(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-24
(45)【発行日】2024-11-01
(54)【発明の名称】診断装置
(51)【国際特許分類】
A61B 10/00 20060101AFI20241025BHJP
A61B 5/00 20060101ALI20241025BHJP
【FI】
A61B10/00 H
A61B5/00 101R
(21)【出願番号】P 2021552365
(86)(22)【出願日】2020-10-09
(86)【国際出願番号】 JP2020038268
(87)【国際公開番号】W WO2021075368
(87)【国際公開日】2021-04-22
【審査請求日】2023-07-27
(32)【優先日】2019-10-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(31)【優先権主張番号】P 2020063842
(32)【優先日】2020-03-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業(CREST)、「素材・デバイス・システム融合による革新的ナノエレクトロニクスの創成」、「ナノ慣性計測デバイス・システム技術とその応用創出」、「ウェアラブル診断支援システムの開発」、産業技術力強化法第17条の適用を受ける出願
(73)【特許権者】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京科学大学
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【氏名又は名称】森下 賢樹
(74)【代理人】
【識別番号】100109047
【氏名又は名称】村田 雄祐
(74)【代理人】
【識別番号】100109081
【氏名又は名称】三木 友由
(74)【代理人】
【識別番号】100133215
【氏名又は名称】真家 大樹
(72)【発明者】
【氏名】三宅 美博
(72)【発明者】
【氏名】緒方 大樹
【審査官】▲高▼原 悠佑
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2011/0196262(US,A1)
【文献】特開2015-066401(JP,A)
【文献】特開2015-217282(JP,A)
【文献】特表2016-511651(JP,A)
【文献】特開2009-297206(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第108903948(CN,A)
【文献】伊藤浩之 他7名,兆し計測のための高感度MEMS加速度センサ技術,計測自動制御学会 システム・情報部門学術講演会講演論文集,pp.42-43,2019年11月23日
【文献】KOGA, T., et al.,High-Sensitivity Inertial Sensor Module to Measure Hidden Micro Muscular Sounds,2019 IEEE Biomedical Circuits and Systems Conference (BioCAS),2019年12月05日,pp.1-4,<DOI: 10.1109/BIOCAS.2019.8919151>, Date of Conference: 17-19 Oct.2019
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/00
A61B 5/11-5/113
A61B 10/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者に取り付け可能であり、ノイズ密度が100μG/√Hzよりも低い加速度センサと、
前記加速度センサの出力から得られる筋音信号に含まれる所定周波数より高い高周波数成分と、前記筋音信号に含まれる前記所定周波数より低い低周波数成分とにもとづいて、前記被験者を診断する処理装置と、
を備えることを特徴とする診断装置。
【請求項2】
前記所定周波数は、10~30Hzの間に定められることを特徴とする請求項1に記載の診断装置。
【請求項3】
前記筋音信号は、前記被験者が力を発生した非安静条件下において測定されることを特徴とする請求項1または2に記載の診断装置。
【請求項4】
前記非安静条件下において発生する力は、最大出力の50%以下
であることを特徴とする請求項3に記載の診断装置。
【請求項5】
前記非安静条件は、前記被験者が指で物をつまんだ状態であることを特徴とする請求項3または4に記載の診断装置。
【請求項6】
前記非安静条件は、前記被験者が外側指上げを行った状態であることを特徴とする請求項3から5のいずれかに記載の診断装置。
【請求項7】
前記非安静条件は、前記被験者に外側加重を与えた状態であることを特徴とする請求項3から6のいずれかに記載の診断装置。
【請求項8】
前記処理装置は、前記高周波数成分のスペクトルエネルギーを計算することを特徴とする請求項1から7のいずれかに記載の診断装置。
【請求項9】
前記処理装置は、前記高周波数成分の中間周波数を計算することを特徴とする請求項1から8のいずれかに記載の診断装置。
【請求項10】
前記筋音信号は、前記被験者が力を発生しない安静条件下において測定されることを特徴とする請求項1から9のいずれかに記載の診断装置。
【請求項11】
前記加速度センサは、前記被験者の利き手側の前腕の浅層筋または撓側群筋に取り付けられることを特徴とする請求項1から10のいずれかに記載の診断装置。
【請求項12】
前記加速度センサは、前記被験者の利き手側の手掌の浅層筋に取り付けられることを特徴とする請求項1から10のいずれかに記載の診断装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、診断装置に関する。
【背景技術】
【0002】
筋肉から発生する微弱な力学的振動は筋音と呼ばれ、マイクロフォンや加速度センサで計測されてきた。しかしながら筋音信号は非常に微弱であり、ノイズの影響を受けやすい。したがって従来では、筋音信号は、最大筋出力の状態において15Hz以下の低周波数帯に観測される成分として特定されてきた。一方15Hz以上の高周波数帯はノイズフロアの下に埋もれており、この領域に筋音信号は見出されていなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】Jankovic, J. Parkinson's disease: clinical features and diagnosis. J. Neurol. Neurosurg. Psychiatry 79, 368-376 (2008).
【文献】Post, B., Merkus, M. P., De Haan, R. J., Speelman, J. D. & CARPA Study Group. Prognostic factors for the progression of Parkinson's disease: a systematic review. Mov. Disord. 22, 1839-1851 (2007).
