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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-15
(45)【発行日】2024-10-23
(54)【発明の名称】腸内状態判定方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/50 20060101AFI20241016BHJP
   G01N 27/447 20060101ALI20241016BHJP
   C12Q 1/04 20060101ALN20241016BHJP
   C12M 1/34 20060101ALN20241016BHJP
【FI】
G01N33/50 Z
G01N27/447 331Z
G01N33/50 B
G01N33/50 D
C12Q1/04
C12M1/34 Z
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020171274
(22)【出願日】2020-10-09
(65)【公開番号】P2022063006
(43)【公開日】2022-04-21
【審査請求日】2023-07-11
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (1)Miami Winter Symposium 2020に関するウェブサイトにて公開されたアブストラクト(ウェブサイトの掲載日:令和1年12月13日、ウェブサイトのアドレス:https://elsevier.conference-services.net/secureProgramme.asp?conferenceID=4309&uID=873281) (2)Miami Winter Symposium 2020にて公開されたポスター資料(シンポジウム開催日:令和2年1月26~29日) (3)腸内細菌学雑誌(2020年34巻2号、第125頁、公益財団法人腸内細菌学会編集委員会、発行日:令和2年4月)
(73)【特許権者】
【識別番号】000006127
【氏名又は名称】森永乳業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100112874
【弁理士】
【氏名又は名称】渡邊 薫
(74)【代理人】
【識別番号】100147865
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 美和子
(72)【発明者】
【氏名】吉本 真
(72)【発明者】
【氏名】小田巻 俊孝
【審査官】小澤 理
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2012/0213772(US,A1)
【文献】特開2015-188379(JP,A)
【文献】特開2019-154382(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2004/0101906(US,A1)
【文献】SHIOIRI, T. et al.,"The Effects of a Synbiotic Fermented Milk Beverage Containing Lactobacillus casei Strain Shirota and Transgalactosylated Oligosaccharides on Defecation Frequency, Intestinal Microflora, Organic Acid Concentrations, and Putrefactive Metabolites of Sub-Optimal Health State Volunteers: A Randomized Placebo-Controlled Cross-Over Study",Bioscience and Microflora,2006年,Vol.25, No.4,p.137-146,DOI:10.12938/BIFIDUS.25.137
【文献】松本光晴,"腸内常在細菌の代謝産物と健康 -ポリアミンを介した機能-",日本細菌学雑誌,2005年,Vol.60, No.3,p.459-467,doi.org/10.3412/jsb.60.459
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/50
G01N 27/447
C12Q 1/04
C12M 1/34
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象の腸内代謝物量に基づき、当該対象の腸内状態が老齢タイプ又は若齢タイプのいずれであるかを判定するための情報を提供する情報提供工程を含み、
前記情報提供工程において、コリン、プロピオン酸、トリメチルアミン、N - アセチルロイシン、N8-アセチルスペルミジン、2-ヒドロキシ-4-メチル吉草酸、2-ヒドロキシ吉草酸、及びコール酸のうちの少なくとも一つの腸内代謝物の量に基づき、腸内状態が老齢タイプ又は若齢タイプのいずれであるか判定するための情報を提供する情報提供方法。
【請求項2】
前記腸内状態は、前記対象の腸内菌叢の状態である、請求項1に記載の情報提供方法。
【請求項3】
前記情報提供工程において、コリン、プロピオン酸、トリメチルアミン、N-アセチルロイシン、N8-アセチルスペルミジン、及び2-ヒドロキシ-4-メチル吉草酸のうちの少なくとも一つの腸内代謝物の量に基づき、腸内状態が老齢タイプ又は若齢タイプのいずれであるか判定するための情報を提供する、請求項1又は2に記載の情報提供方法。
【請求項4】
前記情報提供工程において、コリン及びプロピオン酸のうちのいずれか又は両方の量に基づき、腸内状態が老齢タイプ又は若齢タイプのいずれであるか判定するための情報を提供する、請求項1又は2に記載の情報提供方法。
【請求項5】
前記情報提供工程において、前記腸内代謝物量と所定の閾値との比較に基づき、前記腸内状態が老齢タイプ又は若齢タイプのいずれであるか判定するための情報を提供する、請求項1~4のいずれか1項に記載の情報提供方法。
【請求項6】
前記情報提供工程において、ロジスティック回帰分析により生成された予測式を用いて前記情報の提供が行われる、請求項1~4のいずれか1項に記載の情報提供方法。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか一項に記載の情報提供方法を実行する処理部を含む情報処理装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本技術は、腸内状態判定方法に関し、特には対象の腸内菌叢が老齢タイプであるか又は若齢タイプであるかを判定することを含む腸内状態判定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトの腸内状態は、当該ヒトの健康状態に影響を及ぼすことがあり、腸内状態を評価することは、ヒトの健康状態の把握又は改善のために有用であると考えられている。腸内状態の評価のために、腸内菌叢を分析することが提案されている。
