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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-23
(45)【発行日】2024-10-31
(54)【発明の名称】アノードの加速評価方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/48 20060101AFI20241024BHJP
   C25B 1/04 20210101ALI20241024BHJP
   C25B 15/00 20060101ALI20241024BHJP
【FI】
G01N27/48 Z
C25B1/04
C25B15/00 302
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020193246
(22)【出願日】2020-11-20
(65)【公開番号】P2022081975
(43)【公開日】2022-06-01
【審査請求日】2023-09-08
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)2018年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構水電解水素製造技術高度化のための基盤技術研究開発/アルカリ水電解及び固体高分子形水電解の高度化委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】390014579
【氏名又は名称】デノラ・ペルメレック株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504182255
【氏名又は名称】国立大学法人横浜国立大学
(74)【代理人】
【識別番号】100098707
【弁理士】
【氏名又は名称】近藤 利英子
(74)【代理人】
【識別番号】100135987
【弁理士】
【氏名又は名称】菅野 重慶
(74)【代理人】
【識別番号】100168033
【弁理士】
【氏名又は名称】竹山 圭太
(74)【代理人】
【識別番号】100161377
【弁理士】
【氏名又は名称】岡田 薫
(72)【発明者】
【氏名】光島 重徳
(72)【発明者】
【氏名】黒田 義之
(72)【発明者】
【氏名】長澤 兼作
(72)【発明者】
【氏名】アシュラフ アブドルハリム
(72)【発明者】
【氏名】ジャエナル アワルディン
(72)【発明者】
【氏名】錦 善則
【審査官】櫃本 研太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-157273(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2002/0148736(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第111458398(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/26-27/49
G01N 17/02
C25B 1/00-15/08
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アノードの耐久性を水溶液電解質中で電気化学操作して加速的に評価するアノードの加速評価方法であって、
持続時間Tで0.1A/cm以上の一定密度の酸化電流を前記アノードに負荷するJステップと、
持続時間Tminで開回路電位よりも卑の一定電位に前記アノードを保持するEminステップと、を有し、
前記Jステップ及び前記Eminステップを、それぞれ100回以上繰り返すアノードの加速評価方法。
【請求項2】
前記持続時間T及び前記持続時間Tminが、それぞれ120s以下である請求項1に記載のアノードの加速評価方法。
【請求項3】
前記Jステップと前記Eminステップの間に、前記Jステップ終了時の電位より卑な電位から開始するリニア掃引ボルタンメトリーを前記アノードに実施するLSVステップをさらに有し、
前記リニア掃引ボルタンメトリーのスキャンレートSRの範囲が、50~500mV/sである請求項1又は2に記載のアノードの加速評価方法。
【請求項4】
