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特許7572900菌従属栄養植物、共生菌および宿主植物からなる3者共生系の移植方法、移植確認方法および強光阻害の抑制方法
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  • 特許-菌従属栄養植物、共生菌および宿主植物からなる3者共生系の移植方法、移植確認方法および強光阻害の抑制方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-16
(45)【発行日】2024-10-24
(54)【発明の名称】菌従属栄養植物、共生菌および宿主植物からなる3者共生系の移植方法、移植確認方法および強光阻害の抑制方法
(51)【国際特許分類】
   A01G 7/00 20060101AFI20241017BHJP
   A01G 2/00 20180101ALI20241017BHJP
   A01H 17/00 20060101ALI20241017BHJP
【FI】
A01G7/00 605A
A01G2/00
A01H17/00
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2021066306
(22)【出願日】2021-04-09
(65)【公開番号】P2021194003
(43)【公開日】2021-12-27
【審査請求日】2023-05-23
(31)【優先権主張番号】P 2020102485
(32)【優先日】2020-06-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000206211
【氏名又は名称】大成建設株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001807
【氏名又は名称】弁理士法人磯野国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】石崎 伸次
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 千佳子
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 篤
【審査官】竹中 靖典
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-193797(JP,A)
【文献】守田銀二ほか,長安口ダム改造事業における貴重植物への配慮について,令和元年度 四国地方整備局管内技術・業務研究発表会優秀論文,2019年
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01H 17/00
A01G 7/00
A01G 2/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
次の工程1~5の操作を有することを特徴とする菌従属栄養植物、共生菌および宿主植物からなる3者共生系の移植方法。
工程1:菌従属栄養植物の自生地近傍で生育する宿主植物の幼木を選定する。
工程2:選定した前記宿主植物の幼木を掘り取る。
工程3:前記宿主植物の幼木の周辺に生育する菌従属栄養植物を選定する。
工程4:選定した前記菌従属栄養植物を掘り取る。
工程5:掘り取った前記宿主植物の幼木と前記菌従属栄養植物を、3本以上の前記宿主植物の幼木で前記菌従属栄養植物を取り囲むように寄せ植えする。
【請求項2】
選定した前記宿主植物の幼木を掘り取った後に、根巻きすることを特徴とする請求項1に記載の3者共生系の移植方法。
【請求項3】
寄せ植えされた3本以上の前記宿主植物の幼木間に、前記菌従属栄養植物の種子を播種することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の3者共生系の移植方法。
【請求項4】
菌従属栄養植物を取り囲むように寄せ植えされた3本以上の宿主植物の幼木間に、当該菌従属栄養植物の種子を播種することを特徴とする、菌従属栄養植物、共生菌および宿主植物からなる3者共生系の移植確認方法。
【請求項5】
前記菌従属栄養植物の種子は、スライドマウント法、スティック法、又は両者の併用によって播種することを特徴とする、請求項4に記載の3者共生系の移植確認方法。
