(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-17
(45)【発行日】2024-10-25
(54)【発明の名称】溶接方法、および缶体の製造方法
(51)【国際特許分類】
B23K 33/00 20060101AFI20241018BHJP
B23K 9/02 20060101ALI20241018BHJP
B23K 9/00 20060101ALI20241018BHJP
【FI】
B23K33/00 Z
B23K9/02 S
B23K9/00 501K
(21)【出願番号】P 2023002517
(22)【出願日】2023-01-11
【審査請求日】2024-03-22
(73)【特許権者】
【識別番号】314012076
【氏名又は名称】パナソニックIPマネジメント株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001081
【氏名又は名称】弁理士法人クシブチ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 皓治
(72)【発明者】
【氏名】橋崎 凌
(72)【発明者】
【氏名】嶋 和也
(72)【発明者】
【氏名】吉川 和岐
(72)【発明者】
【氏名】林 将広
【審査官】山下 浩平
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-302995(JP,A)
【文献】特開2009-183963(JP,A)
【文献】特開2010-203697(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 31/00 - 31/02、
31/10 - 33/00、
37/00 - 37/08
B23K 9/00 - 9/32、
10/00 - 10/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1板材と第2板材とを接合する溶接方法であって、
前記第1板材は、第1面部と、前記第1面部の端部である第1端部と、を有し、
前記第1端部は、前記第1面部に直交する第1方向の側に向けて、前記第1面部に対して鋭角に立ち上げられた第1曲げ部を有し、
前記第2板材は、前記第1面部に沿った第2面部と、前記第2面部の端部である第2端部と、を有し、
前記第2端部は、前記第1方向の側に向けて、前記第1曲げ部に沿って鈍角に立ち上げられた第2曲げ部を有し、
前記第2面部は、前記第1面部に対し、前記第1方向に向けて前記第1面部の板厚以上ずらして配置され、
前記第1曲げ部と前記第2曲げ部とを突き合せた状態で、前記第1曲げ部を加熱することによって溶接する、
溶接方法。
【請求項2】
前記第1面部および前記第2面部は、円筒形状であり、
前記第1方向は、前記第1面部および前記第2面部の径方向外側方向であり、
前記第1板材と前記第2板材とを、前記第1面部の軸の方向に沿って互いに押圧しながら溶接する、
請求項1に記載の溶接方法。
【請求項3】
前記第2面部の内径は、前記第1面部の内径よりも大きく形成される、
請求項2に記載の溶接方法。
【請求項4】
前記第2曲げ部は、前記第2端部が前記第1曲げ部に接した状態で、前記第1板材と前記第2板材とが前記軸の方向に沿って互いに押圧されることによって形成される、
請求項3に記載の溶接方法。
【請求項5】
前記第1曲げ部は、前記第2曲げ部よりも長く形成される、
請求項1に記載の溶接方法。
【請求項6】
前記第1曲げ部と前記第1面部との間には、第1角部が形成され、
前記第2曲げ部と前記第2面部との間には、第2角部が形成され、
前記第2角部の曲率半径は、前記第1角部の曲率半径よりも小さい、
請求項1に記載の溶接方法。
【請求項7】
鏡板と、円筒形状の胴体と、を溶接して缶体を製造する缶体の製造方法であって、
前記第1板材を前記鏡板とし、前記第2板材を前記胴体とし、
請求項1から6のいずれかに記載の溶接方法を用いて前記鏡板と前記胴体を溶接する、
