(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-24
(45)【発行日】2024-11-01
(54)【発明の名称】被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20241025BHJP
B23B 27/20 20060101ALI20241025BHJP
C23C 14/06 20060101ALI20241025BHJP
C23C 14/35 20060101ALI20241025BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23B27/20
C23C14/06 A
C23C14/35
(21)【出願番号】P 2021577463
(86)(22)【出願日】2020-06-24
(86)【国際出願番号】 EP2020067631
(87)【国際公開番号】W WO2020260357
(87)【国際公開日】2020-12-30
【審査請求日】2023-04-26
(32)【優先日】2019-06-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】506297474
【氏名又は名称】ヴァルター アーゲー
(74)【代理人】
【識別番号】110002077
【氏名又は名称】園田・小林弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】エンゲルハート, ヴォルフガング
(72)【発明者】
【氏名】シーア, ファイト
【審査官】増山 慎也
(56)【参考文献】
【文献】特表2013-505358(JP,A)
【文献】特表2015-530270(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第108103465(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B27/14
B23B51/00-51/14
B23C 5/16
B23P15/28
B23D43/00
B23F21/16
C23C14/00-14/58
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Ti
xAl
yCr
zSi
vNの層を含む被覆を有する基材を含む被覆切削工具であって、xは0.30~0.50であり、yは0.25~0.45であり、zは0.05~0.15であり、vは0.10~0.20であり、x+y+z+v=1であり、単位立方格子について3.96~4.22Åの範囲内の単位格子長の分布を含む立方相を含み、3.96~4.22Åの単位格子長範囲内に、電子回折パターンの平均半径方向強度プロファイルにおいて
3つの強度極大値を含む、被覆切削工具。
【請求項2】
電子回折パターンの
前記強度プロファイルに
おける3つの強度
極大
値が、それぞれ、4.00~4.04Å、4.06~4.10Å及び4.12~4.16Åの範囲内に位置する、請求項
1に記載の被覆切削工具。
【請求項3】
Ti
xAl
yCr
zSi
vNの層が、3300~3700HVの硬度を有する、請求項
1又は2に記載の被覆切削工具。
【請求項4】
Ti
xAl
yCr
zSi
vNの層が、≧320GPaの低減されたヤング率を有する、請求項1~
3のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項5】
Ti
xAl
yCr
zSi
vNの層が、-3~-6GPaの残留応力を有する、請求項1~
4のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項6】
Ti
xAl
yCr
zSi
vNの層が、3W/mK未満の熱伝導率を有する、請求項1~
5のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項7】
Ti
xAl
yCr
zSi
vNの層の厚さが、0.5~6μmである、請求項1~
6のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項8】
基材とTi
xAl
yCr
zSi
vNの層との間に少なくとも1つの金属窒化物層が存在する、請求項1~
7のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項9】
基材とTi
xAl
yCr
zSi
vNの層との間に(Ti、Al)Nの層が存在する、請求項
