(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-15
(45)【発行日】2024-10-23
(54)【発明の名称】リチウムイオン二次電池用正極
(51)【国際特許分類】
H01M 4/525 20100101AFI20241016BHJP
H01M 4/131 20100101ALI20241016BHJP
H01M 4/505 20100101ALI20241016BHJP
【FI】
H01M4/525
H01M4/131
H01M4/505
(21)【出願番号】P 2021196620
(22)【出願日】2021-12-03
【審査請求日】2023-05-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104499
【氏名又は名称】岸本 達人
(74)【代理人】
【識別番号】100101203
【氏名又は名称】山下 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100129838
【氏名又は名称】山本 典輝
(72)【発明者】
【氏名】プロクター ももこ
【審査官】上野 文城
(56)【参考文献】
【文献】特表2003-509829(JP,A)
【文献】特開2017-183045(JP,A)
【文献】特開2019-087381(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第104961159(CN,A)
【文献】特開2012-023034(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/525
H01M 4/505
H01M 4/131
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
タングステンを含む正極活物質を含む、リチウムイオン二次電池用正極であって、
前記正極は、X線吸収微細構造解析(XAFS)で測定される、タングステンのL吸収端のピークの立ち上がり位置(10200eV~10205eV)のスペクトルが、
式(1):
0.15≦(a-b)/(c-b)≦
0.65
[式(1)中、aは、10200eV~10205eVの範囲においてスペクトルの傾きが最も大きくなる時のエネルギー(eV)を表し、
a(eV)におけるスペクトル強度をAとしたときに、
bは、WO
2(酸化タングステン(IV))の10200eV~10205eVの範囲においてスペクトル強度がAとなるエネルギー(eV)を表し、
cは、WO
3(酸化タングステン(VI))の10200eV~10205eVの範囲においてスペクトル強度がAとなるエネルギー(eV)を表す。]を満たす、
リチウムイオン二次電池用正極。
【請求項2】
前記正極活物質に対する前記タングステンの含有率が、0.015質量%~3.1質量%である、請求項1に記載のリチウムイオン二次電池用正極。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、リチウムイオン二次電池用正極に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン二次電池は、携帯電話用途やノートパソコン用途などの小型電源だけでなく、自動車用途や電力貯蔵用途などの中・大型電源においても、実用化が進んでいる。
【0003】
リチウムイオン二次電池の性能向上のために正極活物質に着目した研究が試みられている。
例えば、特許文献1には、初期抵抗が低く、かつ充放電を繰り返した際の抵抗増加が抑制された非水電解質二次電池を提供することを目的として、特定の空隙率を有し、特定の空隙を2個以上含む、リチウム複合酸化物の多孔質粒子であって、その表面に酸化タングステン(WO3、6価タングステン)およびタングステン酸リチウムを含有する被覆を備える多孔質粒子を、正極活物質として含む正極を備える、非水電解質二次電池が開示されている。
特許文献2には、サイクル後の粒子の割れが大幅に抑制されたリチウム二次電池用正極活物質として、二次粒子からなるリチウム複合金属化合物を含むリチウム二次電池用正極活物質であって、少なくとも一次粒子の粒子間隙にリチウム含有タングステン酸化物が存在し、特定の細孔分布を有するリチウム二次電池用正極活物質が開示されている。特許文献2においてリチウム含有タングステン酸化物は、Li2WO4(6価タングステン)又はLi4WO5(6価タングステン)の少なくとも1種であることが記載されている。
【0004】
また、特許文献3には、非水電解液二次電池を高温保存した時に、ガス発生量が低減される正極活物質として、ニッケルを含む層状構造のリチウム遷移金属複合酸化物をコア粒子とし、その表面にホウ素、タングステン及び酸素を特定の状態で含有する表面層が存在する正極活物質が開示されている。特許文献3においては、表面層の形成に酸化タングステン(WO3、6価タングステン)が用いられている。
特許文献4には、一次粒子内部及び表面においてタングステンを均質に含むニッケルコバルト複合水酸化物の製造方法が開示されている。特許文献4においては、6価タングステン原料が用いられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2021-018895号公報
