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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-21
(45)【発行日】2024-10-29
(54)【発明の名称】摺動部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C08J 7/00 20060101AFI20241022BHJP
   F16C 33/20 20060101ALI20241022BHJP
   C08F 214/26 20060101ALI20241022BHJP
   C08F 210/02 20060101ALI20241022BHJP
   C08F 8/00 20060101ALI20241022BHJP
   C08J 5/16 20060101ALI20241022BHJP
【FI】
C08J7/00 305
F16C33/20 A
C08F214/26
C08F210/02
C08F8/00
C08J5/16 CEW
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2021563829
(86)(22)【出願日】2020-11-20
(86)【国際出願番号】 JP2020043417
(87)【国際公開番号】W WO2021117467
(87)【国際公開日】2021-06-17
【審査請求日】2023-06-21
(31)【優先権主張番号】P 2019225660
(32)【優先日】2019-12-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】599109906
【氏名又は名称】住友電工ファインポリマー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100159499
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 義典
(72)【発明者】
【氏名】馬場 将人
(72)【発明者】
【氏名】大木 寿
(72)【発明者】
【氏名】上岡 広一
(72)【発明者】
【氏名】藤本 隆浩
【審査官】加賀 直人
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-349711(JP,A)
【文献】特開2014-046673(JP,A)
【文献】特開2011-074938(JP,A)
【文献】特開2003-049951(JP,A)
【文献】特開2003-049950(JP,A)
【文献】特開2013-043413(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08J 7/00
F16C 33/20
C08F 214/26
C08F 210/02
C08F 8/00
C08J 5/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エチレン-テトラフルオロエチレン共重合体を主成分とする摺動部材の製造方法であって、
エチレン-テトラフルオロエチレン共重合体を主成分とする材料を加工する工程と、
上記加工する工程で得られた加工体に対して電子線を照射する工程と
を備え、
上記加工する工程での加工方法が射出成型であり、
上記電子線を照射する工程での電子線の照射線量が350kGy以下であり、
上記電子線を照射する工程の条件が溶融状態ではない摺動部材の製造方法。
【請求項2】
上記電子線を照射する工程での電子線の照射線量が200kGy以上である請求項1に記載の摺動部材の製造方法。
【請求項3】
上記電子線を照射する工程の条件が無酸素雰囲気ではない請求項1又は請求項2に記載の摺動部材の製造方法。
【請求項4】
上記電子線を照射する工程の雰囲気温度が常温である請求項3に記載の摺動部材の製造方法。
【請求項5】
上記電子線を照射する工程の雰囲気が空気である請求項3又は請求項4に記載の摺動部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摺動部材の製造方法及び摺動部材に関する。
本出願は、2019年12月13日出願の日本出願第2019-225660号に基づく優先権を主張し、上記日本出願に記載された全ての記載内容を援用するものである。
【背景技術】
【0002】
