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特許7577340細胞内脂質代謝酵素活性定量測定法、細胞内脂質代謝酵素活性定量測定用キット及び脂質代謝酵素活性制御剤のスクリーニング方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-25
(45)【発行日】2024-11-05
(54)【発明の名称】細胞内脂質代謝酵素活性定量測定法、細胞内脂質代謝酵素活性定量測定用キット及び脂質代謝酵素活性制御剤のスクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/48 20060101AFI20241028BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20241028BHJP
   C12N 15/54 20060101ALN20241028BHJP
   C12N 15/12 20060101ALN20241028BHJP
【FI】
C12Q1/48 Z
C12Q1/02
C12N15/54
C12N15/12 ZNA
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2021554159
(86)(22)【出願日】2020-09-15
(86)【国際出願番号】 JP2020034965
(87)【国際公開番号】W WO2021079656
(87)【国際公開日】2021-04-29
【審査請求日】2023-05-19
(31)【優先権主張番号】P 2019193837
(32)【優先日】2019-10-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】304021831
【氏名又は名称】国立大学法人千葉大学
(74)【代理人】
【識別番号】100098729
【弁理士】
【氏名又は名称】重信 和男
(74)【代理人】
【識別番号】100204467
【弁理士】
【氏名又は名称】石川 好文
(74)【代理人】
【識別番号】100148161
【弁理士】
【氏名又は名称】秋庭 英樹
(74)【代理人】
【識別番号】100195833
【弁理士】
【氏名又は名称】林 道広
(72)【発明者】
【氏名】坂根 郁夫
【審査官】小林 薫
(56)【参考文献】
【文献】特表平09-503645(JP,A)
【文献】特表2002-512362(JP,A)
【文献】第92回日本生化学会大会講演要旨集,2019年09月04日,p.260 ([2T11m-04])
【文献】FEBS Open Bio,2012年,Vol.2,pp.267-272
【文献】J. Lipid Res.,2016年,Vol.57,pp.368-379
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00- 3/00
C12N 15/00-15/90
C07K 1/00-19/00
C12N 9/00- 9/99
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS (STN)
JSTPlus/JST7580/JMEDPlus (JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ミリストイル化配列を有する脂質代謝酵素とミリストイル化配列を有する脂質代謝酵素の不活性変異体それぞれ細胞に導入する手順と、前記ミリストイル化配列を有する脂質代謝酵素が導入された細胞内のホスファチジン酸の量を前記ミリストイル化配列を有する脂質代謝酵素の不活性変異体が導入された細胞内のホスファチジン酸の量と比較して活性定量的に測定する手順と、を有する細胞内脂質代謝酵素活性定量測定法。
【請求項2】
前記ミリストイル化配列を有する脂質代謝酵素及び前記ミリストイル化配列を有する脂質代謝酵素の不活性変異体が、下記(1)~(3)のいずれか1つの塩基配列によりコードされるアミノ酸配列を有することを特徴とする請求項1記載の細胞内脂質代謝酵素活性定量測定法;
(1)配列番号1で表される塩基配列;
(2)配列番号1で表される塩基配列と90%以上の相同性を有する塩基配列;
(3)配列番号1で表される塩基配列の5個以内の塩基が、欠失、置換及び/又は付加された塩基配列。
【請求項3】
