴムを含む。電気炉などの加熱手段にて所定の時間加熱することで、付加硬化型シリコーンゴム接着剤を硬化・接着させ、両端部を所望の長さに切断することで、本実施形態の定着部材としての定着ベルト201を得ることができる。
【0054】
[実施例と比較例]
以下、摺動層2を形成する際に、乾燥温度とフィラー2aの配合率とを変更して形成した実施例及び比較例について説明する。ここでは、乾燥温度とフィラー2aの配合率とを変更して摺動層2を形成し、得られた摺動層2のフィラー2aの配向率Roと表面粗さ(算術平均粗さ)Raを算出し、耐久性を評価して結果を比較した。
【0055】
(実施例1)
摺動層2を形成する際の各材料は以下とした。ポリイミド前駆体溶液5として、芳香族テトラカルボン酸二無水物として3,3’,4,4‘-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、芳香族ジアミンとしてパラフェニレンジアミンを用いたポリイミド前駆体溶液「U-ワニスS;宇部興産(株)製」を用いた。フィラー2aとして、アスペクト比が80(平均粒子径8μm、粒子厚み100nm)のフッ素金雲母を、摺動層2として形成される固形分全容量に対して7容量%となるように配合した。フィラー分散溶液は、ポリイミド前駆体溶液(U-ワニスS)にフィラー2a(フッ素金雲母)を直接加え、ミキサーにて予備撹拌した後、3本ロールで分散させることにより作製した。
【0056】
このフィラー2aを分散させたポリイミド前駆体溶液5を、基体1の内面に塗工厚みが77μmとなるように、塗工装置20を用いてリングコート法で塗工した。塗工後、高温油の温度を160℃に設定した加熱乾燥炉30で、300秒間塗工膜を加熱乾燥させた。その後、基体1を200℃の熱風循環炉に30分間放置乾燥後、400℃の別の熱風循環炉に30分間放置焼成して摺動層2を形成した。基体1の内面に形成された摺動層2の厚みは、12μmであった。
【0057】
この基体1の表面には、ヒドロシリル系のシリコーンプライマ「DY39-051 A/B;東レ・ダウコーニング(株)製」を塗工し、200℃にて5分間加熱硬化した。その外周面に、300μm厚の付加反応架橋型液状シリコーンゴムを塗工し、200℃にて30分間加熱硬化して、弾性層3を形成した。更にその外周面に、シリコーン接着剤「SE1819 CV A/B;東レ・ダウコーニング(株)製」を介して離型層4として、20μm厚のPFAチューブを被覆し、200℃にて2分間加熱硬化させ、定着ベルト201を作製した。
【0058】
(実施例2)
実施例1と比べて、フィラー2aであるフッ素金雲母を、摺動層2として形成される固形分全容量に対して15容量%となるよう変更して配合し、それ以外の点では実施例1と同様にして定着ベルト201を作製した。
【0059】
(実施例3)
実施例1と比べて、加熱乾燥炉30での高温油の温度を190℃に変更して乾燥工程を実行し、それ以外の点では実施例1と同様にして定着ベルト201を作製した。
【0060】
(比較例1)
実施例1と比べて、フィラー2aであるフッ素金雲母を、摺動層2として形成される固形分全容量に対して17容量%となるよう変更して配合し、加熱乾燥炉30での高温油の温度を100℃に変更して乾燥工程を実行した。それ以外の点では実施例1と同様にして定着ベルト201を作製した。
【0061】
(比較例2)
実施例1と比べて、加熱乾燥炉30での高温油の温度を100℃に変更して乾燥工程を実行し、それ以外の点では実施例1と同様にして定着ベルト201を作製した。
【0062】
[フィラーの配向率]
ここで、摺動層2におけるフィラー2aの配向率Roについて説明する。ここでは、図7に示すように、摺動層2に配合されたフィラー2aの配向率Roは、摺動層2を内周側(表面側)領域2bと基体側領域2cとに厚さ方向Dtに二等分し、それぞれの領域について算出した。配向率Roは、2つの領域2b,2cに含まれるフィラー数N0に対して、面方向に沿って所定角度範囲内に傾きを有した(配向した)フィラー数N1の比として定義する。ここでは、定着ベルト201を回転方向(円周方向)に切断し、切断面の摺動層2をイオンミリング装置(IM4000PLUS;(株)日立ハイテクノロジーズ製)を用いて断面ミリングした。その後、その断面を走査型電子顕微鏡(SEM)にて観察し、画像処理を行うことにより数値化した。
