(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-15
(45)【発行日】2024-10-23
(54)【発明の名称】電子顕微鏡の調整方法
(51)【国際特許分類】
H01J 37/22 20060101AFI20241016BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20241016BHJP
H01F 1/057 20060101ALI20241016BHJP
【FI】
H01J37/22 502E
C22C38/00 303D
H01F1/057 110
(21)【出願番号】P 2021058812
(22)【出願日】2021-03-30
【審査請求日】2023-12-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000003067
【氏名又は名称】TDK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001494
【氏名又は名称】前田・鈴木国際特許弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】細野 宇礼武
【審査官】大門 清
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-233058(JP,A)
【文献】特開平04-328234(JP,A)
【文献】特開2014-132628(JP,A)
【文献】国際公開第2013/054845(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 37/00-37/36
H01F 1/00
G01N 23/225
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
2種類以上の画像調製用の薄板を基材に埋め込んで電子顕微鏡の同一視野内に含める工程と、
前記視野について調整前の第1輝度ヒストグラムを作成する工程と、
前記調整前の第1輝度ヒストグラムにおける各薄板由来の輝度ピークの位置を所定の位置に調整し、かつ、各薄板由来の輝度ピーク位置の差を所定の大きさに調整する工程と、を有する電子顕微鏡の調整方法
により調整した電子顕微鏡を用いるR-T-B系永久磁石用合金の観察方法。
【請求項2】
前記2種類以上の画像調製用の薄板がNi薄板、Cu薄板およびZn薄板である請求項1に記載の
R-T-B系永久磁石用合金の観察方法。
【請求項3】
前記2種類以上の画像調製用の薄板がNi薄板、Cu薄板およびZn薄板から選ばれる2種類の薄板である請求項1に記載の
R-T-B系永久磁石用合金の観察方法。
【請求項4】
前記2種類以上の画像調製用の薄板がCu薄板およびZn薄板である請求項1に記載の
R-T-B系永久磁石用合金の観察方法。
【請求項5】
調整後の第2輝度ヒストグラムは最小輝度を0、最大輝度を(B
n-1)とするB
n階調で作成され、
前記調整後の第2輝度ヒストグラムは隣り合う各薄板由来の輝度ピーク位置の差が全て(B
n×40/256)以上(B
n×60/256)以下である請求項2~4のいずれかに記載の
R-T-B系永久磁石用合金の観察方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子顕微鏡の調整方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、希土類含有合金の金属組織の評価方法に関する発明が記載されている。具体的には、希土類含有合金の断面の顕微鏡画像において特定の向きの直線を引き、当該直線と交わる主相の輝度およびRリッチ相の輝度から主相とRリッチ相とを判別することが記載されている。特許文献1の評価方法では、主相の輝度からRリッチ相の輝度へ変化する回数を直線の長さで除した値がRリッチ相間隔である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、各種材料の組織をより明確に観察できるようにするための電子顕微鏡の調整方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するために、本発明に係る電子顕微鏡の調整方法は、