【文献】特開2018-098183号公報
【文献】特開2019-106379号公報
【文献】特開2019-073436号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来、正極活物質に用いられるタングステン原料としては、安定性が高く、安価で容易に入手可能な6価タングステン原料が用いられている。しかしながら、特許文献1で開示されているリチウム複合酸化物の多孔質粒子表面に被覆されているタングステン酸リチウムは、活性化エネルギーを下げる効果がなく、酸化タングステン(WO3、6価タングステン)は、導電性が低いため、サイクル特性を上げるために被覆率を増やすと抵抗が上昇してしまう。特許文献1~4で開示されているような正極を用いたリチウムイオン二次電池は、未だセル抵抗が高く、更なる低抵抗化が求められている。
【0007】
本開示は、上記実情に鑑みてなされたものであり、リチウムイオン二次電池に用いられた際に、当該二次電池のセル抵抗を低減する正極を提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示のリチウムイオン二次電池用正極は、タングステンを含む正極活物質を含む、リチウムイオン二次電池用正極であって、
前記正極は、X線吸収微細構造解析(XAFS)で測定される、タングステンのL吸収端のピークの立ち上がり位置(10200eV~10205eV)のスペクトルが、
式(1):(a-b)/(c-b)≦0.86
[式(1)中、aは、10200eV~10205eVの範囲においてスペクトルの傾きが最も大きくなる時のエネルギー(eV)を表し、
a(eV)におけるスペクトル強度をAとしたときに、
bは、WO2(酸化タングステン(IV))の10200eV~10205eVの範囲においてスペクトル強度がAとなるエネルギー(eV)を表し、
cは、WO3(酸化タングステン(VI))の10200eV~10205eVの範囲においてスペクトル強度がAとなるエネルギー(eV)を表す。]を満たす、
リチウムイオン二次電池用正極である。
【0009】
本開示のリチウムイオン二次電池用正極において、前記正極活物質に対する前記タングステンの含有率は、0.015質量%~3.1質量%であってよい。
【0010】
本開示のリチウムイオン二次電池用正極において、前記正極は、前記式(1)における(a-b)/(c-b)が、0.15以上、0.65以下を満たすものであってよい。
【発明の効果】
【0011】
本開示によれば、リチウムイオン二次電池のセル抵抗を低減するリチウムイオン二次電池用正極を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、本開示のリチウムイオン二次電池用正極の一例(正極サンプル)、WO
2及びWO
3のXAFS測定スペクトルを示す図である。
【
図2】
図2は、正極サンプル、WO
2及びWO
3のXAFS測定スペクトルのタングステンのL吸収端のピークの立ち上がり位置を一部拡大した、本開示の式(1)を説明するための模式図である。
【
図3】
図3は、本開示のリチウムイオン二次電池の電極体の積層構造の一部を模式的に示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本開示による実施の形態を説明する。なお、本明細書において特に言及している事項以外の事柄であって本開示の実施に必要な事柄(例えば、本開示を特徴付けないリチウムイオン二次電池の一般的な構成および製造プロセス)は、当該分野における従来技術に基づく当業者の設計事項として把握され得る。本開示は、本明細書に開示されている内容と当該分野における技術常識とに基づいて実施することができる。
また、図における寸法関係(長さ、幅、厚さ等)は実際の寸法関係を反映するものではない。
本明細書において数値範囲を示す「~」とは、その前後に記載された数値を下限値及び上限値として含む意味で使用される。
また、数値範囲における上限値と下限値は任意の組み合わせを採用できる。
【0014】
[リチウムイオン二次電池用正極]
本開示のリチウムイオン二次電池用正極は、タングステンを含む正極活物質を含む、リチウムイオン二次電池用正極であって、
前記正極は、X線吸収微細構造解析(XAFS)で測定される、タングステンのL吸収端のピークの立ち上がり位置(10200eV~10205eV)のスペクトルが、
式(1):(a-b)/(c-b)≦0.86
[式(1)中、aは、10200eV~10205eVの範囲においてスペクトルの傾きが最も大きくなる時のエネルギー(eV)を表し、
a(eV)におけるスペクトル強度をAとしたときに、
bは、WO2(酸化タングステン(IV))の10200eV~10205eVの範囲においてスペクトル強度がAとなるエネルギー(eV)を表し、
cは、WO3(酸化タングステン(VI))の10200eV~10205eVの範囲においてスペクトル強度がAとなるエネルギー(eV)を表す。]を満たす、
リチウムイオン二次電池用正極である。
【0015】
図1は、本開示のリチウムイオン二次電池用正極の一例(正極サンプル)、WO
2及びWO
