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  • 特許-チタン材およびチタン材の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-22
(45)【発行日】2024-10-30
(54)【発明の名称】チタン材およびチタン材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C25D 11/26 20060101AFI20241023BHJP
   C23C 8/24 20060101ALI20241023BHJP
【FI】
C25D11/26 302
C23C8/24
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2021017671
(22)【出願日】2021-02-05
(65)【公開番号】P2022120642
(43)【公開日】2022-08-18
【審査請求日】2023-10-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】三好 遼太郎
(72)【発明者】
【氏名】西脇 想祐
(72)【発明者】
【氏名】藤田 耕平
(72)【発明者】
【氏名】山口 博幸
【審査官】祢屋 健太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開平09-263929(JP,A)
【文献】特開2012-184458(JP,A)
【文献】特開平08-049095(JP,A)
【文献】国際公開第2007/023543(WO,A1)
【文献】特開2005-240139(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D 11/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
チタン基材の表面に陽極酸化皮膜を備え、
前記チタン基材は、チタンナイトライドを有し、
前記チタン基材の前記陽極酸化皮膜が配された側の表面をX線光電子分光法で分析したとき、前記チタンナイトライドを形成した窒素の最大濃度が2~10原子%であり、
表色系における彩度Cabが20以上であ
前記陽極酸化皮膜の厚さが80nm以上である、チタン材。
【請求項2】
前記チタンナイトライドを形成した窒素が最大濃度となる位置が、前記チタン基材と前記陽極酸化皮膜との界面から、前記チタン基材方向に300nmまでの範囲に位置している、請求項1に記載のチタン材。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のチタン材の製造方法であって、
チタン素材を以下の条件(i)~(iii)のいずれかの条件で窒化処理する窒化処理工程の後、陽極酸化工程を行う、チタン材の製造方法。
条件(i)窒素分圧1Pa以上100Pa未満の雰囲気において、前記チタン素材を1分以上5時間以下の間、600℃以上800℃以下の温度に保持し、その後、窒素分圧1Pa以上100Pa未満の雰囲気下で冷却する。
条件(ii)大気雰囲気において、前記チタン素材を40秒以上5分以下の間、250℃以上600℃以下の温度に保持し、その後、大気の雰囲気下で冷却する。
条件(iii)真空雰囲気において、前記チタン素材を200℃以上の温度に保持し、前記保持後、前記チタン素材の温度が200℃以上、500℃以下の間のいずれかの温度になった時点から純窒素ガスを前記チタン素材に吹き付けて冷却する、又は、真空雰囲気において、前記チタン素材を300℃以上の温度に保持し、前記保持後、前記チタン素材の温度が300℃以上、800℃未満のいずれかの温度になった時点から大気を前記チタン素材に吹き付けて冷却する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チタン材およびチタン材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、チタンは特有の落ち着いた質感や、表面に形成された薄い酸化皮膜の干渉作用による発色特性が評価され、意匠性材料としての認知度が高まってきている。
【0003】
特許文献1には、カラーバリエーションの豊富な着色チタンを能率よく製造するために、チタンまたはチタン合金を窒化処理して表面に窒化チタン膜を形成した後、そのチタンまたはチタン合金を酸化処理することを特徴とする金属チタンの着色方法が開示されている。
【0004】
酸化皮膜の形成方法としては、例えば、陽極酸化による酸化皮膜の形成方法がある。陽極酸化皮膜の形成方法は、電解質溶液中でチタンを陽極として電流を流すことによりチタンの表面に酸化皮膜を形成させる方法である。陽極酸化は、印加電圧により、酸化皮膜の厚さ、すなわち色調を制御できるため、容易な発色手法として重宝されている。
【0005】
陽極酸化を用いてチタン材に酸化皮膜を形成する方法として、例えば、特許文献2には、以下の工程(a-1)及び(b)を含む、結晶性酸化チタン皮膜の製造方法が開示されている。
(a-1)チタン又はチタン合金の加熱処理を、以下(1)乃至(3)のいずれかに記載の条件下で実施することにより、該チタン又はチタン合金の表面にチタン窒化物を形成する工程
(1)窒素及び/又はアンモニアガス雰囲気中、酸素トラップ剤の存在下、
(2)減圧して雰囲気ガスを排出した後に、窒素及び/又はアンモニアガスを充填した雰囲気中、及び
(3)減圧して雰囲気ガスを排出した後に、窒素及び/又はアンモニアガスを充填した雰囲気中で、酸素トラップ剤の存在下;並びに
