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特許7571924固体電解コンデンサ、平滑回路及びフィルタ回路
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-15
(45)【発行日】2024-10-23
(54)【発明の名称】固体電解コンデンサ、平滑回路及びフィルタ回路
(51)【国際特許分類】
   H01G 9/00 20060101AFI20241016BHJP
   H01G 9/028 20060101ALI20241016BHJP
   H01G 9/035 20060101ALI20241016BHJP
   H01G 9/145 20060101ALI20241016BHJP
   H01G 9/15 20060101ALI20241016BHJP
【FI】
H01G9/00 290H
H01G9/00 290Z
H01G9/028 G
H01G9/035
H01G9/145
H01G9/15
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2024542322
(86)(22)【出願日】2024-03-06
(86)【国際出願番号】 JP2024008571
【審査請求日】2024-07-25
(31)【優先権主張番号】P 2023033795
(32)【優先日】2023-03-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000228578
【氏名又は名称】日本ケミコン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100081961
【弁理士】
【氏名又は名称】木内 光春
(74)【代理人】
【識別番号】100112564
【弁理士】
【氏名又は名称】大熊 考一
(74)【代理人】
【識別番号】100163500
【弁理士】
【氏名又は名称】片桐 貞典
(74)【代理人】
【識別番号】230115598
【弁護士】
【氏名又は名称】木内 加奈子
(72)【発明者】
【氏名】中村 一平
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 健太
【審査官】上谷 奈那
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01G 9/00
H01G 9/028
H01G 9/035
H01G 9/145
H01G 9/15
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
陽極体及び陰極体と、
導電性高分子を含む固体電解質層と、
電解液と、
を備え、
前記固体電解質層、前記電解液又は両方は、HOMOエネルギー準位が-9.35eV以上で、1つ以上のヒドロキシ基を有する芳香族化合物を含み、
前記芳香族化合物は、前記陽極体の箔容量1mF当たり、3.2μmol以上含まれること、
を特徴とする固体電解コンデンサ。
【請求項2】
前記芳香族化合物は、HOMOエネルギー準位が-8.88eV以上であること、
を特徴とする請求項1記載の固体電解コンデンサ。
【請求項3】
前記芳香族化合物は、LUMOエネルギー準位が-1.88eV以下であること、
を特徴とする請求項1又は2記載の固体電解コンデンサ。
【請求項4】
前記芳香族化合物は、1位と4位にヒドロキシ基を有すること、
を特徴とする請求項1又は2記載の固体電解コンデンサ。
【請求項5】
前記芳香族化合物は、更に一つ以上の置換基を有すること、
を特徴とする請求項4記載の固体電解コンデンサ。
【請求項6】
前記置換基は、電子供与性置換基又はアセチル基であること、
を特徴とする請求項5記載の固体電解コンデンサ。
【請求項7】
前記電子供与性置換基は、アルキル基、アルキレン基、ビニル基、フェニル基、アミノ基、ヒドロキシ基又はアルコキシ基であること、
を特徴とする請求項6記載の固体電解コンデンサ。
【請求項8】
前記電子供与性置換基は、1,4-ヒドロキシベンゼンの2位のみに配されていること、
を特徴とする請求項6記載の固体電解コンデンサ。
【請求項9】
前記電解液は、溶媒としてポリオール化合物を含むこと、
を特徴とする請求項1又は2記載の固体電解コンデンサ。
【請求項10】
前記電解液は、前記ポリオール化合物としてグリセリンを含むこと、
を特徴とする請求項9記載の固体電解コンデンサ。
【請求項11】
前記導電性高分子は、ポリスチレンスルホン酸がドープされたポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン)であり、コンデンサ素子の体積当たり、9.0μg/mm以上含まれること、
を特徴とする請求項1記載の固体電解コンデンサ。
【請求項12】
請求項1又は2記載の固体電解コンデンサを備えること、
を特徴とする平滑回路。
【請求項13】
請求項1又は2記載の固体電解コンデンサを備えること、
を特徴とするフィルタ回路。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体電解質と電解液とを併用したハイブリッドタイプの固体電解コンデンサ及び製造方法、並びにこの固体電解コンデンサを備える平滑回路及びフィルタ回路に関する。
【背景技術】
【0002】
コンデンサは各種用途で用いられており、特にフィルタ回路で多用されている。フィルタ回路としては、例えば、ローパスフィルタ、ハイパスフィルタ、バンドパスフィルタ及び平滑回路とも呼ばれるリプルフィルタが挙げられる。平滑回路は、電力変換器に平滑回路が設けられ、この平滑回路には平滑コンデンサが組み込まれている。電力変換器は、交流電源の電力をコンバータ回路で直流電力に変換し、この直流電力をインバータ回路にて所望の交流電力に変換する。平滑回路は、コンバータ回路とインバータ回路との間に介在し、コンバータ回路から出力される直流の脈動を抑制して平滑化してからインバータ回路に入力する。
【0003】
コンデンサとして電解コンデンサが普及している。電解コンデンサは、タンタル或いはアルミニウム等の弁作用金属を利用し、弁作用金属からなる粉末を焼結した焼結体で構成した陽極電極、あるいは弁作用金属からなる延伸された箔体をエッチングして表面積を拡面化した陽極電極を備えることにより、小型で大きな容量を得ている。特に、誘電体酸化皮膜を固体電解質で覆った固体電解コンデンサは、小型、大容量、低等価直列抵抗であることに加えて、チップ化しやすく、表面実装に適している等の特質を備えており、電子機器の小型化、高機能化、低コスト化に欠かせない。
【0004】
固体電解質としては、二酸化マンガンや7,7,8,8-テトラシアノキノジメタン(TCNQ)錯体が知られている。近年は、誘電体酸化皮膜との密着性に優れたポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン)(PEDOT)等の、π共役二重結合を有するモノマーから誘導された導電性高分子が固体電解質として急速に普及している。
【0005】
導電性高分子としては、外部ドーパントを用いられることで、導電性を発現する導電性高分子が挙げられる。外部ドーパントは、低分子アニオンや有機スルホン酸等のポリアニオン等であり、化学酸化重合又は電解酸化重合の際に用いられ、高い導電性を発現させる。また、導電性高分子としては、自己ドープ型導電性高分子が挙げられる。自己ドープ型導電性高分子は、モノマー分子内にドーパントとして作用する分子を有し、導電性の発現と溶媒への溶解性が付与されている。
【0006】
但し、固体電解コンデンサは、コンデンサ素子に電解液を含浸させ、固体電解質層を有さない液体型の電解コンデンサと比べて、誘電体酸化皮膜の欠陥部の修復作用に乏しい。そこで、陽極箔と陰極箔とを対向させたコンデンサ素子に固体電解質層を形成すると共に、コンデンサ素子の空隙に電解液を含浸させた所謂ハイブリッドタイプの固体電解コンデンサが注目されている(例えば特許文献1参照)。
【0007】
ここで、固体電解質層と電解液とを併用した固体電解コンデンサは、ドーパントの脱ドープ反応により導電性が悪化し、固体電解コンデンサのESRが増大してしまう。また、例えば105℃の雰囲気下等の高温環境下では、固体電解質層が酸化劣化してしまい、固体電解コンデンサのESRが増大してしまう。
【0008】
脱ドープ反応に伴うESR増大に対し、特許文献1には、電解液中の溶質成分である酸成分と塩基成分のモル比を酸過剰にすることで、脱ドープ反応を抑制できるという報告がある。この報告では、酸成分であるドーパントと電解液中の酸成分とが平衡状態を保つため、脱ドープ反応が抑制されると推定している。
【0009】
