(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-17
(45)【発行日】2024-10-25
(54)【発明の名称】抗酸化剤及びその製造方法、医薬組成物及びその製造方法、食品、並びに化粧品
(51)【国際特許分類】
A61K 39/395 20060101AFI20241018BHJP
A61P 39/06 20060101ALI20241018BHJP
A61P 1/04 20060101ALI20241018BHJP
A61P 13/12 20060101ALI20241018BHJP
A61P 9/10 20060101ALI20241018BHJP
A61P 31/00 20060101ALI20241018BHJP
A23L 33/17 20160101ALI20241018BHJP
A61K 8/64 20060101ALI20241018BHJP
A61Q 19/00 20060101ALI20241018BHJP
C07K 16/00 20060101ALN20241018BHJP
【FI】
A61K39/395 Y
A61P39/06
A61P1/04
A61P13/12
A61P9/10
A61P31/00
A23L33/17
A61K8/64
A61Q19/00
C07K16/00
(21)【出願番号】P 2020127543
(22)【出願日】2020-07-28
【審査請求日】2023-05-25
(73)【特許権者】
【識別番号】304023994
【氏名又は名称】国立大学法人山梨大学
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(74)【代理人】
【識別番号】100107515
【氏名又は名称】廣田 浩一
(74)【代理人】
【識別番号】100107733
【氏名又は名称】流 良広
(74)【代理人】
【識別番号】100115347
【氏名又は名称】松田 奈緒子
(72)【発明者】
【氏名】姚 建
【審査官】春田 由香
(56)【参考文献】
【文献】特表2018-507250(JP,A)
【文献】Medina-Navarro, R. et al.,Protein antioxidant response to the stress and the relationship between molecular structure and antioxidant function,PloS One,2010年,Vol.5, No.1,e8971,doi:10.1371/journal.pone.0008971
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 39/00-39/44
C07K 1/00-19/00
C09K 15/00-15/34
A61K 8/00- 8/99
A61Q 1/00ー90/00
A23L 33/00-33/29
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
重鎖と重鎖との間のジスルフィド結合及び重鎖と軽鎖との間のジスルフィド結合を有さず、重鎖と軽鎖が結合しておらず、チオール基を含有する免疫グロブリンを含むことを特徴とする抗酸化剤。
【請求項2】
前記免疫グロブリンは、前記重鎖内のジスルフィド結合及び前記軽鎖内のジスルフィド結合も有さない請求項1に記載の抗酸化剤。
【請求項3】
重鎖と重鎖との間のジスルフィド結合及び重鎖と軽鎖との間のジスルフィド結合を有さず、重鎖と軽鎖が結合しておらず、チオール基を含有する免疫グロブリンを含
み、
大腸炎、虚血性腎障害、及び敗血症からなる群から選択される少なくとも1種の疾患用であることを特徴とする医薬組成物。
【請求項4】
前記免疫グロブリンは、前記重鎖内のジスルフィド結合及び前記軽鎖内のジスルフィド結合も有さない請求項3に記載の医薬組成物。
【請求項5】
請求項1から2のいずれかに記載の抗酸化剤を含有することを特徴とする食品。
【請求項6】
請求項1から2のいずれかに記載の抗酸化剤を含有することを特徴とする化粧品。
【請求項7】
免疫グロブリンを還元剤で処理することを含むことを特徴とする抗酸化剤の製造方法。
【請求項8】
免疫グロブリンを還元剤で処理し、重鎖と重鎖との間のジスルフィド結合及び重鎖と軽鎖との間のジスルフィド結合を有さず、重鎖と軽鎖が結合しておらず、チオール基を含有する免疫グロブリンとすることを含む医薬組成物の製造方法であって、
前記医薬組成物が、大腸炎、虚血性腎障害、及び敗血症からなる群から選択される少なくとも1種の疾患用であることを特徴とする医薬組成物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗酸化作用を有する免疫グロブリンを含む抗酸化剤及びその製造方法、前記免疫グロブリンを含む医薬組成物及びその製造方法、並びに前記抗酸化剤を含む食品及び化粧品に関する。
【背景技術】
【0002】
免疫グロブリンは、すべての哺乳類動物の血清や組織体液中に存在する一群の糖タンパク質であり、免疫反応において重要な役割を果たしている。ヒトの免疫グロブリンには、IgG、IgA、IgM、IgD、IgEが存在する。すべての免疫グロブリンは基本的には同じ構造を持っており、“Y”字型の4本鎖構造(軽鎖・重鎖の2つのポリペプチド鎖が2本ずつジスルフィド結合を介して単量体を形成、
図1A参照)を基本構造としている。前記IgGはヒト免疫グロブリンの70~75%を占め、血漿中における量が最も多い単量体の免疫グロブリンである。
【0003】
免疫グロブリンは、通常は個体の体内で自然に形成される。しかし、何らかの遺伝子疾患や感染症が原因でその作用が働かず、免疫不全状態に陥ることがある。その場合の治療方法の1つとして、免疫グロブリン療法(Intravenous immunoglobulin、略称:IVIG;大量免疫グロブリン療法、免疫グロブリン大量点滴静注療法と称することもある)が知られている。前記IVIGは、Fc活性を有するポリクローナルIgGを静脈投与する治療法であり、炎症性疾患や自己免疫疾患など幅広い疾患の治療に使われている(例えば、非特許文献1及び2参照)。免疫グロブリン療法の作用機序は、Fc受容体を介した機序、補体を介する機序、抗イディオタイプ抗体による自己抗体の制御、炎症性サイトカインの制御などが挙げられている。
近年の研究により、酸化ストレスが炎症反応及び免疫の制御にも深く関与していることが明らかになってきた。また酸化ストレス及び免疫反応は、数多くの病気の発生及び進行に寄与している。そこで前記IVIGの治療において、抗酸化作用を加えることで、更なるIVIGの治療効果を向上させることが考えられる。
【0004】
なお、IgGに関する技術として、正常人の血清と患者の脳脊髄液から採取したIgGに、還元剤(ジチオトレイトール(DTT)等)を使用して、免疫グロブリン軽鎖と重鎖との間のジスルフィド結合を切り離し、質量分析技法を用いて両者のスペクトルを比較し、異常のピークを検出することによって、疾患の有無を判断する技術が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
