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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-16
(45)【発行日】2024-10-24
(54)【発明の名称】血管壁の透過性亢進装置
(51)【国際特許分類】
   A61N 7/00 20060101AFI20241017BHJP
【FI】
A61N7/00
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2023112455
(22)【出願日】2023-07-07
【審査請求日】2023-07-13
(73)【特許権者】
【識別番号】507111955
【氏名又は名称】有限会社ユーマンネットワーク
(74)【代理人】
【識別番号】110002354
【氏名又は名称】弁理士法人平和国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】運天 満
【審査官】段 吉享
(56)【参考文献】
【文献】特開平06-292679(JP,A)
【文献】特許第5557800(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61N 7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
圧電材料で構成され、前面の変位により音波を発生させる音波発生素子と、
前記音波発生素子に印加する単発のパルス状電圧を発生させるパルス状電圧発生器と、
前記パルス状電圧を印加した前記音波発生素子が発生させたパルス状音波を焦点に集束させて、前記焦点にパルス状集束音波を発生させる集束要素と、
を備え、
前記焦点に陰圧の前記パルス状集束音波を発生させるように、前記パルス状電圧は、当該パルス状電圧が前記音波発生素子に印加されたときに、前記前面が前記焦点から見て後退する方向に変位する極性を有し、
前記焦点に位置決めされた血管に陰圧の前記パルス状集束音波を繰り返し照射して、前記血管の血管壁の透過性を亢進させる
ことを特徴とする血管壁の透過性亢進装置。
【請求項2】
前記集束要素は、
前記音波発生素子の凹面状の前記前面と、
前記音波発生素子の前記前面に設けられた音波透過ゲルパッドと
で構成されている
ことを特徴とする請求項1記載の血管壁の透過性亢進装置
【請求項3】
前記音波発生素子は、平面状の前記前面を有し、
前記集束要素は、前記音波発生素子の前記前面に設けられ、前記前面から発生したパルス状音波を前記焦点に集束させる音響レンズである
ことを特徴とする請求項1記載の血管壁の透過性亢進装置
【請求項4】
前記パルス状電圧を幅0.5~1.0μSで、1秒間に10000~20000回発生させる
ことを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載の血管壁の透過性亢進装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は血管壁の透過性亢進装置に関し、より詳細には、陰圧のパルス状集束音波を発生させ、これを照射した血管の血管壁の透過性を亢進させる血管壁の透過性亢進装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、臨床において様々な超音波造影法が超音波診断に利用されている。超音波造影法の一つとして、超音波造影剤(以下、「マイクロバブル」と称する。)を投与して超音波造影する方法が知られている。マイクロバブルは、空気やパーフルオロカーボンなどを脂質やアルブミンなどで覆った粒径1~10μm程度の小球であり、超音波エコーを増強する。
さらに、低強度の超音波を照射したマイクロバブルは、超音波の音圧によって収縮、膨張を繰り返して振動する。この現象を利用して超音波エコーには含まれるマイクロバブルの振動による高調波成分を強調すれば、高いコントラストの超音波造影像を得ることができる。
