(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-23
(45)【発行日】2024-10-31
(54)【発明の名称】低熱膨張合金
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20241024BHJP
C22C 38/12 20060101ALI20241024BHJP
【FI】
C22C38/00 302R
C22C38/12
(21)【出願番号】P 2022005149
(22)【出願日】2022-01-17
【審査請求日】2023-09-04
(73)【特許権者】
【識別番号】000231855
【氏名又は名称】日本鋳造株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099944
【氏名又は名称】高山 宏志
(72)【発明者】
【氏名】半田 卓雄
(72)【発明者】
【氏名】蓮見 侑士
(72)【発明者】
【氏名】大江 耕一郎
(72)【発明者】
【氏名】大山 伸幸
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】特開平01-055364(JP,A)
【文献】特開平10-310845(JP,A)
【文献】特開平08-269613(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.05~0.12%、Si:0.2%以下、Mn:0.2~0.5、S:0.01%以下、Ni:31.0~33.0%、Co:4.0~6.0、Nb:0.35~0.88%、Ca:0.035%以下を含有し、
Ni+0.8Coで表されるNi当量:35.5~36.5%、
C含有量を[C]、Nb含有量を[Nb]としたとき、[C]≧[Nb]×7.74の場合、[Nb]×1.13で表され、[C]<[Nb]×7.74の場合、[C]×8.74で表される、化学量論的なNbC:0.40~1.0%、かつ2.0≦Ca/S≦4.0であり、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、10~40℃における平均熱膨張係数が0.5×10
-6/℃以下であることを特徴とする低熱膨張合金。
【請求項2】
歪速度が1s
-1以上の引張試験における900℃の絞り値が60%以上であることを特徴とする請求項1に記載の低熱膨張合金。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱間加工性に優れた低熱膨張合金に関する。
【背景技術】
【0002】
インバー系合金は、熱変形が小さく、寸法安定性に優れるため、インバー系合金の熱間加工材が、エレクトロニクスや半導体関連機器、レーザー加工機、超精密加工機器の部品材料として広く使用されている。
【0003】
汎用のインバー系合金は、高Ni含有の低熱膨張Fe合金であり、オーステナイト単相組織で凝固するので、熱間加工の素材となるインゴット(鋳塊)には粗大な柱状晶が形成しやすくなる。それに伴い、低融点の硫化物系粗大介在物が結晶粒界に偏析して、熱間加工時に硫化物系介在物を起点とする割れが発生しやすくなる。
【0004】
特許文献1には、高強度で、かつ優れた熱間加工性を有し、製造コストが安価で、熱膨張係数の低いインバー系合金が提案されている。特許文献1の合金は、重量%にてC:0.015~0.10%、Si:0.35%以下、Mn:1.0%以下、P:0.015%以下、S:0.0010%以下、Cr:0.3%以下、Ni:35~37%、Mo:0~0.5%、V:0~0.05%、Al:0.01%以下、Nb:0.15%以上1.0%未満、Ti:0.003%以下、N:0.005%以下、B:0.0005~0.005%を含有するとともに残部がFeおよび不可避的不純物よりなる。
【0005】
特許文献2にも、熱間加工性に優れたインバー系の低熱膨張合金が提案されている。特許文献2の合金は、質量%で、C:0.04%以下、Si:0.15超、0.5%以下、Mn:0.5%以下、S:0.050%以下、Ni:31~36%、Co:2~6.5%、Al:0.03超、0.20%以下、Mg:0~0.05%、Ca:0~0.02%、Ce:0~0.05%、La:0~0.05%、Ti:0~0.05%、B:0.001~0.020%、及びN:0.0050%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物であり、25~100℃における平均熱膨張係数が1×10-6~8×10-6/℃以下であり、900℃における引張試験で測定した絞りが50%以上である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平10-17997号公報
【文献】特開2018-145491号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1に開示されているインバー系合金は、Sを0.0010%以下(好ましくは0.0005%以下)と極めて低S化することで熱間加工性の向上を図っている。これを実現するには、高価な低S原料を適用する必要があり、また、高度な設備を利用した溶鋼脱硫が不可欠となるため、制約が大きく、かつ製造コストが増加するという課題がある。
【0008】
