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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-21
(45)【発行日】2024-10-29
(54)【発明の名称】金属製品およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 28/04 20060101AFI20241022BHJP
   F02M 51/06 20060101ALI20241022BHJP
   F02M 61/16 20060101ALI20241022BHJP
【FI】
C23C28/04
F02M51/06 R
F02M51/06 S
F02M51/06 U
F02M61/16 F
F02M61/16 M
F02M61/16 P
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2021133633
(22)【出願日】2021-08-18
(65)【公開番号】P2023028129
(43)【公開日】2023-03-03
【審査請求日】2023-09-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(73)【特許権者】
【識別番号】520124752
【氏名又は名称】株式会社ミライズテクノロジーズ
(74)【代理人】
【識別番号】110001128
【氏名又は名称】弁理士法人ゆうあい特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山下 秀一
(72)【発明者】
【氏名】大西 真司
(72)【発明者】
【氏名】片山 雅之
(72)【発明者】
【氏名】山下 司
【審査官】永田 史泰
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-206741(JP,A)
【文献】特表平7-504943(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C24/00-30/00
C23C16/00-16/56
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属製品であって、
Si元素を成分として含む鉄鋼材で構成され、所定の形状とされた金属基材(20)と、
前記金属基材の表面を覆うコーティング膜(21)と、
前記金属基材と前記コーティング膜との間に、前記金属基材に接して配置され、Si元素およびO元素を成分として含み、前記コーティング膜の密着性を向上させるための密着層(22)と、
前記金属基材と前記コーティング膜との間に、前記コーティング膜に接して配置され、Fe元素の酸化物を含む酸化物層(23)と、を備え、
前記密着層のSi元素の含有率は、前記金属基材および前記酸化物層のSi元素の含有率よりも大きい、
金属製品。
【請求項2】
前記金属製品は、内燃機関の燃焼に用いられる燃料を噴射する燃料噴射弁(10)のうち燃料を噴射する噴孔(112)が形成された弁ボデー(11)である、請求項1に記載の金属製品。
【請求項3】
金属製品の製造方法であって、
Si元素を成分として含む鉄鋼材で構成され、所定の形状とされた金属基材(20)を用意する用意工程(S1)と、
前記用意工程の後に、前記金属基材の表面を覆うコーティング膜(21)を形成するコーティング膜形成工程(S4)と、
前記用意工程の後であって前記コーティング膜形成工程の前に、加熱された前記金属基材に対して、プラズマ化された還元ガスを供給する還元処理を行い、前記金属基材の表面に接するとともに、Si元素およびO元素を成分として含み、前記コーティング膜の密着性を向上させるための密着層(22)を形成する密着層形成工程(S2)と、
前記密着層形成工程の後であって前記コーティング膜形成工程の前に、酸化ガス雰囲気中で前記金属基材を加熱する酸化処理を行い、前記密着層の表面上に、Fe元素の酸化物を含む酸化物層(23)を形成する酸化物層形成工程(S3)と、を含む、金属製品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属製品およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、燃料を噴射する燃料噴射弁が開示されている。燃料噴射弁は、燃料を噴射する噴孔が形成された弁ボデーと、噴孔を開閉する弁体とを備える。弁ボデーは、金属基材等で構成される金属製品である。この弁ボデーは、金属基材と、金属基材の表面を覆うコーティング膜と、金属基材とコーティング膜との間に配置された混合層とを備える。金属基材は鉄鋼材であり、コーティング膜はアルミニウムの酸化物である。混合層は、金属基材の主成分と同じ金属元素であるFe元素、コーティング膜の主成分と同じ金属元素であるAl元素と、O元素とを含む。
