(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-18
(45)【発行日】2024-10-28
(54)【発明の名称】光学装置
(51)【国際特許分類】
G02B 5/28 20060101AFI20241021BHJP
G02B 5/26 20060101ALI20241021BHJP
G02F 1/13 20060101ALI20241021BHJP
【FI】
G02B5/28
G02B5/26
G02F1/13 505
(21)【出願番号】P 2022538635
(86)(22)【出願日】2021-06-16
(86)【国際出願番号】 JP2021022922
(87)【国際公開番号】W WO2022019012
(87)【国際公開日】2022-01-27
【審査請求日】2024-04-24
(31)【優先権主張番号】P 2020124455
(32)【優先日】2020-07-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000236436
【氏名又は名称】浜松ホトニクス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100140442
【氏名又は名称】柴山 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100174399
【氏名又は名称】寺澤 正太郎
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 翼
(72)【発明者】
【氏名】酒井 寛人
(72)【発明者】
【氏名】大林 寧
【審査官】渡邊 吉喜
(56)【参考文献】
【文献】特開平10-153747(JP,A)
【文献】特開2017-097280(JP,A)
【文献】国際公開第2002/031592(WO,A1)
【文献】特開2015-072387(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02B 5/28
G02B 5/26
G02F 1/13
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
平行光を出力する光学系と、
前記光学系から出力された前記平行光の光路上に配置された角度フィルタと、
前記光学系から出力された前記平行光を入力し、前記平行光の位相を空間的に変調して出力する空間光変調器と、
を備え、
前記角度フィルタは、第1の屈折率を有する誘電体層と、前記第1の屈折率より小さい第2の屈折率を有する誘電体層と、が交互に積層された誘電体多層膜を含
み、
前記角度フィルタは、前記空間光変調器から出力された変調後の前記平行光の、所定の出射角を含む角度範囲の光を透過し、前記角度範囲外の光を遮断する、光学装置。
【請求項2】
前記空間光変調器は反射型であり、
前記角度フィルタは、前記空間光変調器の変調部上に配置されて
いる、請求項1に記載の光学装置。
【請求項3】
透過率が50%以上となる前記角度範囲の幅は2°未満である、請求項
1または2に記載の光学装置。
【請求項4】
前記空間光変調器は、前記変調部上に設けられた光透過性を有する基板を有し、
前記角度フィルタは前記基板上に設けられ、
前記第1の屈折率は前記基板の屈折率より大きく、前記第2の屈折率は前記基板の屈折率より小さく、
前記誘電体多層膜の積層方向における前記基板側の一端に位置する誘電体層が前記第1の屈折率を有し、
前記誘電体多層膜の積層方向における前記基板とは反対側の他端に位置する誘電体層が前記第2の屈折率を有する、請求項
2に記載の光学装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、光学装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、光学フィルタに関する技術が開示されている。この光学フィルタは、低屈折率層と高屈折率層とが交互に積層された誘電体多層膜からなり、入射角度が所定の角度以内の場合に入射光を透過することを目的としている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
