(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-25
(45)【発行日】2024-11-05
(54)【発明の名称】CARSスペクトルを取得するための方法およびシステム
(51)【国際特許分類】
G01N 21/65 20060101AFI20241028BHJP
【FI】
G01N21/65
(21)【出願番号】P 2023574216
(86)(22)【出願日】2022-08-08
(86)【国際出願番号】 JP2022030221
(87)【国際公開番号】W WO2023022037
(87)【国際公開日】2023-02-23
【審査請求日】2024-02-29
(32)【優先日】2021-08-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】509339821
【氏名又は名称】アトナープ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100102934
【氏名又は名称】今井 彰
(72)【発明者】
【氏名】ブルックナー ルーカス
【審査官】横尾 雅一
(56)【参考文献】
【文献】米国特許第07388668(US,B2)
【文献】国際公開第2010/013118(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/171869(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/222300(WO,A1)
【文献】特表2006-516730(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0023482(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/62 - G01N 21/74
G01J 3/00 - G01J 3/52
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ストークス光パルス、ブロードバンドポンプ光パルスおよびナローバンドポンプ光パルスを、前記ナローバンドポンプ光パルスの位相を変化させながら、ターゲットの一部に同期して照射することにより、CARSスペクトルのセットを取得することと、
取得された前記CARSスペクトルのセットを比較して共鳴成分を抽出することとを含む方法。
【請求項2】
請求項1において、
前記ブロードバンドポンプ光パルスは、前記ストークス光パルスとともに局部発振(LO)信号を発生するように選択され、
前記ナローバンドポンプ光パルスは、前記ストークス光パルスとともに共鳴成分を含む信号を発生するように選択される、方法。
【請求項3】
請求項1または2において、
前記ストークス光パルス、前記ブロードバンドポンプ光パルスおよび前記ナローバンドポンプ光パルスを用いて前記ターゲットを走査し、各画素における前記CARSスペクトルのセットを取得することをさらに含む、方法。
【請求項4】
請求項1または2において、
前記ストークス光パルス、前記ブロードバンドポンプ光パルスおよび前記ナローバンドポンプ光パルスを用いて前記ターゲットを走査し、各ボクセルの前記CARSスペクトルのセットを取得することをさらに含む、方法。
【請求項5】
請求項1
または2において、
前記ストークス光パルスは、第1の波長範囲を有し、
前記ブロードバンドポンプ光パルスは、前記第1の波長範囲よりも短い第2の波長範囲を有し、
前記ナローバンドポンプ光パルスは、前記第2の波長範囲よりも狭い第3の波長範囲であって、前記第2の波長範囲の中心波長と同じ中心波長を備えた第3の波長範囲を有する、方法。
【請求項6】
請求項1
または2において、
前記ストークス光パルスはブロードバンドストークスビームを有する、方法。
【請求項7】
請求項1
または2において、
前記CARSスペクトルのセットを取得することは、前記ストークス光パルス、前記ブロードバンドポンプ光パルスおよび前記ナローバンドポンプ光パルスに加えて、前記ナローバンドポンプ光パルスの波長範囲よりも短い波長範囲を有するプローブ光パルスを前記ターゲットの一部に照射することを含む、方法。
【請求項8】
請求項7において、
前記プローブ光パルスは、前記ナローバンドポンプ光パルスに対して遅延されたプローブ光パルスであり、
前記CARSスペクトルのセットを取得することは、TD-CARSスペクトルのセットを取得することを含み、
前記抽出することは、取得されたTD-CARSスペクトルのセットを比較することを含む、方法。
【請求項9】
ストークス光パルス、ブロードバンドポンプ光パルスおよびナローバンドポンプ光パル
スを、ターゲットの一部に同期して照射するように構成された光路と、
前記ナローバンドポンプ光パルスの位相を制御するように構成されたモジュレーターと、
前記ナローバンドポンプ光パルスの位相と関連付けられたCARSスペクトルのセットを取得するために、前記ストークス光パルス、前記ブロードバンドポンプ光パルスおよび前記ナローバンドポンプ光パルスによって生成されたCARSスペクトルを検出するように構成されたディテクターと、を有するシステム。
【請求項10】
請求項9において、
前記光路は、前記ストークス光パルスを第1の波長範囲で供給するように構成された第1の光路と、
前記ブロードバンドポンプ光パルスを前記第1の波長範囲よりも短い第2の波長範囲で供給するように構成された第2の光路と、
前記ナローバンドポンプ光パルスを、前記第2の波長範囲よりも狭い第3の波長範囲であって、前記第2の波長範囲の中心波長と同じ中心波長を有する第3の波長範囲で供給するように構成された第3の光路とを含む、システム。
【請求項11】
請求項10において、
前記第1の光路は、前記ブロードバンドポンプ光パルスから
ブロードバンドストークスビームを生成するための第1の光学素子を含む、システム。
【請求項12】
請求項10または11において、
前記第3の光路は、前記ブロードバンドポンプ光パルスから前記ナローバンドポンプ光パルスを生成するための第2の光学素子を含む、システム。
【請求項13】
請求項9ないし
11のいずれかにおいて、
前記ストークス光パルス、前記ブロードバンドポンプ光パルスおよび前記ナローバンドポンプ光パルスを用いて前記ターゲットを走査し、各画素における前記CARSスペクトルのセットを取得するように構成されたスキャナーをさらに含む、システム。
【請求項14】
請求項9ないし
11のいずれかにおいて、
前記ストークス光パルス、前記ブロードバンドポンプ光パルスおよび前記ナローバンドポンプ光パルスを用いて前記ターゲットを走査し、各ボクセルの前記CARSスペクトルのセットを取得するように構成されたスキャナーをさらに含む、システム。
【請求項15】
請求項9ないし
11のいずれかにおいて、
取得された前記CARSスペクトルのセットを比較することにより共鳴成分を抽出するように構成された分析器をさらに含む、システム。
【請求項16】
請求項9ないし
11のいずれかにおいて、
前記光路は、前記ストークス光パルス、前記ブロードバンドポンプ光パルスおよび前記ナローバンドポンプ光パルスとともに、前記ターゲットの一部を照射するための前記ナローバンドポンプ光パルスの波長よりも短い波長範囲を有するプローブ光パルスを供給するように構成された第4の光路を含む、システム。