【0003】
また、特許文献2には、圧縮機の回転圧縮要素を構成するブレード、シャフト等の金属製品が開示されている。この金属製品は、金属基材と、金属基材の表面を覆うコーティング膜と、金属基材とコーティング膜との間に配置された化合物層とを備える。コーティング層が酸化物で構成される場合、化合物層は、金属基材の主成分と同じ元素の酸化物で構成される。すなわち、金属基材の主成分がFe元素のとき、化合物層は、Fe元素と、O元素とを含む。また、コーティング層が窒化物で構成される場合、化合物層は、金属基材の主成分と同じ金属元素の窒化物で構成される。すなわち、金属基材の主成分がFe元素のとき、化合物層は、Fe元素と、N元素とを含む。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2019-206740号公報
【文献】特開昭62-103368号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
コーティング膜を備える金属製品においては、コーティング膜の密着性が高いこと、すなわち、コーティング膜の剥離が生じにくいことが望まれる。
【0006】
本発明は、上記した従来技術の金属製品と比較してコーティング膜の密着性を向上させることができる金属製品およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため、請求項1に記載の発明によれば、
金属製品は、
Si元素を成分として含む鉄鋼材で構成され、所定の形状とされた金属基材(20)と、
金属基材の表面を覆うコーティング膜(21)と、
金属基材とコーティング膜との間に、金属基材に接して配置され、Si元素およびO元素を成分として含み、コーティング膜の密着性を向上させるための密着層(22)と、
金属基材とコーティング膜との間に、コーティング膜に接して配置され、Fe元素の酸化物を含む酸化物層(23)と、を備え、
密着層のSi元素の含有率は、金属基材および酸化物層のSi元素の含有率よりも大きい。
【0008】
これによれば、Si元素およびO元素を成分として含む密着層を備えない従来技術の金属製品と比較して、コーティング膜の密着性を向上させることができる。
【0009】
また、請求項3に記載の発明によれば、
金属製品の製造方法は、
Si元素を成分として含む鉄鋼材で構成され、所定の形状とされた金属基材(20)を用意する用意工程(S1)と、
用意工程の後に、金属基材の表面を覆うコーティング膜(21)を形成するコーティング膜形成工程(S4)と、
用意工程の後であってコーティング膜形成工程の前に、加熱された金属基材に対して、プラズマ化された還元ガスを供給する還元処理を行い、金属基材の表面に接するとともに、Si元素およびO元素を成分として含み、コーティング膜の密着性を向上させるための密着層(22)を形成する密着層形成工程(S2)と、
密着層形成工程の後であってコーティング膜形成工程の前に、酸化ガス雰囲気中で金属基材を加熱する酸化処理を行い、密着層の表面上に、Fe元素の酸化物を含む酸化物層(23)を形成する酸化物層形成工程(S3)と、を含む。
【0010】
これによれば、金属基材とコーティング膜との間に、Si元素およびO元素を成分として含む密着層を備える金属製品が製造される。これにより、この密着層を備えない従来技術の金属製品と比較して、コーティング膜の密着性を向上させることができる。
【0011】
なお、各構成要素等に付された括弧付きの参照符号は、その構成要素等と後述する実施形態に記載の具体的な構成要素等との対応関係の一例を示すものである。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】実施形態における燃料噴射弁の断面図である。
図2図1中の弁ボデーの断面図である。
図3図2中のIII部の拡大図である。
図4】弁ボデーの製造方法を示すフローチャートである。
図5】比較例1の試験体の断面図である。
図6】比較例2の試験体の断面図である。
図7】密着性クラスと密着層のSi含有率との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
図1に示す本実施形態の燃料噴射弁10は、内燃機関の燃焼に用いられる燃料を噴孔から噴射するものである。内燃機関は、圧縮自着火式のディーゼルエンジンであり、走行駆動源として車両に搭載されている。図示しないが、燃料タンクに貯留された燃料(例えば軽油)は、高圧燃料ポンプによりコモンレールへ圧送された後、コモンレールから各々の燃料噴射弁10へ分配され、燃料噴射弁10から内燃機関の燃焼室へ噴射される。