ミリストイル化配列を有する脂質代謝酵素を含有する可溶性脂質代謝酵素活性測定用物質と、ミリストイル化配列を有する脂質代謝酵素の不活性変異体を含有する可溶性脂質代謝酵素活性測定用物質とを備える細胞内脂質代謝酵素活性定量測定用キット
【請求項4】
前記ミリストイル化配列を有する脂質代謝酵素及び前記ミリストイル化配列を有する脂質代謝酵素の不活性変異体が、下記(1)~(3)のいずれか1つの塩基配列によりコードされるアミノ酸配列を有することを特徴とする請求項記載の細胞内脂質代謝酵素活性定量測定用キット
(1)配列番号1で表される塩基配列;
(2)配列番号1で表される塩基配列と90%以上の相同性を有する塩基配列;
(3)配列番号1で表される塩基配列の5個以内の塩基が、欠失、置換及び/又は付加された塩基配列。
【請求項5】
ミリストイル化配列を有する脂質代謝酵素とミリストイル化配列を有する脂質代謝酵素の不活性変異体をそれぞれ細胞に導入する手順と、脂質代謝酵素活性制御剤の候補化合物をそれぞれ前記細胞に導入する手順と、前記細胞内のホスファチジン酸の産生量をそれぞれ定量する手順と、前記候補化合物が導入された各細胞内のホスファチジン酸の産生量の変化から、前記候補化合物の活性を定量化する手順と、を有する脂質代謝酵素活性制御剤のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞内脂質代謝酵素活性測定法及び細胞内脂質代謝酵素活性測定用物質に関するものである。
【背景技術】
【0002】
薬を開発するには、in vitro(試験管内)での化合物の評価に加え、細胞内での対象酵素特異的な効果の検証が必須である。従来の、細胞内ジアシルグリセロールキナーゼ(脂質代謝酵素の一つ。以下「DGK」ということがある。)活性測定法は、液体クロマトグラフィー質量分析装置を用いた発明者らによるものが唯一である(非特許文献1)。ここで、キナーゼとは、生化学において、ATPなどの高エネルギーリン酸結合を有する分子からリン酸基を基質あるいはターゲット分子に転移する(リン酸化する)酵素の総称であり、リン酸化酵素とも呼ばれる。しかし、阻害化合物添加時のDGKアイソザイム特異的な活性の変動の測定に成功しているのは、DGKのαアイソザイムの常時活性化型変異体(N末側の活性制御(抑制)領域の欠損変異体)のみである(非特許文献2)。他の9種のアイソザイムの常時活性化型変異体や強力な活性刺激方法は知られておらず、従って、他の9種のアイソザイムの細胞内での活性測定は不可能であった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】Mizuno, S. et al. FEBS Open Bio, 2, 267-272 (2012)
【文献】Liu, K. et al. Journal of Lipid Reserch., 57, 368-379 (2016)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
DGKアイソザイム特異的な活性を測定するには、DGKアイソザイムを過剰発現させた細胞での活性上昇がなければならない。そして、その上昇を化合物が阻害することで化合物の効果を測定する。しかし、これまで、過剰発現させた細胞での活性上昇があったのは、DGKαの常時活性化型変異体のみで、他のアイソザイムでは検出できていない。これは、他のアイソザイムでは、常時活性化することが出来ていなかったためである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するために、本発明の一つの観点によれば、細胞内脂質代謝酵素活性測定法を、ミリストイル化配列を有する脂質代謝酵素を細胞に導入する手順と、当該細胞内のホスファチジン酸の量を測定する手順を有するものとした。
【0006】
上記測定法において、ミリストイル化配列を有する脂質代謝酵素が、下記(1)~(3)のいずれか1つの塩基配列を有すると望ましい。
(1)配列番号1で表される塩基配列;
(2)配列番号1で表される塩基配列と90%以上の相同性を有する塩基配列;
(3)配列番号1で表される塩基配列で表される塩基配列の5個以内の塩基が、欠失、置換及び/又は付加された塩基配列。
【0007】
また、本発明の他の観点によれば、脂質代謝酵素活性測定用物質を、ミリストイル化配列を有する脂質代謝酵素を含有するものとした。