【0003】
例えば、下記特許文献1には、糞便検体に含まれる全ての菌の数に対する特定の門又は科に属する菌群のうち少なくとも一つ以上の菌群の割合と、予め定められた各菌群における基準値とを比較して腸内菌叢が老齢タイプ又は若齢タイプのいずれであるかを判定する判定工程を有する、腸内菌叢の老若判定方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2015-188379号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
腸内菌叢の老若判定は、腸内状態の評価のために非常に有用である。上記特許文献1では、当該老若判定のために、腸内菌叢を構成する所定の菌群の割合が用いられているが、菌群の割合に以外にも、腸内菌叢の老若判定のための評価指標があれば、有用であると考えられる。そこで、本技術は、腸内菌叢の老若判定のための新たな手法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は鋭意検討した結果、対象の腸内状態が老齢タイプの場合と若齢タイプの場合では、腸内代謝物量に差異が生じ、腸内代謝物量により、対象の腸内状態が老齢タイプ又は若齢タイプのいずれであるかを判定できることを新規に見出し、本技術を完成させるに至った。
【0007】
すなわち本技術は以下を提供する。
[1]対象の腸内代謝物量に基づき、当該対象の腸内状態が老齢タイプ又は若齢タイプのいずれであるかを判定する判定工程を含む、腸内状態判定方法。
[2]前記腸内状態は、前記対象の腸内菌叢の状態である、[1]に記載の腸内状態判定方法。
[3]前記腸内代謝物量が、コリン、プロピオン酸、トリメチルアミン、N-アセチルロイシン、N8-アセチルスペルミジン、2-ヒドロキシ-4-メチル吉草酸、及びコール酸のうちの少なくとも一つの腸内代謝物の量を含む、[1]又は[2]に記載の腸内状態判定方法。
[4]前記腸内代謝物量が、コリン、プロピオン酸、トリメチルアミン、N-アセチルロイシン、N8-アセチルスペルミジン、及び2-ヒドロキシ-4-メチル吉草酸のうちの少なくとも一つの腸内代謝物の量を含む、[1]又は[2]に記載の腸内状態判定方法。
[5]前記腸内代謝物量が、コリンの量及び/又はプロピオン酸の量を含む、[1]又は[2]に記載の腸内状態判定方法。
[6]前記判定工程において、前記腸内代謝物量と所定の閾値との比較に基づき、前記腸内状態が老齢タイプ又は若齢タイプのいずれであるかが判定される、[1]~[5]のいずれか1つに記載の腸内状態判定方法。
[7]前記判定工程において、ロジスティック回帰分析により生成された予測式を用いて前記判定が行われる、[1]~[5]のいずれか1つに記載の腸内状態判定方法。
[8][1]~[7]のいずれか一つに記載の腸内状態判定方法を実行する処理部を含む情報処理装置。
【発明の効果】
【0008】
本技術により、対象の腸内状態が老齢タイプ又は若齢タイプのいずれであるかを判定する新たな方法が提供される。
なお、本技術の効果は、ここに記載された効果に限定されず、本明細書内に記載されたいずれかの効果であってもよい。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本技術に係る腸内状態を判定する方法の工程の一例を示すフローチャートである。
図2】本技術に従う腸内状態判定方法を実行する情報処理装置の構成例を示す図である。
図3】老齢タイプ及び若齢タイプそれぞれにおける腸内代謝物量の違いを示すグラフである。
図4-1】コリンに関するROC曲線を示す。
図4-2】プロピオン酸に関するROC曲線を示す。
図4-3】トリメチルアミンに関するROC曲線を示す。
図4-4】N-アセチルロイシンに関するROC曲線を示す。
図4-5】N8-アセチルスペルミジンに関するROC曲線を示す。
図4-6】2-ヒドロキシ-4-メチル吉草酸に関するROC曲線を示す。
図4-7】コール酸に関するROC曲線を示す。
図5】ロジスティック回帰分析により作成した予測式に基づくROC曲線を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下に本技術の好ましい実施形態について説明する。ただし、本技術は以下の好ましい実施形態のみに限定されず、本技術の範囲内で自由に変更することができる。
【0011】
1.腸内状態判定方法
【0012】
本技術に係る腸内状態の判定方法においては、腸内代謝物量に基づいて、対象の腸内状態が老齢タイプ又は若齢タイプのいずれであるかが判定される。図1は、本技術に係る腸内状態判定方法の一例を示すフローチャートである。当該判定方法には、少なくとも判定工程S12が含まれる。また、本技術の判定方法では、判定工程S12の前に、後述する、試料(例えば糞便検体)に含まれる腸内代謝物の組成に関するデータを取得するデータ取得工程S11を有していてもよい。さらに、本技術の判定方法は、判定工程S12における判定結果を出力する出力工程S13を含んでもよい。以下、これらの工程について順に説明する。
【0013】
1-1.データ取得工程
データ取得工程S11において、本技術の腸内状態判定方法を実行するために用いられるデータが取得される。当該データは、例えば対象の腸内代謝物の組成に関するデータ(以下「代謝物組成データ」ともいう)を含んでよい。
【0014】
代謝物組成データは、各腸内代謝物の種類及び各腸内代謝物の量を含みうる。各腸内代謝物の量は、例えば、相対的な量又は絶対的な量であってよい。前記相対的な量は、例えば腸内代謝物の全体又は一部のうちの各腸内代謝物が占める割合として表されてよく、例えば測定対象である腸内代謝物の全体又は一部のうちの各腸内代謝物が占める割合として表されてよい。代替的には、前記相対的な量は、基準物質の量に対する各腸内代謝物の量として表されてもよい。
【0015】
また、本技術において、前記対象は、動物であり、例えば哺乳動物であり、より具体的にはヒト、サル、チンパンジー、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウシ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、イヌ、又はネコであってよい。本技術の一つの実施態様において、前記対象は霊長類であり、特にはヒト又は非ヒト霊長類である。
【0016】
本技術の好ましい実施態様において、前記対象はヒトである。前記ヒトの年齢は、いずれの年齢であってもよいが、例えば10歳以上、20歳以上、30歳以上、40歳以上、50歳以上、又は60歳以上であってよい。前記対象であるヒトの年齢の上限は特に設けられる必要はないが、例えば120歳以下、110歳以下、100歳以下、又は90歳以下であってよい。本技術は、種々の年齢のヒトの腸内状態の評価に用いられてよい。
