(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-15
(45)【発行日】2024-10-23
(54)【発明の名称】結像型X線顕微鏡
(51)【国際特許分類】
G21K 7/00 20060101AFI20241016BHJP
G21K 1/00 20060101ALI20241016BHJP
G21K 1/06 20060101ALI20241016BHJP
【FI】
G21K7/00
G21K1/00 X
G21K1/06 G
G21K1/06 B
(21)【出願番号】P 2020178363
(22)【出願日】2020-10-23
【審査請求日】2022-12-12
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000250339
【氏名又は名称】株式会社リガク
(74)【代理人】
【識別番号】100125391
【氏名又は名称】白川 洋一
(74)【代理人】
【識別番号】110004107
【氏名又は名称】弁理士法人Kighs
(72)【発明者】
【氏名】表 和彦
(72)【発明者】
【氏名】廣瀬 雷太
(72)【発明者】
【氏名】加藤 秀一
(72)【発明者】
【氏名】ユーリー・プラトノフ
【審査官】大門 清
(56)【参考文献】
【文献】特開平06-250000(JP,A)
【文献】安田周平 他,モノリシックな一次元 Wolter mirror を用いた結像型X 線顕微鏡の開発,2015 年度精密工学会秋季大会学術講演会講演論文集,L33,日本,2015年,p.705-706
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G21K 7/00
G21K 1/00
G21K 1/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
X線源と、放射されたX線を試料に向けて集光照射するコンデンサーミラーからなるX線照射部と、
前記試料を保持する試料保持部と、
前記試料を透過したX線を結像する反射ミラー型X線レンズ部と、
前記結像されたX線像を取得する撮像部と、を備え、
前記照射されるX線は、4keV以上のエネルギーを有し、
前記コンデンサーミラーおよび反射ミラー型X線レンズ部を構成する各ミラーは、多層膜が形成された反射面を有
する多層膜ミラーであり、
前記反射ミラー型X線レンズ部は、X線照射方向に対して垂直な第1の方向および前記第1の方向に垂直な第2の方向へ反射可能なウォルター型ミラーセットであり、
前記多層膜は、設計された周期性に対して0.5Å以下の誤差で形成されていることを特徴とする結像型X線顕微鏡。
【請求項2】
前記X線源は、100μm以下の焦点サイズでX線を発生させ、
前記コンデンサーミラーは、前記発生されたX線を100μm以下の照射領域に集光することを特徴とする請求項1記載の結像型X線顕微鏡。
【請求項3】
前記照射されるX線は500W以上の出力によることを特徴とする請求項1または請求項2記載の結像型X線顕微鏡。
【請求項4】
前記撮像部は、1μm以下の空間分解能を有することを特徴とする請求項1から
請求項3のいずれかに記載の結像型X線顕微鏡。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、実験室において結像X線顕微鏡の性能を大幅に向上するための技術に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の結像型X線顕微鏡では、結像系にフレネルゾーンプレートレンズ(FZP)が用いられることが多い(例えば、特許文献1参照)。しかしながら、FZPを高エネルギーX線に適用した場合は、アスペクト比を大きくすることが難しく、回折効率が著しく低下する。例えば、15keV以上のX線をFZPで結像させた場合には効率は数%以下となる。また、その場合の開口数(NA)も1mrad以下であり非常に小さい。したがって、実験室において高エネルギーX線を用いた高分解能X線顕微鏡を実現することは困難であった。
【0003】
これに対し、室内に搬入できるサイズのX線顕微鏡としてKirkpatrick-Baezミラー(KBミラー)を用いたものが開発されている(例えば、特許文献2参照)。特許文献2記載のX線顕微鏡は、反射凹面を有するKBミラーと、反射凸面を有するKBミラーとを用いて結像系を構成している。その結果、拡大倍率を保持しながら光学系の後側焦点距離を短縮している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】米国特許第7394890号明細書
