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特許7572535液晶ポリエステル系樹脂組成物、該組成物を用いた液晶ポリエステル系フィルム、該フィルムを用いた金属ラミネートフィルム、回路基板
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-15
(45)【発行日】2024-10-23
(54)【発明の名称】液晶ポリエステル系樹脂組成物、該組成物を用いた液晶ポリエステル系フィルム、該フィルムを用いた金属ラミネートフィルム、回路基板
(51)【国際特許分類】
   C08L 67/00 20060101AFI20241016BHJP
   C08L 67/03 20060101ALI20241016BHJP
   C08L 79/08 20060101ALI20241016BHJP
   C08J 5/18 20060101ALI20241016BHJP
   B32B 15/08 20060101ALI20241016BHJP
   B32B 15/09 20060101ALI20241016BHJP
【FI】
C08L67/00
C08L67/03
C08L79/08 B
C08J5/18 CFD
B32B15/08 J
B32B15/09 Z
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2023503933
(86)(22)【出願日】2022-03-02
(86)【国際出願番号】 JP2022008998
(87)【国際公開番号】W WO2022186309
(87)【国際公開日】2022-09-09
【審査請求日】2023-09-11
(31)【優先権主張番号】P 2021035041
(32)【優先日】2021-03-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000206473
【氏名又は名称】大倉工業株式会社
(72)【発明者】
【氏名】安部 隆志
(72)【発明者】
【氏名】甲斐 工也
(72)【発明者】
【氏名】多田 修悟
【審査官】石塚 寛和
(56)【参考文献】
【文献】特開平04-246458(JP,A)
【文献】特開2007-138143(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08L 1/00-101/14
C08J 5/00-5/02、5/12-5/22
B32B 1/00-43/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱可塑性液晶ポリエステル(A)とポリエーテルイミド(B)とを含む液晶ポリエステル樹脂組成物であって、前記熱可塑性液晶ポリエステル(A)は、融点が300℃以上であり、前記ポリエーテルイミド(B)は、主鎖にシロキサン結合を有し、前記熱可塑性晶ポリエステル(A)と前記ポリエーテルイミド(B)との配合割合が(A):(B)=92~99.5重量%:0.5~8重量%であり、前記樹脂組成物からなることを特徴とする液晶ポリエステル系フィルム
【請求項2】
前記熱可塑性液晶ポリエステル(A)は、p-ヒドロキシ安息香酸に由来する構成単位と、6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸に由来する構成単位とを含むことを特徴とする請求項1に記載の液晶ポリエステル系フィルム
【請求項3】
前記液晶ポリエステル系フィルムがインフレーションフィルムであることを特徴とする請求項1又は2に記載の液晶ポリエステル系フィルム
【請求項4】
フィルムの流れ方向の引張強度をF(MD)、フィルム幅方向の引張強度F(TD)とするとき、0.75≦F(TD)/F(MD)≦1.25であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の液晶ポリエステル系フィルム。
【請求項5】
請求項1乃至のいずれかに記載の液晶ポリエステル系フィルムの片面又は両面に金属層がラミネートされていることを特徴とする金属ラミネートフィルム。
【請求項6】