【文献】Fahn, S. Clinical aspects of Parkinson disease. In Parkinson's Disease: Molecular and Therapeutic Insights form Model Systems, eds. R. Nass, S. Przedborski, (Elsevier Inc., Amsterdam, 2008), pp. 3-48.
【文献】Jankovic, J., Rajput, A. H., McDermott, M. P. & Perl, D. P. The evolution of diagnosis in early Parkinson disease. Arch. Neurol. 57, 369-372 (2000).
【文献】Hausdorff, J. M. Gait dynamics in Parkinson's disease: common and distinct behavior among stride length, gait variability, and fractal-like scaling. Chaos 19, 026113 (2009).
【文献】Hass, C. J. et al. Quantitative normative gait data in a large cohort of ambulatory persons with Parkinson's disease. PLoS One 7, e42337 (2012).
【文献】Ibitoye, M. O. et al. Mechanomyography and muscle function assessment: A review of current state and prospects. Clin. Biomech. 29, 691-704 (2016).
【文献】Orizio, C. et al. The surface Mechanomyogram as a tool to describe the influence of fatigue on biceps brachii motor unit activation strategy. Historical basis and novel evidence. Eur. J. Appl. Physiol, 90, 326-336 (2003).
【文献】Brown, J. Muscle sounds in Parkinson's disease. Lancet, 349, 533-535 (1997).
【文献】Marusiak, J. et al. EMG and MMG activities of agonist and antagonist muscles in Parkinson's disease patients during absolute submaximal load holding. J. Electromyogr. Kines. 19, 903-914 (2009).
【文献】Marusiak, J. et al. Electromyography and mechanomyography of elbow agonists and antagonists in Parkinson disease. Muscle Nerve. 40, 240-248 (2009).
【文献】Posatskiy, A. O. & Chau, T. The effects of motion artifact on mechanomyography: A comparative study of microphones and accelerometers. J. Electromyogr. Kines. 22, 320-324 (2012).
【文献】MPU-6000 and MPU-6050 Product Specification Rev. 3.4, [Online] Available: https://store.invensense.com/datasheets/invensense/MPU-6050_DataSheet_V3%204.pdf
【文献】Uri E. Ramirez Pasos et. al., "Levodopa Modulates FunctionalConnectivity in the Upper Beta Band Between Subthalamic Nucleus and Muscle Activity in Tonic and Phasic Motor Activity Patterns in Parkinson’s Disease", Frontiers in Human Neuroscience, July 2019, Volume 13, Article 223.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
筋音信号は、最大筋出力の状態で計測するのが一般であり、震顫(ふるえ)や揺れが同時発生する。この震顫の周波数は、従来測定可能であった筋音信号の10Hz付近の低周波帯域と重複しているため、それらを分離することが困難であった。したがって筋音信号を、神経変性疾患などの診断に利用することは困難であった。
【0005】
