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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-23
(45)【発行日】2024-10-31
(54)【発明の名称】ガスセンサ
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/12 20060101AFI20241024BHJP
【FI】
G01N27/12 B
【請求項の数】 16
(21)【出願番号】P 2021086679
(22)【出願日】2021-05-24
(65)【公開番号】P2022179881
(43)【公開日】2022-12-06
【審査請求日】2024-03-14
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和3年度、防衛装備庁、安全保障技術研究推進制度委託事業、酸化物半導体ガスセンサの表面改質に関する基礎研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 拓
(72)【発明者】
【氏名】大垣 武
(72)【発明者】
【氏名】安達 裕
(72)【発明者】
【氏名】坂口 勲
【審査官】黒田 浩一
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2014/0145736(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2010/0170325(US,A1)
【文献】特開昭62-090529(JP,A)
【文献】特開平07-239314(JP,A)
【文献】特開2003-315299(JP,A)
【文献】国際公開第2013/125421(WO,A1)
【文献】特開平06-222027(JP,A)
【文献】兵頭健生ら,金属/半導体のショットキー接合を利用したガスセンシング,JXTG Technical Review,2019年,第61巻、第1号,pp.12-18,<URL:https://www.eneos.co.jp/company/rd/technical_review/pdf/vol61_no01_05.pdf>
【文献】東海林幹ら,Pd/ZnOショットキーダイオード作製と特製に及ぼす水素ガスの影響,平成21年度電気関係学会東北支部連合大会,2009年,p.102,<URL:https://www.jstage.jst.go.jp/article/tsjc/2009/0/2009_0_102/_pdf>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/00-27/24
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ショットキー電極とオーミック電極のペアを有する金属酸化物半導体基板と、
前記ショットキー電極とオーミック電極に、正電圧と負電圧のバイアス電圧を切り替えて印加する電圧印加手段と、
前記電圧印加手段により印加される正電圧と負電圧のバイアス電圧における前記ショットキー電極とオーミック電極間の抵抗を測定する抵抗値測定手段と、
前記抵抗値測定手段で測定された正電圧のバイアス電圧における前記ショットキー電極とオーミック電極間の抵抗値(以下、「正バイアス電圧抵抗値」という)と、負電圧のバイアス電圧における前記ショットキー電極とオーミック電極間の抵抗値(以下、「負バイアス電圧抵抗値」という)を比較して、正バイアス電圧抵抗値の変化が負バイアス電圧抵抗値の変化と同極性か異極性か判定する正負バイアス電圧抵抗値比較手段と、
前記正負バイアス電圧抵抗値比較手段により測定された抵抗値を用いて、前記金属酸化物半導体基板の前記ショットキー電極とオーミック電極に位置する検知表面と接触する被検ガスが、水素ガスであるか、水素ガス以外の還元性ガス、又は酸化性ガスかを選択する被検ガス識別手段と、
を備えるガスセンサ。
【請求項2】
前記抵抗値測定手段は、前記ショットキー電極とオーミック電極の間にバイアス電圧を印加してから平衡状態に達した後の、正バイアス電圧抵抗値と負バイアス電圧抵抗値を測定する、
請求項1に記載のガスセンサ。
【請求項3】
前記抵抗値測定手段は、前記ショットキー電極とオーミック電極とのペアを有する金属酸化物半導体基板からなるガスセンサ試料と直列に接続された参照抵抗における電圧降下を測定して、次式によりガスセンサ試料の抵抗Rを求めることを特徴とする請求項1又は2に記載のガスセンサ。
R=Rref(V-Vref)/Vref
ここで、Vは回路全体に掛かる直流電圧、Vrefは参照抵抗での電圧降下、Rrefは参照抵抗の抵抗値、Rはガスセンサ試料の抵抗。
【請求項4】
前記電圧印加手段は、正電圧のバイアス電圧を発生する正バイアス電圧部、負電圧のバイアス電圧を発生する負バイアス電圧部、及び正バイアス電圧部と負バイアス電圧部を切り替えて前記ショットキー電極とオーミック電極にバイアス電圧を印加する電圧切換スイッチを有することを特徴とする請求項1乃至3の何れかに記載のガスセンサ。
【請求項5】
前記抵抗値測定手段は、前記正バイアス電圧部のバイアス電圧が印加された状態での前記ショットキー電極とオーミック電極との間の正バイアス電圧抵抗値と、前記負バイアス電圧部のバイアス電圧が印加された状態での前記ショットキー電極とオーミック電極との間の負バイアス電圧抵抗値を測定するものであり、
前記正負バイアス電圧抵抗値比較手段は、前記抵抗値測定手段で測定された正バイアス電圧抵抗値と負バイアス電圧抵抗値を比較して、正バイアス電圧抵抗値の変化が負バイアス電圧抵抗の変化と同極性か異極性か判定するものである、
ことを特徴とする請求項4に記載のガスセンサ。
【請求項6】
前記被検ガス識別手段は、前記正負バイアス電圧抵抗値比較手段で正バイアス電圧抵抗値の変化が負バイアス電圧抵抗値の変化と異極性の場合には水素ガスを含有する空気と判断し、正バイアス電圧抵抗値の変化と負バイアス電圧抵抗値の変化が同極性の場合は水素ガスを含有しない空気と判断する、
