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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-15
(45)【発行日】2024-10-23
(54)【発明の名称】質量分析装置および検波ユニット
(51)【国際特許分類】
   H01J 49/42 20060101AFI20241016BHJP
   G01N 27/62 20210101ALI20241016BHJP
【FI】
H01J49/42 150
G01N27/62 B
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2023553911
(86)(22)【出願日】2021-10-18
(86)【国際出願番号】 JP2021038449
(87)【国際公開番号】W WO2023067658
(87)【国際公開日】2023-04-27
【審査請求日】2024-03-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100108523
【弁理士】
【氏名又は名称】中川 雅博
(74)【代理人】
【識別番号】100125704
【弁理士】
【氏名又は名称】坂根 剛
(74)【代理人】
【識別番号】100187931
【弁理士】
【氏名又は名称】澤村 英幸
(72)【発明者】
【氏名】水谷 司朗
(72)【発明者】
【氏名】秋山 敏宏
【審査官】佐藤 海
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2012/108050(WO,A1)
【文献】特開平10-69880(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 49/00-49/48
G01N 27/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
印加された交流電圧に対応する質量電荷比を有するイオンを選択する質量フィルタと、
前記質量フィルタに印加される交流電圧を検波する検波ユニットと、
前記検波ユニットにより検波された交流電圧に基づいて前記質量フィルタに交流電圧を印加する電源装置とを備え、
前記検波ユニットは、各々が整流素子を含む複数の整流部を有し、
前記複数の整流部は、互いに電気的に並列に接続された、質量分析装置。
【請求項2】
前記複数の整流部の各々は、第1の整流素子、第2の整流素子、第3の整流素子および第4の整流素子を含むとともに、第1のノード、第2のノード、第3のノードおよび第4のノードを含み、
前記複数の整流部の各々において、
前記第1の整流素子のカソードおよびアノードは、前記第1のノードおよび前記第3のノードにそれぞれ接続され、
前記第2の整流素子のカソードおよびアノードは、前記第2のノードおよび前記第3のノードにそれぞれ接続され、
前記第3の整流素子のカソードおよびアノードは、前記第4のノードおよび前記第1のノードにそれぞれ接続され、
前記第4の整流素子のカソードおよびアノードは、前記第4のノードおよび前記第のノードにそれぞれ接続され、
前記複数の整流部の前記第1のノードは、互いに接続され、かつ前記質量フィルタに印加される交流電圧の入力に用いられ、
前記複数の整流部の前記第2のノードは、互いに接続され、かつ前記質量フィルタに印加される交流電圧の入力に用いられ、
前記複数の整流部の前記第3のノードは、互いに接続され、
前記複数の整流部の前記第4のノードは、互いに接続され、
前記第3のノードおよび前記第4のノードの一方は、接地電位に維持され、
前記第3のノードおよび前記第4のノードの他方は、検波された交流電圧の出力に用いられる、請求項1記載の質量分析装置。
【請求項3】
前記検波ユニットにおける前記整流部の数は、特定の質量電荷比の範囲内で前記整流素子に流れる漏れ電流が直線性を維持するように定められる、請求項1または2記載の質量分析装置。
【請求項4】
前記検波ユニットにおける前記整流部の数は、前記整流素子に流れる漏れ電流が最小になるように定められる、請求項3記載の質量分析装置。
【請求項5】
前記検波ユニットは、前記質量フィルタに印加される交流電圧を検波電流に変換して前記複数の整流部に導く検波コンデンサをさらに含み、
前記電源装置は、片振幅60mA以下の検波電流に対応する交流電圧を前記質量フィルタに印加し、
前記検波ユニットは、電気的に並列に接続された3つの前記整流部を有する、請求項1または2記載の質量分析装置。
【請求項6】
前記電源装置は、2000以下の質量電荷比に対応する交流電圧を前記質量フィルタに印加し、
