(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-23
(45)【発行日】2024-10-31
(54)【発明の名称】糖鎖の分析方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/34 20060101AFI20241024BHJP
B01J 20/287 20060101ALI20241024BHJP
G01N 27/62 20210101ALI20241024BHJP
G01N 30/00 20060101ALI20241024BHJP
G01N 30/02 20060101ALI20241024BHJP
G01N 30/06 20060101ALI20241024BHJP
G01N 30/72 20060101ALI20241024BHJP
G01N 30/88 20060101ALI20241024BHJP
【FI】
C12Q1/34
B01J20/287
G01N27/62 V
G01N27/62 X
G01N30/00 E
G01N30/02 N
G01N30/06 E
G01N30/72 C
G01N30/88 N
(21)【出願番号】P 2023543730
(86)(22)【出願日】2022-06-28
(86)【国際出願番号】 JP2022025780
(87)【国際公開番号】W WO2023026682
(87)【国際公開日】2023-03-02
【審査請求日】2023-08-24
(31)【優先権主張番号】P 2021138767
(32)【優先日】2021-08-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、次世代治療・診断実現のための創薬基盤技術開発事業「糖鎖利用による革新的創薬技術開発事業」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000173588
【氏名又は名称】公益財団法人がん研究会
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100141852
【氏名又は名称】吉本 力
(74)【代理人】
【識別番号】100143096
【氏名又は名称】山岸 忠義
(72)【発明者】
【氏名】植田 幸嗣
(72)【発明者】
【氏名】芳賀 淑美
(72)【発明者】
【氏名】山田 真希
【審査官】手島 理
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/034346(WO,A1)
【文献】特開2016-99304(JP,A)
【文献】特開2015-34712(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q
G01N
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
抗体に結合した糖鎖構造を分析する方法であって、
抗体を含有する試料に糖切断酵素を添加し、前記抗体に結合した糖鎖を特異的に遊離させて、遊離糖鎖を得る遊離工程と、
前記遊離糖鎖をアフィニティ精製により回収する回収工程と、
前記遊離糖鎖を疎水化して、疎水化糖鎖を得る疎水化工程と、
前記疎水化糖鎖に対して、超臨界液体クロマトグラフィーおよびタンデム質量分析を順に実施する測定工程と
を備える糖鎖の分析方法。
【請求項2】
前記測定工程が、超臨界液体クロマトグラフィーおよびタンデム質量分析により得られた質量分析データに基づいて、抗体に結合した糖鎖の構造を解析する解析工程を含む、請求項1に記載の分析工程。
【請求項3】
前記超臨界流体クロマトグラフィーに用いる固定相が、フェニル基を有する、請求項1に記載の分析方法。
【請求項4】
前記疎水化工程において、前記遊離糖鎖のヒドロキシル基を疎水性化合物で修飾する、請求項1に記載の分析方法。
【請求項5】
前記疎水化が、アセチル化である、請求項1に記載の分析方法。
【請求項6】
前記測定工程において、前記超臨界液体クロマトグラフィーの固定相を通過した後の遊離糖鎖に、カルボン酸またはその塩を含有する有機溶媒を添加し、次いで、前記タンデム質量分析を実施する、請求項1に記載の分析方法。
【請求項7】
前記タンデム質量分析において、トリプル四重極質量分析計を用いる、請求項1に記載の分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗体に結合している糖鎖の分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
抗体には、多様な構造を持つ糖鎖が不均一に結合しており、その糖鎖の種類や割合によって抗体の機能や効力に影響を及ぼす。そのため、抗体に結合している糖鎖を分析することが重要である。
【0003】
そのような分析法としては、従来から、抗体から切り出した糖鎖を蛍光ラベル化して高速クロマトグラフィーにより分析する手法(蛍光HPLC法)が用いられている(非特許文献1)。近年では、マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析法、ガスクロマトグラフィー質量分析法などを用いた糖鎖の分析方法が報告されている(非特許文献2)。また、非常に高感度な分析方法として、キャピラリー電気泳動-質量分析法が報告されている(非特許文献3)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】mAbs 7:1, 167-179; January/February 2015; Published with license by Taylor & Francis Group, LLC
【文献】Nature Protocols, 2007 Vol.2 No.7 1585-1602.