【0003】
また、高強度の超音波を照射すると、マイクロバブルが振動するだけでなく、マイクロバブルの圧壊が発生する。マイクロバブルの振動や圧壊を、超音波診断だけでなく、薬物デリバリーや疾患治療に利用することが研究されている。
非特許文献1には、超音波照射によるマイクロバブルの振動や圧壊を利用して、低侵襲的に血管壁の透過性を亢進できることが記載され、さらに、血液脳関門(Blood brain Barrier:BBB)の開放の可能性が示唆されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】“超音波とマイクロバブルによるセラノスティクス”,Drug Delivery System, 2018, Vol. 33, No. 3, p.190 - 196
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第5557800号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、従来の超音波造影法で使用される超音波発振素子が発振する超音波は連続波であり、そのような連続波の超音波を生体組織に照射すると熱が発生する。このため、上述した非特許文献1のようにマイクロバブルと超音波を利用して血管壁の透過性を亢進させる場合、超音波の強度が高すぎると、発熱により血管等の組織が損傷してしまう可能性がある。例えば、脳内への薬物送達のためにBBBの一時的な開放を意図した場合であっても、超音波の強度が高すぎると、発熱によってBBBやその周辺組織が不可逆的な損傷を受ける恐れがある。
特に、超音波を集束させて照射した場合には、超音波エネルギーが集中して局所的に高温となり、熱による損傷が大きくなってしまう可能性がある。
【0007】
一方、本出願に係る発明者は、上記の特許文献1において、連続波の超音波ではなく、単発のパルス状の集束音波を治療対象に1回又は繰り返し照射する集束式音波治療装置を提案している。集束音波の衝撃波は、結石破砕や疼痛治療など利用される。
この装置によれば、単発のパルス状の集束音波を治療対象に照射するので、発熱を抑制しつつ、目的の部位に音波エネルギーを効率よく集中させることができる。
【0008】
本出願に係る発明者は、この集束式音波治療装置を用いて集束音波を血管に照射すれば、発熱を抑制しつつ音波エネルギーを集中できるので、血管壁の透過性を亢進できるのではないかと考え、試験を行った。
【0009】
しかし、特許文献1記載の集束式音波治療装置を用いて集束音波を血管に照射しても、血管壁の透過性が亢進したことを示す試験結果は得られなかった。
本出願に係る発明者は、この試験結果の理由を、集束式音波治療装置が発生するパルス状の集束音波が、治療対象部位に圧し潰す圧力をかける陽圧の衝撃波であり、陽圧の衝撃波ではマイクロバブルなどを圧壊させるような現象を引き起こすことが困難であるためではないかと考えた。
【0010】
そこで、本出願に係る発明者は、種々の試験及び検討を重ねた結果、集束音波として、陽圧の衝撃波ではなく、陰圧の音波を血管に照射すれば、焦点に押し潰す圧力ではなく、爆発するような膨張圧力がかかり、血管壁の透過性を亢進させることができるのではないかと考え、本発明に想到した。
【0011】
本発明は、上記の事情に鑑みなされたものであり陰圧のパルス状集束音波を発生させ、発熱を抑制しつつ、血管の血管壁の透過性を亢進させる血管壁の透過性亢進装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係る血管壁の透過性亢進装置は、圧電材料で構成され、前面の変位により音波を発生させる音波発生素子と、前記音波発生素子に印加する単発のパルス状電圧を発生させるパルス状電圧発生器と、前記パルス状電圧を印加した前記音波発生素子が発生させたパルス状音波を焦点に集束させて、前記焦点にパルス状集束音波を発生させる集束要素と、を備え、前記焦点に陰圧の前記パルス状集束音波を発生させるように、前記パルス状電圧は、当該パルス状電圧が前記音波発生素子に印加されたときに、前記前面が前記焦点から見て後退する方向に変位する極性を有し、前記焦点に位置決めされた血管に陰圧の前記パルス状集束音波を繰り返し照射して、前記血管の血管壁の透過性を亢進させることを特徴としている。