上記脂質代謝酵素活性測定用物質において、ミリストイル化配列を有する脂質代謝酵素が、下記(1)~(3)のいずれか1つの塩基配列を有するものとすると望ましい。
(1)配列番号1で表される塩基配列;
(2)配列番号1で表される塩基配列と90%以上の相同性を有する塩基配列;
(3)配列番号1で表される塩基配列で表される塩基配列の5個以内の塩基が、欠失、置換及び/又は付加された塩基配列。
【発明の効果】
【0008】
本法は、従来不可能であった、DGKα以外の9種のアイソザイムの細胞内での活性を特異的に測定することを可能にする。9種のDGKアイソザイムが関与する疾患は多々あり(例えば、種々の癌、癲癇、強迫性障害、双極性障害、自己免疫疾患、癌免疫、心臓肥大、高血圧、糖尿病、パーキンソン病、アルツハイマー病等)、これらの治療薬(DGKアイソザイムの活性制御剤)を開発する際に、細胞内での効果の評価が可能になり、開発の律速段階を克服し、開発の進行を大きく促進する。既に、複数の製薬企業が興味を示している。DGKアイソザイムの活性制御剤の開発は、世界規模で進んでおり、多くの製薬企業が興味を示す可能性がある。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本発明のジアシルグリセロールキナーゼ測定法の原理を示す図である。
図2】COS-7細胞におけるAcGFP-DGKζとMyr-AcGFP-DGKζの発現量を示す図である。
図3】COS-7細胞におけるAcGFP-DGKζとMyr-AcGFP-DGKζのPA分子種量への影響を示す図である。
図4】COS-7細胞におけるMyr-AcGFP-DGKζとMyr-AcGFP-DGKζ-KDの発現量を示す図である。
図5】COS-7細胞におけるMyr-AcGFP-DGKζとMyr-AcGFP-DGKζ-KDのPA分子種量への影響を示す図である。
図6】COS-7細胞中のVector、DGKζ、Myr-DGKζ、Myr-DGKζ-KDの分布を示す図である。
図7】超遠心分離を使用して細胞分画を行った結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施形態の例を説明するが、本発明の実施形態は以下に説明する実施形態の例に限定されるものではない。
ミリストイル化(タンパク質へのミリスチン酸(疎水性のアンカー)付加)(図1)は、タンパク質を膜(疎水性)に移行させる。また、DGKアイソザイムは細胞質に局在しているが、それらの基質(ジアシルグリセロール(DG))は細胞の膜中に存在する。更に、DGKαの常時活性化型変異体は、野生型は、細胞質に局在する。そこで、DGKアイソザイムをミリストイル化することで、膜に移行させて常時活性化のような状態にして、DGKアイソザイムの活性を強制的に高め、そして、液体クロマトグラフィー質量分析装置を用いて活性を検出できると考えた(図1)。そして、実際に活性の増加を確かめ、従来の問題点を解決した。
【0011】
すなわち、本発明の一つの観点によれば、脂質代謝酵素活性測定法を、ミリストイル化配列を有する脂質代謝酵素を細胞に導入する手順と、当該細胞内のホスファチジン酸の量を測定する手順を有するものとした。
【0012】
上記測定法において、ミリストイル化配列を有する脂質代謝酵素が、下記(1)~(3)のいずれか1つの塩基配列を有すると望ましい。
(1)配列番号1で表される塩基配列;
(2)配列番号1で表される塩基配列と90%以上の相同性を有する塩基配列;
(3)配列番号1で表される塩基配列で表される塩基配列の5個以内の塩基が、欠失、置換及び/又は付加された塩基配列。
【0013】
また、本発明の他の観点によれば、脂質代謝酵素活性測定用物質を、ミリストイル化配列を有する脂質代謝酵素を含有するものとした。
【0014】
上記脂質代謝酵素活性測定用物質において、ミリストイル化配列を有する脂質代謝酵素が、下記(1)~(3)のいずれか1つの塩基配列を有するものとすると望ましい。
(1)配列番号1で表される塩基配列;
(2)配列番号1で表される塩基配列と90%以上の相同性を有する塩基配列;
(3)配列番号1で表される塩基配列で表される塩基配列の5個以内の塩基が、欠失、置換及び/又は付加された塩基配列。
【実施例
【0015】
1.要約