ことを特徴とする請求項5に記載のガスセンサ。
【請求項7】
ショットキー電極とオーミック電極のペアを有する金属酸化物半導体基板と、
前記ショットキー電極とオーミック電極に、正電圧と負電圧のバイアス電圧を切り替えて印加する電圧印加手段と、
前記電圧印加手段により印加される正電圧と負電圧のバイアス電圧における前記ショットキー電極とオーミック電極間の抵抗を測定するものであって、前記ショットキー電極とオーミック電極の間にバイアス電圧を印加してから平衡状態に達するまでの間の抵抗スイッチングにおける、前記バイアス電圧を印加してからの経過時間と電極間を流れる電流との関係を測定する抵抗値測定手段と、
前記抵抗値測定手段で測定された前記バイアス電圧を印加してからの経過時間と電極間を流れる電流との関係が、バイアス電圧の正負の極性の間で、応答の方向が逆転しているか、判定する測定する抵抗スイッチング応答方向比較手段と、
前記抵抗スイッチング応答方向比較手段により測定された抵抗値を用いて、前記金属酸化物半導体基板の前記ショットキー電極とオーミック電極に位置する検知表面と接触する被検ガスが、水素ガスであるか、水素ガス以外の還元性ガス、又は酸化性ガスかを選択する被検ガス識別手段と、
を備えるガスセンサ。
【請求項8】
前記金属酸化物半導体基板は200~400℃であり、前記被検ガスは200~400℃である請求項1乃至の何れかに記載のガスセンサ。
【請求項9】
前記抵抗値測定手段は、前記ショットキー電極とオーミック電極とのペアを有する金属酸化物半導体基板からなるガスセンサ試料と直列に接続された参照抵抗における電圧降下を測定して、次式によりガスセンサ試料の抵抗Rを求めることを特徴とする請求項7又は8に記載のガスセンサ。
R=Rref(V-Vref)/Vref
ここで、Vは回路全体に掛かる直流電圧、Vrefは参照抵抗での電圧降下、Rrefは参照抵抗の抵抗値、Rはガスセンサ試料の抵抗。
【請求項10】
前記金属酸化物半導体基板は、金属酸化物の半導体の単結晶材料からなることを特徴とする請求項1乃至の何れかに記載のガスセンサ。
【請求項11】
前記金属酸化物の半導体の単結晶材料は、NiO、Fe、Fe、CoFe、MnFe、SnO、VO、TiO、CrO、V、Ti ZnOの何れかである請求項10に記載のガスセンサ。
【請求項12】
前記金属酸化物半導体基板は、半絶縁的な高い電気抵抗を有する単結晶材料を含むことを特徴とする請求項1乃至11の何れかに記載のガスセンサ。
【請求項13】
前記単結晶材料は、TiO、ZnO、Gaの何れかである請求項12に記載のガスセンサ。
【請求項14】
前記ショットキー電極とオーミック電極のペアは、前記金属酸化物半導体基板の被検ガスの検知表面に設けられていることを特徴とする請求項1乃至13の何れかに記載のガスセンサ。
【請求項15】
前記金属酸化物半導体基板において、前記ショットキー電極はPt、前記オーミック電極はAl、前記金属酸化物半導体基板はTiO(110)であり、
前記被検ガス識別手段は、前記抵抗スイッチング応答方向比較手段で前記バイアス電圧の正負の極性の間で、応答の方向が逆転している場合は水素ガスを含有する空気、又は低濃度(1~20ppmv)のエタノールと判断し、前記応答の方向が逆転していない場合は水素ガスを含有しない空気、高濃度(50~1000ppmv)のエタノール、又は二酸化窒素と判断する、
ことを特徴とする請求項7に記載のガスセンサ。
【請求項16】
前記金属酸化物半導体基板において、前記ショットキー電極はPt、前記オーミック電極はAu/Al、前記金属酸化物半導体基板はTiO(110)であり、
前記被検ガス識別手段は、前記抵抗スイッチング応答方向比較手段で前記バイアス電圧の正負の極性の間で、応答の方向が逆転している場合は20~200ppmvの濃度範囲の水素ガスを含有する空気と判断し、前記応答の方向が逆転していない場合は200~1000ppmvの濃度範囲の水素ガスを含有する空気又はエタノールと判断する、
ことを特徴とする請求項7に記載のガスセンサ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ppmレベルの低濃度領域の水素検知に用いて好適なガスセンサに関し、特に多様なガス種に対する高感度な検知能力を維持しつつ、水素の識別を新たに可能にするガスセンサに関する。
【背景技術】
【0002】
ガスセンサは様々な用途で広く使われており、現代社会で無くてはならないものとなっている。それらには例えば、一酸化炭素などの各種有害ガスに対する警報器、呼気中のアルコール成分を検知するポータブルセンサ、口臭測定器、臭いセンサ、作業環境のモニタリング等があり、安全・安心・快適な環境の保全に役立っている。
とりわけ近年では、クリーンなエネルギー源として水素が注目され、その製造、運搬、貯蔵において、水素ガスの漏洩検知が求められている(例えば、特許文献1参照)。この漏洩検知では、水素の空気中での爆発下限は4.0体積%であることから、漏洩をいち早く検知するために、この爆発下限よりも遙かに低濃度の水素ガスを検知可能な高感度水素センサが必要とされている。これに加えて、水素ガスは疾病診断におけるマーカーとなることも、最近分かってきた。例えば、呼気中にわずかに含まれる水素(呼気中水素濃度20ppmv以上)の濃度変化を測定することで、乳糖不耐症の診断が非侵襲で可能となることが示されている。このように、水素を高感度で、且つ選択的に検知できる技術への社会的な要請が近年高まっている。
【0003】
空気に含まれる微量な水素の検知技術については、長年研究されており、様々な検知方法が提案されてきた。それらの中で、サイズ、コスト、信頼性、感度、寿命、応答・回復速度等の様々な点で優れた半導体式のガスセンサが、ppmレベルの微量濃度の水素を検出可能な高感度水素センサとして実用化されている(例えば、特許文献2~3参照)。現状では一般に、ppmレベルでの高感度な水素検知が必要とされる場合、この半導体式のガスセンサが用いられる。半導体式水素センサは感度に優れているので、漏洩を検知するために1000ppmを上回る高感度なセンシングが必要とされる水素ステーションのディスペンサー等で、既に使用されている。