前記検波ユニットは、電気的に並列に接続された3つの前記整流部を有する、請求項1または2記載の質量分析装置。
【請求項7】
前記検波ユニットは、前記質量フィルタに印加される交流電圧を検波電流に変換して前記複数の整流部に導く検波コンデンサをさらに含み、
前記電源装置は、片振幅45mA以下の検波電流に対応する交流電圧を前記質量フィルタに印加し、
前記検波ユニットは、電気的に並列に接続された2つの前記整流部を有する、請求項1または2記載の質量分析装置。
【請求項8】
前記電源装置は、1500以下の質量電荷比に対応する交流電圧を前記質量フィルタに印加し、
前記検波ユニットは、電気的に並列に接続された2つの前記整流部を有する、請求項1または2記載の質量分析装置。
【請求項9】
特定の質量電荷比を有するイオンを選択する質量フィルタに印加される交流電圧を検波する検波ユニットであって、
各々が整流素子を含む複数の整流部を有し、
前記複数の整流部は、互いに電気的に並列に接続された、検波ユニット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析装置および検波ユニットに関する。
【背景技術】
【0002】
試料に含まれる成分の質量を分析する分析装置として質量分析装置が知られている。例えば、特許文献1に記載された四重極質量分析装置においては、イオン源により試料から生成された各種イオンが四重極フィルタに導入される。四重極フィルタの4本のロッド電極には、四重極電源部により高周波電圧および直流電圧が印加される。特定の質量電荷比を有するイオンのみが選択的に四重極フィルタを通過し、検出器により検出される。四重極フィルタを通過するイオンの質量電荷比は、各ロッド電極に印加される高周波電圧および直流電圧に依存する。
【0003】
四重極電源部においては、各ロッド電極に印加される高周波電圧は、コンデンサを通して検波電流に変換され、検波部のダイオードに流れる。検波電流は、抵抗を流れることにより直流電圧に変換され、変換された電圧と、目標電圧との差がフィードバックされる。目標電圧は、任意の質量電荷比に対応して設定される。したがって、目標電圧を掃引することにより、各ロッド電極に印加される高周波電圧を掃引して、四重極フィルタを通過するイオンの質量電荷比を走査することができる。
【文献】特開2002-33075号公報
【文献】特許5556890号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ダイオードに比較的大きい検波電流が流れる場合、ダイオードにおける漏れ電流により、検波電圧は、本来変換されるべき電圧よりも小さい電圧に変換され、フィードバック回路において、出力される電圧は目標電圧よりも大きく出力される。この場合、質量電荷比が大きい範囲において、出力される電圧と目標電圧との差が増大するため、質量電荷比のずれが発生する。
【0005】
また、直流電圧は、高周波電圧が掃引される際に、高周波電圧との比が一定になるように制御される。ここで、イオンが四重極フィルタを安定的に通過し得る安定領域(Mathieu方程式の解の安定条件に基づく安定領域)は、特許文献2の図7(a)および図7(b)の略三角形状の枠により示される。この安定領域は、質量電荷比が増加するに伴い、質量電荷比の増加方向と同方向に移動しつつその面積が拡大する。
【0006】
質量電荷比に対する直流電圧の変化を示す直線が、質量電荷比に対応して相似的に変化する安定領域の同一部分を横切るように変化されることにより、質量電荷比の範囲の全般にわたって四重極フィルタの質量分解能を均一に維持することが可能である。しかしながら、上記のように、ダイオードに比較的大きい検波電流が流れると、質量電荷比が大きい範囲において、直流電圧の変化を示す直線が安定領域の所望の部分を横切ることにはならず、質量分解能の均一性が低下することとなる。
【0007】
本発明の目的は、整流素子の非直線性に起因する質量のずれを防止することが可能な質量分析装置および検波ユニットを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一態様は、印加された交流電圧に対応する質量電荷比を有するイオンを選択する質量フィルタと、前記質量フィルタに印加される交流電圧を検波する検波ユニットと、前記検波ユニットにより検波された交流電圧に基づいて前記質量フィルタに交流電圧を印加する電源装置とを備え、前記検波ユニットは、各々が整流素子を含む複数の整流部を有し、前記複数の整流部は、互いに電気的に並列に接続された、質量分析装置に関する。
【0009】