【0063】
図7は、断面ミリング後の摺動層2をSEM観察した画像の模式図である。このようにSEM観察した画像を二値化処理し、光学顕微鏡を用いてN個のフィラー2aを観察した。このとき、定着ベルト201の基体1の内周面1aに沿った方向(面方向)を基準方向D0とする傾きθが0≦θ≦10°、又は170°≦θ≦180°となるフィラー2aの個数をN1とした。そして、配向率Roは、Ro=(N1/N0)×100(%)と定義して算出した。尚、光学顕微鏡を用いて観察するフィラー2aの数N0としては50個程度あれば十分である。
【0064】
各実施例及び比較例における配向率Roの算出結果を、表1に示す。表1に示すように、実施例1~実施例3においては、内周側領域2bでの配向率Roは、基体側領域2cでの配向率Roより小さくなった。例えば、実施例1については、基体1の内周面1aに沿った方向を基準方向D0とした場合に、摺動層2の厚さ方向Dtに関して、第1位置を基体側領域2cとし、第1位置よりも摺動層2の内周面2d側に位置する第2位置を内周側領域2bとする。この場合、基体側領域2cにおけるフィラー2aの基準方向D0への配向率Roは91%(第1値)であり、内周側領域2bにおけるフィラー2aの基準方向D0への配向率Roは91%より小さい75%(第2値)である。一方、比較例1~比較例2においては、内周側領域2bでの配向率Roは、基体側領域2cでの配向率Roとほぼ同等であった。
【0065】
[摺動層の表面粗さ]
摺動層2の内周面側の表面粗さRaは、表面粗さ測定機(サーフコーダ、(株)小坂研究所製)を用いて算術平均粗さRa(μm、JIS B0601)を測定した。測定条件は、評価長さ4mm、カットオフ値0.8mm、送り速さ0.1mm/sとした。各実施例及び比較例における表面粗さRaの算出結果を、表1に示す。
【0066】
尚、実施例1~実施例3においては、摺動層2は、内周面2dにおいて、平均直径が50μm以上、かつ、200μm未満である複数のベナールセルを有し、内周面2dの算術平均粗さが、0.20μm以上、かつ、0.50μm以下であるものとしている。
【0067】
[耐久性評価]
定着ベルト201の耐久性評価は、図2に示すベルト加熱方式の定着装置200に各実施例及び各比較例の定着ベルト201を装着して行った。ここでは、加圧力を一端側が約156.8N、総加圧力が約313.6N(32kgf)となるようにした状態で、加圧ローラ206の表面の移動スピード(周速)が246mm/secになるように回転駆動させた。定着ベルト201の通紙部表面温度が170℃に温調された状態で同一サイズの紙(A4横)を連続通紙した。尚、定着ベルト201の内面には潤滑剤としてグリース(モリコートHP-300、東レダウコーニング(株)製)を1.2g塗布した。
【0068】
次に、評価方法について説明する。摺動性の評価に関しては、スティックスリップ発生に伴う自励振動による定着ベルト201の異音が装置の最低速度である120mm/sにおいて発生せず、負荷トルクが800mN・m以下となる場合を○、そうでない場合を×とした。この摺動性を、耐久前の初期状態と、GF-C081(日本製紙社製、80g/m紙)を用いて50万枚通紙した耐久後の状態とについて評価を行った。その結果を表1に示す。
【表1】
【0069】
表1に示すように、摺動層2のフィラー2aの配向率Roが、摺動層2の厚さ方向Dtにおいて基体側領域2cよりも内周側領域2bを小さくすることで、スティックスリップ発生に伴う異音発生と耐久を通じたトルク安定性に対して良好な結果が得られた。これは、以下のような理由と考えられる。
【0070】
基体1の内面に塗工されたポリイミド前駆体溶液5の塗工膜を乾燥させる(溶媒を蒸発させる)温度を高く設定することで、基体側領域2cよりも内周側領域2bのフィラー2aの配向率Roを小さくすることができる。これは、塗工膜中に生じる厚さ方向Dtの温度勾配が大きくなることで溶媒にベナール対流が生じるためであり、基準方向(面方向)D0に配向していたフィラー2aがこのベナール対流に沿って巻き上げられるためである。この現象により、実施例1~実施例3では、摺動層2の内周側領域2bの配向率Roが小さくなることで、適度なフィラー2aの配合量で所望の表面粗さRaを得られる。これにより、異音の発生や摩耗強度の低下に伴う耐久中のトルクアップを抑制することが可能となる。