少なくとも1つの導体層と、請求項1乃至のいずれかに記載の熱可塑性液晶ポリエステル系フィルムとを備える回路基板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学的異方性の溶融相を形成し得る熱可塑性液晶ポリエステルを主成分とする液晶ポリエステル系樹脂組成物に関する。また、該樹脂組成物を用いた液晶ポリエステル系フィルム、及び該フィルムを用いた金属ラミネートフィルム、回路基板に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、電子・電気分野では機器の小型化・軽量化に対する要求が強まっており、電気的特性や機械的特性等に優れた絶縁用フィルムが求められている。しかし、従来の絶縁用フィルムの原料であるポリイミドやポリエチレンテレフタレート等では、高周波領域での電気的特性が不十分であるとともに、吸湿性が高いことに起因して電気的特性が悪化することや大きな寸法変化を生じる問題があり、上記の要求を満たすフィルムの実現が困難であった。
【0003】
これに対して熱可塑性液晶ポリエステルは、優れた機械的特性や電気的特性、低い寸法変化率、高い耐熱性及び化学的安定性等を示すことから、電子・電気分野において有用である。特に、融点が300℃以上の熱可塑性液晶ポリエステルは、鉛フリーはんだのリフローも可能であることから、プリント回路基板用途に有用である。しかしながら、熱可塑性液晶ポリエステルは、溶融状態でも剛直な分子鎖が整然と並び、分子鎖が絡まらず滑るように流れる特性を有するため、分子鎖が樹脂の流れ方向に配向しやすく、単純にフィルム化するだけでは使用できるレベルに達しない。
【0004】
特許文献1は、全芳香族コポリエステル(液晶ポリエステル)およびポリエーテルイミドからなることを特徴とする芳香族系樹脂組成物に関する発明であり、全芳香族ポリエステルの機械的特性、電気的特性を、ポリエーテルイミドにより向上させることが記載されている。しかしながら特許文献1の実施例では、該樹脂組成物をプレス成形により試験片とすることが開示されているだけで、連続的にフィルム状に成形することについては何ら開示されていない。
【0005】
特許文献2は、サーモトロピック液晶ポリエステルおよびシロキサンポリエーテルイミド共重合体からなる樹脂組成物に関する発明であり、液晶ポリエステルの機械的特性の異方性をシロキサンポリエーテルイミド共重合体により低減することが開示されている。しかしながら、特許文献2の実施例では、該樹脂組成物を用いて各種測定用の試料片を作成したことが開示されているだけで、フィルム状に成形することについて何ら開示されていない。
【0006】
特許文献3は、光学異方性の溶融層を形成し得る熱可塑性液晶ポリマー(液晶ポリエステル)の優れた特性を損なうことなく、端裂強度の向上を図ることを目的とした発明である。特許文献3には、光学的異方性の溶融層を形成し得る熱可塑性ポリマー(液晶ポリエステル)と、非晶性ポリマーとから成るポリマーアロイ、並びに該ポリマーアロイから成るフィルムが開示されている。非晶性ポリマーとしては、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリフェニレンスルファイド、ポリカーボネート、ポリエチレンイソフタレート、ポリアリレートが例示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開昭64-1758
【文献】特開平4-246458
【文献】特開2000-290512
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
熱可塑性液晶ポリエステルからなるフィルムを製造する方法として、インフレーション押出成形法等の押出成形法を利用した製造方法が知られている。特許文献3では、実施例においてインフレーション押出成形法によりフィルムを製膜している。インフレーション押出成形法の場合は、ブロー比を適宜調整することにより分子鎖の配向をある程度制御することができる。
【0009】
一方、熱可塑性液晶ポリエステルは、溶融粘度がせん断応力に大きく依存し、せん断応力の僅かな上昇により溶融粘度が著しく低下する特徴を有する。このため、インフレーション押出成形法により熱可塑性液晶ポリエステルを溶融押出しする際、ダイス部分で発生するせん断応力によって溶融粘度が急激に低下してフィルムの形状を保つことが困難となることがあり、フィルムを安定的に製膜することが難しいという問題がある。
【0010】
また、熱可塑性液晶ポリエステルは、溶融粘度が温度に大きく依存し、融点付近においては僅かな温度上昇により溶融粘度が著しく低下する特徴を有する。融点が高い熱可塑性液晶ポリエステルほどこの傾向は顕著であり、特に融点が300℃以上の熱可塑性液晶ポリエステルは融点付近の溶融粘度が低いため、インフレーション押出成形法等の押出成形によってフィルムを製膜する際に、ダイスから押し出されたバブルに穴あきが発生しやすく、フィルムを安定的に製膜することが困難である。
