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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-17
(45)【発行日】2024-10-25
(54)【発明の名称】圧電体膜利用装置
(51)【国際特許分類】
   H10N 30/87 20230101AFI20241018BHJP
   H10N 30/20 20230101ALI20241018BHJP
   H10N 30/06 20230101ALI20241018BHJP
   B41J 2/14 20060101ALI20241018BHJP
【FI】
H10N30/87
H10N30/20
H10N30/06
B41J2/14 305
B41J2/14 611
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2021515854
(86)(22)【出願日】2020-03-05
(86)【国際出願番号】 JP2020009520
(87)【国際公開番号】W WO2020217734
(87)【国際公開日】2020-10-29
【審査請求日】2023-01-20
(31)【優先権主張番号】P 2019083070
(32)【優先日】2019-04-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000116024
【氏名又は名称】ローム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002310
【氏名又は名称】弁理士法人あい特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】黒川 英太郎
(72)【発明者】
【氏名】下地 規之
(72)【発明者】
【氏名】藤森 敬和
【審査官】脇水 佳弘
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-016738(JP,A)
【文献】特開2016-054286(JP,A)
【文献】特開2007-184816(JP,A)
【文献】国際公開第2006/129532(WO,A1)
【文献】特開2006-109472(JP,A)
【文献】特開2004-111939(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H10N 30/87
H10N 30/20
H10N 30/06
B41J 2/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
キャビティと、
前記キャビティ上に配置されかつ前記キャビティの天面部を区画する可動膜を含む可動膜形成層と、
前記可動膜の前記キャビティとは反対側の表面に接して形成され、平面視において前記可動膜よりも前記キャビティの内方に後退した周縁を有する圧電素子とを含み、
前記圧電素子は、前記可動膜形成層の前記キャビティとは反対側の表面に形成された下部電極と、前記下部電極に対して前記可動膜形成層とは反対側に配置された上部電極と、
前記上部電極と前記下部電極との間に設けられた圧電体膜とを含んでおり、
前記上部電極は、周縁部の少なくとも一部に薄肉部を有しており、
前記上部電極は、前記圧電素子の上面に形成された下層と、前記下層の上面に形成され、前記下層とは材料が異なる上層とからなり、
前記上層は、周縁部全体の少なくとも一部に上層薄肉部を有しており、
前記薄肉部は、前記上層に前記上層薄肉部が形成されることによって形成されており、
前記上層薄肉部は、前記圧電体膜上面との距離が外方に向かって徐々に小さくなるテーパ状上面を有しており、
前記薄肉部の外方縁部において、前記下層は、前記圧電体膜の上面に平行な平坦状上面と、前記平坦状上面に対して垂直な側面とを有しており、
前記平坦状上面において前記上層が存在していない領域が存在する、圧電体膜利用装置。
【請求項2】
前記上層は、その周縁部全体に前記上層薄肉部を有している、請求項1に記載の圧電体膜利用装置。
【請求項3】
前記上層は、平面視で一方向に長い矩形状であり、
前記上層は、前記上層の2つの長辺それぞれに沿う両側部に前記上層薄肉部を有している、請求項1に記載の圧電体膜利用装置。