【文献】Nature Communications 2019 10:2137.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、非特許文献1、2の分析方法では、糖鎖濃度がサブピコモルレベル(例えば、0.03ピコモル)までしか検出することができず、感度が不十分である。一方、非特許文献3の分析では、アトモルレベルの糖鎖を検出することができるが、キャピラリー電気泳動は、泳動条件の設定が繊細で難しい。そのため、高感度な糖鎖の分析方法として、他の選択肢が要求されている。
【0006】
本発明は、抗体の糖鎖を簡易かつ高感度で分析する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の第1の態様の分析方法は、抗体に結合した糖鎖構造を分析する方法であって、 抗体を含有する試料に糖切断酵素を添加し、前記抗体に結合した糖鎖を特異的に遊離させて、遊離糖鎖を得る遊離工程と、前記遊離糖鎖をアフィニティ精製により回収する回収工程と、前記遊離糖鎖を疎水化して、疎水化糖鎖を得る疎水化工程と、前記疎水化糖鎖に対して、超臨界液体クロマトグラフィーおよびタンデム質量分析を順に実施する測定工程とを備える。
【発明の効果】
【0008】
第1の態様の分析方法によれば、抗体の糖鎖を簡易かつ高感度で分析することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図2】第1の態様の分析方法で使用する分析装置を示す。
【
図3】分析対象である糖鎖およびそのアセチル化糖鎖の構造式および模式図を示す。
【
図4】実施例1で測定した抗体(ベバシズマブ)のMRMクロマトグラムを示す。
【
図5】実施例1で測定した抗体(ベバシズマブ)のクロマトグラム(抗体の量が10amol)を示す。
【
図6】抗体(ベバシズマブ)のロット間における糖鎖構造の種類とその相対量との関係を表すグラフを示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
1.第1の態様
本発明の第1の態様の分析方法は、
図1に示すように、遊離工程、回収工程、疎水化工程、および、測定工程を順に実施する。以下、各工程を詳細に説明する。
【0011】
(遊離工程)
本工程では、試料に糖切断酵素を添加して、抗体に結合した糖鎖を特異的に遊離させる。
【0012】
まず、抗体を含有する試料を用意する。抗体は、モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体のいずれであってもよい。モノクローナル抗体としては、例えば、ラムシルマブ、ニボルマブ、パニツムマブ、オファツムマブ、ゴリムマブ、イピリムマブ、アダリムマブなどのヒト抗体;トラスツズマブ、ベバシズマブ、トシリズマブ、トラスツズマブ-DM1、オマリズマブ、メポリズマブ、ゲムツズマブ、パリビズマブ、ラニビズマブ、セルトリズマブ、オクレリズマブ、モガムリズマブ、エクリズマブ、トリシズマブ、メポリズマブなどのヒト化抗体;リツキシマブ、セツキシマブ、インフリキシマブ、バシリキシマブなどのキメラ抗体:マウス抗体などが挙げられる。
【0013】
抗体は、一般的に、静脈注射剤、皮下注射剤などの製剤;血液、血清、血漿、唾液、鼻汁、腸管分泌液、組織、細胞などの生体試料に含まれた試料として用意される。これら製剤および生体試料は、必要に応じて、夾雑物を除くなどの前処理を実施してもよい。
【0014】
抗体には、N-結合型糖鎖(N型糖鎖)、O-結合型糖鎖(O型糖鎖)などの糖鎖が結合されている。糖鎖が結合している所望の抗体領域を選択し、公知の方法に従い、当該抗体領域から糖鎖を遊離する。
【0015】
糖切断酵素としては、抗体から糖鎖を切断できるものであればよく、公知の酵素を使用することできる。例えば、N-グリコシダーゼ、O-グリコシダーゼ、エンドグリコセラミダーゼなどが挙げられる。具体的には、抗体のFc領域のアスパラギン297番(Asn-297)に結合されたN型糖鎖を遊離する場合は、ペプチド-N-グリコシダーゼF(PNGase F)、ペプチド-N-グリコシダーゼA(PNGase A)、エンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼ(Endo M)などの酵素を用いればよい。添加量および反応条件は、使用する触媒に付随するプロトコルに従えばよく、例えば、抗体および糖切断酵素を含有するバッファー中で、加熱による変性やインキュベーションを適宜実施する。