8に記載の被覆切削工具。
【請求項10】
基材が、超硬合金、サーメット、cBN、セラミック、PCD及びHSSから選択される、請求項1~
9のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項11】
Ti
xAl
yCr
zSi
vNの層が、HIPIMS(高出力インパルスマグネトロンスパッタリング)堆積層である、請求項1~
10のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特に硬い被削材料(iso-H材料)の切削に特に適した被覆切削工具に関する。この切削工具は、(Ti、Al、Cr、Si)N層を含む被覆を有する。
【背景技術】
【0002】
一般に、金属機械加工用の切削工具は、超硬合金などの硬質材料の基材と、基材の表面上に堆積された薄い耐摩耗性被覆とを含む。切削工具の例は、切削インサート、ドリル又はエンドミルである。
【0003】
被覆は、理想的には高い硬度を有するべきであるが、同時に、可能な限り過酷な切削条件に耐えるために十分な靱性を有するべきである。
【0004】
切削される被削材料に応じて、切削工具に対する異なる要求が存在する。これに関連して、切削工具上の被覆の特性は非常に重要である。
【0005】
被削材料のうちの1つの群は、硬化鋼、冷却鋳鉄及び白鋳鉄などの硬化材料である。この材料群は、iso-H材料に分類される。これらは特に硬く、必要とされる切削力が高いために切削が困難である。iso-H群に属する材料は、切削行程中に多くの熱を発生する。また、刃先に高いレベルの摩耗がある。
【0006】
iso-H材料を機械加工するための切削工具に使用される現況技術の被覆は、一般に、PVD法によって堆積される(Ti、Al)N被覆である。(Ti、Al)N被覆は、高い硬度及び高い靱性を有するが、十分な高温安定性を欠いている。
【0007】
米国特許出願公開第2015/0232978号明細書は、(Ti、Al)N、(Al、Cr)N及び(Ti、Si)Nの副層の多層を含む被覆を有する被覆切削工具を開示しており、平均組成は約Ti0.45Al0.40Cr0.10Si0.05Nである。被覆は、カソードアーク蒸着によって堆積される。
【0008】
欧州特許出願公開第3434809号明細書は、(Ti、Si)N及び(Al、Cr)Nの副層の多層を含む(Ti、Al、Cr、Si)N被覆を有する被覆切削工具を開示している。被覆は、カソードアーク蒸着によって堆積される。
【発明の概要】
【0009】
本発明の目的は、特にiso-H被削材料を切削する場合に、優れた高温安定性及び改善された工具寿命を有する被覆切削工具を提供することである。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明による(Ti、Al、Cr、Si)N層の電子回折画像を示す。
【
図2】本発明による(Ti、Al、Cr、Si)N層の電子回折画像の半径方向強度分布曲線を示す。
【
図3】本発明による(Ti、Al、Cr、Si)N層の電子回折画像の平均半径方向強度分布曲線を示す。
【
図3a】本発明による(Ti、Al、Cr、Si)N層の電子回折画像の平均半径方向強度分布曲線の拡大部分を示す。
【
図4】立方晶(2 0 0)ピークについての本発明による(Ti、Al、Cr、Si)N層のX線θ-2θ回折図を示す。
【
図5】立方晶(2 0 0)ピークについてのHIPIMS堆積(Ti、Al)N層のX線θ-2θ回折図を示す。
【
図6】立方晶(2 0 0)ピークについてのアーク堆積(Ti、Al、Cr、Si)N層のX線θ-2θ回折図を示す。
【
図7】堆積時及び異なる熱処理温度の後の(Ti、Al)N層のX線θ-2θ回折図を示す。
【
図8】堆積時及び異なる熱処理温度の後の本発明による(Ti、Al、Cr、Si)N層のX線θ-2θ回折図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
ここで、(Ti、Al、Cr、Si)Nの層を含む被覆を有する基材を含む被覆切削工具が提供され、前記(Ti、Al、Cr、Si)Nは、複数の単位格子長を有する立方相を含む。
【0012】
したがって、本明細書では、TixAlyCrzSivNの層を含む被覆を有する基材を含む被覆切削工具であって、xは0.30~0.50であり、yは0.25~0.45であり、zは0.05~0.15であり、vは0.10~0.20であり、x+y+z+v=1であり、単位立方格子について3.96~4.22Åの範囲内の単位格子長の分布を含む立方相を含み、3.96~4.22Åの単位格子長範囲内に、電子回折パターンの平均半径方向強度プロファイルにおいて複数の強度最大値を含む、被覆切削工具を開示する。