【請求項6】
菌従属栄養植物を取り囲むように宿主植物の幼木を3本以上寄せ植えすることを特徴とする、菌従属栄養植物、共生菌および宿主植物からなる3者共生系の移植における菌従属栄養植物の強光阻害の抑制方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、菌従属栄養植物、菌根菌および宿主植物からなる3者共生系の移植方法、移植確認方法および菌従属栄養植物の強光阻害の抑制方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境意識の高まりの中で、山野に自生する希少野生植物の自生地内での保全、移植、増殖技術の確立が望まれている。このような植物の一種として、特定の菌類と共生し、炭素源を獲得して生育する菌従属栄養植物が知られている。菌従属栄養植物は、医薬品原料として利用される植物もあり、有用な遺伝的資源である。しかし、このような菌従属栄養植物は、環境の変化や盗掘などが原因で、その個体数を減らしているものも少なくない。そのような植物を保全・増殖させる場合には、その共生関係を充分に勘案し、必要な方策を講じる必要がある。
【0003】
菌従属栄養植物の生態には2つのタイプがある。1つは、落葉落枝等を分解して生育する菌(腐生菌)から養分供給を受けて生育するタイプであり、もう1つは、宿主植物と相利共生して生育する菌から養分供給を受けて生育するタイプである。後者のタイプは、菌従属栄養植物、菌根菌および宿主植物の3者共生系を形成しているが、3者共生系の人工構築は一般に困難である。
【0004】
従来から提唱されている3者共生系の構築手法としては、非特許文献1に記載された手法が知られている。非特許文献1の手法は、菌従属栄養植物の根から菌糸塊を分離し、人工的に培養したものを、宿主植物の根に接種して菌根を形成させ、そこに菌従属栄養植物を植栽する方法である。
【0005】
また、非特許文献2には、宿主植物を生育させ、その根に菌従属栄養植物の自生地の土壌を接種して菌根を形成させ、そこに菌従属栄養植物を植栽する方法が開示されている。
【0006】
また、特許文献1には、宿主植物に菌根を形成させる方法として、以下の工程(a)~(e)を有する方法が開示されている。
(a)菌従属栄養植物の共生菌定着部位を選抜する工程、(b)選抜した共生菌定着部位の表面を殺菌する工程、(c)殺菌した共生菌定着部位を破砕する工程、(d)破砕物中の菌糸塊を洗浄し、回収する工程、(e)回収した菌糸塊を宿主植物の根に接種して育成し、菌根を形成させる工程。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2011-193797号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】Warcup、New Phytologist、1985年、第99号、p.273-280
【文献】McKendrick et al.、New Phytologist、2000年、第145号、p.539-548
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
非特許文献1の方法は、人工培養が可能な菌を対象としているため、適用対象が限られるという問題がある。非特許文献2の方法では、菌従属栄養植物と共生する菌が、宿主植物に菌根を形成するとは限らないという問題があった。さらに、特許文献1の方法では、人工培養は不要であるものの、宿主植物の共生菌定着部位の殺菌処理、破砕等の人為的な処理プロセスが必要であり、熟練と煩雑さを伴うものであった。
【0010】
菌従属栄養植物を絶滅の危機から救い、その貴重な遺伝的資源を守るためには、希少あるいは有用な菌従属栄養植物を保全、移植、あるいは増殖する技術の開発が急務である。そのため、共生菌定着部位の選抜、殺菌、破砕、洗浄、回収、接種等の人為的プロセスを必要とせずに、菌従属栄養植物、共生菌および宿主植物の3者共生系を人工的に簡易に構築するための技術を開発することが、強く求められていた。
【0011】