半導体式水素センサは、上述のように感度に優れているが、一方で以下に説明するように、その動作原理に由来してガス選択性に欠点を有する。
【0004】
半導体式ガスセンサでは、被検ガスがセンサ表面に吸着する際に起こる酸化還元反応を動作原理として利用する。大気中では、センサの表面には大気に含まれる酸素分子が解離して、負に帯電して吸着している(負電荷吸着)とされ、この負電荷吸着酸素が被検ガスによって消費されることで、センサ材料の電気抵抗が低下する。これを化学反応式で、価数が1価と2価の負電荷吸着酸素に対して書くと、被検ガスがエタノール(EtOH)の場合は、それぞれ次の様に表される。
EtOH(ads)+O(ads)→CHCHO+HO+e (1)
EtOH(ads)+O2-(ads)→CHCHO+HO+2e (2)
【0005】
ここで(ads)は、原子や分子が表面に吸着している状態を表す添え字である。このように、エタノールによって伝導電子をトラップしていた負電荷吸着酸素が消費され、その結果、伝導電子が解放されるので、(1)又は(2)の反応によって、ガスセンサ材料の電気抵抗が下がる。半導体式ガスセンサでは、この抵抗変化を検出することでガスを検知している。さらに、この電気抵抗の変化の度合いは、センサ表面と反応する被検ガス濃度に依存するので、抵抗変化の測定から被検ガスの濃度が見積もられる。換言すれば、半導体ガスセンサでは自身の表面酸素を使って被検ガスを燃やして、それによって起きる抵抗変化を検出している。この抵抗の変化は、1ppmv以下の極めて微量の被検ガス濃度でも起こることが知られており、このことが半導体ガスセンサの高感度なガス検知性能を保証している。半導体式ガスセンサからの派生形、例えば熱線半導体式ガスセンサの動作原理も、基本的には同様である。
【0006】
ところで、負電荷吸着酸素の消費は、エタノールのみならず、様々な還元性ガス、例えば水素や揮発性有機化合物ガスによっても起こる。これは、それらの還元性ガスが酸素と反応して燃えることを考えれば、当然のことと言える。したがって、半導体ガスセンサは様々な還元性ガスに敏感に反応する。加えて、表面酸化をもたらす酸化性ガスにも反応する。その結果、多様なガスを高感度に検出する一方で、検出したガス種の識別はとても困難である(例えば、非特許文献1、2参照)。
【0007】
この動作原理に由来するガス選択性に関する欠点を克服する目的で、触媒の開発やガスセンサ材料(感ガス材料)の形状の改良などが長年にわたって行われてきた。例えば、金の様な貴金属のナノサイズ粒子をセンサ材料の表面に付与することで、特定のガスに対して検出感度が向上する場合のあることが知られている。また、粉体形状を持つセンサ材料の粒子外形を制御することで、ある特定の結晶面を表面に露出させ、これがガス選択性の向上につながることも報告されている。しかし半導体ガスセンサが、被検ガスが表面で起こす酸化還元反応を原理として利用する以上、これらのアプローチでガス選択性を発現させるには限界がある。すなわちこれらのアプローチでガス選択性が改善された半導体ガスセンサにおいても、程度の差はあれ、多様のガス種に反応する点は同じであり、このことから被検ガス種を完全に区別することは不可能である。このガス選択性に関する難点が、半導体ガスセンサの最も大きな技術的課題であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2002-236106号
【文献】特開2004-205356号
【文献】特開2009-042213号
【非特許文献】
【0009】
【文献】H. Ji, W. Zeng, Y. Li, Gas sensing mechanisms of metal oxide semiconductors: a focus review, Nanoscale 11 (2019) 22664.
【文献】A. Ponzoni, et. al., Metal Oxide Gas Sensors, a Survey of Selectivity Issues Addressed at the SENSOR Lab, Brescia (Italy), Sensors 17 (2017) 714
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
半導体ガスセンサは、感度、信頼性、寿命、応答・回復速度等の、様々な特性に優れることから、とりわけ高感度なガス検知が必要とされる場合に、広く用いられている。一方で、ガス種の識別性(選択的なガス検出)については、動作原理に由来する難点がある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
ところで、抵抗スイッチング現象を用いる抵抗変化型メモリは、新しい不揮発性メモリとして注目され、近年その動作原理について、活発に研究がなされている。それらの研究は、殆どの場合で大気中での抵抗スイッチング現象を調査課題としていた。抵抗スイッチングとは、文字通り、高抵抗状態と低抵抗状態が可逆的、且つ不連続に切り替わる現象のことである。したがってこの場合、素子の電流-電圧特性はその履歴に依存することになるので、特性はヒステリシスを呈する場合がある。
【0012】
最近、本発明者は上述のヒステリシスが、大気に含まれる水素濃度に応じて敏感に変化することを見出し、さらにこの変化がバイアス方向によって反転することを見出した。これらの発見に基づき、抵抗測定を通じて水素を選択的に検出することが出来るのではないかと着想し、本発明を完成するに至った。
即ち、本発明は上記の課題(半導体ガスセンサのガス種の識別性)を解決したもので、半導体ガスセンサの動作原理(被検ガスの表面吸着に伴って起こるガスセンサ表面の酸化還元反応)に、新しいガス検知原理(被検ガスによる電極界面での抵抗スイッチング特性の変化)を加えることで、半導体ガスセンサの広範なガス種に対する高感度な検知能力を維持しつつ、水素の識別を新たに可能にする新規な半導体ガスセンサを提供することを目的とする。