3のXAFS測定スペクトルを示す図である。
図1には、本開示のリチウムイオン二次電池用正極の一例(正極サンプル)、WO
2(酸化タングステン(IV))及びWO
3(酸化タングステン(VI))のXAFS測定による、タングステンのL吸収端のピークの立ち上がり位置(10200eV~10205eV)を含むスペクトル(以下単に、XAFS測定のタングステンスペクトルということがある)が示されている。
図2は、正極サンプル、WO
2及びWO
3のXAFS測定スペクトルのタングステンのL吸収端のピークの立ち上がり位置を一部拡大した、本開示の式(1)を説明するための模式図である。
XAFS測定スペクトルのタングステンのL吸収端のピークの立ち上がり位置は、タングステンの元素の価数を表すとされる。本開示においては、正極サンプルのXAFS測定スペクトルのタングステンのL吸収端のピークの立ち上がり位置(10200eV~10205eV)において、スペクトルの傾きが最も大きくなる時のエネルギー(eV)をaとし、ピーク立ち上がり位置の指標とする。aは、10200eV~10205eVの範囲のスペクトルを微分して、微分のピークトップとなるエネルギーとして特定することができる。a(eV)におけるスペクトル強度をAとしたときに、WO
2(酸化タングステン(IV))の10200eV~10205eVの範囲においてスペクトル強度がAとなるエネルギー(eV)をbとし、WO
3(酸化タングステン(VI))の10200eV~10205eVの範囲においてスペクトル強度がAとなるエネルギー(eV)をcとする。
ここで、WO
2は4価タングステンの標準試料、WO
3は6価タングステンの標準試料として用いる。
【0016】
前記式(1)の(a-b)/(c-b)は、1の場合、正極中のタングステンが6価であり、0の場合、正極中のタングステンが4価であると解釈される。
前記式(1):(a-b)/(c-b)≦0.86を満たす場合、正極中のタングステンは4価であるか、4価と6価の間の平均価数を有すると解釈される。
4価と6価の間の平均価数を有するタングステンは、4価のタングステンと6価のタングステンの混合物と考えられ、6価のタングステンに比べて平均価数が低く、高い導電性と、活性エネルギーを下げる効果を有する。そのため、正極中のタングステンが4価であるか、4価と6価の間の平均価数を有すると、当該タングステンが、高い導電性と活性エネルギーを下げる効果を発揮することにより、セル抵抗を低減することができると考えられる。
また、価数の低いタングステンは、正極活物質に用いられるNi、Co、Mn等に固溶しやすく、固溶する場合、正極活物質の結晶構造の結晶軸を広げることにより、リチウムイオンの拡散抵抗を低減できると考えられる。
このようにして、正極において、XAFSで測定される、タングステンのL吸収端のピークの立ち上がり位置(10200eV~10205eV)のスペクトルが、
式(1):(a-b)/(c-b)≦0.86
を満たすことにより、リチウムイオン二次電池のセル抵抗を低減するリチウムイオン二次電池用正極を提供することができる。
【0017】
前記正極は、セル抵抗をより低減する点から、前記式(1)における(a-b)/(c-b)が、0.65以下であってよく、0.60以下であってよく、0.55以下であってよく、0.50以下であってもよい。
また、前記正極は、セル抵抗をより低減する点から、前記式(1)における(a-b)/(c-b)が、0.15以上であってよい。
なお、前記式(1)における(a-b)/(c-b)を求めるための、本開示のリチウムイオン二次電池用正極、WO2及びWO3のXAFS測定は、後述の実施例に記載した方法により行うことができる。
【0018】
(正極活物質)
本開示のリチウムイオン二次電池用正極は、正極活物質を含み、前記正極活物質はタングステンを含む。
本開示の正極活物質としては、必須成分としてリチウム金属複合酸化物を含有するものであってよく、層状構造のリチウム金属複合酸化物を含有するものであってよい。
リチウム金属複合酸化物の例としては、リチウムニッケル系複合酸化物、リチウムマンガン系複合酸化物、リチウムコバルト系複合酸化物、リチウムニッケルコバルトアルミニウム系複合酸化物、リチウム鉄ニッケルマンガン系複合酸化物、リチウムニッケルコバルトマンガン系複合酸化物等が挙げられる。なかでも、より抵抗特性に優れることから、リチウムニッケルコバルトマンガン系複合酸化物であってよい。
なお、本明細書において「リチウムニッケルコバルトマンガン系複合酸化物」とは、Li、Ni、Co、Mn、Oを構成元素とする酸化物の他に、それら以外の1種または2種以上の添加的な元素を含んだ酸化物をも包含する用語である。かかる添加的な元素の例としては、Mg、Ca、Al、Ti、V、Cr、Si、Y、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、W、Na、Fe、Zn、Sn等の遷移金属元素や典型金属元素等が挙げられる。また、添加的な元素は、B、C、Si、P等の半金属元素や、S、F、Cl、Br、I等の非金属元素であってもよい。これらの添加的な元素の含有量は、好ましくは、リチウムに対して0.1モル以下である。このことは、前記したリチウムニッケル系複合酸化物、リチウムコバルト系複合酸化物、リチウムマンガン系複合酸化物、リチウムニッケルコバルトアルミニウム系複合酸化物、リチウム鉄ニッケルマンガン系複合酸化物等についても同様である。