前記Jステップと前記LSVステップの間に、開回路電位に前記アノードを保持するOCPステップをさらに有し、
前記開回路電位に保持する保持時間が、10~60sである請求項3に記載のアノードの加速評価方法。
【請求項5】
前記Eminステップにおいて、開回路電位よりも0.6~1.0V卑の電位に前記アノードを保持する請求項1~4のいずれか一項に記載のアノードの加速評価方法。
【請求項6】
前記アノードが酸素発生電極である請求項1~5のいずれか一項に記載のアノードの加速評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば水電解等に使用されるアノードの加速評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水素は、貯蔵及び輸送に適しているとともに、環境負荷が小さい二次エネルギーであるため、水素をエネルギーキャリアに用いた水素エネルギーシステムに関心が集まっている。現在、水素は主に化石燃料の水蒸気改質などにより製造されている。しかし、地球温暖化や化石燃料枯渇問題の観点から、基盤技術のなかでも、太陽光発電や風力発電といった再生可能エネルギーを用いた水電解により水素を製造することが重要である。水電解は、低コストで大規模化に適しており、水素製造の有力な技術である。
【0003】
現状の実用的な水電解は大きく2つに分けられる。1つはアルカリ水電解であり、電解質に高濃度アルカリ水溶液が用いられている。もう1つは、固体高分子型水電解であり、電解質に固体高分子膜(SPE)が用いられている。大規模な水素製造を水電解で行う場合、高価な貴金属を多量に用いた電極を用いる固体高分子型水電解よりも、ニッケル等の鉄系金属などの安価な材料を用いるアルカリ水電解の方が適していると言われている。最近では、アニオン交換膜を用いた水電解の開発も進んでいる。アニオン交換膜を用いる水電解の場合にも、アルカリ水電解の場合と同様の電極材料を使用することができる。
【0004】
高濃度アルカリ水溶液は、温度上昇に伴って電導度が高くなるが、腐食性も高くなる。このため、操業温度の上限は80~90℃程度に抑制されている。高温及び高濃度のアルカリ水溶液に耐える電解セルの構成材料や各種配管材料の開発、低抵抗隔膜、及び表面積を拡大し触媒を付与した電極の開発により、電解性能は、電流密度0.3~0.4Acm-2において1.7~1.9V(効率78~87%)程度にまで向上している。
【0005】
アルカリ水電解用陽極として、高濃度アルカリ水溶液中で安定なニッケル系材料が使用されており、安定な動力源を用いたアルカリ水電解の場合、ニッケル系陽極は数十年以上の寿命を有することが知られている。しかし、再生可能エネルギーを動力源とすると、激しい起動停止や負荷変動などの過酷な条件となる場合が多く、ニッケル系陽極の性能劣化が問題とされている。
【0006】
ニッケル酸化物の生成反応、及び生成したニッケル酸化物の還元反応は、いずれも金属表面にて進行する。このため、これらの反応に伴い、金属表面に形成された電極触媒の脱離が促進される。電解のための電力が供給されなくなると、電解が停止し、ニッケル系陽極は酸素発生電位(1.23V vs.RHE)より低い電位、かつ、対極である水素発生用陰極(0.00V vs.RHE)より高い電位に維持される。電解セル内では、種々の化学種による起電力が発生しており、電池反応の進行により陽極電位は低く維持され、ニッケル酸化物の還元反応が促進される。
【0007】
電池反応によって生じた電流は、例えば、アノード室とカソード室等の複数のセルを組み合わせた電解スタックの場合、セル間を連結する配管を介してリークする。このような電流のリークを防止する対策として、例えば、停止時に微小な電流を流し続けるようにする方法などがある。しかし、停止時に微小な電流を流し続けるには、特別な電源制御が必要になるとともに、酸素及び水素を常に発生させることになるため、運用管理上の過度の手間がかかる、といった問題がある。また、逆電流状態を意図的に避けるために、停止直後に液を抜いて電池反応を防止することは可能であるが、再生エネルギーのような出力変動の大きい電力での稼動を想定した場合、適切な処置であるとはいえない。
【0008】
