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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-22
(45)【発行日】2024-10-30
(54)【発明の名称】アルミニウム基合金
(51)【国際特許分類】
   C22C 21/06 20060101AFI20241023BHJP
   C22C 21/02 20060101ALI20241023BHJP
   C22F 1/05 20060101ALN20241023BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20241023BHJP
【FI】
C22C21/06
C22C21/02
C22F1/05
C22F1/00 612
C22F1/00 630K
C22F1/00 606
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 684C
C22F1/00 604
C22F1/00 692A
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020145525
(22)【出願日】2020-08-31
(65)【公開番号】P2022040697
(43)【公開日】2022-03-11
【審査請求日】2023-03-17
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(73)【特許権者】
【識別番号】390005267
【氏名又は名称】YKK AP株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100095359
【弁理士】
【氏名又は名称】須田 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100143834
【弁理士】
【氏名又は名称】楠 修二
(72)【発明者】
【氏名】田中 俊一郎
(72)【発明者】
【氏名】小田 省吾
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】特表2019-504180(JP,A)
【文献】特開2012-172176(JP,A)
【文献】特開2009-228111(JP,A)
【文献】特開2002-241880(JP,A)
【文献】特開2005-105317(JP,A)
【文献】特開平10-046279(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 21/06
C22C 21/02
C22F 1/05
C22F 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
押出加工により得られるアルミニウム基合金であって、
Mgを0.75wt%乃至1.0wt%、Siを0.3wt%乃至0.8wt%、Cuを0.15wt%乃至0.4wt%、Feを0.10wt%乃至0.25wt%、Crを0.07wt%以下、Mnを0.025wt%以下で含み、残部がAlと不可避不純物とから成り、
表面から深さ方向に向かって、最大主応力が圧縮である表層部と、最大主応力が引張である内層部とを有し、
前記表層部での前記最大主応力の方向が、前記押出加工の押出方向に対して5°以上40°以下であり、前記内層部での前記最大主応力の方向が、前記押出加工の押出方向に対して50°以上であることを
特徴とする耐力が250MPaを超えるアルミニウム基合金。
【請求項2】
前記内層部は、表面から0.3mm以上の深さまで分布していることを特徴とする請求項1記載のアルミニウム基合金。
【請求項3】
前記表層部は、表面から0.10mm乃至0.15mmの深さまで分布しており、
前記内層部は、ミーゼス応力(von Mises stress)の最大値が150MPa以上であることを
特徴とする請求項1または2記載のアルミニウム基合金。
【請求項4】