正極活物質の形状は、従来公知の形状であってよく、粒子状であってよい。また、その粒子径は、従来公知の粒子径と同様であってよい。
【0019】
本開示の正極活物質において含まれるタングステンは、正極活物質のいずれに存在していてもよい。
本開示の正極活物質においてタングステンは、正極活物質の表面に存在していてもよいし、正極活物質におけるリチウム金属複合酸化物の内部に含まれていてもよいし、その両方に存在していてもよい。
本開示の正極活物質は、少なくともその表面にタングステンを含むものであってよい。
【0020】
タングステンが正極活物質の表面に存在している場合の形態については、特に制限はない。例えば、正極活物質の表面の全体又はその一部をタングステン化合物が被覆していてよい。また、タングステン化合物の被覆が粒状であり、当該粒状の被覆が正極活物質の表面上に点在していてもよい。
正極活物質は多孔質粒子であってもよく、タングステン化合物が、正極活物質の外表面だけでなく、内表面(すなわち、正極活物質内部の表面)にも存在していてよい。また、正極活物質は、正極活物質の一次粒子が凝集してなる二次粒子であってよく、さらに粒状の被覆と正極活物質の粒子が凝集してなる二次粒子であってよく、正極活物質の二次粒子の内表面(正極活物質内部の表面)にタングステン化合物が存在していてよい。
正極活物質の内表面にタングステンが存在する場合には、タングステンがリチウム金属複合酸化物に固溶しやすく、正極活物質におけるリチウム金属複合酸化物の内部にタングステンが取り込まれて正極活物質の結晶構造の結晶軸を広げることにより、リチウムイオンの拡散抵抗を低減しやすい。
本開示の正極活物質は、セル抵抗を低減する点から、少なくともその表面にタングステンを含み、タングステンの一部がリチウム金属複合酸化物の内部に取り込まれているものであってよく、外表面及び内表面にタングステンを含み、タングステンの一部がリチウム金属複合酸化物の内部に取り込まれているものであってよい。
本開示の正極活物質においてタングステンの存在箇所は、例えば、透過型電子顕微鏡-エネルギー分散型X線分析(TEM-EDX)で分析することができる。
【0021】
正極活物質に対するタングステンの含有率は、特に制限はないが、セル抵抗を低減する点から、例えば0.010質量%以上であってよく、0.015質量%以上であってよく、0.1質量%以上であってよく、0.4質量%以上であってよく、4.0質量%以下であってよく、3.1質量%以下であってよい。
正極活物質に対するタングステンの含有率は、ICP(高周波誘導結合プラズマ)発光分光分析による元素分析により求めることができ、具体的には後述の実施例に記載した方法により求めることができる。
【0022】
本開示の正極活物質において含まれるタングステンは、4価のタングステンであるか、XAFS測定のタングステンスペクトルが前記式(1)を満たす範囲の4価のタングステンと6価のタングステンの混合物であってよい。
正極活物質において含まれる4価のタングステン化合物としては、WO2、4価のタングステンを含むタングステン酸リチウム、4価のタングステンを含むリチウムニッケルコバルトマンガン系複合酸化物等が挙げられるが、セル抵抗を低減する点から、WO2を含んでよい。
正極活物質において含まれる6価のタングステン化合物としては、WO3、Li2WO4等の6価のタングステンを含むタングステン酸リチウム、6価のタングステンを含むリチウムニッケルコバルトマンガン系複合酸化物等が挙げられるが、セル抵抗を低減する点から、WO3及びLi2WO4の少なくとも1種を含んでよい。
【0023】
本開示の前記タングステンを含む正極活物質の製造方法は、XAFS測定のタングステンスペクトルが前記式(1)を満たせば、特に限定されるものではない。当該正極活物質の製造方法としては、正極活物質を最終生成物として製造可能な方法を適宜採用することができる。
本開示の前記タングステンを含む正極活物質の製造方法は、XAFS測定のタングステンスペクトルが前記式(1)を満たすタングステンを含む正極活物質を容易に製造できる点から、少なくとも4価のタングステン原料を用いることが挙げられる。4価のタングステン原料と6価のタングステン原料を用いる場合、XAFS測定のタングステンスペクトルが前記式(1)を満たすように4価のタングステン原料と6価のタングステン原料の比率を適宜調整することが挙げられる。
4価のタングステン原料としては、WO2、WCl4等が挙げられるが、セル抵抗を低減する点から、WO2であってよい。6価のタングステン原料としては、WO3、及びLi2WO4等の6価のタングステンを含むタングステン酸リチウムが挙げられるが、セル抵抗を低減する点から、WO3及びLi2WO4の少なくとも1種であってよい。
なお、4価のタングステンは、例えば高温での焼成により、安定な6価のタングステンになり得る。そのため、製造後の正極活物質に含まれる4価のタングステンと6価のタングステンの比率は、正極活物質の製造時に用いられる4価のタングステン原料と6価のタングステン原料の比率と異なり得る。
【0024】