【文献】特許第6478433号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献2記載のX線顕微鏡においては、X線の全反射を利用しているため、入射角度を臨界角以下に制限しなければならず、開口数の大きなレンズを実現するには、X線ビーム方向の大きさを長くする必要がある。特に、実験室内に設置できるサイズで高エネルギーのX線においても高い効率で結像できるX線顕微鏡が求められている。
【0006】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、高いエネルギーのX線であっても開口数を大きくすることができ、実験室内においても十分な強度で拡大像を得ることができる結像型X線顕微鏡を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
(1)上記の目的を達成するため、本発明の結像型X線顕微鏡は、微焦点かつ高出力のX線源と、放射されたX線を試料に向けて集光照射するコンデンサーミラーからなるX線照射部と、前記試料を保持する試料保持部と、前記試料を透過したX線を結像する反射ミラー型X線レンズ部と、前記結像されたX線像を取得する撮像部と、を備え、前記コンデンサーミラーおよび反射ミラー型X線レンズ部を構成する各ミラーは、特定波長のX線において高い反射率を有する多層膜が形成された反射面を有することを特徴としている。
【0008】
このようにコンデンサーおよび結像レンズを構成する各ミラーが多層膜で形成された反射面を有するため、高いエネルギーのX線であっても、X線入射角度を高く保つことにより開口数を大きくすることができ、実験室内においても十分な強度の拡大像を得ることができる。
【0009】
(2)また、本発明の結像型X線顕微鏡は、前記X線源が、100μm以下の焦点サイズでX線を発生させ、前記コンデンサーミラーが、前記発生されたX線を100μm以下の照射領域に集光することを特徴としている。これにより、微焦点で集光でき、目的の視野に入るX線輝度を高くすることができる。X線源の焦点サイズおよび照射領域における集光サイズを50μm以下に絞ることができれば、さらに明るい拡大像を得ることが可能となる。
【0010】
(3)また、本発明の結像型X線顕微鏡は、前記反射ミラー型X線レンズ部は、X線照射方向に対して垂直な第1の方向および前記第1の方向に垂直な第2の方向へ反射可能なウォルター型ミラーセットであることを特徴としている。これにより、高いエネルギーのX線に対しても、高効率で高分解能のX線拡大画像を取得することを可能としている。
【0011】
(4)また、本発明の結像型X線顕微鏡は、前記照射されるX線が500W以上の出力によることを特徴としている。これにより、照射されるX線の輝度を高くすることができる。また、X線源の出力が、1kWあるいはそれ以上であれば、さらに明るい像を得ることができる。
【0012】
(5)また、本発明の結像型X線顕微鏡は、前記照射されるX線が、4keV以上のエネルギーを有することを特徴としている。このようにエネルギーの高いX線を用いることで、高いX線透過率により、試料の内部構造を非破壊で高分解能画像を得ることができる。
【0013】
(6)また、本発明の結像型X線顕微鏡は、前記多層膜が、設計された周期に対して0.5Å以下の誤差で形成されていることを特徴としている。これにより、レンズ全面にわたり、X線の波面に乱れを少なくすることができる。さらに、0.2Å以下の誤差で多層膜が形成されれば、波面の乱れを無視できるほど小さくでき、高分解能での結像が可能となる。
【0014】
(7)また、本発明の結像型X線顕微鏡は、前記撮像部が、1μm以下の空間分解能を有することを特徴としている。これにより、X線結像レンズとの組み合わせにより、分解能0.1μm以下の高分解能で拡大像のデータを取得できる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、高いエネルギーのX線であっても高輝度X線で照射した試料の画像を開口数の大きな光学システムを構築することができ、実験室内においても十分な強度の拡大像を得ることができる結像型X線顕微鏡を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明の結像型X線顕微鏡を示す概略図である。