固体電解質層の酸化が高温環境下で促進される問題に対し、特許文献1では、フェノール、メチルフェノール、エチルフェノール、ピロガロール、ヒドロキノン、ピロカテコール、トコフェノール、ブチルヒドロキシアニソール、ジブチルヒドロキシトルエン、安息香酸、サリチル酸、レゾルシン酸及びベンゾトリアゾール等の芳香族化合物、アミン化合物、シラン化合物、キノン化合物、並びにカルボン酸化合物等の酸化防止剤を、電解液に含有させている。特許文献1では、酸成分と酸化防止剤とが水素結合を形成する結果、芳香族化合物の電子共鳴構造が安定化するため、酸化防止剤が活性化し、劣化抑制能が増大するとの推定が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特許第4536625号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
高温環境下では、特許文献1の酸化防止剤を電解液に含有させることで、固体電解質と電解液とを併用した固体電解コンデンサのESR増大を抑制することはできても、低温環境下では固体電解質と電解液とを併用した固体電解コンデンサの静電容量の悪化を抑制できない場合もあることが確認された。
【0012】
図1は、固体電解質層と電解液とを併用した固体電解コンデンサの各温度雰囲気下における充放電サイクルごとの静電容量変化(ΔCap)を示すグラフである。図1において、丸印のプロットが150℃の雰囲気下におけるグラフであり、三角印のプロットが0℃の雰囲気下におけるグラフであり、四角印のプロットが-40℃の雰囲気下におけるグラフである。
【0013】
充放電は、25Vの電圧を印加して27Aのピーク電流を流し、充電と放電を10秒ごとに繰り返して1サイクルとした。図1に示すように、150℃の温度環境下では、固体電解質層と電解液とを併用した固体電解コンデンサのΔCapの悪化も抑制されている。しかしながら、図1に示すように、0℃以下の温度環境下になると、固体電解質層と電解液とを併用した固体電解コンデンサのΔCapは著しく悪化している。
【0014】
本発明は、上記課題を解決するために提案されたものであり、その目的は、固体電解質層と電解液とを備える固体電解コンデンサの低温環境下での静電容量の悪化を抑制することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、鋭意研究の結果、高温環境下で導電性高分子に対して生じる脱ドープ及び酸化劣化といった熱エネルギーにより促進される化学反応に基づく劣化とは異なり、低温環境下では導電性高分子に電気化学的な反応による過酸化劣化が進行しているとの知見を得た。即ち、充電時の電流過渡応答により、蓄電途中は固体電解質層と電解液に電圧が分圧して印加される。そして、低温環境下では、この印加分圧により導電性高分子の過酸化が発生し、導電性高分子が過酸化劣化して固体電解コンデンサの静電容量が悪化しているとの知見を得た。
【0016】
もっとも、本発明者らによって、低温環境下における充放電により導電性高分子が過酸化劣化する現象は、導電性高分子を含有する固体電解質層と電解液とが併用される所謂ハイブリッド型の固体電解コンデンサに顕著に生じることが確認されている。
【0017】
下表1は、固体電解質層のみを有する参考例1の固体電解コンデンサと、固体電解質層と電解液とを有する参考例2の固体電解コンデンサを-40℃の温度環境下に置き、更に直流25Vの負荷をかけ、3100サイクルの充放電を繰り返した。1サイクルは10秒の充電と10秒の放電から成る。そして、充放電試験前と3100サイクルの充放電後の静電容量の変化を測定した。
【0018】
この測定結果を下表1に示す。
(表1)
【0019】
表1に示すように、固体電解質層のみを有する参考例1の固体電解コンデンサは、導電性高分子が存在するにもかかわらず、低温環境下における静電容量は悪化していない。一方、固体電解質層と電解液とを有する参考例2の固体電解コンデンサは、導電性高分子の過酸化劣化が生じて静電容量が大きく悪化している。
【0020】
この知見に基づき、本発明者らは更に鋭意研究を進めたところ、導電性高分子よりも高いHOMOエネルギー準位を有する芳香族化合物を添加することで、導電性高分子の過酸化劣化を良好に抑制できることが確認された。そうすると、導電性高分子と芳香族化合物のHOMOエネルギー準位の差が大きく、且つHOMOエネルギー準位が高い芳香族化合物は電極電位との差が小さくなる。そのため、芳香族化合物が電子を電極に与え易くなり、導電性高分子の代わりに酸化し易くなる。
【0021】
特に、HOMOエネルギー準位が-9.35eV以上であると、導電性高分子と芳香族化合物のHOMOエネルギー準位の差が大きく、且つHOMOエネルギー準位が高い芳香族化合物は電極電位との差が小さくなり、静電容量の改善率が向上する。本発明者らは、この知見に基づき、本発明を完成させるに到った。
【0022】
即ち、上記課題を解決すべく、本実施形態の固体電解コンデンサは、陽極体及び陰極体と、導電性高分子を含む固体電解質層と、電解液と、を備え、前記固体電解質層、前記電解液又は両方は、HOMOエネルギー準位が-9.35eV以上で、1つ以上のヒドロキシ基を有する芳香族化合物を含む。
【0023】
前記芳香族化合物は、前記陽極体の箔容量1mF当たり、3.2μmol以上含まれるようにしてもよい。
【0024】
前記芳香族化合物は、HOMOエネルギー準位が-8.88eV以上であるようにしてもよい。
【0025】
前記芳香族化合物は、LUMOエネルギー準位が-1.88eV以下であるようにしてもよい。LUMOエネルギー準位が-1.88eV以下であると、陽極側で導電性高分子よりも犠牲的に酸化し易くなるだけでなく、酸化後に陰極側で還元され易くなる。HOMOエネルギー準位が-9.35eV以上で、1つ以上のヒドロキシ基を有する芳香族化合物が陰極側で再生され易くなる。このため、この芳香族化合物が枯渇し難くなり、長時間、固体電解コンデンサの静電容量の悪化が阻止される。
【0026】
特に、前記芳香族化合物を、HOMOエネルギー準位が-8.88eV以上とし、且つLUMOエネルギー準位が-1.88eV以下であるようにすると、固体電解コンデンサの静電容量の改善率が顕著に向上する。
【0027】
前記芳香族化合物は、1位と4位にヒドロキシ基を有するようにしてもよい。
【0028】
前記芳香族化合物は、更に一つ以上の置換基を有するようにしてもよい。
【0029】
前記置換基は、電子供与性置換基又はアセチル基であるようにしてもよい。
【0030】
前記電子供与性置換基は、アルキル基、アルキレン基、ビニル基、フェニル基、アミノ基、ヒドロキシ基又はアルコキシ基であるようにしてもよい。
【0031】
前記電子供与性置換基は、1,4-ヒドロキシベンゼンの2位のみに配されているようにしてもよい。
【0032】
前記電解液は、溶媒としてポリオール化合物を含むようにしてもよい。
【0033】
前記電解液は、前記ポリオール化合物としてグリセリンを含むようにしてもよい。
【0034】
前記導電性高分子は、ポリスチレンスルホン酸がドープされたポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン)であり、コンデンサ素子の体積当たり、9.0μg/mm以上含まれるようにしてもよい。
【0035】
また、上記課題を解決すべく、本実施形態の固体電解コンデンサの備える平滑回路、本実施形態の固体電解コンデンサを備えるフィルタ回路についても、本発明の一態様である。
【0036】
また、上記課題を解決すべく、本実施形態の固体電解コンデンサの製造方法は、陽極体と陰極体との間に導電性高分子を含む固体電解質層を形成する工程と、前記固体電解質層を形成した後、電解液を含浸する工程と、を含み、前記固体電解質層、前記電解液又は両方には、HOMOエネルギー準位が-9.35eV以上で、1つ以上のヒドロキシ基を有する芳香族化合物を含める。
【発明の効果】
【0037】
本発明によれば、固体電解質層と電解液とを備える固体電解コンデンサの低温環境下での静電容量の悪化を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
図1】固体電解質層と電解液とを併用した固体電解コンデンサの各温度雰囲気下における充放電サイクルごとの静電容量変化(ΔCap)を示すグラフである。
図2】固体電解コンデンサを備える平滑回路の一例である。
図3】固体電解コンデンサを備えるフィルタ回路の一例である。
図4】横軸を電位及び縦軸を電流密度とし、実施例1及び比較例1の電解液中で測定した導電性高分子膜のサイクリックボルタモグラムである。
図5】HOMOエネルギー準位と静電容量の改善率の関係を示すグラフである。
図6】HOMOエネルギー準位とLUMOエネルギー準位と静電容量の改善率の関係を示すグラフである
図7】溶媒中のグリセリン比率と静電容量改善率の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0039】
以下、本発明の実施形態に係る固体電解コンデンサについて説明する。なお、本発明は、以下に説明する実施形態に限定されるものでない。
【0040】
(全体構成)