しかしながら、前記技術は、疾患の有無を判断するものであり、治療に関するものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【文献】IVIG-mediated effector functions in autoimmune and inflammatory diseases. International Immunology, Vol. 29, No. 11, pp. 491-498, 2017
【文献】Update on the use of immunoglobulin in human disease: A review of evidence. J. Allergy Clin. Immunol. Vo. 139, No. 3, 2016.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、このような要望に応え、現状を打破し、従来における前記諸問題を解決し、以下の目的を達成することを課題とする。即ち、本発明は、従来の免疫グロブリンと比べて優れた治療効果を奏する医薬組成物及びその製造方法、優れた抗酸化作用を有する抗酸化剤及びその製造方法、並びに前記抗酸化剤を含む食品及び化粧品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、前記目的を達成するべく鋭意検討を行った結果、還元性化学物質(以下、還元剤と称することがある)で免疫グロブリンを処理し、免疫グロブリン中のジスルフィド結合を、還元活性を有するチオール基に転換し、前記チオール基を有する免疫グロブリン(以下、「還元型免疫グロブリン」と称することがある)が優れた抗酸化活性を有すること、前記還元型免疫グロブリンを個体に投与することで、著しい治療効果が得られることを知見した。
【0009】
本発明は、本発明者らによる前記知見に基づくものであり、前記課題を解決するための手段としては、以下の通りである。即ち、
<1> 重鎖と重鎖との間のジスルフィド結合及び重鎖と軽鎖との間のジスルフィド結合を有さず、重鎖と軽鎖が結合しておらず、チオール基を含有する免疫グロブリンを含むことを特徴とする抗酸化剤である。
<2> 前記免疫グロブリンは、前記重鎖内のジスルフィド結合及び前記軽鎖内のジスルフィド結合も有さない前記<1>に記載の抗酸化剤である。
<3> 重鎖と重鎖との間のジスルフィド結合及び重鎖と軽鎖との間のジスルフィド結合を有さず、重鎖と軽鎖が結合しておらず、チオール基を含有する免疫グロブリンを含むことを特徴とする医薬組成物である。
<4> 前記免疫グロブリンは、前記重鎖内のジスルフィド結合及び前記軽鎖内のジスルフィド結合も有さない前記<4>に記載の医薬組成物である。
<5> アルツハイマー型認知症、パーキンソン病、糖尿病合併症、関節リウマチ、免疫不全、自己免疫疾患、急性感染症、虚血性障害、腸炎、及び腎臓疾患からなる群から選択される少なくとも1種の疾患用である前記<3>から<4>のいずれかに記載の医薬組成物である。
<6> 前記<1>から<2>のいずれかに記載の抗酸化剤を含有することを特徴とする食品である。
<7> 前記<1>から<2>のいずれかに記載の抗酸化剤を含有することを特徴とする化粧品である。
<8> 免疫グロブリンを還元剤で処理することを含むことを特徴とする抗酸化剤の製造方法である。
<9> 免疫グロブリンを還元剤で処理することを含むことを特徴とする医薬組成物の製造方法である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によると、従来における前記諸問題を解決し、前記目的を達成することができ、従来の免疫グロブリンと比べて優れた治療効果を奏する医薬組成物及びその製造方法、優れた抗酸化作用を有する抗酸化剤及びその製造方法、並びに前記抗酸化剤を含む食品及び化粧品を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1C】
図1Cは、還元型IgGが酸化され、SOH基が形成された状態(中間体)の構造を表す模式図である。
【
図2A】
図2Aは、各IgGにおけるチオール基(-SH基)の量を確認した結果を示す図である。
【
図2B】
図2Bは、マウスに注射する前の各IgGの構造を確認した結果を示す図である。
【
図2C】
図2Cは、マウスの体重変化(体重減少)を確認した結果を示す図である。
【
図2D】
図2Dは、マウスの腸の長さを観察した結果を示す図である。
【
図2E】
図2Eは、マウスの腸の長さを測定した結果を示す図である。
【
図2F】
図2Fは、マウスの腸の病理変化を観察した結果を示す図である。
【
図2G】
図2Gは、マウスの腸上皮細胞の密着結合完全性を調べた結果を示す図である。
【
図2H】
図2Hは、マウスの腸の酸化ストレスの程度を調べた結果を示す図である。
【
図2I】
図2Iは、マウスの3日目の便の酸化ストレスの程度を調べた結果を示す図である。
【
図2J】
図2Jは、マウスの血清の酸化ストレスの程度を調べた結果を示す図である。
【
図3A】
図3Aは、各IgGにおけるチオール基(-SH基)の量を確認した結果を示す図である。
【
図3B】
図3Bは、マウスに注射する前の各IgGの構造を確認した結果を示す図である。
【
図3C】
図3Cは、マウスに注射した後の各IgGの構造を確認した結果を示す図である。
【
図3D】
図3Dは、マウスにおける酸化ストレスマーカー及び細胞傷害を確認した結果を示す図である。
【
図3E】
図3Eは、マウスにおける血清尿素窒素(BUN)を測定した結果を示す図である。
【
図3F】
図3Fは、炎症因子の1つであるIL-1βの量を測定した結果を示す図である。
【
図3G】
図3Gは、炎症因子の1つであるIL-1αの量を測定した結果を示す図である。
【
図3H】
図3Hは、炎症因子の1つであるTNF-αの量を測定した結果を示す図である。
【
図4A】
図4Aは、マウス盲腸結紮穿刺敗血症モデルの生存率を測定した結果を示す図である。
【
図4B】
図4Bは、マウス盲腸結紮穿刺敗血症モデルの血清中の炎症因子の量を測定した結果を示す図である。
【
図4C】
図4Cは、注射した各IgGの構造変化を確認した結果を示す図である。
【
図5A】
図5Aは、GSH、NACで処理した細胞の状況を観察した結果を示す図である。
【
図5B】
図5Bは、GSH、NACで処理した細胞の細胞生存率を測定した結果を示す図である。
【
図5C】
図5Cは、GSH、NACで処理した細胞のP38のリン酸化を確認した結果を示す図である。
【
図5D】
図5Dは、各IgGで処理した細胞の状況を観察した結果を示す図である。
【
図5E】
図5Eは、各IgGで処理した細胞の細胞生存率を測定した結果を示す図である。
【
図5F】
図5Fは、各IgGで処理した細胞のP38のリン酸化を確認した結果を示す図である。
【
図6A】
図6Aは、抗体(抗thy-1 IgG)の構造を確認した結果を示す図である。
【
図6B】
図6Bは、抗原抗体反応及び補体を介した細胞溶解実験における細胞の状況を観察した結果を示す図である。