前記表層部は、80%以上の結晶粒が、150μm以下の粒径を有し、結晶方位が<110>方向に優先方位を有していることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載のアルミニウム基合金。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム基合金に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム基合金の押出材は、複雑な断面形状に成形可能であり、特に、6000系のアルミニウム基合金は、押出加工性および成形性に優れ、建築材料や輸送材料に使用されている(例えば、特許文献1参照)。この押出材のアルミニウム基合金は、再結晶集合組織が大きく表面と内部の2つの層に分けられおり、内部の集合組織では、<100>の結晶方位が、押出方向に対して平行方向を向いたCube方位やGoss方位で形成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】国際公開WO2007/111002号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1に記載のような従来のアルミニウム基合金は、表面と内部の集合組織の違いにより、押出加工方向(RD)とその垂直方向(TD)とでは、耐力が250MPaを超える範囲では、同程度の耐力値であっても、曲げ性が大きく異なる異方性を有しており、加工中の破断につながりやすいという課題があった。
【0005】
本発明は、このような課題に着目してなされたもので、曲げ性の異方性が小さく、加工中に破断しにくいアルミニウム基合金を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために、本発明に係るアルミニウム基合金は、押出加工により得られるアルミニウム基合金であって、Mgを0.75wt%乃至1.0wt%、Siを0.3wt%乃至0.8wt%、Cuを0.15wt%乃至0.4wt%、Feを0.10wt%乃至0.25wt%、Crを0.07wt%以下、Mnを0.025wt%以下で含み、残部がAlと不可避不純物とから成り、表面から深さ方向に向かって、最大主応力が圧縮である表層部と、最大主応力が引張である内層部とを有し、前記表層部での前記最大主応力の方向が、前記押出加工の押出方向に対して5°以上40°以下であり、前記内層部での前記最大主応力の方向が、前記押出加工の押出方向に対して50°以上であることを特徴とする。
【0007】
本発明に係るアルミニウム基合金で、前記表層部は、表面から0.10mm乃至0.15mmの深さまで分布していることが好ましい。また、前記内層部は、最深部の深さが表面から0.3mm以上であることが好ましい。また、前記内層部は、ミーゼス応力(von Mises stress;相当応力)の最大値が150MPa以上であることが好ましい。また、前記表層部は、80%以上の結晶粒が、150μm以下の粒径を有し、結晶方位が<110>方向に優先方位を有していることが好ましい。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、曲げ性の異方性が小さく、加工中に破断しにくいアルミニウム基合金を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の実施の形態のアルミニウム基合金の、製造方法を示す加工プロセスチャートである。
図2】本発明の実施の形態のアルミニウム基合金の、曲げ試験後の(a)L方向の試験片の金属顕微鏡写真、(b) (a)の一部を拡大した金属顕微鏡写真、(c)LT方向の試験片、(d) (c)の一部を拡大した金属顕微鏡写真である。
図3】本発明の実施の形態のアルミニウム基合金の比較例の、曲げ試験後の(a)L方向の試験片の金属顕微鏡写真、(b) (a)の一部を拡大した金属顕微鏡写真、(c)LT方向の試験片、(d) (c)の一部を拡大した金属顕微鏡写真である。
図4図2に示すアルミニウム基合金、および、図3に示すアルミニウム基合金の比較例の、曲げ試験による変位と曲げ応力との関係を示すグラフである。
図5】本発明の実施の形態のアルミニウム基合金の、(a)RD、(b)TDでの結晶配向を示す逆極点図方位マップ(白黒で示した)である。
図6】本発明の実施の形態のアルミニウム基合金の、RDでの結晶配向を示す逆極点図方位マップ(左側、白黒で示した)、[100]の逆極点図(右側上段、白黒で示した)、および極点図(右側下段の3つ、白黒で示した)である。
図7】本発明の実施の形態のアルミニウム基合金の比較例の、RDでの結晶配向を示す逆極点図方位マップ(左側、白黒で示した)、[100]の逆極点図(右側上段、白黒で示した)、および極点図(右側下段の3つ、白黒で示した)である。
図8】本発明の実施の形態のアルミニウム基合金の、(a)試料に対する応力成分の方向を示す斜視図、および、深さ方向の残留応力分布を示す(b)押出方向(σy)、(b)その垂直方向(σx)、(c)それらの間のせん断方向(σxy)、(d)最大主応力(σ1)、(e)最小主応力(σ2)、(f)ミーゼス応力のグラフである。
