(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-25
(45)【発行日】2024-11-05
(54)【発明の名称】分離ペプチド
(51)【国際特許分類】
C07K 5/083 20060101AFI20241028BHJP
C07K 19/00 20060101ALI20241028BHJP
C07K 14/195 20060101ALI20241028BHJP
C12N 15/31 20060101ALN20241028BHJP
【FI】
C07K5/083
C07K19/00 ZNA
C07K14/195
C12N15/31
(21)【出願番号】P 2021533118
(86)(22)【出願日】2020-07-17
(86)【国際出願番号】 JP2020027922
(87)【国際公開番号】W WO2021010482
(87)【国際公開日】2021-01-21
【審査請求日】2023-07-03
(31)【優先権主張番号】P 2019132490
(32)【優先日】2019-07-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(74)【代理人】
【識別番号】100078282
【氏名又は名称】山本 秀策
(74)【代理人】
【識別番号】100113413
【氏名又は名称】森下 夏樹
(74)【代理人】
【識別番号】100181674
【氏名又は名称】飯田 貴敏
(74)【代理人】
【識別番号】100181641
【氏名又は名称】石川 大輔
(74)【代理人】
【識別番号】230113332
【氏名又は名称】山本 健策
(72)【発明者】
【氏名】堀 克敏
【審査官】田ノ上 拓自
(56)【参考文献】
【文献】J. Biosci. Bioeng.,2019年06月14日,Vol.128, No.5,pp.544-550
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K 1/00-19/00
C12N 15/00-15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)配列番号4に記載のアミノ酸配列
、または
(2)配列番号4の59~325位に対して少なくとも90%の配列同一性を有する配列を含み、自己凝集性を有する改変配列
もしくは断片
を含むポリペプチドの自己凝集を崩壊させるための、アミノ酸配列AVL、SVLもしくはAT
Lを含む、またはこれらからなるペプチドを含む組成物。
【請求項2】
(1)配列番号1に示すアミノ酸配列
、または
(2)配列番号1の2~268位のアミノ酸配列に対して少なくとも90%の配列同一性を有する配列を含み、他の対象に対する接着性を有する改変配列もしくは断片
を含むポリペプチド、または該ポリペプチドと他のアミノ酸配列との融合体もしくは複合体と、
該他の対象との間の結合を分離させるための、アミノ酸配列AVL、SVLもしくはAT
Lを含む、またはこれらからなるペプチ
ドを含む組成物。
【請求項3】
前記対象は機能性付与実体である、請求項2に記載の組成物。
【請求項4】
前記対象はストレプトアビジン、中性アビジンまたはそれらの改変体である、請求項2に記載の組成物。
【請求項5】
前記機能性付与実体が、酵素、抗体、蛍光分子、受容体、抗菌ペプチド、シグナル因子、誘導因子、核酸アプタマー、血清成分、または細胞である、請求項3に記載の
組成物。
【請求項6】
前記ペプチドが、アミノ酸配列AVL、SVLもしくはAT
Lを含む、請求項1~5のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項7】
前記ペプチドが、アミノ酸配列AVL、SVLもしくはAT
LのN末端、C末端またはその両方に、0、1、2、3、4、5、6、または7個のアミノ酸が付加されたものである、請求項1~6のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項8】
前記ペプチドが、アミノ酸配列AVL、SVLもしくはAT
Lからなる、請求項1~7のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項9】
前
記改変配列またはその断片が、配列番号1
の2~268位のアミノ酸配列に対して少なくと
も95%または99%同一であるアミノ酸配列を含む、請求項
1~8のいずれか一項に記載の
組成物。
【請求項10】
アミノ酸配列AVL、SVLもしくはATLを含む、またはこれらからなるペプチドの、
(1)配列番号4に記載のアミノ酸配列、または
(2)配列番号4の59~325位に対して少なくとも90%の配列同一性を有する配列を含み、自己凝集性を有する改変配列もしくは断片
を含むポリペプチドの自己凝集を崩壊させるための使用。
【請求項11】
アミノ酸配列AVL、SVLもしくはAT
Lを含む、またはこれらからなるペプチ
ドの、
(1)配列番号1に示すアミノ酸配列
、または
(2)配列番号1の2~268位のアミノ酸配列に対して少なくとも90%の配列同一性を有する配列を含み、他の対象に対する接着性を有する改変配列またはその断片
を含むポリペプチド、または該ポリペプチドと他のアミノ酸配列との融合体もしくは複合体と、他の対象との間の結合を分離させるための使用。
【請求項12】
前記対象は機能性付与実体である、請求項1
1に記載の使用。
【請求項13】
前記対象はストレプトアビジン、中性アビジンまたはそれらの改変体である、請求項1
1に記載の使用。
【請求項14】
前記機能性付与実体が、酵素、抗体、蛍光分子、受容体、抗菌ペプチド、シグナル因子、誘導因子、核酸アプタマー、血清成分、または細胞である、請求項1
2に記載の使用。
【請求項15】
前記ペプチドが、アミノ酸配列AVL、SVLもしくはAT
Lを含む、請求項10~1
4のいずれか一項に記載の使用。
【請求項16】
前記ペプチドが、アミノ酸配列AVL、SVLもしくはAT
LのN末端、C末端またはその両方に、0、1、2、3、4、5、6、7またはそれ以上の任意のアミノ酸が付加されたものである、請求項10~1
5のいずれか一項に記載の
使用。
【請求項17】
前記ペプチドが、アミノ酸配列AVL、SVLもしくはATLからなる、請求項10~1
6のいずれか一項に記載の使用。
【請求項18】
前
記改変配列またはその断片が、配列番号1
の2~268位のアミノ酸配列に対して少なくと
も95%または99%同一であるアミノ酸配列を含む、請求項10~1
7のいずれか一項に記載の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、接着性のポリペプチドである、AtaAポリペプチドまたはその自己凝集性を有する改変配列またはその断片の自己凝集を崩壊させるペプチドおよびその用途に関する。さらに本開示は、AtaAポリペプチド、またはAtaAポリペプチドと他の対象、例えば、ストレプトアビジン等との間の結合を分離させるペプチドおよびその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
Acinetobacter sp. Tol5(アシネトバクター属細菌Tol5株)は、細胞自己凝集性が高く、また、疎水性の各種プラスチック担体から親水性のガラス、金属表面まで、様々な材料表面に対して高い接着性を示す非病原性のグラム陰性細菌である。本発明者は、他の微生物では報告例のないこのような接着特性をもたらす因子として、細菌細胞表層に存在する新規のバクテリオナノファイバーを発見し、さらにナノファイバーを構成する新しいタンパク質を同定した。このタンパク質はグラム陰性細菌がもつ三量体オートトランスポーターアドヘシン(TAA)ファミリーに属しており、本発明者がAtaAと名付けた(非特許文献1)。
【0003】
AtaAは微生物の固定化に極めて有用であり、様々なバイオプロセスへの応用が期待される(例えば特許文献1、2を参照)。また、本発明者は先の特許出願(特許文献3)において、様々な機能性ペプチドやタンパク質をAtaAに導入し、微生物表面に提示させ得ることを報告した。尚、特許文献1ではAtaA及びそれをコードする遺伝子(ataA遺伝子)をそれぞれAadA及びaadA遺伝子と呼称していた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2009/104281号パンフレット
【文献】国際公開第2014/156736号パンフレット
【文献】国際公開第2015/030171号パンフレット
【非特許文献】
【0005】
【文献】Ishikawa, M.;Nakatani,H.;Hori,K.,AtaA,a new member of the trimeric autotransporter adhesins from Acinetobacter sp. Tol 5 mediating high ad hesiveness to various abiotic surfaces.PLoS One 2012,7,(11),e48830.
【文献】Linke, D.;Riess,T.;Autenrieth,I.B.;Lupas,A.;Kempf,V.A.,Trimeric autotransporter adhesins:variable structure,common function.Trends Microbiol.2006,14,(6),264-270.