また、特許文献2に開示されているインバー系合金は、Bが熱間加工性の向上を図る上で重要な役割を果たしている。しかし、Bは鋼中への溶解度が極めて低く、また酸素、窒素との親和力が大きいことから、ppmオーダーの狭い管理幅で添加することが難しく、熱間鍛造時のインゴット割れを確実に防止するのが困難であるという課題がある。また、熱間加工性評価の指標とした絞り値を測定したときの引張試験の歪速度が0.07~0.08s-1であり、実際の熱間加工条件に比べて極めて小さい歪速度であることから、合金材料の熱間加工性評価試験方法としての妥当性に疑問がある。
【0009】
本発明は、低熱膨張セラミックスや石英ガラスと同等の低い熱膨張係数を有し、低コストでかつ安定的に提供可能な熱間加工性に優れる低熱膨張合金を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、低熱膨張セラミックスや石英ガラスと同等の低い熱膨張係数を有し、低コストでかつ安定的に提供可能な熱間加工性に優れる低熱膨張合金を得るべく鋭意検討した。その結果、CとNb、およびSとCaの各元素の組合せに対する関係式に基づいた範囲で各元素を添加することより、熱間加工性に優れた低熱膨張合金が低コスト、かつ安定的に得られることを見出した。
【0011】
本発明は上記知見に基づいて完成されたものであり、以下の手段を提供する。
【0012】
(1)質量%で、C:0.05~0.12%、Si:0.2%以下、Mn:0.2~0.5、S:0.01%以下、Ni:31.0~33.0%、Co:4.0~6.0、Nb:0.35~0.88%、Ca:0.035%以下を含有し、Ni+0.8Coで表されるNi当量:35.5~36.5%、C含有量を[C]、Nb含有量を[Nb]としたとき、[C]≧[Nb]×7.74の場合、[Nb]×1.13で表され、[C]<[Nb]×7.74の場合、[C]×8.74で表される、化学量論的なNbC:0.40~1.0%、かつ2.0≦Ca/S≦4.0であり、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、10~40℃における平均熱膨張係数が0.5×10-6/℃以下であることを特徴とする低熱膨張合金。
【0013】
(2)歪速度が1s-1以上の引張試験における900℃の絞り値が60%以上であることを特徴とする(1)に記載の低熱膨張合金。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、低熱膨張セラミックスや石英ガラスと同等の低い熱膨張係数を有し、低コストでかつ安定的に提供可能な熱間加工性に優れる低熱膨張合金が得られる。このため、本発明の低熱膨張合金は、高い熱的寸法安定性と良好な内部品質が望まれる素材等に好適である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。
なお、以下の説明において、成分組成に関する「%」は特に断りのない限り「質量%」を表すものとする。また、以下の説明において、熱膨張係数は、αと記載する場合がある。
【0016】
まず、成分組成について説明する。
【0017】
Cは、合金中にNbを含有する場合、Nbと結合してNbCを形成し、結晶粒の粗大化を抑制し、それに伴い、低融点の硫化物系の粗大化を抑制し、熱間割れを防止する効果がある。有効な熱間割れ防止効果は、NbCが一定範囲の量になるようにCおよびNb含有量をコントロールすることで得られる。しかし、C含有量が0.05%未満では熱間割れ防止効果が少なく、また、0.12%超ではNbCが過大となり、かえって熱間加工性の低下を招くほか、工具寿命の低下が無視できなくなる。加えて、NbC形成に必要な量を超えたCは基地に固溶して基地中C濃度を高め、経年変化(長期的な寸法変化)を助長する。したがって、C含有量を0.05~0.12%の範囲とする。
【0018】
Siは、脱酸材として添加してもよいが、Si含有量が0.2%を超えるとαが増加する。このため、Si含有量を0.2%以下とする。
【0019】
Mnは、脱酸材およびSと結合してMnSを形成して熱間加工性を向上させるので添加する。しかし、その含有量が0.2%未満ではその効果が十分得られず、また、0.5%超では、αの増大により所望のαが得られなくなる。したがって、Mn含有量を0.2~0.5%の範囲とする。
【0020】
Sは不可避的不純物として含有される元素で、大部分が硫化物系介在物として存在する。硫化物系介在物が結晶粒界に偏析すると、熱間加工性が大きく劣化するが、後述のCa添加により、無害化することができる。しかし、その含有量が0.01%超では、無害化のために添加するCaが増大して溶湯の清浄度が低下してかえって熱間加工性が低下する。したがって、S含有量を0.01%以下とする。
【0021】
Niは後述のCoとともにαを低下させる必須の元素である。本発明の低熱膨張合金は、後述するように、低熱膨張のセラミックスや光学ガラス等と一体で使用することを意図しており、以下に示すCoとの相乗効果によってαを所望の0.5ppm/℃以下に調整する。しかし、その含有量が31.0%未満では、低温における組織の安定性が低下し、33.0%超では、後述のNi当量範囲に従ったCoが少なくなって所望のαが得られなくなる。したがって、Ni含有量を31.0~33.0%の範囲とする。
【0022】
Coは、0.5ppm/℃以下の極めて小さいαを得るために、前述のNiと共に添加する。そのために、Co量は4.0%以上必要である。しかし、後述のNi当量範囲に従うと、Co量が6.0%超では、Ni量が少なくなって低温における組織の安定性が低下する。したがって、Co含有量を4.0~6.0%の範囲とする。