【請求項4】
前記上層は、前記上層の2つの短辺それぞれに沿う両端部にも前記上層薄肉部を有している、請求項3に記載の圧電体膜利用装置。
【請求項5】
前記圧電体膜の上面に対する前記テーパ状上面の傾斜角度が、1度以上8度以内である、請求項1~4のいずれか一項に記載の圧電体膜利用装置。
【請求項6】
前記下層がIrO膜からなり、前記上層がIr膜からなる、請求項1~5のいずれか一項に記載の圧電体膜利用装置。
【請求項7】
前記圧電体膜は、PZTを主成分とする材料から構成されている、請求項1~6のいずれか一項に記載の圧電体膜利用装置。
【請求項8】
前記下部電極は、Ptを主成分とする材料から構成されている、請求項1~7のいずれか一項に記載の圧電体膜利用装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、圧電体膜を用いたアクチュエータ、センサ等の圧電体膜利用装置に関する。
【背景技術】
【0002】
圧電体膜を用いたアクチュエータとして、インクジェットプリントヘッドが知られている。このようなインクジェットプリントヘッドの一例は、特許文献1に開示されている。特許文献1に開示されているインクジェットプリントヘッドは、ノズル基板と、圧力室基板と、可動膜(振動膜)と、可動膜に接合された圧電素子とを備えている。圧力室基板には、インクが導入される圧力室が形成されており、この圧力室に可動膜が臨んでいる。圧電素子は、可動膜側から、下部電極、圧電体膜および上部電極を積層して構成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2013-215930号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載された構成では、上部電極は、一様な厚さで形成されている。可動膜の変位量を大きくするためには、上部電極の厚さは薄い方が好ましい。しかしながら、上部電極の厚さを薄くすると、電気抵抗が大きくなり、圧電体膜に電界が均一に印加されなくなるおそれがある。そこで、印加電圧を高くすると、圧電体膜は変位量が減少したり、応答が遅くなったりする、いわゆる疲労(Fatigue)の状態になるおそれがある。
【0005】
この発明の目的は、圧電体膜に正常な電界を印加することができるとともに、可動膜の変位量を大きくすることができる圧電体膜利用装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この発明による圧電体膜利用装置は、キャビティと、前記キャビティ上に配置されかつ前記キャビティの天面部を区画する可動膜を含む可動膜形成層と、前記可動膜の前記キャビティとは反対側の表面に接して形成され、平面視において前記可動膜よりも前記キャビティの内方に後退した周縁を有する圧電素子とを含み、前記圧電素子は、前記可動膜形成層の前記キャビティとは反対側の表面に形成された下部電極と、前記下部電極に対して前記可動膜形成層とは反対側に配置された上部電極と、前記上部電極と前記下部電極との間に設けられた圧電体膜とを含んでおり、前記上部電極は、周縁部の少なくとも一部に薄肉部を有している。
【0007】
この構成では、上部電極における周縁部以外の中央部分と、周縁部における薄肉部以外の部分とが、厚肉部となる。厚肉部は薄肉部に比べて電気抵抗値が小さいので、大きな電圧降下を起こすことなく電荷を圧電体膜に注入させることができる。一方、薄肉部は厚肉部に比べて電気抵抗値は大きいが、上部電極の周縁までの距離が短く、電荷が通る距離が短いため、周縁部に流れる電流量が少ない。このため、薄肉部においても、大きな電圧降下が生じない。
【0008】
この結果、上部電極全体が厚肉部と同じ厚さである場合に比べて、平均的な厚さを減らしても、圧電体膜に正常な電界を印加することが可能となる。上部電極全体が厚肉部と同じ厚さである場合に比べて、平均的な厚さを減らすことができるので、可動膜の変位量を大きくすることができる。
【0009】
この発明の一実施形態では、前記上部電極は、周縁部全体に薄肉部を有している。
【0010】
この発明の一実施形態では、前記上部電極は、平面視で一方向に長い矩形状であり、前記上部電極は、両側部に薄肉部を有している。
【0011】