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、鋭意研究した結果、特定のトリペプチド配列が、AtaAポリペプチドの自己凝集を崩壊させる、またはAtaAポリペプチド断片と他の対象との間の結合を分離させることを見出した。
【0007】
したがって、本開示は、以下を提供する。
(1)アミノ酸配列AVL、SVLもしくはATL、またはその機能的同等配列を含むペプチド。
(2)アミノ酸配列AVL、SVLもしくはATL、またはその機能的同等配列からなるペプチド。
(3)配列番号4に記載のアミノ酸配列またはその自己凝集性を有する改変配列および断片を有するポリペプチドの自己凝集を崩壊させる機能を有する上記項目のいずれかに記載のペプチド。
(4)配列番号4に示すアミノ酸配列もしくはその改変配列またはその断片を含むポリペプチドを発現する細胞の凝集を崩壊させる機能を有する、上記項目のいずれかに記載のペプチド。
(4B)(1)アシネトバクター属微生物由来のオートトランスポーターアドヘシン、例えば、配列番号4に示すアミノ酸配列もしくはその改変配列、またはその断片をコードするDNAが導入されることによって非特異的付着性が付与又は増強された微生物を担体に接触させ、該微生物を該担体に付着させる工程;(2)上記項目のいずれかに記載のペプチドの存在下で該微生物が付着した該担体を洗浄し、該担体から該微生物を脱離させる工程を含む、微生物の着脱方法。
(5)配列番号1に示すアミノ酸配列もしくはその改変配列またはその断片を含むポリペプチド、または該ポリペプチドと他のアミノ酸配列との融合体もしくは複合体と、他の対象との間の結合を分離させる機能を有する上記項目のいずれかに記載のペプチド。
(6)配列番号4に記載のアミノ酸配列またはその自己凝集性を有する改変配列および断片を有するポリペプチドの自己凝集を崩壊させるための、上記項目のいずれかに記載のペプチドを含む組成物。
(7)配列番号1に示すアミノ酸配列もしくはその改変配列またはその断片を含むポリペプチド、または該ポリペプチドと他のアミノ酸配列との融合体もしくは複合体と、他の対象との間の結合を分離させるための、上記項目のいずれかに記載のペプチドまたは類似ペプチドを含む組成物。
(8)前記対象は機能性付与実体である、上記項目のいずれかに記載の組成物。
(9)前記対象はストレプトアビジン、中性アビジンまたはそれらの改変体である、上記項目のいずれかに記載の組成物。
(10)前記機能性付与実体は細胞である、上記項目のいずれかに記載の組成物。
(11)上記項目のいずれかに記載のペプチドと、機能性付与実体との融合体または複合体。
(12)上記項目のいずれかに記載のペプチドの、配列番号4に記載のアミノ酸配列またはその自己凝集性を有する改変配列および断片を有するポリペプチドの自己凝集を崩壊させるための使用。
(13)上記項目のいずれかに記載のペプチドまたは類似ペプチドの、配列番号1に示すアミノ酸配列もしくはその改変配列またはその断片を含むポリペプチド、または該ポリペプチドと他のアミノ酸配列との融合体もしくは複合体と、他の対象との間の結合を分離させるための使用。
(14)前記対象は機能性付与実体である、上記項目のいずれかに記載の使用。
(15)前記対象はストレプトアビジン、中性アビジンまたはそれらの改変体である、上記項目のいずれかに記載の使用。
【0008】
本開示において、上記1または複数の特徴は、明示された組み合わせに加え、さらに組み合わせて提供されうることが意図される。本開示のなおさらなる実施形態および利点は、必要に応じて以下の詳細な説明を読んで理解すれば、当業者に認識される。
【発明の効果】
【0009】
本開示を使用して、AtaAポリペプチドおよびその断片の自己凝集を崩壊させることが可能になった。したがって、本開示のペプチドは、AtaAポリペプチド同士の自己凝集による積層接着を阻害することができるため、例えば、積層接着が好ましくない局面で有用である。さらに本開示のペプチドは、AtaAポリペプチド断片と他の対象(例えば、ストレプトアビジン、中性アビジン等の機能性付与ペプチド)との結合を分離させることが可能であり、発酵工業、医薬品工業、化成品工業、再生医療、細胞工学、医用工学、バイオセンサー等の技術分野におけるバイオプロセス、表面改質や材料設計などの材料工学プロセスにおける、プロセスのオンオフの制御に有用である。加えて、本開示のペプチドは、支持体に固定された、AtaAポリペプチドを発現する細胞(微生物およびバイオフィルムを含む)を、支持体から分離させることが可能であり、バイオフィルムリアクターのバイオフィルムの厚みの調整や、接着または固定状態から分離させることによって、細胞および担体を再利用することを可能にする。さらに本開示のペプチドは、アシネトバクター菌の細胞膜上に発現したAtaAタンパク質から、N末端側に存在するNheadドメインを単離する手段としても使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、Acinetobacter sp. Tol5株の凝集塊の崩壊の様子を顕微鏡によるビデオ撮影した際の静止画を示す。Aに、Acinetobacter sp. Tol5株の付着凝集塊に本開示のペプチドを含まないBS-N培地を送液した場合の顕微鏡写真を示し、Bに、Acinetobacter sp. Tol5株に0.1mMのAVLペプチドを添加した場合の静止画を示し、Cに0.1mMのATLペプチドを添加した場合の静止画を示し、Dに0.1mMのSVLペプチドを添加した場合の静止画を示す。どの写真も、ペプチドを含む培地(Aについてはペプチドを含まないブランク培地)を流してから10秒以内の静止画である。
【
図2A】
図2は、大腸菌組換えNheadとストレプトアビジンとの間の結合が、本開示のペプチドによって分離されることを示す。
図2Aは、AVLペプチド添加の結果を示す。グラフの縦軸は各粒子の存在比(体積%)を示し、横軸は粒子径(nm)を示す。なお、該ペプチド添加後のNheadとSAのピークは重なっている。
【
図2B】
図2は、大腸菌組換えNheadとストレプトアビジンとの間の結合が、本開示のペプチドによって分離されることを示す。
図2Bは、ATLペプチド添加の結果を示す。グラフの縦軸は各粒子の存在比(体積%)を示し、横軸は粒子径(nm)を示す。なお、該ペプチド添加後のNheadとSAのピークは重なっている。
【
図2C】
図2は、大腸菌組換えNheadとストレプトアビジンとの間の結合が、本開示のペプチドによって分離されることを示す。
図2Cは、SVLペプチド添加の結果を示す。グラフの縦軸は各粒子の存在比(体積%)を示し、横軸は粒子径(nm)を示す。なお、該ペプチド添加後のNheadとSAのピークは重なっている。
【
図3】
図3は、Nheadとストレプトアビジンとの間の結合を使用したビオチン化分子の固定化を示す。グラフは、ビオチン化分子の蛍光による検出結果を示す。グラフの縦軸は535nmの蛍光強度を示し、横軸は左から順に、Nheadを固定化していない場合、1回目の結合反応後、1回目の分離反応後、2回目の結合反応後、2回目の分離反応後、3回目の結合反応後の蛍光強度を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本開示を最良の形態を示しながら説明する。本明細書の全体にわたり、単数形の表現は、特に言及しない限り、その複数形の概念をも含むことが理解されるべきである。従って、単数形の冠詞(例えば、英語の場合は「a」、「an」、「the」など)は、特に言及しない限り、その複数形の概念をも含むことが理解されるべきである。また、本明細書において使用される用語は、特に言及しない限り、当該分野で通常用いられる意味で用いられることが理解されるべきである。したがって、他に定義されない限り、本明細書中で使用されるすべての専門用語および科学技術用語は、本開示の属する分野の当業者によって一般的に理解されるのと同じ意味を有する。矛盾する場合、本明細書(定義を含めて)が優先する。
【0012】
以下に本明細書において特に使用される用語の定義および/または基本的技術内容を適宜説明する。
【0013】
(用語の定義)
本明細書において、「接着(adhere,adhesion)」または「固定(immobilize,immobilization)」とは、互換可能に使用され、本技術分野において通常使用される意味で使用され、「接着」または「固定」の対象の少なくとも一部を、接着または固定される目的物における一定の位置から少なくとも相対的に動かなくさせることを意味する。
【0014】
本明細書において、「凝集(aggregate,aggregation)」とは、本技術分野において通常使用される意味で使用され、分散した状態のポリペプチドまたは細胞等が、そのポリペプチド自体もしくは他のポリペプチドまたは細胞等同士で、塊状に集まることを意味する。特に同じ種類のポリペプチド鎖同士が凝集する場合、「自己凝集(self-aggregate,self-aggregation)」するという。例えば、AtaAについていうと、複数のAtaA同士またはAtaAを発現する細胞が自己凝集することで、AtaAポリペプチドまたは細胞の塊を形成する現象が生じるので、自己凝集能があると言える。本開示のペプチドは、AtaA同士またはAtaAを発現する細胞の自己凝集を崩壊させることができることが本開示において明らかにされた。例えば、本開示のペプチドを用いることで、積層接着しないことになるため積層接着が好ましくない局面で有利である。
【0015】
このほか、AtaAポリペプチドの接着を維持しつつ自己凝集させない用途は以下の用途で有用である。すなわち、本開示のペプチドは、AtaA同士の自己凝集を崩壊させることにより、微生物等の細胞の凝集塊も分散させることができる。したがって、バイオフィルムリアクターにおいて、バイオフィルムを剥離、洗浄するなどの用途にも使用し得るため、発酵工業、バイオ燃料の生産に有用である。さらに、本開示のペプチドは、AtaAポリペプチド断片(特に、凝集性を失ったが接着性を維持する断片)と機能性付与実体との間の結合のオンオフを制御することによって、発酵工業、医薬品工業、化成品工業、再生医療、細胞工学、医用工学、バイオセンサー等の技術分野におけるバイオプロセス、表面改質や材料設計などの材料工学プロセスにおける、機能性付与実体の機能の制御に有用である。
【0016】
本明細書において、「結合(bind,bound)」とは、本技術分野において通常使用される意味で使用され、2つの物質の間、あるいはそれらの組み合わせの間で、物理的または化学的に会合することを意味する。特に、本開示においては、AtaAポリペプチドとストレプトアビジン、中性アビジンまたはそれらの改変体等との間の相互作用は、本明細書における「結合」に該当する。本明細書では、「結合」は特異的な相互作用に該当するため「特異的結合」ともいう。他方、「接着」または「固定」は非特異的な相互作用によるものである。
【0017】