【0071】
一方、比較例1においては、摺動層2の内周側領域2bの配向率Roが基体側領域2cと同程度に大きい状態で、フィラー2aの配合量を増やすことで表面粗さRaを調整している。しかしながら、フィラー2aの配合量を増やすことで摩耗強度が低下したために、耐久中の摺動層2の削れの過多によって、トルクアップが生じてしまった。また比較例2では、フィラー2aの配合量が実施例1と同じであるにも関わらず、内周側領域2bの配向率Roが基体側領域2cと同程度に大きい状態であるため、異音を抑制するのに十分な表面粗さRaを付与することができなかった。
【0072】
以上から、摺動層2において、(内周側領域2bのフィラー2aの配向率Ro)<(基体側領域2cのフィラー2aの配向率Ro)となるように最適に配列させることで、摺動層2の内周面2dの表面粗さRaが効果的に付与される。これと共に、定着ベルト201の回転方向の耐摩耗性が向上することで、耐久寿命を通じてトルクアップやスティックスリップを軽減可能な摺動層2を備えた定着ベルト201を得ることができる。
【0073】
上述したように、本実施形態の定着ベルト201では、内周側領域2bでのフィラー2aの配向率Roを基体側領域2cでのフィラー2aの配向率Roより小さくしている。これにより、摺動層2の内周面2dの表面粗さRaが効果的に付与されると共に、定着ベルト201の回転方向の耐摩耗性が向上する。このため、耐久寿命を通じてトルクアップやスティックスリップを軽減でき、耐摩耗強度を向上することができる。
【0074】
<第2の実施形態>
次に、本発明の第2の実施形態を、図8を参照しながら詳細に説明する。本実施形態では、摺動層2におけるベナールセルの大きさを適正な範囲にすることで、耐摩耗強度を向上している。但し、それ以外の構成については、第1の実施形態と同様であるので、符号を同じくして詳細な説明を省略する。
【0075】
まず、ベナールセル6について説明する。図8に示すように、摺動層2では、乾燥工程においてベナール対流(図中、矢印で示す)が発生し、形成後の摺動層2においてもベナールセル6が残存している。このベナールセル6を摺動層2の内周面2dから視たときの直径をベナールセル径d1とする。本実施形態では、摺動層2を形成する際の乾燥工程において、ポリイミド前駆体溶液5の厚み方向で温度差をつけ、ベナールセル6を形成させている。具体的には、基体1の内側に空気を送り込み、ポリイミド前駆体溶液5の基体側の温度が高く、内面側の雰囲気温度が低くなるように設定している。
【0076】
[実施例と比較例]
以下、摺動層2を形成する際に、ベナールセル径d1を変更して形成した実施例及び比較例について説明する。ここでは、得られた摺動層2の表面粗さRaを算出し、耐久性を評価して結果を比較した。
【0077】
(実施例4)
フィラー2aの配合量を11容量%とし、ベナールセル径d1が50μmになるようにして、それ以外の点では実施例1と同様にして定着ベルト201を作製した。
【0078】
(実施例5)
フィラー2aの配合量を11容量%とし、ベナールセル径d1が100μmになるようにして、それ以外の点では実施例1と同様にして定着ベルト201を作製した。
【0079】
(実施例6)
フィラー2aの配合量を11容量%とし、ベナールセル径d1が150μmになるようにして、それ以外の点では実施例1と同様にして定着ベルト201を作製した。
【0080】
(実施例7)
フィラー2aの配合量を11容量%とし、ベナールセル径d1が200μmになるようにして、それ以外の点では実施例1と同様にして定着ベルト201を作製した。
【0081】
(実施例8)
フィラー2aの配合量を11容量%とし、ベナールセル径d1が250μmになるようにして、それ以外の点では実施例1と同様にして定着ベルト201を作製した。
【0082】
(比較例3)
フィラー2aを配合せず、それ以外の点では実施例1と同様にして定着ベルト201を作製した。
【0083】
(比較例4)