本開示は係る状況に鑑みてなされたものであり、そのある態様の例示的な目的のひとつは、筋音信号にもとづく診断装置の提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示のある態様は診断装置に関する。診断装置は、被験者に取り付け可能な加速度センサと、加速度センサの出力から得られる筋音信号に含まれる所定周波数より高い高周波数成分(高周波帯)にもとづいて、被験者を診断する処理装置と、を備える。加速度センサは、ノイズ密度が100μG/√Hzより低い低ノイズ特性を有している。
【0007】
高感度・低ノイズの加速度センサを用いることで、従来、ノイズフロアに埋もれて存在が知られていなかった筋音信号の高周波数成分を測定可能となる。そして、この高周波数成分を解析することにより、たとえば、神経変性疾患をはじめとする診断が可能となり、あるいはその他の疾患や、運動機能の低下の診断が可能となる。なお本開示は、従来存在が知られていなかった高周波帯域の筋音信号の存在を認識し、この高周波筋音信号が診断できることを見いだしたことが新規であると言える。したがって加速度センサは、この高周波筋音信号を検出できる程度に、高感度かつ低ノイズであればよく、100μG/√Hzという具体的な数値は例示に過ぎず、たとえば300μG/√Hzあるいは200μG/√Hzのノイズ密度のセンサを本技術に利用することを除外するものではない。
【0008】
所定周波数は、10~30Hzの間に定められることができる。依り好ましくは所定周波数は、15~20Hzの間に定めてもよい。
【0009】
筋音信号は、被験者が力を発生した非安静条件下において測定されてもよい。
【0010】
非安静条件下で発生する力は、最大出力の50%以下であってもよい。これにより計測時の筋出力を大幅に低減させることができ、それにより震顫による低周波数帯ノイズの発生を防止し、非震顫由来の筋音信号を測定できるようになる。好ましくは最大出力の20%以下とすることができる。非安静条件下で発生する力を低くするほど、低周波数帯の震顫の影響を低減し、低周波数帯の筋音信号を高いS/N比で測定することが可能となる。
【0011】
非安静条件は、被験者が指で物をつまんだ状態であってもよい。この条件は、被験者に与える負荷が少なく、また再現性に優れている。
【0012】
非安静条件は、被験者が外側指上げを行った状態であってもよい。
【0013】
非安静条件は、被験者に外側加重を与えた状態であってもよい。
【0014】
筋音信号は、被験者が力を発生しない安静条件下において測定されてもよい。
【0015】
処理装置は、高周波数成分に加えて、筋音信号に含まれる所定周波数より低い低周波数成分(低周波帯)にもとづいて、診断を行ってもよい。
【0016】
加速度センサは、被験者の利き手側の前腕の浅層筋または撓側群筋に取り付けてもよい。あるいは加速度センサは、被験者の利き手側の手掌の浅層筋に取り付けてもよい。これらは表面側にある筋群であり、皮膚表面での筋音計測対象として好適である。
【0017】
なお、以上の構成要素を任意に組み合わせたもの、あるいは本開示の表現を、方法、装置などの間で変換したものもまた、本開示の態様として有効である。
【発明の効果】
【0018】
本開示のある態様によれば、筋音信号にもとづく診断が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図2】被験者に加速度センサを取り付けた様子を示す図である。
【
図3】
図3(a)、(b)は、患者と健常者について測定された筋音のスペクトルを示す図である。
【
図4】高感度加速度センサによる筋音の測定スペクトルを示す図である。
【
図5】
図5(a)は、実験で用いた加速度センサユニットを示す図であり、
図5(b)は、センサユニットの人体への取り付けを示す図である。
【
図6】
図6(a)~(c)は、安静条件と手首の屈曲条件を示す図である。
【
図7】健常高齢者について安静条件下で得られた測定結果の一例を示す図である。
【
図8】健常高齢者について手首の屈曲条件下で得られた測定結果の一例を示す図である。
【
図9】健常若年者について安静条件下で得られた測定結果の一例を示す図である。
【
図10】健常若年者について手首の屈曲条件下で得られた測定結果の一例を示す図である。
【
図11】市販のセンサと高感度センサを水平面に1分間載置した状態で測定された加速度のスペクトルを示す図である。
【
図12】安静条件および手首の屈曲条件下において、高感度センサによって測定されたPD患者の加速度のスペクトルを示す図である。
【
図13】安静条件および手首の屈曲条件下で、高感度センサによって測定された健常高齢者の加速度のスペクトルを示す図である。
【
図14】安静条件および手首の屈曲条件下で、高感度センサによって測定された健常若年者の加速度のスペクトルである。
【
図15】健常高齢者および健常若年者のスペクトルを示す図である。
【
図16】
図16(a)は、健常高齢者(HE)および健常若年者(HY)の15Hz以上の周波数帯のエネルギー(スペクトルの面積)を示す図であり、
図16(b)は、健常高齢者(HE)および健常若年者(HY)の中間周波数を示す図である。
【
図17】
図17(a)~(c)は、安静、外側加重、外側指上げの条件を説明する図である。
【
図18】
図18(a)~(c)は、安静、外側加重、外側指上げの3条件下において、PD患者と健常高齢者について得られたスペクトルを示す図である。
【
図19】
図19(a)~(c)は、安静、外側加重、外側指上げの3条件下において、PD患者と健常高齢者について、高感度センサにより得られたスペクトルを示す図である。
【
図20】
図20(a)、(b)は、PD患者と健常高齢者について、高感度センサにより得られたスペクトルを示す図である。