(b)無機酸及び/又は有機酸を含有する電解液中に、上記工程(a-1)で得られたチタン又はチタン合金を浸漬し、電圧を印加することにより陽極酸化を行う工程。
【0006】
特許文献3には、(1)加熱温度が750℃以上である、アンモニアガス雰囲気下での加熱処理及び窒素ガス雰囲気下での加熱処理よりなる群から選択される1種の処理方法により、金属チタン材料又はチタン合金材料の表面にチタン窒化物を形成する工程、(2)工程(1)で得られた、表面にチタン窒化物が形成された金属チタン材料又はチタン合金材料を、チタンに対してエッチング作用を有しない電解液中で、10V以上の電圧を印加することにより陽極酸化を行い、チタンの酸化皮膜を形成する工程、及び、(3)工程(2)で得られた、表面にチタンの酸化皮膜が形成された金属チタン材料又はチタン合金材料を、大気酸化雰囲気、酸素ガスと窒素ガスを混合させた雰囲気又は酸素ガス雰囲気から選択される雰囲気中で、400℃以上の温度で加熱処理を行う工程を含むことを特徴とする、表面処理された金属チタン材料又はチタン合金材料の製造方法が開示されている。
【0007】
特許文献4には、チタン又はチタン合金にガス窒化処理を施した後、アノード酸化処理により干渉色を発色させることを特徴とする高耐摩耗性干渉色皮膜を有するチタン材量の製造方法が開示されている。
【0008】
特許文献5には、電解液中で電圧を印加して表面を電解酸化することによりチタンを発色させる方法において、所望の色に対応した主電圧の印加を保持する途中に主電圧より低い低電圧の印加を挿入し、挿入した低電圧の印加を挟んで主電圧の印加を複数段に分けることを特徴とするチタン発色方法が開示されている。
【0009】
特許文献6には、陽極酸化により、バルブ金属を主成分とする被処理材の表面に酸化物皮膜を形成する方法において、低電流密度で陽極酸化を行う第1陽極酸化工程と、高電流密度で陽極酸化を行う第2陽極酸化工程とを備えていることを特徴とする酸化物皮膜の形成方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開平9-263929号公報
【文献】国際公開第2007/23543号
【文献】国際公開第2014/132874号
【文献】特開2006-63406号公報
【文献】特開2006-219735号公報
【文献】特開2005-320623号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、特許文献1~4に開示された技術では、陽極酸化における印加電圧を50V以上にした場合、チタン材表面の彩度が低く、くすんだ色として認識される場合があった。印加電圧が50V以上である場合、酸化皮膜の厚さは80nm以上とすることができるが、特許文献1~4に開示された技術では、酸化皮膜の厚さが80nm以上の場合に、チタン材の色がくすんだ色として認識される場合があった。
【0012】
また、特許文献5に開示された技術は、主電圧の印加を保持する途中に主電圧より低い低電圧の印加を挿入し、挿入した低電圧の印加を挟んで主電圧の印加を複数段に分ける方法であるため、大型の設備投資が必要になる。
【0013】
また、特許文献6に開示された技術は、低電流密度で陽極酸化を行う第1陽極酸化工程と、高電流密度で陽極酸化を行う第2陽極酸化工程とを備える方法であり、電流密度を緻密に制御する方法であるが、大型の設備投資が必要になる。
【0014】
本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、本発明の目的とするところは、酸化皮膜が厚い場合であっても、発色性に優れたチタン材及びチタン材の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
彩度が低いチタン材は、結晶粒がそれぞれ異なる色に発色しており、肉眼ではでそれらが混ざった色として認識されるため(並置混合)くすんだ色に認識される。彩度が低いチタン材では、酸化皮膜の厚さにばらつきが生じていると考えられる。本発明者らが陽極酸化の条件とチタン材の発色性について詳細に検討したところ、陽極酸化で形成する酸化皮膜の厚さは、印加電圧の大きさ、及び、形成する非晶質酸化チタン、アナターゼ型酸化チタン又はルチル型酸化チタンの電気抵抗率によって定まるという知見を得た。
【0016】
印加電圧が50V未満の陽極酸化では高彩度な発色が可能である。印加電圧が50V未満の陽極酸化では主に非晶質の酸化チタンが形成する。非晶質の酸化チタンは、電気抵抗率に異方性がないため、形成する酸化皮膜の厚さが一定になり易いと考えられる。一方、印加電圧が50V以上の陽極酸化では、チタン基材の結晶単位で酸化皮膜の厚さが異なり彩度が低下することが分かった。この原因は、陽極酸化で形成する、アナターゼ型の酸化チタン又はルチル型の酸化チタンの結晶方位がチタン基材の結晶方位毎に異なったり導入されたひずみによって変化したりすることに加え、アナターゼ型の酸化チタン及びルチル型の酸化チタンの結晶が異方性を有し、電気抵抗率に異方性を有するためであると考えられる。
【0017】
本発明者らは、発色性に優れたチタン材を得るために、アナターゼ型の酸化チタン及びルチル型の酸化チタンの結晶をできるだけ一方向に揃えて、異方性の小さい電気抵抗率とすることに想到した。本発明者らは、更に検討を進め、本発明をするに至った。
【0018】
上記知見に基づき完成された本発明の要旨は、以下の通りである。
[1]
チタン基材の表面に陽極酸化皮膜を備え、
前記チタン基材は、チタンナイトライドを有し、
前記チタン基材の前記陽極酸化皮膜が配された側の表面をX線光電子分光法で分析したとき、前記チタンナイトライドを形成した窒素の最大濃度が2~10原子%であり、
