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特許7574681軟磁性粉末、圧粉磁心、磁性素子および電子機器
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-21
(45)【発行日】2024-10-29
(54)【発明の名称】軟磁性粉末、圧粉磁心、磁性素子および電子機器
(51)【国際特許分類】
   B22F 1/00 20220101AFI20241022BHJP
   C22C 33/02 20060101ALI20241022BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20241022BHJP
   H01F 1/153 20060101ALI20241022BHJP
   H01F 1/20 20060101ALI20241022BHJP
   H01F 27/255 20060101ALI20241022BHJP
   B22F 1/07 20220101ALI20241022BHJP
   B22F 3/00 20210101ALI20241022BHJP
   C21D 6/00 20060101ALN20241022BHJP
   H01F 1/26 20060101ALN20241022BHJP
【FI】
B22F1/00 Y ZNM
C22C33/02 L
C22C38/00 303S
H01F1/153 108
H01F1/153 133
H01F1/153 175
H01F1/20
H01F27/255
B22F1/07
B22F3/00 B
C21D6/00 C
H01F1/26
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2021018523
(22)【出願日】2021-02-08
(65)【公開番号】P2022121260
(43)【公開日】2022-08-19
【審査請求日】2023-10-16
(73)【特許権者】
【識別番号】000002369
【氏名又は名称】セイコーエプソン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091292
【弁理士】
【氏名又は名称】増田 達哉
(74)【代理人】
【識別番号】100091627
【弁理士】
【氏名又は名称】朝比 一夫
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 真侑
【審査官】坂本 薫昭
(56)【参考文献】
【文献】特開平07-258728(JP,A)
【文献】特開2019-189928(JP,A)
【文献】特開2020-056107(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第103258623(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00,1/07,1/142
C21D 6/00
C22C 33/02,38/00,45/02
H01F 1/12,1/153,1/20,1/26,
27/255
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
FeCuNb(Si1-y100-x-a-b
[ただし、a、b、xは、それぞれ単位が原子%である数であって、0.3≦a≦2.0、2.0≦b≦4.0、73.0≦x≦79.5を満たす。また、yは、f(x)≦y≦0.99を満たす数であって、f(x)=(4×10-34)x17.56である。]
で表される組成を有する粒子を含み、
前記粒子は、粒径1.0nm以上30.0nm以下の結晶粒を含有し、
前記粒子における前記結晶粒の含有比率は、30体積%以上であり、
Cuが偏析しているCu偏析部を含み、
前記Cu偏析部は、前記粒子の表面から30nmよりも深い位置に存在し、
前記Cu偏析部のCu濃度の最大値は、6.0原子%超であることを特徴とする軟磁性粉末。
【請求項2】
前記粒子の表面から12nmの位置におけるFe濃度は、O濃度より高い請求項1に記載の軟磁性粉末。
【請求項3】
前記Cu偏析部のCu濃度の最大値は、10.0原子%以上である請求項1または2に記載の軟磁性粉末。
【請求項4】
Siが偏析しているSi偏析部を含み、
前記Si偏析部は、前記Cu偏析部と前記粒子の表面との間に存在している請求項1ないし3のいずれか1項に記載の軟磁性粉末。
【請求項5】
内径8mm、質量0.7gの円柱状の圧粉体とされ、前記圧粉体が20kgfの荷重で軸方向に圧縮されたとき、前記圧粉体の前記軸方向における抵抗値が、0.3kΩ以上である請求項1ないし4のいずれか1項に記載の軟磁性粉末。
【請求項6】
請求項1ないしのいずれか1項に記載の軟磁性粉末を含むことを特徴とする圧粉磁心。
【請求項7】
請求項に記載の圧粉磁心を備えることを特徴とする磁性素子。
【請求項8】
請求項に記載の磁性素子を備えることを特徴とする電子機器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軟磁性粉末、圧粉磁心、磁性素子および電子機器に関するものである。
【背景技術】
【0002】
圧粉磁心を含む磁性素子を備える各種モバイル機器において、小型化や高出力化を図るためには、スイッチング電源の変換周波数の高周波対応および高電流対応が必要になる。それに伴って、圧粉磁心が含む軟磁性粉末についても、高周波対応および高電流対応が求められている。
【0003】
特許文献1には、FeCuNb(Si1-y100-x-a-b[ただし、a、bおよびxは、それぞれ原子%であって、0.3≦a≦2.0、2.0≦b≦4.0および73.0≦x≦79.5を満たす数である。また、yは、f(x)≦y<0.99を満たす数である。なお、f(x)=(4×10-34)x17.56である。]で表される組成を有し、粒径1.0nm以上30.0nm以下の結晶組織を30体積%以上含有することを特徴とする軟磁性粉末が開示されている。このような軟磁性粉末によれば、微小な結晶を含むことにより、高周波下における低鉄損化を図ることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2019-189928号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載の軟磁性粉末は、高電流下でも優れた軟磁性を安定して実現するという点で依然として改善の余地がある。具体的には、軟磁性粉末において、保磁力をさらに低下させるとともに、高電流下でも圧粉体が飽和しないように、飽和磁束密度をさらに高めることが課題となっている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の適用例に係る軟磁性粉末は、
FeCuNb(Si1-y100-x-a-b
[ただし、a、b、xは、それぞれ単位が原子%である数であって、0.3≦a≦2.0、2.0≦b≦4.0、73.0≦x≦79.5を満たす。また、yは、f(x)≦y≦0.99を満たす数であって、f(x)=(4×10-34)x17.56である。]
で表される組成を有する粒子を含み、
前記粒子は、粒径1.0nm以上30.0nm以下の結晶粒を含有し、
前記粒子における前記結晶粒の含有比率は、30体積%以上であり、
Cuが偏析しているCu偏析部を含み、
前記Cu偏析部は、前記粒子の表面から30nmよりも深い位置に存在し、
前記Cu偏析部のCu濃度の最大値は、6.0原子%超であることを特徴とする。
【0007】
本発明の適用例に係る圧粉磁心は、
本発明の適用例に係る軟磁性粉末を含むことを特徴とする。
【0008】
本発明の適用例に係る磁性素子は、
本発明の適用例に係る圧粉磁心を備えることを特徴とする。
【0009】
本発明の適用例に係る電子機器は、
本発明の適用例に係る磁性素子を備えることを特徴とする。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】xが横軸であり、yが縦軸である2軸の直交座標系において、実施形態に係る軟磁性粉末が有する組成式のxの範囲とyの範囲とが重なる領域を示す図である。
図2】回転水流アトマイズ法により軟磁性粉末を製造する装置の一例を示す縦断面図である。
図3】トロイダルタイプのコイル部品を模式的に示す平面図である。
図4】閉磁路タイプのコイル部品を模式的に示す透過斜視図である。
図5】実施形態に係る磁性素子を備える電子機器であるモバイル型のパーソナルコンピューターの構成を示す斜視図である。
図6】実施形態に係る磁性素子を備える電子機器であるスマートフォンの構成を示す平面図である。
図7】実施形態に係る磁性素子を備える電子機器であるディジタルスチルカメラの構成を示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の軟磁性粉末、圧粉磁心、磁性素子および電子機器について、添付図面に示す好適実施形態に基づいて詳細に説明する。