ジアシルグリセロールキナーゼ(DGK)ζに特異的な阻害剤は、がん免疫を活性化させる有望な抗がん剤になり得る。標的酵素の細胞内活性の検出はin vitroアッセイに加えて薬物スクリーニングにとっても不可欠であるが、細胞内のDGKζの活性を検出することは困難である。本研究では、5’末端にN-ミリストイル化配列を持つAcGFP-DGKζ cDNA(Myr-AcGFP-DGKζ)を生成し、標的のDGKζを膜に近づけた。我々は、LC-MS/MSを使用して、ミリストイル化配列のないAcGFP-DGKζではなく、Myr-AcGFP-DGKζが、いくつかのホスファチジン酸(PA)分子種の産生量を増加させることを示した。Myr-AcGFP-DGKζとは対照的に、その不活性変異体はPA産生量の増加は示さなかった。このことは、PA産生量の増加はDGKの活性に依存することを示唆している。この方法は、DGKζを標的とした薬剤の開発のための化学物質の選択に役に立ち、また、他のDGKアイソザイムを含む様々な可溶性(非膜結合)脂質代謝酵素にも適用できる。
【0016】
2.緒言
ジアシルグリセロールキナーゼ(DGK)はジアシルグリセロール(DG)をリン酸化し、ホスファチジン酸(PA)に変換する。DGは、タンパク質キナーゼCs(PKCs)、Unc-13、キメリン、Rasグアニルヌクレオチド放出タンパク質の活性化因子である。一方で、PAは、哺乳類の標的であるラパマイシン、非定型PKC、C-Raf、Ras GTPase活性化タンパク質、セブンレスの息子(グアニンヌクレオチド交換因子)、ホスファチジンイノシトール-4-リン酸キナーゼのような様々な病態生理学的に重要な酵素を調整する。したがってDGKは、2つの脂質セカンドメッセンジャーであるDGとPAのバランスを調整し、様々な生理学的および病理学的な事象に関わっていることが知られている。
【0017】
哺乳類のDGKは10個のアイソザイム(α―κ)で構成され、それらの構造的特徴に応じて5つのグループに分けられる(タイプI(α、βおよびγ)、II(δ、ηおよびκ)、III(ε)IV(ζ、ι)、V(θ))[1-4]。触媒ドメインに加えて、タイプIVのDGKアイソザイム(ζ、ι)は、N末端に2つのC1ドメイン、C末端にMARCKS(ミリストイル化アラニンリッチC-キナーゼ基質)ドメイン、4つのアンキリンリピート、そしてPDZドメインを有している。
【0018】
中でもDGKζは多機能なタンパク質である。DGKα(タイプI)に加えてDGKζは、T細胞受容体(TCR)シグナル伝達およびT細胞活性化の減衰剤として作用する。したがって、DGKζ欠損T細胞はex vivoおよびin vivoにおいてTCR刺激の応答が亢進する。これらの結果は、DGKζ特異的な阻害剤はTCRシグナル伝達を活性化し、結果としてがん免疫を活性化することで有望な抗がん剤になり得ることを示唆している。DGKζの欠損は、肥満とインスリン抵抗性に対する保護能の減少につながることが報告されている。加えて、DGKζはインスリン受容体基質-1と関連し、脂肪細胞においてGLUT-4転位を調節する。さらに、DGKζの作用により、DG量が減少し、細胞増殖が減衰することが報告されている。DGKζは、視床下部においてレプチンシグナル伝達経路を調整する。さらに、このアイソザイムはNIE-115神経芽種細胞の神経突起伸長を促進する。近年、我々はDGKζが16:0/16:0-PA分子種を生成し、そして、Neuro-2a神経芽腫細胞においてレチノイン酸/血清飢餓誘発神経突起伸長を促進することを実証した。したがってDGKζは、神経分化の初期および初期段階での神経突起の成長において役割を果たすことが示唆されている。DGKζに依存したDGからPAへの変換は、樹状突起の維持に重要な役割を果たす。さらにこのアイソザイムは、Gqタンパク質結合受容体アゴニストによって誘発される心肥大を抑制し、骨格筋リモデリング中の繊維サイズを調整する。
【0019】
DGKζは生理学的および病理学的に重要であるため、魅力的な薬物ターゲットとして認識されている。標的酵素の細胞内活性の検出は、in vitroアッセイに加えて薬物スクリーニングにも不可欠である。しかし、DGKζの細胞内活性の検出は困難である。DGKζは核および細胞質に広く分布している。PAを生成するためには、DGKζを膜に移行させる必要がある。しかし、DGKζ刺激は、その排他的な膜局在を引き起こすが、そのメカニズムは解明されていない。負の調整ドメインを欠き、基質のある膜に移行するDGKαの活性変異体は生成することができるため、発明者らはすでに細胞でその活性アッセイを確立している。一方で、DGKζの活性変異体は未だ確立されていない。
