(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-15
(45)【発行日】2024-10-23
(54)【発明の名称】金属銅微粒子から成る抗ウイルス剤
(51)【国際特許分類】
A01N 59/20 20060101AFI20241016BHJP
A01N 25/04 20060101ALI20241016BHJP
A01N 25/26 20060101ALI20241016BHJP
A01P 1/00 20060101ALI20241016BHJP
B22F 1/102 20220101ALN20241016BHJP
B22F 1/00 20220101ALN20241016BHJP
【FI】
A01N59/20 Z
A01N25/04 102
A01N25/26
A01P1/00
B22F1/102
B22F1/00 L
(21)【出願番号】P 2020066385
(22)【出願日】2020-04-02
【審査請求日】2023-03-13
(31)【優先権主張番号】P 2019071608
(32)【優先日】2019-04-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003768
【氏名又は名称】東洋製罐グループホールディングス株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000229874
【氏名又は名称】TOMATEC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003524
【氏名又は名称】弁理士法人愛宕綜合特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100113217
【氏名又は名称】奥貫 佐知子
(72)【発明者】
【氏名】小金井 章子
(72)【発明者】
【氏名】大橋 和彰
(72)【発明者】
【氏名】小坂 泰啓
(72)【発明者】
【氏名】生田目 大輔
(72)【発明者】
【氏名】濱野 亮介
(72)【発明者】
【氏名】石河 明
【審査官】▲来▼田 優来
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-226400(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2017-0003076(KR,A)
【文献】特開2018-100255(JP,A)
【文献】特開2018-095607(JP,A)
【文献】特開2017-178942(JP,A)
【文献】特開2011-052326(JP,A)
【文献】特開2019-065363(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01N1/00-65/48
A01P1/00-23/00
B22F1/00-12/90
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
脂肪酸及び/又はエステル化合物で被覆された金属銅微粒子から成り、
前記金属銅微粒子に対する前記脂肪酸及び/又はエステル化合物の被覆量が0.1~10質量%であり、X線光電子分光法により前記金属銅微粒子集合体の表面を測定した際に、金属銅成分が最初に測定された深さにおける全銅成分に対する金属銅の割合が10%以上に維持されていることを特徴とする抗ウイルス剤。
【請求項2】
前記金属銅微粒子の平均二次粒径が100nm~500μmである請求項
1記載の抗ウイルス剤。
【請求項3】
前記金属銅微粒子が溶媒中に分散された分散液である請求項1
又は2に記載の抗ウイルス剤。
【請求項4】
前記金属銅微粒子が樹脂中に分散された樹脂組成物である請求項1
又は2に記載の抗ウイルス剤。
【請求項5】
前記金属銅微粒子を0.01~2.0質量%の量で含有する抗ウイルス剤の抗ウイルス活性値が3.0以上である請求項1~
4の何れかに記載の抗ウイルス剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗ウイルス剤に関するものであり、より詳細には、金属銅を有効成分とする抗ウイルス剤に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、抗菌性や抗ウイルス性を有する材料には、銀イオンや銅(II)イオンが有効成分として使用されており、これらの金属イオンをゼオライトやシリカゲルなどの物質に担持させ、或いは溶媒中に分散させて成る抗ウイルス材料が種々提案されている。
