(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-15
(45)【発行日】2024-10-23
(54)【発明の名称】高機能陶磁器
(51)【国際特許分類】
C04B 41/86 20060101AFI20241016BHJP
C09D 1/00 20060101ALI20241016BHJP
C09D 7/61 20180101ALI20241016BHJP
【FI】
C04B41/86 F
C04B41/86 R
C09D1/00
C09D7/61
(21)【出願番号】P 2020120832
(22)【出願日】2020-07-14
【審査請求日】2023-05-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000214191
【氏名又は名称】長崎県
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100125070
【氏名又は名称】土井 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100121212
【氏名又は名称】田村 弥栄子
(74)【代理人】
【識別番号】100174296
【氏名又は名称】當麻 博文
(74)【代理人】
【識別番号】100137729
【氏名又は名称】赤井 厚子
(74)【代理人】
【識別番号】100151301
【氏名又は名称】戸崎 富哉
(72)【発明者】
【氏名】秋月 俊彦
(72)【発明者】
【氏名】小林 孝幸
(72)【発明者】
【氏名】木須 一正
(72)【発明者】
【氏名】山口 英次
【審査官】三村 潤一郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-347808(JP,A)
【文献】特開2000-302581(JP,A)
【文献】特開2001-058865(JP,A)
【文献】国際公開第99/061392(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第111233325(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 41/86
C09D 1/00 - 10/00
C09D 101/00 - 201/10
A47G 19/00 - 23/16
C04B 33/00 - 33/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
その表面上に釉薬層を有する陶磁器であって、
該釉薬層を構成する釉薬が、全固形分100質量%に対して20~50質量%の平均粒径10~500nmの球状シリカ粒子および0.5~3.0質量%のMgOを含有し、
該釉薬層の表面に対する
食用油の油滴の接触角が、幅高さ法により測定して25~50°であり、
該釉薬層の表面が、全長が1~800mmであり、幅が100~1000μmであり、かつ深さが100~1000μmである1以上の溝を有し、該溝の開口面積の合計が該釉薬層の全表面積の30~90%を占有する、
陶磁器。
【請求項2】
球状シリカ粒子の平均粒径が50~300nmである、請求項1記載の陶磁器。
【請求項3】
釉薬層の表面に対する
食用油の油滴の接触角が、幅高さ法により測定して30~40°である、請求項1または2記載の陶磁器。
【請求項4】
その表面上に釉薬層を有する陶磁器の製造方法であって、
該陶磁器をアルカリ溶液に浸漬する工程を包含し、
該釉薬層を構成する釉薬が、全固形分100質量%に対して20~50質量%の平均粒径10~500nmの球状シリカ粒子および0.5~3.0質量%のMgOを含有し、
該釉薬層の表面が、全長が1~800mmであり、幅が100~1000μmであり、かつ深さが100~1000μmである1以上の溝を有し、該溝の開口面積の合計が該釉薬層の全表面積の30~90%を占有する、
製造方法。
【請求項5】