この発明の一実施形態では、前記上部電極は、両端部にも薄肉部を有している。
【0012】
この発明の一実施形態では、前記薄肉部は、前記圧電体膜上面との距離が外方に向かって徐々に小さくなるテーパ状上面を有している。
【0013】
この発明の一実施形態では、平面視において前記薄肉部の内外方向の長さが0.5μm以上である。
【0014】
この発明の一実施形態では、前記圧電体膜の上面に対する前記テーパ状上面の傾斜角度が、1度以上8度以内である。
【0015】
この発明の一実施形態では、前記テーパ状上面の外方縁部が外方に向かって凸の湾曲面に形成されている。
【0016】
この発明の一実施形態では、前記上部電極は、前記圧電体膜の上面に形成されたIrO膜と、前記IrO膜上に積層されたIr膜との積層膜からなり、前記薄肉部の外方縁部において、前記IrO膜上に前記Ir膜が存在している。
【0017】
この発明の一実施形態では、前記上部電極は、前記圧電体膜の上面に形成されたIrO膜と、前記IrO膜上に積層されたIr膜との積層膜からなり、前記薄肉部の外方縁部において、前記IrO膜上に前記Ir膜が存在していない。
【0018】
この発明の一実施形態では、前記上部電極は、前記圧電体膜の上面に形成されたIrO膜と、前記IrO膜上に積層されたIr膜との積層膜からなる。
【0019】
この発明の一実施形態では、前記圧電体膜は、PZTを主成分とする材料から構成されている。
【0020】
この発明の一実施形態では、前記下部電極は、Ptを主成分とする材料から構成されている。
【0021】
この発明の一実施形態では、前記薄肉部の厚さが一定であり、前記薄肉部が前記圧電体膜の上面に対して平行な上面を有している。
【0022】
この発明の一実施形態では、平面視において前記薄肉部の内外方向の長さが0.5μm以上である。
【0023】
本発明における上述の、またはさらに他の目的、特徴および効果は、添付図面を参照して次に述べる実施形態の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1図1は、この発明の一実施形態に係る圧電体膜利用装置が適用されたインクジェットプリントヘッドの模式的な平面図である。
図2図2は、図1のII-II線に沿う模式的な拡大断面図である。
図3図3は、図1のIII-III線に沿う模式的な拡大断面図である。
図4A図4Aは、図2の主として上部電極の周縁部の実際の形状を示す部分拡大図である。
図4B図4Bは、上部電極の周縁部の形状の変形例を示す部分拡大図である。
図5A図5Aは、前記インクジェットプリントヘッドの製造工程の一例を示す断面図である。
図5B図5Bは、図5Aの次の工程を示す断面図である。
図5C図5Cは、図5Bの次の工程を示す断面図である。
図5D図5Dは、図5Cの次の工程を示す断面図である。
図5E図5Eは、図5Dの次の工程を示す断面図である。
図5F図5Fは、図5Eの次の工程を示す断面図である。
図5G図5Gは、図5Fの次の工程を示す断面図である。
図5H図5Hは、図5Gの次の工程を示す断面図である。
図5I図5Iは、図5Hの次の工程を示す断面図である。
図5J図5Jは、図5Iの次の工程を示す断面図である。
図5K図5Kは、図5Jの次の工程を示す断面図である。
図5L図5Lは、図5Kの次の工程を示す断面図である。
図5M図5Mは、図5Kの次の工程を示す断面図である。
図6図6は、この発明の他の実施形態に係るインクジェットプリントヘッドの構成を説明するための断面図であり、図2に対応する断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
図1は、この発明の一実施形態に係る圧電体膜利用装置が適用されたインクジェットプリントヘッドの模式的な平面図である。図2は、図1のII-II線に沿う模式的な拡大断面図である。図3は、図1のIII-III線に沿う模式的な拡大断面図である。図4Aは、図2の主として上部電極の周縁部の実際の形状を示す部分拡大図である。ただし、図1および図4Aにおいては、図2および図3に符号11および12で示される水素バリア膜および絶縁膜が省略されている。
【0026】