【
図21】
図21(a)、(b)は、ピンチ条件と安静条件を示す図である。
【
図25】
図25(a)、(b)は、健常高齢者およびPD患者の平均スペクトルを示す図である。
【
図26】
図26(a)、(b)は、低周波帯と高周波帯のエネルギーを示す図である。
【
図27】安静条件下で測定されたPD患者と健常高齢者のスペクトルを示す図である。
【
図28】
図28(a)、(b)は、低周波帯と高周波帯のエネルギーを示す図である。
【
図29】ピンチ条件下において測定されたPD患者と健常高齢者のスペクトルを示す図である。
【
図30】
図30(a)、(b)は、低周波帯と高周波帯のエネルギーを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明を好適な実施の形態をもとに図面を参照しながら説明する。各図面に示される同一または同等の構成要素、部材、処理には、同一の符号を付するものとし、適宜重複した説明は省略する。また、実施の形態は、発明を限定するものではなく例示であって、実施の形態に記述されるすべての特徴やその組み合わせは、必ずしも発明の本質的なものであるとは限らない。
【0021】
図1は、実施の形態に係る診断装置100を示す図である。診断装置100は、加速度センサ102と、処理装置104を備える。
【0022】
加速度センサ102は、被験者(患者)2に取り付けられる。加速度センサ102は、感度がmG~μGあるいはnGオーダーの高感度特性と、ノイズ密度が100μG/√Hz以下である、低ノイズ特性を有する。加速度センサ102の取り付け位置は、筋音信号を測定する際に、筋音信号の変化が現れやすい場所を選択すればよく、典型的には、被験者2の上肢4に取り付けるとよい。より具体的には、加速度センサ102は、上肢4の表面側にある筋肉であり、皮膚表面での筋音計測が可能な筋肉に取り付けるとよく、前腕の浅層筋、撓側群筋あるいは、手掌の浅層筋に取り付けるとよい。前腕の浅層筋と撓側群筋としては、円回内筋、撓側主根屈筋、長掌筋、浅指屈筋、尺側手根屈筋、腕橈骨筋、長撓側手根伸筋、短撓側手根伸筋、指伸筋、小指伸筋、尺側手根伸筋が例示される。手掌の浅層筋としては、短母子外転筋、短母子屈筋、母子対立筋、小指外転筋、短小指屈筋、小指対立筋が例示される。
【0023】
処理装置104は、加速度センサ102の出力から得られる筋音信号から、所定の周波数より高い高周波数成分にもとづいて、被験者2を診断する。所定周波数は、10Hz~30Hzの間に定めることができる。たとえば処理装置104は、コンピュータとソフトウェアプログラムの組み合わせで実装することができ、機械学習によって得られた識別器を含むことができる。この識別器は、特定疾病の患者と、健常者について得られた筋音信号を学習データ(教師データ)として生成した学習済みモデルを実装したものである。識別器は、SVM(サポートベクターマシン)や、深層学習を用いて生成してもよい。なお、本発明における特徴は、各種疾病の診断に、どのような情報を利用するか(つまり何を識別器の入力とするか)であって、識別器の実装や学習方法は本発明において本質的ではなく、公知技術を用いればよい。
【0024】
パーキンソン病(Parkinson's disease:PD)診断用の診断装置100の場合、識別器は、Hoehn & Yahr(ホーン・ヤール)の重症度分類を出力としてもよいし、生活機能障害度分類を出力としてもよい。
【0025】
また処理装置104は、筋音信号から、所定周波数より低い低周波数成分を抽出し、高周波数成分と低周波数成分の組み合わせによって、被験者2を診断してもよい。
【0026】
ここでいう「診断」は、被験者2が特定の病理に罹患しているか否かに限定されず、単に、上肢(手、手首、前腕や上腕を含む)の機能の低下を診断するような場合も含む。
【0027】
以上が診断装置100の構成である。本発明者らは、mG~μGオーダーの高感度加速度センサ102を用いて筋音を計測することで、2種類の筋音を検出できることを見いだした。ひとつは20~40Hz付近にわたる高周波数成分の新しい筋音信号である。加速度センサ102の高感度化によってノイズフロアを低下させたことで、従来のノイズフロアの下に埋もれていた高周波成分が測定可能となる。後述の実験で説明するように、この高周波成分をある種の病理の患者について測定すると、健常者との間で有意な差が見られる場合がある。したがってこの高周波成分にもとづいて、診断が可能となる。
【0028】
もうひとつは従来から知られている10Hz近傍の低周波数帯にピークを持つ非震顫由来の筋音信号である。つまり、加速度センサ102の高感度化により、計測時の筋出力を大幅に低減させることができ、それにより震顫による低周波数帯ノイズの発生を防止し、非震顫由来の筋音信号を測定できるようになる。この低周波成分についても、ある種の病理の患者と健常者との間で有意な差が見られる場合がある。したがってこの低周波成分にもとづいて、診断が可能となる。
【0029】
以上が診断装置100の構成および測定の原理である。このような筋音計測を、パーキンソン病などの神経変性疾患の患者に対して実施したところ、健常若年者や健常高齢者において観察される高周波数帯の筋音のピークが、患者において消失していることを確認した。つまりこの高周波数帯の筋音信号の有無を検出することで、従来は存在しなかった新しい診断支援システムを構築することができる。以下、パーキンソン病などの神経変性疾患の患者を対象とした実験結果を説明する。
【0030】
I 実験1
