(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-21
(45)【発行日】2024-10-29
(54)【発明の名称】環式化合物の製造方法
(51)【国際特許分類】
C07C 37/50 20060101AFI20241022BHJP
C07C 39/04 20060101ALI20241022BHJP
C07C 39/08 20060101ALI20241022BHJP
C07C 209/68 20060101ALI20241022BHJP
C07C 211/46 20060101ALI20241022BHJP
【FI】
C07C37/50
C07C39/04
C07C39/08
C07C209/68
C07C211/46
(21)【出願番号】P 2020172057
(22)【出願日】2020-10-12
【審査請求日】2023-09-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000002141
【氏名又は名称】住友ベークライト株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091292
【氏名又は名称】増田 達哉
(74)【代理人】
【識別番号】100091627
【氏名又は名称】朝比 一夫
(72)【発明者】
【氏名】井上 雄介
(72)【発明者】
【氏名】村田 隆一
(72)【発明者】
【氏名】橘 賢也
(72)【発明者】
【氏名】藤原 大輔
【審査官】鳥居 福代
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-230993(JP,A)
【文献】国際公開第2020/114927(WO,A1)
【文献】特開昭48-048431(JP,A)
【文献】特開2016-023136(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
環式カルボン酸化合物
として4-ヒドロキシ安息香酸、3,4-ジヒドロキシ安息香酸、4-アミノ安息香酸、またはシキミ酸を含
み、かつ、溶媒を含まない原料に対し、無触媒下で、かつ、常圧
未満の圧力において、温度200~350℃で加熱する加熱処理を施すことにより、前記環式カルボン酸化合物に脱炭酸反応を生じさせ、環式化合物を得ることを特徴とする環式化合物の製造方法。
【請求項2】
前記加熱処理を行う加熱工程と、
前記加熱工程の後に行う精製工程と、
を有し、
前記加熱工程において、生成された前記環式化合物を揮発させ、
前記精製工程において、揮発した前記環式化合物を凝縮させて精製する請求項1に記載の環式化合物の製造方法。
【請求項3】
前記加熱処理は、
圧力10kPa以上86kPa未満で加熱する処理である請求項1または2に記載の環式化合物の製造方法。
【請求項4】
前記環式カルボン酸化合物は
、3,4-ジヒドロキシ安息香
酸である請求項1ないし3のいずれか1項に記載の環式化合物の製造方法。
【請求項5】
前記原料は、バイオマス由来である請求項1ないし4のいずれか1項に記載の環式化合物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、環式化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特定の構造を有する環式化合物は、例えば香料、化粧料、医薬品、農薬等の各種用途の原料に用いられている。
【0003】
特許文献1には、ヒドロキシベンゼン化合物の製造方法として、アルミニウム・ケイ素含有複合酸化物からなり、FAU構造を有するゼオライトを触媒として用い、ヒドロキシ安息香酸化合物からヒドロキシベンゼン化合物を合成する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、触媒を用いると、その分のコストが増加する。また、原料と触媒との接触を考慮する必要があるため、製造装置を大型化することが難しいという課題もある。