陶磁器を9~14のpHおよび10~90℃の温度を有するアルカリ溶液に10分~24時間浸漬する工程を包含する、請求項4記載の製造方法。
【請求項6】
アルカリ溶液が水酸化ナトリウム、水酸化カリウムおよび水酸化バリウムからなる群より選ばれる少なくとも1種を含む、請求項4または5記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一般家庭や業務用、給食用などに用いられる、陶磁器製の食器や、キッチン内装タイル等について、表面の撥油性の改善による油汚れ除去性能の向上と、その機能を長期にわたり持続させることとを可能とした高機能陶磁器に関するものである。
【背景技術】
【0002】
陶磁器製の食器やタイルの表層部に、各種アルコキシドやゾルのシリカ原料、或いはシリカ微粒子と珪酸質バインダーとを塗布し、150℃~700℃程度の加熱によってシリカ膜を作製し、該シリカ膜表面にナノサイズの凹凸を作り出すことで、親水性を付与する方法が多数報告されている(例えば特許文献1、2、3参照)。
また、釉薬中にミル粉砕した溶融シリカ、珪砂および長石を添加し、該釉薬を基材表面に塗布し、800℃~1300℃で焼成することで、表面の凹凸を低減し、汚れを容易に除去することができる衛生陶器についても報告されている(例えば特許文献4、5、6参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2002-302637号公報
【文献】特開2002-080830号公報
【文献】特開2004-99912号公報
【文献】特開2001-220270号公報
【文献】特開2001-48681号公報
【文献】特開2001-48680号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、上記従来の技術では、その耐久性や撥油性能、更にはコストの点で問題が残されていた。まず特許文献1、2、3の方法は、表面に微細な凹凸が生成することで親水化し、食器に付着した油分が水洗で容易に落ちやすくなるメリットがある。しかしながら、700℃以下の比較的低温で加熱処理し、基材にシリカを接着するだけであるので、室温程度の水洗では耐久性への影響は小さいが、一般家庭における40℃前後の温水を用いる手洗い、あるいは80℃前後の熱水を用いる食器洗浄機では、これら温水や熱水にアルカリ洗剤が溶け込んでいることから、コーティング自体が容易に剥離や溶出により消失してしまう。更に、食器洗浄機用の洗剤には、こびり付いた汚れを取り除くため、珪酸塩等の研磨剤も入っており、膜厚が薄く、接着強度も低いコーティング材では容易に剥がれてしまう。そのため、従来からある陶磁器の上絵付け製品でさえ、ガラスフリットを800℃程度で焼き付けているものの、食器洗浄機の取扱説明書には、使用できないものに分類されている。また、原料コストや製造コストに関しても、陶磁器原料に比べ、高価なアルコキシドやゾルを用いることで、原料コストが跳ね上がると共に、製造方法においても1000℃以上で本焼成した製品に、コーティング処理を施し、再度加熱処理を行うことで、加熱の一工程追加が製造コストを上昇させてしまう。
【0005】
また、特許文献4、5、6では、釉薬同士の接着により釉薬層が厚いことから、耐久性は充分あるものの、1000℃以上の高温で焼成しているため、釉薬層の表面が安定化し、撥油性が低下してしまう。また、表面をただ平滑にするだけでは、表面に溝や窪みがないため、流水による水圧が分散され、油汚れと釉薬層の表面との隙間に流水が入り込みにくく、油汚れがはがれにくい。そのため、油分の除去を必要としない衛生陶器では有効であるが、食器のように日常的に油分の除去を必要とするものには不充分である。さらに、製造過程において、シリカ微粒子を単純に釉薬に添加しすぎると、焼成時にクリストバライトが生成し、亀裂が発生してしまうため、釉薬へのシリカの添加量を抑える必要があった。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、その表面上に釉薬層を有し、該釉薬層を構成する釉薬が、全固形分100質量%に対して所定量の所定の平均粒径の球状シリカ粒子および所定量のMgOを含有し、該釉薬層の表面が所定の寸法の1以上の溝を有し、該溝の開口面積の合計が該釉薬層の全表面積の所定の割合を占有する陶磁器をアルカリ溶液に浸漬することにより、該釉薬層の表面に対する油滴の接触角が幅高さ法により測定して所定の値となり、該表面の撥油性を改善することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は以下の通りである。