摺動部材は、例えば自動車用エンジン及び他の産業機械用エンジンの軸受、自動車分野の駆動部品、ピストンパッキン等に用いられる。このような摺動部材としては、フッ素樹脂、中でもポリテトラフルオロエチレン(PTFE)を表層に使用したものが公知である(特開2018-185007号公報参照)。PTFEを用いることで、耐摩耗性を保持しつつ相手材との動摩擦係数が低減されるほか、摺動部材を機械的強度、耐薬品性、易滑性、耐熱性、耐候性、不燃性等にも優れたものとすることができる。つまり、PTFEを用いた摺動部材は、摺動性に優れる。
【0003】
上記摺動部材は、PTFEを主成分とする材料を例えば押出成型により基材に積層し、この材料に対し無酸素雰囲気かつ溶融状態で電子線を照射することで製造することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2018-185007号公報
【発明の概要】
【0005】
本開示の一態様に係る摺動部材の製造方法は、エチレン-テトラフルオロエチレン共重合体を主成分とする摺動部材の製造方法であって、エチレン-テトラフルオロエチレン共重合体を主成分とする材料を加工する工程と、上記加工する工程で得られた加工体に対して電子線を照射する工程とを備える。
【0006】
本開示の別の一態様に係る摺動部材は、エチレン-テトラフルオロエチレン共重合体を主成分とする摺動部材であって、電子線の照射によりエチレン-テトラフルオロエチレン共重合体が架橋している。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1図1は、本開示の一態様に係る摺動部材の製造方法を示す概略フロー図である。
図2図2は、実施例における加工体を得る手順を示す模式的側面図である。
図3図3は、エチレン-テトラフルオロエチレン共重合体のDSC曲線の一例である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
[本開示が解決しようとする課題]
PTFEを用いた摺動部材では、無酸素雰囲気かつ溶融状態で電子線を照射することで適度に架橋させ、その優れた特性を発現させている。従って、上記従来のPTFEを用いた摺動部材を製造する場合、無酸素雰囲気かつ溶融状態とするための設備、必要なエネルギー及び時間の点からその製造効率には改善の余地がある。
【0009】
本開示は、上述のような事情に基づいてなされたものであり、摺動性に優れるとともに、製造効率を高められる摺動部材の製造方法及び摺動部材の提供を目的とする。
【0010】
[本開示の効果]
本開示の摺動部材の製造方法及び本開示の摺動部材は、摺動性に優れるとともに、製造効率を高められる。
【0011】
[本開示の実施形態の説明]
本発明者らは、テトラフルオロエチレンの重合により得られるポリテトラフルオロエチレン(PTFE)に代えて、エチレンとテトラフルオロエチレンとの重合により得られるエチレン-テトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)を用いることで、電子線の照射時に無酸素雰囲気かつ溶融状態としなくとも摺動性に優れる摺動部材が得られることを見出し、本発明を完成させた。
【0012】
すなわち、本開示の一態様に係る摺動部材の製造方法は、エチレン-テトラフルオロエチレン共重合体を主成分とする摺動部材の製造方法であって、エチレン-テトラフルオロエチレン共重合体を主成分とする材料を加工する工程と、上記加工する工程で得られた加工体に対して電子線を照射する工程とを備える。
【0013】
当該摺動部材の製造方法は、フッ素樹脂であるエチレン-テトラフルオロエチレン共重合体を摺動部材の主成分とするので、摺動性に優れる摺動部材が得られる。また、当該摺動部材の製造方法では電子線の照射時に無酸素雰囲気かつ上記加工体を溶融状態とする必要がないので、製造効率を高められる。
【0014】
上記電子線を照射する工程での電子線の照射線量としては、200kGy以上が好ましい。このように電子線の照射線量を上記下限以上とすることで、得られる摺動部材の摺動性をより確実に向上させることができる。
【0015】
上記電子線を照射する工程での電子線の照射線量としては、350kGy以下が好ましい。このように電子線の照射線量を上記上限以下とすることで、得られる摺動部材の機械的強度を確保し易い。
【0016】
上記電子線を照射する工程の条件が無酸素雰囲気ではなく、かつ上記加工体が溶融状態ではないとよい。このように無酸素雰囲気ではなく、かつ溶融状態ではない条件で電子線を照射することで、より確実に製造効率を高められる。
【0017】
上記電子線を照射する工程の雰囲気温度が常温であるとよい。このように上記雰囲気温度を常温とすることで、加熱又は冷却を行う設備やエネルギーを必要としないため、さらに製造効率を高められる。