【
図6C】
図6Cは、抗原抗体反応及び補体を介した細胞溶解実験におけるLDH放出を測定した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
(抗酸化剤及びその製造方法)
<抗酸化剤>
本発明の抗酸化剤は、重鎖と重鎖との間のジスルフィド結合及び重鎖と軽鎖との間のジスルフィド結合を有さず、重鎖と軽鎖が結合しておらず、チオール基を含有する免疫グロブリンを少なくとも含み、必要に応じて更にその他の成分を含む。
【0013】
<<還元型免疫グロブリン>>
前記免疫グロブリンは、重鎖と重鎖との間のジスルフィド結合及び重鎖と軽鎖との間のジスルフィド結合を有さず、重鎖と軽鎖が結合しておらず、チオール基を含有する(以下、「還元型免疫グロブリン」と称することがある。)。
【0014】
前記還元型免疫グロブリンは、通常の免疫グロブリンが有する重鎖間のジスルフィド結合及び重鎖と軽鎖との間のジスルフィド結合(
図1A参照)を有していないため、各重鎖及び各短鎖はそれぞれ単独で存在している。また、ジスルフィド結合を形成していた部分は、フリーのチオール基(スルファニル基、水硫基、スルフヒドリル基と称することもある。)に置き換わっている。
前記還元型免疫グロブリンは、前記重鎖内のジスルフィド結合及び前記軽鎖内のジスルフィド結合も有さないことが好ましい(
図1B参照)。
前記還元型免疫グロブリンは、チオール基の一部がSOH基となっていてもよい(
図1C参照)が、SOH基を有さないことが好ましい。
【0015】
前記免疫グロブリンの種類としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、IgG、IgA、IgM、IgD、IgEなどが挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。これらの中でも、IgGが好ましい。
【0016】
前記還元型免疫グロブリンの抗酸化剤における含有量としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。前記抗酸化剤は、前記還元型免疫グロブリンのみからなるものであってもよい。
【0017】
<<その他の成分>>
前記抗酸化剤におけるその他の成分としては、本発明の効果を損なわない限り、特に制限はなく、公知の免疫グロブリン製剤等の医薬品、食品、化粧品などに用いられる成分を剤型などに応じて適宜選択することができ、例えば、非イオン性界面活性剤、糖類、糖アルコール類、多糖類、ポリアクリル酸、ポリエチレンオキシド、ポリエチレングリコール、ポリビニルピロリドン、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、デンプンなどが挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
前記その他の成分の抗酸化剤における含有量としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
【0018】
前記抗酸化剤は、単独で使用してもよいし、他の成分を有効成分とする医薬と併せて使用してもよい。また、前記抗酸化剤は、他の成分を有効成分とする医薬等に配合された状態で使用してもよい。
【0019】
前記抗酸化剤の使用態様としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、経口、経皮、経腸、経粘膜、経静脈、経動脈、皮下、筋肉内などが挙げられる。これらは、1種単独で用いてもよいし、2種以上を組み合せて用いてもよい。
【0020】
前記抗酸化剤の剤型としては、特に制限はなく、使用態様などに応じて公知の剤型を適宜選択することができる。前記剤型は、固形状であってもよいし、半固形状であってもよいし、液状であってもよく、例えば、錠剤、顆粒剤、粉剤、カプセル剤、ソフトカプセル剤、シロップ剤等の経口投与製剤;液剤、軟膏剤、クリーム剤、ゲル剤、噴霧剤、貼付剤、吸入剤、坐剤等の経皮又は経粘膜投与製剤;注射剤等が挙げられる。
前記剤型の抗酸化剤は、公知の方法により製造することができる。
【0021】
前記抗酸化剤の個体への投与量としては、特に制限はなく、対象とする個体の年齢、体重、疾患の有無などを考慮して適宜選択することができ、例えば、1回の投与量として、0.05~20g/kgとするなどが挙げられる。
【0022】
前記抗酸化剤の投与間隔としては、特に制限はなく、対象とする個体の年齢、体重、疾患の有無などを考慮して適宜選択することができる。
【0023】
前記抗酸化剤の対象とする個体としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、ヒト、マウス、ラット、ウシ、ブタ、サル、イヌ、ネコなどが挙げられる。
【0024】
<抗酸化剤の製造方法>
本発明の抗酸化剤の製造方法は、免疫グロブリンを還元剤で処理する還元工程を少なくとも含み、必要に応じて更にその他の工程を含む。
【0025】
<<還元工程>>
前記抗酸化剤の製造方法における還元工程は、免疫グロブリン(以下、「通常型免疫グロブリン」と称することがある。)を還元剤で処理し、還元型免疫グロブリンを得る工程である。
【0026】
前記通常型免疫グロブリンは、重鎖間のジスルフィド結合、重鎖と軽鎖との間のジスルフィド結合、重鎖内のジスルフィド結合、及び軽鎖内のジスルフィド結合を有する(
図1A参照)。
前記通常型免疫グロブリンは、市販の免疫グロブリン製剤を用いてもよいし、適宜調製したものを用いてもよい。
【0027】
前記還元剤としては、前記通常型免疫グロブリンにおけるジスルフィド結合を切断し、免疫グロブリン中にチオール基を形成させることができる限り、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、ジチオトレイトール(DTT)、トリス(2-カルボキシエチル)ホスフィン(TCEP)、グルタチオン(GSH)、硫化水素(H2S)などが挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
前記還元剤は、市販の還元剤を用いてもよいし、適宜調製したものを用いてもよい。
【0028】
前記還元処理の方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、前記通常型免疫グロブリンを含む溶液に、前記還元剤を添加して反応させる方法などが挙げられる。
前記反応における各成分の量や温度、時間などの条件としては、特に制限はなく、還元の程度などを考慮して、適宜選択することができる。
前記還元処理後の溶液は、必要に応じて、濾過や透析などの精製処理を行ってもよい。
【0029】
<<その他の工程>>
前記抗酸化剤の製造方法におけるその他の工程としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、前記還元型免疫グロブリンと、上記したその他の成分とを混合する工程などが挙げられる。
【0030】
本発明の還元型免疫グロブリンは、優れた抗酸化作用を有する。
【0031】