【0013】
平均半径方向強度プロファイルは、電子回折パターンから、回折パターンの中心に対して同じ距離(半径)を有する回折パターンにおけるすべての強度の平均を与えることによって得られる。次に、平均強度を半径の関数として描いた。
【0014】
複数の単位格子長の存在は、特定の(hkl)平面に対して複数の格子面間隔が存在することをもたらす。一例として、本発明の(Ti、Al、Cr、Si)Nの層は、(2 0 0)反射を与える複数の格子面間隔が存在する一般的な立方晶構造を含む。
【0015】
複数の単位格子長の存在は、XRD又はTEM分析(電子回折)によって検出することができる。例えば、電子回折における半径方向平均強度プロファイルでは、(2 0 0)反射強度は、一実施形態では、3つの最大値が見られるように分布する(
図2を参照)。本発明のこの具体例における最大値は、2.01、2.04及び2.07Åのd間隔に対応する。本発明の実施形態では、(1 1 1)、(2 2 0)及び(2 2 2)などの他の反射の複数の最大値も存在し得る。
【0016】
θ-2θXRD分析では、複数の単位格子長の存在は、回折を引き起こす異なる格子面間隔の存在に起因して、特定の(hkl)反射の回折ピークの形状に影響を及ぼす。
【0017】
一実施形態では、TixAlyCrzSivNの層は、3.96~4.22Åの単位格子長範囲内に、電子回折パターンの強度プロファイルにおいて2~4つの強度最大値を含む立方相を含む。
【0018】
一実施形態では、TixAlyCrzSivNの層は、3.96~4.22Åの単位格子長範囲内に、電子回折パターンの強度プロファイルにおいて3つの強度最大値を含む立方相を含み、最大値は、それぞれ、4.00~4.04Å、4.06~4.10Å及び4.12~4.16Åの範囲内に位置する。
【0019】
TixAlyCrzSivNの層において、xは好ましくは0.35~0.45であり、yは好ましくは0.30~0.40であり、zは好ましくは0.08~0.13であり、vは好ましくは0.12~0.18であり、x+y+z+v=1である。
【0020】
一実施形態では、TixAlyCrzSivNの層は、3300~3700HV、好ましくは3500~3700HVの硬度を有する。
【0021】
一実施形態では、TixAlyCrzSivNの層は、≧320GPa、好ましくは≧340GPaの低減されたヤング率を有する。
【0022】
一実施形態では、TixAlyCrzSivNの層は、-3~-6GPaの残留応力を有する。
【0023】
一実施形態では、TixAlyCrzSivNの層は、3W/mK未満、好ましくは1.8~2.8W/mKの熱伝導率を有する。
【0024】
切削工具上の耐摩耗性被覆の場合、低い熱伝導率は、工具基材上の切削工程からの熱負荷を可能な限り低く保つのに有益である。
【0025】
TixAlyCrzSivNの層の厚さは、適切には0.5~6μm、好ましくは1.5~4μmである。
【0026】
一実施形態では、基材とTixAlyCrzSivNの層との間に少なくとも1つの金属窒化物層が存在し、金属窒化物層は、適切には、Ti、Cr及びZrのうちの1つ以上の窒化物であり、任意選択的にAlも一緒である。好ましくは、金属窒化物層は、TiN又は(Ti、Al)Nの層である。金属窒化物層は、TixAlyCrzSivN層と基材との間の接着強化層として作用する。
【0027】
基材とTixAlyCrzSivNの層との間の少なくとも1つの金属窒化物層の厚さは、適切には0.1~3μm、好ましくは0.5~2μmである。
【0028】
被覆切削工具の基材は、金属機械加工用の切削工具の分野で一般的な任意の種類のものとすることができる。基材は、超硬合金、サーメット、cBN、セラミック、PCD及びHSSから適切に選択される。
【0029】
好ましい一実施形態では、基材は超硬合金である。
【0030】
好ましい一実施形態では、被覆切削工具は、TixAlyCrzSivNの0.5~6μmの層を含む被覆を有する超硬合金の基材を含み、xは0.30~0.50であり、yは0.25~0.45であり、zは0.05~0.20であり、vは0.10~0.20であり、x+y+z+v=1であり、単位立方格子について3.96~4.22Åの範囲内の単位格子長の分布を含む立方相を含み、基材とTixAlyCrzSivNの層との間に0.1~3μmの(Ti、Al)Nの層が存在する。
【0031】