しかしながら、上記金属イオンは、インフルエンザウイルスのようなエンベロープ構造を有するウイルスに対する抗ウイルス性を発現することはできるが、ノロウイルスのようなエンベロープ構造を持たないウイルスに対しては抗ウイルス性を発現することはできなかった。
【0003】
エンベロープ構造の有無にかかわらず、抗ウイルス性を発現可能な金属化合物として一価銅化合物も知られており、例えば、下記特許文献1には、一価の銅化合物微粒子と、還元剤と、分散媒を含有し、pH6以下であることを特徴とする抗ウイルス組成物が記載されている。下記特許文献2には、BET比表面積が5~100m2/gの亜酸化銅粒子と、アルデヒド基を有する糖類と、光触媒物質とを含有することを特徴とする抗菌抗ウイルス性組成物が記載されている。下記特許文献3には、銅粒子及び銅化合物粒子の少なくともいずれか一方を酸化物粒子に担持した、平均二次粒子径が80nm~600nmの銅担持酸化物と、平均二次粒子径が1μm~15μmの硫酸バリウムと撥水性の樹脂バインダーとを有する抗ウイルス性塗膜が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第5194185号公報
【文献】特開2013-82654号公報
【文献】特開2015-205998号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、一価銅化合物の微粒子は凝集しやすく、一価銅化合物を均一に分散させることは困難であり、分散液を抗ウイルス組成物として利用する場合や塗料と混合してコーティングされた抗ウイルス成型体として用いる場合において、一価銅化合物の微粒子が有する抗ウイルス性を効率よく発現することが困難であった。
また、上記特許文献で挙げられているような粒子径の大きい一価銅化合物を用いた場合には、粒子表面積が小さくなり、ウイルスとの接触機会が減少することで抗ウイルス性が低下する。また、粒子径の大きい一価銅化合物がコーティングされた抗ウイルス成型体では、ヘイズや光透過率が悪化して透明性が損なわれるという問題がある。
更に、一価銅化合物の微粒子は粉砕することによっても得られるが、被膜剤や安定化剤がないため凝集しやすく、亜酸化銅から酸化銅(II)への酸化が起こりやすいといった問題もある。
【0006】
本発明者等は、このような問題を解決するため、効率よく高い抗ウイルス性を発現可能な微粒子について鋭意研究を続けた結果、一価銅化合物よりも金属銅がより高い抗ウイルス性を発現できることを見出すと共に、金属銅微粒子の表面を脂肪酸及び該脂肪酸のエステル化合物で被覆することにより、低沸点溶媒中に高濃度で含有されている場合にも凝集することなく均一に分散することを見出した。
しかしながら、上記金属銅微粒子は、分散液の状態では凝集することなく均一な分散液とすることができるが、媒体のない金属銅微粒子単独の状態では凝集しやすく、効率よく抗ウイルス性を発現することが困難であった。また凝集により金属銅微粒子の二次粒子当たりの有機物(脂肪酸及びエステル化合物)の被覆量が多くなり、分散液で得られたような高い抗ウイルス性を有する微粒子粉末から成る抗ウイルス剤を得ることができないという問題があった。
従って本発明の目的は、抗ウイルス性を効率よく発現可能であると共に、有効成分である金属銅の耐酸化性に優れ、優れた抗ウイルス性を長期にわたって発現可能な抗ウイルス剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明によれば、脂肪酸及び/又はエステル化合物で被覆された金属銅微粒子から成り、前記金属銅微粒子に対する前記脂肪酸及び/又はエステル化合物の被覆量が0.1~10質量%であり、X線光電子分光法により前記金属銅微粒子集合体の表面を測定した際に、金属銅成分が最初に測定された深さにおける全銅成分に対する金属銅の割合が10%以上に維持されていることを特徴とする抗ウイルス剤が提供される。
【0008】
本発明の抗ウイルス剤においては、
1.前記金属銅微粒子に対する前記脂肪酸及び/又はエステル化合物の被覆量が0.1~20質量%であること、