従来、アルカリ水電解に使用される酸素発生用陽極の触媒(陽極触媒)として、白金族金属、白金族金属酸化物、バルブ金属酸化物、鉄族酸化物、ランタニド族金属酸化物などが利用されている。その他の陽極触媒としては、Ni-Co、Ni-Feなど、ニッケルをベースにした合金系;表面積を拡大したニッケル;スピネル系のCo、NiCo、ペロブスカイト系のLaCoO、LaNiOなどの導電性酸化物(セラミック材料);貴金属酸化物;ランタニド族金属と貴金属からなる酸化物なども知られている。
【0009】
高濃度アルカリ水電解に使用される酸素発生用陽極として、リチウム含有ニッケル酸化物層をニッケル基体表面に予め形成した陽極が知られている(特許文献1及び2)。また、リチウムとニッケルを所定のモル比で含むリチウム含有ニッケル酸化物触媒層をニッケル基体表面に形成したアルカリ水電解用陽極(特許文献3)や、ニッケルコバルト系酸化物と、イリジウム酸化物又はルテニウム酸化物とを含む触媒層をニッケル基体表面に形成したアルカリ水電解用陽極(特許文献4)が提案されている。しかし、特許文献1~4で提案された陽極等であっても、再生可能エネルギーなどの出力変動の大きい電力を動力源とした場合には性能が低下しやすく、長期間にわたって安定的に使用することが困難であった。このため、出力変動の大きい電力を動力源とする場合であっても、より長期間にわたって安定的に使用しうる陽極を開発することが要望されている。
【0010】
なお、電極の耐用年数は5~10年であるため、電極の開発及び評価にそのような長時間を費やすことは実質的に不可能であった。このため、アルカリ水電解などの実際の電解条件を模擬し、実際の劣化をより短い時間で再現して加速的に陽極や陽極触媒を評価する方法は、陽極や陽極触媒を開発し、かつ、品質管理する上でも非常に重要である。
【0011】
これまで、陽極触媒の耐久性を評価するために、サイクリックボルタンメトリーやサイクリックガルバノグラムを複数回連続して使用する方法(非特許文献1及び2)や、正弦波などの変動電流によって調査する方法(非特許文献3)などが採用されていた。また、非貴金属触媒の選定のために適当な電位間を繰り返し操作する試験方法が提案されている(特許文献5)。さらに、非常に大きい電流を長期間流す加速試験が提案されている(特許文献6)。
【0012】
一方、水の電気分解反応の終了後に電位が開回路電位よりも負になると、アノードの電気化学的還元反応が表面で起こること、及び還元条件と酸化条件の間で繰り返される遷移により触媒の溶解や剥離が加速されることが報告されている(非特許文献4及び5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【文献】英国特許出願公告第864457号明細書
【文献】米国特許第2928783号明細書
【文献】特開2015-86420号公報
【文献】特開2017-190476号公報
【文献】米国特許出願公開第2016/199821号明細書
【文献】米国特許第4498962号明細書
【非特許文献】
【0014】
【文献】D.Delgado, F.Bizzotto, A.Zana, and M.Arenz, Chem. Phys. Chem., 2, 3147-3153(2019)
【文献】Tsukada, Yudai; Kuroda, Yoshiyuki; Niiro, Hideaki; Fujii, Yuichi; Fujimoto, Norikazu; Mitsushima, Shigenori; Electrochimica Acta (20200901), 353, pp.136544
【文献】Z.Dobo and A.B.Palotas, Int. J. Hydrogen Energy, 42, 5649-5656(2017)
【文献】M.Bernt et al., Chemie Ing.Tech., 93, 31-39(2020)
【文献】A.Weis et al., J. Electrochem. Soc., 166, F487-F497(2019)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
しかしながら、これまでの評価方法は、再生可能エネルギーなどの出力変動の大きい電力を動力源とする陽極の耐久性を加速的に評価する方法としては、いずれも不十分であった。すなわち、再生可能エネルギーなどの出力変動の大きい断続的な特性を模倣して、水電解用等の陽極(アノード)の寿命を加速的に評価する実用的な方法はこれまでに見出されていないのが現状であった。