図9】本発明の実施の形態のアルミニウム基合金の比較例の、(a)試料に対する応力成分の方向を示す斜視図、および、深さ方向の残留応力分布を示す(b)押出方向(σy)、(b)その垂直方向(σx)、(c)それらの間のせん断方向(σxy)、(d)最大主応力(σ1)、(e)最小主応力(σ2)、(f)ミーゼス応力のグラフである。
図10】本発明の実施の形態のアルミニウム基合金の、(a)深さごとの主応力の向きを示す3次元グラフ、(b)RDの逆極点図方位マップ(白黒で示した)、(c)ミーゼス応力の深さ分布を示すグラフ、本発明の実施の形態のアルミニウム基合金の比較例の、(d)深さごとの主応力の向きを示す3次元グラフ、(e)RDの逆極点図方位マップ(白黒で示した)、(f)ミーゼス応力の深さ分布を示すグラフである。
図11図10に示すアルミニウム基合金、および、アルミニウム基合金の比較例の、深さに対する最大主応力方向の変化を示すグラフである。
図12】本発明の実施の形態のアルミニウム基合金の、(a)RDでの結晶配向を示す逆極点図方位マップ、(b)KAMマップ、(c)ミーゼス応力の深さ分布を示すグラフ、および、本発明の実施の形態のアルミニウム基合金の比較例の、(d)RDでの結晶配向を示す逆極点図方位マップ、(e)KAMマップ(f)ミーゼス応力の深さ分布を示すグラフである。
図13】本発明の実施の形態のアルミニウム基合金の、(a)ミーゼス応力の深さ分布を示すグラフ、(b)深さ30μm、(c)深さ170μm、(d)深さ260μmでの対応粒界のΣの分布を示すグラフ、本発明の実施の形態のアルミニウム基合金の比較例の、(e)ミーゼス応力の深さ分布を示すグラフ、(f)深さ30μm、(g)深さ105μm、(h)深さ220μmでの対応粒界のΣの分布を示すグラフである。
図14】本発明の実施の形態のアルミニウム基合金の、(a)深さ0~200μm、(b)深さ0~400μmの範囲での対応粒界のΣの分布を示すグラフ、本発明の実施の形態のアルミニウム基合金の比較例の、(c)深さ0~200μm、(d)深さ0~400μmの範囲での対応粒界のΣの分布を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、実施例等に基づいて、本発明の実施の形態について説明する。
本発明の実施の形態のアルミニウム基合金は、押出加工により得られ、Mgを0.75wt%乃至1.0wt%、Siを0.3wt%乃至0.8wt%、Cuを0.15wt%乃至0.4wt%、Feを0.10wt%乃至0.25wt%、Crを0.07wt%以下、Mnを0.025wt%以下で含み、残部がAlと不可避不純物とから成っている。
【0012】
本発明の実施の形態のアルミニウム基合金は、表面から深さ方向に向かって、最大主応力が圧縮である表層部と、最大主応力が引張である内層部とを有している。表層部は、80%以上の結晶粒が、150μm以下の粒径を有し、結晶方位が<110>方向に優先方位を有している。
【0013】
表層部は、表面から0.10mm乃至0.15mmの深さまで分布している。表層部は、最大主応力の方向のオイラー角が、押出加工の押出方向に対して5°以上40°以下である。また、表層部は、Σ値3~13の安定粒界が10%以上で、特に双晶であるΣ3が5%以上、粒内ひずみに比例するKAM平均値が1.0deg以下の結晶粒の存在比率が、40%以上である。
【0014】
内層部は、最深部の深さが表面から0.3mm以上である。内層部は、最大主応力の方向が、押出加工の押出方向に対して50°以上である。また、内層部は、ミーゼス応力(von Mises stress)の最大値が150MPa以上である。
【実施例1】
【0015】
アルミニウム基合金を製造し、製造した合金に対して曲げ試験、EBSD法による結晶方位解析、応力測定等を行った。アルミニウム基合金として、表1に示す組成を有する2種類の合金試料を製造した。これらの合金試料は、構造材料として用いられるA6000系のアルミニウム合金であり、合金試料1はA6061および合金試料2はA6005Cに相当している。なお、合金試料1が本発明の実施の形態のアルミニウム基合金であり、合金試料2が比較例である。
【0016】
【表1】
【0017】
各合金試料を製造する方法として、図1に示すように、表1の各組成に調整した合金原料を、700℃に加熱して溶解し、鋳造して冷却した後、570℃で3.7時間の均質化処理を行った。冷却後、合金原料を480~500℃に加熱して押出加工を行い、3000℃/分で水冷した。その後、200℃で2.5時間の時効処理を行い、各合金試料とした。
【0018】