【0012】
1.軟磁性粉末
実施形態に係る軟磁性粉末は、軟磁性を示す金属粉末である。かかる軟磁性粉末は、いかなる用途にも適用可能であるが、例えば、結合材を介して粒子同士が結着され、圧粉磁心や電磁波吸収材等の各種圧粉体を製造するのに用いられる。
【0013】
実施形態に係る軟磁性粉末は、FeCuNb(Si1-y100-x-a-bで表される組成を有する粒子を含む。
【0014】
a、b、xは、それぞれ単位が原子%である数である。そして、aは、0.3≦a≦2.0を満たし、bは、2.0≦b≦4.0を満たし、xは、73.0≦x≦79.5を満たす。
【0015】
また、yは、f(x)≦y≦0.99を満たす。そして、f(x)=(4×10-34)x17.56である。
【0016】
さらに、実施形態に係る軟磁性粉末が含む粒子は、粒径1.0nm以上30.0nm以下の結晶粒を含有するとともに、Cuが偏析しているCu偏析部を含む。Cu偏析部は、粒子の表面から30nmよりも深い位置に存在する。また、Cu偏析部のCu濃度の最大値は、6.0原子%超である。
【0017】
このような軟磁性粉末では、低い保磁力と高い飽和磁束密度とが両立する。このため、鉄損が小さく、かつ、高電流でも飽和しにくい圧粉磁心を実現することができる。そして、高電流に対応可能であって、かつ小型化が可能であり、高効率で高出力化が可能な磁性素子を実現することができる。
【0018】
以下、実施形態に係る軟磁性粉末の粒子が有する組成について説明する。
1.1.組成
Fe(鉄)は、実施形態に係る軟磁性粉末の基本的な磁気特性や機械的特性に大きな影響を与える。
【0019】
Feの含有率xは、73.0原子%以上79.5原子%以下とされるが、好ましくは75.0原子%以上78.5原子%以下とされ、より好ましくは75.5原子%以上78.0原子%以下とされる。なお、Feの含有率xが前記下限値を下回ると、軟磁性粉末の飽和磁束密度が低下するおそれがある。一方、Feの含有率xが前記上限値を上回ると、軟磁性粉末の製造時に非晶質組織を安定的に形成することができないため、前述したような微小な粒径を有する結晶粒を形成することが困難になるおそれがある。
【0020】
Cu(銅)は、実施形態に係る軟磁性粉末を原材料から製造するとき、Feと分離する傾向がある。このため、Cuを含むことで組成に揺らぎが生じ、粒子中には部分的に結晶化し易い領域が生じる。その結果、比較的結晶化し易い体心立方格子のFe相の析出が促され、前述したような微小な粒径を有する結晶粒を形成し易くすることができる。
【0021】
Cuの含有率aは、0.3原子%以上2.0原子%以下とされるが、好ましくは0.5原子%以上1.5原子%以下とされ、より好ましくは0.7原子%以上1.3原子%以下とされる。なお、Cuの含有率aが前記下限値を下回ると、結晶粒の微細化が損なわれ、前述した範囲の粒径の結晶粒を形成することができないおそれがある。一方、Cuの含有率aが前記上限値を上回ると、軟磁性粉末の機械的特性が低下し、脆くなるおそれがある。
【0022】
Nb(ニオブ)は、非晶質組織を多く含む粉末に熱処理が施されたとき、Cuとともに結晶粒の微細化に寄与する。このため、前述したような微小な粒径を有する結晶粒を形成し易くすることができる。
【0023】
Nbの含有率bは、2.0原子%以上4.0原子%以下とされるが、好ましくは2.5原子%以上3.5原子%以下とされ、より好ましくは2.7原子%以上3.3原子%以下とされる。なお、Nbの含有率bが前記下限値を下回ると、結晶粒の微細化が損なわれ、前述した範囲の粒径の結晶粒を形成することができないおそれがある。一方、Nbの含有率bが前記上限値を上回ると、軟磁性粉末の機械的特性が低下し、脆くなるおそれがある。また、軟磁性粉末の透磁率が低下するおそれがある。
【0024】
Si(ケイ素)は、実施形態に係る軟磁性粉末を原材料から製造するとき、非晶質化を促進する。このため、実施形態に係る軟磁性粉末を製造するときは、一旦、均質な非晶質組織が形成され、その後、それを結晶化させることによって、より均一な粒径の結晶粒が形成され易くなる。そして、均一な粒径は、各結晶粒における結晶磁気異方性の平均化に寄与するため、保磁力を低下させるとともに透磁率を高めることができ、軟磁性の向上を図ることができる。
【0025】
B(ホウ素)は、実施形態に係る軟磁性粉末を原材料から製造するとき、非晶質化を促進する。このため、実施形態に係る軟磁性粉末を製造するときは、一旦、均質な非晶質組織が形成され、その後、それを結晶化させることによって、より均一な粒径の結晶粒が形成され易くなる。そして、均一な粒径は、各結晶粒における結晶磁気異方性の平均化に寄与するため、保磁力を低下させるとともに透磁率を高めることができ、軟磁性の向上を図ることができる。また、SiとBとを併用することによって、両者の原子半径の差に基づき、相乗的に非晶質化を促進することができる。
【0026】
ここで、SiとBの含有率の合計を1とし、この合計に対するBの含有率の割合をyとしたとき、合計に対するSiの含有率の割合は(1-y)となる。
【0027】
このyは、f(x)≦y≦0.99を満たす数である。そして、xの関数であるf(x)は、f(x)=(4×10-34)x17.56である。
【0028】
図1は、xが横軸であり、yが縦軸である2軸の直交座標系において、実施形態に係る軟磁性粉末が有する組成式のxの範囲とyの範囲とが重なる領域を示す図である。
【0029】
図1において、xの範囲とyの範囲とが重なる領域Aは、直交座標系に引いた実線の内側である。
【0030】
具体的には、領域Aは、x=73.0、x=79.5、y=f(x)、およびy=0.99の4つの式を満たす(x,y)座標をそれぞれ直交座標系にプロットしたとき、描かれる3つの直線と1つの曲線とで囲まれた閉領域である。
【0031】
また、yは、好ましくはf’(x)≦y≦0.97を満たす数である。そして、xの関数であるf’(x)は、f’(x)=(4×10-29)x14.93である。
【0032】
図1に示す破線は、前述した好ましいxの範囲と上述した好ましいyの範囲とが重なる領域Bを示している。
【0033】
具体的には、領域Bは、x=75.0、x=78.5、y=f’(x)、およびy=0.97の4つの式を満たす(x,y)座標をそれぞれ直交座標系にプロットしたとき、描かれる3つの直線と1つの曲線とで囲まれた閉領域である。
【0034】
さらに、yは、より好ましくはf”(x)≦y≦0.95を満たす数である。そして、xの関数であるf”(x)は、f”(x)=(4×10-29)x14.93+0.05である。
【0035】
図1に示す一点鎖線は、前述したより好ましいxの範囲と上述したより好ましいyの範囲とが重なる領域Cを示している。
【0036】
具体的には、領域Cは、x=75.5、x=78.0、y=f”(x)、およびy=0.95の4つの式を満たす(x,y)座標をそれぞれ直交座標系にプロットしたとき、描かれる3つの直線と1つの曲線とで囲まれた閉領域に対応している。
【0037】
xおよびyが少なくとも領域Aに含まれる軟磁性粉末は、製造されるとき、均質な非晶質組織を高い確率で形成することができる。このため、それを結晶化させることにより、特に均一な粒径の結晶粒を形成することができる。これにより、保磁力を十分に低下させた軟磁性粉末が得られる。また、この軟磁性粉末を用いることにより、圧粉磁心の鉄損を十分に小さく抑えることができる。
【0038】
また、xおよびyが少なくとも領域Aに含まれる軟磁性粉末は、Feの含有率を十分に高めた場合であっても、均一な結晶粒の形成を可能にすることができる。これにより、飽和磁束密度を十分に高めた軟磁性粉末が得られる。その結果、十分に低鉄損化を図りつつ、高い飽和磁束密度を有する圧粉磁心が得られる。
【0039】
なお、yの値が領域Aよりも小さい場合、Siの含有率とBの含有率とのバランスが崩れるため、軟磁性粉末が製造されるときに、均質な非晶質組織を形成することが困難になる。このため、微小な粒径の結晶粒を形成することができず、保磁力を十分に低下させることができない。
【0040】
一方、yの値が領域Aよりも大きい場合も、Siの含有率とBの含有率とのバランスが崩れるため、軟磁性粉末が製造されるときに、均質な非晶質組織を形成することが困難になる。このため、微小な粒径の結晶粒を形成することができず、保磁力を十分に低下させることができない。
【0041】
なお、yの下限値は、前述したようにxの関数によって決まるが、好ましくは0.30以上とされ、より好ましくは0.45以上とされ、さらに好ましくは0.55以上とされる。これにより、軟磁性粉末のさらなる高飽和磁束密度化を図ることができる。
【0042】
また、特に領域Bおよび領域Cでは、領域Aの中でもxの値が大きい領域であるため、Feの含有率が高い。このため、軟磁性粉末の飽和磁束密度を高めやすい。したがって、xおよびyが少なくとも領域Bに含まれる軟磁性粉末を用いることにより、圧粉磁心や磁性素子の小型化および高出力化を図ることができる。