【0016】
これにより、遊離糖鎖を得る。好ましくは、抗体のFc領域のアスパラギン297番に結合されていたN型糖鎖を得る。この際、遊離糖鎖は、抗体(糖鎖が切断済み)、糖切断酵素、および、夾雑物とともに含まれた消化混合物の状態で得られる。
【0017】
(回収工程)
本工程では、遊離糖鎖をアフィニティ精製により回収する。すなわち、遊離糖鎖を単離または分取する。
【0018】
アフィニティ精製では、糖鎖を担体に吸着させ、糖鎖吸着担体を洗浄した後、所望の溶媒に糖鎖を溶出させる。一般的に、糖鎖は親水性であり、抗体は疎水性であるため、表面が親水性である担体を用いればよい。このような担体としては、例えば、セファロースビーズ、カルボキシルビーズ、デキストランビーズ、シリカビーズなどの親水性ビーズなどが挙げられる。具体的には、セファロースCL-4Bビーズ(SIGMA-Aldrich社製)、Dynabeads M-270、M280(Thermo Fisher社製)などが挙げられる。糖鎖を溶出させる溶媒としては、水などの水性溶媒が挙げられる。精製後、必要に応じて、遊離糖鎖を乾燥させる。なお、本発明におけるアフィニティ精製には、グラファイトカーボンカラムなどの固相抽出も含まれる。
【0019】
これにより、遊離糖鎖が回収される。好ましくは、抗体のFc領域のアスパラギン297番に結合されていたN型糖鎖が単離される。この際、単離される遊離糖鎖は、遊離糖鎖単体であってもよく、有機溶媒に含有された状態であってもよい。
【0020】
(疎水化工程)
本工程では、遊離糖鎖を疎水化する。例えば、遊離糖鎖が有するヒドロキシル基を、疎水性化合物で修飾(保護)する。
【0021】
疎水化方法としては、例えば、アセチル化、プロピオニル化、ブチリル化、ベンゾイル化などのアシル化;メトキシメチル化などのアルコキシメチル化;トリメチルシリル化、トリエチルシリル化、t-ブチルジメチルシリル化などのシリル化;トリチル化などが挙げられる。超臨界流体クロマトグラフィーの固定相に対する保持が良好な観点から、好ましくは、アシル化が挙げられ、より好ましくは、アセチル化が挙げられる。
【0022】
疎水性化合物は、糖鎖のヒドロキシル基と反応し、そのヒドロキシル基を疎水性基にするものであり、公知のアシル化剤、アルコキシメチル化剤、シリル化剤、トリチル化剤などから選択することができる。
【0023】
アセチル化を実施する場合、疎水性化合物であるアセチル化剤としては、例えば、酢酸無水物、アセチルクロライド、アセチルイミダゾール、N-アセチルスクシンイミド、アセチルイミドアセテート、アセチルイミダゾールなどが挙げられる。アセチル化の際、必要に応じて、例えば、ピリジン、トリエチルアミン、酢酸ナトリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸カリウム、イミダゾール、水素化ナトリウム、ナトリウムメトキシド、硫酸などの触媒を添加してもよい。アセチル化反応の条件としては、例えば、20~80℃、1~10時間で実施すればよい。
【0024】
これにより、疎水化糖鎖を得る。好ましくは、アセチル化糖鎖を得る。疎水化により、後述するSFCにおいて、糖鎖が超臨界流体に溶解し、かつ、固定相に保持され易くすることができる。すなわち、SFCでの測定を可能とする。
【0025】
(測定工程)
本工程では、疎水化糖鎖を測定試料として用いて、超臨界流体クロマトグラフィー(SFC:Supercritical Fluid Chromatography)およびタンデム質量分析(MS/MS)を順に実施する。
【0026】
まず、疎水化糖鎖に対してSFCを実施する。SFCは、移動相として超臨界流体を用いて、測定試料を分離するクロマトグラフィーである。SFCに用いる装置1は、
図2に参照されるように、少なくとも、移動相用容器2と、ポンプ3と、試料導入部4と、カラム5と、検出部6と、コンピュータ7とを備え、必要に応じて、モディファイア用容器8、メイクアップ溶媒用容器9、および、これらを送出するポンプ10、11などを備える。
【0027】