空間を伝搬する光から所望の角度成分を選択的に抽出し、他の角度成分を除去し得る角度フィルタが望まれている。例えば、位相変調型の空間光変調器においては、各画素において生じる回折作用に起因して、光の入射角に対応する出射角とは異なる角度方向に不要な光が出射されることがある。このような不要な光を角度フィルタを用いて除去することができれば、空間光変調器から出射される光の品質が向上する。
【0005】
実施形態は、空間を伝搬する光から所望の角度成分を選択的に抽出し、他の角度成分を除去し得る角度フィルタを備える光学装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
実施形態は、光学装置である。光学装置は、平行光を出力する光学系と、光学系から出力された平行光の光路上に配置された角度フィルタと、を備え、角度フィルタは、第1の屈折率を有する誘電体層と、第1の屈折率より小さい第2の屈折率を有する誘電体層と、が交互に積層された誘電体多層膜を含む。
【0007】
上記構成において、誘電体多層膜の透過率および反射率は光の入射角に応じて変化し、その特性は誘電体多層膜の層構造(各層の厚さ、積層数、及び材料)によって制御可能である。したがって、上記構成によれば、空間を伝搬する光から所望の角度成分を選択的に抽出し、他の角度成分を除去することができる。
【発明の効果】
【0008】
実施形態によれば、空間を伝搬する光から所望の角度成分を選択的に抽出し、他の角度成分を除去し得る角度フィルタを備える光学装置を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、一実施形態に係る光学装置の構成を概略的に示す図である。
【
図2】
図2は、空間光変調器の構成の概略を示す断面図である。
【
図3】
図3は、角度フィルタの構成例を示す模式図である。
【
図4】
図4は、誘電体多層膜の透過率と、透過光の波長との関係の一例を示すグラフである。
【
図5】
図5は、
図4において用いたものと同じ誘電体多層膜における、光の入射角と透過率との関係を示すグラフである。
【
図6】
図6は、690nmを設計波長とした場合における入射角と透過率との関係を示すグラフである。
【
図7】
図7は、(a)誘電体多層膜の透過率と、透過光の波長との関係の一例を示すグラフ、及び(b)(a)において用いたものと同じ誘電体多層膜における、光の入射角と透過率との関係を示すグラフである。
【
図8】
図8は、角度フィルタの角度-透過率特性の一例を示すグラフである。
【
図9】
図9は、変形例に係る角度フィルタの構成を示す模式図である。
【
図10】
図10は、変形例に係る角度フィルタの角度-透過率特性の一例を示すグラフである。
【
図11】
図11は、実施例によって得られた、波長633nmにおける角度フィルタの入射角と透過率との関係を示すグラフである。
【
図12】
図12は、誘電体多層膜の波長-透過率特性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、添付図面を参照しながら、光学装置の実施の形態を詳細に説明する。なお、図面の説明において同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。本発明は、これらの例示に限定されるものではない。
【0011】
図1は、一実施形態に係る光学装置1の構成を概略的に示す図である。この光学装置1は、光源2と、光学系3と、空間光変調器4と、角度フィルタ6とを備えている。
【0012】
光源2は、単一波長のコヒーレントな被変調光L1を出力する。光源2は、例えば、半導体レーザ素子等のレーザ光源、またはSLD(Super Luminescence Diode)等のインコヒーレント光源を含んで構成される。光源2の出力波長は例えば可視域、或いは、紫外域又は赤外域(近赤外域を含む)といった不可視域に含まれる。一例では、光源2の出力波長は200nm~2000nmの範囲内である。
【0013】
光学系3は、空間を介して光源2と光学的に結合されており、光源2から出力された被変調光L1を受ける。光学系3は、被変調光L1を平行化(コリメート)し、平行光として出力する。光学系3は、例えば一又は複数の凸レンズを含む種々の光学系によって構成され得る。なお、本実施形態において、平行光とは、光軸方向におけるビーム径の変動が厳密にゼロであることを意味しない。例えば、ビームの輪郭が光軸に対して3°以下の角度を有してもよい。
【0014】