本明細書において、「分離(separation,separate)」とは、本技術分野において通常使用される意味で使用され、「結合」した状態にある2つ以上の物質において、物質間の少なくとも一部の「結合」状態が解除されることを意味する。
【0018】
本明細書において、「崩壊(disintegration,disintegrate)」とは、本技術分野において通常使用される意味で使用され、「凝集」した状態にある2つ以上の物質において、物質間の少なくとも一部の「凝集」状態が解除されることを意味する。
【0019】
本明細書において、「AtaA」とは、グラム陰性細菌がもつ三量体オートトランスポーターアドヘシン(TAA)ファミリーに属するタンパク質である。本明細書において、「AtaA」、「AtaAポリペプチド」、「AtaAポリペプチドの改変体」および「AtaAポリペプチドまたはその断片」に言及する場合、特に指示がない場合、全長のAtaAポリペプチドだけでなく、自己凝集性または他の対象との結合能のいずれかまたは両方を有するAtaAポリペプチドの改変体および断片も包含するものとする。AtaAは通常、接着能を有する。AtaAは、ホモ三量体を形成し、アミノ末端からカルボキシ末端に向かって、シグナルペプチド-Nhead-Nstalk-Chead-Cstalk-メンブレンアンカーの順に並んだドメイン群構造を有する。各ドメイン群は、neckやコイルドコイルなどの構造によって連結されている。さらにNhead、Nstalk、Chead、Cstalkは、YlheadやTrp-ring、GIN、FGGなど様々なドメインを、またドメインによっては反復して含む。各ドメインは、neckやコイルドコイル等の構造によって連結されている。AtaAの全長アミノ酸配列および核酸配列を、それぞれ配列番号4および3に示す。N末端にシグナルペプチドを含まずに、先頭にメチオニンを含むAtaAの断片配列のアミノ酸配列および核酸配列を、それぞれ配列番号1および2に示す。配列番号1および2において、Nhead(Neckを含む)は、アミノ酸2~258位、核酸4~774位に対応し、Nstalkは、アミノ酸259~2846位、核酸775~8538位、Chead(Neckを含まない)は、アミノ酸2855~3093位、核酸8563~9279位に対応し、Cstalk(βバレル内包部分を含む)は、アミノ酸3094~3518位、核酸9280~10554位に対応する。さらに、Nheadドメイン中には、接着性と凝集性に関係し、また機能性付与実体との結合に必要なループ構造が2箇所存在し、これらのループ構造は、アミノ酸22~50位および161~175位、核酸64~150位および481~525位にそれぞれ対応する。
【0020】
本明細書において、「アシネトバクター(Acinetobacter)」とは、生物分類上のアシネトバクター属を意味する。アシネトバクター属には、代表的にAcinetobacter sp. Tol5株が包含される。Acinetobacter sp. Tol5株は、排ガス処理リアクターから分離されたトルエン分解能を有する株であり、名古屋大学堀克敏研究室から入手可能である。本開示におけるAtaAポリペプチドまたはその断片は、アシネトバクター属に属するAcinetobacter sp. Tol5株によって生産されるものを包含するが、これに限定されない。
【0021】
本明細書において、「機能性付与実体」とは、本技術分野において通常使用される意味で使用され、任意の機能や作用を有するものを意味する。機能性付与実体は、本開示におけるAtaAポリペプチドまたはその断片によって結合され、その機能または作用としては、代表的に、医薬品工業、化成品工業、再生医療、細胞工学、医用工学、バイオセンサー等の技術分野におけるバイオプロセス、表面改質や材料設計などの材料工学プロセス等において有用な各種機能または作用があり、標識などの機能が挙げられるが、これらに限定されない。一実施形態では、機能付与実体は、タンパク質および/またはペプチド、あるいはこれらを含む細胞、その一部、生物学的組織もしくは器官またはその一部である。特定の実施形態では、機能性付与実体は、ストレプトアビジン、中性アビジンまたはそれらの改変体である。
【0022】
本明細書において、「ストレプトアビジン」とは、本技術分野において通常使用される意味で使用され、ストレプトマイセス属によって産生されるストレプトアビジン、またはその変異体、誘導体もしくはその等価物を意味する。そのアミノ酸配列の例としては、P22629-1、核酸配列はX03591により特定されているものなどを挙げることができるがこれに限定されない。本明細書における「ストレプトアビジン」は、代表的にはビオチンに高親和性で結合する。本明細書における「中性アビジン」は、「ニュートラ(ア)ビジン」等と同じ意味で使用され、中性付近にpI値を有し、非特異的結合が抑制されたアビジンの改変体(特に、糖鎖除去体)を意味する。「中性アビジン」もまた、代表的にはビオチンに高親和性で結合する。「ストレプトアビジン」および「中性アビジン」は、本開示におけるAtaAポリペプチドまたはその断片と特異的に結合する特性を有する。
【0023】
本明細書において「対応する」アミノ酸または核酸あるいは部分とは、あるポリペプチド分子またはポリヌクレオチド分子(例えば、AtaA等)において、比較の基準となるポリペプチドまたはポリヌクレオチドにおける所定のアミノ酸またはヌクレオチドあるいは部分と同様の作用を有するか、または有することが予測されるアミノ酸またはヌクレオチドをいい、特に接着性ポリペプチドにあっては、接着または自己凝集に必要な部位中の同様の位置に存在し接着性に同様の寄与をするアミノ酸をいう。例えば、アンチセンス分子であれば、そのアンチセンス分子の特定の部分に対応するオルソログにおける同様の部分であり得る。対応するアミノ酸は、例えば、システイン化、グルタチオン化、S-S結合形成、酸化(例えば、メチオニン側鎖の酸化)、ホルミル化、アセチル化、リン酸化、糖鎖付加、ミリスチル化などがされる特定のアミノ酸であり得る。あるいは、対応するアミノ酸は、三量体化を担うアミノ酸であり得る。このような「対応する」アミノ酸または核酸は、一定範囲にわたる領域またはドメインであってもよい。従って、そのような場合、本明細書において「対応する」領域またはドメインと称される。
【0024】
本明細書において、「融合」とは、2つ以上の分子(例えば、ポリペプチドまたは核酸)またはその一部が共有結合で連結されることを意味する。2以上の部分がポリペプチドであり、それらが共有結合した場合には、「融合」によって生じた融合体または融合物、あるいは融合タンパク質または融合ポリペプチドであり、キメラポリペプチドとも称しうる。通常、ポリペプチド融合体の場合、二種類のポリペプチドをコードする核酸の塩基配列どうしを連結することにより核酸の融合体を作成し、それを設計図として融合ポリペプチドを組換えタンパク質として生産する。
【0025】
本明細書において、「複合体」とは、本技術分野において通常使用される意味で使用され、2以上の部分を含む任意の構成体を意味する。例えば、一方の部分がポリペプチドである場合は、他方の部分は、ポリペプチドであってもよく、それ以外の物質(例えば、糖、脂質、核酸、他の炭化水素等)であってもよい。本明細書において複合体を構成する2以上の部分は、非共有結合性の様式(例えば、水素結合、イオン結合、疎水性相互作用、ファンデルワールス力等)で結合され得る。従って、本明細書において「複合体」は、ポリペプチド、ポリヌクレオチド、脂質、糖、低分子などの分子が複数種、共有結合以外の方法で結合してできた分子を指す。
【0026】
本開示において、「機能的同等配列」とは、本開示のペプチドなどに対して使用され、もとの機能と同等の機能を有するアミノ酸配列または核酸配列を意味する。代表的な機能的同等配列は、保存的置換アミノ酸を含む配列を挙げることができるがこれらに限定されない。
【0027】
本開示において、「保存的置換」とは、アミノ酸置換において、元のアミノ酸と置換されるアミノ酸との親水性指数または/および疎水性指数が上記のように類似している置換をいう。保存的置換の例は、当業者に周知であり、例えば、次の各グループ内での置換:アルギニンおよびリジン;グルタミン酸およびアスパラギン酸;セリンおよびスレオニン;グルタミンおよびアスパラギン;ならびにバリン、ロイシン、およびイソロイシン、などが挙げられるがこれらに限定されない。本開示のトリペプチドの特定の配列は、代表的に、その配列の一部または全部が保存的置換され得ることが理解される。
【0028】
本明細書で使用される(タンパク質、ペプチド等の)「改変体」、「誘導体」、「類似体」または「変異体」は、交換可能に使用され、好ましくは、限定を意図するものではないが、対象となるタンパク質またはペプチドに実質的に相同な領域を含む分子を含み、アミノ酸配列、核酸配列(ヌクレオチド配列、塩基配列)の場合、このような配列は「改変配列」、「誘導配列」、「類似配列」、「変異配列」という。このような分子は、種々の実施形態において、同一サイズのアミノ酸配列にわたり、または当該分野で公知のコンピュータ相同性プログラムによってアラインメントを行ってアラインされる配列と比較した際、少なくとも30%、40%、50%、60%、70%、80%、90%、95%または99%同一であるか、あるいはこのような分子をコードする核酸は、(高度に)ストリンジェントな条件、中程度にストリンジェントな条件、またはストリンジェントでない条件下で、構成要素タンパク質をコードする配列にハイブリダイズ可能である。これは、それぞれ、アミノ酸置換、欠失および付加によって、タンパク質を改変した産物であり、その改変体または誘導体がなお元のタンパク質の生物学的機能を、必ずしも同じ度合いでなくてもよいが示すタンパク質を意味する。改変体は、もとの配列に対して好ましくは70%以上同一、より好ましくは80%以上同一、さらに好ましくは90%以上同一、さらにより好ましくは、95%以上同一、98%以上同一、99%以上同一の配列を有し得る。例えば、本明細書において記載されあるいは当該分野で公知の適切で利用可能なin vitroアッセイによって、このようなタンパク質の生物学的機能を調べることも可能である。本明細書で使用される「機能的に活性な」は、本明細書において、本開示のポリペプチド、すなわちフラグメントまたは誘導体が関連する態様に従って、生物学的活性などの、タンパク質の構造的機能、制御機能、または生化学的機能を有する、ポリペプチド、すなわちフラグメントまたは誘導体を指す。したがって、一つの実施形態では、本開示の改変体は機能的等価物を指す。
【0029】