【請求項17】
請求項16において、
前記第4の光路は、前記プローブ光パルスを、前記ナローバンドポンプ光パルスに対して遅延したプローブ光パルスとして供給するための遅延素子を含み、
前記ディテクターは、前記ストークス光パルス、前記ブロードバンドポンプ光パルスおよび前記ナローバンドポンプ光パルスに加えて、前記遅延したプローブ光パルスにより生
成されたTD-CARSスペクトルを検出するように構成されている、システム。
【請求項18】
請求項17において、
取得された前記TD-CARSスペクトルのセットを比較することにより共鳴成分を抽出するように構成された分析器をさらに含む、システム。
【請求項19】
請求項9ないし
11のいずれかに記載のシステムをコンピューターで動作させるコンピュータープログラムであって、
前記CARSスペクトルのセットを取得し、取得された前記CARSスペクトルのセットを比較することによって共鳴成分を抽出するように前記システムを制御するための命令を含む、コンピュータープログラム。
【請求項20】
請求項17に記載のシステムをコンピューターで動作させるコンピュータープログラムであって、
前記TD-CARSスペクトルのセットを取得し、取得された前記TD-CARSスペクトルのセットを比較して共鳴成分を抽出するように前記システムを制御するための命令を含む、コンピュータープログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一般に、CARS(コヒーレント反ストークスラマン散乱(分光))スペクトルおよび/または複数のスペクトルを取得するためのシステムおよび方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
米国特許第7,388,668号は、試料体積内に誘導された非線形コヒーレント場を検出するためのシステムを開示している。このシステムは、第1の周波数で第1の電磁場を発生するための第1のソースと、第2の周波数で第2の電磁場を発生するための第2のソースと、第1および第2の電磁場を試料体積に向けるための第1の光学系と、第1および第2の電磁場を局部発振器体積に向けるための第2の光学系と、干渉計とを含む。干渉計は、試料体積における第1および第2の電磁場の相互作用によって生成される第1の散乱場と、局所発振器体積における第1および第2の電磁場の相互作用によって生成される第2の散乱場とを干渉させるためのものである。
【0003】
コヒーレントアンチストークスラマン散乱(CARS)のスペクトルまたは散乱光を検出することを含む方法およびシステムは、例えば、生体対象の関心対象の生化学的および構造特性評価の分野、特に生体対象の関心対象の生化学組成物の侵襲的および非侵襲的評価およびそれらのアプリケーションを含む広い分野で応用されている。
【発明の概要】
【0004】
しかしながら、CARSスペクトル(スペクトラ)は共鳴成分と非共鳴成分とを含む。局部発振(LO)を用いたヘテロダイン検出は、CARSスペクトル(スペクトラ、複数のスペクトル)から共鳴成分を取得するための解決策の1つであった。この方法は、(a)信号と一定の位相関係を持つコヒーレントで位相安定なLOと信号をオーバーラップさせるステップと、(b)LOと信号の位相差をスキャンするステップとを含む。位相差は、ディレイステージ、シングルムービングミラー、対象物全体の移動(エピ、後方散乱)、パルスシェーパー、2つのガラスウェッジなどによって制御することができる。局部発振源としては、米国特許第7,388,668号に開示されているような、非共鳴試料の第2の焦点からLO信号を発生させる発振器、外部レーザー、コヒーレントプロセスで発生するレーザー(NOPA/OPA)、ブロードバンドレーザーのブルーウィング(SB-CARS)などが考えられる。しかしながら、このような外部、すなわちターゲット以外からLOを取得する方法では、異なる光学系を使用することによる不安定性に加え、LOの取得や切り替えに時間がかかるという問題がある。
【0005】
本発明の一態様は、(i)ストークス光パルス、ブロードバンドポンプ光パルスおよびナローバンドポンプ光パルスを、ナローバンドポンプ光パルスの位相を変化させながら、ターゲットの一部に同期して照射することにより、CARSスペクトルのセットを取得することと、(ii)取得されたCARSスペクトルのセットを比較することにより、共鳴成分を抽出することと、を含む方法である。本発明者のシミュレーション結果によれば、ブロードバンドポンプ(広帯域のポンプ、波長範囲の広いポンプ)を用いることで、スペクトルから共鳴(共振、レゾナント)が除去され、スペクトルをLO信号またはシグナルとして使用することができることが見出された。この方法では、ブロードバンドポンプ光パルス(広帯域のポンプ光パルス、波長範囲の広いポンプ光パルス)を用いることにより、ターゲットから、ナローバンドポンプ光パルス(狭帯域のポンプ光パルス、波長範囲の狭いポンプ光パルプ)で発生した共鳴成分を含む信号とともに(同時に)、LO信号を得ることができる。そのため、この方法により、本質的に安定した干渉が得られ、リファレンスの測定が不要で、光学系の切り替えが不要であり、スキャン速度を向上できる。LOと共鳴成分を持つ信号とを得るためにサンプルを切り替える場合、レーザーのドリフトなどの不安定要因が発生する可能性がある。しかしながら、本手法では、ターゲットからLOと共鳴成分を持つ信号とを同じ光学系で同時に取得するため、LOと共鳴成分を持つ信号との測定間でそのような変化やドリフトが発生することを防止できる。
【0006】
ブロードバンドポンプ光パルスは、ストークス光パルスとで局部発振(局部振動、LO)信号を生成するために選択され、LO信号を生成するためのLOプローブ光信号として用いられる。ナローバンドポンプ光パルスは、ストークス光パルスとともに共鳴成分を含む信号を生成するように選択され、共鳴成分を含む信号を生成するための第1のプローブ光信号として用いられる。
【0007】
本方法は、2DのCARS顕微鏡イメージングを実行するために、ストークス光パルス、ブロードバンドポンプ光パルス、およびナローバンドポンプ光パルスを用いてターゲットを走査し、各画素におけるCARSスペクトルのセットを取得することをさらに含んでもよい。本方法は、3DのCARS顕微鏡イメージングを実行するために、ストークス光パルス、ブロードバンドポンプ光パルス、およびナローバンドポンプ光パルスでターゲットを走査し、各ボクセルでCARSスペクトルのセットを取得することをさらに含み得る。
【0008】
この方法は、時間分解コヒーレント反ストークスラマン散乱、または時間遅延コヒーレント反ストークスラマン散乱(TD-CARS)マイクロスコピ(顕微鏡法)にも適用できる。TD-CARSは、ストークス光およびポンプ光のパルスに加えてプローブ光パルスを用いるもので、仮想的な電子遷移とラマン遷移の異なる時間応答を利用して非共鳴バックグラウンドを抑制する手法としても知られている。プローブ光パルスは、ストークス光とポンプ光のパルスに対して遅延を持ち、ストークスパルス光とポンプパルス光による励起のそれぞれに対し、プローブパルスが追従する。遅延したプローブパルスにより、LOの強度を低下させてもよく、共鳴特性(共鳴成分)の相対強度を向上させることができる。