空間光変調器4は、空間を介して光学系3と光学的に結合されている。空間光変調器4は、光学系3から出力された平行光である被変調光L1を入力し、被変調光L1の位相を空間的に変調して、変調光L2を出力する。この空間光変調器4は、反射型の構成を備える。すなわち、空間光変調器4は、入射した光を反射する際に、その光の位相を空間的に変調する。空間光変調器4から出力される変調光L2も平行光である。
【0015】
空間光変調器4は、シリコン基板42と、シリコン基板42上に設けられた変調部40と、変調部40上に設けられた透明基板49とを備える。すなわち、変調部40は、シリコン基板42と透明基板49との間に挟まれている。
【0016】
変調部40は、位相パターンを表示する。変調部40は、一次元或いは二次元に配列された複数の画素を有し、駆動信号(例えば駆動電圧)の大きさに応じて被変調光L1の位相或いは強度を画素毎に変調する。本実施形態の空間光変調器4は液晶型であり、例えば、LCOS-SLM(Liquid Crystal On Silicon Spatial Light Modulator)或いはLCD(Liquid Crystal Display)である。
【0017】
角度フィルタ6は、光学系3から出力された平行光の光路上に配置される透過型の光学フィルタである。本実施形態では、角度フィルタ6は変調光L2の光路上に配置され、好適には空間光変調器4の変調部40上に配置される。
【0018】
図示例では、角度フィルタ6は透明基板49上に配置され、透明基板49と一体化している。角度フィルタ6は、変調光L2に含まれる所望の角度成分(例えば、n次回折光(nは整数))を選択的に透過させ、変調光L2に含まれる不要な角度成分(m次回折光(mはn以外の整数))を遮断する。
【0019】
図2は、空間光変調器4の構成の概略を示す断面図であって、変調部40に入射する被変調光L
1の中心軸線に沿った断面を示している。
図2に示すように、変調部40は、複数の画素電極43と、液晶層44と、透明電極45と、配向膜46a及び46bと、誘電体ミラー47と、スペーサ48とを含んで構成されている。
【0020】
透明基板49は、被変調光L1を透過する光透過性の材料から成り、シリコン基板42の主面に沿って配置される。なお、光透過性を有するとは、対象波長の光を90%以上透過する性質をいう。被変調光L1の波長が可視域に含まれる場合、透明基板49は、例えば合成石英またはガラス(一例ではBK-7)といった材料によって主に構成され得る。
【0021】
複数の画素電極43は、シリコン基板42の主面上において二次元格子状に配列され、変調部40の各画素を構成する。透明電極45は、複数の画素電極43と対向する透明基板49の面49b上に配置されている。液晶層44は、複数の画素電極43と透明電極45との間に配置されている。液晶層44は、例えばネマチック液晶といった液晶からなり、多数の液晶分子44aを含む。
【0022】
配向膜46aは、液晶層44と透明電極45との間に配置され、配向膜46bは、液晶層44と複数の画素電極43との間に配置される。誘電体ミラー47は、配向膜46bと複数の画素電極43との間に配置される。誘電体ミラー47は、透明基板49から入射して液晶層44を透過した被変調光L1を反射する。
【0023】
空間光変調器4は、駆動回路41を更に備える。駆動回路41は、複数の画素電極43と透明電極45との間に印加される駆動電圧を制御する画素電極回路(アクティブマトリクス駆動回路)である。駆動回路41は、変調部40に所望の位相パターンを表示させるための駆動電圧を画素電極43毎に生成する。所望の位相パターンは、図示しないコンピュータによって演算され、駆動回路41に送られる。
【0024】
駆動回路41は、コンピュータから位相パターンに関する信号を受けて、この信号に基づく駆動電圧を変調部40の複数の画素電極43に与える。駆動回路41から何れかの画素電極43に駆動電圧が印加されると、該画素電極43と透明電極45との間に生じた電界の大きさに応じて、該画素電極43上に位置する液晶分子44aの向きが変化する。その結果、液晶層44の当該部分の屈折率が変化する。したがって、液晶層44の当該部分を透過する被変調光L1の光路長が変化し、ひいては、当該部分を透過する被変調光L1の位相が変化する。
【0025】