後述する実施例で示すように、還元型免疫グロブリンは体内で酸化還元反応に寄与する。また、ヒトの血清中には、通常型免疫グロブリンだけではなく、ジスルフィド結合が切断された抗体の単独の鎖が存在することも知られている。
そのため、体内における還元型免疫グロブリンの存在は、体内における酸化還元状況のマーカーとなる。したがって、本発明は、試料中における還元型免疫グロブリンの存在の有無若しくはその量を指標とする、体内における酸化還元状況の評価方法にも関する。
前記評価方法では、試料中における還元型免疫グロブリンが存在しない若しくはその量が少ない場合には、体内が酸化状況にある、即ち、酸化ストレスに曝されている状況であると評価することができる。
前記試料としては、還元型免疫グロブリンの有無若しくはその量を測定することができる限り、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、体液、血清、粘液、唾液、尿、便などが挙げられる。前記試料の採取方法としては、特に制限はなく、公知の方法を適宜選択することができる。
前記試料中の還元型免疫グロブリンの測定方法としては、特に制限はなく、公知の方法を適宜選択することができ、例えば、後述する実施例と同様の方法などが挙げられる。
【0032】
(医薬組成物及びその製造方法)
<医薬組成物>
本発明の医薬組成物は、重鎖と重鎖との間のジスルフィド結合及び重鎖と軽鎖との間のジスルフィド結合を有さず、重鎖と軽鎖が結合しておらず、チオール基を含有する免疫グロブリンを少なくとも含み、必要に応じて更にその他の成分を含む。
【0033】
<<還元型免疫グロブリン>>
前記医薬組成物における免疫グロブリンは、上記した抗酸化剤における還元型免疫グロブリンと同様であり、好ましい態様も同様である。
【0034】
<<その他の成分>>
前記医薬組成物におけるその他の成分としては、本発明の効果を損なわない限り、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、上記した抗酸化剤におけるその他の成分と同様のものなどが挙げられる。
【0035】
前記医薬組成物は、単独で使用してもよいし、他の成分を有効成分とする医薬と併せて使用してもよい。また、前記医薬組成物は、他の成分を有効成分とする医薬等に配合された状態で使用してもよい。
【0036】
前記医薬組成物の使用態様、剤型、個体への投与量、投与間隔、対象とする個体としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、上記した抗酸化剤の使用態様、剤型、個体への投与量、投与間隔、対象とする個体と同様とすることができる。
【0037】
<医薬組成物の製造方法>
本発明の医薬組成物の製造方法は、免疫グロブリンを還元剤で処理する還元工程を少なくとも含み、必要に応じて更にその他の工程を含む。
【0038】
<<還元工程>>
前記医薬組成物の製造方法における還元工程は、通常型免疫グロブリンを還元剤で処理し、還元型免疫グロブリンを得る工程であり、上記した抗酸化剤の製造方法における還元工程と同様であり、好ましい態様も同様である。
【0039】
<<その他の工程>>
前記医薬組成物の製造方法におけるその他の工程としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、上記した抗酸化剤の製造方法におけるその他の工程と同様の工程などが挙げられる。
【0040】
本発明の還元型免疫グロブリンは、投与されると体内の酸化環境下において酸化され、中間体(
図1C参照)を経て、通常型免疫グロブリンと同じ構造を形成する。そのため、本発明の医薬組成物によれば、還元型免疫グロブリンによる抗酸化作用に加えて、通常型免疫グロブリンの機能、例えば、IgGでは抗原抗体結合、補体活性化、抗体依存性細胞傷害作用、Fc-受容体を介した免疫調節機構、をも発揮することが可能となり、幅広い疾患に利用可能となる。
【0041】
<疾患>
前記医薬組成物が対象とする疾患としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、酸化ストレスに起因する疾患、通常型免疫グロブリンが対象とする疾患、腎臓疾患などが挙げられる。
前記酸化ストレスに起因する疾患としては、例えば、アルツハイマー型認知症、パーキンソン病、糖尿病合併症、関節リウマチなどが挙げられる。
前記通常型免疫グロブリンが対象とする疾患としては、例えば、免疫不全、自己免疫疾患、急性感染症、虚血性障害、腸炎などが挙げられる。
これらの中でも、アルツハイマー型認知症、パーキンソン病、糖尿病合併症、関節リウマチ、免疫不全、自己免疫疾患、急性感染症、虚血性障害、腸炎、腎臓疾患が好適に挙げられる。
【0042】
(食品)
本発明の食品は、本発明の抗酸化剤を少なくとも含み、必要に応じて更にその他の成分を含む。
【0043】
<抗酸化剤>
前記抗酸化剤は、上記した本発明の抗酸化剤である。
前記抗酸化剤の食品における含有量としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。前記食品は、前記抗酸化剤のみからなるものであってもよい。
【0044】
<その他の成分>
前記食品におけるその他の成分としては、本発明の効果を損なわない限り、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、上記した抗酸化剤におけるその他の成分と同様のものなどが挙げられる。
前記その他の成分の食品における含有量としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
【0045】
前記食品の種類としては、特に制限はなく、公知の食品を適宜選択することができる。本発明において、食品は、経口的に摂取できるものであればよく、例えば、一般の飲食品の他、特定保健用食品、栄養補助食品、機能性食品、病者用食品などが含まれる。また、飲料も含まれる。上記したように、本発明の食品は、優れた抗酸化作用を有する還元型免疫グロブリンを含むので、抗老化用食品として好適に用いることができる。
【0046】
前記食品の製造方法としては、前記抗酸化剤を含有させることができる限り、特に制限はなく、食品の種類に応じて公知の方法を適宜選択することができる。
【0047】
(化粧品)
本発明の化粧品は、本発明の抗酸化剤を少なくとも含み、必要に応じて更にその他の成分を含む。
【0048】
<抗酸化剤>
前記抗酸化剤は、上記した本発明の抗酸化剤である。
前記抗酸化剤の化粧品における含有量としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。前記化粧品は、前記抗酸化剤のみからなるものであってもよい。
【0049】
<その他の成分>
前記化粧品におけるその他の成分としては、本発明の効果を損なわない限り、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、上記した抗酸化剤におけるその他の成分と同様のものなどが挙げられる。
