(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-18
(45)【発行日】2024-10-28
(54)【発明の名称】ラチェット型クラッチ
(51)【国際特許分類】
F16D 41/12 20060101AFI20241021BHJP
【FI】
F16D41/12 C
(21)【出願番号】P 2021071129
(22)【出願日】2021-04-20
【審査請求日】2023-10-30
(73)【特許権者】
【識別番号】000102784
【氏名又は名称】NSKワーナー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002435
【氏名又は名称】弁理士法人井上国際特許商標事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100077919
【氏名又は名称】井上 義雄
(74)【代理人】
【識別番号】100172638
【氏名又は名称】伊藤 隆治
(74)【代理人】
【識別番号】100153899
【氏名又は名称】相原 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100159363
【氏名又は名称】井上 淳子
(72)【発明者】
【氏名】岩野 彰
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 大
【審査官】沖 大樹
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2014/0202820(US,A1)
【文献】特開2021-038755(JP,A)
【文献】国際公開第2021/117867(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16D 41/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の環状部材と、
前記第1の環状部材と同軸に且つ相対回転可能に配置された第2の環状部材と、
トルク伝達可能に前記第1の環状部材と前記第2の環状部材とを係合可能なラチェット機構と、
前記第1の環状部材と前記第2の環状部材とにおけるトルク伝達方向を切り替え可能な切り替え機構とを有し、
前記ラチェット機構は、前記第1の環状部材に設けられた歯部と、
前記第2の環状部材に設けられ、前記歯部と噛み合うことにより前記第2の環状部材に対する前記第1の環状部材の第1の回転方向への相対回転をロックする第1の爪部材と、
前記第2の環状部材に設けられ、前記第1の爪部材と対をなし、前記歯部と噛み合うことにより前記第2の環状部材に対する前記第1の環状部材の第2の回転方向への相対回転をロックする第2の爪部材とを備え、
前記切り替え機構は、前記第1および第2の環状部材と同軸に且つ前記第1および第2の環状部材と相対回転可能に設けられた第3の環状部材を有し、
前記第3の環状部材には、前記第1の爪部材と前記第2の爪部材の一方または両方と接触することにより前記第1の爪部材と前記第2の爪部材の一方または両方と前記歯部との噛み合いを制限可能な制限部が形成され、
前記制限部は、前記第3の環状部材の回転によって、前記第1の爪部材と前記第2の爪部材の一方または両方との接触と非接触とが切り替わ
り、
前記第3の環状部材は、前記第1の爪部材および前記第2の爪部材と径方向に対向する周面を有し、
前記制限部は、前記周面に形成され、前記第1の爪部材および前記第2の爪部材と接触することにより前記第1の爪部材および前記第2の爪部材を前記歯部との非噛み合い方向に変位させる凸部であり、
前記凸部は、対をなす前記第1の爪部材と前記第2の爪部材とのそれぞれの先端間の周方向長さよりも長い周方向長さを有しており、
前記凸部の頂部は、前記歯部の頂部よりも径方向において前記非噛み合い方向側に位置していることを特徴とするラチェット型クラッチ。
【請求項2】
前記第1の爪部材と前記第2の爪部材とは複数対が周方向に設けられ、
前記凸部は、前記第1の爪部材と前記第2の爪部材との対の数に対応して複数設けられていることを特徴とする請求項
1に記載のラチェット型クラッチ。
【請求項3】