【0016】
本発明は、このような従来技術の有する問題点に鑑みてなされたものであり、その課題とするところは、再生可能エネルギーなどの出力変動の大きい電力を模倣し、このような出力変動の大きい電力を動力源とするアノードの耐久性をより短時間で正確に評価することが可能なアノードの加速評価方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、一定密度の電流を負荷するステップと一定電位に保持するステップを複数回繰り返すことで上記課題を解決しうることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0018】
すなわち、本発明によれば、以下に示すアノードの加速評価方法が提供される。
[1]アノードの耐久性を水溶液電解質中で電気化学操作して加速的に評価するアノードの加速評価方法であって、持続時間Tで0.1A/cm以上の酸化電流を前記アノードに負荷するJステップと、持続時間Tminで開回路電位よりも卑の一定電位に前記アノードを保持するEminステップと、を有し、前記Jステップ及び前記Eminステップを、それぞれ100回以上繰り返すアノードの加速評価方法。
[2]前記持続時間T及び前記持続時間Tminが、それぞれ120s以下である前記[1]に記載のアノードの加速評価方法。
[3]前記Jステップと前記Eminステップの間に、前記Jステップ終了時の電位より卑な電位から開始するリニア掃引ボルタンメトリーを前記アノードに実施するLSVステップをさらに有し、前記リニア掃引ボルタンメトリーのスキャンレートSRの範囲が、50~500mV/sである前記[1]又は[2]に記載のアノードの加速評価方法。
[4]前記Jステップと前記LSVステップの間に、開回路電位に前記アノードを保持するOCPステップをさらに有し、前記開回路電位に保持する保持時間が、10~60sである前記[3]に記載のアノードの加速評価方法。
[5]前記Eminステップにおいて、開回路電位よりも0.6~1.0V卑の電位に前記アノードを保持する前記[1]~[4]のいずれかに記載のアノードの加速評価方法。
[6]前記アノードが酸素発生電極である前記[1]~[5]のいずれかに記載のアノードの加速評価方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、再生可能エネルギーなどの出力変動の大きい電力を模倣し、このような出力変動の大きい電力を動力源とするアノードの耐久性をより短時間で正確に評価することが可能なアノードの加速評価方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明のアノードの加速評価方法の一実施形態を示すグラフである。
図2】本発明のアノードの加速評価方法の他の実施形態を示すグラフである。
図3】実施例1において、サイクル数に対して酸化電流0.1A/cmにおける電極電位をプロットしたグラフである。
図4】実施例1において、保持電位0.5V vs.RHE((a))及び保持電位0.7V vs.RHE((b))における分極曲線を示すグラフである。
図5】実施例1において、サイクル数に対して酸化電流0.1A/cmにおける電極電位をプロットしたグラフである。
図6】実施例2において、サイクル数に対して酸化電流0.1A/cmにおける電極電位をプロットしたグラフである。
図7】実施例2において、持続時間Tmin10s及び60sにおける分極曲線を示すグラフである。
図8】実施例2において、サイクル数に対して酸化電流0.1A/cmにおける電極電位をプロットしたグラフである。
図9】実施例3において、サイクル数に対して酸化電流0.1A/cmにおける電極電位をプロットしたグラフである。
図10】実施例3において、サイクル数に対して酸化電流0.1A/cmにおける電極電位をプロットしたグラフである。
図11】実施例4において、サイクル数に対して酸化電流0.1A/cmにおける電極電位をプロットしたグラフである。
図12】実施例4において、持続時間Tmin10s及び60sにおける分極曲線を示すグラフである。
