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特許7573051パワー半導体用アルミニウムボンディングワイヤ
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-16
(45)【発行日】2024-10-24
(54)【発明の名称】パワー半導体用アルミニウムボンディングワイヤ
(51)【国際特許分類】
   H01L 21/60 20060101AFI20241017BHJP
   C22C 21/00 20060101ALI20241017BHJP
   C22C 19/03 20060101ALN20241017BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20241017BHJP
   C22F 1/04 20060101ALN20241017BHJP
【FI】
H01L21/60 301F
C22C21/00 A
C22C19/03 M
C22F1/00 612
C22F1/00 625
C22F1/00 685
C22F1/00 692A
C22F1/00 692B
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 630M
C22F1/00 630B
C22F1/00 630G
C22F1/00 650A
C22F1/00 606
C22F1/00 630C
C22F1/00 661A
C22F1/04 J
C22F1/00 613
C22F1/00 694
C22F1/04 F
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2022578387
(86)(22)【出願日】2022-01-25
(86)【国際出願番号】 JP2022002523
(87)【国際公開番号】W WO2022163606
(87)【国際公開日】2022-08-04
【審査請求日】2023-07-25
(31)【優先権主張番号】P 2021011625
(32)【優先日】2021-01-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000217332
【氏名又は名称】田中電子工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000006013
【氏名又は名称】三菱電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100176072
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 功
(72)【発明者】
【氏名】三苫 修一
(72)【発明者】
【氏名】市川 司
(72)【発明者】
【氏名】浦地 剛史
(72)【発明者】
【氏名】柳本 辰則
(72)【発明者】
【氏名】中島 泰
【審査官】小池 英敏
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-129578(JP,A)
【文献】特開2011-252185(JP,A)
【文献】特開2013-258324(JP,A)
【文献】特開2020-059886(JP,A)
【文献】国際公開第2019/188452(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 21/60
C22C 21/00
C22C 19/03
C22F 1/00
C22F 1/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウムの純度が99質量%以上のアルミニウム合金からなるアルミニウムワイヤであって、
前記アルミニウム合金の総量に対して、鉄及びケイ素を合計で0.01質量%以上1質量%以下含有し、
前記アルミニウムワイヤのワイヤ軸に垂直方向の横断面における、(111)の配向指数が1以上であり、かつ、(200)の配向指数が1以下であり、析出粒子の面積率が0.02%以上2%以下である
ことを特徴とするアルミニウムワイヤ。
【請求項2】
前記アルミニウム合金は、総量に対して、鉄及びケイ素を合計で0.1質量%以上1質量%以下含有し、前記析出粒子の面積率が0.1%以上2%以下である請求項1に記載のアルミニウムワイヤ。
【請求項3】
さらに、ガリウムとバナジウムの少なくとも1つの元素を合計で、前記アルミニウム合金の総量に対して、50質量ppm以上800質量ppm以下含有する請求項1又は2に記載のアルミニウムワイヤ。
【請求項4】
下記式(1)で示される残留抵抗比が、10以上である、請求項1~3のいずれか1項に記載のアルミニウムワイヤ。
残留抵抗比=(300Kの室温中の電気抵抗)/(4.2Kの液体ヘリウム中の電気抵抗)・・・(1)
【請求項5】
前記析出粒子の面積率が0.2%以上1.8%以下である請求項1~4のいずれか1項に記載のアルミニウムワイヤ。
【請求項6】
前記アルミニウム合金のアルミニウムの純度が99.9質量%以下である請求項1~5のいずれか1項に記載のアルミニウムワイヤ。
【請求項7】
前記(111)の配向指数が1.3以上である請求項1~6のいずれか1項に記載のアルミニウムワイヤ。
【請求項8】
前記(200)の配向指数が0.6以下である請求項1~7のいずれか1項に記載のアルミニウムワイヤ。
【請求項9】
前記アルミニウム合金中の鉄とケイ素の含有比が、鉄/ケイ素で示される質量比で、0.3以上90以下である請求項1~8のいずれか1項に記載のアルミニウムワイヤ。
【請求項10】
線径が、40μm以上700μm以下である、請求項1~9のいずれか1項に記載のアルミニウムワイヤ。
【請求項11】
アルミニウムの純度が99質量%以上のアルミニウム合金であって、前記アルミニウム合金の総量に対して、鉄及びケイ素を合計で0.01質量%以上1質量%以下含有するアルミニウム合金材を準備する工程と、
前記アルミニウム合金材を、伸線加工する工程と、
を有する、アルミニウムワイヤの製造方法であって、
前記アルミニウムワイヤのワイヤ軸に垂直方向の横断面における、(111)の配向指数が1以上であり、かつ、(200)の配向指数が1以下であり、析出粒子の面積率が0.02%以上2%以下である、製造方法。
【請求項12】
前記伸線加工する工程は、
前記アルミニウム合金材を、最終線径の7~130倍の線径まで伸線して中間線材を得る中間伸線工程と、
前記中間線材を、400℃~560℃で加熱した後に急冷する溶体化処理工程と、を含み、
最終線径が40μm以上700μm以下まで伸線する工程である、請求項11に記載のアルミニウムワイヤの製造方法。
【請求項13】
電極を有する半導体素子と、
前記電極に接続されたアルミニウムワイヤとを備え、
前記アルミニウムワイヤは、アルミニウム純度が99質量%以上である半導体装置において、
前記アルミニウムワイヤは、アルミニウム合金の総量に対して、鉄およびケイ素を合計量で0.01質量%以上1質量%以下含有し、アルミニウムワイヤの垂直方向の断面において、ワイヤ軸に対して(111)の配向指数が1以上、(200)の配向指数が1以下であり、析出粒子の面積率が0.02%以上2%以下であることを特徴とする半導体装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パワー半導体用のアルミニウムボンディングワイヤ(以下「アルミニウムワイヤ」という。)に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に「半導体」とは、「演算」や「記憶」などを主な役割とするCPU(中央演算処理装置)やメモリなどの総称である。半導体は、例えば、PC(パーソナルコンピュータ)やスマートフォン、テレビなどの民生機器に用いられる。一方、パワー半導体は、モータの駆動やバッテリーの充電、さらにはマイクロコンピュータやLSI(大規模集積回路)を動作させるための電力供給を担う。パワー半導体は、主に電圧、周波数を変化させる場合や、電力変換(直流を交流又は交流を直流に変換する。)などに使用される。パワー半導体としては、パワートランジスタなどがある。「パワーモジュール」とは、電力供給を担う回路を集積した部品を指すことが多く、この回路は、通常、パワー半導体を含む複数のIC(集積回路)を組み合わせて構成される。パワー半導体は、パワーセミコンダクタ、パワーデバイス、パワー素子、電力用半導体素子などとも呼ばれる。
【0003】
エアコンや冷蔵庫、洗濯機などの省エネルギー(以下「省エネ」ともいう。)家電製品に搭載されている「インバータ」は、パワー半導体が利用されている身近な例である。インバータは、周波数を変換することでモータの回転数を制御する。インバータは、モータの回転数を自由に変えることで、モータの無駄な動きを減らし、省エネ化に貢献できる。一方、インバータ非搭載のエアコン(エア・コンディショナー)は、モータの運転・停止の繰り返しで室温を調整するため、温度の安定性に欠ける、消費電力が多いなどの問題が生じることがある。インバータのこれらの働きは、パワートランジスタが、電流のオンオフを細かく切り替える「スイッチング」を行うことで実現する。