タングステンを含む正極活物質の製造方法は、例えば、従来公知の概ね下記工程1~工程3の少なくとも1つにおいて、タングステン原料を添加する方法が挙げられる。中でもXAFS測定のタングステンスペクトルが前記式(1)を満たすタングステンを含む正極活物質を容易に製造できる点から、下記工程2及び工程3の少なくとも1つにおいて、少なくとも4価のタングステンを含むタングステン原料を添加する製造方法であってよい。
工程1:金属成分(原料化合物)を、所定の温度条件下(例えば室温~60℃)において水中で反応させて金属化合物からなる前駆体(共沈前駆体)を作製する工程、
工程2:前記前駆体とリチウム化合物とを含む混合物を調製し、該混合物を焼成してリチウム金属複合酸化物を製造する工程
工程3:必要に応じた化合物で、リチウム金属複合酸化物の表面を被覆する工程
【0025】
例えば工程2において、少なくとも4価のタングステンを含むタングステン原料を添加する場合、前記前駆体とリチウム化合物とタングステン原料とを含む混合物を調製し、該混合物を焼成してリチウム金属複合酸化物を製造する工程であってよい。
前記焼成は、概ね750℃~950℃の温度において、大気雰囲気下で行うことができる。焼成時間は概ね8時間~20時間であってよい。この焼成温度及び焼成時間によっても、正極活物質に含まれる4価のタングステンと6価のタングステンの比率を適宜調整することができる。
また、工程2において、前記前駆体とリチウム化合物とタングステン原料とを混合する順序は、特に限定されるものではない。
【0026】
例えば工程3において、少なくとも4価のタングステンを含むタングステン原料を添加してリチウム金属複合酸化物の表面に被覆を形成する場合、従来公知の活物質に被覆を形成する方法を適宜採用することができる。前記従来法の一例として、種々のメカノケミカル装置を用いて行う、メカノケミカル処理が挙げられる。例えば、自動乳鉢等の混合装置を使用すること、ならびに、ボールミル、遊星ミル、およびビーズミル等を用いた粉砕により、所望のメカノケミカル反応を生じさせ、リチウム金属複合酸化物の表面の少なくとも一部に被覆を形成することができる。そして、前記メカノケミカル処理後、概ね80℃~300℃の温度において、概ね0.5時間~5時間、加熱処理を行ってもよい。
【0027】
本開示のリチウムイオン二次電池用正極は、前記正極活物質の他に、更に他の成分を含んでよい。
本開示のリチウムイオン二次電池用正極は、正極集電体の一面又は両面に、正極活物質層を有するものであってよい。
正極集電体は、前記正極活物質層の集電を行う機能を有するものである。正極集電体の材料としては、例えば、アルミニウム、SUS、ニッケル、クロム、金、亜鉛、鉄及びチタン等を挙げることができる。正極集電体の形状としては、例えば、箔状、板状、メッシュ状等を挙げることができる。
【0028】
前記正極活物質層は、前記正極活物質の他に、必要に応じて、例えば導電材やバインダ等を含んでよい。
導電材としては、正極活物質層の導電性を向上させることができれば特に限定されるものではないが、例えばアセチレンブラック、ケッチェンブラック等のカーボンブラック、カーボンナノチューブ(CNT)、カーボンナノファイバー(CNF)等を挙げることができる。
バインダとしては、例えばポリフッ化ビニリデン(PVdF)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ブチレンゴム(BR)、スチレン-ブタジエンゴム(SBR)等を挙げることができる。
【0029】
正極活物質層における正極活物質の含有割合は、特に制限はないが、70質量%以上であってよく、80質量%以上であってよい。
正極活物質層における導電材の含有割合は、特に制限はないが、1質量%以上15質量%以下であってよく、3質量%以上13質量%以下であってよい。
正極活物質層におけるバインダの含有割合は、特に制限はないが、1質量%以上15質量%以下であってよく、1.5質量%以上10質量%以下であってよい。
【0030】
正極活物質層の厚さは、目的とする電池の用途等により異なるものであるが、10μm以上250μm以下であってよく、20μm以上200μm以下であってよく、30μm以上150μm以下であってよい。
【0031】
本開示のリチウムイオン二次電池用正極は、タングステンを含む正極活物質を含み、XAFS測定のタングステンスペクトルが前記式(1)を満たせば、従来公知の製法を適宜採用して製造することができる。
【0032】
[リチウムイオン二次電池]
本開示のリチウムイオン二次電池は、前記本開示のリチウムイオン二次電池用正極と、負極と、非水電解質と、を備えるものであってよい。
【0033】
図3は、本開示のリチウムイオン二次電池の電極体の積層構造の一部を模式的に示す断面図である。なお、本開示のリチウムイオン二次電池の電極体は、必ずしもこの例に限定されない。
リチウムイオン二次電池の電極体100は、正極活物質層2及び正極集電体4を含む正極6と、負極活物質層3及び負極集電体5を含む負極7と、当該正極6及び当該負極7の間に介在するセパレータ1を備える。
正極6は、前記本開示のリチウムイオン二次電池用正極である。正極6は、正極集電体に接続された正極リードを備えてよい(不図示)。