本明細書において「タンパク質」、「ポリペプチド」および「ペプチド」は、本明細書において同じ意味で使用され、任意の長さのアミノ酸のポリマーをいう。本明細書において、アミノ酸の長さが、3、4、5、6、7、8、9、10アミノ酸であるアミノ酸ポリマーは、特に「オリゴペプチド」という。オリゴペプチドの長さとしては、3~10アミノ酸の長さが好ましく、3~6アミノ酸の長さがより好ましく、3~5アミノ酸の長さがよりいっそう好ましい。このポリマーは、直鎖であっても分岐していてもよく、環状であってもよい。アミノ酸は、天然のものであっても非天然のものであってもよく、改変されたアミノ酸であってもよい。この用語はまた、複数のポリペプチド鎖の複合体へとアセンブルされたものを包含し得る。この用語はまた、天然または人工的に改変されたアミノ酸ポリマーも包含する。そのような改変としては、例えば、ジスルフィド結合形成、グリコシル化、脂質化、アセチル化、リン酸化、メチル化、トリメチル化または任意の他の操作もしくは改変(例えば、標識成分との結合体化)が包含される。この定義にはまた、例えば、アミノ酸の1または2以上のアナログを含むポリペプチド(例えば、非天然アミノ酸などを含む)、ペプチド様化合物(例えば、ペプトイド)および当該分野において公知の他の改変が包含される。本明細書において、「アミノ酸」は、アミノ基とカルボキシル基を持つ有機化合物の総称である。本開示の実施形態に係るポリペプチドが「特定のアミノ酸配列」を含むとき、そのアミノ酸配列中のいずれかのアミノ酸が化学修飾を受けていてもよい。また、そのアミノ酸配列中のいずれかのアミノ酸が塩、または溶媒和物を形成していてもよい。また、そのアミノ酸配列中のいずれかのアミノ酸がL型、またはD型であってもよい。それらのような場合でも、本開示の実施形態に係るタンパク質は、上記「特定のアミノ酸配列」を含むといえる。タンパク質に含まれるアミノ酸が生体内で受ける化学修飾としては、例えば、N末端修飾(例えば、アセチル化、ミリストイル化等)、C末端修飾(例えば、アミド化、グリコシルホスファチジルイノシトール付加等)、または側鎖修飾(例えば、リン酸化、糖鎖付加等)等が知られている。アミノ酸は、本開示の目的を満たす限り、天然のものでも非天然のものでもよい。
【0030】
本明細書において、自己凝集を崩壊する能力を有するペプチドは「崩壊ペプチド」ということがあり、結合を分離する能力を有するペプチドは「分離ペプチド」という。理論に束縛されることを望まないが、ペプチドが分離能を有する場合でも、接着を剥離させることができるものではないことが理解される。
【0031】
本明細書において「ポリヌクレオチド」、「オリゴヌクレオチド」および「核酸」は、本明細書において同じ意味で使用され、任意の長さのヌクレオチドのポリマーをいう。この用語はまた、「オリゴヌクレオチド誘導体」または「ポリヌクレオチド誘導体」を含む。「オリゴヌクレオチド誘導体」または「ポリヌクレオチド誘導体」とは、ヌクレオチドの誘導体を含むか、またはヌクレオチド間の結合が通常とは異なるオリゴヌクレオチドまたはポリヌクレオチドをいい、互換的に使用される。そのようなオリゴヌクレオチドとして具体的には、例えば、2’-O-メチル-リボヌクレオチド、オリゴヌクレオチド中のリン酸ジエステル結合がホスホロチオエート結合に変換されたオリゴヌクレオチド誘導体、オリゴヌクレオチド中のリン酸ジエステル結合がN3’-P5’ホスホロアミデート結合に変換されたオリゴヌクレオチド誘導体、オリゴヌクレオチド中のリボースとリン酸ジエステル結合とがペプチド核酸結合に変換されたオリゴヌクレオチド誘導体、オリゴヌクレオチド中のウラシルがC-5プロピニルウラシルで置換されたオリゴヌクレオチド誘導体、オリゴヌクレオチド中のウラシルがC-5チアゾールウラシルで置換されたオリゴヌクレオチド誘導体、オリゴヌクレオチド中のシトシンがC-5プロピニルシトシンで置換されたオリゴヌクレオチド誘導体、オリゴヌクレオチド中のシトシンがフェノキサジン修飾シトシン(phenoxazine-modified cytosine)で置換されたオリゴヌクレオチド誘導体、DNA中のリボースが2’-O-プロピルリボースで置換されたオリゴヌクレオチド誘導体およびオリゴヌクレオチド中のリボースが2’-メトキシエトキシリボースで置換されたオリゴヌクレオチド誘導体などが例示される。他にそうではないと示されなければ、特定の核酸配列はまた、明示的に示された配列と同様に、その保存的に改変された改変体(例えば、縮重コドン置換体)および相補配列を包含することが企図される。具体的には、縮重コドン置換体は、1またはそれ以上の選択された(または、すべての)コドンの3番目の位置が混合塩基および/またはデオキシイノシン残基で置換された配列を作成することにより達成され得る(Batzer et al., Nucleic Acid Res.19:5081(1991);Ohtsuka et al., J. Biol. Chem. 260: 2605-2608(1985);Rossolini et al., Mol.Cell.Probes 8:91-98(1994))。本明細書において「核酸」はまた、遺伝子、cDNA、mRNA、オリゴヌクレオチド、およびポリヌクレオチドと互換可能に使用される。本明細書において「ヌクレオチド」は、天然のものでも非天然のものでもよい。
【0032】
本明細書において「遺伝子」とは、遺伝形質を規定する因子をいい、「遺伝子」は、「ポリヌクレオチド」、「オリゴヌクレオチド」および「核酸」をさすことがある。
【0033】
本明細書において遺伝子の「相同性」とは、2以上の遺伝子配列の、互いに対する同一性の程度をいい、一般に「相同性」を有するとは、同一性または類似性の程度が高いことをいう。従って、ある2つの遺伝子の相同性が高いほど、それらの配列の同一性または類似性は高い。2種類の遺伝子が相同性を有するか否かは、配列の直接の比較、または核酸の場合ストリンジェントな条件下でのハイブリダイゼーション法によって調べられ得る。2つの遺伝子配列を直接比較する場合、その遺伝子配列間でDNA配列が、代表的には少なくとも50%同一である場合、好ましくは少なくとも70%同一である場合、より好ましくは少なくとも80%、90%、95%、96%、97%、98%または99%同一である場合、それらの遺伝子は相同性を有する。また、「相同性」の概念は同様に、アミノ酸配列についても該当し、その場合同一性の数値などはアミノ酸配列に置き換えて解釈し得る。従って本明細書において「相同体」または「相同遺伝子産物」は、本明細書にさらに記載する複合体のタンパク質構成要素と同じ生物学的機能を発揮する、別の種、好ましくは微生物、より好ましくは細菌におけるタンパク質を意味する。こうような相同体はまた、「オルソログ遺伝子産物」とも称されることもある。本開示の目的に合致する限り、このような相同体、相同遺伝子産物、オルソログ遺伝子産物等も用いることができることが理解される。
【0034】
アミノ酸は、その一般に公知の3文字記号か、またはIUPAC-IUB Biochemical Nomenclature Commissionにより推奨される1文字記号のいずれかにより、本明細書中で言及され得る。ヌクレオチドも同様に、一般に認知された1文字コードにより言及され得る。本明細書では、アミノ酸配列および塩基配列の類似性、同一性および相同性の比較は、配列分析用ツールであるBLASTを用いてデフォルトパラメータを用いて算出される。同一性の検索は例えば、NCBIのBLAST2.7.1(2017.10.19発行)を用いて行うことができる。本明細書における「同一性」の値は通常は上記BLASTを用い、デフォルトの条件でアラインした際の値をいう。ただし、パラメータの変更により、より高い値が出る場合は、最も高い値を同一性の値とする。複数の領域で同一性が評価される場合はそのうちの最も高い値を同一性の値とする。「類似性」は、同一性に加え、類似のアミノ酸についても計算に入れた数値である。
【0035】
本開示の一実施形態において「数個」は、例えば、10、8、6、5、4、3、または2個であってもよく、それらいずれかの値以下であってもよい。1または数個のアミノ酸残基の欠失、付加、挿入、または他のアミノ酸による置換を受けたポリペプチドが、その生物学的活性を維持することは知られている(Mark et al.,Proc Natl Acad Sci USA.1984 Sep;81(18):5662-5666.、Zoller et al.,Nucleic Acids Res.1982 Oct 25;10(20):6487-6500.、Wang et al.,Science.1984 Jun 29;224(4656):1431-1433.)。欠失等がなされたポリペプチドは、例えば、部位特異的変異導入法、またはランダム変異導入法等によって作製できる。部位特異的変異導入法としては、例えばKOD-Plus-Mutagenesis Kit(TOYOBO CO.,LTD.)を使用できる。欠失等を導入した変異型ポリペプチドから、野生型と同様の活性のあるポリペプチドを選択することは、FACS解析やELISA等の各種キャラクタリゼーションを行うことで可能である。
【0036】
本開示の一実施形態において同一性等の数値である「70%以上」は、例えば、70%以上、75%以上、80%以上、85%以上、90%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上、または100%以上であってもよく、それら起点となる数値のいずれか2つの値の範囲内であってもよい。上記「同一性」は、2つもしくは複数間のアミノ酸配列において相同なアミノ酸数の割合を、上述したような公知の方法に従って算定される。具体的に説明すると、割合を算定する前には、比較するアミノ酸配列群のアミノ酸配列を整列させ、同一アミノ酸の割合を最大にするために必要である場合はアミノ酸配列の一部に間隙を導入する。整列のための方法、割合の算定方法、比較方法、およびそれらに関連するコンピュータプログラムは、当該分野で従来からよく知られている(例えば、上述したBLAST等)。本明細書において「同一性」および「類似性」は、特に断りのない限りNCBIのBLASTによって測定された値で表すことができる。BLASTでアミノ酸配列を比較するときのアルゴリズムには、Blastpをデフォルト設定で使用できる。測定結果はPositivesまたはIdentitiesとして数値化される。
【0037】