フィラー2aの配合量を5.0wt%とし、ベナールセル径d1が25μmになるようにして、それ以外の点では実施例1と同様にして定着ベルト201を作製した。
【0084】
(比較例5)
フィラー2aの配合量を20.0wt%とし、ベナールセル径d1が25μmになるようにして、それ以外の点では実施例1と同様にして定着ベルト201を作製した。
【0085】
(比較例6)
フィラー2aの配合量を20.0wt%とし、ベナールセル径d1が250μmになるようにして、それ以外の点では実施例1と同様にして定着ベルト201を作製した。
【0086】
次に、表面粗さRaについて説明する。表面粗さRaはベナールセル6の大きさとフィラー2aの添加量によって決まっており、フィラー量が多い場合、ベナールセル6の径が小さい、即ち頻度が大きい場合は表面粗さRaが大きくなる。
【0087】
図8は、ベナールセル6を持つ摺動層2におけるフィラー2aの状態を示した模式図である。摺動層2のポリイミド前駆体溶液5をイミド化する際にベナールセル6が生じた場合、層内では矢印に示すような液体の循環が生じる。これにより、(1)フィラー2aが表面側に舞い上がり表面で固定化される、(2)同時にベナールセル6の端部で摺動層2自体が隆起する、ことによって表面粗さRaが大きくなっている。したがって、フィラー量が多い場合は、(1)の舞い上がるフィラーが増えるため表面粗さRaが大きくなるという傾向と、ベナールセル6が小さくなると端部の隆起頻度が大きくなるので表面粗さRaが大きくなるという傾向とがみられる。その結果、ベナールセル6の形状とフィラー配合量との関係から、表2に示すような表面粗さRaを得ることができた。
【0088】
[耐久性評価]
定着ベルト201の耐久性評価は、図2に示すベルト加熱方式の定着装置200に各実施例及び各比較例の定着ベルト201を装着して行った。ここでは、定着装置200をキヤノン製フルカラーコピー機「iR ADVANCE C5051」に組み込み、加圧力320N、定着温度170℃(定着ベルト表面温度)、プロセススピード320mm/secに設定して行った。尚、定着ベルト201の内面に、潤滑剤としてグリス(ダウ コーニング アジア社製 HP300)を1.2g塗布した。
【0089】
次に、評価方法について説明する。摺動性の評価に関しては、第1の実施形態と同様にした。定着性に関しては、GFC-081(日本製紙社製、80g/m紙)を用い、トナー載り量0.9mg/cmでプリントをした後の画像を折り曲げて、折り曲げた際のトナー剥がれ幅が1mm未満の場合を○、1mm以上の場合を×として評価を行った。その結果を表2に示す。
【表2】
【0090】
実施例4~実施例8では、摺動層2は、内周面2dにおいて、平均直径が50μm以上、かつ、200μm未満である複数のベナールセル6を有し、内周面2dの算術平均粗さである表面粗さRaが、0.20μm以上、かつ、0.50μm以下である。そして、実施例4~実施例8では、摺動性評価及び定着性評価のいずれも良い結果を得ることができた。まず、摺動性に関しては、初期粗さが十分高いため初期が良好であり、かつ、フィラー2a量が少ないため耐久後の削れが減少したため耐久後の摺動性も良好であった。このように、ベナールセル6の形状を規定することで少量のフィラー2aで効率的に表面粗さRaを得ることができ、初期から耐久後に亘って摺動性が良い状態を達成できた。また、定着性に関しては、表面粗さRaが所定値未満であるため、定着性が損なわれることもないことが確認できた。
【0091】
これに対し、比較例3では、フィラー2aが含まれていないため、表面粗さRaが小さく定着性は良好であったが、表面粗さRaが不十分であるため摺動性が低く、初期から耐久に亘って摺動性が悪い状態であった。また、比較例4では、フィラー2aがあり、かつ、ベナールセル6の径も小さい状態ではあるが、比較例3と同様に表面粗さRaが不十分であり、初期から耐久に亘って摺動性が悪い状態であった。
【0092】
比較例5では、フィラー量が高いため表面粗さRaが大きく、初期の摺動性は良好であったが、通紙時の耐久後の内面摩耗が大きく、耐久後の摺動性は悪い状態となった。また、初期の表面粗さRaが高すぎるため定着性も悪かった。また、比較例6では、ベナールセル6の径が大きいため表面粗さRaは低減しており、定着性は良好となったが、フィラー添加量が多いため内面摩耗が大きくなり、耐久後の摺動性は悪化していた。このように、実施例4~実施例8に示されるようなベナールセル6の径及び表面粗さRaとすることで、初期から耐久後に亘り、摺動性及び定着性の良好な定着ベルト201を得ることができた。