2.前記金属銅微粒子の平均二次粒径が100nm~500μmであること、
3.前記金属銅微粒子が溶媒中に分散された分散液であること、
4.前記金属銅微粒子が樹脂中に分散された樹脂組成物であること、
5.前記金属銅微粒子を0.01~2.0質量%の量で含有する抗ウイルス剤の抗ウイルス活性値が3.0以上であること、
が好適である。
【発明の効果】
【0009】
本発明の抗ウイルス剤は、抗ウイルス性の有効成分である金属銅微粒子が、脂肪酸及び/又はエステル化合物で被覆されていることにより、金属銅微粒子の酸化及び凝集が有効に防止され、優れた抗ウイルス性を長期にわたって発現することが可能になる。すなわち、本発明においては、X線光電子分光法により金属銅微粒子集合体表面を測定した際に、金属銅成分が最初に測定された深さにおける全銅成分に対する金属銅の割合が10%以上に維持されていれば、抗ウイルス性が充分に発現可能であることを見出すと共に、抗ウイルス性を阻害することなく、上述した金属銅の酸化及び凝集を抑制するのに必要十分な脂肪酸及びエステル化合物の被覆量を見出した。
【0010】
本発明の抗ウイルス剤の上述した効果は、後述する実施例の結果からも明らかである。すなわち、実施例1~7で調製された金属銅微粒子粉末から成る抗ウイルス剤は、表面組成が金属銅100%であり、実施例1及び6について行った抗ウイルス性評価も高いことがわかる。その一方、比較例1のように、脂肪酸銅が熱分解し、脂肪酸及び/又はエステル化合物が被覆していない金属銅微粒子では金属銅が容易に酸化してしまっていることがわかる(比較例1)。また実施例9で調製された金属銅微粒子粉末から成る抗ウイルス剤は、表面組成が金属銅46%であるが、金属銅100%の実施例6と同等の抗ウイルス性が得られている。また
図2から明らかなように、本発明の抗ウイルス剤においては、8か月大気中で保管した場合にも、金属銅が酸化されずに46%存在しており、本発明の抗ウイルス剤が、長期にわたって優れた抗ウイルス性を発現できることが明らかである。
【0011】
本発明の抗ウイルス剤は、エンベロープ構造の有無にかかわらず抗ウイルス性を発現可能であり、ノロウイルス等のエンベロープ構造を持たないウイルスに対しても抗ウイルス性を発現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】実施例1により得られた抗ウイルス剤のX線光電子分光法のチャートを示す図である。
【
図2】実施例9により得られた抗ウイルス剤のX線光電子分光法のチャートを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
(抗ウイルス剤)
本発明の抗ウイルス剤は、脂肪酸及び/又はエステル化合物で被覆されている金属銅微粒子から成り、抗ウイルス性を示す有効成分である金属銅はウイルスを吸着してウイルスを不活性化することが可能であり、エンベロープ構造の有無にかかわらず優れた抗ウイルス性を発現することができる。すなわち、本発明の抗ウイルス剤が有する優れた抗ウイルス性は、金属銅から発生する活性酸素の酸化力によって、微小蛋白質から成るウイルスの蛋白質を変性させると共に、金属銅がウイルスの蛋白質のチオール基と反応することによって蛋白質を変性させることにより、ウイルスを不活性化できると考えられる。尚、脂肪酸及び/又はエステル化合物が被覆された金属銅微粒子が抗ウイルス性を発現されるメカニズムは明らかではないが、金属銅微粒子表面に存在する被覆に付着したウイルスが被覆と置換することにより、金属銅と接触すると考えられる。
【0014】
本発明の抗ウイルス剤を構成する金属銅微粒子は、金属銅微粒子の周囲に脂肪酸又はエステル化合物のそれぞれが配位する一方、エステル化合物は脂肪酸と親和性を有することから、脂肪酸の周囲又は脂肪酸と混合した状態で配位していると考えられる。
本発明の抗ウイルス剤を構成する金属銅微粒子は表面が脂肪酸及び/又はエステル化合物で被覆されていることにより、金属銅微粒子の表面活性が高まることに起因する微粒子表面の酸化が防止されると共に、微粒子の凝集を抑制することが可能であり、優れた抗ウイルス性を長期に亘って発現できる。