図2および図3を参照して、インクジェットプリントヘッド1は、シリコン基板2と、インクを吐出する吐出口31aを有するノズル基板3とを備えている。シリコン基板2上には、可動膜形成層10が積層されている。シリコン基板2と可動膜形成層10との積層体には、インク流路(インク溜まり)としての圧力室(キャビティ)5が形成されている。
【0027】
ノズル基板3は、例えばシリコンプレートからなり、シリコン基板2の裏面に張り合わされ、シリコン基板2および可動膜形成層10とともに、圧力室5を区画している。ノズル基板3には、インク吐出通路31が形成されている。インク吐出通路31は、ノズル基板3を貫通しており、圧力室5とは反対側に吐出口31aを有している。したがって、圧力室5の容積変化が生じると、圧力室5に溜められたインクは、インク吐出通路31を通り、吐出口31aから吐出される。
【0028】
圧力室5は、シリコン基板2の裏面側から、シリコン基板2(またはシリコン基板2および可動膜形成層10)を掘りこんで形成されている。シリコン基板2(またはシリコン基板2および可動膜形成層10)には、さらに、圧力室5に連通するインク供給路4(図1および図3を合わせて参照)が形成されている。インク供給路4は、圧力室5に連通しており、インク供給源であるインクタンク(例えばインクカートリッジ)からのインクを圧力室5に導くように形成されている。
【0029】
圧力室5は、図3の左右方向であるインク流通方向21に沿って長く延びて形成されている。可動膜形成層10における圧力室5の天壁部分は、可動膜10Aを構成している。可動膜10A(可動膜形成層10)は、例えば、シリコン基板2上に形成された酸化シリコン(SiO)膜からなる。可動膜10A(可動膜形成層10)は、例えば、シリコン基板2上に形成されたシリコン(Si)層と、シリコン層上に形成され酸化シリコン(SiO)層と、酸化シリコン層上に形成された窒化シリコン(SiN)層との積層体から構成されていてもよい。この明細書において、可動膜10Aとは、可動膜形成層10のうち圧力室5を区画している天壁部を意味している。したがって、可動膜形成層10のうち、圧力室5の天壁部以外の部分は、可動膜10Aを構成していない。
【0030】
可動膜10Aの厚さは、例えば、0.4μm~3μm程度である。この実施形態では、可動膜10Aの厚さは、2μm程度である。
【0031】
圧力室5は、可動膜10Aと、シリコン基板2と、ノズル基板3とによって区画されており、この実施形態では、略直方体状に形成されている。圧力室5の長さは例えば600μm程度、その幅は例えば100μm程度、その深さは例えば100μm程度である。インク供給路4は、圧力室5の長手方向一端部(この実施形態では、吐出口31aとは反対側に位置する端部)に連通するように形成されている。ノズル基板3の吐出口31aは、この実施形態では、圧力室5の長手方向に関する他端部付近に配置されている。
【0032】
圧力室5が直方体状であるので、可動膜10Aは、平面視で、インク流通方向21に長い矩形状である。可動膜10Aの長手方向の長さは、600μm程度であり、短手方向の長さは、100μm程度である。
【0033】
可動膜10Aの表面には、圧電素子6が配置されている。圧電素子6は、可動膜形成層10上に形成された下部電極7と、下部電極7上に形成された圧電体膜8と、圧電体膜8上に形成された上部電極9とを備えている。言い換えれば、圧電素子6は、圧電体膜8を上部電極9および下部電極7で上下から挟むことにより構成されている。
【0034】
下部電極7は、例えば、Pt(プラチナ)層の単膜から構成されている。この他にも、Au(金)膜、Cr(クロム)層、Ni(ニッケル)層などの単膜で下部電極7を形成することもできる。また、Ti(チタン)層およびPt(プラチナ)層を可動膜10A側から順に積層した積層膜で下部電極7を形成してもよい。下部電極7の膜厚は、例えば、200nm程度である。
【0035】
下部電極7は、可動膜10A上に配置され、可動膜10Aとほぼ同じ形状および大きさの矩形部71と、矩形部71の一端側から引き出された引き出し電極部72と、複数の圧電素子6の下部電極7を共通接続する共通接続部73とを有している。矩形部71のうち、圧電体膜8の下面に接触している部分が、圧電素子6を構成する主電極部71Aである。
【0036】