被変調光L1は、位相変調の後、変調光L2として透明基板49から変調部40の外部へ出射する。複数の画素電極43に様々な大きさの駆動電圧が印加されることによって、位相変調量の空間的な分布を電気的に書き込むことができ、必要に応じて様々な波面形状を変調光L2において実現することができる。
【0026】
角度フィルタ6は、透明基板49における透明電極45が形成された面49bとは反対側の面49a上に配置されている。
図3は、角度フィルタ6の構成例を示す模式図である。角度フィルタ6は、誘電体層(第1誘電体層)61と、誘電体層(第2誘電体層)62とが交互に積層された誘電体多層膜を含んで構成されている。
【0027】
誘電体層61は、第1の屈折率n1を有する。誘電体層62は、第1の屈折率n1より小さい第2の屈折率n2を有する。第1の屈折率n1は透明基板49の屈折率より大きく、第2の屈折率n2は透明基板49の屈折率より小さい。一例では、第1の屈折率n1は1.5より大きく、第2の屈折率n2は1.5より小さい。
【0028】
この誘電体多層膜において、誘電体層61は、積層方向における透明基板49側の一端6aに配置されている。積層方向における透明基板49とは反対側の他端6bには、誘電体層62が配置されている。すなわち、誘電体多層膜は、透明基板49側から見て誘電体層61から順に積層され、誘電体層62で終わっている。
【0029】
誘電体層61及び62の構成材料としては、無機材料、有機材料、半導体、金属、又は空気を用いることができる。
【0030】
高屈折率層である誘電体層61を構成する無機材料としては、酸化チタン(TiO2)、五酸化ニオブ(Nb2O5)、五酸化タンタル(Ta2O5)、酸化ハフニウム(HfO2)、二酸化ジルコニウム(ZrO2)、酸化マグネシウム(MgO)、酸化アルミニウム(Al2O3)、窒化珪素(Si3N4)、フッ化ランタン(LaF3)、酸化インジウム(In2O3)、錫添加酸化インジウム(ITO)、アルミニウム添加酸化亜鉛(AZO)、フッ素添加酸化錫(FTO)、IGZO、及び炭素(C)からなる群に含まれる少なくとも1つの材料が用いられ得る。
【0031】
低屈折率層である誘電体層62を構成する無機材料としては、二酸化珪素(SiO2)、フッ化アルミニウム(AlF3)、フッ化カルシウム(CaF2)、フッ化マグネシウム(MgF2)、フッ化リチウム(LiF)、クリオライト(Na3AlF6)、チオライト(Na5Al3F14)、及びフッ化ナトリウム(NaF)からなる群に含まれる少なくとも1つの材料が用いられ得る。
【0032】
高屈折率層である誘電体層61を構成する有機材料としては、ポリα-ブロムアクリル酸メチル、ポリメタクリル酸-2、3-ジブロムプロピル、フタル酸ジアリル、ポリメタクリル酸フェニル、ポリ安息香酸ビニル、ポリスチレン、ポリメタクリル酸ペンタクロルフェニル、ポリσ-クロルスチレン、ポリビニルナフタレン、及びポリビニルカルバゾールからなる群に含まれる少なくとも1つの材料が用いられ得る。
【0033】
低屈折率層である誘電体層62を構成する有機材料としては、CF2=CF2-CF2=CF(CF3)共重合体、ポリメタクリル酸トリフルオロエチル、ポリメタクリル酸イソブチル、ポリアクリル酸メチル、ジエチレングリコールビスアリルカーボネート(CR-39)ポリマー、ポリメタクリル酸メチル、シリコーンポリマー、セルロースアセテート、及びポリメチルメタクリレートからなる群に含まれる少なくとも1つの材料が用いられ得る。
【0034】
誘電体層61及び62を構成する半導体としては、シリコン(Si)、ゲルマニウム(Ge)、砒化ガリウム(GaAs)、窒化ガリウム(GaN)、インジウムアンチモン(InSb)、インジウムリン(InP)、ガリウムリン(GaP)、窒化アルミニウム(AlN)、インジウムガリウム砒素(InGaAs)、及びインジウムガリウムリン(InGaP)からなる群に含まれる少なくとも1つの材料が用いられ得る。
【0035】
なお、誘電体層61及び62の屈折率は、半導体の組成比を変更することによって調整可能であり、半導体に添加する物質の濃度を変更することによっても調整可能である。
【0036】
誘電体層61及び62を構成する金属材料としては、アルミニウム、クロム、銅、ニッケル、チタン、金、銀、白金、及びモリブデンからなる群に含まれる少なくとも1つの材料が用いられ得る。
【0037】