本発明においては、X線光電子分光法により金属銅微粒子集合体表面を測定した際に、金属銅成分が最初に測定された深さにおける全銅成分に対する金属銅の割合が10%以上に維持されていることが重要な特徴である。すなわち、脂肪酸及び/又はエステル化合物が金属銅微粒子表面を覆うことにより、金属銅微粒子の酸化及び凝集が抑制されているが、この被覆と金属銅微粒子の界面における金属銅の存在量が抗ウイルス性を効率よく発現する上で重要であることから、本発明においては、金属銅成分が最初に測定された深さ(被覆の厚みに相当)の金属銅成分の存在量を測定し、この金属銅成分が全銅成分の10%以上、好ましくは20%以上、特に好ましくは40%以上に維持されていれば、優れた抗ウイルス性が得られることを見出した。尚、上記値は、X線光電子分光法で金属銅微粒子集合体の全表面を測定し、その平均から得た結果であることから、集合体表面に存在する金属銅微粒子の個々の状態に近似できる。
【0015】
また本発明の抗ウイルス剤においては、後述するように、抗ウイルス剤を構成する金属銅微粒子粉末の製造に際して、過剰な脂肪酸やエステル化合物、或いは未反応の脂肪酸銅等が効率よく除去されていることから、濾過、洗浄が容易になり、平均二次粒径が小さく表面積が大きい金属銅微粒子の粉末状態を維持可能であり、その結果、優れた抗ウイルス性が得られる。また上述したように、金属銅微粒子における脂肪酸及びエステル化合物による被覆量が0.1~10質量%と、従来の金属銅微粒子含有分散液から溶媒を除去することにより回収した金属銅微粒子に比して少量であり、金属銅微粒子が有する抗ウイルス性等の特性を効率よく発現することができる。
【0016】
金属銅微粒子表面を被覆する脂肪酸としては、ミリスチン酸,ステアリン酸,オレイン酸,パルミチン酸,n-デカン酸,パラトイル酸,コハク酸,マロン酸,酒石酸,リンゴ酸,グルタル酸,アジピン酸、酢酸等を例示することができ、これらは複数種の組み合わせであってもよいが、特に炭素数が10~22の高級脂肪酸、中でもステアリン酸であることが好適である。
金属銅微粒子表面を被覆するエステル化合物は、後述する本発明の金属銅微粒子粉末の製造方法における原料である脂肪酸及びポリオールに由来するエステル化合物であることが好適であるが、原料由来以外のエステル化合物を配合することもでき、これらは異なるエステル化合物であってもよいが、好適には、原料由来のエステル化合物と同種のものであることが望ましい。
金属銅微粒子表面を被覆する好適なエステル化合物としては、上記脂肪酸のエステル化合物と後述するポリオールとのエステル化合物、例えばこれに限定されないが、ジエチレングリコールジステアレート、エチレングリコールジステアレート、プロピレングリコールジステアレート、ポリエチレングリコールジステアレート、ポリプロピレングリコールジステアレート等を挙げることができる。
【0017】
本発明において金属銅微粒子の平均一次粒径は、10~500nm、特に10~200nmの範囲にあることが好適である。金属銅微粒子の平均一次粒子が上記範囲にあることにより、優れた抗ウイルス性能を効率よく発現することが可能になる。すなわち、このように平均一次粒径の小さい金属銅微粒子は、金属銅微粒子の酸素との接触率が高いことから、効率よく活性酸素を発生することができ、優れた抗ウイルス性能を発現することが可能になる。尚、本明細書でいう平均一次粒径とは、金属銅微粒子と金属銅微粒子との間に隙間がないものを一つの粒子とし、その平均をとったものであり、測定方法については後述する。また本発明の金属銅微粒子の集合体とは、上記金属銅微粒子の一次粒子が凝集した二次粒子から成る粉末を二次粒子の間に隙間が形成されないように圧縮して成型した状態である。
本発明の抗ウイルス剤を構成する金属銅微粒子粉末は、上記平均一次粒径を有する一次粒子から成り、平均二次粒子径が100nm~500μm、特に100nm~100μmの範囲にあることが好適であり、これにより、粉末状態で優れた抗ウイルス性が発現可能であると共に、塗工性等の取扱い性にも顕著に優れている。
【0018】
(第一の製造方法)
本発明の抗ウイルス剤を構成する脂肪酸及び/又はエステル化合物で被覆された金属銅微粒子粉末は以下の製造方法によって調製することができる。
(1)第一工程
脂肪酸銅をポリオールに添加し、これを加熱することにより、脂肪酸及び/又はこの脂肪酸とポリオールのエステル化合物が表面に被覆された金属銅微粒子が分散するポリオール分散液を調製する。加熱温度は、用いる脂肪酸銅の分解開始温度未満の温度であり、具体的には160~230℃の範囲であることが好ましい。加熱混合の時間は、60~360分であることが好適である。加熱温度が脂肪酸銅の分解開始温度以上であると、脂肪酸及び/又はエステル化合物が金属銅微粒子に被覆せず、金属銅微粒子はすぐに酸化されてしまうおそれがある。