【0011】
本発明はこのような問題に鑑みなされたものであり、インフレーション押出成形法等の押出成形において安定的にフィルムの製膜が可能な機械的特性、電気的特性、耐熱性に優れる液晶ポリエステル樹脂組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、融点が300℃以上の熱可塑性液晶ポリエステルが有する優れた機械的特性や電気的特性、耐熱性を維持しつつ、安定的なフィルム製膜が可能となる樹脂組成物について鋭意検討した結果、融点が300℃以上の熱可塑性液晶ポリエステル中に、主鎖にシロキサン結合を含むソフトセグメントを有するポリエーテルイミドを少量配合することにより、インフレーション押出成形法等の押出成形において安定的に製膜可能であることを見出し、本発明を完成するに至ったものである。
【0013】
本発明によると、
(1)熱可塑性液晶ポリエステル(A)とポリエーテルイミド(B)とを含む液晶ポリエステル樹脂組成物であって、前記液晶ポリエステル(A)は、融点が300℃以上であり、前記ポリエーテルイミド(B)は、主鎖にシロキサン結合を有し、前記液熱可塑性晶ポリエステル(A)と前記ポリエーテルイミド(B)との配合割合が(A):(B)=92~99.5重量%:0.5~8重量%であることを特徴とする液晶ポリエステル系樹脂組成物が提供され、
(2)前記熱可塑性液晶ポリエステル(A)は、p-ヒドロキシ安息香酸に由来する構成単位と、6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸に由来する構成単位とを含むことを特徴とする(1)に記載の液晶ポリエステル系樹脂組成物が提供され、
(3)前記樹脂組成物がインフレーション押出成形法用であることを特徴とする(1)又は(2)に記載の液晶ポリエステル系樹脂組成物が提供され、
(4)(1)乃至(3)のいずれかに記載の樹脂組成物からなることを特徴とする液晶ポリエステル系フィルムが提供され、
(5)フィルムの流れ方向の引張強度をF(MD)、フィルム幅方向の引張強度F(TD)とするとき、0.75≦F(TD)/F(MD)≦1.25であることを特徴とする(4)記載の液晶ポリエステル系フィルムが提供され、
(6)インフレーション押出成形法により製膜することを特徴とする(4)又は(5)記載の液晶ポリエステル系フィルムの製造方法が提供され、
(7)請求項4又は5記載の液晶ポリエステル系フィルムの片面又は両面に金属層がラミネートされていることを特徴とする金属ラミネートフィルムが提供され、
(8)少なくとも1つの導体層と、(4)又は(5)記載の熱可塑性液晶ポリエステル系フィルムとを備える回路基板が提供される。
【発明の効果】
【0014】
本発明の液晶ポリエステル系樹脂組成物は、主鎖にシロキサン結合を有するポリエーテルイミドを含むことにより、インフレーション押出成形法等の押出成形においてフィルムを製膜する際に、ダイスから押し出されたバブルに穴あきが発生すること抑制することができ、安定的にフィルムを製膜することが可能である。また、主鎖にシロキサン結合を有するポリエーテルイミドを特定量配合することにより、製膜加工性を改善しつつ、融点が300℃以上の熱可塑性液晶ポリエステルが有する優れた機械的特性や電気的特性、耐熱性を維持することが可能である。よって、本発明の液晶ポリエステル系樹脂組成物からなる液晶ポリエステル系フィルム及び液晶ポリエステル系フィルムと金属層とを貼り合わせて得られる金属ラミネートフィルムは、優れた機械的特性、電気的特性、はんだリフロー性を備え、高速通信用途に適した回路基板用の積層板等の用途に好適に使用することができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を詳細に説明する。なお、本発明は以下の形態に限定されるものではなく、本発明の効果を奏する範囲において種々の形態とすることができる。
【0016】
[液晶ポリエステル系樹脂組成物]
本発明の液晶ポリエステル系樹脂組成物は、熱可塑性液晶ポリエステル(A)と、主鎖にシロキサン結合を有するポリエーテルイミド(B)とを含む樹脂組成物からなる。
【0017】
[熱可塑性液晶ポリエステル(A)]
熱可塑性液晶ポリエステル(A)は、溶融異方性を示す液晶ポリエステル(光学的に異方性の溶融相を形成し得るポリエステル)である。溶融異方性の性質は直交偏光子を利用した慣用の偏光検査方法により確認することができる。具体的には、溶融異方性は、偏光顕微鏡(オリンパス(株)製等)を使用し、ホットステージ(リンカム社製等)にのせた試料を溶融し、窒素雰囲気下で150倍の倍率で観察することにより確認できる。溶融時に光学的異方性を示す液晶性の樹脂は、光学的に異方性であり、直交偏光子間に挿入したとき光を透過させる。試料が光学的に異方性であると、例えば溶融静止液状態であっても偏光が透過する。