【0013】
本発明の血管壁の透過性亢進装置によれば、音波発生素子の前面が焦点から見て後退する方向に変位する極性を有するパルス状電圧を音波発生素子に印加することによって、焦点に陰圧のパルス状集束音波を発生させることができる。
【0014】
この陰圧のパルス状集束音波を焦点に位置決めした血管に繰り返し照射することによって、血管の血管壁の透過性を亢進させることができる。
【0015】
血管壁の透過性が亢進すると、血管内の薬物を血管外に漏出させて薬剤の効果を高める効果が期待できる。これは低濃度の薬剤でも、高濃度の薬剤と同じ効果が期待できることを意味し、薬剤の副作用を低減させる効果も期待できる。
【発明の効果】
【0016】
発明の血管壁の透過性亢進装置によれば、陰圧のパルス状集束音波を発生させ、これを血管に照射することにより、血管壁の透過性を亢進させることができる。
本発明による血管壁の透過性亢進は、音波を照射した部位の血管だけの透過性が亢進する。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明の第1実施形態による陰圧集束音波発生装置及び血管壁の透過性亢進装置の説明図である。
図2図1に示した装置の要部模式図であり、(a)は断面図、(b)は背面図である。
図3】(a)は、陽圧の衝撃波を発生させる場合のパルス状電圧波形とパルス状音波の波形を示す波形図であり、(b)は、陰圧の集束波を発生させる場合のパルス状電圧波形とパルス状音波の波形を示す波形図である。
図4】陰圧集束波照射後のマウスの耳介の状態を示す写真である。
図5】陰圧の集束波を照射した血管の血管壁の透過性亢進の説明図である。
図6】本発明の第2実施形態による陰圧集束音波発生装置及び血管壁の透過性亢進装置の説明図であり、(a)は断面図、(b)は背面図である。
図7】音波発生素子の前面で発生した音波群の進行方向を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、図面を参照して、本発明の実施形態に係る陰圧集束音波発生装置及び血管壁の透過性亢進装置を説明する。
なお、以下の各実施形態では、陰圧集束音波発生装置と血管壁の透過性亢進装置は同一の構造を有し、以下、「本装置」と称する。
【0019】
[第1実施形態]
図1及び図2を参照して、第1実施形態の本装置の構造を説明する。
本装置は、圧電材料で構成された、前面12の変位により音波を発生させる音波発生素子10と、音波発生素子10に印加する単発のパルス状電圧を発生させるパルス状電圧発生器20と、パルス状電圧を印加した音波発生素子10が発生させた音波を焦点Fに集束させて、焦点Fにパルス状集束音波を発生させる集束要素30とを備えている。
【0020】
音波発生素子10は、セラミックの圧電材料で構成され、図2(b)に示すように、焦点Fの反対側の背面14側から見て円形の輪郭を有する。音波発生素子10図2(a)に示すように、湾曲部材であり、音波発生素子10の前面12は焦点Fを中心とする球面形状の凹面であり、背面14は凸面である。
【0021】
前面12には電圧を印加するグランド線42が接続され、背面14には信号線44が接続されている。なお、グランド線42を前面12に接続しているのは、故障が発生した際に高電圧が患者に伝わらないようにするためであり、音波発生素子10の前面12と背面14との間に電圧が印加されればよく、前面12側に信号線44を接続し、背面14側にグランド線42を接続してもよい。また、音波発生素子10の前面12及び背面14には、印加されたパルス状電圧が面全体に確実に伝わるように導電膜がそれぞれ設けられている。
【0022】