固体電解コンデンサは、誘電体酸化皮膜の誘電分極作用により静電容量により電荷の蓄電及び放電を行う受動素子であり、固体電解質層と電解液とが併用された所謂ハイブリッドタイプに分類される。以下、ハイブリッドタイプの固体電解コンデンサを単に固体電解コンデンサと呼ぶ。
【0041】
固体電解コンデンサは、コンデンサ素子をケースに収容して、封口体でケース開口を封止して成る。コンデンサ素子は、陽極箔、陰極箔、セパレータ及び電解質層を備える。陽極箔の表面には誘電体酸化皮膜が形成されている。陽極箔と陰極箔はセパレータを介して対向し、巻回又は積層される。電解質層は、固体電解質層と電解液とを有する。
【0042】
固体電解質層は、ポリスチレンスルホン酸がドープされたポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン)等の導電性高分子が含有している。この固体電解質層は、陽極箔と陰極箔との間に介在し、誘電体酸化皮膜と密着する。電解液は、コンデンサ素子の空隙部に充填される。電解質層は、真の陰極として機能している。電解質層、即ち電解液、固体電解質層又は両方には、導電性高分子の代わりに酸化することで、導電性高分子の過酸化劣化を抑制する特定の芳香族化合物(以下、特定芳香族化合物という)が添加されている。
【0043】
この固体電解コンデンサの製造方法の一例は、概略以下の通りである。まず第1の工程として、表面に誘電体酸化皮膜が形成された陽極箔と陰極箔とをセパレータを介して巻回して、コンデンサ素子を形成し、このコンデンサ素子に修復化成を施す。
【0044】
続いて、第2の工程として、コンデンサ素子に固体電解質層を形成する。第2の工程では、例えば導電性高分子の粒子又は粉末を分散又は溶解させた導電性高分子液を、コンデンサ素子に含浸し、乾燥により溶媒を揮発させる。その後、第3の工程として、このコンデンサ素子に電解液を含浸する。特定芳香族化合物は、導電性高分子液、電解液又は両方に添加しておく。
【0045】
そして、第4の工程として、コンデンサ素子を挿入したケースの開口端部を封口体によって封止した後、エージングを行い、固体電解コンデンサを形成する。
【0046】
(特定芳香族化合物)
固体電解質層、電解液又は両方には、導電性高分子の代わりに酸化する芳香族化合物(以下、特定芳香族化合物という)が添加されている。固体電解質層に特定芳香族化合物を添加する場合には、導電性高分子液に特定芳香族化合物を添加し、コンデンサ素子に含浸させればよい。また、陽極体と陰極体との間に特定芳香族化合物を含む導電性高分子液を付着させてもよい。この特定芳香族化合物は、HOMOエネルギー準位が-9.35eV以上で、1つ以上のヒドロキシ基を有する芳香族化合物である。
【0047】
HOMOエネルギー準位は、Highest Occupied Molecular Orbitalエネルギー準位であり、最高被占軌道エネルギー準位とも呼ばれ、電子に占められているエネルギーの最も高い分子軌道である。ここで、酸化反応とは、分子から電子が失われる現象である。電子が失われるとき、エネルギーが高いHOMO、即ち最も不安定な被占軌道の電子から失われる。つまり、HOMOエネルギー準位が高いほど、電子が抜けやすくなり、酸化反応が起きやすくなる。また、HOMOエネルギー準位が高いほど、電極電位との差が小さくなり、電極に電子を与え易くなる。従って、相対的に見て、HOMOエネルギー準位が高いものほど、酸化し易くなる。
【0048】
この点、例えば、ポリスチレンスルホン酸がドープされたポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン)は、HOMOエネルギー準位が、計算値で約-9.6eVである。HOMOエネルギー準位が-9.35eV以上という特定芳香族化合物は、導電性高分子とのHOMOエネルギー準位の差が大きく、且つ電極電位との差が小さくなっている。そのため、特定芳香族化合物が電子を電極に与え易くなり、導電性高分子の代わりに酸化し易くなる。1つ以上のヒドロキシ基を有する芳香族化合物は、ヒドロキシ基の水素原子が脱離してカルボニル基になる酸化反応が生じる。
【0049】
このため、本来-20℃~-40℃の低温環境下では、固体電解質層の導電性高分子は過酸化劣化してしまうが、特定芳香族化合物が導電性高分子の過酸化に先んじて酸化し、即ち犠牲的に酸化し、導電性高分子の過酸化が抑制され、固体電解コンデンサの静電容量の悪化が抑制される。特に、HOMOエネルギー準位が-8.88eV以上で、1つ以上のヒドロキシ基を有する芳香族化合物は、静電容量の悪化抑制効果が良好であって好ましい。また、例えば特定芳香族化合物のHOMOエネルギー準位は-8.39eV以下である。
【0050】
尚、ポリスチレンスルホン酸がドープされたポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン)は、HOMOエネルギー準位は、ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン)の分子鎖の両末端から5分子を未ドープ状態、中央の6分子をドープ状態としたポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン)の16量体を分子モデルとし、半経験的分子軌道法(MO-G)を計算プログラムとして用い、PM6法を計算手法として用いて計算した。
【0051】
HOMOエネルギー準位が-9.35eV以上で、1つ以上のヒドロキシ基を有する芳香族化合物としては、ヒドロキシベンゼン系の芳香族化合物、ジヒドロキシベンゼンに置換基が付いた芳香族化合物、及びカルボン酸の群から選択すればよい。
【0052】
このうち、HOMOエネルギー準位が-9.35eV以上で、1つ以上のヒドロキシ基を有する芳香族化合物としては、1位と4位にヒドロキシ基を有する芳香族化合物が好ましく、HOMOエネルギー準位が高くなり、導電性高分子の過酸化抑制効果が高くなる傾向がある。更に好ましくは、1位と4位にヒドロキシ基を有し、更に一つ以上の電子供与性置換基又はアセチル基を有する芳香族化合物であり、HOMOエネルギー準位が更に高くなり、導電性高分子の過酸化抑制効果が更に高くなる傾向がある。例えば1位と3位にヒドロキシ基を有する芳香族化合物は、熱エネルギーが促進させる脱ドープや酸化劣化を抑制することができても、1位と4位にヒドロキシ基を有する芳香族化合物と比べれば、相対的には導電性高分子の過酸化抑制効果が低くなる。
【0053】
このような特定芳香族化合物としては、例えばヒドロキシベンゼン系から、下記化学構造式(1)の1,4-ジヒドロキシベンゼンが挙げられる。
【化1】
【0054】
また例えばヒドロキシベンゼン系から、下記化学構造式(2)のセサモールが挙げられる。
【化2】
【0055】
また例えばヒドロキシベンゼン系から、下記化学構造式(3)の1,2-ジヒドロキシベンゼンが挙げられる。
【化3】
【0056】
また例えばヒドロキシベンゼン系から、下記化学構造式(4)の1,2,3-トリヒドロキシベンゼンが挙げられる。
【化4】
【0057】
また、特定芳香族化合物としては、1位と4位にヒドロキシ基を有し、且つ一つ以上の電子供与性置換基を有する芳香族化合物から、下記化学構造式(5)の芳香族化合物が挙げられる。
【化5】
ここで、化学構造式(5)中、電子供与性置換基Rは、アルキレン基、ビニル基、フェニル基、アミノ基、ヒドロキシ基、アルコキシ基、アセチル基などのアシル基、アルキニル基又は炭素数1以上のアルキル基である。また、2位の位置に加えて3位や5位等の他の位置にも電子供与性置換基Rを有していてもよい。
【0058】
1位と4位にヒドロキシ基を有し、且つ一つ以上の電子供与性置換基を有する芳香族化合物としては、下記化学構造式(6)のメトキシヒドロキノンが挙げられる。
【化6】
【0059】
1位と4位にヒドロキシ基を有し、且つ一つ以上の電子供与性置換基を有する芳香族化合物としては、下記化学構造式(7)のtert-ブチルヒドロキノンが挙げられる。
【化7】
【0060】
1位と4位にヒドロキシ基を有し、且つ一つ以上の電子供与性置換基を有する芳香族化合物としては、下記化学構造式(8)のメチルヒドロキノンが挙げられる。
【化8】
【0061】
1位と4位にヒドロキシ基を有し、且つ一つ以上の電子供与性置換基を有する芳香族化合物としては、下記化学構造式(9)のフェニルヒドロキノンが挙げられる。
【化9】
【0062】
1位と4位にヒドロキシ基を有し、且つ一つ以上の電子供与性置換基を有する芳香族化合物としては、下記化学構造式(10)の1,2,4-トリヒドロキシベンゼンが挙げられる。
【化10】
【0063】
また、特定芳香族化合物としては、1位と4位にヒドロキシ基を有し、且つアセチル基を有する芳香族化合物から、下記化学構造式(11)のアセチルヒドロキノンが挙げられる。
【化11】
【0064】
また、特定芳香族化合物としては、例えばカルボン酸系から、下記化学構造式(12)のバニリン酸が挙げられる。
【化12】
【0065】
また、特定芳香族化合物としては、例えばカルボン酸系から、下記化学構造式(13)の没食子酸が挙げられる。
【化13】
