(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-17
(45)【発行日】2024-10-25
(54)【発明の名称】被ばくと防護負荷を低減する追加シールドボックス
(51)【国際特許分類】
G21F 3/00 20060101AFI20241018BHJP
A61B 6/10 20060101ALI20241018BHJP
G21F 1/06 20060101ALI20241018BHJP
G21F 1/10 20060101ALI20241018BHJP
G21F 1/08 20060101ALI20241018BHJP
G21F 3/035 20060101ALI20241018BHJP
【FI】
G21F3/00 Z
A61B6/10 503
G21F1/06
G21F1/10
G21F3/00 G
G21F1/08
G21F3/035
(21)【出願番号】P 2023174737
(22)【出願日】2023-10-06
(62)【分割の表示】P 2022205553の分割
【原出願日】2022-12-22
【審査請求日】2024-02-18
(31)【優先権主張番号】P 2022001336
(32)【優先日】2022-01-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2022161788
(32)【優先日】2022-10-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2022018334
(32)【優先日】2022-02-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2022123002
(32)【優先日】2022-08-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2022075633
(32)【優先日】2022-05-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】721004927
【氏名又は名称】和田 隆太郎
(72)【発明者】
【氏名】和田 隆太郎
【審査官】後藤 慎平
(56)【参考文献】
【文献】特許第5356241(JP,B2)
【文献】実開昭64-006913(JP,U)
【文献】特開2015-100361(JP,A)
【文献】特開2023-100587(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G21F 1/00-7/06
A61B 6/00-6/58
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
医療用のX線透過装置のテーブル上部に設置して被ばく防護する追加シールドにおいて、主構造体である方体状のボックスは、
体軸方向に2以上に分割できる構造を有し、
各部位に照射されるX線の遮へい能力がある1以上の遮へい材料を前記ボックスの構成材料またはその表層に配置した部材とし、
患者の照射野を立体的に取り囲んで前記部材を設置し、
遮へい能力があり近接で内部を視認する装置と患者人体や医療行為に必要な装置や物品について内部を操作する装置とを前記ボックスに取り付けることを特徴とする追加シールドボックス
【請求項2】
前記請求項1において主構造体である方体状の追加シールドである追加シールドボックスは、患者の照射野を立体的に取り囲んで前記部材を設置し、かつ、X線の入射口を除いて患者の照射野からどの方位においてもX線の透過を低減できない開口がないことを特徴とする追加シールドボックス
【請求項3】
前記請求項1において近接で内部を視認する装置は、前記ボックスの天井面または壁面からの、1つ以上の透視可能な透明性を有する遮へい付きガラス板または遮へい付き樹脂板による覗き窓であることを特徴とする追加シールドボックス
【請求項4】
前記請求項1において近接で内部を操作する装置は、前記ボックス壁面のスリーブポートに取り付けられる1以上の可撓性のスリーブ構造体であることを特徴とする追加シールドボックス
【請求項5】
前記請求項1において方体状のボックスは、
各部位に照射される放射線エネルギーの数値に応じて、前記遮へい材料の種類とその厚さの組み合わせにおいて2以上を選定し、
前記ボックスの構造材料またはその内側表面に配置した部材とすることにより、
患者人体からの散乱X線を有効に線減衰することを特徴とする追加シールドボックス
【請求項6】
前記請求項1の追加シールドボックスのうち、アンダーチューブ型のX線透視装置において、
患者の照射野とその周辺から発生する88キロ電子ボルト以上の放射線エネルギーの小角散乱X線を含み、入射角に対して散乱角が35度以内に向けて照射される高いエネルギー範囲の前方散乱X線に対して、
前記遮へい材料のうち原子番号が83以上で92以下の元素の単体または化合物より成る線減衰材料を、前方散乱X線が照射される範囲の部材である前記ボックスの天井部の天板に配置することにより、K殻の特性X線を発生することなく、
前方散乱X線を線減衰することを特徴とする追加シールドボックス
【請求項7】
前記請求項2の追加シールドボックスにおいて方体状のボックスは、
主構造体である方体状のボックス端面の患者ポートを介して患者人体が体軸方向に貫通させることで患者の照射野近傍を除く部位を外部空間に置き、
患者ポート上部から遮へい能力のある可撓性の遮へいシートを懸けることで開口を塞ぐことにより、
設置室内の空間線量率を低減し、患者の照射野近傍を除く部位を医療被ばくから防護することを特徴とする追加シールドボックス
【請求項8】
前記請求項2の追加シールドボックスのうち、アンダーチューブ型のX線透過装置において、
X線受像機の受像機アームは前記ボックスの受像機ポートに組み込み、
前記分割ボックスを1つに組み立てることにより、
X線受像機を前記ボックス内に収納することを特徴とする追加シールドボックス
【請求項9】
前記請求項6の追加シールドボックスにおいて、
原子番号が82以上の元素または線減衰材料で構成される第一層である低反射減弱層および拡散吸収体と電子吸収体の対で構成される第二層以下である多層吸収層の3層以上を密着して多層に重ねた複合吸収材料を設置することにより、
散乱X線を線減衰した上で有効に線エネルギー吸収することを特徴とする追加シールドボックス
【請求項10】
前記請求項9の追加シールドボックスにおいて前記複合吸収材料に付加する前記多層吸収層は、
前記ボックスの母材のチタン合金、かつまたは、アルミニウム合金による構造材料をX線入射側の表面に密着させて設置し、前記構造材料を前記複合吸収材料の最外層の電子吸収体として利用することにより、散乱X線を線減衰した上でさらに有効に線エネルギー吸収することを特徴とする追加シールドボックス
【請求項11】
前記請求項4の追加シールドボックスにおいて、方体状のボックスは、
医療従事者がスリーブポートを介して前記ボックス内に手腕を挿入することで医療従事者の手腕以外の部位を外部空間に置き、
前記スリーブポートに取り付けた遮へい能力がある可撓性の前記スリーブ構造体で、前記ボックスと医療従事者との間の開口を塞ぐことにより、
設置室内の空間線量率を低減し、医療従事者の手腕を職業被ばくから防護することを特徴とする追加シールドボックス
【請求項12】
前記請求項1または前記請求項2の追加シールドボックスにおいて、
前記ボックス内の手術で利用する電源、電気信号および液体等の信号・物品は、前記ボックスの接続ポートに取付けた遮へい能力のある接続コネクタにより前記ボックスを貫通して連絡し、開口を設けることなく遮へいを維持しながら前記ボックスの内部と外部の間で前記信号・物品を出し入れできることを特徴とする追加シールドボックス
【請求項13】
前記請求項3の追加シールドボックスのうち、アンダーチューブ型のX線透視装置において、
X線受像機は前記ボックスの内部に配置し、
ボックスには立体的にどの方位にも外部空間と通じた開口がなく、
前記ボックスの天板には小角散乱X線の実効エネルギーがK吸収端以下となる線減衰材料を配置することにより、
術者の水晶体に向かう上方への散乱X線を有効に線減衰することを特徴とする追加シールドボックス
【請求項14】
前記請求項6の追加シールドボックスにおいて、
前方散乱X線の放射線エネルギーが88KeV以上となった場合において、
鉛直からの正負の散乱角が35度以下の前方散乱X線を遮へいするために、
前記天板の原子番号が83以上の線減衰材料は前記散乱角に相応させて幅を拡げ、
覗き窓は傾斜角を鉛直に近づけて経路長を長くするまたは前方散乱X線に対する入射角を大きくすることで遮へい能力を増加することにより、
術者の水晶体に向かう上方への散乱X線をさらに有効に線減衰することを特徴とする追加シールドボックス
【請求項15】
前記請求項1または前記請求項2の追加シールドボックスのうち、アンダーチューブ型のX線透視装置において、
X線受像機は前記ボックスの内部に配置し、
X線受像機の対となるようにX線源は患者が横たわるテーブルの下部に配置し、
X線管球からの1次X線は上方の患者人体の照射野に向けて一直線に照射することにより、
被ばく線量と放射線防護に係る負荷を低減してX線透視できることを特徴とする追加シールドボックス
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エックス線(以下、「X線」と記載する)透視装置を利用する医療分野において、主に医療従事者の被ばく線量と放射線防護に係る負荷を低減できる追加シールドボックスを提供する。
【背景技術】
【0002】
医療分野での放射線利用は普及が進んでおり、日本での放射線検査・診断装置と血管連続撮影装置の合計数は2017年時点で既に1万7千台を超えている。
今日では臨床的処置として数多くの手術を行う各診療科の専門医(以下、「術者」という)が、X線透視装置を使用している。放射線を使用した診療は着実に増加しており、患者と医療従事者の被ばくを伴う処置も頻繁に実施されている。最近では、パルス透視や選択的血管造影等の技術がさらに進歩しているが、利用機会の増加に伴いX線照射による被ばく時間が長くなる傾向にあり、患者の医療被ばくや医療従事者の職業被ばくの増加をもたらしている。また、場合によっては放射線防護上の対応が立ち遅れている部分もあり、そのため医療従事者と患者の放射線障害のリスクが高まっている。
【0003】
最近の医療分野では、X線透視像や血管造影像などを見ながら、体内にカテーテルと呼ばれる細い管や針などを入れ、外科的手術なしで出来るだけ体に傷を残さずに病気を治療するインターベンショナル・ラジオロジー(Interventional Radiology、以下、「IVR」と呼ぶ)の手法を用いた治療が年々、増加している。
血管造影法(アンギオグラフィ)に使用するX線透視装置(以下、「アンギオ装置」という)を適用した血管造影法とは、血管内に造影剤を注入し、その流れをX線で撮影することによって、血管そのものの形状などを観察する方法である。X線を通しにくい造影剤を目的の血管に流し込んでから、X線撮影をすることで、造影剤の入った部分の血管の形をはっきりと写しだすことができる。
【0004】
ここではアンギオ装置を代表例として、その構造・使用法および空間線量率を説明する。アンギオ装置の代表的な構造は、患者が横たわる寝台(以下、「テーブル」という)の上下のどちらかにX線管球を設置し、反対方向に対として設置したX線受像機にて患者を透過したX線を受光する。アンギオ装置では本来的にX線の直接線はX線源中のX線管球を出て患者を通過して受像機に至るという、一直線で一方向の照射経路である。上記X線管球から照射され患者を通過したX線の一部は受像機に入射して透視画像データとなって伝送されて液晶TV画面に表示されるが、X線の多くは患者人体で散乱し、装置の周囲に散乱線として放出される。アンギオ装置は、脳・心臓などの内臓・血管などのカテーテル手技を行うことが、大きな目的の1つとなっている。そのため、アンギオ装置では手術の時間中は常に透視または観察を行っている。術者を含む医療従事者はアンギオ装置の機側にいる時間が長いため、患者人体により散乱されたX線をかなり多量に被ばくすることになる。術者が装置の近傍で10時間に及ぶ手技を行うこともある。術者が機側で頻繁に患者に対して手技を行う上記アンギオ装置における手術は長時間にわたる場合もあるため、術者を含む医療従事者の放射線防護は重要な課題である。
上述の通り、医療X線利用においては、患者や被検者の身体組織(以下、「患者人体」という)が、照射されたX線を散乱する主な散乱体となっている。
【0005】
医療従事者と患者の放射線防護のために、非特許文献1(ICRP、2017年)では、鉛エプロン、眼の保護具、甲状腺保護具等の「個人防護具等」や、天井懸架型遮へい(移動式天井懸架スクリーン、その他吊り下げ式鉛フラップ等)や搭載型遮へい等の「防護カーテン等」の使用が提案されている。しかし、これらの放射線防護具等は、特定の方向に向けて平面的に散乱するX線、すなわち意図した方位だけからのX線を防護することを想定している。入射したX線源からのX線(以下、「一次X線」という)がテーブルや患者の身体組織で散乱し、散乱したX線(以下、「散乱X線」という)が全方向から照射され、すなわち意図しない方位からのX線が照射される中では、十分に医療従事者を放射線防護できない。これらの放射線防護具等による被ばく低減の効果は、特定の方向に限られた限定的なものになる。すなわち、これらの放射線防護具等は、幾分かでも医療従事者の被ばくを低減することを目的とするものであり、散乱X線による被ばく低減の根本的な解決策にはならない。
【0006】
一般に医療用のX線透視装置はX線管球の管電圧が50~150キロボルト(kV)で使用される場合が多いが、これに対応するX線エネルギーは50~150キロ電子ボルト(KeV)の領域にある。アルミニウム(Al)は概ね50KeV以上では光電効果が主要な相互作用である領域(以下、「光電領域」という)にはなく、コンプトン散乱が主要な相互作用である領域(以下、「散乱領域」という)にある。すなわち、AlはX線をあまり吸収せずに、散乱している。加えて、Alより原子番号が小さい元素、すなわち人体組織を構成する炭素(C)-水素(H)-酸素(O)等の元素は、同様に散乱領域にあり、X線を殆ど吸収しない。そのため、一次X線が照射されてこれらの軽元素の物質と相互作用した際には、支配的に多くが吸収されずに散乱されて散乱X線となる。なお、これらの背景技術は特許文献1に詳細が説明されている。
【0007】
X線透視装置では患者が横たわる寝台(以下、「テーブル」という)の上下どちらかにX線管球を設置し、反対方向に設置したX線受像機にて患者を透過したX線を受光する。従来、テーブルの素材にはX線の吸収を避けるため、炭素繊維補強プラスチック(以下、「CFRP」という)等が使用されてきた。また、金属では純AlやAl合金(以下、「Al系」という)が使用されてきた。すなわち、従来のテーブルはいずれも一次X線の吸収が少ない軽元素から成る材料により構成されている。そのため、これらは一次X線の吸収は少ないが、散乱により散乱X線を発生する。
【0008】
また、X線源からの一次X線は主にC-H-O等の軽元素で構成される患者の人体組織で散乱され、より多くの散乱X線が発生することが知られている。患者人体で発生する散乱X線は、その体厚がテーブルに比べて厚いため、確率的に何回か再散乱するものが増えることにより、前方、側方、後方のあらゆる方位に散乱する。X線源がテーブルの下方にあるアンダーチューブ型では、患者人体で発生した後方への散乱X線は、患者人体の下方にあるテーブル面に照射される。アンダーチューブ型の場合は、後方である下方(床面の方向)への散乱X線が最も光子数が多く、これが発生する散乱X線の半分程度と言われている。
前項で述べた従来のテーブルの材料はこれらを吸収することなく更に散乱するので、テーブルから再散乱した散乱X線が発生する。患者人体で後方に散乱した散乱X線の場合でも、この再散乱により方向が変わり、側方や前方の散乱X線となるものもある。
【0009】
医療用のX線透視装置では、X線源で発生した一次X線がCFRP製のテーブルを通過して患者・被検者の身体組織に当たって大部分は散乱され、一部は吸収され、残された数%程度が透過する。特許文献1によれば、例えば100KeV程度のアンダーチューブ型の一次X線であれば身体組織とテーブルにより約80%が散乱され、10数%が吸収され、5%程度が透過する。一次X線が約40KeV以上の場合は、身体組織とテーブルでは光電効果による吸収(光電吸収)が支配的ではなく、コンプトン散乱が支配的な相互作用となると述べている。
判り易くするために、特許文献1では以下のように例示している。すなわち、一次X線が「100」とした場合にX線受像機への透過割合と「3」とした。また、同様に身体組織(胸部)による吸収は「14」とし、CFRP製のテーブルによる吸収は「3」とした。すなわち、一次X線が100とした場合に、人体吸収分と透過分は合計で20と考え、残りの80は散乱分と考えた。また、散乱分の80は概括的に述べれば、散乱X線の割合は、50cm高さで「44」、100cm高さで「24」、150cm高さで「12」と考えた。