前記第3の環状部材は、前記ラチェット型クラッチが構成部品として組み込まれる装置の駆動機構によって駆動されることを特徴とする請求項1
または2に記載のラチェット型クラッチ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両や産業機械等においてトルク伝達用の装置として用いられるトルク伝達方向切り替え式のラチェット型クラッチに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ラチェット機構を用いたクラッチであって、外輪部材に対する内輪部材或いは内輪部材に対する外輪部材の回転方向に関し、一方向または反対方向の何れかの回転方向への回転のみをロックする状態と、一方向および反対方向の両方の回転方向への回転を同時にロックする状態と、一方向および反対方向の何れの回転方向への回転もロックしない状態とを切り替えることにより、トルク伝達方向を切り替えることができるものがある(例えば特許文献1、2を参照)。
【0003】
特許文献1、2に記載されたクラッチは、変位することによってラチェット機構の係合状態を変更可能な環状部材を、アクチュエータ等の外部装置を用いて変位させることにより内外輪間の回転伝達方向すなわちトルク伝達方向を切り替えている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特表2016-508582号公報
【文献】特開2021-038755号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年、車両における電動化制御の発達は著しく、車両に搭載される各種装置の構成部品も複雑化してきており、これに比例してこれら各種装置の重量および搭載スペースも増大してきている。特許文献1または2のクラッチのように、トルク伝達方向の切り替えをアクチュエータ等の外部装置で行うことは、クラッチを変速装置の構成部品として用いる場合には、変速装置全体の重量および車両への搭載スペースが増大してしまう虞がある。このことは、近年の厳しい軽量化および省スペースの要求の達成を困難にする虞がある。
【0006】
本発明はこのような状況に鑑みてなされたものであり、構成部品として組み込まれる装置全体の重量の増大および当該装置の配置スペースの増大を抑制することができるトルク伝達方向切り替え式のラチェット型クラッチを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するため、本発明に係るラチェット型クラッチは、
第1の環状部材と、
前記第1の環状部材と同軸に且つ相対回転可能に配置された第2の環状部材と、
トルク伝達可能に前記第1の環状部材と前記第2の環状部材とを係合可能なラチェット機構と、
前記第1の環状部材と前記第2の環状部材とにおけるトルク伝達方向を切り替え可能な切り替え機構とを有し、
前記ラチェット機構は、前記第1の環状部材に設けられた歯部と、
前記第2の環状部材に設けられ、前記歯部と噛み合うことにより前記第2の環状部材に対する前記第1の環状部材の第1の回転方向への相対回転をロックする第1の爪部材と、
前記第2の環状部材に設けられ、前記第1の爪部材と対をなし、前記歯部と噛み合うことにより前記第2の環状部材に対する前記第1の環状部材の第2の回転方向への相対回転をロックする第2の爪部材とを備え、
前記切り替え機構は、前記第1および第2の環状部材と同軸に且つ前記第1および第2の環状部材と相対回転可能に設けられた第3の環状部材を有し、
前記第3の環状部材には、前記第1の爪部材と前記第2の爪部材の一方または両方と接触することにより前記第1の爪部材と前記第2の爪部材の一方または両方と前記歯部との噛み合いを制限可能な制限部が形成され、
前記制限部は、前記第3の環状部材の回転によって、前記第1の爪部材と前記第2の爪部材の一方または両方との接触と非接触とが切り替わり、
前記第3の環状部材は、前記第1の爪部材および前記第2の爪部材と径方向に対向する周面を有し、
前記制限部は、前記周面に形成され、前記第1の爪部材および前記第2の爪部材と接触することにより前記第1の爪部材および前記第2の爪部材を前記歯部との非噛み合い方向に変位させる凸部であり、
前記凸部は、対をなす前記第1の爪部材と前記第2の爪部材とのそれぞれの先端間の周方向長さよりも長い周方向長さを有しており、