【0006】
本発明の目的は、触媒を用いることなく環式化合物を製造することができ、また、製造装置の大型化が容易であることから製造効率が高い環式化合物の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
このような目的は、下記(1)~(5)に記載の本発明により達成される。
(1) 環式カルボン酸化合物として4-ヒドロキシ安息香酸、3,4-ジヒドロキシ安息香酸、4-アミノ安息香酸、またはシキミ酸を含み、かつ、溶媒を含まない原料に対し、無触媒下で、かつ、常圧未満の圧力において、温度200~350℃で加熱する加熱処理を施すことにより、前記環式カルボン酸化合物に脱炭酸反応を生じさせ、環式化合物を得ることを特徴とする環式化合物の製造方法。
【0008】
(2) 前記加熱処理を行う加熱工程と、
前記加熱工程の後に行う精製工程と、
を有し、
前記加熱工程において、生成された前記環式化合物を揮発させ、
前記精製工程において、揮発した前記環式化合物を凝縮させて精製する上記(1)に記載の環式化合物の製造方法。
【0009】
(3) 前記加熱処理は、圧力10kPa以上86kPa未満で加熱する処理である上記(1)または(2)に記載の環式化合物の製造方法。
【0010】
(4) 前記環式カルボン酸化合物は、3,4-ジヒドロキシ安息香酸である上記(1)ないし(3)のいずれかに記載の環式化合物の製造方法。
【0011】
(5) 前記原料は、バイオマス由来である上記(1)ないし(4)のいずれかに記載の環式化合物の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、触媒を用いることなく環式化合物を製造することができる。また、本発明によれば、製造装置の大型化が容易であるため、環式化合物を効率よく製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】実施形態に係る環式化合物の製造方法を説明するための工程図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の環式化合物の製造方法について添付図面に示す好適実施形態に基づいて詳細に説明する。
図1は、実施形態に係る環式化合物の製造方法を説明するための工程図である。
【0015】
本実施形態に係る環式化合物の製造方法は、環式カルボン酸化合物を含む原料に対し、無触媒下で、かつ、常圧以下の圧力において、温度200~350℃で加熱する加熱処理を施すことにより、酸化カルボン酸化合物に脱炭酸反応を生じさせ、環式化合物を得る工程を少なくとも含む。ここでは、一例として、任意の工程である原料調製工程S01と、上述した加熱工程S02と、を有する実施形態について説明する。
【0016】
1.原料調製工程S01
原料調製工程S01では、環式カルボン酸化合物を含む原料を調製する。この工程は、必要に応じて行えばよく、調製済みである場合には省略可能である。
【0017】
環式カルボン酸化合物は、環状構造と、環状構造に結合したカルボキシ基と、を有する化合物の総称である。環式カルボン酸化合物は、例えば下記式(1)で表される化合物である。
【0018】
【化1】
[式中、環Aは、飽和環、部分飽和環もしくは芳香環の5員環、飽和環、部分飽和環もしくは芳香環の6員環、または、5員環もしくは6員環を含む縮合環である。nは、1~3である。R
2~R
6(環Aが5員環の場合はR
2~R
5)は、独立して、水素原子、水酸基、アミノ基、アルコキシ基、カルボキシ基またはカルボニル基である。」
【0019】
飽和環、部分飽和環もしくは芳香環の5員環としては、例えば、フラン構造、チオフェン構造、ピロール構造、ピロリジン構造、テトラヒドロフラン構造、2,3-ジヒドロフラン構造、ピラゾール構造、イミダゾール構造、オキサゾール構造、イソオキサゾール構造、チアゾール構造、イソチアゾール構造等が挙げられる。
【0020】