【0043】
また、Siの含有率とBの含有率の合計である(100-x-a-b)は、特に限定されないが、15.0原子%以上24.0原子%以下であるのが好ましく、16.0原子%以上23.0原子%以下であるのがより好ましく、16.0原子%以上22.0原子%以下であるのがさらに好ましい。(100-x-a-b)が前記範囲内であることにより、軟磁性粉末において特に均一な粒径の結晶粒を形成することができる。
【0044】
以上を踏まえると、y(100-x-a-b)は、軟磁性粉末におけるBの含有率に相当する。y(100-x-a-b)は、前述したような保磁力および飽和磁束密度等を考慮して適宜設定されるが、5.0≦y(100-x-a-b)≦17.0を満たしているのが好ましく、7.0≦y(100-x-a-b)≦16.0を満たしているのがより好ましく、8.0≦y(100-x-a-b)≦15.0を満たしているのがさらに好ましい。
【0045】
これにより、B(ホウ素)を比較的高濃度に含む軟磁性粉末が得られる。このような軟磁性粉末は、Feの含有率が高い場合であっても、その製造時に均質な非晶質組織を形成することを可能にする。このため、その後の熱処理によって、微小な粒径でかつ粒径が比較的揃った結晶粒を形成することができ、保磁力を十分に低下させつつ、高磁束密度化を図ることができる。
【0046】
なお、y(100-x-a-b)が前記下限値を下回ると、Bの含有率が小さくなるため、軟磁性粉末を製造する際、全体の組成によっては、非晶質化が難しくなるおそれがある。一方、y(100-x-a-b)が前記上限値を上回ると、Bの含有率が大きくなり、相対的にSiの含有率が低下するため、軟磁性粉末の透磁率が低下し、飽和磁束密度が低下するおそれがある。
【0047】
また、実施形態に係る軟磁性粉末は、前述したFeCuNb(Si1-y100-x-a-bで表される組成の他、不純物を含んでいてもよい。不純物としては、上記以外のあらゆる元素が挙げられるが、不純物の含有率の合計が0.50原子%以下であるのが好ましい。この範囲内であれば、不純物が本発明の効果を阻害しにくいため、含有が許容される。
【0048】
不純物の各元素の含有率は、それぞれ0.05原子%以下であるのが好ましい。この範囲内であれば、不純物が本発明の効果を阻害しにくいため、含有が許容される。
【0049】
なお、Siの含有率とBの含有率の合計である(100-x-a-b)は、x、aおよびbの値に応じて一意に決まるが、製造誤差や不純物の影響によって、(100-x-a-b)を中心値とする±0.50原子%以下のずれが許容される。
【0050】
以上、実施形態に係る軟磁性粉末の組成について説明したが、上記組成および不純物は、以下のような分析手法により特定される。
【0051】
分析手法としては、例えば、JIS G 1257:2000に規定された鉄及び鋼-原子吸光分析法、JIS G 1258:2007に規定された鉄及び鋼-ICP発光分光分析法、JIS G 1253:2002に規定された鉄及び鋼-スパーク放電発光分光分析法、JIS G 1256:1997に規定された鉄及び鋼-蛍光X線分析法、JIS G 1211~G 1237に規定された重量・滴定・吸光光度法等が挙げられる。
【0052】
具体的には、例えばSPECTRO社製固体発光分光分析装置、特にスパーク放電発光分光分析装置、モデル:SPECTROLAB、タイプ:LAVMB08Aや、株式会社リガク製ICP装置CIROS120型が挙げられる。
【0053】
また、特にC(炭素)およびS(硫黄)の特定に際しては、JIS G 1211:2011に規定された酸素気流燃焼(高周波誘導加熱炉燃焼)-赤外線吸収法も用いられる。具体的には、LECO社製炭素・硫黄分析装置、CS-200が挙げられる。
【0054】
また、特にN(窒素)およびO(酸素)の特定に際しては、JIS G 1228:1997に規定された鉄および鋼の窒素定量方法、JIS Z 2613:2006に規定された金属材料の酸素定量方法通則も用いられる。具体的には、LECO社製酸素・窒素分析装置、TC-300/EF-300が挙げられる。
【0055】
1.2.結晶粒
実施形態に係る軟磁性粉末の粒子は、結晶粒径1.0nm以上30.0nm以下の結晶粒を含有している。このような粒径の結晶粒は微小であるため、各結晶粒における結晶磁気異方性が平均化され易い。このため、保磁力を低下させることができ、とりわけ磁気的に軟質な粉末が得られる。また、併せて、このような粒径に結晶粒が一定以上含まれている場合、軟磁性粉末の透磁率が高くなる。その結果、保磁力が低く透磁率が高いという軟磁性に富んだ粉末が得られる。また、透磁率が高くなることで、高電流下でも飽和しにくくなるため、軟磁性粉末の飽和磁束密度を高めることができる。
【0056】
粒子において、前記粒径範囲の結晶粒の含有比率は、好ましくは30体積%以上とされるが、より好ましくは40体積%以上99体積%以下とされ、さらに好ましくは55体積%以上95体積%以下とされる。前記粒径範囲の結晶粒の含有比率が前記下限値を下回ると、微小な粒径の結晶粒の比率が低下するため、結晶磁気異方性の平均化が不十分になり、軟磁性粉末の透磁率が低下したり軟磁性粉末の保磁力が上昇したりするおそれがある。一方、前記粒径範囲の結晶粒の含有比率が前記上限値を上回ってもよいが、後述するように非晶質組織が併存することによる効果が不十分になるおそれがある。
【0057】
また、実施形態に係る軟磁性粉末は、前述した範囲外の粒径、つまり粒径1.0nm未満または粒径30.0nm超の結晶粒を含んでいてもよい。この場合、範囲外の粒径の結晶粒が10体積%以下に抑えられているのが好ましく、5体積%以下に抑えられているのがより好ましい。これにより、範囲外の粒径の結晶粒によって、前述した効果が低減してしまうのを抑制することができる。
【0058】
軟磁性粉末の結晶粒の粒径は、例えば軟磁性粉末の粒子の切断面を電子顕微鏡で観察し、その観察像から読み取る方法により求められる。なお、この方法では、結晶粒の面積と同じ面積を持つ真円を仮想し、その真円の直径、すなわち円相当径を結晶粒の粒径とすることができる。
【0059】
結晶粒の体積比率は、切断面の面積に対して結晶粒が占める面積比率とほぼ等しいと考えられるので、面積比率を含有比率としてみなしてもよい。
【0060】
また、実施形態に係る軟磁性粉末は、結晶粒の平均粒径が2.0nm以上25.0nm以下であるのが好ましく、5.0nm以上20.0nm以下であるのがより好ましい。これにより、上記効果、すなわち保磁力が低く透磁率が高くなるという効果がより顕著になる。
【0061】
なお、軟磁性粉末の結晶粒の平均粒径は、例えば、前述したようにして結晶粒の粒径を求め、それを平均化する方法の他、軟磁性粉末のX線回折パターンにおいてFe由来のピークの幅を求め、その値からHalder-Wagner法によって算出する方法により求められる。
【0062】
実施形態に係る軟磁性粉末の粒子は、非晶質組織をさらに含有していてもよい。前記粒径範囲の結晶粒と非晶質組織とが併存することにより、互いに磁歪を打ち消し合うため、軟磁性粉末の磁歪をより小さくすることができる。その結果、透磁率が特に高い軟磁性粉末が得られる。また、併せて、磁化を制御し易い軟磁性粉末が得られる。さらに、非晶質組織を含有していることで、結晶粒の粒径をより微細に、かつ、より均一に維持しやすくなる。
【0063】
粒子における非晶質組織の含有比率は、体積比で、前記粒径範囲の結晶粒の含有比率の5.0倍以下であるのが好ましく、0.02倍以上2.0倍以下であるのがより好ましく、0.10倍以上1.0倍未満であるのがさらに好ましい。これにより、結晶粒と非晶質組織とのバランスが最適化され、結晶粒と非晶質組織とが併存することによる効果がより顕著になる。
【0064】
1.3.Cu偏析部
実施形態に係る軟磁性粉末の粒子は、周囲に対して局所的にCuが偏析しているCu偏析部を含む。このCu偏析部は、粒子の表面から30nmよりも深い位置に存在している。また、Cu偏析部のCu濃度の最大値は、6.0原子%超である。
【0065】
粒子がCu偏析部を含むことにより、熱処理時の結晶粒の粗大化を抑制することができる。これにより、熱処理によって均一な結晶粒を形成することができる。その結果、低い保磁力と高い飽和磁束密度とが両立した軟磁性粉末が得られる。
【0066】
Cu偏析部は、粒子の表面から30nmよりも深い位置に存在している。Cu偏析部がこのような深い位置に存在していることで、深い位置まで、粒子の表面から深い位置に至るまで、Cu偏析部による上記作用が生じる。つまり、深い位置まで、熱処理時の結晶粒の粗大化を抑制するという作用が生じる。これにより、粒子内のより多くの部分で結晶粒の粒径の微細化および均一化を図ることができ、低い保磁力と高い飽和磁束密度とを両立させることができる。
【0067】