本開示のリチウムイオン二次電池は、外装体(不図示)をさらに含んでいてよい。電極体100と非水電解質とは、外装体に収納されていてよい。外装体は、例えば、金属製のケース等であってもよい。ケースの形状としては、具体的にはコイン型、平板型、円筒型、ラミネート型等を挙げることができる。外装体は、例えば、アルミラミネートフィルム製のパウチ等であってもよい。
【0034】
負極7は、負極活物質を含有する負極活物質層3を備える。本開示に用いられる負極は、通常、負極活物質層3に加えて、負極集電体5、及び当該負極集電体に接続された負極リードを備えてよい(不図示)。
負極活物質としては、リチウムイオンを吸蔵、放出可能なものであれば特に限定されない。例えば、金属リチウム、リチウム合金、リチウム元素を含有する金属酸化物、リチウム元素を含有する金属硫化物、リチウム元素を含有する金属窒化物、黒鉛、ハードカーボン、ソフトカーボン等の炭素材料、Si等を挙げることができ、黒鉛であってよい。黒鉛は、天然黒鉛であっても人造黒鉛であってもよく、黒鉛が非晶質な炭素材料で被覆された形態の非晶質炭素被覆黒鉛であってもよい。
【0035】
負極活物質層は、必要に応じて負極活物質以外の成分、例えばバインダや増粘剤等を含んでもよい。バインダとしては、例えばスチレンブタジエンラバー(SBR)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)等が挙げられる。増粘剤としては、例えばカルボキシメチルセルロース(CMC)等が挙げられる。
【0036】
負極活物質層中の負極活物質の含有量は、90質量%以上であってよく、95質量%以上99質量%以下であってよい。
負極活物質層中のバインダの含有量は、0.1質量%以上8質量%以下であってよく、0.5質量%以上3質量%以下であってよい。
負極活物質層中の増粘剤の含有量は、0.3質量%以上3質量%以下であってよく、0.5質量%以上2質量%以下であってよい。
【0037】
負極活物質層の厚さとしては、特に限定されるものではないが、例えば10μm以上100μm以下であってよく、10μm以上50μm以下であってよい。
負極集電体は、前記負極活物質層の集電を行う機能を有するものである。負極集電体の材料としては、SUS、Cu、Ni、Fe、Ti、Co、Zn等を用いることができる。また、負極集電体の形状としては、上述した正極集電体の形状と同様のものを採用することができる。
【0038】
本開示に用いられるセパレータ1は、正極と負極との間に介在し、これらの電極が直接接触することを防止する。また、セパレータ1には、電荷担体であるリチウムイオンを通過させる微細な孔が複数形成されており、当該微細孔を介して充放電時の電荷担体の移動が行われる。セパレータ1には、例えば、ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、ポリエステル、ポリアミド等の絶縁性樹脂を用いることができる。また、これらの樹脂を二層以上積層させた積層シートであってもよい。かかる積層シートの一例として、PP、PE、PPをこの順に積層させた3層シートが挙げられる。セパレータ1の表面には、耐熱層(HRL)が設けられていてもよい。
なお、セパレータ1の厚みは、例えば10μm以上30μm以下であってよい。
【0039】
非水電解質は、典型的には、非水溶媒と支持塩とを含有する。
非水溶媒としては、一般的なリチウムイオン二次電池の電解液に用いられる各種のカーボネート類、エーテル類、エステル類、ニトリル類、スルホン類、ラクトン類等の有機溶媒を、特に限定なく用いることができる。具体例として、エチレンカーボネート(EC)、プロピレンカーボネート(PC)、ジエチルカーボネート(DEC)、ジメチルカーボネート(DMC)、エチルメチルカーボネート(EMC)、モノフルオロエチレンカーボネート(MFEC)、ジフルオロエチレンカーボネート(DFEC)、モノフルオロメチルジフルオロメチルカーボネート(F-DMC)、トリフルオロジメチルカーボネート(TFDMC)等が例示される。このような非水溶媒は、1種を単独で、あるいは2種以上を適宜組み合わせて用いることができる。
支持塩としては、例えば、LiPF6、LiBF4、リチウムビス(フルオロスルホニル)イミド(LiFSI)等のリチウム塩(好ましくはLiPF6)を好適に用いることができる。支持塩の濃度は、0.7mol/L以上1.3mol/L以下が好ましい。
【0040】
リチウムイオン二次電池は、前記電極体に、前記非水電解質を添加することにより製造することができる。
本開示のリチウムイオン二次電池のその他の構成は、従来公知の構成を適宜選択して採用することができ、例えば、特開2021-018895号公報等を参照することができる。
【実施例】
【0041】
以下に、実施例及び比較例を挙げて、本発明を更に具体的に説明するが、本発明は、この実施例のみに限定されるものではない。
【0042】
[実施例1]
(正極活物質の調製)
硫酸ニッケル、硫酸コバルト、および硫酸マンガンを、1:1:1のモル比で含有する原料水溶液を調製した。一方、反応容器内に、硫酸およびアンモニア水を用いてpHを調整した反応液を準備した。また、水酸化ナトリウム水溶液をpH調整液として準備した。