2種類以上の画像調製用の薄板を基材に埋め込んで電子顕微鏡の同一視野内に含める工程と、
前記視野について調整前の第1輝度ヒストグラムを作成する工程と、
前記調整前の第1輝度ヒストグラムにおける各薄板由来の輝度ピークの位置を所定の位置に調整し、かつ、各薄板由来の輝度ピーク位置の差を所定の大きさに調整する工程と、を有する。
【0006】
前記2種類以上の画像調製用の薄板がNi薄板、Cu薄板およびZn薄板であってもよい。
【0007】
前記2種類以上の画像調製用の薄板がNi薄板、Cu薄板およびZn薄板から選ばれる2種類の薄板であってもよい。
【0008】
前記2種類以上の画像調製用の薄板がCu薄板およびZn薄板であってもよい。
【0009】
調整後の第2輝度ヒストグラムは最小輝度を0、最大輝度を(Bn-1)とするBn階調で作成されてもよく、
調整後の第2輝度ヒストグラムは隣り合う各薄板由来の輝度ピーク位置の差が全て(Bn×40/256)以上(Bn×60/256)以下であってもよい。
【0010】
上記の電子顕微鏡の調整方法がR-T-B系永久磁石用合金の観察に用いられてもよく、Rが希土類元素、Tが遷移金属元素、Bがホウ素であってもよい。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】調整前の電子顕微鏡によるR-T-B系永久磁石用合金の反射電子像である。
【
図2】
図1のR-T-B系永久磁石用合金の輝度ヒストグラムである。
【
図3】調整前の電子顕微鏡による標準サンプルの反射電子像である。
【
図5】調整後の電子顕微鏡による標準サンプルの反射電子像である。
【
図7】調整後の電子顕微鏡によるR-T-B系永久磁石用合金の反射電子像である。
【
図8】
図7のR-T-B系永久磁石用合金の輝度ヒストグラムである。
【
図9】調整前の電子顕微鏡によるR-T-B系永久磁石用合金の反射電子像である。
【
図10】
図9のR-T-B系永久磁石用合金の輝度ヒストグラムである。
【
図11】調整前の電子顕微鏡による標準サンプルの反射電子像である。
【
図13】調整後の電子顕微鏡による標準サンプルの反射電子像である。
【
図15】調整後の電子顕微鏡によるR-T-B系永久磁石用合金の反射電子像である。
【
図16】
図15のR-T-B系永久磁石用合金の輝度ヒストグラムである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を、実施形態に基づき説明する。
【0013】
本実施形態に係る電子顕微鏡の調整方法は、
2種類以上の画像調製用の薄板を基材に埋め込んで電子顕微鏡の同一視野内に含める工程と、
前記視野について調整前の第1輝度ヒストグラムを作成する工程と、
前記調整前の第1輝度ヒストグラムにおける各薄板由来の輝度ピークの位置を所定の位置に調整し、かつ、各薄板由来の輝度ピーク位置の差を所定の大きさに調整する工程と、を有する。
【0014】
本実施形態に係る電子顕微鏡の調整方法によれば、各種材料の組織をより明確に観察できるようにすることができる。さらに、電子顕微鏡の種類を変更しても反射電子像の明るさおよびコントラストを同程度に調整して各種材料の組織を観察できるようにすることができる。
【0015】
調整後に観察される各種材料の種類には特に制限はない。各種合金であってもよい。本実施形態に係る電子顕微鏡の調整方法は、特にR-T-B系永久磁石用合金の組織の観察に好適に用いられる。
【0016】
2種類以上の画像調整用の薄板の種類には特に制限はない。しかし、画像調整に用いるためには均質な薄板である必要がある。具体的には、反射電子像から輝度ヒストグラムを作製する場合において薄板由来の輝度ピークの位置が明確に特定できる薄板である必要がある。
【0017】