製造した各合金試料に対して、曲げ試験を行った。曲げ試験は、JIS Z2248に従って、三点曲げ試験機を用いて試験を行った。曲げ試験の試験片は、長さ60mm、幅20mm、厚さ2.0mmの大きさとし、各合金試料から、長さ方向が押出方向に平行なもの(L方向)、および、長さが押出方向に垂直なもの(LT方向)を切り出して使用した。また、曲げ試験では、圧子の半径を変えながら試験を行った。
【0019】
曲げ試験後の各合金試料のうち、合金試料1の圧子半径4mm(4R)のL方向の試験片および圧子半径5mm(5R)のLT方向の試験片の断面の金属顕微鏡写真(暗視野像)を、図2に示す。また、合金試料2の圧子半径4mm(4R)のL方向の試験片および圧子半径9mm(9R)のLT方向の試験片の断面の金属顕微鏡写真(暗視野像)を、図3に示す。図2(a)および(b)に示すように、合金試料1のL方向では、曲げ試験でクラックが発生していないことが確認された。また、図2(c)および(d)に示すように、合金試料1のLT方向でも、曲げ試験でクラックは発生していないことが確認された。
【0020】
図3(a)および(b)に示すように、合金試料2のL方向では、曲げ試験により試験片の表面だけではなく、表面からの深さ100~400μmの範囲でもクラック(図3(b)の丸印)が多く発生していることが確認された。また、図3(c)および(d)に示すように、合金試料2のLT方向では、曲げ試験で試験片が割れており、試験片の内部にもクラック(図3(d)の丸印)が多く発生していることが確認された。
【0021】
各試験片について、曲げ試験により得られた変位と曲げ応力との関係を、図4に示す。図4に示すように、合金試料1の各試験片は、降伏応力以降も破断せず、曲げの変形がゆるやかに続いていることが確認された。また、合金試料2では、L方向の試験片が降伏応力以降も破断していないが、曲げ応力が急激に低下していることが確認された。また、合金試料2のLT方向の試験片は、降伏応力付近で破断していることが確認された。以上の試験結果から、合金試料1は、曲げ性の異方性が小さく、優れた曲げ加工性を有しているといえる。
【0022】
次に、各合金試料に対してEBSD法による結晶方位解析を行った。結晶方位解析には、(株)TSLソリューションズ社製「OIM結晶方位解析装置」を用いた。合金試料1の圧延方向(RD;rolling direction)および圧延面内で圧延方向に直交する方向(TD;transverse direction)の逆極点図方位マップを、図5に示す。また、合金試料1のRDの逆極点図方位マップ、[100]の逆極点図、および極点図を、図6に示す。また、合金試料2のRDの逆極点図方位マップ、[100]の逆極点図、および極点図を、図7に示す。なお、圧延方向は、押出加工時の押出方向である。
【0023】
図5および6に示すように、合金試料1では、RDおよびTDともに、表面から深さ0.5mmまでの間で、結晶粒の80%以上が、押出方向に<110>優先方位を有していることが確認された。また、それらの結晶粒は、粒径がほぼ均一で、150μm以下であった。これに対し、図7に示すように、合金試料2では、RDおよびTDともに、表面から深さ0.5mmまでの間で、結晶粒の30%程度が、粒径がほぼ均一で150μm以下であり、押出方向に<110>優先方位を有していることが確認された。また、RDおよびTDともに、表面からの深さ0.1~0.3mmの範囲に、粗大粒が多く存在していることが確認された。この粗大粒が多く存在している領域は、合金試料1には認められなかった(図5、6参照)。
【0024】
次に、各合金試料に対して応力測定を行った。応力測定の際には、各合金試料の表面からサンプルを切り出し、そのサンプルを約6vol%の過塩素酸エタノール溶液中に浸漬して、0℃、DC15Vで、サンプルの表面から逐次電解研磨をしながら、表面から深さ方向の残留応力分布を測定した。逐次電解研磨は20分ずつ行い、表面から約25μmずつ研磨した。残留応力の測定は、パルステック工業株式会社製のポータブル型X線残留応力測定装置「μ-X360s」を用い、cosα法(線源:φ2mm Cr-kα、30kV、1.5mA、回折面:Al(311)、2θ=139.32°)により、ψ、φ、ωを10°で3軸搖動をしながら行った。
【0025】
合金試料1の深さ方向の残留応力分布を、図8に示す。残留応力としては、押出加工時の押出方向(σy)、その垂直方向(σx)、それらの間のせん断方向(σxy)、最大主応力(σ1)、最小主応力(σ2)、ミーゼス応力(von Mises stress)を求めた。また、合金試料1と同様に、合金試料2の深さ方向の残留応力分布を、図9に示す。また、合金試料1の深さごとの主応力の向きを、図5および図6に示すRDの逆極点図方位マップ、および、図8(g)に示すミーゼス応力の深さ分布と合わせて、図10(a)~(c)に示す。また、合金試料2の深さごとの主応力の向きを、図7に示すRDの逆極点図方位マップ、および、図9(g)に示すミーゼス応力の深さ分布と合わせて、図10(d)~(f)に示す。また、図10に示す合金試料1および2の、深さに対する、押出方向に対する最大主応力方向の変化をまとめ、図11に示す。