【0004】
また、パワー半導体は、省エネ家電製品以外にも、例えば、電気自動車やハイブリッド自動車などの運輸分野で、広く利用されている。運輸分野ではIGBT(絶縁ゲート型バイポーラトランジスタ)など、電力の変換・制御の役割を果たすパワー半導体が使用される。IGBTは、IGBTチップ(パワーチップ)と、パワーチップ同士のチップ間やIGBTチップ(パワーチップ)と外部電極を接続するボンディングワイヤとで構成されている。パワー半導体用のボンディングワイヤには、大電流を流すため、線径(直径)40μm以上700μm以下の比較的太いアルミニウムワイヤが用いられることが多い。
【0005】
ところで、電気自動車用のパワーモジュールは、電気自動車自体が多様な地域で使用されるため、広い温度変化、高湿度、塩分の多い環境及び振動などの厳しい環境に曝される。このため、パワーモジュールの材料には高電流密度耐性、高温耐久性及び高放熱性が求められている。また、電気自動車用のパワーモジュールの使用環境では、上記温度変化に加え、電気自動車の走行による加熱・冷却の温度サイクルも発生する。電気自動車は走行しているときには、停止時には通電を止め、運転開始時に通電を開始するというサイクルを繰り返す。この、通電によりパワーチップが高温になり、パワーチップ表面に設けられた電極パッド上のアルミニウムワイヤも高温になる。停止時には通電を止めるため、アルミニウムワイヤやパワーチップが急激に冷却される。自動車の運転開始、停止が頻繁に長時間繰り返されることで、この加熱・冷却の温度サイクルも繰り返され、パワーチップとアルミニウムワイヤの熱膨張率差に起因して熱応力が発生し、これによって、パワーチップとアルミニウムワイヤの接合部やアルミニウムワイヤに金属疲労をもたらすことがある。その結果、接合部の剥離や破断、ワイヤークラックの発生する可能性が高まる。よって、これらの問題を解決した長期信頼性のあるアルミニウムワイヤが求められている。
【0006】
また、昨今話題のIoT(モノのインターネット)などでも、パワー半導体の役割は重要になってきている。IoT搭載家電が、年々、小型化、薄型化、高密度化するのに伴い、パワー半導体の小型化、薄型化、高密度化がさらに進み、パワーチップとアルミニウムワイヤの接合スペースが小さくなっている。そのため、アルミニウムワイヤの接合には、限られたスペースを有効に利用しなければならない。例えば、アルミニウムワイヤによるパワーチップへの接合(第一接合)から外部電極への接合(第二接合)が同一方向ではなく、外部電極の空いている隙間に向けて第一接合後のアルミニウムワイヤを所定の角度で屈曲させてボンディングしなければならない。このため、アルミニウムワイヤには、特に第二接合のワイヤ方向(角度)を変えることができるような屈曲に対する自由度が必要となり、アルミニウムワイヤの追従性が非常に重要な特性となる。
【0007】
例えば、アルミニウムワイヤの第一接合(半導体チップ上電極との接続)及び第二接合(リードフレームや基板上の外部電極との接続)では、ワイヤを挟むワニ口(溝部)を先端に有したウェッジツール(単に「ツール」ということもある。)を用い、このワニ口にワイヤを嵌め、ワイヤを接合箇所に押さえつけることで接合する。横曲げの追従性に欠けるアルミニウムワイヤを使用した場合、ワイヤが所望の角度で屈曲できず、ウェッジツールのワニ口からワイヤの一部が外れることがある。ワイヤの一部が外れたまま第二接合をすると、接合位置が予定した位置から外れて他の電極と接触した場合に、ショート不具合が発生するおそれがある。また、ワイヤがツールから外れた状態になると、ウェッジツールの先端が素子へ直接接触することがあり、半導体素子を破壊することがある。
【0008】
また、長期信頼性が求められるワイヤは一般的に強度が大きい方が好ましい傾向にある。強度が大きいとは、引張強さや耐力、及び硬さ等が大きいことを意味するが、強度が大きいワイヤほど追従性が劣る傾向がある。そのため、強度と追従性という相反する課題を同時に克服することは非常に困難であり、これまで、両方の課題を同時に解決した事例はない。
【0009】
従来、アルミニウムワイヤの合金化成分の調整によって主に高温状態での接合部信頼性を向上させる技術が知られている(例えば、特許文献1~4参照。)。しかし、これらの先行技術は、アルミニウムワイヤの追従性という課題を解決していない。
【0010】
特許文献1に記載された発明は、「鉄(Fe)が0.2~2.0質量%及び残部が純度99.99質量%以上のアルミニウム(Al)からなる、半導体装置の超音波ボンディング用アルミニウム合金細線において、当該アルミニウム合金細線のアルミニウム(Al)マトリックス中に鉄(Fe)が0.01~0.05%固溶されており、かつ、当該アルミニウム合金細線の断面における伸線マトリックス組織が数μmオーダーの均質な微細再結晶組織でその組織の界面及び内面に鉄(Fe)・アルミニウム(Al)の金属間化合物粒子が一様に晶出していることを特徴とする」。特許文献1には、調質熱処理前に溶体化・急冷処理という工程を追加することにより、アルミニウム(Al)マトリックスに固溶する鉄(Fe)量を650℃での固溶限である0.052%まで高め、その後の通常の冷間での連続伸線加工と、その後の調質熱処理によりAl-Fe合金ワイヤの結晶粒径を微細化することを可能としたことと、Alを高純度化することにより、ボンディング時に動的再結晶を発現させてチップダメージを回避したことが記載されている(同明細書0013段落を参照。)。
【0011】
特許文献2に記載された発明は、「鉄(Fe)%、珪素(Si)及び残部が高純度のアルミニウム(Al)合金からなる半導体素子のアルミパッドと超音波ボンディングするためのアルミニウム合金細線において、当該アルミニウム合金細線は鉄(Fe)が0.01~0.2質量%、珪素(Si)が1~20質量ppm及び残部が純度99.997質量%以上のアルミニウム(Al)からなる合金であって、Feの固溶量が0.01~0.06%であり、Feの析出量がFe固溶量の7倍以下であり、かつ、平均結晶粒径が6~12μmの微細組織である」。特許文献2には、Feの析出量とFe固溶量との比率を一定の範囲に保つことにより再結晶温度を安定化させ、さらに、Siを微量添加することにより強度を向上させ、結果として熱衝撃試験結果を安定化させることが記載されている(同明細書0012段落を参照。)。
【0012】
特許文献3に記載された発明は「Al又はAl合金からなり、ワイヤ軸に垂直方向の断面における平均結晶粒径が0.01~50μmであり、ワイヤ軸に垂直方向の断面に対して結晶方位を測定した結果において、ワイヤ長手方向の結晶方位のうち、ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以下である結晶方位<111>の方位比率が30~90%であることを特徴とする」。特許文献3には、半導体装置を高温環境で長時間使用し続けたときにおいても、高温長時間作動後の半導体装置において接合部の信頼性を確保できることが記載されている(同明細書0012段落を参照。)。
【0013】
特許文献4に記載された発明は「質量%で、Feを0.02~1%含有し、さらにMn、Crの少なくとも1種以上を合計で0.05~0.5%含有し、残部がAl及び不可避不純物からなり、Fe、Mn、Crの固溶量の合計が0.01~1%であることを特徴とする」。特許文献4には、Feの含有に加えてMn、Crの一方又は両方を所定量含有させ、溶体化熱処理とその後の急冷処理において、Fe、Mn、Crの固溶量の合計を0.01~1%とすることにより、ワイヤの再結晶温度が上昇し、半導体装置を高温環境で長時間使用し続けたときにおいても、ボンディングワイヤの再結晶の進行を十分に抑制することができ、ワイヤの強度低下を防止できることが記載されている(同明細書0014段落を参照。)。また、ボンディングワイヤ長手方向に垂直な断面(C断面)において、結晶<111>方位とワイヤ長手方向との角度差が15°以内である結晶の面積比率(<111>方位面積率)が30~90%であることが好ましく、伸線時の調質熱処理による再結晶が適度に進行し、ワイヤが軟化し、ボンディング時のチップ割れの発生、接合部の接合性の低下などを防止することができることが記載されている(同明細書0026段落を参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【文献】特開2013-258324号公報
【文献】特開2014-129578号公報
【文献】国際公開2020/184655号公報
【文献】特開2020-059886号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明の課題は、パワー半導体用のパワーチップと外部電極をボンディングするときの横曲げに追従でき(ウェッジツールから外れにくく)、かつ、長期信頼性に優れる(パワーサイクル試験で長寿命である)アルミニウムワイヤを提供することである。
【0016】