【0018】
上記電子線を照射する工程の雰囲気が空気であるとよい。このように上記雰囲気を空気とすることで、雰囲気を調整する設備やエネルギーを必要としないため、さらに製造効率を高められる。
【0019】
上記加工する工程での加工方法が射出成型であるとよい。このように上記加工する工程での加工方法を射出成型とすることで、予め加工体を所望の摺動部材の形状としておくことができる。このため、電子線を照射する工程後に所望の形状に加工又は調整をする必要がないため、さらに製造効率を高められる。
【0020】
本開示の別の一態様に係る摺動部材は、エチレン-テトラフルオロエチレン共重合体を主成分とする摺動部材であって、電子線の照射によりエチレン-テトラフルオロエチレン共重合体が架橋している。
【0021】
当該摺動部材は、エチレン-テトラフルオロエチレン共重合体を主成分とするので、製造効率が高い。また、当該摺動部材は、電子線の照射によりエチレン-テトラフルオロエチレン共重合体が架橋しているので、摺動性に優れる。
【0022】
示差走査熱量測定によるDSC曲線上に上記エチレン-テトラフルオロエチレン共重合体の吸熱曲線ピークが存在し、上記吸熱曲線ピークが、未架橋のエチレン-テトラフルオロエチレン共重合体の吸熱曲線ピークに対して低温側にシフトしており、そのシフト量としては、11℃以上20℃以下が好ましい。このように上記シフト量を上記範囲内とすることで、当該摺動部材の機械的強度を確保しつつ、摺動性を高められる。
【0023】
示差走査熱量測定によるDSC曲線で規定される未架橋のエチレン-テトラフルオロエチレン共重合体の吸熱量に対する上記エチレン-テトラフルオロエチレン共重合体の吸熱量の比としては、0.8以上0.9以下が好ましい。このように上記吸熱量の比を上記範囲内とすることで、当該摺動部材の機械的強度を確保しつつ、摺動性を高められる。
【0024】
ここで、「主成分」とは、最も含有量が多い成分をいい、例えば含有量が50質量%以上の成分をいう。また、「常温」とは、熱したり冷やしたりしない自然な温度を指し、通常15℃以上35℃以下の温度をいう。
【0025】
「示差走査熱量測定によるDSC曲線上の吸熱曲線ピーク」とは、DSC曲線において、吸熱量の絶対値が最大となる温度(図3のP)を指す。また、「DSC曲線で規定される吸熱量」とは、図3に示すように、吸熱曲線ピーク付近のDSC曲線とベースラインBLとで囲まれる面積Sに相当する。また、「未架橋のエチレン-テトラフルオロエチレン共重合体」は、電子線照射したエチレン-テトラフルオロエチレン共重合体から溶剤に溶かして回収することができる。
【0026】
[本発明の実施形態の詳細]
以下、本発明に係る摺動部材の製造方法及び摺動部材の実施形態について図面を参照しつつ詳説する。
【0027】
〔摺動部材の製造方法〕
本開示の一態様に係る摺動部材の製造方法は、エチレン-テトラフルオロエチレン共重合体を主成分とする摺動部材の製造方法である。当該摺動部材の製造方法は、図1に示すように、エチレン-テトラフルオロエチレン共重合体を主成分とする材料を加工する工程S1と、加工する工程S1で得られた加工体に対して電子線を照射する工程S2とを備える。
【0028】
<加工する工程>
加工する工程S1では、上述のようにエチレン-テトラフルオロエチレン共重合体を主成分とする材料を加工する。
【0029】
上記材料の主成分であるエチレン-テトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)は、エチレン(C)とテトラフルオロエチレン(C)とが重合したフッ素樹脂である。ETFEは、PTFEに比べても機械的強度や耐薬品性に優れる。
【0030】
上記材料におけるETFEの含有量の下限としては、加工後の加工体に対して60質量%が好ましく、85質量%がより好ましく、98質量%がさらに好ましい。また、上記ETFEの含有量としては100質量%、つまり加工後の加工体がETFEのみであることが特に好ましい。上記ETFEの含有量が上記下限未満であると、得られる摺動部材の摺動性が低下するおそれがある。
【0031】
ETFEは、本発明の効果を損なわない範囲において、他の共重合性モノマーに由来する重合単位を含んでもよい。上記重合単位としては、例えばパーフルオロ(アルキルビニルエーテル)、ヘキサフルオロプロピレン、(パーフルオロアルキル)エチレン、クロロトリフルオロエチレン等を挙げることができる。上記重合単位の含有割合の上限としては、例えば3モル%とすることができる。
【0032】