【0093】
上述したように、本実施形態の定着ベルト201では、摺動層2の内周面2dにおいて、ベナールセル6の平均直径が50μm以上、かつ、200μm未満であり、内周面2dの表面粗さRaが、0.20μm≦Ra≦0.50μmであるようにしている。これにより、摺動層2の内周面2dの表面粗さRaが効果的に付与されると共に、定着ベルト201の回転方向の耐摩耗性が向上する。このため、耐久寿命を通じてトルクアップやスティックスリップを軽減でき、耐摩耗強度を向上することができる。
【0094】
尚、本実施形態の定着ベルト201は、第1の実施形態の定着ベルト201の構成、即ち、内周側領域2bでのフィラー2aの配向率Roを基体側領域2cでのフィラー2aの配向率Roより小さくしている構成を有するものであってもよい。
【0095】
<第3の実施形態>
次に、本発明の第3の実施形態を、詳細に説明する。本実施形態では、乾燥工程において基体1の内外の温度差を適正な範囲にすることで、耐摩耗強度を向上している。但し、それ以外の構成については、第1の実施形態と同様であるので、符号を同じくして詳細な説明を省略する。
【0096】
本実施形態では、定着ベルト201の製造方法において、摺動層2を形成する際に、少なくとも塗布工程(図4のステップS2参照)と乾燥工程(図2のステップS4参照)とを備えている。塗布工程は、基体1の内周面1aに、摺動層2の前駆体及びフィラー2aが溶媒に分散されたポリイミド前駆体溶液5を塗布する工程である。乾燥工程は、基体1の内周面1aに塗布したポリイミド前駆体溶液5から溶媒を乾燥させる工程である。
【0097】
本実施形態では、摺動層2を形成する際の乾燥工程において、ポリイミド前駆体溶液5の厚さ方向Dtで温度差をつけ、ベナールセル6を形成させている。具体的には、基体1の内側に空気を送り込み、ポリイミド前駆体溶液5の基体側の温度が高く、内面側の雰囲気温度が低くなるように設定している。
【0098】
ここで、ポリイミド前駆体溶液5の基体側の温度をXとし、内面側の雰囲気温度をYとした際、10℃≦X-Y≦30℃とすることが重要である。X-Y≧10℃となることで、ポリイミド前駆体溶液5が乾燥する際にベナールセル6が生じ、層内では図8の矢印に示すような液体の循環が生じる。これにより、(1)フィラー2aが表面側に舞い上がり表面で固定化される、(2)同時にベナールセル6の端部で摺動層2自体が隆起する、ことによって表面粗さRaが大きくなっている。X-Y<10℃となると、ベナールセル6を良好に形成することができず、表面粗さRaは所望の値を得られない可能性がある。また、X-Y>30℃となってしまうと、ベナールセル6による摺動層2の隆起が激しくなり、表面粗さRaが大きくなりすぎる可能性がある。このため、定着ベルト201の内面に配する定着ヒータ202との接触熱抵抗が大きくなってしまい、伝熱性が不十分になってしまうことがある。
【0099】
[実施例と比較例]
以下、摺動層2を形成する際に、乾燥工程において、基体側温度Xと内周側温度Yとを変更して形成した実施例及び比較例について説明する。ここでは、得られた摺動層2の表面粗さRaを算出し、耐久性を評価して結果を比較した。
【0100】
(実施例9)
基体側温度Xを160℃とし、内周側温度Yを140℃として、それ以外の点では実施例1と同様にして定着ベルト201を作製した。
【0101】
(実施例10)
基体側温度Xを160℃とし、内周側温度Yを150℃として、それ以外の点では実施例1と同様にして定着ベルト201を作製した。
【0102】
(実施例11)
基体側温度Xを190℃とし、内周側温度Yを160℃として、それ以外の点では実施例1と同様にして定着ベルト201を作製した。
【0103】
(比較例7)
基体側温度Xを100℃とし、内周側温度Yを95℃として、それ以外の点では実施例1と同様にして定着ベルト201を作製した。
【0104】
(比較例8)