本技術において、若齢タイプの腸内菌叢を有するヒトは、若齢集団(例えば30歳代又は40歳代のヒト)の腸内菌叢と同様の腸内菌叢を有するヒトを意味してよい。
本技術において、老齢タイプの腸内菌叢を有するヒトは、高齢集団(50歳以上又は60歳以上のヒト)の腸内菌叢と同様の腸内菌叢を有するヒトを意味してよい。
【0017】
本技術の好ましい実施態様において、前記腸内代謝物は、水溶性代謝物を含んでよい。また、当該腸内代謝物は、例えば陰イオン性代謝物及び/又は陽イオン性代謝物を含んでよい。
前記腸内代謝物は、例えばタンパク質を含まなくてよい。また、前記腸内代謝物は脂溶性代謝物を含まなくてよい。
前記腸内代謝物は、分子量が例えば1500以下、特には1000以下、特には800以下であってよい。当該分子量の下限値は特に設定されなくてよいが、例えば10以上、20以上、30以上、又は50以上であってよい。
【0018】
また、腸内代謝物の組成の測定において、例えば、試料(特には糞便検体)に含まれる以下の化合物のうち少なくとも一つ以上の化合物の量が測定される:
コリン、プロピオン酸、トリメチルアミン、N-アセチルロイシン(イソバレリルアラニンともいう)、N8-アセチルスペルミジン、2-ヒドロキシ-4-メチル吉草酸、コール酸、及び2-ヒドロキシバレリアン酸。
これらの化合物は、例えば後述の判定工程S12において、腸内菌叢が老齢タイプであるか又は若齢タイプであるかを判定するために適している。
すなわち、本技術の好ましい実施態様において、前記代謝物組成データは、試料に含まれるこれら化合物のうち少なくとも一つ以上の化合物の量を含む。
【0019】
前記腸内代謝物の量は、例えば、下記の手法により求めることができる。
【0020】
<各腸内代謝物の量の測定>
【0021】
各腸内代謝物の量は、例えばメタボローム解析により測定されてよい。すなわち、前記データは、メタボローム解析により得られたデータであってよい。
【0022】
上記で述べたコリン、プロピオン酸、トリメチルアミン、N-アセチルロイシン(イソバレリルアラニンともいう)、N8-アセチルスペルミジン、2-ヒドロキシ-4-メチル吉草酸、コール酸、及び2-ヒドロキシバレリアン酸のいずれもが腸内代謝物であり、メタボローム解析によって、その量を測定することができる。
【0023】
メタボローム解析は、例えば、以下のようにして実施されうる。まず、試料(例えば糞便検体)からイオン性低分子代謝物を水性溶媒で抽出する。抽出溶液に内部標準物質を添加して飛行時間質量分析装置(例えば、CE-TOFMS)等を用いて測定する。測定されたデータから所定のシグナル/ノイズ(S/N)比を超えるピークを抽出する。抽出したピークについて、質量電荷比(m/z)と泳動時間の値から化合物を同定する。また、ピーク面積値から各化合物の存在量を算出する。当該存在量は、内部標準物質の面積値で規格化した相対面積値であってもよい。
【0024】
メタボローム解析は、例えば、ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ社のベーシックスキャンパッケージ又はアドバンススキャンパッケージを、同社の指示に従い行われてよい。例えば当該ベーシックスキャンパッケージを用いたメタボローム解析において、キャピラリー電気泳動装置(capillary electrophoresis:CE)を飛行時間型質量分析装置(time-of-flight mass spectrometry:TOFMS)に接続した分析装置(以下、キャピラリー電気泳動-飛行時間型質量分析計(CE-TOFMS)が用いられる。
同社の指示に従う処理を試料に対して行って得られた抽出液が、CE-TOFMSによる質量分析処理に付される。当該抽出液は、例えば、試料に所定の試薬を添加して遠心分離処理し、そして、当該遠心分離処理によって得られた上層の水性層を、さらに、遠心ろ過することによって得られる。
当該抽出液に対して、CE-TOFMSを用いた質量分析処理が行われる。当該質量分析処理によって取得されたデータから、ピークが検出されそして解析される。当該検出及び解析は、例えばメタボロミクス解析用ソフトウェアを用いて行われてよい。当該ソフトウェアの例として、MasterHands(慶應義塾大学)が挙げられる。当該ソフトウェアによる検出及び解析によって、各ピークに関する情報が得られる。各ピークに関する情報は、例えば質量電荷比(m/z)、ピーク面積値、及び泳動時間(Migration time:MT)を含む。
前記質量電荷比及び前記泳動時間の値を用いて、同社のHMT代謝物質ライブラリ及びKnown-Unknownピークライブラリに登録された全物質との照合又は検索を行って、各ピークに、候補腸内代謝物が割り当てられる。すなわち、各ピークに対応する腸内代謝物の種類が特定される。前記ピーク面積値を用いて、各ピークに対応する腸内代謝物の量が特定されてよい。当該量の特定は、例えば内部標準法により行われてよい。内部標準法では、例えば、各ピークの面積と内部標準物質のピーク面積との比に基づき、各ピークに対応する腸内代謝物の濃度が特定される。
【0025】
1-2.判定工程S12
判定工程S12において、腸内代謝物量に基づき、対象の腸内状態が老齢タイプ又は若齢タイプのいずれであるかが判定され、特には、対象の腸内菌叢の状態が老齢タイプ又は若齢タイプのいずれであるかが判定される。
【0026】
本明細書内において、「老齢タイプ」及び「若齢タイプ」は、特開2015-188379号公報に記載された老若判定方法による分類結果である老齢タイプ及び若齢タイプにそれぞれ対応するものであってよい。当該公報では、腸内菌叢を構成する所定の菌群の割合に基づき、対象の腸内菌叢が老齢タイプ又は若齢タイプへと分類される。すなわち、本技術における判定工程は、腸内代謝物量に基づき、所定の菌群の割合に基づく老齢タイプ又は若齢タイプへの分類結果を推定するものともいえる。
当該公報に記載の所定の菌群の割合に基づく老齢タイプ又は若齢タイプへの分類方法については、後述する。
【0027】
判定工程S12における腸内状態の判定は以下のようにして行われてよい。
【0028】
老齢タイプの腸内菌叢が産出する腸内代謝物の傾向と、若齢タイプの腸内菌叢が産出する腸内代謝物の傾向とは相違する。例えば糞便検体などの試料に含まれる腸内代謝物に関して、老齢タイプにおける腸内代謝物のうち、コリン、プロピオン酸、トリメチルアミン、N-アセチルロイシン、N8-アセチルスペルミジン、2-ヒドロキシ-4-メチル吉草酸、及び2-ヒドロキシバレリアン酸の量は、若齢タイプと比べて、より多くなる傾向がある。また、腸内代謝物のうち、若齢タイプにおけるコール酸の量は、老齢タイプと比べて、より多くなる傾向がある。
【0029】
そのため、判定工程S12において、好ましくは、コリン、プロピオン酸、トリメチルアミン、N-アセチルロイシン、N8-アセチルスペルミジン、2-ヒドロキシ-4-メチル吉草酸、2-ヒドロキシ吉草酸、及びコール酸のうちの少なくとも一つの腸内代謝物の量に基づき、腸内状態が老齢タイプ又は若齢タイプのいずれであるかが判定されてよい。