上記材料は、他の任意成分を含有してもよい。この任意成分としては、例えば固定潤滑剤、強化剤等が挙げられる。このように固定潤滑剤、強化剤等を含有することで、易滑性を向上させることができる。上記固定潤滑剤としては、例えば二硫化モリブデン等が挙げられる。また、上記強化剤としては、例えばガラスファイバー(ガラス繊維)、球状ガラス等のガラスフィラー、炭素繊維、炭酸カルシウム、タルク、シリカ、アルミナ、水酸化アルミニウム等の無機充填剤などが挙げられる。
【0033】
上記材料を加工する方法としては、特に限定されず、公知の押出成型、射出成型のほか紛体塗装、基材への溶着や接着等を用いることができる。
【0034】
加工する工程S1での加工方法としては、射出成型が好ましい。従来のPTFEを用いた摺動部材では、製造時に溶融状態とするため変形し易く、この変形を抑止するために基材の表面に積層して製造される。このため、このため、射出成型によりPTFEを主成分とする材料のみで摺動部材を構成することが困難である。これに対し、当該摺動部材の製造方法ではETFEを主成分として用いるので、製造時に上記加工体を溶融状態とする必要がなく、加工体が変形し難い。従って、当該摺動部材の製造方法では予め加工体を所望の摺動部材の部品形状としておくことができる。また、当該摺動部材の製造方法では電子線を照射する工程での変形を抑止できるので、電子線を照射する工程後に所望の形状に加工又は調整をする必要がなく、さらに製造効率を高められる。
【0035】
加工する工程S1で得られる加工体の形状としては、摺動部材として用いられる部品や反物の形状など、得られる摺動部材の用途や加工方法に応じて適宜選択されるが、上述のように製造効率の観点から部品形状とすることが好ましい。
【0036】
また、上記加工体は、ETFEを主成分とする材料のみで構成された単体としてもよいし、基材の表面にETFEを含む表層が積層された構成された積層体としてもよい。上記加工体を積層体とする場合、その基材としては、金属、セラミックス、ゴム材料、耐熱性樹脂等を用いることができる。上記金属としては、アルミニウム、鉄、銅、ステンレス等が挙げられる。上記セラミックスとしては、酸化アルミニウム、窒化ケイ素、炭化ケイ素、炭化タングステン等が挙げられる。上記ゴム材料としては、フッ素ゴム、シリコーンゴム、熱可塑性エラストマー等が挙げられる。上記耐熱性樹脂としては、ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂等が挙げられる。また、上記表層としては、上述のETFEを主成分とする材料で構成することができる。なお、上記表層は上記基材全体を覆うものであってもよいが、その一部に積層されるものであってもよい。
【0037】
<電子線を照射する工程>
電子線を照射する工程S2では、上述のように加工する工程S1で得られた加工体に対して電子線を照射する。
【0038】
電子線は上記加工体を構成するETFEに照射される。この電子線の照射によりETFEの架橋が進み、得られる摺動部材の摺動性を高められる。
【0039】
上記電子線を照射する条件は、無酸素雰囲気ではなく、かつ上記加工体が溶融状態ではない。このように無酸素雰囲気ではなく、かつ溶融状態ではない条件で電子線を照射することで、無酸素雰囲気かつ溶融状態とするための設備、エネルギー及び時間を軽減できるので、より確実に製造効率を高められる。
【0040】
特に電子線を照射する工程S2の雰囲気温度が常温であるとよい。このように上記雰囲気温度を常温とすることで、加熱又は冷却を行う設備やエネルギーを必要としない。また、上記加工体の熱による変形を抑止できるので、電子線を照射した後に上記加工体の形状の調整を行う必要がない。このため、当該摺動部材の製造方法の製造効率をさらに高められる。
【0041】
また、上記電子線を照射する工程の雰囲気が空気であるとよい。このように上記雰囲気を空気とすることで、雰囲気を調整する設備やエネルギーを必要としないため、さらに製造効率を高められる。
【0042】
電子線を照射する工程S2での電子線の照射線量の下限としては、200kGyが好ましく、220kGyがより好ましく、240kGyがさらに好ましい。一方、上記電子線の照射線量の上限としては、350kGyが好ましく、320kGyがより好ましい。上記電子線の照射線量が上記下限未満であると、得られる摺動部材の摺動性が十分に向上しないおそれがある。逆に、上記電子線の照射線量が上記上限を超えると、得られる摺動部材の機械的強度が低下するおそれがある。
【0043】