【0023】
Ni当量は、Ni+0.8×Coで表され、所望のαを得るための指標である。本発明の低熱膨張合金は低熱膨張のセラミックスや光学ガラス等と一体で使用することを目的としたものであり、αを所望の0.5ppm/℃以下に調整するために、Ni当量は35.5~36.5%の範囲とする。
【0024】
Caは、熱間加工性の改善に対して重要な元素である。Caは、前記のようにSと結びついてCaSを形成して、硫化物を高融点のCaSにすることにより、硫化物を粒内に生成させ、結晶粒界への偏析を防止する。さらに、介在物の形態を球状に変えて熱間加工時の応力の集中を防ぐ。Ca量が0.035%超では、本発明合金のSの上限濃度である、0.01%に対して、過剰となり、溶湯の清浄度が低下して熱間加工性向上効果が低下する。したがって、Ca含有量は0.035%以下とする。
【0025】
Ca/Sは、硫化物をCaSに形態制御するために重要な指標である。Ca/Sが2.0未満であれば、MnSの形態を十分に制御できず硫化物が球状化しにくい。一方、Ca/Sが4.0を超えれば、粗大なCa系酸化物が生成して、熱間割れ防止効果が低下する。したがって、Ca/Sを2.0~4.0の範囲とする。
【0026】
Nbは、Cと結合してNbCを形成し上述のように、結晶粒の粗大化を抑制することによって、低融点硫化物の粗大化を抑制し、熱間割れを防止する。顕著な熱間割れ防止効果は、上述したように、NbCが一定範囲の量になるようにCおよびNbをコントロールすることで得られる。しかし、Nb含有量が0.35%未満および0.88%超えでは所望のNbC量が得られない。したがって、Nb含有量を0.35~0.88%とする。
【0027】
NbCは、上記のように結晶粒の粗大化を抑制する効果があり、その化学量論的な含有量は、C含有量を[C]、Nb含有量を[Nb]としたとき、[C]≧[Nb]×7.74の場合、[Nb]×1.13で表され、[C]<[Nb]×7.74の場合、[C]×8.74で表される。この化学量論的なNbCの含有量が0.40%未満では割れ防止効果が少なく、また、1.0%超では、NbCが過剰となって却って熱間加工性が低下する。したがって、化学量論的なNbCの含有量の範囲は0.40~1.0%の範囲とする。
【0028】
成分組成の残部は、Feおよび不可避的不純物である。不可避的不純物とは、本発明で規定する成分組成を有する鋼を工業的に製造する際に、原料や製造環境等から不可避的に混入するものをいう。
【0029】
以上の化学成分を有する合金により、熱間加工性に優れた低熱膨張部材を得ることができる。
【0030】
本発明の成分組成を有する低熱膨張合金は、低熱膨張のセラミックスや光学ガラス等と一体で使用することを意図しており、10~40℃における平均熱膨張係数が0.5×10-6/℃以下である。
【0031】
本発明の低熱膨張合金の製造に用いる装置および方法は特に限定されるものではなく、従来使用される装置および方法を用いることができる。鋳造されたインゴットを熱間加工後、所定の機械加工等により、低熱膨張部材を得ることができる。
【0032】
本発明の低熱膨張合金の熱間加工性は、サーメックマスター試験に代表される熱間加工再現試験における絞り値を測定することで評価できる、具体的には、本発明の低熱膨張合金は、900℃における1s-1以上の歪速度の引張試験で測定された絞り値が60%以上であることが好ましい。
【0033】
さらに、熱膨張係数をより低くするための熱処理を施してもよい。この熱処理を施す場合は、機械加工前、すなわち、熱間加工後に施す。具体的な熱処理条件は、熱間加工後の合金素材を、好ましくは750~1050℃、より好ましくは850~950℃に加熱して、素材の肉厚25mm当り0.5~2hr保持した後、急冷する。冷却速度は100℃/min以上とする。
【0034】
低熱膨張化熱処理の後に、300~350℃で、素材の肉厚25mm当り1~4hr保持し、その後炉冷等の徐冷する応力除去焼きなましを施してもよい。
【実施例】
【0035】
大気溶解による表1に示す成分組成の溶湯を、φ120×270の鋳型に鋳造し、得られたインゴットを後述の評価試験用供試材とした。
【0036】
合金の熱間加工性の評価は、インゴットを850℃で2hr保持後水冷し、さらに325℃で4hr保持後炉冷した後、φ10mm×100mmの試験片を採取して、表2に示す条件で引張試験を行い、絞りを値測定して行った。測定結果を表1に示す。
【0037】
また、合金の熱間加工性の確認は、インゴットを□75mm×540mmに熱間鍛造した後、鍛造物を六面加工して表面スケール等を除去し、□70mm×400mmの加工品とした後、表面の浸透探傷試験によって行った。熱間加工性の評価は、キズ等による指示模様が認められなかったものを「○」、指示模様が認められたものを「×」とした。さらに鍛造物を850℃で2hr保持後水冷し、さらに325℃で4hr保持後炉冷した後、φ6mm×50mmの熱膨張係数測定用の試験片を採取し、10~40℃間の平均熱膨張係数を測定した。これらの測定結果も表1に示す。
【0038】
表1に示すように、本発明の低熱膨張合金は、10~40℃間の平均熱膨張係数が0.5ppm/℃以下であり、さらに900℃での引張試験において、3.1s-1という大きな歪速度で60%以上の絞り値を示した。
【0039】
これに対して比較例では、熱間加工性、熱膨張係数の少なくとも一方で目標の特性が得られなかった。
【0040】
【0041】