撹拌下、原料水溶液を反応液に所定の速度で添加し、pH調整液により中和した。晶析物を水洗後、ろ過し乾燥して、複合水酸化物粒子(前駆体粒子)を得た。
得られた前駆体粒子と、炭酸リチウムとを、ニッケル、コバルトおよびマンガンの合計(Me)に対するリチウム(Li)のモル比(Li/Me)が、1.1となるように混合した。この混合物を、電気炉中、870℃で15時間焼成した。室温まで炉内で冷却した後、解砕処理を行い、一次粒子が凝集した球状焼成粉末である、リチウム金属複合酸化物(LiNi1/3Co1/3Mn1/3O2)を得た。
得られた球状焼成粉末であるリチウム金属複合酸化物に、酸化タングステン(IV)(WO2)を所定量(W/(リチウム金属複合酸化物+WO2)=0.6質量%)混合し、メカノケミカル装置にて3000rpmで30分間処理し、さらに150℃で1時間加熱処理することにより、酸化タングステン(IV)(WO2)の被覆を有するリチウム金属複合酸化物として、正極活物質を得た。
得られた正極活物質を透過型電子顕微鏡-エネルギー分散型X線分析(TEM-EDX)で分析した。正極活物質の外表面には粒状の被覆が点在していた。当該粒状の被覆を外表面とし、粒状の被覆を除いた残部の表面から深さ10nmまでの部分を内表面として点分析した。その結果、外表面及び内表面にタングステンが存在することが明らかにされた。外表面の粒状の被覆にはタングステンが69質量%含まれ、内表面にはタングステンが0.4質量%含まれていた。なお、ここでのタングステンの含有率は、W/(分析範囲の全質量)として求められ、3か所の測定値の平均値として求めた。
また、得られた正極活物質を透過型電子顕微鏡-エネルギー分散型X線分析(TEM-EDX)で分析した結果、リチウム金属複合酸化物の一次粒子内にタングステンが取り込まれていることも明らかになった。
【0043】
(正極の作製)
前記作製した正極活物質と、導電材としてのアセチレンブラック(AB)と、バインダとしてのポリフッ化ビニリデン(PVDF)とを、正極活物質:AB:PVDF=90:8:2の質量比でN-メチルピロリドン(NMP)中で混合し、正極活物質層形成用ペーストを調製した。このペーストを、厚さ15μmのアルミニウム箔の両面に塗布し、乾燥した後、プレスすることにより正極を作製した。
【0044】
(評価用リチウムイオン二次電池の作製)
負極活物質としての天然黒鉛(C)と、バインダとしてのスチレンブタジエンラバー(SBR)と、増粘剤としてのカルボキシメチルセルロース(CMC)とを、C:SBR:CMC=98:1:1の質量比で、イオン交換水中で混合して、負極活物質層形成用ペーストを調製した。このペーストを、厚さ10μmの銅箔の両面に塗布し、乾燥した後、プレスすることにより負極を作製した。
【0045】
また、セパレータシートとして、PP/PE/PPの三層構造を有する2枚の厚さ24μmの多孔性ポリオレフィンシートを用意した。
作製した正極と負極と用意した2枚のセパレータシートとを重ね合わせ、捲回して捲回電極体を作製した。作製した捲回電極体の正極と負極にそれぞれ電極端子を溶接により取り付け、これを、注液口を有する電池ケースに収容した。
【0046】
続いて、電池ケースの注液口から非水電解液を注入し、当該注液口を気密に封止した。なお、非水電解液には、エチレンカーボネート(EC)とジメチルカーボネート(DMC)とエチルメチルカーボネート(EMC)とを3:4:3の体積比で含む混合溶媒に、支持塩としてのLiPF6を1.0mol/Lの濃度で溶解させたものを用いた。
以上のようにして、評価用リチウムイオン二次電池を得た。
【0047】
[実施例2、5、6]
実施例1の正極活物質の調製において、酸化タングステン(IV)(WO2)の代わりに、酸化タングステン(IV)(WO2)及び酸化タングステン(VI)(WO3)を用い、各正極活物質の(a-b)/(c-b)の値が表1となるように、WO2とWO3の添加割合、並びに、WO2及びWO3と正極活物質の加熱処理温度(100℃~200℃)、及び加熱時間(0.5時間~2時間)の少なくとも1つを変更して、実施例1と同様に正極活物質を調製した。
得られた正極活物質を用いて、実施例1と同様にして、正極、及び、評価用リチウムイオン二次電池を作製した。
【0048】
[比較例1]
実施例1の正極活物質の調製において、酸化タングステン(IV)(WO2)の代わりに、酸化タングステン(VI)(WO3)を用いた以外は、実施例1と同様に正極活物質を調製した。
得られた正極活物質を用いて、実施例1と同様にして、正極、及び、評価用リチウムイオン二次電池を作製した。
【0049】
[実施例3]
実施例1の正極活物質の調製において、実施例1と同様にして複合水酸化物粒子(前駆体粒子)を得た。
得られた前駆体粒子と、炭酸リチウムと、酸化タングステン(IV)(WO2)と酸化タングステン(VI)(WO3)とを所定量(W/(リチウム金属複合酸化物+WO2+WO3)=0.45質量%)混合し、この混合物を、電気炉中、870℃で15時間焼成した。なお、炭酸リチウムは、ニッケル、コバルトおよびマンガンの合計(Me)に対するリチウム(Li)のモル比(Li/Me)が、1.1となるように混合した。
室温まで炉内で冷却した後、解砕処理を行い、一次粒子が凝集した球状焼成粉末として、正極活物質を得た。