[1]その表面上に釉薬層を有する陶磁器であって、
該釉薬層を構成する釉薬が、全固形分100質量%に対して20~50質量%の平均粒径10~500nmの球状シリカ粒子および0.5~3.0質量%のMgOを含有し、
該釉薬層の表面に対する油滴の接触角が、幅高さ法により測定して25~50°であり、
該釉薬層の表面が、全長が1~800mmであり、幅が100~1000μmであり、かつ深さが100~1000μmである1以上の溝を有し、該溝の開口面積の合計が該釉薬層の全表面積の30~90%を占有する、
陶磁器。
[2]球状シリカ粒子の平均粒径が50~300nmである、[1]記載の陶磁器。
[3]釉薬層の表面に対する油滴の接触角が、幅高さ法により測定して30~40°である、[1]または[2]記載の陶磁器。
[4]その表面上に釉薬層を有する陶磁器の製造方法であって、
該陶磁器をアルカリ溶液に浸漬する工程を包含し、
該釉薬層を構成する釉薬が、全固形分100質量%に対して20~50質量%の平均粒径10~500nmの球状シリカ粒子および0.5~3.0質量%のMgOを含有し、
該釉薬層の表面が、全長が1~800mmであり、幅が100~1000μmであり、かつ深さが100~1000μmである1以上の溝を有し、該溝の開口面積の合計が該釉薬層の全表面積の30~90%を占有する、
製造方法。
[5]陶磁器を9~14のpHおよび10~90℃の温度を有するアルカリ溶液に10分~24時間浸漬する工程を包含する、[4]記載の製造方法。
[6]アルカリ溶液が水酸化ナトリウム、水酸化カリウムおよび水酸化バリウムからなる群より選ばれる少なくとも1種を含む、[4]または[5]記載の製造方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明の陶磁器は、釉薬層の表面に対する油滴の接触角が幅高さ法により測定して25~50°であることにより示されるように該表面の撥油性が改善されており、また、釉薬層の表面が所定の寸法の1以上の溝を有しかつ該溝の開口面積の合計が該釉薬層の全表面積の所定の割合を占有しており、従って、少量の流水により油汚れが落ち易く、しかも食器洗浄機の過酷な条件下においても、長期にわたりその機能を維持することから、洗浄時の水量や洗剤量を削減でき、環境にやさしい。
また、本発明の陶磁器の製造方法は、所定の組成を有する釉薬から構成される釉薬層をその表面上に有し、該釉薬層の表面が所定の寸法の溝を有しかつ該溝の開口面積の合計が該釉薬層の全表面積の所定の割合を占有する陶磁器をアルカリ溶液に浸漬する工程を包含し、この工程により、釉薬層の表面に対する油滴の接触角が幅高さ法により測定して25~50°となり、該表面の撥油性を改善して油汚れ除去性能を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】実施例1で得られた陶磁器の試験サンプルの釉薬層の表面の電子顕微鏡写真を示す。
【
図2】参考例1におけるMgOの含有量が1.5質量%の釉薬から構成される釉薬層の表面のX線回折測定の結果を示す。
【
図3】比較参考例1におけるMgOの含有量が0.3質量%の釉薬から構成される釉薬層の表面のX線回折測定の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の陶磁器を説明する。
本発明の陶磁器は、その表面上に釉薬層を有し、
該釉薬層を構成する釉薬が、全固形分100質量%に対して20~50質量%の平均粒径10~500nmの球状シリカ粒子および0.5~3.0質量%のMgOを含有し、