より好ましくは、前記判定工程において、コリン、プロピオン酸、トリメチルアミン、N-アセチルロイシン、N8-アセチルスペルミジン、及び2-ヒドロキシ-4-メチル吉草酸のうちの少なくとも一つの腸内代謝物の量に基づき、腸内状態が老齢タイプ又は若齢タイプのいずれであるかが判定される。これらの化合物は、例えばコール酸よりも、前記判定のために適している。
さらにより好ましくは、前記判定工程において、コリン及びプロピオン酸のうちのいずれか又は両方の量に基づき、腸内状態が老齢タイプ又は若齢タイプのいずれであるかが判定される。これら2つの化合物は、上記で挙げた8つの化合物のうちで、特に前記判定のために適している。
【0030】
判定工程S12においては、腸内状態が老齢タイプであるかに関する判定の精度を向上させる観点から、コリン、プロピオン酸、トリメチルアミン、N-アセチルロイシン、N8-アセチルスペルミジン、及び2-ヒドロキシ-4-メチル吉草酸から選ばれる少なくとも一つの腸内代謝物量に基づき腸内状態が老齢タイプであるかが判定されるのが好ましい。
また、判定工程S12においては、腸内状態が若齢タイプであるかに関する判定の精度を向上させる観点から、コール酸量に基づき腸内状態が若齢タイプであるかが判定されるのが好ましい。
【0031】
判定工程S12において、腸内代謝物量と所定の閾値との比較に基づき、前記腸内状態が老齢タイプ又は若齢タイプのいずれであるかが判定されてよい。判定工程S12においては、腸内状態が老齢タイプ又は若齢タイプであると判定されるに際し、腸内代謝物に関する閾値(カットオフ値ともいう)が予め決定されていてもよい。例えば、上記で述べた、コリン、プロピオン酸、トリメチルアミン、N-アセチルロイシン、N8-アセチルスペルミジン、2-ヒドロキシ-4-メチル吉草酸、2-ヒドロキシ吉草酸、及びコール酸のうちの1つ以上について予め閾値が決定されていてよい。
【0032】
例えば、判定工程S12において、コリン、プロピオン酸、トリメチルアミン、N-アセチルロイシン、N8-アセチルスペルミジン、及び2-ヒドロキシ-4-メチル吉草酸から選ばれる少なくとも一つの腸内代謝物量が、閾値と比較されてよい。当該比較の結果、腸内代謝物量が前記閾値より高い場合、腸内状態が老齢タイプであると判定されてよい。
【0033】
判定工程S12においては、腸内コール酸量が閾値と比較されてもよい。当該比較の結果、腸内コール酸量が当該閾値より高い場合、腸内状態が若齢タイプであると判定されてよい。
【0034】
コリン、プロピオン酸、トリメチルアミン、N-アセチルロイシン、N8-アセチルスペルミジン、及び2-ヒドロキシ-4-メチル吉草酸の閾値は、予め、腸内状態が老齢タイプであることが判明している個体から採取した糞便検体群を陽性対照群とし、腸内状態が若齢タイプであることが判明している個体から採取した糞便検体群を陰性対照群とする。そして、前記陽性対照群と陰性対照群とを分類できる値を閾値として採用することができる。
コール酸量の閾値については、腸内状態が若齢タイプであることが判明している個体から採取した糞便検体群を陽性対照群とし、腸内状態が老齢タイプであることが判明している個体から採取した糞便検体群を陰性対照群とする。そして、前記陽性対照群と陰性対照群とを分類できる値を閾値として採用することができる。
【0035】
また、前記腸内代謝物の閾値は、腸内状態が老齢タイプであることが既知の対象と腸内状態が若齢タイプであることが既知の対象とからなる母集団を用意し、当該母集団に含まれる各対象の腸内代謝物量に関するデータに対して統計的処理を施して得ることもできる。このような統計的処理の例として、ROC曲線を用いた処理が挙げられる。
【0036】
すなわち、本技術において、前記閾値は、ROC曲線に基づき設定された閾値であってよい。例えば、各腸内代謝物の量(例えば濃度)に関するROC曲線を作成し、当該ROC曲線に基づいて閾値が設定されてよい。ROC曲線に基づいて閾値を設定するに際し、例えば、精度指標の一つであるAccuracy(正解率)が最大となる場合の濃度を閾値としてよい。また、Accuracyが最大となる濃度が複数存在する場合は、当該複数の濃度のうちのいずれかが閾値として設定されてよく、好ましくは、最も低い濃度が閾値として設定されてよい。より低い濃度を閾値として設定することによって、特異度が低下するが、感度を高めることができる。例えば老齢タイプの判定のためにコリン濃度の閾値を設定する場合などにおいて、より低い濃度を閾値として設定することによって、より多くの若齢タイプの試料が含まれるために、特異度が低下するが、より多くの老齢タイプの試料が含まれるので、感度を向上させることができる。
【0037】
判定工程S12において、回帰分析により生成された予測式を用いて、対象の腸内状態が老齢タイプ及び若齢タイプのいずれであるかが判定されてもよい。好ましい回帰分析の例として、ロジスティック回帰分析が挙げられる。当該回帰分析において、特には当該ロジスティック回帰分析において、目的変数は、対象が老齢タイプ又は若齢タイプのいずれであるかであってよい。また、説明変数は、コリン、プロピオン酸、トリメチルアミン、N-アセチルロイシン、N8-アセチルスペルミジン、2-ヒドロキシ-4-メチル吉草酸、2-ヒドロキシバレリアン酸、及びコール酸のうちの少なくとも一つの腸内代謝物の量であってよく、例えば、これら8つの腸内代謝物のうちの2つ~8つのいずれかの数の腸内代謝物の量であってよい。例えば、説明変数として、コリン、プロピオン酸、トリメチルアミン、N-アセチルロイシン、N8-アセチルスペルミジン、2-ヒドロキシ-4-メチル吉草酸、及びコール酸の7つの腸内代謝物の量が採用されてよい。当該回帰分析において用いられる母集団は、前記閾値の説明において述べた母集団であってよい。
【0038】
<所定の菌群の割合に基づく老齢タイプ又は若齢タイプへの分類方法>
【0039】
所定の菌群の割合に基づく老齢タイプ又は若齢タイプへの分類方法は、以下のとおりである。
【0040】
当該分類方法において、試料に含まれる全ての菌の数に対する以下の(1)~(17)の門又は科に属する菌群のうち少なくとも一つ以上の菌群の割合と、予め定められた各菌群における基準値とを比較して、対象の腸内菌叢が老齢タイプ又は若齢タイプのいずれであるかが判定される。当該割合の測定は、特開2015-188379号公報に記載されたとおりに行われてよい。
(1)Methanobacteriaceae科、
(2)Campylobacteraceae科、
(3)Desulfitobacteraceae科、
(4)Proteobacteria門、
(5)Synergistetes門、
(6)Comamonadaceae科、
(7)Dethiosulfovibrionaceae科、
(8)Leuconostocaceae科、
(9)Staphylococcaceae科、
(10)Catabacteriaceae科、
(11)Synergistaceae科、