【
図2】(a)、(b)それぞれ結像型X線顕微鏡の光学系を示す平面図および正面図である。
【
図5】(a)、(b)それぞれ鉛直反射のミラーセットおよび水平反射のミラーセットを示す平面図である。
【
図6】鉛直反射の第1結像ミラーの位置に対する多層膜の周期長の設計値および測定値を示すグラフである。
【
図7】鉛直反射の第2結像ミラーの位置に対する多層膜の周期長の設計値および測定値を示すグラフである。
【
図8】水平反射の第1結像ミラーの位置に対する多層膜の周期長の設計値および測定値を示すグラフである。
【
図9】水平反射の第2結像ミラーの位置に対する多層膜の周期長の設計値および測定値を示すグラフである。
【
図10】水平反射の第2結像ミラーの位置に対する表面形状の誤差の大きさを示すグラフである。
【
図11】(a)、(b)それぞれ30秒および150秒露光したときの分解能評価用のテストチャートのX線像を示す図である。
【
図12】1500秒露光したときの分解能評価用のテストチャートのX線像とその一部の強度分布を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
次に、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら説明する。説明の理解を容易にするため、各図面において同一の構成要素に対しては同一の参照番号を付し、重複する説明は省略する。
【0018】
[結像型X線顕微鏡]
図1は、結像型X線顕微鏡100の概略図である。結像型X線顕微鏡100は、高輝度のX線源120、コンデンサーミラー130、試料保持部140、反射ミラー型X線レンズ部150、および高分解能X線検出器190(撮像部)により構成される。コンデンサーミラー130および反射ミラー型X線レンズ部150で用いられるX線反射ミラーには、多層膜が成膜されている。多層膜で形成された反射面は、特定の波長のX線に対し高い反射率を有し、かつX線入射角度を高く保つことにより開口数を大きくすることができるため、短時間で高分解能のX線拡大画像を取得することを可能としている。なお、結像型X線顕微鏡100の分解能δは、定数k、照射するX線の波長λおよび開口数NAを用いて、δ=kλ/NAと表すことができる。
【0019】
このような結像型X線顕微鏡100は、例えば、数十nmスケールの構造が厚さ数μmに形成された微細化かつ高密度化された半導体デバイスの検査において、有用性が高い。結像型X線顕微鏡100によって製品ウェーハを非破壊で観察または検査できれば、デバイス製造における生産性を大きく向上させることができる。また、結像型X線顕微鏡100により、例えば、ライフサイエンスの研究分野において、50nm~1μmサイズの部位の観察が可能になる。具体的には、細胞小器官、細胞、組織、器官、器官系の内部構造、モデル細胞、疾患モデル細胞の形態、および遺伝子改変動物の変位部位の形態が挙げられる。X線顕微鏡により、50nm~1μmサイズのCT断層画像の観察が可能となり、厚い細胞を薄片化させずにそのまま三次元的に観察することができる。
【0020】
X線照射部110は、X線源120、コンデンサーミラー130および絞り135を有し、微焦点かつ高出力のX線を試料に向けて照射する。X線源120は、好ましくは回転対陰極型の微焦点高出力X線源である。照射されるX線は、4keV以上のエネルギーを有することが好ましい。X線のエネルギーと波長は、逆比例の関係にあり、エネルギーが高いほど、波長は短くなる。したがって、このように波長の短いX線を用いることで、結像型X線顕微鏡100の原理的な分解能δの限界を高めることができる。X線の波長を規定するX線源のターゲットとして、例えば、Cr、Cu、Mo、Agが挙げられる。
【0021】
X線源120は、500W以上の出力でX線を発生することが好ましく、1kW以上であればさらに良い。これにより、照射されるX線の強度を大きくすることができる。コンデンサーミラー130は、発生したX線のうち、X線レンズの開口数に最適な集光角で微小な照射領域に集光するように設計が最適化されている。また、ミラー面には、必要な波長のX線において高い反射率を有する多層膜が形成されている。多層膜の構成の詳細は後述する。なお、本明細書で、「高い反射率を有する」とは、「入射する特性X線の強度を100%とした場合、ミラーの1回反射当たりに反射される特性X線の強度が70%以上であること」と同義である。