飽和環の6員環としては、例えば、シクロヘキサン構造のような炭化水素系飽和環、ピペリジン構造、ピペラジン構造、トリアジナン構造、テトラジナン構造、ペンタジナン構造、キヌクリジン構造のような含窒素飽和環、テトラヒドロピラン構造、モルホリン構造のような含酸素飽和環、テトラヒドロチオピラン構造のような含硫黄飽和環等が挙げられる。
【0021】
部分飽和環の6員環としては、シクロヘキセン構造、シクロヘキサジエン構造のような炭化水素系部分飽和環、ピペリジン構造のような含窒素部分飽和環、ピラン構造のような含酸素部分飽和環、チアジン構造のような含硫黄部分飽和環等が挙げられる。
【0022】
芳香環の6員環としては、ベンゼン構造のような炭化水素系芳香環、ピリジン構造、ピリダジン構造、ピリミジン構造、ピラジン構造、トリアジン構造、テトラジン構造、ペンタジン構造のような含窒素芳香環(含窒素不飽和環)等が挙げられる。
【0023】
縮合環としては、例えば6員環と5員環との縮合環、2つの6員環の縮合環等が挙げられる。このうち、6員環と5員環との縮合環としては、例えば、インドール、インドレニン、インドリン、イソインドール、イソインドレニン、イソインドリン、イソドリジン、プリン、インドリジジンのようなインドール系構造が挙げられる。また、2つの6員環の縮合環としては、例えば、キノリン、イソキノリン、キノリジジン、キノキサリン、シンノリン、キナゾリン、フタラジン、ナフチリジン、プテリジンのようなキノリン系構造が挙げられる。
【0024】
環Aが6員環である場合、R2~R6は、独立して、水素原子、水酸基、アミノ基、アルコキシ基、カルボキシ基またはカルボニル基である。また、環Aが5員環である場合、R2~R5は、独立して、水素原子、水酸基、アミノ基、アルコキシ基、カルボキシ基またはカルボニル基である。
【0025】
なお、環Aが6員環である場合のR2~R6のいずれか、または、環Aが5員環である場合のR2~R5のいずれか、がカルボニル基である場合、環Aの環構成原子が炭素原子であり、かつ、その炭素原子と酸素原子との間が二重結合になっている構造を指して、カルボニル基という。
【0026】
環式カルボン酸化合物の具体例としては、例えば、2-ヒドロキシ安息香酸(サリチル酸)、3-ヒドロキシ安息香酸(m-サリチル酸)、4-ヒドロキシ安息香酸(p-サリチル酸)、2,3-ジヒドロキシ安息香酸(ピロカテク酸)、2,4-ジヒドロキシ安息香酸(β-レソルシル酸)、2,5-ジヒドロキシ安息香酸(ゲンチジン酸)、2,6-ジヒドロキシ安息香酸(γ-レソルシル酸)、3,4-ジヒドロキシ安息香酸(プロトカテク酸)、3,5-ジヒドロキシ安息香酸(α-レソルシル酸)、3,4,5-トリヒドロキシ安息香酸(没食子酸)、4-ヒドロキシ-3-メトキシ安息香酸(バニリン酸)、3-ヒドロキシ-4-メトキシ安息香酸(イソバニリン酸)のような各種ヒドロキシ安息香酸類、3-アミノ安息香酸、4-アミノ安息香酸のような各種アミノ安息香酸類、デヒドロシキミ酸、シキミ酸のような各種シキミ酸類、メトキシ安息香酸、シリンガ酸等が挙げられる。
【0027】
このうち、環式カルボン酸化合物は、特に、ヒドロキシ安息香酸類、アミノ安息香酸類、またはシキミ酸類であるのが好ましい。これらは、バイオマス由来の原料から容易に調製することができる。
【0028】
また、環式カルボン酸化合物は、特に、4-ヒドロキシ安息香酸、3,4-ジヒドロキシ安息香酸、4-アミノ安息香酸、またはシキミ酸であるのが好ましい。これらは、脱炭酸反応により、化成品、香料、化粧料、医薬品、農薬等の原材料として特に有用な環式化合物を生成する。
【0029】
環式カルボン酸化合物の分子量は、特に限定されないが、120~1000であるのが好ましく、130~850であるのがより好ましい。
【0030】
環式カルボン酸化合物を含む原料は、化石資源由来の原料であってもよいが、バイオマス由来の原料であるのが好ましい。バイオマスとは、植物由来の有機性資源を指す。具体的には、デンプンやセルロース等の形に変換されて蓄えられたもの、植物体を食べて成育する動物の体、植物体や動物体を加工してできる製品等が挙げられる。