Cu偏析部の粒子の表面からの深さは、粒子断面について、STEM(走査透過電子顕微鏡)を用いたEDX(エネルギー分散型X線分光法)による分析によって得られた面分析像から特定することができる。具体的には、粒子断面について、粒子の表面を含む250nm四方の範囲を撮像するとともに、元素分析によってCuの偏析を特定する。そして、Cu偏析部の粒子の表面からの深さは、面分析像において最もCu濃度が高いCu偏析部の、粒子の表面からの距離として求められる。このとき、画像中には、粒子の表面から深さ200nm以上の範囲が写っていることが好ましい。
【0068】
Cu偏析部の深さは、上述したように30nm超とされるが、好ましくは40nm以上500nm以下とされ、より好ましくは50nm以上400nm以下とされる。
【0069】
また、Cu偏析部のCu濃度の最大値は、6.0原子%超である。このようにCuが高濃度に偏析してなるCu偏析部を含むことにより、熱処理のとき、Cu偏析部が核生成サイトとして作用し、Fe基の結晶粒を成長させやすくする。これにより、粒子の表面から深い位置に至るまで、均一な粒径の結晶粒を発生させることができる。その結果、結晶磁気異方性の平均化と、均一な粒径の結晶粒を含有する比率の上昇と、を両立させることができ、低い保磁力と高い飽和磁束密度とをさらに良好に両立させることができる。
【0070】
Cu偏析部のCu濃度の最大値は、画像に写っている範囲のCu濃度をEDXによる元素分析によって測定し、その最大値として求められる。
【0071】
Cu偏析部のCu濃度の最大値は、上述したように6.0原子%超とされるが、好ましくは10.0原子%以上とされ、より好ましくは16.0原子%以上とされる。これにより、Cu偏析部を核生成サイトとした結晶粒の成長が特に促される。その結果、特に深い位置に至るまで、より均一な粒径の結晶粒を発生させることができる。なお、Cu濃度の最大値の上限値は、特に限定されないが、Cu偏析部の分布が偏ってしまうのを避けるという観点から、70.0原子%以下であるのが好ましく、60.0原子%以下であるのがより好ましい。
【0072】
また、Cu偏析部のCu濃度は、母相の2倍以上であるのが好ましく、3倍以上であるのがより好ましい。これにより、Cu偏析部のCu濃度は、母相のCu濃度より十分に高くなり、熱処理時の結晶粒の粗大化を抑制する作用がより確実に得られる。なお、母相とは、粒子の表面から500nmの深さの部位を指す。
【0073】
また、前述した面分析像のうち、Cu偏析部を含む200nm四方の範囲について、Cu偏析部の直径ごとに個数を集計すると、Cu偏析部の平均粒径を算出することができる。具体的には、まず、面分析像について2値化の画像解析を行い、Cu偏析部が占める領域を抽出する。次に、抽出した領域の円相当径、つまりCu偏析部の粒径を算出する。そして、Cu偏析部の粒径ごとに個数を集計し、集計結果から平均粒径を算出する。
【0074】
このようにして算出したCu偏析部の平均粒径は、3nm以上20nm以下であるのが好ましく、5nm以上15nm以下であるのがより好ましく、5nm以上12nm以下であるのがさらに好ましい。Cu偏析部の平均粒径が前記範囲内であれば、熱処理によって、十分に微細で、かつ、より均一な結晶粒を形成することができる。その結果、軟磁性粉末のさらなる低保磁力化を図ることができる。
【0075】
以上のように、本実施形態に係る軟磁性粉末は、FeCuNb(Si1-y100-x-a-bで表される組成を有する粒子を含む。ただし、a、b、xは、それぞれ単位が原子%である数である。そして、aは、0.3≦a≦2.0を満たし、bは、2.0≦b≦4.0を満たし、xは、73.0≦x≦79.5を満たす。また、yは、f(x)≦y≦0.99を満たす。そして、f(x)=(4×10-34)x17.56である。
【0076】
また、実施形態に係る軟磁性粉末が含む粒子は、粒径1.0nm以上30.0nm以下の結晶粒を含有するとともに、Cuが偏析しているCu偏析部を含む。Cu偏析部は、粒子の表面から30nmよりも深い位置に存在する。また、Cu偏析部のCu濃度の最大値は、6.0原子%超である。
【0077】
このような構成によれば、低い保磁力と高い飽和磁束密度とが両立する軟磁性粉末が得られる。このため、鉄損が小さく、かつ、高電流でも飽和しにくい圧粉磁心を実現することができる。そして、高電流に対応可能であって、かつ小型化が可能であり、高効率で高出力化が可能な磁性素子を実現することができる。
【0078】
1.4.Si偏析部
実施形態に係る軟磁性粉末の粒子は、Siが偏析しているSi偏析部を含む。このSi偏析部は、Cu偏析部と粒子の表面との間に存在している。このような位置に存在するSi偏析部を含むことにより、粒子の絶縁性が向上する。これにより、粒子間を経路とする渦電流の発生を抑制することができる。
【0079】
Si偏析部の粒子の表面からの深さは、粒子断面について、STEM(走査透過電子顕微鏡)を用いたEDX(エネルギー分散型X線分光法)による分析によって得られた面分析像から特定することができる。具体的には、粒子断面について、粒子の表面を含む250nm四方の範囲を撮像するとともに、元素分析によってSiの偏析を特定し、粒子の表面から最も浅い位置にあるSi偏析部までの距離として求められる。このとき、画像中には、粒子の表面から深さ200nm以上の範囲が写っていることが好ましい。
【0080】
Si偏析部のSi濃度の最大値は、好ましくは10.0原子%以上とされ、より好ましくは15.0原子%以上60.0原子%以下とされ、さらに好ましくは20.0原子%以上50.0原子%以下とされる。なお、Si濃度の最大値が前記上限値を上回ると、結晶粒中に分配されるSiの量が相対的に減少するため、結晶粒に由来する高い飽和磁束密度が損なわれるおそれがある。
【0081】
なお、このようなSi偏析部は、軟磁性粉末が前述した組成を有する場合、特にxとyとの関係が図1に示す領域内にあるとき、形成されやすい。
【0082】
1.5.Fe濃度分布
実施形態に係る軟磁性粉末の粒子では、粒子の表面から12nmの位置におけるFe濃度が、原子濃度比でO濃度より高いことが好ましい。これにより、例えばSiO等の酸化物を主成分とする酸化皮膜が必要以上に厚くなるのを防止した粒子を実現することができる。すなわち、酸化皮膜の厚さを必要最小限に抑え、酸化皮膜として偏析するSiの濃度を抑えることにより、結晶粒中に分配されるSiの量を確保することができるとともに、結晶粒が占める体積比率を確保することができる。その結果、より高い飽和磁束密度を有する軟磁性粉末が得られる。
【0083】
Fe濃度およびO濃度は、粒子断面について、STEM(走査透過電子顕微鏡)を用いたEDX(エネルギー分散型X線分光法)による分析によって得られた面分析(マッピング)および線分析(ラインスキャン)結果から特定することができる。
【0084】
また、Fe濃度とO濃度との差は、特に限定されないが、10原子%以上であるのが好ましく、30原子%以上であるのがより好ましい。なお、Fe濃度とO濃度との差の上限値は、特に限定されないが、80原子%以下であるのが好ましく、60原子%以下であるのがより好ましい。
【0085】
なお、実施形態に係る軟磁性粉末は、全ての粒子が上記構成を有している必要はなく、上記構成を有していない粒子を含んでいてもよいが、95質量%以上の粒子が上記構成を有しているのが好ましい。
【0086】
また、実施形態に係る軟磁性粉末は、他の軟磁性粉末や非軟磁性粉末と混合され、混合粉末として圧粉磁心の製造等に用いられてもよい。
【0087】
1.6.各種特性
実施形態に係る軟磁性粉末は、粒子のビッカース硬度が好ましくは1000以上3000以下とされ、より好ましくは1200以上2500以下とされる。このような硬度の粒子を含む軟磁性粉末は、圧縮成形されて圧粉磁心になるとき、粒子同士の接触点における変形が最小限に抑えられる。このため、接触面積が小さく抑えられることとなり、圧粉磁心における粒子間の絶縁性を高めることができる。
【0088】
なお、ビッカース硬度が前記下限値を下回ると、軟磁性粉末の平均粒径によっては、軟磁性粉末が圧縮成形されたとき、粒子同士の接触点において粒子が潰れ易くなるおそれがある。これにより、接触面積が大きくなり、圧粉磁心における粒子間の絶縁性が低下するおそれがある。一方、ビッカース硬度が前記上限値を上回ると、軟磁性粉末の平均粒径によっては、圧粉成形性が低下し、圧粉磁心になったときの密度が低下するため、圧粉磁心の飽和磁束密度が低下するおそれがある。
【0089】
軟磁性粉末の粒子のビッカース硬度は、粒子の断面の中心部において、マイクロビッカース硬さ試験機により測定される。なお、粒子の断面の中心部とは、粒子を切断したとき、その切断面上の長軸の中点にあたる部位とする。また、試験時の圧子の押し込み荷重は、1.96Nとする。
【0090】
実施形態に係る軟磁性粉末の平均粒径D50は、特に限定されないが、1.0μm以上50μm以下であるのが好ましく、10μm以上45μm以下であるのがより好ましく、20μm以上40μm以下であるのがさらに好ましい。このような平均粒径の軟磁性粉末を用いることにより、渦電流が流れる経路を短くすることができるので、軟磁性粉末の粒子内において発生する渦電流損失を十分に抑制可能な圧粉磁心を製造することができる。