音波発生素子10の厚さは6mm程度であり、印加電圧が高いため、音波発生素子10にかかる電位に中央部分と周辺付近とで大きな差はない。このため、音波発生素子10の各位置は、印加電圧の強度に対応する量だけ歪み、前面12の各位置において前面垂直方向に音波が発生する。
【0023】
パルス状電圧発生器20は、音波発生素子10に印加する単発のパルス状電圧を発生させる。パルス状電圧は、当該パルス状電圧が音波発生素子10に印加されたときに前面12が焦点Fから見て後退する方向(換言すれば、焦点Fから遠ざかる方向)に変位する極性を有する。その結果、パルス状電圧が印加されると、前面12の各位置において前面垂直方向に陰圧のパルス状音波が発生する。
【0024】
ここで、図3を参照して、音波発生素子10に印加されるパルス状電圧と発生する音波の波形の関係を説明する。
まず、対比のため、図3(a)に、上記の特許文献1に記載の集束式音波治療装置において一体型凹面素子に印加されるパルス状電圧と、発生する陽圧の衝撃波であるパルス状音波の波形を示す。図3(a)の上段は、パルス状電圧の波形を示し、下段はパルス状音波の波形を示す。
【0025】
図3(a)に示すように、特許文献1に記載の集束式音波治療装置においては、例えば、t=3μSのパルス幅の+4kVの1個のパルス状電圧1Aが印加されると、一体型凹面素子が、所定時間送れて1個の陽圧のパルス状音波1A’を発生させる。同様に、次の1秒間にも1個のパルス状電圧1Bが印加されると、対応する1個の陽圧のパルス状音波1B’が発生し、繰り返し陽圧のパルス状音波が発生する。また、1秒間に複数のパルス状電圧nA,nBを印加した場合の、発生する陽圧のパルス状音波nA’,nB’を一点鎖線で示す。
このように、特許文献1に記載の集束式音波治療装置では、焦点にパルス状集束音波として、治療対象部位に圧し潰す圧力をかける陽圧の衝撃波を発生させる必要があるため、一体型凹面素子に陽圧のパルス状音波1A’、nA’、1B’、nB’を発生させる。
【0026】
次に、図3(b)に、本実施形態の本装置において音波発生素子10に印加されるパルス状電圧(則ち、グランド線42の電圧に対する信号線44の電圧)と、発生する陰圧のパルス状音波の波形を示す。図3(b)の上段は、パルス状電圧の波形を示し、下段はパルス状音波の波形を示す。
【0027】
本装置においては、陽圧の衝撃波ではなく、陰圧のパルス状集束音波を焦点Fに発生させるため、パルス状電圧は、当該パルス状電圧が音波発生素子10に印加されたときに前面12が焦点Fから見て後退する方向に変位する極性を有する。
【0028】
このため、図3(b)に示すように、パルス状電圧発生器20は、例えば、t=3μSのパルス幅の-4kVのパルス状電圧を発生させる。音波発生素子10に1個のパルス状電圧1Cが印加されると、音波発生素子10が、所定時間送れて1個の陰圧のパルス状音波1C’を発生させる。同様に、次の1秒間にも1個のパルス状電圧1Dが印加されると、対応する1個の陰圧のパルス状音波1D’が発生し、繰り返しパルス状音波が発生する。また、1秒間に複数のパルス状電圧nC,nDを印加した場合に音波発生素子10の前面12に発生する陰圧のパルス状音波nC’,nD’を一点鎖線で示す。
このように、本装置では、焦点Fに陰圧のパルス状集束音波を発生させるように、音波発生素子10の前面12に、陰圧のパルス状音波1C’、nC’、1D’、nD’を発生させる。
【0029】
また、集束要素30は、音波発生素子10の凹面状の前面12と、音波発生素子10の前面12側に設けられた音波透過ゲルパッド50とで構成されている。音波透過ゲルパッド50は、凹面状の前面12の凹部を満たす第1ゲルパッド52と、第1ゲルパッド52上に設けられた円錐形状又は円錐台形状の第2ゲルパッド54とで構成されている。
音波発生素子10の前面12で発生した陰圧のパルス状音波は、凹面状の前面12の各位置で前面12に垂直な方向へ音波透過ゲルパッド50を伝搬し、前面12の球面の中心に位置する焦点Fへ向かって集束する。その結果、焦点Fに陰圧のパルス状集束音波が発生する。