図13】実施例4において、サイクル数に対して酸化電流0.1A/cmにおける電極電位をプロットしたグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明のアノードの加速評価方法(以下、単に「評価方法」とも記す)は、例えばアルカリ水電解用陽極(酸素発生電極)等のアノードの耐久性を水溶液電解質中で電気化学操作して加速的に評価する方法であり、持続時間Tで0.1A/cm以上の酸化電流をアノードに負荷するJステップと、持続時間Tminで開回路電位よりも卑の一定電位に前記アノードを保持するEminステップと、を有する。そして、Jステップ及びEminステップを、それぞれ100回以上繰り返す。以下、本発明の評価方法の詳細について説明する。
【0022】
本発明の評価方法は、再生可能エネルギーなどの出力が複雑に変動する電力を動力源とするアノードの耐久性を加速的に評価するための方法であり、主として、酸化電流の下での定常状態の動作と、電力が供給されない場合に到達する卑な電位制御とで構成される。図1は、本発明のアノードの加速評価方法の一実施形態を示すグラフである。図1に示す実施形態の評価方法では、評価サイクル室温~100℃のアルカリ水溶液中、持続時間Tで0.6A/cmの水電解のための酸化電流をアノードに負荷するJステップを実施し、次いで、持続時間Tminで開回路電位よりも卑の一定電位にアノードを保持するEminステップを実施する。そして、これらのJステップとEminステップを、それぞれ100回以上繰り返す。
【0023】
持続時間T及び持続時間Tminは、それぞれ120s(2min)以下に設定することが好ましく、90s以下に設定することがさらに好ましく、60s以下に設定することが特に好ましく、45s以下に設定することが最も好ましい。120s(秒)より長くなると、評価に要する時間が過度に長くなるとともに、それ以上長くしてもアノードの劣化速度の上昇が期待されない。Eminステップでは、開回路電位よりも0.6~1.0V卑の電位にアノードを保持することが好ましい。この範囲よりも貴の電位にアノードを保持すると劣化速度が低下しやすくなる。一方、上記の範囲よりもさらに卑の電位にアノードを保持すると、触媒の過度な還元が誘発されたり、水素が発生したりすることがある。このため、実際の稼働における劣化挙動とやや異なる場合がある。
【0024】
図1に示すように、JステップとEminステップの間に、Jステップ終了時の電位より卑な電位から開始するリニア掃引ボルタンメトリー(LSV)を実施するLSVステップをさらに有することが好ましい。これにより、再生可能エネルギーなどの出力変動の大きい電力の実際の変動状態をより好適に模擬することができる。なお、LSVは、通常、開回路電位付近の電位(図1では「1.5V」)から開始される。LSVのスキャンレートSRの範囲は、50~500mV/sとすることが好ましい。スキャンレートSRが遅すぎると、劣化が加速するが、評価方法全体の時間が長くなる場合があるとともに、実際には起こりにくい電力変動となりやすい。一方、スキャンレートSRが速すぎると、LSVステップを設ける意義が損なわれる場合がある。
【0025】
図2は、本発明のアノードの加速評価方法の他の実施形態を示すグラフである。図2に示すように、JステップとLSVステップの間に、開回路電位にアノードを保持するOCPステップをさらに有することが好ましい。OCPステップをさらに設けることで、再生可能エネルギーなどの出力変動の大きい電力の実際の変動状態をより好適に模擬することができる。OCPステップにおいて、開回路電位に保持する保持時間は10~60sとすることが好ましい。保持時間が短すぎると、開回路電位に維持する効果を得ることが困難になる場合がある。一方、保持時間が長すぎると、OCPステップを設ける意義が損なわれることがある。
【0026】
ステップ及びEminステップのそれぞれの繰り返し数(サイクル数)は、評価対象とするアノードの種類等にもよるが、100回以上であり、好ましくは10,000回以下である。また、評価に要する全体の時間が数時間から数100時間程度となるように、各ステップの時間を設定することが好ましい。
【0027】
(アノード)
次に、評価対象となるアノードにつき、アルカリ水電解用アノードを例に挙げて説明する。アルカリ水電解用アノード(以下、単に「アノード」とも記す)は、例えば、導電性基体と、導電性基体の表面上に任意に形成される中間層と、中間層の表面上に形成された触媒層とを備える。