缶体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、溶接方法、および缶体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1は、タンクの内面および外面に腐食の原因となるような段部または間隙が形成されることを防ぐ、溶接による液体用タンクの製造方法を開示する。この液体用タンクの製造方法は、周縁部に径方向外側に拡がるテーパ部を有する蓋体と、筒状の胴体とをアーク溶接によって接合することで、液体用タンクを製造する。この液体用タンクの製造方法において、アーク溶接時には、胴体はテーパ部の内側に挿し込まれる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本開示は、溶け落ちを抑制できる溶接方法、および缶体の製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本開示における溶接方法は、第1板材と第2板材とを接合する溶接方法であって、前記第1板材は、第1面部と、前記第1面部の端部である第1端部と、を有し、前記第1端部は、前記第1面部に直交する第1方向の側に向けて、前記第1面部に対して鋭角に立ち上げられた第1曲げ部を有し、前記第2板材は、前記第1面部に沿った第2面部と、前記第2面部の端部である第2端部と、を有し、前記第2端部は、前記第1方向の側に向けて、前記第1曲げ部に沿って鈍角に立ち上げられた第2曲げ部を有し、前記第2面部は、前記第1面部に対し、前記第1方向に向けて前記第1面部の板厚以上ずらして配置され、前記第1曲げ部と前記第2曲げ部とを突き合せた状態で、前記第1曲げ部を加熱することによって溶接する。
【発明の効果】
【0006】
本開示における溶接方法、および缶体の製造方法は、加熱された第1曲げ部および第2曲げ部が垂れることを抑制できる。そのため、溶け落ちを抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図4】実施の形態1に係る溶接装置にセットされた状態の鏡板および胴体の断面図
【
図6】実施の形態1に係る加圧後の鏡板および胴体の断面図
【
図8】比較例における溶接前の第1端部および第2端部の断面図
【発明を実施するための形態】
【0008】
(本開示の基礎となった知見等)
発明者らが本開示に至った当時、板材どうしの溶接方法の技術は、溶接の品質の確保と生産性の向上の両立が求められる状況であった。そのため、当該業界では、溶接の品質向上を課題として、特許文献1に記載のように、板材の端部を変形させることにより、溶接性を向上させるという技術が提案されていた。そうした状況下において、発明者らは、特許文献1に記載のような400mm/min程度の一般的な溶接速度よりも高速で溶接を行うことにより、溶接の生産性を向上させるという着想を得た。そして、発明者らは、従来の溶接方法を用いて溶接速度を上昇させると、溶接時に溶融した部分の溶け落ちが発生し、溶接性能が低下するという課題があることを発見した。特に、給湯装置に用いられる貯湯タンクにおいては、鏡板に比べ胴板は大きく重たくて剛性が弱いため、溶接の際に収縮で内径側へ溶け落ちするという課題がより顕著になる。これに対し、発明者らは、この課題を解決するために、本開示の主題を構成するに至った。
そこで、本開示は、溶け落ちを抑制できる溶接方法を提供する。
【0009】
以下、図面を参照しながら実施の形態を詳細に説明する。但し、必要以上に詳細な説明は省略する場合がある。例えば、既によく知られた事項の詳細説明、または、実質的に同一の構成に対する重複説明を省略する場合がある。
なお、添付図面および以下の説明は、当業者が本開示を十分に理解するために提供されるのであって、これらにより特許請求の範囲に記載の主題を限定することを意図していない。
【0010】
(実施の形態1)
以下、
図1~
図9を用いて、実施の形態1を説明する。
[1-1.缶体の構成]
図1は、本開示の溶接方法を用いて製造された缶体1の斜視図である。
図2は、缶体1を径方向に切断した断面図である。図中の軸AXは、第1面部11および第2面部21が成す円筒形状の中心を通る軸である。
缶体1は、略円柱形状の容器であり、給湯装置用の貯湯タンクとして使用される。缶体1は、2つの略半球状の鏡板(第1板材)10と、円筒形状の胴体(第2板材)20と、を有する。缶体1は、それぞれ個別の板材として形成された鏡板10と胴体20とが、アーク溶接によって接合されることで製造される。
【0011】
鏡板10は、円筒形状の第1面部11と、ドーム形状のドーム部19と、を有する金属製の板材である。第1面部11の厚みは、板厚T1である。本実施の形態において、鏡板10を構成する金属はステンレス鋼である。鏡板10は、製造時の加工によって加工硬化しており、胴体20よりも剛性が大きい。
【0012】
胴体20は、円筒形状の第2面部21を有する金属製の板材である。第2面部21は、第1面部11に沿った向きに配置され、それぞれの軸AXは一致する。第2面部21の厚みは、板厚T2である。また、第2面部21の内径D2は、第1面部11の内径D1よりも大きい。本実施の形態において、具体的には、内径D2は、内径D1よりも第1面部11の板厚T1の2倍以上だけ大きい。本実施の形態において、胴体20を構成する金属はステンレス鋼である。
【0013】