すなわち、アンダーチューブ型の場合、散乱X線の光子数は患者の上方が約12%、側方が約24%、下方が約44%となる。既往の報告に前方・側方・後方の散乱X線の光子数の情報は数点あるが、そのX線エネルギーの情報は多くない。なお、X線の収支は同じ発明者の特許文献1にて詳細が説明されている。但し、特許文献1では、ここに記載したX線の割合はあくまでも大まかなイメージとして理解するものであり、厳密な数値として議論すべきものではない。
【0010】
アンダーチューブ型では患者人体で上方すなわち前方散乱した散乱X線の光子数は、前項の通り、大まかに約12%と予想した。特許文献1の表3で説明されるコンプトン散乱の定義式からは、1回だけ散乱した前方散乱X線のエネルギーは、例えば一次X線が100KeVの場合は散乱角30度で97KeVとなる。
照射野とその周辺で前方散乱する散乱X線のうち特に散乱角が例えば同30度未満の小角で散乱したもの(以下、「小角散乱」という)は、一次X線のエネルギーが殆どそのまま維持される。その内、患者人体による散乱回数が少ないものは術者の頭部付近に高いエネルギーのまま照射される。ただ、これは前方散乱する散乱X線(前方散乱X線)の光子数の一定の割合のものと予想される。前方散乱X線の中にも複数回の散乱により低いエネルギーとなったものも含まれている。残念ながら現時点では実際のX線透視装置で同30度未満の小角で前方散乱された散乱X線のエネルギー波高分布を実測した報告例は見当たらない。
【0011】
医療用のX線透視装置での前方へのエネルギー波高分布の報告例は見当たらないが、原理上、前方散乱X線の方が側方や後方よりも実効エネルギーが高いことは明らかである。前項の通り、コンプトン散乱の理論式からは1回だけ散乱した散乱角が小さな小角散乱の散乱X線(以下、「小角散乱X線」という)のエネルギーが高いことが示される。
低エネルギー領域にある電磁波の弾性散乱を対象とするトムソン散乱は、患者等との相互作用により、前方散乱(出射方向へ散乱)と後方散乱がある。
術者は鉛眼鏡等の眼の保護具で眼球の被ばくを防護しているが眼球の被ばく線量は高く、白内障等の放射線障害が懸念されている。術者の頭部付近を照射するものは、上述のコンプトン散乱による小角散乱X線に加え、患者人体でトムソン散乱した散乱X線がさらに加わる可能性がある。IVR従事者の職業被ばくは重要であるが、従来、正確な眼の水晶体の被ばく線量(以下、「水晶体線量」という)は、明らかにされていなかった。
【0012】
最近になって、非特許文献2(千田浩一ら、2018)等により、水晶体線量の実態調査と防護メガネ使用時の防護効果の評価が行われている。非特許文献2では、新しい水晶体線量計(DOSIRIS:ドジリス)を用いて、特にIVRに携わる医療従事者の水晶体線量(3mm線量当量)の実態調査を行い。IVRにおける鉛眼鏡の防護効果を評価している。その結果、心臓IVR医師の水晶体線量は全身での実効線量より高く、1年推定で22ミリシーベルト(mSv)に及ぶ場合があったと述べている。そのため、IVR医師は、防護メガネ不使用時は、水晶体等価線量限度を超過する危険性が高いこと、さらに防護メガネ使用時でも水晶体等価線量限度を超過する場合が想定されると述べている。
また、非特許文献2の筆者らによる別途の提言では、鉛防護メガネ下面や側面の遮蔽が不十分であるため、鉛防護具等の遮蔽能力向上は特にIVR医師の水晶体防護のためには必須であり、例えば下面の防護対策を行った鉛防護メガネの開発などが重要であると述べている。しかし、上述の通り、アンダーチューブ型の小角散乱X線はエネルギーが高い。鉛防護メガネは下面の遮へい能力を向上させることを狙うものの、防護のための身体的負荷を軽減のために軽量とせざるを得ない。そのため、術者の水晶体の被ばく線量を十分に低下することには一定の限界がある。
【0013】
さらに、X線透視装置において患者人体により側方(水平方向)に散乱した散乱X線(側方散乱X線)の光子数は、前述の通り、大まかに約24%と予想した。特許文献1で説明されるコンプトン散乱の理論からは、例えば一次X線が単色エネルギーで100KeVの場合は、1回だけ散乱した側方散乱X線は散乱角60度が91KeVであり、同90度が83KeVであり、同120度が77KeVとなる。側方散乱は前述の前方散乱に比べて1回散乱後のエネルギーが低くなることが判る。側方散乱X線の中にも複数回の散乱により低いエネルギーとなったものも含まれているため、前方散乱X線に比べると平均的にエネルギーが低くなることが予想され、その過程で光子数が多くなっている。
照射野およびその付近(以下、「照射野付近」という)の患者人体の体厚が厚ければ複数回の散乱をする確率もさらに増えることもあり、側方散乱X線は、散乱角とそのエネルギーは幅をもったX線となる。実際のX線透視装置で照射され患者・被検者の身体組織やテーブルに当たって側方に散乱された側方散乱X線のエネルギー波高分布を計測した例は幾つかあるが、あまり多くはない。
その中で、非特許文献3(松本一真ら、1999)ではアクリル製のファントムで側方散乱後の散乱X線と同・透過後X線のエネルギー毎のエネルギー波高分布の実測データを示している。フィルタなしの管電圧110kVで計測された散乱角90度の側方散乱線は正規分布に近い釣鐘状の形状であり、ピーク位置の中央値は約65KeVであり、最大値は約87KeVであった。最低値は実測値では測定下限に向けて光子数の数値が尾を引いている形状になっているが、理論式から解析上で表現される推定値は約35KeVとなっている。
【0014】
患者人体の照射野付近から上方と側方から発生する散乱X線は上述の傾向にあるが、散乱X線は患者人体内部で再散乱するため、実際には下方を含めて患者人体の全身から発生する。この散乱X線は何度かの再散乱により上述の前方と側方の散乱X線よりも更にエネルギーは低くなる。
一方、患者人体の身長の方向(以下、「体軸方向」という)には、再散乱を重ねた散乱X線が伝播する。実測結果によれば、人体組織では照射野から40cm以内の体軸方向の範囲で散乱X線が上方・側方・下方に発生することが確認されている。逆説的に言えば、照射野から40cm以遠の位置では散乱X線の発生は確認されないため、この部位には追加シールド等による遮へいは必要ない。
【0015】
非特許文献1では、アンダーチューブ型の場合はテ-ブル下部の位置で計測される光子数が一次X線の2~3倍になると述べている。この現象はX線の照射方向に対して後方に相当するテーブルの下方への散乱X線(後方散乱X線)は光子数としては前方・側方への散乱X線よりも多いことを示している。
前述の通り、X線透視装置において患者人体により後方(下方方向)に散乱した散乱X線(後方散乱X線)の光子数は、大まかに約48%と予想した。特許文献1で説明されるコンプトン散乱の理論式からは、例えば一次X線が単色エネルギーで100KeVの場合は、1回だけ散乱した後方散乱X線は散乱角135度が約75KeVであり、同150度が73KeVであり、同180度が72KeVとなる。後方への散乱は前方や側方への散乱に比べて1回散乱後のエネルギーが低くなることが判る。後方散乱X線の中にも複数回の散乱により低いエネルギーとなったものも含まれており、側方散乱X線と比べても平均的にはエネルギーがさらに低くなることが予想され、光子数が多くなっている。
【0016】
上述で述べてきた通り、散乱X線には前方、側方、後方の3方位がある。これらは散乱X線のエネルギーは発生源とそのエネルギーにより3種類に大別される。エネルギーが最も高いのは照射野とその周辺から上方(アンダーチューブ型の前方)へ発生する小角散乱X線であり、これは前方散乱X線に含まれる。次にエネルギーが高いのは照射野付近から発生する散乱X線であり、これは前方・側方・後方の全方位の散乱X線に含まれる。エネルギーが最も弱いのは照射野から40cm以内の患者人体の全身から発生する人体組織で何回か再散乱した散乱X線(以下、「全身からの散乱X線」という)であり、これは前方・側方・後方の全方位の散乱X線に含まれる。
散乱X線のエネルギーの平均値は、前方散乱X線が最も高く、次いで側方散乱X線であり、最も低いのは後方散乱X線である。
【0017】
非特許文献4(千田浩一、2008)では、IVR術者被ばくの計測・評価を行い、放射線防護について解説している。術者被ばくの主原因の一つは、患者人体からの散乱X線であり、特に患者人体への一次X線の入射面はX線吸収が大きいため、そこからの散乱X線の発生は多いと述べている。
また、「不均等被ばく」とは、体に受ける被ばく線量が均等でないことを言い、防護エプロンを使用する場合などが該当する。非特許文献4では、IVR術者7名での頭頸部(防護エプロンの外側:Hout)と胸腹部(同・内側:Hin)にそれぞれ1個ずつ個人線量計(蛍光ガラスバッジ)を装着して測定した。不均等被ばくの実効線量の評価式は国際的には多数があるが、日本で多く利用される換算式である実効線量=0.11Hout+0.89Hinと、Hinのみとを比較した結果、前者の方が約3.8倍も大きいと述べている。
非特許文献4では、この結果により、個人線量計が1個のHinのみで評価すると実効線量は約4分の1で評価してしまう可能性があると述べている。また、通常の診療放射線取扱者と比較して、IVR術者は意図しない方位からの散乱X線により不均等被ばくを受けている可能性がより高いので、被ばく管理の計測上の配慮が重要になると述べている。
【0018】
さらに非特許文献4(千田浩一、2008)では、防護カーテン等の一種である鉛当量0.8mmの天吊式含鉛アクリル防護具と鉛当量0.35mmの寝台横型鉛エプロンを使用した場合の実効線量を計測・評価し、その放射線防護上の低減効果を解説している。これらは水平方向の散乱X線を遮へいできるIVR術者の放射線防護用の追加遮へいの一種である。これら防護カーテン等の装着による実効線量の低減割合は、術者の動きが反映されない水ファントム測定時の電離箱サーベイメータ測定では低減効果は95%であったが、実際の心臓カテーテル検査時の術者の個人線量計(ルクセルバッジ)測定では42~45%に低減したと述べている。非特許文献4では、この結果により、防護カーテン等は術者の放射線防護に有用ではあるが、水ファントム実験時の空間線量の測定結果に比べて、実際の心臓カテーテル検査時の術者被ばく低減効果は少なかったと述べている。そのため、追加防護具等の更なる改善や、人間工学的な改良が必要であると述べている。これは、本明細書で前述した現状の放射線防護具等での意図しない方位からの散乱X線による被ばくへの配慮が重要であることと同じ内容である。
【0019】
他方、最近では患者人体から上方に散乱する散乱X線を軽減するために遮へい材料としてテーブル上の患者に市販の含鉛(Pb)シート等の掛布を掛ける場合もある。防護カーテン等の一種であるこのPbシートにより、ある程度の患者人体から上方への散乱X線は減弱され、吸収される。しかし、特許文献1が述べる通り、Pbだけでは50KeV前後の中程度のエネルギー領域での散乱X線の吸収能力に優れているとは言い難い。また、遮へいに伴いPbからは約15KeV以下のL殻の特性X線(L-X)が放出される。さらに、Pbシートは透過X線を塞がないように照射野付近には掛けることが出来ず、患者人体の限られた一部の部位だけに掛けられるため、その効果は限定的である。すなわち、掛布は最も発生が多い照射野の人体組織からの散乱X線に対しては有効ではない。そのため、この方法では医療従事者の放射線防護には十分な措置にはならない。
【0020】
特許文献2では、X線透視装置のテーブル上に設置するレントゲン装置人体保護装置が提案されている。この装置は、裏部が凹形状で彎曲した遮へい機能のある保護カバーの一側端をベッドの一側部に回動自在に枢滑し、保護カバーをベッドの一側部に橋絡するとともに、保護カバーの枢着位置をベッドの長手方向に移動自在としたものである。すなわち、特許文献2はテーブル上で体軸方向にスライド移動でき、所謂蝶番により開閉できる遮へい付きの保護カバーであり、人体を放射線から保護するための追加シールドである。保護カバーの形状は特許文献3の半円筒ドーム型を体軸方向に半割にしたものに似ている。保護カバーの材料は、複数枚の含鉛ゴムシートを重ねたものと述べている。
特許文献2の人体保護装置が考案されたのは1977年であり、この頃は、まだIVRやアンギオ装置は普及しておらず、特許文献2の発明は主にX線透過画像撮影用のオーバーチューブ型のX線カメラを対象としたものと予想される。この背景もあり、IVRを対象とする本発明とは機能・構造が根本的に異なっている。まず、特許文献2の保護カバーの両端部は開口であり開放されている。この装置は患者人体やテーブルで何度も散乱したあらゆる方向からの散乱X線を対象として考慮していないと思われる。そのため、両端部から散乱X線が診療室内等の外部空間に漏出してしまう。また、本来的にIVRによる手技が目的ではないので、保護カバー超しに術者が内部に手腕を挿入する機構や機能は考えられていない。さらに、一次X線が患者人体により小角に散乱して高エネルギーのまま頭部や眼を照射する小角散乱X線は考慮されておらず、それを防ぐ機構や機能は存在していない。その上、特許文献2では、照射されるX線の種類またはエネルギーに応じて表面の材質を変えるとの考え方はない。また、表面を特定の材質として散乱X線を減弱して吸収するとの考え方もない。
【0021】
特許文献3は、散乱X線の追加シールドに関する例であるが、X線断層撮影(CT)用の放射線シールド装置が提案されている。これはテーブル上に横たわった患者の身体を囲うように設置する半円筒ドーム型の放射線シールドであり、テーブル上を体軸方向にスライド移動可能な構造である。半円筒ドーム型の両端部は開放された構造であり、X線CT装置のガントリに一方の端部を密着させて使用することを前提にしている。また、半円筒ドーム型のシールドに術者が内部に手腕を挿入する機構や機能は設けていない。ガントリと反対側の端部の開放端から患者から組織をサンプリングする装置を提案している。そのため、この装置は、診療室内等の空間の放射線量率の低減を狙ったものではなく、患者身体から術者へ直線的に照射される散乱X線から、術者だけを防護することを目的としている。
特許文献3の放射線シールド装置は、X線CTを前提としており、一方の端部はガントリの中空部と壁を利用しているため、IVRを対象とする本発明は機能・構造が根本的に異なっている。まず、特許文献3の放射線シールド装置は両端部が開放されており、特許文献2と同様に散乱X線が診療室内等の空間に漏出してしまう。また、X線CTでは近傍で術者が頻繁に手技を行うことを前提としていないので、特許文献2と同様にシールド超しに術者が内部に手を挿入する機構や機能は存在していない。また、前項と同様に小角散乱X線は考慮しておらず、それを防ぐ機構や機能は存在していない。その上、特許文献3では半円筒ドーム型のシールドの材質は確定的に記載されていない。材質は確定していないことなので、特定の材質により散乱X線を減弱して吸収するとの考え方はなく、X線の種類またはエネルギーに応じて表面の材質を変えるとの考え方はない。
【0022】
非特許文献5では、術者の被ばく線量低減を目的として開発された放射線防護キャビンが紹介されている。この防護キャビンは、アンダーチューブ型のアンギオ装置を対象としていると予想される。この防護キャビンは厚さ2mmの鉛ガラスで作られた3つの面をもつ車輪で移動可能な箱型をしており、医療従事者が装置を押して手術台のテーブル脇に設置する。術者はその箱の3つの面のさらに下方の腕出し入れ部から内部へ腕を通し、入れた手で手技を行う。非特許文献5では、使用され始めた初期の頃から、心臓カテーテルアブレーション(冷凍凝固)治療と心臓装置の埋め込みの手技において、防護服と同等かそれ以上の放射線防護効果が報告され、特に術者の全身がカバーされる点で優れていると述べている。
この防護キャビンは患者人体の前方と側方の散乱X線を対象にした追加シールドと推定されるが、前方と側方の散乱X線の放射線強度と光子数の違いは考慮されていない。非特許文献5の防護キャビンは使用している鉛ガラスが3枚(前面と両側面)とのことなので上方と下方に開放された端面があると思われる。上方と下方には、特許文献2や特許文献3と同様に散乱X線が診療室内等の空間に漏出してしまう。また、鉛ガラスを使用しているが患者人体の広い範囲から前方や側方に発生する散乱X線を減弱して吸収するとの考え方はない。さらに、全ての鉛ガラスの厚さ2mmで平面的に使用しているのであれば、上方の開放端面からの高いX線エネルギーの小角散乱X線が漏出すると思われ、術者の頭部や眼への遮へいや被ばく防護は考慮されていない。また、下方の開放端面等から内部に挿入すると思われる術者の手腕の防護は考慮されていない。さらに上方の開放端面からの術者の下腹部への遮へいや被ばく防護は考慮されていないと思われる。その上、遮へいを施している範囲が術者一人の範囲と狭く、この装置により診療室内等内の空間線量率を下げることはできない。同様に、他の医療従事者のサポートを受けることができないので、術者一人で手技する場合にしか使えない。そのため、放射線防護キャビンによる防護効果は限定的である。
【0023】