【0009】
すなわち、CARSスペクトルのセットを取得することは、ストークス光パルス、ブロードバンドポンプ光パルスおよびナローバンドポンプ光パルスに加えて、ナローバンドポンプ光パルスよりも短い波長範囲を有するプローブ光パルスをターゲットの一部に照射することを含んでもよい。プローブ光パルスは、ナローバンドポンプ光パルスに対して遅延したプローブ光パルスであってもよい。CARSスペクトルのセットを取得するステップは、TD-CARSスペクトルのセットを取得することを含んでもよく、抽出するステップは、取得されたTD-CARSスペクトルのセットを比較することを含んでもよい。
【0010】
本発明の他の態様の1つは、(i)ストークス光パルス、ブロードバンドポンプ光パルスおよびナローバンドポンプ光パルスをターゲットの一部に同期して照射するように構成された光路と、(ii)ナローバンドポンプ光パルスの位相を制御するように構成されたモジュレーター(変調器)と、(iii)ナローバンドポンプ光パルスの位相に関連するCARSスペクトルのセットを取得するため、ストークス光パルス、ブロードバンドポンプ光パルスおよびナローバンドポンプ光パルスにより生成されたCARSスペクトルを検出ように構成されたディテクター(検出器)と、を有する。
【0011】
この発明のさらに異なる他の態様の1つは、上述したシステムを動作させるコンピューターのために非一過性媒体に格納されたコンピュータープログラムまたはコンピュータープログラム製品である。コンピュータープログラム(プログラム製品)は、CARSスペクトルまたはTD-CARSスペクトルのセットを取得し、取得されたCARSスペクトルまたはTD-CARSスペクトルのセットを比較することにより共鳴成分を抽出するようにシステムを制御するための命令を含む。
【図面の簡単な説明】
【0012】
本明細書の実施形態は、図面を参照した以下の詳細な説明からより良く理解されるであろう。
【
図1】
図1は、この発明のシステムの一実施形態を示す。
【
図2】
図2は、測定されたCARS信号の寄与を示す。
【
図3】
図3は、ポンプ光パルスの波長範囲を変化させた場合のCARSスペクトルの例を示す。
【
図4】
図4は、ブロードバンドポンプ光パルスおよびナローバンドポンプ光パルスを用いて生成されたCARSスペクトルの例を示す。
【
図5】
図5は、ブロードバンドポンプ光パルスとナローバンドポンプ光パルスの位相を変えて生成されたCARSスペクトルの例を示す。
【
図7】
図7は、ヘテロダイン検出法のフローダイアグラムを示す。
【
図9】
図9は、ストークス光パルス、ポンプ光パルス、CARS信号の測定例を示す。
【
図11】
図11は、ストークス光パルス、ブロードバンドポンプ光パルス、ナローバンドポンプ光パルス、およびCARS信号の測定例を示す。
【
図12】
図12は、光学システムのさらに異なる他の例を示す。
【
図13】
図13は、CARSスペクトルの取得例と抽出された共鳴成分のセットを示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本明細書における実施形態ならびにその様々な特徴および有利な詳細は、添付図面に図示され、以下の説明において詳述される非限定的な実施形態を参照して、より十分に説明される。周知の構成要素および処理技術の説明は、本明細書における実施形態を不必要に不明瞭にしないように省略する。本明細書で使用される例は、単に、本明細書の実施形態が実施され得る方法の理解を容易にし、当業者が本明細書の実施形態を実施することをさらに可能にすることを意図している。したがって、実施例は、本明細書における実施形態の範囲を限定するものとして解釈されるべきではない。
【0014】
図1は、この発明の実施形態によるシステム1を示す。このシステム1は、ターゲット(対象物、サンプル)5のある部分(一部)5aに、複数のCARS(Coherent Anti-Stokes Raman ScatteringまたはCoherent Anti-Stokes Raman Spectroscopy)信号(CARSスペクトル、CARSライト)15を生成するために、複数のストークス光パルス11、複数のブロードバンドポンプ光パルス12および複数のナローバンドポンプ光パルス13を供給(出射)してターゲット5の一部(部位)5aに照射するように構成された光モジュール10を備える。本システム1は、用途に応じて、測定装置、分析装置、モニタリング装置、モニター等として使用することができる。この光学系(光学システム)10は、CARSを用いて、キュベット内のサンプルや人体などのターゲット5の表面や内部の状態あるいは成分を示すデータを取得する。
【0015】
このシステムはさらに、レンズ25および他の光学要素を介して複数のストークス光パルス11および複数のポンプ光パルス12および13でターゲット5を走査し、ターゲット5からCARS光15を取得するように構成されたスキャナー(走査インターフェース)60と、複数のナローバンド(狭帯域の、狭い波長範囲の)ポンプ光パルス13の位相を制御するように構成されたモジュレーター(変調器)70と、分析するためにCARS光15を検出するように構成されたディテクター(検出器)50と、このシステム1およびモジュール、すなわち、スキャナー60、モジュレーター70、およびレーザー光源30など、を制御するように構成されたコントローラー(制御装置)55とを備える。スキャニングモジュール60は、キュベット、非侵襲的サンプラー、侵襲的サンプラー、流路(フローパス)、またはフィンガーチップ(指先用)スキャニングインターフェースモジュールなどのウェアラブルスキャニングインターフェースであってもよい。コントローラー55は、レーザー光源30を制御するレーザーコントローラー58と、CARS(CARSスペクトル)によって内部組成(成分)を分析するアナライザー(分析器)56とを含む。分析器56は、CARS光15が生成されるターゲット5の部分(部位)5aを確認(点検、検証)するための複数のモジュールを含んでいてもよい。コントローラー55のメモリーに格納されたプログラム(プログラムプロダクション、プログラム製品、ソフトウェア、アプリケーション)59は、メモリー、CPU等のコンピューター資源を用いてコントローラー55上の処理を実行するために提供される。プログラム(ソフトウェア)59は、プロセッサーまたはコンピューターによって読み取り可能な他の記憶媒体(非一時的媒体)として提供されてもよい。プログラムは、システム1を制御して本明細書に記載の処理を実行するための複数の命令を含んでもよい。
【0016】
光学システム10は、複数のストークス光パルス(ストークスビームパルス、第1の光パルス)11およびポンプ光パルス(ポンプビームパルス、第2の光パルス)12および13用に第1の波長1040nmの複数の第1のレーザーパルス30aを発生させるためのレーザー光源30を含む。好ましいレーザー光源30の1つは、ファイバーレーザーである。これらの第1のレーザーパルス30aは、数10~数100mWの1~数100fs(フェムト秒)オーダーのパルス幅を有し、フェムト秒オーダーのパルス幅を有するストークス光11およびポンプ光12、13のパルス(複数のパルス)を生成する。これらのストークス光11およびポンプ光12、13のパルスのパルス幅PW1は、1~数100fsであってもよく、例えば、1~900fsであってもよく、10~600fsであってもよく、50~400fsであってもよい。光学系10は、これらのレーザー光のパルスを分離、組み合わせる(合波する)ための1つまたは複数の光路を形成するためのレンズ、フィルター、ミラー、ダイクロイックミラーおよびプリズムなどの複数の光学素子29を含む。