課題について詳細に説明する。まず、ウェッジツールの溝部からワイヤの一端が外れたアルミニウムワイヤを図説する。図3の右側の写真はウェッジツールからワイヤ外れが起きていない正常の状態であり、左側の写真は第二接合時にウェッジツールが外れたワイヤのウェッジツール部を拡大した写真である。上述したように、ウェッジツールはその先端に、ワイヤを挟むワニ口と、ワイヤをガイドするガイド穴を有しており、ワイヤは、ガイド穴を通ってワニ口にはめ込まれ、ここで押圧されて接合部に接合される。図3の右側の写真では、ワイヤは、図中、ウェッジツール先端の左側のガイド穴を通り、ツールのワニ口に正確にはめ込まれている。左側の写真は第一接合から延伸されたアルミニウムワイヤが左側のガイド穴を通っているが、アルミニウムワイヤの先端はツールのワニ口から図中の斜め下方向にはみ出ていることが分かる。よって、第二接合はうまくできず、連続ボンディングにおける、次のワイヤカット工程で、右側のカッターはアルミニウムワイヤの先端部をあらかじめ設定された通りに正確に切り取ることができない。
【0017】
図4は、アルミニウムワイヤの接合部分を倍率75倍で観察した写真である。左側の写真は比較例(異常)で、右側は実施例(正常)、上が第一接合部、下が第二接合部を表す。各々2組ずつボンディングした。図4の右上下の写真では、ワイヤの接合部分(図面上ワイヤが相対的に太くなっている箇所)がワイヤ太さ方向に一様に押し当てられていて、図4上写真のワイヤの切断部(ワイヤの先端)も、ワイヤの軸方向に垂直に正確に切りとられている。これに対し、図3の左側の写真のようにアルミニウムワイヤがツールのワニ口部からはみ出した状態のまま第二接合を行うと片当たりが生じるが、図4の左下写真のように、ワイヤの接合部分(図面上ワイヤが相対的に太くなっている箇所)のワイヤの屈曲内側に接触痕がある箇所が片当たりした部分である。片当たりした箇所はアルミニウムワイヤが薄くなり、そのまま接合できたとしても接合強度が弱くなり、使用中に剥離する可能性が高くなる。例えば、図4の左上の写真は、片当たりしたワイヤを次の第一接合した写真であるが、図面上方、ワイヤの先端が斜めに切り取られている。これは、前の第二接合において(図4の左下写真を参照。)、ツール外れを起こしたまま、アルミニウムワイヤをカットしたため、斜めに切りとられたものである。最悪の場合、図4の左上の「第一接合部」の写真の、ワイヤの右側に接合痕(基板の傷)がある通り、第一接合部でワイヤの不着が発生する(ワイヤの不着が発生しない場合は、図4の右上のように2本の第一接合部が存在する。)。また、ウェッジツール部からはみ出した状態でアルミニウムワイヤがチップ上の電極パッドへ接地すると、ウェッジツール部が直接電極パッドへ接触することで、チップ割れを引き起こすおそれがある。なお、図4の右下の写真は、ワイヤの屈曲角度を45度に設定して接合したものであるが、全く問題なく接合できた。しかし、左下の写真ではワイヤの屈曲角度を30度程度に緩く曲げたのにもかかわらず、ワイヤの追従性が悪く、片当たりを起こした。
【0018】
また、上述したように、電気自動車等に搭載されているIGBTの電極接合用にアルミニウムワイヤが用いられる場合、高温、高湿、振動などの過酷な使用環境であることに加えて、街中での運転では頻繁に、停止、運転、停止、運転が繰り返される。これに伴い、通電の停止、通電の再開、通電の停止、通電の再開が頻繁に繰り返される。これは、アルミニウムワイヤと電極との接合部及びアルミニウムワイヤ自身の寿命にとっては非常に悪い使用条件となる。すなわち、ワイヤが、通電開始時には急加熱、停止時には急冷却されるところ、この急加熱と急冷却が繰り返されることにより、ワイヤの膨張と収縮が繰り返されて、その結果、熱応力による接合部の剥離、ワイヤ自体へクラック及び破断の危険性が高まる。特にアルミニウムワイヤとシリコンチップの線膨張係数は約10倍もの差があるため、ワイヤとチップ接合部との熱収縮差による剥離が生じやすい。
【0019】
アルミニウムワイヤ接合部の長期信頼性の寿命を評価する試験として、パワーサイクル試験がある。パワーサイクル試験での寿命評価が高ければ、実際に自動車や家電などに実装した時にも長期信頼性を得ることができる。ここで、詳細条件は後述するが、パワーサイクル試験について簡単に説明する。
【0020】
パワーサイクル試験とは、アルミニウムワイヤを接合したパワーチップ表面温度が150℃となるようにアルミニウムワイヤに通電させた後、通電を停止し、表面温度が50℃になるまで冷却させるサイクルを繰り返す。すなわち、温度差100℃の急冷却と急加熱のサイクルを繰り返し、問題が発生するまでの動作回数を評価する試験である。問題ない動作とは、試験を始めた時のパワーチップ通電時のチップの表と裏の電位差の上昇率が5%未満の範囲以内で推移し続けている動作のことである。すなわち、通電時のパワーチップ電極の表と裏の電位差が初期値に対して5%を超えて上昇したときに、問題が発生したと評価して、これを、パワーサイクル試験のサンプル寿命(サイクル回数)と評価する。
【0021】
以上のように、これまでにパワーサイクル試験での長寿命化とウェッジツールからのワイヤ外れを同時に克服したアルミワイヤを開発した事例は無い。
【課題を解決するための手段】
【0022】
本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、アルミニウムワイヤの配向指数と金属間化合物の析出粒子の量を制御することで、パワーサイクル試験の長寿命化と、ワイヤのウェッジツール外れの抑制、すなわちワイヤの追従性との2つの課題を同時に克服することを発見し、それを達成したアルミニウムワイヤの発明に成功した。
【0023】
実施形態のアルミニウムワイヤは、アルミニウムの純度が99質量%以上のアルミニウム合金からなるアルミニウムワイヤであって、前記アルミニウム合金の総量に対して、鉄及びケイ素を合計で0.01質量%以上1質量%以下含有し、前記アルミニウムワイヤのワイヤ軸に垂直方向の横断面における、(111)の配向指数が1以上であり、かつ、(200)の配向指数が1以下であり、析出粒子の面積率が0.02%以上2%以下であることを特徴とする。
【0024】
実施形態のアルミニウムワイヤにおいて、アルミニウム合金は、総量に対して、鉄及びケイ素を合計で0.1質量%以上1質量%以下含有し、前記析出粒子の面積率が0.1%以上2%以下であることが好ましい。
【0025】
実施形態のアルミニウムワイヤは、さらに、ガリウムとバナジウムの少なくとも1つの元素を合計で50質量ppm以上800質量ppm以下含有することが好ましい。
【0026】
実施形態のアルミニウムワイヤは、下記式(1)で示される残留抵抗比が、10以上であることが好ましい。
残留抵抗比=(300Kの室温中の電気抵抗)/(4.2Kの液体ヘリウム中の電気抵抗)・・・(1)
【0027】
実施形態のアルミニウムワイヤは、前記析出粒子の面積率が0.2%以上1.8以下であることが好ましい。
【0028】
実施形態のアルミニウムワイヤにおいて、アルミニウム合金のアルミニウムの純度が99.9質量%以下であることが好ましい。
【0029】
実施形態のアルミニウムワイヤにおいて、前記(111)の配向指数が1.3以上であることが好ましい。
【0030】
実施形態のアルミニウムワイヤにおいて、前記(200)の配向指数が0.6以下であることが好ましい。
【0031】
実施形態のアルミニウムワイヤにおいて、アルミニウム合金中の鉄とケイ素の含有比が、鉄/ケイ素で示される質量比で、0.3以上90以下であることが好ましい。
【0032】
実施形態のアルミニウムワイヤは、線径が、40μm以上700μm以下であることが好ましい。
【0033】
実施形態のアルミニウムワイヤの製造方法は、アルミニウムの純度が99質量%以上のアルミニウム合金であって、前記アルミニウム合金の総量に対して、鉄及びケイ素を合計で0.01質量%以上1質量%以下含有するアルミニウム合金材を準備する工程と、前記アルミニウム合金材を、伸線加工する工程と、を有することを特徴とする。
【0034】
実施形態のアルミニウムワイヤの製造方法において、前記伸線加工する工程は、前記アルミニウム合金材を、最終線径の7~130倍の線径まで伸線して中間線材を得る中間伸線工程と、前記中間線材を、400℃~560℃で加熱した後に急冷する溶体化処理工程と、を含み、最終線径が40μm以上700μm以下まで伸線する工程であることが好ましい。
【発明の効果】
【0035】
本発明のアルミニウムワイヤによれば、長期信頼性と、ツール外れの起きない横曲げに対する追従性を両立することができる。本発明のアルミニウムワイヤでは、各構成による効果が複雑に絡み合い相乗効果をなして、パワー試験サイクルの長寿命化と横曲げへの追従性の課題を同時に解決すると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
図1】実施例12のアルミニウムワイヤの断面をFE-SEMにより倍率1000倍で撮影し、画像解析で輝度値が閾値より高い箇所を白、低い箇所を黒に二値化した写真である。白い部分が析出粒子を表す。
図2】比較例6のアルミニウムワイヤの析出粒子を、図1と同様に撮影、二値化して表す写真である。
図3】ウェッジツール外れが起きたワイヤのウェッジツール部を拡大して撮影した写真(左側)とウェッジツール外れが起きていない正常な写真(右側)である。