図2は、被験者に加速度センサを取り付けた様子を示す図である。加速度センサの詳細は後述する。実験では、市販の加速度センサと、東京工業大学益研究室で開発された加速度センサ(本明細書において、高感度加速度センサ、あるいは単に高感度センサと称する)の2種類を用いた。新規開発された高感度加速度センサは、1軸Au錘の静電容量型加速度センサである。この実験では、被験者に、外側指上げ動作を行わせた非安静条件下で、筋音信号を測定した。なお、以下で説明するいくつかの実験において、非安静条件下において被験者が発生する力は、その最大出力の20%以下としている。
【0031】
図3(a)、(b)は、患者と健常者について測定された筋音のスペクトル(縦軸:10dB/div)を示す図である。(i)は市販の加速度センサによる測定結果を、(ii)高感度加速度センサによる測定結果を示す。この測定結果から、従来はノイズに埋もれていた2種類の筋音の存在が初めて明らかになった。ひとつは20~40Hz付近にピークを持つ高周波数成分の新しい筋音信号であり、もう一つは10Hz近傍の低周波数帯にピークを持つ非震顫由来の筋音信号である。これはセンサの高感度化によってノイズフロアを低下させたこと、および、計測時の筋出力を大幅に低減させ震顫による低周波数帯ノイズの発生を防止したことによる。
【0032】
図4は、高感度加速度センサによる筋音の測定スペクトル(縦軸:5dB/div)を示す図である。高感度加速度センサによる筋音計測をパーキンソン病などの神経変性疾患の患者において実施したところ、健常者において観察される20~40Hz付近の高周波数帯の筋音のピークが、患者では消失していることが分かった。
【0033】
この実験結果から、この高周波数帯の筋音信号を測定することで、従来は存在しなかった早期診断支援システムを構築することができることが分かる。
【0034】
II 実験2
1. 導入
パーキンソン病(PD:Perkinson's disease)は、黒質のドーパミン作動性ニューロンの段階的な変性によって引き起こされる進行性の永続的な神経障害である。PDは運動と筋肉機能障害を伴う(文献1,2)。たとえば、運動緩慢、無動、筋肉硬直、安静時振戦などの典型的な運動関連の症状がPDに現れることが報告されている(文献3)。これらの症状は、患者の生活の質を著しく低下させる。PDは退行性で永続的であるため、可能な限り早期にその重症度を診断および評価することが重要である(文献1,4)。多くのPD患者は,字が異常に小さくなる小字症と呼ばれる書字障害に苦しんでいる。別の例では、多くのPD患者が筋肉機能障害のために、食器を使用するのが困難であった。
【0035】
最近、骨格筋の機械的活動を評価するために、筋音またはメカノミオグラフィ(MMG)に焦点が当てられており、筋肉収縮からの微小筋肉振動が、小型軽量のコンデンサーマイク、加速度センサ、または皮膚の圧電接触センサによって測定される(文献7)。
【0036】
たとえば、MMGの振幅は、筋肉の生成されたパワーと相関する(文献8)。安静時の健常者の通常の振戦は、スペクトル成分を伴う約10HzのMMGとして観察される(Burne 1984, in Gallasch 1997)。MMGは、筋肉機能を評価する別の方法である筋電図(EMG)とは異なる特徴を有している。EMGは、運動単位を活性化する電子信号を表す。MMGの振幅と筋力の相関関係は、新鮮な筋肉で見られる疲労筋では消失するが、EMGの振幅と筋力の相関関係は、新鮮な筋肉と疲労した筋肉の両方で示される(文献8)。したがって、MMGはEMGの欠点を補い、補完することが期待されている(文献7)。
【0037】
PD患者のMMGを調べる研究はわずかに報告されている。たとえばPD患者における最大または最大に近い力の使用中のMMGが調査されていた。Brownは、薬を飲んでいない健康な人と比較して、手首の強い屈曲および伸展中に、PD患者の前腕の手首伸筋で、約10Hzで強いMMGと40-50Hzで弱いMMGが観察されたことを示した。PD患者のこのMMGの変化は、40~50Hzでの筋電図の消失パイパーリズムに関連するものであり、これは最高の筋肉収縮で健康な人に観察されるものである(文献9)。
【0038】
マルシアクらは、手首に最大以下の負荷(2kg)を保持した状態でPD患者の上肢の筋肉を測定したところ、約5Hz付近において、健常者群と比較して、より高いMMGが観察されたことを明らかにした(文献10)。この高いMMGは、最大下の筋収縮中にしばしば観察されるPDの動作振戦によって引き起こされるものと考えられる。
【0039】
しかしながら、顕微鏡写真や食器の使用の難しさに関連しているであろうPD患者での弱い力の使用中のMMGはまだ明かでないその理由は、MMGの測定の技術的な制限である。筋肉の弱い収縮を伴う低MMGは、小型軽量のマイクや加速度センサなど、MMGのセンサの解像度の制限のため、検出が困難である。特に、高域のMMGは低域のMMGに比べて小さすぎるため、高域のMMGは測定不可能であった。例えば、15Hzを超えるMMGのパワースペクトル密度(PSD)は、最大以下の負荷を保持しているPD患者の約5Hzのパワースペクトル密度(PSD)よりも100~1000倍小さい(文献10)。
【0040】
PDの診断は、運動障害、CT、L-ドーパ投与の効果など、複数の視点を使用して実施される。しかし、運動障害の発見は、医師の観察による定性的評価に依存していた。したがって、運動障害の定量的かつ客観的な評価には大きな問題が残っている。PDの運動障害を簡単かつ定量的に測定および評価できるシステムを開発する必要がある。この研究は、軽量で高感度の加速度センサによる筋肉音測定を使用してPDの診断を支援する装置やシステムを提案するものである。
