(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-15
(45)【発行日】2024-10-23
(54)【発明の名称】木本植物の循環挿し木技術
(51)【国際特許分類】
A01G 2/10 20180101AFI20241016BHJP
【FI】
A01G2/10
(21)【出願番号】P 2021105746
(22)【出願日】2021-06-25
【審査請求日】2024-01-12
(73)【特許権者】
【識別番号】000183428
【氏名又は名称】住友林業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000855
【氏名又は名称】弁理士法人浅村特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】伏見 愛雄
(72)【発明者】
【氏名】楠 和隆
【審査官】吉田 英一
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-153128(JP,A)
【文献】特開2019-170324(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2019/0246567(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01G 2/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程を含む、木本植物の採穂母樹を製造する方法:
(1)木本植物の採穂母樹を育成する工程;
(2)前記採穂母樹から採穂し、採穂された穂を培地に挿し付けて発根させる工程;及び
(3)発根個体を、15時間以上の長日及び13℃以上の加温条件下において育苗して、前記木本植物の採穂母樹とする工程。
【請求項2】
工程(3)における育苗の期間が挿し木後11カ月以下である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
採穂母樹が、カラマツ属、スギ属、マツ属、ヒノキ属、ユーカリ属及びアカシア属から選ばれる木本植物種の採穂母樹である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
育苗が気温15~25℃で行われる、請求項1~3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
以下の工程を含む木本植物の挿し木苗を製造する方法:
(i)請求項1~4のいずれかに記載の方法により製造される、木本植物の採穂母樹から採穂する工程;
(ii)採穂された穂を培地に挿し付けて発根させる工程;
(iii)発根した個体を、さらに育苗して、木本植物の挿し木苗とする工程。
【請求項6】
以下の工程を含む、木本植物を増殖する方法:
(1’)請求項1~4のいずれかに記載の木本植物の採穂母樹を製造する方法のいずれかにより2本又は3本以上の採穂母樹を製造する工程;
(2’)工程(1’)により得られる前記2本又は3本以上の採穂母樹から、該採穂母樹の本数より多い数の穂を採穂し、採穂された該穂を培地に挿し付けて発根させる工程;及び
(3’)発根個体を、15時間以上の長日及び13℃以上の加温条件下において育苗し、工程(1’)により得られた2本又は3本以上の採穂母樹より多い本数の苗を得て、前記木本植物の本数を増加させる工程。
【請求項7】
以下の工程を含む木本植物の挿し木苗を製造する方法:
(i’)請求項6に記載の方法における工程(1’)により製造される2本又は3本以上の採穂母樹の少なくとも1本から採穂する工程;
(ii’)採穂された穂を培地に挿し付けて発根させる工程;及び
(iii’)発根した個体を、さらに育苗して、木本植物の挿し木苗とする工程。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、木本植物の循環挿し木技術(ある台木から採穂された穂の挿し木を台木に育苗し、該台木からさらに採穂し、該穂を挿し木して苗に育苗する育苗方法)に関する。
【背景技術】
【0002】