誘電体層61及び62が無機材料、半導体、または金属材料によって構成されている場合、誘電体層61及び62は、例えば真空蒸着、スパッタリング、抵抗加熱蒸着、原子層堆積(Atomic Layer Deposition)、レーザアブレーション、又は化学気相成長(Chemical Vapor Deposition)といった種々の方法により形成され得る。また、誘電体層61及び62が有機材料によって構成されている場合、誘電体層61及び62は、例えばスピンコート、塗布、または印刷といった種々の方法により形成され得る。
【0038】
誘電体層61及び62の厚さは、角度フィルタ6に求められる所望の特性に応じて設定される。なお、誘電体層61及び62は、メタマテリアル構造若しくはファブリペロー構造といった、屈折率を材料固有の値から任意に変化させ得る構造を有してもよい。
【0039】
角度フィルタ6の特性及び機能について説明する。まず、誘電体多層膜の積層方向における両端に位置する誘電体層が共に高屈折率層である場合について説明する。
図4は、そのような誘電体多層膜の透過率と、透過光の波長との関係の一例を示すグラフである。
【0040】
図4において、縦軸は透過率(単位:%)を表し、横軸は波長(単位:nm)を表す。
図4には、誘電体多層膜に対する光の入射角が0°(すなわち光の入射方向が角度フィルタ6の表面に垂直)である場合のグラフG11、入射角が15°である場合のグラフG12、及び入射角が40°である場合のグラフG13が示されている。この例では、設計波長を690nmとしている。
【0041】
図4に示すように、この誘電体多層膜は、或るカットオフ波長より長い波長域では光を透過せず、カットオフ波長より短い波長域では光を透過するローパスフィルタを構成する。但し、光の入射角によってその特性は変化し、入射角が大きくなるほどカットオフ波長が短波長側へシフトしている。このことから、或る特定の波長において、誘電体多層膜の透過率が光の入射角と相関を有することがわかる。
【0042】
図5は、
図4において用いたものと同じ誘電体多層膜における、光の入射角と透過率との関係を示すグラフである。
図5において、縦軸は透過率(単位:%)を表し、横軸は入射角(単位:度)を表す。
【0043】
図5に示すように、この例において、15°以下といった入射角が比較的小さい領域A1では、誘電体多層膜の透過率は100%に漸近する。また、40°以上といった入射角が比較的大きい領域A3では、誘電体多層膜の透過率は0%に漸近し、光をほぼ全て反射する。そして、これらの領域A1,A3の間の領域A2では、透過率が入射角に対して単調に減少している。なお、以下の説明において、透過率が50%となるときの角度をカットオフ角と定義する。
【0044】
図5に示されたグラフの領域A2における、透過率の入射角に対する変化率(すなわちグラフの傾き)を所望の大きさに設定するためには、高屈折率層及び低屈折率層の繰り返し数を調整するとよい。高屈折率層及び低屈折率層の繰り返し数が多くなるほど、透過率の入射角に対する変化率の絶対値は大きくなり、グラフの傾きは急峻になる。逆に言えば、高屈折率層及び低屈折率層の繰り返し数が少なくなるほど、透過率の入射角に対する変化率の絶対値は小さくなり、グラフの傾きは緩慢になる。
【0045】
カットオフ角を所望の大きさに設定するためには、高屈折率層及び低屈折率層の厚さを調整するとよい。高屈折率層及び低屈折率層が厚くなるほど、カットオフ角は長波長側へ移動する。逆に言えば、高屈折率層及び低屈折率層が薄くなるほど、カットオフ角は短波長側へ移動する。
【0046】
図6は、690nmを設計波長とした場合における入射角と透過率との関係を示すグラフであって、波長が690nmである場合(グラフG23)のほか、波長が670nmである場合(グラフG21)、680nmである場合(グラフG22)、700nmである場合(グラフG24)、及び710nmである場合(グラフG25)をそれぞれ示している。
図6において、縦軸は透過率(単位:%)を表し、横軸は入射角(単位:度)を表す。
図6に示すように、波長が大きくなるほど、カットオフ角が低角度側へシフトすることがわかる。
【0047】
上述したように、積層方向における両端に高屈折率層が配置されている場合、誘電体多層膜は、カットオフ角よりも小さい入射角の光を透過し、カットオフ角よりも大きい入射角の光を反射する、ローパスフィルタとして機能する。
【0048】
次に、誘電体多層膜の積層方向における両端に位置する誘電体層が共に低屈折率層である場合について説明する。