本発明は、上記の事情に鑑みてなされたものである。すなわち、本発明の課題は、熟練と煩雑さを伴う人為的プロセスを必要とせず、菌従属栄養植物、共生菌および宿主植物の3者共生系を人工的に簡易に移植する方法、その確認方法および菌従属栄養植物の強光阻害の抑制方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、菌従属栄養植物の自生地では、宿主植物の成木の近傍に生育している宿主植物の幼木もまた菌従属栄養植物の共生菌に感染している確率が高いことに着目した。そこで、移植を行うに際して、宿主植物の成木の近傍に生育している宿主植物の幼木を用いることとし、さらに、宿主植物の幼木の移植にあたり、寄せ植えの手法を用いることが有効であることを見出した。そして、これらの手法の組み合わせにより、菌従属栄養植物と宿主植物を結び付ける共生菌を効率的に取得できることを確認し、3者共生系を人工的に簡易に移植することに成功した。本発明は、このような知見を踏まえて完成するに至ったものである。
【0013】
すなわち、本発明は、以下の工程1~5の操作を有する3者共生系の移植方法である。
工程1:菌従属栄養植物の自生地近傍で生育する宿主植物の幼木を選定する。
工程2:選定した前記宿主植物の幼木を掘り取る。
工程3:前記宿主植物の幼木の周辺に生育する菌従属栄養植物を選定する。
工程4:選定した前記菌従属栄養植物を掘り取る。
工程5:掘り取った前記宿主植物の幼木と前記菌従属栄養植物を、3本以上の前記宿主植物の幼木で前記菌従属栄養植物を取り囲むように寄せ植えする。
本発明においては、選定した前記宿主植物の幼木を掘り取った後に、根巻きすることが好ましい
また、寄せ植えされた3本以上の前記宿主植物の幼木間に、前記菌従属栄養植物の種子を播種することが好ましい。
本発明に係る3者共生系の移植確認方法は、菌従属栄養植物を取り囲むように寄せ植えされた3本以上の宿主植物の幼木間に、当該菌従属栄養植物の種子を播種するというものである。
前記菌従属栄養植物の種子は、スライドマウント法、スティック法、又は両者の併用によって播種することが好ましい。
また、本発明に係る3者共生系の移植における菌従属栄養植物の強光阻害の抑制方法は、菌従属栄養植物を取り囲むように宿主植物の幼木を3本以上寄せ植えすることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明の移植方法によれば、熟練と煩雑さを伴う人為的プロセスを必要とせず、菌従属栄養植物、共生菌および宿主植物の3者共生系を人工的に簡易に移植することができる。
また、本発明の移植確認方法によれば、移植後に、菌従属栄養植物、共生菌および宿主植物の3者共生系が形成されたことを容易に確認することができる。
また、本発明の3者共生系の移植における菌従属栄養植物の強光阻害の抑制方法によれば、菌従属栄養植物に対する強光阻害を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】菌従属栄養植物、共生菌および宿主植物の3者が共生している状況を示す模式図である。
図2】菌従属栄養植物、宿主植物および菌従属栄養植物の種子の寄せ植えの状況を示す模式的平面図である。
図3】菌従属栄養植物の強光阻害の抑制方法における菌従属栄養植物および宿主植物の寄せ植えの状況を示す模式的平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の実施形態について、以下詳細に説明する。但し、以下に記載する実施形態は、本発明の実施態様の一例であり、本発明はこれらの内容に限定されるものではなく、その要旨の範囲内で種々変形して実施することができる。
【0017】
本実施形態において、菌従属栄養植物とは、それ自身では単独で生育することができず、特定の菌類と共生し、菌類から炭素源(栄養分)を獲得して生育する植物のことである。菌従属栄養植物には、菌類に炭素源のすべてを従属する菌従属栄養植物だけでなく、菌類に炭素源の一部を従属する部分的菌従属栄養植物も含まれる。以下では、両者を合わせて、単に、菌従属栄養植物と記載したり、(部分的)菌従属栄養植物と記載したりする。
【0018】
菌従属栄養植物は、希少なものが多い一方で、医薬品原料として利用される植物も存在し、人類にとって有用な遺伝的資源である。このような菌従属栄養植物は、環境の変化や乱獲等によって、その個体数を大きく減らしているものが少なくない。そこで、これらの菌従属栄養植物を自生地から他の場所に移し変えて、人為的に増殖させる試みが種々行われてきている。
【0019】
菌従属栄養植物は、菌根菌および宿主植物とともに3者共生系を形成するものが代表的である。
【0020】