非特許文献1に示されたようにテ-ブル下部の位置で計測される光子数が一次X線の2~3倍になるとの現象は、既に多くの一次X線が吸収されることなく診療室内の外部空間に散乱されて拡がり、散乱X線として患者・術者および医療従事者の被ばくの原因となっていることを明示している。
診療室内等の空間線量率が広範囲に高いのは、X線管球以外のX線の発生源、すなわち患者人体やテーブル等の散乱X線の発生源(以下、「散乱体」という)に十分な遮へいを施さず、かつ、これらの散乱X線を吸収して消滅させることをせずに放置しているためである。
この現状から、現代の医療分野では、患者や被検者に照射されたX線が散乱して飛び交うため、X線治療室や撮影室の全体をエックス線診療室として遮へいする規定となっている。また、術者等の医療従事者は散乱X線があらゆる方向に飛び交う診療室内で医療行為を行うことを余儀なくされ、鉛や無鉛の代替元素で遮へいする重い防護衣等の個人防護具等を身に着けて手術・検査等を行っているのが現状である。
すなわち、これらの放射線防護具等は既に散乱X線が飛び交うことを前提としているが、医療従事者が意図しないあらゆる方位からX線に曝されているのを、放射線防護具等で意図した方位からX線を遮へいすることにより防護している。
これは「遮へいは線源の可能な限り近くで行う」という遮へい設計の原則や「正当性が評価され、合理的に達成可能な限り低い放射線被ばくを容認する」という放射線防護の原則から外れており、可能な限り早期に見直されるべきである。
【0024】
現状で考案・利用されているのは、上述した個人防護具等や防護カーテン等の放射線防護具等、人体保護装置の保護カバーと放射線シールド装置による追加シールド等である。放射線防護具等・追加シールド等は、殆どは患者人体とテーブルによる意図する方位からのX線を直接に鉛等の遮へい材料で遮へいすることで、術者等の医療従事者の被ばく線量の低減を狙ったものである。これらは、診療室内等の空間全体に拡がり、意図しないあちこちの方位から照射される散乱X線による術者等の医療従事者や患者の被ばく線量の低減は考慮していない。また、診療室内等の空間線量率を低減することは考えていない。すなわち、照射されるX線の種類またはエネルギーに応じて表面の材質を変えることで、散乱X線を減弱して吸収することで空間線量率を低減することを狙っていない。
また、全ての防護カーテン等・追加シールド等では、アンダーチューブ型のX線透視装置での小角散乱X線は考慮しておらず、高エネルギーなままの小角散乱X線から術者の頭部や眼の被ばくを防ぐ機構や機能は存在していない。
さらに、放射線防護キャビン以外の防護カーテン等・追加シールド等では、IVRによるアンギオ装置での心臓カテーテル検査等の手技を考慮しておらず、シールド超しに術者が内部に手腕を挿入する機構や機能は考えられていない。
その上、従来の防護カーテン等・追加シールド等では、診療室内等内の空間線量率をあまり低減しないため、術者等の医療従事者や患者の被ばく線量と放射線防護に係る負荷を低減することは難しい。
【0025】
発明者が同じ特許文献1では、散乱体(患者人体やテーブル)からの散乱X線を良く減弱して吸収する複合吸収材料が考案されている。複合吸収材料は、主に鉛(Pb)の低反射減弱層(初層)と多層吸収層(拡散吸収体、電子吸収体)より構成される。1~3対の拡散吸収体と電子吸収体の対を隙間なく重ね合わせて配置することで、入射した散乱X線を最大限に効率的に線減衰した上で線エネルギー吸収する。X線はそのエネルギーを光電子等の運動エネルギー等に変換させることで消滅する。これにより診療室内等の空間の放射線量率を低減でき、患者等・医療従事者の被ばくを必要かつ最小に低減できる。すなわち、複合吸収材料は散乱体からの散乱X線を、異なった役割を持った3層以上を密着して多層に重ねた材料により減弱させて吸収する役割である。複合吸収材料は、本発明の構造物を構成する1つの主要な材料となる。特許文献1の複合吸収材料は、新たな構造体と方法を提案する本発明の追加シールドボックスの各所で利用される。特許文献1の複合吸収材料の詳細は後述の実施例5に再録して説明する。
【0026】
発明者が同じ特許文献4では、X線を良く透過させて散乱をなくす医療用テーブルが考案されている。医療用テーブルは患者等の体重を支持し、照射野への一次X線は透過させ、自身は散乱線をなるべく発生せず、散乱体からの散乱X線を減弱して吸収し、照射野の位置と開口寸法(面積)を調節できるものが良い。
特許文献4は表面を低反射材料または複合吸収材料で構成された天板と中間板と底板の3つの段の一部または全部から成る医療用テーブルである。
すなわち、底板と中間の段の中空の自由空間(切り欠き)を透過した一次X線は、X線を殆ど吸収しない材料より成る天板の段の網(メッシュ)部を透過するため、物質との相互作用は殆ど起こらないので反射や散乱することはない。主に底板の段の照射野とその周辺以外では低反射材料により一次X線およびその散乱線に起因する散乱X線の発生を低減する。メッシュ部以外の天板の段と中間の段では、複合吸収材料により患者人体からの散乱X線を減弱して吸収する。主に中間板と底板の段では照射野の位置を調整し、必要最低限の開口寸法(面積)に調整することで、照射野付近で発生する散乱X線を低減する。
手術の目的毎に変更される照射野の位置と開口寸法を調整する機構として、天板の段にはめ込み式のメッシュ透過板、底板の段には開閉板、中間の段にはスライドテーブル上の絞り板等がある。部材の表面には低反射材料または複合吸収材料が被覆されるが、部材全体をこれらの材料としても構わない。
特許文献4のテーブルは物質との相互作用することなく一次X線を照射野へ透過させ、照射野を必要最低限の開口寸法(面積)に制限してさらなる散乱X線の発生を抑制する。上載する患者人体で発生する散乱X線を減弱・吸収して低減することにより、X線受像機の画質を鮮明にし、かつ、診療室内等の空間の放射線量率と医療従事者の被ばく線量と放射線防護に係る負荷を低減できる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0027】
【文献】ICRP勧告翻訳検討委員会編、ICRP Pub.117「画像診断部門以外で行われるX線透視ガイド下手技における放射線防護」、公益社団法人日本アイソトープ協会、2017年3月31日
【文献】東北大学(研究代表者:千田浩一)、「水晶体の等価線量限度の国内規制取入れ・運用のための研究」成果報告書とOHP説明資料、原子力規制庁 平成29年度放射線安全規制研究戦略的推進事業費、2018年
【文献】松本一真ら、「364.X線補償フィルタが側方散乱線スペクトルに及ぼす影響」、日本放射線技術学会第55回総会学術大会抄録、(1999)
【文献】千田 浩一、「IVR術者被曝の計測評価と防護」、日本放射線技術学会雑誌、第64卷、第8号、pp.1009-1014(2008)
【文献】日本循環器学会等、「循環器診療における放射線被ばくに関するガイドライン(2021年改訂版)」の「放射線防護キャビン」、6.6.3項と
図27(P.56)、(2021年)
【文献】Hubbell,J.H. and Seltzer,S.M.,”Tables of X-Ray Mass Attenuation Coefficients and Mass Energy-Absorption Coefficients 1 keV to 20 MeV for Elements Z=1 to 92 and 48 Additional Substances of Dosimetric Interest”, NSTIR 5632, (1995)(以下、「NISTデータベース」という)
【特許文献】
【0028】
【文献】特願2022-161788公報(国内優先出願、先の出願は特願2022-001336公報)
【文献】特開昭52-069595号公報
【文献】特開2010-279622号公報
【文献】特願2022-123002公報(国内優先出願、先の出願は特願2022-018334公報)
【文献】特開2012-108103号公報
【文献】特開2001-124892号公報
【文献】特開2002-301052号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0029】
本発明の追加シールドボックス(以下、「ボックス」という)が解決しようとする主体の課題は、医療用のX線透視装置において、術者等の医療従事者の被ばく線量と放射線防護に係る負荷を低減することである。
【0030】
その背景となる課題は、散乱体から直接の散乱X線を遮へいし、その上、診療室内等内の全体の空間線量率を下げることである。すなわち、照射野に照射された一次X線による散乱X線が術者等の医療従事者に直接照射されることなく遮へいすると共に、術者が手技を行っても散乱X線を空間に漏出させることなく、診療室内等内の全体の空間線量率を下げることである。
なお、散乱X線は前方、側方、後方の3方位で大区分される。そのエネルギーが高い順に小区分を示せば照射野から小角散乱X線(前方のみ)、照射野からの散乱X線(全方位)、患者人体の全身からの散乱X線(全方位)の3種類がある。
【0031】
散乱X線の方位と区分に従った医療従事者の放射線防護の観点からの1つ目の課題は、照射野から前方への放射線エネルギーが高い小角散乱X線等による術者の頭部と眼の被ばく防護である。2つ目の課題は、照射野から側方への同・中程度の散乱X線による術者の上肢・体幹部の被ばく防護である。
【0032】
一般に医療用のX線透視装置では患者人体で発生した散乱X線は減弱や吸収されることなく、そのまま診療室内等内の空間に放出されている。これにより診療室内等内の散乱X線による空間線量率が高くなり、これが術者等の医療従事者を職業被ばくさせ、被ばく線量を高めている。
また、本来的にはX線源や散乱線源に近い位置にある機械装置等によりX線の遮へいや吸収を図るべきであるが、現状では術者等の医療従事者が個人防護具等や防護カーテン等の放射線防護具等で放射線防護している。これらは意図しない方位からのX線を防護できない。その上、これらは重(暑)苦しいため、術者等の医療従事者の放射線防護に係る負荷を高めている。
さらに、含鉛シート・天吊式含鉛アクリル・寝台横型鉛カーテン等の従来の防護カーテン等、および、従来の人体保護装置の保護カバーや放射線シールド装置等の追加シールド等は、患者人体から直接に術者方向(意図した方位)に向かうX線を遮へいするだけである。診療室内等内であちこちの方位に向けて散乱されてしまった散乱X線を防げないので、医療従事者を十分に放射線防護できない。
一方で、患者人体からのエネルギーの高い小角散乱X線からの術者の頭部や眼の放射線防護は考慮しておらず、それを防ぐ機構や機能は存在していない。
【0033】
従来の防護カーテン等と追加シールド等の放射線防護具等に共通の課題は、1)照射野で発生する小角散乱X線を遮へいできていないこと、2)照射野付近で発生する散乱X線を遮へいできていないこと、3)全身からの散乱X線を遮へいできていないこと、4)散乱X線が診療室内等の空間に漏出すること、である。また、従来の個人防護具等を含めた共通の課題は、5)散乱X線を減弱して吸収できていないことである。
追加シールド等のうち従来の人体保護装置の保護カバーと放射線シールド装置の課題は、6)術者が内部を操作できる機構や機能は考慮されていないことである。追加シールド等のうち従来の防護キャビンは、術者が内部に手を挿入する機構や機能は考えられているが、7)術者の腕や指先の遮へいは考慮されていないことが課題である。
【課題を解決するための手段】
【0034】
本発明ではアンダーチューブ型の場合のボックスを例に説明する。IVRを行うアンギオ装置の追加シールド等の基本要件は、a)ボックス内部の患部を術者が視認できること、b)患部には一次X線を透過できること、c)患部には照射野を設定できることである。本発明のボックスはX線の相互作用に係る新たな知見に対応し、既往の追加シールド等の課題を改良するものであり、少なくとも上述の追加シールド等の基本要件は十分に踏襲している。
【0035】
本発明では従来の課題を解決するために、以下の7つの基本要件を満足する追加シールドボックス(ボックス)を考案した。
要件1は、照射野で発生する強度の高い小角散乱X線を遮へいすることである。
要件2は、照射野付近で発生する中程度の全方位への散乱X線を遮へいすることである。
要件3は、ボックス内の散乱X線を診療室内等の空間に漏出させないことである。
要件4は、ボックス内の散乱X線を減弱して吸収することである。
要件5は、術者がボックス内部を操作できる機構を設けることである。
要件6は、ボックス内の術者の腕や指先の遮へいを施すことである。
【0036】
本発明のボックスの構造は、ボックス本体、端面ボックス、天板、近接または遠隔で内部を視認する装置と内部を操作する装置、掛布等、敷布等および接続装置、支持装置により構成される。まず冒頭に、近接で内部を視認する装置である覗き窓と、近接で内部を操作する装置であるスリーブポート、スリーブ構造体を備えた追加シールドボックス(以下、「ボックス」と総称する)の構造および個々の部材の名称を説明する。
一般的な追加シールド等の基本要件は、散乱X線を遮へいできる遮へい材料は照射野を立体的に取り囲んで設置し、視認可能な透明性を有する覗き窓があることである。医療従事者が手腕を挿入できるスリーブ構造体があり、テーブル上を体軸方向に移動可能な構造であればさらに良い。追加シールドの形状は半円周ドーム型とする場合とボックス型とする場合があるが、本発明では後述の理由でボックス型(箱型)を採用した。
本発明のボックス本体はテーブル上面に上載する薄い金属製等の箱であり、体軸と直角方向の短い方の端面の頭側は端面ボックスとの接合面である。体軸方向の長い方の端面は上方に覗き窓、下方にスリーブポートが設置されている。スリーブポートには含鉛腕スリーブが設置される。体軸と直角方向の短い方の端面には上方に含鉛腕スリーブ用の小径ポートが設置され、下方に患者ポート(トンネル状の開口)と掛布等を取り付ける掛布ホルダが設置されている。天井部分には小角散乱X線を遮へいする天板が設置されている。
本発明の端面ボックスも薄い金属製または場合によっては樹脂製の箱であり、ボックス本体と同様に長い方の端面に覗き窓、とスリーブポート、短い方の端面にはスリーブポート、患者ポート、掛布ホルダが設置される。天井部分には小角散乱X線を遮へいする端面天板が設置される。
ボックス本体や端面ボックス(以下、「ボックス等」という)の母材は金属製の場合はTi系・Al系等の薄い金属板を用い、線源の方向(アンダーチューブ型の場合は内側)に各種の遮へい材料や複合吸収材料等を被覆する。遮へい材料等は部位によって厚みを変える。ボックス等は金属製以外の場合もある。
【0037】
ボックスは、覗き窓・腕スリーブ・掛布ホルダを取り付けるために、側面に平板部がある直方体のボックス型とした。上述のボックス等は、詳細を後述する接続装置により現場で組み立てられ、懸架梁や支持架台等の支持装置がある。
天板は主に原子番号82以上の元素の単体の金属製の平板であり、ボックス本体と端面ボックスに分けて設置される。天板の遮へい材は部位によって材質や厚みを変える。長さや厚みで分割して複数の元素の金属を設置しても構わない。
覗き窓は透視できる含鉛ガラスまたは含鉛樹脂等の平板であり、主にボックス等の体軸方向の長い方の端面に設置され、特定の傾斜角をもって設置される。手術の目的で必要があれば体軸と垂直方向の短い方の端面に設置しても構わない。
スリーブ構造体の1つである含鉛腕スリーブは含鉛ゴムや含鉛フィルム製の中空円筒であり、ボックス等のスリーブポートに取付けられる。ボックス等の体軸方向の長い方の端面に大径ポートを、体軸と垂直方向の短い方の端面に小径ポートを設置する場合が多い。覗き窓に直接取り付けることも可能である。
掛布等は可撓性の含鉛フィルムや複合吸収材料(後述)による含鉛シート等であり、ボックス本体と端面ボックスの下方の開口部に患者人体に掛けて設置される。含鉛ゴムやPb代替元素を含有したフィルム・ゴム等を使用する場合もある。
【0038】
次に本発明のボックスの構成と機能の概要を説明する。
本発明のボックスを構成する材料は、入射する一次X線の約8割を散乱する患者人体で発生する多種の散乱X線を遮へい(線減衰)すると共に、各所の複合吸収材料等の材料で有効に減弱させて吸収(線エネルギー吸収)する。
本発明のボックスは、ボックス本体・端面ボックス・覗き窓・天板・スリーブ・掛布等・敷布等および接続装置と支持装置で構成される。これらは、種々のエネルギーのX線を線減衰ができる材料で内面を被覆する。ボックス等、覗き窓と接続装置では、加えて線エネルギー吸収できる複合吸収材料や増設複合吸収材料で内面を被覆する。
術者の頭部・眼へ至る強い小角散乱X線は天板で線減衰する。上肢・体幹部へ至る種々の側方散乱X線はボックス等・覗き窓、および、患者の身体を包んで取り囲んだ掛布等で線減衰する。腕と手指はボックス本体に付属させた含鉛腕スリーブと医療従事者が装着する含鉛手袋で線減衰する。その上で、各所で発生する散乱X線は、可撓性または剛性の複合吸収材料等によりX線を減弱した上で線エネルギー吸収する。これにより吸収したX線は複合吸収材料内で電子の運動エネルギーに変換し、消滅させる。これらにより診療室内等の空間の放射線量率、特に術者立ち位置での放射線線量率を低減できる。また、術者等の医療従事者は他の重(暑)苦しい防護具を着用することなく、含鉛手袋だけを装着して含鉛腕スリーブを介してボックス本体内に手を挿入するのみで防護され、手技に支障なくカテーテル等の手術を行うことができる。