缶体1において、第1面部11の端部である第1端部13と、第2面部21の端部である第2端部23と、の間には、ビード30が形成される。ビード30は、溶接する以前の第1端部13および第2端部23の一部が、溶接によって溶融した後に固化した部分である。
【0014】
図3は、
図2の断面図におけるビード30の拡大図である。
図3に示すように、実施の形態1の缶体1において、第1面部11と第2面部21とは、それぞれの内径側の面を基準として径方向(第1面部11と第2面部21のなす円筒形状の径方向)に目違いdだけずれた位置に配置される。目違いdは、第1面部11の板厚T1よりも大きく、内径D2と内径D1との差分の半分に一致する。目違いdが第1面部11の板厚T1よりも大きいため、第2面部21は、第1面部11の外径側の面よりも径方向外側方向DO(第1方向)の側に配置される。なお、径方向外側方向DOは、第1面部11と第2面部21のなす円筒形状の径方向のうち、内側から外側に向かう方向である。
【0015】
また、鏡板10と胴体20とをつなぐビード30の断面形状は、第1端部13から第2端部23に向けて径方向外側方向DO側に傾斜しており、径方向に対する膨出が少ない平坦な形状である。このようにビード30が平坦な形状である場合、ビード30における応力集中が低減される。
【0016】
特に、実施の形態1のような給湯装置の貯湯タンクとして用いられる缶体1の内圧や温度は、給湯の状況などに応じて刻々と変化する。このため、缶体1は、内圧の変化による引っ張り応力の変化や、温度の変化による熱応力などの作用を繰り返し受ける。従って、缶体1の耐久性を向上するためには、ビード30を平坦に形成し、ビード30に対する応力集中を抑制することが重要である。
【0017】
本実施の形態では、第1面部11と第2面部21とに、目違いdの分だけの配置のずれを敢えて設けることにより、溶接時の溶け落ちを抑制し、
図3に示す平坦なビード30を実現している。以下では、缶体1の製造方法について説明する。
【0018】
[1-2.缶体の製造方法]
次に、鏡板10と胴体20とを溶接し、上述した缶体1を製造する方法について説明する。
[1-2-1.溶接工程の前工程]
図4は、溶接装置Wにセットされた状態の鏡板10および胴体20の断面図であり、鏡板10および胴体20を軸AXに沿って鉛直方向に切断した断面を示す。
図5は、
図4の拡大図であり、第1端部13および第2端部23を示す。
【0019】
図4に示すように、溶接装置Wは、クランプW1と、2つのトーチW2と、を有する。クランプW1は、2つの鏡板10を軸AXの方向に並べて保持し、2つの鏡板10の間に胴体20を挟んで保持する。このとき、軸AXは、水平方向とされる。クランプW1は、第1面部11および第2面部21の軸AXの方向に移動可能である。また、クランプW1は、第1面部11および第2面部21の軸AXを中心として、第1面部11および第2面部21の周方向に回転可能である。トーチW2は、アーク放電によって熱を生じさせ、生じさせた熱によって溶接を行う装置である。トーチW2は、第1端部13および第2端部23の付近に設けられ、鉛直上方から下方に向けてアーク放電を行う。また、
図4に示すように、溶接装置Wは、胴体20の中央を固定するリング状の治具W3を有する構成としてもよい。治具W3は、胴体20の略全周を径方向外側方向DO側から締め付けて固定する器具であり、軸AXを中心として第1面部11および第2面部21の周方向に回転可能である。治具W3は、鏡板10よりも剛性が小さい胴体20がたわんで変形することを抑制する。また、治具W3により、胴体20を鏡板10に対して位置決めし易くなる。
【0020】
図5に示すように、溶接前の鏡板10の第1端部13には、径方向外側方向(第1面部に直交する方向)DOに向けて立ち上げられた第1曲げ部15を有する。第1曲げ部15は、第1面部11に対しての成す角が角度A1となる方向に立ち上げられる。角度A1は、鋭角である。第1曲げ部15は、第1端部13の全周に渡って形成されており、第1面部11に対しての成す角が角度A1となる方向における長さが、長さL1である。本実施の形態において、長さL1は、板厚T1の2倍以上である。
【0021】
第1端部13において、第1面部11と第1曲げ部15との間には、第1角部17が形成される。第1角部17は、第1曲げ部15を形成する加工によって形成された折り目であり、丸みを帯びた角である。
【0022】
上述したように、2つの鏡板10に挟み込まれる胴体20の第2面部21の内径D2は、鏡板10の第1面部11の内径D1よりも、第1面部11の板厚T1の2倍以上だけ大きい。また、上述のように、第2面部21は、第1面部11よりも目違いdの分だけ径方向外側方向DO側に位置しており、第2面部21の第2端部23は、第1面部11の外径側の面よりも径方向外側方向DO側に配置される。
