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特許7571791ピーク形状推定装置およびピーク形状推定方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-15
(45)【発行日】2024-10-23
(54)【発明の名称】ピーク形状推定装置およびピーク形状推定方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 30/86 20060101AFI20241016BHJP
   G01N 27/62 20210101ALI20241016BHJP
   G06F 17/17 20060101ALI20241016BHJP
【FI】
G01N30/86 E
G01N30/86 L
G01N27/62 D
G06F17/17
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2022545282
(86)(22)【出願日】2021-03-03
(86)【国際出願番号】 JP2021008190
(87)【国際公開番号】W WO2022044383
(87)【国際公開日】2022-03-03
【審査請求日】2023-02-10
(31)【優先権主張番号】P 2020143690
(32)【優先日】2020-08-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100108523
【弁理士】
【氏名又は名称】中川 雅博
(74)【代理人】
【識別番号】100125704
【弁理士】
【氏名又は名称】坂根 剛
(74)【代理人】
【識別番号】100187931
【弁理士】
【氏名又は名称】澤村 英幸
(72)【発明者】
【氏名】玉井 雄介
【審査官】大瀧 真理
(56)【参考文献】
【文献】特開平10-339727(JP,A)
【文献】特表2018-517148(JP,A)
【文献】特開平10-030938(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2006/0020401(US,A1)
【文献】特開平03-235027(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0368778(US,A1)
【文献】KOTANI, Akira et al.,An automated system for predicting detection limit and precision profile from a chromatogram,Journal of Chromatography A,2020年,vol.1612, no.460644,pp.1-7,https://doi.org/10.1016/j.chroma.2019.460644
【文献】KOTANI, Akira et al.,Chemometric Evaluation of Repeatability Using the Autocorrelation Method in High-Performance Liquid Chromatography with Ultraviolet Detection,Chem. Pharm. Bull.,2019年,vol.67, no.10,pp.1160-1163
【文献】KREBS, Melissa D. et al.,Autoregressive modeling of analytical sensor data can yield classifiers in the predictor coefficient parameter space,Bioinformatics,2005年,vol.21, no.8,pp.1325-1331
【文献】ARASE, Shuntaro et al.,Intelligent peak deconvolution through in-depth study of the data matrix from liquid chromatography coupled with a photo-diode array detector applied to pharmaceutical analysis,Journal of Chromatography A,vol.1469,pp.35-47
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 30/00 - 30/96
G01N 27/62
G06F 17/17
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
演算部を備えたコンピュータにより実現されるピーク形状推定装置であって、