被覆切削工具は、旋削用の被覆切削インサート又はフライス加工用の被覆切削インサート、又は穿孔加工用の被覆切削インサート、又はねじ切り用の被覆切削インサート、又は分割及び溝加工用の被覆切削インサートなどの被覆切削インサートであり得る。被覆切削工具は、固体ドリル、エンドミル、又はタップなどの被覆固体工具でもあり得る。
【0032】
TixAlyCrzSivNの層は、好ましくはスパッタ堆積層であり、最も好ましくはHIPIMS(高出力インパルスマグネトロンスパッタリング)堆積層である。
【0033】
TixAlyCrzSivNを堆積させる際には、Ti、Al、Cr及びSiのすべての元素を含むターゲットを用いることが好ましい。
【0034】
本明細書に開示される被覆切削工具を製造する方法は、基材を提供することと、好ましくはHIPIMSモードで、TixAlyCrzSivNの層を堆積させることとを含み、xは0.30~0.50であり、yは0.25~0.45であり、zは0.05~0.20であり、vは0.10~0.20であり、x+y+z+v=1である。HIPIMSモードを使用する場合、ピーク電力密度は適切には>0.2kW/cm2、好ましくは>0.4kW/cm2、最も好ましくは>0.7kW/cm2であり、ピーク電流密度は適切には>0.2A/cm2、好ましくは>0.3A/cm2、最も好ましくは>0.4A/cm2であり、最大ピーク電圧は適切には300~1500V、好ましくは400~900Vである。
【0035】
堆積中の基材温度は、適切には350~600℃、好ましくは400~550℃である。
【0036】
HIPIMS法で使用されるDCバイアス電圧は、適切には20~100V、又は30~80V(負バイアス)である。
【0037】
HIPIMS法における平均電力密度は、適切には20~110W・cm-2、好ましくは30~90W・cm-2である。
【0038】
HIPIMS法で使用されるパルス長は、適切には2μs~200ms、好ましくは10μs~100msである。
【0039】
堆積工程では、好ましくは、TiAlCrSiの1つ以上のターゲット、次に同じ組成のターゲットが使用される。一実施形態では、3つのターゲット(1列)が使用される。
【0040】
金属窒化物のPVD堆積において一般的であるように、金属窒化物中の窒素のわずかな過剰化学量論又はわずかな過少化学量論が存在し得る。したがって、(Ti、Al、Cr、Si)N中の全金属含有量に対する窒素含有量は、完全に化学量論1:1の範囲外であってもよく、40~60原子%又は50~58原子%などの50原子%より上又は下の数原子百分率単位であってもよい。
【0041】
方法
XRD位相分析:
位相分析に関するX線回折パターンは、Panalytical(Empyrean)による回折計の俯角入射モード(GIXRD)によって取得した。線焦点によるCuKα線を分析に使用した(高圧40kV、電流40mA)。入射ビームは、平行X線ビームを生成するX線ミラーに加えて、2mmマスク及び1/8°発散スリットによって画定された。横方向の発散は、ソーラースリット(0.04°)によって制御された。回折ビーム経路には、比例計数管(0D-検出器)と組み合わせた0.18°平行プレートコリメータを使用した。測定は、俯角入射モード(オメガ=1°)で行った。2θ範囲は、0.03°の刻み幅及び10秒の計数時間で約28~45°であった。XRDラインプロファイル分析では、機器による広がりを補正するために、上記と同じパラメータを用いて基準測定(LaB6粉末を使用)を行った。
【0042】
TEM分析
透過型電子顕微鏡データ(選択領域回折パターン及び暗視野画像)を、FEI(FEI TITAN80-300)による透過型電子顕微鏡によって取得した。分析には、300kVの高圧を用いた。
【0043】
本明細書において電子回折実験を参照する場合、これらは、平行照射で行われたTEM測定である。関心領域は、選択された領域開口で選択された。
【0044】
TEM試料の調製には、FIB(集束イオンビーム)リフトアウトを使用した。仕上研磨のために、Gaイオンビームを5kVで200pAの電流に調整した。
【0045】
被覆の断面を、被覆の表面に対して垂直に分析した。
【0046】
残留応力:
被覆における残留応力の分析には、Seifert/GEによる回折計(PTS3003)を使用した。ポリキャピラリーレンズ(平行ビームを生成するため)によるCuKα線を分析に適用した(高圧40kV、電流40mA)。入射ビームは、2mmのピンホールによって画定された。回折ビーム経路には、エネルギー分散型検出器(Meteor0D)を使用した。X線応力解析は、sin2Ψ法に従って行った。応力解析には、立方晶TiAlNの{111}反射を、s1=-4,910・10-7MPa-1及び0,5s2=2,780・10-6MPa-1のX線弾性定数で使用した。応力は、χ軸を-60°~60°に傾斜させるχモードを適用して、sin2Ψで等距離間隔で測定した。