【0039】
次に、ボックスの構成と機能を考慮した上で、運用上の追加要件は以下の通りである。要件7は、患者の照射野の位置に合わせてボックス等の位置を調整できることである。要件8は、アンダーチューブ型のX線カメラの場合はX線受像機をボックス等内に収納できることである。
以下では各要件の対策を区分して説明する。
【0040】
要件1(強い小角散乱X線の遮へい)を解決するための対策は、照射野直近で小角散乱X線が照射される部位の表面等に、線減衰材料を配置して低反射で線減衰させることである。ここで線減衰材料とは主に原子番号が82以上の元素である。アンダーチューブ型の前方散乱X線に含まれる小角散乱X線の実効エネルギーよりもK吸収端が高い元素より成り、同・エネルギー範囲に対して線減衰係数が10(1/cm)以上の材料である。例えば、原子番号(Z)とK吸収端(Kab)は、鉛(Pb)がZ=82で約88KeV、ビスマス(Bi)がZ=83で約90KeV、トリウム(Th)がZ=90で約109KeV、ウラン(U)がZ=92で約115KeVである。よって線減衰材料が対象とするエネルギー範囲は80KeV以上となる。
天板は標準型では患者人体により前方に小角散乱した高いエネルギーの小角散乱X線を遮へいし、形状が直方体の金属板または表面被覆体である。力学的な要件は自立強度以外には特にない。線減衰の過程でのK殻からの特性X線(K-X)の発生を避けるため、発生する小角散乱X線の実効エネルギーよりもK吸収端が高い数値の元素による材料を適用する。主に原子番号が82以上のPb、ビスマス(Bi)、トリウム(Th)、ウラン(U)等の元素の単体を利用する。
覗き窓はボックス内部を視認できる透明なガラスまたは樹脂の平板であり、材料は含鉛ガラス板または含鉛樹脂板を利用する。
【0041】
要件2(中程度の側方等への散乱X線を遮へい)を解決するための対策は、照射野からの側方等に散乱X線が照射される部位の表面等に、低反射減弱材料を配置してX線を低反射で線減衰させることである。低反射減弱材料とは原子番号が56以上で82以下の元素である。60KeV以上で80KeV未満のエネルギー領域において、光電効果が主要な相互作用である光電領域にあり、同・エネルギー範囲に対して線減衰係数が10(1/cm)以上の材料である。多くは側方散乱X線の実効エネルギーよりもK吸収端が高い元素より成るが、これは全てではない。何故ならば、K吸収端による特性X線(K-X)が低いエネルギーの場合は、自身または周囲の材料で線減衰できるためである。
ボックス等は、チタン(Ti)合金や高強度なアルミニウム(Al)合金で箱や母板が製造され、内面には原子番号が56~82の元素の単体または化合物による低反射減弱材料を母板に被覆する。被覆材料は、例えば、原子番号(Z)とK吸収端(Kab)は、バリウム(Ba)がZ=56で約37KeV、ガドリウム(Gd)がZ=64で約50KeV、タングステン(W)がZ=74で約70KeVである。鉛(Pb)は前項の通りである。
覗き窓は、前項と同様の含鉛ガラスまたは含鉛樹脂である。
【0042】
要件4(散乱X線を空間に不漏出)を解決するための対策は、ボックス等の体軸方向の両端部を掛布等により、手を挿入するポート部等を腕スリーブやグローブ等のスリーブ構造体により、外部空間と通じる開口部を無くすことである。
ボックス等の体軸方向の両端部は、前項の通り、端面の下半分の患者ポートの上に取付けられた掛布ホルダにより掛布等を吊上げる等の方法で開口部を塞ぐ。掛布等は可撓性の複合吸収材料の薄い膜材であるため、患者人体の形状に馴染んで隙間なく掛けることができる。すなわち、ボックス本体の患者ポートの開口部に取り付けた体幹部掛布は、患者人体の腹部・下腹部・大腿等に隙間が空かないように掛ける。端面ボックスの患者ポートの開口部に取り付けた頭部掛布は、患者人体の頭・肩・上腕部等に隙間が空かないように掛ける。これにより、ボックス等の両端部の患者人体との間は掛布等により隙間を無くすことができる。
手を挿入するボックス等のスリーブポートには、通常の使用時には、含鉛腕スリーブが取り付けられる。スリーブポートには、開口円筒の短管が取り付けられている。含鉛腕スリーブの根本は3cm程度を折り返して短管の外周に締結バンドで締めて固定される。含鉛腕スリーブの先端は袖ゴム構造としているため手を挿入していない時は開口が萎む構造である。術者は含鉛手袋をはめて含鉛腕スリーブに腕を通してボックス内部で手技を行う。これにより、術者が手を挿入していない際でも開口部を無くすことができる。
【0043】
要件5(散乱X線を減弱・吸収する)を解決するための対策は、本発明のボックスの主要部に複合吸収材料等を適用することである。
複合吸収材料は前述の特許文献1に示される低反射減弱層と多層吸収層(拡散吸収体と電子吸収体の対)で構成される材料である。
ボックス等は、前述の通りTi合金や高強度Al合金で箱や板や骨組みが製造され、内面は複合吸収材料等を被覆する。ボックス等自体を剛性の複合吸収材料で製造しても構わない。
すなわち、散乱X線が照射される部位のボックス等の母材(Ti系やAl系等)の表面に複合吸収材料を被覆する。また既に遮へい用に被覆した線減衰材料や低反射減弱材料がある場合は多層吸収層(拡散吸収体と電子吸収体の対を1~3対)を母材との間に貼り合わせて被覆することで、増設複合吸収材料としてグレードアップできる。さらにボックス等の母材のTi系やAl系を複合吸収材料の一部として最外層の電子吸収体に使用しても構わない。複合吸収材料と増設複合吸収材料を総称して「複合吸収材料等」と呼ぶ。
【0044】
要件6(内部を操作できる機構)を解決するための対策は、ボックスに近接で内部を操作できる機構は、前述のスリーブポートと含鉛腕スリーブによる。術者は含鉛手袋をはめて含鉛腕スリーブに腕を通してボックス内部で手技を行うことができる。
細かい手技を行う際には多少支障があるが、含鉛腕スリーブと含鉛手袋が一体になった長尺の含鉛ゴム製等の含鉛グローブを利用しても構わない。
ボックス等内部の放射線量率が低ければ、ポートには含鉛腕スリーブではなく、グローブレスポ―トを設置しても構わない。なお、グローブレスポ―トは丸型の配線孔キャップのように、放射状に貫通切り込みを入れた含鉛ゴム製の円板である。一方、手を挿入する可能性がないポートは、ボックス等と同じ材質の閉止板で閉じて、散乱X線が空間に漏出するのを防ぐのが良い。
【0045】
要件6(術者の腕や指先の遮へい)を解決するための対策は、含鉛腕スリーブや含鉛手袋をスリーブポートに取付けて使用することである。含鉛手袋の代わりに長尺の含鉛ゴム製等の含鉛グローブを使用しても構わない。含鉛腕スリーブや含鉛グローブや含鉛手袋は、ボックス等内部の空間線量率に応じて鉛含有率と厚みを調整する。これらは術者が手技を行い易いように、肌に馴染みやすく、柔らかい材質のものが良い。
【0046】
要件7(ボックスを照射野の位置に調整)を解決するための対策は、ボックス等の位置決めする方法に基づいている。そのため、ここではまずボックス等の設置方法を説明する。アンギオ装置で対角するX線源とX線受像機をテーブル付近に準備して患者人体とその照射野の位置を決めた後に、本発明のボックスは現場で組み立てる。
アンダーチューブ型の場合で、テーブルの患者人体の患部上にX線受像機の位置が決めた後に、ボックス本体と端面ボックスを準備して取付ける。テーブル上にボックス本体を置き、接続装置を介してX線受像機を端面ボックスで挟み込んで設置する。そのため、ボックス等の設置位置は患者人体の患部の位置に基づいて決まり、端面ボックスはテーブル上の患者の頭側、ボックス本体はテーブル上の患者の足側の所期の位置に設置される。
現場でのボックス等の左右への移動を助長するために、テーブルの体軸と垂直方向の両端部にレール溝やガイドレールを設け、これにガイドされて体軸方向に容易に移動できるスライド機構を設けても構わない。
【0047】
要件8(X線受像機をボックスに収納)を解決するための対策は、接続装置(接続フランジまたは受像機ジョイント)を介して設置することで、X線受像機をボックス内に収納することによる。
アンダーチューブ型のアンギオ装置の場合、画質を向上するためにX線受像機は患者人体になるべく近づけるのが良いため、X線受像機はボックス等に収納することが要求される。ボックス等の内部は散乱X線の光子数が少ない方が良い。
X線透視装置のうち、従来型のX線カメラの構成の場合は、対向するX線源とX線受像機が回転せずに固定されている。近年の販売事例は少ないが、本発明の基本構成は従来型のアンダーチューブ型のX線カメラに基づき説明する。
従来型は接続フランジを介して受像機アームを挟んでX線受像機をボックス本体内に収納する。接続フランジは開口方向の一辺が取外せる構造であり、受像機アームをボックス本体の天井部の受像機ポートに取り込んだ後にボルト等で締結する。次に、スライド板遮へいにより受像機アームの周りの空隙を埋めることにより、散乱X線が漏れ出す開口を無くすことができる。最後に、ボックス本体の端面に端面ボックスを取り付ける。
ボックス等や接続フランジの内側には、線減衰材料を含めた増設複合吸収材料が被覆される。これらにより、X線受像機をボックスに収納した上で、ボックス等の内部で発生した散乱X線を遮へいし、減弱して吸収することができる。
【0048】
上述の本発明の要件1から要件6への対応内容を以下に纏めて整理する。
追加シールドボックス(ボックス)は一次X線を透過する照射野を患部に設定し、術者がボックス内部の患部を視認しながら手技を行うことができ、術者の被ばくを低減する追加シールド等である。強い小角散乱X線を遮へい(要件1)し、中程度の側方散乱X線を遮へい(要件2)し、散乱X線を空間に漏出させず(要件3)、散乱X線を減弱・吸収できる(要件4)。また、内部を操作できる機構を有し(要件5)、術者の腕や指先を遮へい(要件6)できるものが良い。これら要件の一部でも発明の効果はあるが、より良くは全部が満たされるのが良い。
本発明は、ボックス等(ボックス本体・端面ボックス)・覗き窓・天板・スリーブ・掛布等・敷布等および接続装置等で構成される。
ボックス等内の患者人体の照射野とその周辺で発生する高い小角散乱X線は天板で線減衰材料により遮へいする。低反射減弱材料や減弱材料に代わり複合吸収材料を被覆して散乱X線を減弱して吸収することが好ましい。また、前述の線減衰材料と低反射減弱材料には多層吸収層を重ねた増設複合吸収材料として、散乱X線を減弱して吸収しても良い。
ボックス等の両端の患者ポートは掛布等で塞ぎ、手を挿入するスリーブポートは腕スリーブ等で塞ぐことにより、空間への散乱X線の漏出を防ぐ。
上述の通り、X線透視装置の部材毎に異なる照射されるX線の種類や強度に応じて、部材の表面に被覆する材料を変えることにより、効率的に線減衰して線エネルギー吸収する。また、手術の目的毎に変更される照射野の位置と開口寸法を調整することで、散乱X線を空間に漏らすことなく遮へいし、減弱・吸収して消滅する。部材の表面には線減衰材料、低反射減弱材料、減弱材料または複合吸収材料等が被覆されるが、装置の部材全体をこれらの材料としても構わない。
【0049】
上述の本発明の現場での運用のための追加要件である要件7から要件8への対応内容を以下に纏めて整理する。本発明の現場での運用には、ボックスを照射野の位置に調整(要件7)できなければならない。また、X線受像機の画質を鮮明にするには、治療時にはなるべく患者人体に近づける必要があり、X線受像機をボックスに収納(要件8)しなければならない。
本発明の追加シールドボックス(ボックス)は、X線受像機が位置決めされた後に、現場で組み立てる。ボックス等は照射野から40cm余の範囲で設置され、患者の頭部や下肢・上肢等はボックス等の両端の患者ポートの開口部から体軸方向に飛び出して、前記の掛布等で覆われる。
X線受像機をボックス内に収納するために、ボックス等は接続装置(接続フランジ・受像機ジョイント)を介してX線受像機を挟み込んでテーブル上で組み立てる。
【発明の効果】
【0050】
本発明の追加シールドボックスは、患者人体で発生する多様な散乱X線を、立体的にどの方位にも外部空間と通じた開口がなく、線量率に応じて異なる複数の種類と厚みの組み合わせの遮へい材料により照射野を取り囲む。遮へい能力のある覗き窓によりボックス内部を視認しながら、スリーブ構造体を介して医療従事者が手腕を挿入して医療行為を行う。また、各所に複合吸収材料等を配置して、線減衰させたX線は線エネルギー吸収する。
これにより、診療室内等の空間の放射線量率を低減でき、術者等の医療従事者と患者の被ばく線量を低減することができる。さらに、着用する放射線防護具を軽微なものとすることができる。さらにより良くは着用する放射線防護具を無くすことができる。すなわち、医療従事者の職業被ばくと放射線防護に係る負荷を著しく低減することができる。以って、当該技術の産業分野への利用に多大な寄与をなしうるものである。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【
図1】
図1は、X線源-X線受像機が固定された状態で使用する標準型の追加シールドボックスの基本構成図である。
【
図2】
図2は、標準型の場合の接続フランジによるX線受像機の取り付け方法の説明図である。
【
図3】
図3は、スリーブポートの種類とそこに取付ける機材と防護具の相関の説明図である。aはスリーブポートと形状を示し、bはボックスに設置する機材と防護具を示し、cは医療従事者が装着する防護具を示し、dはスリーブポートへ設置方法を示し、eは同左・締結バンドの構造を示す。
【
図4】
図4は、標準型の追加シールドボックスの鳥瞰図である。
【
図5】
図5は、独立したフラットパネルディテクタ(FPD)とその移動機構をボックス内に設置するFPD内蔵型の追加シールドボックスの全体構成図である。
【
図6】
図6は、FPD内蔵型の追加シールドボックスの鳥瞰図である。
【
図7】
図7は複合吸収材料の基本ケースの構成を示す図である。a.は構成の概要、b.は2対で全5層、c.は3対で全7層、d.は1対で全3層となる複合吸収材料の例を示す。なお、対とは多層吸収層にある拡散吸収体と電子吸収体の対(ペア)の数を示す。
【発明を実施するための形態】
【0052】
本発明の実施の形態を、図面に基づき説明する。
なお、ここに示す追加シールドボックスとその構成部材は単なる例示であって、本発明を限定することを意図するものではない。
【0053】
本明細書の以降の部分では、特に断りがない限り、以下の用語を用いる。
放射線の一次線源はX線管球であるが、この一次X線ビームを「一次X線」と呼ぶ。X線管球の管電圧が100kVの場合、発生する一次X線は連続エネルギーとなり、概ね100KeVが最大エネルギーとなる。また、X線発生装置の状態にも依存するが、そのエネルギーの平均値(以下、「実効エネルギー」という)は最大エネルギーの60~70%程度の場合が多いため、ここでは65%で一定と仮定する。また、特に断りがない限り、実効エネルギーを示すものとする。
本明細書の以降の部分では、特に断りがない限り、X線管球の位置はテーブルの下部に配置するアンダーチューブ型のX線透視装置を例として記載する。
一次X線が患者・被検者、装置の一部等に当たり散乱した放射線を総称して「散乱X線」と呼ぶ。
散乱X線のうち、一次X線のエネルギーを殆ど維持したまま小角度で前方に散乱(以下、「小角散乱」という)してきたX線を「小角散乱X線」と呼ぶ。
また、一次X線が患者人体またはテーブル等により散乱し、入射角に対して0度~45度の前方に散乱(以下、「前方散乱」という)してきたX線を「前方散乱X線」、同・45度~135度の側方に散乱(以下、「側方散乱」という)してきたX線を「側方散乱X線」、同・135度~180度の後方に散乱(以下、「後方散乱」という)してきたX線を「後方散乱X線」と呼ぶ。なお、小角散乱X線は前方散乱X線の一種であり、その内数である。
さらに、診察用撮影室、検査室、治療室、エックス線診療室内等を総称して「診療室内等」と呼ぶ。
【0054】
本明細書の以降の部分では、材料では以下の用語を用いる。
金属材料ではAl-Mg系(5000系合金)やAl-Mg-Si系(6000系合金)等の高比強度Al合金をAl系と呼ぶ。純TiやTi-6Al-4V等の高比強度Ti合金をTi系と呼ぶ。
加えて、本明細書の以降の部分では、元素と記載した部分は特に断りがない限りその元素を含む材料を意味し、材料は特に断りがない限り金属元素単体の材料を意味する。
本発明のボックスで使用する材料は、線減衰材料、低反射減弱材料、複合吸収材料および増設複合吸収材料である。本明細書では線減衰材料、低反射減弱材料を総称して「遮へい材料」と呼ぶ。また、複合吸収材料と増設複合吸収材料を総称して「複合吸収材料等」と呼ぶ。これらの概要を以下に示し、表1にて比較して示す。また、後述の実施例1でより詳しく説明する。また、遮へい材料を本発明のボックスの構成材料とするか、または構成材料の表層に配置したものを「部材」と呼ぶ。