【0018】
本発明の樹脂組成物に用いられる熱可塑性液晶ポリエステル(A)は、熱可塑性液晶ポリエステルの中でも、融点が300℃以上の樹脂である。融点が300℃を下回るとはんだリフロー性に劣る為、プリント回路基板などの用途に用いると、加工方法が制限されることとなる。
【0019】
本発明の樹脂組成物に用いられる熱可塑性液晶ポリエステル(A)は、p-ヒドロキシ安息香酸に由来する構成単位(モノマー成分Aと称することがある)と、6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸に由来する構成単位(モノマー成分Bと称することがある)とを必須単位として含むものであることが好ましい。熱可塑性液晶ポリエステル(A)は、モノマー成分A及びモノマー成分B以外の他のモノマー成分Cを含んでいても良く、モノマー成分Cとしては、芳香族又は脂肪族ジカルボン酸;芳香族又は脂肪族ジヒドロキシ化合物;芳香族ヒドロキシカルボン酸;芳香族ジアミン、芳香族ヒドロキシアミン又は芳香族アミノカルボン酸;等が挙げられ、これらの1種或いは2種以上を組合わせて用いることができる。
【0020】
熱可塑性液晶ポリエステル(A)の具体例としては、p-ヒドロキシ安息香酸(モノマー成分A)と、6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸(モノマー成分B)との二元系重縮合体;p-ヒドロキシ安息香酸(モノマー成分A)と、6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸(モノマー成分B)と、テレフタル酸(モノマー成分C)との三元系重縮合体;p-ヒドロキシ安息香酸(モノマー成分A)と、6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸(モノマー成分B)と、テレフタル酸、イソフタル酸、2,6-ナフタレンジカルボン酸、4,4’-ビフェノール、ビスフェノールA、ヒドロキノン、エチレンテレフタレートよりなる群から選択される1種以上(モノマー成分C)とからなる三元系以上の重縮合体;が挙げられる。
【0021】
熱可塑性液晶ポリエステル(A)の各構成単位の配合割合は、特に制限するものではないが、例えば、全構成単位に対して、モノマー成分Aは、20モル%以上90モル%以下が好ましく、30モル%以上85モル%以下がより好ましく、40モル%以上80モル%以下がさらに好ましい。同様に熱可塑性液晶ポリエステル(A)の全構成単位に対して、モノマー成分Bは、10モル%以上80モル%以下が好ましく、15モル%以上70モル%以下がより好ましく、20モル%以上60モル%以下がより好ましい。
【0022】
熱可塑性液晶ポリエステル(A)がモノマー成分Cを含む場合、熱可塑性液晶ポリエステル(A)の各構成単位の配合割合は、特に制限するものではないが、例えば、全構成単位に対して、モノマー成分Aは、15モル%以上90モル%以下が好ましく、20モル%以上85モル%以下がより好ましい。同様に熱可塑性液晶ポリエステル(A)の全構成単位に対して、モノマー成分Bは、5モル%以上60モル%以下が好ましく、15モル%以上50モル%以下がより好ましい。同様に熱可塑性液晶ポリエステル(A)の全構成単位に対して、モノマー成分Cは、0.5モル%以上60モル%以下が好ましく、1モル%以上50モル%以下がより好ましい。
【0023】
熱可塑性液晶ポリエステル(A)の融点は、300℃以上であれば特に制限するものではないが、耐熱性や成形加工性等の観点から、300℃以上400℃以下であることが好ましく、305℃以上370℃以下であることがより好ましく、310℃以上360℃以下であることがさらに好ましく、315℃以上345℃以下であることが特に好ましい。なお、熱可塑性液晶ポリエステル(A)の融点は、示差走査熱量計(DSC)を用いてサンプルを10℃/分の速度で昇温して完全に溶融させた後、溶融物を10℃/分の速度で30℃まで冷却し、再び10℃/分の速度で昇温した時に現れる吸熱ピークの位置を融点とする。
【0024】
[主鎖にシロキサン結合を有するポリエーテルイミド(B)]
主鎖にシロキサン結合を有するポリエーテルイミド(B)は、ポリエーテルイミドにシロキサン基を導入してシリコーンエラストマーが示す柔軟性を付与した非結晶性の熱可塑性樹脂である。ポリエーテルイミドは、イミド結合と、エーテル結合とを分子内に有する樹脂であり、例えば、下記一般式(1)で表される。