2種類以上の画像調整用の薄板をどのように選択するかについては特に制限はない。一般的に、反射電子像は平均原子番号が大きい部分ほど明るくなる。そして、実際に組織を観察する材料における主相(当該材料の大部分を占める相)の平均原子番号に近い原子番号の元素の単体からなる薄板を用いれば、電子顕微鏡の調整後にさらに明るさを変化させなくても材料の組織を好適に観察できる。ただし、画像調整用の薄板は原子番号のみを考慮して選択するのではなく、その他の要素も適宜考慮して選択する。
【0018】
上記の材料がR-T-B系永久磁石用合金でありRが希土類元素、Tが遷移金属元素、Bがホウ素である場合、主相(R2T14B結晶相)の平均原子番号は約34である。原子番号のみを考慮すれば、画像調整用の薄板として、Ga(原子番号31)、Ge(原子番号32)、As(原子番号33)、Se(原子番号34)、Br(原子番号35)、Kr(原子番号36)およびRb(原子番号37)から選択される元素の単体からなる薄板を用いることが有力である。しかし、この中で、単体で室温において安定した固体となるのはGeのみである。さらに、Geは加工性が低く価格が高いので画像調整用の薄板としては使用しにくい。
【0019】
また、主相の平均原子番号よりも大きい原子番号である元素の単体よりは、主相の平均原子番号よりも小さい原子番号である元素の単体の方が、画像調整用の薄板として好適に用いられる。
【0020】
画像調整用の薄板として好適に用いられる単体の条件としては、取り扱いやすい単体であること、安価な単体であること、遷移金属の単体であること、原子番号が主相の平均原子番号に近い単体であることが挙げられる。
【0021】
主相の平均原子番号よりも小さい原子番号である元素の単体の中には、これらの条件を比較的好適に満たす単体がある。そのため、主相の平均原子番号よりも小さい原子番号である元素の単体が画像調整用の薄板として好適に用いられる。
【0022】
したがって、R-T-B系永久磁石用合金を観察する場合には、2種類以上の画像調整用の薄板として、原子番号、加工性、価格等を考慮し、Ni、Cu、Znなどの単体を選択することが通常である。また、2種類以上の画像調整用の薄板として選択される元素の種類は、選択される元素を原子番号順に並べた場合に隣り合う元素同士の原子番号の差が1となるように選択してもよい。
【0023】
以下、R-T-B系永久磁石用合金を観察するための電子顕微鏡の調整方法について、2種類以上の画像調整用の薄板がNi薄板、Cu薄板およびZn薄板である場合、および、Cu薄板およびZn薄板である場合を例に説明する。しかし、電子顕微鏡の調整方法は2種類以上の画像調整用の薄板がNi薄板、Cu薄板およびZn薄板である場合、および、Cu薄板およびZn薄板である場合に限られない。2種類以上の画像調整用の薄板の種類については、例えば、2種類以上の画像調整用の薄板がNi薄板、Cu薄板およびZn薄板から選ばれる2種類の薄板であってもよい。
【0024】
<Ni薄板、Cu薄板およびZn薄板を用いる場合>
【0025】
画像調整用の薄板としてNi薄板、Cu薄板およびZn薄板を準備する。そして、少なくともNi薄板、Cu薄板およびZn薄板を基材に埋め込み標準サンプルを作製する。基材は電子顕微鏡観察用の埋込樹脂であってもよい。各薄板の厚みには特に制限はない。たとえば0.05~0.20mmであってもよい。
【0026】
次に、標準サンプルの断面を鏡面研磨し、金蒸着を行う。断面を鏡面研磨し、金蒸着を行うことで明るさおよびコントラストを好適に調整することができる。
【0027】
次に、標準サンプルを電子顕微鏡にセットする。撮像モードは反射電子像とする。画素数には特に制限はなく観察する材料により異なる。例えば1280×960pixelとする。倍率には特に制限はないが、Ni薄板、Cu薄板およびZn薄板が同一視野に入る倍率とする。例えば100~500倍としてもよい。
【0028】
次に、Ni薄板、Cu薄板およびZn薄板が同一視野に入るように視野を移動させる。各薄板の順番には特に制限はない。
【0029】
次に、最小輝度を0、最大輝度をBn-1とするBn階調で調整前の第1輝度ヒストグラムを作製する。Bnは16以上65536以下であってもよい。また、輝度ヒストグラムはコンピュータプログラムにより作成されるため、Bnは2の累乗であることが多い。
【0030】