【0014】
燃料噴射弁10は、弁ボデー11と、弁体12と、を備える。
【0015】
図1、2に示すように、弁ボデー11の内部には、コモンレールから分配された燃料が流れる燃料通路111が形成されている。弁ボデー11の先端側には、燃料を噴射する複数の噴孔112が形成されている。複数の噴孔112は、燃料通路111に連通している。
【0016】
図1に示すように、弁体12は、弁ボデー11の燃料通路111に収容される。弁体12は、複数の噴孔112を開閉する。
【0017】
燃料噴射弁10が内燃機関に組み付けられた状態において、弁ボデー11のうち噴孔112側の部分は、内燃機関の燃焼室の空間に晒される。内燃機関の停止後において、燃焼室に残存する排気が温度低下すると、排気に含まれている水成分が凝縮した凝縮水が、弁ボデー11に付着することがある。排気には、窒素や硫黄が含まれることから、弁ボデー11に付着する凝縮水にも、窒素や硫黄が含まれる。このため、凝縮水は、酸性の液体である。このように、弁ボデー11のうち噴孔112側の部分が酸性環境に晒される。このため、弁ボデー11のうち噴孔112側の部分に対して、酸性環境に対する耐腐食性(すなわち、耐食性)が要求される。
【0018】
本実施形態では、内燃機関は、内燃機関の排ガスの一部を還流ガスとして吸気に還流させることで、排ガス規制の対象となる窒素酸化物を低減させる機能を有する。近年では、排ガス規制の強化に伴い、還流ガスの量を増大させる傾向にある。還流ガスには硫黄や窒素が含まれているため、還流ガスの量を増大させると、弁ボデー11に付着する凝縮水に硫黄や窒素が多く溶け込むようになる。このため、凝縮水の酸性度が高く、弁ボデー11に対して、高い耐腐食性が要求される。
【0019】
そこで、本実施形態では、図3に示すように、弁ボデー11は、金属基材20と、コーティング膜21と、を備える構造とされている。
【0020】
金属基材20は、ケイ素(Si元素)を成分として含む鉄鋼材で構成される。ここで、鉄鋼材は、鉄(Fe元素)を主成分として含み、炭素(C元素)、ケイ素(Si元素)、マンガン(Mn元素)、リン(P元素)および硫黄(S元素)の5元素を他の成分として含む。鉄鋼材として、炭素鋼または合金鋼が用いられる。炭素鋼は、上記5元素以外の元素の含有率が一定値未満である。合金鋼は、上記5元素以外の元素の含有率が一定値以上である。合金鋼として、例えば、クロムモリブデン鋼(CrMo鋼)が挙げられる。金属基材20は、所定の形状として、図2に示す弁ボデー11の形状とされている。
【0021】
コーティング膜21は、金属基材20の表面上に形成されており、金属基材20の表面を覆う。コーティング膜21が形成されている領域は、弁ボデー11の全体であって、弁ボデー11の外面と内面との両方である。コーティング膜21は、酸性環境での金属基材20の腐食を抑制するための膜である。コーティング膜21は、金属基材20に比べて酸性環境で腐食しにくい材料で構成される。このような材料としては、Al、Ta、Ti、Nb、Hf等の金属元素の酸化物または窒化物が挙げられる。
【0022】
さらに、弁ボデー11は、密着層22と、酸化物層23と、を備える。
【0023】
密着層22は、コーティング膜21の密着性を向上させるための層である。密着層22は、金属基材20のコーティング膜21との間に、金属基材20に接して配置されている。密着層22は、Si元素およびO元素を成分として含む。密着層22は、金属基材20の主成分であるFe元素を含む。密着層22は、Fe元素の他に、金属基材20の成分と同じ金属元素を成分として含んでもよい。
【0024】
酸化物層23は、密着層22とともに、コーティング膜21の密着性を向上させるための層である。酸化物層23は、金属基材20のコーティング膜21との間に、コーティング膜21に接して配置されている。すなわち、酸化物層23は、密着層22とコーティング膜21との間に配置されている。酸化物層23は、金属基材20の主成分と同じ元素であるFe元素の酸化物を含む。
【0025】
なお、弁ボデー11は、酸化物層23を備えていなくてもよい。この場合、密着層22は、金属基材20のコーティング膜21との間に、金属基材20とコーティング膜21とのそれぞれに接して配置されている。
【0026】
次に、弁ボデー11の製造方法について説明する。図4に示すように、弁ボデー11の製造方法は、用意工程S1と、コーティング膜形成工程S4と、密着層形成工程S2と、酸化物層形成工程S3と、を含む。
【0027】
用意工程S1では、Si元素を成分として含む鉄鋼材で構成され、所定の形状とされた金属基材20が用意される。
【0028】