図4】アルミニウムワイヤの比較例と実施例の接合写真である。
図5】実施例のアルミニウムワイヤのワイヤ軸方向に垂直な断面における結晶方位のEBSD(電子線後方散乱回折法)測定結果を表す写真である。EBSDの測定結果は各結晶粒中の所定の結晶方位を色分けして示すが、図5では、これを白黒の濃淡で表している。図5の写真では、濃淡のばらつきが多く、結晶方位のばらつきが大きいことが示されている。
図6】実施形態に係る半導体装置の構成を概略的に示す断面図である。
図7】他の実施形態に係る半導体装置の構成を概略的に示す断面図である。
図8図6のIV領域の拡大図である。
図9】半導体装置に生じた亀裂を概略的に示し、図8に対応する断面図である。
図10】亀裂の生じていない、実施形態の半導体装置を部分的に表す写真である。
図11】亀裂の生じた半導体装置を部分的に表す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下、本発明の実施形態のアルミニウムワイヤについて説明する。本実施形態のアルミニウムワイヤは、アルミニウムの純度が99質量%以上のアルミニウム合金からなるアルミニウムワイヤであって、アルミニウム合金の総量に対して、鉄及びケイ素を合計で0.01質量%以上1質量%以下含有し、アルミニウムワイヤのワイヤ軸に垂直方向の横断面における、(111)の配向指数が1以上であり、かつ、(200)の配向指数が1以下であり、析出粒子の面積率が0.02%以上2%以下の範囲であることを特徴とする。以下に、本発明に至るまでの試行錯誤の経緯と、本発明のアルミニウムワイヤの構成及び製造方法について詳述する。
【0038】
本発明者らは、組成の異なる数多くの種類のアルミニウムワイヤを、いくつかの異なる製造方法で試作した。そして、試作ワイヤのワイヤ軸方向に垂直な断面組織を丹念に観察した結果、全体的に細かい結晶粒組織や全体的に大きな結晶粒組織、また、同一断面に部分的に結晶粒が大きく、部分的に小さいという結晶粒の大きさが混在する結晶組織がみられた。同一断面において部分的に結晶粒サイズが異なることは、結晶粒組織はアルミニウムワイヤ全体の特性を示す指標にならないことを示唆している。また、これらの結晶粒組織上に粒状の物体(本明細書では「析出粒子」という。)があることが分かった。析出粒子に関しては後述する。
【0039】
これらの結晶粒の大きさが異なる組織の結晶方位に違いはあるか、EBSD(電子線後方散乱回折法)にて結晶方位を測定した。図5において、結晶粒の濃淡が結晶方位の相違を表す。図5から、結晶方位が部位によって異なることが分かる。これは、部分的な結晶方位の状態はワイヤ全体の特性の指標にならないことを示唆している。伸線工程では加工のされ方がワイヤの長手方向(ワイヤ軸方向)に沿って変化する。つまり、実用上の均一性は保たれるが、ダイスを用いた伸線加工時のワイヤの微振動、ワイヤとダイスの摩擦熱などの影響により、厳密には長手方向の位置によっては特性の異なる箇所が生じ得る。そのため、断面の結晶方位は一義的に決まらず、その結果、結晶方位の比率によってアルミニウムワイヤ全体の特性を一義的に表現することはきわめて困難であることが分かった。
【0040】
そこで、アルミニウムワイヤ全体の特性を表すことができる指標を検討した結果、配向指数を指標とすることにした。配向指数とはワイヤの各結晶面の回折強度比、すなわち、(各結晶面の回折強度÷各結晶面の回折強度の総和)を無方位であるアルミニウム粉末標準試料の回折強度比で割った値である。配向指数を求めることにより、どの結晶面が優先配向しているか、どの結晶面が優先配向していないか、つまり、結晶面の優先配向の傾向が、定量的に分かる。配向指数を数式で表したのが下記のウィルソンの式である。アルミニウム粉末の標準試料の解析強度比はICDD(国際回折データセンター:粉末回折データを取り扱う非営利科学組織)から提供されているICDDカード(PDF、ASTMカード、JPCDSカードとも呼ばれる)PDF No.00-004-0787(アルミニウム)の値を採用した。ワイヤ軸に垂直方向の線材断面をX線回折しアルミニウムの各結晶面の回折強度比から下記ウィルソンの式(1)から各結晶面の配向指数Nを求められる。
【0041】
【数1】
【0042】
上記(1)式において、I/I(hkl)は試料の(hkl)面における回折強度比、ICDD I/I(hkl)はICDDカードの(hkl)面における回折強度比、ΣI/I(hkl)、ΣICDD I/I(hkl)はそれぞれ全ての結晶面の回折強度比の和である。なお、回折強度は各ピークの面積比より求めることができる。
【0043】
アルミニウムワイヤの配向指数は,40本のアルミニウムワイヤを束にして樹脂に埋め込み、ワイヤ軸に垂直方向の横断面をX線回折にて、(111)、(200)、(220)、(311)、(222)、(400)の回折強度を測定し、ウィルソンの式にて各結晶面の配向指数をそれぞれ求めた。配向指数は中実のアルミニウムワイヤ集合体の優先方位の値であり、個々のアルミニウムワイヤにおける中心部と周縁部の二重組織などのばらつきに左右されることがない。また、配向指数は標準試料との比較値に補正された値のため、よりアルミニウムワイヤの客観的な配向性を示すことができる。
【0044】
本発明者らは鋭意研究の末、さまざまな配向指数のアルミニウムワイヤを試作し配向指数を測定した結果、ワイヤ軸に対して垂直面の(111)の配向指数が1以上であり、かつ、(200)の配向指数が1以下に制御したアルミニウムワイヤがパワーサイクル試験で長寿命であることを発見した。
【0045】
なお、上述したとおり、類似の指標として、結晶方位比率がある。結晶方位比率とはアルミニウムワイヤをある場所で切断した二次元平面における結晶方位の占有率を測定した値である。図5に示すように、ワイヤ軸に垂直な断面における結晶方位比率は、アルミニウムワイヤの切断箇所に依存し、同じ組成や製造条件であっても、部分的に結晶方位が一定でなくばらついており、結晶方位比率だけではアルミニウムワイヤの客観的な特性を判定することは困難である。
【0046】
本発明者らは実際に後述する実施例の各サンプルについて結晶方位比率を測定したが、パワーサイクル寿命との相関が取れなかった。おおよそ<111>の結晶方位比率が50%以上と大きいワイヤが長寿命の傾向にあるが、<111>の結晶方位比率が20%台と小さいワイヤでも20万サイクル以上の長寿命であるワイヤが存在した。
【0047】
次に析出粒子について説明する。発明者らはアルミニウム純度の異なるアルミニウムワイヤを様々な製造工程で数多く試作し、ワイヤ軸方向に垂直な断面について入念に金属組織を観察した結果、アルミニウムをベースとしたマトリックス上にある析出粒子は、各試作ワイヤの組成や製造条件によって形状、大きさ、及び、個数が異なっていることを発見した。
【0048】
発明者らは、これら析出粒子が長期信頼性とワイヤの追従性に何らかの関係があると推定し、SEM(走査電子顕微鏡反射電子像)にて撮影した析出粒子の写真を、画像処理ソフトを用いて解析し、画像上の析出粒子の断面積を数値化した。数値化の方法については実施例で詳細に説明するが、ワイヤ軸方向に対して垂直断面に対する析出粒子の面積率がパワーサイクル試験の寿命とワイヤ追従性に相関があることを発見した。すなわち、発明者らは、アルミニウムの純度とワイヤの製造方法の違いの組合せにより、析出粒子の面積率が変わってくると推定した。
【0049】
発明者らは、配向指数と析出粒子の面積率の異なるワイヤの組合せを数多く試作し、パワーサイクル試験及びツール外れ評価を懸命に行った結果、次の条件にて長期信頼性があり、かつ、ツール外れが起きない追従性のあるワイヤを発明するに至った。
【0050】
長期信頼性があり、ツール外れの起きない追従性のあるアルミニウムワイヤとは、アルミニウム純度が99質量%以上で、鉄及びケイ素を合計で0.01質量%以上1質量%以下含有し、ワイヤ軸方向に垂直な断面の(111)の配向指数が1以上で、かつ、(200)の配向指数が1以下で、ワイヤ軸方向に垂直な断面に対して析出粒子の面積率が0.02%以上2%以下のアルミニウムワイヤである。これらの構成は互いに絡み合い相乗効果をなして2つの相反する課題を同時に解決している。長期信頼性を向上させる点で、アルミニウムワイヤのワイヤ軸方向に垂直な断面の(111)の配向指数は、好ましくは1.2以上、より好ましくは1.4以上であり、(200)の配向指数は好ましくは0.7以下、より好ましくは0.5以下である。
【0051】
析出粒子は、アルミニウムをベースとしたマトリックス上に観察することができる、大きさ(粒子の最大長)が0.01~30μm程度の、塊状、リング状、板状、針状、略球状、不定形状等の粒子である。これらは、製造過程で晶出した粒子や析出した粒子、およびアルミニウム原材料に含まれる粒子を含むと考えられる。また、析出粒子は、アルミニウムと鉄の合金、金属間化合物、アルミニウムと鉄とケイ素の合金、金属間化合物、ケイ素単体の析出物のいずれか又は2種以上を含むと考えられる。
【0052】