【0017】
光学系10は、ストークス光路(第1の光路、ストークスユニット)21を含み、このストークス光路21に含まれるPCF(Photonic Crystal Fiber、フォトニック結晶ファイバー、ファイバー、第1の光学素子)21aを介して、ポンプ光パルス12および13に共通する第1のレーザーパルス30aから第1の波長範囲R1(例えば1080~1300nm)のブロードバンド(広帯域、波長範囲の広い)の複数のストークス光パルス(第1の光パルス)11を供給するように構成されている。光学系10は、ブロードバンドポンプ光路(第2の光路、ブロードバンドポンプユニット)22を含み、この光路22は、ストークス光11と共通する第1のレーザーパルス30aからの第1の波長範囲(第1の範囲)R1よりも短い第2の波長範囲R2(例えば、中心波長が1040nm)を有する複数のブロードバンド(広帯域、波長範囲の広い)ポンプ光パルス(第2の光パルス)12を供給するように構成されている。光学系10は、経路21により供給される複数のストークス光パルス11と、光路22により供給される複数のポンプ光パルス12とを光入出力部(レンズシステム)25に供給する共通の光路を含む。これらの光路には、各光路を構成するために必要なフィルター、ファイバー、ダイクロイックミラー、プリズム等の複数の光学素子が含まれる。以下に説明する光路についても同様である。
【0018】
光学系10は、ストークス光路21およびブロードバンドポンプ光路22に加えて、ナローバンドポンプ光路(第3の光路、ナローバンドポンプユニット)23を含み、この光路23は、ストークス光11およびブロードバンドポンプ光12に共通する第1のレーザーパルス30aから第3の波長範囲R3(例えば、中心波長は1040nm)を有する複数のナローバンド(狭帯域、波長範囲の狭い)ポンプ光パルス(ナローバンドポンプ光パルス、第3の光パルス)13を供給するように構成されている。光学系10は、これらのストークス光パルス11およびブロードバンドポンプ光パルス12とともに光路23から供給されるナローバンドポンプ光パルス13を光入出力部(レンズ系)25に供給する共通の光路を含む。
【0019】
ナローバンドポンプ光パルス13の第3の波長範囲R3は、ブロードバンドポンプ光パルス12の第2の波長範囲R2よりも狭く、第2の波長範囲R2の中心波長と同じ中心波長を有する。第3の光路23は、ブロードバンドポンプ光パルス12(第1のレーザーパルス30aであってもよい)からナローバンドポンプ光パルス13を生成するための第2の光学素子24を含む。典型的な第2の光学素子または要素は、所望の帯域幅を選択するための光学フィルターまたはローパスフィルターおよびハイパスフィルターのようなフィルターの組み合わせである。
【0020】
このシステム1では、ブロードバンドポンプ光パルス12は、ポンプ光としての中心波長を含み、ストークス光パルス11とともに局部発振(LO、ローカルオッシレーション、局部振動)信号を生成するように選択される。ナローバンドポンプ光パルス13は、ブロードバンドポンプ光パルス12と同じ中心波長を含み、ストークス光パルス11と共鳴成分(共振成分、レゾナント成分)を含む信号を発生するように選択される。ブロードバンドポンプ光パルス12の波長の第2の範囲R2のFWHMは、10~100nmであってもよく、20~50nmであってもよい。実施形態の1つでは、波長の第2の範囲R2のFWHMは30nmであってもよい。ナローバンドポンプ光パルス13の波長の第3の範囲R3のFWHMは、1~10nmであってもよく、1~5nmであってもよい。実施形態の1つでは、波長の第3の範囲R3のFWHMは2nmであってもよい。
【0021】
光学システム10は、ストークス光パルス11、ブロードバンドポンプ光パルス12およびナローバンドポンプ光パルス13をターゲット5に同期して同軸的に出力し、共通の光路を介してターゲット5からCARS光15を取得するように構成された光入出力部(光学ユニット)25をさらに含む。典型的な光入出力ユニット25は、ターゲット5に対向し、後方に出射されたCARS光パルス(Epi-CARS)15を取得する対物レンズまたはレンズシステムである。光学システム10は、前方に出射されたCARS光を得るように構成された光路を含んでもよい。この光学システム10において、波長範囲R3よりも短い860~980nmの波長範囲を有するCARS光パルス15が、ブロードバンドポンプ光パルス12およびナローバンドポンプ光パルス13によって生成され、ディテクター50によって検出されるように取得される。
【0022】
光学系10は、ナローバンドポンプ光13の位相を制御するように構成されたモジュレーター(変調器、位相モジュレーター、位相コントローラー、時間遅延ユニット)70を含む。典型的には、モジュレーターは、ナローバンドポンプ光パルス13の放出と、ストークス光パルス11およびブロードバンドポンプ光パルス12の放出との間の時間差Δtを制御(変化、設定、変調)する。モジュレーター70は、時間遅延ステージ(時間遅延ユニット)71を含み、ステージ71は、コリメーター72と、ポンプ光パルス13の光路(光路の長さ)を変調(変化)するためのモーターやピエゾなどのアクチュエーター73とを含んでもよい。モジュレーター70は、コリメーター間の距離を制御するLC-SLM(液晶空間光モジュレーター)、AWG(Arrayed wave-guide grating)等を含むことができる。
【0023】
モジュレーター70による相対的な遅延時間(時間差、時間遅れ)Δtsは、コントローラー(制御装置)55内のタイミングコントローラー56tの制御下で変化したり、設定したりすることができる。モジュレーター70を用いることにより、ナローバンドポンプ光路23は、光入出力ユニット25を介してターゲット5の部位5aに照射するための、+/-π/2だけ異なる位相を有するように時間差Δtsを変えた、典型的には2種類(型)のナローバンドポンプ光パルス13aおよび13bを供給し、ストークス光11、ブロードバンドポンプ光12およびナローバンドポンプ光13の各パルスによるLO信号上の共鳴成分の位相が異なる、典型的には2種類(タイプ)のCARSパルス15aおよび15bを得ることができる。
【0024】
コントローラー55は、さらに、CARSスペクトル取得モジュール(CARS取得モジュール、CARS取得装置)56aを含む。CARS取得モジュール56aは、タイミングモジュール56tを介してモジュレーター70を制御し、ストークス光パルス11、ブロードバンドポンプ光パルス12およびナローバンドポンプ光パルス13をターゲット5の一部5aに同期して照射することにより、ナローバンドポンプ光パルス13の位相のみを変化させて、CARSスペクトル15aおよび15bを含むCARSスペクトル15の複数のセットを、ナローバンドポンプ光パルス13の位相に関連付けて取得する。