【0047】
ビッカース硬さ:
ビッカース硬さは、Helmut Fischer GmbH(ドイツ、ジンデルフィンゲン)のPicodentor HM500を使用してナノインデンテーション(荷重-深さグラフ)によって測定した。測定及び計算については、Oliver及びPharrの評価アルゴリズムを適用し、ビッカースによるダイヤモンド試験体を層に圧入し、測定中に力-経路曲線を記録した。使用した最大荷重は15mN(HV 0.0015)であり、荷重増加及び荷重減少の時間はそれぞれ20秒であり、保持時間(クリープ時間)は10秒であった。この曲線から硬度を計算した。
【0048】
低減されたヤング率
低減されたヤング率(reduced Young’s modulus)(相当弾性係数(reduced modulus of elasticity))は、ビッカース硬さを決定するために記載したように、ナノインデンテーション(荷重-深さグラフ)によって決定した。
【0049】
熱伝導率:
以下の特徴を有する時間領域サーモリフレクタンス(TDTR)法を使用した。
【0050】
1.レーザパルス(ポンプ)を使用して、試料を局所的に加熱する。
【0051】
2.熱伝導率及び熱容量に応じて、熱エネルギーは試料表面から基材に向かって伝達される。表面の温度は時間とともに低下する。
【0052】
3.反射されるレーザの部分は、表面温度に依存する。第2のレーザパルス(プローブパルス)は、表面の温度低下を測定するために使用される。
【0053】
4.数学的モデルを使用することによって、熱伝導率を計算することができる。(D.G.Cahill,Rev.Sci.Instr.75,5119(2004))が参照される。
【0054】
厚さ:
層の厚さは、キャロット研削によって決定した。これにより、ドーム状凹部の研削には30mmの直径を有する鋼球を使用し、さらにリング径を測定し、そこから層厚さを計算した。切削工具のすくい面(RF)の層厚さの測定は、角部から2000μmの距離で行い、逃げ面(FF)の測定は逃げ面の中央で行った。
【実施例】
【0055】
実施例1(本発明):
組成Ti0.40Al0.60を含むターゲットからの(Ti、Al)N層を、S3p技術を使用するOerlikon Balzers装置においてHIPIMSモードを使用して、フライス加工タイプの切削インサート及び同様に平坦なインサート(被覆の分析を容易にするため)であるWC-Co系基材上に堆積させた。
【0056】
基材は、8重量%のCo及び残部WCの組成を有していた。
【0057】
堆積工程は、以下の加工パラメータを使用してHIPIMSモードで実行した。
平均電力:9.06kW
パルスオン時間:7.56ms
温度:450℃
ターゲットサイズ:円形、直径15cm
ターゲット材料:Ti40Al60
全圧:0.6Pa
アルゴン圧:0.42Pa
バイアス電位:-40V
【0058】
約1μmの層厚さを堆積させた。
【0059】
次に、先に堆積させた(Ti、Al)N層上に(Ti、Al、Cr、Si)Nの層を堆積させた。組成Ti/Al/Cr/Siが40/35/10/15(原子%)である単一のターゲットを使用した。
【0060】
堆積工程は、以下の加工パラメータを使用してHIPIMSモードで実行した。
ターゲット当たりの平均電力:4.8kW
ピークパルス電力:60kW
最大ピーク電圧:640V
ピークパルス電流:92A
パルスオン時間:2ms
温度:450℃
ターゲットサイズ:円形、直径15cm(プラズマの有効面積はターゲット面積の1/3であった)
ターゲット材料:Ti40Al35Cr10Si15
全圧:0.62Pa
アルゴン圧:0.42Pa
バイアス電位:-50V(最初の10分間は-40V)
【0061】
約2.5μmの層厚さを堆積させた。
【0062】
得られた被覆切削工具を「試料1(本発明)」と呼ぶ。
【0063】
(Ti、Al、Cr、Si)N層中の各元素の含有量を、エネルギー分散型X線分光法(EDS)で分析した。結果を表1に示す。
【0064】
実施例2(参照):
組成Ti0.40Al0.60を含むターゲットからの(Ti、Al)N層を、S3p技術を使用するOerlikon Balzers装置においてHIPIMSモードを使用して、フライス加工タイプの切削インサート及び同様に平坦なインサート(被覆の分析を容易にするため)であるWC-Co系基材上に堆積させた。