表色系における彩度Cabが20以上であ
前記陽極酸化皮膜の厚さが80nm以上である、チタン材。
[2]
前記チタンナイトライドを形成した窒素が最大濃度となる位置が、前記チタン基材と前記陽極酸化皮膜との界面から、前記チタン基材方向に300nmまでの範囲に位置している、[1]に記載のチタン材
[3
前記[1]又は[2]に記載のチタン材の製造方法であって、
チタン素材を以下の条件(i)~(iii)のいずれかの条件で窒化処理する窒化処理工程の後、陽極酸化工程を行う、チタン材の製造方法。
条件(i)窒素分圧1Pa以上10Pa未満の雰囲気において、前記チタン素材を1分以上5時間以下の間、600℃以上800℃以下の温度に保持し、その後、窒素分圧1Pa以上10Pa未満の雰囲気下で冷却する。
条件(ii)大気雰囲気において、前記チタン素材を40秒以上5分以下の間、250℃以上600℃以下の温度に保持し、その後、大気雰囲気で冷却する。
条件(iii)真空雰囲気において、前記チタン素材を200℃以上の温度に保持し、前記保持後、前記チタン素材の温度が200℃以上、500℃以下の間のいずれかの温度になった時点から純窒素ガスを前記チタン素材に吹き付けて冷却する、又は、真空雰囲気において、前記チタン素材を300℃以上の温度に保持し、前記保持後、前記チタン素材の温度が300℃以上、800℃未満のいずれかの温度になった時点から大気を前記チタン素材に吹き付けて冷却する。
【発明の効果】
【0019】
以上説明したように、本発明によれば、酸化皮膜が厚い場合であっても、発色性に優れたチタン材及びチタン材の製造方法を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】陽極酸化後のチタン材のX線光電子分析法による分析結果の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。
【0022】
<チタン材の製造方法>
本実施形態に係るチタン材は、チタン基材の表面に酸化皮膜を備え、チタン基材は、チタンナイトライドを有し、チタン基材の酸化皮膜が配された側の表面をX線光電子分光法で分析したとき、チタンナイトライドを形成した窒素の最大濃度が2~10原子%であり、L表色系における彩度Cabが20以上である。以下に、詳細に説明する。
【0023】
(チタン基材)
本実施形態に係るチタン材の基材となるチタン基材は、特段制限されず、純チタン又はチタン合金のいずれかであってよい。チタン基材は、例えば、Ti含有量が70質量%以上の純チタンまたはチタン合金である。
【0024】
純チタンには、例えば、JIS規格(JIS H 4600:2012)の1種~4種、及びこれらに対応するASTM規格のGrade1~4で規定される工業用純チタンを含む。すなわち、本発明で対象とする工業用純チタンは、質量%で、C:0.1%以下、H:0.015%以下、O:0.4%以下、N:0.07%以下、Fe:0.5%以下、残部がTi及び不純物からなる。
【0025】
チタン合金としては、α型チタン合金、α+β型チタン合金又はβ型チタン合金が挙げられる。
【0026】
α型チタン合金としては、例えば高耐食性合金(上記JIS規格の11種~13種、17種、19種~22種、及びASTM規格のGrade7、11、13、14、17、30、31で規定されるチタン合金やさらに種々の元素を少量含有させたチタン合金)、Ti-0.5Cu、Ti-1.0Cu、Ti-1.0Cu-0.5Nb、Ti-1.0Cu-1.0Sn-0.3Si-0.25Nb、Ti-0.5Al-0.45Si、Ti-0.9Al-0.35Si、Ti-3Al-2.5V、Ti-5Al-2.5Sn、Ti-6Al-2Sn-4Zr-2Mo、Ti-6Al-2.75Sn-4Zr-0.4Mo-0.45Siなどがある。
【0027】
α+β型チタン合金としては、例えば、Ti-6Al-4V、Ti-6Al-6V-2Sn、Ti-6Al-7V、Ti-3Al-5V、Ti-5Al-2Sn-2Zr-4Mo-4Cr、Ti-6Al-2Sn-4Zr-6Mo、Ti-1Fe-0.35O、Ti-1.5Fe-0.5O、Ti-5Al-1Fe、Ti-5Al-1Fe-0.3Si、Ti-5Al-2Fe、Ti-5Al-2Fe-0.3Si、Ti-5Al-2Fe-3Mo、Ti-4.5Al-2Fe-2V-3Moなどがある。
【0028】
さらに、β型チタン合金としては、例えば、Ti-11.5Mo-6Zr-4.5Sn、Ti-8V-3Al-6Cr-4Mo-4Zr、Ti-10V-2Fe-3Mo、Ti-13V-11Cr-3Al、Ti-15V-3Al-3Cr-3Sn、Ti-6.8Mo-4.5Fe-1.5Al、Ti-20V-4Al-1Sn、Ti-22V-4Alなどがある。
【0029】
チタン基材は、酸化皮膜との界面付近に微細分散したチタンナイトライドを有している。少なくとも表層にチタンナイトライドが微細分散したチタン基材に陽極酸化を施すと、陽極酸化により形成される酸化皮膜の厚さが均一になり、彩度が高い発色が得られる。この理由は必ずしも明らかではないが、本発明者らは以下のように推察している。すなわち、微細分散したチタンナイトライドが陽極酸化で形成する酸化チタンの結晶の核となり、当該チタンナイトライドを起点にして結晶化した酸化チタンの結晶方位が同一方向に集積する。その結果、チタン基材の結晶方位が酸化チタンの結晶方位に影響を及ぼしにくくなり、酸化皮膜の膜厚が均一になるためであると本発明者らは推察している。
【0030】