移動相に用いる流体としては、例えば、CO2、NH2、N2O、H2O、C3H8、C6H14、CH3OH、C2H5OH、C6H5CH3などが挙げられる。超臨界状態への移行が容易であること、人体への影響の抑制などの観点から、好ましくは、CO2が挙げられる。
【0028】
固定相は、疎水化糖鎖を保持ないし分離できるものであればよく、例えば、疎水性基を有する担体が挙げられる。疎水性基としては、例えば、フェニル基(-C6H5)、オクタデシル基、カルバモイル基、アミノプロピル基、コレステリル基、ペンタブロモベンジル基、ピレニエルエチル基、ピリジニル基、トリアゾール基、3-クロロー4-メチルフェニル基などが挙げられる。これらの中でも、置換または無置換のフェニル基が好ましく、特に、無置換であるフェニル基(-C6H5)が好ましい。これにより、疎水化糖鎖、特にアセチル化糖鎖への相互作用に優れるため、疎水化糖鎖を保持および分離することが可能となる。また、分離完了時間が3~7分程度の短時間にすることができるため、ハイスループットスクリーニングを実施する際に大幅に時間を短縮することができる。
【0029】
疎水性基が修飾されている担体としては、例えば、シリカビーズ、アクリル系ビーズ、アガロース系ビーズなどが挙げられる。
【0030】
このような固定相を備えるカラムとしては、例えば、島津製作所社製のShim-pack USシリーズ(登録商標)、ダイセル社製のCHIRAL PAKシリーズ(登録商標)、YMC社製のCellulose-Cシリーズなどが挙げられる。
【0031】
モディファイアは、疎水化糖鎖における流体への溶解性を調整できるものであればよく、例えば、メタノール、エタノール、2-プロパノール、ヘキサン、アセトン、イソオクタン、アセトニトリル、テトラヒドロフラン、酢酸エチル、ジクロロメタン、クロロホルム、1,4-ジオキサン、ジエチルエーテル、ジイソピルエーテル、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシドなどの有機溶媒が挙げられる。
【0032】
モディファイアには、例えば、ギ酸、酢酸などの酸;ギ酸アンモニウム、酢酸アンモニウムなどの塩;ジエチルアミン、アンモニアなどの塩基などを添加してもよい。好ましくは、疎水化糖鎖の流体への溶解が良好である観点から、カルボン酸またはその塩が挙げられる。
【0033】
SFCの測定では、まず、遊離糖鎖(測定試料)12を試料導入部(オートサンプラー)4に投入する。その遊離糖鎖12は、移動相容器2およびモディファイア用容器8からポンプ2、10により送出された超臨界流体およびモディファイアと混合および溶解した後、カラム5に送出される。カラム5において、遊離糖鎖は、固定相との相互作用により、溶出時間に応じて分離されながら、排出される。分離した遊離糖鎖は、検出部6で検出され、コンピュータ7でクロマトグラムなどのデータに処理される。その後、遊離糖鎖は、タンデム質量分析に供される。
【0034】
好ましくは、カラム5の固定相を通過した後の遊離糖鎖(具体的には、遊離糖鎖を含有する流体)に、メイクアップ溶媒を添加する。すなわち、メイクアップ溶媒用容器9からポンプ11により送出して、カラム5の下流側において、遊離糖鎖とメイクアップ溶媒とを混合させる。これにより、次のタンデム質量分析の実施において、感度を向上させることができる。メイクアップ溶媒としては、例えば、カルボン酸またはその塩を含有する有機溶媒が挙げられ、好ましくは、カルボン酸塩を含有する塩が挙げられる。カルボン酸としては、例えば、ギ酸、酢酸が挙げられ、カルボン酸塩としては、ギ酸アンモニウム、酢酸アンモニウムが挙げられる。有機溶媒は、モディファイアで例示した有機溶媒が挙げられる。
【0035】
次いで、SFCに供した遊離糖鎖に対してタンデム質量分析を実施する。タンデム質量分析は、少なくとも2回の質量分析を直列的に実施するものであって、第1の質量分析によって選択したイオンを断片化(フラグメント化)し、そのフラグメントイオンを第2の質量分析によって検出する分析方法である。タンデム質量分析に用いる装置は、少なくとも2つの質量分析計と、その間に配置されるフラグメント生成部とを備える。より具体的には、
図2に示されるように、タンデム質量分析装置20は、SFC装置1の下流側に位置し、イオン化部21と、第1質量分析計22と、フラグメント生成部23と、第2質量分析計24と、検出部25と、コンピュータ26とを備える。イオン化部21では、SFC装置1から排出される遊離糖鎖が、直接投入可能なように構成されている。また、コンピュータ26は、SFC装置1のコンピュータ7と接続しており、SFC装置1で得られるクロマトグラム結果を共有し、検出部25の結果と照合し、解析することができる。