加工する工程S1で得られる加工体の形状が摺動部材として用いられる部品形状であり、電子線を照射する工程S2で電子線を照射する条件が溶融状態ではない場合は、この電子線照射により所望の摺動部材を得ることができる。一方、上述の場合以外であれば、必要に応じて電子線を照射する工程後に所望の形状に加工又は調整が行われる。
【0044】
<利点>
当該摺動部材の製造方法は、フッ素樹脂であるエチレン-テトラフルオロエチレン共重合体を摺動部材の主成分とするので、摺動性に優れる摺動部材が得られる。また、当該摺動部材の製造方法では電子線の照射時に無酸素雰囲気かつ上記加工体を溶融状態とする必要がないので、製造効率を高められる。
【0045】
〔摺動部材〕
本発明の別の一態様に係る摺動部材は、エチレン-テトラフルオロエチレン共重合体を主成分とする摺動部材である。当該摺動部材は、電子線の照射によりエチレン-テトラフルオロエチレン共重合体が架橋している。
【0046】
当該摺動部材は、例えば自動車用エンジン及び他の産業機械エンジンの軸受、自動車分野の駆動部品、ピストンパッキン等に用いられる。当該摺動部材は、例えば上述の本発明の摺動部材の製造方法を用いて製造することができる。
【0047】
当該摺動部材は、エチレン-テトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)を主成分とする材料のみで構成された単体としてもよいし、基材の表面にETFEを含む表層が積層された構成の積層体としてもよい。当該摺動部材を積層体ではなく単体とする場合、ETFEを主成分とする材料としては、上述の摺動部材の製造方法で述べた材料を固形化したものとすることができる。また、当該摺動部材を積層体とする場合、基材及び表層としては、上述の摺動部材の製造方法で述べた基材及び表層とすることができる。
【0048】
当該摺動部材の限界PV値の下限としては、500MPa・m/minが好ましく、700MPa・m/minがより好ましい。上記限界PV値が上記下限未満であると、当該摺動部材の摺動性が不足するおそれがある。一方、上記限界PV値の上限は特に限定されないが、例えば3000MPa・m/minとできる。「限界PV値」とは、面間接触圧力(P)と速度(V)の積であり、JIS-K-7218:1986の「プラスチックの滑り摩耗試験方法」に準拠して測定される値である。限界PV値に近い条件では、摩擦係数及び摩耗量がともに大きくなり、材料がその機能を維持することが難しくなる。このため、限界PV値は、摺動部材の摺動性を判断する指標として用いられる。なお、限界PV値の測定条件は、JIS-B-0601:2001に基づく相手材料の表面粗さRa=0.28μmとし、面間接触圧力(P)を10MPaで固定し、速度を変化させる条件とする。また、摺動部材の試験片としては、1辺が45mmの正方形状で厚さ4.5mmの冷間圧延鋼板(SPCC材)基材に1辺が50mmの正方形状で厚さ50μmETFEフィルムを溶着させたものを用いる。
【0049】
当該摺動部材の動摩擦係数の上限としては、0.15が好ましく、0.1がより好ましい。上記動摩擦係数が上記上限を超えると、当該摺動部材の摺動性が不足するおそれがある。当該摺動部材の動摩擦係数の下限としては、特に限定されず、0であってもよい。
【0050】
当該摺動部材を示差走査熱量測定すると、DSC曲線上に上記エチレン-テトラフルオロエチレン共重合体の吸熱曲線ピークが存在する(図3参照)。上記吸熱曲線ピークは、未架橋のエチレン-テトラフルオロエチレン共重合体の吸熱曲線ピークに対して低温側にシフトしている。そのシフト量の下限としては、11℃が好ましく、12℃がより好ましく、13℃がさらに好ましい。一方、上記シフト量の上限としては、20℃が好ましく、18℃がより好ましい。上記シフト量が上記下限未満であると、摺動性が不十分となるおそれがある。逆に、上記シフト量が上記上限を超えると、機械的強度が低下するおそれがある。
【0051】
示差走査熱量測定によるDSC曲線で規定される未架橋のエチレン-テトラフルオロエチレン共重合体の吸熱量に対する上記エチレン-テトラフルオロエチレン共重合体の吸熱量の比の下限としては、0.8が好ましく、0.83がより好ましい。一方、上記吸熱量の比の上限としては、0.9が好ましく、0.89がより好ましく、0.88がさらに好ましい。上記吸熱量の比が上記下限未満であると、機械的強度が低下するおそれがある。一方、上記吸熱量の比が上記上限を超えると、摺動性が不十分となるおそれがある。
【0052】
<利点>
当該摺動部材は、エチレン-テトラフルオロエチレン共重合体を主成分とするので、製造効率が高い。また、当該摺動部材は、電子線の照射によりエチレン-テトラフルオロエチレン共重合体が架橋しているので、摺動性に優れる。