本実施形態に係るチタン材では、チタン基材の酸化皮膜が配された側の表面をX線光電子分光法(XPS;X-ray photoelectron spectroscopy)で分析したとき、チタンナイトライドを形成した窒素の最大濃度が2~10原子%である。
【0031】
チタンナイトライドを形成した窒素や酸素等の濃度は、日本電子製、JPS-9200を用いて以下の方法で測定される。分析条件を、X線源:MgKα(hν:1200.0eV)、ビーム径:1mmΦ(≒分析領域)、取込角度:56°、スパッタ条件:Ar、スパッタレート2.9nm/min.(SiO換算値)とする。SiO換算値とは、あらかじめエリプソメーターを用いて厚さを測定したSiO膜を用いて、同一測定条件で求めたときのスパッタリング速度である。結合エネルギーが約393~402eVの位置に表れるスペクトルのピークをN1sのピークとし、有機物由来のNを約399~401eV、チタンナイトライド由来のNを約397±1eVとして分離する。結合エネルギーが約280~295eVの位置に表れるスペクトルのピークをC1sのピークとし測定し、有機物由来のCを約284~289eV、チタン炭化物由来のCを約281.5±1eVとして分離する。結合エネルギーが約525~540eVの位置に表れるスペクトルのピークをO1sのピークとして測定し、チタン酸化物由来のOを455.1~459.1eVとする。なお有機物由来のOは約399~401eVであるため、測定領域には含まれない。結合エネルギーが450~470eVの位置に表れるスペクトルのピークをTi2pのピークとして測定する。チタン単体は454.0eV、Ti酸化物は455.0~459.1eV、Tiナイトライドは455.7eVに検出される。結合エネルギーが700~720eVの位置に表れるスペクトルのピークをFe2pのピークとして測定する。Fe単体は、706.9eV、Fe炭化物は708.1eV、Fe酸化物は709.6~710.9eVに検出される。
上記の物質の結合エネルギーは一般的な値であり、測定試料の帯電等によって変化し得る。結合エネルギーを補正する場合、有機物由来のCにおけるC-C結合のピーク位置284eVをもとに補正する。
【0032】
これらのピークを用い、付属の解析ソフトウェアであるSpecSurf(Analysis)を使用して、元素濃度、化学状態別の濃度を解析する。XPSにより求められた質量%での濃度は、SpecSurf(Analysis)により、原子%での濃度に変換される。具体的には、Shirley法に基づいてバックグラウンドを補正する。次いで、化合物に関してはGauss-Lorents関数により、金属の場合はAsymmetric関数により、各元素で化学状態別にピークをフィッティングする。そして、各化学状態由来のピークの面積比率を元素の濃度(原子%)に乗じて、化学状態別の濃度(原子%)を算出する。上記の元素の濃度は、XPSで検出された各元素にて、その元素に係るすべてのピークを含めての(分離せずに)ピーク面積を算出し、これに元素毎の感度係数で除して、百分率としたものである。分析深さ毎の各元素の濃度(原子%)は、例えば、図1に示したようなグラフとして示される。なお、図1では、N、O、及びTiについての分析深さ毎の濃度を示しており、これら以外の元素の分析深さ毎の濃度は省略している。
【0033】
本実施形態では、酸化皮膜の厚さは、チタン材の表面から、XPSに基づいて算出された酸素濃度が最高濃度とベース濃度との中間濃度となる位置までを言う。そのため、チタン基材と酸化皮膜との界面は、XPSにより測定された酸素濃度が最高濃度とベース濃度との中間濃度となる位置である。チタンナイトライドを形成した窒素の最大濃度は、当該位置よりチタン基材側における窒素の最大濃度とする。
【0034】
チタンナイトライドを形成した窒素の最大濃度が2~10原子%であれば、チタンナイトライドを起点にして結晶化した酸化チタンの結晶方位が同一方向に集積し易くなるため、酸化皮膜の厚さが均一になる。その結果、高い彩度のチタン材が得られる。チタンナイトライドを形成した窒素の最大濃度が2原子%未満であると、酸化チタンの結晶方位が同一方向に集積が十分でなく、高い彩度のチタン材を得ることが困難である。また、チタンナイトライドの量が多すぎる場合、チタン基材の結晶方位がチタンナイトライドの結晶方位に影響し、このチタンナイトライドの結晶方位が陽極酸化で形成する酸化チタンの結晶方位に影響する。チタンナイトライドを形成した窒素の最大濃度が10原子%超であると、チタン基材の結晶方位の影響を受けるチタンナイトライドの量が多いため、間接的にチタン基材の結晶方位が陽極酸化で形成する酸化チタンの結晶方位に影響を及ぼすことになる。その結果、酸化皮膜の厚さがチタン基材の結晶毎にばらつきが生じ、チタン材の彩度が低下する。よって、チタンナイトライドを形成した窒素の最大濃度が10原子%以下である。
【0035】
チタンナイトライドを形成した窒素の濃度が最大となる位置は、チタン基材と酸化皮膜との界面から、チタン基材方向に300nmまでの範囲に位置していることが好ましい。チタンナイトライドを形成した窒素の最大濃度が最大となる位置が、チタン基材と酸化皮膜との界面から、チタン基材方向に300nmまでの範囲に位置していれば、当該チタンナイトライドを起点にして結晶化した酸化チタンの結晶方位が同一方向に集積し易い。その結果、チタン材の彩度をより一層確保し易くなる。
【0036】
本実施形態に係るチタン材のXPS測定においてチタンナイトライドのピークが検出されることや窒素濃度がチタン内の窒素原子の固溶限を超えていることから、本実施形態に係るチタン材には、TiN、TiNといったチタンナイトライドが存在していると推定される。加えて、皮膜を形成する濃度以下であることから、チタンナイトライドは微細に分散していると推定される。