<一般式(1)>
【化1】
(式中、nは重合度を表し、10以上が好ましく、10以上200以下がより好ましく、10以上100以下がさらに好ましい。)
【0025】
主鎖にシロキサン結合を有するポリエーテルイミド(B)は、一般式(1)で表されるポリエーテルイミドに、下記一般式(2)で表されるシロキサン基をブロック共重合して得られたシリコーン変性ポリエーテルイミドである。
<一般式(2)>
【化2】
(式中、mは重合度を表し、1以上が好ましく、1以上20以下がより好ましく、1以上10以下がさらに好ましい。)
【0026】
シリコーン変性ポリエーテルイミドとしては、適宜合成したものを用いてもよく、市販品を使用してもよい。市販品としては、例えば、SHPPジャパン合同会社製のSILTEMTM STM1500、SILTEMTM STM1600、SILTEMTM STM1700などが挙げられる。
【0027】
シリコーン変性ポリエーテルイミドのガラス転移温度は、特に制限するものではないが、例えば、190℃以上であることが好ましく、195℃以上であることがより好ましく、200℃以上であることがさらに好ましい。シリコーン変性ポリエーテルイミドのガラス転移温度が上記範囲であれば、耐熱性に優れる液晶ポリエステル系樹脂組成物を得ることができる。なお、シリコーン変性ポリエーテルイミドのガラス転移温度は、示差走査熱量計(DSC)を用いてサンプルを10℃/分の速度で昇温して完全に溶融させた後、溶融物を10℃/分の速度で30℃まで冷却し、再び10℃/分の速度で昇温した時に現れるベースラインがシフトした位置における、元のベースラインと変曲点での接線との交点をガラス転移温度とする。
【0028】
本発明の液晶ポリエステル系樹脂組成物は、上述した熱可塑性液晶ポリエステル(A)と主鎖にシロキサン結合を有するポリエーテルイミド(B)とを、(A):(B)=92~99.5重量%:0.5~8重量%の割合で含む。好ましくは、(A):(B)=94~99.5重量%:0.5~6重量%であり、より好ましくは、(A):(B)=96~99.5重量%:0.5~4重量%である。特に優れた機械的特性を得る観点からは、好ましくは、(A):(B)=94~96重量%:4~6重量%である。主鎖にシロキサン結合を有するポリエーテルイミド(B)の配合割合が、上記範囲より少ないと液晶ポリエステル系樹脂組成物の押出成形法によるフィルムの製膜加工性を改善することができず、安定した製膜を行うことができない。また主鎖にシロキサン結合を有するポリエーテルイミド(B)の配合割合が、上記範囲より多いと、液晶ポリエステル系樹脂組成物よりなる液晶ポリエステル系フィルムの機械的物性が著しく低下する。
【0029】
本発明の液晶ポリエステル系樹脂組成物は、本発明の効果を阻害しない範囲において、上述した熱可塑性液晶ポリエステル(A)と主鎖にシロキサン結合を有するポリエーテルイミド(B)以外の他の樹脂成分を含んでいてもよい。他の樹脂成分としては、ポリアリレート、ポリフェニレンサルファイド、ポリフェニレンエーテル、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルイミド、シクロオレフィンポリマー、ポリアミド、ポリアミドイミド、ポリイミド、エポキシ基含有オレフィン系共重合体等の熱可塑性樹脂が挙げられる。また本発明の液晶ポリエステル系樹脂組成物は、滑剤、酸化防止剤、充填剤等の添加剤を含んでいてもよい。
【0030】
[液晶ポリエステル系フィルムの製造方法]
本発明では、上述した樹脂組成物からなるフィルム、及び該フィルムの製造方法も提案する。本発明の液晶ポリエステル系フィルムは、上述した熱可塑性液晶ポリエステル(A)と主鎖にシロキサン結合を有するポリエーテルイミド(B)とを、公知の方法によりブレンドして製膜することにより得られる。尚、本発明の樹脂組成物は、主鎖にシロキサン結合を有するポリエーテルイミド(B)の配合割合が少ないことから、安定した混錬状態を提供するため、製膜に先立ち、溶融混錬・造粒しておくことが好ましい。
【0031】
溶融混錬するための設備としては、特に制限するものではないが、例えば、バッチ式混錬機、ニーダー、コニーダー、バンバリーミキサー、ロールミル、単軸又は二軸押出機等、公知の種々の押出機が挙げられる。これらの中でも、混錬能力や生産性に優れる点から、単軸押出機や二軸押出機が好ましく用いられる。
【0032】