【0041】
この研究の目的は、高感度の小型軽量の加速度センサを使用して、弱い筋力に負担をかけている間のPD患者のMMGを調査することである。新たに開発された高感度加速度センサは、市販のものよりも10倍小さいPSDを検出可能である(文献12)。この実験では、PD患者、健常高齢者、健常若年者のMMGを調査し、安静条件下および手首の屈曲条件下における、前腕の長橈側手根伸筋の筋腹の弱い収縮に対するPD患者のMMGの特徴を明らかにした。
【0042】
2. 実験装置および方法
【0043】
実験に用いた高感度加速度センサの仕様は以下のとおりである。
・ノイズ密度 100μG/√Hz以下
・感度 297fF/G
・サンプリングレート 85Hz以上
・重量 10g以上
【0044】
この高感度加速度センサは、MEMS加速度センサであり、加速度を静電容量の変化として検出するものであり、その感度は、加速度あたりの静電容量変化として定義される。最終的には、静電容量は、静電容量検出回路(C/V変換回路)によって電圧信号などの電気信号に変換され、信号処理される。
【0045】
図5(a)は、実験で用いた加速度センサユニットを示す図であり、
図5(b)は、センサユニット110の人体への取り付けを示す図である。開発した高感度加速度センサと市販の加速度センサ(米国InvenSence社製MPU6050、文献13)は1つのモジュールボードに固定され、特別なケースに収容した。(
図5(b)を参照)。センサと特殊ボックスの重量は9.0gで、ボックスの幅、奥行き、高さはそれぞれ20,24,19mmである。商用および開発された加速度センサのノイズは、それぞれ400μG/√Hzおよび100μG/√Hzである。加速度スペクトル密度における開発された加速度センサのPSDのノイズフロアは-80dBであり、市販センサの-70dBよりも1/10倍に低減されている。開発した高感度加速度センサおよび市販の加速度センサそれぞれのサンプリングレートは、87.2Hzおよび90Hzである。
【0046】
3. 実験手法
MMGの測定手法は以下の通りである。
・自発運動
…手首の伸展または屈曲
…握力計を保持して一定の力を与える
・外部負荷
…一定の重みを保持
・休憩
…自発的な運動や外部負荷なし
【0047】
MMG測定は、安静条件と手首の屈曲条件の2つの条件下で実施した。加速度センサユニットは、医療用紙テープを使用して、参加者の利き手側の長橈側手根伸筋の腹筋に固定した。
図6(a)~(c)は、安静条件と手首の屈曲条件を示す図である。マイクロコントローラーユニットは、特別なバンドを使用して上腕に取り付けた。トライアル中、参加者は椅子に座り、テーブルに敷いたタオルの上に前腕を置くものとする。安静条件下で、参加者に指を軽く開いてリラックスするように依頼している。手首の屈曲条件下で、参加者の手の形と手首の屈曲角度を設定した。最初に、
図6(c)に示すように、参加者はすべての指と親指で、直径8cmのシリンダーを上からつかむものとする。次に、三角定規を使用して手首の屈曲角度を150度に設定する(
図6(b))。最後に、実験者が参加者の手からシリンダーを引っ張るものとする。手首の屈曲条件下での試行の直後に、実験者は参加者が角度を維持しているかどうか屈曲角度を確認した。参加者が角度を保つことができなかったとき、別の試行を行った。試験中、参加者は目を閉じて動かないように求められている。各条件は3回実施され、各参加者に対して合計6回の試験を実施した。測定は試行ごとに1分かけて行った。トライアル間で、少なくとも1分間休憩を設けた。2つの加速度センサの同期とキャリブレーションのために、参加者に、各試行の開始時にゆっくりと腕を動かすように求めた。参加者は、肘をタオルの上に置いて前腕を約30度上げる。
【0048】
4. 統計的方法
筋肉音としての加速度の分析には、加速度の振幅および周波数特性など、加速度の時間および周波数領域の特徴を使用した。各試行の開始時の腕の動きの最大値を一致させることにより、2つの加速度センサデータの同期をとっている。2つのセンサのキャリブレーションでは、開発されたセンサの加速度を、開発されたセンサの加速度の最大値で割り、市販のセンサの加速度の値で乗算した。MMGの周波数特性を調べるために、Welchの方法を使用してパワースペクトル密度(PSD)を計算した。加速度データのうち、最初の5秒を削除し、50秒のデータを使用した。
【0049】
図7は、健常高齢者について安静条件下で得られた測定結果の一例を示す図である。上段は、加速度センサの出力波形であり、横軸は時間をサンプル数で示したものである。下段は、上段の波形のうち、矩形で囲んだ部分のパワースペクトル密度である。
【0050】
図8は、健常高齢者について手首の屈曲条件下で得られた測定結果の一例を示す図である。
図9は、健常若年者について安静条件下で得られた測定結果の一例を示す図である。
図10は、健常若年者について手首の屈曲条件下で得られた測定結果の一例を示す図である。
【0051】
5. 結果と考察
図11は、市販のセンサと高感度加速度センサを水平面に1分間載置した状態で測定された加速度のスペクトルを示す。こうして得られたスペクトルは、各加速度センサのノイズフロアを示す。高感度加速度センサのノイズフロアは、市販のものよりも10dB以上低くなっている。
【0052】
図12は、安静条件および手首の屈曲条件下で、高感度センサによって測定されたPD患者の加速度のスペクトルである。
【0053】