【0037】
(酸化皮膜)
本実施形態に係るチタン材は、チタン基材の表面に配された厚さ80nm以上の酸化皮膜を備えることが好ましい。酸化皮膜の厚さは、チタン材の表面から、上述した方法により測定された酸素濃度が最高濃度とベース濃度との中間濃度となる位置までを言う。詳細には、酸化皮膜の厚さは、酸化皮膜表面での酸素濃度の測定値に対して、酸素濃度が最高濃度とベース濃度との中間濃度となる位置でのスパッタリング時間を求め、SiO換算のスパッタリング速度と上記素スパッタリング時間を掛けた値を酸化皮膜厚さとする。
【0038】
従来の発色材であっても酸化皮膜の厚さが80nm未満である場合は、比較的高い彩度が得られることが多い。一方で、上述したとおり、従来の発色材で酸化皮膜の厚さが80nm以上である場合、彩度が低くくすんだ色となることが多い。本実施形態では、チタン基材の酸化皮膜が配された側の表面をX線光電子分光法で分析したとき、チタンナイトライドを形成した窒素の最大濃度が2~10原子%であれば、L表色系における彩度Cabが20以上であり、発色性に優れたチタン材となる。そのため、本実施形態では、酸化皮膜の厚さが80nm未満であっても優れた発色性が得られるが、酸化皮膜の厚さが80nm以上であっても優れた発色性を実現することができる。
【0039】
(チタン材の彩度Cabが20以上)
本実施形態に係るチタン材では、彩度Cabが20以上である。彩度Cabは、Lh表色系の彩度であり、L表色系の色度a及び色度bによって、C=((a)2+(b)2)1/2で表わされる値である。L表色系は、CIE(国際照明委員会)で規定され、JIS 8781-4:2013でも規格されている。Lh表色系は、L表色系を基に考案された表色系である。彩度Cabを測定可能な測色計であれば、当該測色計を用いてCabを直接測定すれば良いし、色度a及びbを測定可能な測色計であれば、当該測色計を用いて色度a及びbを直接測定し、彩度Cabを計算によって算出すれば良い。また、例えば、CIEで規定されているXYZ表色系の三刺激値を測定又は算出し、これを用いてLh表色系の彩度Cabを算出する等、L表色系やLh表色系以外の公知の表色系で表わされる値を測定又は算出し、これを変換することでLh表色系の彩度Cを算出しても良い。
【0040】
彩度Cabが20以上であれば、最終製品として高い彩度の発色材とすることが可能である。彩度Cabは、好ましくは25以上であり、より好ましくは30以上である。
【0041】
本実施形態に係るチタン材の形状は、特段制限されず、板、コイル、または条などである。ここまで、本実施形態に係るチタン材を説明した。
【0042】
<チタン材の製造方法>
続いて、本実施形態に係るチタン材の製造方法の一例を説明する。本実施形態に係るチタン材の製造方法は特段制限されないが、本実施形態に係るチタン材の製造方法は例えば以下の方法で製造することができる。よって、以下に説明するチタン材の製造方法は、本発明の一実施形態である。
【0043】
本実施形態に係るチタン材は、チタン素材を以下の条件(i)~(iii)のいずれかの条件で窒化処理する窒化処理工程の後、陽極酸化処理を行うことで製造される。
条件(i) 窒素分圧1Pa以上100Pa未満の雰囲気において、チタン素材を1分以上5時間以下の間、600℃以上800℃以下の温度に保持し、その後、窒素分圧1Pa以上100Pa未満の雰囲気下で冷却する。
条件(ii) 大気雰囲気において、チタン素材を40秒以上5分以下の間、250℃以上600℃以下の温度に保持し、その後、大気の雰囲気下で冷却する。
条件(iii) 真空雰囲気において、チタン素材を200℃以上の温度に保持し、当該保持後、チタン素材の温度が200℃以上、500℃以下の間のいずれかの温度になった時点から純窒素ガスを上記チタン素材に吹き付けて冷却する、又は、真空雰囲気において、チタン素材を300℃以上の温度に保持し、当該保持後、チタン素材の温度が300℃以上、800℃未満のいずれかの温度になった時点から大気を上記チタン素材に吹き付けて冷却する。
【0044】
(窒化処理工程)
まず窒化処理工程を説明する。本工程では、上記条件(i)~(iii)のいずれかの条件でチタン素材を処理することで、チタン素材の表層に雰囲気中の窒素が拡散し、チタン素材の表面付近にチタンナイトライドが形成する。以下に、条件(i)~(iii)のそれぞれについて説明する。
【0045】
[条件(i)]
条件(i)では、窒素分圧1Pa以上100Pa未満の雰囲気において、チタン素材を1分以上5時間以下の間、600℃以上800℃以下の温度に保持し、その後、窒素分圧1Pa以上100Pa未満の雰囲気下で冷却する。尚、窒化処理の雰囲気における窒素分圧は1Pa以上100Pa未満で全圧は大気圧以下であってもよいが、雰囲気を構成するガスが窒素ガスと窒素以外のガスとの混合ガスである場合は、窒素以外のガスは純度99.99体積%以上のアルゴン、ヘリウム等の不活性ガスである。
【0046】
チタン素材が保持温度に保持されている間の窒素分圧及び冷却時の窒素分圧が1Pa未満では、チタン素材への雰囲気中の窒素の拡散が不十分であり、チタンナイトライドを形成した窒素の最大濃度を2~10原子%とすることができない。一方、チタン素材が保持温度に保持されている間の窒素分圧及び冷却時の窒素分圧が100Pa以上では、チタン素材への雰囲気中の窒素の拡散が過剰となり、チタンナイトライドを形成した窒素の最大濃度が10原子%超となる。よって、チタン素材が保持温度に保持されている間の窒素分圧及び冷却時の窒素分圧は、それぞれ1Pa以上100Pa未満とする。
【0047】