なお、本明細書では材料の遮へい能力は、後述の通り、線減衰(反射・散乱・吸収)と線エネルギー吸収(吸収のみ)に区分して示す。
【0055】
線減衰材料とは、装置を構成する材料の母材にPb・Bi、ThまたはU等の線減衰元素を被覆して放射線強度の高い小角散乱X線を線減衰させる材料である。線減衰元素とは原子番号が82以上の元素である。K吸収端が80KeV以上にあり、例えば管電圧が80kV以上で150kV以下のX線管球からの80KeV以上(以下、「高い」と称する)の一次X線による小角散乱X線が照射されると、著しくX線を線減衰させ、その際にK殻の特性X線(K-X)を発生しない元素である。
低反射減弱材料とは、Ba・WまたはPb等の低反射減弱元素を母材に被覆して側方散乱X線を低反射で減弱させる材料である。低反射減弱元素とは60KeV以上で80KeV未満(以下、「中程度」と称する)の実効エネルギー(最大エネルギーは88KeV未満)のX線を対象とし、この領域でも光電効果が主要な領域(光電領域)にある、原子番号が56以上で82以下の元素である。また、側方散乱X線の実効エネルギー領域でK-Xが発生しない元素である。
複合吸収材料とは、X線が入射する第一層のPbが低反射減弱層となり、第二層以下がSn・Mo等の拡散吸収体とNb・Cu等の電子吸収体の対が1~3対で成る多層吸収層となり、異なった役割を持った3層以上を密着して多層に重ねることにより散乱X線を内部で減弱させて吸収する材料である。第一層のPbは線減衰材料や低反射減弱材料のPb等と同じ役割である。また、本発明では、前述の線減衰材料や低反射減弱材料に多層吸収層を重ねたものを「増設複合吸収材料」と呼び、複合吸収材料と同じ機能を有するものとして取り扱う。
なお、複合吸収材料は実施例5でより詳しく説明し、更に詳しくは発明者が同じ特許文献1に示す。
【0056】
【0057】
追加シールドボックスの基本的な構成は、標準型で示す。ボックス本体は変更ないが、端面ボックスを変更した応用的な構成は、FPD内蔵型である。追加シールドボックスの構成は表2にて比較して示す。
標準型のボックスは、受像機アームは固定されたアンダーチューブ型のX線テレビを対象としたものである。
FPD内蔵型は、アンダーチューブ型で、FPD方式のX線受像機はボックス内に設置した5軸の移動機能により検査時に自由に移動できる。
【0058】
【0059】
実施例1は、本発明の追加シールドボックスで使用する材料である。
実施例2は、X線源-X線受像機の位置を固定して使用するX線透視装置を対象とした標準型の追加シールドボックスの基本機能と全体構成の説明である。
実施例3は、X線の強度が高い小角散乱X線を含む前方散乱X線を遮へいするオプションの説明である。
実施例4は、X線透視装置とは分離したFPD方式のX線受像機をボックス等の内部に収納したFPD内蔵型の追加シールドボックスの全体構成の説明である。
実施例5は、実施例1のうち特許文献1の複合吸収材料を再録した説明である。
【実施例1】
【0060】
(本発明の追加シールドボックスで使用する材料)
実施例1では、本発明のボックスで使用する材料の線減衰と線エネルギー吸収に関与する機能について説明する。ここでは本明細書の以降の部分で登場する元素を一覧した。非特許文献5のNISTデータベースを引用して、一次X線および散乱X線等の種々のエネルギー領域にあるX線との相互作用で反射・散乱され易い元素、吸収され易い元素を摘出した。その結果を表3に一覧する。
表3の横軸にはマグネシウム(Mg)、Al、ケイ素(Si)、Ti、鉄(Fe)、銅(Cu)、ニオブ(Nb)、モリブデン(Mo)、スズ(Sn)、Ba、W、Pb、Bi、Th、Uの元素名を示す。表3の縦軸は特定のエネルギーの数値、すなわち「単色」のエネルギーの数値にて整理している。表3中の数値は線減衰係数(μ)と線エネルギー吸収係数(μen)を文献調査した結果を示す。また、μenをμで割った数値を割合で示した電子吸収割合(μen/μ)も付記した。表3では1より小さい数値は指数表示で示した。実際の一次X線や散乱X線はエネルギーが高いものから低いものまでを含む白色であるが、表3の縦軸では測定や表記の都合上、単色として報告されたものであることには注意が必要である。また、非特許文献5のNISTデータベースでは、各元素のμやμenが共通的に報告されている50KeV以上の単色エネルギーは、60、80、100、150KeVだけである。すなわち、表中にない中間の単色エネルギーではμやμenは共通的に比較できない。
【0061】
X線による物質の透過現象では、本発明の定義式1として、I/I0=Exp(-μt)により線減衰係数μ(1/cm)が定義される。なお、Iは出射側、I0は入射側の強度(例えば光子数や線量率)であり、tは物質の厚さである。線減衰係数μの数値が大きい物質は反射・散乱や吸収等により減衰、すなわち遮へいする能力が大きい。換言すれば線減衰係数μが大きいものはX線の遮へい能力(線減衰能力)が大きいのは明らかであるが、それだけでは反射・散乱が支配的なのか、吸収が支配的なのかは判らない。
一方、線エネルギー吸収係数(μen)は、制動X線等の別途の光子としてエネルギーが再放出されずに電子に吸収されて残るエネルギー分、すなわち電子吸収分のみを示している。μenの数値が大きい物質は、X線のエネルギーを電子の運動エネルギーに変換することにより吸収(以下、「電子吸収」という)する能力が大きい。換言すればμenが大きいものは、電子吸収能力が支配的である。
電子吸収割合(μen/μ)は、線減衰のうちの線エネルギー吸収の割合、すなわちX線の相互作用により別の光子(特性X線、オージェ電子、制動X線)を発生せずに電子吸収される割合を示す。電子吸収割合の数値が大きい元素は、一般に反射・散乱が少なく、二次X線(特性X線、制動X線)の発生が少ない。
【0062】
線減衰係数μが大きいことは線減衰能力(すなわち遮へい能力)が高いことを意味する。線エネルギー吸収係数μenが大きいことは線エネルギー吸収能力(すなわち、電子吸収能力)が高いことを意味し、X線との相互作用により反射や散乱が少なく吸収が大きい。電子吸収割合(μen/μ)の数値が大きい元素は、反射・散乱の割合が小さく、二次X線(特性X線、制動X線)の発生が少なく、電子吸収の割合が大きい。
表3において、Mg、Al、Siは50KeV以上ではμとμenがかなり小さいが、50KeV未満ではμとμenがやや大きくなって電子吸収割合が大きくなる。Tiは、50KeV以上ではμとμenが比較的小さい数値である。
一方、Fe、Cu、Nb、Mo、Sn、Ba、W、Pbでは、80KeV未満ではμとμenがかなり大きくなって電子吸収割合が大きくなる。その内、Nb、Mo、Sn、Ba、W、Pbは80KeV以上でもμは大きく、特にW、Pbは100KeV以上となってもμは大きい。
一般に、μenは各元素のK吸収端(Kab)よりやや高いエネルギー帯で小さい数字となり、そこでは電子吸収割合(μen/μ)も小さい。
【0063】
【0064】
線減衰元素は、原子番号が82以上の元素である。K吸収端が80KeV以上にあり、80KeV以上の高い小角散乱X線が照射されても、多くの場合でK殻の特性X線(K-X)を発生しない元素である。表3の通り、80KeV以上で150KeV以下の単色のエネルギーにおける線減衰係数μが10(1/cm)以上となる。表3の例示ではPb、Bi、ThまたはU等が該当する。
【0065】
低反射減弱元素は、原子番号が56以上で82以下の元素である。表3の通り、60KeV以上で80KeV以下の単色のエネルギーにおける線減衰係数μが10(1/cm)以上となる。表3の例示ではPb・WまたはBa等が該当する。
【0066】
複合吸収材料とは、X線が入射する第一層のPbが低反射減弱層となり、第二層以下が拡散吸収体と電子吸収体の対が1~3対で成る多層吸収層となり、異なった役割を持った3層以上を密着して多層に重ねることにより散乱X線を内部で減弱させて吸収する材料である。第一層のPbの線減衰における役割は上述の線減衰材料や低反射減弱材料のPb等と同じである。
第二層の拡散吸収体は50または20KeV等の単色のエネルギーにおいて電子吸収割合(μen/μ)が70%未満の元素である。表3によれば50KeVの場合ではBaやSn等、20KeVの場合ではMoやNb等が該当する。
上述拡散吸収体と対となる電子吸収体は、拡散吸収体を選んだ単色のエネルギーにおいてμen/μが70%以上の元素である。表3では50KeVではNb、Mo、Cu、Fe等が該当し、20KeVではCu、Fe、Ti等が該当する。
【0067】
次に、遮へい材料である線減衰材料、低反射減弱材料の厚みを検討する。前述の定義式1で示した通り、線減衰係数μは、物質の厚さtに基づく入射側の強度I0と出射側の強度Iの相関を示すものであり、空間線量率や被ばく線量の制限値等を示すものである。
これらの制限値は、現場で利用するX線透視装置のX線源の出力や特性等の使用条件、現場で放射線管理する診療室等内の空間線量率や個々の被ばく線量の制限値や目標値により、個々の現場の状況に則って決めるものである。また、従来の知見があるのは単色のX線のエネルギーであるが、現場のX線は白色の連続エネルギーである。個々の現場の状況や使用条件は一般化できないので、ここでは厚みは候補材料の単色のエネルギー値の10分の1価層(以下、「1/10価層」と表記する)を目安として仮に設定した。そのため、ここでは線減衰係数μに基づき単色のエネルギーでの候補材料の1/10価層を算出した。
表4では、表3の線減衰係数μより算出した半価層:X0.5と1/10価層:X0.1を一覧した。X0.5=0.693/μ(cm)、X0.1=2.303/μ(cm)で算出した。縦軸の光子の入射エネルギーは単色の場合で10,20,30,40,50、60、80、100、150KeVとした。
【0068】
さらに表4の1/10価層の算出結果を整理する。線減衰材料のPb、Bi、ThまたはU等の元素は、前述の通り、80KeV以上で定義され、150KeV以下の単色のエネルギーで表現している。また、低反射減弱材料のBa、W、Pb等の元素は、60KeV以上で80KeV未満の単色のエネルギーにより定義している。表5では、低反射減弱材料と線減衰材料について、該当する単色のエネルギーの範囲の元素毎の1/10価層を表4から抽出した結果を示す。
【0069】
表5によれば、候補材料の各元素は単色エネルギー毎で1/10価層がバラついており、より好適なエネルギー領域は元素毎にさらに限られることが判る。これは単色エネルギーがその元素のK吸収端に近いエネルギーである場合に1/10価層が大きくなり、他と比較してバラつきが大きくなる。表5のカッコ内で示した元素と単色エネルギーの組み合わせは、上述の影響により使用をあまり推奨できない条件を意味する。但し、1/10価層は目安の厚みであり、白色の連続エネルギーが照射される実際の現場の条件でその通りの厚みを確保することを要件としている訳ではない。厚みの目安は概して言えば、以下の通りである。
線減衰材料のPbは100KeV以下の散乱X線を対象として使うのが良く、その厚みは0.8mmである。100KeV以上となれば、使用できる材料はTh、Uに限られ、その厚みは0.4~0.8mmの範囲である。
低反射減弱材料のBaは60KeV程度の散乱X線を対象として使うのが良く、その厚みは0.8mmである。Pbは60~80KeVでも使えるが、その厚みは0.4~0.8mmの範囲である。
これら候補材料のあるべき厚みは、個々の現場の状況や使用条件に係る情報を入手後に正確に検討するべきである。また、より良くはJIS T61331-1の規定に準拠した鉛当量試験等を実施し、実際の白色の連続エネルギーが照射される個々の現場の使用条件における材料の遮へい性能を確認した上で追加シールドボックスを設計するのが良い。
【0070】
【0071】
【実施例2】
【0072】
(標準型の追加シールドボックスの基本機能と基本構成)
実施例2では標準型とした追加シールドボックス(以下、「標準型のボックス」という)の基本構成を説明する。
図1はX線源をテーブル下方に配置したアンダーチューブ型における標準型の追加シールドボックスの基本構成図である。追加シールドボックス1はテーブル2上に設置される。
最初に、近接で内部を視認する装置である覗き窓と、近接で内部を操作する装置であるスリーブポート、スリーブ構造体を備えた標準型のボックスを説明する。
標準型のボックスはX線カメラ等のX線源-X線受像機の位置を固定して使用するX線透視装置を対象としたものである。標準型の追加シールドボックス1は、ボックス本体4、端面ボックス5、覗き窓6、天板7、スリーブポート8と含鉛腕スリーブ9、端面天板14、掛布等22で構成される。
【0073】
(標準型ボックスの基本機能の説明)
本発明の標準型の追加シールドボックス1の基本機能を説明する。
本発明の追加シールドボックス1は、患者の患部に相当する照射野15を立体的に取り囲んで配置し、ボックスを構成する部材がX線の遮へい能力を有し、外部空間と通じた開口がなく、遮へい能力のある覗き窓6を介して外部空間から視認しながら遮へい能力のある含鉛腕スリーブ9等のスリーブ構造体を介して医療従事者がボックス内に手を挿入して手術ができる。
また、スリーブ構造体は可撓性の材料とし、ボックス等のスリーブポート8に取り付けて使用し、医療従事者の手腕と含鉛腕スリーブ9等のスリーブ構造体の先端と取り付け部でスリーブポート8の開口を塞ぐことにより、追加シールドボックス1は遮へいを維持しながら手術ができる。
患者は患者ポート20を介して体軸方向にボックスを貫通させることで照射野以外の頭部や体肢(脚)部等の部位を外部空間に置き、患者ポート20に取付けた遮へい能力のある可撓性の掛布等22でボックスと人体との間の開口を塞ぐことにより、患者は頭部や体肢部の医療被ばくを低減し、医療従事者は遮へいを維持しながら手術ができる。患者ポート20を塞ぐものは、掛布等22を共用するのではなく、個別のカーテン式やシャッター式の遮へいシートでも構わない。
電源、電気信号、光学信号および液体は、受像機ポート13に取付けた遮へい能力のある接続コネクタ24により、ボックスを貫通して連絡し、開口を設けることなく遮へいを維持しながらボックスの内部と外部との間を出し入れできる。また、接続コネクタ24を介して導入した電源ケーブルはボックス内部のコンセントに接続する。
アンダーチューブ型の場合で、患者人体の上方への高い小角散乱X線を含む前方散乱X線は、線減衰材料を使用した天板7で遮へいする。患者人体の側方等への散乱X線は低反射減弱材料を使用したボックス等(ボックス本体4と端面ボックス5)と遮へい付きガラス板または樹脂板を使用した覗き窓6で遮へいする。これらの材料を複合吸収材料等の構成とすることで散乱X線を減弱するとともに吸収することができる。
アンダーチューブ型のX線受像機10は、患者人体の照射野に可能な限り近づけた方が画質は良く、X線源の出力を絞ることで患者の医療被ばくの低減できる。そのため、アンダーチューブ型のX線受像機10はボックス内に収納することが好ましい。標準型のボックスはボックス本体4と端面ボックス5に分割しており、現場で組み立てる構造である。ボックス本体4に付属する端面天板14の接続ポートにボックス本体4をスライドしてX線受像機アーム11を差し込んでX線受像機10をボックス本体4に取り付ける。X線受像機アーム11の周囲の開口を遮へい能力のある受像機カバー12で塞ぐ。その上で端面ボックス5を取り付けることにより、X線受像機10をボックス内に収納して設置できる。
【0074】
(ボックス等の説明)
本発明のボックス本体4と端面ボックス5(以下、「ボックス等」という)について説明する。追加シールドボックス1のボックス等は、X線透視装置のX線源とX線受像機10が患者の患部付近の照射野で位置決めされてから、現場で組み立てする。そのため、ボックスは長さ方向に2つ以上に分割した構造となっている。ボックス自体の全体長さは約150センチメートル(cm)以内で任意であるが、幅は両側から手の長さの範囲の操作する関係上、最大で95cm、より良くは患者人体の幅余の約70cmである。ボックス自体の全体高さは収納するX線受像機10や移動機構49の種類や型式に応じて60cm~120cmである。標準型のボックス本体4と端面ボックス5を
図1に示す。これらボックス等は2分割しており、X線受像機10にボックス本体4を取り付けた後に、端面ボックス5を組み立てる。端面ボックス5はトランクフック等のばね付き留め具等でボックス本体4に締結する。
ボックス本体4には、覗き窓6、天板7、スリーブポート8が設置されている。また、受像機ポート13には接続コネクタ24が、患者ポート20には掛布ホルダ23が設置されており、例えば掛布等22の一部を巻き取る(吊上げる)ことで、掛布等22を掛けて患者ポート20を塞ぐ。
ボックス等の母材は取り扱いが容易なようにTi系またはAl系の軽量で高強度な板材である。これらの板材をプレス曲げ加工等で成形した上で板金加工してグローブポート、覗き窓、患者ポートを設置する穴を開ける。可能な限り長尺な板材をプレス曲げ加工することが望ましい。板金加工した板材同士はL型や角型の補強金具を介してビス止めまたは接合する。グローブポートの短管をビス止めまたは接合する。接合方法は例えばTi系の場合は溶接接合であり、Al系の場合は摩擦攪拌(拡散)接合(FSW)、スポット接合、ロウ付け接合等である。ボックスの母材の平板部を軽量化するために、板材の内面(困難であれば外面)に補強リブを接合し、ボックスの板厚を薄くすることが好ましい。遮へい機能のある材料を貫通するビスで固定する場合は、W材料製のビス・ネジ・ボルト等を用いるのが好ましい。