本明細書において「ストリンジェント(な)条件でハイブリダイズするポリヌクレオチド」とは、当該分野で慣用される周知の条件をいう。本開示のポリヌクレオチド中から選択されたポリヌクレオチドをプローブとして、コロニー・ハイブリダイゼーション法、プラーク・ハイブリダイゼーション法あるいはサザンブロットハイブリダイゼーション法などを用いることにより、そのようなポリヌクレオチドを得ることができる。具体的には、コロニーあるいはプラーク由来のDNAを固定化したフィルターを用いて、0.7~1.0MのNaCl存在下、65℃でハイブリダイゼーションを行った後、0.1~2倍濃度のSSC(saline-sodiumcitrate)溶液(1倍濃度のSSC溶液の組成は、150mM塩化ナトリウム、15mMクエン酸ナトリウムである)を用い、65℃条件下でフィルターを洗浄することにより同定できるポリヌクレオチドを意味する。「ストリンジェントな条件」は、例えば、以下の条件を採用することができる。(1)洗浄のために低イオン強度および高温度を用いる(例えば、50℃で、0.015Mの塩化ナトリウム/0.0015Mのクエン酸ナトリウム/0.1%のドデシル硫酸ナトリウム)、(2)ハイブリダイゼーション中にホルムアミド等の変性剤を用いる(例えば、42℃で、50%(v/v)ホルムアミドと0.1%ウシ血清アルブミン/0.1%フィコール/0.1%のポリビニルピロリドン/50mMのpH6.5のリン酸ナトリウムバッファー、および750mMの塩化ナトリウム、75mMクエン酸ナトリウム)、または(3)20%ホルムアミド、5×SSC、50mMリン酸ナトリウム(pH7.6)、5×デンハード液、10%硫酸デキストラン、および20mg/mlの変性剪断サケ精子DNAを含む溶液中で、37℃で一晩インキュベーションし、次に約37-50℃で1×SSCでフィルターを洗浄する。なお、ホルムアミド濃度は50%またはそれ以上であってもよい。洗浄時間は、5、15、30、60、もしくは120分、またはそれら以上であってもよい。ハイブリダイゼーション反応のストリンジェンシーに影響する要素としては温度、塩濃度など複数の要素が考えられ、詳細はAusubel et al.,Current Protocols in Molecular Biology,Wiley Interscience Publishers,(1995)を参照することができる。「高度にストリンジェントな条件」の例は、0.0015M塩化ナトリウム、0.0015Mクエン酸ナトリウム、65~68℃、または0.015M塩化ナトリウム、0.0015Mクエン酸ナトリウム、および50%ホルムアミド、42℃である。ハイブリダイゼーション、Molecular Cloning 2nd ed.,Current Protocols in Molecular Biology,Supplement 1-38,DNA Cloning 1:Core Techniques,A Practical Approach,Second Edition,Oxford University Press(1995)などの実験書に記載されている方法に準じて行うことができる。ここで、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズする配列からは、好ましくは、A配列のみまたはT配列のみを含む配列が除外される。中程度のストリンジェントな条件は、例えば、DNAの長さに基づき、当業者によって、容易に決定することができ、Sambrook et al.、Molecular Cloning:A Laboratory Manual、第3番、Vol.1、7.42-7.45 Cold Spring Harbor Laboratory Press,2001に示され、そしてニトロセルロースフィルターに関し、5×SSC、0.5% SDS、1.0mM EDTA(pH8.0)の前洗浄溶液、約40-50℃での、約50%ホルムアミド、2×SSC-6×SSC(または約42℃での約50%ホルムアミド中の、スターク溶液(Stark’s solution)などの他の同様のハイブリダイゼーション溶液)のハイブリダイゼーション条件、および約60℃、0.5×SSC、0.1% SDSの洗浄条件の使用が含まれる。従って、本開示において使用されるポリペプチドには、本開示で特に記載されたポリペプチドをコードする核酸分子に対して、高度または中程度でストリンジェントな条件下でハイブリダイズする核酸分子によってコードされるポリペプチドも包含される。
【0038】
本開示のペプチドは、好ましくは「精製された」または「単離された」ものであり得る。本明細書において「精製された」物質または生物学的因子(例えば、核酸またはタンパク質など)とは、その物質または生物学的因子に天然に随伴する因子の少なくとも一部が除去されたものをいう。従って、通常、精製された生物学的因子におけるその生物学的因子の純度は、その生物学的因子が通常存在する状態よりも高い(すなわち濃縮されている)。本明細書中で使用される用語「精製された」は、好ましくは少なくとも75重量%、より好ましくは少なくとも85重量%、よりさらに好ましくは少なくとも95重量%、そして最も好ましくは少なくとも98重量%の、同型の生物学的因子が存在することを意味する。本開示で用いられる物質または生物学的因子は、好ましくは「精製された」物質である。本明細書で使用される「単離された」物質または生物学的因子(例えば、核酸またはタンパク質など)とは、その物質または生物学的因子に天然に随伴する因子が実質的に除去されたものをいう。本明細書中で使用される用語「単離された」は、その目的に応じて変動するため、必ずしも純度で表示される必要はないが、必要な場合、好ましくは少なくとも75重量%、より好ましくは少なくとも85重量%、よりさらに好ましくは少なくとも95重量%、そして最も好ましくは少なくとも98重量%の、同型の生物学的因子が存在することを意味する。本開示で用いられる物質は、好ましくは「単離された」物質または生物学的因子である。
【0039】
本明細書において「断片」または「フラグメント」とは、本明細書において同じ意味で使用され、全長のポリペプチドまたはポリヌクレオチド(長さがn)に対して、1~n-1までの配列長さを有するポリペプチドまたはポリヌクレオチドをいう。断片の長さは、その目的に応じて、適宜変更することができ、例えば、その長さの下限としては、ポリペプチドの場合、3、4、5、6、7、8、9、10、15、20、25、30、40、50およびそれ以上のアミノ酸が挙げられ、ここの具体的に列挙していない整数で表される長さ(例えば、11など)もまた、下限として適切であり得る。また、ポリヌクレオチドの場合、5、6、7、8、9、10、15、20、25、30、40、50、75、100およびそれ以上のヌクレオチドが挙げられ、ここの具体的に列挙していない整数で表される長さ(例えば、11など)もまた、下限として適切であり得る。本明細書において、このような断片は、例えば、全長のものが分離活性分子として機能する場合、その断片自体もまたペプチドとしての機能を有する限り、本開示の範囲内に入ることが理解される。
【0040】
本明細書において「生物学的機能」とは、ある遺伝子またはそれに関する核酸分子もしくはポリペプチドについて言及するとき、その遺伝子、核酸分子またはポリペプチドが生体内または生体外において有し得る特定の機能をいい、これには、例えば、崩壊機能、分離機能等を挙げることができるがそれらに限定されない。本明細書において、生物学的機能は、対応する「生物学的活性」によって発揮され得る。本明細書において「生物学的活性」とは、ある因子(例えば、ポリヌクレオチド、タンパク質など)が、有し得る活性のことをいい、種々の機能(例えば、崩壊機能、分離機能)を発揮する活性が包含される。「生物学的活性」は、生体内で発揮される活性であっても、分泌などによって生体外で発揮される活性であってもよい。例えば、ある因子が酵素である場合、その生物学的活性は、その酵素活性を包含する。そのような生物学的活性は、当該分野において周知の技術によって測定することができる。従って、「活性」は、結合(直接的または間接的のいずれか)を示すかまたは明らかにするか;応答に影響する(すなわち、いくらかの曝露または刺激に応答する測定可能な影響を有する)、種々の測定可能な指標をいい、例えば、本開示のポリペプチドまたはポリヌクレオチドに直接結合する化合物の親和性、または例えば、いくつかの刺激後または事象後の上流または下流のタンパク質の量あるいは他の類似の機能の尺度も含まれ得る。
【0041】
本明細書において遺伝子、ポリヌクレオチド、ポリペプチドなどの「発現」とは、その遺伝子などがインビボで一定の作用を受けて、別の形態になることをいう。好ましくは、遺伝子、ポリヌクレオチドなどが、転写および翻訳されて、ポリペプチドの形態になることをいうが、転写されてmRNAが作製されることもまた発現の一態様である。したがって、本明細書において「発現産物」とは、このようなポリペプチドもしくはタンパク質、またはmRNAを含む。より好ましくは、そのようなポリペプチドの形態は、翻訳後プロセシングを受けたものであり得る。例えば、ペプチドの発現レベルは、任意の方法によって決定することができる。具体的には、ペプチドをコードするmRNAの量、ペプチドの量、そしてペプチドの生物学的な活性を評価することによって、ペプチドの発現レベルを知ることができる。ペプチドをコードするmRNAやポリペプチドまたはタンパク質の量は、本明細書の他の箇所に詳述したような方法あるいは他の当該分野において公知の方法によって決定することができる。
【0042】
本明細書において「類似」、「機能的同等」、または「機能的等価物」とは、対象となるもとの実体に対して、目的となる機能が同じであるが構造が異なる任意のものをいう。従って、本開示のペプチドの機能的等価物は、本開示のペプチド自体ではないが、その変異体または改変体(例えば、アミノ酸配列改変体等)であって、結合を分離させ、あるいは自己凝集を崩壊させる機能などのペプチドの持つ生化学的作用を有するもの、ならびに、作用する時点において、そのペプチドの持つ生化学的作用を持つ変異体もしくは改変体に変化することができるもの(例えば、その変異体もしくは改変体をコードする核酸、およびその核酸を含むベクター、細胞等を含む)が包含されることが理解される。本開示において、ペプチドの機能的等価物は、格別に言及していなくても、もとのペプチドと同様に用いられうることが理解される。機能的等価物は、データベース等を検索することによって、見出すことができる。本明細書において「検索」とは、電子的にまたは生物学的あるいは他の方法により、ある核酸塩基配列を利用して、特定の機能および/または性質を有する他の核酸塩基配列を見出すことをいう。電子的な検索としては、BLAST(Altschul et al.,J.Mol.Biol.215:403-410(1990))、FASTA(Pearson & Lipman,Proc.Natl.Acad.Sci.,USA 85:2444-2448(1988))、Smith and Waterman法(Smith and Waterman,J.Mol.Biol.147:195-197(1981))、およびNeedleman and Wunsch法(Needleman and Wunsch,J.Mol.Biol.48:443-453(1970))などが挙げられるがそれらに限定されない。生物学的な検索としては、ストリンジェントハイブリダイゼーション、ゲノムDNAをナイロンメンブレン等に貼り付けたマイクロアレイまたはガラス板に貼り付けたマイクロアレイ(マイクロアレイアッセイ)、PCRおよびin situハイブリダイゼーションなどが挙げられるがそれらに限定されない。本明細書において、本開示において使用される遺伝子には、このような電子的検索、生物学的検索によって同定された対応遺伝子も含まれるべきであることが意図される。
【0043】