植林用山林樹木の苗の育苗には1年~2年といった長い時間をかけて行われている。育苗中の管理は、露地で行われる露地挿しのような粗放的な管理が一般的である。カラマツ属では、北海道で開発されたグイマツ×カラマツの交雑種「グイマツ雑種F1」が簡易なビニールハウスで挿し木が行われているほかは、実生による苗木生産が一般的である。
グイマツ雑種F1は、耐鼠性と高い成長性を併せ持つ優良品種である。グイマツ雑種F1は、特定のグイマツ品種に対してカラマツを交雑させる必要があり、現在、北海道では採種園整備が進められているが、当面、種子は慢性的な不足状態であるため、現在挿し木で増殖されている。この増殖方法においては、
(a)台木(採穂母樹)の育成
(b)育成された台木からの採穂
(c)採穂された穂の挿し木
(d)挿し木された穂(苗)の育苗
の各工程を経た後、十分に生育した苗が出荷(山出し)の対象とされる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2017-147966号公報
【文献】特開2019-024396号公報
【非特許文献】
【0004】
【文献】「グイマツ雑種F1幼苗からのさし木増殖法」、黒丸亮・来田和人、北海道林業試験場研究報告 第40号(平成15年3月)
【文献】Canadian Journal of Forest Research・1 October 1987 Park 「Genetic variances among clonally propagated populations of tamarack and the implications for clonal forestry
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
グイマツ雑種F1等のカラマツ属植物等の木本植物の苗は、上記のとおり挿し木で増殖・生産されているが、現状における苗の供給は需要にはるかに及ばず慢性的に供給不足の状態にある。かような状況は、他の木本植物においても共通している。そのため、カラマツ属植物を包含する木本植物の挿し木苗の生産において、挿し木苗の供給が需要にはるかに及ばないといった状況を改善するための技術に対する需要がある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、木本植物の苗を挿し木によって増殖する方法における特定の工程における条件を改めることにより採穂母樹から得られる穂の数を増大させることができる可能性があることを見出し、さらに研究を進めた結果本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち本発明は、少なくとも以下の発明に関する:
[1] 以下の工程を含む、木本植物の採穂母樹を製造する方法:
(1)木本植物の採穂母樹を育成する工程;
(2)前記採穂母樹から採穂し、採穂された穂を培地に挿し付けて発根させる工程;及び
(3)発根個体を、15時間以上の長日及び13℃以上の加温条件下において育苗して、前記木本植物の採穂母樹とする工程。 [2] 工程(3)における育苗の期間が挿し木後11カ月以下である、[1]に記載の方法。
[3] 採穂母樹が、カラマツ属、スギ属、マツ属、ヒノキ属、ユーカリ属及びアカシア属から選ばれる木本植物種の採穂母樹である、[1]又は[2]に記載の方法。
[4] 育苗が気温15~25℃で行われる、[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[5] 以下の工程を含む、木本植物の挿し木苗を製造する方法:
(i)[1]~[4]のいずれかに記載の方法により製造される木本植物の第二の採穂母樹から採穂する工程;
(ii)採穂された穂を培地に挿し付けて発根させる工程;及び
(iii)発根した個体をさらに育苗して、木本植物の挿し木苗とする工程。
[6] 以下の工程を含む、木本植物を増殖する方法:
(1’)[1]~[4]のいずれかに記載の方法により2本又は3本以上の採穂母樹を製造する工程;
(2’)工程(1’)により得られる前記2本又は3本以上の採穂母樹から、該採穂母樹の本数より多い数の穂を採穂し、採穂された該穂を培地に挿し付けて発根させる工程;及び
(3’)発根個体を、15時間以上の長日及び13℃以上の加温条件下において育苗し、工程(1’)により得られた2本又は3本以上の採穂母樹より多い本数の苗を得て、前記木本植物の本数を増加させる工程。
[7]