【0028】
導電性基体は、電気分解のための電気を通すための導電体であり、中間層及び触媒層を担持する担体としての機能を有する部材である。導電性基体の少なくとも表面(中間層や触媒層が形成される面)は、ニッケル又はニッケル基合金で形成されている。すなわち、導電性基体は、全体がニッケル又はニッケル基合金で形成されていてもよく、表面のみがニッケル又はニッケル基合金で形成されていてもよい。具体的に、導電性基体は、鉄、ステンレス、アルミニウム、チタン等の金属材料の表面に、めっき等によりニッケル又はニッケル基合金のコーティングが形成されたものであってもよい。
【0029】
導電性基体の厚さは、0.05~5mmであることが好ましい。導電性基体の形状は、生成する酸素や水素等の気泡を除去するための開口部を有する形状であることが好ましい。例えば、エクスパンドメッシュや多孔質エクスパンドメッシュを導電性基体として使用することができる。導電性基体が開口部を有する形状である場合、導電性基体の開口率は10~95%であることが好ましい。
【0030】
触媒層は、導電性基体の表面上又は中間層の表面上に形成される触媒能を有する層である。中間層を介在させることで、触媒層は導電性基体上により強固に固定されている。触媒層に含まれる触媒の種類は特に限定されず、目的に応じた触媒能を有する触媒を選択して用いることができる。触媒の具体例としては、ニッケルコバルトスピネル酸化物(NiCo)、ランタノイドニッケルコバルトペロブスカイト酸化物、イリジウム酸化物、ルテニウム酸化物、及びリチウムニッケルコバルト酸化物などを挙げることができる。ランタノイドニッケルコバルトペロブスカイト酸化物は、構造式:XNiCo1-a(Xは、ランタン、セリウム、及びプラセオジムの少なくともいずれかの金属を示し、0<a<1である)で表される。
【0031】
触媒層は、1種類の触媒で形成してもよいし、複数種の触媒で形成してもよい。複数種の触媒を用いる場合、複数種の触媒を混合して1層の触媒層を形成することができる。また、複数の触媒層を積層して触媒型の触媒層としてもよい。積層型の触媒層とする場合、1種類の触媒で各層を形成してもよいし、複数種の触媒で各層を形成してもよい。例えば、リチウムニッケル酸化物又はニッケルコバルトスピネル酸化物からなる第1層を中間層上に形成した後、第1層の上にイリジウム酸化物からなる第2層を積層してもよい。触媒層の厚さや密度等については特に限定されず、アノードの用途等に応じて適宜設定すればよい。
【0032】
アノードは、導電性基体の表面上に、必要に応じて中間層を形成した後、触媒層を形成することで製造することができる。触媒層は、例えば、熱分解法、電気めっき、スパッタリング、イオンプレーティング、プラズマ溶射などにより形成することができる。以下、熱分解法により触媒層を形成する方法を例に挙げて、アノードの製造方法について説明する。
【0033】
触媒層を形成する前に、表面の金属や有機物などの汚染粒子を除去するために、導電性基体を予め化学エッチング処理することが好ましい。化学エッチング処理による導電性基体の消耗量は、30g/m以上400g/m以下程度とすることが好ましい。また、中間層や触媒層との密着力を高めるために、導電性基体の表面を予め粗面化処理することが好ましい。粗面化処理の手段としては、粉末を吹き付けるブラスト処理や、基体可溶性の酸を用いたエッチング処理や、プラズマ溶射などを挙げることができる。
【0034】
化学エッチング処理した導電性基体の表面に、所望の金属イオンを含有する前駆体水溶液を塗布する。塗布方法としては、刷毛塗り、ローラー塗布、スピンコート、静電塗装などを挙げることができる。次いで、必要に応じて、水溶液を塗布した導電性基体を乾燥させる。乾燥温度は、急激な溶媒の蒸発を避ける温度(例えば、60~80℃程度)とすることが好ましい。
【0035】
次いで、その表面に前駆体水溶液が塗布された導電性基体を熱処理する。これにより、導電性基材の表面上に触媒層を形成することができる。熱処理温度は適宜設定することができる。前駆体の分解温度と生産コストとを考慮すると、熱処理温度は450~600℃とすることが好ましく、450~550℃とすることがさらに好ましい。例えば、硝酸リチウムの分解温度は430℃程度であり、酢酸ニッケルの分解温度は373℃程度である。熱処理温度を450℃以上とすることにより、各成分をより確実に分解することができる。熱処理温度を600℃超とすると、導電性基体の酸化が進行しやすく、電極抵抗が増大して電圧損失の増大を招く場合がある。熱処理時間は、反応速度、生産性、触媒層表面の酸化抵抗等を考慮して適宜設定すればよい。