【0031】
バイオマスには、必要に応じて前処理を行う。これにより、バイオマスから、グルコース単位を有するオリゴ糖または多糖類等の混合糖を得る。
【0032】
そして、環式カルボン酸化合物が4-ヒドロキシ安息香酸である場合、例えば、Biotechnology and Bioengineering 76巻,376項、2001年に記載の方法で、混合糖から4-ヒドロキシ安息香酸を含む原料を得ることができる。具体的には、例えば、組換え大腸菌を用い、グルコース等の混合糖を炭素源とした発酵により、4-ヒドロキシ安息香酸を得ることができる。発酵に用いる細菌または組換え細菌は、特に限定されない。
【0033】
なお、4-ヒドロキシ安息香酸が不溶性となる酸解離定数(pKa)付近の弱酸性にて生育可能な微生物を用いて晶析発酵を行い、目的物の4-ヒドロキシ安息香酸を固液分離により取得してもよい。
【0034】
また、発酵により得られたアンモニウム塩型の4-ヒドロキシ安息香酸水溶液に、水に対して不混和性であるアミン溶媒を添加し加熱することにより、アンモニアを除去して4-ヒドロキシ安息香酸のアミン溶液を得てもよい。
【0035】
さらに、4-ヒドロキシ安息香酸をアルコールによってエステル化し、得られた4-ヒドロキシ安息香酸エステルを蒸留にて精製した後、4-ヒドロキシ安息香酸エステルを加水分解することにより、4-ヒドロキシ安息香酸を生成してもよい。
【0036】
一方、例えば、環式カルボン酸化合物が3,4-ジヒドロキシ安息香酸である場合、組換え大腸菌を用い、グルコース等の混合糖を炭素源とした発酵により、3,4-ジヒドロキシ安息香酸を含む原料を得ることができる。発酵に用いる組換え細菌は、特に限定されない。
【0037】
なお、本工程は、例えばリサイクル等によって生成された環式カルボン酸化合物を用意する工程で置き換えられてもよい。
【0038】
以上のように、本実施形態では、環式カルボン酸化合物を含む原料として、バイオマス由来の原料を用いることが好ましい。このような工程を有することにより、環式カルボン酸化合物の調製に際し、化石資源を消費することがないため、大気中の二酸化炭素濃度の増加を抑制することができる。このため、地球温暖化の抑制に寄与することができる。
【0039】
また、環式カルボン酸化合物を含む原料は、環式カルボン酸化合物以外に溶媒を含んでいてもよいし、含んでいなくてもよい。
【0040】
このうち、原料は、溶媒を含まないものであるのが好ましい。無溶媒であれば、反応速度を高めることができ、かつ、後述する加熱工程S02において加熱処理に必要な熱量を少なくすることができる。このため、製造効率を特に高めることができる。なお、溶媒を含まないとは、溶媒の含有量が原料の1質量%以下である状態をいう。
【0041】
一方、原料が溶媒を含む場合、原料の流動性を高められるため、原料の取り扱い性が良好になるが、溶媒量が多すぎる場合には、加熱工程S02において必要な熱量が多くなる。
【0042】
したがって、原料が溶媒を含む場合には、環式カルボン酸化合物に対する溶媒の質量比が、0超150以下であるのが好ましく、0超15以下であるのがより好ましい。
【0043】
溶媒としては、例えば、水、アルコール、アルキレングリコール、芳香族炭化水素類、エーテル類等が挙げられ、これらのうちの1種の単体、または、これらのうちの少なくとも1種と他の溶媒とを含む混合物、が用いられる。
【0044】
アルコールとしては、例えば、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロピルアルコール、ブタノール、ペンタノール、ヘキサノール等が挙げられる。
【0045】
アルキレングリコールとしては、例えば、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、1,2-プロピレングリコール、1,3-プロパンジオール、1,4-ブタンジオール、1,5-ペンタンジオール、1,6-ヘキサンジオール等が挙げられる。