【0030】
このように、本装置によれば、焦点Fに陰圧のパルス状集束音波を発生させることができる。また、パルス状集束音波は、連続波である超音波ではないため、超音波を照射した場合のような熱の発生を抑制することができる。
【0031】
[血管壁の透過性亢進]
次に、本装置を用いたマウスの血管の血管壁の透過性亢進の試験結果を説明する。
試験は、陰圧のパルス状集束音波を末梢血管が張り巡らされ、肉薄で観察が容易なマウスの耳介に照射するため、以下の手順で行った。
(1)投与直前のマウスの体重を基に、2mg/mLのペントバルビタールナトリウム溶液を体重当たり15mL/kg腹腔内に投与した。
(2)エバンスブルー溶液(10mg/mLの濃度で生理食塩水液に溶解後、0.2μmフィルターで濾過滅菌したもの)を体重当たり10mL/kgマウスに尾静脈より投与し、その後マウスにセボフルランを吸入させて麻酔した。
(3)麻酔したマウスを解剖用コルク板に横臥にし、超音波診断用ゼリーを右耳介内側及び外側に塗布後、マウスの右耳介外側から2mmの距離の本装置の音波透過ゲルパッド50の先端が位置するように本装置を配置した。
(4)エバンスブルー溶液の投与5分後、マウスの右耳介外側に集束音波を10分間(600秒間)照射した。また、左耳介は対照とした。
(5)パルス状の集束音波の照射10分後、及び30分後に、照射部位を肉眼的に観察し、エバンスブルーの血管外への漏出の有無を確認した。
【0032】
下記の表1に、試験結果を示す。
【表1】
【0033】
上記の表1に示すように、
(1)条件No.2及びNo.4で陰圧のパルス状集束音波を右耳介に照射したマウスにおいて、照射10分後及び30分後に照射部位である右耳介にのみエバンスブルーの血管外への漏出が認められた。また、照射10分後と比較して、照射30分後には、右耳介の血管外へ漏出したエバンスブルーの色調が濃くなるとともに、漏出範囲の増大が観察された。
さらに、条件No.2と同一の照射条件で陰圧のパルス状集束音波を別固体のマウスの右耳介に照射したところ、条件No.2の上記結果と同様に、照射10分後及び30分後に照射部位である右耳介にのみエバンスブルーの血管外への漏出が認められたことから再現性が確認された。
【0034】
ここで、図4に、条件No.4の照射30分後のマウスの耳介の写真を示す。図4の写真はマウスの頭部付近を下方から撮影したものであり、写真向かって右側の耳介が陰圧のパルス状集束音波が照射された右耳介であり、写真向かって左側の耳介が対照とした左耳介である。図4の写真に示すように、陰圧のパルス状集束波が照射された右耳介にのみ、エバンスブルーの漏出が認められ、対照の左耳介にはエバンスブルーの漏出は認められない。
【0035】
(2)条件No.3で陰圧のパルス状集束音波を右耳介に照射したマウスにおいては、照射10分後では、エバンスブルーの漏出が認められなかったが、照射30分後には、照射部位である右耳介にのみエバンスブルーの血管外への漏出が認められた。
【0036】
(3)条件No.1で陰圧のパルス状集束音波を照射したマウスにおいては、照射10分後及び30分後のいずれにおいても、照射部位である右耳介にエバンスブルーの血管外への漏出は認められなかった。
【0037】
陰圧のパルス状の集束音波を照射した血管からエバンスブルーが漏出した理由として、次の二点が考えられる。
1.図5に示すように陰圧のパルス状の集束音波の照射により、血管V内でキャビテーションが発生し、発生したキャビテーションバブルの影響(崩壊等)によってタイトジャンクションが開放した可能性。
2.陰圧のパルス状の集束音波の照射により、血管Vの血管壁が数百万回引き延ばされた結果タイトジャンクションが開放した可能性。
そして、上記の1及び2両方の可能性、又は両方が影響しあった結果開放した可能性も考えられる。
よって、上記の表1に示す結果により、条件No.2~4の照射条件(例えば、印加電圧-300V、パルス幅1μS以下、発振回数10,000回/秒以上)において、陰圧のパルス状集束音波を照射した血管の血管壁の透過性が亢進したことが示された。