本発明の樹脂組成物は、主鎖にシロキサン結合を有するポリエーテルイミド(B)を少量配合することにより、せん断応力などによる樹脂組成物の溶融粘度の急激な低下を抑制することができるため、Tダイ押出成形法やインフレーション押出成形法等の押出形成法によりフィルムを製膜することが好ましい。中でも、フィルムの機械的特性のバランスを考慮すると、インフレーション押出成形法によりフィルムを製膜することが好ましい。
【0033】
インフレーション押出成形法としては、例えば、上述した樹脂組成物を環状スリットのダイを備えた溶融押出機に供給して押出機の環状スリットから溶融状態の樹脂組成物をバブル状に上方又は下方へ押し出し、溶融状態の樹脂組成物からなるバブルの内側から空気又は不活性ガスを吹き込むことにより、流れ方向(MD方向)と直角な方向(TD方向)にバブルを膨張延伸させてフィルムを得る方法が挙げられる。溶融押出機のシリンダー温度は、通常280~400℃、好ましくは320~380℃である。環状スリットの間隔は、通常0.1~5mm、好ましくは0.2~2mmである。環状スリットの直径は、通常20~1000mmであり、好ましくは25~600mmである。
【0034】
インフレーション押出成形法においては、ブロー比が1.5以上であることが好ましく、2.0以上であることがより好ましく、4.0以上であることがさらに好ましく、4.5以上であることが特に好ましい。ブロー比の上限は特に制限するものではないが、例えば、ブロー比は10以下である。またドラフト比は1.5以上20以下が好ましく、1.5以上10以下がより好ましい。ここで、ブロー比は、TD方向の延伸倍率であり、ドラフト比はMD方向の延伸倍率である。ブロー比及びドラフト比が上記範囲であると、得られるフィルムの引張弾性率や引張強度の異方性(MD方向とTD方向の差)を改善することができる。しかしながら、インフレーション押出成形法において、フィルムの異方性を改善するためにブロー比を高めることは溶融状態の樹脂組成物からなるバブルの形状保持を不安定にする方向へ働くため、バブルの振れや穴あきなどが発生し易くなる。特に、インフレーション押出成形法によって、融点が300℃を超える液晶ポリエステルをブロー比が4.0以上となるようバブルを膨張延伸させると、バブルに穴あきが多発し、フィルム製膜することが困難である。これに対して、本発明の樹脂組成物は、主鎖にシロキサン結合を有するポリエーテルイミド(B)を少量配合することにより、せん断応力などによる樹脂組成物の溶融粘度の急激な低下を抑制することができるため、ブロー比が4.0以上であってもバブルに穴あきが発生することを抑制し、フィルムの異方性を改善しつつ、安定的にフィルムを製膜することができる。
【0035】
本発明の液晶ポリエステル系フィルムの厚みは、特に制限するものではないが、例えば、0.5μm以上1000μm以下であり、溶融押出時の取り扱い性や生産性等を考慮すると、5μm以上500μm以下であることが好ましく、20μm以上300μm以下であることがより好ましく、30μm以上200μm以下であることがさらに好ましい。
【0036】
本発明の液晶ポリエステル系フィルムは、流れ方向(MD方向)と幅方向(TD方向)の引張強度が180MPa以上であることが好ましい。引張強度は、200MPa以上であることがより好ましく、220MPa以上であることがさらに好ましい。引張強度の上限は特に制限するものではないが、例えば、500MPa以下であることが好ましく、400MPa以下であることがより好ましく、350MPa以下であることがさらに好ましい。引張強度が上記範囲であれば、高速通信用途に適した回路基板用の積層板等に加工する際のハンドリング性に優れ、フィルムの端部に生じる欠損や割れなどを抑制することができる。
【0037】
本発明の液晶ポリエステル系フィルムは、流れ方向(MD方向)と幅方向(TD方向)の異方性が低いものであることが好ましい。詳しくはフィルム流れ方向の引張強度F(MD)に対するフィルム幅方向の引張強度F(TD)(即ち、F(TD)/F(MD))が0.5以上1.5以下であることが好ましく、より好ましくは0.75以上1.25以下、さらに好ましくは0.85以上1.25以下であることが好ましく、特に0.90以上1.20以下であることが好ましい。フィルム流れ方向の引張強度F(MD)に対するフィルム幅方向の引張強度F(TD)が上記範囲であれば、フィルムの機械的特性や電気的特性の異方性が小さく、高速通信用途に適した回路基板用の積層板等の用途に好適に使用することができる。
【0038】
本発明の液晶ポリエステル系フィルムは、さらに熱処理を施すことにより分子鎖の配向性を緩和させ、フィルム寸法安定性を向上させたものとすることができる。熱処理は、従来公知の方法を用いることができ、例えば、接触式の熱処理、非接触式の熱処理等が挙げられ、その種類は特に制限されない。