【0091】
また、軟磁性粉末の平均粒径が10μm以上である場合、それにより平均粒径が小さい軟磁性粉末と混合することにより、高い圧粉成形密度を実現可能な混合粉末を作製することができる。この混合粉末も、本発明に係る軟磁性粉末の一実施形態である。このような混合粉末によれば、圧粉磁心の充填密度を高め、圧粉磁心の磁束密度や透磁率を高めることができる。
【0092】
軟磁性粉末の平均粒径D50は、レーザー回折法により取得された質量基準の粒度分布において、小径側から累積50%となるときの粒径として求められる。
【0093】
軟磁性粉末の平均粒径が前記下限値を下回ると、軟磁性粉末が細かくなり過ぎるため、軟磁性粉末の充填性が低下し易くなるおそれがある。これにより、圧粉体の一例である圧粉磁心の成形密度が低下するため、軟磁性粉末の材料組成や機械的特性によっては、圧粉磁心の磁束密度や透磁率が低下するおそれがある。一方、軟磁性粉末の平均粒径が前記上限値を上回ると、軟磁性粉末の材料組成や機械的特性によっては、粒子内において発生する渦電流損失を十分に抑制することができず、圧粉磁心の鉄損が増加するおそれがある。
【0094】
実施形態に係る軟磁性粉末について、レーザー回折法により取得された質量基準の粒度分布において、小径側から累積10%となるときの粒径をD10とし、小径側から累積90%となるときの粒径をD90としたとき、(D90-D10)/D50は1.0以上2.5以下程度であるのが好ましく、1.2以上2.3以下程度であるのがより好ましい。(D90-D10)/D50は粒度分布の広がりの程度を示す指標であるが、この指標が前記範囲内であることにより、軟磁性粉末の充填性が良好になる。このため、透磁率、磁束密度のような磁気特性が特に高い圧粉体が得られる。
【0095】
実施形態に係る軟磁性粉末の保磁力は、特に限定されないが、2.0[Oe]未満(160[A/m]未満)であるのが好ましく、0.1[Oe]以上1.5[Oe]以下(39.9[A/m]以上120[A/m]以下)であるのがより好ましい。このように保磁力が小さい軟磁性粉末を用いることにより、高周波下であってもヒステリシス損失を十分に抑制可能な圧粉磁心を製造することができる。
【0096】
軟磁性粉末の保磁力は、例えば、株式会社玉川製作所製、TM-VSM1230-MHHLのような振動試料型磁力計により測定することができる。
【0097】
実施形態に係る軟磁性粉末は、圧粉体としたときの透磁率が測定周波数100MHzにおいて15以上であるのが好ましく、18以上50以下であるのがより好ましい。このような軟磁性粉末は、飽和磁束密度等の磁気特性に優れた圧粉磁心の実現に寄与する。
【0098】
圧粉体の透磁率とは、例えば、圧粉体をトロイダル形状とし、閉磁路磁心コイルの自己インダクタンスから求められる比透磁率、すなわち実効透磁率のことである。透磁率の測定には、例えば、アジレント・テクノロジー株式会社製 4194Aのようなインピーダンスアナライザーを用い、測定周波数は100MHzとする。また、巻線の巻き数は7回、巻線の線径は0.6mmとする。
【0099】
実施形態に係る軟磁性粉末の飽和磁束密度は、1.00[T]以上であるのが好ましく、1.10[T]以上であるのがより好ましい。
【0100】
軟磁性粉末の飽和磁束密度は、例えば、以下の方法により測定される。
まず、全自動ガス置換式密度計、マイクロメリティックス社製、AccuPyc1330により、軟磁性粉末の真比重ρを測定する。次に、振動試料型磁力計、株式会社玉川製作所製VSMシステム、TM-VSM1230-MHHLにより、軟磁性粉末の最大磁化Mmを測定する。そして、以下の式により、飽和磁束密度Bsを算出する。
Bs=4π/10000×ρ×Mm
【0101】
実施形態に係る軟磁性粉末は、内径8mm、質量0.7gの円柱状の圧粉体とされ、この圧粉体が20kgfの荷重で軸方向に圧縮されたとき、圧粉体の軸方向における抵抗値が、0.3kΩ以上であるのが好ましく、1.0kΩ以上であるのがより好ましい。このような抵抗値を持つ圧粉体を実現可能な軟磁性粉末は、粒子間の絶縁性が十分に確保されている。このため、このような軟磁性粉末は、渦電流損失を抑制可能な磁性素子の実現に寄与する。
【0102】
なお、抵抗値の上限値は、特に限定されないが、バラつきの抑制等を考慮した場合、30.0kΩ以下であるのが好ましく、9.0kΩ以下であるのがより好ましい。
【0103】
2.軟磁性粉末の製造方法
次に、実施形態に係る軟磁性粉末を製造する方法について説明する。
【0104】
軟磁性粉末は、いかなる製造方法で製造されたものであってもよく、例えば、水アトマイズ法、ガスアトマイズ法、回転水流アトマイズ法のようなアトマイズ法、還元法、カルボニル法、粉砕法等の各種粉末化法により製造される。
【0105】
アトマイズ法には、冷却媒の種類や装置構成の違いによって、水アトマイズ法、ガスアトマイズ法、回転水流アトマイズ法等がある。このうち、軟磁性粉末は、アトマイズ法により製造されたものであるのが好ましく、水アトマイズ法または回転水流アトマイズ法により製造されたものであるのがより好ましく、回転水流アトマイズ法により製造されたものであるのがさらに好ましい。アトマイズ法は、溶融金属を、高速で噴射された液体または気体のような流体に衝突させることにより、微粉化するとともに冷却して、粉末を製造する方法である。このようなアトマイズ法を用いることにより、大きな冷却速度を得ることができるので、非晶質化を促進することができる。その結果、熱処理によって、より均一な粒径の結晶粒を形成することができる。
【0106】
なお、本明細書における「水アトマイズ法」とは、冷却液として水または油のような液体を使用し、これを一点に集束する逆円錐状に噴射した状態で、この集束点に向けて溶融金属を流下させ、衝突させることにより、溶融金属を微粉化して金属粉末を製造する方法のことを指す。
【0107】
また、回転水流アトマイズ法によれば、溶湯を極めて高速で冷却することができるので、溶融金属における無秩序な原子配置が高度に維持された状態で固化に至らせることができる。このため、その後に結晶化処理を施すことにより、均一な粒径の結晶粒を有する軟磁性粉末を効率よく製造することができる。
【0108】
以下、回転水流アトマイズ法による軟磁性粉末の製造方法についてさらに説明する。
回転水流アトマイズ法では、冷却用筒体の内周面に沿って冷却液を噴出供給し、冷却用筒体の内周面に沿って旋回させることにより、内周面に冷却液層を形成する。一方、軟磁性粉末の原材料を溶融させ、得られた溶融金属を自然落下させつつ、これに液体または気体のジェットを吹き付ける。これにより溶融金属が飛散し、飛散した溶融金属は冷却液層に取り込まれる。その結果、飛散して微粉化した溶融金属が急速冷却されて固化し、軟磁性粉末が得られる。
【0109】
図2は、回転水流アトマイズ法により軟磁性粉末を製造する装置の一例を示す縦断面図である。
【0110】
図2に示す粉末製造装置30は、冷却用筒体1と、坩堝15と、ポンプ7と、ジェットノズル24と、を備えている。冷却用筒体1は、内周面に冷却液層9を形成するための筒体である。坩堝15は、冷却液層9の内側の空間部23に溶融金属25を流下供給するための供給容器である。ポンプ7は、冷却用筒体1に冷却液を供給する。ジェットノズル24は、流下した細流状の溶融金属25を液滴に分断するガスジェット26を噴出する。溶融金属25は、軟磁性粉末の組成に応じて調製されている。
【0111】
冷却用筒体1は円筒状をなし、筒体軸線が鉛直方向に沿うように、または鉛直方向に対して30°以下の角度で傾くように設置される。
【0112】
冷却用筒体1の上端開口は蓋体2により閉塞している。蓋体2には、流下する溶融金属25を冷却用筒体1の空間部23に供給するための開口部3が形成されている。
【0113】
冷却用筒体1の上部には、冷却用筒体1の内周面に冷却液を噴出させる冷却液噴出管4が設けられている。冷却液噴出管4の吐出口5は、冷却用筒体1の周方向に沿って等間隔に複数個設けられている。
【0114】
冷却液噴出管4は、ポンプ7が接続された配管を介してタンク8に接続されており、ポンプ7で吸い上げられたタンク8内の冷却液が冷却液噴出管4を介して冷却用筒体1内に噴出供給される。これにより、冷却液が冷却用筒体1の内周面に沿って回転しながら徐々に流下し、それに伴って内周面に沿う冷却液層9が形成される。なお、タンク8内や循環流路の途中には、必要に応じて冷却器を介在させるようにしてもよい。冷却液としては水の他、シリコーンオイルのような油が用いられ、さらに各種添加物が添加されていてもよい。また、冷却液中の溶存酸素をあらかじめ除去しておくことにより、製造される粉末の冷却に伴う酸化を抑えることができる。
【0115】
また、冷却用筒体1の内周面下部には、冷却液層9の層厚を調整する層厚調整用リング16が着脱自在に設けられている。この層厚調整用リング16を設けることにより、冷却液の流下速度が抑えられ、冷却液層9の層厚を確保するとともに、層厚の均一化を図ることができる。
【0116】