(12)Pseudomonadaceae科、
(13)Peptococcaceae科、
(14)Odoribacteraceae科、
(15)Enterobacteriaceae科、
(16)Lachnospiraceae科、及び
(17)Propionibacteriaceae科。
【0041】
当該分類方法において、
(i)上記(1)~(15)の菌群のうち少なくともいずれか一つの菌群の前記割合が基準値を超える場合には老齢タイプと判定し、
(ii)上記(16)の菌群の前記割合が基準値未満である場合には老齢タイプと判定し、又は
(iii)上記(17)に属する菌群の上記割合が、基準値を超える場合には若齢タイプと判定する。
【0042】
当該分類方法において用いる基準値とは、予め定められた値であれば、算出方法等は特に限定されないが、例えば、前記割合の測定において測定対象として選択した菌群ごとに、下記に記載の基準値を採用することもできる。
前記(i)に用いられる基準値を、任意の年齢又は月齢以下の若齢集団から得た個々の糞便検体における各々の上記割合のうち、最大値とする。
前記(ii)に用いられる基準値を、任意の年齢又は月齢以下の若齢集団から得た個々の糞便検体における各々の上記割合のうち、最小値とする。
前記(iii)に用いられる基準値を、任意の年齢又は月齢を超える高齢集団から得た個々の糞便検体における各々の上記割合のうち、最大値とする。
【0043】
高齢集団及び若齢集団については、集団の大きさは特に限定されず、少なくとも2以上の糞便検体が、任意の年齢又は月齢に基づいて一つの集団に含まれていればよい。より精度の高い基準値を得るためには、例えば検体数は100以上、好ましくは200以上、より好ましくは500以上である。
【0044】
例えばヒトの糞便検体に関して本技術の方法を適用する場合、任意の年齢を超えるヒトを高齢集団とし、任意の年齢以下のヒトを若齢集団とすることができる。任意の年齢とは、例えば、59歳とすることができる。
なお、若齢集団には、乳幼児など、腸内菌叢に関して成人とは異なる特徴を有することが知られている年齢層を除外することが好ましい。このような年齢層を除外することによって、若齢集団における腸内菌叢を構成する菌群の種類や菌数についてのばらつきが、より抑制される。この場合、若齢集団については、任意の年齢又は月齢以下で、かつ当該任意の年齢又は月齢より若い任意の年齢又は月齢を超える集団とすることができる。
【0045】
また、例えば、マウスの糞便検体について、本開示に係る腸内菌叢の老若判定方法を用いる場合、任意の月齢を超えるマウスを高齢集団とし、任意の月齢以下のマウスを若齢集団とすることができる。また、上記ヒトの場合と同様に、若齢集団の月齢に関して、任意の月齢を下限値とすることもできる。
【0046】
前記(i)における上記(1)~(15)の門又は科に属する菌群の各々に対する基準値は、例えば、下記値とすることができる。
(1)Methanobacteriaceae科:0、
(2)Campylobacteraceae科:0、
(3)Desulfitobacteraceae科:0、
(4)Proteobacteria門:0.0681、
(5)Synergistetes門:0.0015、
(6)Comamonadaceae科:0.0002、
(7)Dethiosulfovibrionaceae科:0.0003、
(8)Leuconostocaceae科:0.0003、
(9)Staphylococcaceae科:0.0004、
(10)Catabacteriaceae科:0.0011、
(11)Synergistaceae科:0.0015、
(12)Pseudomonadaceae科:0.0017、
(13)Peptococcaceae科:0.0026、
(14)Odoribacteraceae科:0.0032、
(15)Enterobacteriaceae科:0.0663、
【0047】
また、前記(ii)における上記(16)の科に属する菌群に対する基準値は、例えば、下記値とすることができる。
(16)Lachnospiraceae科:0.228、
【0048】
さらに、前記(iii)における上記(17)の科に属する菌群に対する基準値は、例えば、下記値とすることができる。
(17)Propionibacteriaceae科:0
【0049】
当該分類方法においては、試料に含まれる全ての菌の数に対する上記(1)~(17)のうちいずれか一つの菌群の割合について、基準値と比較すれば判定結果を得ることができるが、複数種類の菌群の上記割合の各々と、これらの菌群に対する各基準値と、を比較して判定してもよい。
例えば、老齢タイプであるか否かの判定に用いられる上記(1)~(16)の門又は科に属する菌群の中から、複数種類を選択して、老齢タイプであるか否かの判定を行ってもよい。また、例えば、上記(1)~(16)の門又は科に属する菌群のうち一つと、若齢タイプであるか否かの判定に用いられる上記(17)の科に属する菌群とを選択して、腸内菌叢を老齢タイプと若齢タイプのいずれであるかを判定することもできる。
【0050】
1-3.出力工程
【0051】
本技術の判定方法が、例えば情報処理装置により実行される場合、本技術の判定方法は判定工程S12における判定結果を出力する出力工程を含んでよい。当該判定結果は、対象の腸内状態の判定結果であり、より具体的には対象の腸内状態が老齢タイプであるか又は若齢タイプであるかに関する判定結果を含む。
【0052】
前記判定結果の出力形式は、適宜選択されてよく、例えば表示装置又は印刷装置による出力であってよい。
【0053】
また、前記出力工程において、前記対象への健康に関するアドバイスデータ又は食事に関するアドバイスデータが出力されてもよい。これらのアドバイスデータは、例えば、腸内菌叢が老齢タイプであると分類された対象への、当該腸内菌叢を若齢タイプへと近づけるためのアドバイスデータであってよい。
【0054】
2.情報処理装置
【0055】
本技術に従う腸内状態判定方法は、例えば情報処理装置により実行されてよい。すなわち、本技術は、本技術に従う腸内状態判定方法を実行する情報処理装置も提供する。
【0056】
前記情報処理装置の構成例を図2に示す。図2に示される情報処理装置10は、処理部11、記憶部12、入力部13、出力部14、及び通信部15を備えている。情報処理装置10は、例えば汎用のコンピュータにより構成されてよい。
【0057】
処理部11は、例えば、上記「1-2.判定工程」において述べた判定工程を実行するように構成されていてよい。当該処理部は、前記判定工程に加えて、上記「1-1.データ取得工程」において述べたデータ取得工程及び/又は上記「1-3.出力工程」において述べた出力工程を実行するように構成されてもよい。このように、本技術の腸内状態判定方法は、特には、情報処理装置の処理部によって実行されてよい。