前記凸部の頂部は、前記歯部の頂部よりも径方向において前記非噛み合い方向側に位置していることを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、構成部品として組み込まれる装置全体の重量の増大および当該装置の配置スペースの増大を抑制することができるトルク伝達方向切り替え式のラチェット型クラッチを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は実施形態に係るトルク伝達方向切り替え式のラチェット型クラッチを軸方向から見た正面図であり、一部を切り欠いて示している。
【
図3】
図3はトルク伝達方向切り替え式のラチェット型クラッチの部分拡大図であり、
図3(a)、
図3(b)、
図3(c)および
図3(d)は、トルク伝達方向切り替え式のラチェット型クラッチの第1の状態、第2の状態、第3の状態および第4の状態をそれぞれ示している。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施形態に係るトルク伝達方向切り替え式のラチェット型クラッチを、図面を参照しつつ説明する。本実施形態に係るトルク伝達方向切り替え式のラチェット型クラッチは、車両の変速装置の構成部品として用いられる例として説明する。また、以下の説明においては、トルク伝達方向切り替え式のラチェット型クラッチを「ラチェット型クラッチ」と略記する場合がある。
【0011】
まず、本実施形態におけるトルク伝達方向切り替え式のラチェット型クラッチに係る方向について定義する。本実施形態において、「中心軸線C」とはラチェット型クラッチの中心軸線すなわち外輪および内輪の中心軸線のことをいい、軸方向、径方向、周方向とは、中心軸線Cに関する軸方向、径方向、周方向のことをいう。また、軸方向について、
図1および
図3においては紙面手前方向を軸方向一方とし、紙面奥方向を軸方向他方とし、
図2においては紙左方を軸方向一方とし、紙面右方を軸方向他方とする。周方向について、
図1および
図3において、紙面に向かって時計回りに回転する方向を周方向一方とし、紙面に向かって反時計回りに回転する方向を周方向他方とする。
【0012】
なお、ラチェット型クラッチの回転方向については、説明の便宜上、外輪に対する内輪の回転方向について説明するが、外輪の回転と内輪の回転とは相対的なものである。例えば、内輪が時計回りに回転可能な場合、外輪も反時計回りに回転可能であり、また、内輪と外輪とが同方向に回転する場合であっても、外輪と内輪との回転速度が異なれば、外輪と内輪とは相対的にいずれかの方向に回転していると言える。
【0013】
図1は実施形態に係るトルク伝達方向切り替え式のラチェット型クラッチを軸方向から見た正面図であり、一部を切り欠いて示している。
図2は
図1の2-2線矢視断面図である。
【0014】
本実施形態に係るトルク伝達方向切り替え式のラチェット型クラッチ1は、環状の外輪3と、外輪3に対して径方向内方に離間し、外輪3の中心軸線Cと同軸に且つ外輪3と相対回転可能に配置された環状の内輪5と、外輪3と内輪5との間でトルク伝達を可能とするトルク伝達機構と、を有している。本実施形態におけるトルク伝達機構は、ラチェット機構である。
【0015】
外輪3は、軸方向に所定の長さを有する円筒状の本体部17と、本体部17の軸方向他方側部分から径方向内方に突出し、周方向の全周に亘って延在する環状部19とから構成されている。本体部17と内周側の環状部19とは一体に形成されている。環状部19には、後述する複数の爪機構部が保持される。外輪3の本体部17の外周面には、径方向外方に突出し軸方向に延在する凸部21が周方向所定間隔に複数設けられている。これら凸部21が図示しない外側部材の嵌合部に嵌合することにより、外輪3は外側部材に対して相対回転不能に固定されている。
なお、以降の説明において、便宜上、外輪3において環状部19よりも軸方向一方側に延びている本体部17の部分を外輪3の「円筒部23」とする(
図2参照)。
【0016】