そして、各薄板由来の輝度ピークの位置を所定の位置に調整し、かつ、各薄板由来の輝度ピーク位置の差を所定の大きさに調整する。調整後の第2輝度ヒストグラムにおける上記の所定の位置および所定の大きさは電子顕微鏡の調整後に実際に観察する材料により異なる。隣り合う各薄板由来の輝度ピーク位置の差が全て(Bn×35/256)以上(Bn×65/256)以下であってもよい。
【0031】
この場合、Cu薄板由来の輝度ピークの位置が(Bn×150/256)程度((Bn×145/256)~(Bn×155/256))となるように明るさを調整してもよい。明るさを調整することで、主に各輝度ピークの位置を調整することができる。さらに、Ni薄板由来の輝度ピークの位置とCu薄板由来の輝度ピークの位置との差が(Bn×55/256)程度((Bn×45/256)~(Bn×65/256))、Cu薄板由来の輝度ピークの位置とZn薄板由来の輝度ピークの位置との差が(Bn×45/256)程度((Bn×35/256)~(Bn×55/256))となるようにコントラストを調整してもよい。コントラストを調整することで、主に各輝度ピークの位置の差を調整することができる。コントラストが大きいほど各輝度ピークの位置の差が大きくなる。さらに、各輝度ピークの標準偏差が大きくなる。なお、Ni薄板由来の輝度ピークの位置とCu薄板由来の輝度ピークの位置との差を(Bn×55/256)程度に調整すれば、Cu薄板由来の輝度ピークの位置とZn薄板由来の輝度ピークの位置との差は自動的に(Bn×45/256)程度に調整される場合が多い。コントラストを調整する際に、Cu薄板由来の輝度ピークの位置が(Bn×150/256)程度である状態を維持するため、必要に応じて補助的に明るさを調整する。その結果、調整後の第2輝度ヒストグラムが得られる。
【0032】
上記の明るさおよびコントラストの調整が終了したら直ちに材料の観察を行ってもよい。しかし、材料の種類によっては明るさの調整をさらに行ってもよい。R-T-B系永久磁石用合金を観察する場合には、例えば、コントラストを維持したままR-T-B系永久磁石用合金を視野に入れて倍率を上げて後述する主相のみが視野に入るようにして輝度ヒストグラムを作成し、ピークの位置が(Bn×110/256)程度((Bn×105/256)~(Bn×115/256))となるように明るさを調整してもよい。倍率を上げる場合の倍率には制限はないが、10000倍以下としてもよい。
【0033】
さらに、この明るさの調整を容易に行うために、R-T-B系永久磁石用合金板をNi薄板、Cu薄板およびZn薄板と共に標準サンプルに埋め込んでもよい。この場合には、標準サンプルの観察範囲を変化させることでR-T-B系永久磁石用合金を視野に入れることができる。さらに、標準サンプルに埋め込む前のR-T-B系永久磁石用合金板に熱処理を行ってもよい。熱処理を行うことで、明るさを調整するために主相のみを電子顕微鏡の視野に入るようにする工程が容易になる。熱処理を行う場合に熱処理時間および温度には特に制限はない。例えば800~1000℃で30~120分、熱処理を行う。
【0034】
R-T-B系永久磁石用合金板をNi薄板、Cu薄板およびZn薄板と共に標準サンプルに埋め込む場合には、Ni薄板、Cu薄板およびZn薄板を含む部分の両側にR-T-B系永久磁石用合金板を配置してもよい。両側にR-T-B系永久磁石用合金板を配置することで、鏡面研磨の安定性が向上する。
【0035】
<Cu薄板およびZn薄板を用いる場合>
【0036】
画像調整用の薄板としてCu薄板およびZn薄板を準備する。そして、少なくともCu薄板およびZn薄板を基材に埋め込み標準サンプルを作製する。基材は電子顕微鏡観察用の埋込樹脂であってもよい。各薄板の厚みには特に制限はない。たとえば0.05~0.20mmであってもよい。
【0037】
次に、標準サンプルの断面を鏡面研磨し、金蒸着を行う。断面を鏡面研磨し、金蒸着を行うことで明るさおよびコントラストを好適に調整することができる。
【0038】
次に、標準サンプルを電子顕微鏡にセットする。撮像モードは反射電子像とする。画素数には特に制限はなく観察する材料により異なる。例えば1280×960pixelとする。倍率には特に制限はないが、Cu薄板およびZn薄板が同一視野に入る倍率とする。例えば100~500倍としてもよい。