さらに、冷却用筒体1の下部には、円筒状の液切り用網体17が連設されており、この液切り用網体17の下側には漏斗状の粉末回収容器18が設けられている。液切り用網体17の周囲には液切り用網体17を覆うように冷却液回収カバー13が設けられ、この冷却液回収カバー13の底部に形成された排液口14は、配管を介してタンク8に接続されている。
【0117】
ジェットノズル24は、空間部23に設けられている。ジェットノズル24は、蓋体2の開口部3を介して挿入されたガス供給管27の先端に取り付けられ、その噴出口が、細流状の溶融金属25を指向するように配置されている。
【0118】
このような粉末製造装置30において軟磁性粉末を製造するには、まず、ポンプ7を作動させ、冷却用筒体1の内周面に冷却液層9を形成する。次に、坩堝15内の溶融金属25を空間部23に流下させる。流下する溶融金属25にガスジェット26を吹き付けると、溶融金属25が飛散し、微粉化された溶融金属25が冷却液層9に巻き込まれる。その結果、微粉化された溶融金属25が冷却固化し、軟磁性粉末が得られる。
【0119】
回転水流アトマイズ法では、冷却液を連続供給することにより、極めて大きい冷却速度を安定的に維持することができるため、製造される軟磁性粉末の熱処理前の非晶質状態が安定する。その結果、その後に熱処理を施すことにより、均一な粒径の結晶粒を有する軟磁性粉末を効率よく製造することができる。
【0120】
また、ガスジェット26によって一定の大きさに微細化された溶融金属25は、冷却液層9に巻き込まれるまで惰性落下するので、その際に液滴の球形化が図られる。その結果、軟磁性粉末を製造することができる。
【0121】
例えば、坩堝15から流下させる溶融金属25の流下量については、装置サイズにもよって異なり、特に限定されないが、1分あたり1kg以下に抑えることが好ましい。これにより、溶融金属25が飛散するとき、適度な大きさの液滴として飛散するため、上述したような平均粒径の軟磁性粉末が得られる。また、一定時間に供給される溶融金属25の量がある程度抑えられることにより、冷却速度も十分に得られる。なお、例えば、溶融金属25の流下量を前記範囲内で少なくすることにより、平均粒径を小さくするといった調整を行うことができる。
【0122】
一方、坩堝15から流下させる溶融金属25の細流の外径、すなわち坩堝15の流下口の内径は、特に限定されないが、1mm以下であるのが好ましい。これにより、溶融金属25の細流にガスジェット26を均一に当て易くなるので、適度な大きさの液滴が均一に飛散し易くなる。その結果、上述したような平均粒径の軟磁性粉末が得られる。そして、やはり一定時間に供給される溶融金属25の量が抑えられることになるので、冷却速度も十分に得られる。
【0123】
また、ガスジェット26の流速については、特に限定されないが、100m/s以上1000m/s以下に設定されるのが好ましい。これにより、やはり溶融金属25を適度な大きさの液滴として飛散させることができるので、上述したような平均粒径の軟磁性粉末が得られる。また、ガスジェット26に十分な速度があるので、飛散した液滴にも十分な速度が与えられることとなり、液滴がより微細になるとともに、冷却液層9に巻き込まれるまでの時間短縮が図られる。その結果、液滴は短時間で球形化することができ、かつ、短時間で冷却される。なお、例えば、ガスジェット26の流速を前記範囲内で大きくすることにより、平均粒径を小さくするといった調整を行うことができる。
【0124】
また、この他の条件としては、例えば、冷却用筒体1に供給する冷却液の噴出時の圧力を50MPa以上200MPa以下程度、液温を-10℃以上40℃以下程度に設定するのが好ましい。これにより、冷却液層9の流速の最適化が図られ、微粉化された溶融金属25を適度にかつムラなく冷却することができる。
【0125】
また、溶融金属25の温度は、製造しようとする軟磁性粉末の融点Tmに対し、Tm+20℃以上Tm+200℃以下程度に設定されるのが好ましく、Tm+50℃以上Tm+150℃以下程度に設定されるのがより好ましい。これにより、溶融金属25をガスジェット26で微粉化する際、粒子間で特性のバラツキが特に小さく抑えられるとともに、製造される軟磁性粉末の熱処理前の非晶質化をより確実に図ることができる。
なお、ガスジェット26は、必要に応じて液体ジェットで代替することもできる。
【0126】
また、アトマイズ法において溶融金属25を冷却する際の冷却速度は、1×10℃/s以上であるのが好ましく、1×10℃/s以上であるのがより好ましく、1×10℃/s以上であるのがさらに好ましい。このような急速な冷却により、特に安定した非晶質化を図ることができ、最終的に均一な粒径の結晶粒を有する軟磁性粉末が得られる。また、軟磁性粉末の粒子間における組成比のバラツキを抑えることができる。また、冷却速度を高めることにより、前述したFe濃度をO濃度より高めることができる。
【0127】
上記のようにして製造された軟磁性粉末に対し、結晶化処理を施す。これにより、非晶質組織の少なくとも一部が結晶化して結晶粒が形成される。
【0128】
結晶化処理は、非晶質組織を含む軟磁性粉末に熱処理を施すことにより行うことができる。熱処理の温度は、特に限定されないが、520℃以上640℃以下であるのが好ましく、530℃以上630℃以下であるのがより好ましく、540℃以上620℃以下であるのがさらに好ましい。また、熱処理の時間は、前記温度で維持する時間を1分以上180分以下とするのが好ましく、3分以上120分以下とするのがより好ましく、5分以上60分以下とするのがさらに好ましい。熱処理の温度および時間をそれぞれ前記範囲内に設定することにより、より均一な粒径の結晶粒を生成することができる。
【0129】
なお、熱処理の温度または時間が前記下限値を下回ると、軟磁性粉末が有する組成等によっては、結晶化が不十分になるとともに粒径の均一性が劣るおそれがある。一方、熱処理の温度または時間が前記上限値を上回ると、軟磁性粉末が有する組成等によっては、結晶化が進み過ぎるとともに粒径の均一性が劣るおそれがある。
【0130】
結晶化処理における昇温速度および降温速度は、熱処理によって生成する結晶粒の粒径および粒径の均一性、ならびに、Cu偏析部の分布や粒径およびCu濃度に影響を及ぼす。
【0131】
昇温速度は、10℃/分以上35℃/分以下であるのが好ましく、10℃/分以上30℃/分以下であるのがより好ましく、15℃/分以上25℃/分以下であるのがさらに好ましい。昇温速度を前記範囲内に設定することにより、結晶粒の粒径やCu偏析部の分布や粒径、Cu濃度を前記範囲内に収めることができる。なお、昇温速度が前記下限値を下回ると、その分、高温に曝される時間が長くなるため、結晶粒の粒径が大きくなりすぎるおそれがある。昇温速度が前記上限値を上回ると、結晶粒の粒径が小さくなりすぎたり、Cu偏析部の分布が浅くなりすぎたり、Cu偏析部の粒径が小さくなりすぎたり、Cu濃度が低くなりすぎたりするおそれがある。
【0132】
降温速度は、40℃/分以上80℃/分以下であるのが好ましく、50℃/分以上70℃/分以下であるのがより好ましく、55℃/分以上65℃/分以下であるのがさらに好ましい。降温速度を前記範囲内に設定することにより、結晶粒の粒径やCu偏析部の分布や粒径、Cu濃度を前記範囲内に収めることができる。なお、降温速度が前記下限値を下回ると、その分、高温に曝される時間が長くなるため、結晶粒の粒径が大きくなりすぎるおそれがある。降温速度が前記上限値を上回ると、結晶粒の粒径が小さくなりすぎたり、Cu偏析部の分布が浅くなりすぎたり、Cu偏析部の粒径が小さくなりすぎたり、Cu濃度が低くなりすぎたりするおそれがある。
【0133】
結晶化処理の雰囲気は、特に限定されないが、窒素、アルゴンのような不活性ガス雰囲気、水素、アンモニア分解ガスのような還元性ガス雰囲気、またはこれらの減圧雰囲気であるのが好ましい。これにより、金属の酸化を抑制しつつ、結晶化させることができ、磁気特性に優れた軟磁性粉末が得られる。
以上のようにして本実施形態に係る軟磁性粉末を製造することができる。
【0134】
なお、このようにして得られた軟磁性粉末に対し、必要に応じて分級を行ってもよい。分級の方法としては、例えば、ふるい分け分級、慣性分級、遠心分級、風力分級のような乾式分級、沈降分級のような湿式分級等が挙げられる。
【0135】
また、必要に応じて、得られた軟磁性粉末の各粒子表面に絶縁膜を成膜するようにしてもよい。この絶縁膜の構成材料としては、例えば、リン酸マグネシウム、リン酸カルシウム、リン酸亜鉛、リン酸マンガン、リン酸カドミウムのようなリン酸塩、ケイ酸ナトリウムのようなケイ酸塩等の無機材料等が挙げられる。また、後述する結合材の構成材料として列挙した有機材料から適宜選択されたものであってもよい。
【0136】
3.圧粉磁心および磁性素子
次に、実施形態に係る圧粉磁心および磁性素子について説明する。
【0137】