【0046】
芳香族炭化水素類としては、例えば、ベンゼン、トルエン、キシレン、クメン、メシチレン、ナフタレン、テトラリン、NMP(N-メチル-2-ピロリドン)等が挙げられる。
【0047】
エーテル類としては、例えば、ジフェニルエーテル、ジメチルエーテル等が挙げられる。
【0048】
2.加熱工程S02
加熱工程S02では、無触媒下で、かつ、常圧以下の圧力において、温度200~350℃で加熱する加熱処理を施す。これにより、環式カルボン酸化合物に脱炭酸反応を生じさせる。その結果、環式化合物が得られる。
環式カルボン酸化合物の脱炭酸反応は、以下の式で表される。
【0049】
【0050】
例えば、環式カルボン酸化合物が4-ヒドロキシ安息香酸(p-サリチル酸)である場合には、以下の式で表される。
【0051】
【0052】
また、環式カルボン酸化合物が3,4-ジヒドロキシ安息香酸(プロトカテク酸)である場合には、以下の式で表される。
【0053】
【0054】
さらに、環式カルボン酸化合物が4-アミノ安息香酸である場合には、以下の式で表される。
【0055】
【0056】
また、環式カルボン酸化合物がシキミ酸である場合には、以下の式で表される。
【0057】
【0058】
本工程は、具体的には、次のようにして行う。
まず、環式カルボン酸化合物を含む原料を反応器に入れる。この反応器は、内部の圧力を調整する機能、および、温度を調整する機能を有する。
【0059】
次に、無触媒下、つまり、触媒を原料に接触させることなく、原料を加熱する加熱処理を施す。触媒を用いないことで、反応生成物から触媒残渣を除去する操作を行う必要がなくなる。このため、純度の高い環式化合物を製造することができる。本実施形態では、圧力および温度を最適化することにより、触媒を用いることなく強固な炭素-炭素結合を切断し、脱炭酸反応を実現する。なお、「無触媒」とは、ゼオライト等の触媒になり得る物質の存在比率が、原料の0.1質量%以下である状態をいう。
【0060】
加熱処理における圧力は、常圧以下である。反応系の圧力を常圧以下に設定することにより、反応器の耐圧性能を下げることができるので、反応器を容易に大型化することができる。これにより、環式化合物の製造効率を高めることができる。なお、常圧とは、86kPa以上106kPa以下のことをいう。
【0061】
また、加熱処理における圧力は、常圧未満であるのが好ましく、0.1気圧(10kPa)以上常圧未満であるのがより好ましく、0.1気圧以上0.7気圧未満であるのがさらに好ましい。このような減圧下で加熱処理を施すことにより、脱炭酸反応後に得られる環式化合物の揮発性を高めることができる。これにより、揮発した環式化合物を凝縮することにより、環式化合物を精製することができ、より高純度の環式化合物を製造することができる。
【0062】
例えば、脱炭酸反応によって得られる環式化合物がフェノールの場合、沸点が182℃であり、環式化合物がカテコールの場合、沸点が245℃であり、環式化合物がアニリンの場合、沸点が184℃である。したがって、反応系を減圧することにより、これらの沸点が低下し、より揮発させやすくなる。
【0063】
なお、加熱処理における圧力が前記下限値未満である場合、原料に含まれる環式カルボン酸化合物の揮発性も高くなり、収率が低下するおそれがある。
【0064】
加熱処理における温度は、200~350℃とされ、好ましくは220~300℃とされ、より好ましくは230~290℃とされる。この温度で加熱処理を施すことにより、無触媒でも脱炭酸反応を生じさせることができる。このため、低コストで効率よく、高純度の環式化合物を製造することができる。
【0065】
なお、加熱温度が前記下限値未満である場合、脱炭酸反応の効率が低下するため、環式化合物の収率が低下する。一方、加熱温度が前記上限値超である場合、収率がほとんど上昇しない一方、エネルギー消費量が増加して製造コストが上昇する。
【0066】