【0066】
また、特定芳香族化合物としては、例えばカルボン酸系から、下記化学構造式(14)の3,5-ジヒドロキシ安息香酸が挙げられる。
【化14】
【0067】
更に好ましくは、特定芳香族化合物のうち、LUMOエネルギー準位が-1.88eV以下である芳香族化合物である。LUMOエネルギー準位は、Lowest Unoccupied Molecular Orbitalエネルギー準位であり、最低空軌道エネルギー準位とも呼ばれ、電子が入っていない軌道で最もエネルギーが低い分子軌道である。還元反応とは、分子に電子を与える現象である。電子はLUMOに加わる。LUMOエネルギー準位が低いほど、電極電位との差が小さくなり、電極から電子が付与され易くなる。従って、相対的に見て、LUMOエネルギー準位が低いほど、還元し易くなる。
【0068】
HOMOエネルギー準位が-9.35eV以上の特定芳香族化合物は、電極から電子を与えられ、ヒドロキシ基の水素原子が脱離してカルボニル基に変化した状態にある。このヒドロキシ基の水素原子が脱離してカルボニル基に変化した特定芳香族化合物は、LUMOエネルギー準位が低いと、電極から容易に電子を受け取り、脱離した電解液中の水素原子を得る。即ち、カルボニル基がヒドロキシ基に戻り、特定芳香族化合物が再生される。
【0069】
この再生された特定芳香族化合物は、再び、導電性高分子の過酸化に先んじた犠牲的な酸化の機能を有し、導電性高分子の過酸化抑制に寄与する。特に、LUMOエネルギー準位が-1.88eV以下である特定芳香族化合物は、再生により枯渇し難く、固体電解コンデンサ内で、導電性高分子の過酸化に先んじた犠牲的な酸化が持続するとの知見が得られた。そのため、LUMOエネルギー準位が-1.88eV以下である特定芳香族化合物が好ましく、この特定芳香族化合物により、固体電解コンデンサの静電容量の悪化抑制効果が長期化する。また、例えば特定芳香族化合物のLUMOエネルギー準位は-2.31eV以上である。
【0070】
LUMOエネルギー準位が-1.88eV以下である特定芳香族化合物は、例えば、1,4-ジヒドロキシベンゼン、1,2-ジヒドロキシベンゼン、1,2,3-トリヒドロキシベンゼン、tert-ブチルヒドロキノン、メチルヒドロキノン、フェニルヒドロキノン、1,2,4-トリヒドロキシベンゼン、アセチルヒドロキノン、及び没食子酸が挙げられる。
【0071】
特に、前記芳香族化合物を、HOMOエネルギー準位が-8.88eV以上とし、且つLUMOエネルギー準位が-1.88eV以下であるようにすると、固体電解コンデンサの静電容量の改善率が顕著に向上する。
【0072】
特定芳香族化合物は、1種又は2種以上混合して添加してもよいが、特定芳香族化合物の添加量は、陽極箔の箔容量1mF当たり、3.2μmol以上が好ましい。特定芳香族化合物の添加量がこの範囲であると、固体電解コンデンサの静電容量の悪化が特に抑制される。特に、特定芳香族化合物の添加量が陽極箔の箔容量1mF当たり、6.7μmol以上であると、固体電解コンデンサの静電容量の悪化の抑制が顕著になる。
【0073】
陽極箔の箔容量は、陽極箔から規定面積の試験片を切り出し、白金板を対向電極としてガラス製の測定槽内の静電容量測定液に浸漬し、静電容量計を用いて計測する。例えば、規定面積は1cmとし、静電容量測定液は30℃のアジピン酸アンモニウム水溶液とし、静電容量計はポテンショスタットと周波数応答アナライザ、電気化学インピーダンスアナライザー又はLCRメータ等とし、測定条件としてDCバイアス電圧は1.5Vとし、交流振幅を1Vとする。
【0074】
特定芳香族化合物の添加量に関し、陽極箔の箔容量を基準とすることで好ましい数値範囲が得られるのは、推定であり、このメカニズムに限定されるわけではないが、陽極箔の箔容量の増加に伴い、導電性高分子の量は増加傾向にあり、陽極箔上の導電性高分子量は、陽極箔の箔容量と正の相関性があるためだと考えられる。
【0075】
(固体電解質層)
固体電解質層に含まれる導電性高分子は、分子内のドーパント分子によりドーピングされた自己ドープ型又は外部ドーパント分子によりドーピングされた外部ドープ型の共役系高分子である。共役系高分子は、π共役二重結合を有するモノマー又はその誘導体を化学酸化重合または電解酸化重合することによって得られる。ドーパントは、共役系高分子に電子を受け入れやすいアクセプター、もしくは電子を与えやすいドナーである。アクセプターの場合には共役系高分子からπ電子が引き抜かれて負の荷電担体(正孔、ホール)が、ドナーの場合は電子が供給されて負の荷電担体ができ、導電性高分子は導電性を発現する。
【0076】
この導電性高分子は、本来-20℃~-40℃の低温環境下では過酸化劣化してしまうが、特定芳香族化合物が導電性高分子の過酸化に先んじて酸化するために、過酸化が抑制されている。そのため、固体電解コンデンサの静電容量の悪化が抑制される。特定芳香族化合物を添加した場合、導電性高分子の含有量は、陽極箔、陰極箔及び電解質層により成るコンデンサ素子の体積当たり、9.0μg/mm以上であることが好ましい。導電性高分子の含有量がこの範囲であると、過酸化劣化を抑制される導電性高分子の割合が多くなり、固体電解コンデンサの静電容量の悪化はより抑制される。
【0077】
尚、共役系高分子としては、公知のものを特に限定なく使用することができる。例えば、ポリピロール、ポリチオフェン、ポリフラン、ポリアニリン、ポリアセチレン、ポリフェニレン、ポリフェニレンビニレン、ポリアセン、ポリチオフェンビニレンなどが挙げられる。これら共役系高分子は、単独で用いられてもよく、2種類以上を組み合わせても良く、更に2種以上のモノマーの共重合体であってもよい。
【0078】
共役系高分子としては、公知のものを特に限定なく使用することができる。例えば、ポリピロール、ポリチオフェン、ポリフラン、ポリアニリン、ポリアセチレン、ポリフェニレン、ポリフェニレンビニレン、ポリアセン、ポリチオフェンビニレンなどが挙げられる。これら共役系高分子は、単独で用いられてもよく、2種類以上を組み合わせても良く、更に2種以上のモノマーの共重合体であってもよい。
【0079】
上記の共役系高分子の中でも、チオフェン又はその誘導体が重合されて成る共役系高分子が好ましく、3,4-エチレンジオキシチオフェン(すなわち、2,3-ジヒドロチエノ[3,4-b][1,4]ジオキシン)、3-アルキルチオフェン、3-アルコキシチオフェン、3-アルキル-4-アルコキシチオフェン、3,4-アルキルチオフェン、3,4-アルコキシチオフェン又はこれらの誘導体が重合された共役系高分子が好ましい。チオフェン誘導体としては、3位と4位に置換基を有するチオフェンから選択された化合物が好ましく、チオフェン環の3位と4位の置換基は、3位と4位の炭素と共に環を形成していても良い。アルキル基やアルコキシ基の炭素数は1~16が適している。
【0080】
特に、EDOTと呼称される3,4-エチレンジオキシチオフェンの重合体、即ち、PEDOTと呼称されるポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン)が特に好ましい。また、3,4-エチレンジオキシチオフェンに置換基が付加された単量体が用いられてもよい。例えば、置換基としてアルキル基が付加されたアルキル化エチレンジオキシチオフェンが用いられてもよく、例えば、メチル化エチレンジオキシチオフェン(すなわち、2-メチル-2,3-ジヒドロ-チエノ〔3,4-b〕〔1,4〕ジオキシン)、エチル化エチレンジオキシチオフェン(すなわち、2-エチル-2,3-ジヒドロ-チエノ〔3,4-b〕〔1,4〕ジオキシン)、ブチル化エチレンジオキシチオフェン(すなわち、2-ブチル-2,3-ジヒドロ-チエノ〔3,4-b〕〔1,4〕ジオキシン)などが挙げられる。
【0081】
ドーパントは、公知のものが共役系高分子の置換基として備えられていてもよいし、化学的又は電気化学的に少量添加されていてもよく、特に限定なく使用することができる。ドーパントは、単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。ドーパントは単独モノマーの重合体であってもよく、2種以上のモノマーの共重合体であってもよい。また、ドーパントは高分子又は単量体を用いてもよい。
【0082】
例えば、ドーパントとしては、ポリアニオン、ホウ酸、硝酸、リン酸などの無機酸、酢酸、シュウ酸、クエン酸、酒石酸、スクアリン酸、ロジゾン酸、クロコン酸、サリチル酸、p-トルエンスルホン酸、1,2-ジヒドロキシ-3,5-ベンゼンジスルホン酸、メタンスルホン酸、トリフルオロメタンスルホン酸、ボロジサリチル酸、ビスオキサレートボレート酸、スルホニルイミド酸、ドデシルベンゼンスルホン酸、プロピルナフタレンスルホン酸、ブチルナフタレンスルホン酸などの有機酸が挙げられる。
【0083】