工程(3’)により得られた2本又は3本以上の採穂母樹より多い本数の苗を採穂母樹に育成し、該採穂母樹を工程(1’)に付して木本植物の本数をさらに増加させる工程を含む[6]に記載の方法。
[8]
以下の工程を含む木本植物の挿し木苗を製造する方法:
(i’)[6]に記載の方法における工程(1’)により製造される2本又は3本以上の採穂母樹の少なくとも1本から採穂する工程;
(ii’)採穂された穂を培地に挿し付けて発根させる工程;及び
(iii’)発根した個体を、さらに育苗して、木本植物の挿し木苗とする工程。
[9]
[8]に記載の工程(iii’)により得られた木本植物の挿し木苗を採穂母樹に育成する工程、及び以下の工程を含む木本植物の挿し木苗を製造する方法:
(i”)前記採穂母樹から採穂する工程;
(ii”)採穂された穂を培地に挿し付けて発根させる工程;ならびに
(iii”)発根した個体を、さらに育苗して、木本植物の挿し木苗とする工程。
【発明の効果】
【0008】
本発明の木本植物の採穂母樹を製造する方法によれば、循環挿し木技術として、木本植物の採穂が可能になる時期がより早く(
図1及び2)、また、優良な系統からより多くの採穂を行うことを可能にする(
図3)採穂母樹が提供されるという効果が奏される。本発明の木本植物の採穂母樹を製造する方法によれば、製造された採穂母樹を用いることにより、従来の方法より高い効率で木本植物の優良な系統の挿し木苗を生産することができる。
また、本発明の木本植物の採穂母樹を製造する方法によれば、良質な形質を持つクローンを、安定的かつ大量に増殖することができるといった効果が奏される。
【0009】
特許文献1又は2に記載の技術は、挿し穂を用いる育苗方法であるが、循環挿し木技術は用いられていない。
非特許文献1および2にはカラマツ属植物の循環挿し木についての記載があるが、これらの循環挿し木は環境制御が厳密に行われていない温室において行われており、発根率が低い。例えば非特許文献1においては、二次台木からの挿し穂の発根率は33.7%に留まっている。
これに対して本願発明の木本植物の採穂母樹を製造する方法においては、二次台木からの挿し穂の発根率として80%を超え得る。本発明の方法は、構成及び効果のいずれにおいても従来技術とは顕著に異なるものである。
【0010】
理論に束縛されるものではないが、本発明の木本植物の採穂母樹を製造する方法において上記の効果が奏されるのは、二次台木である採穂母樹の生育環境及び栄養環境を整えることにより生育ステージが進みすぎていない早い時期(とくに落葉や休眠を経ていない時期)に採穂が可能になり、より多くの採穂を行いえることが一因である可能性がある。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明の採穂母樹を製造する方法の例を示す概念図である。閉鎖型育苗施設が用いられる。
【
図2】従来技術における採穂母樹を製造する方法を示す概念図である。閉鎖型育苗施設は用いられず、温室が用いられる。
【
図3】本発明の挿し木苗を製造する方法の例を示す概念図である。
【
図4】実施例2における各クローンからの採穂数を示すグラフである。
【
図5】実施例2における各クローンからの挿し穂における発根率を示すグラフである。
【
図6】実施例3における試験のスキームを示す図である。
【
図7】実施例3における結果(採穂数)の例を示すグラフである。各クローンについての2本のバーのうち、いずれにおいても左側のバーは従来技術についてのものであり、右側のバーは本発明についてのものである。
【
図8】実施例3における結果(増殖率)の例を示すグラフである。各クローンについての2本のバーのうち、いずれにおいても左側のバーは従来技術についてのものであり、右側のバーは本発明についてのものである。
【
図9】本発明の方法による増殖のイメージを示す模式図である。本発明の方法によれば、優良クローンを選抜し、さらなる台木の育成を該優良クローンから行うことにより、優良クローンの増殖を鼠算的に行いえることを示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、以下の工程を含む、木本植物の採穂母樹を製造する方法である:
(1)木本植物の採穂母樹を育成する工程;
(2)前記採穂母樹から採穂し、採穂された穂を培地に挿し付けて発根させる工程;及び