【0022】
絞り135は、X線照射方向に対して垂直な第1の方向および第2の方向の開口の制御が可能であり、試料Sに向かうX線の各方向のサイズを調整する。本実施形態では、第1の方向が鉛直方向、第2の方向が水平方向を表すが必ずしもこれに限られない。
【0023】
試料保持部140は、高精度で回転制御が可能な回転ステージを有し、試料Sを保持する。回転ステージで試料Sを回転させながら撮影することにより、得られた画像からCT画像を再構成することも可能である。
【0024】
反射ミラー型X線レンズ部150は、X線照射方向に対して垂直な第1の方向および前記第1の方向に垂直な第2の方向へ反射可能なウォルター型ミラーセットを有し、試料Sを透過したX線を高分解能X線検出器190の受光面に結像する。これにより、2次元の高分解能の拡大像が得られる。試料から反射ミラー型X線レンズ部150が作るレンズ面までの距離L1をレンズ面から受光面までの距離L2で除した値がX線像の拡大率である。
【0025】
「ウォルター型」とは、ミラーセットがそれぞれ双曲面および楕円面の反射面を有するミラーを含んでいることを指す。「ウォルター型」であることにより、結像する領域を広くとることが可能になる。各ミラーは、多層膜で形成された反射面を有する。多層膜の詳細は後述する。
【0026】
高分解能X線検出器190は、例えば受光面を有するCCDカメラであり、結像されたX線像を取得する。高分解能X線検出器190は、1μm以下の空間分解能を有することが好まく、0.5μm以下であればさらに良い。これにより、ピクセルサイズ50nm以下、好ましくは25nm以下の高分解能で拡大像のデータを取得できる。なお、光強度すなわち観察像の明るさは、NA2/倍率2に比例する。
【0027】
[集光系および結像系]
図2(a)、(b)は、それぞれ結像型X線顕微鏡100の光学系の例を示す平面図および正面図である。
図2(a)、(b)に示すように、結像型X線顕微鏡100は、コンデンサーミラー130を備えている。
【0028】
X線源120は、100μm以下の焦点サイズでX線を発生させ、コンデンサーミラー130は、発生されたX線を100μm(FWHM:Full Width at Half Maximum:半値全幅)以下の照射領域に集光することが好ましい。さらに、X線源の焦点サイズおよび照射領域での集光サイズを50μm(FWHM)以下に絞ることができれば、目的の視野に入るX線出力を大きくすることができる。それにより、例えば、φ50μmの照射領域に光子量109photons/s以上のX線を照射することが可能である。なお、焦点サイズとは、X線束側から見た実効焦点のサイズを意味する。
【0029】
コンデンサーミラー130は、多層膜で形成された鉛直方向および水平方向の反射面を有し、試料Sに向けて単色化したX線を照射することが好ましい。多層膜によりミラーへのX線入射角度を大きく取ることができ、大きい集光角により強いX線強度の微焦点を形成できる。
【0030】
図2(a)、(b)に示す例では、反射ミラー型X線レンズ部150として、試料S側から順に結像素子160、170および180を備えている。結像素子160は、鉛直反射の第1結像ミラーおよび第2結像ミラーによるミラーセットを有している。結像素子170は、水平反射の第1結像ミラーを有しており、結像素子180は、水平反射の第2結像ミラーを有している。結像素子170および180により水平反射のミラーセットが構成されている。水平反射の第2結像ミラーと試料Sとの距離D1については後述する。
【0031】
鉛直反射の第1結像ミラーおよび第2結像ミラーはいずれも凹ミラーである。これらのミラーセットは、ミラーセットと重なる位置にレンズ面を形成する。一方、水平反射の第1結像ミラーは凹ミラーであり、水平反射の第2結像ミラーは凸ミラーである。これらのミラーセットは、ミラーセットの前段の位置にレンズ面を形成する。そして、各ミラーの反射面を精密に加工することで、鉛直反射のレンズ面と水平反射のレンズ面とを一致させることができる。なお、上記の例では、コンパクト化およびレンズ面を一致させる観点から凹凹凹凸のミラーの組み合わせが採用されているが、他のミラー配置の組み合わせであってもよい。
【0032】