【0039】
次に、Cu薄板およびZn薄板が同一視野に入るように視野を移動させる。
【0040】
次に、最小輝度を0、最大輝度をBn-1とするBn階調で調整前の第1輝度ヒストグラムを作製する。Bnは16以上65536以下であってもよい。また、輝度ヒストグラムはコンピュータプログラムにより作成されるため、Bnは2の累乗であることが多い。
【0041】
そして、各薄板由来の輝度ピークの位置を所定の位置に調整し、かつ、各薄板由来の輝度ピーク位置の差を所定の大きさに調整する。調整後の第2輝度ヒストグラムにおける上記の所定の位置および所定の大きさは電子顕微鏡の調整後に実際に観察する材料により異なる。隣り合う各薄板由来の輝度ピーク位置の差が全て(Bn×35/256)以上(Bn×65/256)以下であってもよい。
【0042】
この場合、Cu薄板由来の輝度ピークの位置が(Bn×110/256)程度((Bn×105/256~Bn×115/256))となるように明るさを調整する。明るさを調整することで、主に各輝度ピークの位置を調整することができる。さらに、Cu薄板由来の輝度ピークの位置とZn薄板由来の輝度ピークの位置との差が(Bn×55/256)程度((Bn×45/256~Bn×65/256))となるようにコントラストを調整してもよい。コントラストを調整することで、主に各輝度ピークの位置の差を調整することができる。コントラストが大きいほど各輝度ピークの位置の差が大きくなる。さらに、各輝度ピークの標準偏差が大きくなる。コントラストを調整する際に、Cu薄板由来の輝度ピークの位置が(Bn×110/256)程度である状態を維持するため、必要に応じて補助的に明るさを調整する。その結果、調整後の第2輝度ヒストグラムが得られる。
【0043】
上記の明るさおよびコントラストの調整が終了したら直ちに材料の観察を行ってもよい。しかし、材料の種類によっては明るさの調整をさらに行ってもよい。R-T-B系永久磁石用合金を観察する場合には、例えば、コントラストを維持したままR-T-B系永久磁石用合金を視野に入れて倍率を上げて後述する主相のみが視野に入るようにして輝度ヒストグラムを作成し、ピークの位置が(Bn×110/256)程度(Bn×105/256~Bn×115/256)となるように明るさを調整してもよい。倍率を上げる場合の倍率には制限はないが、10000倍以下としてもよい。
【0044】
さらに、この明るさの調整を容易に行うために、R-T-B系永久磁石用合金板をCu薄板およびZn薄板と共に標準サンプルに埋め込んでもよい。この場合には、標準サンプルの観察範囲を変化させることでR-T-B系永久磁石用合金を視野に入れることができる。さらに、標準サンプルに埋め込む前のR-T-B系永久磁石用合金板に熱処理を行ってもよい。熱処理を行うことで、明るさを調整するために主相のみを電子顕微鏡の視野に入るようにする工程が容易になる。熱処理を行う場合に熱処理時間および温度には特に制限はない。例えば800~1000℃で30~120分、熱処理を行う。
【0045】
R-T-B系永久磁石用合金板をCu薄板およびZn薄板と共に標準サンプルに埋め込む場合には、Cu薄板およびZn薄板を含む部分の両側にR-T-B系永久磁石用合金板を配置してもよい。両側にR-T-B系永久磁石用合金板を配置することで、鏡面研磨の安定性が向上する。
【0046】
<R-T-B系永久磁石用合金の組織>
本実施形態に係る電子顕微鏡の調整方法は、特にR-T-B系永久磁石用合金の反射電子像を得る場合に好適に用いられる。以下、R-T-B系永久磁石用合金の組織について説明する。R-T-B系永久磁石用合金は、R,TおよびBを有し、Rが希土類元素、Tが遷移金属元素、Bがホウ素である。
【0047】
一般的に、R-T-B系永久磁石用合金は、R2T14B型結晶構造を有する柱状晶である主相と、主相よりもRの含有量が多いRリッチ相と、を含む。
【0048】