該釉薬層の表面に対する油滴の接触角が、幅高さ法により測定して25~50°であり、
該釉薬層の表面が、全長が1~800mmであり、幅が100~1000μmであり、かつ深さが100~1000μmである1以上の溝を有し、該溝の開口面積の合計が該釉薬層の全表面積の30~90%を占有する。
【0010】
球状シリカ粒子の平均粒径は、10~500nmであり、好ましくは50~300nmであり、より好ましくは70~250nmである。平均粒径が10nm未満であると、釉薬層の表面に充分な大きさの凹凸が形成されず、本発明の効果が得られなくなるという問題がある。一方、平均粒径が500nmを超えると、釉薬層の表面に形成される凹凸が大きくなりすぎ、汚れ等が付着しやすくなるという問題がある。
釉薬層を構成する釉薬中の球状シリカ粒子の含有量は、全固形分100質量%に対して20~50質量%であり、好ましくは25~45質量%であり、より好ましくは30~40質量%である。含有量が20質量%未満であると、撥油性の効果が低く、水洗時の流水の力を利用して油汚れを落とす効果が低下するという問題がある。一方、含有量が50質量%を超えると、焼成時にクリストバライト生成量が増加し、釉薬層に亀裂が発生しやすくなるという問題がある。
【0011】
なお、本発明における球状シリカ粒子の平均粒径は、電気泳動光散乱光度計を用いて、動的光散乱法により測定したものである。
【0012】
釉薬層を構成する釉薬中のMgOの含有量は、全固形分100質量%に対して0.5~3.0質量%であり、好ましくは1.0~2.5質量%である。含有量が0.5質量%未満であると、焼成時に一部析出してしまう球状シリカ粒子によるクリストバライト生成量が増加し、釉薬層に亀裂が発生しやすくなるという問題がある。一方、含有量が3.0質量%を超えると、焼成時に釉薬が溶融しすぎて流動しやすくなるという問題がある。
【0013】
釉薬層を構成する釉薬は、球状シリカ粒子およびMgO以外に、市販の陶磁器用として一般的に用いられている釉薬の成分、例えば、石英、長石、カオリン、ドロマイト、タルク、マグネサイトなどを含有し得る。
【0014】
釉薬層の表面に対する油滴の接触角は、該表面の撥油性を評価するための指標であり、幅高さ法により測定して25~50°であり、好ましくは30~40°である。接触角が25°未満であると、油と釉薬層の表面との間に流水が入り込みにくく、その結果、油汚れが落ちにくいという問題がある。一方、接触角が50°を超えると、例えば食器として使用する際、料理を盛りつけた際、油分をはじきすぎる事で、料理の見栄えが悪くなるという問題がある。幅高さ法は、θ/2法とも呼ばれ、ぬれ性の評価に古くから用いられてきた一般的な測定方法である。
【0015】
釉薬層の表面は、その面積に応じて、1以上の溝、好ましくは複数の溝を有する。溝は、全長が1~800mmであり、好ましくは10~300mmであり、幅が100~1000μmであり、好ましくは150~800μmであり、より好ましくは200~600μmであり、かつ深さが100~1000μmであり、好ましくは150~800μmであり、より好ましくは200~600μmである。溝の寸法が上記範囲外であると、例えば食器として使用する際、水洗時の流水の力を利用して油汚れを落とす効果が低下するという問題がある。溝の断面形状は、本発明の効果が発揮されれば特に限定されるものではなく、例えば、コの字状、V字状、円弧状などの総じて略U字状の形状である。また、溝の形状は、略直線状、略曲線状、略楕円状、略円状、略多角形状、略U字状、渦巻き状などであり得、好ましくは直線状や円状である。複数の溝を有する場合、各溝の形状および寸法は同一であっても異なっていてもよく、好ましくは同一の形状および寸法である。
【0016】
溝の開口面積の合計は、釉薬層の全表面積の30~90%を占有し、好ましくは40~80%を占有し、より好ましくは50~70%を占有する。30%未満の占有であると、洗浄時に流水が拡散し、充分な洗浄力が得られないという問題がある。一方、90%を超える占有であると、表面の強度が弱くなり、わずかな衝撃で割れや欠けが発生しやすいという問題がある。