【0019】
脂肪酸銅の配合量は、ポリオール当たり0.1~5質量%の範囲にあることが好ましい。上記範囲よりも脂肪酸銅の量が少ない場合には、上記範囲にある場合に比して十分な抗ウイルス性を分散液に付与することができないおそれがある。一方上記範囲よりも脂肪酸銅の量が多い場合には上記範囲にある場合に比して、経済性が劣ると共に塗工性や成形性が損なわれるおそれがある。
ポリオールとしては、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、グリセリンを挙げることができ、後述する低沸点溶媒との組み合わせで適宜選択する。
【0020】
(2)第二工程
次いで、脂肪酸及び/又は該脂肪酸とポリオールのエステル化合物で被覆された金属銅微粒子が分散するポリオール分散液と低沸点溶媒とを混合し、混合液を調製する。
低沸点溶媒は、ポリオールに対して10~200質量%の量で添加することが好ましい。
低沸点溶媒としては、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸ブチル等のエステル類、ヘキサン、ヘプタン、トルエン、キシレン、シクロヘキサン等の炭化水素類、メチルイソブチルケトン、メチルエチルケトン、シクロヘキサノン等のケトン類等の低沸点溶媒を例示することができるが、エステル系溶媒が好ましく、中でも、酢酸ブチル、酢酸エチル、メチルイソブチルケトンを好適に使用できる。低沸点溶媒は、ポリオールと相溶しないことが重要であり、ポリオールと低沸点溶媒の溶解度パラメータ(Sp値)の差が3以上となるように組み合わせることが好ましい。
好適には、ポリオールとしてジエチレングリコール(Sp値:12.6)を用いた場合には、低沸点溶媒として酢酸ブチル(Sp値:8.4)を用いることが望ましい。
【0021】
本発明の抗ウイルス剤を構成する金属銅微粒子粉末の製造方法においては、低沸点溶媒には分散剤が配合されないことが重要である。これにより、脂肪酸及び/又はエステル化合物で被覆された金属銅微粒子は低沸点溶媒に移行することなくポリオール中に沈殿して残存する。その一方、ポリオール中に存在する過剰の脂肪酸銅、或いは遊離の脂肪酸又はエステル化合物の他、不純物が低沸点溶媒中に移行する。その結果、不純物等が低減されたポリオール中に、脂肪酸及び/又はエステル化合物で被覆された金属銅微粒子が存在する。
前述した第一工程で、金属銅微粒子には脂肪酸とポリオールのエステル化合物が充分に被覆されていることから、低沸点溶媒にエステル化合物をあえて配合する必要はないが、第一工程での被覆量によっては、配合することもできる。
【0022】
(3)第三工程
上記混合液を、0~40℃の温度で30~120分間静置することにより、ポリオール及び低沸点溶媒を相分離させる。混合液が相分離されると、混合液中に存在していた過剰な脂肪酸銅、遊離脂肪酸又は脂肪酸のエステル化合物、或いは不純物が低沸点溶媒側に抽出され、脂肪酸及び/又は該脂肪酸とポリオールのエステル化合物で被覆された金属銅微粒子はポリオール中に沈殿した状態で残存する。
次いで、相分離された混合液から低沸点溶媒を除去することにより、ポリオール中に脂肪酸及び/又は該脂肪酸とポリオールのエステル化合物で被覆された金属銅微粒子が沈殿した分散液を得ることができる。
低沸点溶媒の除去は、単蒸留、減圧蒸留、精密蒸留、薄膜蒸留、抽出等の、従来公知の分離方法によって行うことができる。
またポリオールから金属銅微粒子粉末の回収は、膜分離、遠心分離、蒸発、デカンテーション等、従来公知の分離方法により行うことができ、これに限定されないが、膜分離によることが好適である。
分離された金属銅微粒子は、水、或いは酢酸ブチルやヘキサン等の低沸点溶媒で十分洗浄した後、40~50℃で60~360分加熱乾燥して水分を十分に除去することにより、脂肪酸及びエステル化合物の被覆量が0.1~20質量%である乾燥状態の金属銅微粒子粉末を得ることができる。
【0023】
(第二の製造方法)
低沸点溶媒中に脂肪酸及び/又は脂肪酸のエステル化合物で被覆された金属銅微粒子の製造方法は上述した製造方法の他、以下の方法によっても調製することができる。