【0025】
ディテクター50は、ストークス光11、ブロードバンドポンプ光12、およびナローバンドポンプ光13aおよび13bの各パルスによって生成されたCARSスペクトル15aおよび15bを検出して、ナローバンドポンプ光13aおよび13bの位相差に関連するスペクトル15aおよび15bを含むCARSスペクトル15の複数のセットを取得するように構成される。
【0026】
コントローラー55は、分析器55の機能の1つとして、ターゲット5の部分5aの特徴または組成を分析するために取得されたCARSスペクトルのセットを比較することによって、CARSスペクトル15の複数のセットから共鳴成分(共鳴特性、共鳴特徴)Rfを抽出するように構成された抽出モジュール(抽出器)56dをさらに含むことができる。抽出モジュール56dは、スキャナー60を用いてターゲット5を走査する機能を含んでもよい。スキャナー60は、ストークス光パルス11、ブロードバンドポンプ光パルス12、およびナローバンドポンプ光パルス13a、13bを用いてターゲット5を走査し、各画素におけるCARSスペクトル15のセットを取得するように構成される。分析器56は、共鳴成分Rfを有する複数の画素によるターゲット5の画像(2次元画像)を生成する画像生成モジュール(画像生成器)56eを含んでもよい。したがって、システム1は、CARS分光法(CARSスペクトロスコピー)およびCARS顕微鏡法(CARSマイクロスコピー)の機能を有することができる。
【0027】
CARS分光法では、システム1は、ストークス光11およびポンプ光12、13の焦点またはスポットを移動させることにより、ターゲット5の深さプロファイルを生成することができる。したがって、スキャナー60は、ストークス光パルス11、ブロードバンドポンプ光パルス12、およびナローバンドポンプ光パルス13aおよび13bを用いてターゲット5を3次元的に走査し、各ボクセルにおけるCARSスペクトル15のセットを取得するように構成することができる。分析器56は、共鳴特性Rfを有する複数のボクセルによるターゲット5の3D画像を生成する3D画像生成モジュール(3D画像生成器)56fを含んでもよい。したがって、システム1は、CARS3D顕微鏡の機能を有することができる。
【0028】
ブロードバンドストークスパルス(ストークスビーム)11を用いることにより、一度に多くの共鳴を励起し、ワンショットでフルスペクトルを記録することができる。したがって、ターゲット(サンプル)5を走査することにより、各ショットで各ピクセルまたはボクセルの広範囲のCARSスペクトル(フルCARSスペクトル)15aおよび15bを取得することができ、短時間で2Dまたは3DのCARSイメージングを行うことができる。また、本システム1を用いることで、組織等を含むターゲット5内の実際の位置で、画素またはボクセル毎にLO信号と共鳴成分の両方を含むCARSスペクトル15aおよび15bを一度に得ることができる。LO信号と共鳴成分との間では、発生、光路、散乱、サンプルの不均一性、その他のアーチファクトの違いが解消されるため、システム1によって感度が向上したCARSスペクトル(複数のスペクトル)を生成できる。
【0029】
図2は、非共鳴バックグラウンドI
NRの成分(
図2(b))、共鳴特徴I
resの成分(
図2(c))、および干渉項の成分(
図2(d))を含む、典型的なCARSスペクトル(光、信号、スペクトル、複数のスペクトル)I
CARS(
図2(a))を示す。分子感受性χ
(3)は共鳴(振幅、周波数)と非共鳴(nonres.)の寄与を含む分子の特性を示すため、分子感受性χ
(3)の影響を受けたCARS電場E
CARSは、以下に示すように2つの電場E
resおよびE
NRから成る。E
NRとE
resの特性はそれぞれの感受性の成分によって決定され、共鳴寄与と非共鳴寄与の間に固有の位相ジャンプが発生する。ディテクター上で干渉する寄与は、典型的な分散型CARSのラインシェイプを引き起こす可能性がある。
【0030】
共鳴寄与と非共鳴寄与とは異なる位相(および偏光)特性を示す。したがって、共鳴電場と非共鳴電場とは異なる位相を持つが、位相情報は検出時に失われる。コヒーレントなリファレンスビーム(局部発振、LO)と信号とをオーバーラップさせる干渉法により検出するヘテロダイン検出を用いれば、異なる位相関係を利用して信号の振幅と位相を測定したり、以下に示すようにχ
(3)の実部と虚部を分離したりすることができる。ヘテロダイン検出には、信号に対し一定の位相関係を持つコヒーレントで位相安定なLOと信号とをオーバーラップさせるステップと、LOと信号との位相差をスキャンするステップとが含まれる。
【0031】
局所発振源は、第2焦点(非共鳴サンプル、非共振サンプル、ノンレゾナントサンプル)、外部レーザー、コヒーレントプロセス(NOPA/OPA)またはブロードバンドレーザーのブルーウィング(SB-CARS)から生成することができる。しかしながら、LO信号を得るためにはリファレンスを測定する必要があり、LO源とサンプル(ターゲット)との測定の切り替えに時間がかかる。また、レーザードラフトなどの光学系の切り替えによる揺らぎにより、非共鳴成分(ノンレゾナント成分、非共振成分)と共鳴成分とで測定条件が異なり、正確な測定が困難となる場合がある。したがって、局部発振用の体積(対象物)を用いるのではなく、被測定サンプル(ターゲット)のみを用いて局部発振(LO)を得ることが望ましい。
【0032】
図3~
図6は、シミュレーションのいくつかの結果によって本発明の概念を示したものである。本発明者のシミュレーションの結果によれば、十分に広い帯域(波長範囲、ブロードバンド)のポンプ信号(ブロードバンドポンプ光パルス、第2プローブ光パルス)12を用いることにより、共振(共鳴成分)が不鮮明になり、ターゲットサンプル5からLO信号を取得することができる。したがって、ブロードバンドポンプ光パルス12とともにナローバンドポンプ信号(ナローバンドポンプ光パルス、第1プローブ光パルス)13をターゲットサンプル5に照射することにより、LO源とターゲットサンプルとの間で光学系を切り替えることなく、ヘテロダイン検出を用いて共鳴成分を得ることができる。
【0033】
図3に示すように、
図3(a)のFWHMが30nmのブロードバンドポンプ光パルス12とストークス光パルス11の組み合わせにより、
図3(b)に示す非特異的なブロード信号19aが生成される。
図3(a)のFWHMが2nmのナローバンドポンプパルス13とストークス光パルス11の組み合わせにより、共鳴成分を含む信号19dが得られる。
図3(b)に示す信号19bおよび19cは、それぞれFWHMが10nmおよび5nmのポンプ光パルスを用いて得られる。
【0034】