(3)発根個体を、15時間以上の長日及び13℃以上の加温条件下において育苗して前記木本植物の採穂母樹とする工程。
以下に工程(1)~(3)について説明する。
【0013】
工程(1)
工程(1)は、当該木本植物の第一の採穂母樹を得る工程である。
本工程において採穂母樹を得る方法は限定されず、採穂母樹を従来技術と同様に実生により得てよい。したがって、本工程における採穂母樹を育成する方法に限定はなく、温室における通常の育成方法であってよい(
図1及び2)。
【0014】
採穂母樹の育成はまた、日長や温度が制御された室内において行ってもよい。
完全人工光による育成は、台木の生育の好適化に優れ、かかる工程によれば生育が均一な台木を効率的に生産することができる。
【0015】
工程(1)において、発芽した幼苗をより容量の大きなポットあるいはコンテナに移植を行うことは採穂数が一層多くなるため好ましい。ポットに移植を行う時期として、発芽直後から発芽後から2ヶ月までの期間が例示される。
工程(1)においては、断幹することは好ましい。例えば断幹が、苗長が10cm以上30cm以下で行われ、採穂に適する長枝が採穂に適する5cm前後に伸張した穂を適宜採穂することで、採穂数が一層多くなるため好ましい。
【0016】
工程(2)
工程(2)は、第一の採穂母樹から採穂し、採穂された穂を培地に挿し付けて発根させる工程である。
工程(2)において採穂される穂は、培地に挿し付けられた後に発根する穂が好ましい。かかる好ましい穂の大きさは、長さ約5cm~約7cmである。
木化が進行しすぎていない、柔軟性がある穂も、工程(2)において採穂される穂として好ましい。
【0017】
工程(2)において、発根が、光条件及び/又は温度条件が管理された環境下において、とくに自動管理された環境下おいて、行われることは好ましい。
工程(2)における発根を15時間以上の長日及び/又は13℃以上の加温条件下において行う本発明の方法は好ましい。
工程(2)において上記長日条件が採用される場合の環境としては、人工光に加え太陽光を利用する環境、又は太陽光を利用せず、人工光のみを用いる環境のいずれを用いてもよい。
【0018】
工程(2)における光条件及び温度条件の管理が自動で行われる本発明の方法は、管理がより確実に行われるため好ましい。この場合において光条件を与えるために用いる光源の種類は限定されず、白熱電球、蛍光灯、高輝度放電灯(ハロゲンランプ、高圧ナトリウムランプ)、固体素子発光光源(LED、有機EL等)であってよい。
工程(2)において、挿し木を小容量(10 ml~30 ml)のプラグを利用して、発根・幼苗段階の育成を行うことは、小面積での量産が可能になるため好ましい。閉鎖環境系(閉鎖型育苗施設)において工程(2)を行うことにより周年生産が可能になるため、より好ましい。
【0019】
本発明の採穂母樹を製造する方法のうち、工程(2)における得苗率が、80%以上である方法は好ましく、90%以上である方法はより好ましく、95%以上である方法は一層より好ましい。工程(2)が、挿し木から2ヶ月後まで行われる本発明の方法は好ましく、挿し木から3ヶ月後まで行われる方法はより好ましい。
【0020】
工程(3)
工程(3)は、発根個体を、15時間以上の長日及び13℃以上の加温条件下において育苗して第二の採穂母樹(二次台木)とし、該第二の採穂母樹を前記木本植物の採穂母樹とする工程である。第二の採穂母樹を複数得る本発明の方法は、採穂母樹の製造効率に優れるため好ましい。
工程(3)が開始される時期、すなわち人工光の環境下で、発根した後の植物の挿し木苗の育苗が開始される時期は限定されず、発根後育苗が実施される。工程(3)は、温室等の、光条件及び温度条件が管理された施設(閉鎖型育苗施設)内において行われる。
【0021】
工程(3)における日長として16時間以上は好ましく、18時間の日長はより好ましい。
工程(3)における光条件を充足する環境としては、太陽光を利用してよく、太陽光を利用しない完全人工光型であってもよい。
【0022】
工程(3)における育苗の期間は限定されず、適宜設定してよい。該期間が挿し木後11カ月以下である本発明の方法は、採穂母樹の製造効率の観点から好ましい。
工程(3)における育苗が15~25℃の加温条件下で行われる、本発明の方法は好ましい。