R-T-B系永久磁石用合金の断面においては、主相(輝度が小さい相)とRリッチ相(輝度が大きい相)との間に明確な差異が確認でき、かつ、大部分のRリッチ相の形状が線状である組織(以下、通常組織と呼ぶ)が大部分を占める。通常組織に含まれる主相の大部分が柱状晶である。通常組織において、形状が線状であるRリッチ相(以下、線状Rリッチ相と呼ぶ)の間隔は平均で2μm以上ある。また、通常組織は合金の凝固の方向、言いかえれば合金の厚み方向に1次デンドライトが伸びた組織である。
【0049】
また、R-T-B系永久磁石用合金は、通常組織に加えて、柱状晶ではない主相を含む組織を含む。柱状晶ではない主相を非柱状晶と呼び、非柱状晶を含む組織を非柱状晶組織と呼ぶ。また、非柱状晶組織は必ずしも合金の凝固の方向に1次デンドライトが伸びていない組織である。さらに、非柱状晶組織を複数の種類の非柱状晶組織に分類することもできる。
【0050】
ここで、R-T-B系永久磁石用合金の観察、特に通常組織と各非柱状晶組織との分類は反射電子像を目視することにより行うことが可能である。しかし、反射電子像自体の明るさおよびコントラストが測定者によらずに同等程度に調整されない場合には、反射電子像自体の明るさおよびコントラストの違いによって分類結果に誤差が生じてしまう。
【0051】
さらに、反射電子像の輝度情報からR-T-B系永久磁石用合金の組織を特定することも検討されている。特にR-T-B系永久磁石用合金を多数の区画に分割し、各区画の輝度情報から輝度ヒストグラムを作成した場合において、輝度ヒストグラムのピーク位置および標準偏差から組織を分類することが検討されている。しかし、反射電子像自体の明るさおよびコントラストが電子顕微鏡の種類および測定者によらずに同等程度に調整されない場合には、反射電子像自体の明るさおよびコントラストの違いによって分類結果に誤差が生じてしまう。明るさおよびコントラスト、特にコントラストが電子顕微鏡の種類および測定者によらずに同等程度に調整されない場合には、輝度ヒストグラムのピーク位置および標準偏差から通常組織と非柱状晶組織とを区別することが困難となる。
【0052】
R-T-B系永久磁石用合金のみを用いて明るさおよびコントラストを電子顕微鏡の種類および測定者によらずに同等程度に調整するのは困難である。特にコントラストを電子顕微鏡の種類および測定者によらずに同等程度に調整するのは困難である。
【0053】
本実施形態に係る電子顕微鏡の調整方法を用いることで、電子顕微鏡の種類および測定者によらずに反射電子像自体の明るさおよびコントラストを好適に、かつ、同等程度に、調整することができる。その結果、電子顕微鏡の種類および測定者によらずに反射電子像から材料の組織を明瞭に観察し得る。さらに、電子顕微鏡の種類および測定者によらずに反射電子像の輝度情報から材料の組織を明瞭に特定し得る。
【実施例】
【0054】
以下、実施例により発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0055】
(実施例1:Ni薄板、Cu薄板およびZn薄板を用いる場合)
まず、観察対象となる材料として、R-T-B系永久磁石用合金をストリップキャスト法により作製した。組成はNd:25.3質量%、Pr:6.2質量%、B:0.90質量%、Al:0.3質量%、Co:0.9質量%、Cu:0.2質量%、Zr:0.5質量%、Ga:0.6質量%、残部Feとした。
【0056】
図1は調整前の電子顕微鏡によるR-T-B系永久磁石用合金の反射電子像の一例である。
図2は
図1のR-T-B系永久磁石用合金の輝度ヒストグラムである。調整前の電子顕微鏡を用いて得られる反射電子像は電子顕微鏡の種類や直前に測定した材料の種類などにより大きく異なる。しかし、
図2に示すように、輝度ヒストグラムのピーク位置が好ましい位置よりも低輝度側になる場合が多く、かつ、輝度ヒストグラムの標準偏差が好ましい大きさよりも小さくなることが多い。なお、倍率は350倍、画素数は1280×960pixelとした。
【0057】
得られたR-T-B系永久磁石用合金の断面を電子顕微鏡(日本電子製)で観察するために下記の方法で電子顕微鏡の明るさおよびコントラストを調整した。
【0058】