ポリアニオンは、例えば、置換若しくは未置換のポリアルキレン、置換若しくは未置換のポリアルケニレン、置換若しくは未置換のポリイミド、置換若しくは未置換のポリアミド、置換若しくは未置換のポリエステルであって、アニオン基を有する構成単位のみからなるポリマー、アニオン基を有する構成単位とアニオン基を有さない構成単位とからなるポリマーが挙げられる。具体的には、ポリアニオンとしては、ポリビニルスルホン酸、ポリスチレンスルホン酸、ポリアリルスルホン酸、ポリアクリルスルホン酸、ポリメタクリルスルホン酸、ポリ(2-アクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸)、ポリイソプレンスルホン酸、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリマレイン酸などが挙げられる。
【0084】
固体電解質層には、導電性高分子に加えて、多価アルコール等の各種添加物を含めてもよい。多価アルコールとしては、ソルビトール、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ポリオキシエチレングリコール、グリセリン、ポリグリセリン、ポリオキシエチレングリセリン、キシリトール、エリスリトール、マンニトール、ジペンタエリスリトール、ペンタエリスリトール、又はこれらの2種以上の組み合わせが挙げられる。多価アルコールは沸点が高いために乾燥工程後も固体電解質層に残留させることができ、ESR低減や耐電圧向上効果が得られる。
【0085】
この固体電解質層の形成方法としては特に限定されず、例えば、導電性高分子の粒子又は粉末を分散又は溶解させた導電性高分子液をコンデンサ素子に含浸させ、導電性高分子を誘電体酸化皮膜に付着させ、固体電解質層を形成することもできる。コンデンサ素子への含浸の促進を図るべく、必要に応じて減圧処理や加圧処理を施してもよい。含浸工程は複数回繰り返してもよい。導電性高分子液の分散媒又は溶媒は、必要に応じて乾燥により蒸散させて除去される。必要に応じて加熱乾燥や減圧乾燥を行ってもよい。
【0086】
また、導電性高分子液を陽極体と陰極体との間に塗布又は吐出して固体電解質層を形成してもよい。陽極体と陰極体との間に導電性高分子液を付着させることで、陽極体の誘電体皮膜、陰極体、セパレータ又はこれらの複数に導電性高分子液が付着する。コンデンサ素子を組み立てる前に、陽極体の誘電体皮膜、陰極体、セパレータ又はこれらの複数に対して個別的に導電性高分子液を付着させるようにしてもよい。
【0087】
尚、導電性高分子液は、例えば、モノマーと、ドーパントを放出する酸又はそのアルカリ金属塩と、酸化剤とを添加し、化学酸化重合が完了するまで攪拌し、次いで、限外濾過、陽イオン交換、及び陰イオン交換などの精製手段により酸化剤及び残留モノマーを除去することにより得られる。
【0088】
(電解液)
電解液は陽極体と陰極体の間に含浸されればよい。例えば固体電解質層が形成されたコンデンサ素子に電解液を含浸する。電解液は、アニオン成分とカチオン成分が溶媒に添加した溶液である。アニオン成分とカチオン成分は、典型的には、有機酸の塩、無機酸の塩、又は有機酸と無機酸との複合化合物の塩であり、アニオン成分とカチオン成分に解離するイオン解離性塩によって溶媒に添加される。アニオン成分となる酸及びカチオン成分となる塩基が別々に溶媒に添加されてもよい。また、電解液は、アニオン成分又はカチオン成分、アニオン成分とカチオン成分の両者が溶媒に含まれていなくてもよい。
【0089】
電解液の溶媒は、プロトン性の有機極性溶媒又は非プロトン性の有機極性溶媒を用いることができる。プロトン性の有機溶媒としては、一価アルコール類、多価アルコール類及びオキシアルコール化合物類などが挙げられる。一価アルコール類としては、エタノール、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、ヘキサノール、シクロブタノール、シクロペンタノール、シクロヘキサノール、ベンジルアルコール等が挙げられる。多価アルコール類及びオキシアルコール化合物類としては、エチレングリコール、ジエチレングリコール、プロピレングリコール、グリセリン、メチルセロソルブ、エチルセロソルブ、メトキシプロピレングリコール、ジメトキシプロパノール、ポリエチレングリコールやポリオキシエチレングリセリンなどの多価アルコールのアルキレンオキサイド付加物等が挙げられる。
【0090】
非プロトン性の有機極性溶媒として、スルホン系、アミド系、ラクトン類、環状アミド系、ニトリル系、スルホキシド系などが用いられてもよい。スルホン系としては、ジメチルスルホン、エチルメチルスルホン、ジエチルスルホン、スルホラン、3-メチルスルホラン、2,4-ジメチルスルホラン等が挙げられる。アミド系としては、N-メチルホルムアミド、N,N-ジメチルホルムアミド、N-エチルホルムアミド、N,N-ジエチルホルムアミド、N-メチルアセトアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、N-エチルアセトアミド、N,N-ジエチルアセトアミド等が挙げられる。ラクトン類、環状アミド系としては、γ-ブチロラクトン、γ-バレロラクトン、δ-バレロラクトン、N-メチル-2-ピロリドン、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、ブチレンカーボネート、イソブチレンカーボネート等が挙げられる。ニトリル系としては、アセトニトリル、3-メトキシプロピオニトリル、グルタロニトリル等が挙げられる。スルホキシド系としてはジメチルスルホキシド等が挙げられる。
【0091】
この溶媒の中でも、特定芳香族化合物を添加した場合には、ポリオール化合物が好ましい。特定芳香族化合物とポリオール化合物とを組み合わせると、固体電解コンデンサの静電容量の悪化抑制効果が高まる。ポリオール化合物は、エチレングリコール及びプロピレングリコール等のアルキレングリコール、ポリエチレングリコール等のポリアルキレングリコール、並びにグリセリン及びポリグリセリン等のグリセリン類が挙げられる。特に、特定芳香族化合物とグリセリン類を組み合わせると、固体電解コンデンサの静電容量の悪化抑制効果が更に高まる。
【0092】
グリセリンは、例えば溶媒中に20wt%以上含有させる。好ましくは、グリセリンは、溶媒中に60wt%以上含有させる。60wt%以上であると、静電容量の悪化抑制効果がグリセリン100wt%と同程度に抑制される。
【0093】
尚、特定芳香族化合物は、固体電解質と電解液のうち、電解液に添加するほうが好ましい。電解液に特定芳香族化合物を添加した場合、固体電解質に特定芳香族化合物を添加した場合と比べて、固体電解コンデンサの静電容量の悪化は抑制される。
【0094】
電解液中のアニオン成分として、シュウ酸、コハク酸、グルタル酸、ピメリン酸、スベリン酸、セバシン酸、フタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸、マレイン酸、アジピン酸、安息香酸、トルイル酸、エナント酸、マロン酸、1,6-デカンジカルボン酸、1,7-オクタンジカルボン酸、アゼライン酸、レゾルシン酸、フロログルシン酸、没食子酸、ゲンチシン酸、プロトカテク酸、ピロカテク酸、トリメリット酸、及びピロメリット酸等のカルボン酸、フェノール類並びにスルホン酸等、各種有機酸が挙げられる。また、電解液中の無機酸のアニオン成分としては、ホウ酸、リン酸、亜リン酸、次亜リン酸、炭酸、ケイ酸等が挙げられる。有機酸と無機酸の複合化合物としては、ボロジサリチル酸、ボロジ蓚酸、ボロジグリコール酸、ボロジマロン酸、ボロジコハク酸、ボロジアジピン酸、ボロジアゼライン酸、ボロジ安息香酸、ボロジマレイン酸、ボロジ乳酸、ボロジリンゴ酸、ボロジ酒石酸、ボロジクエン酸、ボロジフタル酸、ボロジ(2-ヒドロキシ)イソ酪酸、ボロジレゾルシン酸、ボロジメチルサリチル酸、ボロジナフトエ酸、ボロジマンデル酸及びボロジ(3-ヒドロキシ)プロピオン酸等が挙げられる。
【0095】
また、有機酸、無機酸、ならびに有機酸と無機酸の複合化合物の少なくとも1種の塩としては、例えばアンモニウム塩、四級アンモニウム塩、四級化アミジニウム塩、アミン塩、ナトリウム塩、カリウム塩等が挙げられる。四級アンモニウム塩の四級アンモニウムイオンとしては、テトラメチルアンモニウム、トリエチルメチルアンモニウム、テトラエチルアンモニウム等が挙げられる。四級化アミジニウム塩としては、エチルジメチルイミダゾリニウム、テトラメチルイミダゾリニウム等が挙げられる。アミン塩としては、一級アミン、二級アミン、三級アミンの塩が挙げられる。一級アミンとしては、メチルアミン、エチルアミン、プロピルアミン等、二級アミンとしては、ジメチルアミン、ジエチルアミン、エチルメチルアミン、ジブチルアミン等、三級アミンとしては、トリメチルアミン、トリエチルアミン、トリブチルアミン、エチルジメチルアミン、エチルジイソプロピルアミン等が挙げられる。
【0096】