前記その他の成分の化粧品における含有量としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
【0050】
前記化粧品の種類としては、特に制限はなく、公知の化粧品を適宜選択することができ、例えば、乳液、クリーム、化粧水(ローション)、パック、美容液、洗浄剤、メーキャップ化粧品などが挙げられる。上記したように、本発明の化粧品は、優れた抗酸化作用を有する還元型免疫グロブリンを含むので、抗老化用化粧品として好適に用いることができる。
【0051】
前記化粧品の製造方法としては、前記抗酸化剤を含有させることができる限り、特に制限はなく、化粧品の種類に応じて公知の方法を適宜選択することができる。
【実施例】
【0052】
以下、本発明の実施例について詳細に説明するが、本発明は、下記の実施例により限定されるものではない。
【0053】
(実験材料及び方法)
<免疫グロブリンの調製>
以下の実験では、3つの免疫グロブリン(IgG)のいずれかを使用した。具体的には、動物実験では、静注用免疫グロブリン製剤(ガンマガード静注用2.5g, baxter, 販売:シャイアー・ジャパン株式会社、1505536)を用いた。培養細胞実験では、静注用免疫グロブリン製剤とウサギ免疫グロブリン(Innovative research、IR-RB-GF-717)を用いた。抗体・補体による細胞死実験では、抗Thy-1モノクローナル抗体(マウスIgG、新潟大学 河内 裕教授より提供していただいた)を用いた。
【0054】
-細胞実験用IgGの処理-
[材料等]
・ IgG : ウサギ免疫グロブリン、抗Thy-1モノクローナル抗体
・ 濾過装置 : Amicon Ulrea-0.5mL Centrifugal Filters (10K)
・ 溶液 : 減菌PBS、D/F-12培養液
【0055】
[処理]
IgGをPBSで濃度2mg/mLに希釈し、以下の(a)~(e)のいずれかの処理を行った。
(a) コントロールIgG(通常型IgG)
4℃で一晩放置した。
(b) DTT-IgG(還元型IgG)
前記2mg/mLとしたIgG溶液に、最終濃度10mMとなるようにジチオトレイトール(DTT)((+/-)-Dithiothreitol、富士フイルム和光純薬株式会社、045-08974)を加えて反応させ、4℃で一晩放置した。前記DTTでの処理により、前記抗体中のジスルフィド結合が切断され、フリーのチオール基が形成される。
(c) DTT-Mal IgG
前記(b)と同様にしてDTT処理したIgG溶液に、1mMのマレイミド(ALDRICH、STBG3179V)を加えて反応させ、4℃で一晩放置した。前記マレイミドでの処理により、還元型IgGにおけるフリーのチオオール基がブロックされる。
(d) DTT+H2O2 IgG
前記(b)と同様にしてDTT処理したIgG溶液に、1mMのH2O2(富士フイルム和光純薬株式会社、084-07441)を加え、4℃で一晩放置した。前記H2O2での処理により、還元型IgGが酸化される。
(e) DTT+Dia IgG
前記(b)と同様にしてDTT処理したIgG溶液に、1mMのジアミド(Santa Cruz Biotechnology, sc-211289)を加え、4℃で一晩放置した。前記ジアミドでの処理により、還元型IgGが酸化される。
【0056】
前記(a)~(e)のいずれかの処理を行ったサンプル中の免疫グロブリン以外の化学物質を除くために、濾過処理を行った。サンプル溶液500μLを濾過装置に移し、遠心濾過(14,000g×30分間)を6回行った。なお、最後の遠心濾過では、透析液にD/F-12培養液を用いた。濾過した後、フィルタ上の液体を回収し、タンパク質の濃度を定量したうえで、最終濃度を2mg/mLに調整し、分注して、-80℃で保存した。
【0057】
-動物実験用IgGの処理-
[材料等]
・ IgG : 静注用免疫グロブリン製剤
・ 透析装置 : Thermo Slide-A-Lyzer Dialysis Cassette(7000MWCO, 3-12mL Capacity; 製品番号 66707)
・ 溶液 : 減菌水、生理塩水(0.9% NaCl)
【0058】
[処理]
500mgのIgGを10mLの滅菌水で溶解し、以下の(a)~(c)のいずれかの処理を行った。
(a) コントロールIgG(通常型IgG)
4℃で一晩放置した。
(b) DTT-IgG(還元型IgG)
前記500mgのIgGを溶解したIgG溶液に、最終濃度0.1MとなるようにDTTを加えて反応させ、4℃で一晩放置した。
(c) DTT-Mal IgG
前記(b)と同様にしてDTT処理したIgG溶液に、0.1Mのマレイミドを加えて反応させ、4℃で一晩放置した。前記マレイミドでの処理により、還元型IgGにおけるフリーのチオオール基がブロックされる。
【0059】
前記(a)~(c)のいずれかの処理を行ったサンプル中の免疫グロブリン以外の化学物質を除くために、透析処理を行った。サンプル溶液を透析カセットに入れ、滅菌水を使って6回透析した(3時間毎に透析液を交換)。なお、最後の透析では、透析液に1L滅菌生理食塩水(0.9%NaCl)を用い、一晩透析した。透析は4℃で行い、完了後にIgG溶液を回収し、タンパク質の濃度を定量したうえで、50mg/mLに調整し、分注して、-80℃で保存した。
【0060】
(試験の方法)
<デキストラン硫酸ナトリウム(DSS)誘発大腸炎モデル>
雄のC57BL/6マウス(12週齢、平均体重28g)に、3%DSS(富士フイルム和光純薬株式会社、MW 5,000)を7日間(day0-7)自由飲水させて大腸炎を誘発させ、炎症経過を観察した。
治療群へは、毎日免疫グロブリン500mg/kg量を強制経口投与した。コントロール群へは、同じ量の生理食塩水を投与した。
【0061】
-マウスの処理(治療)について-
(a)正常コントロール群(正常マウス)
処理なし。
(b)実験コントロール群
DSSを7日間投与した。また、生理食塩水を毎日強制経口投与した。
(c)免疫グロブリン群
DSSを7日間投与した。また、毎日免疫グロブリン500mg/kg量を強制経口投与した。
【0062】
マウスの体重を測り、便を収集した。
一週間後にマウスを屠殺し、血液、大腸組織を採取し、腸の長さ、酸化及び炎症指標の変化、組織診を行い、腸管の傷害度を評価した。なお、腸組織の酸化ストレス及び細胞傷害の程度の解析は、ウエスタンブロット法により行った。すべてのデータは平均値±標準偏差で示し、比較検定を行った。
【0063】
<腎虚血性再灌流>
雄のC57BL/6マウス(8~12週齢、平均体重25~28g)を用いた。マウスに麻酔をした後、腹部正中切開し、血管クランプを用いて両側の腎動脈を30分間完全閉塞させた後開放し,腎臓を再潅流した。腎血流再開通を確認し筋肉及び皮膚を絹糸にて縫合し、手術を完了した。
対照は、皮膚切開をした後腹膜にアプローチするシャム(sham)手術とした(コントロール群)。治療群は、手術15時間前及び3時間前と、手術8時間後に免疫グロブリン500mg/kgを腹腔内投与した。