図7(a)は、そのような誘電体多層膜の透過率と、透過光の波長との関係の一例を示すグラフである。
【0049】
図7(a)において、縦軸は透過率(単位:%)を表し、横軸は波長(単位:nm)を表す。
図7(a)には、誘電体多層膜に対する光の入射角が30°である場合のグラフG31、入射角が45°である場合のグラフG32、及び入射角が60°である場合のグラフG33が示されている。この例では、設計波長を900nmとしている。
【0050】
図7(a)に示すように、この誘電体多層膜は、或るカットオフ波長より長い波長域では光を透過し、カットオフ波長より短い波長域では光を透過しないハイパスフィルタを構成する。但し、光の入射角によってその特性は変化し、入射角が大きくなるほどカットオフ波長が短波長側へシフトしている。このことから、或る特定の波長において、誘電体多層膜の透過率が光の入射角と相関を有することがわかる。
【0051】
図7(b)は、
図7(a)において用いたものと同じ誘電体多層膜における、光の入射角と透過率との関係を示すグラフである。
図7(b)において、縦軸は透過率(単位:%)を表し、横軸は入射角(単位:度)を表す。
【0052】
図7(b)に示すように、この例において、40°以下といった入射角が比較的小さい領域A4では、誘電体多層膜の透過率は0%に漸近し、光をほぼ全て反射する。また、50°以上といった入射角が比較的大きい領域A6では、誘電体多層膜の透過率は100%に漸近する。そして、これらの領域A4,A6の間の領域A5では、透過率が入射角に対して単調に増加する。
【0053】
図7(b)に示されたグラフの領域A5における、透過率の入射角に対する変化率(すなわちグラフの傾き)を所望の大きさに設定するためには、高屈折率層及び低屈折率層の繰り返し数を調整するとよい。高屈折率層及び低屈折率層の繰り返し数が多くなるほど、透過率の入射角に対する変化率の絶対値は大きくなり、グラフの傾きは急峻になる。逆に言えば、高屈折率層及び低屈折率層の繰り返し数が少なくなるほど、透過率の入射角に対する変化率の絶対値は小さくなり、グラフの傾きは緩慢になる。
【0054】
カットオフ角を所望の大きさに設定するためには、高屈折率層及び低屈折率層の厚さを調整するとよい。高屈折率層及び低屈折率層が厚くなるほど、カットオフ角は長波長側へ移動する。逆に言えば、高屈折率層及び低屈折率層が薄くなるほど、カットオフ角は短波長側へ移動する。
【0055】
上述したように、積層方向における両端に低屈折率層が配置されている場合、誘電体多層膜は、カットオフ角よりも小さい入射角の光を反射し、カットオフ角よりも大きい入射角の光を透過する、ハイパスフィルタとして機能する。
【0056】
図3に示したように、本実施形態の角度フィルタ6では、積層方向における透明基板49側の一端6aに、高屈折率層である誘電体層61が配置されており、透明基板49側とは反対側の他端6bに、低屈折率層である誘電体層62が配置されている。
【0057】
この場合、角度フィルタ6は、積層方向の両端に位置する誘電体層が共に高屈折率層である誘電体多層膜と、積層方向の両端に位置する誘電体層が共に低屈折率層である誘電体多層膜とを重ねたものと等価となる。したがって、本実施形態の角度フィルタ6は、
図5に示したローパスフィルタとしての特性と、
図7(b)に示したハイパスフィルタとしての特性とを兼ね備える、バンドパスフィルタとして機能する。
【0058】
図8は、角度フィルタ6の角度-透過率特性の一例を示すグラフである。
図8において、縦軸は透過率(単位:%)を表し、横軸は入射角(単位:度)を表す。この例では、入射角が5°であるときの透過率を最大(100%)とし、3°から5°の範囲において透過率を0%から100%まで単調増加させ、5°から7°の範囲において透過率を100%から0%まで単調減少させている。
【0059】
この角度フィルタ6を用いる場合には、
図1に示した被変調光L
1の角度フィルタ6に対する所定の(言い換えると、設計上の)入射角を5°に設定する。この場合、空間光変調器4から角度フィルタ6を通過して出射する変調光L
2の角度フィルタ6に対する入射角も5°となる。角度フィルタ6は、変調光L
2に含まれる所望の角度成分を選択的に透過させ、変調光L
2に含まれる不要な角度成分(高次回折光、画素間ギャップから生じる回折光、透明基板内部または画素内部のミクロンオーダーの線状の傷から生じる回折光など)を遮断する。