母材の内側は所定の厚さのPb・WまたはBa等の低反射減弱元素が表層に貼り付けられた実施例1の低反射減弱材料となる。低反射減弱材料は、設置する部位の放射線量率によりの厚みを変えて、材料の重量と遮へい性能の相関の最適化を図るべきである。そのため、ボックスを設計する前に、現場のテーブル付近の各所のX線の空間線量率を調査するのが望ましい。また、可能であれば現場のテーブル付近の各所のX線のエネルギー波高分布を調査して平均値・最大値が分ると尚良い。散乱X線の遮へいに必要な低反射減弱材料の厚みは、表5の通り概ね0.3~0.8mmの範囲にある。なお、母材(Ti系、Al系)の厚みはその部材の形状や補強状況から求められる力学的な強度により異なるが、概ね2~5mmの範囲にある。
【0075】
(天板の説明)
アンダーチューブ型のX線透視装置の場合において、本発明のボックスの天井部に設置される天板7について説明する。天板はボックス等の小角散乱X線が照射される側の天井部の表面等に、線減衰材料を配置したものである。すなわち、天板は患者の照射野とその周辺から上方に向けた前方散乱X線を遮へいする。前方散乱X線は小角散乱X線を含むため、X線のエネルギーが高い。
天板7は、側方や下方よりも高い遮へい能力を備える必要があるため、実施例1の線減衰材料を用いる必要がある。ここで線減衰材料とは主に原子番号が82以上で、小角散乱X線の実効エネルギーよりもK吸収端が高い元素より成り、同・エネルギー範囲に対して線減衰係数が10(1/cm)以上の材料である。
線減衰元素は80KeV以上のX線が照射されてもK殻の特性X線(K-X)を発生しない元素として、鉛(Pb、密度:11.3g/cm3)、ビスマス(Bi、同:9.7)、トリウム(Th、同:11.7)、ウラン(U、同:18.9)等が考えられている。これらの元素の原子番号(Z)とK吸収端(Kab)は、PbがZ=82で約88KeV、BiがZ=83で約90KeV、ThがZ=90で約109KeV、UがZ=92で約115KeVである。これらはアルファ線放出体であるが、アルファ線は空気中でも飛程が短いため、空間線量率に影響を与えることはない。次善の策としてZ=74でK吸収端が約74KeVのWを利用する場合もある。但し、900グラム(g)を超えるThと、300gを超えるUは国際規制物質であり、利用する場合は国の規制当局に届出が必要である。
これらの元素の単体より成る線減衰材料は、高い遮へい能力があるので、散乱X線の遮へいに必要な材料の厚みは実施例1の表5の通り、0.4~1.0mmと薄い。この厚みでは自立強度が不足する場合もあるため、線減衰材料はボックスの母材(Ti系、Al系)のX線の入射方向に貼り付けることもある。天板7は、線減衰材料を母材と同じ切り平板に貼り付けものをボックスの天井部に設置しても良いし、ボックスの天井部のX線の入射方向に線減衰材料を貼り付けても構わない。線減衰材料には力学的な要件や強度上の要件はなく、その位置に存在していれば良いので、貼り付けは接着剤や両面テープのような簡易な接合方法で良い。また、コーナー金具等によるビス止め等の方法でも構わない。
【0076】
(遮へい付きガラス板による覗き窓の説明)
本発明の近接で内部を視認する装置として、ボックスの側面に設置される覗き窓6に使用できる素材は、遮へい付きガラス板と遮へい付き樹脂板がある。覗き窓6は、患者人体の側方および患者人体の上方に向けた前方の散乱X線の一部を遮へいできる。ここでは遮へい付きガラス板による覗き窓6について説明する。遮へい付きガラス板は鉛化合物を多く含有させることができ、鉛当量が大きい製品があることが特徴である。その反面、樹脂材に比べて機械的強度、特に耐衝撃性がやや劣り、組成を構成する元素の化合物の質量がやや大きい。遮へい付きガラス板はJIS R3701「X線防護用鉛ガラス」で、公称厚さと最小鉛当量、透過性能、寸法の許容差等が規定されている。
覗き窓6に使えるガラス材料の1つには日本電気硝子社製の放射線遮へい用ガラスLXプレミアムがある。特許文献5の放射線遮蔽安全ガラスを用いても構わない。このガラスではX線を遮へいするための成分はPbである。PbOの含有量が80%より多くなると、PbO以外の成分が相対的に少なくなり、ガラスが熱的に不安定になる恐れがあるため、含有量は55~80%と考えられている。
放射線遮へい用ガラスの全体の組成の一例は、酸化物換算の質量百分率で、SiO2が10~35%、PbOが55~80%、B2O3が0~10%、Al2O3が0~10%、SrOが0~10%、BaOが0~10%である。すなわち、Pb+Baの含有率が高く、これは実施例1の低反射減弱材料に該当する。また、実施例1の複合吸収材料を構成するのに必要な元素のうち、Pb・Ba・Sr・Al・Siが含まれているが、単一層であるため電子吸収層となる最外層がない。
LXプレミアムの最大寸法は120cm×260cmであるため、1つの窓面がこの寸法を超える場合は2枚に分ける必要がある。
鉛当量(mmPb)と製品厚さ(mm)の相関は、正比例の関係にある。例えば、1.1mmPbの場合で製品厚さ11mm、1.5mmPbの場合で製品厚さ12~14mm、2.0mmPbの場合で製品厚さ14~16mmである。本発明の場合は、高線量な部位でも1.1mmPbで11mm厚さの放射線遮へい用ガラスで十分であり、もっと薄くても良い。製品厚さ11mm以下の商品ランクは見当たらないが、低線量な部位であれば、厚さ5mm以下の放射線遮へい用ガラスでも十分に遮へいできる。また、この薄い放射線遮へい用ガラスは別のガラスと接合した合わせガラスとしても構わない。さらに、鉛当量の異なる2枚の放射線遮へい用ガラスを上下で接合した合わせガラスとしても構わない。
【0077】
(遮へい付き樹脂板による覗き窓の説明)
次に、本発明のボックスの側面に設置される遮へい付き樹脂板による覗き窓6について説明する。遮へい付き樹脂板は、鉛化合物を化学的に結合させた透明アクリル樹脂板である。一般的に透明性を有する含鉛アクリル樹脂は、含鉛(メタ)アクリレートをメチルメタクリレートと共重合することにより得られる。遮へい付き樹脂板は質量当たりの機械的強度が高いことが特長であるが、ガラス材に比べて鉛化合物を含有させる割合が小さく、相対的には鉛当量が小さい。透明含鉛アクリル樹脂板は、過去にはJIS K6736「X線及びγ線防護用含鉛メタクリル樹脂板」で規定されていたが2000年に廃止された。用途としては原子力用のグローブボックスの前面パネルや医療用のX線防護シールド板や防護衝立に使用されている。
覗き窓6に使える樹脂材料の1つにはクラレトレーディング社製のキョウワグラスXAがあり、用途に応じて鉛当量を選ぶことができる。その銘柄と仕様は鉛当量が0.3mmPb以上のH-8、同・0.5mmPb以上のH-12、同・0.8mmPb以上のH-18、同・1.0mmPb以上のH-22、同・1.5mmPb以上のH-35、がある。鉛当量が高くなるにつれて全光線透過率は80%から75%に低下する。
キョウワグラスXAの最大寸法は183cm×244cmであるため、1つの窓面がこの寸法を超える場合は2枚に分ける必要がある。
【0078】
(掛布等の説明)
本発明のボックス中の患者人体上に設置される掛布等22について説明する。掛布等22は患者人体25の照射野とその周辺と全身からテーブルの上方や側方に向けての散乱X線の一部を遮へいできる。すなわち、アンダーチューブ型の場合は前方散乱X線と側方散乱X線の一部を遮へいすることになる。患者人体25からの散乱X線は、散乱源である患者人体のすぐ近くで遮へいするのが効果的である。そのため、掛布等22は患者人体25に接して、なるべく幅広く大きな面積に掛けるのが良い。また、後述の掛布ホルダ23による吊り上げ分を含め、掛布等22は体軸方向に余分をもって掛ける必要がある。しかし、照射野付近の位置を外して設置する必要があるため、掛布等22を掛ける面積は限定的にならざるを得ない。また、同様に照射野付近には設置できないため、照射野からの放射線強度が大きな散乱X線は遮へいできない。
掛布等22の材料は、可撓性や柔軟性が必要であり、患者人体25上に設置する場合は、鬱血等を防止するために軽量である必要がある。それには市販品だとマエダ社製の掛布ソフライトSCO-25(鉛当量:0.25mmPb)等がある。より良くはそれぞれの厚みが薄いPb-Nb-Cuをクラッド圧延した金属薄膜積層板である特許文献1の可撓性の複合吸収材料が良い。
【0079】
さらに、追加シールドボックスをコンパクトな設備とする視点からは、患者は患者ポートを介してボックスを貫通させることで照射野とその周辺と散乱X線を発生する部位以外の頭部や体肢部等の部位を外部環境に置くことが好ましい。これは、患者のこの部位の医療被ばくを軽減する効果もある。掛布等22はボックス等を組み立てる前に患者人体25上に設置する。ボックス等の組み立て後に患者ポート20に取付けた掛布ホルダ23により、遮へい能力のある可撓性のカーテン式の掛布等22の一部を回転ロールで巻き上げることでボックスと人体との間の隙間を塞ぐことにより、外部空間に散乱X線を漏出することを防ぐことができる。
図1では掛布等22は2か所を起点として患者人体に掛けている。1つはボックス本体4の体軸方向の体肢側端部を起点として体幹部に向かって掛けるものと、体肢部に向かって掛けるものである。もう1つは、体軸方向の頭側端部を起点として頭部に向かって掛けるものと、胸部に向かって掛けるものである。これにより、掛布等22をかける場所は照射野付近の位置を外している。掛布等22の長さは患者ポート20の上部に取り付けた掛布ホルダ23で調整する。
掛布ホルダ23は回転ロールではなく、広口クリップで吊り上げても良い。広口クリップの代わりに、永久磁石の対をボックス内外に取り付けても良い。棒状の暖簾掛けの様なものでも良い。また、掛布ホルダ23により、掛布等22を固定し、患者身体25に懸垂しても良い。
さらに、患者ポート20を塞ぐものは、掛布等22を共用するのではなく、個別のカーテン式やシャッター式の遮へいシートでも構わない。すなわち、患者ポート20を掛布等22やその他のカーテン式やシャッター式の遮へいシートで塞ぐことで追加シールドボックスは遮へいを維持しながら手術ができる。
【0080】
掛布等22の材料は可撓性や柔軟性が必要な点は同じであるが、患者ポート20に取り付ける部位の掛布等22は放射線条件が上述の全身とは少し異なる。すなわち、特に頭部側の患者ポート20には照射野とその周辺からの側方散乱X線が飛来するため、低反射減弱材料を用いる必要がある場合がある。
患者ポート20に取り付ける部位の掛布等22としては、市販品だとマエダ社製の掛布ソフライトSCO-50(鉛当量:0.5mmPb)が利用できる可能性がある。また、十川ゴム社製の放射線遮蔽ゴムシートRSL-070の厚さ5mm(鉛当量0.66mmPb)~10mm(同・1.24mmPb)を人体の貫通部のくり抜き加工を施して使用しても良い。
前述の低反射減弱元素であるPbの厚みが0.4~0.8mmの単体を圧延した金属シートによる低反射減弱材料を利用するのも良い。より良くはPb-Sn-Nbをクラッド圧延した金属薄膜である特許文献1の可撓性の複合吸収材料が良い。
【0081】
(接続コネクタの説明)
本発明のボックスの天井部や側面部の各所に設置される接続コネクタ24について説明する。手術の際には、患者人体に多くの計器の接続や、薬液の供給や排出を行う。追加シールドボックス1が無い場合は、特に配慮なくても容易に電気・信号接続や給排液できたが、追加シールドボックス1を設置した場合はその方法を検討する必要がある。緊急時や短期的なものは側端部開口28や患者ポート20より物品の搬出入や電気信号接続・給排液ができる。また、点滴等はボックス本体の天井にあるフックに設置して利用することも可能である。恒常的な電気・信号接続や給排液は、ボックス本体の天井部や側端部等の受像機ポート13に取付けた遮へい能力のある接続コネクタ24により行う。これにより、ボックスを貫通して連絡し、開口を設けることなく遮へいを維持しながらボックス等の内部と外部との間の電気・信号接続や給排液ができる。
図1では接続コネクタ24は天井部に設けており、コネクタは細い電気・信号用が3列、やや太い液体用が2列で示している。ボックス等の内部には、電源コンセントを設置する。覗き窓6は表面積が大きいので診療室等の天井の照明で内部は十分に明るいが、スポットライト型の局所照明器具等は必要に応じてボックス等の内部の各所に設置する。ボックス等に接続コネクタ24の数量を増やすことは可能であり、そこでの電気・信号用や液体用のコネクタの数量を増やすことも、減らすことも可能である。
接続コネクタ24で使える電気・信号用の気密コネクタの市販品はダイトロン社製のハーメチックコネクタ等がある。
液体用のコネクタは中空ガイド円筒中に設置する。中空ガイド円筒からボックス内部へはボックス壁面の小さな貫通穴を介して細い短管で導かれる。液体用のコネクタの市販品はトップ社製の閉鎖式コネクタ(セフィオフローコネクターSC、医療機器登録番号:21400BZZ00227000)等がある。この製品は医薬品の投与、採血、接続部の保護に用いるニードルレスバルブタイプの三方活栓のコネクタである。液体を送入する際は閉鎖式三方活栓付きエックステンションチューブで接続し、液体袋を外した時には閉鎖環境を維持される。本体材質はポリカーボネート製であり、バルブ部材質はシリコンゴムである。閉鎖式コネクタを挿入する方向で入側と出側が選択でき、消耗品として手術毎に交換する。
患者の体液等の排液を吸引して排出する際は、手術後に洗浄消毒が必要であるが、ボックス壁面の小さな貫通穴にエックステンションチューブを直接挿入しても良い。
【0082】
(ボックス等による位置の調整方法)
本発明のボックス等の組み立てによる位置調整方法について説明する。標準型のボックスの組み立て方法を
図2で説明する。追加シールドボックス1は手術の目的(患者の患部)で決まるX線透視装置の照射野の位置を基準として、その位置調整する必要がある。ボックスは体軸(長さ)方向に2つ以上に分割して現場で組み立てができる構造としている。標準型のボックスの場合はボックス本体4と端面ボックス5に分割する。
また、アンダーチューブ型のX線受像機10は、患者人体25の照射野に可能な限り近づけた方が解像度はよく、患者の被ばくの低減できる。X線受像機10を患者人体25に近づけるには、アンダーチューブ型のX線受像機10はボックス内に収納することが好ましい。そのため、患者人体とX線受像機10との位置を手術の目的に応じて決めた後に、ボックスの組み立て・寸法調整に着手する。
【0083】
図2は、X線受像機10の位置が決まり、これから受像機アーム11をボックス本体4に差し込む時点での状態を示している。
ボックス本体4をX線受像機10側にスライドすることで、端面天板14の受像機ポート13にX線受像機アーム11を差し込む。差し込んだ後に接続フランジ蓋29を端面天板14に埋め込みボルトで押し込んで取り付ける。
標準型の追加シールドボックス1では、上述の方法でX線受像機10をボックス内に収納して設置し、遮へいを維持しながら手術ができる。
【0084】
フラットパネルディテクタ(FPD)方式のX線受像機10は開発による技術進歩が著しく、最近では小型化・軽量化が進んでおり、アンギオ装置の受像機アーム11を細くすることや、長くすることに技術的な問題はないと考えられる。
さらには、実施例4のように受像機アーム11自体を無くし、X線透視装置と分離して独立したFPDをボックス内に収納することも可能と考えられる。そのため、今後さらに本発明のようなニーズがあれば、小型軽量で独立したFPDの製造販売が加速する可能性もある。FPDの開発状況等の詳細は実施例4で後述する。
【0085】
(スリーブポートの説明)
本発明のボックスの近接で内部を操作する装置であるスリーブポート8とスリーブ構造体を
図3に示す。
図3に示す含鉛腕スリーブ9と含鉛グローブ54とグローブレスポ―ト60を総称して「スリーブ構造体」と呼ぶ。
スリーブ構造体の1つが含鉛腕スリーブ9等であり、ボックスの複数のスリーブポート8に取付けられる。
図1ではスリーブポート8はボックス本体の長い方の端面の片側に大径ポート50が各4個、両側で合計8個が設置されている。また、ボックス本体の短い方の端面に小径ポート51が2個、端面ボックスに小径ポート51が2個、合計で4個が設置されている。スリーブポートはボックス等に取り付けられた直径14~22cmで長さ3~7cm程度の中空の短管である。外面には含鉛腕スリーブ9を締結バンド52で固縛し易くする凹凸形状が設けられる場合がある。スリーブポートはボックス等の母材と同じ材質である。スリーブポート8の形状の例は
図3のaに示す。a-1が大径ポート50、a-2が小径ポート51の形状である。
【0086】
大径ポート50の開口形状は水平方向に長い楕円形となっており、手を挿入したままで横移動できる余寸法があるため手技が容易となる。小径ポート51の開口形状は設置位置側の寸法制約から直径14~16cm程度の円形である。手元の視野が必要であれば小径ポート51用のスリーブポートは、透明な含鉛アクリル板に取り付けてボックス等に設置しても構わない。