図2(a)、(b)に示す例において、試料Sから受光面までの光軸上の距離を各結像ミラーによる反射位置で区切った各距離D2、D3、D4、D5およびD6は、例えば30~40mm、30~40mm、50~70mm、50~70mmおよび1~2mに設定できる。なお、距離D2は、ワーキングディスタンスと呼ばれ、試料Sから鉛直反射の第1結像ミラーまでの距離に相当する。ユーザは、試料Sを配置し、測定をする上で、ワーキングディスタンスをなるべく大きくとりたいが、後述のように必要な倍率や開口数を得る上での制限がある。
【0033】
図2(a)、(b)に示す例では、コンデンサーミラー130、各結像素子160~180のいずれの結像ミラーの反射面も多層膜が形成されている。その結果、高いエネルギーのX線であっても、試料位置に大きな集光角で強いX線を照射できるだけでなく、開口数を大きくすることができ、実験室内においても十分な強度の拡大像を得ることができる。
【0034】
図3は、集光角および開口角を示す概略図である。集光角ψはコンデンサーミラーから試料Sに入射するX線の光軸に対する最大角度である。開口角αは、試料Sから反射ミラー型X線レンズ部150に入射するX線の光軸に対する最大角度であり、開口数NAは、sinαである。コンデンサーミラー130による集光角ψ、反射ミラー型X線レンズ部150への開口数NAは各線源に応じて決まる。例えば、CuKαに対して、集光角ψは10mrad、開口角αは4.7mradであり、MoKαに対して、集光角ψは5mrad、開口角αは2.7mradである。これらにより、試料Sの位置が決まり、距離D1とD2との関係が決まる。X線顕微鏡として高分解能X線検出器190上で得られる強度は、集光角および開口角のおおよそ2乗に比例する。そのため、強度の強いX線源を得ることが難しい実験室内の装置においては、これらをできる限り大きく取ることが望ましく、多層膜による反射面への入射角増加の効果は、極めて大きい。
【0035】
[多層膜]
図4は、多層膜を示す断面図である。
図4に示すように、多層膜は、重元素で形成された層と軽元素で形成された層が交互に積層されている。各多層膜では、重元素層と軽元素層とが1対の層として、繰り返し積層されている。積層回数は、ミラーセットを構成するミラーごとに設定してもよい。
【0036】
多層膜は、入射するX線から対応する特性X線の波長のX線を選択的に反射する。重元素と軽元素が周期的に形成されることによって、電子密度の規則的な濃淡が生じ、回折現象が起こる。入射するX線に連続X線や複数種類の特性X線が含まれている場合、多層膜ミラーが反射した後のX線は、多層膜によって回折された一部又は全部の特性X線となる。
【0037】
多層間隔dは、特性X線の波長とミラーの形状(放物形状、楕円形状などの湾曲反射面の形状)に応じて決まる。そのため、X線源120のターゲットの種類やミラーの表面形状に応じて最適な多層間隔に設計される。
【0038】
図4に示す例では、入射角θ1の位置における周期長d1と入射角θ2の位置における周期長d2について、θ1>θ2のときd1<d2の関係が必要である。各層の厚さ(周期長)が位置によって変化するように設計されており、製造時には設計通りの正確な成膜が要求される。
【0039】
ミラー表面に多層膜を成膜することにより、X線入射角を大きくすることが可能になる。その結果、コンパクトで集光角の大きい集光レンズおよびコンパクトで開口数の高い結像レンズを実現することができる。
【0040】
多層膜は、例えば、プラズマを発生させて、プラズマをターゲットに当てて生じた粒子を基板に積層することで成膜できる。その際に、生じた粒子を絞るスリットを設置し、その開口形状によって、基板に到達する粒子の量、つまり膜厚を調整することができる。あるいは、スリット付近を通過する基板のスピードを変えることにより、基板が速く動いたところは層厚を薄く、ゆっくり動いたところは層厚を厚くすることができる。これらの方法を組み合わせて、場所ごとに異なった膜厚の薄膜を高精度で成膜することができる。なお、重元素としてはタングステンやモリブデン、軽元素としてはケイ素、炭素、ホウ素などを用いることができる。
【0041】
多層膜は、設計された周期性に対して0.5Å以下の誤差で形成されていることが好ましく、0.2Å以下の誤差であればさらによい。光学素子の形状や周期的構造の不均一性は、X線の波面に乱れを生じさせる。多層膜を成膜する場合、設計値に対して、位置による周期性の誤差や表面形状の誤差が小さくなるように形成することで、形成された反射面で反射したX線の波面の乱れを小さくすることができる。これにより、硬X線を用いた撮影において、レンズ全面にわたって、位相ズレがなく十分に高い分解能のX線像を得ることができる。