【0039】
[金属ラミネートフィルム]
本発明の液晶ポリエステル系フィルムは、これに金属層を積層して、金属ラミネートフィルムとして用いてもよい。金属層を積層するにあたって、液晶ポリエステル系フィルムの金属層を積層する面には、接着力を高めるため、コロナ放電処理、紫外線照射処理又はプラズマ処理を実施してもよい。
【0040】
本発明の液晶ポリエステル系フィルムに金属層を積層する方法としては、例えば、(1)液晶ポリエステル系フィルムを加熱圧着により金属箔に貼付する方法、(2)液晶ポリエステル系フィルムと金属箔とを接着剤により貼付する方法、(3)液晶ポリエステル系フィルムに金属層を蒸着により形成する方法が挙げられる。中でも、(1)の積層方法は、プレス機又は加熱ロールを用いて液晶ポリエステルフィルムの流動開始温度付近で金属箔と圧着する方法であり、容易に実施できることから推奨される。(2)の積層方法において使用される接着剤としては、例えば、ホットメルト接着剤、ポリウレタン接着剤が挙げられる。中でもエポキシ基含有エチレン共重合体が接着剤として好ましく使用される。(3)の積層方法としては、例えば、イオンビームスパッタリング法、高周波スパッタリング法、直流マグネトロンスパッタリング法、グロー放電法が挙げられる。中でも高周波スパッタリング法が好ましく使用される。
【0041】
金属層に使用される金属としては、例えば、金、銀、銅、銅合金、ニッケル、ニッケル合金、アルミニウム、アルミニウム合金、鉄、鉄合金などが挙げられる。タブテープ、回路基板用途では銅が好ましく、コンデンサー用途ではアルミニウムが好ましい。このようにして得られる金属ラミネートフィルムの構造としては、例えば、液晶ポリエステル系フィルムと金属層との二層構造、液晶ポリエステル系フィルム両面に金属層を積層させた三層構造、液晶ポリエステル系フィルムと金属層を交互に積層させた五層構造が挙げられる。なお、積層体には、高強度発現の目的で、必要に応じて、熱処理を行ってもよい。金属層の厚さは、特に制限するものではないが、例えば、1.5~1000μmが好ましく、2~500μmがより好ましく、5~150μmがさらに好ましく、7~100μmが特に好ましい。当該範囲よりも薄いと機械的強度に劣り、上記範囲より厚いとハンドリング性や加工性に劣る。
【0042】
[回路基板]
本発明の回路基板は、少なくとも1つの導体層と、少なくとも1つの絶縁体(または誘電体)層とを含んでおり、本発明の液晶ポリエステル系フィルムを絶縁体(または誘電体)として用いる限り、その形態は特に限定されず、公知または慣用の手段により、各種高周波回路基板として用いることが可能である。また、回路基板は、半導体素子(例えば、ICチップ)を搭載している回路基板(または半導体素子実装基板)であってもよい。
【0043】
本発明の回路基板に用いられる導体層は、例えば、少なくとも導電性を有する金属から形成され、この導体層に公知の回路加工方法を用いて回路パターンが形成される。導体層を形成する導体としては、導電性を有する各種金属、例えば、金、銀、銅、鉄、ニッケル、アルミニウムまたはこれらの合金金属などであってもよい。また、上述した金属ラミネートフィルムの金属層部分に回路パターンを形成してもよい。
【実施例
【0044】
以下、実施例により、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。また、実施例における評価は以下の方法により行った。
【0045】
(製膜性:バブルの穴あき)
インフレーション押出成形法によりフィルムを製膜した際に、ダイスから押し出された溶融状態の樹脂からなるバブルの外観を目視にて下記基準で評価した。
○:バブルに穴あき無し
△:バブルに小さな穴あきが発生(バブル内部のエア抜けにより、バブル形状が不安定)
×:バブルに穴あきが発生し、フィルム製膜不可
(引張強度)
ASTM D882に準拠し、190mm×15mmの大きさに切断したサンプルを、オートグラフAGS-500NX(株式会社島津製作所製)を用いて引張速度12.5mm/分、チャック間距離を125mmとして測定した。測定温度は23℃である。なお、フィルムの流れ方向(MD方向)と幅方向(TD方向)の双方を測定した。
【0046】
実施例、比較例において用いた樹脂としては下記のものを用いた。