図3および図1を参照して、引き出し電極部7Bは、矩形部71におけるインク流通方向21の下流側端の幅中央部から下流側に引き出されている。共通接続部73は、矩形部71よりも下流側において、インク流通方向21と直交する方向に延びている。共通接続部73には、複数の引き出し電極部72の下流側端が連結されている。
【0037】
図2および図3に戻り、圧電体膜8としては、例えば、ゾルゲル法またはスパッタ法によって形成されたPZT(PbZrTi1-x:チタン酸ジルコン酸鉛)膜を適用することができる。このような圧電体膜8は、金属酸化物結晶の焼結体からなる。圧電体膜8の厚さは、1μm~5μm程度が好ましい。この実施形態では、圧電体膜8の厚さは、2μm程度である。可動膜10Aの全体の厚さは、圧電体膜8の厚さと同程度か、圧電体膜の厚さの2/3程度とすることが好ましい。
【0038】
圧電体膜8は、平面視でインク流通方向21に長い矩形状である。圧電体膜8の側面は、下方にいくほど外方に拡がる傾斜面に形成されている。圧電体膜8の長手方向の長さは、可動膜10A(圧力室5)の長手方向の長さよりも短く形成されており、その両端縁は、可動膜10Aの対応する両端縁に対して、所定の第1間隔を開けて内側に配置されている。圧電体膜8の上面の長手方向の長さは、500μm程度である。
【0039】
圧電体膜8の短手方向の長さは、可動膜10A(圧力室5)の短手方向の長さよりも短く形成されており、その両側縁は、可動膜10Aの対応する両側縁に対して、所定の第2間隔を開けて内側に配置されている。圧電体膜8の上面の短手方向の長さは、33μm程度である。
【0040】
上部電極9は、圧電体膜8の上面とほぼ同様なパターンに形成されている。つまり、上部電極9は、インク流通方向21に長い矩形状である。上部電極9は、図4Aに示すように、例えば、IrO(酸化イリジウム)膜9AおよびIr(イリジウム)膜9Bを圧電体膜8側から順に積層した2層構造を有している。
【0041】
上部電極9は、平面視において、厚肉の中央部91と、中央部91の外側の薄肉の周縁部92とからなる。中央部91は、平面視において、インク流通方向21に長い矩形状である。中央部91の膜厚は一定であり、中央部91の上面は、圧電体膜8の上面とほぼ平行な平坦面に形成されている。
【0042】
周縁部92は、平面視で矩形環状である。この実施形態では、周縁部92は、外方(外周縁)に向かって膜厚が徐々に小さくなるテーパ形状の薄肉部に形成されている。言い換えれば、周縁部92は、圧電体膜8上面との距離が外方に向かって徐々に小さくなるテーパ状上面92aを有している。
【0043】
この実施形態では、中央部91の長手方向の長さは、497μm程度であり、中央部91の短手方向の長さは、30μm程度である。また、平面視において、周縁部92の内外方向の長さ(周縁部の幅)は、1.5μm程度である。周縁部92の内外方向の長さは、0.5μm以上であることが好ましい。この実施形態では、圧電体膜8の上面に対するテーパ状上面92aの傾斜角度は4度程度である。圧電体膜8の上面に対するテーパ状上面92aの傾斜角度は、1度以上8度以下があることが好ましい。
【0044】
図4Aに示すように、周縁部92のテーパ状上面92aの外方縁部92bは、外方に凸の湾曲面に形成されている。図4Aでは、周縁部92の外方縁部92bにおいて、IrO膜9A上にIr膜9Bが存在している。しかしながら、図4Bに示すように、周縁部92の外方縁部92bにおいて、IrO膜9A上にIr膜9Bが存在していなくてもよい。
【0045】
可動膜形成層10の表面、圧電素子6の表面および下部電極7における主電極部71A以外の部分の表面は、水素バリア膜11によって覆われている。水素バリア膜11は、例えば、Al(アルミナ)から構成されている。これにより、圧電体膜8の水素還元による特性劣化を防止することができる。水素バリア膜11の膜厚は、100nm程度である。
【0046】
水素バリア膜11上には、絶縁膜12が積層されている。絶縁膜12は、例えば、SiOからなる。絶縁膜12上には配線13が形成されている。配線13は、Al(アルミニウム)を含む金属材料からなる。
【0047】
配線13の一端部は、上部電極9の一端部の上方に配置されている。配線13と上部電極9との間において、水素バリア膜11および絶縁膜12を連続して貫通する貫通孔14が形成されている。配線13の一端部は、貫通孔14に入り込み、貫通孔14内で上部電極9に接続されている。また、水素バリア膜11および絶縁膜12は、上部電極9の中央部91の表面におけるその周縁部に囲まれた領域に対応する位置に切除部15を有している。切除部15とは、水素バリア膜11および絶縁膜12が切除されている部分である。