【0013】
[1]本発明のガスセンサは、例えば図1に示すように、ショットキー電極20とオーミック電極30のペアを有する金属酸化物半導体基板10と、ショットキー電極20とオーミック電極30に正電圧と負電圧のバイアス電圧を印加する電圧印加手段40と、電圧印加手段40により印加される正電圧と負電圧のバイアス電圧におけるショットキー電極20とオーミック電極間の抵抗を測定する抵抗値比較手段50と、抵抗値比較手段50により測定された抵抗値を用いて、金属酸化物半導体基板10のショットキー電極20とオーミック電極30の間に位置する検知表面と接触する被検ガスが、水素ガスであるか、水素ガス以外の還元性ガス、又は酸化性ガスかを選択する被検ガス識別手段60とを備えることを特徴とする。
【0014】
[2]本発明のガスセンサにおいて、好ましくは、抵抗値比較手段50は抵抗変化を正負のバイアス方向に対して同時に測定することで、5ppmv以上1000ppmv以下の濃度範囲で水素ガスと、水素ガス以外の還元性ガス、又は酸化性ガスとを区別することができるとよい。
[3]本発明のガスセンサにおいて、好ましくは、金属酸化物半導体基板は、金属酸化物の半導体の単結晶材料からなるとよい。
[4]本発明のガスセンサにおいて、好ましくは、前記金属酸化物の半導体の単結晶材料は、NiO、Fe、Fe、CoFe、MnFe、SnO、VO、TiO、CrO、V、Ti、ZnO、SnOの何れかであるとよい。
[5]本発明のガスセンサにおいて、好ましくは、金属酸化物半導体基板は、半絶縁的な高い電気抵抗を有する単結晶材料を含むとよい。
[6]本発明のガスセンサにおいて、好ましくは、半絶縁性単結晶材料は、TiO、ZnO、Gaの何れかであるとよい。
[7]本発明のガスセンサにおいて、好ましくは、前記ショットキー電極とオーミック電極のペアは、前記金属酸化物半導体基板の被検ガスの検知表面に設けられているとよい。
【発明の効果】
【0015】
本発明のガスセンサによれば、Pt/TiOショットキー界面での抵抗スイッチングの特性が雰囲気の成分によって敏感に変化すること、そしてこの抵抗スイッチング特性の変化によって、微量水素の存在下では整流方向が逆転すること、に基づいている。このように、界面のスイッチング特性が雰囲気中の水素に敏感なため、ショットキー電極とオーミック電極間の抵抗を、バイアス方向の間で比較することで、抵抗応答の極性の違いとして水素を明確に識別することが出来る。この抵抗応答は、電極界面での抵抗と、被検ガスの表面吸着によって変化する酸化物半導体材料での抵抗の合算なので、水素以外にも、半導体ガスセンサによって検出される多種多様なガスを同様に検出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明の一実施例を示す表面・界面ハイブリッドガスセンサの模式図と動作原理の概要図である。
図2A】本発明の一実施例を示すPt-TiO-Alガスセンサの構成斜視図である。
図2B】従来装置であるAl-TiO-Alガスセンサの構成斜視図である。
図3】ガスセンサ特性評価装置の構成図である。
図4】400℃における電流-電圧特性。挿入図は、Pt-TiO-AlガスセンサとAl-TiO-Alガスセンサの模式図である。
図5】本発明の一実施例を示す400℃、±5Vのバイアス印加時の、電流とバイアス印加開始からの経過時間との関係図である。
図6】本発明の一実施例を示す400℃における(A)Pt-TiO(110)-Alガスセンサと(B)Al-TiO(110)-Alガスセンサの、エタノール50ppmvと水素500ppmvに対する抵抗応答波形図である。
図7】本発明の一実施例を示す400℃におけるPt-TiO(110)-Alガスセンサの水素とエタノールに対する抵抗応答波形図である。
図8】本発明の一実施例を示す400℃におけるPt-TiO(110)-Au/Alガスセンサの水素とエタノールに対する抵抗応答波形図である。
図9】本発明の一実施例を示す400℃におけるPt-TiO(100)-Alガスセンサの水素に対する抵抗応答波形図である。
図10】本発明の一実施例を示す400℃におけるPt-TiO(110)-Alガスセンサの水素と二酸化窒素に対する抵抗応答波形図である。
図11】本発明の一実施例を示すPt-TiO(110)-Alガスセンサの水素に対する抵抗応答波形図(a)と(b)、及び測定中の試料温度プロファイル(c)である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、図面を用いて本発明を説明する。
図1は、本発明の一実施例を示す表面・界面ハイブリッドガスセンサの模式図と動作原理の概要図である。抵抗スイッチング素子は、TiOの様な遷移金属酸化物の半導体または絶縁体材料に、複数(典型的には、2個)の金属電極を取付けた形状を有している。
本発明の一実施例を示すガスセンサは、金属酸化物半導体基板10、ショットキー電極20、オーミック電極30、電圧印加手段40、抵抗値比較手段50及び被検ガス識別手段60を備えている。
【0018】
金属酸化物半導体基板10は、ショットキー電極20とオーミック電極30のペアを有するもので、TiOの様な金属酸化物の半導体または絶縁体材料からなる。金属酸化物の半導体材料としては、NiO、Fe、Fe、CoFe、MnFe、SnOのようにほぼ全温度領域で半導体のものと、VO、TiO、CrO、V、Tiのようにある境界の温度を境に半導体と金属のように電気伝導が分かれるものがある。また抵抗率の非常に大きな半絶縁性材料としては、Gaや、熱処理等によってキャリア密度を低減させたTiO、ZnO等がある。ここで、本明細書での半絶縁性材料は、室温での比抵抗(抵抗率)が1MΩm以上、1GΩm以下のものと定義する。