さらに、電解液には他の添加剤を添加することもできる。添加剤としては、リン酸、リン酸エステル等のリン酸化合物、ホウ酸、ホウ酸エステル等のホウ酸化合物、ホウ酸とマンニットやソルビット等の糖アルコールとの錯化合物、コロイダルシリカ、シリコーンオイル等が含まれていても良い。また、添加剤としてはニトロ化合物が含まれてもよい。ニトロ化合物としては、o-ニトロ安息香酸、m-ニトロ安息香酸、p-ニトロ安息香酸、o-ニトロフェノール、m-ニトロフェノール、p-ニトロフェノール、p-ニトロベンセン、p-ニトロベンジルアルコール、m-ニトロアセトフェノン、o-ニトロアニソール等が挙げられる。他の添加剤としては、化成性の向上を目的としてリン酸エステル等のリン酸化合物を添加したり、ガス吸収を目的としてp-ニトロ安息香酸等のニトロ化合物を添加することが好ましい。
【0097】
(電極箔)
このような電解質を挟んで対向する陽極箔及び陰極箔は弁作用金属を材料とする長尺の箔体である。弁作用金属は、アルミニウム、タンタル、ニオブ、酸化ニオブ、チタン、ハフニウム、ジルコニウム、亜鉛、タングステン、ビスマス及びアンチモン等である。純度は、陽極箔に関して99.9%以上が望ましく、陰極箔に関して99%程度以上が望ましいが、ケイ素、鉄、銅、マグネシウム、亜鉛等の不純物が含まれていても良い。
【0098】
陽極箔は、弁作用金属の粉体を焼結した焼結体、又は弁作用金属を延伸した箔にエッチング処理を施したエッチング箔、又は箔の表面に弁作用金属の粒子を蒸着した蒸着体として、表面が拡面化される。拡面構造は、トンネル状のピット、海綿状のピット、又は密集した粉体間の空隙により成る。トンネル状のピットは、陽極箔の深部を残して掘り込まれていても、陽極箔を貫通するように形成されていてもよい。この拡面構造は、電解エッチング、ケミカルエッチング若しくはサンドブラスト等により形成され、又は箔体に金属粒子等を蒸着若しくは焼結することにより形成される。電解エッチングとしては塩酸等のハロゲンイオンが存在する酸性水溶液中で直流又は交流を印加する直流エッチング又は交流エッチングが挙げられる。また、ケミカルエッチングでは、金属箔を酸溶液やアルカリ溶液に浸漬させる。
【0099】
誘電体酸化皮膜は、典型的には、陽極箔の表層に形成される酸化皮膜であり、陽極箔がアルミニウム製であれば多孔質構造領域を酸化させた酸化アルミニウムである。この誘電体酸化皮膜は、アジピン酸、ホウ酸又はリン酸等の水溶液中で電圧印加する化成処理により形成される。
【0100】
陰極箔は、拡面構造のないプレーン箔であってもよいし、陽極箔と同じように蒸着、焼結又はエッチングによって拡面構造を有するようにしてもよい。拡面層には、酸化皮膜が意図的又は自然に形成されていてもよい。意図的には、化成処理により、薄い誘電体酸化皮膜(1~10Vfs程度)を形成してもよい。自然酸化皮膜は、陰極箔が空気中の酸素と反応することにより形成される。また、陰極箔に無機導電層が形成されていてもよい。無機導電層としては、例えばチタンや炭化チタンなどの金属化合物やカーボンなどが挙げられる。
【0101】
(セパレータ)
セパレータは、クラフト、マニラ麻、エスパルト、ヘンプ、レーヨン等のセルロースおよびこれらの混合紙、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、それらの誘導体などのポリエステル系樹脂、ポリテトラフルオロエチレン系樹脂、ポリフッ化ビニリデン系樹脂、ビニロン系樹脂、脂肪族ポリアミド、半芳香族ポリアミド、全芳香族ポリアミド等のポリアミド系樹脂、ポリイミド系樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、トリメチルペンテン樹脂、ポリフェニレンサルファイド樹脂、アクリル樹脂、ポリビニルアルコール樹脂等が挙げられ、これらの樹脂を単独で又は混合して用いることができる。
【0102】
(回路)
このような固体電解コンデンサは、各種フィルタ回路に好適である。フィルタ回路としては、例えば、ローパスフィルタ、ハイパスフィルタ、バンドパスフィルタ及び平滑回路とも呼ばれるリプルフィルタが挙げられる。
【0103】
図2は、この固体電解コンデンサを備える平滑回路の一例を示す回路図である。この平滑回路1は、ダイオード2、固体電解コンデンサ3及び突入電流制限回路4を備えている。ダイオード2は、回路に対して直列に接続され、整流された入力電圧Vinを通すと共に、逆接続を防止する。固体電解コンデンサ3は、ダイオード2の後段に配され、回路に対して並列に接続され、整流された入力電圧Vinを平滑する。
【0104】
突入電流制限回路4は、ダイオード2と固体電解コンデンサ3との間に直列に挿入されている。突入電流制限回路4は、並列接続された抵抗41及びスイッチ42を備えている。抵抗41は、固体電解コンデンサ3に入力される突入電流のピーク値を制限する。スイッチ42は、突入電流発生時は開となり、固体電解コンデンサ3が充電されてから閉となって、抵抗41を短絡することで、電力損失を抑える。
【0105】
この平滑回路1において、低温環境下では、突入電流は固体電解コンデンサ3の導電性高分子を過酸化劣化させ、静電容量を低下させ得る。そこで、固体電解コンデンサ3を、HOMOエネルギー準位が-9.35eV以上で、1つ以上のヒドロキシ基を有する芳香族化合物を固体電解質層、電解液又は両方に含有する固体電解コンデンサに置き換える。そうすると、突入電流による固体電解コンデンサ3の導電性高分子の過酸化劣化は抑制され、静電容量の低下も抑制される。そのため、突入電流のピーク値を制限する抵抗41を抵抗値が小さいものに置き換えた平滑回路1が実現できる。
【0106】
この平滑回路1は、抵抗41の抵抗値が小さくなったため、電力損失が小さくなっている。そのため、スイッチ42が省略されたものであり、抵抗値が小さい抵抗41に置き換えるだけでなく、スイッチ42を省略した平滑回路1が実現できる。
【0107】
図3は、この固体電解コンデンサを備えるフィルタ回路の一例を示す回路図である。図3に示すフィルタ回路5は、固体電解コンデンサ3及び突入電流制限回路4を備えている。固体電解コンデンサ3は回路に対して並列に接続され、突入電流制限回路4は固体電解コンデンサ3の前に回路に対して直列に接続されている。突入電流制限回路4は、並列接続された抵抗41及びスイッチ42を備えている。
【0108】
このフィルタ回路5においても、低温環境下では、突入電流は固体電解コンデンサ3の導電性高分子を過酸化劣化させ、静電容量を低下させ得る。そこで、固体電解コンデンサ3を、HOMOエネルギー準位が-9.35eV以上で、1つ以上のヒドロキシ基を有する芳香族化合物を固体電解質層、電解液又は両方に含有する固体電解コンデンサに置き換える。これにより、突入電流のピーク値を制限する抵抗41を抵抗値が小さいものに置き換えたフィルタ回路5が実現できる。
【0109】
このフィルタ回路5は、抵抗41の抵抗値が小さくなったため、電力損失が小さくなっている。そのため、スイッチ42が省略されたものであり、抵抗値が小さい抵抗41に置き換えるだけでなく、スイッチ42を省略したフィルタ回路5が実現できる。
【実施例
【0110】
以下、実施例に基づいて本発明の固体電解コンデンサをさらに詳細に説明する。なお、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0111】
(実施例1の電解液)
実施例1の電解液を調製した。実施例1の電解液は、エチレングリコールの溶媒に対して、電解液1kgあたり溶質として0.16molのアゼライン酸アンモニウム塩を添加した。更に、この実施例1の電解液に対しては、特定芳香族化合物として0.025mol/kgのメトキシヒドロキノンが添加されている。メトキシヒドロキノンは、1位と4位にヒドロキシ基を有し、2位に電子供与性置換基であるメトキシ基を有する芳香族化合物である。
(比較例1の電解液)
実施例1の電解液に対応させて比較例1の電解液を調製した。比較例1の電解液は、メトキシヒドロキノンが未添加である点を除き、実施例1の電解液と組成及び組成比は同じである。
【0112】
(過酸化電位測定試験)
-40℃の温度環境下における電流と電位の関係を示すサイクリックボルタモグラムを実施例1及び比較例1について解析した。作用極である直径3.0mmで表面積0.07cmのグラッシーカーボンロッド電極は、予め導電性高分子でコーティングされた。導電性高分子は、PEDOTにPSSと呼ばれるポリスチレンスルホン酸がドーパントされたPEDOT/PSSである。この導電性高分子は、溶液キャスト法によりグラッシーカーボンロッド電極にコーティングされた。即ち、PEDOT/PSSが分散している分散液をグラッシーカーボンロッド電極に塗布し、次いで乾燥させて分散液の溶媒を揮発させた。10μLの分散液をグラッシーカーボンロッド電極に塗布し、110℃で30分間乾燥させた。
【0113】
対極に白金電極、参照電極にAg/AgCl参照電極を用いる。測定溶液は、溶媒としてエチレングリコール、支持電解質(溶質)としてアゼライン酸アンモニウム塩の混合溶液を用いた。電解液1kgに対し、アゼライン酸アンモニウム塩0.16molを溶解させた。そして、室温環境下で浸漬電位から正側に電位走査を開始し、1.2Vを超える1.5Vから-0.4Vまでの間で電位走査を繰り返した。