前記演算部は、
分析装置において経時的に取得された測定データから、前記測定データの時間方向の変化を示す測定波形データを取得する取得部と、
前記測定波形データから雑音データが少なくとも部分的に除かれた推定波形データを取得する推定部と、を備え、
前記推定部は、時間方向に相関関係を有する誤差項が付加されたピーク波形モデルを用いて、前記測定波形データに含まれるピーク形状を推定し、これにより前記推定波形データを取得する、ピーク形状推定装置。
【請求項2】
前記推定部は、前記ピーク波形モデルに、前記雑音データとして時系列モデルを付加する、請求項1に記載のピーク形状推定装置。
【請求項3】
前記時系列モデルとして、自己回帰過程モデル、移動平均過程モデル、自己回帰移動平均過程モデル、自己回帰和分移動平均過程モデル、状態空間モデル、および、これらの任意の組み合わせからなるモデル群の中から選択された一のモデルが使用される請求項2に記載のピーク形状推定装置。
【請求項4】
前記演算部は、前記推定波形データを用いてピーク面積を算出する面積算出部をさらに備える、請求項1に記載のピーク形状推定装置。
【請求項5】
前記推定部はベイズ推定を用いて前記推定波形データを取得する、請求項1に記載のピーク形状推定装置。
【請求項6】
分析装置において経時的に取得された測定データから、前記測定データの時間方向の変化を示す測定波形データを取得する取得工程と、
前記測定波形データから雑音データが少なくとも部分的に除かれた推定波形データを取得する推定工程と、を備え、
前記推定工程は、時間方向に相関関係を有する誤差項が付加されたピーク波形モデルを用いて、前記測定波形データに含まれるピーク形状を推定し、これにより前記推定波形データを取得する、ピーク形状推定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、測定波形データからピーク形状を推定する装置および方法に関する。
【背景技術】
【0002】
クロマトグラフまたは質量分析装置などの分析装置は、分析結果として波形データを出力する。波形データに現れるピークの位置から分析対象の試料の定性分析が行われる。また、波形データに現れるピークの形状から試料の定量分析が行われる。
【0003】
波形データに現れるピーク形状の推定には、ガウス関数、EMG(Exponentially modified Gaussian)関数およびBEMG(Bidirectional Exponentially modified Gaussian)関数などのピーク波形モデルが用いられる。下記特許文献1および非特許文献1には、BEMG関数を用いたピーク形状の推定方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第6260709号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】Arase, Shuntaro, et al. “Intelligent peak deconvolution through in-depth study of the data matrix from liquid chromatography coupled with a photo-diode array detector applied to pharmaceutical analysis.”Journal of Chromatography 2016v.1469、P35-47.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
分析装置から出力される波形データには、雑音が付加される場合や複数のピークが重畳される場合がある。このような場合、波形データからピーク形状を正確に観測できない場合がある。雑音などが付加された波形データからピーク形状を推定する方法として、ピーク波形モデルに誤差項を加える方法がある。例えば、最小二乗法であれば、観測時間に独立かつ正規分布に従う雑音が付加されるという前提で、ピーク波形モデルに誤差項が加えられる。そして、ピーク波形モデルのパラメータ値を、最適化およびマルコフ連鎖モンテカルロ(MCMC)などの逐次的アルゴリズムを用いて算出することで誤差項を除き、真のピーク形状を推定するようにしている。
【0007】
しかし、波形データに観測時間に独立かつ正規分布に従う雑音が付加されていると仮定した場合、ピーク形状の推定処理において、ピークのテーリングによる局所解が発生することが知られている。局所解が発生すると、最適化やサンプリングが効果的に実行されないため、ピーク形状の推定が正しく行われない場合がある。
【0008】