LCP:p-ヒドロキシ安息香酸に由来する構成単位と、6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸に由来する構成単位と、テレフタル酸に由来する構成単位と、からなる液晶ポリエステル(ポリプラスチックス社製 LAPEROS(登録商標)C950RX、融点:320℃)
PEI―SS:シロキサン変性ポリエーテルイミド(SHPPジャパン合同会社製 SILTEMTM STM-1700、ガラス転移温度:197℃)
PEI:ポリーテルイミド(SHPPジャパン合同会社製 ULTEMTM 1000、ガラス転移温度:217℃)
PSU:ポリサルフォン(BASFジャパン社製 Ultrason(登録商標) S2010、ガラス転移温度:187℃)
PPSU:ポリフェニレンサルフォン(BASFジャパン社製 Ultrason(登録商標) P3010、ガラス転移温度:220℃)
PES:ポリエーテルサルフォン(BASFジャパン社製 Ultrason(登録商標) E2010、ガラス転移温度:225℃)
【0047】
<実施例1>
LCP99重量%とPEI-SS1重量%とをドライブレンドし、環状スリット(直径25mm)のダイスを備えた溶融押出機に供給して押出機の環状スリットから吐出量3kg/hで溶融押出し、ドラフト比=2、ブロー比=5の条件で延伸し、インフレーション押出成形法により厚み50μmの液晶ポリエステル系フィルムを得た。得られたフィルムの製膜性、引張強度を表1に示す。
【0048】
<実施例2及び3、比較例1乃至8>
液晶ポリエステル系樹脂組成物を表1に示すように変更した以外は、実施例1と同様にして実施例2及び3、比較例1乃至8の液晶ポリエステル系フィルムを得た。得られたフィルムの製膜性、引張強度を表1に示す。
【0049】
【表1】
【0050】
非晶性ポリマーとしてシロキサン変性ポリエーテルイミドを1、3、5重量%含む実施例1乃至3の液晶ポリエステル系フィルムは、ブロー比が4.0を超える延伸倍率においてダイスから押し出された溶融樹脂のバブルに穴あきなく安定した製膜が可能であった。また、実施例1乃至3の液晶ポリエステル系フィルムは、融点が300℃以上の熱可塑性液晶ポリエステルが有する優れた機械的特性や電気的特性、耐熱性を維持するとともに、引張強度の異方性が小さい結果を示した。
【0051】
一方、シロキサン変性ポリエーテルイミドを10、15重量%含む比較例1及び2の液晶ポリエステル系フィルムは、ブロー比が4.0を超える延伸倍率においてダイから押し出された溶融樹脂のバブルに穴あきなく安定した製膜が可能であったものの、非晶性ポリマーを含まない比較例4の液晶ポリエステル系フィルムに比べ、引張強度が著しく低下するとともに、引張強度の異方性が比較的大きな結果を示した。また、シロキサン変性ポリエーテルイミドを50重量%含む比較例3の液晶ポリエステル系フィルムは、ブロー比が4.0を超える延伸倍率において穴あきが多発し、フィルム製膜不可であった。
【0052】
融点が300℃を超える熱可塑性液晶ポリエステルのみからなる比較例4の液晶ポリエステル系フィルムは、ブロー比が4.0を超える延伸倍率においてダイから押し出された溶融樹脂のバブルに小さな穴あきが発生し、バブル内部のエアによりバブル形状が不安定となる結果を示した。
【0053】
非晶性ポリマーとしてシロキサン変性されていないポリエーテルイミドを5重量%含む比較例5の液晶ポリエステル系フィルムは、ブロー比が4.0を超える延伸倍率においてダイから押し出された溶融樹脂のバブルに穴あきなく安定した製膜が可能であったものの、非晶性ポリマーを含まない比較例4の液晶ポリエステル系フィルムに比べ、引張強度が著しく低下するとともに、引張強度の異方性が比較的大きな結果を示した。
【0054】
非晶性ポリマーとして、ポリサルフォン、ポリフェニレンサルフォン、ポリエーテルサルフォンをそれぞれ5重量%含む比較例6乃至8の液晶ポリエステル系フィルムは、ブロー比が4.0を超える延伸倍率においてダイから押し出された溶融樹脂のバブルに小さな穴あきが発生し、バブル内部のエアによりバブル形状が不安定となる結果を示した。
【産業上の利用可能性】
【0055】
以上の如く、本発明により得られる液晶ポリエステル系フィルムは、その優れた電気特性、寸法安定性や耐熱性等を活かし、モーター・トランスの電気絶縁用途、フレキシブル太陽電池の素子形成膜用途等にも利用されている。また表面保護フィルムや、振動板等の音響分野においても利用できる。
本発明の金属ラミネートフィルムは、回路基板やコンデンサー、電磁波シールド材等に用いることもできる。本発明の回路基板は、各種伝送線路やアンテナ(例えば、マイクロ波またはミリ波用アンテナ)に用いられてもよく、また、アンテナと伝送線路が一体化したアンテナ装置に用いられてもよい。