コーティング膜形成工程S4は、用意工程S1の後に行われる。コーティング膜形成工程S4では、金属基材20の表面を覆うコーティング膜21が形成される。コーティング膜21は、原子層堆積法(すなわち、ALD:Atomic layer Depositionの略)によって形成される。原子層堆積法は、コーティング膜21を形成する装置内で、加熱した物質の表面上に目的とする薄膜の成分を含む原料ガスを供給し、物質の表面あるいは気相での化学反応により膜を堆積する化学気相成長法の一種である。原子層堆積法では、原子層が一層ずつ断続的に形成される。
【0029】
密着層形成工程S2は、用意工程S1の後であってコーティング膜形成工程S4の前に行われる。密着層形成工程S2では、コーティング膜21を形成する装置内で、加熱された金属基材20に対して、プラズマ化された還元ガスを供給する還元処理が行われる。還元ガスとしては、水素(H)、アンモニア(NH)、シラン(SiH)、ヒドラジン(N)等のように、分子構造中に水素原子を含むガスが用いられる。2つの電極の間に還元ガスを流した状態で、それらの2つの電極に高周波高電圧を印加して、2つの電極の間に放電を生じさせることで、還元ガスがプラズマ化される。プラズマ化されるとは、還元ガスの分子が電離して正イオンと電子に分かれた状態になることである。プラズマ化されることで、プラズマ化されていない場合と比較して、還元ガスが活性される。このため、還元処理の時間は、特許文献1に記載の還元工程の処理時間よりも短くてよい。プラズマ化された還元ガスが金属基材20の表面に当たることで、金属基材20の表面に接するとともに、Si元素およびO元素を成分として含む密着層22が形成される。
【0030】
酸化物層形成工程S3は、密着層形成工程S2の後であってコーティング膜形成工程S4の前に行われる。酸化物層形成工程S3では、コーティング膜21を形成する装置内で、酸化ガス雰囲気中で金属基材20を加熱する酸化処理が行われる。酸化ガスとしては、酸素(O)、水(HO)等のように、分子構造中に酸素原子を含むガスが用いられる。酸化ガスは、プラズマ化されていても、プラズマ化されていなくてもよい。これにより、密着層22の表面上に、Fe元素の酸化物を含む酸化物層23が形成される。
【0031】
酸化物層形成工程S3の後に、コーティング膜形成工程S4が行われることで、酸化物層23の表面上に、コーティング膜21が形成される。なお、弁ボデー11が酸化物層23を備えていない場合では、酸化物層形成工程S3が行われない。密着層形成工程S2の後に、コーティング膜形成工程S4が行われることで、密着層22の表面上に、コーティング膜21が形成される。
【0032】
以上の説明の通り、本実施形態によれば、弁ボデー11は、金属基材20と、コーティング膜21と、を備える。これによれば、金属基材20がコーティング膜21に覆われることで、金属基材20の腐食が抑制される。
【0033】
さらに、金属基材20とコーティング膜21との間に、密着層22および酸化物層23が配置される。または、金属基材20とコーティング膜21との間に、密着層22と酸化物層23とのうち密着層22のみが配置される。これによれば、密着層22を備えない従来技術の弁ボデーと比較して、コーティング膜21の密着性を向上させることができる。
【0034】
本実施形態において、密着層22のSi元素の含有率は、金属基材20のSi元素の含有率よりも大きいことが好ましい。これによれば、密着層のSi元素の含有率が、金属基材のSi元素の含有率よりも小さい場合と比較して、コーティング膜の密着性が向上するからである。
【0035】
(他の実施形態)
(1)上記した実施形態では、コーティング膜21は、弁ボデー11の全体にわたって、弁ボデー11の外面と内面との両方に形成されている。しかしながら、コーティング膜21は、弁ボデー11の全体にわたって形成されていなくてもよい。コーティング膜21は、酸性環境に対する耐食性が要求される部位に少なくとも形成されていればよい。
【0036】
(2)上記した各実施形態では、本発明が適用される弁ボデー11を備える燃料噴射弁10は、排ガスの一部を吸気へ還流させる機能を有する内燃機関に搭載されるものである。しかしながら、燃料噴射弁10は、上記還流機能を有していない内燃機関に搭載されるものであってもよい。
【0037】
(3)上記した各実施形態では、本発明が適用される金属製品は、燃料噴射弁10の弁ボデー11である。金属基材20は、弁ボデー11の形状とされる。しかしながら、本発明が適用される金属製品は、弁ボデー11以外の金属製品であってもよい。金属基材20は、所定の形状とされる。この場合、金属製品は、酸性環境で使用されるものであることが好ましい。
【0038】