【0023】
工程(2)において発根した幼苗をより容量の大きなポットあるいはコンテナに移植を行った後に工程(3)を行うことは、採穂数が一層多くなるため好ましい。ポットに移植を行う時期として、発根直後から発根後から2ヶ月までの期間が例示される。
工程(3)において断幹することは好ましい。例えば断幹が、苗長が10cm以上30cm以下で行われ、採穂に適する長枝が採穂に適する5cm前後に伸長した穂を適宜採穂することで、採穂数が一層多くなる。
【0024】
本発明の採穂母樹を製造する方法における工程(1)~(3)において、用いられる培地(培土)の種類は限定されないところ、工程(1)と(3)における培地としてはココピートを主体とした培土が、工程(2)においてはココピートとピートモスを混合させた固化培土が、それぞれ例示される。
【0025】
本発明の採穂母樹を製造する方法においては、従来の方法と同様に必ずしも肥料は必要とされないが、肥料が用いられる条件下において行われる本発明の方法は好ましい。
肥料の種類は限定されず、固形肥料および液体肥料のいずれも好適に用いられる。固形肥料は初期肥効が抑えられる肥効調節型肥料を予め培地に混合しておくか、根を伸長させる時期に移行する際に添加してよい。液体肥料は、根を伸長させる工程以降に培地に添加してよい。
【0026】
本発明の方法により製造された採穂母樹は、さらなる採穂母樹の製造に用いることができる。すなわち本発明は、上記工程(3)を経て製造された採穂母樹から、さらに採穂母樹を製造する工程を含む、以下の木本植物を増殖する方法にも関する:
(1’)上記の本発明の木本植物の採穂母樹を製造する方法のいずれかにより2本又は3本以上の採穂母樹を製造する工程;
(2’)工程(1’)により得られる前記2本又は3本以上の採穂母樹から、該採穂母樹の本数より多い数の穂を採穂し、採穂された該穂を培地に挿し付けて発根させる工程;及び
(3’)発根個体を、15時間以上の長日及び13℃以上の加温条件下において育苗し、工程(1’)により得られた2本又は3本以上の採穂母樹より多い本数の苗を得て、前記木本植物の本数を増加させる工程。
【0027】
また、工程(3’)により得られた2本又は3本以上の採穂母樹より多い本数の苗を採穂母樹に育成し、該採穂母樹を工程(1’)に付して木本植物の本数をさらに増加させる工程を含む上記方法によれば、木本植物をさらに効率的に増殖させることができる。
本発明の方法にかかる技術によれば、上記工程(3)を経て製造された採穂母樹を用いて上記工程(1)~(3)に対応する工程(1’)~(3’)を行い、同様な工程をさらに繰り返すことにより、採穂母樹を鼠算的に製造してクローン増殖を幾何級数的に進めることができる。すなわち、本発明によれば、採穂母樹から得た挿し穂を挿し木し、育成して台木とする、循環挿し木によりクローン増殖を効率的に行うことができる。
例えば上記工程(3’)において得られる苗の本数が工程(1’)及び(2’)において用いられる採穂母樹の本数の2倍以上にし続ければ、木本植物を2
n倍(nは最初の採穂母樹(「第一の採穂母樹」)を第一世代として数えた世代数)に増殖させることができる。
本発明の方法において、得られた挿し穂の発根率や挿し木苗の増殖率を指標として優良クローンを選抜し、さらなる台木の育成を該優良クローンから行うことにより、優良クローンの増殖を一層効率的に行うことができる(
図9)。
【0028】
本発明は、木本植物の挿し木苗を製造する方法にも関する(
図3)。該方法は、以下の工程を含む:
(i)上記いずれかの方法により製造される木本植物の第二の採穂母樹から採穂する工程;
(ii)採穂された穂を培地に挿し付け、発根させる工程;
(iii)発根した個体をさらに育苗して、木本植物の挿し木苗とする工程。
【0029】
工程(i)における採穂は、上記工程(1)と同様に、通常の方法により行ってよい。
工程(i)において採穂される穂は、培地に挿し付けられた後に発根する穂が好ましい。かかる好ましい穂の大きさは、長さ約5cm~約7cmである。
木化が進行しすぎていない、柔軟性がある穂も、工程(i)において採穂される穂として好ましい。
工程(i)を行う時期は限定されず、第二の採穂母樹における穂の生育度合いに応じて適宜選択してよい。かかる時期として、7月~12月が例示される。
【0030】