保持温度が600℃未満である場合、雰囲気中に微量存在する不可避の酸素の反応が優勢になり雰囲気中の窒素の拡散が不十分となり、チタンナイトライドを形成した窒素の最大濃度を2~10原子%とすることができない。一方、保持温度が800℃超である場合、雰囲気中の窒素のチタン素材への拡散が過剰となり、チタンナイトライドを形成した窒素の最大濃度が10原子%超となる。よって、保持温度は、600℃以上800℃以下とする。
【0048】
チタン素材が保持温度に保持されている時間である保持時間が1分未満である場合、チタン素材への雰囲気中の窒素の拡散が不十分であり、チタンナイトライドを形成した窒素の最大濃度を2~10原子%とすることができない。一方、保持時間が5時間超である場合、雰囲気中の窒素のチタン素材への拡散が過剰となり、チタンナイトライドを形成した窒素の最大濃度が10原子%超となる。よって、保持時間は、1分以上5時間以下とする。
【0049】
保持温度まで加熱している間の雰囲気は、窒素分圧1Pa以上100Pa未満である。保持温度まで加熱している間の雰囲気は、雰囲気制御が容易になることから、保持温度にチタン素材を保持している間の雰囲気と同じであることが好ましい。
【0050】
冷却速度は、特段制限されないが、例えば、1~50℃/分とすることができる。冷却速度は、雰囲気中の窒素のチタン素材への拡散が過剰にならないよう10℃/分以上とすることが好ましく、20℃/分以上とすることがより好ましい。冷却速度は、雰囲気の導入により制御可能である。
【0051】
また、雰囲気を窒素分圧1Pa以上100Pa未満とした冷却は、例えば、チタン素材が室温になるまで行われてもよいし、100℃まで上記雰囲気で冷却し、それ以降は大気としてもよい。
【0052】
[条件(ii)]
条件(ii)では、大気雰囲気において、前記チタン素材を40秒以上5分以下の間、250℃以上600℃以下の温度に保持し、その後、大気雰囲気下で冷却する。
【0053】
大気には多くの酸素と窒素が含まれている。チタンは窒素と比べ酸素との結びつきが強く、低温であるほどその傾向は顕著である。そのため大気中の窒素を拡散させ、窒素の最大濃度を2~10原子%とするために保持温度を250℃以上とする。一方、保持温度が高くなりすぎると、窒素の拡散が過剰になる上、厚い酸化スケールが形成し、美観を損ねる。そのため、保持温度は600℃以下とする。
【0054】
チタン素材が保持温度に保持されている時間である保持時間が40秒未満である場合、チタン素材への雰囲気中の窒素の拡散が不十分であり、チタンナイトライドを形成した窒素の最大濃度を2~10原子%とすることができない。一方、保持時間が5分超である場合、雰囲気中の窒素のチタン素材への拡散が過剰となり、チタンナイトライドを形成した窒素の最大濃度が10原子%超となる。よって、保持時間は、40秒以上5分以下とする。
【0055】
チタン素材が保持温度に保持されている間の雰囲気は、大気雰囲気である。チタン素材が保持温度に保持されている間の雰囲気が大気雰囲気であれば、陽極酸化後のチタン材の彩度をより一層高めることができる。この理由は、必ずしも明らかではないが、本発明者らは、大気酸化によって侵入した窒素及び表面に形成した薄い酸化皮膜が、陽極酸化中に酸素原子がチタン素材に侵入する速度を低下させ、チタンナイトライドを起点とした酸化チタンの結晶化を促進することで、酸化チタンの方位の集積度が向上するためであると推察している。また、大気雰囲気であれば、雰囲気制御を行わなくてもよいため、製造設備が簡便なものとなり、製造コストを低減することが可能となる。
【0056】
保持温度まで加熱している間の雰囲気は、大気圧であることが好ましい。
【0057】
冷却時の雰囲気は、大気雰囲気である。大気雰囲気でチタン素材を冷却するため、雰囲気制御を行わなくてもよく、製造設備が簡便なものとなり、製造コストを低減することが可能となる。
【0058】
[条件(iii)]
条件(iii)では、真空雰囲気において、チタン素材を200℃以上の温度に保持し、当該保持後、チタン素材の温度が200℃以上、500℃以下の間のいずれかの温度になった時点から純窒素ガスを上記チタン素材に吹き付けて冷却する、又は、真空雰囲気において、チタン素材を300℃以上の温度に保持し、当該保持後、チタン素材の温度が保持温度から300℃から800℃未満のいずれかの温度になった時点から大気を上記チタン素材に吹き付けて冷却する。
【0059】
条件(iii)では、保持後の冷却処理においてチタン素材に純窒素ガスを吹き付けて冷却する場合、真空雰囲気において、チタン素材を200℃以上の温度に保持する。真空雰囲気での保持温度が200℃未満では、窒素の拡散が不十分であり、チタンナイトライドを形成した窒素の最大濃度を2~10原子%とすることができない。よって、保持後の冷却処理において純窒素ガスをチタン素材に吹き付ける場合、真空雰囲気での保持温度は、200℃以上とする。ただし、大気をチタン素材に吹き付けて保持後のチタン素材を冷却する場合は、真空雰囲気での保持温度は、300℃以上である。大気をチタン素材に吹き付けて保持後のチタン素材を冷却する場合の真空雰囲気での保持温度が300℃未満では、窒素の拡散が不十分になるため真空雰囲気での保持温度は、300℃以上とする。
真空雰囲気における保持温度の上限は特段制限されず、真空雰囲気における保持温度は、例えば、800℃以下である。
【0060】
保持温度まで加熱している間の雰囲気は、真空雰囲気である。
【0061】