析出粒子の面積率は、ワイヤの組成(鉄及びケイ素の含有割合)や熱処理温度、時間、熱処理のタイミング、伸線加工条件などにより制御することができる。なお、析出粒子の面積率とは、アルミニウムワイヤのワイヤ軸に垂直な横断面の断面積に対する析出粒子が占める面積の割合のことである。試作したアルミニウムワイヤについて、先端、後端、中間部の断面において析出粒子の面積率を測定したところ、ワイヤの位置にかかわらずほぼ同等の値であって、面積率の測定箇所によるばらつきは、結晶方位比率のそれに比べて少なかった。すなわち、これは、ワイヤ軸に垂直なある断面の析出粒子の面積率は、ワイヤ全体の面積率を代表することを示唆している。析出粒子の面積率は次のように算出することができる。析出粒子は、アルミニウムワイヤのワイヤ軸に垂直な横断面をSEM分析したときに、それ以外の領域との組成が異なるために、高輝度値の画素として表示される。析出粒子以外の領域(アルミニウムマトリックスで)では、輝度値は低く表示される。このSEM画像を、析出粒子と、それ以外の領域とを分離するような輝度値の閾値(例えば0.95)を、ヒストグラムなどを用いて決めて二値化し、析出粒子の領域の、全体に対する面積率を算出する。なお、輝度値は黒が0、白が1に規格化した値である。
【0053】
上記の構成で相反する2つの特性を両立するメカニズムは必ずしも明らかではないが、鉄及びケイ素の含有量と析出粒子の面積率は、長期信頼性とワイヤの追従性に大きく関わっており、鉄及びケイ素が少なすぎても多すぎてもこれらの特性の両立は困難である。
【0054】
本実施形態のアルミニウムワイヤは、析出粒子の面積率が0.02%以上2%以下の範囲である。追従性を向上させる点で、析出粒子の面積率は0.05%以上であることが好ましく、0.1%以上であることがより好ましく、0.2%以上であることがさらに好ましい。また、1%以下であることが好ましく、0.8%以下であることがより好ましい。
【0055】
パワーサイクル試験の長寿命化(長期信頼性の向上)とウェッジツールからのアルミニウムワイヤ外れは、配向指数と析出粒子の面積率の制御が相乗効果をもたらしている。また、発明者らは、数多くの添加元素を検討し、その中で特に、鉄(Fe)とケイ素(Si)の両元素を含有し、その合計量が0.01質量%以上1質量%以下であると、より長寿命でツール外れが起きにくいこと、さらに、ガリウム(Ga)とバナジウム(V)の少なくとも一方の元素を含有し、その合計が50質量ppm以上800質量ppm以下であることで、残留抵抗比を大きくし、通電時の発熱を抑制できることがわかった。
【0056】
本実施形態のアルミニウムワイヤは、アルミニウムの純度(アルミニウムワイヤの総量に対するアルミニウムの量)が、99質量%以上のアルミニウム合金からなる。すなわち、本実施形態のアルミニウムワイヤは、アルミニウムの純度が、99質量%以上である。これにより、十分な導電率を有するとともに、良好な追従性を発揮する。アルミニウムワイヤのアルミニウムの純度は99.9質量%以下であることが好ましい。アルミニウムの純度は99.9質量%以下であることで、十分な量の鉄及びケイ素を含有し、さらに、必要に応じて微量元素(ガリウム及びバナジウム)や微量元素(添加元素ともいう。後述するマグネシウム(Mg)、銅(Cu)、ニッケル(Ni)、亜鉛(Zn)、クロム(Cr)、マンガン(Mn)、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、タングステン(W)、スカンジウム(Sc))を含有することができるので、アルミニウムワイヤの長期信頼性が向上する。
【0057】
また、上述したことから、本実施形態のアルミニウムワイヤは、鉄及びケイ素を合計で0.01質量%以上1質量%以下含有するアルミニウム合金からなる。すなわち、本実施形態のアルミニウムワイヤは、鉄及びケイ素を合計で、ワイヤ全量に対して0.01質量%以下1質量%含有する。
【0058】
本実施形態のアルミニウムワイヤにおいて、鉄とケイ素の合計量が0.01質量%以上であることで従来のアルミニウムワイヤよりも長寿命が達成される。また、鉄とケイ素の合計量が1質量%を超えると、析出粒子の面積率が大きくなりすぎるためツール外れが生じる。鉄及びケイ素の量は、長寿命を達成しやすいことから、合計で0.02質量%以上であることが好ましく、0.05質量%以上であることがより好まく、0.1質量%以上であることがより好ましく、0.13質量%以上であることがさらに好ましい。また、鉄及びケイ素の量は、長寿命を達成しつつ、ツール外れを低減する点から、合計で、0.9質量%以下であることが好ましく、0.8質量%以下であることがより好ましい。
【0059】
本実施形態のアルミニウムワイヤにおいて、鉄の量は、ワイヤの総量に対して、0.01質量%以上であることが好ましく、0.03質量%以上であることがより好ましく、0.05質量%以上であることがさらに好ましく、0.1質量%以上であることが特に好ましく、0.13質量%以上であることがより特に好ましい。また、鉄の量は、ワイヤの総量に対して、0.95質量%以下であることが好ましく、0.9質量%以下であることがより好ましい。また、ケイ素の量は、ワイヤの総量に対して、0.01質量%以上であることが好ましく、0.05質量%以上であることがより好ましい。ケイ素の量は、0.5質量%以下であることが好ましく、0.4質量%以下であることがより好ましい。上記鉄とケイ素の好ましい範囲を組み合わせることで、鉄とケイ素の相乗効果によって、接合の長期信頼性とツール外れの抑制効果がよりさらに得やすくなる。
【0060】
本実施形態のアルミニウムワイヤにおいて、鉄とケイ素の含有比は、鉄/ケイ素で示される質量比で、0.3以上90以下であることが好ましく、1.0以上45以下であることがより好ましい。鉄とケイ素の含有比が上記範囲であれば、析出粒子の析出量を制御しやすく、ワイヤの追従性と接合の長期信頼性を両立しやすい。
【0061】
本実施形態のアルミニムワイヤは、ガリウムとバナジウムのうち少なくとも1種を含有することが好ましく、この場合、ガリウムとバナジウムの合計量は、ワイヤの総量に対して50質量ppm以上であることが好ましい。ガリウムとバナジウムはワイヤ長寿命化のためには必須ではないが、これらのうち少なくとも1種を含有することで、ワイヤの長寿命化に寄与する。ガリウムとバナジウムのうち少なくとも1種の含有量の上限は特に限定されないが、1000質量ppm程度であり、これらを50質量ppm以上含有すると、さらなる長寿命化への効果が得やすく、含有量が800質量ppm以下であると、通電時のアルミニウムワイヤの最高到温度を抑えやすい。ガリウムとバナジウムの含有量は、ワイヤの総量に対して、100質量ppm以上であってもよく、150質量ppm以上であってもよい。ガリウムとバナジウムの含有量は、ワイヤの総量に対して、700質量ppm以下であってもよく、600質量ppm以下であってもよい。ガリウムとバナジウムの含有量は、ガリウムとバナジウムのいずれか一方のみがワイヤ中に含まれる場合はその一方の量が上記範囲であればよく、ガリウムとバナジウムの両者が含まれる場合は、ガリウムとバナジウムの合計量が上記範囲であればよい。
【0062】
例えば、純度99.99質量%のアルミニウムワイヤを使用した場合の通電時の最高到達温度が150℃であった場合、ガリウムとバナジウムの含有量が800質量ppm以下であれば、最高到達温度を160℃以下に抑えることができる。すなわち、純度99.99質量%のアルミニウムワイヤを基準として、通電時の発熱上昇温度を10℃程度以内で抑えることができる。
【0063】
本実施形態のアルミニムワイヤは、鉄、ケイ素、ガリウム、バナジウム以外に、マグネシウム(Mg)、銅(Cu)、ニッケル(Ni)、亜鉛(Zn)、クロム(Cr)、マンガン(Mn)、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、タングステン(W)、スカンジウム(Sc)などの微量元素の1種又は2種以上を含んでいてもよい。微量元素の含有量は、ワイヤ全体に対して、鉄、ケイ素、ガリウム及びバナジウムと微量元素の合計で1.0質量%以下となる量であり、鉄、ケイ素、ガリウム及びバナジウムと微量元素の合計で0.1質量%以上となる量であることが好ましい。
【0064】
上述した純度99.99質量%のアルミニウムワイヤを使用した場合と比較した通電時の発熱温度上昇は残留抵抗比が大きいほど大きくなる。残留抵抗比は単に不純物の量やアルミニウムの純度だけではなく、ワイヤの加工歪などにも影響されるので、より正確に通電による発熱温度上昇を反映する。
【0065】
上述した基準で温度上昇が30℃以上になると、ワイヤに接している部材にも少なからず影響を及ぼす。例えば、ワイヤを覆っている封止樹脂は温度が上がると、樹脂中の、ワイヤの腐食を誘発する元素が揮発して、樹脂から放出される可能性が高くなる。ワイヤの腐食を防ぐために、耐熱性のある封止樹脂や放熱の設計などを要することから、製造コストアップにつながるとともに、パワー半導体のデザイン自由度の妨げとなる傾向である。
【0066】
残留抵抗比は、4.2K(ケルビン)の液体ヘリウム中での電気抵抗と300Kの室温の電気抵抗の比を表した数値により次式で表される。
残留抵抗比=(室温中の電気抵抗)/(液体ヘリウム中の電気抵抗)
【0067】