すなわち、上述した第一の製造方法における第一の工程において、脂肪酸銅に代えて、脂肪酸及び銅化合物の組み合わせを添加する以外は第一の製造方法と同様に行うことにより、脂肪酸及び/又は該脂肪酸のエステル化合物が被覆した金属銅微粒子が分散した分散液を調製することができ、次いで上述した第二工程及び第三工程を経ることにより、同様に乾燥状態の金属銅微粒子粉末を得ることができる。
【0024】
(他の製造方法)
本発明の抗ウイルス剤を構成する金属銅微粒子粉末は、上記第一の製造方法及び第二の製造方法によれば、脂肪酸及び/又は該脂肪酸とポリオールのエステル化合物が被覆量0.1~20質量%の量で被覆された金属銅微粒子を効率よく製造することができるが、以下の方法によっても脂肪酸及び/又はエステル化合物で被覆された金属銅微粒子粉末を製造することができる。
すなわち、前述した第一の製造方法の第一工程で得られた脂肪酸及び/又は該脂肪酸とポリオールのエステル化合物で被覆された金属銅微粒子が分散するポリオール分散液をそのまま使用し、この分散液から回収した金属銅微粒子を使用してもよい。その場合、過剰の脂肪酸銅、或いは遊離の脂肪酸又はエステル化合物の他、不純物のためにポリオール分散液の粘度が大きく、そのまま低沸点溶媒を除去することが困難なので、エタノール等で希釈して粘度を下げてから溶媒を除去する。また脂肪酸銅を不活性雰囲気下で加熱して還元した後、前述したエステル化合物を添加して、これを粉砕混合することによって、少なくともエステル化合物で被覆された金属銅微粒子粉末を製造できる。
【0025】
(抗ウイルス剤の用途)
本発明の抗ウイルス剤は、前述したとおり、優れた抗ウイルス性を有することから、成形体表面に固定化、或いは成形体中に含有されていることにより、金属銅化合物微粒子粉末が酸素と反応して活性酸素を発生させることによって、優れた抗ウイルス性能を発揮することが可能になる。
例えば、抗ウイルス剤を、精製水、イオン交換水等の水;メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、ブタノール等の低級アルコール;メタノール変性、ベンゾール変性、トリオール変性、メチルエチルケトン変性、安息香酸デナトニウム変性、香料変性等の一般変性アルコール等に分散させた分散液とすることもできるし、或いは前述した酢酸ブチル等の低沸点溶媒に再分散させて分散液とすることもできる。
尚、分散液を調製する場合、抗ウイルス剤を構成する金属銅微粒子粉末の分散媒中での分散性を向上するために、分散剤を配合することが好ましい。分散剤の配合量は、分散液中の脂肪酸及び/又は該脂肪酸のエステル化合物で被覆された金属銅微粒子の量によって異なるが、分散媒当たり0.01~2質量%の量であることが好ましい。
分散剤としては、吸着基に、1級、2級、3級アミン又はその対イオンを中和したアミン塩、カルボン酸又はカルボン酸塩、水酸基のいずれか1種類以上を有し、主鎖及び側鎖に、脂肪酸、ポリエーテル、ポリエステル、ポリウレタン、ポリアリレートを有する高分子分散剤を使用することができる。
これらの分散剤は、吸着基を有することで上記銅化合物微粒子の表面に吸着し、主鎖又は側鎖により非水系溶媒との相溶性を向上させ、高分子鎖の立体障害による斥力が生じ、銅化合物微粒子の凝集が抑制され、非水系溶媒中に均一に分散させ、経時による凝集を解消することができる。
高分子分散剤としては、主鎖のみで構成されているタイプや側鎖を有するくし型構造タイプ、星型構造を有するタイプを使用することができる。
【0026】
このような抗ウイルス剤を含有する分散液は、塗料組成物や樹脂組成物の希釈溶剤として使用することが好適であり、これにより、塗料組成物や樹脂組成物の透明性を損なうことなく、かかる塗料組成物からなる塗膜、或いは樹脂組成物から成る樹脂成型体に抗ウイルス性能を付与することが可能となる。
このような塗料組成物としては、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、ウレタン樹脂、メラミン樹脂、尿素樹脂、アルキド樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、シリコーン樹脂等の熱硬化性樹脂や、或いは光硬化型アクリル系樹脂等をベース樹脂とするものを挙げることができる。