条件(iii)では、冷却時の雰囲気からチタン素材に窒素が侵入するため、チタン素材の保持時間に特に制限はないが、表面温度均一化の観点から、保持時間を最低1分以上確保することが好ましい。しかしながら、チタン素材に温度分布が生じなければ、チタン素材を加熱後の温度で保持しなくてもよく、上記温度に昇温した後に続けてチタン素材を冷却しても良い。また、結晶粒が粗大化しすぎ、美観を損ねることを懸念し、加熱後の温度での保持時間は5時間以下であることが好ましいが、粗大結晶粒の形成を目的とするような場合、保持時間は5時間超であってもよい。
【0062】
条件(iii)では、真空雰囲気下でチタン素材を200℃以上の温度に保持した場合、当該保持後、チタン素材の温度が200℃以上、500℃以下の間のいずれかの温度になった時点から純窒素ガスをチタン素材に吹き付けて冷却する、又は、真空雰囲気でチタン素材を300℃以上の温度に保持した場合、当該保持後、チタン素材の温度が300℃以上、800℃未満のいずれかの温度になった時点から大気をチタン素材に吹き付けて冷却する。このような冷却を行うことで、チタン素材の表層に窒素が拡散し、チタンナイトライドを形成することができる。
【0063】
冷却速度及び冷却速度の制御方法は、特段制限されず、条件(i)又は条件(ii)の場合と同様の条件とすることができる。
【0064】
なお、ここで言う真空雰囲気は、真空度が、10-1Pa(約10-3Torr)を含み、それよりも低い雰囲気を言う。また、ここで言う純窒素ガスとは、純度99.99体積%以上の窒素ガス雰囲気を言う。
【0065】
なお、窒化処理工程に供するチタン素材には、公知の方法で製造されたものを用いてよい。例えば、スポンジチタンや合金元素を添加するための母合金などを原料として、真空アーク溶解法や電子ビーム溶解法またはプラズマ溶解法等のハース溶解法等の各種溶解法により、上記の成分を有する純チタンまたはチタン合金のインゴットを作製する。次に、得られたインゴットを必要に応じて分塊、熱間鍛造してスラブとする。その後、スラブを熱間圧延して上記の組成を有する純チタンまたはチタン合金の熱延コイルとする。この熱延コイルを冷間圧延し、冷間圧延後のチタン素材に対し窒化処理工程を実施すればよい。
なお、スラブには、必要に応じて研磨、切削等の前処理が施されていてもよい。また、ハース溶解法で熱延可能な矩形とした場合は、分塊や熱間鍛造等を行わず熱間圧延に供してもよい。冷間圧延条件も特段制限されず、適宜所望の厚さ、特性等が得られる条件で行えばよい。
【0066】
(陽極酸化工程)
本工程では、窒化処理工程後のチタン素材を陽極酸化する。電解液としては、特段制限されず、例えば、無機酸の水溶液又は有機酸の水溶液である。無機酸としては、例えば、リン酸、硫酸、硝酸、塩酸等が挙げられる。また、有機酸としては、シュウ酸、ギ酸、クエン酸、トリクロル酢酸等が挙げられる。また、これらのうち1種を単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。電解液は、発色の鮮やかさから硫酸、又はりん酸であることが好ましい。また、電解液における無機酸の濃度は、特に限定されず、例えば、0.1~5.0質量%とすることができる。
【0067】
電解液の温度は、5~30℃であることが好ましい。電解液の温度が5~30℃であれば、酸化皮膜の厚さの制御が比較的容易となる。
【0068】
印加電圧は所望の発色を得るために任意に選択できる。従来の発色材の製造方法は、印加電圧が50V未満である場合、彩度の高いチタン材が得られるが、印加電圧が50V超である場合、彩度が低いチタン材となる場合が多い。一方、本実施形態に係るチタン材の製造方法では、上記窒化処理工程を行うことで、印加電圧が50V以上であっても彩度の高いチタン材とすることができる。よって、印加電圧は任意に選択することができる。印加電圧の上限は、特段制限されないが、絶縁破壊により美観を損ねることを考慮し、印加電圧は130V以下であることが好ましい。
【0069】
電圧印加後、所定の電圧まで昇圧した後保持する時間である電圧の印加時間は、特段制限されず、例えば、10~600秒とすることができる。
【0070】
電流密度は、絶縁破壊や色むらの観点及び発色性の観点から、1mA/cm以上、20mA/cm以下であることが好ましい。しかしながら、絶縁破壊や色むらが生じなければ、電流密度は、20mA/cm以上であってもよいし、40mA/cm以上であってもよい。また、発色が可能であれば、電流密度は、1mA/cm以下であってもよいし、0.1mA/cm以下であってもよい。なお、電流密度は、電解電流を陽極酸化されるチタン素材表面の面積で割った値である。
【0071】
ここまで、本実施形態に係るチタン材の製造方法を説明した。なお、陽極酸化後のチタン材は、公知の方法による洗浄処理が行われてもよい。
【実施例
【0072】
以下に、実施例を示しながら、本発明の実施形態について、具体的に説明する。なお、以下に示す実施例は、本発明のあくまでも一例であって、本発明が、下記の例に限定されるものではない。
【0073】
スラブを熱間圧延した後にスケール除去を施し、厚さ5mmの熱間圧延板を製造した。この熱間圧延板を厚さ1mmまで冷間圧延した複数のチタン素材を供試材に用いた。得られた各供試材の組成を表1に示す。得られた供試材は、それぞれJIS H 4600:2012に準拠したJIS1~4種純チタンに相当するものであった。
【0074】
【表1】
【0075】
供試材に対し、表2及び表3に示した条件で窒化処理を施した。冷却速度は冷却条件によって異なり、平均1~3600℃/分であった。
表2及び表3における吹き付け開始温度は、表2及び表3に記載の保持雰囲気、保持温度で、表2及び表3に記載の保持時間だけ供試材を保持した後、供試材が冷却されている最中に供試材への純窒素ガス又は大気の吹き付けを開始したときの温度である。