【0065】
基材は、8重量%のCo及び残部WCの組成を有していた。
【0066】
堆積工程は、以下の加工パラメータを使用してHIPIMSモードで実行した。
平均電力:9.06kW
パルスオン時間:7.56ms
温度:450℃
ターゲットサイズ:円形、直径15cm
ターゲット材料:Ti40Al60
全圧:0.6Pa
アルゴン圧:0.42Pa
バイアス電位:-40V
【0067】
約3μmの層厚さを堆積させた。
【0068】
得られた被覆切削工具を「試料2(参照)」と呼ぶ。
【0069】
実施例3(参照):
組成Ti0.33Al0.67を含むターゲットからの(Ti、Al)N層を、フライス加工タイプの切削インサート及び同様に平坦なインサート(被覆の分析を容易にするため)であるWC-Co系基材上に堆積させた。
【0070】
基材は、8重量%のCo及び残部WCの組成を有していた。
【0071】
堆積は、製造業者Oerlikon-BalzersによるInnova PVD装置で行った。加工パラメータは以下の通りであった。
-ターゲット Ti33Al67
-全圧:1Pa N2
-堆積時の温度:600℃
-DCバイアス:-100V
-アーク電流:140A
-テーブル(基材)回転:60%
-磁石構成:Mag10
約3μmの層厚さを堆積させた。
【0072】
得られた被覆切削工具を「試料3(参照)」と呼ぶ。
【0073】
実施例4(参照):
米国特許出願公開第2015/023978号明細書による(Ti、Al、Cr、Si)N被覆を、(約)Ti0.50Al0.50N、Al0.70Cr0.30N及びTi0.85Si0.15Nのナノ多層であるTi0.50Al0.50ターゲット、Al0.70Cr0.30ターゲット及びTi0.85Si0.15ターゲットからのカソードアーク蒸着によって堆積させた。
【0074】
被覆は、交互の多層A-Bでできており、層A自体は、それぞれ約7nmである副層Al0.70Cr0.30N及びTi0.85Si0.15Nのナノ多層である。Aの厚さは約56nmである。
【0075】
層Bは、約50nmの厚さを有するTi0.50Al0.50N層である。
【0076】
層配列A-Bを20回繰り返す。
【0077】
被覆の総厚は約2μmである。
【0078】
(Ti、Al、Cr、Si)N被覆の平均組成は、約Ti0.45Al0.40Cr0.10Si0.05Nである。
【0079】
被覆を、フライス加工タイプの切削インサート及び同様に平坦なインサート(被覆の分析を容易にするため)であるWC-Co系基材上に堆積させた。基材は、8重量%のCo及び残部WCの組成を有していた。堆積は、製造業者Oerlikon-BalzersによるInnova PVD装置で行った。
【0080】
層A:2xTi0.85Si0.15N及び2xAl0.70Cr0.30N(堆積チャンバ内にそれぞれ2つのターゲット)、加工条件は以下の通り。
-N2圧:4Pa
-温度:550℃
-アーク電流:160A
-DCバイアス:-60V
-回転:30%
-蒸着時間:2分40秒
【0081】
層B:2xTi0.50Al0.50N(堆積チャンバ内に2つのターゲット)、加工条件は以下の通り。
-N2圧:4Pa
-温度:550℃
-アーク電流:160A
-DCバイアス:-120V
-回転:30%
-蒸着時間:5分20秒
磁石構成(Magnet konfiguration):
Ti0.85Si0.15:Mag6、0.5A
Ti0.50Al0.50:Mag6、2A
Al0.70Cr0.30:Mag14、0.5A
【0082】
合計で[A-B]は20回の繰り返し(repetitons)を有する。
【0083】
得られた被覆切削工具を「試料4(参照)」と呼ぶ。
【0084】
実施例5(分析):
試料1(本発明)について電子回折(TEM)分析を行った。
図1は、得られた電子回折パターンを示す。
【0085】
図2は、試料1(本発明)の電子回折図の線A-Bに沿った半径方向強度分布プロファイルを示す。
【0086】
図3は、試料1(本発明)の電子回折図の平均半径方向強度分布プロファイルを示す。
【0087】
図3aは、
図3の立方晶(2 0 0)反射に対応するマーキングされた部分の拡大画像を示す。
【0088】
(2 0 0)反射の平均強度プロファイルは、3つの優先する最大値を明らかにすることがわかる。これは、立方相に複数の優先するd間隔が存在することを意味し、試料1(本発明)の(Ti、Al、Cr、Si)Nに複数の優先する単位格子長の存在に対応する。
【0089】
試料1、2及び4について、XRDθ-2θ分析をさらに行った。