実施形態に係る磁性素子は、例えば、チョークコイル、インダクター、ノイズフィルター、リアクトル、トランス、モーター、アクチュエーター、電磁弁、発電機等のような、磁心を備えた各種磁性素子に適用可能である。また、実施形態に係る圧粉磁心は、これらの磁性素子が備える磁心に適用可能である。
【0138】
以下、磁性素子の一例として、2種類のコイル部品を代表に説明する。
3.1.トロイダルタイプ
まず、実施形態に係る磁性素子の一例であるトロイダルタイプのコイル部品について説明する。
図3は、トロイダルタイプのコイル部品を模式的に示す平面図である。
【0139】
図3に示すコイル部品10は、リング状の圧粉磁心11と、この圧粉磁心11に巻き回された導線12と、を有する。このようなコイル部品10は、一般に、トロイダルコイルと称される。
【0140】
圧粉磁心11は、実施形態に係る軟磁性粉末と結合材とを混合し、得られた混合物を成形型に供給するとともに、加圧・成形して得られたものである。すなわち、圧粉磁心11は、実施形態に係る軟磁性粉末を含む圧粉体である。このような圧粉磁心11は、飽和磁束密度が高く、かつ、鉄損が小さいものとなる。その結果、圧粉磁心11を電子機器等に搭載したとき、電子機器等の消費電力を低減したり高性能化を図ったりすることができ、電子機器等の信頼性向上に貢献することができる。
なお、結合材は、必要に応じて添加されればよく、省略されてもよい。
【0141】
また、このような圧粉磁心11を備えるコイル部品10は、低鉄損化および高性能化が図られたものとなる。
【0142】
圧粉磁心11の作製に用いられる結合材の構成材料としては、例えば、シリコーン系樹脂、エポキシ系樹脂、フェノール系樹脂、ポリアミド系樹脂、ポリイミド系樹脂、ポリフェニレンサルファイド系樹脂等の有機材料、リン酸マグネシウム、リン酸カルシウム、リン酸亜鉛、リン酸マンガン、リン酸カドミウムのようなリン酸塩、ケイ酸ナトリウムのようなケイ酸塩等の無機材料等が挙げられるが、特に、熱硬化性ポリイミドまたはエポキシ系樹脂が好ましい。これらの樹脂材料は、加熱されることによって容易に硬化するとともに、耐熱性に優れたものである。したがって、圧粉磁心11の製造容易性および耐熱性を高めることができる。
【0143】
また、軟磁性粉末に対する結合材の割合は、作製する圧粉磁心11の目的とする磁束密度や機械的特性、許容される渦電流損失等に応じて若干異なるが、0.5質量%以上5質量%以下程度であるのが好ましく、1質量%以上3質量%以下程度であるのがより好ましい。これにより、軟磁性粉末の各粒子同士を十分に結着させつつ、磁束密度や透磁率といった磁気特性に優れた圧粉磁心11を得ることができる。
混合物中には、必要に応じて、任意の目的で各種添加剤を添加するようにしてもよい。
【0144】
導線12の構成材料としては、導電性の高い材料が挙げられ、例えば、Cu、Al、Ag、Au、Ni等を含む金属材料が挙げられる。また、導線12の表面には、必要に応じて絶縁膜が設けられる。
【0145】
なお、圧粉磁心11の形状は、図3に示すリング状に限定されず、例えばリングの一部が欠損した形状であってもよく、長手方向の形状が直線状である形状であってもよい。
【0146】
また、圧粉磁心11は、必要に応じて、前述した実施形態に係る軟磁性粉末以外の軟磁性粉末や非磁性粉末を含んでいてもよい。
【0147】
3.2.閉磁路タイプ
次に、実施形態に係る磁性素子の一例である閉磁路タイプのコイル部品について説明する。
図4は、閉磁路タイプのコイル部品を模式的に示す透過斜視図である。
【0148】
以下、閉磁路タイプのコイル部品について説明するが、以下の説明では、トロイダルタイプのコイル部品との相違点を中心に説明し、同様の事項については、その説明を省略する。
【0149】
本実施形態に係るコイル部品20は、図4に示すように、コイル状に成形された導線22を、圧粉磁心21の内部に埋設してなるものである。すなわち、コイル部品20は、導線22を圧粉磁心21でモールドしてなる。この圧粉磁心21は、前述した圧粉磁心11と同様の構成を有する。
【0150】
このような形態のコイル部品20は、比較的小型のものが容易に得られる。そして、このような小型のコイル部品20を製造するにあたって、磁束密度および透磁率が大きく、かつ、損失の小さい圧粉磁心21を用いることにより、小型であるにもかかわらず、大電流に対応可能な低損失・低発熱のコイル部品20が得られる。
【0151】
また、導線22が圧粉磁心21の内部に埋設されているため、導線22と圧粉磁心21との間に隙間が生じ難い。このため、圧粉磁心21の磁歪による振動を抑制し、この振動に伴う騒音の発生を抑制することもできる。
【0152】
以上のような本実施形態にかかるコイル部品20を製造する場合、まず、成形型のキャビティー内に導線22を配置するとともに、キャビティー内を実施形態に係る軟磁性粉末を含む造粒粉末で充填する。すなわち、導線22を包含するように、造粒粉末を充填する。
【0153】
次に、導線22とともに、造粒粉末を加圧して成形体を得る。
次いで、前記実施形態と同様に、この成形体に熱処理を施す。これにより、結合材を硬化させ、圧粉磁心21およびコイル部品20が得られる。
【0154】
なお、圧粉磁心21は、必要に応じて、前述した実施形態に係る軟磁性粉末以外の軟磁性粉末や非磁性粉末を含んでいてもよい。
【0155】
4.電子機器
次いで、実施形態に係る磁性素子を備える電子機器について、図5図7に基づいて説明する。
【0156】
図5は、実施形態に係る磁性素子を備える電子機器であるモバイル型のパーソナルコンピューターを示す斜視図である。図5に示すパーソナルコンピューター1100は、キーボード1102を備えた本体部1104と、表示部100を備えた表示ユニット1106と、を備える。表示ユニット1106は、本体部1104に対しヒンジ構造部を介して回動可能に支持されている。このようなパーソナルコンピューター1100には、例えばスイッチング電源用のチョークコイルやインダクター、モーター等の磁性素子1000が内蔵されている。
【0157】
図6は、実施形態に係る磁性素子を備える電子機器であるスマートフォンを示す平面図である。図6に示すスマートフォン1200は、複数の操作ボタン1202、受話口1204および送話口1206を備える。また、操作ボタン1202と受話口1204との間には、表示部100が配置されている。このようなスマートフォン1200には、例えばインダクター、ノイズフィルター、モーター等の磁性素子1000が内蔵されている。
【0158】
図7は、実施形態に係る磁性素子を備える電子機器であるディジタルスチルカメラを示す斜視図である。なお、図7には、外部機器との接続についても簡易的に示されている。ディジタルスチルカメラ1300は、被写体の光像をCCD(Charge Coupled Device)等の撮像素子により光電変換して撮像信号を生成する。
【0159】
図7に示すディジタルスチルカメラ1300は、ケース1302の背面に設けられた表示部100を備える。表示部100は、被写体を電子画像として表示するファインダーとして機能する。また、ケース1302の正面側、すなわち図中裏面側には、光学レンズやCCDなどを含む受光ユニット1304が設けられている。
【0160】
撮影者が表示部100に表示された被写体像を確認し、シャッターボタン1306を押下すると、その時点におけるCCDの撮像信号が、メモリー1308に転送・格納される。このようなディジタルスチルカメラ1300にも、例えばインダクター、ノイズフィルター等の磁性素子1000が内蔵されている。
【0161】
実施形態に係る電子機器としては、図5のパーソナルコンピューター、図6のスマートフォン、図7のディジタルスチルカメラの他に、例えば、携帯電話、タブレット端末、時計、インクジェットプリンターのようなインクジェット式吐出装置、ラップトップ型パーソナルコンピューター、テレビ、ビデオカメラ、ビデオテープレコーダー、カーナビゲーション装置、ページャー、電子手帳、電子辞書、電卓、電子ゲーム機器、ワードプロセッサー、ワークステーション、テレビ電話、防犯用テレビモニター、電子双眼鏡、POS端末、電子体温計、血圧計、血糖計、心電図計測装置、超音波診断装置、電子内視鏡のような医療機器、魚群探知機、各種測定機器、車両、航空機、船舶の計器類、自動車制御機器、航空機制御機器、鉄道車両制御機器、船舶制御機器のような移動体制御機器類、フライトシミュレーター等が挙げられる。
【0162】
このような電子機器は、前述したように、実施形態に係る磁性素子を備えている。これにより、低保磁力および高飽和磁束密度という磁性素子の効果を享受し、電子機器の小型化および高出力化を図ることができる。
【0163】
以上、本発明の軟磁性粉末、圧粉磁心、磁性素子および電子機器について、好適な実施形態に基づいて説明したが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0164】
例えば、前記実施形態では、本発明の軟磁性粉末の用途例として圧粉磁心等の圧粉体を挙げて説明したが、用途例はこれに限定されず、例えば磁性流体、磁気ヘッド等の磁性デバイスであってもよい。