ショットキー電極20は、ショットキー障壁と呼ばれる障壁が金属酸化物半導体基板10の半導体と電極金属との間に存在することにより、整流作用が生じるもので、例えばPt(白金)が用いられる。整流作用とは,電流―電圧特性が非直線的で,かつ原点に対して非対称的な挙動を示し電流が流れやすい方向と流れにくい方向とに分かれるものである。オーミック電極30は、金属酸化物半導体基板10と電極金属との間に電気的な壁(障壁)が存在せず,金属酸化物半導体基板10の抵抗に比べて十分に無視できる程の小さな接触抵抗で有る状態のもので、例えばアルミニウム(Al)薄膜が電極として使用される。
【0019】
電圧印加手段40は、ショットキー電極20とオーミック電極30に正電圧と負電圧のバイアス電圧を印加するもので、正バイアス電圧部42、負バイアス電圧部44、電圧切換スイッチ46a、46bを有している。正バイアス電圧部42と負バイアス電圧部44は発生電圧が可変に調整される。
抵抗値比較手段50は、電圧印加手段40により印加される正電圧と負電圧のバイアス電圧におけるショットキー電極20とオーミック電極30間の抵抗を測定する。
被検ガス識別手段60は、抵抗値比較手段50により測定された抵抗値を用いて、金属酸化物半導体基板10のショットキー電極20とオーミック電極30の間に位置する検知表面と接触する被検ガスが、水素ガスであるか、水素ガス以外の還元性ガス、又は酸化性ガスかを選択する。水素ガス以外の還元性ガスとしては、一酸化炭素(CO)、炭化水素ガス(CH、C、C10など)がある。酸化性ガスとしては、酸素(O)、オゾン(O)、二酸化窒素(NO)、四酸化二窒素(N)がある。
【0020】
このように構成された装置においては、金属酸化物半導体基板10と金属電極20の材料の種類によっては、電極と遷移金属酸化物との間の界面にショットキー障壁に相当する空乏層領域が形成され、その結果、整流特性を生ずる。
オーミック電極30は、電極材料の種類によっては整流特性を有しない、いわゆるオーミックな電流-電圧特性を有する界面が形成される場合もある。電極と遷移金属酸化物との界面が、ショットキー障壁に由来する整流特性を有するかどうかは、一般に電極材料と遷移金属酸化物の仕事関数の大小関係によって説明される。
【0021】
さて、少なくとも一つはショットキー障壁に由来する整流特性を有する電極(ショットキー電極)を含む2つの電極間、つまり、ショットキー電極とオーミック電極のペア、または二つのショットキー電極のペアで、電流-電圧特性を調べると、それがヒステリシスを呈する場合がある。これは抵抗スイッチング現象と呼ばれ、高抵抗状態と低抵抗状態を可逆的に切り替えることができ、さらにしばしば、印加電圧を取り除いても、その抵抗状態が保持出来る事が知られている。
【0022】
この不揮発性の抵抗変化を利用するのが、抵抗変化型メモリ(Resistance Random Access Memory:ReRAM)である。ReRAMにおける抵抗変化のメカニズムについては、導電性フィラメントの形成が抵抗スイッチングの起源とする見解が現状では支配的である。すなわち、電界印加によって電極界面にフィラメントと呼ばれる伝導パスが可逆的に形成されていると考えられている。また、導電性フィラメントの形成には、遷移金属酸化物における酸素欠陥の拡散や酸化還元反応が関与していると報告されている。本発明者は、抵抗スイッチングの挙動が空気中にわずかに水素が混入することによって変化することを見出した。すなわち、ReRAMの電流-電圧特性の変化から、水素を検知することが出来る。さらに、雰囲気中に水素が混入することによって生じる抵抗スイッチングのこの特性変化において、抵抗変化の方向(抵抗が大きくなるか、又は小さくなるか)がバイアス方向間で逆転することも見出した。このような抵抗スイッチング特性の変化のメカニズムとしては、上述の導電性フィラメントの形成が雰囲気中の水素の存在に極めて敏感であることが考えられる。
【0023】
これについて説明すると、水素ガスは電極材料の種類によっては、その表面で解離して、原子状水素として表面から電極内部に侵入し、その後電極と遷移金属酸化物の界面に到達することが知られている。そしてこの界面に到達した水素が、先述の導電性フィラメントの形成に影響することになる。このような拡散によって電極界面に到達できるガス種は原子サイズの小さな水素だけであり、したがって、抵抗測定を通じて水素を選択的に検出することが出来る。
【0024】
また、遷移金属酸化物の基板10に取付けられた二個の電極20、30の間の抵抗の、雰囲気に対する依存性は、電極界面のみならず、遷移金属酸化物(感ガス材料)の表面も関与する。これはまさに、半導体ガスセンサによるガス検知の原理である。つまり2電極間の抵抗は、様々なガスに高感度に応答する遷移金属酸化物の抵抗と、界面抵抗の合算である。そしてこの界面抵抗は水素の存在により、空気中とは逆の整流特性を生む。したがって、2電極間の抵抗を、正負バイアスについてそれぞれ測定することで、様々な種類のガスを半導体ガスセンサの様に高感度に検知しつつ、水素の識別が新たに可能となる。
【0025】
本発明のガスセンサは、「電極界面における抵抗スイッチング現象」と「センサ表面の酸化還元反応」の二つの原理を組合わせたガスセンサなので、ここでは表面・界面ハイブリッドガスセンサと呼ぶことにする。
図2(A)は、本発明の一実施例を示す表面・界面ハイブリッドセンサの概略図である。ガスセンサ材料としては、市販のルチルTiOの(110)、又は(100)単結晶基板を用いた。サイズは10×10×0.5mmであり、表面は鏡面仕上げとした。この単結晶基板をアセトンとエタノールで超音波洗浄によってクリーニングして、その後で、純水による洗浄、窒素ガスによる風乾の順序で処理を実施した。その後で、基板を700℃で2時間、空気中で熱処理した。そして基板を室温に冷却後、膜厚が100nmのAl電極(10×3mm)1個をRFスパッタリング法により基板に蒸着した。この熱処理によって、室温での電極間の電気抵抗は1ギガΩ以上に達し、TiO基板が半絶縁体化していることが確認された。