【0090】
図4は、立方晶(2 0 0)ピークを示す2θ範囲40~45度における試料1(本発明)のX線θ-2θ回折図を示す。
【0091】
図5は、立方晶(2 0 0)ピークを示す2θ範囲40~45度における試料2(本発明)、HIPIMS堆積(Ti、Al)N層のX線θ-2θ回折図を示す。
【0092】
図6は、立方晶(2 0 0)ピークを示す2θ範囲40~45度における試料4(参照)、アーク堆積(Ti、Al、Cr、Si)N層のX線θ-2θ回折図を示す。
【0093】
試料1(本発明)のピークは非常に非対称的(asymmetrical)であり、(2 0 0)反射について複数の優先するd間隔の存在を示していることがわかる。一方、試料2及び試料4のピークは非常に対称的である。
【0094】
残留応力も試料1(本発明)で測定し、-5.1+-0.3GPa、すなわち圧縮応力の値を示した。
【0095】
ビッカース硬さ及び低減されたヤング率(EIT)を決定するために、被覆工具の逃げ面に対して硬度測定(荷重15mN)を行った。結果を表2に示す。被覆の靱性(ヤング率)の特徴づけのために、500mNの荷重でビッカース圧痕を行い、断面を調製した。
【0096】
最後に、試料1(本発明)の(Ti、Al、Cr、Si)N層について、熱伝導率を2.4W/mKであると決定した。
【0097】
実施例6(高温安定性):
試料1(本発明)の被覆中に存在する本発明によるHIPIMS堆積(Ti、Al、Cr、Si)N層の高温安定性を、試料3(参照)、すなわち、HIPIMS堆積(S3p技術)(Ti、Al)N被覆と比較した。(Ti、Al、Cr、Si)N被覆を実施例1の方法に従って堆積させた。しかしながら、この被覆では、内側(Ti、Al)N層は堆積されなかった。
【0098】
高温安定性を分析するために、被覆インサートを炉内に入れ、焼鈍(annealilng)手順に供した。温度を1時間の間に最高温度まで上昇させ、次いで、その温度で1時間維持した。炉管(furnance tube)内には、約2バールのアルゴン圧力があった。熱処理後、能動的な冷却はなかった。実験用の装置は、製造業者Nabertherm製であった。
【0099】
ナノインデンテーションによって硬度測定を行い、マルテンス硬さ(GPa)を決定した。堆積時に(Ti、Al)N被覆は18.7GPaの硬度を有したが、堆積時に(Ti、Al、Cr、Si)N被覆は16.4GPaの硬度を有した。1000℃で1時間焼鈍することによって状況が変化した。(Ti、Al)N被覆の硬度は16.2GPaの値まで低下し、一方で(Ti、Al、Cr、Si)N被覆の硬度は17.5GPaの値までわずかに上昇した。したがって、(Ti、Al)N被覆は1000℃で劣化するが、(Ti、Al、Cr、Si)Nは劣化しない。
【0100】
(Ti、Al、Cr、Si)N被覆の高温での安定性は、XRD分析でも見られる。900℃、1000℃及び1100℃で焼鈍した後、堆積したままの状態の(Ti、Al)N被覆及び(Ti、Al、Cr、Si)N被覆の両方についてXRD測定(θ-2θ分析)を行った。
図7は、(Ti、Al)N被覆の回折図を示し、
図8は、(Ti、Al、Cr、Si)Nについての回折図を示す。異なる被覆の回折図の間には明らかな違いがある。例えば、900℃と1000℃とでは、TiAlNの(2 0 0)ピークの分裂が見られる(
図7参照)。Cr及びSiを添加することにより、分解はより高温、すなわち、1100℃に移行する(
図8参照)。また、(Ti、Al)N被覆は、本発明による(Ti、Al、Cr、Si)Nでは得られない六方晶AlN(1 0 0)ピークを1100℃で得る。
【0101】
実施例7:
試料1(本発明)、試料3(参照)の切削試験:
試料1(本発明)及び参照試料をフライス加工試験で試験し、境界逃げ面摩耗を測定した。切削条件を表3に要約する。
切削条件:
【0102】
この試験では、逃げ面側の刃先で摩耗最大値が観察された。各被覆の2つの刃先を試験し、各切削長さの平均値を表4に示す。
【0103】
試料3(参照)は、試料1(本発明)よりもはるかに性能が悪いと結論づけられる。
【0104】
試料4(参照)の切削試験:
試料4(参照)は、同じ被削材料を含む上記の試料1及び試料3の試験と同じ切削試験パラメータを用いて、別個の試験ラウンドで試験した。試験は、VBmaxが0.25mmと見られる激しい摩耗のために、切削長さ76mの後に既に停止しなければならなかった。
【0105】
試料4(参照)は、上記の同一の試験で試験された試料1(本発明)よりもはるかに性能が悪いと結論づけられる。