本技術において、処理部11は、学習済みモデルを用いて前記判定工程を実行してもよい。当該学習済みモデルは、例えばロジスティック回帰の学習済みモデルであってよく、例えば後述の予測式などが用いられてよい。前記学習済みモデルを生成するための学習用データは、上記で述べた目的変数と説明変数とを含むデータセットであってよく、例えば上記で述べた母集団のデータであってよい。処理部11は、例えば、上記で述べた説明変数を入力データとして受け付け、そして、前記学習済みモデルを用いて、前記目的変数を出力データとして出力するものであってよい。
【0058】
処理部11は、例えばCPU(Central Processing Unit)及びRAMを含みうる。CPU及びRAMは、例えばバスを介して相互に接続されていてよい。バスには、さらに入出力インタフェースが接続されていてよい。バスには、当該入出力インタフェースを介して、入力部13、出力部14、及び通信部15が接続されていてよい。
【0059】
処理部11は、さらに、記憶部12からデータを取得し又は記憶部12にデータを記録できるように構成されていてよい。記憶部12は、各種データを記憶する。記憶部12は、例えば、前記データ取得工程において取得されたデータ、前記分類工程における分類結果に関するデータ、及び前記判定工程における判定結果に関するデータなどを記憶できるように構成されていてよい。また、記憶部12には、オペレーティング・システム(例えば、WINDOWS(登録商標)、UNIX(登録商標)、又はLINUX(登録商標)など)、本技術に従う腸内状態判定方法を情報処理装置に実行させるためのプログラム、及び他の種々のプログラムが格納されうる。なお、これらのプログラムは、記憶部12に限らず、記録媒体に記録されていてもよい。
【0060】
入力部13は、各種データの入力を受け付けることができるように構成されているインタフェースを含みうる。入力部103は、そのような操作を受けつける装置として、例えばマウス、キーボード、及びタッチパネルなどを含みうる。
【0061】
出力部14は、各種データの出力を行うことができるように構成されているインタフェースを含みうる。例えば、出力部14は、前記出力工程において、腸内状態の判定結果を出力しうる。出力部14は、当該出力を行う装置として例えば表示装置及び/又は印刷装置などを含みうる。
【0062】
通信部15は、情報処理装置10をネットワークに有線又は無線で接続するように構成されうる。通信部15によって、情報処理装置10は、ネットワークを介して各種データ(例えばデータ取得工程において取得される菌叢組成データ及び/又は代謝物組成データなど)を取得することができる。取得したデータは、例えば記憶部12に格納されうる。通信部15の構成は当業者により適宜選択されてよい。
【0063】
情報処理装置100は、例えばドライブ(図示されていない)などを備えていてもよい。ドライブは、記録媒体に記録されているデータ(例えば上記で挙げた各種データ)又はプログラムを読み出して、RAMに出力することができる。記録媒体は、例えば、microSDメモリカード、SDメモリカード、又はフラッシュメモリであるが、これらに限定されない。
【0064】
以下で実施例を参照して本技術をより詳しく説明するが、本技術はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例
【0065】
1.菌叢解析および腸内年齢の算出
日本人健常者の糞便サンプルを用意し、特開2015-188379号公報に記載の方法でこれら糞便サンプルについて菌叢解析を実施した。当該菌叢解析の結果に基づき、同公報に記載の方法で、高齢者の糞便サンプルの腸内菌叢を、老齢タイプ又は若齢タイプに分類した。当該分類は、より具体的には、以下のとおりに行われた。
まず、0歳から104歳までの453名の日本人健常者の腸内細菌叢を解析した。解析結果に対して主座標分析(principal coordinate analysis:PCoA)を行って、これらの対象が、年齢に依存した6つのクラスターに分類された。当該クラスターの分類において、検出されたすべての菌種が用いられた。各クラスターに含まれる被験者の年齢(中央値)は以下のとおりであった;クラスター1:0.9歳、クラスター2:33.0歳、クラスター3:36.0歳、クラスター4:61.0歳、クラスター5:71.0歳、クラスター6:87.0歳。これらクラスターのうち、クラスター2、3、及び4に属する高齢者20名(実年齢:72.75±6.78歳)を若齢タイプの腸内菌叢を有する対象とした。また、クラスター5に属する高齢者20名(実年齢:74.35±7.45歳)を老齢タイプの腸内菌叢を有する対象とした。
【0066】
2.糞便サンプルの代謝物組成の測定
【0067】
上記1.での分類によって老齢タイプの腸内菌叢であると分類された20の糞便サンプル(サンプルが由来する対象の年齢:mean±SD age 74.35±7.45 years)、及び、若齢タイプの腸内菌叢であると分類された20の糞便サンプル(サンプルが由来する対象の年齢:mean±SD age 72.75±6.78 years)に対して、代謝物組成の測定を以下のとおりに行った。
【0068】
まず、各糞便サンプルと内部標準溶液(ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ社)の重量比が1:9となるように、各糞便サンプルに内部標準溶液を添加した。各糞便サンプルを完全に溶解させ、12,000rpmで30分間遠心し、そして、当該遠心により得られた上清から、限外ろ過フィルター(ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ社)を用いてろ過処理を行って、抽出液を得た。
【0069】
得られた抽出液について、キャピラリー電気泳動装置(capillary electrophoresis:CE)が飛行時間型質量分析装置(time-of-flight mass spectrometry:TOFMS)に接続された分析装置(以下「CE-TOFMS」ともいう)を使用して、腸内代謝物組成の測定を行った。当該分析装置は具体的には、Agilent CE-TOFMS system(Agilent Technologies 社)であった。また、当該キャピラリー電気泳動装置におけるキャピラリーは、Fused silica capillary i.d. 50 μm ×80 cm(ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ社)であった。陽イオン性腸内代謝物および陰イオン性腸内代謝物それぞれについて、以下の条件下で、測定を行った。
【0070】
<陽イオン性腸内代謝物(カチオンモード)>
陽イオン性腸内代謝物に関する測定条件は以下のとおりであった。
Run buffer:Cation Buffer Solution (ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ社p/n : H3301-1001)