(4)本発明は上記した実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載した範囲内において適宜変更が可能であり、様々な変形例や均等範囲内の変形をも包含する。また、上記各実施形態において、実施形態を構成する要素は、特に必須であると明示した場合および原理的に明らかに必須であると考えられる場合等を除き、必ずしも必須のものではないことは言うまでもない。
【実施例
【0039】
(実施例1)
実施例1では、上記した実施形態の弁ボデー11の製造方法と同じ方法で、板形状の金属基材20の表面上に、密着層22、酸化物層23、コーティング膜21を順に形成した。具体的には、用意工程S1で、金属基材20として板形状のCrMo鋼を用意した。用意した金属基材20に、下記の処理1~4を行った。その後、コーティング膜21に対して密着性の評価試験を行った。
【0040】
<処理1>
コーティング膜21を形成する装置内に金属基材20を配置し、真空ポンプで形成した真空中で、金属基材20を加熱した。加熱温度は、コーティング膜21を形成するときと同じ温度である300℃である。このとき、装置内に酸素が残存することで、金属基材20の表面に、Fe元素の酸化物を含む酸化物層が形成された。
【0041】
<処理2>
次に、密着層形成工程S2の還元処理をして、密着層22を形成した。この還元処理では、プラズマ化されたアンモニアガスを用いた。還元処理の時間は10分である。加熱温度は、コーティング膜21を形成するときの成膜温度と同じ、300℃である。
【0042】
<処理3>
次に、酸化物層形成工程S3の酸化処理をして、酸化物層23を形成した。この酸化処理では、プラズマ化された酸素ガスを用いた。酸化処理の時間は2分である。加熱温度は、コーティング膜21を形成するときの成膜温度と同じ、300℃である。
【0043】
<処理4>
次に、コーティング膜形成工程S4で、ALDによって、コーティング膜21を形成した。形成したコーティング膜21は、Al元素の酸化物(すなわち、アルミナ)である。コーティング膜21を形成するときの金属基材20の温度は、300℃である。形成したコーティング膜21の膜厚は、40nmである。
【0044】
<密着性の評価試験>
評価試験は、ロックウェル硬さ試験を用いたものである。すなわち、コーティング膜21に対してロックウェル硬さ試験を実施し、圧痕の端部付近の剥離を分析し、ドイツの規格 VDI3198 に基づいて、6つの密着性クラス(HF1~HF6)の中の1つに分類した。このとき、圧痕周辺の剥離およびクラックが少なければ、密着性が良いと判断し、大きな剥離やクラックの交差が生じていれば、密着性が悪いと判断する(下記の文献参照)。
C.-C. Chen and F. Chau-Nan Hong: Appl. Surf. Sci. 243(2005)296- 303.
【0045】
(比較例1)
比較例1では、特許文献1に記載の製造方法に基づいた方法で、図5に示すように、金属基材20の表面上に、Fe元素の酸化物を含む酸化物層31、コーティング膜21を順に形成した。比較例1では、金属基材20と酸化物層31との間に、本発明の密着層22が形成されていない。比較例1では、具体的には、実施例1と同様に、金属基材20として板形状のCrMo鋼を用意し、用意した金属基材20に処理1を行った。その後、実施例1と異なり、加熱された金属基材20に対してプラズマ化されていないアンモニアガスを用いて還元処理を行った。この還元処理の時間は30分である。その後、実施例1と同様に、処理3、処理4を順に行うことで、酸化物層31、コーティング膜21を形成した。処理3の時間は10分である。そして、実施例1と同様に、コーティング膜21に対して密着性の評価試験を行った。
【0046】
(比較例2)
比較例2では、特許文献2に記載の構造と同じ構造となるように、図6に示すように、金属基材20の表面上に、Fe元素の酸化物を含む酸化物層32、コーティング膜21を順に形成した。比較例2では、金属基材20と酸化物層32との間に、本発明の密着層22が形成されていない。比較例2では、具体的には、実施例1と同様に、金属基材20として板形状のCrMo鋼を用意し、用意した金属基材20に処理1を行って、酸化物層32を形成した。その後、実施例1の処理2、処理3を行わず、実施例1の処理4を行うことで、コーティング膜21を形成した。そして、実施例1と同様に、コーティング膜21に対して密着性の評価試験を行った。
【0047】
(実施例1、比較例1および比較例2の密着性の評価試験結果)
比較例1の密着性クラスはHF5であり、比較例2の密着性クラスはHF6であったのに対して、実施例1の密着性クラスはHF1であった。密着性クラスは、値が小さいほど、密着性が良いことを示す。この結果より、実施例1の密着性は、比較例1、2の密着性よりも高いことが確認され、本発明によれば、従来技術と比較して、コーティング膜21の密着性を向上できることが確認された。