図4に示すように、ブロードバンドポンプパルス12によって得られるブロード(広い、大まか)な信号19aでは、共鳴が不鮮明になり、ブロードな信号19aを安定して常時得ることができる。したがって、ブロードバンド信号19aをLO(局部発振、局部振動)信号として用いることができる。また、ブロードバンドポンプパルス12にナローバンドポンプパルス13を加えることにより、LO19aに共鳴成分19dを持つCARS信号15を得ることができる。この方法では、ブロードバンドポンプパルス12によって生成されたLO信号19aは、ナローバンドポンプパルス13によって立ち上げられた共鳴成分(共振特性、共鳴の特徴、レゾナント成分)19dを増幅することができるが、共鳴成分を取得するためのプローブパルスであるナローバンドポンプパルス13は、位相差を利用して独立して制御することができる。信号19a、19d間の共鳴成分の相対的な位相は、ナローバンドポンプパルス13の位相を制御したり、干渉を制御することによって制御することができる。
【0035】
図5は、ブロードバンドポンプ光パルス12とナローバンド光パルス13aおよび13bを用い、ナローバンドポンプ光パルスの位相をそれぞれプラス・マイナスPi/2(±π/2)変化させて生成したCRASスペクトル15aおよび15bの例を示す。
図5に示すように、これらのCARSスペクトル15aおよび15bは、LO信号と共鳴成分とを合成または混合して作成され、応答成分は、ナローバンドポンプ光パルス13aおよび13bの位相に応じてプラス変調信号およびマイナス変調信号としてLO信号に実装または担持される。したがって、
図6に示すように、取得した、これらのCASスペクトル15aおよび15b(CARSスペクトルのセット)を比較することにより、共鳴成分を抽出することができる。
【0036】
図7は、このヘテロダイン検出方法のプロセスの概要を示すフローチャートである。この方法は、CARSスペクトルの複数のセットを取得し(ステップ81)、取得したCARSスペクトルの複数のセットを比較することによって複数の共鳴成分(共鳴組成、共鳴特性)を抽出する(ステップ82)ことを含む。ステップ81では、複数のナローバンドポンプ光パルス13の位相を変化させて、複数のストークス光パルス11、複数のブロードバンドポンプ光パルス12、および複数のナローバンドポンプ光パルス13をターゲット5の一部5aに照射することにより、CARSスペクトル15の複数のセットを取得する。複数のブロードバンドポンプ光パルス12は、複数のストークス光パルス11とともに複数の局部発振(LO)信号を生成するように選択され、複数のナローバンドポンプ光パルス13は、複数のストークス光パルス11とともに複数の共鳴成分を含む複数の信号を生成するように選択される。
【0037】
本方法は、ターゲット5を走査するステップ(ステップ83)をさらに含むことができる。ステップ83では、複数のストークス光パルス11、複数のブロードバンドポンプ光パルス12、および複数のナローバンドポンプ光パルス13を用いてターゲット5を走査し、各画素におけるCARSスペクトル15の複数のセットを取得してターゲット5の画像を生成する。ステップ83は、ターゲット5の3D画像を生成するために各ボクセルでCARSスペクトル15の複数のセットを取得する3Dスキャンであってもよい。ステップ84では、全ての画素(ピクセル)またはボクセル情報が得られるまで、上記のステップを繰り返すことができる。
【0038】
ブロードバンドポンプ光パルス12によって生成されたLO信号を使用する本発明のシステム1および方法においては、ブロードバンドポンプ光パルス12とともにナローバンド光パルス13を使用することによって、ターゲット5からLO信号と共鳴成分とを同時に取得する。したがって、LO源としてのリファレンスが不要となり、さらに、リファレンスを測定する手間やそのための光学系が不要となる。また、リファレンスとサンプル(ターゲット)を切り替えるために、その測定の間に光学系の条件を変更したり、時間をかけたりする必要がないため、レーザードリフトなど測定系内の不安定要素の影響を大幅に低減できる。測定は、複数のナローバンドポンプ光パルス13の位相を変化させるだけ(のみ)で行うことができる。したがって、この発明のシステム1は、本質的に干渉に関する安定性を有しており、この発明のシステム1およびヘテロダイン検出方法を用いることにより、CARSスペクトル(信号)中の共鳴成分に関する情報を高精度に得ることができ、これにより、ターゲットの成分に関する情報をより高精度に解析することができ、定性的な測定のみならず定量的な測定も可能となる。
【0039】
本発明のシステム1および方法では、これらのLO信号をターゲット5から取得するため、リファレンスの測定が不要であり、kHzの位相スキャン/スイッチングレートが可能である。このシステム1およびこのヘテロダイン検出方法を使用すると、線形的な濃度依存性を有する情報を取得することができ、ブロードバンドポンプ光パルス12によって生成されるLO信号の強度によって信号増幅を制御することができる。なお、LO信号と共鳴信号は独立ではないことを留意すべきである。LO信号が強すぎてディテクター50のダイナミックレンジを超える場合、LO信号を減らす唯一の方法はブロードバンドポンプ光パルスを減らすことであり、これは共鳴励起も減らすことになる。一方、本発明の概念は、以下に説明するように、TD-CARSと組み合わせることも理論的には可能である。TD-CARSを用いることにより、LO信号強度を低下させることなく、共鳴成分を抽出することができる。
【0040】
図8から
図13を用いて、本発明の概念をさらに説明する。これらの図は、シミュレーションによるいくつかの例を示している。
図8は、ストークス光パルス11と、ブロードバンドポンプパルス12およびナローバンドポンプパルス13のうちの1つを出射する光学系90を示している。ストークス光パルス11とナローバンドポンプパルス13が放射された場合(
図9(a))、ナローバンドポンプ(ナローバンドプローブ、第1のプローブ)パルス13は、共鳴特性(共鳴成分)16の鋭い特徴を含むCARSスペクトル(散乱光、第1の散乱光)15を生成する(
図9(b))。ストークスパルス11とブロードバンドポンプパルス12が放射された場合(
図9(c))、ブロードバンドポンプ(ブロードバンドプローブ、第2のプローブ)パルス12は共鳴特性が不鮮明になった(消された、スメアードアウトされた)、非共鳴成分(特性)のみを含むCARSスペクトル(散乱光、第2の散乱光)15を生成する(
図9(d))。
【0041】
図10は、
図9に示した両方のアプローチを組み合わせるために、ストークス光パルス11と、ブロードバンドポンプパルス12およびナローバンドポンプパルス13の両方とを同期して放射する光学系10を示す。
図11(a)に示すように、ストークス光パルス11はブロードバンドストークスビームを含む。ストークス光パルス11は第1の波長範囲を有し、ブロードバンドポンプ光パルス12は第1の波長範囲より短い第2の波長範囲を有し、ナローバンドポンプ光パルス13は第2の波長範囲より狭く、第2の波長範囲の中心波長と同じ中心波長を有する第3の波長範囲を有する。
【0042】
図11(b)に示すように、ストークス光パルス(St)11、ブロードバンドポンプ光パルス(p1)12およびナローバンドポンプ光パルス(p2)13が出力レンズを介してターゲットサンプルに同時に照射され、ターゲット上で時間的に重なると、あらゆる種類の相互作用が起こる(p1/St、p1/p2、St/St、p2/p2など)。