本発明の目的は、雑音が付加された波形データからピーク形状を正しく推定することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一局面に従うピーク形状推定装置は、演算部を備えたコンピュータにより実現されるピーク形状推定装置であって、演算部は、分析装置において経時的に取得された測定データから、前記測定データの定義域方向の変化を示す測定波形データを取得する取得部と、測定波形データから雑音データが少なくとも部分的に除かれた推定波形データを取得する推定部とを備え、推定部は、測定波形データに含まれる雑音データが定義域方向に相関関係を有するデータとして推定波形データを取得する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、雑音が付加された波形データからピーク形状を正しく推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は本実施の形態に係るピーク形状推定装置の構成図である。
図2図2は本実施の形態に係るピーク形状推定装置の機能ブロック図である。
図3図3はテーリングの有りのピークおよびテーリング無しのピークの波形データを示す図である。
図4図4は本実施の形態に係るピーク形状推定方法を示すフローチャートである。
図5図5は観測された波形データ、および、雑音が時系列モデルに従うという仮定で推定されたピーク形状を示す図である。
図6図6は観測された波形データ、および、真のピーク形状を示す図である。
図7図7は観測された波形データ、および、雑音が観測時間に独立であるという仮定で推定されたピーク形状を示す図である。
図8図8は推定されたピークの面積分布を示すヴァイオリン図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
次に、添付の図面を参照しながら本発明の実施の形態に係るピーク形状推定装置およびピーク形状推定方法について説明する。
【0013】
(1)ピーク形状推定装置の構成
図1は、実施の形態におけるピーク形状推定装置1の構成図である。ピーク形状推定装置1は、例えば、パーソナルコンピュータなどのコンピュータである。本実施の形態のピーク形状推定装置1は、液体クロマトグラフ、ガスクロマトグラフまたは質量分析装置などにおいて得られた試料の測定データを取得する。そして、ピーク形状推定装置1は、試料の測定データからピーク形状を推定する装置である。
【0014】
ピーク形状推定装置1は、図1に示すように、CPU(Central Processing Unit)11、RAM(Random Access Memory)12、ROM(Read Only Memory)13、操作部14、ディスプレイ15、記憶装置16、通信インタフェース(I/F)17、デバイスインタフェース(I/F)18を備える。
【0015】
CPU11は、ピーク形状推定装置1の全体制御を行う。RAM12は、CPU11がプログラムを実行するときにワークエリアとして使用される。ROM13には、制御プログラなどが記憶される。操作部14は、ユーザーによる入力操作を受け付ける。操作部14は、キーボードおよびマウスなどを含む。ディスプレイ15は、分析結果などの情報を表示する。
【0016】
記憶装置16は、ハードディスクなどの記憶媒体である。記憶装置16には、推定プログラムP1、測定波形データMD、推定波形データEDおよびピーク波形モデルMLが記憶される。
【0017】
推定プログラムP1は、測定波形データMDに対して推定処理を実行し、推定波形データEDを出力する。測定波形データMDには、雑音が付加されている場合や、複数のピークが重畳されている場合がある。推定プログラムP1は、測定波形データMDに対して推定処理を実行することにより、真のピーク形状を表現する推定波形データEDを得る。推定プログラムP1は、推定処理を実行するとき、測定波形データMDを、ピーク波形モデルMLに当てはめる処理を行う。ピーク波形モデルMLは、ガウス関数、EMG(Exponentially modified Gaussian)関数およびBEMG(Bidirectional Exponentially modified Gaussian)関数などを含む。
【0018】
通信インタフェース17は、他のコンピュータとの間で有線または無線による通信を行うインタフェースである。デバイスインタフェース18は、CD、DVD、半導体メモリなどの記憶媒体19にアクセスするインタフェースである。
【0019】
(2)ピーク形状推定装置の機能構成
図2は、ピーク形状推定装置1の機能構成を示すブロック図である。図2において、制御部20は、CPU11がRAM12をワークエリアとして使用しつつ、推定プログラムP1を実行することにより実現される機能部である。制御部20は、取得部21、推定部22、ピーク表示部23および面積算出部24を備える。つまり、取得部21、推定部22、ピーク表示部23および面積算出部24は、推定プログラムP1の実行により実現される機能部である。言い換えると、取得部21、推定部22、ピーク表示部23および面積算出部24は、CPU11が備える機能部とも言える。