本発明例9では、供試材の温度が500℃になった時点から供試材に純窒素ガスを吹き付けた。
本発明例10では、供試材の温度が200℃になった時点から供試材に純窒素ガスを吹き付けた。
本発明例11、17では、表2に記載の保持雰囲気、保持時間及び保持温度で供試材を保持した直後から、供試材への大気の吹き付けを開始した。
本発明例12では、供試材の温度が500℃になった時点から供試材への大気の吹き付けを開始した。
本発明例13では、供試材の温度が300℃になった時点から供試材への大気の吹き付けを開始した。
本発明例18では、表2に記載の保持雰囲気、保持時間及び保持温度で供試材を保持した直後から供試材に純窒素ガスを吹き付けた。
比較例7、9では、表3に記載の保持雰囲気、保持時間及び保持温度で供試材を保持した直後から供試材に純窒素ガスを吹き付けた。
比較例10、11では、表3に記載の保持雰囲気、保持時間及び保持温度で供試材を保持した直後から、供試材への大気の吹き付けを開始した。
本発明例1~5、14~16、比較例1、4、6、8においては、保持雰囲気及び冷却雰囲気に窒素分圧のみを記載しているが、炉内の雰囲気を構成するガスは、窒素と、純度99.99体積%以上のAr混合ガスであった。また、本発明例1~5、14~16、比較例1、4、6、8では、表2、3に示す冷却雰囲気は、供試材の温度が室温になるまで維持された。
【0076】
チタンナイトライドを形成した窒素の最大濃度は、XPSにより以下の方法で測定した。具体的には、分析条件を、X線源:mono-AlKα(hν:1486.6eV)、ビーム径:200μmΦ(≒分析領域)、取込角度:45°、スパッタ条件:Ar、スパッタレート4.3nm/min.(SiO換算値)とした。
結合エネルギーが約393~408eVの位置に表れるピークをN1sのピークとし、約399~401eVの位置に表れるピークを有機物由来のNによるものとし、約397±1eVの位置に表れるピークをチタンナイトライド由来のNによるものとして分離した。結合エネルギーが約280~395eVの位置に表れるピークをC1sのピークとし、約284~289eVの位置に表れるピークを有機物由来のCによるものとし、約281.5±1eVの位置に表れるピークを炭化物由来のCによるものとして分離した。結合エネルギーが約525~540eVの位置に表れるピークをO1sのピークとし、約399~401eVの位置に表れるピークを有機物由来のOによるものとし、約529.5~530.5eVの位置に表れるピークを金属酸化物由来のOによるものとした。結合エネルギーが450~470eVの位置に表れるピークをTi2pのピークとした。結合エネルギーが700~720eVの位置に表れるスペクトルのピークをFe2pのピークとし、706.9eVの位置に表れるピークをFe単体によるものとし、708.1eVの位置に表れるピークをFe炭化物によるものとし、709.6~710.9eVに表れるピークをFe酸化物によるものとした。測定試料の帯電等による結合エネルギーの変化については、有機物由来のCにおけるC-C結合のピーク位置をもとに補正した。
【0077】
解析ソフトウェアであるSpecSurf(Analysis)を使用して、これらのピークを基に濃度の解析を行った。具体的には、Shirley法に基づいてバックグラウンドを補正した。次いで、化合物に関してはGauss-Lorents関数を用いて、金属の場合はAsymmetric関数を用いて各元素で化学状態別にピークをフィッティングした。そして、各化学状態由来のピークの面積比率を元素の濃度(原子%)に乗じて、化学状態別の濃度(原子%)を算出した。上記の元素の濃度は、XPSで検出された各元素にて、その元素に係るすべてのピークを含めての(分離せずに)ピーク面積を算出し、これに元素毎の感度係数で除して、百分率としたものである。
【0078】
酸化皮膜の厚さは、窒化処理工程後のチタン素材の表面から、XPSにより測定された酸素濃度が最高濃度とベース濃度との中間濃度となる位置までとした。
【0079】
表2及び表3に、窒化処理工程後のチタン素材の最大窒素濃度、チタンナイトライドの存在の有無、及び酸化皮膜厚さを示す。
【0080】
【表2】
【0081】
【表3】
【0082】
窒化処理工程後のチタン素材に対して、陽極酸化処理を施した。印加電圧、印加時間、及び用いた電解液を表3に示す。電解液の温度は20℃であり、電解電流密度は4mA/cmであった。
【0083】
陽極酸化工程後のチタン材の酸化皮膜厚さ、チタン基材中のチタンナイトライドの有無、チタン基材中の最大窒素濃度、及び最大窒素濃度が示されたときのチタン材表面からの深さを表4及び表5に示す。酸化皮膜厚さ、最大窒素濃度、及び最大窒素濃度が示されたときのチタン材表面からの深さは、上記と同様の方法で算出した。
【0084】
彩度Cabの測定は、ミノルタ(株)製色彩色差計CR-200bを用いて光源Cにて実施した。
【0085】
彩度Cabが20以上である場合を発色性が良好であるとして合格とし、彩度Cabが20未満である場合を発色性が不良であるとして不合格であると判断した。彩度Cabの評価結果を表4及び表5に示す。
【0086】
【表4】
【0087】
【表5】
【0088】
表1~5に示すように、チタン基材の酸化皮膜が配された側の表面をX線光電子分光法で分析したとき、チタンナイトライドを形成した窒素の最大濃度が2~10原子%であり、L表色系における彩度Cabが20以上である場合に、発色性に優れていた。
【0089】
以上、本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
図1