再灌流24時間後に各群のマウスについて、麻酔下で採血を行い血清炎症因子(IL-1α、IL-1β、及びTNF-α)、血清尿素窒素(BUN)、及びタンパク質のSOH基形成を測定した。同時に腎臓を取り出し、HE染色、腎組織のSOH基形成、細胞傷害(Cleaved Caspase 3)などの指標を検討した。
【0064】
<盲腸結紮穿刺誘発性敗血症マウスモデル>
雄のC57BL/6マウス(8~12週齢、平均体重25~28g)を用いた。マウスを麻酔下で腹部正中切開し、上行結腸内容物を、手を用いて盲腸へ移動させ、盲腸を遠位4分の3の位置で結紮した。結紮遠位部に19G注射針を用いて2カ所に穿孔させ、腸内容物を少量出させた後に腹腔に還納、閉腹した。Shamコントロールは、結紮及び穿孔をしなかった以外、同じ手順で手術した。
その後も自由摂食とし、治療群は、手術13時間前及び1時間前と、手術8時間後に免疫グロブリン500mg/kgを腹腔内投与した。
手術24時間後に採血を行い、血清炎症因子(IL-1β)の測定、及び注射した免疫グロブリンの構造変化を確認した。また、実験の期間におけるマウスの死亡状況を記録した。
【0065】
<細胞死に対する免疫グロブリンの作用>
培養したHUVEC(Human Umbilical Vein Endothelial Cells: ヒト臍帯静脈内皮細胞)において免疫グロブリンの抗酸化作用を観察した。具体的には、酸化剤である過酸化水素(H2O2)による細胞死に対して、抗酸化物質(GSH,NAC)及び免疫グロブリンの影響を観察した。
細胞の生存率は、細胞形態、Cell counting kit-8を用いたアッセイ、LDH放出、及び細胞染色(calcein-AM/Propidium染色)により測定した。MAPキナーゼP38の活性化は、抗P38リン酸化抗体(シグマ、N-8177)を用いたウェスタンブロッティングにより検討した。
【0066】
<抗体活性に対するチオール反応性(Thiol-reactive)化学物質の影響>
培養したマウス腎糸球体メサンギウム細胞を抗Thy-1モノクローナル抗体及びウサギ血清(補体のソース)に暴露させ、抗Thy-1モノクローナル抗体及び補体による細胞死モデルを確立した。
GSH、DTT、及びH2O2などのチオール反応性物質を用いて、抗Thy-1モノクローナル抗体のジスルフィド結合に影響を与えることにより、抗体活性の変化を観察した。細胞形態の変化、LDH放出、及び細胞染色(calcein-AM/Propidium染色)により細胞生存状況を観察した。
【0067】
<フリーチオール基(-SH)の測定>
1) -SulfoBiotics-Protein Redox State Monitoring Kit(株式会社 同仁化学研究所)を用いて、タンパク質のチオール基の数を電気泳動法により測定した。マレイミド基を有するProtein-SHifterはタンパク質のチオール基と結合し、1分子のProtein-SHifterが結合することでラベル化されたタンパク質は分子質量約15kDa増加したバンドとして分離・検出される。ラベル化されたタンパク質の電気泳動のバンドが、チオール数に応じてより高分子側にシフトすることが確認された。
2) 蛍光標識マレイミドを用いて、処理した免疫グロブリン内のフリーチオールレベルの変化を解析した。原理としては、免疫グロブリンのチオール基はマレイミドと結合し、その量は、ドットブロットバンドの蛍光強さに反映されている。これによって、タンパク質内のフリーチオールレベルを解析した。
【0068】
<免疫グロブリンの構造確認>
免疫グロブリンの構造確認は、電気泳動後、タンパク質の染色、及びメンブレンへの転写を行い、その後、抗免疫グロブリン抗体を用いて、バントの位置により確認した。通常型IgGは分子量約180kDaの部位で確認され、還元型グロブリンの重鎖は分子量約55kDaの部位で確認され、還元型グロブリンの軽鎖は分子量約25kDaで確認される。
【0069】
上記した試験における他の試薬や抗体などについて、以下に示す。
・ TCEP(Sigma-Aldrich、C4706-2G)
・ Alexa Fluor 680 C2 Maleimide(Invitrogen、A20344)
・ Glutathione ethyl ester(Cayman、14953)
・ L-Glutathione reduced(Sigma-Aldrich、G4251-5G)
・ Anti-mouse IgG HRP linked antibody(Cell signaling technology、#7076S)
・ Anti-rabbit IgG HRP-linked antibody(Cell signaling technology、#7074S)
・ Goat anti-mouse IgG, IgA, IgM(H+L) HRP-conjugate(Invitrogen、A10668)
・ Rabbit anti-human IgG(H+L) antibody, HRP conjugate(NOVEX、A18903)
【0070】
(結果)
<DSS誘発大腸炎モデルにおける還元型免疫グロブリンの治療作用>
腸炎モデルを用い、各種免疫グロブリンの作用を確認した。結果を
図2A~
図2Jに示す。
【0071】
図2Aに各IgGにおけるチオール基(-SH基)の量を確認した結果を示す。
図2A中、左側から順に、通常型抗体(IgG)、通常型抗体をDTTで処理した抗体(DTT IgG)を示す。
図2Aに示したように、通常型抗体をDTTで処理した抗体(還元型抗体)では、フリーのチオール基が多いことが確認された。
【0072】
図2Bにマウスに注射する前の各IgGの構造を確認した結果を示す。
図2B中、左側から順に、(1)通常型抗体(IgG)、(2)通常型抗体をDTTで処理した抗体(DTT IgG)、(3)ブランク、(4)前記(1)をDTTで処理した抗体、(5)前記(2)をDTTで処理した抗体を示す。
図2Bに示されたように、通常型抗体をDTTで処理することにより、2本の重鎖、及び2本の軽鎖がそれぞれ結合されていない単独の鎖となることが確認された。
【0073】
図2Cにマウスの体重変化を観察した結果を示す。
図2C中、「DSS」は免疫グロブリンを投与しなかった群の結果を示し、「DSS+IgG」は通常型抗体を投与した群の結果を示し、「DSS+DTT IgG」は通常型抗体をDTTで処理した抗体を投与した群の結果を示す。
図2Cに示したように、「DSS+DTT IgG」群では、ほとんど体重が減らなかった。
【0074】
図2Dにマウスの腸の長さを観察した結果を示し、
図2Eにマウスの腸の長さを測定した結果を示す。
図2D及び
図2E中、「コントロール」は対照群(DSS処理なし)の結果を示し、「DSS」は免疫グロブリンを投与しなかった群の結果を示し、「DSS+IgG」は通常型抗体を投与した群の結果を示し、「DSS+DTT IgG」は通常型抗体をDTTで処理した抗体を投与した群の結果を示す。
図2D及び
図2Eに示したように、「DSS+IgG」群では腸の長さが短くなっているのに対し、「DSS+DTT IgG」群では、腸の長さがコントロール群と同等であることが確認された。
【0075】
図2Fにマウスの腸の病理変化を調べた結果を示す。