【0020】
取得部21は、測定データADを入力する。取得部21は、例えば、通信インタフェース17を介して他のコンピュータから測定データADを入力する。あるいは、取得部21は、デバイスインタフェース18を介して、記憶媒体19に保存された測定データADを入力する。測定データADは、液体クロマトグラフ、ガスクロマトグラフまたは質量分析装置において経時的に取得された試料の分析データである。測定データADがクロマトグラフにおいて得られた分析データである場合、測定データADは、時間、波長および吸光度(信号強度)の3つのディメンションを持つ3次元クロマトグラムデータである。測定データADが質量分析装置において得られた分析データである場合、測定データADは、時間、質量電荷比およびイオン強度(信号強度)の3つのディメンションを持つ質量分析データである。
【0021】
取得部21は、入力した測定データADから測定波形データMDを抽出し、測定波形データMDを記憶装置16に保存する。測定波形データMDは、測定データADから抽出された2次元のデータである。例えば、測定波形データMDは、時間および吸光度の関係を示す2次元クロマトグラムデータである。あるいは、測定波形データMDは、時間およびイオン強度の関係を示す2次元質量分析データである。
【0022】
推定部22は、測定波形データMDおよびピーク波形モデルMLを読み込み、測定波形データMDをピーク波形モデルMLに当てはめる。推定部22は、ピーク波形モデルMLを事前分布としてベイズ推定を行うことにより、推定波形データEDを得る。
【0023】
ピーク表示部23は、推定部22において推定された推定波形データEDを、ディスプレイ15に出力する。面積算出部24は、推定部22において推定された推定波形データEDのピーク面積を算出する。面積算出部24は、また、算出したピーク面積のヴァイオリン図をディスプレイ15に出力する。
【0024】
(3)雑音およびピークの重畳
次に、測定波形データMDに含まれる雑音および複数のピークの重畳について説明する。図3は、測定波形データMDを示す図である。図3において、波形W1は、テーリングが無いピーク形状を示し、波形W2は、テーリングの有るピーク形状を示す。そして、波形W3は、波形W1と波形W2の残渣である。波形W3に不純物のピークが重なった場合、これらの重なりを加算した波形を不純物と解釈しても分析結果としては不自然ではない。ピーク波形モデルに加算される誤差項を、観測時間に独立かつ正規分布に従う雑音として扱う場合、ピークのテーリングによる局所解が発生し、最適化やサンプリングが精度良く実行されないことが知られている。つまり、単一のピークにテーリングが生じた波形と、テーリングの無いピークのショルダーに大きな誤差が加算された波形との区別が困難である。また、単一のピークにテーリングが生じた波形と、他の成分のピークが重畳された波形との区別が困難である。
【0025】
本願発明者は、このような推定の誤りが発生するのは、テーリングのように時間方向に相互に依存する雑音、つまり時間方向に相関関係を有する雑音を、観測時間に独立なガウス雑音として扱うことに起因していることを見出した。そこで、本実施の形態のピーク形状推定装置1は、雑音が時系列モデルに従うデータとして扱うことで、ピーク形状の推定の精度を向上させる。
【0026】
(4)ピーク形状推定方法
次に、本実施の形態に係るピーク形状推定方法について説明する。図4は、本実施の形態に係るピーク形状推定方法を示すフローチャートである。まず、ステップS1において、取得部21(図2参照)が、測定データADを入力し、測定データADに基づいて測定波形データMDを取得する。ここでは、一例として、測定データADは、液体クロマトグラフから取得された時間、波形および吸光度(信号強度)の3つのディメンションを持つ3次元クロマトグラムデータであるとする。また、測定波形データMDは、時間および吸光度の関係を示す2次元クロマトグラムデータであるとする。
【0027】
次に、ステップS2において、推定部22(図2参照)が、測定波形データMDを読み込み、ピーク波形モデルMLを用いて推定波形データEDを取得する。このとき、推定部22は、ピーク波形モデルMLに誤差項として、時系列モデルに従う雑音データを付加する。
【0028】
本実施の形態においては、推定部22は、ピーク波形モデルMLとして、BEMG(Bidirectional Exponentially modified Gaussian)関数を用いる。また、推定部22は、ピーク波形モデルMLを事前分布としてベイズ推定を行うことにより、推定波形データEDを得る。数1式は、BEMG関数を示す。