本実施形態のアルミニウムワイヤの残留抵抗比は10以上であることが好ましく、15以上であることがより好ましい。残留抵抗比が10未満であると、通電時の発熱による温度上昇が上述した基準で30℃以上となりやすく、ワイヤ周辺部材に悪影響を及ぼすおそれがある。
【0068】
本実施形態のアルミニウムワイヤの線径は、通常、40μm以上700μm以下であり、70μm以上600μm以下であることが好ましく、100μm以上500μm以下であることがより好ましい。アルミニウムワイヤの断面形状は通常円形状であり、そのほか、楕円形状や長円形状、四角形状などであってもよい。
【0069】
(アルミニウムワイヤの製造方法)
次に、実施形態のアルミニウムワイヤの製造方法の一例を説明する。なお、アルミニウムワイヤの製造方法は、以下に示す製造方法に限定されるものではない。製造するアルミニウムワイヤの重量や熱処理炉の処理能力を鑑みて適宜条件を調整することが望ましい。
【0070】
99質量%以上の高純度のアルミニウムに、鉄及びケイ素を共に溶解してアルミニウム溶湯を作製する。原料とする高純度アルミニウムの純度は、99.9質量%以上であってもよく、99.99質量%以上であってもよい。溶解には、アーク加熱炉、高周波加熱炉、抵抗加熱炉、連続鋳造炉等の加熱炉が用いられる。大気溶解でも問題ないが、大気中からの酸素や水素の混入を防止する目的で、加熱炉のアルミニウム溶湯は真空あるいはアルゴン、窒素等の不活性ガス雰囲気に保持して溶解してもよい。溶解させた材料は、加熱炉から所定の線径(直径)となるように連続鋳造で凝固させてもよい。あるいは、溶融したアルミニウムを鋳型に鋳込んでインゴットを作り、そのインゴットを押出機にセットし所定の線径に押出成形加工してもよい。
【0071】
上述の工程で得られた線材を、線径5.0mmの中間線材に伸線加工する。中間線材の線径は通常、最終線径の7~130倍である。次いで、伸線加工後のワイヤ(中間線材)に400℃~560℃にて60分~420分加熱する中間熱処理を施し、その後急冷する溶体化処理を行う。急冷速度は、例えば、20℃/秒以上300℃/秒以下であり、好ましくは、20℃/秒以上100℃/秒以下である。急冷速度は、急冷開始から終了までの速度であってもよいが、より好ましくは、温度400℃から300℃までの範囲での冷却速度が上記範囲であると、上述した効果を得やすい。溶体化処理の目的は主に、アルミニウム以外の元素をアルミニウムマトリックス中に固溶させることにある。溶体化処理後は最終線径まで伸線加工する。伸線加工では、複数の超硬ダイスもしくはダイヤモンドダイスに順にワイヤを通過させて、段階的にワイヤの線径を縮小する。
【0072】
最終線径まで伸線したワイヤに、最終熱処理を施す。最終熱処理は、主にワイヤ内部に残留する金属組織の歪みを除去する働きやワイヤの機械的特性等を調整する働きがある。ただし、析出粒子の面積率に影響を与える可能性があるため、これらを鑑みて最終熱処理の温度や処理時間を調節する。
【0073】
中間熱処理や最終熱処理は、所定の温度に加熱した加熱雰囲気内にワイヤを通過させて熱処理を行う走間熱処理や、密閉式の炉内にワイヤを加熱して行うバッチ式熱処理がある。本実施形態での最終熱処理は200℃以上340℃以下で60分程度バッチ式熱処理にて行うことが好ましい。
【0074】
(半導体装置)
次に、実施形態のアルミニウムワイヤを用いた半導体装置100の構成を、図6を参照して説明する。
【0075】
図6に示されるように、半導体装置100は、半導体素子1、金属膜2、ワイヤ3、回路パターン41、金属パターン42、絶縁部材43、放熱部材5、接合材6、ケース7、端子8、封止材9を備えている。
【0076】
本実施形態において、半導体素子1は例えば、電力供給用の半導体に用いられるパワー半導体である。半導体素子1としては、例えば、金属酸化物半導体電界効果トランジスタ(MOSFET;Metal Oxide Semiconductor Field Effect Transistor)、IGBT等が挙げられる。
【0077】
半導体素子1は、電極11、基板部13及び裏面電極12をこの順に積層して成る。電極11は、例えば、アルミニウム(Al)-ケイ素(Si)電極であり、基板部13は、例えばケイ素(Si)基板、炭化ケイ素(SiC)基板、窒化ガリウム(GaN)基板等である。
【0078】
金属膜2は、電極11の基板部13とは反対側の表面に電極11の表面を覆うように備えられている。金属膜2は、ニッケル(Ni)膜、銅(Cu)膜、チタン(Ti)膜、タングステン(W)膜などであり、電気めっき、無電解めっき、蒸着、スパッタリング等で形成された膜である。ニッケル(Ni)膜としては、ニッケル(Ni)無電解めっき膜があり、具体的には、無電解ニッケル(Ni)-リン(P)めっき膜、無電解ニッケル(Ni)-ボロン(B)めっき膜等が挙げられる。金属膜2のその他の好ましい態様は後述する。
【0079】
ワイヤ3は上述した実施形態のアルミニウムワイヤからなり、その構成及び特性も上述したとおりである。ワイヤ3は金属膜2表面に接合されている。
【0080】
次に、図8を参照して、図6に示す実施形態の半導体装置100における金属膜2とワイヤ3の接合構造について説明する。図8は、図6のIV領域(金属膜2とワイヤ3の接合界面の近傍)を模式的に表す拡大図である。なお、図8において、封止材9(図6参照)は記載を省略する。
【0081】
図8に示されるワイヤ3と金属膜2との接合界面近傍を接合部31と称する。接合部31は、例えば、ワイヤ3と金属膜2との接合界面からワイヤ3の内部に結晶粒1つ分進んだ位置までの範囲のことである。
【0082】
ここで、アルミニウムワイヤの耐熱性が十分でない場合には、ワイヤへの通電開始と通電停止の繰り返しにより、接合部31の金属膜とワイヤの接合面近傍で熱応力が発生し、これによって、アルミニウムワイヤに金属疲労をもたらすことがある。その結果、ワイヤ3に亀裂が発生することがある。図9は、ワイヤに亀裂CRが発生した接合部31を模式的に示す図である。また、図10は、ワイヤに亀裂の発生していない接合部31近傍の写真であり、図11は、亀裂CRがワイヤ内に進展した状態を表す写真である。
【0083】
上述した実施形態のアルミニウムワイヤによれば、ワイヤが長期間耐熱性を維持できるので、ワイヤへの通電開始と通電停止の繰り返しによっても、ワイヤの亀裂の発生がなく、接合部31の接合を長期間安定に維持することができる。さらに、ワイヤの良好な追従性により、ウェッジ接合の不具合が生じないことも相まって、接合(第一接合及び第二接合)の長期信頼性を得ることができる。
【0084】
また、ワイヤが長期間耐熱性を発揮できるので、接合対象(電極又は金属膜)の素材にかかわらず、接合の長期安定性が得られる。さらに、本実施形態の金属膜2にすることで、長期安定性の効果をより向上させることができるので好ましい。
【0085】
ワイヤの接合対象の硬さがワイヤよりも小さい場合、ワイヤに発生した亀裂が接合対象に伝播して接合対象に亀裂が進展することがある。これに対し、本実施形態の金属膜2の如く、接合対象がワイヤよりも硬い場合には、万一ワイヤに微少な亀裂が発生したとしても亀裂が接合対象内へ進展しないので、これにより、ワイヤ及び接合対象における亀裂の拡大が抑制され、接合の更なる長期信頼性を実現すると考えられる。
【0086】
このような金属膜2としては、無電解ニッケル(Ni)-リン(P)めっき膜、無電解ニッケル(Ni)-ボロン(B)めっき膜、電気めっきによって成膜されたニッケル(Ni)膜又は銅(Cu)膜、蒸着又はスパッタリングで成膜されたニッケル(Ni)膜、銅(Cu)膜、チタン(Ti)膜又はタングステン(W)膜が好ましい。これらの金属膜2は、結晶構造を有している。また、金属膜2のニッケル(Ni)の純度が高い。このため、熱処理時における金属膜2の割れを抑制することができる。
【0087】
金属膜2は、硫黄(S)を含んでいない無電解ニッケル(Ni)-リン(P)めっき膜がコストの点から好ましく、そのリン含有量は、金属膜2の全量に対して、8質量%以下が好ましく、5質量%以下がより好ましい。リン含有量が、8質量%以下であると、金属膜2は結晶構造を有するため、金属膜2の硬さが増し、これにより金属膜2の割れを抑制することができる。また、硫黄(S)を含まないため、粒界での硫黄(S)の偏析による粒界の脆化が抑制されるので、このことからも金属膜2の割れを抑制することができる。以上より、金属膜2の耐熱性が向上する。
【0088】
次に、半導体装置100のその他の構成について説明する。半導体装置100内では、半導体素子1、ワイヤ3、端子8、回路パターン41及び金属パターン42により半導体回路が形成されている。半導体装置100内でワイヤ3は屈曲されており、この屈曲部を用いて、半導体素子1、端子8、回路パターン41等にそれぞれ接合される。
【0089】
半導体装置100において、放熱部材5表面上に、接合材6、金属パターン42、絶縁部材43、回路パターン41、接合材6、半導体素子1が順に積層されている。接合材6は、放熱部材5と金属パターン42、回路パターン41と半導体素子1の裏面電極12をそれぞれ接合する、はんだ、銀(Ag)等からなる。絶縁部材43は絶縁基板などである。
【0090】