Rinse buffer:Cation Buffer Solution (ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ社p/n : H3301-1001)
Sample injection:Pressure injection 50 mbar, 10 sec
CE voltage:Positive, 27 kV
MS ionization:ESI Positive
MS capillary voltage:4,000 V
MS scan range:m/z 50-1,000
Sheath liquid:HMT Sheath Liquid (ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ社p/n : H3301-1020)
【0071】
<陰イオン性腸内代謝物(アニオンモード)>
陰イオン性腸内代謝物に関する測定条件は以下のとおりであった。
Run buffer:Anion Buffer Solution (ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ社p/n : H3302-1021)
Rinse buffer:Anion Buffer Solution (ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ社p/n : H3302-1021)
Sample injection:Pressure injection 50 mbar, 25 sec
CE voltage:Positive, 30 kV
MS ionization:ESI Negative
MS capillary voltage:3,500 V
MS scan range:m/z 50-1,000
Sheath liquid:HMT Sheath Liquid (ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ社p/n : H3301-1020)
【0072】
<データ処理>
CE-TOFMSで検出されたピークは、自動積分ソフトウェア(MasterHands(登録商標) ver.2.17.1.11(慶応義塾大学先端生命科学研究所開発))を用いて、シグナル/ノイズ(S/N)比が3以上のピークを自動検出し、質量電荷比(m/z)、ピーク面積値、泳動時間(Migration time:MT)を得た。
【0073】
<候補腸内代謝物検索>
検出されたピークに対して、質量電荷比(m/z)と泳動時間(MT)の値をもとに、HMT代謝物質ライブラリ及びKnown-Unknownピークライブラリに登録された全物質との照合、検索を行った。検索のための許容誤差は、泳動時間(MT)に関しては、±0.5min、質量電荷比(m/z)に関しては、±10ppmとした。HMT代謝物質ライブラリ及びKnown-Unknownピークライブラリに登録された物質の質量電荷比(m/z)と泳動時間(MT)の値から351(カチオン性215、アニオン性136)ピークに候補腸内代謝物を付与した。
【0074】
<群間比較>
候補腸内代謝物が絞り込まれた351ピークについて、各群の相対面積値比の算出及びWelchのt-検定を実施した。
【0075】
<候補腸内代謝物の定量>
候補値用内代謝物の定量は、CE-TOFMSを用いて行った。検量線は内部標準物質により補正したピーク面積を用い、各候補腸内代謝物について100μMの一点検量(内部標準物質200μM)として濃度を算出した。その結果、図3に示されるとおりの代謝物について、老齢タイプと若齢タイプとの間で大きな傾向の違いが確認された。
【0076】
<ROC曲線の作成>
<コリンのROC曲線>
上記で用いた合計40の糞便サンプルに関し、コリンの濃度を基に、統計解析ソフトRを用いてROC曲線を作成した。図4-1に示されるように、当該ROC曲線の作成において、「老齢タイプ」である真陽性の割合が縦軸とされ、偽陽性の割合が横軸とされた。作成されたROC曲線から、ROC曲線下面積(AUC)を算出した。また、以下表1に示されるとおり、コリンの各濃度に対応するSensitivity、Specificity、及びAccuracyを得た。
【表1】
【0077】
図4-1にも記載されるとおり、ROC曲線下の面積(AUC)は0.76であった。
また、表1に示されるコリン濃度のいずれかを、対象が老齢タイプであるか否かを判定するための閾値として採用することができる。好ましくは、腸内代謝物濃度が最も低い値である51.7μMをコリンの閾値として採用される。これらの濃度に関して、いずれもAccuracy(正解率)が0.7で等しいので、腸内代謝物濃度が最も低い値である51.7μMをコリンの閾値として採用することによって、感度を高めることができる。
例えば、対象の腸内コリン濃度が当該閾値以上である場合に、当該対象が老齢タイプの腸内状態、特には老齢タイプの腸内菌叢を有すると判定されてよい。
【0078】
<プロピオン酸のROC曲線>
コリンと同様に、プロピオン酸の濃度を基に、ROC曲線を作成した。図4-2に示されるように、当該ROC曲線の作成において、「老齢タイプ」である真陽性の割合が縦軸とされ、偽陽性の割合が横軸とされた。作成されたROC曲線から、ROC曲線下面積(AUC)を算出した。また、以下表2に示されるとおり、プロピオン酸の各濃度に対応するSensitivity、Specificity、及びAccuracyを得た。
【表2】
【0079】
図4-2にも記載されるとおり、ROC曲線下の面積(AUC)は0.725であった。
また、表2に示されるプロピオン酸濃度のいずれかを、対象が老齢タイプであるか否かを判定するための閾値として採用することができる。好ましくは、表2に示される濃度のうち、例えば、Accuracy(正解率)が0.7で最大であるときの腸内代謝物濃度である13728.9μMをプロピオン酸の閾値として採用される。例えば、対象の腸内プロピオン酸濃度が当該閾値以上である場合に、当該対象が老齢タイプの腸内状態、特には老齢タイプの腸内菌叢を有すると判定されてよい。
【0080】
<トリメチルアミンのROC曲線>
コリンと同様に、トリメチルアミンの濃度を基に、ROC曲線を作成した。図4-3に示されるように、当該ROC曲線の作成において、「老齢タイプ」である真陽性の割合が縦軸とされ、偽陽性の割合が横軸とされた。作成されたROC曲線から、ROC曲線下面積(AUC)を算出した。また、以下表3に示されるとおり、トリメチルアミンの各濃度に対応するSensitivity、Specificity、及びAccuracyを得た。
【表3】
【0081】
図4-3にも記載されるとおり、ROC曲線下の面積(AUC)は0.69625であった。
また、表3に示されるトリメチルアミン濃度のいずれかを、対象が老齢タイプであるか否かを判定するための閾値として採用することができる。好ましくは、表3に示される濃度のうち、例えば、Accuracy(正解率)が0.7で最大であるときの腸内代謝物濃度である70.5μMが、トリメチルアミンの閾値として採用される。例えば、対象の腸内トリメチルアミン濃度が当該閾値以上である場合に、当該対象が老齢タイプの腸内状態、特には老齢タイプの腸内菌叢を有すると判定されてよい。