基体側温度Xを190℃とし、内周側温度Yを150℃として、それ以外の点では実施例1と同様にして定着ベルト201を作製した。
【0105】
定着ベルト201の耐久性評価は、第1の実施形態及び第2の実施形態と同様の評価方法によりに行った。実施例9~実施例11と、比較例7~比較例8の耐久性評価結果を表3に示す。
【表3】
【0106】
例えば、実施例9~実施例11では、基体側温度Xと内周側温度Yとが、10℃≦X-Y≦30℃の関係を満たすようになっている。例えば、実施例9では、基体1の外周面の温度を第1温度(160℃)とし、摺動層2の内周側の雰囲気の温度を第1温度より低い第2温度(150℃)とした場合に、第1温度及び第2温度の差分が10℃以上、かつ、30℃以下となるようにしている。
【0107】
その結果、実施例9~実施例11では、摺動性評価及び定着性評価のいずれも良い結果を得ることができた。摺動性に関しては、初期の表面粗さRaが十分高いため初期が良好であり、かつ、フィラー量が少ないため耐久後の削れが減少したため耐久後の摺動性も良好であった。このように、ポリイミド前駆体溶液5を基体1に塗工した後、有機極性溶媒を蒸発させる際の温度条件を規定することで、ベナールセル6が良好に形成し、少量のフィラー2aで効率的に表面粗さRaを得ることができた。このため、初期から耐久後に亘って摺動性が良い状態を達成できた。また、定着性に関しては、表面粗さRaが所定値未満であるため、定着性が損なわれることもないことが確認できた。
【0108】
これに対し、比較例7では、ベナールセル6が小さく定着性は良好であったが、表面粗さRaが不十分であるため摺動性が低く、初期から耐久に亘って摺動性が悪い状態であった。また、比較例8では、ベナールセル6が大きくなったことで、表面粗さRaが大きくなり、初期の摺動性、通紙時の耐久後の摺動性は良好だったが、初期の表面粗さRaが高すぎるため定着性が悪かった。
【0109】
従って、実施例9~実施例11に示されるようなポリイミド前駆体溶液5を基体1に塗工した後、有機極性溶媒を蒸発させる際の温度条件を規定する。これにより、ベナールセル6を形成し、所望の表面粗さRaとすることで、初期から耐久後に亘り、摺動性及び定着性の良好な定着ベルト201を得ることができた。
【0110】
上述したように、本実施形態の定着ベルト201では、基体側温度Xと内周側温度Yとが、10℃≦X-Y≦30℃の関係を満たすようになっている。これにより、摺動層2の内周面2dの表面粗さRaが効果的に付与されると共に、定着ベルト201の回転方向の耐摩耗性が向上する。このため、耐久寿命を通じてトルクアップやスティックスリップを軽減でき、耐摩耗強度を向上することができる。
【0111】
尚、本実施形態の製造方法により製造した定着ベルト201は、第1の実施形態の定着ベルト201の構成、即ち、内周側領域2bでのフィラー2aの配向率Roを基体側領域2cでのフィラー2aの配向率Roより小さい構成を有するものであってもよい。あるいは、本実施形態の製造方法により製造した定着ベルト201は、第2の実施形態の定着ベルト201の構成、即ち、ベナールセル6の平均直径が50μm以上、かつ、200μm未満である構成を有するものであってもよい。
【0112】
<第4の実施形態>
次に、本発明の第3の実施形態を、図9を参照しながら詳細に説明する。本実施形態では、塗布工程において、ポリイミド前駆体溶液5を塗布する厚さを部位によって適正な範囲にすることで、耐摩耗強度を向上している。但し、それ以外の構成については、第1の実施形態と同様であるので、符号を同じくして詳細な説明を省略する。
【0113】
摺動層2を形成する乾燥工程では、基体1の内周側に空気を流通させる。ここで、室温の空気を通風することにより、図9(a)に示すように、基体1の吸気側部位1Uの温度は、排気側部位1Lの温度よりも低くなり、基体1の長手方向(上下方向)で温度差ができてしまう。乾燥工程において、有機極性溶媒を約85容量%から約30容量%未満に減らすときの温度と図9(a)に示すポリイミド前駆体溶液5の各部の厚みとが、図9(b)に示す摺動層2の各部の表面粗さRaに影響する。
【0114】