【0048】
また、図示しないが、下部電極7の共通接続部73上の所定領域に対応する位置には、水素バリア膜11および絶縁膜12を連続して貫通する開口部が形成されており、共通接続部73の表面がその開口部を介して露出している。この露出部分は、下部電極7を外部に接続するためのパッド部を構成している。
【0049】
圧電素子6は、可動膜10Aを挟んで圧力室5に対向する位置に形成されている。すなわち、圧電素子6は、可動膜10Aの圧力室5とは反対側の表面に接するように形成されている。圧力室5には、図示しないインクタンクからインク供給路4を通って供給されるインクが充填される。可動膜10Aは、圧力室5の天面部を区画していて、圧力室5に臨んでいる。可動膜10Aは、可動膜形成層10とシリコン基板2との積層体における圧力室5の周囲の部分によって支持されており、圧力室5に対向する方向(換言すれば可動膜10Aの厚さ方向)に変形可能な可撓性を有している。
【0050】
配線13および下部電極7の共通接続部73は、駆動回路20に接続されている。駆動回路20は、シリコン基板2の圧力室5とは別の領域に形成されていてもよいし、シリコン基板2外に形成されていてもよい。駆動回路20から圧電素子6に駆動電圧が印加されると、逆圧電効果によって、圧電体膜8が変形する。これにより、圧電素子6とともに可動膜10Aが変形し、それによって、圧力室5の容積変化がもたらされ、圧力室5内のインクが加圧される。加圧されたインクは、インク吐出通路31を通って、吐出口31aから微小液滴となって吐出される。
【0051】
図1図3を参照して、シリコン基板2(またはシリコン基板2と可動膜形成層10との積層体)には、複数の圧力室5が互いに平行に延びてストライプ状に形成されている。複数の圧力室5は、それらの幅方向に微小な間隔(例えば30μm~350μm程度)を開けて等間隔で形成されている。
【0052】
各圧力室5は、平面視において、インク供給路4から吐出通路33に向かうインク流通方向21に沿って細長く延びた長方形形状を有している。つまり、圧力室5の天面部は、インク流通方向21に沿う2つの側縁5c,5dと、インク流通方向21に直交する方向に沿う2つの端縁5a,5bとを有している。
【0053】
インク供給路4は、圧力室5の一端部において、2つの通路に分かれて形成されており、共通インク通路22に連通している。共通インク通路22は、複数の圧力室5に対応したインク供給路4に連通しており、それらのインク供給路4に、インクタンクからのインクを供給するように形成されている。
【0054】
配線13は、一端部が上部電極9におけるインク流通方向21の上流側の一端部に接続されかつインク流通方向21と反対方向に延びた引き出し部13Aと、引き出し部13Aと一体化し、引き出し部13Aの先端に接続された平面視矩形状のパッド部13Bとからなる。引き出し部13Aは、上部電極9に接続されている部分を除いて、圧電素子6の上面の一端部とそれに連なる圧電素子6の端面と可動膜形成層10の表面とを覆う絶縁膜12の表面上に形成されている。パッド部13Bは、可動膜形成層10の表面を覆う絶縁膜12上に形成されている。
【0055】
可動膜10Aにおける可動膜10Aの周縁と圧電素子6の周縁との間の環状領域(この実施形態では、インク流通方向21に長手の矩形環状領域)は、圧電素子6または圧力室5の周囲壁によって拘束されていない領域であり、大きな変形が生じる領域である。つまり、可動膜10Aの周縁部は、大きな変形が生じる領域である。このため、圧電素子6が駆動されると、可動膜10Aの周縁部の内周縁側が圧力室5の厚さ方向(この実施形態では下方)に変位するように可動膜10Aの周縁部が屈曲し、これにより可動膜10Aの周縁部に囲まれた中央部全体が圧力室5の厚さ方向(この実施形態では下方)に変位する。
【0056】
以下、インクジェットプリントヘッド1の製造方法を具体的に説明する。
【0057】
図5A図5Mは、インクジェットプリントヘッド1の製造工程を示す断面図であり、図2の切断面に対応する断面図である。
【0058】