図1に示すように、外輪3の環状部19の内周部には、第1の爪部材31と、第1の爪部材31の周方向他方側に隣接し、第1の爪部材31と対をなす第2の爪部材37とが設けられている。第1の爪部材31と第2の爪部材37とで爪機構部を構成している。すなわち、外輪3の環状部19には、軸方向一方側から見て、周方向一方側から周方向他方側に向かって順に並んで対をなす第1の爪部材31と第2の爪部材37とを含む爪機構部が設けられている。外輪3の環状部19にはこのような爪機構部が、周方向に所定間隔で複数設けられている。第1の爪部材31は、円柱部27から周方向一方側に向かって延在する爪部29を有し、第2の爪部材37は、円柱部33から周方向他方側に向かって延在する爪部35を有する。なお、本実施形態においては、3つの爪機構部が周方向等間隔に設けられているが、
図1においては1つの爪機構部のみを示している。
【0017】
内輪5は外輪3の環状部19の径方向内方に配置されている。内輪5の外周部には、多数の歯部13が全周に亘って等間隔に形成されている。各歯部13は径方向外方に突出し、中心軸線C方向に延在している。外輪3の環状部19の内周面と内輪5の外周部すなわち歯部13とは、所定の空間を介して径方向に対向している。歯部13は、第1の爪部材31および第2の爪部材37が噛み合うラチェット歯を構成している。具体的には、各歯部13の周方向他方側の側面は第1の爪部材31と噛み合う第1の噛み合い部13aを構成し、各歯部13の周方向一方側の側面は第2の爪部材37と噛み合う第2の噛み合い部13bを構成している。
【0018】
内輪5の内周面には、スプライン11が全周に亘って設けられている。内輪5の内周側には、スプライン11を介して出力用或いは入力用の図示しない軸部材がスプライン嵌合される。
【0019】
第1の爪部材31は、円柱部27を中心に爪部29が径方向に揺動可能に、外輪3の環状部19の内周部に形成された保持部39に保持されている。保持部39は、環状部19の軸方向一方側端面および内周面に開口する凹部である。また、保持部39には第1の爪部材31の爪部29を径方向内方すなわち内輪5の外周面に向けて常に付勢しているコイル状のスプリング41が設けられている。例えば、
図1において、内輪5が反時計回りに回転すると、第1の爪部材31の爪部29は内輪5の歯部13の第1の噛み合い部13aと噛み合う。一方、内輪5が時計回りに回転すると、第1の爪部材31の爪部29は、スプリング41の付勢力に抗して内輪5の歯部13によって径方向外側へ押され、内輪5の回転を許す。これにより、第1の爪部材31は、内輪5の周方向他方の回転をロックし、内輪5の周方向一方の回転を可能としている。
【0020】
第2の爪部材37は、円柱部33を中心に爪部35が径方向に揺動可能に、外輪3の環状部19の内周部に形成された保持部43に保持されている。保持部43は、環状部19の軸方向一方側端面および内周面に開口する凹部である。また、保持部43には第2の爪部材37の爪部35を径方向内方すなわち内輪5の外周面に向けて常に付勢しているコイル状のスプリング45が設けられている。例えば、
図1において、内輪5が時計回りに回転すると、第2の爪部材37の爪部35は内輪5の歯部13の第2の噛み合い部13bと噛み合う。一方、内輪5が反時計回りに回転すると、第2の爪部材37の爪部35は、スプリング45の付勢力に抗して内輪5の歯部13によって径方向外側へ押され、内輪5の回転を許す。これにより、第2の爪部材37は、内輪5の周方向一方の回転をロックし、内輪5の周方向他方の回転を可能としている。
このように、外輪3の保持部39、43に保持された第1の爪部材31および第2の爪部材37と、スプリング41、45と、歯部13が形成された内輪5とで、ラチェット機構が構成されている。
【0021】
外輪3の円筒部23の内周側には、外輪3と同軸上に環状プレート51が配置されている。環状プレート51は、外輪3の環状部19の軸方向一方側端面、複数の対をなす第1および第2の爪部材31、37の軸方向一方側端面、および内輪5の軸方向一方側端部と、軸方向に対向している。環状プレート51は、中心軸線Cを中心に、外輪3および内輪5と相対回転可能に、外輪3の円筒部23内に保持されている。環状プレート51の軸方向一方側に隣接する外輪3の円筒部23の内周面の部分には、周方向溝53が形成されている。周方向溝53には止め輪55が嵌め込まれている。環状プレート51は、外輪3の環状部19の軸方向一方側端面と止め輪55とによって軸方向の移動が規制されている。
【0022】