【0042】
例えば、このような多層膜をコートした反射結像レンズを採用することにより、実験室で汎用的に使われる8keVのX線を用いた場合でも開口角を4mradより大きくできる。また、17.5keVのX線を用いた場合でも、開口角を3mradより大きくでき、かつ、効率が40%を超えるレンズを実現することができる。
【0043】
[多層膜の精度試験]
結像型X線顕微鏡100に用いられる各結像ミラーの多層膜を準備した。多層膜の製造は、RIT(リガク・イノベイティブ・テクノロジーズ・インコーポレイテッド)により行われた。多層膜の製造に用いられる成膜装置として、多数回のキャリブレーションを繰り返すことで、高い成膜の安定性、再現性および膜厚のコントロール性が達成されたものを用いた。得られた各多層膜に対し位置に対する周期長をX線反射率により高精度に測定した。
【0044】
図5(a)、(b)は、それぞれ鉛直反射のミラーセットおよび水平反射のミラーセットを示す平面図である。
図5(a)に示すように、鉛直反射の結像素子160における第1結像ミラー161および第2結像ミラー162は、それぞれ双曲面および楕円面の多層膜が形成された。また、
図5(b)に示すように、水平反射の結像素子170および結像素子180における第1結像ミラー171および第2結像ミラー181は、それぞれ楕円面および双曲面の多層膜が形成された。
【0045】
図6は、鉛直反射の第1結像ミラーの位置に対する多層膜の周期長の設計値および測定値を示すグラフである。
図7は、鉛直反射の第2結像ミラーの位置に対する多層膜の周期長の設計値および測定値を示すグラフである。
図8は、水平反射の第1結像ミラーの位置に対する多層膜の周期長の設計値および測定値を示すグラフである。
図9は、水平反射の第2結像ミラーの位置に対する多層膜の周期長の設計値および測定値を示すグラフである。
【0046】
いずれの図でも、直線が位置に応じた周期長の設計値を表しており、円が各位置に対する周期長の測定値を示している。いずれの結像ミラーの多層膜の周期長も誤差が0.2Å以内に収まっていた。
【0047】
図10は、水平反射の第2結像ミラーの位置に対する表面形状の誤差の大きさを示すグラフである。
図10に示すように、水平反射の第2結像ミラーの表面形状の誤差は1.5nm以内であった。なお、他のミラーの表面形状についても水平反射の第2結像ミラーと同様の結果が得られた。
【0048】
[X線像の分解能評価]
上記の多層膜の精度で製造されたミラーを用いて結像型X線顕微鏡100を組み上げた。CuKαのX線源を用いた。反射ミラー型X線レンズ部150を構成するミラーセットの詳細の仕様は以下の表の通りである。
【表1】
【0049】
高分解能X線検出器190には、Rigaku製高分解能X線カメラXsightXRMを用いた。試料として分解能評価用のテストチャートのX線像を撮影した。分解能評価用のテストチャートとしては、NTT-AT製の厚膜高解像度タイプのX線チャート(XRESO-50HC、最小寸法50nm、パターン高さ500nm)を用いた。計算上のX線像の画素分解能は、23nmであった。なお、反射ミラー型X線レンズ部150の倍率と高分解能X線検出器190の空間分解能とX線像の画素分解能の関係は、以下の表2の通りである。
【表2】
【0050】
図11(a)、(b)は、それぞれ30秒および150秒露光したときの分解能評価用のテストチャートのX線像を示す図である。
図11(a)、(b)に示すように、いずれのX線像でも、0.1μmのチャートまで区別することが可能であった。ただし、30秒露光のものより、150秒露光のものの方が、明確にコントラストが表れていた。このように、実験室においても、数十秒の測定で、分解能100nm以下の測定が可能になり、実験室レベルの装置として結像型X線顕微鏡100は実用的な製品レベルに到達した。
【0051】
図12は、1500秒露光したときの分解能評価用のテストチャートのX線像とその一部の強度分布を示すグラフである。
図12に示すように、50nmチャートパターンの一部を分解することが可能であった。
【符号の説明】
【0052】
100 結像型X線顕微鏡
110 X線照射部
120 X線源
130 コンデンサーミラー
135 絞り
140 試料保持部
150 反射ミラー型X線レンズ部
160~180 結像素子
190 高分解能X線検出器(撮像部)
D1~D6 距離
L1、L2 距離
S 試料
d1、d2 周期長