ケース7は、内部に空間を有する環形状筐体からなり、放熱部材5の外周を囲むように設けられる。ケース7の内部空間に、上述の、半導体素子1、金属膜2、ワイヤ3、回路パターン41、金属パターン42、絶縁部材43、接合材6及び封止材9が収容される。
【0091】
端子8は、外部機器との接続端子として機能する。端子8は、ケース7の上面に設けられ、その一方の端部がケース7の内部空間内に、他方の端部がケース7の外領域に、それぞれケース7から突出するように配置される。封止材9は、ケース7の内部空間に、半導体素子1、金属膜2、ワイヤ3、回路パターン41、金属パターン42、絶縁部材43、接合材6を内包して充填されている。封止材9は、ゲル状の封止樹脂やモールド樹脂の硬化物などである。
【0092】
図7に、半導体装置の他の実施形態として、リードフレームを有する半導体装置101を示す。図7において、図6に示す半導体装置100と同様の機能を奏する構成には同一の符号を付して詳細な説明を省略する。図7に示される半導体装置101は、半導体素子1、金属膜2、ワイヤ3、絶縁部材43、接合材6、封止材9に加えて、リードフレームLFを有している。図7に示す半導体装置101は、リードフレームLFを有するため、ケース7を有していないが、ケース7を備えていてもよい。リードフレームLFは、絶縁部材43表面上に接合され、図6に示す半導体装置100の回路パターン41と同様の機能を有する。なお、図7では、リードフレームLFと絶縁部材43とが接合されているが、リードフレームLFと絶縁部材43の間には金属板(図示せず)が配置されていてもよい。
【0093】
封止材9は、半導体素子1、金属膜2、ワイヤ3、絶縁部材43、接合材6、リードフレームLFを内包するように設けられる。ただし、リードフレームLFの端部は、封止材9の外に突出し、リードフレームLFは、半導体素子1やワイヤ3電気回路を構成し、上記突出した端部が半導体装置101の外部の機器に接続するための端子8として機能する。
【0094】
次に、図6及び図7に示す半導体装置100、半導体装置101の製造方法について説明する。まず、半導体装置100、101を構成する各部材を準備し、上述の構成の通りに積層し、互いに接合する。その後、金属膜2の表面に、超音波接合等によってワイヤ3の端部を接合する。その後、ワイヤ3の他方の端部を外部電極にウェッジ接合する。ワイヤ3としては、上述した実施形態のアルミニウムワイヤを用いる。その後、封止樹脂を半導体装置100に注入し、硬化させて、封止材9を形成させる。半導体装置101の場合は、上記半導体素子1等を搭載したリードフレームを金型内に配置し、封止樹脂を注入し、硬化させて、封止材9を形成させる。
【実施例
【0095】
次に、実施例について説明する。本発明は以下の実施例に限定されない。
【0096】
純度が99.9質量%以上の高純度のアルミニウム地金を準備した。鉄とケイ素をそれぞれ表1に記載の量で添加した。また、任意元素としてガリウムとバナジウムを、表1に示す量で添加した。これら実施例のアルミニウム合金組成を表1に示す。これら各サンプルの合金を、それぞれ、大気下で溶解した後、連続鋳造して線材を得た。得られた線材を、中間線径5mmまで伸線加工し、この中間線径5mmのワイヤに対して、中間熱処理を400℃から560℃で60分間行った。60分間経過後ただちに水中にて25℃/秒以上の冷却速度で急冷した。その後、ワイヤを最終線径の400μmまで伸線加工し、最後にバッチ式炉にて最終熱処理を200℃から340℃の間で60分間実施した。最終熱処理を終えたアルミニウムワイヤは巻き替え機にてスプールに約300mごとに巻き替えた。
【0097】
次に、実施例の各サンプルの配向指数及び析出粒子の面積率を求めた。
(ワイヤ配向指数測定)
約300mに巻き替えた各サンプルのワイヤの先端部、後端部、及び先端と後端の中間付近(中間部)の3箇所をサンプリングし、各々ワイヤ軸に垂直方向の横断面がおおよそワイヤ軸に対して垂直に露出するように樹脂に埋め込んだ。このワイヤを埋め込んだ樹脂を上記横断面が表面に露出するように、サンドペーパーで粗研磨し、その後、最終的にはバフ研磨にて鏡面仕上げをした後、エックス線回折装置(リガク社製SmartLab)にて各部位につき測定を行った。エックス線回折の強度を得るには、ある程度のワイヤ断面積が必要になるため、線径400μmの1本サンプルだけでは強度不足のおそれがある。そのため1回の測定につき約40本のワイヤを束ね密着させて埋め込み研磨しエックス線回折に供した。
【0098】
分析条件はX線発生部の対陰極はCuで出力45kV、200mA、検出部は半導体検出器、入射光学系は平行ビーム法(スリットコリメーション)、ソーラースリットの入射側は5°で受光側も5°、スリットの入射側IS=1mm、長手制限2mm、受光側のRS1=1mm、RS2=2mm、走査条件は走査軸が2θ/ω、走査モードが連続走査、走査範囲が30~100°、ステップ幅が0.02°、走査速度が3°/分で行った。
【0099】
各サンプルの(111)、(200)、(220)、(311)、(222)、(400)の回折強度(ピーク分離)を測定し、ウィルソンの式から各々の配向指数を求めた。
実施例において特に特徴的な傾向を示した(111)と(200)の配向指数を合金組成と併せて表1に示す。なお、表1の配向指数には、各サンプル5巻ずつ、ワイヤの先端、後端、中間部の3箇所の平均値(5巻×3箇所、すなわち、合計15箇所の平均値)を記した。なお、上述したとおり、1箇所につき、その周辺部分を40本切断し40本束ねて測定している。
【0100】
(析出粒子の面積率測定)
最終線径400μmの溶体化処理後のワイヤの先端部、後端部及び中間部の析出粒子の粒径についてワイヤ軸に垂直方向の横断面をFE-SEM(電界放出型走査電子顕微鏡、日本電子製JSM-7800F)にて観察倍率400倍で撮影した。ただし、400倍では輪切り断面の4分割程度しか撮影範囲に含まれないため、ワイヤ断面を4分割ずつ撮影し、それらを張り合わせて輪切断面全体に対する析出粒子の占有面積を求めた。SEM撮影条件は加速電圧を5kV、作動距離(W.D.)を10mmに設定し、反射電子像(BED-C)を選択して実施した。画像解析では撮影したSEM画像の輝度値を0から1の範囲に正規化した上で、閾値を0.95として二値化し、閾値より輝度値が高い領域を析出粒子とした。
【0101】
また、画像解析においては、粒子として認識される画像上の領域のうち8近傍で隣り合う画素を一つの粒子として算出した。8近傍とは、粒子として認識される所定の領域を中心とし、上下左右及びこれを45°回転した8つの方向を意味し、この8つの方向のいずれかで、接触する領域を1粒子と定義する。
【0102】
次いで、ワイヤ軸方向に垂直な断面全体の断面積に対する比率を百分率で表した。析出粒子の面積率は、ワイヤの先端部、後端部及び中間部のいずれにおいてもほぼ一致していた。各実施例における析出粒子の面積率を表1に示す。実施例12の析出粒子を図1に、後述の比較例6の析出粒子を図2に示す。ただし、図1図2は、より析出粒子が判明しやすいように、1000倍で撮影した画像を画像解析にて二値化した写真である。白く映っている部分が析出粒子である。
【0103】
【表1】
【0104】
(ツール外れ評価1)
次に、アルミニウムワイヤの線径が400μmの各サンプルについて超音波ボンディング装置(K&S製ワイヤボンダ ASTERION)を用い、アルミニウム板に第一接合と第二接合との距離が5mmとなるように接合した。第二接合部はワイヤ軸方向に対して水平方向に横に45°を目標に曲げて接合した(図4を参照。図4左下写真は30°程度しか曲げることができなかった。)。接合条件は、各サンプルに対して超音波エネルギーと加圧力がそれぞれ最適な条件となるように設定した。なお、ボンドツールはKulicke&Soffa社製、型番:127591-16を使用し、そのワイヤをつかむワニ口の寸法は、間口(内径)が0.5mm、深さ(高さ)が0.2mm、長さ(奥行)が1.0mmである。
【0105】
各サンプルについて、ツール外れの不具合が発生したかどうかの判定は、第二接合部分のワイヤの状態を観察して行った。各サンプルにおいて30回(第一接合と第二接合の組合せを1回とする。)を行い、ワイヤが不着、もしくは、図4左下のように片当たりしたツールとの接触痕が1箇所でもある場合は不合格で「C」とした。図4右下のように正常に接合されていたら合格で「A」とし、ツール外れの評価として表1に示した。
【0106】
図4の右側上下2つの写真は実施例1のものである。右上図は、超音波で第一接合したあとのもので、右下図は第一接合したワイヤの長手方向に対して水平方向に横に45°曲げて、第二接合したあとのものである。両写真から明らかなように接触痕など無く正常に
接合されていることがわかる。
【0107】
(パワーサイクル試験評価)
アルミニウムワイヤの線径が400μmの各サンプルについて超音波ボンディング装置(超音波工業製ワイヤボンダREBO9)で、表面のアルミニウム合金電極上にニッケルがメタライズされ(金属膜が表面に形成され)たパワーチップに接合した。接合条件は、各サンプルに対して接合後のワイヤ幅が500μmとなるように、超音波エネルギーと加圧力をそれぞれ設定した。パワーチップの最大温度が150℃、最低温度が50℃、すなわちΔT=100℃となる電流、通電時間、冷却時間を設定し、パワーサイクル試験を実施した。このときの通電時間は約7秒、通電停止時間は約13秒、1サイクルあたり約20秒で実施した。