【0036】
タンデム質量分析に用いる第1または第2の質量分析としては、例えば、四重極型質量分析計、磁場セクター型質量分析計、飛行時間型質量分析計、イオントラップ型質量分析計、イオンサイクロトロン共鳴型質量分析計などが挙げられる。異なる2種の質量分析計を用いるハイブリット型質量分析も、本発明のタンデム質量分析に含まれる。
【0037】
イオン化部で実施する手段としては、例えば、電子化イオン法(EI:Electron Ionization)、エレクトロスプレーイオン化法(ESI:Electrospray ionization)、大気圧化学イオン化法(APCI:Atmospheric pressure chemical ionization)などが挙げられる。
【0038】
フラグメント生成部で実施する手段として、例えば、衝突誘起解離(CID:Collision Induced Dissociation)、電子移動解離、電子捕獲解離、赤外多光子解離、紫外光子解離、表面誘起解離などが挙げられる。
【0039】
タンデム質量分析装置としては、具体的には、トリプル(三連)四重極質量分析計、四重極飛行時間型質量分析計(Q-TOF MS)、四重極イオントラップ型質量分析計(Q-IT MS)、タンデム型飛行時間型質量分析計が挙げられる。分析したい糖鎖の選択性が高く、操作が簡易であり、より高感度の測定が可能な観点から、好ましくは、トリプル四重極質量分析計が挙げられる。
【0040】
タンデム質量分析では、SFC装置1から送出される遊離糖鎖は、イオン化部21でイオン化される。イオン化遊離糖鎖は、第1質量分析計22によって、特定のm/zを有するイオン化遊離糖鎖(プレカーサイオン)のみが、フラグメント部23へと導入される。フラグメント部23において、特定のイオン化遊離糖鎖は、不活性ガスとの衝突などの解離手段によって、二次的なイオン(プロダクトイオン)へと分解される。プロダクトイオンは、その後、第2質量分析計23によって、目的のm/z(プレカーサイオンのm/zよりも小さい値)を有するプロダクトイオンのみが、検出部24へと導入および検出され、コンピュータ25で解析される。
【0041】
この際、第1質量分析計(Q1トランジション)では、検出が想定される全種類のプレカーサイオンの情報(疎水化糖鎖の構造、m/zなど)を予め入力しておく。具体的には、実施例で後述する表1などが挙げられる。フラグメント生成部に導入させるべきプレカーサイオンのm/zの範囲は、例えば、500以上、好ましくは、700以上、また、例えば、2000以下、好ましくは、1500以下に設定すればよい。なお、Asn-297で酵素切断した糖鎖を用いた場合は、糖鎖に
図3(a)に示される糖鎖が多く含まれる。そのため、当該グリカンがアセチル化してプレカーサイオンとなった場合のm/z値(具体的には、m/z=1173)を少なくとも選択して検出することが好ましい。すなわち、第1質量分析計では、m/zが1173であるプレカーサイオンを選択することが好ましい。これにより、主成分である
図3(a)の糖鎖を検出することができる。
【0042】
第2質量分析計(Q3トランジション)では、糖鎖構造のフラグメントを検出する観点から、検出部に導入されるプロダクトイオンのm/zの範囲を、例えば、500未満、好ましくは、250以下であり、また、例えば、100以上、好ましくは、200以上に設定すればよい。特に、アセチル化した遊離糖鎖がフラグメント化した場合のプロダクトイオン(例えば、[HexNc+Ac-2H2O]+:アセチル化および脱水化したN-アセチルヘキソサミンのオキソニウムイオン)のm/z値(具体的には、m/z=210)を少なくとも選択しておくことが好ましい。すなわち、m/zが210であるプロダクトイオンを検出させることが好ましい。
【0043】
これにより、所望の糖鎖構造の検出が可能となる。具体的には、
図4(実施例1に後述)に参照されるように、質量分析データとして、所望の糖鎖構造ごとに分解された多重反応モニタリング(MRM:Multiple Reaction Monitoring)クロマトグラムが得られる。すなわち、第1および第2質量分析計で設定されたm/zに対応する糖鎖構造のクロマトグラムが得られる。