本発明の他の態様は、特定の質量電荷比を有するイオンを選択する質量フィルタに印加される交流電圧を検波する検波ユニットであって、各々が整流素子を含む複数の整流部を有し、前記複数の整流部は、互いに電気的に並列に接続された、検波ユニットに関する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、整流素子の非直線性に起因する質量のずれを防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は本発明の一実施の形態に係る質量分析装置の構成を示す図である。
図2図2図1の電源装置の構成を示す図である。
図3図3図2の検波ユニットの構成を示す図である。
図4図4は比較例1に係る検波ユニットの構成を示す図である。
図5図5は比較例1および実施例1~3における検波電流に対する電圧の測定結果を示す図である。
図6図6は比較例1に係る検波ユニットを用いて測定されたマススペクトルを示す図である。
図7図7は実施例1に係る検波ユニットを用いて測定されたマススペクトルを示す図である。
図8図8は実施例2に係る検波ユニットを用いて測定されたマススペクトルを示す図である。
図9図9は実施例3に係る検波ユニットを用いて測定されたマススペクトルを示す図である。
図10】検波電流と漏れ電流との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
(1)質量分析装置の構成
以下、本発明の実施の形態に係る質量分析装置およびそれに含まれる検波ユニットについて図面を参照しながら詳細に説明する。図1は、本発明の一実施の形態に係る質量分析装置の構成を示す図である。図1に示すように、質量分析装置200は、電源装置100、イオン源110、イオン輸送部120、四重極質量フィルタ130、イオン検出器140および処理装置150を含む。
【0013】
イオン源110は、例えば紫外領域の光源を含み、分析対象の試料にパルス光を照射することにより、試料に含まれる各種成分のイオンを生成する。イオン輸送部120は、例えばイオンレンズを含み、イオン源110により生成されたイオンを収束させつつ、点線で示すイオン光軸201に沿って四重極質量フィルタ130に導入する。
【0014】
四重極質量フィルタ130は、4本のロッド電極131~134を含む。ロッド電極131~134は、イオン光軸201を中心とする仮想的な円筒に内接するように互いに平行に配置される。したがって、ロッド電極131とロッド電極133とは、イオン光軸201を挟んで対向する。ロッド電極132とロッド電極134とは、イオン光軸201を挟んで対向する。
【0015】
電源装置100は、直流電圧Uと高周波電圧Vcosωtとの加算電圧(U+Vcosωt)をロッド電極131,133に印加する。また、電源装置100は、直流電圧-Uと高周波電圧-Vcosωtとの加算電圧(-U-Vcosωt)をロッド電極132,134に印加する。これにより、四重極質量フィルタ130に導入されたイオンのうち、直流電圧Uと高周波電圧の振幅Vとにより定まる特定の質量電荷比を有するイオンのみが四重極質量フィルタ130を通過する。電源装置100の構成については後述する。
【0016】
イオン検出器140は、例えば二次電子増倍管を含む。イオン検出器140は、四重極質量フィルタ130を通過したイオンを検出し、検出量を示す検出信号を処理装置150に出力する。
【0017】
処理装置150は、例えばCPU(中央演算処理装置)を含み、パーソナルコンピュータ等の情報処理装置により実現される。処理装置150は、電源装置100、イオン輸送部120、四重極質量フィルタ130およびイオン検出器140の動作を制御する。また、処理装置150は、イオン検出器140により出力された検出信号を処理することにより、イオンの質量電荷比と検出量との関係を示すマススペクトルを生成する。
【0018】
(2)電源装置の構成
図2は、図1の電源装置100の構成を示す図である。図2に示すように、電源装置100は、検波ユニット10、電圧制御部20、高周波電圧発生部30、直流電圧発生部40および加算部50を含む。電圧制御部20、高周波電圧発生部30および直流電圧発生部40は、電気抵抗、コイル、コンデンサ、演算増幅器または論理回路等の回路素子により構成される。加算部50は、変圧器により構成される。
【0019】
電圧制御部20には、図1の処理装置150により制御電圧および補正電圧が与えられるとともに、検波ユニット10から検波電圧がフィードバックされる。制御電圧は、四重極質量フィルタ130に印加されるべき高周波電圧を制御するための電圧である。補正電圧は、質量電荷比の質量分解能を補正するための電圧である。検波ユニット10によりフィードバックされる検波電圧については後述する。
【0020】