【0026】
図8図10図11に示すように、合金試料1は、ミーゼス応力が小さく、最大主応力が圧縮となる深さ80μmまでの領域(表層部)では、主応力方向のオイラー角が、押出方向に対して9°~35°であることが確認された。また、150μmより深く、最大主応力が引張となる領域(内層部)では、主応力方向のオイラー角が、押出方向に対して50°以上となることが確認された。また、引張領域では、深さ170μmで、150MPa以上のミーゼス応力の最大値が得られることが確認された。なお、添加元素のCrを0.03wt%、Mnを0.01wt%まで減らしても、同様の結晶構造および応力分布が得られることも確認された。また、耐力は、RDおよびTDとも270MPa以上であり、曲げ性は、RDおよびTDともにR2~3mmと良好であり、異方性が小さいことが確認された。
【0027】
図9図11に示すように、合金試料2は、ミーゼス応力が小さく、最大主応力が圧縮となる深さ50μmまでの領域では、主応力方向のオイラー角が、押出方向に対して15°~70°であることが確認された。また、深さ100μm付近で、最大主応力が引張となり、主応力方向のオイラー角が、押出方向に対して50°前後となることが確認された。ミーゼス応力は、深さ105μmで、約120MPaであることが確認された。また、深さ150~250μmで、最大主応力が再び圧縮となり、主応力方向のオイラー角が、押出方向に対して20°以下となることが確認された。また、250μm以上の深さで、最大主応力が再び引張となり、主応力方向のオイラー角が、押出方向に対して35°~40°となることが確認された。ミーゼス応力は、深さ300μmで、50MPa以上の最大値が得られることが確認された。なお、耐力は、RDおよびTDとも270MPa以上であったが、曲げ性は、RDがR3mm、TDがR10mmであり、異方性を有していることが確認された。
【0028】
図10図11に示すように、合金試料2では、最大主応力の向きが、深くなるに従って、圧縮から押出になった後、粗大粒が多く存在している領域(深さ150~250μm)で再び圧縮になっていることから、この深さで再結晶により応力が開放されていると考えられる。これに対し、合金試料1では、最大主応力の向きが、深くなるに従って、圧縮から押出になった後、再び圧縮にはなっておらず、粗大粒が多く存在する領域も認められないことから、再結晶が抑制されていると考えられる。
【0029】
次に、各合金試料のKAMマップを、EBSD法による結晶方位解析により求め、図12に示す。合金試料1では、図12(b)に示すように、KAM値は比較的一様に分布しているのに対し、合金試料2では、図12(e)に示すように、粗大粒が多く存在している領域で大きいKAM値が集中しているのが確認された。このことから、合金試料2の粗大粒の中で歪が大きくなっていると考えられる。
【0030】
次に、各合金試料に対して、粒界の安定性の指標となる対応粒界Σについて調べた。各合金試料の、ミーゼス応力が圧縮および引張のピークを示す深さ付近での、対応粒界のΣの分布を、EBSD法による結晶方位解析により求め、図13に示す。また、各合金試料の、深さ0~200μmおよび0~400μmの範囲でのΣ値の分布をまとめ、図14に示す。図13(b)~(d)および図14(a)および(b)の合金試料1のΣの分布と、図13(f)~(h)および図14(c)および(d)に示す合金試料2のΣの分布とを比較すると、200μmよりも浅いところでは、合金試料2の方が合金試料1よりも、Σ3、5、7の対応粒界が多いが、200μmよりも深いところでは、合金試料1の方が合金試料2よりも、Σ3、5、7の対応粒界が多いことが確認された。また、図14(a)および(b)に示す合金試料1のΣの分布は、深さによって、Σ3、5、7の対応粒界がほとんど変化しないのに対し、図14(c)および(d)に示す合金試料2のΣの分布は、深くなるに従って、Σ3、5、7の対応粒界が減少しているのが確認された。これらの結果から、合金試料1の方が、合金試料2よりもエネルギー的に安定な界面(強い界面)を有していると考えられる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14