工程(ii)は、上記工程(2)と同様に、通常の方法により行ってよい。
また、工程(ii)において、発根が、光条件及び/又は温度条件が管理された環境下において、とくに自動管理された環境下おいて、行われることは好ましい。
工程(ii)における発根を15時間以上の長日及び/又は13℃以上の加温条件下において行う本発明の方法は好ましい。
工程(ii)において上記長日条件が採用される場合の環境としては、人工光に加え太陽光を利用する環境、又は太陽光を利用せず、人工光のみを用いる環境のいずれを用いてもよい。
【0031】
工程(ii)における光条件及び温度条件の管理が自動で行われる本発明の方法は、管理がより確実に行われるため好ましい。この場合において光条件を与えるために用いる光源の種類は限定されず、白熱電球、蛍光灯、高輝度放電灯(ハロゲンランプ、高圧ナトリウムランプ)、固体素子発光光源(LED、有機EL等)であってよい。
工程(ii)において、挿し木を小容量(10 ml~30 ml)のプラグを利用して、発根・幼苗段階の育成を行うことは、小面積での量産が可能になるため好ましい。閉鎖環境系(閉鎖型育苗施設)において工程(ii)を行うことにより周年生産が可能になるため、より好ましい。
【0032】
工程(iii)における育苗の方法は限定されず、温室又は他の室内において行ってよい。
工程(iii)における育苗の期間も限定されず、約5ヶ月~約12ヶ月であってよく、約12ヶ月を超える期間であってもよい。該期間が挿し木後11カ月以下である本発明の方法は、挿し木苗の製造効率の観点から好ましい。
工程(iii)が開始される時期は限定されず、発根後育苗が実施される。工程(iii)は、温室等の、光条件及び温度条件が管理された施設内において行われてよい。
【0033】
本発明の方法のうち、工程(iii)を日長12時間以上、気温20~25℃の環境下で行う態様は、好ましい。同態様においては、発根した後の植物の挿し木苗の育苗がより高い効率でなされるからである。同態様により、挿し木が行われた年に山出しを行うことがより確実に可能になる。よって、同態様による本発明の方法は、より確実に植物の苗の高効率生産を可能にするため好ましい。
工程(iii)における日長として13時間以上は好ましく、14時間以上はより好ましい。
【0034】
工程(iii)において、発根が、光条件及び温度条件が管理された環境下において、とくに自動管理された環境下おいて、行われることは好ましい。
また、発根した後の植物の挿し木苗の育苗が行われる前に挿し木苗が移植されることも好ましい。より多量の培地を含むポット等に移植することにより、苗の生育を促進することができるからである。
工程(iii)における光条件を充足する環境として、人工光に加え太陽光を利用する環境(太陽光利用型)又は太陽光を利用せず、人工光のみを用いる環境(完全人工光型)いずれも用いることができる。
【0035】
工程(iii)における光条件及び温度条件の管理が自動で行われる本発明の方法は、管理がより確実に行われるため好ましい。この場合において光条件を与えるために用いる光源の種類は限定されず、白熱電球、蛍光灯、高輝度放電灯(ハロゲンランプ、高圧ナトリウムランプ)、固体素子発光光源(LED、有機EL等)であってよい。
工程(iii)において、挿し木を小容量(10ml~30ml)のプラグを利用して、発根・幼苗段階の育成を行うことは、小面積での量産が可能になるため好ましい。閉鎖環境系(閉鎖型育苗施設)において工程(iii)を行うことにより周年生産が可能になるため、より好ましい。また、小容量のプラグを用いることにより、通常のコンテナの3~20倍に相当する高密度生産が可能になる。
【0036】
本発明の方法のうち、工程(iii)における得苗率が、80%以上である方法は好ましく、90%以上である方法はより好ましく、95%以上である方法は一層より好ましい。工程(iii)が、挿し木から2ヶ月後まで行われる本発明の方法は好ましく、挿し木から3ヶ月後まで行われる方法はより好ましい。
【0037】
本発明は、以下の工程を含む木本植物の挿し木苗を製造する方法にも関する:
(i’)上記工程(1’)(上記の本発明の木本植物の採穂母樹を製造する方法のいずれかにより2本又は3本以上の採穂母樹を製造する工程)により製造される2本又は3本以上の採穂母樹の少なくとも1本から採穂する工程;