【0020】
ミリストイル化は、膜への移行を促進すると考えられる。そこで本検討では、標的のDGKζを膜に移行させるために、5’末端にc-SrcのN-ミリストイル化配列を持つAcGFP-DGKζ cDNA(ミリストイル化(Myr-)AcGFP-DGKζ)を生成した。Myr-AcGFP-DGKζと我々が近年確立した液体クロマトグラフィー(LC)-タンデム質量分析(MS/MS)DGKアッセイを用いて、発明者は細胞内でのDGKζの活性の検出を試みた。
【0021】
3.材料および手法
(1)Myr-AcGFP-DGKζのcDNAコンストラクト
pMyr-AcGFPベクターを生成するために、pAcGFP-C1ベクター(タカラクロンテック)中のAcGFP翻訳開始部位にN-ミリストイル化シーケンス(5'-atggggagtagcaagagcaagcctaaggaccccagccagcgc-3')(配列番号1)を挿入した。DGKζ cDNA(UniProt accession ID:DGKζ Q13574-2)をコードするPCRフラグメントであるpMyr-AcGFP-DGKζを構成するために、p3×FLAG-CMV-human DGKζ[38]をpMyr-AcGFPベクターのEcoR I-Sal Iサイトに連結させた。DGKζの不活性型変異体(DGKζ-KD)はPCRに基づいた部位特異的変異誘発により生成した(Gly-355からAsp(G355D))。
【0022】
4.細胞培養とトランスフェクション
COS-7細胞は、5%CO2を含む37℃の大気中で、10%ウシ胎児血清添加(Biological Industries、Beit-Haemek、Israel)、100 units/ml ペニシリン、100 μg/ml ストレプトマイシン(和光純薬工業)を含むDulbecco’s Modified Eagle Medium(和光純薬工業)で維持した。細胞は、PolyFect 試薬(Qiagen)で製造元の説明通りにトランスフェクトした。
【0023】
(1)ウエスタンブロッティング
COS-7細胞溶解物(20μg)をSDS-ポリアクリルアミドゲルで電気泳動し分離した。ウエスタンブロッティングには、抗GFP(Santa Cruz Biotechnology)および抗マウスIgG抗体(Jackson ImmunoResearch Laboratories)を用いた。
【0024】
(2)共焦点顕微鏡
pAcGFP、pAcGFP-DGKζ、pMyr-AcGFP-DGKζ、pMyr-AcGFP-DGKζ-KDのトランスフェクションの24時間後、COS-7細胞を4%パラホルムアルデヒドで固定した。カバーガラスは、Vectashield(Vector Laboratories)で固定した。蛍光画像は、室温、60×1.35 NAオイルのUPLSAPOを搭載したOlympus FV1000-D(IX81)共焦点レーザー走査顕微鏡(オリンパス)を使用して取得した。AcGFP蛍光は488nmで励起された。画像はFV-10 ASWソフトウェア(オリンパス)を使用して取得した。
【0025】
(3)細胞分画
AcGFP alone、AcGFP-DGKζ、Myr-AcGFP-DGKζ、Myr-AcGFP-DGKζ-KDが発現したCOS-7細胞(60mmディッシュ)は、500μl氷冷溶解バッファー(50mM HEPES, PH 7.2, 150mM NaCl, 5mM MgCl2, 1mM ジチオスレイトール、 CompleteTMEDTA浮遊プロテアーゼ阻害剤(Roche Diagnostics(Rotkreuz),1錠/50 ml)と1mMフェニルメチルスルホニルフルオリドに溶解した。細胞片を除去するために、細胞溶解液を350gで5分間、4℃で遠心分離した。得られた上清は100,000 gで1時間、4℃の条件で遠心分離した。上清とペレットをSDS-PAGE、ウエスタンブロッティングで分析した。
【0026】
(4)LC-MS/MS