本開示(ポリペプチドなど)の機能的等価物としては、アミノ酸配列において、1もしくは複数個のアミノ酸の挿入、置換もしくは欠失、またはその一方もしくは両末端への付加されたものを用いることができる。本明細書において、「アミノ酸配列において、1もしくは複数個のアミノ酸の挿入、置換もしくは欠失、またはその一方もしくは両末端への付加」とは、部位特異的突然変異誘発法等の周知の技術的方法により、あるいは天然の変異により、天然に生じ得る程度の複数個の数のアミノ酸の置換等により改変がなされていることを意味する。改変アミノ酸配列は、例えば1~30個、好ましくは1~20個、より好ましくは1~9個、さらに好ましくは1~5個、特に好ましくは1~2個のアミノ酸の、その一方もしくは両末端への付加がなされたものであることができる。改変アミノ酸配列は、好ましくは、そのアミノ酸配列が、AVL、ATLまたはSVLのアミノ酸配列において1または複数個(好ましくは1もしくは数個または1、2、もしくは3個)の保存的置換を有するアミノ酸配列であってもよい。ここで「保存的置換」とは、ペプチドの機能を実質的に改変しないように、1または複数個のアミノ酸残基を、別の化学的に類似したアミノ酸残基で置換えることを意味する。例えば、ある疎水性残基を別の疎水性残基によって置換する場合、ある極性残基を同じ電荷を有する別の極性残基によって置換する場合などが挙げられる。このような置換を行うことができる機能的に類似のアミノ酸は、アミノ酸毎に当該分野において公知である。具体例を挙げると、非極性(疎水性)アミノ酸としては、アラニン、バリン、イソロイシン、ロイシン、プロリン、トリプトファン、フェニルアラニン、メチオニンなどが挙げられる。極性(中性)アミノ酸としては、グリシン、セリン、スレオニン、チロシン、グルタミン、アスパラギン、システインなどが挙げられる。陽電荷をもつ(塩基性)アミノ酸としては、アルギニン、ヒスチジン、リジンなどが挙げられる。また、負電荷をもつ(酸性)アミノ酸としては、アスパラギン酸、グルタミン酸などが挙げられる。
【0044】
本明細書において「支持体」とは、ポリペプチド、タンパク質、ポリヌクレオチド、細胞、細菌、またはウイルスを担持することができる物質をいう。支持体として使用するための材料には、固体表面を形成し得る任意の物質が使用され得るが、例えば、脂質二重構造体(例えば、リポソーム)、ガラス、シリカ、シリコン、セラミック、二酸化珪素、プラスチック、金属(合金も含まれる)、チタン、アクリル、天然および合成のポリマー(例えば、ポリスチレン、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリ塩化ビニル、ポリウレタン、セルロース、キトサン、デキストラン、ナイロン、ポリカーボネート、ポリ乳酸、およびポリテトラフルオロエチレン(PTFE))が挙げられるがそれらに限定されない。
【0045】
本明細書において「キット」とは、通常2つ以上の区画に分けて、提供されるべき部分(例えば、酵素や緩衝液、説明書など)が提供されるユニットをいう。安定性等のため、混合されて提供されるべきでなく、使用直前に混合して使用することが好ましいような組成物の提供を目的とするときに、このキットの形態は好ましい。そのようなキットは、好ましくは、提供される部分(例えば、ペプチド)をどのように使用するか、あるいは、試薬あるいは使用後の廃液をどのように処理すべきかを記載する指示書または説明書を備えていることが有利である。本明細書においてキットが試薬キットとして使用される場合、キットには、通常、酵素等の使い方などを記載した指示書などが含まれる。
【0046】
本明細書において「指示書」は、本開示を使用する方法を使用者に対する説明を記載したものである。この指示書は、本開示の使用方法を指示する文言が記載されている。この指示書は、必要な場合は、本開示が実施される国の監督官庁(例えば、日本であれば厚生労働省または農林水産省等、米国であれば食品医薬品局(FDA)、農務省(USDA)など)が規定した様式に従って作成され、その監督官庁により承認を受けた旨が明記される。指示書は、紙媒体で提供され得るが、それに限定されず、例えば、電子媒体(例えば、インターネットで提供されるホームページ、電子メール)のような形態でも提供され得る。
【0047】
(好ましい実施形態)
以下に本開示の好ましい実施形態を説明する。以下に提供される実施形態は、本開示のよりよい理解のために提供されるものであり、本開示の範囲は以下の記載に限定されるべきでないことが理解される。従って、当業者は、本明細書中の記載を参酌して、本開示の範囲内で適宜改変を行うことができることは明らかである。また、以下の実施形態は単独でも使用されあるいはそれらを組み合わせて使用することができることが理解される。
【0048】
(崩壊または分離機能を有するペプチド)
1つの局面において、本開示は、アミノ酸配列AVL、SVLまたはATLまたはその改変配列(特に、機能的同等配列)を含むペプチドを提供する。ここで、「機能的同等配列」とは、AVL、SVLまたはATLペプチドが有するAtaAの自己凝集を崩壊させる能力、またはAtaA断片と他の対象(例えば、ストレプトアビジンおよび中性アビジンなどの機能性付与分子等)との結合を分離させる能力を有する任意の配列を有するペプチドが含まれることが理解される。好ましくは、本開示のペプチドは、AVL、SVLまたはATLのアミノ酸配列を含む。より好ましくは、本開示のペプチドは、AVL、SVLまたはATLのアミノ酸配列からなる。
【0049】
本開示のペプチドは、AVL、SVLまたはATLまたはその改変配列のアミノ酸配列を含むオリゴペプチドの形態であってもよい。上記オリゴペプチドは、AVL、SVLまたはATLまたはその改変配列のアミノ酸配列のN末端、C末端、またはその両方に、1、2、3、4、5、6、7またはそれ以上の任意のアミノ酸が付加されたものであってもよい。好ましくは、N末端、C末端、またはその両方に付加されるアミノ酸は、側鎖が短いアミノ酸(例えば、Gly、Ala、Val、LeuおよびIle等)、あるいは側鎖に電荷をもたないアミノ酸(Glu、Asp、Lys、His、Arg以外のアミノ酸)である。
【0050】
好ましい実施形態において、このペプチドは、アミノ酸配列AVL、SVLまたはATLまたはその機能的同等配列からなる。このような好ましい実施形態では、トリペプチドという短いペプチドにより、驚くべことにAtaAと他の分子(例えば、ストレプトアビジンおよび中性アビジン)との結合を分離させる能力が発揮される。
【0051】
1つの局面では、本開示は、AtaAまたはその改変体と他の分子との結合を分離するための組成物を提供する。この組成物は、アミノ酸配列AVL、SVLもしくはATLまたはその機能的同等配列を含むペプチドを含有する。好ましくは、本開示のペプチドはアミノ酸配列AVL、SVLまたはATLを含む。より好ましくは、この組成物が含むペプチドは、AVL、SVLまたはATLトリペプチドである。
【0052】
1つの好ましい実施形態では、本開示のペプチドが自己凝集の崩壊または結合の分離の対象とするAtaAまたはその改変体またはその断片は、本明細書に記載される「AtaAポリペプチド」の任意の実施形態であってもよい。1つの実施形態では、本開示のペプチドは、AtaAまたはその改変体の凝集塊を崩壊させるために使用される。凝集塊の崩壊によって、AtaAまたはその改変体の単離、精製等が容易になる。また、本開示のペプチドは、配列番号4に示すアミノ酸配列またはその改変配列またはその断片を含むポリペプチドを発現する細胞の凝集を崩壊させるために使用される。したがって、本開示のペプチドは、AtaAまたはその改変体によって形成されていた微生物の凝集塊やバイオフィルムを崩壊させることができる。別の実施形態では、本開示のペプチドは、配列番号1に示すAtaA断片またはその改変体と他の対象との結合を分離するために使用される。
【0053】
1つの実施形態では、本開示は、(1)アシネトバクター属微生物由来のオートトランスポーターアドヘシン、例えば、配列番号4に示すアミノ酸配列もしくはその改変配列、またはその断片をコードするDNAが導入されることによって非特異的付着性が付与又は増強された微生物を担体に接触させ、該微生物を該担体に付着させる工程;(2)本開示のペプチド(例えば、本開示の項目(1)または(2)に記載のペプチド)の存在下で該微生物が付着した該担体を洗浄し、該担体から該微生物を脱離させる工程を含む、微生物の着脱方法を提供する。着脱方法は、例えば、特開2017-55676等に記載される手法を利用することができる。本明細書において、「着脱(方法)」とは、微生物を担体に付着させる工程(操作)と、担体に付着した当該微生物を脱離させる工程(操作)を含む方法をいう。
【0054】
上記工程(1)、即ち付着工程ではまず、アシネトバクター属微生物由来のAtaAをコードするDNA(例えば、配列番号4に示すアミノ酸配列もしくはその改変配列、またはその断片をコードする配列、本明細書において、「付着性付与DNA」とも称する)が導入されることによって非特異的付着性が付与又は増強された微生物(本明細書において、「付着性付与微生物」とも称する)を用意する。付着性付与DNAとしては、好ましくは、アシネトバクターsp.Tol5株から単離・同定されたものであって、本明細書において他の箇所に詳述される任意のAtaAポリペプチドであって、配列番号4に示すアミノ酸配列もしくはその改変配列、またはその断片をコードする配列を挙げることができる。
【0055】
付着性付与DNAを導入する微生物(標的微生物)には様々な微生物を用いることができる。標的微生物としては、特に制限されないが、例えば、非特異的付着性がない又は弱い微生物が挙げられる。標的微生物は野生株、変異株、遺伝子組換え株のいずれであってもよい。本発明の用途に応じて適切な微生物が選択される。標的微生物として利用し得る微生物を例示すると、エシェリヒア(Escherichia)属細菌、例えば、エシェリヒア・コリ(Escherichia coli)、アシネトバクター(Acinetobacter)属細菌、例えばアシネトバクター・カルコアセチカス(Acinetobacter calcoaceticus)、ラルストニア(Ralstonia)属細菌、例えばラルストニア・ユートロファ(Ralstonia eutropha)、シュードモナス(Pseudomonas)属細菌、例えばシュードモナス・プチダ(Pseudomonas putida)、シュードモナス・フルオレセンス(Pseudomonas fluorescens)、アエロモナス(Aeromonas)属細菌、例えばアエロモナス・キャビエ(Aeromonas caviae)、アルカリゲネス(Alcaligenes)属細菌、例えばアルカリゲネス・レータス(Alcaligenes latus)、ザントモナス(Xanthomonas)属細菌、例えばザントモナス・カンペストリス(Xanthomonas campestris)、デスルフォモナイル(Desulfomonile)属細菌、例えばデスルフォモナイル・ティージェイ(Desulfomonile tiedjei)、デスルフォモナス(Desulfuromonas)属細菌、例えばデスルフォモナス・クロロエテニカ(Desulfuromonas chloroethenica)、クロモバクテリウム(Chromobacterium)属細菌、例えばクロモバクテリウム・チヨコラチウム(Chromobacterium chocolatum)、ブルクホルデリア(Burkholderia)属細菌、例えばブルクホルデリア・アルボリス(Burkholderia arboris)、ロドバクター(Rhodobacter)属細菌、アシドボラックス(Acidovorax)属細菌、例えばアシドボラックス・ファシリス(Acidovorax facilis)、ザイモモナス(Zymomonas)属細菌、例えばザイモモナス・モビリス(Zymomonas mobilis)である。付着性付与DNAを標的微生物に導入して形質転換することにより、非特異的付着性が付与又は増強された微生物が得られる。典型的には、付着性付与DNAを適当なベクターに連結し、該ベクターで標的微生物(宿主微生物)を形質転換することにより、非特異的付着性が付与又は増強された微生物を得ることができる。具体的には、構成的に発現するプロモーター支配下に該DNAを連結したり、又は誘導発現系プロモーター支配下に該DNAを連結したりして、該ベクターを作製した。このベクターで宿主微生物を形質転換することで、非特異的付着性が付与又は増強された微生物を得ることができる。