(ii’)採穂された穂を培地に挿し付けて発根させる工程;及び
(iii’)発根した個体を、さらに育苗して、木本植物の挿し木苗とする工程。
かかる方法は、工程(1)~(3)を含む方法により得られる第一世代の採穂母樹から、上記工程(1’)により得られる第二世代の採穂母樹を用いて挿し木苗を得る製造方法である。すなわち該方法によれば、第一世代の採穂母樹から数えて三世代目のクローンを得ることができる。
【0038】
該三世代目のクローンを得る挿し木苗を製造する方法における条件は限定されないところ、上記工程(i)~(iii)を含む木本植物の挿し木苗を製造する方法における条件を、それぞれ上記工程(i’)~(iii’)に適用して行ってよい。
【0039】
本発明はまた、上記工程(iii’)(工程(i’)及び(ii’)を経て得られる発根した個体を、さらに育苗して、木本植物の挿し木苗とする工程)により得られた木本植物の挿し木苗を採穂母樹に育成する工程、及び以下の工程を含む木本植物の挿し木苗を製造する方法:
(i”)前記採穂母樹から採穂する工程;
(ii”)採穂された穂を培地に挿し付けて発根させる工程;ならびに
(iii”)発根した個体を、さらに育苗して、木本植物の挿し木苗とする工程。
かかる方法は、工程(1)~(3)を含む方法により得られる第一世代の採穂母樹から、上記工程(1’)により得られる第二世代の採穂母樹を用い、上記工程(iii’)により得られる第三世代の採穂母樹を用いて挿し木苗を得る製造方法である。すなわち該方法によれば、第一世代の採穂母樹から数えて四世代目のクローンを得ることができる。
【0040】
該四世代目のクローンを得る挿し木苗を製造する方法における条件は限定されないところ、上記工程(i)~(iii)を含む木本植物の挿し木苗を製造する方法における条件をそれぞれ上記工程(i”)~(iii”)に適用して行ってよい。
【0041】
<木本植物の種類>
本発明の採穂母樹を製造する方法及び挿し木苗を製造するが適用される木本植物の種類は限定されないところ、カラマツ属、スギ属、マツ属、ヒノキ属、ユーカリ属又はアカシア属の木本植物に、上記本発明の各方法は好適に適用され、カラマツ属植物にとくに好適に適用される。
【0042】
実施例によって、本発明をさらに詳細に説明するが、これらの実施例はいかなる意味においても本発明を限定するものではない。
●実施例1
<目的>
本発明の方法による循環挿し木技術の効果を確認する。
<試験方法>
2019年5月に、実生によるカラマツの台木(第一の採穂母樹)のうち3本のクローンから採穂し、挿し木を行った。閉鎖型育苗施設において管理を行い(16時間日長、23℃)、発根させて育苗を行い、台木(第二の採穂母樹)に育成した。なお、同年8月に、ポットへの移植を行った。
該第二の採穂母樹のうち、各クローンから2020年5月17日に採穂し(採穂された穂の長さは約5cm~約7cm)、挿し木を行い、閉鎖型育苗施設において管理を行った(16時間日長、23℃)。採穂し差し付けを行った穂の本数は、各クローン当たり8本であった。
挿し木から同年7月7日に、各挿し木苗における発根の有無を調べた。
培土としてプラントプラグ(登録商標、サカタのタネ製)を用いた。
<結果・考察>
第二の採穂母樹として採穂を行った母樹からの24本の穂のうち21本が発根し、発根率は87.5%であった(表1)。この発根率は、通常の実生からの台木において得られる発根率である約70%を上回った。
得られる挿し穂の本数は、従来技術により得られる挿し穂の本数を上回る可能性があると考えられた。
本試験の結果から、本発明の木本植物の採穂母樹を製造する方法によれば、循環挿し木技術として、優良な系統からより多くの採穂を行うことを可能にする採穂母樹が提供される効果が奏されると考えられた。
【表1】
【0043】
●実施例2(再現性)
<目的>
試験例数を増やして、本発明の方法による循環挿し木技術の効果を確認する。
<試験方法>
2020年1月に、実生によるカラマツの台木(第一の採穂母樹)のうち43本のクローンから採穂し、挿し木を行った。閉鎖型育苗施設において管理を行い(16時間日長、23℃)、発根させた。発根させた挿し木を同年4月に鉢に移植して育苗を行い、台木(第二の採穂母樹)に育成した。各クローンから得られた第二の採穂母樹の本数は、表2に記載のとおりであった(「台木数」)。