pMry-AcGFP、pMry-AcGFP-DGKζ、pMry-AcGFP-DGKζ-KDをトランスフェクションして24時間後、細胞をリン酸緩衝生理食塩水で回収した。Bligh and Dyer法により、細胞から全ての脂質を抽出した。簡単に言うと、サンプル700μlにメタノール2 ml、クルルホルム700 mlを加えた。100 ngの28:0-PA(Avanti Polar Lipids)を内部標準として加えた。酸性リン脂質の回収率を上げるために3M HCl 100μlをサンプルに加えた。HCl添加後、サンプルを30秒ボルテックスした。室温で30分間インキュベートした後、1 mlの水を加え30秒ボルテックス後、1 mlのクロロホルムを加え30秒間ボルテックスした。相を分離するために、サンプルを1000×gで10分間遠心分離した。抽出された脂質を含む下相を新しいバイアルに移した。脂質を含む溶媒を窒素ガス下で乾燥させ、抽出した脂質を、100 μlのクロロホルム/メタノール(2:1, v/v)で再構成した。抽出した脂質(10 μl)を、Unison UK-Silicaカラム(3μl, 150×2.0mm 1.d., Imtakt)を使用して、LCシステム(島津製作所)で、前述の通りに分離した。このLCシステムは、Analystソフトウェア(AB SCIEX)で制御している。用いる勾配は、溶媒A(0.28%のアンモニアを含む、クロロホルム/メタノール(89:10))、溶媒B(0.28%のアンモニアを含むクロロホルム/メタノール/水(55:39:5))の2つである。勾配溶出のプログラムは、5分間20%B、10分間で20%から30%B、25分間で30%から60%B、5分間で60%B、1分間で60%から20%B、続いて14分間で20%Bとした。流出割合は0.3 ml/minであり、クロマトグラフィーは25℃で行った。
【0027】
LCシステムは、ターボスプレーイオン化源を備えたトリプル四重極タンデム質量分析計、Triple QuadTM4500(AB SCIEX、Framingham)とオンラインで繋がれている。実験条件は次の通りである。イオンスプレー電圧―4500V、カーテンガスー30 psi、衝突ガス6psi、温度300℃、脱クラスター電圧―160 V、入口電位―10 V、衝突エネルギー42V、衝突セル出口電位―11V、イオン源ガスI 70psi、イオン源ガスII 30psi。PA分子種は複数反応モニタリング(MRM)で検出した。イオン化されたPA種([M-H])は、最初の四重極(Q1)で分離された。その後、産生したイオン(負のイオンモード中でm/z 153)は、衝突により誘発された解離によりQ2で断片化後、Q3で再選択された。各リン脂質種はX:Yの形で表される。ここで、Xは炭素原子の総数、Yはリン脂質の両方のアシル鎖の二重結合の総数である。
【0028】
(5)統計分析
データは平均±SDとして表し、one-way ANOVAで分析した。その後、多重比較のためPrism 8(GraphPad Software、カリフォルニア州サンディエゴ、米国)を用いてTurkey post hoc testで分析した。
【0029】
(6)結果
(a)Myr-AcGFP-DGKζの細胞内局在
発明者は初めに、COS-7細胞中に発現したMyr-AcGFP-DGKζの細胞内局在を、共焦点顕微鏡により確認した。ミリストイル化されていないAcGFP-DGKζは、細胞質、細胞核および核周囲領域に広く分布していた。しかし、Myr-AcGFP-DGKζは主に細胞膜と核周辺領域に局在していた(図6)。これらの結果は、DGKζミリストイル化が膜局在化を誘導することを示唆する。DGKζの不活性変異体(Mry-AcGFP-DGKζ-KD)も細胞膜と核周辺領域に分布していた(図6)。したがって、膜局在化の誘導は、DGKの活性に非依存的であることが示唆された。
【0030】
膜局在がミリストイル化に依存するか検証するために、発明者は次に、超遠心分離を使用して細胞分画を行った。AcGFP-DGKζは100,000g ppt(膜)画分で一部のみ(約60%)回収された(図7)。一方、Myr-AcGFP-DGKζとMyr-AcGFP-DGKζ-KDは100,000g ppt(膜)画分で完全に(100%)回収された(図7)。このことは、ミリストイル化がAcGFP-DGKζの膜局在化を独占的に誘発することを示唆する。
【0031】
(b)細胞内のMyr-AcGFP-DGKζによるPA産生物の検出