【0023】
このため、
図5に示すように、胴体20の第2端部23は、第1端部13に径方向外側から接した状態で保持される。また、胴体20は、クランプW1が鏡板10を軸AXの方向に挟み込む力により、第2端部23が第1角部17および第1曲げ部15の外側の傾斜に接触して、鏡板10に対して位置決めされる。このため、胴体20と鏡板10との位置決めを容易に行うことができる。
【0024】
溶接装置Wに対する鏡板10および胴体20のセットが完了した後に、溶接装置Wは、2つの鏡板10が軸AXの方向において互いに押し合う方向にクランプW1を移動させて加圧する。これにより、鏡板10と胴体20とは、軸AXの方向に沿って互いに強く押圧される。
【0025】
図6は、加圧後における、溶接装置Wにセットされた状態の鏡板10および胴体20の断面図であり、鏡板10および胴体20を軸AXに沿って鉛直方向に切断した断面を示す。
図7は、
図6の拡大図であり、第1端部13および第2端部23を示す。
図6には、クランプW1の加圧方向を示してある。
【0026】
図6および
図7に示すように、クランプW1が移動し、鏡板10と胴体20とが、軸AXの方向に沿って互いに強く押圧されることにより、第2端部23には、第2曲げ部25と、第2角部27と、が形成される。
【0027】
第2曲げ部25は、第2端部23が第1曲げ部15に対して強く押し付けられることによって形成されており、第2面部21から径方向外側方向DOに向けて立ち上げられる。第2曲げ部25は、第2面部21に対しての成す角が角度A2となる方向に立ち上げられている。角度A2は、鈍角である。また、角度A1と角度A2との和は、ほぼ180度であり、第2曲げ部25は、第1曲げ部15に面的に接触しつつ第1曲げ部15に沿う。
【0028】
第2曲げ部25は、第2端部23の全周に渡って形成されており、第2面部21に対しての成す角が角度A2となる方向における長さが、長さL2である。第2曲げ部25の長さL2は、第1曲げ部15の長さL1よりも、板厚T2以上短い。換言すれば、第1曲げ部15の長さL1は、第2曲げ部25の長さL2よりも、板厚T2以上長い。このため、第1曲げ部15と第2曲げ部25との接触面積が大きく設定される。また、第1曲げ部15のうち、先端15aは、第2曲げ部25に覆い隠されずに径方向外側方向DOに向けて露出している。
【0029】
第2角部27は、第2端部23において、第2面部21と第2曲げ部25との間に形成された角である。第2角部27は、丸みを帯びた角であり、第2角部27の曲率半径は、第1角部17の曲率半径よりも小さい。このため、第1面部11よりも径方向外側方向DO側に位置する第2面部21から立ち上がる第2端部23において、第2曲げ部25のうち、径方向内側の端部25bは、径方向内側に位置し易くなる。これにより、第2曲げ部25が第1曲げ部15に対して接触する面積が大きくなり易くなる。
【0030】
第2曲げ部25が形成されることにより、溶接工程の前工程は完了し、溶接工程に移行する。
【0031】
[1-2-2.溶接工程]
溶接工程において、溶接装置Wは、クランプW1が軸AXを中心として鏡板10および胴体20を回転させつつ、トーチW2によってアーク溶接を行う。このとき、クランプW1は、鏡板10と胴体20とが互いに押圧し合う方向に向けて、鏡板10に対して軸AXに沿った方向の力を作用させる。これにより、第1曲げ部15と第2曲げ部25とが面的に接触し易くなる。また、第1曲げ部15および第2曲げ部25は、軸AXに対して傾斜しているため、第1曲げ部15および第2曲げ部25が押し合うことにより、鏡板10と胴体20との位置がずれにくくなる。
【0032】
溶接装置Wは、第1端部13の全周に渡って形成される第1曲げ部15のうち、鉛直上方に位置する部分の先端15aの位置を検出する図示しないタッチセンサを有する。溶接装置Wは、タッチセンサによって検出した位置の情報を用いて、トーチW2を軸AXの方向および径方向に動かしながら、
図7のターゲット範囲Rの内側を狙ってトーチW2にアーク放電させる。ターゲット範囲Rは、第1曲げ部15の先端15aから、第2曲げ部25の先端25aまでの範囲である。換言すれば、ターゲット範囲Rは、第1曲げ部15のうち、第2曲げ部25の先端25aよりも径方向外側方向DO側の部分である。
【0033】
トーチW2が第1曲げ部15の全周分のターゲット範囲Rに対してアーク放電を行うことで、
図3のように、第1端部13と第2端部23とはビード30を介して全周に渡って接合される。これにより、溶接工程が完了し、缶体1の製造が完了する。
【0034】