図2F中、「コントロール」は対照群(DSS処理なし)の結果を示し、「DSS」は免疫グロブリンを投与しなかった群の結果を示し、「DSS+IgG」は通常型抗体を投与した群の結果を示し、「DSS+DTT IgG」は通常型抗体をDTTで処理した抗体を投与した群の結果を示す。
図2Fに示したように、「DSS+DTT IgG」群では、正常コントロール群に近い組織像が観察された。
【0076】
図2Gにマウスの腸上皮細胞の密着結合完全性の保持を調べた結果を示す。
図2G中、「コントロール」は対照群(DSS処理なし)の結果を示し、「DSS」は免疫グロブリンを投与しなかった群の結果を示し、「DSS IgG」は通常型抗体を投与した群の結果を示し、「DSS DTT IgG」は通常型抗体をDTTで処理した抗体を投与した群の結果を示す。
図2Gに示したように、「DSS DTT IgG」群では、腸上皮細胞の密着結合完全性(タイトジャンクション)が保持されていることを示すE-カドヘリンが、「DSS」群及び「DSS IgG」群よりも発現していることが確認された。
【0077】
図2H~
図2Jに酸化ストレスの程度の変化を調べた結果を示す。
図2Hはマウスの腸、
図2Iはマウスの3日目の便、
図2Jはマウスの血清について調べたものであり、各図中、上段は「SOHの形成」を確認した結果を示し、下段は「膜染色」の結果を示す。また、各図中、「コントロール」は対照群(DSS処理なし)の結果を示し、「DSS」は免疫グロブリンを投与しなかった群の結果を示し、「DSS IVIG」は通常型抗体を投与した群の結果を示し、「DSS DTT IVIG」は通常型抗体をDTTで処理した抗体を投与した群の結果を示す。
図2H~
図2Jに示したように、「DSS IVIG」群では治療効果が限定的であったのに対し、「DSS DTT IVIG」群では、コントロール群に近く、酸化ストレスがほとんど観測されなくなった。したがって、通常型抗体をDTTで処理した抗体(還元型免疫グロブリン)は、抗酸化作用を介して腸炎に対する顕著な治療効果を奏することが確認された。
【0078】
<マウス腎臓再灌流障害における還元型免疫グロブリンの治療作用>
腎虚血性再灌流を行ったマウスを用い、各種免疫グロブリンの作用を確認した。結果を
図3A~
図3Hに示す。
【0079】
図3Aに各IgGにおけるチオール基(-SH基)の量を確認した結果を示す。
図3A中、左側から順に、通常型抗体(IgG)、通常型抗体をDTTで処理した抗体(DTT IgG)、通常型抗体をDTTで処理した後、更にマレイミドで処理した抗体(DTT+Mal IgG)を示す。
図3Aに示したように、通常型抗体をDTTで処理した抗体では、フリーのチオール基が多いことが確認された。更にマレイミド処理することでフリーのチオール基は完全にブロックされた。
【0080】
図3Bにマウスに注射する前の各IgGの構造を確認した結果を示す。
図3B中、左側から順に、(1)通常型抗体(IgG)、(2)通常型抗体をDTTで処理した抗体(DTT IgG)、(3)通常型抗体をDTTで処理した後、更にマレイミドで処理した抗体(DTT+Mal IgG)、(4)分子量マーカー、(5)前記(1)をDTTで処理した抗体、(6)前記(2)をDTTで処理した抗体、(7)前記(3)をDTTで処理した抗体を示す。
【0081】
図3Cにマウスに注射した後の各IgGの構造を確認した結果を示す。
図3C中、左側から順に、(1)シャムの血清、(2)コントロールの血清(Ctrl)、(3)通常型抗体を投与したマウスの血清(IgG)、(4)通常型抗体をDTTで処理した抗体を投与したマウスの血清(DTT IgG)、(5)通常型抗体をDTTで処理した後、更にマレイミドで処理した抗体を投与したマウスの血清(DTT+Mal IgG)を示す。
【0082】
図3B及び
図3Cに示したように、通常型抗体をDTTで処理した抗体(DTT IgG)は、マウスに注射する前と後とでその構造が変化し、注射した後に体内での酸化反応によって、もとの構造(通常型抗体の構造)に戻ることが確認された。
【0083】
図3Dに、酸化ストレスマーカー(タンパク質のSOH基形成)、細胞傷害(Cleaved Caspase 3の量)を確認した結果を示す。
図3D中、左側から順に、(1)シャム、(2)コントロール(Ctrl)、(3)通常型抗体を投与したマウス(IgG)、(4)通常型抗体をDTTで処理した抗体を投与したマウス(DTT IgG)、(5)通常型抗体をDTTで処理した後、更にマレイミドで処理した抗体を投与したマウス(DTT+Mal IgG)を示す。
【0084】
図3Eに、血清尿素窒素(BUN)を測定した結果を示す。
図3E中、左側から順に、(1)シャム(Sham)、(2)コントロール(Ctrl)、(3)通常型抗体を投与したマウス(IgG)、(4)通常型抗体をDTTで処理した抗体を投与したマウス(DTT IgG)、(5)通常型抗体をDTTで処理した後、更にマレイミドで処理した抗体を投与したマウス(DTT+Mal IgG)を示す。
【0085】
図3F~
図3Hに、炎症因子の量を測定した結果を示す。
図3FはIL-1β、
図3GはIL-1α、
図3HはTNF-αの量を測定した結果を示し、各図中、左側から順に、(1)シャム(Sham)、(2)コントロール(Ctrl)、(3)通常型抗体を投与したマウス(IgG)、(4)通常型抗体をDTTで処理した抗体を投与したマウス(DTT IgG)、(5)通常型抗体をDTTで処理した後、更にマレイミドで処理した抗体を投与したマウス(DTT+Mal IgG)を示す。
【0086】
図3D~
図3Hに示したように、通常型抗体をDTTで処理した抗体(DTT IgG)を投与した群では、酸化ストレス、細胞障害、腎機能、炎症反応に対して最も優れた治療効果が得られた。また、フリーのチオール基をブロックした、「DTT+Mal IgG」を投与した群では、「DTT IgG」を投与した群で確認された効果が認められなかった。
【0087】
<マウス盲腸結紮穿刺敗血症モデルにおける還元型免疫グロブリンの治療作用>
炎症疾患の1つであるマウス盲腸結紮穿刺敗血症モデルを用い、各種免疫グロブリンの作用を確認した結果を
図4A~
図4Cに示す。
【0088】
図4Aに実験期間中におけるマウスの生存率を測定した結果を示す。
図4A中、「Ctrl」はコントロール(治療なし群)、「IgG」は通常型抗体を投与した群、「DTT IgG」は通常型抗体をDTTで処理した抗体を投与した群、「DTT+Mal IgG」は通常型抗体をDTTで処理した後、更にマレイミドで処理した抗体を投与した群の結果を示す。
図4Aに示されたように、通常型抗体をDTTで処理した抗体を投与した群(DTT IgG)では、すべてのマウスが生存していた。
【0089】
図4Bに採血した血清中の炎症因子(IL-1β)の量を測定した結果を測定した結果を示す。
図4B中、「Sham」はシャム群、「Ctrl」はコントロール(治療なし群)、「IgG」は通常型抗体を投与した群、「DTT IgG」は通常型抗体をDTTで処理した抗体を投与した群、「DTT+Mal IgG」は通常型抗体をDTTで処理した後、更にマレイミドで処理した抗体を投与した群の結果を示す。