環状プレート51の内径側部分には、軸方向他方側に突出する厚肉部57が全周に亘って形成されている。厚肉部57は、外輪3の環状部19の径方向内方すなわち対をなす第1および第2の爪部材31、37の径方向内方に位置している。また、厚肉部57は、第1および第2の爪部材31、37の軸方向中間部に対応する軸方向位置まで、軸方向他方側に突出している。厚肉部57の軸方向他方側の端面は、内輪5の軸方向一方側の端部と軸方向に対向している。このような構成により、厚肉部57の外周面は、外輪3の環状部19の内周面の軸方向一方側部分、第1の爪部材31の内径側の面の軸方向一方側部分、および第2の爪部材37の内径側の面の軸方向一方側部分と、所定の空間を介して径方向に対向している。
【0023】
厚肉部57の外周面には、
図1に示すように、径方向外方に突出し、周方向に所定範囲に亘って延在する凸部59が周方向所定間隔に複数設けられている。本実施形態においては、爪機構部と対応して3つの凸部59が周方向に等間隔で設けられている。凸部59の頂部は、内輪3の歯部13の頂部よりも僅かに径方向外方に位置し、外輪3の環状部19の内周面に沿って延在し、環状部19の内周面とは僅かな隙間を介して径方向に対向している。すなわち凸部59の頂部は外輪3の環状部19の内周面とは非接触である。凸部59の頂部の周方向両端部は、それぞれ斜面61を介して厚肉部57の外周面と滑らかに連続している。この構成により、第1の爪部材31および第2の爪部材37は、環状プレート51の回転によって厚肉部57の外周面から凸部59の頂部へと滑らかに押し上げられる。
【0024】
凸部59の頂部は、環状プレート51の回転によって第1の爪部材31の内径側に位置すると、第1の爪部材31の内径側の面に接触し、第1の爪部材31の内径側の面を内輪5の歯部13よりも外径側に押上げ保持する。これにより凸部59は第1の爪部材31と歯部13との噛み合いを制限する。同様に、凸部59の頂部は、第2の爪部材37の内径側に位置すると、第2の爪部材37の内径側の面に接触し、第2の爪部材37の内径側の面を内輪5の歯部13よりも外径側に押上げ保持し、これにより凸部59は第2の爪部材37と歯部13との噛み合いを制限する。
【0025】
環状プレート51は、周方向一方または周方向他方へ回転することによって、爪機構部に対する厚肉部57の凸部59の周方向位置を変更する。これにより、爪機構部すなわち対をなす第1の爪部材31と第2の爪部材37とに対する凸部59の接触または非接触の組み合わせ状態を変更する。具体的には、環状プレート51は、爪機構部に対する凸部59の接触または非接触の4つの組み合わせ状態を切り替え、これよりラチェット型クラッチ1のトルク伝達方向を切り替えている。すなわち環状プレート51は、トルク伝達方向切り替え機構を構成している。これら4つの組み合わせ状態およびラチェット型クラッチ1のトルク伝達方向については後述する。
【0026】
環状プレート51は、ラチェット型クラッチ1が組み込まれる図示しない変速装置内の図示しない駆動機構に接続され、当該駆動機構によって回転駆動されている。ここで環状プレート51が接続される変速装置内の駆動機構とは、例えば、直動機構、回転機構、或いは直動機構と回転機構とを組み合わせた機構等を用いることができる。このような駆動機構は、例えば、変速装置内のギヤを切り替えるためのウォームギヤ(図示省略)とすることができる。環状プレート51の軸方向一方側端面には、
図1に示すように、プレート固定用穴63が複数設けられ、例えばウォームギヤ(図示省略)のウォームホイール(図示省略)がこれらのプレート固定用穴63を用いて環状プレート51に接続されている。すなわち、ウォームホイール(図示省略)に環状プレート51が同心に固定されている。このように、環状プレート51は、変速装置内の例えばウォームギヤ(図示省略)と連動して回転させる制御とすることができる。
【0027】
このように、環状プレート51は、ラチェット型クラッチ1が組み込まれる図示しない変速装置内の図示しない回転機構に接続され、当該回転機構によって駆動制御されるため、環状プレート51を駆動するための装置を変速装置の外部に別途設ける必要がない。
【0028】
次に、ラチェット型クラッチ1の作動について説明する。
図3はラチェット型クラッチ1の部分拡大図であり、