【0060】
被変調光L
1の角度フィルタ6に対する入射角は、透過率が50%以上(より好適には、90%以上)となる角度範囲内に設定されるとよい。
図8に示す例では、透過率が50%以上となる角度範囲の幅Aが1°となっているが、幅Aは任意に設定され得る。この幅Aが小さいほど、不要な角度成分を多く除去し、変調光L
2の品質を高めることができる。
【0061】
なお、本発明者の知見によれば、位相変調型の空間光変調器から出射される回折光の回折角は、画素構造に依存するが、通常は2°ないし3°程度である。したがって、幅Aは、例えば2°未満であるとよい。
【0062】
以上に説明した本実施形態の光学装置1によって得られる効果について説明する。本実施形態の角度フィルタ6の透過率および反射率は光の入射角に応じて変化し、その特性は角度フィルタ6の層構造(各層の厚さ、積層数、及び材料)によって制御可能である。したがって、空間を伝搬する光から所望の角度成分を選択的に抽出し、他の角度成分を除去することができる。
【0063】
特に、本実施形態では、角度フィルタ6が空間光変調器4の変調部40上に配置され、平行光の所定の入出射角を含む角度範囲の光を透過し、その角度範囲外の光を遮断する。空間光変調器4においては、各画素において生じる回折作用に起因して、被変調光L1の入射角に対応する変調光L2の出射角とは異なる角度方向に不要な光が出射されることがある。本実施形態の光学装置1によれば、このような不要な光を角度フィルタ6を用いて除去できるので、空間光変調器4から出射される変調光L2の品質を向上できる。
【0064】
前述したように、透過率が50%以上となる角度範囲の幅Aは2°未満であってもよい。角度フィルタ6が光を透過する角度範囲がこのように狭く設定されることにより、不要な光を十分に除去して、空間光変調器4から出射される変調光L2の品質をより向上できる。
【0065】
本実施形態のように、空間光変調器4は、変調部40上に設けられた光透過性を有する透明基板49を有してもよい。そして、角度フィルタ6は透明基板49上に設けられ、誘電体層61の屈折率n1は透明基板49の屈折率より大きく、誘電体層62の屈折率n2は透明基板49の屈折率より小さく、誘電体多層膜の積層方向における透明基板49側の一端6aに誘電体層61が配置され、誘電体多層膜の積層方向における透明基板49とは反対側の他端6bに誘電体層62が配置されてもよい。
【0066】
例えばこのような構成を角度フィルタ6の誘電体多層膜が有することにより、所望の角度成分を選択的に抽出し、他の不要な角度成分を除去することができる。また、角度フィルタ6が透明基板49と一体化することにより、角度フィルタ6と空間光変調器4との相対的な角度調整機構が不要となり、簡便且つ高精度な光学配置を実現できる。また、透明基板49上に誘電体多層膜を成膜するのみで足り、角度フィルタ6の形成が容易である。
【0067】
(変形例)
【0068】
図9は、上記実施形態の変形例に係る角度フィルタ6Aの構成を示す模式図である。角度フィルタ6Aは、誘電体層61と誘電体層62とが交互に積層された誘電体多層膜を含んで構成されている。なお、角度フィルタ6Aの配置、並びに誘電体層61及び62の屈折率及び構成材料は、上記実施形態の角度フィルタ6と同様である。
【0069】
この誘電体多層膜において、誘電体層61は、積層方向における透明基板49側の一端6a及び他端6bの双方に配置されている。すなわち、誘電体多層膜は、透明基板49側から見て誘電体層61から順に積層され、誘電体層61で終わっている。
【0070】
この場合、角度フィルタ6Aは、ローパスフィルタとしての特性を有する。
図10は、角度フィルタ6Aの角度-透過率特性の一例を示すグラフである。
図10において、縦軸は透過率(単位:%)を表し、横軸は入射角(単位:度)を表す。この例では、入射角が0°であるときの透過率を最大(100%)とし、0°から1°の範囲において透過率を100%から0%まで単調減少させている。
【0071】
この角度フィルタ6Aを用いる場合には、
図1に示した被変調光L
1の角度フィルタ6Aに対する所定の(言い換えると、設計上の)入射角を0°に設定する。この場合、空間光変調器4から角度フィルタ6Aを通過して出射する変調光L
2の角度フィルタ6Aに対する入射角も0°となる。言い換えると、被変調光L