図2(B)は、ハイブリッドセンサ(Pt-TiO-Al)と比較するために作製したAl-TiO-Alセンサの概略図である。Al-TiO-Alセンサは、従来の半導体ガスセンサの原理で動作するもので、本発明の一実施例を示す表面・界面ハイブリッドセンサと同様の方法で2個のAl電極30、34を蒸着した。
【0026】
次に、表面・界面ハイブリッドセンサをガスセンサ特性評価装置に設置した。図3は、ガスセンサ特性評価装置の構成図で、電気炉ヒーター70、ガラス管72、ガス入口74、ガス出口76、ガスセンサ試料78、高圧ガスボンベ80、マスフローコントローラ82、バルブ84、定電圧源86、参照抵抗88、デジタルマルチメーター90を備えている。
高圧ガスボンベ80は空気ボンベ80a、空気で希釈した水素(濃度1000ppm)ボンベ80b、空気で希釈したエタノール(濃度50ppm)ボンベ80c、空気で希釈した二酸化窒素ボンベ(濃度50ppm)ボンベ80dの4種類を有している。高圧ガスボンベ80a~80dは、其々マスフローコントローラ82a~82dで濃度と流量を制御して、バルブ84a~84dを介して各種混合ガスがガス入口74をへてガラス管72に送られる。
【0027】
このように構成されたガスセンサ特性評価装置においては、ガスセンサ試料78を電気炉70内に設置されたガラス管72の中に置き、そのガラス管72に濃度と流量を制御した各種混合ガスを流しながらガスセンサ電極間の電気抵抗を2端子法で測定することで、ガスセンサ特性を評価することが出来る。この抵抗測定では、ガスセンサ試料78に直列に接続された参照抵抗88(抵抗値:Rref)における電圧降下Vrefをデジタルマルチメーター90を用いてロギング測定した。したがって、回路全体に掛かる直流電圧がV(V)の場合には、ガスセンサ試料78の抵抗Rは次式で表される。
(数1)
R=Rref(V-Vref)/Vref (3)
【0028】
さて、ショットキー電極とオーミック電極のペアを有するセンサをガスセンサ特性評価装置に設置する際に、直径0.2mmのPt線をセンサ表面に圧着することで、ショットキー電極1個を形成した。そして、このPt線の他端を直流定電圧源に接続した。一方、Al電極は厚さ0.1~0.3mmの金板に接触させ、この金板に接触させた直径0.3mmのPt線の他端を、上記の参照抵抗に接続した。Pt電極とAl電極の距離は、約6mmであった。2個のオーミック電極を有するセンサの測定では、片方のAl電極を上記のPt線に接触させ、もう片方のAl電極を上記のAu板に接触させることで、抵抗測定を行った。
電流―電圧特性の評価においては、定電圧源と参照抵抗を取り除き、その代わりにソースメータを接続した。
【0029】
ガスセンサ特性評価装置では、4個のセンサ試料を同時、かつ個別に評価可能な回路構成となっているので、後述するように、電極間のバイアス方向が異なる測定を2種類のセンサ試料について同時に行うことが出来る。そのような測定の手順としては、まず測定の前に、センサ試料を400℃で3時間以上、純空気中(グレード:G1、流量0.1~0.2slm)で加熱して、センサの抵抗が安定していることを確認した上で、400℃にてガスセンサ特性の評価を行った。なお、この特性評価においては、ガス流量は0.1slmに設定した。ここで、slmは、standard liter (リットル)/minの略語で、1atm、0℃における1分間辺りの流量をリットルで表示した単位である。
【0030】
図4は、400℃における電流-電圧特性を示している。電圧の掃引では、まず0Vから開始して+20Vまで掃引した後に、+20Vから-20Vまで掃引し、その後、-20Vから0Vまで掃引した。掃引のスピードは、1V/sである。2個の電極がAlの場合(Al-TiO(110)-Al)、つまりオーミック電極のペアでは、電流は電圧に対して直線的に変化しており、有意なヒステリシスは認められない。これは、オーミック接合に由来する一般的な電流-電圧特性と一致する。
【0031】
これに対して、Pt電極とAl電極のペア(Pt-TiO(110)-Al)では、明瞭なヒステリシスが認められる。またそれに加え、空気中ではバイアス方向が正(Pt電極が正、Al電極が負の極性)の方が負よりも抵抗が低く、ショットキー障壁に由来する整流特性が認められる。さらに、この整流特性は、水素(1000ppm)が混入した空気中では逆転することも認められる。すなわち、水素(1000ppm)雰囲気中ではバイアス方向が負の方が正よりも抵抗が低くなっている。スイッチングの特性も、空気中と水素雰囲気中の間で大きく異なっている。特に、バイアス方向が負の電圧領域で、スイッチングの方向が逆となる様子が観測されている。このようなスイッチング特性の雰囲気に対する依存性が、整流特性が空気中と水素雰囲気中の間で逆となる起源である。このように、Pt/TiO界面の整流特性や抵抗スイッチングの特性は、空気中での水素の存在に大きな影響を受ける。
【0032】
図5は、Pt-TiO(110)-Alセンサ素子に一定のバイアス電圧(+5Vと-5V)を印加してからの経過時間と電極間を流れる電流との関係を示している。どちらのバイアス電圧でも、電流は徐々に変化しており、一定の電流に到達するのは、バイアス電圧を印加してから400秒程度の時間が経過してからである。このような電流の変化は、バイアス電圧を印加してから平衡状態に達する前の、抵抗スイッチングに由来する抵抗変化を反映している。
【0033】
図4に示される電流-電圧特性の電圧掃引のスピードは1V/sであり、各ステップ電圧での滞在時間は、図5から明らかとなった平衡状態への到達に要する時間よりもはるかに短い。すなわち、図4の電流-電圧特性は、過渡的に変化する抵抗スイッチングを反映した結果である。実際、電流-電圧特性において電圧掃引のスピードを遅くすると、抵抗スイッチングによるヒステリシスが増強される様子(低抵抗状態と高抵抗状態の抵抗差が大きくなる)が観測された。
【0034】