溶接工程においては、上述のように、トーチW2が第1曲げ部15の全周分のターゲット範囲Rに対してアーク放電を行う。このため、溶接に要する時間を短縮するためには、溶接速度を上げることが重要である。しかし、一般的には、特許文献1に記載のように、溶接速度をおよそ400mm/minに設定することが知られている。一般に、溶接速度を上昇させると、単位時間当たりの入熱量も大きくする必要があり、溶接中に溶融して液体として存在する金属の量が増加して、重力の作用や溶融した部分の収縮によって溶け落ちが発生し易くなる。すなわち、従来の溶接方法において、溶接速度を400mm/minよりも大きく設定しない理由の一つは、溶け落ちが生じ易くなり、溶接の品質が不安定になり易くなるためであると考えられる。また、従来の溶接方法において、溶接速度を400mm/minよりも大きく設定したうえで、溶け落ちが生じない程度に単位時間当たりの入熱量を低下させた場合には、平坦なビードを形成することが難しいと考えられる。実際に、発明者らは、実施の形態1とは異なる比較例の溶接方法を用いて、600~1200mm/minの範囲で、溶け落ちが生じない程度に入熱量を低下させて溶接を行い、膨出や凹みの大きいビードが形成されることを確認している。比較例の詳細については後述する。
【0035】
これに対し、本実施形態においては、鏡板10の第1面部11と、胴体20の第2面部21と、の間の目違いdの分の径方向の位置ずれにより、溶接速度を600~1200mm/minの範囲で設定したとしても、溶け落ちの発生を抑制できる。以下に、本実施形態の溶接方法を用いることにより、溶接工程における溶け落ちが抑制できることを、
図7を用いて説明する。
【0036】
溶接工程において、トーチW2は、主に第1曲げ部15のターゲット範囲Rに対して入熱する。これにより、第1曲げ部15は加熱されて温度が上昇する。また、第1曲げ部15に面的に接触する第2曲げ部25は、主に第1曲げ部15からの熱伝導によって加熱され、温度が上昇する。第1曲げ部15および第2曲げ部25は、温度の上昇に伴って固相から液相に相転移し、重力の影響を受けて下方(径方向内側方向)に垂れようとする。
【0037】
第1曲げ部15は、液相に相転移した後、重力の作用や凝固に伴う収縮により、
図7に矢印M1で示す下方に垂れようとする。上述のように、第1曲げ部15は、第1面部11に対しての成す角が鋭角の角度A1となる方向に立ち上げられている。このため、液相に相転移した第1曲げ部15は、第1面部11によって受け止められ易く、第1曲げ部15が第1面部11よりも内径側に溶け落ちにくい。
【0038】
また、第2曲げ部25は、液相に相転移した後、
図7に矢印M2で示すように、第1曲げ部15に沿って下方に垂れようとする。上述したように、第1曲げ部15の長さL1は第2曲げ部25の長さL2よりも板厚T2以上長く、第2角部27の曲率半径は第1角部17の曲率半径よりも小さくなっており、第1曲げ部15と第2曲げ部25との接触面積が大きくなり易い。このため、第2曲げ部25が第1曲げ部15に沿って下方に垂れるとき、第2曲げ部25は摩擦力によって垂れにくくなる。また、上述のように、第2曲げ部25は、第1面部11よりも目違いdの分だけ径方向外側方向DO側に配置される第2面部21から立ち上げて形成される。このため、液相に相転移した第2曲げ部25が第2面部21よりも下方に垂れた場合であっても、第2曲げ部25は第1曲げ部15又は第1角部17に接触し易い。これにより、第2曲げ部25が第1面部11よりも内径側に溶け落ちにくくなる。
【0039】
このように、本実施形態においては、溶接速度を通常よりも高速の600~1200mm/minの範囲で設定し、通常の溶接条件よりも単位時間当たりの入熱が大きくなった場合においても、溶け落ちを抑制することができる。そのため、給湯装置用の貯湯タンクである缶体1のような溶け落ちが発生し易い場合においても、
図3に示すような平坦なビード30を形成できる。
【0040】
なお、上記においては、溶接速度の設定範囲を600~1200mm/minの範囲としたが、この範囲には、600mm/min,700mm/min,800mm/min,900mm/min,1000mm/min,1100mm/min,1200mm/minが含まれる。
【0041】
[1-3.効果等]
以上のように、本実施の形態において、溶接方法は、鏡板10と胴体20とを接合する溶接方法であって、鏡板10は、第1面部11と、第1面部11の端部である第1端部13と、を有し、第1端部13は、第1面部11に直交する周方向外側方向DOの側に向けて、第1面部11に対して鋭角に立ち上げられた第1曲げ部15を有し、胴体20は、第1面部11に沿った第2面部21と、第2面部21の端部である第2端部23と、を有し、第2端部23は、径方向外側方向DOの側に向けて、第1曲げ部15に沿って鈍角に立ち上げられた第2曲げ部25を有し、第2面部21は、第1面部11に対し、径方向外側方向DOに向けて第1面部11の板厚T1以上ずらして配置され、第1曲げ部15と第2曲げ部25とを突き合せた状態で、第1曲げ部15を加熱することによって溶接する。