【0017】
次に、本発明の陶磁器の製造方法を説明する。
本発明の陶磁器の製造方法は、その表面上に釉薬層を有し、該釉薬層を構成する釉薬が、全固形分100質量%に対して20~50質量%の平均粒径10~500nmの球状シリカ粒子および0.5~3.0質量%のMgOを含有し、該釉薬層の表面が、全長が1~800mmであり、幅が100~1000μmであり、かつ深さが100~1000μmである1以上の溝を有し、該溝の開口面積の合計が該釉薬層の全表面積の30~90%を占有する陶磁器をアルカリ溶液に浸漬する工程を包含する。
【0018】
上記「アルカリ溶液に浸漬する工程」によって、釉薬層のごく表面の釉薬が溶出し、耐アルカリ性に優れた球状シリカ粒子のみが表面に残存し、該表面にナノサイズの微細な凹凸が形成される。このことにより、釉薬層の表面に対する油滴の接触角が幅高さ法により測定して25~50°(以下、単に「接触角が25~50°」と表記する場合がある)となり、該表面の撥油性を改善することができる。
【0019】
アルカリ溶液のpHおよび温度、ならびに浸漬時間は、接触角が25~50°となるような範囲であれば特に限定されるものではない。pHは、好ましくは9~14であり、より好ましくは10~13である。pHが9未満であると、釉薬層のごく表面の釉薬の溶出が少なくなり、充分な撥油性が得られないという問題がある。一方、pHが14を超えると、釉薬層のごく表面の釉薬の溶出速度が速すぎるため、溶出量のコントロールが困難になるという問題がある。温度は、好ましくは10~90℃であり、より好ましくは20~70℃である。温度が10℃未満であると、釉薬層のごく表面の釉薬の溶出速度が遅く、長時間を要し、生産性が低くなるという問題がある。一方、温度が90℃を超えると、釉薬層のごく表面の釉薬の溶出速度が速すぎるため、溶出量のコントロールが困難になるという問題がある。浸漬時間は、好ましくは10分~24時間であり、より好ましくは20分~16時間である。浸漬時間が10分未満であると、温度を高くする必要があり、釉薬層のごく表面の釉薬の溶出量のコントロールが困難になるという問題がある。一方、浸漬時間が24時間を超えると、温度を低くし、釉薬層のごく表面の釉薬の溶出量をコントロールしやすくなるが、長時間を要するため、生産性が低下するという問題がある。
【0020】
アルカリ溶液は、特に限定されるものではないが、取り扱いやすさやコストの観点から、好ましくは水酸化ナトリウム、水酸化カリウムおよび水酸化バリウムからなる群より選ばれる少なくとも1種を含み、より好ましくは水酸化ナトリウムを含む。また、アルカリ溶液は、取り扱いやすさやコスト、効果などの観点から、水溶液が好ましい。
【0021】
上記「アルカリ溶液に浸漬する工程」を包含する本発明の陶磁器の製造方法は、例えば、以下の通りである。
【0022】
(1)通常の陶磁器と同様、陶土を用いて食器形状などに成形を行い、基材となる素地を形成する。
(2)上記(1)で形成した素地の表面(例えば、最終的に食器として使用する場合、食材が触れる内面)に、最終的に得られる陶磁器の釉薬層の表面が、全長が1~800mmであり、幅が100~1000μmであり、かつ深さが100~1000μmである1以上の溝を有し、該溝の開口面積の合計が該釉薬層の全表面積の30~90%を占有するよう、1以上の溝を形成する。
(3)上記(2)で得られた溝を形成した素地を充分乾燥し、800~950℃で素焼きを行う。
(4)全固形分100質量%に対して20~50質量%の平均粒径10~500nmの球状シリカ粒子および0.5~3.0質量%のMgOを含有する釉薬を調製する(例えば、球状シリカ粒子を水に分散し、一定時間静置した後、上澄みを採取することで、微粒の粒子だけを抽出する水簸処理を行い、1μm以上の粗粒子を含まない平均粒径10~500nmの球状シリカ粒子を得る。この球状シリカ粒子を市販の釉薬に添加し、全固形分100質量%に対して20~50質量%の球状シリカ粒子および0.5~3.0質量%のMgOを含有するよう配合調整する。)。