図6は、Pt-TiO(110)-AlセンサとAl-TiO(110)-Alセンサの、エタノール50ppmv(parts per million volume fraction)と水素500ppmvに対するセンシング応答曲線を示している。この測定では電極間に2Vの一定電圧が印加されており、図5での電流が変化している時間領域の後の、平衡状態での抵抗測定に対応している。Pt-TiO(110)-Alセンサ素子のエタノールへの応答は、主に半導体ガスセンサの動作原理、すなわち表面吸着に基づいているので、バイアス電圧の極性に大きくは依存しない。一方で水素への応答は、主にPt/TiO/Al界面の抵抗スイッチングに基づいており、その結果、バイアス電圧の正負の極性の間で、応答の方向が逆転している。これに対して、従来の半導体ガスセンサに対応するAl-TiO(110)-Alセンサ素子では、エタノールと水素の検知中は、どちらも抵抗が減少しており、これは典型的な半導体ガスセンサの挙動である。このように、Pt-TiO(110)-Alセンサ素子を使って、電極間の抵抗を正負のバイアス方向に対して同時に測定することで、エタノールと水素を区別することが出来る。
【0035】
Pt-TiO(110)-Alセンサのエタノールへの応答では、負のバイアス(-2V)では抵抗が減少する一方で、正のバイアス(+2V)では、最初の500秒程度は、空気中での抵抗よりも高い状態となり、その後は低くなっている。この挙動は、エタノールへの応答が表面吸着(これにより抵抗は減少する)と界面の抵抗変化(これにより抵抗は増大する)の競合で決まるからである。この競合による抵抗変化はしばらく続き、その後の平衡状態では、一定の抵抗値に達している。
【0036】
図7は、Pt-TiO(110)-Alセンサの水素とエタノールに対する応答の、濃度依存性を示している。水素に対しては、抵抗の応答が、主にバイアス方向に依存する抵抗スイッチングに起因するので、20~1000ppmvの濃度範囲で応答の極性が正負のバイアス間で逆になっている。一方でエタノールに対しては、表面での解離吸着の結果として生成する水素の影響で、低濃度(1~20ppmv)では水素と同様に応答の極性が逆になっているが、高濃度(50ppmv)では表面吸着の効果が界面抵抗の変化に勝り、応答の極性が正負のバイアス間で一致している。つまり、抵抗変化を正負のバイアス方向に対して同時に測定することで、50ppmv~1000ppmvの濃度範囲で水素とエタノールを区別することができる。
【0037】
図8は、Al電極の上に、Au薄膜(膜厚50nm)をスパッタリング法で蒸着したPt-TiO(110)-Au/Alセンサの水素とエタノールに対する応答の、濃度依存性を示している。図8のPt-TiO-Alセンサと同様に、水素とエタノールに対する応答の間で、バイアス方向依存性の違いが見られる。すなわち、エタノールに対しては、すべての濃度範囲で、バイアス方向に関係なく抵抗は減少している一方で、水素に対しては、負のバイアス電圧に対してはすべての濃度範囲で抵抗は減少しているが、正のバイアス電圧に対しては20~200ppmvの濃度範囲で抵抗が増大し、それより高い濃度で減少している。したがって、濃度が20~200ppmvの範囲では抵抗変化の極性の違いを利用して水素とエタノールを区別することが出来る。このように、オーミック電極の材料を変えることで、抵抗変化の極性の違いを利用した水素とエタノールの区別が可能な濃度範囲を調整することが出来る。
【0038】
図9は、Pt-TiO(100)-Alセンサの水素に対する応答の濃度依存性を示している。水素に対する抵抗応答は、5~500ppmvの濃度範囲で、順方向(バイアス電圧:+2V)と逆方向(バイアス電圧:-2V)の間で極性が逆になっている。このように、5~500ppmvの濃度範囲で、抵抗スイッチングの水素雰囲気に対する依存性を利用して、水素を他の還元性又は酸化性ガスと区別して検知することが出来る。さらにまた、表面の面方位を(110)から(100)に変えても、抵抗スイッチングのバイアス方向に対する依存性から、水素を選択的に検知することが出来ることが示される。
【0039】
図10は、Pt-TiO(110)-Alセンサの、水素(濃度500ppmv)と二酸化窒素(濃度50ppmv)に対する抵抗応答を示している。水素に対する応答は、先述の通り、表面吸着と抵抗スイッチングの二つの効果が関与するので、順方向(バイアス電圧:+2V)と逆方向(バイアス電圧:-2V)の間で極性が逆になっている。一方で二酸化窒素の抵抗応答には表面吸着のみが関与するので、そのようなバイアス間での極性反転は起こっていない。このように、抵抗応答の極性をバイアス間で比較することで、エタノールの様な還元性ガスのみならず、二酸化窒素のような酸化性ガスを水素と区別して検出することが出来る。
【0040】
図11(a)と(b)は、Pt-TiO(110)-Alセンサの水素(濃度500ppmv)に対する抵抗応答を示している。(a)と(b)では同一の抵抗応答が、それぞれ線形と対数で示されている。この抵抗応答は、図11(c)の試料温度プロファイルで示されているように、試料を室温(25℃)から、100℃、200℃、300℃、400℃と段階的に昇温しながら測定されたものである。水素に対する応答は、順方向(バイアス電圧:+5V)では400℃にて、また逆方向(バイアス電圧:-5V)では200℃~400℃にて確認する事が出来る。そしてその応答の極性は、先述の理由により、順方向と逆方向で逆になっている。このように、400℃では抵抗応答の極性をバイアス間で比較することで、水素を識別することが出来る。さらに逆方向バイアスにおいては、200℃~300℃の温度でも水素を検出することができる。ただしこの温度領域では、順方向のバイアスでは水素を検出することが出来ないので、バイアス間の比較から、水素と酸化性ガスを区別することは出来るが、還元性ガスと区別することは出来ない。
図11の結果では、室温で0.1GΩm程度の試料を400℃まで昇温すると、比抵抗は順方向バイアスで1kΩm、逆方向バイアスで0.4kΩmに変化し、その際の感度はそれぞれ、4.2と1.1となっている。ただし感度は、順方向に対してはRg/Rair、逆方向に対してはRair/Rgと定義した。ここでRairとRgはそれぞれ、空気中と被倹ガス(500ppmvの水素)中の電気抵抗である。