【0165】
また、圧粉磁心や磁性素子の形状も、図示したものに限定されず、いかなる形状であってもよい。
【実施例
【0166】
次に、本発明の具体的実施例について説明する。
5.圧粉磁心の製造
5.1.サンプルNo.1
まず、原材料を高周波誘導炉で溶融するとともに、回転水流アトマイズ法により粉末化して軟磁性粉末を得た。この際、坩堝から流下させる溶融金属の流下量を0.5kg/分、坩堝の流下口の内径を1mm、ガスジェットの流速を900m/sとした。次いで、風力分級機により分級を行った。得られた軟磁性粉末が有する組成を表1に示す。なお、組成の特定には、SPECTRO社製固体発光分光分析装置、モデル:SPECTROLAB、タイプ:LAVMB08Aを用いた。その結果、不純物の含有率の合計は0.50原子%以下であった。
【0167】
次に、得られた軟磁性粉末について、粒度分布測定を行った。なお、この測定は、レーザー回折方式の粒度分布測定装置である、日機装株式会社製マイクロトラック、HRA9320-X100により行った。そして、粒度分布から軟磁性粉末の平均粒径D50を求めたところ、20μmであった。また、得られた軟磁性粉末について、X線回折装置により、熱処理前の組織が非晶質であるか否かを評価した。
【0168】
次に、得られた軟磁性粉末を、窒素雰囲気において加熱した。加熱条件は、表1に示す通りである。
【0169】
次に、得られた軟磁性粉末と、結合材であるエポキシ樹脂を混合して、混合物を得た。なお、エポキシ樹脂の添加量は、軟磁性粉末100質量部に対して2質量部とした。
【0170】
次に、得られた混合物を撹拌したのち、短時間乾燥させ、塊状の乾燥体を得た。次いで、この乾燥体を、目開き400μmのふるいにかけ、乾燥体を粉砕して、造粒粉末を得た。得られた造粒粉末を50℃で1時間乾燥させた。
【0171】
次に、得られた造粒粉末を、成形型に充填し、下記の成形条件に基づいて成形体を得た。
【0172】
<成形条件>
・成形方法 :プレス成形
・成形体の形状:リング状
・成形体の寸法:外径14mm、内径8mm、厚さ3mm
・成形圧力 :3t/cm(294MPa)
【0173】
次に、成形体を、大気雰囲気中において、温度150℃で0.5時間加熱して、結合材を硬化させた。これにより、圧粉磁心を得た。
【0174】
5.2.サンプルNo.2~21
軟磁性粉末の製造条件および圧粉磁心の製造条件を表1に示すように変更した以外は、サンプルNo.1と同様にして圧粉磁心を得た。なお、各サンプルの平均粒径D50は、10μm以上30μm以下の範囲内に収まっていた。
【0175】
【表1】
【0176】
なお、表1においては、各サンプルNo.の軟磁性粉末のうち、本発明に相当するものについては「実施例」、本発明に相当しないものについては「比較例」と示した。
【0177】
また、各サンプルNo.の軟磁性粉末の合金組成におけるxおよびyが、領域Cの内側に位置している場合、領域の欄に「C」と記載し、領域Cの外側で領域Bの内側に位置している場合、領域の欄に「B」と記載し、領域Bの外側で領域Aの内側に位置している場合、領域の欄に「A」と記載した。また、領域Aの外側に位置している場合、領域の欄を「-」とした。
【0178】
6.軟磁性粉末および圧粉磁心の評価
6.1.軟磁性粉末の粒子構造についての評価
各実施例および各比較例で得られた軟磁性粉末を、集束イオンビーム装置により、薄片に加工し、試験片を得た。
【0179】
次に、得られた試験片を、走査透過電子顕微鏡を用いて観察するとともに、元素分析を行って面分析像を得た。
【0180】
次に、観察像から結晶粒の粒径を測定し、1.0nm以上30.0nm以下という特定の範囲に含まれる結晶粒の面積率を求めるとともに、これを所定粒径の結晶粒の体積比率とみなした。測定結果を表2に示す。
【0181】
また、面分析像を解析することにより、Cu偏析部、Si偏析部、Fe濃度分布およびO濃度分布について、表2に示す各種指標を得た。
【0182】
具体的には、Cu偏析部のうち、Cu濃度が最も高いものを特定し、そのCu偏析部の粒子の表面からの深さ、および、Cu濃度の最大値を測定した。また、Cu偏析部の粒径を測定し、平均粒径を算出した。
【0183】
また、粒子の表面から12nmの位置におけるFe濃度とO濃度とを比較し、Fe濃度の方が高ければ「Fe>O」、O濃度の方が高ければ「O>Fe」を表2に記載した。さらに、Si偏析部の有無を評価した。
【0184】
6.2.軟磁性粉末の圧粉体の抵抗値
各実施例および各比較例で得られた軟磁性粉末の圧粉体について、以下に示す方法で電気抵抗値を測定した。
【0185】
まず、内径8mmの円柱状のキャビティーを持つ成形型のキャビティー内の下端に、下パンチ電極をセットした。次に、キャビティー内に軟磁性粉末を0.7g充填した。次に、キャビティー内の上端に、上パンチ電極をセットした。そして、成形型、下パンチ電極および上パンチ電極を、荷重印加装置にセットした。次に、デジタルフォースゲージを用いて、下パンチ電極と上パンチ電極との距離が近づく方向に20kgfの荷重を加えた。そして、荷重を加えた状態で下パンチ電極と上パンチ電極との間の電気抵抗値を測定した。
そして、測定した抵抗値を、以下の評価基準に照らして評価した。
【0186】
A:抵抗値が5.0kΩ以上
B:抵抗値が3.0kΩ以上5.0kΩ未満
C:抵抗値が0.3kΩ以上3.0kΩ未満
D:抵抗値が0.3kΩ未満
評価結果を表2に示す。
【0187】
6.3.軟磁性粉末の保磁力の測定
各実施例および各比較例で得られた軟磁性粉末について、それぞれの保磁力を以下の測定装置を用いて測定した。
【0188】
・測定装置 :振動試料型磁力計、株式会社玉川製作所製VSMシステム、TM-VSM1230-MHHL
そして、測定した保磁力を、以下の評価基準に照らして評価した。
【0189】
A:保磁力が0.90Oe未満
B:保磁力が0.90Oe以上1.33Oe未満
C:保磁力が1.33Oe以上1.67Oe未満
D:保磁力が1.67Oe以上2.00Oe未満
E:保磁力が2.00Oe以上2.33Oe未満
F:保磁力が2.33Oe以上
評価結果を表2に示す。
【0190】
6.4.軟磁性粉末の飽和磁束密度の算出
各実施例および各比較例で得られた軟磁性粉末について、それぞれの飽和磁束密度を以下のようにして算出した。
【0191】
まず、全自動ガス置換式密度計、マイクロメリティックス社製、AccuPyc1330により、軟磁性粉末の真比重ρを測定した。
【0192】
次に、前述した振動試料型磁力計を用い、軟磁性粉末の最大磁化Mmを測定した。
次に、以下の式により飽和磁束密度Bsを求めた。
【0193】
Bs=4π/10000×ρ×Mm
算出結果を表2に示す。
【0194】
6.5.圧粉磁心の透磁率の測定
各実施例および各比較例で得られた圧粉磁心について、それぞれの透磁率を以下の測定条件に基づいて測定した。
【0195】
・測定装置 :インピーダンスアナライザー、アジレント・テクノロジー株式会社製 4194A
・測定周波数 :100MHz
・巻線の巻き数:7回
・巻線の線径 :0.6mm
測定結果を表2に示す。
【0196】
6.6.圧粉磁心の鉄損の測定
各実施例および各比較例で得られた圧粉磁心について、それぞれの鉄損を以下の測定条件に基づいて測定した。
【0197】
・測定装置 :BHアナライザー、岩崎通信機株式会社製 SY-8258
・測定周波数 :900kHz
・巻線の巻き数:1次側36回、2次側36回
・巻線の線径 :0.5mm
・最大磁束密度:50mT
測定結果を表2に示す。
【0198】
【表2】
【0199】
表2から明らかなように、各実施例で得られた軟磁性粉末では、低い保磁力と高い飽和磁束密度とが両立していた。また、各実施例で得られた軟磁性粉末を含む圧粉磁心では、透磁率が高く、鉄損が小さいという結果が得られた。これに対し、各比較例で得られた軟磁性粉末では、保磁力が高かったり、飽和磁束密度が低かったりする結果が得られた。
【符号の説明】
【0200】
1…冷却用筒体、2…蓋体、3…開口部、4…冷却液噴出管、5…吐出口、7…ポンプ、8…タンク、9…冷却液層、10…コイル部品、11…圧粉磁心、12…導線、13…冷却液回収カバー、14…排液口、15…坩堝、16…層厚調整用リング、17…液切り用網体、18…粉末回収容器、20…コイル部品、21…圧粉磁心、22…導線、23…空間部、24…ジェットノズル、25…溶融金属、26…ガスジェット、27…ガス供給管、30…粉末製造装置、100…表示部、1000…磁性素子、1100…パーソナルコンピューター、1102…キーボード、1104…本体部、1106…表示ユニット、1200…スマートフォン、1202…操作ボタン、1204…受話口、1206…送話口、1300…ディジタルスチルカメラ、1302…ケース、1304…受光ユニット、1306…シャッターボタン、1308…メモリー、A…領域A、B…領域B、C…領域C
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7