このようにボックス等にはスリーブポート8は多数が設置できるため、手術時には術者のみでなく補助者も同時にボックス内に手を挿入できる。手術によって手の挿入が必要な医療従事者の数は異なるが、スリーブポート8の数はもっと多くても少なくても構わない。
【0087】
(含鉛腕スリーブの説明)
本発明のボックスの含鉛腕スリーブ9について説明する。スリーブ構造体の1つは手袋部分がない含鉛腕スリーブ9であるが、手袋部分もある含鉛グローブ54を使う場合もある。含鉛腕スリーブ9の場合、医療従事者は別途に含鉛手袋56を装着して手腕を挿入する。これは含鉛手袋56の方が含鉛グローブ54よりも繊細な手技がやり易く、安価なためである。これらの組み合わせの考え方は、
図3で説明する。
【0088】
図3は、スリーブポート8の種類とそこに取付ける機材と防護具の相関の説明図である。aはスリーブポートと形状は前項の説明の通りである。bはボックスに設置する機材と防護具を示し、cは医療従事者が装着する防護具を示している。
図3のa-1の大径ポート50の横並びで説明すると、b-1の含鉛腕スリーブ53をボックスに設置した場合、医療従事者が装着するのはc-1の含鉛手袋56のみとなる。b-2の含鉛グローブ54をボックスに設置した場合は、医療従事者が装着する防護具はない。但し、これらボックス用のグローブは指先の操作性が良くないため、術者が手技に使うことは考え難いが、補助者には有用である。なお、上述の内容はa-2の小径ポート51でも同じである。
図3のdはスリーブポート8へ設置方法を示し、eは同左・締結バンドの構造を示す。含鉛腕スリーブ9や含鉛グローブ54は、
図3のdの通り、締結バンド52によりスリーブポート8に装着する。締結バンド52は、
図3のeの通り、ハウジング58中のスクリュー59をねじ廻しすることにより、バンド57を送り、含鉛腕スリーブ9や含鉛グローブ54を締結することができる。
【0089】
ボックス等内部やスリーブポート8位置での放射線量率が低ければ、ポートには含鉛腕スリーブではなく、グローブレスポ―トを設置しても構わない。なお、グローブレスポ―トは丸型の配線孔キャップのように、放射状に貫通切り込みを入れた円板である。医療従事者は切り込み円板部を貫通して手腕を挿入する。
図3のa-2の小径ポート51の横並びで説明すると、b-3のグローブレスポ―ト60をボックスに設置した場合は、医療従事者は被ばく防護のために含鉛手袋56と含鉛腕カバー55を装着する必要がある。一方、手を挿入する可能性がないポートは、ボックス等と同じ材質の閉止板で閉じて、散乱X線が空間に漏出するのを防ぐのが良い。
【0090】
含鉛腕スリーブ9の先端部は市販の腕カバー(腕抜き)のように先端の手首部を弾性変形で伸縮性のある素材である袖口ゴム等を付して萎めて閉じることにより、開口を塞ぐものとする。この開口を塞いだ状態は手腕を差し込むことで容易に開くことができる。また、先端の指部を2ないし3に分けて、グローブのように先端部を手袋状に成型した密閉構造としても構わない。
含鉛腕スリーブ9の市販品は見当たらないが、簡易的には含鉛グローブ54の手先の部分を切断して作ることもできる。含鉛ゴム等を鋳込んで含鉛グローブ54を製造する金型の一部(手指の部分)を除外して量産するのが合理的である。
含鉛手袋56の市販品は、PROTECH LEADED EYEWEAR INC.社製のPR1Gや、アズワン社製の放射線防護用手袋G-3や、三興化学工業社製のエラストX等がある。また、特許文献6のものでも良い。特許文献6は、医療分野等の継ぎ目のない放射線遮へい用の手袋に関するものである。
含鉛グローブ54の市販品は、コクゴ社製のグローブボックス用手袋エラスタイト手袋XL-Wがある。グローブレスポ―ト60の市販品は、円形のものはサンプラテック社製のグローブレスポートがある。楕円形のグローブレスポ―トの市販品は見当たらない。
【0091】
(標準型の追加シールドボックスの全体構成)
図1ではアンダーチューブ型における標準型の追加シールドボックスの基本構成図を示し、
図2では現場でのその組み立て方法を示し、
図3ではスリーブポート8の種類とそこに取付ける機材と防護具の相関の説明図を示した。
図1と
図2では本発明のボックスの範囲外であるテーブル2とX線源33および患者人体25は想像線で示している。
なお、
図1と
図2の基礎となる知見として引用したアンダーチューブ型のX線透視装置の構造、すなわちX線受像機10をテーブル2の上方で固定する構造のX線テレビは最近ではあまり販売されていない。1970年頃には一般X線撮影装置(X線テレビ)として東芝電気社製のアンダーチューブ方式X線テレビDT-AA型や日立社製のレントゲンアンダーテーブル式遠隔操作方式カセッテレスカメラ装着X線テレビEDTP-CA/FA型等が販売された。
しかし、最近のX線テレビは一般X線撮影装置としてX線源33をテーブル2の上方で固定し、X線受像機10をテーブル2の下方で固定するオーバーチューブ型の構造のものが一般的である。オーバーチューブ型の追加シールドボックスは残された検討課題があるため別途に考案するものとし、本発明には含まない。
その一方、最近でもIVR用のアンギオ装置には、Cアーム型等でアンダーチューブ型の構造で利用するX線透視装置が多く販売され、多用されている。X線受像機10を固定しないためやや複雑な構造であるCアーム型やその進化型のX線透視装置での本発明の実施例は後述する。
本実施例はあくまでも標準型の追加シールドボックスの構造を、近接で内部を視認する覗き窓と近接で内部を操作するグローブポートとスリーブ構造体を用いたアンダーチューブ型において分かり易く説明する目的である点には留意が必要である。
【0092】
(標準型の追加シールドボックスの鳥瞰図の説明)
本発明の標準型の追加シールドボックスを
図4の鳥瞰図を用いて説明する。4の鳥観図では、テーブルの形状は
図1と
図2で仮想線にて示した据置型ではなく、分り易く、かつ、見易いように後述の実施例にある各図と同じアイランド型を実線で示している。また、掛布等22は、掛布ホルダ23で吊上げて患者ポート20を塞ぐ前の状態を示している。
本発明の追加シールドボックス1は、患者の患部に相当する照射野15を立体的に取り囲んで遮へい部材を配置している。ボックスを構成する各部材がX線の遮へい能力を有し、外部空間と通じた開口がなく、遮へい能力のあるガラス板である覗き窓6を介して外部空間から内部を視認しながら遮へい能力のある含鉛腕スリーブ9等のスリーブ構造体を介して医療従事者がボックス内に手を挿入して手術ができる。
また、含鉛腕スリーブ9等のスリーブ構造体は可撓性の材料とし、ボックス等のスリーブポート8に取り付けて使用する。
患者は患者ポート20を介して体軸方向にボックスを貫通させることで照射野とその周辺以外の頭部や体肢部等の部位を外部空間に置き、患者ポート20に取付けた遮へい能力のある可撓性のカーテン式の掛布等22でボックスと人体との間の開口を塞ぐ。
電源、電気信号、光学信号および液体は、遮へい能力のある接続コネクタ24により、開口なしにボックスを貫通して内外で連絡する。
【0093】
アンダーチューブ型の場合は、より遮へい性能の優れた材料の天板7により患者人体の照射野とその周辺から上方への小角散乱X線を含む前方散乱X線を遮へいできる。照射野とその周辺と他の部位からの側方への側方散乱X線は遮へい能力のある掛布等とボックス等および覗き窓6で遮へいできる。さらに、これらの材料を複合吸収材料や増設複合吸収材料の構成とすることで散乱X線を減弱するとともに吸収することができる。
アンダーチューブ型のX線受像機10は現場でボックス本体4と端面ボックス5により受像機アーム11を挟み込で組み立てることで、開口なくボックス内に収納できる。端面ボックス5の天井部はX線が漏れることないように複数の部材で遮へいする。X線源33は位置と角度を調整できるポータブル型のものをボックス床面の下方に別途に設置する。これによりX線受像機10の画像の解像度は良くなり、その効果でX線源のX線出力を低減できる。
上述した開口がない遮へい能力のあるボックス内で手術することで、診療室等内の空間線量率が低減することで正当性がない医療従事者の職業被ばくを低減し、必要がない患者の頭部や体幹部・体肢部等の医療被ばくを避けることができる。特に、術者の頭部(眼)への職業被ばくは大幅に低減できる。
【実施例3】
【0094】
(小角散乱X線のエネルギーが高い場合のオプション)
実施例3は患者人体での小角散乱により放射線強度が高い小角散乱X線を含むテーブル上方への前方散乱X線を遮へいする。
【0095】
X線の強度が高い小角散乱X線を含む前方散乱X線の遮へいの基本的な考え方を説明する。対象となるのは患者人体の照射野とその周辺で前方散乱したX線であり、散乱角が35度以内の前方散乱X線である。これにより術者の視界はやや悪くなるが、術者の頭部や眼に向かう前方散乱X線の遮へい能力は高くなる。
実施例2で示した天板7の面積を拡大することで対応する。天板7の材質は実施例2で示したものと同じである。
【0096】
前項の説明の通り、天板7の面積は、照射野での散乱角が35度の散乱X線が照射される範囲に拡大する。
すなわち、天板7は体軸の垂直方向の幅を拡大する必要がある。天板7の幅を拡大するために、ボックス等は覗き窓6の傾斜角をより垂直に近づけて設置することによりボックス等の体軸の垂直方向の幅を拡大する。そのため、視野はやや見難くなる。これにより、幅が広い天板7を設置する場所を確保する。
また、天板7は体軸の垂直方向の長さを伸ばす必要がある。特に、求められる寸法からは、端面ボックス5の端面天板14を長くする必要がある。端面天板14を長くするために、端面ボックス5が体軸方向に長くなる。
【0097】
上述の説明の通り、標準型の
図2に比べると、天板7と端面天板14の面積が拡大し、端面ボックス5が大きくなっていることが判る。
なお、アンダーチューブ型のX線テレビの構造のX線透視装置は、最近では多く販売されているものではない点は実施例2と同様である。
【実施例4】
【0098】
(FPD内蔵型の追加シールドボックスの全体構成)
実施例4ではX線透視装置とは分離して独立したフラットパネルディテクタ(FPD)方式のX線受像機10をボックス等の内部に収納して設置し、自在に移動可能としたFPD内蔵型の追加シールドボックス(以下、「FPD内蔵型のボックス」という)の全体構成を説明する。
図5はX線源をテーブル下方に配置したアンダーチューブ型におけるFPD内蔵型の追加シールドボックスの全体構成図である。
【0099】
X線受像機10の揺動範囲は従来のように大きくすることが難しいこと、端面ボックス5での術者の視野は狭くなることが課題とされた。そのため、X線透視装置とは分離して独立したX線受像機10をボックス内に収納することがその解決策となる。一方、前述および次項以下の通り、X線受像機10の対象とするFPDの近年の技術進歩は著しく、小型化・軽量化のものも上市されている。
【0100】
(FPDの開発状況)
FPDは、フラットパネル型のX線イメージセンサーであり、FPDは、1990年代から研究が本格化し、その後技術開発が急速に進展し、1998年頃にはFPDをX線受像機とするデジタル一般撮影装置が上市されている。FPDが持つ長所は、CR(Computed Radiography)との比較では、IP(Imaging Plate)を使わないのでカセット交換不要な点、撮影から画像表示までの時間が短い点、リアルタイム撮像に近づき静止画・動画兼用となりうる点が挙げられる。また、DR(Digital Radiography)との比較では、大面積で高解像度の画像が得られる点、大幅な薄型化による設置場所の自由度の拡大する点が挙げられている。そのため、救急診療で用いる可搬型の撮影装置では、CRからFPDへ大幅に移行している模様である。しかし、FPDが高価であること、落下による破損の可能性が高いことが課題とされている。
【0101】
1998年頃に上市されたX線イメージセンサーは、X線の強弱を電気信号に変換する変換膜6と電気信号を読み取る薄膜トランジスタ(TFT)をキーデバイスとしている。これは、主にガラス基板にアモルファスシリコンを積層し、TFT、フォトダイオードを集積化したMOS型イメージセンサー上に、シンチレータを積層した間接型FPD(以下、「TFT型のFPD」という)である。しかしながら、このFPD用イメージセンサーは、実施例4に説明するCCDセンサーと同様に画像データ処理の高速化が難しく、大面積なFPDとなればその傾向は一層顕著になった。そのため、独立したTFT型のFPDでは質量が大きい上に1回の撮影分のデータしか蓄積できず、動画の連続撮影には適用できなかった。そのため、PCやタブレットに画像データを取り出す独立したFPDは、2022年時点では画像が小さい動物用や歯科での1枚の静止画によるX線透視観察に利用されている。
【0102】
2010年頃に上市されたX線イメージセンサーは、低電圧で消費電力が小さい相補性金属酸化膜半導体(CMOS)イメージセンサーである。CMOSの原理等の詳細は後述の実施例4に示すが、フォトダイオードとアンプで電荷を電気信号に変換するという仕組み自体はCCDと同じであるが、X線情報を半導体膜により直接電気信号に変換する直接変換方式である。CMOSイメージセンサーは、大規模集積回路(LSI)と同様な基板型の半導体センサーであり、フォトダイオード1個につきアンプ1個が対をなす構造と、さらには信号を増幅するアンプや転送用の回路などの仕組みを、1 個の半導体の中に作り込んでしまえる直接型FPD(以下、「CMOS型のFPD」という)である。そのため、独立したCMOS型のFPDはシステム全体が簡素で重量が軽く、連続撮影した動画画像データをそのままPC等に伝送できる。
本発明のFPD内蔵型のボックスの場合、内蔵した独立のFPDの質量が大きいと、それを支える全体構造が大型化する。そのため、TFT型のFPDよりも、CMOS型のFPDの方が好ましい。
【0103】
(FPDの型式と仕様)
FPDにはヨウ化セシウム(CsI)シンチレータ蛍光体を用いられているものが多く、寸法は一辺が10インチ(25.4cm)から17インチ(43.2cm)の商品がある。信号接続は有線と無線およびケーブル脱着でその両方を切り替え利用できるものがある。無線の場合の通信規格は IEEE802.11n に準拠した無線LAN運用方式(Wi―fi)を採用している。有線/無線に係わらず、LAN回線の接続で画像データをPCやタブレットに取り出せ、映像をモニター画面や大型液晶ディスプレイ画面に表示できる。
外付けのX線源により単体で独立して利用可能な市販のTFT型のFPDは、(1)キャノンメディカルシステムズ社製のFPD1717 TFP-1700A、(2)富士フィルム社製のデジタルラジオグラフィDR-ID 1200、(3)DRTEC Corporation社製のデジタルFPD「EVS2025C」「EVS4343」等がある。このうち(3)のEVS2025Cの仕様詳細は、シンチレータがCsl、信号接続が有線と無線の両方式、画素サイズが76μm、外形寸法が幅23cm×長さ28cm×厚さ1.5cm、重量が1.6kgである。同(3)のEVS4343は有線接続であるが照射面は大きく、画素サイズが140μm、解像度は3072×3072ピクセル、外形寸法が幅43cm×長さ43cm、重量が3.5kgである。
一方、外付けのX線源により単体で独立して利用可能な市販のCMOS型のFPDは、MX Imaging社製のX線透視画像撮影装置用CMOS FPDのCFP2022およびCFP3131がある。両者共にX線変換素子はCslシンチレータ、画素サイズが99μm、信号接続が有線方式である。CFP2022のX線画像解像度は2064×2036ピクセル、寸法は幅24cm×長さ29cm×厚さ5.5cmで重量はPbシールド付きで4.54kg、Pbなしで約3kgである。CFP3131のX線画像解像度は3096×3096ピクセル、寸法は幅32cm×長さ37cm×厚さ5.5cmで重量はPbシールド付きで7.72kg、Pbなしで約5kgである。その他のCMOS型のFPDとしては、Teledyne Rad-icon Imaging社製があり、これはシンチレータがGd2O2Sであって重量は4~8kgの範囲のものがある。この仕様詳細は、Rad-icon 2329は画素サイズが49μm、ピクセルが4608×5890であり、Rad-icon 3030は画素サイズが99μm、ピクセルが3096×3100である。
これら上市されたFPDは十分に軽量・コンパクトであり、有線/無線接続により単体で容易にX線透視装置に接続して利用できる。本発明の以降では、ボックスに内蔵するFPDは、CMOS型のFPDであるCFP2022の重量(Pbなしでの重量は約3kg)を例として検討した。
【0104】
(FPD内蔵型の基本的な考え方)。
実施例4では、X線透視装置とは分離して独立して設置したFPD方式のX線受像機10をボックス内に収納できるFPD内蔵型のボックスを考案した。
なお、FPD以外のX線透視装置は従来のX線透視装置(アンギオ装置)の機能を踏襲するものと考えた。