また、加熱温度は、環式カルボン酸化合物の融点に応じて調整するようにしてもよい。加熱温度は、環式カルボン酸化合物の融点より高いことが好ましい。これにより、反応系がより均一になるため、環式化合物の収率をより高めることができる。
【0067】
例えば、4-ヒドロキシ安息香酸の融点は、214℃であるため、4-ヒドロキシ安息香酸を含む原料に加熱処理を施す場合の加熱温度は、214℃超350℃以下であるのが好ましい。
【0068】
また、3,4-ヒドロキシ安息香酸の融点は、221℃であるため、3,4-ヒドロキシ安息香酸を含む原料に加熱処理を施す場合の加熱温度は、221℃超350℃以下であるのが好ましい。
【0069】
一方、4-アミノ安息香酸の融点は、187℃であるため、4-アミノ安息香酸を含む原料に加熱処理を施す場合の加熱温度は、200℃以上350℃以下とすればよい。
【0070】
このような加熱温度での加熱時間は、脱炭酸反応の反応速度やその他の反応条件を考慮して適宜設定されるが、一例として、5分以上24時間以下であるのが好ましく、10分以上12時間以下であるのがより好ましく、30分以上6時間以下であるのがさらに好ましい。
【0071】
また、加熱処理における雰囲気は、特に限定されず、例えば、空気雰囲気、不活性ガス雰囲気等とされる。このうち、環式化合物の酸化のような副反応を抑制するときには不活性ガス雰囲気を選択すればよい。不活性ガスとしては、例えば、窒素、二酸化炭素、アルゴン等が挙げられる。
【0072】
反応器の方式は、バッチ式であっても、半バッチ式であっても、連続式であってもよい。
【0073】
また、環式化合物の生成後、必要に応じて、環式化合物を分離する工程や精製する工程を設けるようにしてもよい。
【0074】
以上のように、本実施形態に係る環式化合物の製造方法は、前述した加熱工程S02を有する。加熱工程S02は、環式カルボン酸化合物を含む原料に対し、無触媒下で、かつ、常圧以下の圧力において、温度200~350℃で加熱する加熱処理を施す工程である。これにより、環式カルボン酸化合物に脱炭酸反応を生じさせ、環式化合物を得る。
【0075】
このような製造方法によれば、触媒を用いることなく、また、反応器に高い耐圧性能を必要とすることなく、環式化合物を製造することができる。このため、反応器の大型化が容易となり、高純度の環式化合物を高効率で製造することができる。
【0076】
なお、得られた環式化合物は、前述した反応式に示すように、環式カルボン酸化合物のカルボキシ基が除去された化合物である。
【0077】
例えば、環式カルボン酸化合物が4-ヒドロキシ安息香酸である場合には、製造される環式化合物は、フェノールである。環式カルボン酸化合物が3,4-ジヒドロキシ安息香酸である場合には、製造される環式化合物は、カテコールである。環式カルボン酸化合物が4-アミノ安息香酸である場合には、製造される環式化合物は、アニリンである。
【0078】
環式カルボン酸化合物から製造される環式化合物は、化成品、香料、化粧料、医薬品、農薬等の原材料または中間体として特に有用なものである。このうち、化成品としては、例えば、電気・電子部品用材料、合成繊維用材料、樹脂材料、化学品材料等が挙げられる。なお、原材料には、中間体を含む。
【0079】
以上、本発明の環式化合物の製造方法を実施形態に基づいて説明したが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0080】
例えば、本発明の環式化合物の製造方法は、前記実施形態に任意の工程が付加されたものであってもよい。
【実施例】
【0081】
次に、本発明の具体的実施例について説明する。
3.環式化合物の製造
(実施例1)
まず、バイオマス由来の3,4-ジヒドロキシ安息香酸(環式カルボン酸化合物)を含む原料を用意した。この原料は、無溶媒であり、常温で固体状であった。
【0082】
次に、原料を反応器に仕込み、常圧(100kPa)、200℃で1時間、加熱処理を施した。そして、カテコールを含む反応物を取り出した。
【0083】
(実施例2)