【0053】
[その他の実施形態]
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本開示の範囲は、上記実施形態の構成に限定されるものではなく、請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味及び範囲内での全ての変更が含まれることが意図される。
【0054】
上記実施形態では、電子線を照射する工程での電子線を照射する条件が無酸素雰囲気ではなく、かつ加工体が溶融状態ではない場合を説明したが、上記条件は無酸素雰囲気かつ溶融状態とすることもできる。あるいは、無酸素雰囲気ではあるが溶融状態ではない条件や、逆に無酸素雰囲気ではないが溶融状態である条件することもできる。
【実施例
【0055】
以下、本開示の摺動部材の製造方法及び摺動部材を実施例に基づいて具体的に説明するが、本開示は、これらの実施例に限定されるものではない。
【0056】
[No.1]
図2に示すように、冷間圧延鋼板(SPCC材)の基材1と、ETFEフィルム2とを重ね合わせた。基材1は1辺が45mmの正方形状で厚さ4.5mm、ETFEフィルム2は1辺が50mmの正方形状で厚さ50μmとした。さらに、ETFEフィルム2の表面に、共に短冊状のPTFEフィルム3及びSUS板4を重ね、これら全体を基材1及びSUS板4に当接するように一対の溶着治具5で挟み込んだ。この状態で一対の溶着治具5間を、図2に示すように、一対のネジ6で締結し、基材1及びETFEフィルム2間に3N・mの圧着力となるようにネジ6を締め付けた。
【0057】
上述のように溶着治具5を固定した後、300℃で1.5時間保温し、ETFEフィルム2を基材1に溶着させた。そして、溶着治具5、PTFEフィルム3及びSUS板4を取り外し、基材1の表面にETFEフィルム2が積層された加工体を得た。No.1では、この加工体を摺動部材とした。つまり、No.1は非架橋ETFEフィルム溶着鉄板である。
【0058】
[No.2~No.13]
No.1と同様にして加工体を得た。この加工体のETFEフィルム2に、表1に示す照射量の電子線を照射した。電子線を照射した条件は空気雰囲気で、加熱及び冷却を伴わない常温とした。このようにしてNo.2~No.13の摺動部材を得た。No.2~No.13は架橋ETFEフィルム溶着鉄板である。
【0059】
<評価方法>
得られたNo.1~No.13の摺動部材について、限界PV、引張強度、引張伸び、引張弾性率、引裂強度及び動摩擦係数について評価を行った。以下に評価方法を示す。また、各評価結果を表1に示す。
【0060】
(限界PV)
限界PVの測定は、JIS-K-7218:1986の「プラスチックの滑り摩耗試験方法」に準拠し、リングオンディスク式摩耗試験(試験装置:A&D社製EFM-III 1010)を用いて行った。リング状相手材としては、S45Cを材質とする円筒(外径:11.6mm、内径:7.4mm)を用い、JIS-B-0601:2001に基づく表面粗さを0.28μmとした。試験条件としては、ドライ(オイルなし)で、圧力を10MPaの一定値に保ち、速度を上昇させる条件とした。
【0061】
(引張強度、引張伸び及び引張弾性率)
引張強度、引張伸び及び引張弾性率の測定は、JIS-K-7161-1:2014の「プラスチック-引張特性の求め方-第1部:通則」に基づいて行った。
【0062】
(引裂強度)
引裂強度の測定は、JIS-K-7128-1:1998の「プラスチック-フィルム及びシートの引裂強さ」に基づいて行った。
【0063】
(動摩擦係数)
動摩擦係数は、上述の限界PVの測定においてリング状相手材である円筒に生じる反動トルクにより測定した。
【0064】
【表1】
【0065】
表1の結果から、エチレン-テトラフルオロエチレン共重合体を主成分とすることで、無酸素雰囲気ではなく、かつ加工体が溶融状態ではない条件で電子線を照射しても、限界PVが大きく、かつ動摩擦係数の低い摺動性に優れる摺動部材が得られることが分かる。
【0066】
また、特に電子線の照射線量が200kGy以上350kGy以下であるNo.6~No.9の摺動部材で、限界PVが大きく、引張強度等の機械的強度が低下し難い。従って、電子線の照射線量を上記範囲とすることで、摺動部材の機械的強度を確保しつつ、摺動性を高められることが分かる。
【符号の説明】
【0067】
1 基材
2 ETFEフィルム
3 PTFEフィルム
4 SUS板
5 溶着治具
6 ネジ
P ピーク
BL ベースライン
S 面積(吸熱量)
図1
図2
図3