【0048】
(実施例2)
実施例2では、実施例1と同様に、金属基材20としての板形状のCrMo鋼に対して処理1~4を行って、試験体A1~A3、B1、C1、C2のコーティング膜21を形成した。各試験体の形成では、処理2、3の時間が異なる。そして、実施例1と同様に、各試験体のコーティング膜21の密着性の評価試験を行った。また、各試験体の密着層22等について定量分析を行った。定量分析は、TEM-EDX(すなわち、エネルギー分散型X線分析)で行なった。用いた装置および測定条件は、次の通りである。
・装置メーカ:日立ハイテクノロジーズ
・装置名:HD-2700
・加速電圧:200kV
・拡大倍率:500,000倍
【0049】
また、比較例としての試験体A4、B2、C3についても、コーティング膜の密着性の評価試験を行った。図7に、各試験体についての密着性の評価試験の結果と密着層22のSi含有率とを示す。
【0050】
図7中の試験体A1~A4では、いずれも、処理3の酸化処理の時間は10分であり、酸化物層の厚さは30nmである。試験体A1~A3の処理2の還元処理の時間は、試験体A1が5分であり、試験体A2が10分であり、試験体A3が60分である。図7中の試験体A1~A3を比較してわかるように、還元処理の時間が短いほど、密着層のSi含有率が大きかった。試験体A4では、処理2をしておらず、密着層22が形成されていない。このため、図7において、試験体A4は、Si含有率が0の位置にプロットされている。
【0051】
ここで、表1~表3に、試験体A1の金属基材20、密着層22、酸化物層23のそれぞれについての定性分析の結果を示す。表中の数値は、at%(すなわち、原子数百分率)を示しており、表に記載の複数の元素のそれぞれの原子数の総量100原子%に対して、各元素の原子数が占める割合を示す。
【0052】
【表1】
【0053】
表1に示すように、金属基材20には、Si元素が成分として含まれる。なお、使用した金属基材20は、CrMo鋼であるが、Mo元素は、微量のため、TEM-EDXでは、検出されなかった。
【0054】
【表2】
【0055】
表2に示すように、密着層22には、Si元素、O元素、Fe元素が成分として含まれていた。密着層22のSi元素の含有率は、金属基材20のSi含有率よりも大きかった。
【0056】
【表3】
【0057】
表3に示すように、酸化物層23には、O元素と、金属基材20の主成分と同じFe元素とが成分として含まれていた。酸化物層23には、金属基材20の成分と同じSi元素、Mn元素と、コーティング膜21の成分と同じAl元素とが、他の成分として含まれていた。
【0058】
密着層22と酸化物層23とは、Fe元素の含有率が異なる。このため、TEM像において、両者の区別が可能であった。
【0059】
図7中の試験体B1、B2では、いずれも、処理3の酸化処理の時間は2分であり、酸化物層の厚さは12nmである。試験体B1の処理2の還元処理の時間は、10分である。試験体B1の密着層22には、Si元素が含まれていた。試験体B2では、処理2をしておらず、密着層22が形成されていない。このため、図7において、試験体B2は、Si含有率が0の位置にプロットされている。
【0060】
図7中の試験体C1~C3では、いずれも、処理3をしておらず、酸化物層23は形成されていない(すなわち、酸化物層無し)。処理2の還元処理の時間は、試験体C1が10分であり、試験体C2が60分である。試験体C1、C2の密着層22には、Si元素が含まれていた。図7中の試験体C1、C2を比較してわかるように、還元処理の時間が短いほど、密着層のSi含有率が大きかった。
【0061】
図7に示されるように、試験体A1~A3、B1、C1、C2のいずれも、試験体A4、B2、C3と比較して、密着性クラスの数値が小さかった。これにより、Si元素を成分として含む密着層22が形成されることで、密着層22が形成されない場合と比較して、密着性が向上することが確認された。
【0062】
また、図7に示されるように、試験体A1~A4同士、試験体B1、B2同士または試験体C1~C3同士を比較すると、密着層22のSi元素の含有率が大きいほど、密着性クラスの数値が小さくなり、密着性が向上する傾向がみられた。このことから、密着層22のSi元素の含有率が金属基材20のSi元素の含有率よりも大きいことで、密着層のSi元素の含有率が金属基材20のSi元素の含有率よりも小さい場合と比較して、コーティング膜21の密着性が向上することがわかる。
【符号の説明】
【0063】
11 弁ボデー
20 金属基材
21 コーティング膜
22 密着層
23 酸化物層
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7