図11(c)に示すように、ブロードバンドポンプパルス12は、LO信号として使用される、共鳴の特徴19aが消されたスペクトルを生成するポンプパルスとして機能する。ナローバンドポンプパルス13は共鳴信号19dを生成する。ブロードバンドポンプパルス12とナローバンドポンプパルス13とによって生成されるこれらの信号は、励起がどちらの場合もp1/St相互作用によるものであるため、完全に独立しているわけではない。しかしながら、LO信号に対してブロードバンドポンプパルス12は二度使用されるため、ブロードバンドポンプパルス12のパワーを変えることにより、相対的なCARS強度を制御することができる。
【0043】
ナローバンドポンプパルス13の位相を変えることにより、独立した相対位相を持つ以下の2つの干渉CARS信号を生成することができる。
(a)p1/St+p1(ブロードバンドポンプ(プローブの位相の影響なし))
(b)p1/St+p2(ナローバンドポンプ(プローブ))
ナローバンドポンプパルス13の位相を変えることにより、両者の相対的な位相を制御することができる。オプションとして、システム1はさらに、ナローバンドポンプパルス13に対する時間的な遅延ステージを含むことができる。システム1は、ナローバンドポンプパルス13を遮断する装置を含んでもよい。システム1は、測定や分析に役立つかどうかを確認するために必要なLO信号のみを得るようにしてもよい。
【0044】
図12は、複数のナローバンドポンプパルス(プローブパルス)13の位相をkHzで切り替えることを可能にするモジュレーター70を含む光学システム10を示している。この光学系10を用いると、
図13(a)に示すように、逆の位相の共鳴成分を持つCARSスペクトル(CARS spectra)の複数のセットが得られる。比較することにより(差分、減算、比をとることにより)、
図13(b)に示すように、共鳴成分(共鳴特性)を抽出することができる。システム1は、チョッパホイール等による付加的な振幅切り替え(LOオン/オフ)を含んでもよい。
【0045】
図14は、システム1の他の実施形態を示している。このシステム1の光学系10は、複数のストークス光パルス11、複数のブロードバンドポンプ光パルス12および複数のナローバンドポンプ光パルス13とともに、ナローバンドポンプ光パルス13の波長範囲よりも短い波長範囲を有する複数のプローブ光(時間遅延プローブ光、TD-プローブ光、遅延プローブ光)パルス14をターゲット5の一部5aを照射するために供給するように構成された第4の光路24をさらに含む。第4の光路24は、プローブ光パルス14を、ナローバンドポンプ光パルス13に対して遅延したプローブ光パルスとして供給するための遅延素子(第2のモジュレーター)75を含む。ディテクター50は、ストークス光パルス11、ブロードバンドポンプ光パルス12、ナローバンドポンプ光パルス13に加えて、遅延プローブ光パルス13によって生成されたTD-CARSスペクトル17をCARSスペクトル15のセットとして検出するように構成されている。コントローラー55内の分析器56は、取得されたTD-CARSスペクトル15のこれらのセットを比較することにより、共鳴成分を抽出するように構成されている。
【0046】
分析器50は、タイミングモジュール56tを介してモジュレーター75を制御するTD-CARS取得モジュール(TD-CARS取得装置)56bを含み、ストークス光11およびポンプ光12、13のパルスの出射に対して相対的な時間的関係(遅延)Δtをもってプローブ光14を照射し、ストークス光11とポンプ光12、13のパルスとプローブ光14のパルスが実質的に重ならないようにターゲット5の一部5aに照射することにより、TD-CARSスペクトル17を取得する。モジュレーター75は、時間遅延ステージ(時間遅延ユニット)76を含んでもよく、遅延ステージ76は、コリメーター77と、プローブ光パルス14の光路(光路の長さ)を変調するためのモーターやピエゾなどのアクチュエーター78とを含んでもよい。
【0047】
レーザー光源30は、ストークス光パルス11およびポンプ光パルス12、13のための第1の波長1040nmの複数の第1のレーザーパルス30aに加えて、プローブ光パルス14のための第2の波長780nmの複数の第2のレーザーパルス30bを生成してもよい。これらの第2のレーザーパルス30bは、ピコ秒オーダーのパルス幅を有するプローブ光14のパルスを生成するために、数10~数100mWの1~数10ps(ピコ秒)オーダーのパルスを含むことができる。プローブ光14のパルスのパルス幅PW2は、1~数10psであってもよく、1~90psであってもよく、1~50psであってもよく、2~10psであってもよい。また、波長780nmの第2のレーザーパルス30bは、波長1560nmの光源発振器から発生させてもよい。
【0048】
図15は、TD-CARSの概念の波長プラン(計画)の一例を示す。ストークス光パルス11は、波長1085~1230nm(400cm
-1~1500cm
-1)の第1の範囲R1を有する。ブロードバンド(広い)ポンプ光パルス12は、中心波長1040nmを含む第2の波長範囲R2を有する。ナローバンド(狭い)ポンプ光パルス13は、波長範囲が第2の範囲R2よりも狭く、第2の範囲R2の中心波長と同じ中心波長(1040nm)を有する第3の波長範囲R3を有する。CARSスペクトル(信号)18は、ストークス光パルス11およびポンプ光パルス12、13により、ナローバンドポンプ光(プローブ光である)パルス13の波長から分子振動Ωに対応する波長に生成される。
【0049】
プローブ光パルス14は、ナローバンドポンプ光パルス13の第3の波長範囲R3よりも短い波長780nmの第4の範囲R4を有する。TD-CARS光(信号、スペクトル)17は、波長680~760nmの範囲を有する。プローブ光14の波長範囲R4よりも短い波長範囲を有するTD-CARS17が生成される。すなわち、ストークス光パルス11およびポンプ光パルス12、13のみで発生するCARS光18の波長範囲よりも短い波長範囲R4で時間差があるプローブ光パルス14を用いることにより、CARS光18の波長範囲よりも短い波長範囲を有するTD-CARS17が生成される。したがって、TD-CARS17とCARS18とが干渉することがなく、ディテクター50によって、CARSスペクトル15のセットとして、CARS光18と干渉のない、明瞭なTD-CARS17を検出することができる。
【0050】
複数のTD-CARS信号17は、複数の時間遅延プローブ光パルス14によって生成される。非共鳴成分は遅延中に減衰するため、TD-CARS信号17では共鳴成分が比較的強く現れる。したがって、CARS信号18中のブロードバンドポンプ光パルス12によって生成されるLO信号が非常に高い場合、TD-CARS信号17に変換することによって非共鳴成分(LO)が減衰し、TD-CARS信号17をCARSスペクトル15のセットとして使用することによって、共鳴成分16をより明確かつ正確に抽出することができると考えられる。
【0051】
上述したように、ヘテロダイン検波を適応させるための方法およびシステムが提供される。開示されたヘテロダイン検出は、前方散乱CARSおよび後方散乱CARSを含むあらゆる種類のCARS測定に適用可能である。開示されたヘテロダイン検出は、複数ビームシステムを使用することにより、共鳴成分(レゾナント成分)16を得るべき同じサンプル(ターゲット)5からLO信号を得ることができる。