【0105】
(FPD内蔵型のボックスの全体構成)
FPD内蔵型のボックスのボックス本体4、スリーブポート8、含鉛腕スリーブ9、敷布等21、掛布等22、接続コネクタ24の説明は実施例2と同じであるため、実施例4での説明は省略する。また、端面ボックス架台37と端面ボックス5の高さ調整等の高さ調整回転ノブ38等の説明は実施例2と同じであるため、実施例4での説明は省略する。そのため、以下ではFPD内蔵型のボックスの端面ボックス5、覗き窓6、端面天板14等を説明する。
【0106】
FPD内蔵型のボックスの概要を述べる。端面ボックス5はテーブル上に定置せず、高さ調整が可能な端面ボックス架台37により床面より支持している。また、そこには端面ボックス5をボックス本体4と現場で組み立てるために、スライドガイド36が端面ボックス5の底面に取り付けられる。以下では、これらの詳細を説明する。
【0107】
次にFPD内蔵型のボックスの天井面の遮へい方法について説明する。端面ボックス5の天井部は貫通部材がない構造であるため、X線受像機10の移動による余空間より散乱X線が漏れ出すことが無い。すなわち、天井部は端面天板14により十分に遮へいされる。天板による遮へいの考え方は実施例2で述べた通りである。
【0108】
さらにFPD内蔵型のボックスの現場での組み立て方法等を説明する。X線受像機10を内包しているため、受像機アーム11がない。実施例2~4のように受像機アーム11を中心とした組み立て方法は必要ないため、FPD内蔵型のボックスの組み立て方法に特段の制約はない。
端面ボックス5中のX線受像機10の位置を患者人体の照射野の位置に合わせた後に、ボックス本体4を組み立てることになる。
図5では端面ボックス5は端面ボックス架台37により床面から支持している。例えば、ボックス本体4と端面ボックス5は一体の構造物とすれば、2個を組み立てることなく一度で1個のボックスを位置決めすることも考えられる。但し、この一体型の追加シールドボックスは検討課題があるため別途に考案するものとし、本発明には含まない。
また、ボックス内の可動部材が多くなったため、
図5では端面ボックス5の患者頭部側の端面板をねじ止めにより取り付け・取り外しできる保守用端板45としている。
【0109】
最後に、FPD内蔵型のボックスのFPD方式のX線受像機10を接続するアンギオ装置等について説明する。現在、市販されているアンギオ装置でFPDが分離したものは見当たらないが、多くの場合ではFPD自体はLAN回線で接続されているため、LANケーブルの差し替えによりFPDを切り替えることは可能である。従来品のCアーム型をそのまま利用する場合は、FPD方式のX線受像機は使用せず、X線源と解析・制御装置を使用することとなる。
X線透視装置を透過・透視機能のみで使用する場合は、市販されているアンギオ装置を利用する必要はなく、外付けのX線源33とパーソナルコンピューター(PC)を利用することでFPD内蔵型のボックスを治療・検査に運用することができる。PC用の画像解析ソフトはFPDに付属しているものを利用する。
市販されている外付けのX線源は、富士フィルム社製の携帯型X線撮影装置CALNEO XAIR、ミカサエックスレイ社製の医療用撮影モデルHTR9020H、ティーアンドエス社製のポータブルX線撮影装置NX-100等がある。これらポータブルX線源は位置や傾斜角は、姿勢を維持できるキャスター等に載せて使用する。位置・角度を決める機能のある床置きの外付けX線源は残された検討課題があるため別途に考案するものとし、本発明には含まない。
【0110】
図5はFPD内蔵型の追加シールドボックス1の全体構成図を示している。
図5の正面図と側面図は、矢視A-Aと矢視B-Bとして断面で表示している。平面図の中央部分はカットラインにより内部構造を示している。また、
図5では本発明のボックスの範囲外であるテーブル2と患者人体25およびX線源33は想像線で示している。また、FPD方式のX線受像機10とX線源33の移動範囲は正面図と側面図の中に想像線で示している。
上述の説明の通り、前記の実施例と同様にボックス本体4にはほぼ変更はない。端面ボックス5は実施例2の
図2の標準型と比べても簡単な構造である。端面ボックス5の天井部を貫通する構造物がないため、天井部は端面天板14で容易に遮へいできる。
また、ボックス付近に受像機アーム11が無くなったことで、ボックス側面位置の障害物が無くなり、ボックスへのアクセスが容易となり、手術時の医療行為をより平易に行える。
なお、本実施例はあくまでもFPD内蔵型の追加シールドボックスの構造を、近接で内部を視認する覗き窓と近接で内部を操作するグローブポートとスリーブ構造体を用いたアンダーチューブ型において分かり易く説明する目的である点には留意が必要である
【0111】
(FPD内蔵型の追加シールドボックスの鳥瞰図)
本発明のFPD内蔵型の追加シールドボックス(ボックス)を
図6の鳥瞰図を用いて説明する。FPD内蔵型のボックスでは、前記内容を再録して説明する。
本発明の追加シールドボックス1は、患者の患部に相当する照射野15を立体的に取り囲んで遮へい部材を配置している。ボックスを構成する各部材がX線の遮へい能力を有し、外部空間と通じた開口がなく、遮へい能力のあるガラス板である覗き窓6を介して外部空間から内部を視認しながら遮へい能力のある含鉛腕スリーブ9等のスリーブ構造体を介して医療従事者がボックス内に手を挿入して手術ができる。
また、含鉛腕スリーブ9等のスリーブ構造体は可撓性の材料とし、ボックス等のスリーブポート8に取り付けて使用する。
患者は患者ポート20を介して体軸方向にボックスを貫通させることで照射野とその周辺以外の頭部や体肢部等の部位を外部空間に置き、患者ポート20に取付けた遮へい能力のある可撓性のカーテン式の掛布等22でボックスと人体との間の開口を塞ぐ。
電源、電気信号、光学信号および液体は、遮へい能力のある接続コネクタ24により、開口なしにボックスを貫通して内外で連絡する。
アンダーチューブ型の場合は、より遮へい性能の優れた材料の天板7により患者人体の照射野とその周辺から上方への小角散乱X線を含む前方散乱X線を遮へいできる。照射野と他の部位からの側方への側方散乱X線は遮へい能力のある掛布等とボックス等および覗き窓6で遮へいできる。さらに、これらの材料を複合吸収材料や増設複合吸収材料の構成とすることで散乱X線を減弱するとともに吸収することができる。
FPD内蔵型のボックスにおいてフロントパネルディテクタ(FPD)方式のX線受像機10は、移動機構と共に全ての装置がボックス内に収納される。FPDは独立した単体のX線平面検出器である。X線源33は位置と角度を調整できるポータブル型のものをボックス床面の下方に別途に設置する。端面ボックス5の天井部を貫通する物品はないため、前方散乱X線は端面天板14により確実に遮へいできる。これによりX線受像機10の画像の解像度は良くなり、その効果でX線源のX線出力を低減できる。また、受像機アームが無いため、ボックスの周囲には手術を妨げる機材がないため、医療従事者は広々とした空間で容易に手術ができる。
上述した開口がない遮へい能力のあるボックス内で手術することで、診療室等内の空間線量率が低減することで正当性がない医療従事者の職業被ばくを低減し、必要がない患者の頭部や体幹部・体肢部等の医療被ばくを避けることができる。特に、術者の頭部(眼)への職業被ばくは大幅に低減できる。
【実施例5】
【0112】
(実施例1のうち特許文献1の複合吸収材料)
発明者が同じ特許文献1では、散乱X線を良く減弱して吸収する複合吸収材料が考案されている。複合吸収材料は患者人体からの散乱X線が照射される表面に配置され、入射した散乱X線を最大限に効率的に線減衰した上で線エネルギー吸収することで、散乱X線の再散乱を低減することが目的である。複合吸収材料による減衰・吸収により、X線はそのエネルギーを光電子等の運動エネルギー等に変換させることで消滅する。複合吸収材料は、主に鉛(Pb)等の低反射減弱層(初層)と多層吸収層(拡散吸収体と電子吸収体の対が1~3対)より構成される。すなわち、複合吸収材料は、人体組織やテーブル等の散乱体からの散乱X線を、異なった役割を持った3層以上を密着して多層に重ねた材料により減弱させて吸収する。
【0113】
複合吸収材料の原理を説明する。複合吸収材料が主に対象とするのは、物質により複数回の散乱をした散乱X線であり、エネルギーは88KeV未満であるが、それよりもやや低いエネルギー領域を主体として対象としている。
X線が光電領域で物質と相互作用した場合、入射したX線の多くが光電効果により線エネルギー吸収される。入射X線のエネルギーが吸収端を超えると、光電効果に伴い光電子と特性X線とオージェ電子を放出する。また、これらの電子の制動放射により制動X線が発生する。吸収端付近のやや高い側のエネルギー領域では著しく光電吸収するという特異吸収が起こる。
初層の低反射減弱層のPbは、入射したX線の多くを良く線減衰し、良く線エネルギー吸収する。PbのK吸収端は88KeVであり、L吸収端が約13~16Keである。すなわち医療用X線装置の場合でもPbの表面からはL吸収端による特性X線(L-X線)約10.5~14.8KeVが放出されている。
PbのK吸収端とL吸収端の間のエネルギー領域(17~87KeV)では、原子番号が37以上で81未満の元素で特異吸収が起こり、その元素のK吸収端よりやや高いエネルギー領域からK吸収端の間で著しく光電吸収する。
多層吸収層は特異吸収を利用して、拡散吸収体と電子吸収体の対で効率良くX線の消滅を狙ったものである。このエネルギー範囲のある単色のエネルギー(例えば60/50/40/30/20KeV)で電子吸収割合が70%未満の元素が拡散吸収体として摘出される。なお、単色のエネルギーでの線減衰係数μと線エネルギー吸収係数μenおよび電子吸収割合(μen/μ)は表3を参照とする。
拡散吸収体はK吸収端の特異吸収により著しく線減衰し、著しく線エネルギー吸収もするが、電子吸収割合が70%未満の元素のため、同時に一定の二次X線(特性X線、制動X線)も再放出する。つまり、吸収に加えてあちこちの方向への二次X線の再放出により、周囲の層に減弱させた光子を拡散押戻しする(すなわち、薄い材料の層内を一層ジグザグに長い距離を移動させる)役割もある。
電子吸収体は二次X線等を吸収する原子番号が11以上で82以下の元素であり、拡散吸収体を摘出した特定のエネルギーでX線を良く線エネルギー吸収する、すなわち電子吸収割合が70%以上で良く電子吸収する元素である。
すなわち、拡散吸収体と電子吸収体の対として共存させることで、薄い材料の層の中でX線を拡散押戻して何度も行き交いさせながら電子吸収する。
多層吸収層では1~3対の拡散吸収体と電子吸収体の対を隙間なく重ね合わせて配置することで、薄い多層の材料内を何度も行き交いする中で効率的にX線を消滅させ、光電子等の運動エネルギー等に変換させる。
【0114】
複合吸収材料に用いる材料を説明する。
低反射減弱層(初層)は、0.1~0.3mmのPbを設定する。
多層吸収層の対は、K吸収端以外に設定した任意の単色エネルギーでの線エネルギー吸収係数μenの数値と電子吸収割合(μen/μ)を見て、拡散吸収体と電子吸収体の対となる元素(材質)を設定する。
拡散吸収体を設定する単色のエネルギーが50KeVの場合は、表3の50KeVの電子吸収割合μen/μが70%未満で拡散吸収体とする元素の単体または化合物は、SnまたはBaとする。同・70%以上でその対となる電子吸収体とする元素の単体または化合物はFe、Cu、NbまたはMoとする。電子吸収体にはWまたはPbを配置することも、近接する層に配置されたものがあれば他の役割で設置したこれらを兼務して統合することもできる。
拡散吸収体を設定する単色のエネルギーが30KeVの場合は、表3の30KeVの電子吸収割合μen/μが70%未満で拡散吸収体とする元素の単体または化合物はNb、MoまたはSnとする。同・70%以上でその対となる電子吸収体とする元素の単体または化合物はTi、FeまたはCuとする。電子吸収体にはBa、WまたはPbを配置することも、近接する層に配置されたものがあれば他の役割で設置したこれらを兼務して統合することもできる。
【0115】
次に多層吸収層全体での拡散吸収体・電子吸収体の組み合わせの設定の操作(多層吸収層の設計方法)を説明する。なお、電子吸収域とは各元素の電子吸収割合(μen/μ)が70%以上となるX線エネルギー領域である。別途光子放出域とはこれが70%未満となる領域である。これらは表3のNISTデータベースに示す単色のX線エネルギーに対して設定している。
散乱体(身体組織、テーブル、濾過フィルタ等)より88KeV未満の散乱X線の照射を受ける初層には、このエネルギー領域での散乱が小さいPbを用いる。
例えば2層目の1つ目の拡散吸収体には、40~60KeV(中央値:50KeV)を意図的に狙い、この領域で別途光子放出域にある元素である例えばSn等を用いる。
2層目に対なる3層目の電子吸収体には、50KeVの領域で電子吸収域にある元素である例えばMoまたはNb等を用いる。厚みが増えるがCu、Feでも構わない。
例えば4層目の2つ目の拡散吸収体には、20~40KeV(中央値:30KeV)を意図的に狙い、この領域で別途光子放出域にある元素である例えばNbまたはMo等を用いる。
4層目に対なる5層目の電子吸収体には、30KeVの領域で電子吸収域にある元素である例えばCuまたはFeを用いる。条件によってはAl、Si、Tiでも構わない。TiのK吸収端は4.96KeVであるため、必然的に多層吸収層の拡散吸収体を構成する元素のK吸収端は5KeV以上となる。
上記の構成により、88KeV未満の散乱X線を消滅させ、電子の運動エネルギーに変換することができる。
【0116】
複合吸収材料は、本発明の構造物を構成する1つの主要な材料となる。複合吸収材料を利用することにより、診療室内等の空間の放射線量率を低減できる。これにより、X線受像機の画質を鮮明にし、かつ、患者等・医療従事者の被ばくを正当に最小化できる。複合吸収材料の基本ケースの構成を
図7で説明する。
図7は多層吸収層の最外層を蛍光収率が低く、発生する特性X線のエネルギーが低いAl、Si、Mg等とした場合のPbの低反射減弱層(初層)と多層吸収層(1~3対)のみからなる基本ケースの構成を示した。
図7のa.は構成の説明図、b.は多層吸収層が拡散吸収体と電子吸収体が2対で全5層となる複合吸収材料、c.は多層吸収層が拡散吸収体と電子吸収体が3対で全7層となる複合吸収材料、d.は多層吸収層が拡散吸収体91と電子吸収体が1対で全3層となる複合吸収材料を示す。
ここでの材質の組み合わせの例は、全5層の場合でPb-Sn-Nb-Cu-Al、全7層の場合でPb-Ba-Sn-Nb-Cu-Fe-Al、全3層の場合でPb-Nb-Siである。特性の近い元素の組み合わせであるFeとCuを統合し、この全7層の場合はPb-Ba-Sn-Nb-Cu-Alと全6層としても良い。
複合吸収材料を使用する部位には、散乱X線を低減する効果は低減するが、次善の策として実施例1で説明した低反射材料を用いることもある。
【0117】
(複合吸収材料の基本構成図)
図7は複合吸収材料の基本ケースの構成図を示す。a.は構成の概要、b.は2対で全5層74、c.は3対で全7層75、d.は1対で全3層76となる複合吸収材料72の例を示す。低反射減弱層80は複合吸収材料72の場合はPbである。増設複合吸収材料73の場合は、低反射減弱層80の代わりに線減衰材料70または低反射減弱材料71となる。なお、対とは多層吸収層77にある拡散吸収体78と電子吸収体の対(ペア)の数を示す。これらの図中には一点鎖線で対となる拡散吸収体78と電子吸収体79を結んで示し、a.~c.の各図における対の番号を(1)~(3)で示した。図中には例となる元素記号等をカッコ内に示したが、これは例示であり、本発明を限定するものではない。
【符号の説明】
【0118】
1.追加シールドボックス
2.テーブル
3.テーブル支持台
4.ボックス本体
5.端面ボックス
6.覗き窓
7.天板
8.スリーブポート
9.スリーブ
10.X線受像機
11.受像機アーム
12.接続フランジ
13.受像機ポート
14.端面天板
15.照射野
20.患者ポート
21.敷布等
22.掛布等
23.掛布ホルダ
24.接続コネクタ
25.患者人体
26.ガイドレール
27.押え板
28.側端部開口
29.接続フランジ蓋
33.X線源
36.スライドガイド
37.端面ボックス架台
38.高さ調整回転ノブ
39.ラック&ピニオン
40.X線受像機(FPD)
41.可搬式X線源
42.X線源架台
45.保守用端板
46.レール
50.大径ポート
51.小径ポート
52.締結バンド
53.含鉛腕スリーブ
54.含鉛グローブ
55.含鉛腕カバー
56.含鉛手袋
57.バンド
58.ハウジング
59.スクリュー
60.グローブレスポ―ト
61.スライド機構
64.台車
65.鉛直軸回転機構
66.タイバンド
70.線減衰材料
71.低反射減弱材料
72.複合吸収材料
73.増設複合吸収材料
74.複合吸収材料(基本ケース全5層)
75.複合吸収材料(基本ケース全7層)
76.複合吸収材料(基本ケース全3層)
77.多層吸収層
78.拡散吸収体
79.電子吸収体
80.低反射減弱層