【0029】
【数1】
【0030】
数1式において、uはピーク位置、sはピーク幅、aはリーディング、bはテーリングに関するパラメータである。
【0031】
測定波形データMDは、BEMG関数で表されるピークが重畳したものと見なせるので、推定波形データEDは、数2式のように表すことができる。
【0032】
【数2】
【0033】
数2式において、Kは、重畳されるピーク数である。Aiは、ピークごとの係数である。Noise[t]は、誤差項である。本実施の形態において、推定部22は、誤差項としてNoise[t]が、時系列モデルに従うものとして扱う。数3式は、誤差項を示す。
【0034】
【数3】
【0035】
数3式で表されるNoise[t]は、観測開始点から、溶出順にt番目の観測点に対する誤差項を示す。また、N(0,σ)は、平均0、分散σの正規分布を示す。また、θは、自己相関を示す係数である。これらθ,σおよび最初の誤差項Noise[1]は、ユーザにより適宜最適に値がパラメータとして設定される。つまり、Noise[t]は、時間方向に相関関係を有する誤差成分(θ×Noise[t-1])と、時間に独立な誤差成分(ε)を有する。このように、本実施の形態においては、推定部22は、誤差項として次数1の自己回帰過程モデル(Auto Regressive Model)と呼ばれる時系列モデルを利用する。
【0036】
推定部22は、数1式~数3式で示すピーク波形モデルMLおよび誤差項を利用し、最適化やマルコフ連鎖モンテカルロ法(MCMC)のなどの逐次アルゴリズムを実行することで、推定波形データEDを得る。推定部22は、取得した推定波形データEDを記憶装置16に保存する。図5は、推定部22により取得された推定波形データEDを示す図である。また、図6は、図5で示す推定波形データEDに対応する真の波形データを示す図である。図6で示す真の波形データは、例えば、BEMG関数に適当なパラメータを設定して得られた波形である。
【0037】
図5において、推定波形データEDには、推定ピーク1および推定ピーク2が含まれている。図6においては、真のピーク1および真のピーク2が含まれている。図5および図6において、×で示されているのは、測定波形データMDである。図5において、各ピーク波形に幅があるのは、推定波形データEDはベイズ推定により推定されているため確率分布を有するからである。また、図5の推定波形データEDは、初期値(数3式におけるNoise[1])を変えて独立に100回の推定処理を試行した結果である。したがって、100回分の推定結果が描写されている点からも各ピーク波形が幅を有している。各ピーク波形は幅を有しているものの、概ね同じピーク形状を描いている。したがって、推定波形データEDは、初期値に依存することなく推定処理が実行されたことが分かる。
【0038】
図5および図6を参照すれば分かるように、推定ピーク1および推定ピーク2と、真のピーク1および真のピーク2とは、大きな乖離がなく、精度よく推定が行われていることが分かる。また、図5を参照すれば分かるように、推定波形データEDと×で示される測定波形データMDとの間にも不自然な乖離がなく、推定が精度よく行われたことが分かる。このように、本実施の形態のピーク形状推定装置1は、測定波形データMDから雑音データを精度よく除去することができる。もちろん、本来の雑音が完全に除去されることが望ましいが、本実施の形態のピーク形状推定装置1によれば、本来の雑音が少なくとも部分的に精度よく除去されることで、真のピークを推定することができる。
【0039】
図7は、同じ測定波形データMDに対して、従来の方法でピーク形状を推定した波形データを示す。従来の方法とは、測定波形データMDに、観測時間に独立かつ正規分布に従う雑音が付加されているという前提で、ピーク形状を推定する方法である。図7において、推定ピーク1および推定ピーク2の2つのピーク形状が推定されている。図7において破線で示す波形が推定ピーク1であり、実線で示す波形が推定ピーク2である。図7において黒丸で示す点と黒丸を結ぶ線は、推定ピーク1と推定ピーク2を加算した波形である。つまり、黒丸を結ぶ線は、誤差項のない推定波形データである。また、×で示されているのは、図5および図6と同様、測定波形データMDである。図7に示すように、黒丸を結ぶ線で示される推定波形データと測定波形データMDを比較すると、ピークのショルダー部分に不自然な乖離があり、測定波形データMDの波状の挙動が無視されていることが分かる。
【0040】
図7で示される結果が生じたのは、誤差項が連続して大きな値を取っていることを意味している。つまり、隣接する点における誤差項が相関を持っている。しかし、図7で示した例では、誤差項が各点で独立であると仮定しているため、隣接する点の相関関係について何ら制約が働かない。このため、波状の挙動についても、個々の点で独立なガウス雑音として処理されたことが分かる。