3者共生系を構成する菌従属栄養植物としては、例えば、菌根菌と菌根共生して3者共生系を構築して生育する植物(例、キンラン、ギンラン、ササバギンラン、サカネラン、クゲヌマラン等のラン科植物)、外生菌根菌と菌根共生し3者共生系を構築して生育する植物(例、シャクジョウソウ亜科植物)、アーバスキュラー菌根菌と共生し3者共生系を構築して生育する植物(例、ホンゴウソウ科、ヒナノシャクジョウ科植物)などが挙げられるが、これらの植物種に限定されることはない。
【0021】
菌根菌としては、例えば、イボタケ科、ロウタケ科、ベニタケ科等が挙げられるが、これらの菌根菌に限定されることはない。
尚、菌根菌とは、宿主植物と菌従属栄養植物との間の地中にあって、両者の根を結ぶ役割を果たす菌であり、共生菌とも称される。
【0022】
3者共生系を構成する宿主植物としては、コナラ、クヌギ、イヌシデ、アカシデ、シラカシ、アラカシ等が挙げられるが、これらの植物種に限定されることはない。
【0023】
図1に、宿主植物1、菌根菌2および菌従属栄養植物3の3者が共生している状況を示す模式図を示した(出典:東京大学大学院新領域創成科学研究科奈良研究室ホームページ)。
【0024】
宿主植物1と菌根菌2とは、地中に存在する両者の繊維状の根の先端付近において、相互につながっている。そのため、宿主植物1の光合成によって製造された光合成産物の一部は、両者の根のつながりを通じて、宿主植物1から菌根菌2へと移送される(矢印4)。次に、菌根菌2と菌従属栄養植物3とは、地中に存在する両者の繊維状の根の先端付近において、相互につながっている。そのため、宿主植物1から菌根菌2へ移送された光合成産物の一部は、両者の根のつながりを通じて、菌根菌2から菌従属栄養植物3へと移送される(矢印5)。その結果、菌従属栄養植物3は、宿主植物1から得た光合成産物によって、自らの生命を維持し、生育していくことが可能となる。
【0025】
また、逆に、菌根菌2が地中から吸収した無機栄養分等の一部は、菌根菌2と宿主植物1とをつなぐ繊維状の根のつながりを通じて、菌根菌2から宿主植物1へと移送される(矢印6)。このように、菌従属栄養植物3、菌根菌2および宿主植物1の3者は、生命の維持・生長に必要とされる各種の養分を互いに供与しつつ、3者共生系として生存している。
【0026】
このような3者共生系が成立するためには、菌従属栄養植物、菌根菌および宿主植物の3者が適切な位置関係で近隣の場所に存在することが必要である。特に、菌従属栄養植物と宿主植物とを近隣に移植したとしても、両者をつなぐ位置に菌根菌が移動してきて、宿主植物の根の先に菌根を形成するとは限らない。
【0027】
(3者共生系の移植方法)
本発明者らは、菌従属栄養植物の自生地では、菌従属栄養植物と共生関係にある宿主植物の成木の近傍に生育している宿主植物の幼木もまた菌従属栄養植物の共生菌(菌根菌)に感染している確率が高いことに着目した。
【0028】
本発明者らは、宿主植物の成木の近傍に生育している宿主植物の幼木がどの程度菌従属栄養植物の共生菌(菌根菌)に感染しているかを確認するため、以下の実験を行った。
キンランの自生地において、周辺に自生する宿主植物の成木の近傍に生育している宿主植物の幼木の根を採取した。そして、その根に共生する菌の遺伝子解析を行って、キンランに由来する菌根菌の感染状況を調査した。宿主樹木の幼木から採取した部位は、幼木の根の先端付近の部位である。宿主樹木の種類として、コナラ、クヌギ、イヌシデ、アカシデ、シラカシを選定した。その結果を表1に示した。表1中の数値は宿主樹木の幼木の株数を示す。
【0029】
【表1】
【0030】
感染が観察された共生菌は、イボタケ科、ベニタケ科、ロウタケ科のいずれかまたは複数種であった。これらの菌は、キンランと共生可能な菌である。
これらの結果から、菌従属栄養植物としてキンランを用いた場合に、宿主植物の成木の近傍に生育している宿主植物の幼木の中で、共生菌に感染している幼木の比率は83%と高い数値であることが判明した。
【0031】
さらに、本発明者らは、宿主植物の幼木の移植にあたり、寄せ植えの手法を用いることとした。寄せ植えとは、巣植えとも表現されるが、数本の苗木を群状に狭い間隔で植え付ける方法のことである。同一種の苗木同士を近接させて植え付けることによって、苗木同士が競争して生長を促進する効果や病虫害への耐性を高める効果がある。寄せ植え(巣植え)の手法を採用すると、地中部において幼木は互いに菌根を共有することになることから、寄せ植えされたグループ単位では幼木の感染率はさらに高くなることが期待される。