これにより、第1曲げ部15が溶融して垂れるときは第1面部11によって受けられ易く、第2曲げ部25が溶融して垂れるときは、第1端部13に接触し易くなる。このため、溶接速度を大きくして入熱量が大きくなった場合等であっても、溶け落ちの発生を抑制できる。
【0042】
また、本実施の形態の溶接方法において、第1面部11および第2面部21は、円筒形状であり、第1面部11と第2面部21とを、第1面部11の軸AXの方向に沿って互いに押圧しながら溶接する。
これにより、鏡板10と胴体20とは、第1曲げ部15と第2曲げ部25とが押し合うことによって位置決めされる。このため、鏡板10と胴体20との位置決めが容易になる。また、鏡板10と胴体20との間の溶接中の位置ずれが発生しにくくなる。
【0043】
また、本実施の形態の溶接方法において、第2面部21の内径D2は、第1面部11の内径D1よりも大きく形成される。
これにより、鏡板10と胴体20とが位置決めされることにより、第2面部21は、第1面部11に対し、径方向外側方向DOに向けてずらして配置される。このため、溶け落ちの発生を抑制できる。
【0044】
また、本実施の形態の溶接方法において、第2曲げ部25は、第2端部23が第1曲げ部15に接した状態で、鏡板10と胴体20とが第2面部21の軸AXの方向に沿って互いに押圧されることによって形成される。
これにより、第2曲げ部25を形成した際には、第2曲げ部25と第1曲げ部15とが突き合せられた状態となる。このため、第2曲げ部25の形成後に、すぐに溶接をすることができ、溶接作業の効率を向上できる。
【0045】
また、本実施の形態の溶接方法において、第1曲げ部15は、第2曲げ部25よりも長く形成される。
これにより、第1曲げ部15と第2曲げ部25との接触面積が大きくなる。これにより、加熱される第1曲げ部15から第2曲げ部25に対しての熱伝導の効率が向上するため、溶接効率が向上する。また、第2曲げ部25が垂れようとするときの第1曲げ部15との間の摩擦が大きくなるので、溶け落ちの発生を抑制できる。
【0046】
また、本実施の形態の溶接方法において、第1曲げ部15と第1面部11との間には、第1角部17が形成され、第2曲げ部25と第2面部21との間には、第2角部27が形成され、第2角部27の曲率半径は、第1角部17の曲率半径よりも小さい。
これにより、第1曲げ部15と第2曲げ部25との間の接触面積が大きくなる。これにより、加熱される第1曲げ部15から第2曲げ部25に対しての熱伝導の効率が向上するため、溶接効率が向上する。また、第2曲げ部25が垂れようとするときの第1曲げ部15との間の摩擦が大きくなるので、溶け落ちの発生を抑制できる。
【0047】
本実施の形態において、缶体1の製造方法は、鏡板10と、円筒形状の胴体20と、を溶接して缶体1を製造する缶体の製造方法であって、上記に記載の溶接方法を用いて鏡板10と胴体20を溶接する。
これにより、溶け落ちを抑制しながら、缶体の製造をすることが可能となる。このため、溶接速度を向上させて缶体の製造の生産性を向上できる。
【0048】
(比較例)
上述したように、発明者らは、実施の形態1とは異なる比較例の溶接方法についても、溶接速度を600~1200mm/minの範囲で設定して溶接を行った。ただし、比較例において、発明者らは、実施の形態1におけるトーチW2による入熱量から、比較例の溶接方法においても溶け落ちが生じなくなる程度まで入熱量を低下させたうえで、溶接を行っている。以下に、比較例の詳細について説明する。
【0049】
図8は、比較例における溶接前の第1端部13と第2端部123の断面図である。
比較例においては、上述した実施の形態1の鏡板10と、実施の形態1の胴体20とは形状が異なる胴体120と、を用いて溶接を行った。具体的には、胴体120のうち、円筒形状の第2面部121の内径は、実施の形態1の第2面部21の内径D2ではなく、第1面部11の内径D1に等しい。このため、
図8に示すように、比較例においては、第1面部11と第2面部121とは略面一に配置される。
【0050】
また、第2面部121の端部である第2端部123には、実施の形態1の第2端部23に形成された第2曲げ部25、第2角部27とほぼ同じ形状の第2曲げ部125、第2角部127が形成される。ただし、比較例においては、実施の形態1のターゲット範囲Rと同じだけの範囲に渡って第1曲げ部15が周方向外側方向DOに向けて露出するよう、第2曲げ部125の長さL3は、実施の形態1における第2曲げ部25の長さL2よりも長く設定される。