電圧制御部20は、制御電圧、補正電圧および検波電圧に比較、変調、増幅および加算等の種々の処理を適宜実行することにより2系統の電圧を生成し、高周波電圧発生部30および直流電圧発生部40にそれぞれ与える。高周波電圧発生部30は、電圧制御部20により与えられた電圧に基づいて、位相が互いに180°異なる高周波電圧±Vcosωtを生成する。直流電圧発生部40は、電圧制御部20により与えられた電圧に基づいて、極性が互いに異なる直流電圧±Uを生成する。
【0021】
加算部50は、変圧器を含み、高周波電圧発生部30により生成された高周波電圧と、直流電圧発生部40により生成された直流電圧とを加算することにより、電圧U+Vcosωtおよび電圧-U-Vcosωtを生成する。また、加算部50は、生成された電圧U+Vcosωtを二次コイルの一方の出力端子から四重極質量フィルタ130のロッド電極131,133に印加する。加算部50は、生成された電圧-U-Vcosωtを二次コイルの他方の出力端子から四重極質量フィルタ130のロッド電極132,134に印加する。
【0022】
検波ユニット10は、加算部50の二次コイルの出力端子間に接続され、加算部50から出力される高周波電圧を検波電圧に変換する。図3は、図2の検波ユニット10の構成を示す図である。図3に示すように、検波ユニット10は、複数の整流部11、検波コンデンサ12,13、検出抵抗14および平滑コンデンサ15を含む。
【0023】
各整流部11は、4つの整流素子D1~D4を含む。各整流素子D1~D4は、例えば高速ダイオードまたはショットキーバリアダイオードである。整流素子D1のカソードおよびアノードは、ノードN1,N3にそれぞれ接続される。整流素子D2のカソードおよびアノードは、ノードN2,N3にそれぞれ接続される。整流素子D3のカソードおよびアノードは、ノードN4,N1にそれぞれ接続される。整流素子D4のカソードおよびアノードは、ノードN4,N2にそれぞれ接続される。
【0024】
複数の整流部11は、並列に接続される。具体的には、複数の整流部11のノードN1は互いに接続され、複数の整流部11のノードN2は互いに接続される。また、複数の整流部11のノードN3は互いに接続され、複数の整流部11のノードN4は互いに接続される。複数の整流部11のノードN3は、接地端子に接続される。検波ユニット10に設けられる整流部11の数は、2以上であれば特に限定されない。整流部11の最適な数については後述する。
【0025】
検波コンデンサ12,13は、例えばセラミックコンデンサである。検波コンデンサ12は、電圧U+Vcosωtを出力する加算部50(図2)の一方の出力端子と、複数の整流部11のノードN1との間に接続される。検波コンデンサ13は、電圧-U-Vcosωtを出力する加算部50の他方の出力端子と、複数の整流部11のノードN2との間に接続される。検出抵抗14と平滑コンデンサ15とは、互いに並列に接続された状態で、複数の整流部11のノードN4に接続される。
【0026】
上記の構成によれば、加算部50の出力端子の高周波電圧が検波コンデンサ12または検波コンデンサ13により検波電流に変換され、複数の整流部11を流れることにより整流される。整流された電流は、検出抵抗14を流れることにより検波電圧に変換され、図2の電圧制御部20にフィードバックされる。
【0027】
(3)比較例および実施例
(a)電圧のずれ
図4は、比較例1に係る検波ユニットの構成を示す図である。図4に示すように、比較例に係る検波ユニット10aは、複数ではなく1つの整流部11を含む点を除き、図3の検波ユニット10と同様の構成を有する。実施例1に係る検波ユニット10は、並列に接続された2つの整流部11を含む。実施例2に係る検波ユニット10は、並列に接続された3つの整流部11を含む。実施例3に係る検波ユニット10は、並列に接続された4つの整流部11を含む。これらの比較例1に係る検波ユニット10aおよび実施例1~3に係る検波ユニット10を用いて、整流部11の最適な数について検討する。
【0028】
図5は、比較例1および実施例1~3における検波電流に対する電圧の測定結果を示す図である。図5の横軸は検波電流(片振幅)を示し、縦軸は目標電圧に対する高周波電圧のずれを示す。また、図5の横軸には、本例における検波電流に対応する質量電荷比が併記される。検波電流に対応する質量電荷比は、ロッド電極131~134が内接する仮想的な円筒の半径または高周波電圧の周波数等により異なる。
【0029】