【0032】
そこで、3者共生系の自生地から他の場所に移植を行うにあたり、宿主植物の成木の近傍に生育している宿主植物の幼木を用いて、寄せ植えの手法を用いて移植することにした。また、菌従属栄養植物として、宿主植物の幼木の近傍に生育している菌従属栄養植物を用いることにした。
【0033】
本発明者らは、上記の手法の有効性を確認するため、以下に述べるように、3者共生系の移植実験を行った。菌従属栄養植物としてキンラン、宿主樹木としてコナラ、クヌギ、イヌシデ、アカシデ、シラカシのいずれか、共生菌としてイボタケ科、ベニタケ科、ロウタケ科のいずれかまたは複数種を用いた。移植を行う圃場として、表2に記載の3種類の圃場を選定した。コナラ・クヌギ群落は、倒木等より閉じていた高木層に隙間が生じ、林床に太陽光が差し込むようになった場所である。
【0034】
【表2】
【0035】
図2は、3者共生系の移植を行う圃場における、菌従属栄養植物、宿主植物および菌従属栄養植物の種子の寄せ植えの状況を示す模式的平面図である。
各圃場毎に4つの植穴を掘った。各植穴において、4本のコナラ等の幼木でキンラン1株を取り囲むように寄せ植えを行った(表3、図2(a)参照)。
【0036】
【表3】
【0037】
宿主植物の幼木と菌従属栄養植物の寄せ植えによって3者共生系の移植を行う際の具体的な作業内容は、以下のようなものである。
(1)菌従属栄養植物の自生地近傍で生育する宿主植物の幼木を複数選定し、掘り取る。掘り取るときは、宿主植物の幼木の根をできるだけ切断しないように、周辺の土壌とともに掘り出す。
(2)幼木を掘り取った後に、根と根が保持している土壌を崩さないように、麻布等を用いて根巻きする。幼木を根巻きした状態で、直径約30cmの根鉢(土塊)とする。
(3)宿主植物の幼木の周辺に生育する菌従属栄養植物を選定し、掘り取る。このとき、宿主植物の幼木と同様に、菌従属栄養植物の根をできるだけ切断しないように、周辺の土壌とともに掘り出す。
(4)菌従属栄養植物を掘り取った後に、根と根が保持している土壌が崩れないように、直径約30cmの根鉢とする。
(5)3者共生系の移植を行う先の圃場において、複数の宿主植物の幼木と菌従属栄養植物を植え付けるための植穴を掘る。まず、直径約90cmの植穴11を掘る。次に、植穴11の中央に、菌従属栄養植物12の根鉢を置く。
(6)菌従属栄養植物12を取り囲むように、その周りに、複数の宿主植物の幼木14の根鉢13を置く。図2(a)では、菌従属栄養植物12の周りに4本の宿主植物の幼木14の根鉢13が置かれている。図2(b)には、菌従属栄養植物12の周りに3本の宿主植物の幼木14の根鉢13が置かれる場合を示している。
(7)その後、植穴11に土壌を埋め戻す。
(8)さらに、図2(a)では、複数の宿主植物の幼木14の間に、菌従属栄養植物の種子のスティック15またはスライドマウント16をそれぞれ埋設している。図2(b)には、複数の宿主植物の幼木14の間に、菌従属栄養植物の種子のスライドマウント16を埋設する場合を示している。種子のスライドマウント16とスティック15の位置や数については目的に応じて適宜選択すればよい。
以上の操作によって、移植後の圃場が完成した。
【0038】
移植から9月を経過した時点で、宿主樹木、キンランはともに順調に生育していた。そこで、移植から9月後に、宿主樹木の幼木の根を採取し、その根に共生する菌根菌の遺伝子解析を行ない、感染状況を調べた。表4にその結果を示した。表4中の数値は宿主樹木の株数を示す。宿主樹木の幼木のうち、平均で92%の高い比率で幼木に菌根菌の感染が生じていることが判明した。
【0039】
【表4】
【0040】
同様に、移植から9月後に、キンランの根を採取し、その根に共生する菌根菌の遺伝子解析を行ない、感染状況を調べた。表5にその結果を示した。表5中の数値はキンランの株数を示す。平均で67%のキンランに菌根菌の感染が生じていることが判明した。
【0041】
【表5】
【0042】
以上の実験結果から、3者共生系の移植において、宿主植物の成木の近傍に生育している宿主植物の幼木を使用し、寄せ植えの手法を用いることによって、植付け前の幼木の感染確率83%を上回る92%の確率で幼木の感染が生じていることが判明した。3者共生系の移植における寄せ植えの手法の有効性が確認された。
また、圃場BとCは、本来、キンランが通常生育する域外の環境であるが、そのような圃場においても高い確率で感染が確認されたことは注目に値する(表2参照)。