【0044】
この際、SFCおよびMS/MSにより得られた質量分析データに基づき抗体に結合した糖鎖の構造を解析する(解析工程)。具体的には、得られたMRMクロマトグラムにおいて、検出されたm/zと、上記入力した情報とから、抗体に結合している糖鎖の種類、その構造、含有量などを決定する。これらは、公知または市販のソフトウェアにより実施することができる。
【0045】
このクロマトグラムから、所望の糖鎖の検出が可能となる。また、各糖鎖において、既知の含有量(または濃度)で測定したクロマトグラムのピーク強度と、当該含有量との関係を示した検量線などを作成しておき、その検量線と照合することにより、所望の糖鎖の含有量も測定することができる。または、既知の含有量(または濃度)の標準物質を測定試料に添加しておき、当該標準物質のピーク強度と所望の糖鎖のピーク強度との相対比から、所望の糖鎖の含有量を算出することもできる。
【0046】
なお、必要に応じて、含有量の算出において、補正を実施してもよい。補正は、公知の方法を使用してもよく、また、適宜設定してもよい。例えば、第1質量分析計で、m/zの差が1未満であるプレカーサイオン同士(例えば、m/z=1173.3となる糖鎖イオン、A、m/z=1173.8となる糖鎖イオン)では、互いのイオンを同時に検知する現象が起こる場合がある。このときは、蛍光HPLC法などの従来方法で測定したデータに基づいて、互いのイオンの強度比率を算出した後、その算出式を用いて互いのピーク強度を調整して、含有量を補正すればよい。
【0047】
2.態様
上述した例示的な実施形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0048】
(第1項)一態様に係る糖鎖の分析方法は、抗体に結合した糖鎖構造を分析する方法であって、抗体を含有する試料に糖切断酵素を添加し、前記抗体に結合した糖鎖を特異的に遊離させて、遊離糖鎖を得る遊離工程と、前記遊離糖鎖をアフィニティ精製により回収する回収工程と、前記遊離糖鎖を疎水化して、疎水化糖鎖を得る疎水化工程と、前記疎水化糖鎖に対して、超臨界液体クロマトグラフィーおよびタンデム質量分析を順に実施する測定工程と備えていてもよい。これにより、抗体の糖鎖を簡易かつ高感度で分析する方法を提供することができる。特に、アトモルレベルの抗体サンプルに対して、その結合糖鎖を検出することができる。よって、糖鎖構造の不均一性をより確実に分析することができる。また、クロマトグラフィーとしてSFCを採用するので、クロマトグラフィーの溶出時間を10分未満にすることができる。よって、キャピラリー電気泳動法(測定時間30分以上)と比較して、測定時間を大きく短縮することができる。また、クロマトグラフィーから排出される糖鎖をそのままタンデム質量分析のイオン化部に送出することができるため、簡易であり、連続したスムーズな測定が可能とする。よって、糖鎖分析を高速化でき、ハイスループット糖鎖分析法を提供することができる。
【0049】
(第2項)第1項の記載の分析法において、前記測定工程が、超臨界液体クロマトグラフィーおよびタンデム質量分析により得られた質量分析データに基づいて、抗体に結合した糖鎖の構造を解析する解析工程を含んでいてもよい。これにより、糖鎖の種類およびその構造を判明することができる。
【0050】
(第3項)第1または2項の記載の分析法において、前記超臨界流体クロマトグラフィーに用いる固定相が、フェニル基を有してもよい。これにより、超臨界流体クロマトグラフィーにおいて、遊離糖鎖を確実に固定相で保持して、遊離糖鎖を分離することができる。
【0051】
(第4項)第1~3項のいずれか一項に記載の分析法において、前記疎水化工程において、前記遊離糖鎖のヒドロキシル基を疎水性化合物で修飾してもよい。これにより、遊離糖鎖を超臨界流体クロマトグラフィーの流体に容易に溶解させることができ、かつ、固定相で確実に保持させることができる。
【0052】
(第5項)第1~4項のいずれか一項に記載の分析方法において、前記疎水化が、アセチル化であってもよい。これにより、遊離糖鎖の疎水化(アセチル化)を容易にすることができる。また、固定相、特にフェニル基を有する固定相との相互作用が優れ、確実に固定相で保持させることができる。
【0053】