【0051】
図9は、比較例における溶接後のビード130の断面図である。比較例のビード130は、
図9に示すように、径方向に対する膨出や凹みが大きい形状であり、
図3に示す実施の形態1のビード30と比較して平坦ではない。特に、ビード130と胴体120との間に形成された凹部131には、応力集中によって係る負荷が大きくなり易い。これは、比較例の溶接方法は実施の形態1の溶接方法よりも溶け落ちが生じ易いため、比較例の溶接方法において溶け落ちを防ぐために、単位時間当たりの入熱量を実施の形態1よりも小さく設定したことに起因する。比較例においては、単位時間当たりの入熱量を十分に大きくすることができないため、
図9のように第2曲げ部125の溶け残り等によってビード130の膨出や凹みが大きくなってしまう。一方、比較例において、単位時間当たりの入熱量を実施の形態1の場合と同等に設定する場合、特に第2曲げ部125において溶け落ちによる不良が発生し易くなる。このように、第1面部11と第2面部21との配置に、目違いdの分だけのずれが設けられていない溶接方法を用いて、溶接速度を600~1200mm/minの範囲で設定して溶接をする場合、安定した品質での溶接が難しい。
【0052】
(他の実施の形態)
以上のように、本出願において開示する技術の例示として、実施の形態1を説明した。しかしながら、本開示における技術は、これに限定されず、変更、置き換え、付加、省略などを行った実施の形態にも適用できる。また、上記実施の形態1で説明した各構成要素を組み合わせて、新たな実施の形態とすることも可能である。
そこで、以下、他の実施の形態を例示する。
【0053】
実施の形態1では、第2曲げ部25および第2角部27は、第2端部23が第1曲げ部15に押し当てられることによって形成されると説明したが、これは一例である。第2曲げ部25および第2角部27は、第1曲げ部15に押し当てられて形成される必要はなく、溶接装置Wに対して胴体20がセットされる以前の工程で形成してもよい。
【0054】
実施の形態1では、鏡板10および胴体20はステンレス鋼であると説明したが、これは一例である。鏡板10および胴体20は、それぞれステンレス鋼以外の金属であってもよい。また、鏡板10および胴体20は互いに異なる種類の金属であってもよい。
【0055】
実施の形態1では、鏡板10には第1面部11との成す角が鋭角の角度A1である第1曲げ部15が形成され、胴体20には第2面部21との成す角が鈍角の角度A2である第2曲げ部25が形成されると説明したが、これは一例である。すなわち、鏡板10には、第1面部11との成す角が鈍角の角度A2である第1曲げ部15が形成され、胴体20には、第2面部21との成す角が鋭角の角度A1である第2曲げ部25が形成される構成としてもよい。この場合、第1面部11の内径は内径D2であり、第2面部21の内径は内径D1であるように設定され、第1面部11は第2面部21よりも目違いdの分だけ径方向外側方向DO側に位置する。ただし、実施の形態1のように、剛性の大きい鏡板10に第1面部11との成す角鋭角の角度A1となる第1曲げ部15が形成されている場合、溶接の前工程において第2端部23と第1曲げ部15とが押圧しあう際に、第2曲げ部25を形成しやすい。
【0056】
実施の形態1では、溶接装置Wは、タッチセンサによって第1曲げ部15の先端15aの位置を検出すると説明したが、これは一例である。例えば、溶接装置Wは、タッチセンサの代わりに、視覚センサ又はレーザ変位センサ等の光学式センサ等の非接触式センサによって先端15aの位置を検出してもよい。
【0057】
また、実施の形態1に記載の溶接方法では、共に円筒形状の第1面部11と第2面部21とを接合すると説明したが、これは一例である。本開示の溶接方法において接合される第1面部と第2面部とは、それぞれ平板状であってもよい。この場合であっても、実施の形態1と同様に溶け落ちを抑制することができる。
【0058】
また、実施の形態1に記載の溶接方法において、溶加棒又は溶加ワイヤなどの溶加材をアーク雰囲気中に差し入れつつ溶接を行ってもよい。特に、溶加材を第2曲げ部25の付近に配置することにより、仮に第2曲げ部25が溶け落ちた場合であっても、溶け落ちによって生じた孔を溶加材によって塞ぎやすくなる。
【0059】
なお、上述の実施の形態は、本開示における技術を例示するためのものであるから、特許請求の範囲またはその均等の範囲において種々の変更、置き換え、付加、省略などを行うことができる。
【0060】
[上記実施形態によりサポートされる構成]
上記実施形態は、以下の構成をサポートする。
【0061】
(付記)