図13は、安静条件および手首の屈曲条件下で、高感度センサによって測定された健常高齢者の加速度のスペクトルである。
【0054】
図14は、安静条件および手首の屈曲条件下で、高感度センサによって測定された健常若年者の加速度のスペクトルである。
【0055】
図12~
図14は、PD患者、健常高齢者、および健常若年者それぞれについて、安静条件および手首屈曲条件の下で、高感度センサによって測定された加速度のスペクトルを示している。高感度センサでは、安静条件下と手首の屈曲条件下での加速度スペクトルは、多くの周波数帯域で市販のセンサのノイズフロアよりも低くなっている。この結果から、高感度センサは、特に高周波数帯域では市販のセンサでは観測できない微小筋音を測定していることが明らかになった。安静条件と手首の屈曲条件のスペクトルは、PD患者で違いはみられない。一方、手首の屈曲条件下でのスペクトルは、特に高周波数帯域で、健常高齢者および健常若年者の安静条件下でのスペクトルよりも高いことがわかる。
【0056】
この実験結果は、PD患者の場合、高周波帯域の筋音信号が減弱することを示していると言える。非特許文献14には、大脳基底核の視床下核の活動と筋電のコヒーレンスがPD患者では減弱しているという知見が開示されている。つまり本実施形態に係る診断装置は、大脳基底核の視床下核の活動と筋電のコヒーレンスの減弱を、高周波帯域の筋音信号の減弱として観測できている可能性がある。従来では、このコヒーレンスの計測は、深部脳刺激療法でしか計測できておらず、これは、PD患者に、外科的に基底核に電極を挿入する必要があった。本実施形態によれば、外科的な処置を行わずに、簡易にコヒーレンスを測定できていると言える。
【0057】
図15は、健常高齢者および健常若年者のスペクトルを示す図である。健常高齢者、健常若年者ともに高周波数帯で、安静条件下に比べて、屈曲条件下でのパワーが増大していることがわかる。そこで、15Hz以上の周波数帯でエネルギー(スペクトルの面積)を計算し、統計的にパワーが大きいことを検定した。
図16(a)は、健常高齢者(HE)および健常若年者(HY)の15Hz以上の周波数帯のエネルギー(スペクトルの面積)を示す図である。健常高齢者、健常若年者ともに、屈曲時に高周波数帯のエネルギーが増大することがわかる(p<0.01)。また高齢者と若年者とでは有意な差は見いだせない(p=0.947)。
【0058】
なお、個人間で平均すると高周波数帯のピークが見えないため、15Hz以上の周波数帯で中間周波数(median power frequency; MdPFあるいはMF)、すなわちスペクトル面積を2分する周波数を計算し,周波数方向のスペクトルのシフトを検定することとした。
図16(b)は、健常高齢者(HE)および健常若年者(HY)の中間周波数を示す図である。健常高齢者、健常若年者ともに、屈曲時に、中間周波数が上昇すること、つまりより高い周波数にスペクトルがシフトすることがわかる(p<0.001)。また高齢者と若年者とでは有意な差は見いだせない(p=0.457)。
【0059】
続いて、別の課題について行った実験結果を説明する。第2の課題は、安静、外側加重、外側指上げの3つの条件下で、手と前腕の姿勢を1分間、保持させるものである。
図17(a)~(c)は、安静、外側加重、外側指上げの条件を説明する図である。外側加重は、掌を下に向けた状態で、手の甲側から加重を与えることをいう。
【0060】
測定は、市販センサと高感度センサを用いて行った。
図18(a)~(c)は、安静、外側加重、外側指上げの3条件下において、PD患者と健常高齢者について得られたスペクトルを示す図である。
【0061】
図19(a)~(c)は、安静、外側加重、外側指上げの3条件下において、PD患者と健常高齢者について、高感度センサにより得られたスペクトルを示す図である。
【0062】
図20(a)、(b)は、PD患者と健常高齢者について、高感度センサにより得られたスペクトルを示す図である。
【0063】
第2の課題によっても、PD患者と高齢者とでは、高周波数帯のスペクトルに有意な差が認められることが分かる。
【0064】
III 実験3
実験3の課題は、利き手で、ピンチ条件と、安静条件の2条件をそれぞれ40秒保持するものであり、各条件を3試行ずつ行った。
【0065】
図21(a)、(b)は、ピンチ条件と安静条件を示す図である。
図21(a)のピンチ条件は、中指と人差し指、親指で洗濯ばさみをつまむものである。洗濯ばさみの持ち手側には、幅20mmの直方体を挟むことにより、可動域を制限している。
図21(b)の安静条件は、掌を自然に広げた状態を保つものである。
【0066】
図22は、実験3の参加者をまとめた図である。PD患者は、抗パーキンソン薬が効いている"On状態"にて計測を行っている。また振戦が現れていない側(症状準優位側)の手で計測するものとした。
図23は、センサの取り付け位置を示す図である。センサは、短母指屈筋浅頭の腹筋に取り付けた。
【0067】
続いて、実験3における分析方法を説明する。
図24は、分析方法を説明する図である。加速度データからウェルチのパワースペクトル密度(PSD)を算出した。そして、振戦が見られる低周波数帯(5~15Hz)と高周波数帯(15~35Hz)に分け、それぞれの帯域の筋音スペクトルエネルギー(面積)を計算した。
【0068】
図25(a)、(b)は、健常高齢者およびPD患者の平均スペクトルを示す図である。市販センサのノイズフロアの下に隠れていた高周波帯の微弱な筋音が観測されていることが分かる。また、PD患者及び健常高齢者の両群において微弱な筋音が観測されている。またPD患者も健常高齢者も、ピンチ条件において安静条件よりも、全周波帯の筋音スペクトルが大きいことが分かる。