【0036】
前述の前駆体水溶液の塗布回数を適宜設定することで、形成される触媒層の厚さを制御することができる。なお、水溶液の塗布と乾燥を一層毎に繰り返し、最上層を形成した後に全体を熱処理してもよく、水溶液の塗布及び熱処理(前処理)を一層毎に繰り返し、最上層を形成した後に全体を熱処理してもよい。前処理の温度と全体の熱処理の温度は、同一であってもよく、異なっていてもよい。また、前処理の時間は、全体の熱処理の時間よりも短くすることが好ましい。
【実施例
【0037】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。以下の実施例では、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)製の電気化学セル(容積:5L)を使用した。この電気化学セルは、評価対象(アノード)を作用電極として使用し、RHEを参照電極として使用し、スパイラルニッケル線を対極として使用した3電極を有するセルである。作用電極の表面積は1.0cmであり、熱収縮チューブでシールドされたNiワイヤーに接続した。作用電極と参照電極のLugginキャピラリーの間の距離は、約1cm以内に固定した。対極は、主に生成する水素がセル内電解液に拡散するのを防ぐため、筒状の中性隔膜の中に設置した。電解液は、7.0mol/LのKOH水溶液である。電解質温度は、前処理(電気化学的活性化)及び加速評価中、それぞれ80℃及び25℃に維持した。電気化学操作には、専用ソフトウェア(EC-Lab V11.30)によって制御されるBio-Logic SASポテンシオスタット(モデル:VSP-300)を使用した。電気化学的前処理として、評価対象であるアノードを使用し、80℃で2時間、1.0A/cmの定電流で水電解を行った。
【0038】
(アルカリ水電解用陽極(アノード)の製造)
硝酸ニッケル及び硝酸コバルトを純水に溶解させて、ニッケル(Ni):コバルト(Co)のモル比がNi:Co=33.3:66.7である塗布液を得た。得られた塗布液を、塗布1回当たりのメタル量が1g/mとなるように表面処理したニッケル基体の表面に塗布した後、室温で10分間及び60℃で10分間乾燥させた。次いで、空気循環式の電気炉中、350℃で15分間熱処理する熱分解を行った。塗布液の塗布から熱分解までの処理を4回繰り返して、ニッケル基体の表面上に触媒層(組成:NiCo)が形成されたアルカリ水電解用陽極(n=1及び2)を得た。形成された触媒層のメタル量は4g/mであった。
【0039】
(実施例1)
minステップの影響:
図1に示すように、再生可能なエネルギーなどの電力の実際の変動を模擬するために、JステップとEminステップの間に、Jステップ終了時の電位を1.5V vs.RHEに保持するとともに、その電位から500mV/sのスキャンレートSRでLSVを実施するLSVステップを設けた。RHEに対してEmin=0.3、0.5、及び0.7Vとし、このステップの持続時間Tminを60sとして実施した。サイクル数に対して酸化電流0.1A/cmにおける電極電位をプロットしたグラフを図3に示す。図3中の電極電位の値は、図4に示す分極曲線(スイープ速度:5mV/s)から算出した。
【0040】
図3に示すように、Emin=0.3V及び0.5Vでは、電極電位の変化(劣化)がほぼ同一であった。一方、Emin=0.7Vでは劣化が遅くなっており、Eminの値が貴であるほど、アノードへのストレスが低減したことがわかる。図5に示すように、電極の劣化挙動は、Jステップでのアノード電位に基づき、電極が安定した触媒性能を示す領域A、電極が急速に劣化する領域B、及び低下した触媒の性能がニッケル基材と同等になった領域C、の3つの主要な領域に分けることができる。なお、SEMによる表面観察では、領域Cに達したアノードでは触媒の消耗が確認された。
【0041】
(実施例2)
minステップの持続時間Tminの影響:
図1に示すように、Eminステップにおける保持電位(Emin)を0.5Vに固定し、持続時間Tminのみを変えて評価を実施した。サイクル数に対して酸化電流0.1A/cmにおける電極電位をプロットしたグラフを図6に示す。図6中の電極電位の値は、図7に示す分極曲線(スイープ速度:5mV/s)から算出した。
【0042】
図7に示すように、持続時間Tminを60sとした場合には、持続時間Tminを10sとした場合と比較して劣化が早く進行することが観察された。図8に示すように、持続時間Tminを10sとした場合には領域Aが大幅に広くなり、より多くのサイクルに対して安定した活性が維持されたことがわかる。水電解反応の終了後に電位が開回路電位よりも負になると、アノード表面で電気化学的還元反応が進行し、溶解や脱離といった電極触媒の劣化反応が引き起こされると推測される。この劣化反応が、Eminステップの保持電位だけでなく、持続時間Tminにも強く依存することがわかる。
【0043】
(実施例3)
LSVステップのスキャンレートSRの影響:
図1に示すように、Eminステップにおける保持電位(Emin)を0.5V及び持続時間Tminを60sに固定し、LSVステップのスキャンレートSRのみを変えて評価を実施した。サイクル数に対して酸化電流0.1A/cmにおける電極電位をプロットしたグラフを図9及び10に示す。スキャンレートSR50mV/s及び500mV/sのうち、500mV/sとした場合に電極はより良好な耐久性を示した。また、図10に示すように、スキャンレートSR50mV/sの場合、B領域が少ないサイクル数から出現したことがわかる。このように、スキャンレートSRを遅くすることで、アノード表面の劣化反応の進行が加速されることが明らかである。
【0044】
実施例1及び2の結果から、Jステップ及びEminステップのサイクル数により、電極触媒の溶解や脱離などの劣化が加速する現象の存在を見出した。また、実施例3の結果から、LSVステップのスキャンレートSRを遅くすることで、電極触媒の劣化反応が進行しやすくなり、耐久性が大幅に低下する現象の存在を見出すことができた。すなわち、LSVステップのスキャンレートSRが、加速評価の有効な因子であることを確認した。
【0045】
(実施例4)
OCPステップの影響:
図2に示すように、JステップとLSVステップの間に、開回路電位に前記アノードを保持するOCPステップをさらに設けて評価を実施した。なお、Eminステップの保持電位を0.5V、持続時間Tminを60sに固定し、OCPステップの保持時間のみを10~60sの範囲で変えて評価を実施した。サイクル数に対して酸化電流0.1A/cmにおける電極電位をプロットしたグラフを図11に示す。図11中の電極電位の値は、図12に示す分極曲線(スイープ速度:5mV/s)から算出した。
【0046】
図11に示すように、OCPステップの間隔が電極の耐久性の向上に大きな影響を及ぼしていることがわかる。また、図13に示すように、アノードが安定した触媒活性を発揮する範囲(領域A)が明らかに拡大されており、OCPステップが存在するため、後続の領域(領域B)での進行速度が著しく低下したことがわかる。実施例4では、OCPステップを設けることにより、電極触媒の耐久性が大幅に向上する現象が見出された。理由については必ずしも明らかではないが、開回路に保持することで、Jステップで生じた触媒層の構造変化が緩和及び回復し、その後のEminステップでの劣化の進行が抑制されたものと推測される。この現象は実機でも発生する可能性があるので、OCPステップを設けることで、より実機に対応した耐久性の加速評価方法を確立することができる。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明のアノードの加速評価方法は、例えば、再生可能エネルギーなどの出力変動の大きい電力を動力源とする酸素発生電極等のアルカリ水電解用陽極の加速的に評価する方法として有用である。

図1
図2
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図5
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図9
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図11
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図13