【0114】
図4の(a)は、実施例1の電解液中で測定した導電性高分子膜のサイクリックボルタモグラムの結果であり、(b)は比較例1の電解液中で測定した導電性高分子膜のサイクリックボルタモグラムの結果であり、横軸を電位及び縦軸を電流密度とする。
【0115】
図4の(b)に示すように、1.5Vまで電位走査すると、導電性高分子膜の酸化電流と還元電流が激減していることが確認できる。充放電試験時には充放電時の電流過渡応答により電荷が貯まる間に導電性高分子膜と電解液にも電圧が分圧される。そのため、比較例1では、-40℃の温度環境下では、充放電時に固体電解質層に電圧が分圧されて印加され、1.5Vの分圧によって、導電性高分子が電気化学的反応に伴い過酸化劣化しているものである。
【0116】
一方、図4の(a)に示すように、実施例1の電解液では1.5Vまで電位走査しても、導電性高分子膜の酸化電流と還元電流の変化が小さいことが確認できる。即ち、比較例1及び実施例1の結果により、-40℃といった低温環境下では、導電性高分子が電気化学的反応によって過酸化劣化するが、特定芳香族化合物を添加しておくことにより、導電性高分子の電気化学的な反応による過酸化劣化が抑制されることが確認された。
【0117】
(実施例1のコンデンサ)
この実施例1の電解液を用いて、実施例1の固体電解コンデンサを作製した。陽極箔は、アルミニウム箔であり、エッチング処理により拡面化し、化成処理により誘電体酸化皮膜を形成した。陽極箔に対する化成処理では、アジピン酸水溶液中で電圧を印加した。陰極箔は、アルミニウム箔であり、エッチング処理により拡面化し、化成処理により酸化皮膜を形成し、チタン化合物を蒸着した。陰極箔に対する化成処理では、アジピン酸水溶液中で電圧を印加した。
【0118】
これら陽極箔と陰極箔の各々にリード線を接続し、マニラ系セパレータを介して陽極箔と陰極箔を対向させて巻回した。コンデンサ素子は、リン酸二水素アンモニウム水溶液に10分間浸漬されることで、修復化成が行われた。
【0119】
次に、ポリスチレンスルホン酸(PSS)がドープされたポリエチレンジオキシチオフェン(PEDOT)の分散液を準備し、コンデンサ素子を浸漬し、コンデンサ素子を引き上げ、150℃で30分間乾燥させた。浸漬及び乾燥を複数回繰り返した。これにより、コンデンサ素子に固体電解質層を形成した。そして、実施例1の電解液を、固体電解質層が形成されたコンデンサ素子に含浸した。このとき、特定芳香族化合物であるメトキシヒドロキノンが陽極箔の箔容量1mF当たり、6.7μmol/mFとなるように、電解液をコンデンサ素子に含浸した。
【0120】
このコンデンサ素子を有底筒状のケースに挿入し、開口端部に封口体を装着して、加締め加工によって封止した。そして、115℃の温度環境下にて45分間の電圧印加を行い、比較例1の固体電解コンデンサに対してエージング処理を施した。これにより作製されたφ8.0mm及び高さ10.0mmの巻回形のコンデンサ素子を有底筒状のアルミニウム外装ケースに挿入し、開口端部に封口ゴムを装着して、加締め加工によって封止した。この固体電解コンデンサの定格耐電圧は25WVであり、定格容量は330μFである。
【0121】
(実施例2乃至12のコンデンサ)
次に、実施例2乃至12の固体電解コンデンサを作製した。これら固体電解コンデンサは、電解液に添加した特定芳香族化合物の種類が実施例1と異なる点を除いて、全て実施例1と同一の構成、製造条件及び製造方法により作製された。また、比較例2の固体電解コンデンサを作製した。比較例2の固体電解コンデンサは、電解液に添加した特定芳香族化合物ではなく、3,5-ジヒドロキシ安息香酸である点を除いて、全て実施例1と同一の構成、製造条件及び製造方法により作製された。
【0122】
実施例2は、特定芳香族化合物としてtert-ブチルヒドロキノン(t-BHQ)を電解液に添加した。実施例3は、特定芳香族化合物としてメチルヒドロキノン(MHQ)を電解液に添加した。実施例4は、特定芳香族化合物としてフェニルヒドロキノン(PhAHQ)を電解液に添加した。実施例5は、特定芳香族化合物として1,2,4-トリヒドロキシベンゼンを電解液に添加した。実施例6は、特定芳香族化合物としてセサモールを電解液に添加した。実施例7は、特定芳香族化合物として1,4-ジヒドロキシベンゼンを電解液に添加した。
【0123】
実施例8は、特定芳香族化合物として1,2-ジヒドロキシベンゼンを電解液に添加した。実施例9は、特定芳香族化合物としてアセチルヒドロキノンを電解液に添加した。実施例10は、特定芳香族化合物として1,2,3-トリヒドロキシベンゼンを電解液に添加した。実施例11は、特定芳香族化合物としてバニリン酸を電解液に添加した。実施例12は、特定芳香族化合物として没食子酸を電解液に添加した。
【0124】
(充放電試験)
実施例1乃至12並びに比較例2の固体電解コンデンサの静電容量の改善率(ΔCap)を測定した。静電容量は、各固体電解コンデンサを-40℃の温度環境下に置き、更に直流25Vの負荷をかけ、10秒の充電と10秒の放電を540サイクル行った後に測定した。静電容量の改善率は、下記の計算式1により算出した。
【0125】
(計算式1)
ΔCap=(Ca-Cb)÷Ca×100
式中、Caは、特定芳香族化合物が未添加の比較例1の固体電解コンデンサの静電容量であり、Cbは各実施例及び各比較例の固体電解コンデンサの静電容量である。静電容量の測定にはLCRメータ(Agilent Technologies社製、4284A)を用いた。測定では、周囲温度が21℃であり、交流電流レベルが1.0Vrmsであり、測定周波数を120Hzとした。
【0126】
実施例1乃至12並びに比較例2の静電容量の改善率の結果を下表2に示す。表2には、各実施例の特定芳香族化合物及び比較例2の添加物におけるヒドロキシ基の位置、置換基の種類、HOMOエネルギー準位及びLUMOエネルギー準位を更に示してある。HOMOエネルギー準位及びLUMOエネルギー準位は、半経験的分子軌道法(MO-G)の計算プログラム(富士通製、SCIGRESS)を用い、PM6法により計算した。
【0127】
(表2)
【0128】
また、表2に基づき、HOMOエネルギー準位と静電容量の改善率の関係を図5のグラフに示した。表2及び図5に示すように、比較例1の静電容量の改善率が僅か3.9%であったのに対し、実施例1乃至12の静電容量の改善率は少なくとも20%を超えた。実施例1乃至12は、HOMOエネルギー準位が-9.35eV以上で、1つ以上のヒドロキシ基を有する芳香族化合物を含む固体電解コンデンサである。
【0129】
実施例1乃至9の静電容量改善率は、少なくとも30%を超えた。実施例1乃至9は、HOMOエネルギー準位が-8.88eV以上の芳香族化合物を含む固体電解コンデンサである。実施例1乃至9は、ジヒドロキシベンゼン系及びヒドロキシベンゼン系の芳香族化合物を含む固体電解コンデンサである。この実施例1乃至9のうちの殆どが、1,4位にヒドロキシ基を有する芳香族化合物を含む固体電解コンデンサである。
【0130】
また、表2に基づき、HOMOエネルギー準位とLUMOエネルギー準位と静電容量の改善率の関係を図6のグラフに示した。図6は、横軸がHOMOエネルギー準位であり、縦軸がLUMOエネルギー準位であり、プロットの脇に静電容量を示してある。
【0131】
表2及び図6に示すように、HOMOエネルギー準位が-8.88eV以上であると、静電容量改善率は少なくとも30%を超える。更に、HOMOエネルギー準位が-8.88eV以上の中でも、LUMOエネルギー準位が-1.88eV超の実施例6は、静電容量改善率が33%であるのに対し、LUMOエネルギー準位が-1.88eV以下の実施例1乃至5並びに実施例7乃至9は、静電容量改善率が38%以上に達することが確認された。この結果は、540サイクルの充放電試験を経てもたらされたものであり、特定芳香族化合物が再生されたことで、このサイクル数を経ても静電容量の悪化が抑制されたことを示している。
【0132】
また、特に、実施例1乃至4並びに実施例9の静電容量改善率は、少なくとも40%を大きく超えていることが確認できる。実施例1乃至4並びに実施例9は、1,4位にヒドロキシ基を有し、更に電子供与性置換基又はアセチル基等の置換基を有する芳香族化合物である。
【0133】
(添加先比較試験)
実施例13及び14の固体電解コンデンサを更に作製した。実施例13及び14は、特定芳香族化合物としてメチルヒドロキノンを用いた。実施例13及び実施例14は、特定芳香族化合物の添加先が異なる。すなわち特定芳香族化合物を添加する対象物が異なる。実施例13は、実施例1乃至9と同じく電解液に特定芳香族化合物が添加された。一方、実施例14では、特定芳香族化合物が導電性高分子液に添加され、導電性高分子液にコンデンサ素子を浸漬し、固体電解質層が形成された。即ち、実施例14の固体電解コンデンサは、固体電解質層に特定芳香族化合物が含まれ、電解液には特定芳香族化合物が未添加となっている。
【0134】