(5)上記(3)で得られた素焼きした素地の表面に、上記(4)で調製した釉薬を施し、1200~1350℃で焼成する(最終的に得られる陶磁器の釉薬層の表面が、全長が1~800mmであり、幅が100~1000μmであり、かつ深さが100~1000μmである1以上の溝を有し、該溝の開口面積の合計が該釉薬層の全表面積の30~90%を占有するよう、釉薬中の水分量等により釉薬層の厚さを適宜調整する。)。
(6)上記(5)で得られた焼結体を室温まで冷却する。
(7)上記(6)で冷却した焼結体に対し、上記「アルカリ溶液に浸漬する工程」を行う。
(8)上記(7)でアルカリ溶液に浸漬した焼結体を充分に水洗した後、乾燥する。
【0023】
上記で説明した「アルカリ溶液に浸漬する工程」を包含する本発明の陶磁器の製造方法により、本発明の陶磁器を製造することができる。
【実施例】
【0024】
本発明は、さらに以下の実施例および比較例、ならびに参考例および比較参考例によって詳しく説明されるが、これらは本発明を限定するものではなく、また本発明の範囲を逸脱しない範囲で変化させてもよい。
【0025】
(実施例1)
基礎となる釉薬を固形分濃度で60質量%(SiO
2:40質量%、Al
2O
3:10質量%、MgO:1.0質量%、CaO:3.0質量%、Na
2O:1.5質量%、K
2O:4.5質量%)と、平均粒径180nmの球状シリカ粒子を固形分濃度で40質量%とをボールミルにより充分に湿式混合し、最終的な球状シリカ粒子の含有量が40質量%およびMgOの含有量が1.0質量%となるよう調整した。一方、素地については、陶土を用いて、100mm×100mmで厚さ5mmの陶板を圧力鋳込み成形により作製し、表面にブラシで、全長100mm、幅800μmおよび深さ200μmの直線状の溝を50本削り、乾燥後、900℃で素焼きを行った。素焼きした陶板の溝をつけた面に調製した釉薬を施し、1300℃で還元焼成を行った。得られた焼結体を冷却後、20℃でpH13の水酸化ナトリウム水溶液に浸漬し、室温で16時間静置した。その後、焼結体を充分に水洗および乾燥し、陶磁器の試験サンプル(接触角34°;釉薬層の表面は、全長が90mmであり、幅が720μmであり、かつ深さが180μmである50本の直線状の溝を有し、該溝の開口面積の合計が該釉薬層の全表面積の40%を占有する)を得た。得られたサンプルを45度の角度で壁に立て掛けた。立て掛けたサンプル表面に食用油を10滴滴下し、30分経過後、洗浄瓶から水を吹きかけ、油の落ち易さを目視で観察した。その結果、100ml量の流水で、釉薬層の表面から油が剥がれるように容易に流れ落ちていくのが確認された。
また、得られた陶磁器の試験サンプルの釉薬層の表面の電子顕微鏡写真を
図1に示す。
【0026】
(比較例1)
実施例1と同様の手順で1300℃での還元焼成まで行った焼結体について、冷却後、アルカリ溶液に浸漬することなく、水洗と乾燥のみ行い、陶磁器の試験サンプル(接触角24°;釉薬層の表面は、全長が90mmであり、幅が720μmであり、かつ深さが180μmである50本の直線状の溝を有し、該溝の開口面積の合計が該釉薬層の全表面積の40%を占有する)を得た。得られたサンプルを45度の角度で壁に立て掛けた。その後、立て掛けたサンプル表面に食用油を10滴滴下し、30分経過後、洗浄瓶から水を吹きかけ、油の落ち易さを目視で観察した。その結果、200ml量の流水でも釉薬層の表面から全ての油を落とすことはできなかった。このことから、焼成後のアルカリ溶液への浸漬が、油の落ち易さに影響を及ぼすことが判明した。
【0027】
(参考例1)
基礎となる釉薬を固形分濃度で65質量%(SiO
2:42質量%、Al
2O
3:13質量%、MgO:1.5質量%、CaO:3.1質量%、Na
2O:1.1質量%、K