まず、図5Aに示すように、シリコン基板2が用意される。ただし、シリコン基板2としては、最終的なシリコン基板2の厚さよりも厚いものが用いられる。
【0059】
次に、図5Bに示すように、シリコン基板2の表面に可動膜形成層10が形成される。具体的には、シリコン基板2の表面に酸化シリコン膜(例えば、2μm厚)が形成される。可動膜形成層10が、シリコン膜と酸化シリコン膜と窒化シリコン膜との積層膜で構成される場合には、シリコン基板2の表面にシリコン膜(例えば0.6μm厚)が形成され、シリコン膜上に酸化シリコン膜(例えば0.6μm厚)が形成され、酸化シリコン膜上に窒化シリコン膜(例えば0.6μm厚)が形成される。
【0060】
次に、図5Cに示すように、可動膜形成層10上に、下部電極7の材料層である下部電極膜107が形成される。下部電極膜107は、例えば、Pt膜(例えば200nm厚)からなる。このような下部電極膜107は、例えばスパッタ法で形成される。
【0061】
次に、図5Dに示すように、圧電体膜8の材料である圧電体材料膜108が下部電極膜107上の全面に形成される。具体的には、例えば、ゾルゲル法によって例えば2μm厚の圧電体材料膜108が形成される。このような圧電体材料膜108は、金属酸化物結晶粒の焼結体からなる。
【0062】
次に、図5Eに示すように、圧電体材料膜108の全面に上部電極9の材料である上部電極膜109が形成される。上部電極膜109は、例えば、IrO膜(例えば50nm厚)を下層とし、Ir膜(例えば50nm厚)を上層とするIr0/Ir積層膜からなる。このような上部電極膜109は、例えばスパッタ法で形成される。
【0063】
次に、図5Fに示すように、フォトリソグラフィによって、上部電極9のパターンのレジストマスク111が形成される。レジストマスク111の各側面111aは、下方に行くほど外方に拡がる傾斜面に形成されている。
【0064】
次に、図5Gおよび図5Hに示すように、レジストマスク111をマスクとして、上部電極膜109がエッチングされることにより、所定パターンの上部電極9が形成される。このエッチング工程においては、図5Hに示すように、レジストマスク111の表面および傾斜状の側面111aが徐々にエッチングされるので、上部電極9の上面周縁部においては外側ほどエッチング量が大きくなる。この結果、膜厚が一定の中央部(厚肉部)91と、外方に向かって膜厚が徐々に小さくなる周縁部(薄肉部)92とからなる上部電極9が得られる。周縁部92は、圧電体膜8上面との距離が外方に向かって徐々に小さくなるテーパ状上面92aを有している。周縁部92の外方縁部92bは、外方に凸の湾曲状に形成される。
【0065】
次に、図5Iに示すように、圧電体材料膜108がエッチングされることにより、所定パターンの圧電体膜8が形成される。この後、レジストマスク111が剥離される。
【0066】
次に、図5Jに示すように、フォトリソグラフィによって、下部電極7のパターンのレジストマスク112が形成される。
【0067】
次に、図5Kに示すように、レジストマスク112をマスクとして、下部電極膜107がエッチングされることにより、主電極部71Aを含む矩形部71と引き出し電極部72と共通接続部73とからなる下部電極7が形成される。この後、レジストマスク112が剥離される。
【0068】
次に、全面を覆う水素バリア膜11が形成される。この後、水素バリア膜11上の全面に絶縁膜12が形成される。続いて、絶縁膜12および水素バリア膜11が連続してエッチングされることにより、貫通孔14が形成される。貫通孔14内を含む絶縁膜12上に、スパッタ法によって、配線13を構成する配線膜が形成される。この後、フォトリソグラフィおよびエッチングにより、配線膜がパターニングされることにより、配線13が形成される。この後、図5Lに示すように、絶縁膜12および水素バリア膜11が連続してエッチングされることにより、切除部15が形成される。
【0069】
次に、図5Mに示すように、シリコン基板2を薄くするための裏面研削が行われる。シリコン基板2が裏面から研磨されることにより、シリコン基板2が薄膜化される。例えば、初期状態で670μm厚程度のシリコン基板2が、100μm厚程度に薄型化される。この後、フォトリソグラフィおよびエッチングにより、シリコン基板2に、共通インク通路22、インク供給路4および圧力室5が形成される。