図5に示すように、比較例1においては、検波電流が30mA以上の範囲(質量電荷比がおよそ1000以上の範囲に対応)で電圧のずれが大きくなった。一方、実施例1~3においては、検波電流が0~60mAの範囲(質量電荷比がおよそ0~2000の範囲に対応)で電圧のずれがほぼ一定であった。図5の結果から、複数の整流部11が並列に接続されることにより、整流素子D1~D4の直線性が改善されることが確認された。
【0030】
また、電圧のずれが小さいほど、目的とする質量電荷比の最小値を小さくすることができる。ここで、実施例における電圧のずれは、検波電流が0~45mAの範囲(質量電荷比がおよそ0~1500の範囲に対応)では実施例2,3における電圧のずれよりも小さくなった。そのため、検波電流が45mA以下である場合には、最適な整流部11の数は2であることが確認された。
【0031】
一方、実施例における電圧のずれは、検波電流が45mAを超えるとわずかに増加する傾向にあった。これに対し、実施例における電圧のずれは、検波電流が0~60mAの範囲では実施例における電圧のずれよりも全体的に小さくなった。そのため、検波電流が60mA以下である場合には、最適な整流部11の数は3であることが確認された。
【0032】
(b)マススペクトル
図6は、比較例1に係る検波ユニット10aを用いて測定されたマススペクトルを示す図である。図7は、実施例1に係る検波ユニット10を用いて測定されたマススペクトルを示す図である。図8は、実施例2に係る検波ユニット10を用いて測定されたマススペクトルを示す図である。図9は、実施例3に係る検波ユニット10を用いて測定されたマススペクトルを示す図である。図6図9の各々においては、複数の特定の質量電荷比近傍のピークが拡大表示されている。複数のピークの拡大率はそれぞれ異なる。
【0033】
比較例1においては、図6に示すように、質量電荷比が1004.60よりも大きい範囲でピークの幅が増大している。また、質量電荷比が1889.40近傍のピークは他のピークから分離されていない。実施例1においては、図7に示すように、質量電荷比が1893.40近傍のピークの幅が増大しているが、各ピークが他のピークから分離されている。実施例2,3においては、図8および図9に示すように、全体的に各ピークの幅が増大することなく、各ピークが他のピークから分離されている。
【0034】
図6図9の結果から、複数の整流部11が並列に接続されることにより、質量電荷比が比較的大きい範囲においても、各ピークを他のピークから分離することが可能であることが確認された。また、実施例2における質量電荷比の理論値に対するずれは、実施例3における質量電荷比の理論値に対するずれよりも小さい。そのため、並列に接続される整流部11の数を3にすることにより、ピークの幅の増大を防止しつつ、質量電荷比のずれを低減することが可能であることが確認された。
【0035】
(c)漏れ電流
整流素子D1~D4には、整流方向とは逆方向に流れる電流(漏れ電流)が発生する。なお、漏れ電流は、逆電圧印加時における直流的な成分、アノードとカソードと間の接合容量による交流的な成分、および逆回復時間に起因する成分を含む。漏れ電流が大きいほど、整流素子D1~D4の非直線性が大きくなると考えられる。その結果、漏れ電流が大きいほど、電圧のずれが大きくなる。また、高周波電圧の温度特性が悪化する。そこで、比較例1および実施例1~3における整流素子D1~D4の漏れ電流を推測する。
【0036】
検出抵抗14に流れる平均電流iは、下記式(1)により与えられる。ここで、fは、高周波電圧の周波数(ω/2π)であり、例えば1.2MHz程度である。Cは、検波コンデンサ12,13の静電容量であり、例えば3pF程度である。Vは、高周波電圧の振幅(片振幅)であり、例えば最大2000V~3000V程度である。なお、厳密には、式(1)の平均電流iの算出において、高周波電圧の振幅Vは、上記の値から整流素子D1~D4の順方向電圧(0.6V程度)を減じた値が用いられる。
【0037】
【数1】
【0038】
整流素子D1~D4に流れる平均の漏れ電流Iは、下記式(2)により与えられる。ここで、vRは、所定の高周波電圧が印加されたときの電圧のずれである。具体的には、検波電流が60mAのとき、比較例1および実施例1~3における電圧のずれvRは、それぞれ6V、2.1V、1.8Vおよび2.0Vであることが図5から推測される。式(2)における0.6(V)は、整流素子D1~D4の順方向電圧である。
【0039】
【数2】
【0040】
高周波電圧の周波数を1.2MHzとし、検波コンデンサ12,13の静電容量を3pFとして、式(2)から各整流素子D1~D4に流れる漏れ電流Iを推測した。その結果、図5における、比較例1および実施例1~3における最大の漏れ電流Iは、それぞれ77.76μA、21.60μA、17.28μAおよび20.16μAとなった。これらの結果から、検波電流が60mA以下(質量電荷比がおよそ2000以下に対応)である場合、並列に接続される整流部11の数を3にすることにより、整流素子における漏れ電流の直線性を維持し、かつ整流素子に流れる漏れ電流を最小にすることが可能であることが確認された。