なお、上記の表1に示す結果により、血管壁の透過性が亢進させるためには、パルス状電圧発生手段は、例えば、幅0.5~1.0μSのパルス状電圧を発生させることが好ましい。また、パルス状電圧発生手段は、例えば、パルス状電圧を1秒間に10000~20000回発生させることが好ましい。
【0038】
このように、本実施形態のように、本装置を使用すれば、マイクロバブルの有無に関係なく、血管壁VWの透過性を亢進することができる。
また、本装置では、連続波の超音波ではなく、陰圧の単発のパルス状の集束音波を繰り返し照射しているため、発熱を抑制しつつ、目的の部位に音波エネルギーを効率よく集中させることができる。
【0039】
次に、下記の表2に、本装置で敢えて「陽圧」のパルス状集束音波を発生させ、条件No.1~4の「陰圧」のパルス状集束音波と同等の照射条件で、「陽圧」のパルス状集束音波をマウスの右耳介に照射した試験結果を示す。
【0040】
【表2】
【0041】
上記の表2に示すように、条件No.5~8で「陽圧」のパルス状集束音波を照射したマウスでは、照射10分後及び30分後のいずれにおいても、照射部位である右耳介にエバンスブルーの血管外への漏出は認められなかった。
よって、表1及び表2に示した結果により、「陽圧」のパルス状集束音波を血管に照射しても血管壁の透過性の亢進は起こらず、「陰圧」のパルス状集束音波を血管に照射することによって初めて血管壁の透過性の亢進が起こることが示された。
【0042】
このように、本装置によれば、音波発生素子の前面が焦点から見て後退する方向に変位する極性を有するパルス状電圧を音波発生素子に印加することによって、焦点に陰圧のパルス状集束音波を発生させることができる。そして、この陰圧のパルス状集束音波を焦点に位置決めした血管に繰り返し照射することによって、血管の血管壁の透過性を亢進させることができる。
【0043】
[第2実施形態]
図6及び図7を参照して、第2実施形態の本装置の構造を説明する。
第2実施形態の本装置は、音波発生素子が平面上の前面を有する点、及び集束要素が音響レンズである点が第1実施形態のものと異なっており、第1実施形態のものと同一の構成要素の詳細な説明を省略する。
【0044】
本装置は、圧電材料で構成された、平面状の前面12aの変位により音波を発生させる音波発生素子10aと、音波発生素子10aに印加する単発のパルス状電圧を発生させるパルス状電圧発生器(図6では図示せず)と、パルス状電圧を印加した音波発生素子10aが発生させた音波を焦点Fに集束させて焦点Fにパルス状集束音波を発生させる集束要素30であり、音波発生素子10aの前面12aに設けられた音響レンズ30aとを備えている。
【0045】
音響レンズ30aは、前面12aに設けられた第1の部材32と、第1の部材32とは音波の進行速度が異なる第2の部材34とで構成され、第1の部材32と第2の部材34との接合面が、焦点F側が凹面となった湾曲面を形成している。本実施形態では、第1の部材32は、同部材内の音波の進行速度が2600m/Sであるエポキシ樹脂で構成され、第2の部材34は、同部材内の音波の進行速度が1000m/Sであるシリコンゴムで構成されている。第1の部材32と第2の部材34との接合面である湾曲面の曲率半径は、108mmである。
【0046】
図7を参照して、音響レンズ30aによる音波集束原理を説明する。同図では、音波発生素子10aの前面12aで発生した各音波群の進行方向を実線で模式的に示す。音波発生素子10aの平面状の前面12a上の各地点で発生した音波は、半球面を描くように広がりながら合成され、結果的に実線で示した方向へ進行する。同図に模式的に凸レンズ形状として示した音響レンズ30aでは、第1の部材32と第2の部材34との音波の進行速度比と接触面の曲率に応じて音波が屈折し、その結果、焦点Fへ音波が集束する。
【0047】