図3(a)、
図3(b)、
図3(c)および
図3(d)は、ラチェット型クラッチ1の第1の状態、第2の状態、第3の状態および第4の状態をそれぞれ示している。以下、ラチェット型クラッチ1の各状態について説明する。なお、以下の説明は1つの爪機構部についてのものであるが、他の爪機構部についても同様である。
【0029】
ラチェット型クラッチ1の第1の状態、すなわち爪機構部に対する環状プレート51の径方向凸部59の接触または非接触の第1の組み合わせ状態は、
図3(a)に示すように、凸部59は第1の爪部材31と第2の爪部材37との何れにも接触せず、外輪3の環状部19の内周面に対向している状態である。言い換えると、第1の爪部材31と第2の爪部材37とは、周方向に隣り合う凸部59の間に位置し、環状プレート51の厚肉部57の外周面と径方向に対向している。
図3(a)においては、凸部59の周方向一方側端部の斜面61が、第2の爪部材37の爪部35の先端の周方向他方側近傍に位置している。この状態において第1の爪部材31および第2の爪部材37は、それぞれスプリング41および45の付勢力によって内輪5の歯部13に噛み合っている。したがってこの状態において、内輪5は外輪3に対して周方向一方および周方向他方の何れの方向への回転もロックされた状態である。すなわち、内輪5を入力側とすると、内輪5は外輪3に対して周方向一方および周方向他方の両方向に対して係止状態である。
【0030】
図3(a)に示す第1の状態から環状プレート51が周方向一方に所定角度回転すると、第2の爪部材37の爪部35は、凸部59の周方向一方側の斜面61を経由して凸部59の頂部に乗り上げ、凸部59の頂部と径方向に対向する状態となり、ラチェット型クラッチ1は、
図3(b)に示す第2の状態に切り替わる。
【0031】
ラチェット型クラッチ1の第2の状態、すなわち爪機構部に対する凸部59の接触または非接触の第2の組み合わせ状態は、
図3(b)に示すように、凸部59は第2の爪部材37の内径側の面に接触し、第1の爪部材31には接触していない状態である。
図3(b)においては、凸部59の周方向一方側端部の斜面61は、対をなす第1の爪部材31と第2の爪部材37との中間部に位置している。この状態において、径方向凸部59は、第2の爪部材37に対してスプリング45を圧縮した状態で接触し、第2の爪部材37の内径側の面を内輪5の歯部13よりも外径側に押上げ保持し、第2の爪部材37と内輪5の歯部13との噛み合いを制限する。一方、第1の爪部材31は、スプリング41の付勢力によって内輪5の歯部13に噛み合っている。したがってこの状態において、内輪5は外輪3に対して周方向一方への回転が可能であり、周方向他方への回転がロックされた状態である。すなわち、内輪5を入力側とすると、内輪5から外輪3へは周方向他方へのトルク伝達がなされ、周方向一方へのトルク伝達はなされない。
【0032】
図3(b)に示す第2の状態から環状プレート51が周方向一方に所定角度回転すると、第2の爪部材37の爪部35に加えて、第1の爪部材31の爪部29が凸部59の周方向一方側の斜面61を経由して凸部59の頂部に乗り上げ、凸部59の頂部と径方向に対向する状態となり、ラチェット型クラッチ1は、
図3(c)に示す第3の状態に切り替わる。
【0033】
ラチェット型クラッチ1の第3の状態、すなわち爪機構部に対する凸部59の接触または非接触の第3の組み合わせ状態は、
図3(c)に示すように、凸部59は第1の爪部材31の内径側の面および第2の爪部材37の内径側の面に接触している状態である。この状態においては、凸部59の周方向一方側端部の斜面61は、第1の爪部材31の爪部29の先端よりも周方向一方側に位置し、凸部59の周方向他方側端部の斜面61は、第2の爪部材37の爪部35の先端よりも周方向他方側に位置している。このように凸部59の頂部は、爪機構部の周方向長さすなわち第1の爪部材31の周方向一方端から対をなす第2の爪部材37の周方向他方端までの周方向長さ、詳細には第1の爪部材31の爪部29の先端から対をなす第2の爪部材37の爪部35の先端までの周方向長さよりも、長い周方向長さを有している。
【0034】