Myr-AcGFP-DGKζと、近年開発されたLC-MSに基づいたDGKアッセイを使用して、細胞内のDGKζ活性を測定した。pAcGFP alone(ベクター)、pAcGFP-DGKζ、pMyr-AcGFP-DGKζのいずれかをCOS-7細胞にトランスフェクションした。トランスフェクションした24時間後、その細胞をSDS-PAGEした後、抗GFP抗体を用いてウエスタンブロッティングしたものを図2に示す。発明者は、AcGFP-DGKζとMyr-AcGFP-DGKζの発現レベルがほぼ同じであることを確かめた(図2)。
【0032】
AcGFP alone、AcGFP-DGKζ、Myr-AcGFP-DGKζを過剰発現させたCOS-7細胞におけるPA分子種の量をLC-MS/MSで定量したものが図3である。LC-MS/MS分析により、Myr-AcGFP-DGKζがPA分子種の産生量を大幅に増加させることが分かった(図3)。値は4つの独立した実験の平均±SDで表す。*p<0.05、**p<0.01。図3において、一番左の棒は、AcGFP alone(ベクター)のPA分子種の量を、左から二番目の棒は、AcGFP-DGKζのPA分子種の量を、左から三番目の棒は、Myr-AcGFP-DGKζのPA分子種の量を示す。
【0033】
特に、30:1-PA(48%増加)、30:0-PA(50%増加)、32:3-PA(43%増加)、32:2-PA(45%増加)、32:1-PA(42%増加)、32:0-PA(33%増加)、38:6-PA(39%増加)、38:5-PA(39%増加)の産生量が、Myr-AcGFP-DGKζを発現させたCOS-7細胞において、ベクターのみを発現させた細胞と比較して有意に増加した(図3、表1)。しかしながら、ミリストイル化されていないAcGFP-DGKζはPA分子種の産生量に影響を及ぼさなかった(図3)。ここでは、DGKζの実験データを示しているが、DGKζ以外のDGKアイソザイムでもミリストイル化によりPAの産生量が増加する。ベクターのみを発現させた細胞のPA分子種は、de novo合成、ホスホリパーゼDによるホスファチジルコリンの加水分解、内在性DGKアイソザイムによるDGのリン酸化のような複数の経路から生成されると考えられる。
【0034】
【表1】
【0035】
PA分子種の産生量の増加がDGKζの活性によるものかどうか確かめるために、発明者は続いてMyr-AcGFP-DGKζ-KD(不活性型。KDは、Kinase-deadの略。)の影響を確認した。pAcGFP alone(ベクター)、pAcGFP-DGKζ、pMyr-AcGFP-DGKζのいずれかをCOS-7細胞にトランスフェクションした。トランスフェクションした24時間後、その細胞をSDS-PAGEした後、抗GFP抗体を用いてウエスタンブロッティングしたものを図4に示す。Myr-AcGFP-DGKζ-KDの発現レベルはMyr-AcGFP-DGKζの発現レベルとほぼ同じであった(図4)。
AcGFP alone、Myr-AcGFP-DGKζ、Myr-AcGFP-DGKζ-KDを過剰発現させたCOS-7細胞における主要なPA分子種(30:1-PA、30:0-PA)の量をLC-MS/MSで定量したものを図5に示す。値は4つの独立した実験の平均±SDで表す。*p<0.05、**p<0.01。一番左の棒は、AcGFP alone(ベクター)のPA分子種の量を、左から二番目の棒は、Myr-AcGFP-DGKζの棒を、左から三番目の棒は、Myr-AcGFP-DGKζ-KDのPA分子種の量を示す。Myr-AcGFP-DGKζでの発現が大きく増加した30:1-PA、30:0-PAのLC-MS/MSの結果を示した(図5、表1)。Myr-AcGFP-DGKζにおいて30:1-PA、30:0-PA分子種の産生量は大きく増加したが、これらのPA分子種の産生量はMyr-AcGFP-DGKζ-KDにおいては増加しなかった(図5)ため、PAの産生量の増加はDGKζ活性に依存していることが示唆される。これらの結果から、Myr-AcGFP-DGKζ発現COS-7細胞により引き起こされる、30:1-PA、30:0-PAなど個々のPA分子種の産生量の増加は、容易に検出できると言える。
【0036】
(7)考察
本検討で発明者は、細胞内のDGKζ活性を検出する新たな方法を提供した。これまで細胞内のDGK活性を検出することは困難であった。実際、ミリストイル化されていないDGKζは、個々のPA分子種の産生量の大きな増加は示さなかった(図3)。この難しさを克服するために我々は、ミリストイル化AcGFP-DGKζを生成した。ミリストイル化は、AcGFP-DGKζを、その基質が存在する細胞膜(図6)に移行させる。予測通り発明者は、30:1-PA、30:0-PAなどMyr-AcGFP-DGKζ活性由来のPA分子種の産生の検出に成功した(図3、表1)。以上より、Mry-AcGFP-DGKζは活性変異体として作用する可能性がある。