図4Bに示されたように、各IgGを投与した群では、血清中の炎症因子の量がコントロールと比べて減っていた。そのため、
図4Aで示した生存率の違いは、通常型抗体をDTTで処理した抗体が、もともとの通常型IgGが有する効果に加えて、抗酸化作用も有することによるものと考えられる。
【0090】
図4Cに注射した各IgGの構造変化を確認した結果を示す。
図4C中、左側から順に、コントロールのマウスの血清(Ctrl)、通常の抗体を投与したマウスの血清(IgG)、通常型抗体をDTTで処理した抗体を投与したマウスの血清(DTT IgG)、通常型抗体をDTTで処理した後、更にマレイミドで処理した抗体を投与したマウスの血清(DTT+Mal IgG)を示し、その右側の3レーンは、使用した通常型抗体(IgG)、通常型抗体をDTTで処理した抗体(DTT IgG)、通常型抗体をDTTで処理した後、更にマレイミドで処理した抗体(DTT+Mal IgG)を示す。
図4Cに示したように、通常型抗体をDTTで処理した抗体(DTT IgG)を投与した場合、血清中で構造が変化し、通常型抗体と同じ構造を有していることが確認された。
【0091】
<酸化ストレスによる内皮細胞の細胞死の阻止>
<<抗酸化剤の保護作用>>
内皮細胞(HUVEC)への酸化ストレス(H
2O
2)に対する抗酸化剤(グルタチオン(GSH)、N-アセチルシステイン(NAC))の抗酸化作用を確認した結果を
図5A~
図5Cに示す。
【0092】
図5Aは、GSH、NACで処理した細胞の結果を示す図である。
図5A中、上段はH
2O
2無し、下段はH
2O
2有りの場合の結果を示し、左側から順に、コントロール、GSH、NACの結果を示す。
図5Bは、GSH、NACで処理した際の細胞生存率を測定した結果を示す図である。
図5B中、左側はH
2O
2無し、右側はH
2O
2有りの場合の結果を示し、(1)はコントロール、(2)はGSH、(3)はNACの結果を示す。
図5Cは、GSH、NACで処理した際のP38のリン酸化を確認した結果を示す図である。
図5C中、「-」はH
2O
2無し、「+」はH
2O
2有りの場合の結果を示し、「Ctrl」はコントロールを示す。
図5A~
図5Cに示したように、抗酸化剤を投与することで、酸化ストレスによる内皮細胞の細胞死が抑制できることが確認された。
【0093】
<<還元型IgGの抗酸化作用>>
内皮細胞(HUVEC)への酸化ストレス(H
2O
2)に対する各IgGの抗酸化作用を確認した結果を
図5D~
図5Fに示す。
【0094】
図5Dは、各IgGで処理した細胞の結果を示す図である。
図5D中、上段はH
2O
2無し、下段はH
2O
2有りの場合の結果を示し、左側から順に、コントロール、通常型抗体(IgG)、通常型抗体をDTTで処理した抗体(DTT)、通常型抗体をDTTで処理した後、更にマレイミドで処理した抗体(DTT+Mal)の結果を示す。
図5Eは、各IgGで処理した際の細胞生存率を測定した結果を示す図である。
図5E中、左側はH
2O
2無し、右側はH
2O
2有りの場合の結果を示し、(1)はコントロール、(2)は通常型抗体(IgG)、(3)は通常型抗体をDTTで処理した抗体(DTT IgG)、(4)は通常型抗体をDTTで処理した後、更にマレイミドで処理した抗体(DTT+Mal IgG)の結果を示す。
図5Fは、各IgGで処理した際のP38のリン酸化を確認した結果を示す図である。
図5F中、「-」はH
2O
2無し、「+」はH
2O
2有りの場合の結果を示し、「Ctrl」はコントロール、「IgG」は通常型抗体、「DTT」は通常型抗体をDTTで処理した抗体、「DTT H
2O
2」は通常型抗体をDTTで処理した後、更にH
2O
2で処理した抗体、「DTT Mal」は通常型抗体をDTTで処理した後、更にマレイミドで処理した抗体の結果を示す。
図5D~
図5Fに示したように、DTTで処理した抗体を投与することで、上述した抗酸化剤を投与した場合と同様に、酸化ストレスによる内皮細胞の細胞死が抑制されており、DTTで処理した抗体(還元型免疫グロブリン)が抗酸化作用を有していることが確認された。この抗酸化作用は、フリーのチオール基と関係していた。
【0095】
<酸化反応による免疫グロブリンの構造及び機能の完全回復>
抗原抗体反応及び補体を介した細胞溶解実験に関する実験の結果を
図6A~
図6Cに示す。
【0096】
図6Aは、抗体(抗thy-1 IgG)の構造を確認した結果を示す図である。
図6A中、左側のレーンから順に、通常型抗体(Ctrl)、通常型抗体をH
2O
2で処理した抗体(H
2O
2)、通常型抗体をジアミドで処理した抗体(Dia)、通常型抗体をDTTで処理した抗体(DTT)、通常型抗体をDTTで処理した後、更にH
2O
2で処理した抗体(DTT+H
2O
2)、通常型抗体をDTTで処理した後、更にジアミドで処理した抗体(DTT+Dia)の結果を示す。
図6Aに示したように、通常型抗体をDTTで処理することにより、抗体中のジスルフィド結合が切断され、重鎖と軽鎖がそれぞれ結合していない状態で存在していることが確認された。また、DTT処理の後に酸化剤で処理することで、もとの通常型抗体の構造に戻っていることも確認された。
【0097】
図6Bは、培養したマウス腎糸球体メサンギウム細胞を各抗thy-1モノクローナル抗体及びウサギ血清に暴露した結果を示す図である。
図6B中、上段はウサギ血清無し、下段はウサギ血清有りの場合の結果を示し、左側から順に、コントロール、通常型抗体(抗thy-1抗体)、通常型抗体をDTTで処理した抗体(DTT)、通常型抗体をDTTで処理した後、更にH
2O
2で処理した抗体(DTT+H
2O
2)、通常型抗体をDTTで処理した後、更にジアミドで処理した抗体(DTT+Dia)の結果を示す。
図6Cは、培養したマウス腎糸球体メサンギウム細胞を各抗thy-1モノクローナル抗体及びウサギ血清に暴露した際のLDH放出を測定した結果を示す図である。
図6C中、左側はウサギ血清無し、右側はウサギ血清有りの場合の結果を示し、(1)はD/F12の場合、(2)は通常型抗体(α-thy-1)、(3)は通常型抗体をDTTで処理した抗体(DTT α-thy-1)、(4)は通常型抗体をDTTで処理した後、更にH
2O
2で処理した抗体(DTT+H2O2 α-thy-1)、(5)は通常型抗体をDTTで処理した後、更にジアミドで処理した抗体(DTT+Dia α-thy-1)の結果を示す。
図6B及び
図6Cに示したように、DTTで処理した抗体では、通常型抗体が有する抗原抗体反応及び補体を介した細胞溶解の機能はなかったが、DTT処理の後に酸化剤で処理し、通常型抗体と同じ構造となることで、通常型抗体が有する前記機能を有していることが確認された。
【0098】
上記したように、本発明の還元型免疫グロブリンは、優れた抗酸化作用を有し、更に、体内環境において酸化されその構造が変化することで、通常型免疫グロブリンが有する作用をも有することが確認された。前記還元型免疫グロブリンは、通常型免疫グロブリンと比べて非常に優れた治療効果を有するので、抗酸化剤、医薬組成物、食品、化粧品などに好適に利用可能である。