【0108】
通電時のパワーチップの表裏の電極間の電位差が、初期値に対して5%増大したサイクル数をパワーサイクル試験での寿命と定義し、寿命が20万サイクル以上のサンプルを目標以上の寿命ということで「S」、10万サイクル以上20万サイクル未満を目標レベルということで「A」、5万サイクル以上10万サイクル未満のサンプルを及第点ということで「B」、5万サイクル未満のサンプルを不合格ということで「C」と記した。各実施例におけるアルミニウムワイヤのパワーサイクル試験の評価を表1に示す。
【0109】
(残留抵抗比の測定1)(発熱)
残留抵抗比(RRR)は、4.2K(ケルビン)の液体ヘリウム中での電気抵抗と300Kの室温中での電気抵抗の比で表す。製造したアルミニウムワイヤについて、15cmの長さで切り出し、電気抵抗測定を行った。電気抵抗測定はいずれも四端子法にて行い、それぞれの電気抵抗を測定した後、それらの比を計算し求めた。なお、残留抵抗比は通電時の温度上昇と比例関係にあるため、残留抵抗値10以上15未満ならば、上述した純度99.99質量%のアルミニウムワイヤの最高到達温度から、30℃未満の上昇に抑えることができるので「A」、15以上あれば10℃以下の温度上昇に抑えることができるのでさらに良いという意味で「S」を表1のワイヤ評価の欄に記載した。また、30℃以上の温度上昇は不合格ということで「C」評価とした。
【0110】
(総合評価1)
上記3つの評価が「S」が2つで「A」1つであれば、優秀であるという意味で総合評価「優」、「S」が1つで「A」が2つの場合は良好という意味で総合評価「良」、それ以外の評価の組合せで、かつ「C」の評価がなければ、及第点という意味で総合評価「可」、1つでも「C」の評価があるサンプルは不合格という意味で総合評価「不可」と判定し、それぞれ表1に記した。
【0111】
次に、アルミニウムワイヤの組成を表2~13に記載した通りに調整し、中間線径、中間熱処理条件、最終熱処理条件などの製造条件を上記実施形態の範囲で調整したほかは、実施例1と同様にして、最終線径が、400μmの実施例33以降のアルミニウムワイヤを得た。これらのアルミニウムワイヤについても、実施例1と同様に、配向指数、析出粒子の面積率を測定し、ワイヤ特性の評価を行った。なお、実施例33以降については、ツール外れ評価、発熱(残留抵抗比)の評価、総合評価の基準を、以下の「ツール外れ評価2」、「残留抵抗比の測定2」、「総合評価2」のように、上記実施例1~32よりも詳細に設定した。なお、各表において「-」の表記は測定下限未満であることを表す。
【0112】
(ツール外れ評価2)
ツール外れ試験は上述した「ツール外れ評価1」と同様に行い、評価は次のようにした。ツール外れの不具合が発生したかどうかの判定は、第二接合部分のワイヤの状態を観察して行った。各サンプルにおいて100回(第一接合と第二接合の組合せを1回とする。)を行い、ワイヤが不着、もしくは、図4左下のように片当たりしたツールとの接触痕が4箇所以上の場合は不合格で「C」、2~3か所であれば若干の改良が望まれるものの実用上問題が無いため「B」、1カ所であれば非常に優れているため、合格で「A」、接触痕が全くないものを「S」とし、ツール外れの評価とした。
【0113】
(残留抵抗比の測定2)(発熱)
残留抵抗比(RRR)の試験は上述した「残留抵抗比の測定1」と同様に行い、評価基準を次のように変更した。残留抵抗比は通電時の温度上昇と比例関係にある。残留抵抗値が15以上の場合は、上述した純度99.99質量%のアルミニウムワイヤが到達するであろう最高到達温度から10℃以下の温度上昇に抑えることができるで、非常に優れているという意味で「S」、10℃を超え20℃以下の上昇に抑えることができる場合は「A」、20℃を超え30℃未満の上昇に抑えることができるので「B」、30℃以上の温度上昇は不合格ということで「C」評価とした。
【0114】
(総合評価2)
上記3つの評価が「S」が1つ以上あって、その他は「S」又は「A」の場合、優秀であるという意味で総合評価「優」、「A」と「S」が合計で2つ以上の場合は良好という意味で総合評価「良」、「B」が2つ以上でかつ「C」の評価がなければ、及第点という意味で総合評価「可」、1つでも「C」の評価があるサンプルは不合格という意味で総合評価「不可」と判定し、それぞれ表に記した。
各評価の具体的な組み合わせ(順序は問わない)は下記のとおりである。
「優」:SSS、SSA、SAA
「良」:SAB、SSB、AAB、AAA
「可」:SBB、ABB、BBB
「不可」:Cが一つでもある場合。
以上の結果を、組成と併せて表2~表13に示す。
【0115】
【表2】
【0116】
【表3】
【0117】
【表4】
【0118】
【表5】
【0119】
【表6】
【0120】
【表7】
【0121】
【表8】
【0122】
【表9】
【0123】
【表10】
【0124】
【表11】
【0125】
【表12】
【0126】
【表13】
なお、表1に示した実施例のアルミニウムワイヤに含有される、元素の詳細を表14に示す。
【0127】
【表14】
【0128】
次に、比較例について説明する。実施例と同様にして、純度99.9質量%以上のアルミニウム地金を準備し、Fe、Si、Ga、Vを表15に示す組成になるように添加した。比較例1から比較例4までは実施例17と同じ組成のワイヤであるが、中間線径や最終線径での熱処理温度や時間、各線径から次の線径までの加工率、中間熱処理後の冷却速度、各ダイスの減面率などの製造条件を変えて作製したワイヤである。また、比較例5と比較例6は組成自体が実施例とは異なる。これら比較例のアルミニウムワイヤの配向指数、析出粒子の面積率、及び残留抵抗比(発熱)の測定方法も実施例1と同様に実施し、測定結果を表15にまとめた。
【0129】
析出粒子の面積率については、実施例と同様にして400倍で撮影した画像から、輝度値の閾値を0.95に定め、析出粒子(輝度値高い:白色)と析出粒子以外(輝度値低い:黒色)に二値化して、析出粒子の面積率を求めた。図2は比較例6のアルミニウムワイヤの析出粒子であり、面積率は表15に示すとおり3.2%であった。面積率は400倍で撮影した写真から求めているが、図2は析出粒子を判別しやすいように1000倍で撮影した二値化処理後の写真である。
【0130】
【表15】
【0131】
また、比較例1のアルミニウムワイヤについて、ウェッジツールからのワイヤ外れを検証した。別途、比較例1のアルミニウムワイヤと同様のワイヤを作製し、第一接合したワイヤの長手方向に対して水平方向に横に30°曲げて、第二接合したところ、上述した図4の左下の写真のように、ウェッジツールからのワイヤ外れが生じ、片当たりをした状態で接合されている。接合条件は、各サンプルに対して超音波エネルギーと加圧力がそれぞれ最適な条件となるように設定した。図4の左上は、超音波で第一接合したもので、上述の通り、左上写真の左側のワイヤは斜めにカットされ、右側のワイヤは基板に接合できず不着となった。
【0132】
また、実施例と同様にして、比較例1~6について、パワーサイクル試験の寿命測定、ツール外れ試験、発熱評価試験及び総合評価の結果を表15に示す。
【0133】
次に、表15に示した比較例のアルミニウムワイヤに含有される、その他の元素の詳細を表16にまとめて示す。
【0134】
【表16】
【0135】
さらに、純度99.9質量%以上のアルミニウム地金を準備し、アルミニウム以外の元素(Fe、Si、Ga、V)を表17、表18に示す組成になるように添加し、熱処理条件などの製造条件を変更したほかは、上記実施例33と同様にして、比較例7以降のアルミニウムワイヤを得た。これら比較例7以降のアルミニウムワイヤについて、実施例と同様にして各特性を評価した。結果を表17、18に示す。なお、表17、18に示す比較例では、ツール外れと残留抵抗比、総合評価については、それぞれ「ツール外れ評価2」、「残留抵抗比の測定2」、「総合評価2」の基準を使用した。
【0136】
【表17】
【0137】
【表18】
【0138】
表15、表17、表18に示した比較例のいずれのアルミニウムワイヤも、すべての評価で合格するものはなく、総合評価では不可となった。また、各データのばらつきの範囲は狭く、測定箇所によるばらつきは小さかった。すなわちこれは、どのワイヤ軸方向に垂直な断面の測定データでも、ワイヤ全体を示す値と考えてよいことを示唆している。
【0139】
以上のことから、実施形態のパワー半導体用アルミニウムワイヤは配向指数及び析出粒子の面積率を制御することにより、横曲げに対する追従性がありウェッジツールからのワイヤ外れが起きないという課題と、パワーサイクル試験における長寿命化の課題を同時に解決することができた。
本発明のパワー半導体用アルミニウムワイヤにより、パワーエレクトロニクス産業、自動車産業、電気鉄道、電力産業等の発展に大きく貢献できる。


図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11