この状態において、凸部59は、第1の爪部材31に対してスプリング41を圧縮した状態で接触し、第1の爪部材31の内径側の面を内輪5の歯部13よりも外径側に押上げ保持し、第1の爪部材31と内輪5の歯部13との噛み合いを制限すると共に、第2の爪部材37に対してスプリング45を圧縮した状態で接触し、第2の爪部材37の内径側の面を内輪5の歯部13よりも外径側に押上げ保持し、第2の爪部材37と内輪5の歯部13との噛み合いを制限する。したがってこの状態において、内輪5は外輪3に対して周方向一方への回転も周方向他方への回転もロックされておらず、周方向一方と周方向他方の何れの方向への回転も可能である。すなわち、内輪5を入力側とすると、内輪5から外輪3へは周方向一方と周方向他方の何れの方向へもトルク伝達はなされない。
【0035】
図3(c)に示す第3の状態から環状プレート51が周方向一方に所定角度回転すると、第2の爪部材37の爪部35は、凸部59の頂部と径方向に対向する位置から、凸部59の周方向他方側の斜面61を経由して厚肉部57の外周面と径方向に対向する位置へと変位し、ラチェット型クラッチ1は、
図3(d)に示す第4の状態に切り替わる。
【0036】
ラチェット型クラッチ1の第4の状態、すなわち爪機構部に対する凸部59の接触または非接触の第4の組み合わせ状態は、
図3(d)に示すように、凸部59は第1の爪部材31の内径側の面に接触し、対をなす第2の爪部材37には接触していない状態である。
図3(d)においては、凸部59の周方向他方側端部の斜面61は、対をなす第1の爪部材31と第2の爪部材37との中間部に位置している。この状態において、凸部59は、第1の爪部材31に対してスプリング41を圧縮した状態で接触し、第1の爪部材31の内径側の面を内輪5の歯部13よりも外径側に押上げ保持し、第1の爪部材31と内輪5の歯部13との噛み合いを制限する。一方、第2の爪部材37は、スプリング45の付勢力によって内輪5の歯部13に噛み合っている。したがってこの状態において、内輪5は外輪3に対して周方向他方への回転が可能であり、周方向一方への回転がロックされた状態である。すなわち、内輪5を入力側とすると、内輪5から外輪3へは周方向一方へのトルク伝達がなされ、周方向他方へのトルク伝達はなされない。
【0037】
このように、本実施形態のラチェット型クラッチ1は、環状プレート51が周方向一方に所定角度回転するごとに、上記第1の状態から第4の状態へと順次切り替わってゆく。すなわちラチェット型クラッチ1のトルク伝達方向が切り替わってゆく。更に第4の状態から同一の周方向一方へ所定角度回転すると第1の状態へ復帰する。つまり環状プレート51は従来の周方向一方及び他方の回転の繰り返しのみではなく、周方向一方のみの回転も可能であることから、トルク伝達方向の切り替えを任意に設定できるようになる。そして本実施形態のラチェット型クラッチ1においては、上述したように、環状プレート51はラチェット型クラッチ1が組み込まれる変速装置内の直動機構、回転機構等の駆動機構(図示省略)によって駆動制御されるため、環状プレート51を駆動するための装置を変速装置の外部に別途設ける必要がない。したがって本実施形態によれば、ラチェット型クラッチ1が構成部品として組み込まれる装置全体の重量の増大および当該装置の配置スペースの増大を抑制することができる。本実施形態のようにラチェット型クラッチ1が構成部品として組み込まれる装置が車両の変速装置であれば、変速装置全体の重量の増大および車両への搭載スペースの増大を抑制することができる。
【0038】
なお、本発明のラチェット型クラッチ1は、上記実施形態に限定されず、変形が可能である。例えば、爪機構部を内輪側に設け、爪機構部と噛み合う歯部を外輪の内周面に設ける構成としても良い。この場合、トルク伝達方向切り替え機構である環状プレートは、爪機構部の径方向外方に配置される内周面を有し、爪機構部の爪部材と歯部との噛み合いを制限する凸部は環状プレートの当該内周面に設けられることとなる。また、上記実施形態は爪機構部を3つ設けたが、伝達するトルク容量により爪機構部の数は適宜変更が可能である。さらに、複数の爪機構部は、周方向に等間隔に設けても良いし等間隔に設けなくても良い。
【符号の説明】
【0039】
1 ラチェット型クラッチ
3 外輪
5 内輪
19 環状部
23 円筒部
31 第1の爪部材
37 第2の爪部材
51 環状プレート
55 止め輪
59 凸部
61 斜面
63 プレート固定用穴