(第6項)第1~5項のいずれか一項に記載の分析方法において、前記測定工程では、前記超臨界液体クロマトグラフィーの固定相を通過した後の遊離糖鎖に、カルボン酸またはその塩を含有する有機溶媒を添加し、次いで、前記タンデム質量分析を実施してもよい。これにより、糖鎖の分析感度をより一層向上させることができる。
【0054】
(第7項)第1~6項のいずれか一項に記載の分析方法において、前記タンデム質量分析において、トリプル四重極質量分析計を用いてもよい。これにより、分析したい糖鎖をより確実に選択して、高感度で分析することができる。
【実施例】
【0055】
次に実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらによって限定されない。
【0056】
<実施例1>
(遊離工程)
抗体としてベバシズマブ(アバスチン:登録商標、抗VEGFヒト化モノクローナル抗体、中外製薬社製)10μgを、製造元のプロトコルに従ってRapid PNGase F試薬(New England Biolabs社製)と混合した。これにより、抗体のAsn-297からN型糖鎖が遊離した消化混合物を得た。
【0057】
(回収工程)
この消化混合物を85%(v/v)アセトニトリルとなるように調製した後、50μLのセファロースCL-4Bビーズ(50%スラリー、SIGMA-Aldrich社製)とともにフィルタープレートに分注した。次いで、200μLの水で調製し、85%(v/v)アセトニトリルで平衡化した。これにより、ビーズに遊離糖鎖を吸着させた。糖鎖吸着ビーズを、85%(v/v)アセトニトリルおよび0.1%(v/v)トリフルオロ酢酸を含む溶液を用いて2回洗浄し、続いて、85%(v/v)アセトニトリルを用いて2回洗浄した。その後、遊離糖鎖を100μLの水に溶出し、真空乾燥した。
【0058】
(疎水化工程)
遊離糖鎖を、5μL無水酢酸および5μL脱水ピリジンと50℃4時間の条件で混合・反応させることにより、アセチル化した後、遠心濃縮装置を用いて乾燥させた。これにより、アセチル化糖鎖を得た。
【0059】
(測定工程)
抗体が5000fmol、500fmol、50fmol、5fmol、500amol、50amol、10amolおよび5amol相当分となるように、アセチル化糖鎖を分取した。すなわち、10μgの抗体から導出されたアセチル化糖鎖全量をメタノールに溶解し、これを適宜希釈分離することにより、全量に対して2×106分の1、2×107分の1、2×108分の1、2×109分の1、2×1010分の1、2×1011分の1、1×1012分の1および2×1012分の1となる量を分取した。これらを測定試料とした。
【0060】
各測定試料に対して、超臨界流体クロマトグラフィーシステム(NexeraUC、島津製作所社製)とトリプル四重極質量分析計(LCMS-8050、島津製作所社製)とを組み合わせて連続して測定した(
図2参照)。条件は下記の通りとした。
【0061】
(1)超臨界流体クロマトグラフィー
移動相:CO2(99.99%グレード、岩谷産業社製)
モディファイア:メタノール(LC/MSグレード)
注入量:2.5μL
流量:1.0mL/min
カラム温度:40℃
カラム:シムパックUC-フェニル(-C6H5基含有、2.1×150mm、粒子径3μm:島津製作所社製)
グラジエント条件:10%メタノール(0分)-40%メタノール(4分)-40%メタノール(7分)-10%メタノール(7.1分)-停止(8.5分)。
メイクアップ溶媒:0.1%(v/v)ギ酸アンモニウムを含むメタノール
メイクアップ溶媒の補給流量:0.1mL/min
【0062】
(2)トリプル四重極質量分析
界面電圧:4000V
界面温度:225℃
ヒートブロック温度:400℃
脱溶媒和温度:225℃
CIDガス圧力:270kPa(アルゴンガス)
【0063】
Q1トランジションでは、プレカーサイオンのm/zを、想定される全てのグリカン組成がカバーされるように下記表1および表2に示す糖鎖構造を入力および設定した。Q3トランジションでは、プロダクトイオンのm/zを210に設定して、アセチル化糖鎖(GlcNAc)の脱水フラグメントイオン(つまり、[HexNAc+Ac-2H2O]+)をレポーターイオンとした。m/z=210を検出するための衝突エネルギー(CE)をスキャンし、アセチル化糖鎖のフラグメントイオンの強度が最大になるように設定した。取得したデータをLabSolutionsLCMSソフトウェア(島津製作所社製)で処理した(解析工程)。