まず、得られたR-T-B系永久磁石用合金に対して、1000℃で120分、熱処理を行い、標準サンプルに組み込むための熱処理板を2枚得た。
【0059】
次に、0.1mm厚のNi薄板、0.1mm厚のCu薄板および0.1mm厚のZn薄板を準備した。次に、熱処理板、Ni薄板、Cu薄板およびZn薄板を電子顕微鏡観察用の埋込樹脂に埋め込んだ。この際に、熱処理板、Ni薄板、Cu薄板、Zn薄板、熱処理板の順に各板の厚さ方向に平行な断面が並ぶように配置して標準サンプルを作製した。
【0060】
次に、標準サンプルの断面を鏡面研磨し、金蒸着を行った。
【0061】
次に、標準サンプルを電子顕微鏡にセットした。撮像モードは反射電子像とし、倍率150倍、画素数1280×960pixelとした。
【0062】
次に、Ni薄板、Cu薄板およびZn薄板がこの順番で同一視野に入るように視野を調整した。
【0063】
次に、最小輝度を0、最大輝度を255とする256階調(Bn=256)で調整前の第1輝度ヒストグラムを作製し、Cu薄板由来の輝度ピークの位置が150程度(145~155)となるように明るさを調整した。さらに、Ni薄板由来の輝度ピークの位置とCu薄板由来の輝度ピークの位置との差が55程度(45~65)、Cu薄板由来の輝度ピークの位置とZn薄板由来の輝度ピークの位置との差が45程度(35~55)となるようにコントラストを調整した。コントラストを調整する際に、Cu薄板由来の輝度ピークの位置が150程度である状態を維持するため、必要に応じて補助的に明るさを調整した。調整により得られた輝度ヒストグラムが調整後の第2輝度ヒストグラムである。
【0064】
図3は調整前の電子顕微鏡による標準サンプルの反射電子像である。左からNi薄板、Cu薄板およびZn薄板がこの順番で同一視野内に並んでいる。
図4は調整前の第1輝度ヒストグラムである。
【0065】
図5は調整後の電子顕微鏡による標準サンプルの反射電子像である。左からNi薄板、Cu薄板およびZn薄板がこの順番で同一視野内に並んでいる。
図6は調整後の第2輝度ヒストグラムである。上記の方法で
図3に示す反射電子像の明るさおよびコントラストを調整することにより、輝度ピークの位置が低輝度側になり、かつ、隣り合う各薄板由来の輝度ピーク位置の差が大きくなる。なお、
図6ではNi薄板由来の輝度ピークの位置が概ね91、Cu薄板由来の輝度ピークの位置が概ね147、Zn薄板由来の輝度ピークの位置が概ね193である。
【0066】
図4と
図6とを比較すると、
図6は
図4と比較して各薄板由来の輝度ピークの位置が低輝度側へ移動し、かつ、輝度ピークの位置の差が大きくなっている。しかし、各薄板由来の輝度ピークの高さはほとんど変化しない。すなわち、電子顕微鏡の明るさおよびコントラストを調整しても、輝度ピークの高さはほとんど変化しない。
【0067】
次に、コントラストを維持したまま視野を熱処理品が入る位置に移動させた。そして、倍率を上げて白い相(Rリッチ相)が視野に入らず主相のみが視野に入るようにした。倍率は最大で10000倍程度とした。さらに、輝度ヒストグラムのピークの位置が110程度(105~115)となるように明るさを調整した。最後に、標準サンプルを電子顕微鏡から回収した。
【0068】
そして、調整後の電子顕微鏡を用いて、調整前と同一倍率、同一画素数でR-T-B系永久磁石用合金を観察して得られた反射電子像が
図7である。
図8は
図7のR-T-B系永久磁石用合金の輝度ヒストグラムである。
【0069】
図7は
図1と比較してコントラストが強い。そして、
図8は
図2と比較して輝度ヒストグラムの標準偏差が大きい。以上より、
図7ではR-T-B系永久磁石用合金の合金組織がより明瞭に観察できる。言いかえれば、主相およびRリッチ相をより明瞭に区別できる。
【0070】
(実施例2:Cu薄板およびZn薄板を用いる場合)
まず、観察対象となる材料として、R-T-B系永久磁石用合金をストリップキャスト法により作製した。組成はNd:24.1質量%、Pr:6.4質量%、Tb:0.4質量%、B:0.84質量%、Al:0.2質量%、Co:0.9質量%、Cu:0.2質量%、Zr:0.5質量%、Ga:0.6質量%、残部Feとした。