【0043】
さらに、移植から21月後に、それらのキンラン個体(株)の根と宿主植物の幼木の根を採取し、共生する菌根菌の遺伝子解析を行った。その結果、圃場Cにおいてキンラン個体(株)と宿主植物の幼木に共通の菌種(イボタケ科の一種)が確認された。圃場Cはもともとメヒシバ等の草地であり、宿主植物、菌根菌、キンラン個体(株)の3者が共生する環境ではない。移植から21月後に遺伝子解析を行った結果、圃場Cにおいて共通の菌種(イボタケ科の一種)を介して3者共生系の関係にあることが示されたことは、生息域外における3者共生系の移植方法の妥当性を裏付けるものである。
【0044】
以上の実験結果から分かるように、宿主植物の成木の近傍に生育している宿主植物の幼木を使用し、寄せ植えの手法を用いるという本実施形態の方法は、菌従属栄養植物を結び付ける共生菌を効率的に取得することができ、3者共生系を自生地から他の場所に移し変えて、人為的に増殖させることに有効なものである。
【0045】
すなわち、本実施形態の3者共生系の移植方法は、宿主植物の幼木と菌従属栄養植物の寄せ植えによる3者共生系の移植方法であって、以下の工程1~5の操作を有するものである。
工程1:菌従属栄養植物の自生地近傍で生育する宿主植物の幼木を選定する。
工程2:選定した宿主植物の幼木を掘り取る。
工程3:宿主植物の幼木の周辺に生育する菌従属栄養植物を選定する。
工程4:選定した菌従属栄養植物を掘り取る。
工程5:掘り取った宿主植物の幼木と菌従属栄養植物を寄せ植えする。
【0046】
ここで、宿主植物の幼木とは、高さ30~100cm程度のものが好ましく、また、2年生~4年生程度のものが好ましいが、成木よりも樹高および樹径が小さく移植可能であれば特に限定はされない。
【0047】
また、本実施形態では、寄せ植えの手法として、1本の菌従属栄養植物を中心にして、それを3本以上の宿主植物の幼木で取り囲むように寄せ植えすることが好ましい。宿主植物の幼木の数は3~5本が好ましい。
【0048】
上記の本実施形態の3者共生系の移植方法によれば、分離、培養、接種等の人為的プロセスを必要とせずに、フィールドにおいて、菌従属栄養植物、共生菌および宿主植物の3者共生系を簡易に移植することが可能である。また、寄せ植えの手法を用いることにより、高い確率で菌根が共有され、菌根形成が容易となる。また、菌根形成が容易となるため、菌従属栄養植物の生育適地を自生地以外に新たに創出することが可能となる。
さらに、自生地に生育する幼木を利用するため、遺伝子等の攪乱を引き起こすことを防止できる。
【0049】
工程2において、選定した宿主植物の幼木を掘り取った後に、根巻きすることが好ましい。掘り取った宿主植物の幼木を根巻きすることにより、宿主植物の幼木が自生している土地の土壌も併せて取得され、宿主植物の幼木の根回りに多数存在する共生菌を保持した状態で一時保管することが可能となる。
【0050】
(3者共生系の移植確認方法)
菌従属栄養植物の種子は、宿主植物の幼木と共生関係にある共生菌から伸びる菌糸が種子内に侵入することにより発芽する。発芽した種子の遺伝子解析を行い、共生菌に感染していることが確認できれば、宿主植物の幼木-共生菌-部分的菌従属栄養植物(種子)の間に3者共生環境が創出されていることを確認することができる。
【0051】
そこで、上記の寄せ植えされた3本以上の宿主植物の幼木同士の間に、菌従属栄養植物の種子を播種することにする。播種された菌従属栄養植物の種子が発芽することによって、さらには地上にシュート(茎とその上にできる多数の葉からなる単位)が出現することによって、移植後に、菌従属栄養植物、共生菌および宿主植物の3者の共生環境が成立し、3者共生系の移植が適切に行われたことを予備的に確認することができる。
【0052】
菌従属栄養植物の種子は、菌従属栄養植物の開花時に袋掛けし、保全することによって、事前に準備しておく。また、寄せ植えされた3本以上の宿主植物の幼木間に播種される種子は、スライドマウント法、スティック法、又は両者の併用によって播種することが好ましい。スライドマウント法では、種子の流出を防止するため、不織布の中に種子が封じ込められており、発芽段階の調査に用いることができる。スティック法では、両面テープの付いたスティック上に種子が山盛りに並べられており、地上部への発芽状況を調べることができる。
【0053】