【0052】
本明細書に記載の方法およびシステムは、生体の関心対象の生化学的および構造的特性評価、特に生体の関心対象の生化学的組成の侵襲的および非侵襲的評価ならびにそのアプリケーションに適用することができる。本明細書に記載された方法およびシステムは、あらゆる種類のサンプル(試料)に適用可能であり、生化学とは無関係な溶液のような単純なサンプルにも適用可能である。
【0053】
本明細書では、共鳴成分(レゾナント成分)を含む散乱光を発生させるために、第1の光パルスをサンプルに供給するように構成された第1の光路と、共鳴成分を含む第1の散乱光を発生させるために、第1のプローブ光波長を有する第1のプローブ光パルスをサンプルに供給するように構成された第2の光路と、第1のプローブ光パルスの波長よりも広い波長域の第2のプローブ光パルスをサンプルに供給し、LO(局部発振発信)として機能する第2の散乱光を生成するように構成された第3の光路と、第1の光パルス、第1のプローブ光パルスおよび第2のプローブ光パルスを対象サンプル(ターゲットのサンプル)に照射し、対象サンプルからの散乱光を取得するように構成された光入出力ユニットと、第1の散乱光および第2の散乱光から共鳴成分を取得するように構成された分析器とを備えるシステムを開示している。第1のプローブ光の波長を有する第1のプローブ光パルスを用いることにより、共鳴成分と非共鳴成分とを有する第1の散乱光がターゲットサンプルから取得され、第1のプローブ光の波長を含めて第1のプローブ光パルスの波長よりも広い波長範囲を有する第2のプローブ光パルスを用いることにより、LOとして機能する第2の散乱光を生成し、ターゲットサンプルから取得できる。したがって、本システムでは、異なる励起方式を組み合わせることにより、同一のターゲットサンプルからのLOが取得される。
【0054】
システムは、第1のプローブ光パルスの位相を変化させるように構成された第1の変調ユニットをさらに含むことができる。一実施形態では、第1の光路は、第1の波長範囲を有する第1の光パルスとしてストークス光パルスを供給するように構成されてもよく、第2の光路は、第1の波長範囲よりも短い第2の波長範囲を有する第1のプローブ光パルスとして機能する第1のポンプ光パルスを供給するように構成されてもよく、第3の光路は、第1の波長範囲よりも短い第3の波長範囲を有する第2のプローブ光パルスとして機能する第2のポンプ光パルスを供給するように構成されてもよく、分析器は、ターゲットサンプルからCARS信号の共鳴成分を取得するように構成されてもよい。
【0055】
別の実施形態では、第1の光路は、第1の波長範囲を有する第1の光パルスとしてストークス光パルスを供給するように構成されてもよく、システムは、第1の波長範囲よりも短い波長範囲を有するポンプ光パルスを供給するように構成された光路をさらに備える。第2の光路は、上記ポンプ光パルスの波長範囲よりも短い第2の波長範囲を有する第1のプローブ光パルスを供給するように構成されてもよく、第3の光路は、上記ポンプ光パルスの波長範囲よりも短い第3の波長範囲を有する第2のプローブ光パルスを供給するように構成されてもよく、分析器は、ターゲットサンプルからTD-CARS信号の共鳴成分を取得するように構成されてもよい。さらに別の実施形態では、第1の光路は、チャープパルス増幅器を含んでもよい。本方法は、第1のプローブ光パルスの位相を変化させるために第1のプローブ光パルスを変調することを含んでもよい。
【0056】
本明細書では、方法も開示している。この方法は、(i)第1の光パルス、第1のプローブ光パルスおよび第2のプローブ光パルスを一緒にターゲットサンプルに照射することを有し、第1の光パルスは、共鳴成分を含む散乱光を発生させるためのものであり、第1のプローブ光パルスは、共鳴成分を有する第1の散乱光を発生させるための第1のプローブ光波長を有し、第2のプローブ光パルスは、第1のプローブ光波長を含めて、LOとして機能する第2の散乱光を発生させるための第1のプローブ光パルスの波長よりも広い波長範囲を有し、(ii)ターゲットサンプルから取得された第1の散乱光および第2の散乱光から共鳴成分を取得することとを含む。この方法は、第1のプローブ光パルスの位相を変化させるために第1のプローブ光パルスを変調することをさらに含むことができる。
【0057】
照射することは、第1の波長範囲を有する第1の光パルスとしてストークス光パルスを供給することと、第1の波長範囲よりも短い第2の波長範囲を有する第1のプローブ光パルスとして機能する第1のポンプ光パルスを供給することと、第1の波長範囲よりも短い第3の波長範囲を有する第2のプローブ光パルスとして機能する第2のポンプ光パルスを供給することとを含んでもよい。取得することは、ターゲットサンプルからCARS信号の共鳴成分を取得することを含んでもよい。
【0058】
照射することは、第1の波長範囲を有する第1の光パルスとしてストークス光パルスを供給することと、第1の波長範囲よりも短い波長範囲を有するポンプ光パルスを供給することと、上記ポンプ光パルスの波長範囲よりも短い第2の波長範囲を有する第1のプローブ光パルスを供給することと、上記ポンプ光パルスの波長範囲よりも短い第3の波長範囲を有する第2のプローブ光パルスを供給することと、を含んでもよい。取得することは、ターゲットサンプルからTD-CARS信号の共鳴成分を取得することを含み得る。
【0059】
本明細書では、装置を動作させるコンピューターのためのコンピュータープログラム(プログラム製品)が開示されている。この装置は共鳴成分を含む散乱光を発生させるためにサンプルに第1の光パルスを供給するように構成された第1の光路と、共鳴成分を含む第1の散乱光を発生させるためにサンプルに第1のプローブ光波長の第1のプローブ光パルスを供給するように構成された第2の光路と、LOとして機能する第2の散乱光を生成するために第1のプローブ光の波長を含み、第1のプローブ光の波長よりも広い波長範囲を有する第2のプローブ光パルスをサンプルに供給するように構成された第3の光路と、第1の散乱光と第2の散乱光を検出するように構成された分析器とを有する。コンピュータープログラムは、第1の光パルス、第1のプローブパルスおよび第2のプローブパルスを一緒にターゲットサンプルに照射するステップと、第1の散乱光および第2の散乱光から共鳴成分を取得するステップとを実行するための実行可能コードを含む。
【0060】
具体的な実施形態に関する前述の説明は、本明細書における実施形態の一般的な性質を十分に明らかにするので、他者は、現在の知識を適用することによって、一般的な概念から逸脱することなく、そのような具体的な実施形態を様々な用途のために容易に修正および/または適合させることができ、したがって、そのような適合および修正は、開示された実施形態の意味および等価物の範囲内で理解されるべきであり、理解されることが意図される。本明細書で採用される言い回しまたは用語は、説明のためのものであり、限定するためのものではないことを理解されたい。従って、本明細書における実施形態は、好ましい実施形態の観点から説明されているが、当業者であれば、本明細書における実施形態は、添付の特許請求の範囲の精神および範囲内で変更を加えて実施することができることを認識するであろう。