そして、本実施形態の本装置においても、第1実施形態のものと同様に、音波発生素子10aに印加されたときに前面12aが焦点Fから見て後退する方向に変位する極性を有するパルス状電圧が音波発生素子10aに印加され、焦点Fに陰圧のパルス状集束音波が発生する。
これにより、本実施形態の本装置においても、第1実施形態のものと同様の条件で音波発生素子10aにパルス状電圧を印加し、陰圧のパルス状集束音波を発生させ、焦点Fに位置決めした血管に陰圧のパルス状集束音波を照射することにより、血管の血管壁の透過性を亢進させることができる。
【0048】
以上、本発明の陰圧集束音波発生装置及び血管壁の透過性亢進装置の実施形態について説明したが、本発明は上述した実施形態にのみ限定されるものではなく、本発明の範囲で種々の変更実施が可能である。
例えば、上述した実施形態では、音波発生素子をセラミックの圧電材料で構成した例を説明したが、本発明では、圧電材料としてピエゾ素子を利用してもよい。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明の陰圧集束音波発生装置及び血管壁の透過性亢進装置による血管壁の透過性亢進は、陰圧のパルス状収束音波を照射した部位の血管においてだけ透過性が亢進する。これは患部が局所である疾患に対して、患部だけに集中して薬剤を送達できる可能性を示している。現在の薬物治療は、癌やその他の局所疾患においても全身が対象になっており投与される薬剤量は増加している。投与された薬剤を効果的に局所に送達できれば、投与する薬剤の総量を減らせる可能性がある。これは、薬剤の副作用を低減して、治療効果を高められる可能性を示している。
【0050】
また、認知症は脳の病気であるが、根治を目的とした治療薬や治療法は開発されていない。多くの治療薬がフェーズIIIの臨床試験を実施しているが、効果が認められた治療薬はない。動物実験で効果が期待できた薬剤が人体で効果を発揮できない大きな原因が、血液脳関門(BBB)の存在であり、投与された薬剤がBBBを通過できないため、治療薬が効果を発揮できないためと考えられている。本発明の陰圧集束音波発生装置及び血管壁の透過性亢進装置は、BBBの開通にも利用できる可能性があり、BBBの透過性を高めて薬剤がBBBを通過できれば、脳内で薬剤が効果を発揮できる可能性がある。
【0051】
さらに、現在のEPR効果(Enhanced Permeation and Retention Effect)を利用した癌の抗癌剤治療は局所的な癌治療を目的としていないが、本発明の陰圧収束音波発生装置及び血管壁の透過性亢進装置により腫瘍内にある癌の新生血管の血管壁の透過性を向上させることが可能であれば、癌の抗癌剤治療の可能性を大きく進展できる可能性があり、局所的な癌治療の実現に寄与できる可能性もある。
【符号の説明】
【0052】
10、10a 音波発生素子
12 前面
14 背面
20 パルス状電圧発生器
30 集束要素
30a 集束要素、音響レンズ
32 第1の部材 エポキシ樹脂
34 第2の部材 シリコンゴム
42 グランド線
44 信号線
50、50a 音波透過ゲルパッド
52 第1ゲルパッド
54 第2ゲルパッド
B エバンスブルー
F 焦点
V 血管
VW 血管壁
【要約】
【課題】陰圧のパルス状集束音波を発生させる陰圧集束音波発生装置の提供。
【解決手段】本発明の陰圧集束音波発生装置は、単発のパルス状電圧を発生させるパルス状電圧発生器20と、圧電材料で構成され、パルス状電圧が印加されると歪んでパルス状音波を発生させる音波発生素子10と、音波発生素子10の前面12から発生したパルス状音波を焦点Fに集束させて、焦点Fにパルス状集束音波を発生させる集束要素30とを備え、焦点Fに陰圧のパルス状集束音波を発生させるように、パルス状電圧は、当該パルス状電圧が音波発生素子10に印加されたときに前面12が焦点から見て後退する方向に変位する極性を有する。
【選択図】図3
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7