本実施形態では、塗布工程において、基体1の上下方向に関して、第3位置におけるポリイミド前駆体溶液5の厚さを第3値とする。また、第3位置よりも上側に位置する第4位置におけるポリイミド前駆体溶液5の厚さを、第3値より厚い第4値とする。即ち、空気の流通方向である上側から下側に向けて、ポリイミド前駆体溶液5の厚さが徐々に薄くなるように塗布する。更に、乾燥工程において、下側の第3位置における基体1の外周面の温度を第3温度とし、上側の第4位置における基体1の外周面の温度を第3温度より低い第4温度となるようにして溶媒を乾燥させる。
【0115】
これにより、第3位置と第4位置との表面粗さRaの差異を小さくすることができ、基体1の全域において表面粗さRaを均一化することができる。尚、本実施形態では、第3の実施形態と同様に、基体側温度Xと内周側温度Yとが、10℃≦X-Y≦30℃の関係を満たすようにしている。これにより、表面粗さRaを適正な範囲で均一化することができるようになる。
【0116】
[実施例と比較例]
以下、摺動層2を形成する際に、塗布工程において、基体1の吸気側部位1Uと中間部位1Mと排気側部位1Lとでポリイミド前駆体溶液5の厚さを変更して形成した実施例及び比較例について説明する。ここでは、得られた摺動層2の表面粗さRaを算出し、耐久性を評価して結果を比較した。尚、以下の実施例及び比較例では、基体側温度Xと内周側温度Yとが、10℃≦X-Y≦30℃の関係を満たすようにしている。
【0117】
(実施例12)
塗布工程において、ポリイミド前駆体溶液5の塗工厚みは加熱乾燥炉30の通風の吸気側を厚く、排気側を薄くなるようにした。ここでは、基体1の吸気側部位1Uで90μm、中間部位1Mで77μm、排気側部位1Lで64μmとした。それ以外の点では実施例1と同様にして定着ベルト201を作製した。
【0118】
(実施例13)
基体1の吸気側部位1Uで90μm、中間部位1Mで77μm、排気側部位1Lで58μmとした。それ以外の点では実施例1と同様にして定着ベルト201を作製した。
【0119】
(実施例14)
基体1の吸気側部位1Uで83μm、中間部位1Mで77μm、排気側部位1Lで58μmとした。それ以外の点では実施例1と同様にして定着ベルト201を作製した。
【0120】
(比較例9)
基体1の吸気側部位1Uで77μm、中間部位1Mで77μm、排気側部位1Lで77μmとした。それ以外の点では実施例1と同様にして定着ベルト201を作製した。
【0121】
(比較例10)
基体1の吸気側部位1Uで64μm、中間部位1Mで77μm、排気側部位1Lで90μmとした。それ以外の点では実施例1と同様にして定着ベルト201を作製した。
【0122】
実施例12~実施例14と、比較例9,10において、基体1を加熱乾燥炉30に入れて60秒経ったときの基体1の吸気側部位1Uと中間部位1Mと排気側部位1Lとの表面温度と表面粗さRaを測定した。その結果を表4に示す。
【表4】
【0123】
[表面粗さ]
表4に示すように、実施例12~実施例14においては、表面粗さRaは長手方向で大きな差は出ていない。これに対し、比較例9,10の表面粗さRaは、長手方向で差がみられる。
【0124】
実施例12~実施例14及び比較例9,10で、基体1の表面温度は、
(吸気側部位1Uの温度)<(中間部位1Mの温度)<(排気側部位1Lの温度)
の関係になっている。これは室温の空気が吸気側部位1U側から入り、加熱乾燥炉30を通るうちに温まり、排気側部位1L側から出ていくため、基体1の表面温度が吸気側部位1U側が低く、排気側部位1L側が高くなる。それに従い、基体1の内面に塗工されたポリイミド前駆体溶液5の温度も吸気側部位1U側が低く、排気側部位1L側が高くなっていると考えられる。
【0125】
比較例9の結果より、ポリイミド前駆体溶液5の厚みが一定の場合、温度が低い方が焼成後の摺動層2の内周面側の表面粗さRaが小さく、温度が高い方が表面粗さRaが大きくなっている。比較例9,10の結果より、ポリイミド前駆体溶液5の厚みと焼成後の摺動層2の内周面側の表面粗さRaには関係があり、ポリイミド前駆体溶液5の厚みが薄いと表面粗さRaは小さく、厚みが厚いと表面粗さRaが大きくなっている。
【0126】