2O:4.3質量%)と、平均粒径220nmの球状シリカ粒子を固形分濃度で35質量%とをボールミルにより充分に湿式混合した。混合後の釉薬について化学分析を行った結果、MgOの含有量は1.5質量%であった。この釉薬を陶土の陶板に施釉し、1300℃で還元焼成を行った。得られた焼結体について亀裂発生の有無を目視により観察するとともに、X線回折装置を用いて釉薬層の結晶相の同定を行った。その結果、目視により亀裂の発生は認められず、また結晶相についても
図2に示すように、亀裂を引き起こすクリストバライトの生成が、石英量と比べても少ないことが確認された。
【0028】
(比較参考例1)
基礎となる釉薬を固形分濃度で65質量%(SiO
2:42質量%、Al
2O
3:12.5質量%、MgO:0.3質量%、CaO:3.8質量%、Na
2O:1.5質量%、K
2O:4.9質量%)と、平均粒径220nmの球状シリカ粒子を固形分濃度で35質量%とをボールミルにより充分に湿式混合した。混合後の釉薬について化学分析を行った結果、MgOは0.3質量%であった。この釉薬を陶土の陶板に施釉し、1300℃で還元焼成を行った。得られた焼結体について亀裂発生の有無を目視により観察するとともに、X線回折装置を用いて釉薬層の結晶相の同定を行った。その結果、目視により多くの微細な亀裂が発生しており、また結晶相についても
図3に示すように、クリストバライトの生成が、石英量と比べても非常に多いことが確認された。このことから、釉薬の組成がクリストバライト生成に影響を及ぼすことが判明した。
【0029】
(実施例2)
基礎となる釉薬を固形分濃度で55質量%(SiO2:37.9質量%、Al2O3:9.0質量%、MgO:0.7質量%、CaO:2.1質量%、Na2O:1.2質量%、K2O:4.1質量%)と、平均粒径240nmの球状シリカ粒子を固形分濃度で45質量%とをボールミルにより充分に湿式混合し、最終的な球状シリカ粒子の含有量が45質量%およびMgOの含有量が0.7質量%となるよう調整した。一方、素地においては、陶土を用いて、100mm×100mmで厚さ5mmの陶板を圧力鋳込み成形により作製し、表面にブラシで、全長100mm、幅200μmおよび深さ100μmの直線状の溝を300本削り、乾燥後、900℃で素焼きを行った。素焼きした陶板の溝をつけた面に調製した釉薬を施し、1300℃で還元焼成を行った。得られた焼結体を冷却後、70℃でpH10の水酸化ナトリウム水溶液に30分間浸漬した。その後、焼結体を充分に水洗および乾燥し、陶磁器の試験サンプル(接触角38°;釉薬層の表面は、全長が90mmであり、幅が180μmであり、かつ深さが90μmである300本の直線状の溝を有し、該溝の開口面積の合計が該釉薬層の全表面積の60%を占有する)を得た。得られたサンプルを45度の角度で壁に立て掛けた。立て掛けたサンプル表面に食用油を10滴滴下した後、洗浄瓶から水を吹きかけ、油の落ち易さを目視で観察した。その結果、100ml量の流水でも、釉薬層の表面から油が剥がれるように容易に流れ落ちていくのが確認された。
【0030】
(比較例2)
実施例2と同様の手順で圧力鋳込み成形した素地について、その表面に溝を入れず成形したままの平滑な状態で乾燥後、900℃で素焼きを行った。その後は実施例2と同様、得られた焼結体を冷却後、70℃でpH10の水酸化ナトリウム水溶液に30分間浸漬した。その後、焼結体を充分に水洗および乾燥し、陶磁器の試験サンプル(接触角31°)を得た。得られたサンプルを45度の角度で壁に立て掛けた。立て掛けたサンプル表面に食用油を10滴滴下した後、洗浄瓶から水を吹きかけ、油の落ち易さを目視で観察した。その結果、100ml量の水流では釉薬層の表面から全ての油を落とすことはできなかった。このことから、油の落ち易さには、流水の力を利用することも非常に有効で、表面形状の影響が大きいことが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明によれば、少量の流水により油汚れが落ち易く、しかも食器洗浄機の過酷な条件下においても、長期にわたりその機能を維持することから、洗浄時の水量や洗剤量を削減できる環境にやさしい陶磁器、およびその製造方法を提供することができる。