【0070】
最後に、ノズル基板3がシリコン基板2の裏面に張り合わされることにより、図1図4Aに示すようなインクジェットプリントヘッド1が得られる。
【0071】
前述の実施形態では、上部電極9は、厚肉の中央部91と、中央部91の外側の薄肉の周縁部92とからなる。中央部91の膜厚は一定である。周縁部92は、外方に向かって膜厚が徐々に小さくなるテーパ形状の薄肉部に形成されている。言い換えれば、周縁部92は、圧電体膜8上面との距離が外方に向かって徐々に小さくなるテーパ状上面92aを有している。
【0072】
中央部(厚肉部)91は周縁部(薄肉部)92に比べて電気抵抗値が小さいので、大きな電圧降下を起こすことなく電荷を圧電体膜8に注入させることができる。一方、周縁部92は中央部91に比べて電気抵抗値は大きいが、上部電極9の周縁までの距離が短く、電荷が通る距離が短いため、周縁部92に流れる電流量が少ない。このため、周縁部92においても、大きな電圧降下が生じない。
【0073】
この結果、上部電極9全体が中央部91と同じ厚さである場合に比べて、平均的な厚さを減らしても、圧電体膜8に正常な電界を印加することが可能となる。上部電極9全体が中央部91と同じ厚さである場合に比べて、平均的な厚さを減らすことができるので、可動膜10Aの変位量を大きくすることができる。
【0074】
前述の実施形態では、上部電極9の周縁部全体が、テーパ形状の薄肉部に形成されているが、上部電極9の周縁部の一部のみがテーパ形状の薄肉部に形成されてもよい。例えば、上部電極9の両側部および両端部のうち、両側部のみがテーパ形状の薄肉部に形成されてもよい。
【0075】
また、前述の実施形態では、上部電極9は、平面視矩形状であったが、上部電極9の平面形状は、円形、楕円等の任意の形状であってもよい。
【0076】
また、前述の実施形態では、上部電極9の周縁部92は、テーパ形状の薄肉部に形成されているが、図6に示されるインクジェットプリントヘッド1Aのように、上部電極9の周縁部92は、中央部91よりも薄くかつ厚さが一定の薄肉部に形成されていてもよい。図6は、図2に対応する断面図である。この場合においても、平面視において、周縁部92の内外方向の長さは、0.5μm以上であることが好ましい。図6の例では、周縁部92の内外方向の長さは、1.5μm程度である。
【0077】
また、前述の実施形態では、水素バリア膜11上に絶縁膜12が形成されているが、水素バリア膜11上に絶縁膜12が形成されていなくてもよい。
【0078】
前述の実施形態では、この発明をインクジェットプリントヘッドに適用した場合について説明したが、この発明は、圧電体膜を用いたマイクロホン、圧力センサ、加速度センサ、角速度センサ、超音波センサ、スピーカー、IRセンサ(熱センサ)等にも適用することができる。
【0079】
本発明の実施形態について詳細に説明してきたが、これらは本発明の技術的内容を明らかにするために用いられた具体例に過ぎず、本発明はこれらの具体例に限定して解釈されるべきではなく、本発明の範囲は添付の請求の範囲によってのみ限定される。
【0080】
この出願は、2019年4月24日に日本国特許庁に提出された特願2019-083070号に対応しており、その出願の全開示はここに引用により組み込まれるものとする。
【符号の説明】
【0081】
1,1A インクジットプリントヘッド
2 シリコン基板
3 ノズル基板
31 インク吐出通路
31a 吐出口
4 インク供給路
5 圧力室(キャビティ)
6 圧電素子
7 下部電極
71 矩形部
71A 主電極部
72 引き出し電極部
73 共通接続部
8 圧電体膜
9 上部電極
9A IrO
9B Ir膜
91 中央部
92 周縁部
92a テーパ状上面
92b 外方縁部
10 可動膜形成層
10A 可動膜
11 水素バリア膜
12 絶縁膜
13 配線
13A 引き出し部
13B パッド部
14 貫通孔
15 切除部
20 駆動回路
21 インク流通方向
22 共通インク通路
107 下部電極膜
108 圧電体材料膜
109 上部電極膜
111,112 レジストマスク
図1
図2
図3
図4A
図4B
図5A
図5B
図5C
図5D
図5E
図5F
図5G
図5H
図5I
図5J
図5K
図5L
図5M
図6