各クローンからの該第二の採穂母樹から同年8月に採穂し(採穂された穂の長さは約5cm~約7cm)、挿し木を行い、閉鎖型育苗施設において管理を行った(16時間日長、23℃)。第二の採穂母樹を与えた43のクローンのうち、第二の採穂母樹から5本以上の挿し木増殖をすることができた18のクローン(表2中のクローンNo.2、3、7、9、10、11、15,16、18、19、26、27、29、32、33、34、37、及び39)を用いて、発根率と採穂数の計算を行った。
挿し木から約2ヶ月後に、各挿し木苗における発根の有無を調べた。
<結果・考察>
第一の採穂母樹から採穂後、約7ヶ月で新たな台木(第二の採穂母樹)からの採穂が可能になった。かかる採穂が可能になるまでに要する期間は、従来技術の12ヶ月に比較してはるかに短い期間であった。
挿し付け可能な穂の本数は、各クローン当たり0本~375本であった(表2)。第二の採穂母樹のうち、5本以上採穂が可能であったクローンからの穂として、1767本の穂が得られ(
図4)、これらの穂のうち1205本の挿し穂が発根し、発根率は68%であった(
図5)。この発根率は、通常の実生からの台木において得られる発根率と同等であった。
本試験の結果から、本発明の採穂母樹を製造する方法によれば、循環挿し木技術として、木本植物の採穂が可能になる時期がより早く、また、優良な系統からより多くの採穂を行うことを可能にする採穂母樹が提供されるという効果が奏されることが明らかになった。
なお上記18のクローンからの6つのクローンから9月以降にも採穂し、挿し木を行い発根の有無を調べたところ、すべてのクローンからの挿し穂について発根が確認された。
【表2】
【0044】
●実施例3(従来技術との比較試験)
<目的>
本発明の方法による循環挿し木技術の効果を、従来技術との比較試験により確認する。
<試験方法>
2020年1月に、実生によるカラマツの台木(第一の採穂母樹)のうち4本のクローンから採穂し、挿し木を行った。閉鎖型育苗施設において管理を行い(16時間日長、23℃)、発根させた。発根させた挿し木を同年4月に鉢に移植して台木(第二の採穂母樹)に育成して本発明の方法による循環挿し木技術による第二の採穂母樹を得た。第二の採穂母樹を与えた各クローンの本数は、表3に記載した。
各クローンからの該第二の採穂母樹から同年8月に採穂し(採穂された穂の長さは約5cm~約7cm)、挿し木を行い、閉鎖型育苗施設において管理を行った(16時間日長、23℃)。挿し付け可能な穂の本数は、各クローン当たり25本~109本であった。
従来技術による試験区として、第二の採穂母樹のための発根及び育苗を閉鎖型育苗施設における管理の代わりに温室における管理を行った以外は、上記本発明の方法による循環挿し木技術を用いた場合と同様にして採穂母樹(以下において「従来採穂母樹」ということがある)を育成した。
各クローンからの従来採穂母樹から同年9月に採穂し(採穂された穂の長さは約5cm~約7cm)、挿し木を行い、閉鎖型育苗施設において管理を行った(12時間日長、25℃)。差し付け可能な穂の本数は、各クローン当たり11本~20本であった。
挿し木から約2ヶ月後に、各挿し木苗における発根の有無を調べ増殖率を求めた(
図6)。
<結果・考察>
各試験区から得られた穂の数は、同じクローンからの数を比較すると本発明の方法による採穂母樹からのほうが5倍~20倍多かった(
図7)。
発根率は、本発明の方法においては74%であり、従来技術においては72%であり、大きな差はなかった。
その結果、得られた発根苗の本数は、同じクローンからの数を比較すると本発明の方法による採穂母樹からのほうが6倍~26倍多かった(
図8)。
本試験の結果から、本発明の方法によれば、循環挿し木技術として、木本植物の採穂が可能になる時期がより早く、また、優良な系統からより多くの採穂を行うことを可能にする採穂母樹が提供されるという効果が奏されることが、一層明らかになった。
【表3】
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明によれば、カラマツ属植物を包含する木本植物についてより高い増殖率を達成し、木本植物の苗の高効率生産が可能になる。したがって、本発明はカラマツ属植物等の木本植物の挿し木苗の生産産業および関連産業の発展に寄与するところ大である。