加熱処理における圧力を、0.50気圧(50kPa)の減圧状態に変更した以外は、実施例1と同様にしてカテコールを含む反応液を取り出した。なお、0.50気圧における3,4-ジヒドロキシ安息香酸の沸点は、376℃である。
【0084】
(実施例3)
加熱処理における圧力を、0.10気圧(10kPa)の減圧状態に変更した以外は、実施例1と同様にしてカテコールを含む反応液を取り出した。なお、0.10気圧における3,4-ジヒドロキシ安息香酸の沸点は、310℃である。
【0085】
(実施例4)
加熱処理における圧力を、0.05気圧(5kPa)の減圧状態に変更した以外は、実施例1と同様にしてカテコールを含む反応液を取り出した。なお、0.05気圧における3,4-ジヒドロキシ安息香酸の沸点は、287℃である。
【0086】
(実施例5)
環式カルボン酸化合物を4-ヒドロキシ安息香酸に変更した以外は、実施例1と同様にしてフェノールを含む反応液を取り出した。
【0087】
(実施例6)
環式カルボン酸化合物を4-アミノ安息香酸に変更した以外は、実施例1と同様にしてアニリンを含む反応液を取り出した。
【0088】
(実施例7~12)
加熱温度を230℃に変更した以外は、実施例1~6と同様にして環式化合物(カテコール、フェノールまたはアニリン)を含む反応液を取り出した。
【0089】
(実施例13~18)
加熱温度を260℃に変更した以外は、実施例1~6と同様にして環式化合物(カテコール、フェノールまたはアニリン)を含む反応液を取り出した。
【0090】
(実施例19~24)
加熱温度を300℃に変更した以外は、実施例1~6と同様にして環式化合物(カテコール、フェノールまたはアニリン)を含む反応液を取り出した。
【0091】
(実施例25~30)
加熱温度を320℃に変更した以外は、実施例1~6と同様にして環式化合物(カテコール、フェノールまたはアニリン)を含む反応液を取り出した。
【0092】
(実施例31~36)
加熱温度を350℃に変更した以外は、実施例1~6と同様にして環式化合物(カテコール、フェノールまたはアニリン)を含む反応液を取り出した。
【0093】
(比較例1~6)
加熱温度を180℃に変更した以外は、実施例1~6と同様にして環式化合物(カテコール、フェノールまたはアニリン)を含む反応液を取り出した。
【0094】
4.環式化合物の評価
各実施例および各比較例で得られた反応液について、高速液体クロマトグラフ(株式会社日立ハイテクノロジーズ製「LaChrom Elite」、分析用カラム:ジーエルサイエンス株式会社製「Inertsil ODS-4」)で分析を行った。次に、仕込みの環式カルボン酸化合物(3,4-ジヒドロキシ安息香酸、4-ヒドロキシ安息香酸または4-アミノ安息香酸)のモル数、および、生成した環式化合物(カテコール、フェノールまたはアニリン)のモル数を算出した。そして、以下の式に基づいて、環式化合物の収率を算出した。
【0095】
環式化合物の収率(%)=生成した環式化合物のモル数/仕込みの環式カルボン酸化合物のモル数×100
算出結果を表1に示す。
【0096】
【0097】
表1から明らかなように、加熱温度が200~350℃である場合、触媒を用いなくても十分に高い収率で環式化合物を製造することができた。
【0098】
また、加熱処理における圧力を常圧~0.10気圧にした場合、特に高い収率で環式化合物を製造することができた。一方、圧力を0.05気圧にした場合、収率がやや低下することが認められた。なお、表1には示していないが、減圧下におけるこれらの傾向は、3,4-ジヒドロキシ安息香酸を用いた実施例だけでなく、4-ヒドロキシ安息香酸や4-アミノ安息香酸を用いた実施例でも同様であった。
【0099】
さらに、表1には示していないが、加熱処理における圧力を常圧にした場合と、0.50気圧および0.10気圧にした場合とで、環式化合物の純度を比較したところ、0.50気圧および0.10気圧にした場合の方が純度が高いことが認められた。
【符号の説明】
【0100】
S01 原料調製工程
S02 加熱工程