【0082】
<N-アセチルロイシンのROC曲線>
コリンと同様に、N-アセチルロイシンの濃度を基に、ROC曲線を作成した。図4-4に示されるように、当該ROC曲線の作成において、「老齢タイプ」である真陽性の割合が縦軸とされ、偽陽性の割合が横軸とされた。作成されたROC曲線から、ROC曲線下面積(AUC)を算出した。また、以下表4に示されるとおり、N-アセチルロイシンの各濃度に対応するSensitivity、Specificity、及びAccuracyを得た。
【表4】
【0083】
図4-4にも記載されるとおり、ROC曲線下の面積(AUC)は0.64875であった。
また、表2に示されるN-アセチルロイシン濃度のいずれかを、対象が老齢タイプであるか否かを判定するための閾値として採用することができる。好ましくは、表4に示される濃度のうち、例えば、Accuracy(正解率)が0.65で最大であるときの腸内代謝物濃度である2.8μMが、N-アセチルロイシンの閾値として採用されてよい。例えば、対象の腸内プロピオン酸濃度が当該閾値以上である場合に、当該対象が老齢タイプの腸内状態、特には老齢タイプの腸内菌叢を有すると判定されてよい。
【0084】
<N8-アセチルスペルミジンのROC曲線>
コリンと同様に、N8-アセチルスペルミジンの濃度を基に、ROC曲線を作成した。図4-2に示されるように、当該ROC曲線の作成において、「老齢タイプ」である真陽性の割合が縦軸とされ、偽陽性の割合が横軸とされた。作成されたROC曲線から、ROC曲線下面積(AUC)を算出した。また、以下表5に示されるとおり、N8-アセチルスペルミジンの各濃度に対応するSensitivity、Specificity、及びAccuracyを得た。
【表5】
【0085】
図4-5にも記載されるとおり、ROC曲線下の面積(AUC)は0.64375であった。
また、表5に示されるN8-アセチルスペルミジン濃度のいずれかを、対象が老齢タイプであるか否かを判定するための閾値として採用することができる。好ましくは、表5に示される濃度のうち、Accuracy(正解率)が0.625で濃度が最も低い値であるときの腸内代謝物濃度である10.1μMが、N8-アセチルスペルミジンの閾値として採用される。例えば、対象の腸内プロピオン酸濃度が当該閾値以上である場合に、当該対象が老齢タイプの腸内状態、特には老齢タイプの腸内菌叢を有すると判定されてよい。
【0086】
<2-ヒドロキシ-4-メチル吉草酸のROC曲線>
コリンと同様に、2-ヒドロキシ-4-メチル吉草酸の濃度を基に、ROC曲線を作成した。図4-6に示されるように、当該ROC曲線の作成において、「老齢タイプ」である真陽性の割合が縦軸とされ、偽陽性の割合が横軸とされた。作成されたROC曲線から、ROC曲線下面積(AUC)を算出した。また、以下表6に示されるとおり、2-ヒドロキシ-4-メチル吉草酸の各濃度に対応するSensitivity、Specificity、及びAccuracyを得た。
【表6】
【0087】
図4-6にも記載されるとおり、ROC曲線下の面積(AUC)は0.635であった。
また、表6に示される2-ヒドロキシ-4-メチル吉草酸濃度のいずれかを、対象が老齢タイプであるか否かを判定するための閾値として採用することができる。好ましくは、表6に示される濃度のうち、Accuracy(正解率)が0.625で濃度が最も低い値であるときの腸内代謝物濃度である21.7μMが、2-ヒドロキシ-4-メチル吉草酸の閾値として採用される。例えば、対象の腸内2-ヒドロキシ-4-メチル吉草酸濃度が当該閾値以上である場合に、当該対象が老齢タイプの腸内状態、特には老齢タイプの腸内菌叢を有すると判定されてよい。
【0088】
<コール酸のROC曲線>
コリンと同様に、コール酸の濃度を基に、ROC曲線を作成した。図4-7に示されるように、当該ROC曲線の作成において、「老齢タイプ」である真陽性の割合が縦軸とされ、偽陽性の割合が横軸とされた。作成されたROC曲線から、ROC曲線下面積(AUC)を算出した。また、以下表7に示されるとおり、コール酸の各濃度に対応するSensitivity、Specificity、及びAccuracyを得た。
【表7】
【0089】
図4-7にも記載されるとおり、ROC曲線下の面積(AUC)は0.3475であった。
また、表7に示されるコール酸濃度のいずれかを、対象が老齢タイプであるか否かを判定するための閾値として採用することができる。好ましくは、表7に示される濃度のうち、Accuracy(正解率)が0.45で最大値であるときの腸内代謝物濃度である39.9μMが、コール酸の閾値として採用される。
【0090】
[腸内状態判定における腸内代謝物の優先順位]
各腸内代謝物のAUC値から腸内状態が1に近い値ほど、腸内代謝物が老齢タイプであるか否かを判定するために優れている。すなわち、コリン、プロピオン酸、トリメチルアミン、N-アセチルロイシン、N8-アセチルスペルミジン、2-ヒドロキシ-4-メチル吉草酸、及びコール酸の順に腸内状態が「老齢タイプ」であるか否かを判定する精度が良いことが示された。
特に、コリン、プロピオン酸、トリメチルアミン、N-アセチルロイシン、N8-アセチルスペルミジン、及び2-ヒドロキシ-4-メチル吉草酸の6つの腸内代謝物については、AUCが0.6以上であり、腸内状態判定のために特に適していることが分かる。さらに、コリン及びプロピオン酸の2つの腸内代謝物については、AUCが0.7以上であり、腸内状態判定のためにより特に適していることが分かる。
【0091】
[腸内状態を判定する予測式]
上記で用いた合計40の糞便サンプルに関し、コリン、プロピオン酸、トリメチルアミン、N-アセチルロイシン、N8-アセチルスペルミジン、2-ヒドロキシ-4-メチル吉草酸、及びコール酸の濃度を用い、ロジスティック回帰分析を行ったところ、以下の予測式が作成された。
R=0.0649×[コリン濃度]-0.0043×[コール酸濃度]+0.0000452×[プロピオン酸濃度]-0.00253×[N8-アセチルスペルミジン濃度]+0.0197×[2-ヒドロキシ-4-メチル吉草酸濃度]-0.000154×[N-アセチルロイシン濃度]-0.0199×[トリメチルアミン濃度]-3.09
【0092】
得られた予測式に基づいて図5に示すROC曲線を作成した。図5から、ROC曲線下の面積(AUC)は0.9325であり、良好な精度を有する式であることが示された。40名の検体を用いた場合、予測式の値が0.5149776とするとSensitivity(感度)が85%でありSpecificity(特異度)が85%であった。
以上のとおり、回帰分析により作成された予測式も、腸内状態の判定のために利用できることが分かる。

図1
図2
図3
図4-1】
図4-2】
図4-3】
図4-4】
図4-5】
図4-6】
図4-7】
図5