【0037】
ミリストイル化されていないAcGFP-DGKζは約60%が100,000g ppt(膜)画分で検出された(図7)のに対し、Myr-AcGFP-DGKζはほぼ100%が100,000g ppt画分で検出された。さらに共焦点顕微鏡により、ミリストイル化はDGKζの膜局在を強くすることを示した(図6)。以上より、ミリストイル化は確かに膜局在を強めると言える。AcGFP-DGKζの約半分は膜画分にあったが、PA分子種の有意な増加を誘発しなかった(図3)。したがって、AcGFP-DGKζは膜との相互作用が弱いため、そこにあるDGを効率的に利用することはできないと考えられる。
【0038】
以前発明者らは、DGKζが主にNeuro-2aで、レチノイン酸および血清飢餓に誘発された神経芽腫細胞分化中に、16:0/16:0-PAを生成することを報告した。本検討では、Myr-AcGFP-DGKζが発現した細胞で、幅広いPA分子種が増加することを示した(図3)。ミリストイル化するとタンパク質は膜に移行するが、DGKζはランダムに膜に移行した可能性がある。実際、Myr-AcGFP-DGKζは原形質膜および核周辺領域に広く分布していた(図6)。神経芽腫細胞においては、DGKζは、レチノイン酸誘導細胞分化中に部分的に原形質膜に局在する。さらに、インスリン受容体およびTCR刺激はDGKζの原形質膜局在を誘導する。したがって、Myr-AcGFP-DGKζのランダムな膜への局在は、幅広いPA分子種の産生を引き起こす可能性が考えられる。
【0039】
この新しく開発された方法により、in vitroの混合ミセルのモデルと比較して、より生物学的条件(細胞膜上で)でDGKζの活性を分析することが可能となった。したがってこの方法は、DGKζを標的とする薬物の開発のためのin vitroで最初にスクリーニングする候補化合物の選択に役立つ。なぜなら、優れた薬剤を開発するためには、in vitroアッセイに加えて標的酵素の細胞活性の検出が必要だからだ。
【0040】
現在、有用なDGKζ選択的阻害剤はない。また、市販されているDGK阻害剤、R59022およびR59949はDGKζを効果的に阻害できなかった。そのため発明者は、ツール化合物を使用した阻害剤アッセイに適したアッセイシステムを検証することができなかった。しかし発明者は、化学物質によって阻害される酵素と同等のMyr-AcGFP-DGKζ-KDの30:1-PA,30:0-PA分子種の産生量レベルが、Mry-AcGFP-DGKζのそれよりも優位に低いことを実証した(図5)。したがってこのシステムは化合物の選択に適切に適用できる可能性が高い。
【0041】
この新しいメソッドは、他のDGKアイソザイムにも適用可能である。多くのアイソザイムが可溶性(非膜結合)であり、サイトゾルおよび核に分布している。したがってDGKアイソザイムは、その活性を見やすくするためにサイトゾルから基質が多く存在する膜に移行する必要がある。DGKζがそうであったように(図3)、他のDGKアイソザイムも単に過剰発現させただけでは、PAの産生量の増加を示さないであろう。したがって、DGKアイソザイムの膜局在化は、それらの細胞内活性の検出に適用可能である。さらに本検討で提供した実験方法は、可溶性またはサイトゾルに分布する他の脂質代謝酵素にも適用できる可能性が高い。
【0042】
結論として、発明者は細胞内のDGKζ活性を検出する新たな方法を開発した。この新たな方法は、DGKζを標的とする薬剤の開発のための初期のin vitroスクリーニング後の化合物の選択に有用であろう。さらにこの方法は、他のDGKアイソザイムを含む、様々な可溶性(非膜結合)脂質代謝酵素に適用可能であろう。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明は、細胞内脂質代謝酵素活性測定法及び細胞内脂質代謝酵素活性測定用物質として産業上利用できる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
【配列表】
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