得られた正極活物質は、透過型電子顕微鏡-エネルギー分散型X線分析(TEM-EDX)で分析した。正極活物質の外表面には粒状の被覆が点在していた。当該粒状の被覆を外表面とし、粒状の被覆を除いた残部の表面から深さ10nmまでの部分を内表面として点分析した。その結果、外表面及び内表面にタングステンが存在することが明らかにされた。外表面における粒状の被覆にはタングステンが65質量%含まれ、内表面にはタングステンが0.9質量%含まれていた。なお、ここでのタングステンの含有率は、W/(分析範囲の全質量)として求められ、3か所の測定値の平均値として求めた。
また、得られた正極活物質を透過型電子顕微鏡-エネルギー分散型X線分析(TEM-EDX)で分析した結果、リチウム金属複合酸化物の一次粒子内にタングステンが取り込まれていることも明らかになった。
得られた正極活物質を用いて、実施例1と同様にして、正極、及び、評価用リチウムイオン二次電池を作製した。
【0050】
[実施例4、7~12]
実施例3の正極活物質の調製において、各正極活物質の(a-b)/(c-b)の値が表1又は表2となるように、酸化タングステン(IV)(WO2)と酸化タングステン(VI)(WO3)又はタングステン酸リチウム(Li2WO4)との添加割合、添加量、焼成温度(830℃~900℃)、及び、焼成時間(13時間~16時間)の少なくとも1つを変更して、実施例3と同様に正極活物質を調製した。
得られた正極活物質を用いて、実施例1と同様にして、正極、及び、評価用リチウムイオン二次電池を作製した。
【0051】
[評価]
(正極活物質中のタングステン含有率の測定)
得られた正極活物質を1g秤量し、それぞれを市販されている硝酸5mlおよび過酸化水素水10mlとの混合液中でヒータを用い、目視で全溶解を確認できるまで300℃で加熱した。残渣をろ過して純水で100mlに定容し、ICP発光分光分析法に基づきタングステン元素の含有率(質量%)を測定した。なお、ICP発光分光分析装置としては、日立ハイテクサイエンス社製のICP発光分光分析装置を使用した。
【0052】
(正極のX線吸収微細構造解析(XAFS)測定)
各実施例及び比較例で得られた正極について、下記装置を用いてXAFS測定を行った。
標準試料の酸化タングステン(IV)(WO2)と、酸化タングステン(VI)(WO3)についても、下記装置を用いてXAFS測定を行った。
XAFSで測定される、タングステンのL吸収端のピークの立ち上がり位置(10200eV~10205eV)のスペクトルから、前記式(1)における(a-b)/(c-b)の値を求めた。
装置:(公財)科学技術交流財団 あいちシンクロトロン光センター内 硬X線XAFS
測定範囲:9897-11297 eV(タングステンのL吸収端のピーク位置)
測定法:正極は蛍光法で測定し、タングステン化合物は透過法で測定した。
なお、標準物質のタングステン化合物を測定する透過法は入射X線を照射した時の透過X線を検出し、正極を測定する蛍光法は入射X線を照射した時に発生する蛍光X線を検出しており、測定法が異なっていても同じスペクトルとして表すことが可能である。XAFSの測定データを、解析ソフトウェアAthenaを用いて規格化することにより、標準物質のタングステン化合物のタングステンと正極中のタングステンの比較が可能である。
式(1)の再現性を取るため、正極サンプルの測定ごとに標準試料の測定を行い、微小なずれを補正した。
実施例1~実施例12および比較例1の前記式(1)における(a-b)/(c-b)の結果を、表1又は表2に示す。
【0053】
(抵抗測定)
各実施例及び比較例で作製した評価用リチウムイオン二次電池を25℃の環境下に置いた。活性化(初回充電)は、定電流-定電圧方式とし、各評価用リチウムイオン二次電池を1/3Cの電流値で4.2Vまで定電流充電を行った後、電流値が1/50Cになるまで定電圧充電を行い、満充電状態にした。その後、各評価用リチウムイオン二次電池を1/3Cの電流値で3.0Vまで定電流放電した。
前記活性化した各評価用リチウムイオン二次電池を、3.70Vの開放電圧に調整した。これを、-28℃の温度環境下に置いた。20Cの電流値で8秒間放電し、電圧降下量ΔVを求めた。次に、かかる電圧降下量ΔVを放電電流値(20C)で除して、電池抵抗を算出し、これを初期抵抗とした。比較例1の初期抵抗を1.00とした場合の、実施例の初期抵抗の比を求めた。結果を表1又は表2に示す。
【0054】
【0055】
【0056】
表1及び表2の性能評価の結果から明らかなように、XAFS測定のタングステンスペクトルが前記式(1):(a-b)/(c-b)≦0.86を満たす実施例1~12のリチウムイオン二次電池用正極は、リチウムイオン二次電池のセル抵抗を低減することを確認できた。
本開示によれば、XAFS測定のタングステンスペクトルが前記式(1):(a-b)/(c-b)≦0.86を満たすように、正極活物質に4価のタングステンか、4価と6価の間の平均価数を有するタングステンを含む正極を用いることにより、リチウムイオン二次電池のセル抵抗の更なる低抵抗化が可能になった。
【符号の説明】
【0057】
1 セパレータ
2 正極活物質層
3 負極活物質層
4 正極集電体
5 負極集電体
6 正極
7 負極
100 電極体