また樹脂組成物としては、上記熱硬化性樹脂の他、低-,中-,高-密度ポリエチレン、線状低密度ポリエチレン、線状超低密度ポリエチレン、アイソタクティックポリプロピレン、シンジオタクティックポリプロピレン、プロピレン-エチレン共重合体、ポリブテン-1、エチレン-ブテン-1共重合体、プロピレン-ブテン-1共重合体、エチレン-プロピレン-ブテン-1共重合体等のオレフィン樹脂、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタエート等のポリエステル樹脂、ナイロン6、ナイロン6,6、ナイロン6,10等のポリアミド樹脂、ポリカーボネート樹脂等の熱可塑性樹脂から成るものを挙げることができる。
【0027】
より具体的な用途としては、不織布や樹脂フィルム或いは繊維製品等を基材とし、この基材表面に抗ウイルス性組成物を含有する塗料組成物を、塗工して塗膜を形成して成る成型体や、抗ウイルス性組成物を含有する樹脂組成物から直接フィルム、シート、不織布、繊維等の成型体を直接成形して成る成型体等を例示することができる。
【実施例】
【0028】
(実施例1)
ジエチレングリコールに対してステアリン酸銅2.5質量%を加え、撹拌しながら加熱した。190℃に達した時点から2時間加熱した後120℃以下まで冷却し、酢酸ブチルを加えて約1分撹拌した。静置しジエチレングリコール層と酢酸ブチル層が分離後、酢酸ブチル層を除去し、金属銅微粒子が含有するジエチレングリコール分散液を得た。
このジエチレングリコール分散液を孔径10μmのメンブレンフィルターで吸引ろ過し、水で洗浄後、50℃で2時間乾燥して金属銅微粒子粉末を得た。
【0029】
(実施例2)
加熱温度を210℃に変更した以外は実施例1と同様に金属銅微粒子粉末を作製した。
【0030】
(実施例3)
ステアリン酸銅をラウリン酸銅に変更した以外は実施例1と同様に金属銅微粒子粉末を作製した。
【0031】
(実施例4)
ステアリン酸銅をステアリン酸と酢酸銅に変更した以外は実施例1と同様に金属銅微粒子粉末を作製した。
【0032】
(実施例5)
ジエチレングリコールをエチレングリコールに変更した以外は実施例1と同様に金属銅微粒子粉末を作製した。
【0033】
(実施例6)
ジエチレングリコールをグリセリンに変更した以外は実施例1と同様に金属銅微粒子粉末を作製した。
【0034】
(実施例7)
グリセリンに対してステアリン酸銅2.5質量%を加え、攪拌しながら加熱した。190℃に達した時点から2時間加熱した後、グリセリン分散液を室温まで冷却した。グリセリンと同量のエタノールを加えて撹拌し、孔径10μmのメンブレンフィルターにて吸引ろ過した。ヘキサン、酢酸ブチルで洗浄し、金属銅微粒子粉末を得た。
【0035】
(実施例8)
実施例7の金属銅微粒子粉末を大気中で2か月保管した。
【0036】
(実施例9)
実施例8の金属銅微粒子粉末を大気中で6か月保管した。
【0037】
[金属銅微粒子分散液の作製]
(実施例10)
<水分散液の場合>
蒸留水に分散剤であるDISPERBYK-2060(ビック・ケミー社製)0.5質量%を加えて撹拌した。次いで、実施例1により得られた金属銅微粒子粉末を金属銅成分が0.5質量%になるように添加し撹拌した。10分間超音波処理し金属銅微粒子分散液を得た。
【0038】
<酢酸ブチル分散液の場合>
酢酸ブチルに分散剤であるDISPERBYK-2090(ビック・ケミー社製)0.5質量%を加えて撹拌した。次いで、実施例1により得られた金属銅微粒子粉末を金属銅成分が0.5質量%になるように添加し撹拌した。10分間超音波処理し金属銅微粒子分散液を得た。
【0039】
(比較例1)
加熱温度を250℃に変更した以外は実施例1と同様に作成した。
【0040】
(比較例2)
実施例7の洗浄をエタノールで行った以外は同様に金属銅微粒子粉末を作製した。
【0041】
(比較例3)
酢酸ブチルに金属銅微粒子試薬(シグマ・アルドリッチ社製)0.05質量%とDISPERBYK-2090を1.0質量%加え、超音波振動装置にて撹拌し分散液を得た。
【0042】
(金属銅微粒子の表面組成評価)
金属銅微粒子粉末約0.1gを、KBr錠剤成型器にて、直径約5mmの円形状に成形した。その成形物を、X線光電子分光装置K-Alpha(サーモフィッシャーサイエンティフィック(株)社製)にて、測定径:0.4mmφ、X線源:Alモノクロメータ、測定元素:Cu2p,O1s,C1s、ステップサイズ:0.1eVの条件で測定した。得られたチャートの金属銅由来ピーク(約933eV)、酸化銅等由来ピーク(約935eV)の面積より、それぞれの成分比を算出した。