【0071】
図9は調整前の電子顕微鏡によるR-T-B系永久磁石用合金の反射電子像の一例である。
図10は
図9のR-T-B系永久磁石用合金の輝度ヒストグラムである。調整前の電子顕微鏡を用いて得られる反射電子像は電子顕微鏡の種類や直前に測定した材料の種類などにより大きく異なる。しかし、
図10に示す輝度ヒストグラムのピーク位置が好ましい位置よりも低輝度側になる場合が多く、かつ、
図10に示す輝度ヒストグラムの標準偏差が好ましい大きさよりも小さくなることが多い。なお、倍率は350倍、画素数は1280×960pixelとした。
【0072】
得られたR-T-B系永久磁石用合金の断面を電子顕微鏡(日本電子製)で観察するために下記の方法で電子顕微鏡の明るさおよびコントラストを調整した。
【0073】
まず、得られたR-T-B系永久磁石用合金に対して、1000℃で120分、熱処理を行い、標準サンプルに組み込むための熱処理板を2枚得た。
【0074】
次に、0.1mm厚のCu薄板および0.1mm厚のZn薄板を準備した。次に、熱処理板、Cu薄板およびZn薄板を電子顕微鏡観察用の埋込樹脂に埋め込んだ。この際に、熱処理板、Cu薄板、Zn薄板、熱処理品の順に各板の厚さ方向に平行な断面が並ぶように配置して標準サンプルを作製した。
【0075】
次に、標準サンプルの断面を鏡面研磨し、金蒸着を行った。
【0076】
次に、標準サンプルを電子顕微鏡にセットした。撮像モードは反射電子像とし、倍率350倍、画素数1280×960pixelとした。
【0077】
次に、Cu薄板およびZn薄板がこの順番で同一視野に入るように視野を調整した。
【0078】
次に、最小輝度を0、最大輝度を255とする256階調(Bn=256)で調整前の第1輝度ヒストグラムを作製し、Cu薄板由来の輝度ピークの位置が110程度(105~115)となるように明るさを調整した。さらに、Cu薄板由来の輝度ピークの位置とZn薄板由来の輝度ピークの位置との差が55程度(45~65)となるようにコントラストを調整した。コントラストを調整する際に、Cu薄板由来の輝度ピークの位置が110程度である状態を維持するため、必要に応じて補助的に明るさを調整した。調整により得られた輝度ヒストグラムが調整後の第2輝度ヒストグラムである。
【0079】
図13は調整後の電子顕微鏡による標準サンプルの反射電子像である。左からCu薄板およびZn薄板がこの順番で同一視野内に並んでいる。
図14は調整後の第2輝度ヒストグラムである。上記の方法で
図11に示す反射電子像の明るさおよびコントラストを調整することにより、輝度ピークの位置が低輝度側になり、かつ、隣り合う各薄板由来の輝度ピーク位置の差が大きくなる。なお、
図14では、Cu薄板由来の輝度ピークの位置が概ね109、Zn薄板由来の輝度ピークの位置が概ね162である。
【0080】
図12と
図14とを比較すると、
図14は
図12と比較してZn薄板由来の輝度ピークが高輝度側へ移動し、各輝度ピークの位置の差が大きくなっている。しかし、各薄板由来の輝度ピークの高さはほとんど変化しない。すなわち、電子顕微鏡の明るさおよびコントラストを調整しても、輝度ピークの高さはほとんど変化しない。
【0081】
次に、コントラストを維持したまま視野を熱処理品が入る位置に移動させた。そして、倍率を上げて白い相(Rリッチ相)が視野に入らず主相のみが視野に入るようにした。倍率は最大で10000倍程度とした。さらに、輝度ヒストグラムのピークの位置が110程度(105~115)となるように明るさを調整した。最後に、標準サンプルを電子顕微鏡から回収した。
【0082】
そして、調整後の電子顕微鏡を用いて、調整前と同一倍率、同一画素数でR-T-B系永久磁石用合金を観察して得られた反射電子像が
図15である。
図16は
図15のR-T-B系永久磁石用合金の輝度ヒストグラムである。
【0083】
図15は
図9と比較してコントラストが強い。そして、
図16は
図10と比較して輝度ヒストグラムの標準偏差が大きい。以上より、
図15ではR-T-B系永久磁石用合金の合金組織がより明瞭に観察できる。言いかえれば、主相およびRリッチ相をより明瞭に区別できる。