【0041】
これに対して、本実施の形態のピーク形状推定装置1においては、誤差項の推定に、時系列モデルである自己回帰過程モデルを使用している。つまり、誤差項について、隣接する点との相関関係を仮定している。これにより、図5および図6で示すような相関の強い誤差項を加味したモデルを生成することができる。これにより、局所解と大域解が滑らかに接続され、逐次アルゴリズムでパラメータを更新する際に、局所解と大域解の間を移動し易くなると考えられる。
【0042】
図4のフローチャートに戻る。次に、ステップS3において、面積算出部24(図2参照)が、推定ピーク1および推定ピーク2についてピーク面積を算出する。本実施の形態においては、推定波形データEDはベイズ推定により推定されているため確率分布を有する。したがって、面積算出部24が算出するピーク面積も確率分布を有する。
【0043】
次に、ステップS4において、ピーク表示部23および面積算出部24(図2参照)が、推定結果をディスプレイ15に表示する。ピーク表示部23は、図5に示すような、推定波形データEDのピーク形状をディスプレイ15に表示する。このとき、ピーク表示部23は、合わせて測定波形データMD(図5で×で示されるデータ)も表示することにより、推定処理の精度を目視で確認することができる。
【0044】
また、面積算出部24が、推定したピーク面積をディスプレイ15に表示する。図8は、面積算出部24がディスプレイ15に表示したピーク面積のヴァイオリン図を示す。図8において、縦軸はピーク面積を示し、横軸は、推定ピーク1または推定ピーク2の確率密度を左右対称に描画している。推定ピーク1のピーク面積が1.000付近を中心に分布し、推定ピーク2のピーク面積が0.400付近を中心に分布していることが分かる。ユーザは、このピーク面積の推定情報を参照することで、推定処理の精度を目視で確認することができる。
【0045】
(6)請求項の各構成要素と実施の形態の各要素との対応
以下、請求項の各構成要素と実施の形態の各要素との対応の例について説明するが、本発明は下記の例に限定されない。上記の実施の形態では、CPU11が演算部の例である。上記の実施の形態では、液体クロマトグラフ、ガスクロマトグラフまたは質量分析装置が分析装置の例である。また、上記の実施の形態において、時間方向が定義域方向の例である。
【0046】
請求項の各構成要素として、請求項に記載されている構成または機能を有する種々の要素を用いることもできる。
【0047】
(7)他の実施の形態
上記実施の形態においては、ピークの推定処理により2本のピークを分離することができた。これは一例であり、本実施の形態のピーク形状推定装置1は、上記と同様の推定処理を実行することで3本以上のピークを分離することが可能である。
【0048】
上記実施の形態においては、誤差項を時系列モデルとして扱い、1次自己回帰過程モデルを利用した。これ以外にも、誤差項を表現する時系列モデルとして、2次以上の自己回帰過程モデル、移動平均過程モデル、自己回帰移動平均過程モデル、自己回帰和分移動平均過程モデル、状態空間モデル、および、これらの任意の組み合わせなどを用いることができる。
【0049】
上記の実施の形態においては、誤差項が時間方向に相関関係のあるモデルとして処理した。本実施の形態のピーク形状推定装置1は、誤差項が時間以外のパラメータに対して相関関係がある場合にも適用可能である。つまり、あるパラメータの定義域に対して、信号強度が得られる場合において、定義域方向に関して誤差項が相関を有する場合に、本発明を適用可能である。
【0050】
上記の実施の形態においては、誤差項が定義域方向に相関関係を有するという前提でピーク形状を推定した。つまり、数1式で示されるピーク波形モデルMLに、数3式で示される誤差項を加算することでピーク形状を推定した。本発明の別の適用例として、同様の方法によりピーク形状を推定することで、異常検知装置として動作させることも可能である。
【0051】
数3式で示した誤差項において、θは自己相関を示す係数である。通常、時系列的な雑音が存在せず、時間独立な雑音だけが発生している場合には、θの項はゼロに近い非常に小さな値となるはずである。ところが、θの値が大きくなる場合には、分析条件などが正しくなく正常な分析が実施出来ていない場合が考えられる。例えば、θの値がしきい値を超えて大きくなった場合に、異常検知として処理することで、本発明の装置、方法を異常検知装置、方法として適用させることが可能である。
【0052】