1及び変調光L
2の光軸を、角度フィルタ6Aの表面に対して垂直とする。角度フィルタ6Aは、変調光L
2に含まれる所望の角度成分を選択的に透過させ、変調光L
2に含まれる不要な角度成分(高次回折光など)を遮断する。
【0072】
なお、
図10に示す例では、透過率が50%以上となる角度範囲の幅Aが0.5°となっているが、幅Aは任意に設定され得る。上記実施形態と同様に、この幅Aが小さいほど、不要な角度成分を多く除去し、変調光L
2の品質を高めることができる。一例としては、幅Aは1°未満であってもよい。
【0073】
本変形例の構成によれば、上記実施形態と同様の作用効果を奏することができる。
【0074】
(実施例)
【0075】
上記実施形態の角度フィルタ6Aを実際に作製した例について説明する。この実施例では、設計中心波長を633nmとし、誘電体多層膜の高屈折率層をTiO2によって構成し、低屈折率層をMgF2によって構成した。
【0076】
図11は、この実施例によって得られた、波長633nmにおける角度フィルタの入射角と透過率との関係を示すグラフである。
図11に示すように、0°から25°にかけて透過率が次第に小さくなり、入射角が25°を超えると透過率は0%に漸近する。このように、入射角が0°から25°まで変化する間に透過率が100%から0%まで変化するローパスフィルタである角度フィルタを作製した。参考のため、誘電体多層膜の波長-透過率特性を
図12に示す。
【0077】
光学装置は、上述した実施形態及び構成例に限られるものではなく、他に様々な変形が可能である。例えば、上記実施形態では、空間光変調器に角度フィルタを組み合わせたが、上記構成の光学装置は、空間光変調器に限らず、他の光学素子または光学部品に角度フィルタを組み合わせる構成を備えてもよい。
【0078】
上記実施形態による光学装置は、平行光を出力する光学系と、光学系から出力された平行光の光路上に配置された角度フィルタと、を備え、角度フィルタは、第1の屈折率を有する誘電体層(第1誘電体層)と、第1の屈折率より小さい第2の屈折率を有する誘電体層(第2誘電体層)と、が交互に積層された誘電体多層膜を含む。
【0079】
上記の光学装置は、光学系から出力された平行光を入力し、平行光の位相を空間的に変調して出力する反射型の空間光変調器を更に備え、角度フィルタは、空間光変調器の変調部上に配置され、平行光の所定の入出射角を含む角度範囲の光を透過し、角度範囲外の光を遮断する構成としてもよい。
【0080】
前述したように、空間光変調器においては、各画素において生じる回折作用に起因して、光の入射角に対応する出射角とは異なる角度方向に不要な光が出射されることがある。これに対して、上記の光学装置によれば、このような不要な光を角度フィルタを用いて除去できるので、空間光変調器から出射される光の品質を向上できる。
【0081】
上記の光学装置において、透過率が50%以上となる角度範囲の幅は2°未満である構成としてもよい。角度フィルタが光を透過する角度範囲がこのように狭く設定されることにより、不要な光を十分に除去して、空間光変調器から出射される光の品質をより向上できる。
【0082】
上記の光学装置において、空間光変調器は、変調部上に設けられた光透過性を有する基板を有し、角度フィルタは基板上に設けられ、第1の屈折率は基板の屈折率より大きく、第2の屈折率は基板の屈折率より小さく、誘電体多層膜の積層方向における基板側の一端に位置する誘電体層が第1の屈折率を有し、誘電体多層膜の積層方向における基板とは反対側の他端に位置する誘電体層が第2の屈折率を有する構成としてもよい。例えばこのような構成を誘電体多層膜が有することにより、所望の角度成分を選択的に抽出し、他の不要な角度成分を除去することができる。
【産業上の利用可能性】
【0083】
実施形態は、空間を伝搬する光から所望の角度成分を選択的に抽出し、他の角度成分を除去し得る角度フィルタを備える光学装置として利用可能である。
【符号の説明】
【0084】
1…光学装置、2…光源、3…光学系、4…空間光変調器、6,6A…角度フィルタ、6a…一端、6b…他端、40…変調部、41…駆動回路、42…シリコン基板、43…画素電極、44…液晶層、44a…液晶分子、45…透明電極、46a,46b…配向膜、47…誘電体ミラー、48…スペーサ、49…透明基板、49a,49b…面、61,62…誘電体層、L1…被変調光、L2…変調光。