電解液は、特定芳香族化合物の濃度が、陽極箔の箔容量1mF当たり14μmol/mFとなるようにコンデンサ素子に充填された。その他、実施例10及び11の固体電解コンデンサは、実施例1乃至9と同一の構成、製造条件及び製造方法により作製された。
【0135】
実施例13及び14の固体電解コンデンサの静電容量の改善率(ΔCap)を測定した。静電容量は、各固体電解コンデンサを-40℃の温度環境下に置いた点を含め、実施例1乃至9に対する測定方法と同一である。
【0136】
実施例13及び14の静電容量の改善率の結果を下表3に示す。
(表3)
【0137】
表3に示すように、実施例13及び14の両方とも、静電容量の改善率が45%以上となっている。従って、特定芳香族化合物の添加先が電解液であろうと、固体電解質層であろうと、導電性高分子の過酸化劣化を抑制する効果が現れ、固体電解コンデンサの静電容量の悪化を抑制できることが確認された。更に、実施例13は、実施例14よりも静電容量の改善率が良好であった。これにより、特定芳香族化合物の添加先が電解液であると、固体電解質層内の導電性高分子の過酸化劣化をより良好に抑えられることが確認された。
【0138】
(添加量試験)
実施例15乃至18、参考例1並びに比較例3及び4の固体電解コンデンサを更に作製した。実施例15乃至17並びに参考例1は、実施例9と同じアセチルヒドロキノンが特定芳香族化合物として電解液に添加されているが、実施例9と比べて添加量が異なる。その他、実施例15乃至17並びに参考例1の固体電解コンデンサは、実施例9と同一の構成、製造条件及び製造方法により作製された。
【0139】
実施例18は、実施例12と同じ没食子酸が特定芳香族化合物として電解液に添加されているが、実施例12と比べて添加量が異なる。その他、実施例18の固体電解コンデンサは、実施例12と同一の構成、製造条件及び製造方法により作製された。
【0140】
比較例3及び4は、比較例2と同じ3,5-ジヒドロキシ安息香酸が電解液に添加されているが、比較例2と比べて添加量が異なる。その他、比較例3及び4の固体電解コンデンサは、比較例2と同一の構成、製造条件及び製造方法により作製された。
【0141】
実施例15及び18、参考例1並びに比較例3及び4の固体電解コンデンサの静電容量の改善率(ΔCap)を測定した。静電容量は、各固体電解コンデンサを-40℃の温度環境下に置いた点を含め、実施例1乃至9に対する測定方法と同一である。
【0142】
実施例9、15乃至18、参考例1並びに比較例2乃至4の静電容量の改善率の結果を、特定芳香族化合物の添加量と共に下表4に示す。表中の添加量は、陽極箔の箔容量1mF当たりの添加量(μmol/mF)である。
(表4)
【0143】
表4の参考例1、実施例9、実施例15乃至18に示すように、特定芳香族化合物の添加量を増やすことで、固体電解コンデンサの静電容量の改善率が向上していることが確認できる。即ち、特定芳香族化合物の添加量の増加に伴い、導電性高分子の過酸化劣化の抑制効果が更に高まり、固体電解コンデンサの静電容量の悪化抑制効果が高まっている。この傾向は、比較例2乃至4にも見られるが、比較例2乃至4の静電容量の改善率はごく僅かである。
【0144】
もっとも、参考例1が示すように、特定芳香族化合物の添加量が過少であると、静電容量の改善率は小さく、実施例15及び実施例18が示すように、特定芳香族化合物の添加量は、陽極箔の箔容量1mF当たり3.2μmol以上が好ましいことが確認できる。また、実施例9及び17が示すように、特定芳香族化合物の添加量が陽極箔の箔容量1mF当たり6.7μmol以上であると、静電容量の改善率が更に高まる。
【0145】
(電解液溶媒量試験)
実施例19乃至21の固体電解コンデンサを更に作製した。実施例19乃至21の固体電解コンデンサに充填されている電解液は、溶媒に対して、電解液1kgあたり溶質として0.16molのアゼライン酸トリエチルアミン塩を添加した。更に、この電解液に対しては、特定芳香族化合物として0.025mol/kgのメチルヒドロキノンが添加されている。
【0146】
実施例19乃至21に充填されている電解液は、溶媒の種類が異なる。実施例19の電解液は、溶媒としてポリオール化合物であるエチレングリコールを含み、実施例20の電解液は、溶媒としてポリオール化合物であるグリセリンを含み、実施例21の電解液は、溶媒としてγ-ブチロラクトンを含む。その他、実施例19乃至21の固体電解コンデンサは、実施例1乃至9と同一の構成、製造条件及び製造方法により作製された。
【0147】
実施例19乃至21の固体電解コンデンサの静電容量の改善率(ΔCap)を測定した。静電容量は、各固体電解コンデンサを-40℃の温度環境下に置いた点を含め、実施例1乃至9に対する測定方法と同一である。
【0148】
実施例19乃至21の静電容量の改善率の結果を、電解液の溶媒の種類と共に下表5に示す。
(表5)
【0149】
表5の実施例19及び20は、実施例21と比べて、固体電解コンデンサの静電容量の改善率が向上している。即ち、電解質層に特定芳香族化合物を添加する場合、更に電解液の溶媒種としてポリオール化合物を選択することで、導電性高分子の過酸化劣化の抑制効果が更に高まり、固体電解コンデンサの静電容量の悪化抑制効果が高まっていることが確認できる。また、ポリオール化合物としてグリセリンを選択すると、導電性高分子の過酸化劣化の抑制効果及び静電容量の悪化抑制効果は特に高まる。
【0150】
(導電性高分子量試験)
実施例22乃至25の固体電解コンデンサを更に作製した。実施例22乃至25の固体電解コンデンサは、実施例3の固体電解コンデンサと比べて、導電性高分子の種類がポリスチレンスルホン酸(PSS)がドープされたポリエチレンジオキシチオフェン(PEDOT)である点は同一であるが、導電性高分子の量が異なっている。
【0151】
また、実施例25の固体電解コンデンサは、実施例3の固体電解コンデンサと比べて、特定芳香族化合物の添加量が異なっている。その他、実施例22乃至25の固体電解コンデンサは、実施例3と同一の構成、製造条件及び製造方法により作製された。
【0152】
これら実施例22乃至25の固体電解コンデンサの静電容量の改善率(ΔCap)を測定した。静電容量は、各固体電解コンデンサを-40℃の温度環境下に置いた点を含め、実施例1乃至9に対する測定方法と同一である。
【0153】
実施例19乃至21の静電容量の改善率の結果を、導電性高分子の量と共に下表6に示す。表中、導電性高分子の量は、陽極箔、陰極箔、セパレータ及び電解質層により成るコンデンサ素子の単位体積1mm当たりで表されている。
(表6)
【0154】
表6に示すように、実施例3、22及び23は、実施例24及び25と比べて、固体電解コンデンサの静電容量の改善率が向上している。即ち、電解質層に特定芳香族化合物を添加する場合、更に導電性高分子の量を、コンデンサ素子の単位体積1mm当たり、9.0μg以上とすることで、導電性高分子の過酸化劣化の抑制効果が更に高まり、固体電解コンデンサの静電容量の悪化抑制効果が高まっていることが確認された。
【0155】
本実施例では、エッチング後に化成し、チタン化合物を蒸着した陰極箔を用いたが、金属化合物を蒸着しない陰極箔を用いても本実施例と同様の効果が得られることを確認している。
【0156】
更に、実施例26乃至30の固体電解コンデンサを作成した。実施例26乃至30の固体電解コンデンサは、実施例21と比べてグリセリンとγブチロラクトンの溶媒比率が異なる。その他、実施例26乃至30の固体電解コンデンサは、実施例21と同一の構成、製造条件及び製造方法により作製された。下表7に示すように、実施例26乃至30の電解コンデンサは、溶媒中のグリセリンの比率が20wt%から60wt%の範囲で10wt%刻みで相違する。
【0157】
そして、実施例26乃至30の固体電解コンデンサの静電容量の改善率(ΔCap)を測定した。静電容量は、各固体電解コンデンサを-40℃の温度環境下に置いた点を含め、実施例1乃至9に対する測定方法と同一である。
【0158】
静電容量の改善率の結果を実施例21と20と共に、下表7に示す。また、下表7の結果を図7に示す。図7は、溶媒中のグリセリン比率と静電容量改善率の関係を示すグラフである。
【0159】
(表7)
【0160】
表7及び図7に示すように、溶媒中のグリセリンの比率が20wt%の実施例26は、グリセリンが未添加の実施例21と比べて静電容量の改善率が更に高くなっている。グリセリン比率を60wt%以上とすると、実施例20と比較するとわかるように、グリセリン100wt%と同程度の改善効果が得られている。
【要約】
固体電解質層と電解液とを備える固体電解コンデンサの低温環境下での静電容量の悪化を抑制する。固体電解コンデンサは、陽極箔、陰極箔、導電性高分子を含む固体電解質層及び電解液を備える。固体電解質層、電解液又は両方は、HOMOエネルギー準位が-9.35eV以上で、1つ以上のヒドロキシ基を有する芳香族化合物を含む。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7