【0056】
工程(1)では、用意した付着性付与微生物を担体に接触させる。ここでの接触は、付着性付与微生物が担体に付着可能な条件下で行われる。付着性付与微生物は高い付着力を備え、通常の培養条件下では各種担体に対して付着性を発揮する。従って、特別な場合(典型的には、後述の工程(2)で採用する脱離処理液を媒体とした場合や低イオン強度下(国際公開第2014/156736号パンフレット)を参照)を除き、接触によって担体に付着する。
【0057】
工程(1)によって担体に付着した付着性付与微生物は、通常、一又は二以上の処理ないし反応に供される(当該処理ないし反応の詳細は、例えば、特開2017-55676を参照)。本開示では、その後、工程(2)、即ち脱離工程を行う。工程(2)では、担体に付着した付着性付与微生物を所定の条件を満たす本開示の分離ペプチドを含む溶液で処理し、担体から付着性付与微生物を脱離させることができる。
【0058】
1つの実施形態では、他の分子はストレプトアビジン、中性アビジンまたはそれらの改変体である。ストレプトアビジン、中性アビジンまたはそれらの改変体を用いた種々の試験系において、分離と結合とを自在に操ることができるため、有用である。
【0059】
1つの代表的な実施形態において、本開示は、配列番号4に記載のアミノ酸配列またはその自己凝集性を有する改変配列および断片を有するポリペプチドの自己凝集を崩壊させるための組成物を提供する。
【0060】
1つの実施形態では、上記他の分子は、機能性付与実体である。機能性付与実体としては、バイオセンサー、生体分子の分離・標識、再生医療、バイオ・有機・無機ハイブリッド材料の生産、表面改質・機能化、発酵工業、医薬品工業、化成品工業、等に有用な機能を有するものが挙げられるが、これらに限定されない。特定の実施形態では、機能性付与実体は、タンパク質および/またはペプチドである。さらに具体的な実施形態では、機能性付与実体は、ストレプトアビジン、中性アビジン、それらの誘導体、酵素、抗体、蛍光分子、受容体、機能性ペプチド(抗菌・蛍光・シグナル因子・誘導因子等)、核酸アプタマー、血清成分等、または細胞である。特定の実施形態では、本開示のペプチドは、上記機能性分子との複合体または融合物として提供される。
【0061】
(AtaAポリペプチド)
本開示のペプチドは、配列番号4に記載のアミノ酸配列からなる全長のAtaAポリペプチド、またはその自己凝集性を有する改変配列および断片を有するポリペプチドの自己凝集の崩壊に有用である。
【0062】
本開示のペプチドは、配列番号4に記載のアミノ酸配列からなる全長のAtaAポリペプチド、またはその自己凝集性を有する改変配列もしくはその断片を含むポリペプチドを発現する細胞の凝集の崩壊にも有用である。AtaAポリペプチドまたはその改変配列もしくはその断片を発現する細胞は、Acinetobacter sp. Tol5株等のAtaAを天然に発現する細胞だけでなく、ベクターなどの手段によって、AtaAポリペプチドを発現させた細菌細胞等であり得る。
【0063】
(タンパク質またはペプチドの生産)
本開示のタンパク質およびペプチドは、微生物を使用する発現系または化学合成によって生産することができる。
【0064】
もちろん、トリペプチドなどの短いペプチドの場合、当該分野において周知のペプチドの合成方法によって合成することもできる。
【0065】
(ペプチドの用途)
一つの局面において、本開示のペプチドは、材料工学プロセスに有用である。他の局面では、本開示の崩壊ペプチドおよび分離ペプチドは、バイオプロセスを使用する工業に有用である。ある実施形態では、本開示の崩壊ペプチドおよび分離ペプチドは、AtaAポリペプチドの自己凝集を崩壊させてタンパク質、ペプチドまたは微生物を高密度に密集させて固定することによって、表面改質、材料設計等の材料工学プロセス、発酵工業、医薬品工業、化成品工業、再生医療、細胞工学、医用工学、バイオセンサー等の技術分野におけるバイオプロセスを効率的に実施することができる。加えて、本開示のペプチドは、支持体に固定された、AtaAポリペプチドを発現する細胞(微生物およびバイオフィルムを含む)を、支持体から分離させることが可能であり、バイオフィルムリアクターのバイオフィルムの厚みの調整や、接着または固定状態から分離させることによって、細胞または担体を再利用することを可能にする。
【0066】
(AtaAポリペプチドの生産)
1つの実施形態では、本開示の接着性ポリペプチドおよび融合ポリペプチドは、微生物を使用する発現系によって生産される。本開示の接着性ポリペプチド、またはその融合ポリペプチドは、大腸菌に組換えタンパク質として、通常、実験室でよく行われている通りの方法で生産させることができる。すなわち、AtaAの断片または該断片にペプチドを融合した融合ペプチドをコードする遺伝子を、pETシステムなど適切な大腸菌発現ベクターの適切な位置に挿入し、大腸菌を形質転換し、誘導物質を加えて遺伝子発現を誘導するか、恒常発現プロモーター化で恒常発現させる。該タンパク質は、細胞質内に生産させることが多いが、ペリプラズム中に分泌生産させることも可能である。後者の場合、AtaAタンパク質が本来有しているシグナルペプチドあるいは、大腸菌発現ベクターに組み込まれているシグナルペプチドをコードする遺伝子配列を、該タンパク質をコードする5’末端側につなぐことで、該タンパク質のアミノ末端側にシグナルペプチドが付加される形式で該タンパク質が生産される。なお、シグナルペプチドは、生産された該タンパク質がペリプラズムに分泌されると切断除去されるので、得られるAtaA断片またはその融合タンパク質は、シグナルペプチドを含んでいない。細胞内に生産された該タンパク質は、可溶化成分から分離精製することが通常であるが、インクルージョンボディから分離したのち、巻き戻しによって活性を有するタンパク質として得てもよい。なお、生産されたタンパク質は、あらかじめ該タンパク質に融合したHisタグやストレプトタグなどを利用して、通常用いられるアフィニティ精製法によって分離精製することができる。さらに、SNAPタグなどが融合されている場合は、ベンジルグアニル基を有する分子を利用して、分離精製してもよい。さらに精製度をあげる場合、イオン交換クロマトグラフィーやゲルろ過などを併用してもよい。この微生物を使用する接着性ポリペプチドの生産方法において、接着性ポリペプチドを発現させる方法、接着性ポリペプチドを発現させる宿主、宿主から分泌された接着性ポリペプチドの精製方法等の詳細な条件は、当業者によって適宜調整される。さらに、本開示の接着性ポリペプチドは、微生物の菌体内発現系以外にも、分泌生産系、無細胞発現系等の種々の発現系を使用して発現させることもできる。
【0067】
上述の微生物に本開示の接着性ポリペプチドを含む目的のポリペプチドを生産させるための方法は、単なる例示であり、当業者は、本技術分野で慣用される手法によって、本開示の遺伝子の核酸配列(塩基配列)またはアミノ酸配列を参考に、合成遺伝子を作製することで、発現ベクターに挿入するDNA断片の設計および構築を容易に行うことができる。
【0068】
(一般技術)
本明細書において用いられる分子生物学的手法、生化学的手法、微生物学的手法は、当該分野において周知であり慣用されるものであり、例えば、Sambrook J. et al.(1989).Molecular Cloning:A Laboratory Manual,Cold Spring Harborおよびその4th Ed.(2012)、岡田雅人、宮崎香、2011年、「タンパク質実験ノート 改訂第4版」上巻および下巻、羊土社などに記載されており、これらは本明細書において関連する部分(全部であり得る)が参考として援用される。
【0069】
(注記)
本明細書において「または」は、文章中に列挙されている事項の「少なくとも1つ以上」を採用できるときに使用される。「もしくは」も同様である。本明細書において「2つの値の範囲内」と明記した場合、その範囲には2つの値自体も含む。
【0070】
本明細書において引用された、科学文献、特許、特許出願などの参考文献は、その全体が、各々具体的に記載されたのと同じ程度に本明細書において参考として援用される。
【0071】
以上、本開示を、理解の容易のために好ましい実施形態を示して説明してきた。以下に、実施例に基づいて本開示を説明するが、上述の説明および以下の実施例は、例示の目的のみに提供され、本開示を限定する目的で提供したのではない。従って、本開示の範囲は、本明細書に具体的に記載された実施形態にも実施例にも限定されず、特許請求の範囲によってのみ限定される。
【実施例】
【0072】
以下に実施例を記載する。以下の実施例で用いる生物の取り扱いは、必要な場合、名古屋大学や監督官庁およびカルタヘナ法において規定される基準を遵守した。試薬類は具体的には実施例中に記載した製品を使用したが、他メーカー(Sigma-Aldrich、富士フイルム和光純薬、ナカライテスク、R&DSystems、USCN Life Science INC、Thermo Fisher Scientific、関東化学、フナコシ、東京化成、Merck等)の同等品でも代用可能である。
【0073】
以下の実施例で使用するNhead組換えタンパク質は、以下のように製造した。
(製造例)
Nhead組換えタンパク質のコンストラクト設計を配列番号5に示す。このように設計されたNhead組換えタンパク質は、AtaAの配列の59~325位のアミノ酸断片:配列番号1の2~268位のアミノ酸断片に対応する組換えポリペプチドを発現する。このコンストラクトを作製するため、pIBA-GCN4tri-Hisベクターの制限酵素XbaI/BsaI消化断片に、配列番号1のアミノ酸1~268位をコードする遺伝子断片を挿入し、pIBA::Nhead組換えDNA(pIBA-GCN4tri-His::ataA59-325)を作製した。