【0041】
実施例では、Pt-TiO-AlセンサとPt-TiO-Au/Alセンサの結果を示したが、ショットキー界面はPt/TiO以外の組み合わせでも形成されることは知られている。本発明における水素の選択的な検知ではショットキー界面における抵抗スイッチングを利用するので、Pt/TiO以外の、ショットキー界面を形成する金属と金属酸化物半導体の組み合わせも適用可能である。またオーミック電極は、AlやAu/Al以外の材料(例えば、TiやAu/Ti)でも形成できることが知られており、それらの材料を使ったオーミック電極も、実施例と同様に利用することが出来る。
【0042】
<比較例1> 半導体式ガスセンサ
半導体式ガスセンサでは、電極間の抵抗変化を測定することで、極めて微量(ppmや、場合によってはそれ以下の濃度)のガスを検出することが出来る一方で、ガス種の識別は原理的に不可能である。特定のガス種に対する感度の向上を目指して、センサ材料や触媒等の開発もなされているが、半導体ガスセンサの動作原理から、ガス選択性の発現には限界がある。
【0043】
即ち、半導体ガスセンサは様々なガス種に対して、敏感に応答する。特に、広く実用化されているガスセンサ材料であるn型の金属酸化物(これには例えば、TiOやZnO等がある)の場合には、エタノール等のアルコール成分に対する感度が高い。それに比して、水素に対する感度はそれ程高くない。したがって、ppmレベルの低濃度の水素を検知する場合、エタノールは妨害ガスとなる。水素とエタノールを区別する目的で触媒を付与しても、エタノールに対する感度は元々高いので、触媒によって水素に対する感度の向上は得られても、エタノールへの応答を完全に無くすことは原理的に大変困難である。このように、半導体ガスセンサによるガス種の識別が困難な代表例として、ppmレベルの低濃度における水素とエタノールの識別が挙げられる。
【0044】
<比較例2> ダイオード式ガスセンサ
ダイオード式センサでは、ショットキー障壁の高さが雰囲気中の水素の存在に敏感なことを利用して、水素を選択的に検出することが出来る。その検出原理の詳細については未だに議論が続いているところではあるが、一般的には次の様に説明されている。即ち、まず電極の表面で水素が解離吸着し、一部の水素原子が電極内部に取り込まれて拡散し、電極と半導体の界面に到達する。そして、その界面にトラップされた水素の電気双極子による電界の効果で電極の仕事関数が変化して、その結果としてショットキー障壁の高さが変わるので、最終的に整流特性が変化する、という説明である。この整流特性の変化の結果、順方向と逆方向のいずれのバイアス方向においても抵抗は低下し、最終的にはオーミック的な接合となる。
【0045】
ダイオード式センサでは水素の電極界面への拡散を利用しており、その様な拡散は水素のみで起こるので、原理的に水素のみを検出することが出来る。ただし、ダイオード式センサで水素以外のガス(例えばCO)を検出可能とする報告もある。この場合は、COガスの電極表面への吸着と、それに伴う仕事関数の変化を利用しており、界面で検出されるのはやはり水素のみと考えられている。
【0046】
ダイオード式センサのセンサ材料としては、GaNの様な化合物半導体がしばしば採用される。それに対して、センサ材料として金属酸化物半導体を用いたダイオード式センサも提案されている。それらには例えば、Pt-多結晶TiO薄膜ガスセンサ等がある。そのようなガスセンサにおいては、水素に加え、それ以外の様々な還元性ガスも検出される可能性がある。しかし、ダイオード式センサにおいてはいずれのセンサ材料でも、水素ガスの検知に用いる原理は、水素雰囲気中でのショットキー障壁高さの低下であり、これにより順方向と逆方向のいずれのバイアス方向においても抵抗は下がるので、水素と他のガス種を原理的に区別することは不可能である。
【0047】
ダイオード式センサと類似の構造を持つ抵抗スイッチングを利用する水素センサも提案されている。それらには例えば、Ptと酸化タンタルの積層構造を有するReRAMがある。このセンサを用いた水素のセンシングが示されている。しかしセンシングの原理は、抵抗スイッチングに関与する界面等での抵抗の低下であり、これにより順方向と逆方向のいずれのバイアス方向においても抵抗は下がるので、水素と他のガス種を原理的に区別することは不可能である。
【0048】
なお、上記の実施の形態においては、本発明のガスセンサの検知ガスの識別対象として、水素、エタノール、及び二酸化窒素の対比を掲げてあるが、本発明はこれに限定されるものではなく、各種のガス種(たとえばCO、アセトン、等)の検出も可能である。水素とエタノールの識別は、半導体ガスセンサで区別することが最も難しいガスの組み合わせとして挙げただけであり、一般的な半導体ガスセンサで検出可能なガス種(たとえばCO、アセトン、等)の検出も可能である。そしてその場合も、同様の原理に基づいて、水素をそれらと区別して検出することができる。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明のガスセンサによれば、抵抗変化を正負のバイアス方向に対して同時に測定することで、広い濃度範囲(5ppmv~1000ppmv)で水素とエタノールを区別することができる。
また、半導体ガスセンサのような高感度なガス検知性能を維持しつつ、半導体ガスセンサでは不可能な、水素とエタノール若しくは一般的な半導体ガスセンサで検出可能なガス種(たとえばNO、アセトン、等)との区別が可能である。
【符号の説明】
【0050】
10:遷移金属酸化物の半導体または絶縁体材料
20:オーミック電極
30:ショットキー電極
40:電圧印加手段
50:抵抗値比較手段
60:被検ガス識別手段
図1
図2A
図2B
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11