【0041】
同様の検討から、検波電流に対する漏れ電流を推測することが可能である。図10は、検波電流と漏れ電流との関係を示す図である。図10の横軸は検波電流(片振幅)を示し、縦軸は平均の漏れ電流を示す。また、図10の横軸には、検波電流に対応する質量電荷比が併記される。図10に示すように、検波電流が45mA以下(質量電荷比がおよそ1500以下に対応)である場合、並列に接続される整流部11の数を2にすることにより、整流素子が直線性を示し、かつ整流素子に流れる漏れ電流を最小にすることが可能である。
【0042】
(4)効果
本実施の形態に係る質量分析装置200においては、各整流部11の整流素子D1~D4の直線動作範囲がそれほど広くない場合でも、複数の整流部11が電気的に並列に接続されることにより、検波ユニット10における全体的な直線性が改善される。そのため、広い質量電荷比の範囲にわたって、四重極質量フィルタ130による質量分解能が均一となる。これにより、整流素子D1~D4の非直線性に起因する質量のずれを防止することが可能になる。
【0043】
検波ユニット10における整流部11の数は、特定の質量電荷比の範囲内で整流素子に流れる漏れ電流が直線性を維持するように定められることが好ましい。この場合、整流素子の非直線性に起因する質量のずれを容易に防止することができる。また、検波ユニット10における整流部11の数は、整流素子D1~D4に流れる漏れ電流が最小になるように定められることがより好ましい。この場合、検波ユニット10における全体的な直線性をより適切に改善することができる。
【0044】
本実施の形態では、検波電流が60mA(質量電荷比がおよそ2000に対応)である場合には、3つの整流部11が電気的に並列に接続される。これにより、60mA以下の検波電流に対応する質量電荷比の範囲において、検波ユニット10における全体的な直線性を最適にすることができる。
【0045】
一方、検波電流が45mA(質量電荷比がおよそ1500に対応)である場合には、2つの整流部11が電気的に並列に接続される。これにより、45mA以下検波電流に対応する質量電荷比の範囲において、検波ユニット10における全体的な直線性を最適にすることができる。
【0046】
(5)他の実施の形態
上記実施の形態において、検波ユニット10は電源装置100の内部に設けられるが、実施の形態はこれに限定されない。検波ユニット10は、電源装置100の外部に設けられてもよい。
【0047】
また、上記実施の形態において、各整流部11のノードN3が接地端子に接続され、各整流部11のノードN4が検出抵抗14と平滑コンデンサ15とに接続されるが、実施の形態はこれに限定されない。各整流部11のノードN4が接地端子に接続され、各整流部11のノードN3が検出抵抗14と平滑コンデンサ15とに接続されてもよい。
【0048】
さらに、上記実施の形態において、整流部11は全波整流回路を構成する4つの整流素子D1~D4を含むが、実施の形態はこれに限定されない。整流部11は半波整流回路を構成する1つの整流素子を含んでもよい。
【0049】
(6)態様
上記の複数の例示的な実施の形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0050】
(第1項)一態様に係る質量分析装置は、
印加された交流電圧に対応する質量電荷比を有するイオンを選択する質量フィルタと、
前記質量フィルタに印加される交流電圧を検波する検波ユニットと、
前記検波ユニットにより検波された交流電圧に基づいて前記質量フィルタに交流電圧を印加する電源装置とを備え、
前記検波ユニットは、各々が整流素子を含む複数の整流部を有し、
前記複数の整流部は、互いに電気的に並列に接続されてもよい。
【0051】
この質量分析装置によれば、各整流部の整流素子の直線動作範囲がそれほど広くない場合でも、複数の整流部が電気的に並列に接続されることにより、検波ユニットにおける全体的な直線性が改善される。そのため、広い質量電荷比の範囲にわたって、質量フィルタによる質量分解能が均一となる。これにより、整流素子の非直線性に起因する質量のずれを防止することが可能になる。
【0052】
(第2項)第1項に記載の質量分析装置において、
前記複数の整流部の各々は、第1の整流素子、第2の整流素子、第3の整流素子および第4の整流素子を含むとともに、第1のノード、第2のノード、第3のノードおよび第4のノードを含み、
前記複数の整流部の各々において、