【0069】
図26(a)、(b)は、低周波帯と高周波帯のエネルギーを示す図である。図中、**は、p値が0.01より小さいことを、***は、p値が0.001より小さいことを示す。低周波帯と高周波帯の両方においてPD患者、健常高齢者ともに、力を入れることで安静条件下より屈曲条件下の方が筋音が増加することが分かる。
【0070】
図27は、安静条件下において測定されたPD患者と健常高齢者のスペクトルを示す図である。安静条件下では、低周波帯と高周波帯両方で、PD患者群の方が健常高齢者群よりもスペクトルが小さくなる。
【0071】
図28(a)、(b)は、低周波帯と高周波帯のエネルギーを示す図である。安静条件同士を比較すると、健常高齢者とPD患者との間に、有意な差は見いだせない。
【0072】
図29は、ピンチ条件下で測定されたPD患者と健常高齢者のスペクトルを示す図である。ピンチ条件下では、低周波帯では両群のスペクトルは同程度であるが、高周波帯では健常高齢者よりPD患者の筋音が低いことが分かる。
【0073】
図30(a)、(b)は、低周波帯と高周波帯のエネルギーを示す図である。ピンチ条件同士を比較すると、低周波帯では、健常高齢者とPD患者との間に、有意な差は見いだせないが、高周波帯では、PD患者は、健常高齢者に比べて有意に小さい(p<0.05)。
【0074】
この実験結果は、ピンチ条件下において、筋音信号の高周波成分を測定することにより、PD患者と健常高齢者を有意に判別することができることを示している。
【0075】
以上、本発明について、実施の形態をもとに説明した。この実施の形態は例示であり、それらの各構成要素や各処理プロセスの組み合わせにいろいろな変形例が可能なこと、またそうした変形例も本発明の範囲にあることは当業者に理解されるところである。以下、こうした変形例について説明する。
【0076】
本明細書で説明した実験は、主にPD患者を対象としたものであるが、診断装置の適用範囲はそれに限定されず、さまざまな疾患の診断に利用することができる。また診断装置は、高周波帯の筋音信号と相関を有する値を単に出力するのみであってもよい。たとえば、あるPD患者に、特定の薬を投与した前後で、この値を比較することで、薬効を評価したりすることが可能となる。
【0077】
実施の形態では、高周波帯のスペクトルエネルギーや中間周波数が、神経変性疾患の有無と相関を有することを示したが、診断に利用する情報はこれらに限定されない。たとえば、よりスペクトルの形状にもとづいて診断を行ってもよいし、明確なピークが存在する場合には、そのピークの周波数にもとづいて診断を行ってもよい。
【0078】
実施形態では、PD診断について説明したが、PDに症状が似ていてPDではないパーキンソン病症候群(正常圧水頭症,慢性硬膜下血種,進行性核上性麻痺,多系統萎縮症,大脳皮質基底核変性症,多発性楽な梗塞など)の診断にも本発明は適用可能である。そのほか、アルツハイマー病、筋委縮性側索硬化症、フレイルなどにも本発明は適用可能である。
【0079】
実施形態では、解析に、スペクトルエネルギーや中間周波数を用いたが、統計処理の手法はそれに限定されず、加速度信号そのものを解析してもよい。あるいは、加速度信号の振幅とその平均二乗平方根(Root Mean Squeare: RMS)を解析してもよいし、そのピークの値を用いてもよい。あるいは、その他のパワースペクトルの特徴、たとえば平均周波数(Mean Power Frequency:MPF)などを用いることもできる。もしくは、筋音の反応時間などの時間的因子を用いることもできる。また、複数筋の筋音を独立成分分析、主成分分析、因子分析、または、Non negative matrix factorization(NMF)などにより分析しても良い。
【0080】
実施形態では、非安静条件下において被験者が発生する力を、その最大出力の20%以下としたが、50%程度まで高めたとしても、震顫や揺れに対して有意に筋音信号を測定できる。非安静条件下における出力は、測定する筋肉の種類に応じて定めることができ、大きい筋力ほど、最大出力に対する割合を値を小さくする方がよい。
【0081】
実験では、ノイズ密度が100μG/√Hzである低ノイズセンサと、ノイズ密度が400μG/√Hzである市販センサとの対比によって、前者では、高周波帯の筋音信号を検出でき、後者では、高周波帯の筋音信号を検出できないという知見を得た。言い換えれば、本技術は、ノイズ密度が所定値より低い加速度センサを利用できると言え、その所定値は、100μG/√Hz~400μG/√Hzの間に存在すると言える。この観点から、本開示のある態様は、以下のように把握できる。
ある態様の診断装置は、被験者に取り付け可能であり、ノイズ密度が100μG/√Hz~400μG/√Hzの間に存在する所定値より低い加速度センサと、加速度センサの出力から得られる筋音信号に含まれる所定周波数より高い高周波数成分にもとづいて、被験者を診断する処理装置と、を備える。
【0082】
実施の形態にもとづき、具体的な語句を用いて本発明を説明したが、実施の形態は、本発明の原理、応用を示しているにすぎず、実施の形態には、請求の範囲に規定された本発明の思想を逸脱しない範囲において、多くの変形例や配置の変更が認められる。
【産業上の利用可能性】
【0083】
本発明は、診断装置に関する。
【符号の説明】
【0084】
100 診断装置
102 加速度センサ
104 処理装置