実施例12~14は、基体1の表面温度(1U<1M<1L)の違いをポリイミド前駆体溶液5の厚みでカバーするように、ポリイミド前駆体溶液5の厚みは(1U>1M>1L)の関係になっている。基体1の表面温度が低い側はポリイミド前駆体溶液5の厚みを厚く、温度が高い側は厚みを薄くすることで、焼成後の摺動層2の内周面側の表面粗さRaに長手方向で大きな差が出ないようにしている。
【0127】
例えば、実施例12では、塗布工程において、基体1の上下方向に関して、第3位置(1L)におけるポリイミド前駆体溶液5の厚さを第3値(64μm)とする。また、第3位置よりも上側に位置する第4位置(1U)におけるポリイミド前駆体溶液5の厚さを、第3値より厚い第4値(90μm)とする。即ち、空気の流通方向である上側から下側に向けて、ポリイミド前駆体溶液5の厚さが徐々に薄くなるように塗布する。更に、乾燥工程において、下側の第3位置における基体1の外周面の温度を第3温度(153℃)とし、上側の第4位置における基体1の外周面の温度を第3温度より低い第4温度(115℃)となるようにして溶媒を乾燥させる。
【0128】
[耐久性評価]
ここでは、耐久前の初期状態の定着ベルト201の長さLbを測定した。GF-C081(日本製紙社製、80g/m紙)を用いて50万枚通紙した耐久後の定着ベルト201の長さLaを測定した。定着ベルト201の長さLb、Laを表5に示す。
【表5】
【0129】
表2に示すように、実施例12~実施例14の定着ベルト201は耐久後の長さが耐久前と比べて0.2~0.3mm程度短くなっていたが、定着ベルト201の端部に目立ったものはない。一方、比較例9は、耐久後1.1mm短くなっていた。また、吸気側部位1Uの端部に摩耗粉が付着していた。比較例2は、46万枚通紙したときに定着ベルト201の吸気側部位1Uの端部に破損が確認された。
【0130】
比較例9,10の結果から、摺動層2の内周面側の表面粗さRaに長手方向で差があるため、定着ニップ部N内で摺動相手材との摩擦力に差が生まれ、定着ベルト201が一方方向に常に力がかかる状態だったと考えられる。それにより、端部の摩耗が起こりやすい状況だったと考えられる。それに対し、実施例12~実施例14の摺動層2の内周面側の表面粗さRaは長手方向で差がほぼないため、定着ニップ部N内で摺動相手材との摩擦力に差が出ない。よって、定着ベルト201が定着ベルト201を規制する部材に当たる力が小さいため、端部の摩耗が少なく、耐久性の良い定着ベルト201になっている。
【0131】
上述したように、本実施形態の定着ベルト201では、ポリイミド前駆体溶液5を塗布する厚さを部位によって適正な範囲にするようにしている。これにより、摺動層2の内周面2dの表面粗さRaが効果的に付与されると共に、定着ベルト201の回転方向の耐摩耗性が向上する。このため、耐久寿命を通じてトルクアップやスティックスリップを軽減でき、耐摩耗強度を向上することができる。
【0132】
尚、本実施形態の製造方法により製造した定着ベルト201は、第1の実施形態の定着ベルト201の構成、即ち、内周側領域2bでのフィラー2aの配向率Roを基体側領域2cでのフィラー2aの配向率Roより小さい構成を有するものであってもよい。あるいは、本実施形態の製造方法により製造した定着ベルト201は、第2の実施形態の定着ベルト201の構成、即ち、ベナールセル6の平均直径が50μm以上、かつ、200μm未満である構成を有するものであってもよい。
【0133】
また、本実施形態では、基体側温度Xと内周側温度Yとが、10℃≦X-Y≦30℃の関係を満たすようにしている場合について説明したが、これには限られない。10℃≦X-Y≦30℃の関係を満たない場合でも、表面粗さRaが適正な範囲で均一化されていればよい。
【符号の説明】
【0134】
1…基体、1a…内周面、1L…排気側部位(第3位置)、1U…吸気側部位(第4位置)、2…摺動層、2a…フィラー、2b…内周側領域(第2位置)、2c…基体側領域(第1位置)、2d…内周面、5…ポリイミド前駆体溶液(溶液)、6…ベナールセル、201…定着ベルト、202…定着ヒータ(バックアップ部材)、206…加圧ローラ(回転体)、D0…基準方向、Dt…厚さ方向、N…定着ニップ部(ニップ部)、S…記録材、t…トナー像
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9