前記第1の整流素子のカソードおよびアノードは、前記第1のノードおよび前記第3のノードにそれぞれ接続され、
前記第2の整流素子のカソードおよびアノードは、前記第2のノードおよび前記第3のノードにそれぞれ接続され、
前記第3の整流素子のカソードおよびアノードは、前記第4のノードおよび前記第1のノードにそれぞれ接続され、
前記第4の整流素子のカソードおよびアノードは、前記第4のノードおよび前記第のノードにそれぞれ接続され、
前記複数の整流部の前記第1のノードは、互いに接続され、かつ前記質量フィルタに印加される交流電圧の入力に用いられ、
前記複数の整流部の前記第2のノードは、互いに接続され、かつ前記質量フィルタに印加される交流電圧の入力に用いられ、
前記複数の整流部の前記第3のノードは、互いに接続され、
前記複数の整流部の前記第4のノードは、互いに接続され、
前記第3のノードおよび前記第4のノードの一方は、接地電位に維持され、
前記第3のノードおよび前記第4のノードの他方は、検波された交流電圧の出力に用いられてもよい。
【0053】
この場合、簡単な構成で、検波ユニットにおける全体的な直線性を改善することができる。
【0054】
(第3項)第1項または第2項に記載の質量分析装置において、
前記検波ユニットにおける前記整流部の数は、特定の質量電荷比の範囲内で前記整流素子に流れる漏れ電流が直線性を維持するように定められてもよい。
【0055】
この場合、整流素子の非直線性に起因する質量のずれを容易に防止することができる。
【0056】
(第4項)第3項に記載の質量分析装置において、
前記検波ユニットにおける前記整流部の数は、前記整流素子に流れる漏れ電流が最小になるように定められてもよい。
【0057】
この場合、検波ユニットにおける全体的な直線性をより適切に改善することができる。
【0058】
(第5項)第1項~第4項のいずれか一項に記載の質量分析装置において、
前記検波ユニットは、前記質量フィルタに印加される交流電圧を検波電流に変換して前記複数の整流部に導く検波コンデンサをさらに含み、
前記電源装置は、片振幅60mA以下の検波電流に対応する交流電圧を前記質量フィルタに印加し、
前記検波ユニットは、電気的に並列に接続された3つの前記整流部を有してもよい。
【0059】
この場合、片振幅60mA以下の検波電流に対応する質量電荷比の範囲において、検波ユニットにおける全体的な直線性を最適にすることができる。
【0060】
(第6項)第1項~第4項のいずれか一項に記載の質量分析装置において、
前記電源装置は、2000以下の質量電荷比に対応する交流電圧を前記質量フィルタに印加し、
前記検波ユニットは、電気的に並列に接続された3つの前記整流部を有してもよい。
【0061】
この場合、2000以下の質量電荷比の範囲において、検波ユニットにおける全体的な直線性を最適にすることができる。
【0062】
(第7項)第1項~第4項のいずれか一項に記載の質量分析装置において、
前記検波ユニットは、前記質量フィルタに印加される交流電圧を検波電流に変換して前記複数の整流部に導く検波コンデンサをさらに含み、
前記電源装置は、片振幅45mA以下の検波電流に対応する交流電圧を前記質量フィルタに印加し、
前記検波ユニットは、電気的に並列に接続された2つの前記整流部を有してもよい。
【0063】
この場合、片振幅45mA以下の検波電流に対応する質量電荷比の範囲において、検波ユニットにおける全体的な直線性を最適にすることができる。
【0064】
(第8項)第1項~第4項のいずれか一項に記載の質量分析装置において、
前記電源装置は、1500以下の質量電荷比に対応する交流電圧を前記質量フィルタに印加し、
前記検波ユニットは、電気的に並列に接続された2つの前記整流部を有してもよい。
【0065】
この場合、1500以下の質量電荷比の範囲において、検波ユニットにおける全体的な直線性を最適にすることができる。
【0066】
(第9項)他の態様に係る検波ユニットは、
特定の質量電荷比を有するイオンを選択する質量フィルタに印加される交流電圧を検波する検波ユニットであって、
各々が整流素子を含む複数の整流部を有し、
前記複数の整流部は、互いに電気的に並列に接続されてもよい。
【0067】
この検波ユニットによれば、各整流部の整流素子の直線動作範囲がそれほど広くない場合でも、検波ユニットにおける全体的な直線性が改善される。そのため、広い質量電荷比の範囲にわたって、質量フィルタによる質量分解能が均一となる。これにより、整流素子の非直線性に起因する質量のずれを防止することが可能になる。
図1
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