【0043】
(抗ウイルス性評価)
<水系分散液の場合>
バインダー樹脂に対して金属成分濃度が0.05質量%になるように調整した分散液90質量%と、バインダー樹脂としてアクリル樹脂9.95質量%を混合し塗工液とした。塗工液に未加工の不織布を浸漬し、取り出して余分な液をローラー式絞り機で除去した後、80℃の乾燥機で5分間乾燥した。その後150℃の乾燥機で2分間乾燥し、金属銅微粒子が固定化された不織布を得た。
【0044】
<溶剤系分散液の場合>
バインダー樹脂に対して金属成分濃度が0.05質量%になるように調整した分散液90質量%と、バインダー樹脂として光硬化性アクリル樹脂9.9質量%と、光重合開始剤0.1質量%を混合し塗工液とした。塗工液に未加工の不織布を浸漬し、取り出して余分な液をローラー式絞り機で除去した後、90℃の乾燥機で2分間乾燥した。その後UV照射を10分間行い、金属銅微粒子が固定化された不織布を得た。
【0045】
(不織布の抗ウイルス性評価方法)
1.宿主細胞にウイルスを感染させ、培養後、遠心分離により細胞残渣を除去したものをウイルス懸濁液とする。
2.上記1のウイルス懸濁液を滅菌蒸留水で10倍希釈したものを試験ウイルス懸濁液とする。
3.不織布の試験片0.4gに試験ウイルス懸濁液0.2mLを接種する。
4.25℃2時間放置後、SCDLP培地20mLを加えボルテックスミキサーで撹拌し、検体からウイルスを洗い出す。
5.プラーク測定法にてウイルス感染価を測定し、抗ウイルス活性値を算出する。
6.抗ウイルス活性値が3.0以上であれば、そのウイルスに対して十分な抗ウイルス性があると判断できる。
【0046】
(有機物被覆量の測定方法)
示差熱重量同時測定装置(TG/DTA7220(株)日立ハイテクサイエンス製)にて、粉末試料約10mgを窒素雰囲気下で600℃まで10℃/minで昇温した。得られたチャートより重量減少分を脂肪酸及び/又はエステル化合物を含む有機物被覆量とした。
【0047】
(金属銅微粒子の平均一次粒径及び平均二次粒径の測定方法)
平均一次粒径の測定方法:走査電子顕微鏡(S-4800(株)日立ハイテクサイエンス製)にて粉末試料を観察し、画像を得た。画像解析式粒度分布測定ソフトウェアMac-Viewを用いて平均一次粒子径を算出した。
粉末金属銅微粒子の平均二次粒径の測定方法:レーザー回折式粒度分布測定装置(SALD-3100(株)島津製作所製)を用いて、湿式法にて平均二次粒径を測定した。
【0048】
金属銅微粒子の作製可否とX線光電子分光法による金属銅微粒子集合体の表面組成測定結果を表1に示す。不織布のインフルエンザウイルス、ネコカリシウイルスに対する抗ウイルス性評価を表2に示す。
実施例1の金属銅微粒子集合体のX線光電子分光法チャートを
図1、実施例9の金属銅微粒子集合体のX線光電子分光法チャートを
図2にそれぞれ示す。
【0049】
【0050】
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明の抗ウイルス剤は、分散液の形態として、繊維製品等を構成する樹脂組成物に希釈剤として含有させる、或いは繊維製品等に直接塗布或いは含浸させることにより、紙製品、マスク、ウエットティッシュ、エアコンフィルター、空気清浄機用フィルター、衣服、作業服、カーテン、カーペット、自動車用部材、包装部材、鮮度保持材、シーツ、タオル、バスマット、おむつカバー、ぬいぐるみ、スリッパ、靴インソール、ワイパーなどの掃除用品等の繊維製品に抗ウイルス性を付与することが可能になる。
また分散液の分散媒として低沸点溶媒を用いることにより、塗料組成物や樹脂組成物の希釈剤として使用することもでき、これにより塗膜や樹脂成形物に抗ウイルス性を付与することが可能になる。
更に、医療用具、医療用具の包装フィルム、廃棄容器、ゴミ袋、介護施設或いは病院や学校などの公共施設の壁材や床材、ワックスコート材、吐しゃ物の処理用具などに使用することができる。
更にまた、衛生製品以外にも、導電膜、フィルム、金属板、ガラス板、船舶用塗料、熱交換器フィン、或いは食器等のセラミックス製品、ゴム製品、蛇口等の金属製品、加湿器用添加剤、液体洗剤、イオン吸着剤、消臭剤など各種用途に適用可能である。