(技術1)第1板材と第2板材とを接合する溶接方法であって、前記第1板材は、第1面部と、前記第1面部の端部である第1端部と、を有し、前記第1端部は、前記第1面部に直交する第1方向の側に向けて、前記第1面部に対して鋭角に立ち上げられた第1曲げ部を有し、前記第2板材は、前記第1面部に沿った第2面部と、前記第2面部の端部である第2端部と、を有し、前記第2端部は、前記第1方向の側に向けて、前記第1曲げ部に沿って鈍角に立ち上げられた第2曲げ部を有し、前記第2面部は、前記第1面部に対し、前記第1方向に向けて前記第1面部の板厚以上ずらして配置され、前記第1曲げ部と前記第2曲げ部とを突き合せた状態で、前記第1曲げ部を加熱することによって溶接する、溶接方法。
これにより、第1曲げ部が溶融して垂れるときは第1面部によって受けられ易く、第2曲げ部が溶融して垂れるときは、第2曲げ部は第1端部に接触し易くなる。このため、溶接速度を大きくして入熱量が大きくなった場合等であっても、溶け落ちの発生を抑制できる。
【0062】
(技術2)前記第1面部および前記第2面部は、円筒形状であり、前記第1方向は、前記第1面部および前記第2面部の径方向外側方向であり、前記第1板材と前記第2板材とを、前記第1面部の軸の方向に沿って互いに押圧しながら溶接する技術1に記載の溶接方法。
これにより、第1板材と第2板材とは、第1曲げ部と第2曲げ部とが押し合うことによって位置決めされる。このため、第1板材と第2板材との位置決めが容易になる。また、第1板材と第2板材との間の溶接中の位置ずれが発生しにくくなる。
【0063】
(技術3)前記第2面部の内径は、前記第1面部の内径よりも大きく形成される、技術2に記載の溶接方法。
これにより、第1板材と第2板材とが位置決めされることにより、第2面部は、第1面部に対し、第1方向に向けてずらして配置される。このため、溶け落ちの発生を抑制できる。
【0064】
(技術4)前記第2曲げ部は、前記第2端部が前記第1曲げ部に接した状態で、前記第1板材と前記第2板材とが前記軸の方向に沿って互いに押圧されることによって形成される、技術3に記載の溶接方法。
これにより、第2曲げ部を形成した際には、第2曲げ部と第1曲げ部とが突き合せられた状態となる。このため、第2曲げ部の形成後に、すぐに溶接をすることができ、溶接作業の効率を向上できる。
【0065】
(技術5)前記第1曲げ部は、前記第2曲げ部よりも長く形成される、技術1から4のいずれかに記載の溶接方法。
これにより、第1曲げ部と第2曲げ部との接触面積が大きくなる。このため、加熱される第1曲げ部から第2曲げ部に対しての熱伝導の効率が向上し、溶接効率が向上する。また、第2曲げ部が垂れようとするときの第1曲げ部との間の摩擦が大きくなるので、溶け落ちの発生を抑制できる。
【0066】
(技術6)前記第1曲げ部と前記第1面部との間には、第1角部が形成され、前記第2曲げ部と前記第2面部との間には、第2角部が形成され、前記第2角部の曲率半径は、前記第1角部の曲率半径よりも小さい、技術1から5のいずれかに記載の溶接方法。
これにより、第1曲げ部と第2曲げ部との間の接触面積が大きくなる。このため、加熱される第1曲げ部から第2曲げ部に対しての熱伝導の効率が向上するため、溶接効率が向上する。また、第2曲げ部が垂れようとするときの第1曲げ部との間の摩擦が大きくなるので、溶け落ちの発生を抑制できる。
【0067】
(技術7)鏡板と、円筒形状の胴体と、を溶接して缶体を製造する缶体の製造方法であって、前記第1板材を前記鏡板とし、前記第2板材を前記胴体とし、技術1から6のいずれかに記載の溶接方法を用いて前記鏡板と前記胴体を溶接する、缶体の製造方法。
これにより、溶け落ちを抑制しながら、缶体の製造をすることが可能となる。このため、溶接速度を向上させて缶体の製造の生産性を向上できる。
【産業上の利用可能性】
【0068】
本開示は、板材同士の溶接方法に適用可能である。特に、貯湯タンク等の胴体と鏡板とを有する容器の製造のための溶接方法に対して、本開示は好適に適用可能である。
【符号の説明】
【0069】
1 缶体
10 鏡板
11 第1面部
13 第1端部
15 第1曲げ部
15a 先端
17 第1角部
19 ドーム部
20 胴体
21 第2面部
23 第2端部
25 第2曲げ部
25a 先端
25b 端部
27 第2角部
30 ビード
120 胴体
121 第2面部
123 第2端部
125 第2曲げ部
127 第2角部
130 ビード
131 凹部
A1 角度
A2 角度
AX 軸
D1 内径
D2 内径
DO 径方向外側方向
L1 長さ
L2 長さ
L3 長さ
M1 矢印
M2 矢印
R ターゲット範囲
T1 板厚
T2 板厚
W 溶接装置
W1 クランプ
W2 トーチ
W3 治具
d 目違い