上記実施の形態においては、推定プログラムP1は、記憶装置16に保存されている場合を例に説明した。他の実施の形態として、推定プログラムP1は、記憶媒体19に保存されて提供されてもよい。ピーク形状推定装置1のCPU11は、デバイスインタフェース18を介して記憶媒体19にアクセスし、記憶媒体19に保存された推定プログラムP1を、記憶装置16またはROM13に保存するようにしてもよい。あるいは、CPU11は、デバイスインタフェース18を介して記憶媒体19にアクセスし、記憶媒体19に保存された推定プログラムP1を実行するようにしてもよい。
【0053】
なお、本発明の具体的な構成は、前述の実施形態に限られるものではなく、発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の変更および修正が可能である。
【0054】
(8)態様
上述した複数の例示的な実施の形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0055】
(第1項)
本発明の一態様に係るピーク形状推定装置は、
演算部を備えたコンピュータにより実現されるピーク形状推定装置であって、
前記演算部は、
分析装置において経時的に取得された測定データから、前記測定データの定義域方向の変化を示す測定波形データを取得する取得部と、
前記測定波形データから雑音データが少なくとも部分的に除かれた推定波形データを取得する推定部と、を備え、
前記推定部は、前記測定波形データに含まれる前記雑音データが前記定義域方向に相関関係を有するデータとして前記推定波形データを取得する。
【0056】
雑音が付加された測定波形データから雑音を除く推定波形データを正しく推定することができる。これにより、雑音を除くピーク形状を正しく推定することができる。
【0057】
(第2項)
第1項に記載のピーク形状推定装置において、
前記推定部は、前記測定波形データに含まれるピーク形状を推定するピーク波形モデルに、前記雑音データとして時系列モデルを付加してもよい。
【0058】
時間方向に相関関係のある雑音を含む測定波形データから、精度よくピーク形状を推定することができる。
【0059】
(第3項)
第2項に記載のピーク形状推定装置において、
前記時系列モデルとして、自己回帰過程モデル、移動平均過程モデル、自己回帰移動平均過程モデル、自己回帰和分移動平均過程モデル、状態空間モデル、および、これらの任意の組み合わせからなるモデル群の中から選択された一のモデルが使用されてもよい。
【0060】
時間方向に相関関係のある雑音を推定可能である。
【0061】
(第4項)
第1項~第3項のいずれか一項に記載のピーク形状推定装置において、
前記演算部は、前記推定波形データを用いてピーク面積を算出する面積算出部をさらに備えてもよい。
【0062】
ユーザは、ピーク面積を参照することにより、目視によって推定精度を確認することができる。
【0063】
(第5項)
第1項~第4項のいずれか一項に記載のピーク形状装置において、
前記推定部はベイズ推定を用いて前記推定波形データを取得してもよい。
【0064】
ベイズ推定により、推定波形データの確率分布を得ることができる。
【0065】
(第6項)
本発明の他の態様に係るピーク形状推定装置は、
演算部を備えたコンピュータにより実現されるピーク形状推定装置であって、
前記演算部は、
分析装置において経時的に取得された測定データから、前記測定データの定義域方向の変化を示す測定波形データを取得する取得部と、
前記測定波形データに含まれる雑音データを推定する推定部と、を備え、
前記推定部は、前記測定波形データに含まれる前記雑音データが前記定義域方向に関して相関関係を有するデータとして処理し、前記雑音データの前記定義域方向の相関係数が所定の閾値を超える場合に異常を検知する。
【0066】
雑音の相関関係を利用して分析条件などの異常を検知することが可能である。
【0067】
(第7項)
本発明の他の態様に係るピーク形状推定方法は、
分析装置において経時的に取得された測定データから、前記測定データの定義域方向の変化を示す測定波形データを取得する取得工程と、
前記測定波形データから雑音データが少なくとも部分的に除かれた推定波形データを取得する推定工程と、を備え、
前記推定工程は、前記測定波形データに含まれる前記雑音データが前記定義域方向に関して相関関係を有するデータとして前記推定波形データを取得する。
【0068】
(第8項)
本発明の他の態様に係るピーク形状推定方法は、
分析装置において経時的に取得された測定データから、前記測定データの定義域方向の変化を示す測定波形データを取得する取得工程と、
前記測定波形データに含まれる雑音データを推定する推定工程と、を備え、
前記推定工程は、前記測定波形データに含まれる前記雑音データが前記定義域方向に関して相関関係を有するデータとして処理し、前記雑音データの前記定義域方向の相関係数が所定の閾値を超える場合に異常を検知する。
図1
図2
図3
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