【0064】
【0065】
【0066】
図4に、抗体が500fmol相当である場合の測定結果を示す。
図5に、抗体が10amol相当である場合の測定結果(グリカンID43100のピークのみを抽出)を示す。表3に、抗体の量と、クロマトグラムにおいて最も強度が強いピークにおけるピーク強度面積との関係結果を示す。
【0067】
【0068】
これらから、本実施例の測定方法では、抗体の量が5amolといったアトモルレベルである場合でも、その結合糖鎖を明確に検出できることが分かった(検出下限)。よって、一般的な蛍光HPLC法の検出下限である0.03pmolと比較して格段に感度が優れていた。
【0069】
<実施例2~5:各種抗体の分析>
抗体としてベバシズマブの代わりに、下記の抗体を使用した以外は、上記実施例1と同様にして、抗体の糖鎖を測定した。結果、ベバシズマブと同様に、抗体量が5amolである場合においても、その結合糖鎖を検出することができた。
実施例2:ラムシルマブ(サイラムザ:登録商標、イーライリリージャパン社製)
実施例3:トラスツズマブ(ハーセプチン:登録商標、中外製薬社製)
実施例4:ニボルマブ(オプジーボ:登録商標、小野薬品工業社製)
実施例5:リツキシマブ(リツキサン:登録商標、全薬工業社製)
【0070】
<実施例6:抗体のロット間での糖鎖構造の不均一性の確認>
抗体として、ベバシズマブ(アバスチン:登録商標、抗VEGFヒト化モノクローナル抗体、中外製薬社製)の非連続のロット4種類(Lot.1~4)を用いた以外は、実施例1と同様に実施した。このときに検出される糖鎖構造(グリカンID)と相対量との関係を示したグラフを
図6に示す。この図から、各ロット間において、抗体に結合している糖鎖構造(特に、グラフ中に構造が図示されているグリカンID33100、43100、44100)の相対量が異なることから、ロット間での糖鎖構造の不均一性が分かった。
【0071】
<実施例7~8:カラムの比較>
カラムを下記に変更した以外は、実施例1と同様にして、本発明の測定(アバスチン、抗体量500fmol相当を実施した。このときのSFCの溶出完了時間およびピーク分離を観測した。
【0072】
実施例7:商品名「CHIRALPAK IF-3」、3-クロロー4-メチルフェニルカルバメート基含有、粒子径3μm、ダイセル社製)
実施例8:商品名「Cellulose-C」、セルローストリス3,5-ジメチルフェニルカルバメート、粒子径3μm、YMC社製
【0073】
これらの結果を比較したところ、実施例7では、溶出完了時間が2.32分であり、実施例8では、溶出時間が2.75分であり、両実施例とも実施例1と比較すると、溶出時間が早かった。しかし、両実施例とも、実施例1に比べて、糖鎖のピーク分離がやや不十分であった。そのため、実施例1のカラムが、溶出速度およびピーク分離の両方の観点に基づいて、優れていることが分かった。
【0074】
<実施例9~10:メイクアップ溶媒の比較>
トリプル四重極質量分析計の代わりに四重極飛行時間(QTOF)質量分析(LCMS-9030、島津製作所社製)を組み合わせ、抗体としてラムシルマブ2pmolを用い、メイクアップ溶媒を下記にした以外は、およそ実施例1と同様にして、本発明の分析方法を実施した。
【0075】
メイクアップ溶媒を、それぞれ20mMギ酸アンモニウムを含むメタノール(実施例9)、または、0.1%(v/v)ギ酸を含むメタノール(実施例9)に設定して、分析を実施した。その結果、保持時間3.53分の箇所のピークにおいて、実施例9では、ピーク強度が225万カウント(高さ)であり、実施例10では、ピーク強度が113万カウント(高さ)であった。これにより、実施例9の方が、感度が優れていることが分かった。
【符号の説明】
【0076】
1 超臨界流体クロマトグラフィー装置 2 移動相用容器 3 ポンプ 4 試料導入部 5 カラム 6 検出部 7 コンピュータ 8 モディファイア用容器 9 メイクアップ溶媒用容器 10 ポンプ 11 ポンプ 12 試料 20 タンデム質量分析装置 21 イオン化部 22 第1質量分析計 23 フラグメント生成部 24 第2質量分析計 25 検出部 26 コンピュータ