BL21 star(DE3;pIBA-GCN4tri-His::ataA59-325)を終夜培養した培養物を、LB培地中で1:100に希釈し、37℃で3時間インキュベートした。インキュベート後、培地中に0.2μg/mlの無水テトラサイクリン(AHTC)を添加し、さらに28℃で6時間インキュベートした。細胞を4℃において5,000×gで15分間遠心分離を行うことによって回収し、溶解バッファー(20mM Tris-HCl、150mM NaClおよび20mM イミダゾール、pH9.0)に再懸濁し、高圧ホモジナイザー(LAB 2000、株式会社エスエムテー)を使用して、1,000barで10分間溶解した。4℃において10,000×gで15分間遠心分離後、上清をNi-NTA Superflowカラム(Qiagen NV)にロードし、溶解バッファーで2回洗浄することによって、未結合のタンパク質を除去した。結合したタンパク質を溶出バッファー(20mM Tris-HCl、150mM NaClおよび400mM イミダゾール、pH9.0)により溶出した。溶出されたタンパク質を、陰イオン交換カラム(HiTrap Q HP、GE Healthcare)にロードし、組換えタンパク質を含むフロースルー画分を、50mMリン酸緩衝液(pH6.0)に対して透析した。次いで、組換えタンパク質を陽イオン交換カラム(HiTrap SP HP、GE Healthcare)を使用して、リン酸緩衝液(pH6.0)中、0~1,000mM NaClの直線的な濃度勾配により精製した。組換えタンパク質を含むピーク画分を、遠心式フィルターデバイス(Amicon ultra、EMD Millipore)を使用した限外ろ過によって濃縮し、25mM Tris-HCl (pH9.0)で平衡化したゲルろ過カラム(HiLoad 26/60 Superdex 200pg、GE Healthcare)上にロードして、ゲルろ過精製した。
上記手順で作製されたものを、以下の実施例において使用した。
【0074】
(実施例1:Acinetobacter sp. Tol5株の凝集塊の特徴)
本実施例では、Acinetobacter sp. Tol5株の凝集塊の顕微鏡観察を行った。
【0075】
(方法)
(フローセルの作製)
本開示において構築したフローセルシステムの基本構造は、細胞懸濁物または流体を送液するためのシリコーンチューブに細胞を観察するためにガラスチューブを連結したものである。直方体のフローセルシステムを構築するために、長さが300mmであり、内径が1mmであり、外径が2mmであるシリコーンチューブを、長さが50mmであり、各内径寸法が1mmである直方体ガラス(Vitrocom)の両端に連結し、その連結部をパラフィンフィルムでシールした。入口のシリコーンチューブを、三方活栓(テルモ株式会社)を介してシリンジポンプ(Legato 200、KD Scientific)に連結し、直方体のガラスチューブの細胞観察部(フローセル)に送液した。
【0076】
上記フローセルにBS-N培地に懸濁したAcinetobacter sp. Tol5細胞懸濁液を64μl/minの速度で30分間流して、ガラス製フローセルにTol 5細胞凝集塊を付着させた。その後、0.1mMのAVLペプチド、0.1mMのATLペプチドまたは0.1mMのSVLペプチドを含むBS-N培地を同速度で流し、付着したTol5細胞凝集塊の挙動を、デジタル顕微鏡(キーエンス社製VHX-200)で連続観察した。なお、コントロールとして、該ペプチドを含まないBS-N培地を同速度で送液した。
実施例1において使用されるBS-N培地の組成については、論文(S.Ishii,J.Koki,H.Unno,K.Hori;Two Morphological Types of Cell Appendages on a Strongly Adhesive Bacterium, Acinetobacter sp. Strain Tol5,Appl.Environ.Microbiol.70,(2004)5026-5029)と論文(H.Watanabe,Y.Tanji,H.Unno,K.Hori;Rapid Conversion of Toluene by an Acinetobacter sp.Tol5 Mutant Showing Monolayer Adsorption to Water-Oil Interface,J.Biosci.Bioeng.106 (2008)226-230 )に記されている。
【0077】
(結果および考察)
結果を
図1に示す。Acinetobacter sp. Tol5株は、コントロールのペプチドを含まない培地を流した場合は、菌体の凝集塊に変化がなかったのに対して、AVLペプチド、ATLペプチドまたはSVLペプチドを添加すると、Acinetobacter sp. Tol5株の菌体の凝集の迅速(10秒以内)な崩壊が認められた。このことから、AVLペプチド、ATLペプチドまたはSVLペプチドは、AtaAタンパク質同士の自己凝集を崩壊させる因子であることが確認された。
【0078】
(実施例2:AVL、ATLおよびSVLペプチドの分離活性)
本実施例では、大腸菌組換えNheadとストレプトアビジンとの間の結合が、AVLペプチド、ATLペプチドおよびSVLペプチドによって分離されることを示す。
【0079】
(方法)
大腸菌組換えNhead(AtaAポリペプチドの断片)を、(製造例)に記載の方法にしたがって作製した。0.2mg/mlのNheadの組換えタンパク質(配列番号5)と、0.2mg/mlのストレプトアビジンとを等量混合して、5分間静置した。上記混合物40μLを石英セルに入れ、He-Neレーザー(波長633nm)を装着したDLS測定装置(Zetasizer Nano ZSP、Malvern Instruments,UK)にて粒形を測定し、Nheadの組換えタンパク質とストレプトアビジンとが結合して複合体を形成していることを確認した。その後、混合物に0.2μg/mlとなるようにAVLペプチドを添加し、混合して5分間静置して、再度DLS測定を行った。DLS測定は、温度は25℃、平衡時間120秒、散乱角173°の条件で測定した。
【0080】
(結果および考察)
結果を
図2A~2Cに示す。Nheadとストレプトアビジンとの複合体は、約1000nmの粒子径に直径のピークが認められたのに対し、Nheadとストレプトアビジンとの複合体にAVLペプチド(
図2A)、ATLペプチド(
図2B)およびSVLペプチド(
図2C)を添加した場合には、約5~10nmの粒子径に直径のピークが認められた。この結果から、AVLペプチド、ATLペプチドおよびSVLペプチドの添加によって、Nheadとストレプトアビジンとの結合が分離したと考えられた。
【0081】
(実施例3:ビオチン化分子の接着/分離操作の反復)
本実施例では、Nheadとストレプトアビジンとの間の結合を使用したビオチン化分子の可逆的な固定化を示す。
【0082】
(方法)
大腸菌組換えNheadタンパク質、ストレプトアビジン、ビオチン化蛍光ペプチド(ペプチドGGSGGSK(配列番号6)のN末をフルオレセインで、C末をビオチンで修飾したもの)を1μMになるようにPBS緩衝液に個別に溶解した3種類の溶液を調製した。
まず、蛍光測定用の黒色96穴ポリスチレンプレートに、100μlのPBS緩衝液をアプライした。その後下記の(1)の操作を行い、Nheadタンパク質を固定する前のネガティブコントロール値(該プレートに吸着したストレプトアビジンによるブランク蛍光値)を測定した。次に、100μlのNheadタンパク質溶液をアプライした。37℃で1時間静置することで、プレートにNheadタンパク質を接着させた。その後、下記の操作を(1)→(2)→(1)→(2)→(1)の順に繰り返した。
(1)ストレプトアビジンの結合操作
(1-1).溶液を除き、100μlのストレプトアビジン溶液をアプライした。
(1-2).28℃で30分置くことで、ストレプトアビジンをプレートに固定されたNheadタンパク質に結合させた。
(1-3).溶液を除き、100μlのビオチン化蛍光ペプチドをアプライした。
(1-4).28℃で30分置くことで、ビオチン化蛍光ペプチドをストレプトアビジンに結合させた。
(1-5).200μlのPBS緩衝液で5回洗浄した。
(1-6).100μlのPBS緩衝液をアプライして、プレートリーダー(パーキンエルマー製ARVO X3)で蛍光測定(励起波長:485nm、蛍光波長:535nm)を行った。
(1-7).緩衝液を除いた。
(2)ストレプトアビジンの分離操作
(2-1).100μMのAVLペプチド溶液200μlで2回、PBS緩衝液200μlで1回洗浄(アプライしてそのまま除く)した。
(2-2).100μlのPBS緩衝液をアプライしてプレートリーダーで蛍光値を再測定することで、残存蛍光を求めた。
【0083】
(結果および考察)
結果を
図3に示す。1回目のビオチン化蛍光ペプチドの結合反応後に行った蛍光測定において、蛍光値の増大が認められた。この結果は、ポリスチレンプレートに接着させたNheadとストレプトアビジンとの複合体に、ビオチン化蛍光ペプチドが結合したことを示す。AVLペプチドの添加後に行った蛍光測定においては、蛍光値の低減が認められ、Nheadとストレプトアビジンとの結合が分離されたことが示された。2回目の結合反応および分離反応後、および3回目の結合反応後にも同様の結果が認められ、Nheadとストレプトアビジンとの結合が可逆的に結合および分離されることが示された。
【0084】
(注釈)
以上のように、本開示の好ましい実施形態を用いて本開示を例示してきたが、上述の説明および実施例は、例示の目的のみに提供され、本開示を限定する目的で提供したのではない。従って、本発明は、本明細書に具体的に記載された実施形態にも実施例にも限定されず、請求の範囲によってのみその範囲が解釈されるべきであることが理解される。本明細書において引用した特許、特許出願および文献は、その内容自体が具体的に本明細書に記載されているのと同様にその内容が本明細書に対する参考として援用されるべきであることが理解される。本願は、日本国特許庁に2019年7月18日に出願された特願2019-132490号に対して優先権主張を伴うものであり、その内容は全体が参考として本願において援用される。
【産業上の利用可能性】
【0085】
本開示は、バイオプロセスを使用する工業において有用性を有する。
【配列表フリーテキスト】
【0086】
配列番号1:シグナルペプチドを除き、開始位置にメチオニンを含むAtaA断片のアミノ酸配列
配列番号2:シグナルペプチドを除き、開始位置にメチオニンを含むAtaA断片の核酸配列
配列番号3:AtaAの全長の核酸配列
配列番号4:AtaAの全長のアミノ酸配列
配列番号5:AtaAのNheadドメインの組換えタンパク質のアミノ酸配列
配列番号6:人工ペプチドのアミノ酸配列
【配列表】