上記した3者共生系の移植実験において、移植した宿主植物の幼木間には、キンランの種子が播種されていた。そこで、移植から21月後に、それらのキンランの種子の発芽状況について、実体顕微鏡による観察を行った。その結果を表6に示した。表6に示されているように、ステージS2の種子が圃場Aで13個、圃場Bで3個、圃場Cで2個確認された。ここで、ステージS2とは、内種子が割れ、発芽した状態にあることを意味している。また、ステージS3の種子が圃場Aで3個、圃場Cで3個確認された。ここで、ステージS3とは、ステージS2よりも発芽の段階が進行し、外種皮が割れプロトコームが露出した状態にあることを意味している。いずれの場合も、宿主植物の幼木間の種子が設置された位置まで、菌根菌の菌糸が伸びていることが判明した。
以上のことから、宿主植物の幼木-共生菌-部分的菌従属栄養植物(種子)の間に3者共生環境が創出され、3者共生系の移植が適切に行われたことを確認することができた。
【0054】
【表6】
【0055】
(菌従属栄養植物の強光阻害の抑制方法)
菌従属栄養植物は、一般に、林内の暗めの環境に生育することが多い。そのため、直射日光が林床に到達する環境では、強光阻害により葉焼けが発生し、光合成組織が損傷することが知られている。植物にとって生命組織の元となる組織の損傷であるため、ダメージが大きい。そのため、強すぎる日射の抑制が必要とされている。
【0056】
従来から、日射を抑制する方法として、寒冷紗を用いる被陰手法が知られている。しかし、寒冷紗を用いる被陰手法の場合、支柱や寒冷紗を用いて工作物を製作する必要がある。また、菌従属栄養植物は宿主樹木に比べて暗めの環境を好むことが多い。そのため、寒冷紗を用いる手法では、菌従属栄養植物と宿主樹木の双方に好適な光環境を実現することが困難である。
【0057】
そこで、寄せ植えの手法を用いて日射を抑制することの可能性について検討を進めた。図3は、菌従属栄養植物の強光阻害の抑制方法における菌従属栄養植物および宿主植物の寄せ植えの状況を示す模式的平面図である。図3(a)は、菌従属栄養植物12の周りに4本の宿主植物の幼木14を寄せ植えしたときの模式的平面図である。図3(b)は、菌従属栄養植物12の周りに3本の宿主植物の幼木14を寄せ植えしたときの模式的平面図である。寄せ植えの移植実験は、圃場A、圃場B、圃場Cにおいて、図3(a)のように、菌従属栄養植物12の周りに4本の宿主植物の幼木14を寄せ植える方法で行った。寄せ植えの移植実験に用いた菌従属栄養植物はキンランであり、宿主樹木はコナラ、クヌギ、イヌシデ、アカシデ、シラカシのいずれかである。
【0058】
移植から19月後に、各圃場においてキンランの直上における光の量を光量子計を用いて調査した。その結果を表7に示した。表7に示されているように、光量子束密度は、圃場Aが158μmol/m・s、圃場Bが23μmol/m・s、圃場Cが99μmol/m・sであった。また、周辺のキンラン自生地は、125~230μmol/m・sの範囲であった。圃場Aは周辺の自生地と同程度の光環境であることを意味している。圃場B及び圃場Cは周辺の自生地に比べて値が小さいが、キンランの生育状況が良好であることから問題はないと判断された。
【0059】
【表7】
【0060】
表7の遮光率は、下記の式によって求められる数値である。
遮光率(%)=(1-(キンラン直上の光量子束密度))/((胸高(1.3m)における光量子束密度))×100
宿主植物の幼木による被陰効果(遮光率)は、商用の寒冷紗による被陰効果(最大で遮光率90%)よりも高い結果となっている。
【0061】
以上の検討結果から、宿主植物の幼木が菌従属栄養植物を被陰することによって、強光阻害による葉焼けが抑制され、菌従属栄養植物の生育に適した光環境が創出されることが判明した。また、宿主植物の幼木は菌従属栄養植物を取り囲むように植付けされているため、太陽の向きが変わってもその枝葉が菌従属栄養植物を適度に被陰することができる。
【0062】
以上のように、菌従属栄養植物を取り囲むように宿主植物の幼木を3本以上寄せ植えする方法が、菌従属栄養植物の強光阻害を抑制するために有効であることが判明した。
【符号の説明】
【0063】
1 宿主植物
2 菌根菌
3 菌従属栄養植物
4 光合成産物
5 光合成産物
6 無機栄養分
11 植穴
12 菌従属栄養植物
13 根鉢
14 宿主植物の幼木
15 スティック
16 スライドマウント
図1
図2
図3